説明

墨汁様組成物

【課題】
着色剤として染料を使用し、ナイロン繊維への染着を抑制することができる、洗濯しても落ちる墨汁様組成物を提供する。
【解決手段】
酸性染料、脂肪族アミン、水を含有し、
墨汁様組成物全量に対して、脂肪族アミンを1〜20重量%含有し、
墨汁様組成物のpHがアルカリ領域である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、洗濯により落ちる墨汁様組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
墨汁は、毛筆で書画を書くのに用いる文房具として、広く使用されている。墨汁は、狭義には墨をすった汁であり、黒色の顔料(例えばカーボンブラック)および膠を含む。しかし、最近、黒の色を、顔料でなく、染料で発色させている液体が、墨汁の代わりに使用されつつある。そのような液体は狭義には墨汁ではないという見解もあり、例えば「書道液」、「墨液」等と称されることもある。そのため、本明細書では、顔料および膠を含まないが、書道または水墨画作成のために用いられる、着色された液体を「墨汁様組成物」と称する。
【0003】
従来、水溶性樹脂を使用したタイプでは、消去性向上のために水溶性樹脂を使用しているが、そのため、この組成物を使用して半紙に書いた作品を高湿度の環境下においておくと滲みが生じることがある。顔料を使用したタイプでは、顔料を使用しているため、高湿度下での滲みはおきにくいが、顔料は染料と異なり、溶解ではなく液中に分散した状態で存在するので、分散安定性を考慮する必要がある場合がある。
一方、酸性染料は衣料によく使用される綿・ポリエステルには染着しにくいという性質があるが、本来ポリアミド繊維の染色に用いられる染料のため、ナイロン・ウールには染着しやすい。
【0004】
【特許文献1】特開2006−057084号公報
【特許文献2】特開2007−023212号公報
【特許文献3】特開2006−219680号公報
【特許文献4】特開2006−257439号公報
【特許文献5】特開平09−316379号公報
【特許文献6】特許第3824180号公報
【特許文献7】特許第3824181号公報
【特許文献8】特許第3824184号公報
【特許文献9】特許第3865873号公報
【特許文献10】特許第3876047号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、本来、酸性染料は、ポリアミド繊維の染色に用いられる染料の為、カルボニル基とアミノ基の両方を有するナイロン繊維に対しては、親和性が高く、ナイロン繊維へは染着し、洗濯しても落ちにくい。
【0006】
本来、インキでは、水性インキは収納管に含まれ、飛び散る危険性が少ないが、墨汁様組成物では筆を剥き出しの墨汁様組成物中へ浸すため、飛散、衣類付着という墨汁様組成物固有の大きな問題がある。
【0007】
本発明の課題は、着色剤として染料を使用するが、ナイロン繊維への染着を抑制し、またウール繊維への染着をも抑制することができる、洗濯しても落ちる墨汁様組成物を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため鋭意検討した結果、
本発明は、酸性染料、脂肪族アミン、水を含有し、墨汁様組成物のpHがアルカリ領域である墨汁様組成物である。
特に、墨汁様組成物全量に対して脂肪族アミンを0.01〜3重量%含有していることが好ましい。なお、上記脂肪族アミンの中でも、トリエタノールアミンが好適に用いられる。
【0009】
また本発明の墨汁様組成物は、さらに芒硝(無水硫酸ナトリウム)を墨汁様組成物全量に対して1〜20重量%含有するものである。
【発明の効果】
【0010】
これにより、本発明は酸性染料を使用して作製した墨汁様組成物に、脂肪族アミンを添加することで、墨汁様組成物のpHが酸性染料が染まり難いアルカリ領域にあり、酸性染料にアミンが吸着することで、染料のポリアミド繊維のアミノ基への吸着を抑制して、酸性染料のポリアミド繊維、特にナイロンへの吸着が妨害され、墨汁様組成物が布(衣類)に付着した時の洗濯落ちをよくし、洗濯性を向上できる。墨汁様組成物のpHがアルカリ領域にあっても、苛性ソーダ添加では洗濯性は向上しない。
【0011】
また芒硝は染料の増量剤としてポピュラーであるが、洗濯性を出す為に墨汁様組成物に添加した例は無い。これにより、本発明は酸性染料を使用して作製した墨汁様組成物に、芒硝(無水硫酸ナトリウム)を添加することで、酸性染料の会合を促進し、酸性染料が繊維特にウール繊維に吸着しにくくする。従って、墨汁様組成物が布(衣類)に付着した時の洗濯落ちをよくし、洗濯性を向上できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
<酸性染料>
本発明で用いられる酸性染料としては、綿・ポリエステルに対する直染性がない又は弱い染料が用いられる。なお、直染性がない又は弱い染料とは、親和力が小さい染料を指す。直染性が弱い染料は、繊維に吸着されにくく、染色の際に媒染等の特別な処理を施さなければ、直接染料溶液に繊維をした浸すだけでは、繊維に吸着されにくい。そのような染料が付着してできる染みは、洗濯すれば、退色させることができる。
例えば、C.I.Acid Red 18、C.I.Acid Blue 9、C.I.Acid Blue 90、C.I.Acid Yellow 17、C.I.Acid Yellow 23、C.I.Acid Yellow 40が用いられ、中でも、C.I.Acid Red 18、C.I.Acid Blue 9、C.I.Acid Blue 90、C.I.Acid Yellow 17、C.I.Acid Yellow 23が好適である。
【0013】
本発明において、酸性染料の実施可能な範囲は、墨汁様組成物全量に対して0.1〜20.0重量%、好適な範囲は墨汁様組成物全量に対して0.5〜10.0重量%である。より好適な範囲は墨汁様組成物全量に対して2.0〜8.0重量%である。酸性染料が過剰な場合は、綿・レーヨン・ポリエステルへの染着を抑制できるが、ナイロン・ウール・絹への染着については洗濯で落ち難くなる。酸性染料が過小の場合は、発色が弱くなる。
【0014】
<脂肪族アミン>
本発明は主にナイロンへの染着を阻止するために脂肪族アミンを用いる。アミンは、染料の染着に関与する官能基にナイロン繊維のアミドより先に吸着することにより、染料が繊維に染着するのを防ぐため、アミンの添加によりナイロンの洗濯性が向上する。
換言すれば、アミンは主にナイロン繊維のイオン性に関与し、pHをアルカリ性とし、酸性染料にアミンが吸着することで酸性染料の繊維への吸着が妨害される。すなわち、脂肪族アミンの末端アミン(+)が、染料とナイロンが結びつく前に、染料の末端官能基であるCOO、などの(―)に対して擬似染着座席を占有する。またアミンを加えることによって、墨汁様組成物のpHは高くなる(塩基性になる)が、アミノ基とカルボキシル基を両方有する繊維では、カルボキシル基がCOOになるとともに、アミノ基は帯電せず不活性になる。
アミン類は脂肪族アミンと芳香族アミンに大別されるが、芳香族アミンは一般に水に対する溶解性が低いため、水を基材とした墨汁様組成物には使用できない。
脂肪族アミンとしては、第一級アミン、第二級アミン、第三級アミンのどれでもよく、1分子内にアミノ基やイミノ基を一つ持つものでも複数持つものでもよい。中でも、トリエタノールアミン、プロパノールアミン、ジプロパノールアミン、トリプロパノールアミン、ジプロピルアミン、トリエチレンテトラミンが好適に使用でき、トリエタノールアミンが好適である。
本発明において用いられる脂肪族アミンとしては、実施可能な範囲は墨汁様組成物全量に対して0.01〜3.0重量%、好適な範囲は墨汁様組成物全量に対して0.1重量%以上、より好適には0.3重量%以上である。また好適な範囲は墨汁様組成物全量に対して1.5重量%以下、より好ましくは墨汁様組成物全量に対して1.0重量%以下である。脂肪族アミンが過剰な場合は墨汁様組成物pHがあがりすぎて染料を分解してしまうなど、墨汁様組成物の安定性が悪化する。脂肪族アミンが過小の場合は、主にナイロンへの染着を阻止することができず、洗濯性向上効果が薄れる。
【0015】
<芒硝>
本発明は主にウール繊維への染着を阻止するために芒硝(無水硫酸ナトリウム)を用いることができる。適当な量の芒硝を加えると、沈降しないぎりぎりの範囲で酸性染料が会合して分子が大きくなるので、酸性染料が繊維間に取り込まれにくくなる。また染料の末端基であるCOO、SOは、芒硝のSO2−よりも繊維組織と結びつくのが遅い。芒硝の硝酸イオンなどが、ウール繊維の染着座席を占有するものである。
本発明において、芒硝は、実施可能な範囲は墨汁様組成物全量に対して1〜20重量%、好適な範囲は墨汁様組成物全量に対して2〜15重量%、より好ましくは墨汁様組成物全量に対して3〜10重量%である。芒硝が過剰な場合は染料の析出が起こる。芒硝が過小の場合は、洗濯性向上効果が薄れる。
【0016】
<水溶性樹脂>
本発明では粘度調整のため水溶性樹脂を用いることができる。例えば、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリビニルピロリドン(PVP)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、ポリエチレンオキサイト(PEO)、ポリアクリル酸、キサンタンガム、ラムザンガム、サクシノグルカンなどである。好ましくは、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリビニルピロリドン(PVP)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、キサンタンガムである。
本発明において水溶性樹脂を用いる場合、実施可能な範囲は墨汁様組成物全量に対して0.01〜10.0重量%、好適な範囲は墨汁様組成物全量に対して0.04〜8.0重量%、より好ましくは墨汁様組成物全量に対して0.05〜5重量%である。例えばより好ましくはキサンタンガムの場合0.05〜0.30重量%、CMCの場合は0.3〜3.0重量%、PVAでも2.0〜7.0重量%である。水溶性樹脂が過剰な場合、粘度が上がりすぎ、墨汁様組成物として使用し難くなる。水溶性樹脂が過小の場合は粘度が低すぎ、墨汁様組成物として使用し難くなる。
また特に、芒硝を用いた場合、芒硝が過剰であるなら、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリビニルピロリドン(PVP)が入っていると塩析凝集がおこる。キサンタンガム、サクシノグルカン、ラムザン、CMCなどは上記0.04〜8.0重量%の範囲内であると塩析凝集しない。
【0017】
<その他>
その他必要に応じて添加する成分として、容器の口部での乾燥防止のため水溶性有機溶剤のほか、無機塩類(食塩、硫酸マグネシウム)、防腐剤・防黴剤があげられる。ただし、酸性染料、脂肪族アミン、水を含有し、苛性ソーダ及び湿潤剤を含有しないで、墨汁様組成物全量に対して脂肪族アミンを0.01〜3.0重量%含有し、墨汁様組成物のpHがアルカリ領域である墨汁様組成物が好ましい。水は溶媒として残部用いることができ、実施可能な範囲は特に限定しないが、墨汁様組成物全量に対して例えば1〜90重量%、好ましくは20〜80重量%である。
【0018】
<製造方法>
例えば水に水溶性樹脂及び水溶性有機溶剤を必要に応じて投入し、加熱攪拌して、水溶性樹脂の完溶を確認後、脂肪族アミン、または脂肪族アミン及び芒硝を投入し攪拌する。その後、酸性染料を加えて攪拌し、必要に応じて防腐・防黴剤を投入して攪拌する。
【実施例】
【0019】
表1に示す組成にて、上記の方法にて各実施例及び比較例の試験サンプル(墨汁様組成物)を作製した。pHは実施例がアルカリ領域、比較例が酸性領域である。この実施例及び比較例にはいずれも苛性ソーダ及び湿潤剤を含有されていない。
【0020】
【表1】

【0021】
[表注]
成分:
食用青色1号 Acid Blue 9
食用赤色102号 Acid Red 18
食用黄色5号 Food Yellow 3
Water Blue 116 Acid Blue 90
Water Blue 9 Acid Blue 9
Water Yellow 1 Acid Yellow 23
Water Black R-455 Acid Black 2
PVA-203 PVA
サンアイバックSA 防腐・防カビ剤
コートサイドH 防腐・防カビ剤
【0022】
次に、各実施例及び比較例の墨汁様組成物を染色堅牢度試験用白布(交織1号)(JIS L0803−2005)に筆で塗布し、3時間乾燥した。続いて、洗剤、漂白剤を溶かした液に2時間浸漬した。のちに、洗剤で15分洗濯し、15分すすぎ、乾燥した。
【0023】
<評価>
墨汁様組成物の塗布などしていない交換布8種の繊維(綿、レーヨン、ポリエステル、ナイロン、ウール、アクリル、アセテート、絹)それぞれを顕微式色差計にて測色し、ブランクとする。
次に、各実施例及び比較例の墨汁様組成物を塗布し洗濯し乾燥したJIS交換布8種を顕微式色差計にて測色する。
続いて、ブランクと試験片のΔE(デルタE)を各繊維毎に算出する。綿、レーヨン、ポリエステル、ナイロン、ウール、アクリル、アセテート、絹の8種の繊維のΔE(デルタE)値の平均値を算出する。
【0024】
表1より、実施例は、比較例と同じく、綿、レーヨン、ポリエステル、ウール、アクリル、アセテートいずれにおいても洗濯性(墨汁様組成物の色が洗濯により落ちる)が良好であるが、特にナイロンは比較例と比べて格別顕著に効果を奏していることが認められる。
【0025】
次に、表2に示す組成にて、各実施例及び比較例の試験サンプル(墨汁様組成物)を作製した。すなわち、水に水溶性樹脂を投入し、加熱攪拌して、水溶性樹脂の完溶を確認後、脂肪族アミンまたは脂肪族アミン及び芒硝を投入し攪拌する。その後、酸性染料を加えて攪拌し、必要に応じて防腐・防黴剤を投入して攪拌する。
【0026】
【表2】

【0027】
[表注]
成分:
食用青色1号 Acid Blue 9
食用赤色102号 Acid Red 18
食用黄色5号 Food Yellow 3
Water Blue 116 Acid Blue 90
Water Blue 9 Acid Blue 9
Water Yellow 1 Acid Yellow 23
Water Black R-455 Acid Black 2
PVA-203 PVA
サンアイバックSA 防腐・防カビ剤
コートサイドH 防腐・防カビ剤
【0028】
同様に、各実施例及び比較例の墨汁様組成物を染色堅牢度試験用白布(交織1号)(JIS L0803−2005)に筆で塗布し、3時間乾燥した。続いて、洗剤、漂白剤を溶かした液に2時間浸漬した。のちに、洗剤で15分洗濯し、15分すすぎ、乾燥した。
【0029】
続いて、墨汁様組成物の塗布などしていない交換布8種の繊維(綿、レーヨン、ポリエステル、ナイロン、ウール、アクリル、アセテート、絹)それぞれを顕微式色差計にて測色し、ブランクとする。
次に、各実施例及び比較例の墨汁様組成物を塗布し洗濯し乾燥したJIS交換布8種を顕微式色差計にて測色する。
続いて、ブランクと試験片のΔE(デルタE)を各繊維毎に算出する。表2はその結果を示している。
【0030】
表2より、ナイロン繊維について、ブランクである比較例が12.0であるのに対し、実施例4〜10のいずれについても7.4〜5.9であり、脂肪族アミンである実施例のプロパノールアミン、ジプロパノールアミン、トリプロパノールアミン、ジプロピルアミン、トリエチレンテトラミン、トリエタノールアミンを含む墨汁様組成物のいずれについても洗濯性(墨汁様組成物の色が洗濯により落ちる)が良好である。またさらに芒硝を加えた実施例10はウール繊維についても洗濯性(墨汁様組成物の色が洗濯により落ちる)が良好である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性染料、脂肪族アミン、水を含有し、
墨汁様組成物のpHがアルカリ領域である
墨汁様組成物。
【請求項2】
墨汁様組成物全量に対して脂肪族アミンを0.01〜3.0重量%含有する請求項1記載の墨汁様組成物。
【請求項3】
脂肪族アミンがトリエタノールアミンである請求項1又は2記載の墨汁様組成物。
【請求項4】
さらに芒硝(無水硫酸ナトリウム)を墨汁様組成物全量に対して1〜20重量%含有する請求項1乃至3のいずれかに記載の墨汁様組成物。
【請求項5】
酸性染料、脂肪族アミン、水を含有し、苛性ソーダ及び湿潤剤を含有しないで、
墨汁様組成物全量に対して脂肪族アミンを0.01〜3.0重量%含有し、
墨汁様組成物のpHがアルカリ領域である請求項1記載の
墨汁様組成物。
【請求項6】
脂肪族アミンがトリエタノールアミンである請求項5記載の墨汁様組成物。


【公開番号】特開2010−83937(P2010−83937A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−252401(P2008−252401)
【出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【出願人】(390039734)株式会社サクラクレパス (211)
【Fターム(参考)】