説明

培養組成物

【課題】迅速に嫌気的条件を作出し、有機塩素化合物の還元的脱塩素反応に関与するバクテリアを優先的に増殖する培養組成物を提供する。
【解決手段】有機塩素化合物により汚染された被処理物質を前記有機塩素化合物の分解活性を有する嫌気性バクテリアによって浄化するために前記被処理物質に添加する培養組成物であって、メタノール・クエン酸・脱脂粉乳を主成分として含む培養組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機塩素化合物により汚染された被処理物質を前記有機塩素化合物の分解活性を有する嫌気性バクテリアによって浄化するために前記被処理物質に添加する培養組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
テトラクロロエチレン・トリクロロエチレン・1,1,1-トリクロロエタン・ジクロロエチレンなどの有機塩素化合物による土壌・地下水の汚染が深刻な問題となっている。例えばテトラクロロエチレンはドライクリーニングの溶剤として多量に使用され、トリクロロエチレンは脱脂洗浄剤として半導体産業等で多量に使用されており、これらの物質が揮発性であることや焼却等の適切な処理が行われなかったことにより、汚染が生じた。
これらの有機塩素化合物は、難溶性および難分解性物質である。そのため、土壌等に含まれる塩素化有機化合物等の有機塩素化合物を分解し、汚染された環境を浄化するための環境浄化技術の開発が強く望まれている。
【0003】
従来、例えばテトラクロロエチレンによる汚染の浄化技術として、汚染された土壌のばっ気・加熱・固化、或いは、汚染された地下水を吸着・触媒酸化する等の物理・化学的な手法が採用されてきた。
しかし、近年、環境浄化手法の1つとして、微生物を活用することにより、汚染物質を分解・無害化して汚染を除去するバイオレメディエーション技術が根本的な修復技術として期待されている(例えば、特許文献1,2)。バイオレメディエーションは、有害な有機化合物を生物学的に分解し、炭酸ガスやメタン・水・無機塩等の無害な物質に変換する技術である。
【0004】
特許文献1は、テトラトリクロロエチレンなどの有機塩素化合物による汚染物の浄化方法を開示しており、還元剤の存在下において、化学反応及び微生物の組み合わせによって還元性脱ハロゲン化が促進される。
特許文献2には、嫌気性バクテリアおよび好気性バクテリアを利用した生物学的修復方法と、その際に使用する添加剤について記載してある。当該添加剤には、嫌気性バクテリアの還元的脱ハロゲン化を促進する物質として電子供与体としてのプロピオン酸塩、および、嫌気状態を造成する物質として乳糖を含む。乳糖は、好気性微生物にとって有効な栄養源となる。
【0005】
その他、特許文献3には、微生物の働きにより有機塩素化合物を還元的に分解させるため、汚染された土壌等に微生物の栄養源となる添加剤を添加する技術が記載してある。当該添加剤には、有機酸とタンパク質とが含まれる。
【0006】
また、非特許文献1には、メタノールを電子供与体とする嫌気的微生物脱塩素反応に関与するバクテリアを単離培養し、水素とビタミンB12と酢酸を栄養素として、テトラクロロエチレンの嫌気的微生物脱塩素反応が可能であることが記載してある。
【0007】
また、非特許文献2には、テトラクロロエチレン等の有機塩素化合物をジクロロエチレンや塩化ビニルにまで分解する微生物集団を解析したところ、分解に関与するバクテリアとして、乳酸菌の一種が特定されたことが記載してある。
【0008】
【特許文献1】特開2003−71431号公報
【特許文献2】特許3538643号
【特許文献3】特開2006−142140号公報
【非特許文献1】Xavier et al,"Characterization of an H2-Utilizing Enrichment Culture That Reductively Dechlorinates Tetrachloroethene to Vinyl Chloride and Ethene in the Absence of Methanogenesis and Acetogenesis", Applied and Environmental Microbiology, Nov.1995,Vol.61,p.3928-3933
【非特許文献2】水本正浩,「塩素化エチレンの嫌気分解に関する研究開発」,財団法人バイオインダストリー協会独立行政法人新エネルギー産業技術総合開発機構主催,生分解・処理メカニズムの解析と制御技術の開発事業 平成17年度成果報告会講演要旨集 平成17年9月26日,p24〜26
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に記載の技術では、還元剤の存在下において、化学反応及び微生物の組み合わせによる還元性脱ハロゲン化を促進しているが、化学反応を用いる浄化技術では反応特異性がないため、対象となる土壌により、予測できない副反応が生じる虞がある。従って、再現性のよい浄化を実施するのは困難である。さらに、現場で還元剤を土壌に混合するには、土木作業が必要であるため、経済的ではない。
【0010】
特許文献2に記載の添加剤は、プロピオン酸塩および乳糖を含む。しかし、プロピオン酸塩は、電子供与体としては比較的緩やかに効果が現れるため、汚染土壌を迅速に還元的条件とすることは困難である。また、乳糖を利用できない嫌気性バクテリアが存在する。よって、当該添加剤は、どのような場所でも利用できる添加剤ではない。
【0011】
特許文献3に記載の添加剤では、タンパク質として酵母エキス・麦芽エキス・肉エキス・ペプトン等を含んでおり、これは微生物を培養する一般的な培地成分と類似するため、例えば汚染地下水浄化に関連する微生物を優先的に増殖させるのは困難である。
【0012】
非特許文献1に記載の技術では、メタノールを唯一の炭素原としてテトラクロロエチレンの脱塩素反応が可能であることを示している。しかし、例えば地下水は好気的な条件であることが多いため、汚染地下水の浄化に使用するには不適切である。
【0013】
非特許文献2には、有機塩素化合物の還元的脱塩素反応に関与するバクテリアを優先的に増殖させる手法については記載されていない。
【0014】
従って、本発明の目的は、迅速に嫌気的条件を作出し、有機塩素化合物の還元的脱塩素反応に関与するバクテリアを優先的に増殖する培養組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するための本発明に係る培養組成物は、有機塩素化合物により汚染された被処理物質を前記有機塩素化合物の分解活性を有する嫌気性バクテリアによって浄化するために前記被処理物質に添加する培養組成物であって、その第一特徴構成は、メタノール・クエン酸・脱脂粉乳を主成分として含む点にある。
【0016】
一般に、培地などのバクテリア培養環境の酸化還元電位がバクテリアの生育に影響を及ぼす。特に嫌気性バクテリアは、バクテリア培養環境の酸化還元電位が低い、即ち嫌気状態である場合に良好に生育する。本構成の培養組成物は、バクテリア培養環境の酸化還元電位を低下させ、嫌気状態とすることができる。
【0017】
当該培養組成物は、メタノール・クエン酸・脱脂粉乳を主成分として含む。
メタノールは、バクテリアの増殖環境の酸化還元電位が低下して嫌気状態となったときに、バクテリアが迅速に利用可能な電子供与体となる。従来、プロピオン酸が電子供与体として利用されていたが(特許文献3)、この場合、迅速に還元的環境を作出するのは困難であった。しかし、本構成のようにメタノールを電子供与体とすることで、バクテリアの増殖環境を迅速に還元的環境とすることができる。
【0018】
クエン酸は、TCA回路の要素であり、バクテリアの増殖環境を嫌気状態とするために、酸化還元電位の低下に必要な還元エネルギー(NADH)を得ることができる。
【0019】
脱脂粉乳は、有機塩素化合物の分解に間接的に関与するバクテリア、例えば乳酸菌を増殖させるための栄養素である。
【0020】
本構成の培養組成物をバクテリアの培養環境に添加することで、バクテリアの増殖環境の酸化還元電位を低下させて迅速に嫌気状態とし、難分解性の有害物質である有機塩素化合物を還元的脱塩素反応により直接分解することができる嫌気性バクテリア、および、有機塩素化合物の分解に間接的に関与するバクテリアを、他のバクテリアに優先して増殖させることが可能となる。
【0021】
そして、培養環境を迅速に嫌気的条件に調整した結果、嫌気性バクテリアの増殖と代謝とを行わせることにより、有機塩素系化合物の分解時間の短縮および分解効率を向上できる状態で被処理物質を浄化することができる。
【0022】
本発明に係る培養組成物の第二特徴構成は、前記メタノールの濃度を5〜100mM、前記クエン酸の濃度を0.5〜10mM、前記脱脂粉乳の濃度を0.0005〜0.01%とした点にある。
【0023】
上記第二特徴構成によれば、培養組成物の各成分を上記濃度範囲とすることで、バクテリア増殖環境の酸化還元電位を、有機塩素化合物を直接分解する嫌気性バクテリアが良好に増殖できるレベルとなるように設定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
本発明は、有機塩素化合物により汚染された被処理物質を前記有機塩素化合物の分解活性を有する嫌気性バクテリアによって浄化するために前記被処理物質に添加する培養組成物である。
当該培養組成物は、メタノール・クエン酸・脱脂粉乳を主成分として含む。
【0025】
本明細書では、被処理物質とは、例えばテトラクロロエチレン等の有機塩素化合物によって汚染された土壌・地下水・汚泥・焼却灰等のことを示す。
当該有機塩素化合物としては、テトラクロロエチレン・トリクロロエチレン・1,1,1-トリクロロエタン・ジクロロエチレンや、ポリ塩化ジベンゾダイオキシン類(PCDD)、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)などのダイオキシン類等が例示される。
【0026】
当該有機塩素化合物の分解能を有する嫌気性バクテリアの代表的な例としては、デハロコッコイデス(Dehalococcoides)属、メタノバクテリウム(Methanobacterium)属、メタノサルシナ(Methanosarcina)属、メタノロブス(Methanolobus)属、アセトバクテリウム(Acetobacterium)属、デスルフォバクテリウム(Desulfobacterium)属、デスルフォモニル(Desulfomonile)属、デハロスピリルム(Dehalospirillum)属、デハロバクター(Dehalobacter)属、デハロバクテリウム(Dehalobacterium)属、クロストリジウム(Clostridium)属等のバクテリアが例示される。
【0027】
上述したように、有機塩素化合物の分解微生物集団には、分解に関与するバクテリアとして乳酸菌の一種が存在することが明らかにされている。即ち、当該乳酸菌は有機塩素化合物の分解に間接的に関与すると考えられる。
当該乳酸菌としては、例えばラクトバシラス(Lactobacillus)属、ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)属、ラクトコッカス(Lactococcus)属、ペディオコッカス(Pediococcus)属、リューコノストックLeuconostoc)属等が挙げられる。
【0028】
その他、有機塩素化合物の分解に間接的に関与すると考えられるバクテリアとしては、緑膿菌が挙げられ、その他のバクテリアとして、シュードモナス属(Pseudomonas sp.)、ブルコデリア属(Burkoderia sp.)、ロドコッカス属(Rhodococcus sp.)等が例示される。
【0029】
従って、有機塩素化合物の還元的脱塩素反応に直接関与する嫌気性バクテリア、および、有機塩素化合物の分解に間接的に関与する乳酸菌が、有機塩素化合物の還元的脱塩素反応に重要なバクテリアであることが判る。
【0030】
本発明の培養組成物は、有機塩素化合物の分解に直接的および間接的に関与するバクテリア群を優先的に増殖させるものである。
一般に、培地などのバクテリア培養環境の酸化還元電位がバクテリアの生育に影響を及ぼす。嫌気性バクテリアは、バクテリア培養環境の酸化還元電位が低い嫌気状態である場合に良好に生育する。本発明の培養組成物は、バクテリア培養環境の酸化還元電位を低下させる。
上述したように、本発明の培養組成物は、メタノール・クエン酸・脱脂粉乳を主成分として含む。
【0031】
メタノールは、バクテリアの増殖環境の酸化還元電位が低下して嫌気状態となったときに、バクテリアが迅速に利用可能な電子供与体となる。メタノールを電子供与体とすることで、バクテリアの増殖環境を迅速に還元的環境とすることができる。
また、好気性バクテリア(例えばシュードモナス属(Pseudomonas sp.))・通性嫌気性バクテリア(例えばクレブシエラ属(Klebsiella sp.))・偏性嫌気性バクテリア(例えばクロストリジウム属(Clostridium sp.),メタノサルシナ属(Methanosarcina sp.))は、メタノールによりビタミンB12を産生することが知られている。ビタミンB12は、例えばデハロコッコイデスの生育には必須の栄養素である。従って、当該培養組成物に添加したメタノールは、バクテリアが迅速に利用できる電子供与体としてだけでなく、バクテリアの増殖環境に存在する土壌細菌群に、デハロコッコイデスの必須栄養素を合成させることができる。
【0032】
クエン酸は、TCA回路の要素であり、バクテリアの増殖環境を嫌気状態とするために、酸化還元電位の低下に必要な還元エネルギー(NADH)を得ることができる。
【0033】
脱脂粉乳は、有機塩素化合物の分解に関与するバクテリア、例えば乳酸菌を増殖させるための栄養素である。
脱脂粉乳は、例えば原料乳の乳脂肪分を除去したものから殆ど全ての水分を除去した後、粉末状に乾燥したものである。原料乳は特に制約されるものではないが、牛・ヒトなど各種哺乳動物から得られた乳が用いられる。脱脂粉乳の製造工程は通常の工程であればよい。例えば、原料乳を減圧下で加熱して濃縮し、その後噴霧乾燥する。本発明の培養組成物に使用する脱脂粉乳においては、特定の成分量を調整する必要はない。
脱脂粉乳の組成は、例えば、脱脂粉乳100g中、タンパク質34.0g、脂質1.0g、炭水化物53.3g、灰分7.9g及びビタミンB群2mg、Ca・Na・K・Mg・P等5g程度の無機質を含む。原料乳の種類等によって多少の変動は許容される。
【0034】
本発明の培養組成物を被処理物質に添加することにより、バクテリアの増殖環境の酸化還元電位を低下させて迅速に嫌気状態とし、有機塩素化合物を還元的脱塩素反応により分解することができる嫌気性バクテリア、および、有機塩素化合物の分解に間接的に関与するバクテリアを、他のバクテリアに優先して増殖させることが可能となる。
【0035】
本発明の培養組成物の使用態様としては、被処理物質が汚染地下水等の液体の場合は、培養組成物の各成分を含んだ錠剤或いは液体の態様として使用できる。一方、被処理物質が汚染土壌の場合は、培養組成物の各成分を含んだ液体の態様として使用することができる。上記使用態様は一例であり、これらの態様に限られるものではない。
【実施例】
【0036】
以下の実験により、本発明の培養組成物を用いた場合における、デハロコッコイデス属によるトリクロロエチレンの分解能力について検討した。
【0037】
本発明の培養組成物において、各成分の添加の有無および濃度条件を種々変更し、有機塩素化合物であるトリクロロエチレンにより汚染された地下水(被処理物質)に添加して、酸化還元電位を測定した。
【0038】
<各成分の添加の有無>
当該汚染地下水を15mLのプラスティックチューブに満たし、さらに、当該培養組成物の3種の成分について、無添加(サンプルNo.1)、単独(サンプルNo.2〜4)、2種混合(サンプルNo.5〜7)、3種混合(サンプルNo.8:本発明の培養組成物)したものを、それぞれ前記汚染地下水に添加した。この状態のチューブを密封して20℃で2週間培養し、酸化還元電位を測定した。結果を表1に示した。尚、脱脂粉乳はスキムミルク粉末(Difco社製)を使用した。
【0039】
【表1】

【0040】
表1の結果より、サンプルNo.1のように、各成分を全く添加しない場合、および、サンプルNo.2〜4のように各成分を単独で添加した場合は、酸化還元電位は、嫌気性バクテリアが成育するのに適する値を示さなかった。一方、サンプルNo.6〜7のように2種混合した培養組成物の場合、および、サンプルNo.8のように3種混合した培養組成物の場合は、酸化還元電位は十分低下し、嫌気性バクテリアが成育するのに適する値を示した。
【0041】
サンプルNo.1〜4,8について、培養後のバクテリアの存在量を評価するため、PCRを行った。当該PCRでは、有機塩素化合物の分解に間接的に関与するバクテリアとして乳酸菌、および、有機塩素化合物を還元的脱塩素反応により直接分解することができる嫌気性バクテリアとしてデハロコッコイデスの検出を試みた。
【0042】
乳酸菌の検出において、「Jens et al,"Detection of Lactobacillus, Pediococcus, Leuconostoc, and Weissella Species in Human Feces by Using Group-Specific PCR Primers and Denaturing Gradient Gel Electrophorisis",APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY,June 2001,p2578-2585」に記載の情報に基づき、プライマー配列およびPCR増幅条件を設定した。
【0043】
プライマーは、乳酸菌の16S rDNAの標的部位に対して設計した特異的プライマー、即ち、フォワードプライマーLac1(配列認識番号1)、リバースプライマーLac2(配列認識番号2)を用いた。
【0044】
PCR反応液の組成は、25pmolプライマー(Lac1,Lac2)、0.2mM dNTP、リアクションバッファー、20mMテトラメチルアンモニウムクロリド、25μg BSA、2.5U rTaqポリメラーゼ(アマシャム ファルマシア バイオテック社製)、1μL 鋳型DNA液を混合して、全量を50μLとした。
【0045】
PCR反応は、GeneAmp2400サーマルサイクラー(パーキンエルマー社製)を用いて行った。PCR増幅条件は、94℃2分の初期変性後、94℃30秒―61℃1分―68℃1分を35サイクル行い、最後に68℃7分の伸長反応を行うように設定した。
【0046】
PCR反応後、1.5%アガロースゲルにてPCR産物の電気泳動を行った。電気泳動終了後、ゲルをエチジウムブロマイドで染色し、乳酸菌由来のPCR産物の有無を評価した(表2)。
【0047】
デハロコッコイデスの検出において、「Theo et al,"Development of a real-time PCR method for quantification of the three genera Deharobacter, Dehalococcoides, and Desulfitobacterium in microbial communities.",Journal of Microbiological Methods, 57(2004)369-378」に記載の情報に基づき、プライマー配列およびPCR増幅条件を設定した。
【0048】
プライマーは、デハロコッコイデスの16S rRNAの標的部位に対して設計した特異的プライマー、即ち、フォワードプライマーDco728F(配列認識番号3)、リバースプライマーDco944R(配列認識番号4)を用いた。
PCR反応液の組成は、QuantiTect SYBR Green PCRマスターミックス5μL(キアゲン社製)、0.8μLプライマー(Dco728F,Dco944R)、2.4μL希釈水、1μL 鋳型DNA液を混合して、全量を10μLとした。
【0049】
PCR反応および電気泳動は、PCR増幅条件以外は上述した乳酸菌のPCRによる検出に用いた手法と同様の手法により行った。PCR増幅条件は、94℃15分の初期変性後、94℃30秒―58℃20秒―72℃30秒を50サイクル行うように設定した。
PCR反応および電気泳動終了後、デハロコッコイデス由来のPCR産物の有無を評価した(表2)。
【0050】
【表2】

【0051】
サンプルNo.3(クエン酸のみ添加)では、デハロコッコイデスは増殖するが、乳酸菌は増殖しない。サンプルNo.2(メタノールのみ添加)、サンプルNo.4(脱脂粉乳のみ添加)では、乳酸菌およびデハロコッコイデスは増殖するが、バクテリアの増殖環境の酸化還元電位(それぞれ+192mV,+28mV)が、メタノール・クエン酸・脱脂粉乳を主成分とする培養組成物(サンプルNo.8)の酸化還元電位(−96mV)に比べて、著しく劣る(表1参照)。
【0052】
<トリクロロエチレンの分解評価>
サンプルNo.1、5〜8について、トリクロロエチレンがどの程度分解されるかを評価した。培養条件において、培養期間を3週間としたこと以外は上述した条件と同様に行った。結果を表4に示した。トリクロロエチレン濃度の測定は、JIS K 0125 5.2の分析方法に従い、ヘッドスペースGC/MS法により行った。
【0053】
【表3】

【0054】
サンプルNo.6〜7のように、各成分を2種混合して酸化還元電位が十分低下(それぞれ−60mV,−42mV:表1参照)した場合であっても、トリクロロエチレン濃度は、各成分を添加しないサンプルNo.1と略同程度である。そのため、サンプルNo.6,7では、酸化還元電位は十分低下して、嫌気性バクテリア(デハロコッコイデス)が成育するのに適する値を示すのにも関わらず、トリクロロエチレンは殆ど分解されていない。
【0055】
一方、サンプルNo.8のように各成分を3種混合した培養組成物の場合は、他のサンプル(サンプルNo.1,5〜7)に比べて、約20分の1程度にまで減少することが判明した。この場合、酸化還元電位は十分低下して、嫌気性バクテリア(デハロコッコイデス)が成育するのに適する値を示し、かつ、トリクロロエチレンは十分に分解されている。
【0056】
即ち、酸化還元電位の低下、デハロコッコイデスの増殖および有機塩素化合物の分解に影響を与える要因として、例えば他のバクテリアが存在することが示唆される。当該他のバクテリアは、有機塩素化合物の分解に間接的に関与するバクテリアである。
【0057】
以上より、メタノール・クエン酸・脱脂粉乳を主成分として含む培養組成物(サンプルNo.8)を使用することにより、トリクロロエチレンは、最終的にはエチレンにまで分解され、被処理物質である汚染地下水は、浄化される。
【0058】
<各成分の濃度条件>
メタノール・クエン酸・脱脂粉乳の各成分を3種混合した培養組成物において、各成分の濃度条件を種々変更して前記汚染地下水に添加し、酸化還元電位を測定した。培養条件は、上述した実験と同様とした。結果を表4に示した。
【表4】

【0059】
表4の結果より、メタノールの濃度が5〜100mM、クエン酸の濃度が0.5〜10mM、脱脂粉乳の濃度が0.0005〜0.01%の場合、嫌気性バクテリアが成育するのに適するのに十分な程度まで酸化還元電位のレベルは低下することが判明した。メタノールの濃度が10〜50mM、クエン酸の濃度が1〜5mM、脱脂粉乳の濃度が0.001〜0.05%の場合は、特に好ましいレベルにまで酸化還元電位のレベルは低下する。
【0060】
このように酸化還元電位のレベルが低下すると、バクテリアの増殖環境が嫌気状態となり、有機塩素化合物を還元的脱塩素反応により分解することができる嫌気性バクテリアを、他のバクテリアに優先して増殖させることが可能となる。
【0061】
〔別実施の形態〕
上述した実施形態では、本発明の培養組成物は、有機塩素化合物により汚染された被処理物質を、有機塩素化合物の分解活性を有する嫌気性バクテリアによって浄化するために被処理物質に添加した。
本発明の培養組成物は、このような実施態様に限らず、例えば以下に説明するように、簡便に嫌気培養条件を作出して所望の嫌気性バクテリアを迅速に検出する場合にも利用できる。
【0062】
例えば工場等で使用される工作機械では、切削工具の冷却や切削性、被切削物・機械の温度の上昇防止などの目的で切削油が使用されている。水溶性切削油の場合には、バクテリア等の細菌が発生して悪臭が生じやすい。悪臭の原因となる物質は硫化水素であり、この硫化水素は、嫌気性バクテリアである硫酸還元バクテリアにより、嫌気条件で硫酸イオンが還元されて発生する。
【0063】
硫酸還元バクテリアは、水溶性切削油を希釈する水に含まれる。この希釈水は、通常、殺菌した上水ではなく未殺菌の工業用水や井水である。そのため、悪臭の原因となる硫化水素の発生を未然に防止するためには、当該希釈水に硫酸還元バクテリアが含まれるか否かを検査し、硫酸還元バクテリアが含まれない希釈水を使用する必要がある。
【0064】
希釈水に硫酸還元バクテリアが含まれるか否かを検査するためには、当該希釈水を嫌気培養して硫酸還元バクテリアの検出を試みる。
一般に嫌気培養は、以下の方法が公知である。
酸素存在下では生きられない嫌気性バクテリアを培養するには、培養環境から酸素を除去する必要がある。嫌気培養培地には、培地自体の還元力を高めるために肝臓片を肝臓ブイヨンに加える肝片加肝臓ブイヨン・チオグリコール酸ナトリウム・システインを添加し、SH基の自己酸化によって培地中の酸素を除去するチオグリコレート培地がある。
培養環境から酸素を除去する方法として、物理的に酸素を除去する方法と、化学的に酸素を除去する方法とがある。
物理的に酸素を除去する方法としては、容器内の酸素をポンプによって排出する方法、或いは、厚い培地の底で菌を培養する方法がある。
化学的に酸素を除去する方法としては、化学薬品と水を反応させて水素ガスを発生させ、触媒の働きによって発生した水素ガスと容器内の酸素とを反応させて水にするガスパック法や、金属に酸素を吸収させるスチールウール法、酸素吸収能力の高い細菌とともに培養する方法などが知られている。
【0065】
しかし、工場等の現場において、上述した嫌気培養を行って希釈水を嫌気培養して硫酸還元バクテリアが含まれるか否かを簡便に判断するのは困難である。
【0066】
本発明のメタノール・クエン酸・脱脂粉乳を主成分として含む培養組成物を利用すれば、上述した実施形態で示したように、バクテリアの増殖環境の酸化還元電位を低下させて迅速に嫌気状態とし、簡便に嫌気培養することができる。
【0067】
<硫酸還元バクテリアの培養>
上述した実施形態に示した培養条件において、汚染地下水に代えて、水溶性切削油を希釈する希釈水(工業用水)を使用したこと以外は、同様の条件で硫酸還元バクテリア(Desulfovibrio sp.)の培養を試みた。使用した培養組成物の成分および濃度も、上述した実施形態で使用したサンプルNo.1〜8と同様とした。この培養条件によって、発生する臭気の有無および沈殿物の色を評価した。結果を表5に示した。
【0068】
【表5】

【0069】
その結果、サンプルNo.8(本発明の培養組成物)のみで臭気を確認できた。そして沈殿物の色が黒色であることから沈殿物は硫化鉄である。そのため、臭気の成分は硫化水素であるものと認められる。従って、本実施形態の培養条件において硫酸還元バクテリアが培養された。
【0070】
このように、本発明の培養組成物を利用することにより、工場等の現場で簡便に嫌気培養して、所望の嫌気性バクテリアが含まれるか否かを迅速に判断することができる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の培養組成物は、有機塩素化合物により汚染された被処理物質を有機塩素化合物の分解活性を有する嫌気性バクテリアによって浄化するために利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機塩素化合物により汚染された被処理物質を前記有機塩素化合物の分解活性を有する嫌気性バクテリアによって浄化するために前記被処理物質に添加する培養組成物であって、
メタノール・クエン酸・脱脂粉乳を主成分として含む培養組成物。
【請求項2】
前記メタノールの濃度が5〜100mM、前記クエン酸の濃度が0.5〜10mM、前記脱脂粉乳の濃度が0.0005〜0.01%である請求項1に記載の培養組成物。

【公開番号】特開2008−290026(P2008−290026A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−139565(P2007−139565)
【出願日】平成19年5月25日(2007.5.25)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】