説明

塞栓用バルーンカテーテルおよび経皮的塞栓方法

【課題】 従来の手法と比べ、高い熟練を必要とせず、特に肝臓の門脈枝を塞ぐことのできる経皮的塞栓方法およびこれに使用しうる器具を提供すること。
【解決手段】 カテーテル管中に、それぞれ独立の薬剤吐出孔と結合した薬剤用の2本の管、バルーンと結合した気体用の1本の管およびカテーテル管先端で開放される中空管を含んでなり、薬剤吐出孔はバルーン位置より手元側に形成されたことを特徴とする塞栓用バルーンカテーテルおよびこれを用いる経皮的門脈塞栓方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塞栓用バルーンカテーテルおよびこれを用いる経皮的塞栓方法に関し、更に詳細には、血管、特に肝臓の門脈枝を塞ぐために用いられる塞栓用バルーンカテーテルおよびこれを用いる経皮的塞栓方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、肝細胞眼の最も根治的治療方法として、肝細胞癌患者から癌細胞組織を含む肝を除去する肝切除手術が知られている。この肝切除手術による週術期死亡率は、1970年代においては、20%を超えていたが、現在では1%以下であるとされている。
【0003】
しかしながら、肝切除手術において、手術後の残存肝体積は、少なくとも肝全体の20〜30%程度が必要であるとされており、それ以下の残存肝体積となる患者について、上記手術を実施することは危険であるとされている。
【0004】
現在、一部の医療機関において、門脈枝塞栓術(Portal Vein Embolization;以下、「PVE」という)が行なわれているが、これは、肝切除手術の適応拡大と安全性向上を目的とするものである。
【0005】
すなわち、肝臓では、一方の肝葉の機能が低下すると、これを補うために短期期間で他方の肝葉が肥大するという現象(代償性肥大)が知られているが、PVEはこれを利用し、癌細胞組織のある肝葉側の門脈枝を塞ぎ、その機能を低下させることにより、健全側の肝葉を肥大させるというものである。
【0006】
そして、このようにPVEで健全側の肺葉を肥大させることにより、結果的に残存側の肝体積が多くなり、PVEから数週間後に行われる肝切除手術での安全性が高まり、また、そのままでは切除手術が不可能であった患者も、手術を受けることが可能となるのである。
【0007】
従来、PVEとしては、開腹下に回結腸静脈に直接カテーテルを挿入する方法(Transileocolic Portal Vein Embolization (TiPE) )、温存側肝葉の門脈枝から経皮的にカテーテル挿入する方法(Percutaneous PVE -Contralateral approach-;対側法)および切除側肝葉の門脈枝から経皮的にカテーテル挿入する方法(Percutaneous PVE- Ipsilateral approach-;同側法)が知られている。
【0008】
このうち、TiPEは、肝を傷つけることがなく、門脈へのアプローチが容易等の長所があるが、患者の開腹手術を要する、手術室での機能の劣る透視装置で行わなければならない等の欠点があり、特に肝切除に先立ち、肝近辺での開腹手術を受ける患者の苦痛は大きな問題である。
【0009】
一方、対側法では開腹手術を要せず、例えば、右肝葉切除の場合は門脈臍部を穿刺し、ここからカテーテルを右肝葉の門脈枝に挿入し、ここを塞ぐこととなる。この方法は、上記のように開腹手術を要せず、また穿刺距離も短く手技的に容易であるという長所はあるが、穿刺に伴う温存側肝葉の門脈や、胆管を損傷する可能性があり、後で問題を生じることもある。
【0010】
また、同側法も、開腹手術を要せず、門脈右前下枝を穿刺し、ここからカテーテルを右肝葉の門脈枝に挿入し、ここを塞ぐこととなる。この方法は、穿刺距離が長く手技的にやや困難であるという問題はあるものの、開腹手術を要さないほか、穿刺に伴う温存側肝葉の門脈や、胆管損傷の可能性がなく、またカテーテル抜去の際の止血が容易であるという利点があり、PVEとしては、最も好ましい方法とされている。
【0011】
このような同側法に利用されるカテーテルとしては、その先端部が図1で示されるような3管式のものが利用されていた(非特許文献1)。しかし、このものでは、実際の施術においては、十分とはいえなかった。すなわち、図1のカテーテルの使用に当たっては、まず、門脈が存在する摘出側肝葉に血管シースと呼ばれる管を刺穿し、次いでこの血管シース中にカテーテル本体1を通し、所定の位置に到達したと判断された時点でバルーン2をふくらませた後、フィブリノーゲン等の血栓物質を放出し、門脈を塞ぐことになる。しかし、カテーテルが門脈枝の所定の位置に到達したかどうかは経験でしか判断できず、このカテーテルを使いこなすには熟練が必要とされていた。
【0012】
【非特許文献1】Nagino M et al."World J. Surg ",1993
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従って本発明は、従来の手法と比べ、高い熟練を必要とせず、特に肝臓の門脈枝を塞ぐことのできる経皮的塞栓方法およびこれに使用しうる器具の提供をその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、同側から行う経皮的門脈塞栓術に関し、種々検討を行った結果、血管シースを使用する場合であっても、ガイドワイヤーを用いることにより、より正確かつ簡便に塞栓用バルーンカテーテルを門脈枝部分に送り込むことができることを知った。そして、この塞栓用バルーンカテーテルに、ガイドワイヤーを挿通するための先端部が開放となる中空管を用いれば、これはガイドワイヤー挿通のみならず、門脈圧測定センサー用や造影剤管挿通用として使用することができ、治療上極めて有用であることを見出し、本発明を完成した。
【0015】
すなわち本発明は、それぞれ独立の薬剤吐出孔に結合した薬剤用の2本の薬剤送液管、バルーンに結合した1本の送気管およびカテーテル本体先端で開放される中空管をカテーテル本体中に含んでなり、前記薬剤吐出孔はバルーン位置より手元側に形成されたことを特徴とする塞栓用バルーンカテーテルである。
【0016】
また本発明は、切除手術が予定されている肝葉側から、経皮的にガイドワイヤーを当該肝葉側の門脈枝に挿入し、次いで当該ガイドワイヤーの手元側端部を、前記塞栓用バルーンカテーテル中空管に通した後、当該バルーンカテーテルを前記ガイドワイヤーを利用して門脈枝に送り込み、更に送気管から気体を送ってバルーンを膨張させた後、2本の薬剤送液管から、混合すると血栓を形成する2種の薬剤を別々に供給し、これを薬剤吐出孔から放出させ血栓を形成せしめることを特徴とする経皮的門脈塞栓方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の塞栓用バルーンカテーテルは、ガイドワイヤーにより目的の門脈枝に到達されるものであるため、カテーテルの誘導が容易であり、これを用いた経皮的門脈塞栓方法は、組織を傷つける可能性が低く安全性が高いものである。
【0018】
また、塞栓用バルーンカテーテルに設けた中空管は、ガイドワイヤーを引き抜いた後は、ここに造影剤管を挿入し、造影剤を注入することにより塞栓後の温存門脈枝の確認したり、門脈圧測定用センサーを挿入して塞栓後の門脈圧を測定することができるので、より正確かつ安全に治療を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
次に、本発明で用いる塞栓用バルーンカテーテルの一実施態様と共に本発明を更に詳しく説明する。
【0020】
図2は、本発明の塞栓用バルーンカテーテルの、先端部付近を拡大した一部切り欠き図、図3は、図2のA−A'断面図である。図中、1はカテーテル本体、2はバルーン、3は気体吐出孔、4は薬剤吐出孔、5は先端孔、6はバルーン用送気部、7は薬液送液部、8は中空管入口、9は送気管、10は薬剤送液管、11は中空管をそれぞれ示す。
【0021】
本発明の塞栓用バルーンカテーテル(以下、「バルーンカテーテル」という)では、基本的に2つの薬剤吐出孔4aおよび4bと、2つの薬液送液部7aおよび7bを有し、この間を、カテーテル本体1中の2本の薬剤送液管10aおよび10bで結合する。この薬剤吐出孔4は、その孔径が0.75ないし0.9mm程度であり、その位置は、反対側に設けられていても、また同じ側に設けられていても良いが、これらから吐出される薬剤が混合して血栓を形成するものであるから、その間隔は、10ないし15mm程度とすることが好ましい。
【0022】
また、このバルーンカテーテルには、バルーン2が取り付けられており、バルーン用送気部6より送り込まれた気体が、カテーテル1中の送気管10を通って気体吐出孔3から吹き出し、バルーン2を膨張させる。このバルーン2の材質、大きさや、気体吐出孔3の大きさ、あるいは送気管10の材質等は、従来のバルーンカテーテルと同じで良い。
【0023】
更に、このバルーンカテーテルは、その先端に開放された先端孔5を有し、カテーテル1中の中空管11を介して中空管入口8と連通している。この中空管11は、ガイドワイヤ、門脈圧測定センサーあるいは造影剤管(何れも図示せず)の挿通用として使用されるものであり、これらに適合した孔径のものであれば良い。
【0024】
更にまた、カテーテル本体1自体の材質としても、従来のカテーテルで採用されているものであれば良い。
【0025】
本バルーンカテーテルは、特に同側から行う経皮的門脈塞栓術に適するものであるが、その使用方法としては、例えば次の方法が挙げられる。すなわち、まず、同側法の常法に従い、経皮的に処置すべき門脈枝付近に血管シースを挿入する。その後、血管シース中、門脈に沿ってガイドワイヤーを門脈枝まで送り込む。
【0026】
次いで、このガイドワイヤーの手元側をバルーンカテーテルの先端孔5に入れ、そのままま中空管11から中空管入口8まで通す。そして、このガイドワイヤーに沿ってバルーンカテーテルを移動させることによって門脈枝まで挿入し、この状態で、バルーン用送気部6から気体を送り込み、バルーン2を膨張させ、門脈の血流を遮断する。その後、薬液送液部7aおよび7bから、混合することにより血栓を形成しうる薬剤を別個に送液し、カテーテルのバルーン2より手元側に設けられた薬剤吐出孔4aおよび4bから同時に吐出、混合させ、血栓を形成せしめる。
【0027】
上記の、混合することによって血栓を形成する薬剤の例としては、フィブリノーゲンとトロンビンの組み合わせを挙げることができる。このような薬剤の組み合わせは、フィブリン糊として市販されているので、これを利用すればよい。なお、このフィブリン糊のような一時的塞栓物質の他、永久塞栓物質もあるが、2〜4週間塞栓効果が持続しその後再開通するフィブリン糊のような一時的塞栓物質の利用が、PVEを行っても肝切除術を行わないこともあるため好ましい。
【0028】
上記したようにして血栓を形成せしめた後、ガイドワイヤーを中空管入口8から抜き出し、次いで、例えば門脈圧測定センサーを中空管入口8に挿入し、中空管11を通して先端孔5の部分にまで送り込み、ここから非塞栓側門脈(温存門脈)の門脈圧を測定することができる。同様に、中空管入口8から、中空管11を通して先端孔5の部分にまで造影剤管を挿入することにより、非塞栓側門脈を造影、観察することも可能となる。
【0029】
以上説明したように、本発明のバルーンカテーテルは、従来の門脈塞栓用カテーテルの欠点、すなわち、カテーテルの誘導が盲目的であること、塞栓後の温存門脈の開存確認ができないこと、塞栓後の温存門脈の門脈圧測定ができないことを悉く解消したものであり、これを利用することにより、正確かつ安全にPVEを行うことが可能となる。
【実施例】
【0030】
次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例により何ら制約されるものではない。
【0031】
実 施 例 1
塞栓用バルーンカテーテルの作製:
バルーンを2個有する4管式のバルーンカテーテル(セレコンMPカテーテルTBSB−type(クリニカル・サプライ社製))を改変して、本発明の塞栓用カテーテルを作製した。すなわち、まず、バルーンの手元側の一方を取り外し、このバルーンの気体吐出孔を薬剤注入孔に、この孔につながる送気用管を、送液用管とした。また、前記送気用管につながるバルーン用送気部を、薬液送液部に代えた。
【0032】
作製された塞栓用カテーテルのシャフト径は、7Frであり、これに適合するシースは、8Frであった。またバルーンの径は、12mmで、薬剤送液管および送気管の径は、0.75mm、中空管の径は0.09mmで、利用されるガイドワイヤーの径もこの中空管の径に合わせた。
【0033】
実 施 例 2
臨床試験:
実施例1で調製した塞栓用カテーテルを用い、代償性肥大を惹起させるための門脈塞栓術(PVE)を下記の対象に対し、塞栓物質としてフィブリンノーゲン(ベリプラストP)およびトロンビンを用い、同側(切除予定肝葉側)穿刺法により実施した。なお、手技の詳細も下に示した。
【0034】
対 象
2002年4月から2004年6月までに琉球大学医学部附属病院及びハートライフ病院で8例の患者(男性6例・女性2例,42〜81歳・平均64.5歳)を対象として施術した。患者の内訳は、胆道癌3例、胆嚢癌2例、肝細胞癌1例、転移性肝癌1例、カロリー病1例であった。
【0035】
手 技
1.USガイド下門脈枝穿刺
2.ガイドワイヤー挿入後8Fr血管用シースを挿入
3.直接門脈造影
4.塞栓前の門脈圧測定
5.バルーン閉塞下造影:
バルーンの手元側孔から塞栓門脈枝の造影
6.バルーン閉塞下造影:
カテーテル先端孔から温存門脈枝の造影
7.バルーン手元側の二つの薬剤注入用側孔からフィブリノーゲン液とトロンビン液
を同時に注入(図4)
8.カテーテル先端孔から温存門脈枝の開存を確認
9.塞栓後の門脈圧を測定
【0036】
なお、PVEによる肝葉の代償的肥大は、PVE前にCT撮影し、測定対象肝の辺縁を各スライスでトレースして立体として測定したPVE前肝葉体積と、PVE2週前後にCT撮影し、門脈、肝静脈を基準にトレースして求めたPVE後肝葉体積の差から算出した。PVEの結果をまとめて表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
この結果、全例で標的門脈枝の塞栓に成功した。また使用したフィブリノーゲンは6.0−15.4ml(平均 11.1ml)であり、塞栓前後の門脈圧は17,3±5.8mmHgから21.9±5.5mmに上昇した。更に、温存予定肝葉は、平均31%の肥大(右枝塞栓7例で平均28%,左枝塞栓1例で40%)が認められたが、2例では温存予定肝葉肥大はほとんど無かった。
【0039】
なお、上記患者において、PVE後一過性の発熱が5/8例(63%)に見られた。また、PVE後1ないし2日は、有意のアスパラギン酸アミノ基転移酵素(AST)量、アラニンアミノ基転移酵素(ALT)量および総ピリルビン量の上昇が認められたが、10−14日後で術前のレベルまで低下した。更に、PVEに伴う合併症(出血、血性胆汁、胆汁瘤、感染等)は見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の塞栓用バルーンカテーテルにより、例えばPVEが安全かつ正確に実施することが可能となる。
【0041】
従って、この塞栓用バルーンカテーテルは、医療器具として、臨床治療に有利に利用することができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】従来のPVEに利用されるカテーテルの先端部を示す図面
【図2】本発明のバルーンカテーテルを示す図面
【図3】図2のA−A'断面を示す図面
【図4】門脈枝に血栓を形成させた後の状態を示すX線写真
【符号の説明】
【0043】
1……カテーテル本体
2……バルーン
3……気体吐出孔
4……薬剤吐出孔
5……先端孔
6……バルーン用送気部
7……薬液送液部
8……中空管入口
9……送気管
10……薬剤送液管
11……中空管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
それぞれ独立の薬剤吐出孔に結合した薬剤用の2本の薬剤送液管、バルーンに結合した1本の送気管およびカテーテル本体先端で開放される中空管をカテーテル本体中に含んでなり、前記薬剤吐出孔はバルーン位置より手元側に形成されたことを特徴とする塞栓用バルーンカテーテル。
【請求項2】
2本の薬剤送液管は、混合することにより血栓を形成する2つの化合物を個別に送液するものである請求項第1項記載の塞栓用バルーンカテーテル。
【請求項3】
中空管は、ガイドワイヤー挿通用、門脈圧測定センサー用および造影剤管挿通用として使用されるものである請求項第1項記載の塞栓用バルーンカテーテル。
【請求項4】
切除手術が予定されている肝葉側から、経皮的にガイドワイヤーを当該肝葉側の門脈枝に挿入し、次いで当該ガイドワイヤーの手元側端部を、請求項第1項ないし第3項の何れかの項記載の塞栓用バルーンカテーテル中空管に通した後、当該バルーンカテーテルを前記ガイドワイヤーを利用して門脈枝に送り込み、更に送気管から気体を送ってバルーンを膨張させた後、2本の薬剤送液管から、混合すると血栓を形成する2種の薬剤を別々に供給し、これを薬剤吐出孔から放出させ血栓を形成せしめることを特徴とする経皮的門脈塞栓方法。
【請求項5】
請求項第4項記載の方法において、血栓を形成せしめた後、前記ガイドワイヤーを前記塞栓用バルーンカテーテルの中空管から引き抜き、当該中空管に門脈圧測定用センサーを挿入して門脈圧を測定する経皮的門脈塞栓方法。
【請求項6】
請求項第4項記載の方法において、血栓を形成せしめた後、前記ガイドワイヤーを前記塞栓用バルーンカテーテルの中空管から引き抜き、当該中空管に造影剤管を挿入し、ここから造影剤を注入して健常肝葉側門脈枝を造影する経皮的門脈塞栓方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−28422(P2009−28422A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−197501(P2007−197501)
【出願日】平成19年7月30日(2007.7.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(504145308)国立大学法人 琉球大学 (100)
【Fターム(参考)】