坏土の評価方法、及び坏土の製造方法
【課題】坏土の性状を客観的な指標によって評価する坏土の評価方法、及び坏土の混練状態を客観的な指標によって認識しながら坏土を製造する坏土の製造方法を提供する。
【解決手段】セラミックス原料及び水を少なくとも含有物質とし、前記含有物質を混合し混練して調製される坏土について、NMR法によって、前記含有物質から発せられる信号から、前記含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測し、坏土の評価方法、前記坏土の混練状態を評価する。加えて、この坏土の評価方法を用い、坏土の混練状態を確認しながら坏土を混練する、坏土の製造方法とする。
【解決手段】セラミックス原料及び水を少なくとも含有物質とし、前記含有物質を混合し混練して調製される坏土について、NMR法によって、前記含有物質から発せられる信号から、前記含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測し、坏土の評価方法、前記坏土の混練状態を評価する。加えて、この坏土の評価方法を用い、坏土の混練状態を確認しながら坏土を混練する、坏土の製造方法とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィルターや触媒担体、送電用ガイシ、耐火物などに用いられるセラミックス構造体を作製するために使用される坏土の評価方法、及び坏土の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
無機材料であるセラミックスは、金属や有機材料などには無い優れた物理的・化学的・電気的な性質がある。さらにセラミックスには、原料から自在な形状に成形できる利点があり、これを象徴する例としてミクロンオーダーの薄壁から構成されるハニカム構造体がある。
【0003】
一般に、セラミックス構造体の製造は、セラミックス原料や有機バインダ及び/又は無機バインダなどが含まれる混合原料から坏土を調製する工程、この坏土を所望の形状に成形して成形体を作製する工程、成形体を乾燥する工程、焼成体を作成するために成形体を焼成する工程、という順に行われる。
【0004】
坏土は、セラミックス原料、バインダ、及び溶媒などの含有物質を混合し混練して調製され、坏土の性状は、セラミックス構造体の特性に大きく影響する。例えば、セラミックス原料、バインダ、溶媒などの含有物質が十分に混練されずに坏土が調製されたときには、この坏土から得られる成形体の強度特性や弾性特性などにばらつきが生じる。したがって、坏土の調製において、含有物質の混練の度合いは、客観的指標によって把握されることが望まれる。
【0005】
また、坏土の変形性や保形性、流動性に関する性質、いわゆる坏土のレオロジー特性は、坏土の流動性と、坏土から作製された成形体の保形性に大きく影響する。例えば、押出成形によって坏土からセラミックス成形体を作製する場合、坏土の流動性が悪いときには、押し出すための金型に坏土が圧着されてしまい、得られる成形体の表面にはキレやササクレが生じる。一方、坏土の流動性が良いときには、押出成形から作製された成形体は変形し易くなることがある。
【0006】
このように坏土の性状が重要であるにもかかわらず、実際の生産現場において、坏土の性状の評価は、視覚や触覚などを用いた作業者の熟練した感覚に依存する。しかしながら、作業者の感覚による坏土の性状の評価では、高品質のものを安定的に生産することが困難である。また、坏土の良好な性状を視覚や触覚などから認識する技能の取得には、地道な試行錯誤と訓練が必要であり、多くの労力を経て取得したにもかかわらず、この技能を他の作業者に伝承することが難しい。そこで、作業者の感覚から良好であるとする坏土の性状を、科学的な測定手段による客観的指標から把握することが試みられてきた。
【0007】
特許文献1には、セラミックス粉末に代表される無機粉末と、有機バインダとの混練状態を、透過型電子顕微鏡による観察から評価する方法が開示されている。この方法では、混練によって形成された無機粉末の表面での有機バインダ皮膜の厚さを観察することから、無機粉末と有機バインダとの混練の度合いを評価している。
【0008】
特許文献2には、坏土の製造方法が開示されており、弾性特性試験と細管レオメータ試験によって、坏土のレオロジー特性を評価する方法が示されている。この評価方法から、坏土のレオロジー特性は、セラミックス原料に添加するバインダ、界面活性剤、水の添加比率に大きく影響されることが判明している。
【0009】
核磁気共鳴(NMR)は、核スピンのエネルギー吸収・放出現象に基づき分子の状態を観察できるため、非特許文献1に紹介されるように、有機化合物の構造決定に欠かせないツールである。また、NMRは、有機化合物を主成分とする材料の性状を把握するためのツールとしても利用されている。例えば、特許文献3には、樹脂の架橋の度合いが1H−NMRのT2緩和時間によって規定されることにより、吸水性能の優れた吸水性樹脂が得られることを開示する。さらに、特許文献4では、混合材料中にある樹脂の分散状態を把握するため、1H−NMRのT2緩和時間が用いられている炭素繊維複合材料の製造方法を開示している。この方法では、1H−NMRのT2緩和時間によって、熱硬化性樹脂、カーボンナノファイバー、及び分散用粒子からなる炭素繊維複合材料の均一な分散状態が規定されている。
【0010】
既に、医療診断の分野では、NMRの原理を応用した核磁気共鳴イメージング法(MRI)が用いられている。MRIは、体の大部分を占める水分子の状態が、プロトン緩和時間に反映されることを利用したものである。このような医療診断の分野からさらに一歩進み、NMRは、製造分野、特に工場などでの品質管理に応用されることも期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平9−33420号公報
【特許文献2】特開2000−302525号公報
【特許文献3】特開2001−106728号公報
【特許文献4】特許第4108648号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】「現代有機化学」(上)第4版 K.P.C.Vollhardt,N.E.Schore著、化学同人 10章:NMR分光法による構造決定 pp419−478
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
当然であるが、特許文献1及び2の方法によっても、坏土の状態は的確に把握できない。熟練した作業者が認識する視覚や触覚などの感覚は、非常に複雑多岐な要因を総合的に捉えているからである。坏土の状態を把握するには、複雑多岐な要因を分解し、分解された個別の要因を多角的な指標から検証する必要があり、さらに個別の要因に関する評価データを再び統合して検証する必要がある。よって、坏土の状態を把握するために必要な未知の要因の探索、及びその評価方法は、依然として求められている。
【0014】
特許文献3及び4のように、NMRは、有機化合物の分析における強力なツールであり、樹脂などの有機化合物を主成分とする化学製品の製造には広く適用されるが、他の技術分野への適用拡張には障壁がある。例えば、混練の進行に伴い、バインダは、せん断されてしまい分子量が低下することや、セラミックス原料への水の付着の度合いにも変化を引き起こすことが知られている。そのため、混練の度合いの評価にNMRを適用するにしても、NMRによって測定する現象の選択、及びその測定結果の解釈には、膨大な知見、及び冒頭に述べた作業者の熟練した技能が必要とされる。
【0015】
上記の問題に鑑みて、本発明の課題は、坏土の性状を客観的な指標によって評価する坏土の評価方法、及び坏土の混練状態を客観的な指標によって確認しながら坏土を製造する坏土の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するため、本発明者は、これまで長年にわたり培ってきたセラミックス技術に関する知見を再び科学的な視点から鋭意検討し、NMRによって坏土の混練状態を評価できることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明によれば、以下に示す坏土の評価方法及び坏土の製造方法が提供される。
【0017】
[1] セラミックス原料及び水を少なくとも含有物質とし、前記含有物質を混合し混練して調製される坏土について、NMR法によって、前記含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測し、前記坏土の混練状態を評価する、坏土の評価方法。
【0018】
[2] 前記含有物質に含まれる前記プロトンの前記T1緩和時間及び/又は前記T2緩和時間を計測するための信号が、前記水の前記プロトンから発せられる前記信号を主成分としている、前記坏土の混練状態を評価する、前記[1]に記載の坏土の評価方法。
【0019】
[3] 前記坏土が、前記混練の後、成形工程、乾燥工程及び焼成工程を経るためのものである、前記[1]又は[2]に記載の坏土の評価方法。
【0020】
[4] 前記坏土が、前記焼成工程後に、コーディエライト組成又はアルミナ組成となる、前記[3]に記載の坏土の評価方法。
【0021】
[5] 前記[1]〜[4]のいずれかに記載の坏土の評価方法を用い、前記含有物質に含まれるプロトンの前記T1緩和時間及び/又は前記T2緩和時間によって前記坏土の前記混練状態を確認しながら、前記坏土を混練する、坏土の製造方法。
【0022】
[6] 静磁場強度0.3〜9.4Tにて測定される、前記含有物質に含まれるプロトンの前記T1緩和時間が、混練前の初期値の80%以下となるまで前記坏土を混練する、前記[5]に記載の坏土の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明の坏土の評価方法は、坏土中の含有物質の状態、たとえば水分子の状態を科学的に観察し、坏土の性状が客観的指標によって評価できる。本発明の坏土の製造方法は、客観的な指標によって坏土の混練状態を確認しながら坏土を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】混練の開始直後のセラミックス原料の粒子と水との混練状態を模式的に表す図である。
【図2】図1の状態に続く、混練途中のセラミックス原料の粒子と水との混練状態を模式的に表す図である。
【図3】図2の状態に続く、混練後のセラミックス原料の粒子と水との混練状態を模式的に表す図である。
【図4】実施例1の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間の推移を折れ線グラフにて表す図である。
【図5】実施例1の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT2緩和時間の推移を折れ線グラフにて表す図である。
【図6】実施例1の坏土に含まれる有機バインダの分子量の推移を折れ線グラフにて表す図である。
【図7】実施例1の坏土の混練時間と押出時の押出抵抗との関係を折れ線グラフにて表す図である。
【図8】実施例2〜5にて調製された坏土を用い、坏土における水の含有率とプロトンのT1緩和時間との関係を折れ線グラフにて表す図である。
【図9】実施例2〜5にて調製された坏土を用い、坏土における水の含有率とプロトンのT2緩和時間との関係を折れ線グラフにて表す図である。
【図10】実施例6〜8の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間の推移を折れ線グラフにて表す図である。
【図11】実施例6〜8の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT2緩和時間の推移を折れ線グラフにて表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0026】
1.坏土の評価方法:
1−1.本発明の坏土の評価方法の概要:
本発明の坏土の評価方法は、NMR法によって計測されるプロトンの緩和時間、具体例としてはNMR装置を用いたプロトン緩和時間測定法から得られる客観的な指標にもとづき、坏土の性状を評価するものである。本明細書ではNMR法と称するが、核磁気共鳴法、MR法、MR(I)法など、と称されることもある。緩和時間の表示についても、T1緩和時間が縦緩和時間、T2緩和時間が横緩和時間と称されることがある。また、ある断面の2次元面における場所ごとのT1緩和時間又はT2緩和時間を集積し、緩和時間の差をコントラストで表現すると面内分布(イメージング)の取得も可能である。
【0027】
まず、ここでいう「坏土」とは、セラミックス原料、バインダ、及び溶媒などの含有物質を混合し、混練して調製されるものであり、粘土と表現されることもある。坏土は、これを所定の形状に成形し、次いで乾燥及び焼成することによって、セラミックス構造体が作製できるものであると好ましい。そのような坏土としては、例えば、焼成後の材料組成がコーディエライト組成やアルミナ組成となる坏土を挙げることができる。なお、本明細書では、外観から粘土状になっていないと判断される場合であっても、セラミックス原料、バインダ、及び溶媒などの含有物質を混合した状態にて坏土と称することにする。
【0028】
本発明の坏土の評価方法では、NMR装置を用いた緩和時間測定法を用い、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を測定する。
【0029】
1−2.坏土の混練状態と坏土中の含有物質に含まれるプロトンの緩和時間との関係:
坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、坏土における含有物質のミクロレベル又は分子レベルの状態を反映している。本発明の坏土の評価方法では、坏土の混練が進行に伴って変化する含有物質の分子レベルの状態を、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間の変化より識別するものである。
【0030】
1−3.緩和時間を計測するための信号が水に含まれるプロトンからの信号を主成分とする場合:
本発明の坏土の評価方法において、評価をする坏土としては、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測するための信号が、水のプロトンから発せられる信号を主成分とされるものが好適である。この場合、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間の動態は、坏土中の水に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間の動態とほぼ同じと考えてよいからである。一般に、水分子が物質の表面に付着した状態のときには、水に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は短くなる。逆に、液体の水の塊のように、水分子が自由に運動できる状態のときには、水に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間がより長くなる。「プロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測するための信号が水から発せられる信号を主成分とする」とは、坏土における含有物質の中のプロトンを有する物質のうち、内配割合(質量%)の最も多い物質が、水であることを意味する。
【0031】
図1には、混練の開始直後の坏土の状態、特にセラミックス原料の粒子1と水2とが混ざり合う状態を模式的に表す。混練開始直後では、水2は、液体の塊の状態にて存在する比率が高い。このとき、水分子は、自由に運動できるものが多く、坏土中の水に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間も長い。
【0032】
図2には、混練途中の坏土の状態を模式的に表す。水2は、セラミックス原料の粒子1の表面を被覆し始めている。よって、水2は、セラミックス原料の粒子1の表面に付着するものが比較的多くなり、水の塊になっていて自由に運動できるものは比較的少なくなっている。このような水分子の状態の変化に対応し、坏土中の水に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、混練の開始直後よりも短くなる。
【0033】
図3は、混練が十分にされた坏土の状態を模式的に表す。水2は、セラミックス原料の粒子1の表面を皮膜状に被覆している。このとき、水分子はセラミックス原料の粒子1の表面に付着するものが多くなるため、坏土中の水に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間はより短くなる。すなわち、本発明の坏土の評価方法は、坏土中の含有物質の含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測するための信号が水のプロトンから発せられる信号を主成分とする場合、坏土が十分に混練されて坏土中の水が分散するのに伴って、坏土中の水に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間が短くなる現象を利用する。
【0034】
次に、含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測するための信号が、水のプロトンから発せられる信号を主成分とする坏土を計測する場合について述べる。特に、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間と、水の含有率あるいは有機バインダとの関係について詳しく説明する。
【0035】
1−3−1.坏土の水の含有率と坏土中の含有物質に含まれるプロトンの緩和時間との関係:
坏土における水の含有率が高い場合には、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測するための信号が水のプロトンから発せられる信号を主成分とする傾向が強まり、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間の推移は、坏土中の水に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間の推移をいっそう反映する。
【0036】
図3を参照し説明すると、坏土における水の含有率が高い場合において、坏土が十分に混練されたときには、セラミックス原料の粒子1の表面上を、水2が厚い皮膜状にて被覆する。この厚い皮膜状の水2において、水分子は、セラミックス原料の粒子1の表面に付着するものと、残余の自由に運動ができる状態のものが存在する。坏土における水の含有率が高いときには、セラミックス原料の粒子1の表面上での水2の皮膜が厚くなり自由に運動できる水分子の比率が増えるため、混練後の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、坏土における水の含有率が低いときよりも長くなる。
【0037】
留意すべき点として、本発明の坏土の評価方法では、坏土における水の含有率が高い場合でも、セラミックス原料の粒子と水とが混練されていくにつれて、坏土中で水が分散し、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間が短くなるよう推移する点である。
【0038】
1−3−2.坏土における有機バインダや界面活性剤の比率と含有物質に含まれるプロトンの緩和時間との関係:
坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、坏土中の有機バインダや界面活性剤に含まれるプロトンからの信号も影響する。よって、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、坏土中の有機バインダや界面活性剤の量及び種類が異なれば、その値が異なる。また、実際に坏土中の有機バインダや界面活性剤の量や種類が異なれば、混練具合も異なる。ただし、プロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測するための信号が水のプロトンから発せられる信号を主成分とする坏土では、含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間の変化は、坏土中の水分子の状態の変化をほぼ忠実に反映していると考えてよい。このような坏土では、有機バインダや界面活性剤の量及び種類に関わらず、坏土の混練が進行して坏土中の水が分散するにつれて、含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間が短くなるように推移する。
【0039】
2.坏土の製造方法:
2−1.本発明の坏土の製造方法の概要:
本発明の坏土の製造方法は、上述の坏土の評価方法を用いる。すなわち、本発明の坏土の製造方法では、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間の計測によって、坏土の混練状態を確認しながら坏土を混練する。
【0040】
先に述べたように、良好な混練状態のときの坏土中の含有物質のプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間は、水の含有量、有機バインダ及び界面活性材の種類や量に依存する。ここでいう「坏土の混練状態を確認しながら混練する」とは、坏土の組成が既知であるか否かに応じて、その具体的な実施形態が異なる。例えば、既に同一の組成の坏土について評価試験を行っており、成形に適した混練状態のときの坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間が把握されている場合には、その緩和時間に至るかどうかを観察すればよい。一方、成形に適した混練状態のときの坏土に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間が依然として把握されていない場合には、プロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間の推移を観察し、T1緩和時間及び/又はT2緩和時間が、十分に短くなるとともに、成形工程が安定する値となるまで混練するとよい。
【0041】
なお、NMR法によって測定する試料は、混練前、及び混練途中、混練後、さらには坏土から所望の形状に成形し乾燥前の成形体(坏土)から、適宜採取すればよい。坏土の混練方法は、NMR法によって試料が測定可能な実施形態であれば特に限定されない。
【0042】
特に、本発明の坏土の製造方法では、静磁場強度0.3〜9.4Tにおいて、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間が、混練前のT1緩和時間、いわゆる初期値の80%以下となるまで、坏土を混練することが好ましい。混練前とは、坏土に含まれる全ての含有物質を混ぜ合わせた状態のことをいう。全ての含有物質を混ぜ合わせる工程のことを、混合工程、ミキシング工程、ミキサー工程ともいう。この製造方法によって得られた坏土からは、押出成形によって、キレやササクレのない薄壁から構成されるハニカム成形体が作製できる。
【実施例】
【0043】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0044】
3−1.材料、及び測定機器:
3−1−1.坏土の調製:
(1)混合原料の調製:
(実施例1〜5)
実施例1〜5において、含有物質は、セラミックス原料、有機バインダとして用いるメチルセルロース、界面活性剤として用いるラウリン酸カリウム、及び水とし、これら含有物質を混合して混合原料を調製した(表1)。混合原料における各含有物質の割合は、セラミックス原料100質量部に対して、有機バインダとしてのメチルセルロース6質量部、界面活性剤としてのラウリン酸カリウム1質量部、及び水29.5〜35.0質量部を混合して、混合原料を調製した。なお、実施例1〜5のセラミックス原料は、焼成によってコーディエライト組成となるように、タルク42質量%、カオリン43質量%、アルミナと水酸化アルミニウムのうちの少なくとも1種を14質量%、及びシリカ1質量%からなるコージェライト化原料を用いた。
【0045】
【表1】
【0046】
(実施例6〜8)
実施例6〜8では、セラミックス原料として用いるアルミナ材料100質量部に対して、有機バインダとしてのメチルセルロース3〜6質量部、界面活性剤としてのラウリン酸カリウム2〜4質量部、及び水14質量部を混合して、混合原料を調製した。
【0047】
(2)坏土の調製:
この混合原料1.0kgを加圧ニーダー(トーシン社製、商品名:TD1−3M型 加圧ニーダー)を用いて50分間混練して坏土を調製した。なお、NMR装置の測定に用いる坏土の試料は、混練前及び混練開始から10分間隔にて50gずつ採取した。よって、坏土の採取は、混練前、混練開始から10分後、同20分後、同30分後、同40分後、及び混練終了直後の混練開始から50分後に実施されている。これら坏土の試料は、乾燥や変性を防ぐため、樹脂フィルムによって空気を抜いた状態にて真空封止して、NMR測定装置による測定まで保存した。
【0048】
(3)水の含有率の計測:
上述の坏土の試料について、水の含水量は、採取直後の試料を120℃にて加熱して乾燥質量を計測し、この乾燥質量によって加熱前の試料の質量を除した値とした。また、坏土の試料における水の含有率は、加熱前の試料の質量に対する水の含水量の百分率比(%)とした。
【0049】
3−1−2.NMR測定装置:
NMR測定装置は、MRテクノジー社製の静磁場強度0.3TのCompacTsacn、及びBRUKER社製の静磁場強度9.4TのAVANCEを使用した。
【0050】
3−1−3.バインダの分子量の測定:
バインダ分子量の測定には、東ソー社製のGPCを使用した。
【0051】
3−1−4.押出成形、及び押出抵抗の測定:
押出抵抗の為の細管レオメータ試験については、坏土を直径25mm、高さ55mmの円筒状に予備成形した成形体を、直径25mmのシリンダー内に挿入した後に圧力を加え、シリンダー底部にある直径1.0mm、高さ20mm、最終端が幅0.1mm×2mmの細管に通すことにより、その抵抗値を測定した。
【0052】
3−2.混練状態、水分子の状態、有機バインダの状態、及び押出抵抗に関する評価試験(試験1):
3−2−1.混練状態:
混練10分後から20分後にかけて、坏土が、粉状から粘土状に変化することを目視によって観察した。
【0053】
3−2−2.プロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間による混練状態の観察:
実施例1について、(2)の工程での、混練前、混練開始から10分後、同20分後、同30分後、同40分後、及び混練終了直後である混練開始から50分後において採取した坏土に対して、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間を測定した。なお、静磁場強度は、0.3Tとした。
【0054】
混練前、混練中の10分間間隔の各時点、及び混練後における、実施例1の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間の測定結果を、表2に示す。図4には、実施例1の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間の推移、図5には、同T2緩和時間の推移を折れ線グラフとして表す。
【0055】
【表2】
【0056】
混練時間の経過とともに、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間が低下していた。特に、図4及び5の折れ線グラフでは、混練10分間後から20分後にかけて、T1緩和時間及びT2緩和時間の低下する度合いが緩やかになる、すなわち折れ線グラフが寝ていく傾向があった。これらT1緩和時間及びT2緩和時間の低下の度合いの変化は、混練10分後から20分後に目視によりわかる、坏土の粉状から粘土状への変化と対応していた。
【0057】
3−2−3.有機バインダの状態:
実施例1について、(2)の工程での、混練前、混練開始から10分後、同20分後、同30分後、同40分後、及び混練終了直後である混練開始から50分後における坏土について、坏土に含まれる有機バインダの分子量を測定した。
【0058】
実施例1の坏土について、混練時間と坏土に含まれる有機バインダの分子量を表3及び図6に示す。なお、有機バインダの分子量は、規格化値として表す。
【0059】
【表3】
【0060】
有機バインダの分子量は混練10分後から20分後にかけて急激に少なくなった。この有機バインダの分子量の低下は、坏土の粉状から粘土状への変化に対応している。
【0061】
3−2−4.押出抵抗:
(2)の工程での、混練前、混練開始から10分後、同20分後、同30分後、同40分後、及び混練終了直後である混練開始から50分後における坏土を押出した。さらに、押出の際、上述の測定方法によって押出抵抗を測定した。
【0062】
実施例1の坏土について、混練時間と押出時の押出抵抗との関係を表す折れ線グラフを図7に示す。
【0063】
混練時間の経過とともに、坏土の押出抵抗が少なくなることが判明した。
【0064】
3−3.水の含有比率とT1及びT2緩和時間との関係の評価試験(試験2):
水の含有率のみが異なる実施例2〜5について、混練50分後に採取した坏土に対して、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間を測定した。なお、静磁場強度は、0.3Tとした。
【0065】
実施例2〜5における、混練50分後に採取した坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間の測定結果を、表4に示す。さらに、実施例2〜5の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間を図8に、同T2緩和時間を図9に折れ線グラフにて表す。
【0066】
【表4】
【0067】
坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、水の含有率が高いものほど大きい。水の含有率が高い場合、混練によってセラミックス原料やの粒子表面を水が被覆しつくしたときでも、残余の水分子が、これら粒子表面に結びつかない自由な状態にて多数存在していたと考えられる。
【0068】
3−4.有機バインダ及び界面活性剤の量とT1及びT2緩和時間との関係の評価試験(試験3):
有機バインダ及び界面活性剤の比率のみが異なる実施例6〜8について、混練開始から10分後、同20分後、及び同30分後に採取した坏土に対して、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間を測定した。なお、実施例6〜8の全てついて、静磁場強度0.3Tにて測定したのに加え、実施例6では静磁場強度9.4Tでも測定した。
【0069】
実施例6〜8の坏土において、混練10分、20分及び30分後の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間の測定結果について、静磁場強度0.3Tにて測定した実施例6〜7の結果を表5、静磁場強度9.4Tにて測定した実施例6の結果を表6に示す。さらに、静磁場強度0.3Tにて測定した実施例6〜7の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間の推移を図10に、同T2緩和時間の推移を図11に折れ線グラフにて示す。
【0070】
【表5】
【0071】
【表6】
【0072】
有機バインダ及び界面活性剤の含有率が異なるとき、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間も異なることが判明した。また、実施例6における坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、静磁場強度0.3Tと9.4Tとの間で大きく異なる。これは、静磁場強度、すなわち測定装置の仕様によってプロトンの緩和時間が変化することを意味する。すなわち緩和時間の絶対値では坏土の混練状態を厳密に判断できないことを意味する。また、静磁場強度が大きいときには、T1緩和時間が長くなる傾向があり、静磁場強度が小さいときには、T2緩和時間が長くなる傾向がある。例えば、静磁場強度0.3TではほとんどT1緩和時間の測定値に差がない坏土の場合でも、静磁場強度9.4Tにすると、有意なT1緩和時間の違いが現れる可能性を示す。すなわち、静磁場強度を変化させてT1緩和時間又はT2緩和時間を測定することによって、坏土の軽微な性状の違いも識別できることを示唆している。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、フィルターや触媒担体、送電ガイシ、耐火物などに用いられるセラミックス構造体を作製するために使用される坏土の評価方法、及び坏土の製造方法として利用できる。
【符号の説明】
【0074】
1:セラミックス原料の粒子、2:水。
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィルターや触媒担体、送電用ガイシ、耐火物などに用いられるセラミックス構造体を作製するために使用される坏土の評価方法、及び坏土の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
無機材料であるセラミックスは、金属や有機材料などには無い優れた物理的・化学的・電気的な性質がある。さらにセラミックスには、原料から自在な形状に成形できる利点があり、これを象徴する例としてミクロンオーダーの薄壁から構成されるハニカム構造体がある。
【0003】
一般に、セラミックス構造体の製造は、セラミックス原料や有機バインダ及び/又は無機バインダなどが含まれる混合原料から坏土を調製する工程、この坏土を所望の形状に成形して成形体を作製する工程、成形体を乾燥する工程、焼成体を作成するために成形体を焼成する工程、という順に行われる。
【0004】
坏土は、セラミックス原料、バインダ、及び溶媒などの含有物質を混合し混練して調製され、坏土の性状は、セラミックス構造体の特性に大きく影響する。例えば、セラミックス原料、バインダ、溶媒などの含有物質が十分に混練されずに坏土が調製されたときには、この坏土から得られる成形体の強度特性や弾性特性などにばらつきが生じる。したがって、坏土の調製において、含有物質の混練の度合いは、客観的指標によって把握されることが望まれる。
【0005】
また、坏土の変形性や保形性、流動性に関する性質、いわゆる坏土のレオロジー特性は、坏土の流動性と、坏土から作製された成形体の保形性に大きく影響する。例えば、押出成形によって坏土からセラミックス成形体を作製する場合、坏土の流動性が悪いときには、押し出すための金型に坏土が圧着されてしまい、得られる成形体の表面にはキレやササクレが生じる。一方、坏土の流動性が良いときには、押出成形から作製された成形体は変形し易くなることがある。
【0006】
このように坏土の性状が重要であるにもかかわらず、実際の生産現場において、坏土の性状の評価は、視覚や触覚などを用いた作業者の熟練した感覚に依存する。しかしながら、作業者の感覚による坏土の性状の評価では、高品質のものを安定的に生産することが困難である。また、坏土の良好な性状を視覚や触覚などから認識する技能の取得には、地道な試行錯誤と訓練が必要であり、多くの労力を経て取得したにもかかわらず、この技能を他の作業者に伝承することが難しい。そこで、作業者の感覚から良好であるとする坏土の性状を、科学的な測定手段による客観的指標から把握することが試みられてきた。
【0007】
特許文献1には、セラミックス粉末に代表される無機粉末と、有機バインダとの混練状態を、透過型電子顕微鏡による観察から評価する方法が開示されている。この方法では、混練によって形成された無機粉末の表面での有機バインダ皮膜の厚さを観察することから、無機粉末と有機バインダとの混練の度合いを評価している。
【0008】
特許文献2には、坏土の製造方法が開示されており、弾性特性試験と細管レオメータ試験によって、坏土のレオロジー特性を評価する方法が示されている。この評価方法から、坏土のレオロジー特性は、セラミックス原料に添加するバインダ、界面活性剤、水の添加比率に大きく影響されることが判明している。
【0009】
核磁気共鳴(NMR)は、核スピンのエネルギー吸収・放出現象に基づき分子の状態を観察できるため、非特許文献1に紹介されるように、有機化合物の構造決定に欠かせないツールである。また、NMRは、有機化合物を主成分とする材料の性状を把握するためのツールとしても利用されている。例えば、特許文献3には、樹脂の架橋の度合いが1H−NMRのT2緩和時間によって規定されることにより、吸水性能の優れた吸水性樹脂が得られることを開示する。さらに、特許文献4では、混合材料中にある樹脂の分散状態を把握するため、1H−NMRのT2緩和時間が用いられている炭素繊維複合材料の製造方法を開示している。この方法では、1H−NMRのT2緩和時間によって、熱硬化性樹脂、カーボンナノファイバー、及び分散用粒子からなる炭素繊維複合材料の均一な分散状態が規定されている。
【0010】
既に、医療診断の分野では、NMRの原理を応用した核磁気共鳴イメージング法(MRI)が用いられている。MRIは、体の大部分を占める水分子の状態が、プロトン緩和時間に反映されることを利用したものである。このような医療診断の分野からさらに一歩進み、NMRは、製造分野、特に工場などでの品質管理に応用されることも期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平9−33420号公報
【特許文献2】特開2000−302525号公報
【特許文献3】特開2001−106728号公報
【特許文献4】特許第4108648号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】「現代有機化学」(上)第4版 K.P.C.Vollhardt,N.E.Schore著、化学同人 10章:NMR分光法による構造決定 pp419−478
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
当然であるが、特許文献1及び2の方法によっても、坏土の状態は的確に把握できない。熟練した作業者が認識する視覚や触覚などの感覚は、非常に複雑多岐な要因を総合的に捉えているからである。坏土の状態を把握するには、複雑多岐な要因を分解し、分解された個別の要因を多角的な指標から検証する必要があり、さらに個別の要因に関する評価データを再び統合して検証する必要がある。よって、坏土の状態を把握するために必要な未知の要因の探索、及びその評価方法は、依然として求められている。
【0014】
特許文献3及び4のように、NMRは、有機化合物の分析における強力なツールであり、樹脂などの有機化合物を主成分とする化学製品の製造には広く適用されるが、他の技術分野への適用拡張には障壁がある。例えば、混練の進行に伴い、バインダは、せん断されてしまい分子量が低下することや、セラミックス原料への水の付着の度合いにも変化を引き起こすことが知られている。そのため、混練の度合いの評価にNMRを適用するにしても、NMRによって測定する現象の選択、及びその測定結果の解釈には、膨大な知見、及び冒頭に述べた作業者の熟練した技能が必要とされる。
【0015】
上記の問題に鑑みて、本発明の課題は、坏土の性状を客観的な指標によって評価する坏土の評価方法、及び坏土の混練状態を客観的な指標によって確認しながら坏土を製造する坏土の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するため、本発明者は、これまで長年にわたり培ってきたセラミックス技術に関する知見を再び科学的な視点から鋭意検討し、NMRによって坏土の混練状態を評価できることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明によれば、以下に示す坏土の評価方法及び坏土の製造方法が提供される。
【0017】
[1] セラミックス原料及び水を少なくとも含有物質とし、前記含有物質を混合し混練して調製される坏土について、NMR法によって、前記含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測し、前記坏土の混練状態を評価する、坏土の評価方法。
【0018】
[2] 前記含有物質に含まれる前記プロトンの前記T1緩和時間及び/又は前記T2緩和時間を計測するための信号が、前記水の前記プロトンから発せられる前記信号を主成分としている、前記坏土の混練状態を評価する、前記[1]に記載の坏土の評価方法。
【0019】
[3] 前記坏土が、前記混練の後、成形工程、乾燥工程及び焼成工程を経るためのものである、前記[1]又は[2]に記載の坏土の評価方法。
【0020】
[4] 前記坏土が、前記焼成工程後に、コーディエライト組成又はアルミナ組成となる、前記[3]に記載の坏土の評価方法。
【0021】
[5] 前記[1]〜[4]のいずれかに記載の坏土の評価方法を用い、前記含有物質に含まれるプロトンの前記T1緩和時間及び/又は前記T2緩和時間によって前記坏土の前記混練状態を確認しながら、前記坏土を混練する、坏土の製造方法。
【0022】
[6] 静磁場強度0.3〜9.4Tにて測定される、前記含有物質に含まれるプロトンの前記T1緩和時間が、混練前の初期値の80%以下となるまで前記坏土を混練する、前記[5]に記載の坏土の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明の坏土の評価方法は、坏土中の含有物質の状態、たとえば水分子の状態を科学的に観察し、坏土の性状が客観的指標によって評価できる。本発明の坏土の製造方法は、客観的な指標によって坏土の混練状態を確認しながら坏土を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】混練の開始直後のセラミックス原料の粒子と水との混練状態を模式的に表す図である。
【図2】図1の状態に続く、混練途中のセラミックス原料の粒子と水との混練状態を模式的に表す図である。
【図3】図2の状態に続く、混練後のセラミックス原料の粒子と水との混練状態を模式的に表す図である。
【図4】実施例1の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間の推移を折れ線グラフにて表す図である。
【図5】実施例1の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT2緩和時間の推移を折れ線グラフにて表す図である。
【図6】実施例1の坏土に含まれる有機バインダの分子量の推移を折れ線グラフにて表す図である。
【図7】実施例1の坏土の混練時間と押出時の押出抵抗との関係を折れ線グラフにて表す図である。
【図8】実施例2〜5にて調製された坏土を用い、坏土における水の含有率とプロトンのT1緩和時間との関係を折れ線グラフにて表す図である。
【図9】実施例2〜5にて調製された坏土を用い、坏土における水の含有率とプロトンのT2緩和時間との関係を折れ線グラフにて表す図である。
【図10】実施例6〜8の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間の推移を折れ線グラフにて表す図である。
【図11】実施例6〜8の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT2緩和時間の推移を折れ線グラフにて表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0026】
1.坏土の評価方法:
1−1.本発明の坏土の評価方法の概要:
本発明の坏土の評価方法は、NMR法によって計測されるプロトンの緩和時間、具体例としてはNMR装置を用いたプロトン緩和時間測定法から得られる客観的な指標にもとづき、坏土の性状を評価するものである。本明細書ではNMR法と称するが、核磁気共鳴法、MR法、MR(I)法など、と称されることもある。緩和時間の表示についても、T1緩和時間が縦緩和時間、T2緩和時間が横緩和時間と称されることがある。また、ある断面の2次元面における場所ごとのT1緩和時間又はT2緩和時間を集積し、緩和時間の差をコントラストで表現すると面内分布(イメージング)の取得も可能である。
【0027】
まず、ここでいう「坏土」とは、セラミックス原料、バインダ、及び溶媒などの含有物質を混合し、混練して調製されるものであり、粘土と表現されることもある。坏土は、これを所定の形状に成形し、次いで乾燥及び焼成することによって、セラミックス構造体が作製できるものであると好ましい。そのような坏土としては、例えば、焼成後の材料組成がコーディエライト組成やアルミナ組成となる坏土を挙げることができる。なお、本明細書では、外観から粘土状になっていないと判断される場合であっても、セラミックス原料、バインダ、及び溶媒などの含有物質を混合した状態にて坏土と称することにする。
【0028】
本発明の坏土の評価方法では、NMR装置を用いた緩和時間測定法を用い、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を測定する。
【0029】
1−2.坏土の混練状態と坏土中の含有物質に含まれるプロトンの緩和時間との関係:
坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、坏土における含有物質のミクロレベル又は分子レベルの状態を反映している。本発明の坏土の評価方法では、坏土の混練が進行に伴って変化する含有物質の分子レベルの状態を、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間の変化より識別するものである。
【0030】
1−3.緩和時間を計測するための信号が水に含まれるプロトンからの信号を主成分とする場合:
本発明の坏土の評価方法において、評価をする坏土としては、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測するための信号が、水のプロトンから発せられる信号を主成分とされるものが好適である。この場合、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間の動態は、坏土中の水に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間の動態とほぼ同じと考えてよいからである。一般に、水分子が物質の表面に付着した状態のときには、水に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は短くなる。逆に、液体の水の塊のように、水分子が自由に運動できる状態のときには、水に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間がより長くなる。「プロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測するための信号が水から発せられる信号を主成分とする」とは、坏土における含有物質の中のプロトンを有する物質のうち、内配割合(質量%)の最も多い物質が、水であることを意味する。
【0031】
図1には、混練の開始直後の坏土の状態、特にセラミックス原料の粒子1と水2とが混ざり合う状態を模式的に表す。混練開始直後では、水2は、液体の塊の状態にて存在する比率が高い。このとき、水分子は、自由に運動できるものが多く、坏土中の水に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間も長い。
【0032】
図2には、混練途中の坏土の状態を模式的に表す。水2は、セラミックス原料の粒子1の表面を被覆し始めている。よって、水2は、セラミックス原料の粒子1の表面に付着するものが比較的多くなり、水の塊になっていて自由に運動できるものは比較的少なくなっている。このような水分子の状態の変化に対応し、坏土中の水に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、混練の開始直後よりも短くなる。
【0033】
図3は、混練が十分にされた坏土の状態を模式的に表す。水2は、セラミックス原料の粒子1の表面を皮膜状に被覆している。このとき、水分子はセラミックス原料の粒子1の表面に付着するものが多くなるため、坏土中の水に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間はより短くなる。すなわち、本発明の坏土の評価方法は、坏土中の含有物質の含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測するための信号が水のプロトンから発せられる信号を主成分とする場合、坏土が十分に混練されて坏土中の水が分散するのに伴って、坏土中の水に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間が短くなる現象を利用する。
【0034】
次に、含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測するための信号が、水のプロトンから発せられる信号を主成分とする坏土を計測する場合について述べる。特に、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間と、水の含有率あるいは有機バインダとの関係について詳しく説明する。
【0035】
1−3−1.坏土の水の含有率と坏土中の含有物質に含まれるプロトンの緩和時間との関係:
坏土における水の含有率が高い場合には、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測するための信号が水のプロトンから発せられる信号を主成分とする傾向が強まり、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間の推移は、坏土中の水に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間の推移をいっそう反映する。
【0036】
図3を参照し説明すると、坏土における水の含有率が高い場合において、坏土が十分に混練されたときには、セラミックス原料の粒子1の表面上を、水2が厚い皮膜状にて被覆する。この厚い皮膜状の水2において、水分子は、セラミックス原料の粒子1の表面に付着するものと、残余の自由に運動ができる状態のものが存在する。坏土における水の含有率が高いときには、セラミックス原料の粒子1の表面上での水2の皮膜が厚くなり自由に運動できる水分子の比率が増えるため、混練後の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、坏土における水の含有率が低いときよりも長くなる。
【0037】
留意すべき点として、本発明の坏土の評価方法では、坏土における水の含有率が高い場合でも、セラミックス原料の粒子と水とが混練されていくにつれて、坏土中で水が分散し、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間が短くなるよう推移する点である。
【0038】
1−3−2.坏土における有機バインダや界面活性剤の比率と含有物質に含まれるプロトンの緩和時間との関係:
坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、坏土中の有機バインダや界面活性剤に含まれるプロトンからの信号も影響する。よって、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、坏土中の有機バインダや界面活性剤の量及び種類が異なれば、その値が異なる。また、実際に坏土中の有機バインダや界面活性剤の量や種類が異なれば、混練具合も異なる。ただし、プロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測するための信号が水のプロトンから発せられる信号を主成分とする坏土では、含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間の変化は、坏土中の水分子の状態の変化をほぼ忠実に反映していると考えてよい。このような坏土では、有機バインダや界面活性剤の量及び種類に関わらず、坏土の混練が進行して坏土中の水が分散するにつれて、含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間が短くなるように推移する。
【0039】
2.坏土の製造方法:
2−1.本発明の坏土の製造方法の概要:
本発明の坏土の製造方法は、上述の坏土の評価方法を用いる。すなわち、本発明の坏土の製造方法では、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間の計測によって、坏土の混練状態を確認しながら坏土を混練する。
【0040】
先に述べたように、良好な混練状態のときの坏土中の含有物質のプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間は、水の含有量、有機バインダ及び界面活性材の種類や量に依存する。ここでいう「坏土の混練状態を確認しながら混練する」とは、坏土の組成が既知であるか否かに応じて、その具体的な実施形態が異なる。例えば、既に同一の組成の坏土について評価試験を行っており、成形に適した混練状態のときの坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間が把握されている場合には、その緩和時間に至るかどうかを観察すればよい。一方、成形に適した混練状態のときの坏土に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間が依然として把握されていない場合には、プロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間の推移を観察し、T1緩和時間及び/又はT2緩和時間が、十分に短くなるとともに、成形工程が安定する値となるまで混練するとよい。
【0041】
なお、NMR法によって測定する試料は、混練前、及び混練途中、混練後、さらには坏土から所望の形状に成形し乾燥前の成形体(坏土)から、適宜採取すればよい。坏土の混練方法は、NMR法によって試料が測定可能な実施形態であれば特に限定されない。
【0042】
特に、本発明の坏土の製造方法では、静磁場強度0.3〜9.4Tにおいて、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間が、混練前のT1緩和時間、いわゆる初期値の80%以下となるまで、坏土を混練することが好ましい。混練前とは、坏土に含まれる全ての含有物質を混ぜ合わせた状態のことをいう。全ての含有物質を混ぜ合わせる工程のことを、混合工程、ミキシング工程、ミキサー工程ともいう。この製造方法によって得られた坏土からは、押出成形によって、キレやササクレのない薄壁から構成されるハニカム成形体が作製できる。
【実施例】
【0043】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0044】
3−1.材料、及び測定機器:
3−1−1.坏土の調製:
(1)混合原料の調製:
(実施例1〜5)
実施例1〜5において、含有物質は、セラミックス原料、有機バインダとして用いるメチルセルロース、界面活性剤として用いるラウリン酸カリウム、及び水とし、これら含有物質を混合して混合原料を調製した(表1)。混合原料における各含有物質の割合は、セラミックス原料100質量部に対して、有機バインダとしてのメチルセルロース6質量部、界面活性剤としてのラウリン酸カリウム1質量部、及び水29.5〜35.0質量部を混合して、混合原料を調製した。なお、実施例1〜5のセラミックス原料は、焼成によってコーディエライト組成となるように、タルク42質量%、カオリン43質量%、アルミナと水酸化アルミニウムのうちの少なくとも1種を14質量%、及びシリカ1質量%からなるコージェライト化原料を用いた。
【0045】
【表1】
【0046】
(実施例6〜8)
実施例6〜8では、セラミックス原料として用いるアルミナ材料100質量部に対して、有機バインダとしてのメチルセルロース3〜6質量部、界面活性剤としてのラウリン酸カリウム2〜4質量部、及び水14質量部を混合して、混合原料を調製した。
【0047】
(2)坏土の調製:
この混合原料1.0kgを加圧ニーダー(トーシン社製、商品名:TD1−3M型 加圧ニーダー)を用いて50分間混練して坏土を調製した。なお、NMR装置の測定に用いる坏土の試料は、混練前及び混練開始から10分間隔にて50gずつ採取した。よって、坏土の採取は、混練前、混練開始から10分後、同20分後、同30分後、同40分後、及び混練終了直後の混練開始から50分後に実施されている。これら坏土の試料は、乾燥や変性を防ぐため、樹脂フィルムによって空気を抜いた状態にて真空封止して、NMR測定装置による測定まで保存した。
【0048】
(3)水の含有率の計測:
上述の坏土の試料について、水の含水量は、採取直後の試料を120℃にて加熱して乾燥質量を計測し、この乾燥質量によって加熱前の試料の質量を除した値とした。また、坏土の試料における水の含有率は、加熱前の試料の質量に対する水の含水量の百分率比(%)とした。
【0049】
3−1−2.NMR測定装置:
NMR測定装置は、MRテクノジー社製の静磁場強度0.3TのCompacTsacn、及びBRUKER社製の静磁場強度9.4TのAVANCEを使用した。
【0050】
3−1−3.バインダの分子量の測定:
バインダ分子量の測定には、東ソー社製のGPCを使用した。
【0051】
3−1−4.押出成形、及び押出抵抗の測定:
押出抵抗の為の細管レオメータ試験については、坏土を直径25mm、高さ55mmの円筒状に予備成形した成形体を、直径25mmのシリンダー内に挿入した後に圧力を加え、シリンダー底部にある直径1.0mm、高さ20mm、最終端が幅0.1mm×2mmの細管に通すことにより、その抵抗値を測定した。
【0052】
3−2.混練状態、水分子の状態、有機バインダの状態、及び押出抵抗に関する評価試験(試験1):
3−2−1.混練状態:
混練10分後から20分後にかけて、坏土が、粉状から粘土状に変化することを目視によって観察した。
【0053】
3−2−2.プロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間による混練状態の観察:
実施例1について、(2)の工程での、混練前、混練開始から10分後、同20分後、同30分後、同40分後、及び混練終了直後である混練開始から50分後において採取した坏土に対して、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間を測定した。なお、静磁場強度は、0.3Tとした。
【0054】
混練前、混練中の10分間間隔の各時点、及び混練後における、実施例1の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間の測定結果を、表2に示す。図4には、実施例1の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間の推移、図5には、同T2緩和時間の推移を折れ線グラフとして表す。
【0055】
【表2】
【0056】
混練時間の経過とともに、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間が低下していた。特に、図4及び5の折れ線グラフでは、混練10分間後から20分後にかけて、T1緩和時間及びT2緩和時間の低下する度合いが緩やかになる、すなわち折れ線グラフが寝ていく傾向があった。これらT1緩和時間及びT2緩和時間の低下の度合いの変化は、混練10分後から20分後に目視によりわかる、坏土の粉状から粘土状への変化と対応していた。
【0057】
3−2−3.有機バインダの状態:
実施例1について、(2)の工程での、混練前、混練開始から10分後、同20分後、同30分後、同40分後、及び混練終了直後である混練開始から50分後における坏土について、坏土に含まれる有機バインダの分子量を測定した。
【0058】
実施例1の坏土について、混練時間と坏土に含まれる有機バインダの分子量を表3及び図6に示す。なお、有機バインダの分子量は、規格化値として表す。
【0059】
【表3】
【0060】
有機バインダの分子量は混練10分後から20分後にかけて急激に少なくなった。この有機バインダの分子量の低下は、坏土の粉状から粘土状への変化に対応している。
【0061】
3−2−4.押出抵抗:
(2)の工程での、混練前、混練開始から10分後、同20分後、同30分後、同40分後、及び混練終了直後である混練開始から50分後における坏土を押出した。さらに、押出の際、上述の測定方法によって押出抵抗を測定した。
【0062】
実施例1の坏土について、混練時間と押出時の押出抵抗との関係を表す折れ線グラフを図7に示す。
【0063】
混練時間の経過とともに、坏土の押出抵抗が少なくなることが判明した。
【0064】
3−3.水の含有比率とT1及びT2緩和時間との関係の評価試験(試験2):
水の含有率のみが異なる実施例2〜5について、混練50分後に採取した坏土に対して、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間を測定した。なお、静磁場強度は、0.3Tとした。
【0065】
実施例2〜5における、混練50分後に採取した坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間の測定結果を、表4に示す。さらに、実施例2〜5の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間を図8に、同T2緩和時間を図9に折れ線グラフにて表す。
【0066】
【表4】
【0067】
坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、水の含有率が高いものほど大きい。水の含有率が高い場合、混練によってセラミックス原料やの粒子表面を水が被覆しつくしたときでも、残余の水分子が、これら粒子表面に結びつかない自由な状態にて多数存在していたと考えられる。
【0068】
3−4.有機バインダ及び界面活性剤の量とT1及びT2緩和時間との関係の評価試験(試験3):
有機バインダ及び界面活性剤の比率のみが異なる実施例6〜8について、混練開始から10分後、同20分後、及び同30分後に採取した坏土に対して、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間を測定した。なお、実施例6〜8の全てついて、静磁場強度0.3Tにて測定したのに加え、実施例6では静磁場強度9.4Tでも測定した。
【0069】
実施例6〜8の坏土において、混練10分、20分及び30分後の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間の測定結果について、静磁場強度0.3Tにて測定した実施例6〜7の結果を表5、静磁場強度9.4Tにて測定した実施例6の結果を表6に示す。さらに、静磁場強度0.3Tにて測定した実施例6〜7の坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間の推移を図10に、同T2緩和時間の推移を図11に折れ線グラフにて示す。
【0070】
【表5】
【0071】
【表6】
【0072】
有機バインダ及び界面活性剤の含有率が異なるとき、坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間も異なることが判明した。また、実施例6における坏土中の含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及びT2緩和時間は、静磁場強度0.3Tと9.4Tとの間で大きく異なる。これは、静磁場強度、すなわち測定装置の仕様によってプロトンの緩和時間が変化することを意味する。すなわち緩和時間の絶対値では坏土の混練状態を厳密に判断できないことを意味する。また、静磁場強度が大きいときには、T1緩和時間が長くなる傾向があり、静磁場強度が小さいときには、T2緩和時間が長くなる傾向がある。例えば、静磁場強度0.3TではほとんどT1緩和時間の測定値に差がない坏土の場合でも、静磁場強度9.4Tにすると、有意なT1緩和時間の違いが現れる可能性を示す。すなわち、静磁場強度を変化させてT1緩和時間又はT2緩和時間を測定することによって、坏土の軽微な性状の違いも識別できることを示唆している。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、フィルターや触媒担体、送電ガイシ、耐火物などに用いられるセラミックス構造体を作製するために使用される坏土の評価方法、及び坏土の製造方法として利用できる。
【符号の説明】
【0074】
1:セラミックス原料の粒子、2:水。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス原料及び水を少なくとも含有物質とし、前記含有物質を混合し混練して調製される坏土について、NMR法によって、前記含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測し、前記坏土の混練状態を評価する、坏土の評価方法。
【請求項2】
前記含有物質に含まれる前記プロトンの前記T1緩和時間及び/又は前記T2緩和時間を計測するための信号が、前記水の前記プロトンから発せられる前記信号を主成分としている、前記坏土の混練状態を評価する、請求項1に記載の坏土の評価方法。
【請求項3】
前記坏土が、前記混練の後、成形工程、乾燥工程及び焼成工程を経るためのものである、請求項1又は2に記載の坏土の評価方法。
【請求項4】
前記坏土が、前記焼成工程後に、コーディエライト組成又はアルミナ組成となる、請求項3に記載の坏土の評価方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の坏土の評価方法を用い、前記含有物質に含まれるプロトンの前記T1緩和時間及び/又は前記T2緩和時間によって前記坏土の前記混練状態を確認しながら、前記坏土を混練する、坏土の製造方法。
【請求項6】
静磁場強度0.3〜9.4Tにて測定される、前記含有物質に含まれるプロトンの前記T1緩和時間が、混練前の初期値の80%以下となるまで前記坏土を混練する、請求項5に記載の坏土の製造方法。
【請求項1】
セラミックス原料及び水を少なくとも含有物質とし、前記含有物質を混合し混練して調製される坏土について、NMR法によって、前記含有物質に含まれるプロトンのT1緩和時間及び/又はT2緩和時間を計測し、前記坏土の混練状態を評価する、坏土の評価方法。
【請求項2】
前記含有物質に含まれる前記プロトンの前記T1緩和時間及び/又は前記T2緩和時間を計測するための信号が、前記水の前記プロトンから発せられる前記信号を主成分としている、前記坏土の混練状態を評価する、請求項1に記載の坏土の評価方法。
【請求項3】
前記坏土が、前記混練の後、成形工程、乾燥工程及び焼成工程を経るためのものである、請求項1又は2に記載の坏土の評価方法。
【請求項4】
前記坏土が、前記焼成工程後に、コーディエライト組成又はアルミナ組成となる、請求項3に記載の坏土の評価方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の坏土の評価方法を用い、前記含有物質に含まれるプロトンの前記T1緩和時間及び/又は前記T2緩和時間によって前記坏土の前記混練状態を確認しながら、前記坏土を混練する、坏土の製造方法。
【請求項6】
静磁場強度0.3〜9.4Tにて測定される、前記含有物質に含まれるプロトンの前記T1緩和時間が、混練前の初期値の80%以下となるまで前記坏土を混練する、請求項5に記載の坏土の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−208066(P2010−208066A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−54443(P2009−54443)
【出願日】平成21年3月9日(2009.3.9)
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月9日(2009.3.9)
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]