説明

塑性加工潤滑油組成物

【課題】本発明は、アルミニウム等の非鉄金属を高温下かつ高荷重下で塑性加工する場合に、従来の塑性加工油に比べ低摩擦であり、ロール、工具や装置部品への焼付けや凝着、磨耗、肌荒れ等の抑制しえる塑性加工潤滑油組成物を提供することを課題とする。
【解決手段】基油を30〜90質量部、40℃の動粘度が10mm/s以上の油分群(鉱油、合成油、油脂、脂肪酸及び脂肪酸エステルからなる群)から選ばれる1種又は2種以上を計1〜25質量部、シリコーン油を1〜20質量部、黒鉛を0.5〜15質量部、及び潤滑性能を有する添加剤を含み、引火点が60〜150℃の範囲であることを特徴とする塑性加工潤滑油組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は塑性加工潤滑油組成物に関し、特にアルミニウム、マグネシウム、亜鉛又はその合金等の非鉄金属を塑性加工する際に使用される金属塑性加工油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、上記非鉄金属を塑性加工する際、各工程で工具を保護するため潤滑油が使用されている。例えば熱間圧延では、ロールを保護する為、熱間圧延油が使用されている。下記特許文献1には、潤滑剤の組成としては、中低温(参考値:150〜350℃)で油膜を保持し、潤滑効果のある鉱油、油脂、合成油、脂肪酸エステル等の油性向上剤、油膜が切れた後で潤滑効果が期待できる硫化油脂、リン酸エステル等の極圧潤滑剤、油膜が切れた後で摩耗防止が期待できる黒鉛、窒化ホウ素、タルク、雲母等の固体潤滑剤が一般に用いられている。
【0003】
しかし、更に高い温度領域(参考値:350〜500℃)では、上記の極圧添加剤や油性向上剤が酸化され又は熱分解されるため、潤滑面で十分な潤滑効果を発揮できず、かろうじて黒鉛、窒化ホウ素などの固形物が焼き付を防止している。この為、高温時の塑性加工では、工具、装置やロール表面の焼付や、凝着、摩耗や、肌荒れの防止に対し、十分な効果を得る事が難しいのが現状である。
【0004】
また、アルミニウム等の塑性加工では生産性を向上させることが求められており、より高温でかつより高荷重下でアルミニウム等を加工する方向にある。しかし、高温でしかも高荷重下で実施する作業は、火災の危険性を増大させる恐れがある。その主な原因は、高温加工による積極的な加熱と、高荷重下加工による摩擦熱によって、加工材が非常に高温になるため、潤滑剤が気化しやすくなり、この時発生する蒸気(ミスト)に火種が近づくことで引火することにある。
【0005】
火災の危険性を防ぐ手段としては、高引火点の油を塑性加工の基油に使用することが考えられるが、単なる高引火点油を基油として採用することは次の理由から問題となる。即ち、高引火点油は比較的蒸発し難いため、残存しやすい。この残存油が長時間高温に曝されると、酸化劣化が生じる。酸化劣化した油は機械部品の焼付や、凝着、摩耗、肌荒れ等を助長する。また、一般に高引火点の油は揮発性が低いので、金属面で厚い油膜を形成するが、時間とともにたれ流れて油膜が薄くなる。つまり、油が塗布された時の油膜は厚いが、実際に潤滑する時点では油膜が薄くなる。この傾向は高温になればなるほど強く現れ、油膜は薄くなり、油膜中の添加剤総量が減る。その結果、基油が蒸発するような高温では、添加剤成分の総量が極めて少なくなり、焼付き、凝着等の潤滑不良を起こす。特にこの傾向は金属面が垂直に近づくと顕著となる。
【0006】
一方、引火点の低い基油(溶剤)の場合、基油の蒸発が速く、薄い添加剤成分膜を簡単に生成するが、その薄い膜に更にスプレーされた油滴が乗り蒸発し、添加剤膜の成長を繰り返し、添加剤膜が厚くなる。高温になった時でもこの添加剤膜の蒸発減量は少なく、結果的に高引火点基油の場合の残存添加剤膜より厚くなる。即ち、低引火点基油の場合、高温では厚い油膜を生成し、優れた高温潤滑性を示す。しかしながら、低引火点の油の場合、火災の危険が増える。即ち、火災の危険を低減する観点からは高引火点、高温時の厚い油膜を形成する観点からは低引火点が望まれる。
【特許文献1】特開平9−3474号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はこうした事情を考慮してなされたもので、アルミニウム等の非鉄金属を高温下かつ高荷重下で塑性加工する場合に、従来の塑性加工油に比べ低摩擦であり、ロール、工具や装置部品への焼付けや凝着、磨耗、肌荒れ等を抑制しえる塑性加工油組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明では、油膜に優れた潤滑性の成分を与え、高温時の潤滑性を確保するためシリコーン油と黒鉛の両成分を含有していることを特徴とする。加えて、中低温部分の潤滑性を確保するため、油脂等を活用する。
【0009】
具体的には、本発明の塑性加工油組成物は、基油を30〜90質量部、40℃の動粘度が10mm/s以上の油分群(鉱油、合成油、油脂、脂肪酸及び脂肪酸エステルからなる群)から選ばれる1種又は2種以上を計1〜25質量部、シリコーン油を1〜20質量部、黒鉛を0.5〜15質量部、及び潤滑性能を有する添加剤を含み、引火点が60〜150℃の範囲であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、アルミニウム等の非鉄金属を高温下かつ高荷重下で塑性加工する場合に、従来の塑性加工潤滑剤に比べ高温時に低摩擦であるため、ロール、工具や装置部品への焼付や、凝着、摩耗、肌荒れ等の抑制に効果がある。また、本発明における用途はこれに限らず、アルミの連続鋳造圧延、熱間鍛造、熱間圧延、プレス、引抜にも利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明について更に詳しく説明する。
本発明において使用される基油としては、溶剤が挙げられる。しかしながら、高温・高荷重下圧延では、圧延油のミストが不可避的に発生するため、作業者の健康が損なわれる可能性があるので、これを考慮する必要がある。よって、本発明に使用する基油は精製度の高いものであることが好ましい。具体的には、基油中の全硫黄分が1ppm以下であることが好ましく、より好ましくは0.1ppm未満である。また、蒸発性と引火性を考慮して、組成物の引火点が60〜150℃の範囲になるような基油であることが好ましい。さらに、基油である溶剤の40℃の動粘度は1.1mm/s以上10mm/s以下であることが好ましく、より好ましいのは1.1mm/s以上3mm/s以下である。
【0012】
前記基油の配合割合を30〜90質量部とするのは、30質量部未満では粘稠過ぎてスプレーに不適当であり、90質量部を超えると潤滑性を発揮する成分の量が少な過ぎ潤滑性が不足するためである。
【0013】
本発明において使用される油分(溶剤基油を除く)は、40℃の動粘度が10mm/s以上の油分群(鉱油、合成油、油脂、脂肪酸及び脂肪酸エステルからなる群)から1種又は2種以上を選ぶ。具体的な鉱油としては、例えばスピンドル油、マシン油、モーター油、シリンダー油等が挙げられる。前記油分を1〜25質量%とするのは、1質量%未満では潤滑油膜が薄くなり過ぎて潤滑性が低下し、25質量%を超えると、潤滑油膜が厚くなり過ぎ、鋳造過程でアルミ湯中に油膜の一部が巻き込まれて鋳造製品中に鋳巣(ガスによる空隙)が増え、鋳造製品の機械的強度が低下するからである。
【0014】
前記合成油としては、例えば、ポリα−オレフィン(エチレン−プロピレン共重合体、ポリブテン、1−オクテンオリゴマー、1−デセンオリゴマー、およびこれらの水素化物等)、モノエステル(ブチルステアレート、オクチルラウレート)、ジエステル(ジトリデシルグルタレート、ジ−2−エチルヘキシルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジ−2−エチルヘキシルセパケート等)、ポリエステル(トリメリット酸エステル等)、ポリオールエステル(トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールペラルゴネート等)、ポリオキシアルキレングリコール、ポリフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、リン酸エステル(トリクレジルフォスフェート等)が挙げられる。
【0015】
前記油脂としては、例えば、ナタネ油、大豆油、ヤシ油、パーム油、牛脂、豚脂等の動植物油脂が挙げられる。前記油脂は、後述する有機モリブデン等とともに、中低温部分の潤滑性を確保するために活用される。
【0016】
前記脂肪酸としては、例えば、ヤシ油脂肪酸、オレイン酸、ステアリン酸、ラウリン酸、パルミチン酸、牛脂脂肪酸が挙げられる。
前記脂肪酸エステルとしては、例えば、ヤシ油脂肪酸、オレイン酸、ステアリン酸、パルミチン酸、ラウリン酸、牛脂脂肪酸等の高級脂肪酸の一価アルコールエステル又は多価アルコールエステルが挙げられる。
【0017】
本発明において使用されるシリコーン油は、塑性加工油組成物に用いる場合、数多くの異なった市販物質のいずれでもよいが、好ましいのは塗装性に優れたアルキル変性シリコーンである。前記シリコーン油は、比較的高温に耐えうる潤滑剤である。
本発明において使用される黒鉛は、塑性加工油組成物に用いる場合、数多くの異なった市販物質のいずれでもよい。前記黒鉛は、高温時にも化学的に比較的安定な物質成分であり、従来からその高温時潤滑性は広く知られている。前記黒鉛を0.5〜15質量%とするのは、0.5質量%未満では油膜が薄く潤滑性が不足するからであり、15質量%を超えると過剰な黒鉛が組成物中で沈降問題を起こすからである。
【0018】
また、本発明の塑性加工潤滑油組成物には、防錆剤、界面活性剤、防腐剤、消泡剤、及びその他に添加剤(例えば、極圧添加剤、防食剤、粘度指数向上剤、酸化防止剤、分散剤、増粘剤、着色剤、香料)を適宜配合して使用できる。前記分散剤、増粘剤は沈降性を改良するために有効である。
【0019】
本発明の塑性加工油組成物は、撹拌機を付帯する加熱可能なステンレス製釜に、基油(溶剤)、油分、シリコーン油、黒鉛等を、所望の質量比率で投入して、常温〜40℃で30分〜1時間攪拌することにより容易に製造できる。
【0020】
以下に、具体的な実施例について説明する。
本発明を、高温、かつ、かなり過酷な条件のアルミ連続鋳造圧延を例として、以下実施例により説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、以下において、「部」及び「%」との表記が意味するのは、それぞれ「質量部」及び「質量%」である。
【0021】
(実施例1〜5及び比較例1〜7)
撹拌機を付帯する加熱可能なステンレス製釜に、基油、油分、シリコーン油、黒鉛等を下記表1に示す質量比率で投入し、30℃で30分間攪拌し、塑性加工潤滑物を製造した。また、各例について潤滑性能評価のために高温潤滑性試験及び小型実機試験を行った結果を示す。
【表1】

【0022】
表1において、混合物とは、高粘度鉱油5%、油脂1%、有機モリブデン1%を含むものを示す。また、摩擦力は10Kgf以下が好ましく、焼き付いた場合を「20Kgf」と表示した。更に、表1中の比較例4は市販品を示す。
【0023】
(1)高温潤滑試験
(1−1)試験方法
図1(A)〜(C)を参照する。まず、メックインターナショナル製の自動引張試験機(商品名:LubテスターU)に付属する熱電対1を内蔵した摩擦試験台2(SKD−61製、200mm×200mm×34mm)を市販のヒーターで所定の温度まで加熱する。次に、図1(A)に示すように摩擦試験台2を垂直に立て、下記表2に示す条件でノズル3から塑性加工油4を塗布する。この後、直ちに、図1(B)に示すように摩擦試験台2を試験機本体5上に水平に置き、メックインターナショナル製リング6(S45C製、内径75mm、外径100mm、高さ50mm)を中央に乗せる。つづいて、そのリング6中に陶芸用溶解炉に溶かしてある溶湯7(ADC−12、温度670℃)を90cc注ぎ、40秒間放冷し、固化させる。更に、直ちに、図1(C)に示すように固化したアルミ(ADC−12)上に8.8Kgの鉄製重し8を静かに乗せ、リング6を同装置のギヤーで矢印X方向に一定速度(1cm/s)で引っ張りながら、摩擦を計測する。
【表2】

【0024】
(1−2)配合と試験測定値
溶剤A、混合物、シリコーン油及び黒鉛の配合割合と、400℃,450℃,500℃における試験測定値は、上記表1に示すとおりである。
【0025】
(1−3)結果
比較例1のシリコーン無添加,黒鉛無添加の場合、400℃での摩擦力は6.2Kgfであったが、450℃、500℃での摩擦力は20Kgfに至り、焼き付いている。比較例2のシリコーン添加の場合、450℃では焼き付かなくなるが、500℃では焼き付く。但し、シリコーンの添加量を増量すると、比較例3のように500℃でもかろうじて焼き付かなくなる。また、比較例4,5,6の黒鉛添加の場合、無添加の比較例1より良いが、450℃、500℃で20Kgfに至り、焼き付いている。但し、黒鉛添加量を増量すると、若干良くなる。この傾向は比較例7の市販品でも確認されており、高濃度の黒鉛にもかかわらず、500℃の間で焼き付いている。一方、実施例1〜5の場合に見られるように、シリコーンと黒鉛を両方添加すると、500℃でも焼き付きが無く、すばらしい潤滑性を示している。即ち、実施例1〜5の場合、シリコーンと黒鉛の相乗効果により優れた潤滑性が得られることが確認できた。
【0026】
(2)小型実機試験
(2−1)試験方法
図2を参照して説明する。連続鋳造圧延装置の小型実機試験機を製作した。まず、750℃に加温されたアルミニウムの溶湯11をホッパー12に注ぎ、直径280mm,長さ100mmの1対のローラー13a、13b間に流し込む。つづいて、鋳造しながらローラー1cm当たり1トン以上の荷重で圧延し、厚さ5mm、幅50mmの圧延板15を1分当たり1.5mの速度で連続的に作り出す。なお、ローラー13a,13bへの潤滑油の塗布は、ローラー13a,13bの近くに夫々配置したスプレー装置14で行っており、アルミによる圧延板15とローラー13a,13b間を潤滑する。ここで、潤滑が不良で焼きつくと、圧延板15は凝着し、ローラー13a,13b側に巻き付き、連続運転が不可能となる。連続運転が可能か不可能かで良否判定の基準とする。なお、図中の矢印Xはローラー13a,13bの回転方向を示す。
【0027】
下記表3は、実施例2,4及び比較例1,4の場合の連続運転の可否を示す表である。即ち、比較例1,4の場合はともに、ローラーに圧延板が巻付き、連続運転は不可能であった。一方、実施例2,4の場合はともに、圧延板を連続的に鋳造圧延できた。
【表3】

【0028】
また、実施例2,4及び比較例1,4について潤滑性試験機及び小型実記試験機を用いた評価結果を、下記表4に示す。即ち、潤滑試験機で良好な油は実機試験機でも良好な性能を示しており、両試験に相関関係があることが分かった。従って、上記表1のシリコーン単独配合または黒鉛単独配合の比較例1〜7の7種の油は実機でも性能が悪く、シリコーンと黒鉛両成分配合の実施例1〜5の5種は実機で優れた性能を発揮するものと判断できる。
【表4】

【0029】
なお、この発明は、上記実施形態そのままに限定されるものではなく、実施段階ではその要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化できる。また、上記実施形態に開示されている複数の構成要素の適宜な組み合わせにより種々の発明を形成できる。例えば、実施形態に示される全構成要素から幾つかの構成要素を削除してもよい。さらに、異なる実施形態に亘る構成要素を適宜組み合わせてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、試験片の摩擦力を計測するための方法を工程順に示す説明である。
【図2】図2は、アルミニウムの溶湯を鋳造しながら連続的に圧延し、圧延板に仕上げる工程を小型化した実機相当の試験機の説明図である。
【符号の説明】
【0031】
1…熱電対、2…摩擦試験台、3…ノズル、4…塑性加工物、5…試験機本体、6…リング、7…溶湯、8…鉄製重し、11…アルミニウムの溶湯、12…ホッパー、13a,13b…ローラー、14…スプレー装置、15…圧延板。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油を30〜90質量部、40℃の動粘度が10mm/s以上の油分群(鉱油、合成油、油脂、脂肪酸及び脂肪酸エステルからなる群)から選ばれる1種又は2種以上を計1〜25質量部、シリコーン油を1〜20質量部、黒鉛を0.5〜15質量部、及び潤滑性能を有する添加剤を含み、引火点が60〜150℃の範囲であることを特徴とする塑性加工潤滑油組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−182806(P2006−182806A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−374510(P2004−374510)
【出願日】平成16年12月24日(2004.12.24)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(304028645)株式会社青木科学研究所 (10)
【Fターム(参考)】