説明

塩基配列検査方法

【課題】 安価で再現性がよく、簡便な塩基配列検査方法、特に複数の変異部位を1つの反応槽で検出することが可能な塩基配列検査方法を提供する。
【解決手段】 核酸試料を含む反応槽に塩基AGTCに対応する4種のddNTP又はその誘導体の少なくとも1種を添加して相補鎖合成を行い、標的部位を1塩基伸長させ、得られるピロリン酸から生成させたATPを反応基質とする化学発光反応を行い、前記化学発光により相補鎖合成の有無を判定して、前記標的部位の塩基配列を決定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は塩基配列検査方法に関する。より詳しくは、SNPs(single nucleotide polymorphisms)、メチル化シトシン等の1塩基の変異や変化の検査方法、及びこれを利用した遺伝子診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトゲノム解析が終了してゲノム情報を種々の分野に活用する時代になってきた。人の個性や医薬品に対する感受性も遺伝子レベルでの解明が進み、その結果が診断や治療に活用されようとしている。これには特にゲノム配列中にある1塩基多型(SNPs)が重要な役割を果たすと考えられており、SNPsのデーターベース構築が行われ、いろいろな診断に活用され始めている。
【0003】
SNPsの解析には、DNA配列決定をする方法、変異部分にその変異に応じた蛍光標識核酸を取り込ませてゲル電気泳動で調べる方法、変異部分の有無によってアクティブになるように工夫した蛍光プローブを用いる方法、或いはDNAチップなどのようにプローブがターゲットに安定にハイブリダイズしたか否かを見分ける方法、及び段階的相補鎖合成で配列を決定する方法など数多くの方法が提示されている。これらの方法の多くはSNPsデーターベースを作成するために開発された技術であり、装置も大がかりで高価であることが多い。そのため、簡便に使え、ランニングコストも安いSNPsの検査方法が望まれている。
【0004】
DNAの塩基配列検査方法は、蛍光を利用した方法と化学発光を利用する方法の2通りに大別される。蛍光を用いた方法では光源が必要であるため、一般に装置が大がかりになる。一方、化学発光を用いる方法では、従来はルシフェラーゼ反応を用いたATPの検査や細菌検査(ATPを検出している)が主流であったが、最近は化学発光を用いてDNA塩基配列を決定するパイロシーケンシングが利用されている。
【0005】
パイロシーケンシングでは、DNA相補鎖合成で生成するピロリン酸をATPに変え、このATPを基質としたルシフェリン・ルシフェラーゼ反応で生じる光を検出して配列を決定する。すなわち、核酸基質を順番に反応セルに注入し、DNA相補鎖合成反応を行う。光が観測されれば相補鎖合成が進行したといえ、注入した核酸基質から取り込まれた部位の塩基種を決定することができる。反応後、余剰の基質は速やかに酵素分解し、次の核酸基質の注入時には殆ど反応セル内には存在しないようにする。発光量と相補鎖合成の量は比例するため、2つの基質が同時に取り込まれれば2倍の発光が観察される。
【0006】
ところで、人のゲノムDNAは母方及び父方由来の2つのアレルが対をなし、DNAサンプルは特定部位の配列について異なる2種類のアレルを有する(ヘテロサンプル)と同じアレルを有する(ホモサンプル)がある。パイロシークエンシングの場合、ヘテロサンプルで得られる信号強度はホモサンプルの半分になり、サンプルによってはこのような半分の信号強度がしばらく継続することがある。しかしながら、このようなことはSNPsを初めとした配列情報を正確に知る上ではやっかいである。
【0007】
また、DNA相補鎖合成では一般に4種の塩基種dATP、dCTP、dGTP、dTTPを用いて相補鎖合成を行うが、dATPは発光基質であるATPと構造が似ているため、ルシフェラーゼ反応の反応基質にもなる。すなわち、相補鎖合成を行うためにdATPを加えるとルシフェラーゼ反応が起こり、DNA相補鎖合成が起こらなくても発光が観測されてしまう。これに対し、発光基質にならないdATP疑似物質であるdATPαSやddATPアナログを用いて相補鎖合成を行う方法が開発されているが(特許文献1参照)、dATPαSは高価であるためランニングコストが高額になるという問題がある。
【0008】
さらに、ATPを用いたルシフェラーゼ反応では光が生成すると共にピロリン酸が反応産物として生成するが、ピロリン酸は再びATPに変換されて発光反応の基質となる。すなわち発光がいつまでも持続することになる。これに対し、核酸基質を加えるたびに発光(信号)がでるようにするために、反応液中に分解酵素アピラーゼを共存させて、加えたdNTP及びATPを速やかに分解する方法が開発されている(特許文献2参照)。しかし、アピラーゼは量が多いと反応の進行を妨げ、少ないと残存したdNTPによる反応が現れてしまうため、使用が難しく、価格も高いという問題がある。
【0009】
この他、4種の蛍光標識ターミネーターを反応セルに一度に入れ、1塩基相補鎖伸長を行うことでDNAの変異を調べる方法が報告されている(非特許文献1参照)。しかし、この方法では、相補鎖伸長の後、取り込まれた蛍光標識ターミネーターに起因する蛍光と余剰のターミネーターに起因する蛍光を分離して検出を行うために、生成物をゲル電気泳動により分離して検出しなければならない。また、4種のターミネーターを同時に反応セルに入れて1塩基伸長反応を行い、生成物を質量分析計で分析する方法も報告されている(非特許文献2参照)が、高価な装置を必要とするという点で汎用性に欠ける。
【0010】
【特許文献1】国際特許出願98/13523号(特表2001-501092号公報)
【特許文献2】国際特許出願98/28440号(特表2001-506864号公報)
【非特許文献1】Science 1987, 238, 336-341
【非特許文献2】Nucleic Acids Research, 2000, Vol. 28, No. 12
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、従来技術の問題点を解決し、安価で再現性がよく、簡便な塩基配列検査方法、特に、複数の一塩基変異を一つの反応槽で検出することが可能な塩基配列検査方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を克服するために、本発明では化学発光を用いた検査方法をベースにした、安価で再現性がよく、簡便な塩基配列検査方法を提供する。従来のパイロシーケンシングでは、後の反応に影響を与えないように加えた核酸基質をアピラーゼで分解したり、背景発光を低減させるためdATPαSのような高価な試薬を使用しなければならなかった。本発明の方法では、相補鎖合成反応が1塩基で止まり、それ以上相補鎖伸長をすることができない擬似核酸塩基(ddNTP)を用いることで、これらの問題を解決した。
【0013】
すなわち、相補鎖合成試薬として、3’末端からの伸長能力のない4種のddNTPを用いて相補鎖合成反応を段階的に行い、化学発光により標的部位の塩基配列を決定する。本発明の方法では、取り込まれた核酸塩基には伸長能力がないため、アピラーゼ等の分解酵素を加える必要はない。従来、ddATPはdATP同様背景発光を生じさせるものとして使用が回避されてきた。しかし、ddATPはdATPと異なりルシフェラーゼ反応の基質活性が低く、そのため高価なdATPαSを使用する必要がないことを発明者らは実証した。さらに、本発明では試薬中にPPaseを微量加えることで背景となる化学発光を低減させ、高感度に塩基配列の検査を行うこともできる。また、複数のプライマーを用いることにより、複数の変異部位を1つの反応槽で検出することもできる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、特定部位の塩基配列や変異の有無を、化学発光反応を用いた簡便な装置で検査することができる。本発明で用いられる核酸基質(ddNTP)は、3’末端からの伸長能力が無く、DNA鎖に取り込まれるとそれ以後の相補鎖合成は行われないため、アピラーゼのような高価な分解酵素を用いて注入した核酸基質を分解する必要がない。また、ddNTPはルシフェラーゼ反応の基質にならないため、dATPαSのような高価な試薬を使用する必要もない。本発明の方法で使用される試薬(ddNTPやPPase等)はいずれも安価で、また複数の変異部位を1つの反応槽で同時に検出できるため、従来の検査方法に比較してコストと時間の低減が図れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の方法は、核酸試料を含む反応槽にddATP、ddGTP、ddCTP、及びddTTPの4種のddNTP又はその誘導体のいずれか1種を添加して相補鎖合成を行い、標的部位を1塩基伸長させる工程と、得られるピロリン酸からATPを生成させ、これを反応基質として化学発光反応を行う工程と、前記化学発光により相補鎖合成の有無を判定して、前記標的部位の塩基配列を決定する工程を有する塩基配列検査方法である。
【0016】
4種のddNTP又はその誘導体は反応槽に1種ずつ順番に添加され、検出対象部位に相補的な核酸塩基種が注入されたときのみ生じる発光により標的部位の塩基種を決定することができる。ddNTPやその誘導体はそれ自体相補鎖合成の基質となるものの、その3’末端からの伸長能力がないため、前記相補鎖合成や一塩基伸長に限定され、得られる化学発光は常に一塩基分の発光強度となる。なおddNTPの誘導体としては、例えば、ddATPαS等のddNTPαSを挙げることができる。
【0017】
ATPを反応基質とした化学発光反応としては、ルシフェリン・ルシフェラーゼ系による酵素発光反応を利用することができる。ピロリン酸のATPへの変換は、APSとATPスルフリラーゼを用いた従来の反応系によるものでもよいが、ルシフェラーゼ反応の基質にならないAMPとピルビン酸リン酸ジキナーゼによる反応系を用いれば、背景発光の問題が回避できる。
【0018】
反応槽中には、予めピロリン酸及び/又はATPを分解する酵素を共存させておくことにより、ルシフェラーゼ反応で生成するピロリン酸やATPが即座に分解されるため、発光が一定時間内(1分程度)に収束されて明瞭なピークが得られる。ピロリン酸やATPを分解する酵素としては、ピロホスファターゼやアピラーゼを用いることができるが、安価で活性が高いピロホスファターゼがより好ましい。
【0019】
本発明の方法は、一塩基置換(SNPs)や癌化に伴う塩基の変異やメチル化(メチル化シトシン等)、人為的な塩基置換等を含む、すべての1塩基の変異や変化の検出に利用できる。検出可能な部位は1つに限らず、後述する一定の条件を満たす限り、2あるいはそれ以上の標的部位を1つの反応槽で簡便に検査することができる。
【0020】
複数の標的部位を検査する場合は、その各々に対応するプライマーを用意し、それらの内の2又は3つのプライマーについて、同時に前記4種のddNTP又はその誘導体による相補鎖合成と化学発光反応を行い、その結果から前記2又は3つのプライマーに対応する標的部位の塩基配列を決定する。あるいは、1つのプライマーについて、前記4種のddNTP又はその誘導体による相補鎖合成と化学発光反応を行い、対応する標的部位の塩基配列を決定した後、反応槽に添加したddNTP又はその誘導体を分解あるいは除去してから、次のプライマーによる標的部位の決定を順次行ってもよい。また、2以上のプライマーを同時に反応槽に添加して2以上の標的部位を同時に検出する工程を繰り返してもよい。なお、ddNTPの分解、除去方法としては、前述した酵素による分解や、核酸試料を固相化して反応液で洗い流す方法が挙げられる。
【0021】
本発明は、上述した塩基配列検査方法に用いるための試薬キットも提供する。このキットには、
1)塩基AGTCに対応する4種のddNTP又はその誘導体
2)DNAポリメラーゼ
3)ルシフェリン及びルシフェラーゼ
4)AMPとホスホエノールピルビン酸(PEP)とピルビン酸リン酸ジキナーゼ、及び/又は、APSとATPスルフリラーゼ。
が含まれる。キットには、必要であれば、さらにピロリン酸及び/又はATPを分解する酵素を加えてもよい。
【実施例】
【0022】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0023】
〔実施例1〕
図1は本発明の方法による段階反応とパイロシーケンシングの段階反応を比較して示したものである。ヒト1個体の遺伝子は、父方由来及び母方由来の2種類のアレルが対をなす。本実施例では、ある多型部位についてA/Gの異なる2種類のアレルを1本づつ有する、へテロサンプルを例にとり説明する。
【0024】
図1の102及び103は、それぞれ、多型A(1021)及び多型G(1031)の2種のアレルの片側のDNA鎖を示す。共通のプライマー101を用いて、本発明の方法によりこの1塩基多型の検査を行う場合をAに、従来のパイロシーケンシングにより検査を行う場合をBに示した。相補鎖合成反応が起きた場合の発光強度は、相補鎖合成で取り込まれる塩基の数に比例する。以下、簡単のため、1塩基分に相当する発光強度を「強度単位1(あるいは1単位)」として説明をする。本発明の方法では、ddNTPを基質として用いるため、伸長する塩基の個数は常に1塩基であり、得られる発光強度は強度単位1となる。一方、パイロシーケンシングでは、基質としてdNTPを用いるため、検査対象である多型部位の隣接塩基の種類や状態により、合成される塩基長が異なり、発光強度は1単位、2単位或いは3単位以上と様々な値をとる。
【0025】
検査のプロトコルはつぎのとおりである。まず検査対象であるDNAを増幅し、一本鎖にしてから反応槽に入れる。この一本鎖DNAに、検査対象である核酸塩基の1つ手前の塩基に3’末端が対応するように設計されたプライマーをハイブリダイズさせる。すなわち、プライマーからの最初の相補鎖合成により検査対象部位に核酸基質が取り込まれるように設定する。本実施例では検査対象部位に取り込まれるべき塩基種はT又はCである。4種の核酸基質:疑似核酸塩基(ターミネーター)又は核酸塩基を、ディスペンサーを介して順次反応槽に注入する。注入する核酸基質の種類と順番は、本発明の方法の場合にはddATP -> ddCTP -> ddGTP -> ddTTPであり、パイロシーケンシングの場合にはdATPαS -> dCTP -> dGTP -> dTTPとなる。注入された核酸塩基種が検査対象部位の塩基に相補的な場合には、相補鎖合成反応が進行してプライマーの3’末端側に注入された核酸塩基が結合する。本実施例では、パイロシーケンシングでの必要から予め反応液にアピラーゼが加えられているため、注入された核酸基質は1分以内に分解されるが、後述するように、このアピラーゼによる分解は本発明の方法では必ずしも必要ではない。
【0026】
最初に注入されるddATPあるいはdATPαSは検査対象である多型部位の塩基に相補でないため相補鎖合成反応は起こらない。次いでddCTPあるいはdCTPを注入すると、多型部位がGであるアレルのDNA鎖103でのみ相補鎖合成反応が起こり、本発明の方法及びパイロシーケンシングのいずれについても、強度単位1の発光が観測される。同様に、次のddGTPあるいはdGTPは検査対象である多型部位の塩基に相補でないため相補鎖合成反応は起こらず、発光は観測されない。その次のddTTPあるいはdTTPの注入では、多型部位がAであるアレルのDNA鎖102における相補鎖合成反応により、本発明の方法では強度単位1の発光が観測される。一方、パイロシーケンシングでは、DNA鎖102の多型部位とその隣に各々1個のdTTPが取り込まれると共に、もう一方のアレルのDNA鎖103にも1個のdTTPが取り込まれ、合計3塩基分の発光(強度単位3)が観測される。図2に本発明の方法における一連の反応式を示した。また、図3に本発明の方法(A)及びパイロシーケンシング(B)で観測される発光(信号強度)を模式的に示した。
【0027】
本発明の方法では、変異部位にのみその数に応じた核酸塩基が取り込まれるため、被験者の遺伝子型がホモのDNAサンプルでは2単位の発光が1ヶ所に現れ、ヘテロのDNAサンプルでは1単位の発光が2ヶ所に現れる。一方、パイロシーケンシングでは、相補鎖合成が続いて起こるため発光強度の現れ方は複雑になる。
【0028】
表1に本実施例で用いた反応液組成を示す。反応液には、DNAポリメラーゼ、ATP生成反応に使用するATPスルフリラーゼ、APS、発光反応に使用するルシフェラーゼ、ルシフェリンが含まれている。また、パイロシーケンシングでは注入した核酸基質を分解する必要があるため、反応液には分解酵素アピラーゼを加えてある。なお後述するように、試薬中には不純物としてピロリン酸などが含まれていることが多いため、本発明の方法では疑似核酸塩基を入れた試薬中にあらかじめ微量のピロホスファターゼ(PPase)を加えた。
【0029】
【表1】

【0030】
鋳型DNAに相補的な核酸基質を入れると相補鎖合成が起こり、発光が観測されるが、相補鎖合成が起こると副産物としてピロリン酸が放出される。ピロリン酸はAPSとATPスルフリラーゼの存在下でATPを生成するが、APS自体もルシフェラーゼ反応の基質になり発光反応を起こす。パイロシーケンシングでは何段もの相補鎖伸長反応を行うため、十分なAPSをあらかじめ入れておく必要があり、背景発光が大きくなる。しかしながら、本発明の方法ではパイロシーケンシングほど大量のAPSを共存させる必要がないため、実質的にAPSによる背景発光は無視できる。
【0031】
ATPはルシフェラーゼの存在下でルシフェリンと反応して発光し、ピロリン酸を放出する。ピロリン酸は再度APSと反応してATPを生成するため、発光反応はルシフェリンが消耗し尽くされるまで或いはAPSがなくなるまで続くことになる。しかし、アピラーゼを加えた場合には、アピラーゼがATPも分解するため1分程度の比較的短時間で発光は停止する。図4に、このようにしてアピラーゼ存在下で観測された発光(信号強度)を示す。本実施例では、PPaseの量を少なくしているため相補鎖合成が起こると信号強度が急速に立ち上がり、緩やかなピロリン酸分解反応に対応して信号強度はゆっくりと減少する(401)。続いて次の疑似核酸塩基を注入し、これが取り込まれて相補鎖合成が起きると信号強度が再び急速に増加するので容易に検出することができる。
【0032】
前述したように、反応に用いられる各種試薬には不純物としてピロリン酸(PPi)が含まれていることが多い。ピロリン酸は反応試薬が混合された際にATPに変換され、発光反応を起こし背景発光の原因となる。そこで、本実施例では、疑似核酸塩基を入れた試薬中に微量のPPaseを共存させて、不純物であるピロリン酸を分解した。加えるPPaseの量を多くすると、ATP -> PPi -> ATPの反応サイクルにおいてピロリン酸が減少するため、発光は短時間で停止することになる。相補鎖合成で生じたピロリン酸がATPに変換するプロセスも影響を受け、発光(信号強度)も小さくなるが測定に支障はない。
【0033】
なお、上記PPaseに代えてアピラーゼを用いることもできる。アピラーゼはATP、dNTP、ddNTP等を分解するため、前述のようにATPを分解して発光を短時間で収束させると共に、加えた疑似核酸塩基(ddNTP)を分解する。しかしながら、PPaseの価格はアピラーゼの半分程度で、更に必要とされる使用量はアピラーゼの1/10程度であるため、PPaseを用いることによりコストの低減を図ることができる。
【0034】
本実施例では、疑似核酸塩基としてターミネーターddATP、ddCTP、ddGTP、及びddTTPを用いた。図4にdATP、dATPαS、ddATP、及びddATPαSをそれぞれ基質としたときのルシフェラーゼ反応による発光強度を示す(401: ATP、402:dATP、403:dATPαS、404:ddATP、405:ddATPαS)。dATPはdATPαSよりもルシフェラーゼ反応の反応基質としての活性が300倍程高いが、ddATPはdATPαSと殆ど同じ程度の低い活性しか示さない。ddATPの価格はdATPαSの約半分であり、更に反応で必要とされる量はdATPαSの1/10程度であるため、ddATPを用いた本発明の方法は従来の方法よりも検査コストの低減を図ることができる。
【0035】
本発明の方法では、プライマーの3’末端に核酸塩基が取り込まれたときのみ1単位の発光が観測されるため、得られるデーター(発光パターンは)は単純かつ明瞭である。標的とするSNPsは、検出対象部位に相補的な核酸塩基種が注入されたときのみ生じる発光により簡単に判別することができる。以上のとおり、本発明の方法によれば、安価な試薬ddATP及びPPaseを用いて1塩基多型(SNPs)を簡便に検査することが可能になる。
【0036】
〔実施例2〕
実施例1ではピロリン酸をATPに変える反応にATPスルフリラーゼを用い、ピロリン酸とAPSからATPを生成させた。前述したように、APSはルシフェラーゼ発光基質としての活性は低いが、大量に反応槽に共存するとこれに起因した発光が無視できなくなり、検出感度を低下させる場合がある。そこで、本実施例ではルシフェラーゼ反応の基質にならないAMPをピロリン酸の反応基質とし、ピルビン酸リン酸ジキナーゼ(Pyruvate Phosphate Dikinase:PPDK)を用いて反応させる系について説明する。図5に、本実施例における反応の概要を示す。本実施例の方法は、ATP生成プロセス以外はほぼ実施例1と同じであるが、使用する酵素PPDKに適した条件を設定するため、用いる試薬や反応条件が若干異なる。表2に本実施例で用いた反応液組成を示す。
【0037】
【表2】

【0038】
PPDKを用いた反応系では背景発光が小さくなるため、ルシフェラーゼの量を増やし、発光量を数倍に増加させることができる。これにより微量のサンプルでも感度よい計測が可能になる。
【0039】
検査のプロトコルはつぎのとおりである。4種のddNTPを順番に反応槽に入れて相補鎖合成反応を行う。検査対象部位の塩基に相補的な疑似核酸塩基が注入されたときのみ相補鎖合成反応が起こり、ピロリン酸(PPi)が生成する。PPiはAMPとPPDKの存在下で反応してATPを生成する。ATPはルシフェラーゼ反応の基質となって発光を生じるとともに、AMP及びPPiを生成する。実施例1と同様に、生成したPPiはAMPと反応して再びATPを生成する。本実施例においても、PPiをPPaseあるいはアピラーゼにより分解するため、発光強度はなだらかに減少する。検査対象サンプルの遺伝子型は、ホモの場合とヘテロの場合がある。ホモの場合には相補鎖合成に伴う発光強度の急激な増加は1回だけ観測されるがヘテロの場合には2回観測される。このような発光強度の変化を観測することにより、標的とする検査対象部位の変異を調べることができる。
【0040】
図9は、表2の試薬において、アピラーゼを除いた場合の実施例である。多型は、A/Gのヘテロの場合である。多型に相当する塩基を注入した場合にのみ、急激に発光強度が増加していることが分かる。4種のddNTPあるいはその誘導体を順次反応させた場合、ホモでは発光強度の急激な増加は1回観測され、ヘテロでは2回観測される。本実施例では、アピラーゼを加えずにPPaseを40mU/mLを加えてあるため、伸長により生成したPPiはPPaseにより分解され、発光強度はなだらかに減少する。その減少量は、アピラーゼを加えた場合よりなだらかである。本発明では、ddNTP及びその誘導体を用いるため、伸長塩基数はつねに1塩基分であり、判定が簡便なため、本実施例のように、試薬としてアピラーゼを加えることなく、塩基の違いを判定することが可能である。
【0041】
〔実施例3〕
本発明の方法は、複数の一塩基多型(SNPs)を1つの反応容器内で検査することができる。まず、最初の例として、検査対象SNPsが3つの場合を例に説明する。
【0042】
SNPsは、殆どの場合、一般的な型(野生型)と、その1塩基が他の3種の塩基の特定の1つに置換した型(変異型)で構成される。即ち、SNPs部位のバリエーションは通常2種類といえる。そのため、3つの多型を同時に検査する場合、同定すべき塩基種の個数は全体で6個(2個×3種)となる。また、自然界に存在可能な塩基の種類はA、C、G、Tの4種であるため、3つのSNPsについて、完全に同じ組合せとなるSNPsを同時に測定しないとすると、6個の塩基種の取りうる自由度は、合計27通りとなる。そのため、3つのSNPsを完全に同定するための条件は、以下のようになる。
【0043】
まず、3つのSNPsが全く同じ組合せとはならないように、検査対象SNPsを選択することが必要である。また、3つのSNPsの取り得る塩基種、つまり6個の塩基種の中には、4種の塩基ACGTのいずれもが最低1個存在することが必要である。例えば、(A/G,A/G,T/C)のように3種のSNPsに「A/G」という同じ組合せが2個含まれていたり、(A/G,A/C,G/C)のように3種のSNPsに4種の塩基ACGTの全てが含まれていない(この場合、「T」が含まれていない)ことが必要である。
【0044】
検査対象SNPsの組合せに関するこれらの限定条件は、単にそれに対応するプライマーの組合せによって設定できるため、一般性を損なわない。以下、3種の検査対象SNPs(SNP-1,SNP-2,SNP-3)がそれぞれ(A/C,A/G,C/T)である場合を例として、本発明による複数SNPsの検査方法について具体的に説明する。
【0045】
まず、検査対象であるDNAに3種のプライマーを加えて反応液を調製する。そこに、実施例1及び2で説明したように、4種のddNTPを順番に加えて発光強度を観測する。発光強度は加えた塩基種が取り込まれない場合はゼロ、1つの検査対象部位で取り込まれたときには発光強度1となる。また加えた塩基が、遺伝子型がホモのSNPs1つに対応する場合、或いは遺伝子型がヘテロのSNPs2つに対応する場合は、いずれも発光強度2となる。さらに、ddATP以外の疑似核酸塩基を加えたときに得られる発光強度は、対応するSNPsアレルがホモの時には発光強度2、ヘテロの時には発光強度1だが、塩基Aのアレルをホモで有する時にはゼロとなる。このようにして、加えた塩基に対する発光強度を比較することで全ての多型部位を決定することができる。
【0046】
図6は3種の検査対象SNPsが種々の組合せの時にどのような発光が観測されるかを示したものである。発光強度の合計はいずれも6単位である。これら18通りの組合せの発光パターンは全て異なっており、得られる発光パターンから多型部位を一意的に決定できることが分かる。図7は実際の測定例である。ここでは (A/C),(A/G),(C/T)の3つのSNPsを有するサンプルを用いた。測定例ではT、G及びCを加えたときの発光強度が1単位(702,703,704)、Aを加えたときの発光強度が3単位(701)であるからサンプルの遺伝子型は(AA, AG, CT)となる。これは、図6のケース13に該当する。
【0047】
図6から明らかなように、前述の条件を満たす限り、本発明の方法によりいかなるSNPsについても3つまでは一意的に決定できる。また、検査対象SNPsが1つのDNA鎖上にある場合も、異なるDNA鎖上にある場合も同様に扱える。
【0048】
本発明の方法では、ddNTPの注入は核塩基種毎に1回であり、加えたddNTPが残留していても測定に支障がない。このために試薬にあらかじめ含ませておいたPPase以外の分解酵素は加える必要は無い。発光による信号をシャープなピーク状のものとして観測するため、本実施例では反応液にアピラーゼを加えたが、加えずに測定することももちろん可能である。
【0049】
〔実施例4〕
次に、複数のSNPsの検査例について説明する。複数のSNPsを検査する場合は複数のプライマーを順次反応槽に加え、更にそこに4種の疑似核酸塩基種を順次加えて計測をする(図8)。そのため、プライマー同士が部分的にハイブリダイズして相補鎖合成反応が阻害されることがないよう、反応温度を40℃近く(好ましくは、32℃〜40℃)に上げると共に、加えるプライマーの量をできるだけ少なくする。好ましくは、各プライマーの量は検査対象であるDNAサンプルと等モル程度が良い。
【0050】
プライマーを反応槽に入れずにddNTPを加えた場合には発光は生じない(図8の一番上のグラフ)。複数のSNPs部位の検査では、注入したddNTPは次のプライマーを用いた計測の邪魔になるため除去しなければならない。ddNTPの除去は、前述したようにPPaseやアピラーゼのような分解酵素で分解する方法と反応液で洗い流す方法がある。
【0051】
最初のプライマー(primer-1)を用いた1回目の計測ではddATPを加えたときのみ発光(信号)が観測された(801)。これは加えたプライマーに対応する部位が遺伝子型(AA)のホモであることを示している。新たなプライマーを加えた2回目の計測では以前に使用したddNTPが残っていると不都合なため、反応槽にアピラーゼを加えて分解した。ddNTPは、次のプライマーによる計測で同じ塩基種を加えるサイクルまでに分解すれば良いため、加えるアピラーゼの量はパイロシーケンシングよりも少なくて良い。
【0052】
2番目のプライマー(primer-2)を用いた計測ではddATPに若干の発光(信号)が見られるものの、その強度から1回目の計測で未反応の部位に取り込まれたことによるもの思われた(802)。この計測では、ddGTP添加の際に大きな発光(信号)が観測された。このことは、2番目のプライマーに対応する部位が遺伝子型(GG)のホモであることを示している。
【0053】
3番目のプライマー(primer-3)を用いた計測では、ddATP及びddGTPを注入したときにほぼ等しい強度の発光(信号)が得られた(803)。これは3番目のプライマーに対応する部位が遺伝子型(AG)のヘテロであることを示している。
【0054】
このように複数のSNPsについて、異なるプライマーを順次加えて計測を行うことでそれぞれのSNPsの遺伝子型を決定することができる。本実施例ではプライマーを1つずつ順に添加したが、3つ一度に行うことも可能である。この場合には、3〜4回のプライマー添加で合計10ヶ所以上のSNPsを決定できることになる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の検査方法は、特定部位の塩基配列検査、特に一塩基多型(SNPs)やメチル化を含む遺伝子の変異や変化の検査に有効に活用できる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】図1は、本発明の方法とパイロシーケンシングによる段階反応の比較したものである。
【図2】図2は、本発明の方法(実施例1)における反応式を示す
【図3】図3は、本発明により得られる発光パターンとパイロシーケンシングで得られる発光パターンを比較したものである。
【図4】図4は、dATP、dATPαS、ddATP、及びddATPαSを基質とした場合のルシフェラーゼ反応における発光強度を比較したグラフである。
【図5】図5は、酵素PPDKを用いAMPを基質としてATPを合成する本発明の方法における反応式を示す。
【図6】図6は、3つのSNPsの組合せと観測される発光パターンを示す。
【図7】図7は、3つのSNPsの検査における発光パターンを示すグラフである。
【図8】図8は、3種のプライマーを順次注入して複数のSNPsを検査した例における発光パターンを示すグラフである。
【図9】図9は、実施例2においてアピラーゼを除いて検査を行った場合(PPase 40mU/mL添加)に得られる発光パターンを示す。
【符号の説明】
【0057】
101:プライマー
102:父方由来のアレルの片側DNA鎖
103:母方由来のアレルの片側DNA鎖
1021:多型部位の塩基(A)
1031:多型部位の塩基(G)
301:ddCTP添加による発光強度の増加
302:ddTTP添加による発光強度の増加
303:dCTP添加による発光強度の増加
304:dTTP添加による発光強度の増加
305-308:アピラーゼを反応槽に入れたときの発光強度の変化
401: ATPによる発光
402:dATPによる発光
403:dATPαSによる発光
404:ddATPによる発光
405:ddATPαSによる発光
701:ddATPを加えたときの発光強度(他の3倍の強度)
702:ddCTPを加えたときの発光強度
703:ddGTPを加えたときの発光強度
704:ddCTPを加えたときの発光強度
801:primer-2を用いた計測におけるddATPを加えたときの発光
802: primer-2を用いた計測におけるddGTP を加えたときの発光
803, 804:primer-3を用いた計測におけるddATP及びddGTPを加えたときの発光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸試料を含む反応槽に塩基AGTCに対応する4種のddNTP又はその誘導体の少なくとも1種を添加して相補鎖合成を行い、標的部位を1塩基伸長させる工程と、得られるピロリン酸から生成させたATPを反応基質とする化学発光反応を行う工程と、前記化学発光により相補鎖合成の有無を判定して、前記標的部位の塩基配列を決定する工程を有することを特徴とする、塩基配列検査方法。
【請求項2】
前記4種のddNTP又はその誘導体を1種ずつ順番に反応槽に入れて相補鎖合成を行うことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記相補鎖合成で得られるピロリン酸からピルビン酸リン酸ジキナーゼとAMPを用いてATPを生成させることを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記化学発光反応が、ルシフェラーゼによる酵素発光反応であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記反応槽中にピロリン酸及び/又はATPを分解する酵素を共存させることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記酵素により、前記化学発光反応で生成するピロリン酸及び/又はATPが分解されて発光が一定時間内に収束されることを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記酵素がピロホスファターゼ及び/又はアピラーゼであることを特徴とする、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法を用いて2以上の標的部位を検査する方法であって、
前記標的部位の各々に対応するプライマーを用意し、それらの内の2又は3つのプライマーについて、同時に前記4種のddNTP又はその誘導体による相補鎖合成と化学発光反応を行い、その結果から前記2又は3つのプライマーに対応する標的部位の塩基配列を決定することを特徴とする、塩基配列検査方法。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法を用いて2以上の標的部位を検査する方法であって、
前記標的部位の各々に対応するプライマーを用意し、1つのプライマーについて、前記4種のddNTP又はその誘導体による相補鎖合成と化学発光反応を行い、対応する標的部位の塩基配列を決定した後、反応槽に添加したddNTP又はその誘導体を分解あるいは除去してから、次のプライマーによる標的部位の決定を順次行うことを特徴とする、塩基配列検査方法。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法を用いて2以上の標的部位を検査する方法であって、
前記標的部位の各々に対応するプライマーを用意し、2以上のプライマーを同時に反応槽に添加して、前記4種のddNTP又はその誘導体による相補鎖合成と化学発光反応を行い、対応する標的部位の塩基配列を決定した後、反応槽に添加したddNTP又はその誘導体を分解あるいは除去してから、次の1又は2以上のプライマーによる標的部位の決定を順次行うことを特徴とする、塩基配列検査方法。
【請求項11】
前記標的部位が、1塩基が変異又は変化した部位である、請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
下記1)〜4)を含む、塩基配列検査用キット:
1)塩基AGTCに対応する4種のddNTP又はその誘導体
2)DNAポリメラーゼ
3)ルシフェリン及びルシフェラーゼ
4)AMPとホスホエノールピルビン酸とピルビン酸リン酸ジキナーゼ、及び/又は、APSとATPスルフリラーゼ。
【請求項13】
さらにピロリン酸及び/又はATPを分解する酵素を含む、請求項12に記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−320307(P2006−320307A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−208698(P2005−208698)
【出願日】平成17年7月19日(2005.7.19)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】