声帯補強具ならびに声帯萎縮防止用電極およびこれを備えた声帯萎縮防止装置
【課題】埋植による患者への身体的な負担を軽減でき、さらに術後の声帯機能の調整が容易な声帯補強具を提供する。
【解決手段】声帯補強具1は、バルーン体11からなり、バルーン体11は、流体を注入するための流体注入口12と、注入された流体を保持するための中空部13とを有し、流体注入口12から中空部13に流体を注入することにより、膨縮自在な構造となっている。萎縮している側の声帯筋層140の内部に、内視鏡下で声帯補強具1を縮ませた状態で埋植し、シリンジ等で流体を中空部13へ注入し、声帯補強具1を膨らませることにより、萎縮している側の声帯110を健側声帯110に突出させ、これを動かして声門120を開閉することにより、発声、誤嚥防止および息こらえを行うことができるようにする。
【解決手段】声帯補強具1は、バルーン体11からなり、バルーン体11は、流体を注入するための流体注入口12と、注入された流体を保持するための中空部13とを有し、流体注入口12から中空部13に流体を注入することにより、膨縮自在な構造となっている。萎縮している側の声帯筋層140の内部に、内視鏡下で声帯補強具1を縮ませた状態で埋植し、シリンジ等で流体を中空部13へ注入し、声帯補強具1を膨らませることにより、萎縮している側の声帯110を健側声帯110に突出させ、これを動かして声門120を開閉することにより、発声、誤嚥防止および息こらえを行うことができるようにする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、声帯補強具ならびに声帯萎縮防止用電極およびこれを備えた声帯萎縮防止装置に関する。
【背景技術】
【0002】
声帯は、人間が他人とコミュニケーションを図り、人間社会を維持するために必須の感覚器の1つである。この声帯は、喉頭のほぼ中央の左右側壁から粘膜が盛り上がった、上下2対のひだ状の隆起した下側部分にあり、筋肉、結合組織および粘膜の三層構造からできている。
【0003】
しかしながら、一側の声帯が外傷、癌の手術、加齢、反回神経麻痺、喉頭麻痺等により、正中位(閉鎖位)への内転障害をきたし、あるいは全体的に萎縮して声門閉鎖不全をきたすと、息漏れや嗄声(気息性嗄声)による音声障害のみならず、唾液の気管への垂れ込みによる誤嚥、さらには息こらえが出来ないことによる身体能力の低下をも惹起し、その結果として、社会生活上におけるQOL(Quality of Life)を著しく低下させる。
【0004】
そこで、声門閉鎖不全に対し、数多くの治療方法が開発されており、例えば、流動性パラフィン、テフロン(登録商標)、シリコン、牛コラーゲン、自家脂肪や筋膜、固形のテフロン(登録商標)やシリコン等を、声帯内に直接注入または移植する方法が知られている。しかしながら、これらの方法では、注入材料としての危険性が高く、あるいは頸部や咽頭部の外的切開が必要であり、手術の侵襲が大きい等の問題が生じていた。
【0005】
また、本願発明者は、声帯の生理的加齢変化の代表的疾患モデルである声帯の瘢痕病変と声帯溝症に対し、声帯粘膜を再生する「声帯内自家筋膜移植術(Autologous Transplantation of Fascia into the Vocal Fold、以下「ATFV」という。)」(例えば、非特許文献1〜7参照)を、また、反回神経麻痺による声門閉鎖不全に対し、声帯粘膜の再生のみならず、筋膜を声帯筋層内に移植するATFV2型等を、それぞれ開発し、現在ではこれらが世界の音声外科の主流になっている。しかしながら、これらの方法においては、患者の体格や症状、術後の経過等に合わせて筋膜のボリューム調節を行うことは非常に困難である。
【0006】
一方、声帯は、反回神経によって声帯の筋肉を動かして調節されているので、甲状腺や心臓等の手術において、反回神経が伸展、断絶、あるいは切断された場合には、声帯が麻痺して声門閉鎖不全を引き起こす。さらに、反回神経が切断等されたままでは、一方の声帯の筋肉が萎縮するので、他方の声帯が代償して過内転しても嗄声は改善しない。
【0007】
そこで、甲状腺手術における反回神経の切断等による声門閉鎖不全に対する治療方法として、例えば、反回神経の切断後に頸部の神経と筋肉を移植する方法が知られている(例えば、非特許文献8参照)。この治療方法では、反回神経麻痺は改善しないものの、移植した神経による電気刺激によって筋肉の萎縮を防止することができ、仮に反回神経麻痺が改善しなくとも、嗄声を改善することができる。上記甲状腺手術と上記治療方法とは、手術野が同じであるため、患者に必要以上の身体的な負担を負わせることなく、神経の吻合および移植が可能である。しかし、食道、肺、従隔、心臓等の手術における片側反回神経の切断等による声門閉鎖不全に対しては、これらの手術自体の侵襲が著しく大きいため、さらに頸部切開の必要な上記治療方法を適用することは困難である。両側の反回神経の障害では、声門開大筋の麻痺をきたすため、声門が閉鎖して声門閉鎖不全とは逆に呼吸困難をきたす。そこで、このような場合には、一般的に気管切開で救命を行い、次いで喉頭のペーシングを行う方法が試行されている。この方法は、心臓のペーシングと機器の原理が同一であり、例えば、2〜7Vの直流電流により、1000分の1秒(1ms)間隔のパルスを、1秒間に30〜40回与えることにより、声門を開くことができる(例えば、非特許文献9参照)。
【0008】
しかしながら、上述したペーシング装置を用いた治療方法は、現在使用が禁止されており、また、筋肉に与える刺激が大きいため、患者に過度の身体的苦痛を与えるという問題があった。
【非特許文献1】Tsunoda K., Takanosawa M., Niimi S., Laryngoscope, 1999;109:504−508.
【非特許文献2】Tsunoda K., Niimi S., Laryngoscope, 2000;110:680−682.
【非特許文献3】Tsunoda K., Baer T., Niimi S., Laryngoscope, 2001;111:453−457.
【非特許文献4】Tsunoda K., Amagai N., Kondou K., Baer T., Kaga K., Niimi S., Journal of Laryngol Otol, 2005;119:222−225.
【非特許文献5】Nishiyama K., Hirose H., Horiguchi S., Tsunoda K., Acta Otolaryngologica, 2005;125:1134−1135.
【非特許文献6】Tsunoda K., Kondou K., Kaga K., Niimi S., Baer T., Nishiyama K., Hirose H., Laryngoscope, 2005 Dec.;115(Part 2 Suppl):1−10.
【非特許文献7】Nishiyama K., Hirose H., Masaki T., Nagai H., Hashimoto D., Usui D., Yao K., Tsunoda K., Okamoto M., Laryngoscope, 2006 Feb.;116(2):231−234.
【非特許文献8】Tucker HM., Laryngoscope, 1976;86:769−779.
【非特許文献9】Zealear DL., et al, Otolaryngol Head Neck Surg., 2001 Sep.;125(3):183−192.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、斯かる従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、埋植による患者への身体的な負担を軽減でき、さらに術後の声帯機能の調整が容易な声帯補強具を提供することを目的とする。
【0010】
また、本発明は、患者自身が自在に声帯機能を制御することが可能な声帯補強具を提供することを他の目的とする。
【0011】
さらに、本発明は、声帯内に直接埋植して刺激を与えることができ、さらに低電圧かつ少ないパルスでの駆動が可能な声帯萎縮防止用電極およびこれを備えた声帯萎縮防止装置を提供することを他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の上記目的は、下記手段により達成される。
【0013】
(1)すなわち、本発明は、弾性素材からなる膨縮自在なバルーン体で構成されてなり、声帯筋層内に埋植して利用されることを特徴とする、声帯補強具である。
【0014】
(2)また、本発明は、前記バルーン体の内部に流体を注入するための注入口を有する、(1)に記載の声帯補強具である。
【0015】
(3)本発明は、また、前記注入口は、前記流体の逆流を防止するための逆流防止弁を有する、(2)に記載の声帯補強具である。
【0016】
(4)また、本発明は、前記バルーン体と導管を介して内部が連通した第2のバルーン体を有し、前記バルーン体、前記導管および前記第2のバルーン体の連通した内部には流体が充填され、前記第2のバルーン体は、甲状軟骨外皮下に埋植して利用されることを特徴とする、(1)に記載の声帯補強具である。
【0017】
(5)本発明は、また、前記弾性素材は、シリコーンゴム、ゴアテックス、セグメント化ポリウレタンまたは軟質性塩化ビニルである、(1)〜(4)のいずれか1項に記載の声帯補強具である。
【0018】
(6)本発明は、また、前記流体は、水、抗生物質、カルシウムペースト、生理食塩水、コラーゲン、ゼラチンまたはシリコンである、(2)〜(5)のいずれか1項に記載の声帯補強具である。
【0019】
(7)また、本発明は、声門閉鎖不全ならびに声帯の萎縮による音声障害および嚥下障害の予防および治療に用いられる、(1)〜(6)のいずれか1項に記載の声帯補強具である。
【0020】
(8)また、本発明は、弾性素材からなる膨縮自在なバルーン体と、前記バルーン体の表面に配設された一対の電極とからなり、声帯筋層内に埋植し、パルス波を発生させるパルス波発生装置と接続されて利用されることを特徴とする、声帯萎縮防止用電極である。
【0021】
(9)また、本発明は、前記バルーン体の内部に流体を注入するための注入口を有する、(8)に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0022】
(10)本発明は、また、前記注入口は、前記流体の逆流を防止するための逆流防止弁を有する、(9)に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0023】
(11)本発明は、また、前記弾性素材は、シリコーンゴム、ゴアテックス、セグメント化ポリウレタンまたは軟質性塩化ビニルである、(8)〜(10)のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0024】
(12)本発明は、また、前記流体は、水、抗生物質、カルシウムペースト、生理食塩水、コラーゲン、ゼラチンまたはシリコンである、(9)〜(11)いずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0025】
(13)本発明は、また、前記電極間距離は、3mm〜10mmである、(8)〜(12)のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0026】
(14)また、本発明は、前記パルス波発生装置により、前記電極に印加される電圧が1V〜8V、繰返し周期が1秒〜3秒、パルス幅が1ms〜5msであることを特徴とする、(8)〜(13)のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0027】
(15)また、本発明は、反回神経麻痺症、声帯麻痺、外傷、炎症および加齢による声帯の萎縮防止の治療に用いる、(8)〜(14)のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0028】
(16)さらに、本発明は、(8)〜(15)のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極と、パルス波を発生させるパルス波発生装置とを備えてなる、声帯萎縮防止装置である。
【発明の効果】
【0029】
本発明の声帯補強具によれば、従来のように、大きく頸部を切開することなく、内視鏡を用いてわずかな切開のみで埋植することができるので、患者への身体的な負担を軽減することが可能である。
【0030】
また、本発明の声帯補強具によれば、流体の注入量を加減することによりバルーン体の体積を容易に増減することができるので、術後であっても声帯機能の調整が可能である。
【0031】
また、本発明の声帯補強具によれば、患者自身が自己の頸部を圧迫することで、一方のバルーン体から他方のバルーン体へ流体を移動させ、声帯機能を制御することができるので、発声の際には声帯補強具を膨らませることにより、精度の高い発声が可能となり、また、呼吸の際には声帯補強具を縮ませることにより、容易に呼吸することが可能である。
【0032】
さらに、本発明の声帯萎縮防止用電極およびこれを備えた声帯萎縮防止装置によれば、電極を直接声帯内に埋植することができるので、低電圧かつ少ないパルスで反回神経麻痺による声帯の萎縮を効果的に防止することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照して詳細に説明する。
【0034】
図1は、本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1の縦断面図であり、声帯補強具1の構成を示したものである。図1に示すように、声帯補強具1は、バルーン体11からなる。
【0035】
バルーン体11は、流体を注入するための流体注入口12と、注入された流体を保持するための中空部13とを有し、流体注入口12から中空部13に流体を注入することにより、膨縮自在な構造となっている。バルーン体11の形状は、声帯筋層140の内部に埋植可能なものであれば特に限定されず、例えば、楕円体や球体等の形状が挙げられるが、患者の体格や病状の程度、あるいは患部の状態等によって、中空部13の形状と併せて適宜設計される。バルーン体11の素材としては、少なくとも流体の注入により膨縮自在となる弾性と、注入された流体を内部に保持し得る強度とを有していれば、特に限定されるものではないが、好ましくは、生体適合性に優れた素材、例えば、シリコーンゴム、ゴアテックス(登録商標)、セグメント化ポリウレタン、軟質性塩化ビニル等を利用することができる。
【0036】
流体注入口12は、注入された流体の逆流を防ぐための逆流防止弁14を備え、逆流防止弁14には、シリンジ等の針を穿刺して流体を中空部13に注入するための穿刺孔15が設けられている。
【0037】
逆流防止弁14の構造および素材としては、バルーン体11の中空部13に注入された流体の逆流を防ぐものであれば特に限定されるものではなく、既知の構造および素材を利用することができるが、特に生体適合性に優れた素材、例えば、シリコーンゴム、ゴアテックス、セグメント化ポリウレタン、軟質性塩化ビニル等を用いることが好ましい。
【0038】
本発明で利用可能な流体としては、バルーン体11の中空部13にシリンジ等で容易に注入でき、声帯補強具1の全体に弾性特性を付与できるものであれば特に限定されないが、注入時の漏えい等の危険性に鑑みれば、安全性の高い物質を用いることが好ましく、例えば、水、抗生物質、カルシウムペースト、生理食塩水、コラーゲン、ゼラチン、シリコン等の液体や、窒素ガス等の不活性ガス等の気体を利用することができる。
【0039】
なお、本発明の声帯補強具1の各構成要素については上述したとおりであるが、声帯補強具1は、声帯内に埋植して声帯を補強するためのものであり、埋植後に声帯機能を妨げるものであってはならない。よって、声帯補強具1は、全体として、少なくとも声帯を補強する強度と、声帯筋と同程度の弾性とを有している必要がある。
【0040】
次に、本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1の使用方法について、声帯等の器官による音声生成の機序を踏まえて説明する。
【0041】
図2は、人体の上半身、特に鼻腔および喉の構造を模式的に示した図であり、図3は、喉頭100の縦断面図であり、図4は、手術用喉頭顕微鏡を用いて声帯110の周辺部分を観察した際の、声門120が閉じた状態を模式的に示した図であり、図5は、手術用喉頭顕微鏡を用いて声帯110の周辺部分を観察した際の、声門120が発声中に開いた状態を模式的に示した図である。
【0042】
声帯110は、図2,3に示すように、喉頭100のほぼ中央の左右側壁から粘膜が盛り上がった、上下2対のひだ状の隆起した下側部分にあり、筋肉、結合組織および粘膜の三層構造、すなわち、筋肉の上に、柔らかいラインケスペースといわれる結合組織からなる中間組織が覆い、さらにその表面は粘膜で覆われた構造となっている。この声帯110等の器官による音声生成の機序は、肺からの空気の流れを声帯110で音に変換し、口から言語音として発声するものであり、まず、中枢の指令により、肺から発声の動力源としての呼気が発せられ、この呼気が気管130を通り喉頭100に到達する。同時に、中枢からの指令により、声帯110が内転することで、図4に示すように、筋肉レベルでの声門120の閉鎖が起こり、発声の動力源としての呼気流が途絶される。次いで、柔軟性に優れた筋肉の表面を覆うラインケスペースと声帯粘膜とが、呼気により上方に跳ね上げられ、図5に示すように、声門120が開くが、呼気流により声帯粘膜が再び正中に引き寄せられる。この一連の声帯110の動作は声帯振動といわれ、1秒間に、男性では100〜150回、女性では200〜300回起き、この時発生した振動音を喉頭原音という。この喉頭原音に、口腔、鼻腔、舌、口蓋、咽頭および口唇等の構音器官で、母音や子音など音色が加えられ、言語音として発声されて音声言語が生成される。
【0043】
図6は、喉頭100の縦断面図であり、声帯110が全体的に萎縮した状態を模式的に示したものである。図6に示すように、一方の声帯110が、加齢や反回神経麻痺等により全体的に萎縮すると声門120の閉鎖不全をきたし、その結果、息漏れ嗄声(気息性嗄声)や唾液の気管への垂れ込みによる誤嚥、さらには息こらえが出来ないことによる身体能力の低下を惹起する。そこで、加齢や反回神経麻痺等により全体的に萎縮し、声門120の閉鎖不全をきたした声帯筋層140の内部に、本発明の声帯補強具1を埋植して声帯を補強することにより、その機能を改善することができるものである。
【0044】
本発明の声帯補強具1は、既知の術式であるATFV2型に準拠して、声帯筋層140の内部に埋植される(非特許文献2参照)。
【0045】
図7は、喉頭100の横断面図であり、声帯110の内部に声帯補強具1を埋植させた状態を示している。図7に示すように、声帯補強具1は、甲状軟骨150の内側にある萎縮している側の声帯筋層140の内部に埋植される。
【0046】
図8および9は、喉頭100の縦断面図であり、図8は、声帯110の内部に埋植された声帯補強具1の流体注入前の状態を示しており、図9は、声帯110の内部に埋植された声帯補強具1の流体注入後の状態を示している。上述したATFV2型では、患者の側頭筋の筋膜を採取し、図7に示す萎縮している側の声帯筋層140の内部に移植するが(角田晃一、“声帯溝症手術の可能性”、JOHNS(Journal of Otolarymgology, Head and Neck Surgery)‐耳鼻咽喉科・頭頸部外科-、2002年;第18巻 7号:1300−1305、参照)、外切開が必要であるので術後の侵襲が大きく、また、調整等を行う場合には、再度移植する際には頸部切開が必要である。しかし、本発明の声帯補強具1を用いた場合には、図8に示すように、萎縮している側の声帯筋層140の内部に、内視鏡下で声帯補強具1を縮ませた状態で埋植し、穿刺孔15からシリンジ等で流体を中空部13へ注入し、図9に示すように、声帯補強具1を膨らませることにより、萎縮している側の声帯110を健側声帯110、すなわち正常な側の声帯110に突出させることができる。これにより、他方の正常に機能している声帯110を動かして、声門120を開閉することにより、発声を行うことができるようになるものである。
【0047】
したがって、本発明の声帯補強具1を用いれば、外切開等の侵襲が大きな手術によらずに声門閉鎖不全を解消することができ、患者の身体的負担を軽減することができる。また、流体注入口12に逆流防止弁14が設置されているので、流体が体内に漏えいする心配もなく、患者に対する安全性を確保することができる。さらに、予め流体注入口12の一部を気管130側に突出させておき、術後にシリンジ等を用いて流体の注入量を加減してバルーン体11の体積を増減できるので、従来のATFV2型等とは異なり、術後における声帯補強具1のボリュームの調節が極めて容易となる。
【0048】
本発明の声帯補強具1は、上述した術後における声帯補強具1のボリュームの調節が終了して患者の状態が安定した後に、萎縮している側の声帯筋層140の内部に完全に埋め込んでから縫合する。また、本発明は、左右の声帯110のどちらか一方にしか埋植することができない。これは、本発明により補強された声帯110が、声門120を閉じた状態を維持するので、気管130の閉塞により患者の呼吸経路を確保できなくなってしまうためである。
【0049】
図10は、本発明の第2の実施形態にかかる声帯補強具2の縦断面図であり、声帯補強具2の構成を示したものである。図10に示すように、声帯補強具2は、声帯筋層140の内部に埋植するための第1のバルーン体21と、甲状軟骨外皮下に埋植するための第2のバルーン体22と、第1のバルーン体21と第2のバルーン体22の内部を連通させるための導管23とからなり、第1のバルーン体21、第2のバルーン体22および導管23の中空部24,25および26には、流体27が充填されている。そして、声帯補強具2の第1のバルーン体21と第2のバルーン体22とは、導管23を介して内部の流体27を一方から他方へ移動させることにより、互いに膨縮可能な構造となっている。
【0050】
第1のバルーン体21および第2のバルーン体22の素材としては、上述したように、少なくとも流体27の移動により膨縮自在となる弾性と、流体27を内部に保持し得る程度の強度を有していれば、特に限定されるものではなく、例えば、本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1のバルーン体11と同様のものを利用することができる。また、導管23の素材としては、上述したように、少なくとも流体27を移動させ、または保持し得る強度を有していれば、特に限定されない。
【0051】
本発明で利用可能な流体27としては、第1のバルーン体21と、第2のバルーン体22の一方から他方へ導管23を介して移動でき、かつ声帯補強具2全体に弾性特性を付与できるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1と同様のものを利用することができる。
【0052】
次に、本発明の第2の実施形態にかかる声帯補強具2の使用方法について説明する。図11は、喉頭100の横断面図であり、声帯110の内部に声帯補強具2を埋植させた状態を示しており、図12および13は、喉頭100の縦断面図であり、図12は、声帯110の内部に埋植させた声帯補強具2の流体27注入前の状態を示しており、図13は、声帯110の内部に埋植させた声帯補強具2の流体27注入後の状態を示している。
【0053】
図11に示すように、本発明の声帯補強具2は、第1のバルーン体21が萎縮している側の声帯筋層140の内に、第2のバルーン体22が甲状軟骨150の外側皮下にそれぞれ埋植され、また、導管23が甲状軟骨150を貫通した状態で留置される。例えば、頚部切開した後の甲状軟骨150の切痕部位から、縮んだ状態の声帯補強具2の第1のバルーン体21のみを、内視鏡で確認しながら、萎縮している側の声帯筋層140の内部に埋め込み、甲状軟骨150を貫通した状態で導管23を留置し、また、膨らんだ状態の第2のバルーン体22は、甲状軟骨150の外側皮下に埋植する。
【0054】
図12において、膨らんだ状態の第2のバルーン体22を喉頭100の外部から圧迫することにより、本発明の第2のバルーン体22内の流体27が導管23を通って第1のバルーン体21側へ移動して第1のバルーン体21を膨らませ、その結果、萎縮した側の声帯110を健側声帯110に突出させることができる(図13)。これにより、他方の正常な声帯110を動かして、声門120を開閉することにより、発声を行うことができるようになる。この際、第2のバルーン体22の圧迫の度合いにより、第1のバルーン体21の体積を容易に調整することができるので、精度の高い発声が可能となるものである。また、発声の終了後に第2のバルーン体22の圧迫を解除すれば、流体27が導管23を通って第2のバルーン体22側へ移動して第1のバルーン体21を萎ませることができるので、声門120を完全に開放して容易に呼吸をすることができるようになる(図12)。また、このような特徴により、本発明の声帯補強具2は声門120を完全に閉塞することがないので、左右両側の声帯110に同時に埋植することができ、両方の声帯110が萎縮した症例に対しても適応することが可能である。なお、本発明の声帯補強具2を埋植するための術式は、上述したように埋植可能であれば、特に限定されるものではない。
【0055】
図14は、本発明の第3の実施形態にかかる声帯補強具3の縦断面図であり、声帯補強具3の構成を示したものである。図14に示すように、声帯萎縮防止用電極3は、声帯筋層140の内部に埋植するためのバルーン体31と、バルーン体31外面の略対向する位置に設けられた、声帯筋層140にパルス波による電気刺激を与えるための電極32aおよび32bとからなる。
【0056】
バルーン体31は、流体を注入するための流体注入口33と、注入された流体を保持するための中空部34とを有する。本発明の声帯萎縮防止用電極3のバルーン体31の形状および素材は、声帯筋層140の内部に埋植することができれば特に限定されるものではなく、上述した本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1のバルーン体11と同様のものを利用することができる。
【0057】
流体注入口33は、注入された流体の逆流を防ぐための逆流防止弁35を備え、逆流防止弁35には、シリンジ等の針を穿刺して流体を中空部34に注入するための穿刺孔36が設けられている。逆流防止弁35としては、バルーン体31の中空部34に流体を注入した際に、流体が逆流して外部に漏れなければ特に限定されるものではなく、また、逆流防止弁35の構造および素材としては、注入された流体の逆流を防ぐものであれば特に限定されるものではなく、上述した本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1のバルーン体11の逆流防止弁14と同様のものを利用することができる。また、流体としては、バルーン体31の中空部34に注入でき、声帯萎縮防止用電極3の全体に弾性特性を付与できるものであれば特に限定されるものではなく、上述した本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1と同様のものを利用することができる。
【0058】
電極32aおよび32bの素材は、特に限定されるものではなく、既知のものを利用することができ、その大きさおよび形状も限定されず、患部の状態等により適宜設計される。また、電極32aおよび32bの電極間距離は、バルーン体31の大きさによって決定されるものであるが、3mm〜10mmの間隔であることが好ましく、特に6mm〜10mmの間隔であることが好ましい。電極32aおよび32bの電極間距離が、前記上限を上回ると、電気刺激による声帯萎縮防止効果が十分に得られず、上記下限を下回ると、過度の電気刺激により患者に身体的苦痛を与えることになり、いずれも好ましくない。さらに、電極32aおよび32bに印加する電圧としては、1V〜8Vであることが好ましく、特に2V〜6Vであることが好ましく、繰返し周期としては、1秒〜3秒であることが好ましく、特に1.5秒〜2.5秒であることが好ましく、また、パルス幅としては、1ms〜5msであることが好ましく、特に2ms〜3msであることが好ましい。電極32aおよび32bの印加電圧もしくはパルス幅の値が前記下限を下回り、または繰り返し周期の値が前記上限を上回ると、電気刺激による声帯萎縮防止効果が十分に得られず、印加電圧もしくはパルス幅の値が前記上限を上回り、または繰り返し周期の値が前記下限を下回ると、過度の電気刺激により患者に身体的苦痛を与えることになり、いずれも好ましくない。
【0059】
本発明の声帯萎縮防止用電極3と接続可能なパルス波発生装置としては、例えば、振せん用脳電気刺激装置(Itrel II、メドトロニック社製)等の既知のパルス波発生装置を利用することができる。また、パルス波発生装置は、体外に取り付ける「体外式」であっても、皮下に植え込む「植込み式」であってもよく、患者の体格や年齢、病状の程度、あるいは患部の状態等によって適宜設計される。
【0060】
本発明の声帯萎縮防止用電極3は、上述した第1の実施形態にかかる声帯補強具1と同様にして、ATFV2型に準拠して声帯筋層140内に埋植される。これにより、心臓等の手術において、反回神経が伸展、断絶、あるいは切断され、声帯110が麻痺して声門120の閉鎖不全を引き起こしている場合でも、本発明の声帯萎縮防止用電極3を用いれば、簡易な術式で直接声帯110に埋植できるので、低電圧かつ少ないパルスで声帯110に刺激を与えることができる。また、声帯110の萎縮防止により、健側声帯110のリハビリテーションによる過内転で声門120の閉鎖不全を改善することができる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
したがって、本発明の声帯補強具によれば、頸部を切開することなく、内視鏡を用いた簡易な方法により埋植することができるので、患者への身体的な負担を軽減でき、また、流体の注入量を加減することによりバルーン体の体積を容易に増減することができるので、術後であっても声帯機能の調整が可能である。さらに、本発明の声帯補強具によれば、患者自身が自己の頸部を圧迫することで、一方のバルーン体から他方のバルーン体へ流体を移動させ、声帯機能を制御することができるので、発声の際には声帯補強具を膨らませることにより、精度の高い発声が可能となり、また、呼吸の際には声帯補強具を縮ませることにより、容易に呼吸することが可能である。よって、本発明の声帯補強具は、加齢、声帯溝症、声帯瘢痕、反回神経麻痺症、喉頭癌による声帯の一部または全部摘出による声門閉鎖不全ならびに声帯の萎縮による音声障害および嚥下障害の治療に用いた場合に極めて有用である。
【0062】
また、本発明の声帯萎縮防止用電極およびこれを備えた声帯萎縮防止装置によれば、電極を直接声帯内に埋植することができるので、低電圧かつ少ないパルスで反回神経麻痺による声帯の萎縮を効果的に防止することが可能である。よって、本発明の声帯萎縮防止用電極およびこれを備えた声帯萎縮防止装置は、反回神経麻痺症、声帯麻痺、外傷、炎症および加齢よる声帯の萎縮防止に用いた場合に極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1の縦断面図であり、声帯補強具1の構成を示した図である。
【図2】人体の上半身、特に鼻腔および喉の構造を模式的に示した概略図である。
【図3】喉頭100を垂直方向に切断してその構造を模式的に示した断面図である。
【図4】手術用喉頭顕微鏡を用いて声帯110の周辺部分を観察した際の、声門120が閉じた状態を模式的に示した図である。
【図5】手術用喉頭顕微鏡を用いて声帯110の周辺部分を観察した際の、声門120が発声中に開いた状態を模式的に示した図である。
【図6】喉頭100を垂直方向に切断してその構造の断面を観察した際の、声帯110が全体的に萎縮した状態を模式的に示した図である。
【図7】喉頭100の横断面図であり、声帯110の内部に声帯補強具1を埋植させた状態を示した図である。
【図8】喉頭100の縦断面図であり、流体注入前の声帯補強具1を声帯110の内部に埋植させた状態を示した図である。
【図9】喉頭100の縦断面図であり、流体注入後の声帯補強具1を声帯110の内部に埋植させた状態を示した図である。
【図10】本発明の第2の実施形態にかかる声帯補強具2の縦断面図であり、声帯補強具2の構成を示した模式図である。
【図11】喉頭100の横断面図であり、声帯110の内部に声帯補強具2を埋植させた状態を示した図である。
【図12】喉頭100の縦断面図であり、流体注入前の声帯補強具2を声帯110の内部に埋植させた状態を示した図である。
【図13】喉頭100の縦断面図であり、流体注入後の声帯補強具2を声帯110の内部に埋植させた状態を示した図である。
【図14】本発明の第3の実施形態にかかる声帯補強具3の縦断面図であり、声帯補強具3の構成を示した図である。
【符号の説明】
【0064】
1,2 声帯補強具
11,31 バルーン体
12,33 流体注入口
13,24〜26,34 中空部
14,35 逆流防止弁
15,36 穿刺孔
21 第1のバルーン体
22 第2のバルーン体
23 導管
27 流体
3 声帯萎縮防止用電極
32a,32b 電極
37a,37b リード線
100 喉頭
110 声帯
120 声門
130 気管
140 声帯筋層
150 甲状軟骨
【技術分野】
【0001】
本発明は、声帯補強具ならびに声帯萎縮防止用電極およびこれを備えた声帯萎縮防止装置に関する。
【背景技術】
【0002】
声帯は、人間が他人とコミュニケーションを図り、人間社会を維持するために必須の感覚器の1つである。この声帯は、喉頭のほぼ中央の左右側壁から粘膜が盛り上がった、上下2対のひだ状の隆起した下側部分にあり、筋肉、結合組織および粘膜の三層構造からできている。
【0003】
しかしながら、一側の声帯が外傷、癌の手術、加齢、反回神経麻痺、喉頭麻痺等により、正中位(閉鎖位)への内転障害をきたし、あるいは全体的に萎縮して声門閉鎖不全をきたすと、息漏れや嗄声(気息性嗄声)による音声障害のみならず、唾液の気管への垂れ込みによる誤嚥、さらには息こらえが出来ないことによる身体能力の低下をも惹起し、その結果として、社会生活上におけるQOL(Quality of Life)を著しく低下させる。
【0004】
そこで、声門閉鎖不全に対し、数多くの治療方法が開発されており、例えば、流動性パラフィン、テフロン(登録商標)、シリコン、牛コラーゲン、自家脂肪や筋膜、固形のテフロン(登録商標)やシリコン等を、声帯内に直接注入または移植する方法が知られている。しかしながら、これらの方法では、注入材料としての危険性が高く、あるいは頸部や咽頭部の外的切開が必要であり、手術の侵襲が大きい等の問題が生じていた。
【0005】
また、本願発明者は、声帯の生理的加齢変化の代表的疾患モデルである声帯の瘢痕病変と声帯溝症に対し、声帯粘膜を再生する「声帯内自家筋膜移植術(Autologous Transplantation of Fascia into the Vocal Fold、以下「ATFV」という。)」(例えば、非特許文献1〜7参照)を、また、反回神経麻痺による声門閉鎖不全に対し、声帯粘膜の再生のみならず、筋膜を声帯筋層内に移植するATFV2型等を、それぞれ開発し、現在ではこれらが世界の音声外科の主流になっている。しかしながら、これらの方法においては、患者の体格や症状、術後の経過等に合わせて筋膜のボリューム調節を行うことは非常に困難である。
【0006】
一方、声帯は、反回神経によって声帯の筋肉を動かして調節されているので、甲状腺や心臓等の手術において、反回神経が伸展、断絶、あるいは切断された場合には、声帯が麻痺して声門閉鎖不全を引き起こす。さらに、反回神経が切断等されたままでは、一方の声帯の筋肉が萎縮するので、他方の声帯が代償して過内転しても嗄声は改善しない。
【0007】
そこで、甲状腺手術における反回神経の切断等による声門閉鎖不全に対する治療方法として、例えば、反回神経の切断後に頸部の神経と筋肉を移植する方法が知られている(例えば、非特許文献8参照)。この治療方法では、反回神経麻痺は改善しないものの、移植した神経による電気刺激によって筋肉の萎縮を防止することができ、仮に反回神経麻痺が改善しなくとも、嗄声を改善することができる。上記甲状腺手術と上記治療方法とは、手術野が同じであるため、患者に必要以上の身体的な負担を負わせることなく、神経の吻合および移植が可能である。しかし、食道、肺、従隔、心臓等の手術における片側反回神経の切断等による声門閉鎖不全に対しては、これらの手術自体の侵襲が著しく大きいため、さらに頸部切開の必要な上記治療方法を適用することは困難である。両側の反回神経の障害では、声門開大筋の麻痺をきたすため、声門が閉鎖して声門閉鎖不全とは逆に呼吸困難をきたす。そこで、このような場合には、一般的に気管切開で救命を行い、次いで喉頭のペーシングを行う方法が試行されている。この方法は、心臓のペーシングと機器の原理が同一であり、例えば、2〜7Vの直流電流により、1000分の1秒(1ms)間隔のパルスを、1秒間に30〜40回与えることにより、声門を開くことができる(例えば、非特許文献9参照)。
【0008】
しかしながら、上述したペーシング装置を用いた治療方法は、現在使用が禁止されており、また、筋肉に与える刺激が大きいため、患者に過度の身体的苦痛を与えるという問題があった。
【非特許文献1】Tsunoda K., Takanosawa M., Niimi S., Laryngoscope, 1999;109:504−508.
【非特許文献2】Tsunoda K., Niimi S., Laryngoscope, 2000;110:680−682.
【非特許文献3】Tsunoda K., Baer T., Niimi S., Laryngoscope, 2001;111:453−457.
【非特許文献4】Tsunoda K., Amagai N., Kondou K., Baer T., Kaga K., Niimi S., Journal of Laryngol Otol, 2005;119:222−225.
【非特許文献5】Nishiyama K., Hirose H., Horiguchi S., Tsunoda K., Acta Otolaryngologica, 2005;125:1134−1135.
【非特許文献6】Tsunoda K., Kondou K., Kaga K., Niimi S., Baer T., Nishiyama K., Hirose H., Laryngoscope, 2005 Dec.;115(Part 2 Suppl):1−10.
【非特許文献7】Nishiyama K., Hirose H., Masaki T., Nagai H., Hashimoto D., Usui D., Yao K., Tsunoda K., Okamoto M., Laryngoscope, 2006 Feb.;116(2):231−234.
【非特許文献8】Tucker HM., Laryngoscope, 1976;86:769−779.
【非特許文献9】Zealear DL., et al, Otolaryngol Head Neck Surg., 2001 Sep.;125(3):183−192.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、斯かる従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、埋植による患者への身体的な負担を軽減でき、さらに術後の声帯機能の調整が容易な声帯補強具を提供することを目的とする。
【0010】
また、本発明は、患者自身が自在に声帯機能を制御することが可能な声帯補強具を提供することを他の目的とする。
【0011】
さらに、本発明は、声帯内に直接埋植して刺激を与えることができ、さらに低電圧かつ少ないパルスでの駆動が可能な声帯萎縮防止用電極およびこれを備えた声帯萎縮防止装置を提供することを他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の上記目的は、下記手段により達成される。
【0013】
(1)すなわち、本発明は、弾性素材からなる膨縮自在なバルーン体で構成されてなり、声帯筋層内に埋植して利用されることを特徴とする、声帯補強具である。
【0014】
(2)また、本発明は、前記バルーン体の内部に流体を注入するための注入口を有する、(1)に記載の声帯補強具である。
【0015】
(3)本発明は、また、前記注入口は、前記流体の逆流を防止するための逆流防止弁を有する、(2)に記載の声帯補強具である。
【0016】
(4)また、本発明は、前記バルーン体と導管を介して内部が連通した第2のバルーン体を有し、前記バルーン体、前記導管および前記第2のバルーン体の連通した内部には流体が充填され、前記第2のバルーン体は、甲状軟骨外皮下に埋植して利用されることを特徴とする、(1)に記載の声帯補強具である。
【0017】
(5)本発明は、また、前記弾性素材は、シリコーンゴム、ゴアテックス、セグメント化ポリウレタンまたは軟質性塩化ビニルである、(1)〜(4)のいずれか1項に記載の声帯補強具である。
【0018】
(6)本発明は、また、前記流体は、水、抗生物質、カルシウムペースト、生理食塩水、コラーゲン、ゼラチンまたはシリコンである、(2)〜(5)のいずれか1項に記載の声帯補強具である。
【0019】
(7)また、本発明は、声門閉鎖不全ならびに声帯の萎縮による音声障害および嚥下障害の予防および治療に用いられる、(1)〜(6)のいずれか1項に記載の声帯補強具である。
【0020】
(8)また、本発明は、弾性素材からなる膨縮自在なバルーン体と、前記バルーン体の表面に配設された一対の電極とからなり、声帯筋層内に埋植し、パルス波を発生させるパルス波発生装置と接続されて利用されることを特徴とする、声帯萎縮防止用電極である。
【0021】
(9)また、本発明は、前記バルーン体の内部に流体を注入するための注入口を有する、(8)に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0022】
(10)本発明は、また、前記注入口は、前記流体の逆流を防止するための逆流防止弁を有する、(9)に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0023】
(11)本発明は、また、前記弾性素材は、シリコーンゴム、ゴアテックス、セグメント化ポリウレタンまたは軟質性塩化ビニルである、(8)〜(10)のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0024】
(12)本発明は、また、前記流体は、水、抗生物質、カルシウムペースト、生理食塩水、コラーゲン、ゼラチンまたはシリコンである、(9)〜(11)いずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0025】
(13)本発明は、また、前記電極間距離は、3mm〜10mmである、(8)〜(12)のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0026】
(14)また、本発明は、前記パルス波発生装置により、前記電極に印加される電圧が1V〜8V、繰返し周期が1秒〜3秒、パルス幅が1ms〜5msであることを特徴とする、(8)〜(13)のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0027】
(15)また、本発明は、反回神経麻痺症、声帯麻痺、外傷、炎症および加齢による声帯の萎縮防止の治療に用いる、(8)〜(14)のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極である。
【0028】
(16)さらに、本発明は、(8)〜(15)のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極と、パルス波を発生させるパルス波発生装置とを備えてなる、声帯萎縮防止装置である。
【発明の効果】
【0029】
本発明の声帯補強具によれば、従来のように、大きく頸部を切開することなく、内視鏡を用いてわずかな切開のみで埋植することができるので、患者への身体的な負担を軽減することが可能である。
【0030】
また、本発明の声帯補強具によれば、流体の注入量を加減することによりバルーン体の体積を容易に増減することができるので、術後であっても声帯機能の調整が可能である。
【0031】
また、本発明の声帯補強具によれば、患者自身が自己の頸部を圧迫することで、一方のバルーン体から他方のバルーン体へ流体を移動させ、声帯機能を制御することができるので、発声の際には声帯補強具を膨らませることにより、精度の高い発声が可能となり、また、呼吸の際には声帯補強具を縮ませることにより、容易に呼吸することが可能である。
【0032】
さらに、本発明の声帯萎縮防止用電極およびこれを備えた声帯萎縮防止装置によれば、電極を直接声帯内に埋植することができるので、低電圧かつ少ないパルスで反回神経麻痺による声帯の萎縮を効果的に防止することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照して詳細に説明する。
【0034】
図1は、本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1の縦断面図であり、声帯補強具1の構成を示したものである。図1に示すように、声帯補強具1は、バルーン体11からなる。
【0035】
バルーン体11は、流体を注入するための流体注入口12と、注入された流体を保持するための中空部13とを有し、流体注入口12から中空部13に流体を注入することにより、膨縮自在な構造となっている。バルーン体11の形状は、声帯筋層140の内部に埋植可能なものであれば特に限定されず、例えば、楕円体や球体等の形状が挙げられるが、患者の体格や病状の程度、あるいは患部の状態等によって、中空部13の形状と併せて適宜設計される。バルーン体11の素材としては、少なくとも流体の注入により膨縮自在となる弾性と、注入された流体を内部に保持し得る強度とを有していれば、特に限定されるものではないが、好ましくは、生体適合性に優れた素材、例えば、シリコーンゴム、ゴアテックス(登録商標)、セグメント化ポリウレタン、軟質性塩化ビニル等を利用することができる。
【0036】
流体注入口12は、注入された流体の逆流を防ぐための逆流防止弁14を備え、逆流防止弁14には、シリンジ等の針を穿刺して流体を中空部13に注入するための穿刺孔15が設けられている。
【0037】
逆流防止弁14の構造および素材としては、バルーン体11の中空部13に注入された流体の逆流を防ぐものであれば特に限定されるものではなく、既知の構造および素材を利用することができるが、特に生体適合性に優れた素材、例えば、シリコーンゴム、ゴアテックス、セグメント化ポリウレタン、軟質性塩化ビニル等を用いることが好ましい。
【0038】
本発明で利用可能な流体としては、バルーン体11の中空部13にシリンジ等で容易に注入でき、声帯補強具1の全体に弾性特性を付与できるものであれば特に限定されないが、注入時の漏えい等の危険性に鑑みれば、安全性の高い物質を用いることが好ましく、例えば、水、抗生物質、カルシウムペースト、生理食塩水、コラーゲン、ゼラチン、シリコン等の液体や、窒素ガス等の不活性ガス等の気体を利用することができる。
【0039】
なお、本発明の声帯補強具1の各構成要素については上述したとおりであるが、声帯補強具1は、声帯内に埋植して声帯を補強するためのものであり、埋植後に声帯機能を妨げるものであってはならない。よって、声帯補強具1は、全体として、少なくとも声帯を補強する強度と、声帯筋と同程度の弾性とを有している必要がある。
【0040】
次に、本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1の使用方法について、声帯等の器官による音声生成の機序を踏まえて説明する。
【0041】
図2は、人体の上半身、特に鼻腔および喉の構造を模式的に示した図であり、図3は、喉頭100の縦断面図であり、図4は、手術用喉頭顕微鏡を用いて声帯110の周辺部分を観察した際の、声門120が閉じた状態を模式的に示した図であり、図5は、手術用喉頭顕微鏡を用いて声帯110の周辺部分を観察した際の、声門120が発声中に開いた状態を模式的に示した図である。
【0042】
声帯110は、図2,3に示すように、喉頭100のほぼ中央の左右側壁から粘膜が盛り上がった、上下2対のひだ状の隆起した下側部分にあり、筋肉、結合組織および粘膜の三層構造、すなわち、筋肉の上に、柔らかいラインケスペースといわれる結合組織からなる中間組織が覆い、さらにその表面は粘膜で覆われた構造となっている。この声帯110等の器官による音声生成の機序は、肺からの空気の流れを声帯110で音に変換し、口から言語音として発声するものであり、まず、中枢の指令により、肺から発声の動力源としての呼気が発せられ、この呼気が気管130を通り喉頭100に到達する。同時に、中枢からの指令により、声帯110が内転することで、図4に示すように、筋肉レベルでの声門120の閉鎖が起こり、発声の動力源としての呼気流が途絶される。次いで、柔軟性に優れた筋肉の表面を覆うラインケスペースと声帯粘膜とが、呼気により上方に跳ね上げられ、図5に示すように、声門120が開くが、呼気流により声帯粘膜が再び正中に引き寄せられる。この一連の声帯110の動作は声帯振動といわれ、1秒間に、男性では100〜150回、女性では200〜300回起き、この時発生した振動音を喉頭原音という。この喉頭原音に、口腔、鼻腔、舌、口蓋、咽頭および口唇等の構音器官で、母音や子音など音色が加えられ、言語音として発声されて音声言語が生成される。
【0043】
図6は、喉頭100の縦断面図であり、声帯110が全体的に萎縮した状態を模式的に示したものである。図6に示すように、一方の声帯110が、加齢や反回神経麻痺等により全体的に萎縮すると声門120の閉鎖不全をきたし、その結果、息漏れ嗄声(気息性嗄声)や唾液の気管への垂れ込みによる誤嚥、さらには息こらえが出来ないことによる身体能力の低下を惹起する。そこで、加齢や反回神経麻痺等により全体的に萎縮し、声門120の閉鎖不全をきたした声帯筋層140の内部に、本発明の声帯補強具1を埋植して声帯を補強することにより、その機能を改善することができるものである。
【0044】
本発明の声帯補強具1は、既知の術式であるATFV2型に準拠して、声帯筋層140の内部に埋植される(非特許文献2参照)。
【0045】
図7は、喉頭100の横断面図であり、声帯110の内部に声帯補強具1を埋植させた状態を示している。図7に示すように、声帯補強具1は、甲状軟骨150の内側にある萎縮している側の声帯筋層140の内部に埋植される。
【0046】
図8および9は、喉頭100の縦断面図であり、図8は、声帯110の内部に埋植された声帯補強具1の流体注入前の状態を示しており、図9は、声帯110の内部に埋植された声帯補強具1の流体注入後の状態を示している。上述したATFV2型では、患者の側頭筋の筋膜を採取し、図7に示す萎縮している側の声帯筋層140の内部に移植するが(角田晃一、“声帯溝症手術の可能性”、JOHNS(Journal of Otolarymgology, Head and Neck Surgery)‐耳鼻咽喉科・頭頸部外科-、2002年;第18巻 7号:1300−1305、参照)、外切開が必要であるので術後の侵襲が大きく、また、調整等を行う場合には、再度移植する際には頸部切開が必要である。しかし、本発明の声帯補強具1を用いた場合には、図8に示すように、萎縮している側の声帯筋層140の内部に、内視鏡下で声帯補強具1を縮ませた状態で埋植し、穿刺孔15からシリンジ等で流体を中空部13へ注入し、図9に示すように、声帯補強具1を膨らませることにより、萎縮している側の声帯110を健側声帯110、すなわち正常な側の声帯110に突出させることができる。これにより、他方の正常に機能している声帯110を動かして、声門120を開閉することにより、発声を行うことができるようになるものである。
【0047】
したがって、本発明の声帯補強具1を用いれば、外切開等の侵襲が大きな手術によらずに声門閉鎖不全を解消することができ、患者の身体的負担を軽減することができる。また、流体注入口12に逆流防止弁14が設置されているので、流体が体内に漏えいする心配もなく、患者に対する安全性を確保することができる。さらに、予め流体注入口12の一部を気管130側に突出させておき、術後にシリンジ等を用いて流体の注入量を加減してバルーン体11の体積を増減できるので、従来のATFV2型等とは異なり、術後における声帯補強具1のボリュームの調節が極めて容易となる。
【0048】
本発明の声帯補強具1は、上述した術後における声帯補強具1のボリュームの調節が終了して患者の状態が安定した後に、萎縮している側の声帯筋層140の内部に完全に埋め込んでから縫合する。また、本発明は、左右の声帯110のどちらか一方にしか埋植することができない。これは、本発明により補強された声帯110が、声門120を閉じた状態を維持するので、気管130の閉塞により患者の呼吸経路を確保できなくなってしまうためである。
【0049】
図10は、本発明の第2の実施形態にかかる声帯補強具2の縦断面図であり、声帯補強具2の構成を示したものである。図10に示すように、声帯補強具2は、声帯筋層140の内部に埋植するための第1のバルーン体21と、甲状軟骨外皮下に埋植するための第2のバルーン体22と、第1のバルーン体21と第2のバルーン体22の内部を連通させるための導管23とからなり、第1のバルーン体21、第2のバルーン体22および導管23の中空部24,25および26には、流体27が充填されている。そして、声帯補強具2の第1のバルーン体21と第2のバルーン体22とは、導管23を介して内部の流体27を一方から他方へ移動させることにより、互いに膨縮可能な構造となっている。
【0050】
第1のバルーン体21および第2のバルーン体22の素材としては、上述したように、少なくとも流体27の移動により膨縮自在となる弾性と、流体27を内部に保持し得る程度の強度を有していれば、特に限定されるものではなく、例えば、本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1のバルーン体11と同様のものを利用することができる。また、導管23の素材としては、上述したように、少なくとも流体27を移動させ、または保持し得る強度を有していれば、特に限定されない。
【0051】
本発明で利用可能な流体27としては、第1のバルーン体21と、第2のバルーン体22の一方から他方へ導管23を介して移動でき、かつ声帯補強具2全体に弾性特性を付与できるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1と同様のものを利用することができる。
【0052】
次に、本発明の第2の実施形態にかかる声帯補強具2の使用方法について説明する。図11は、喉頭100の横断面図であり、声帯110の内部に声帯補強具2を埋植させた状態を示しており、図12および13は、喉頭100の縦断面図であり、図12は、声帯110の内部に埋植させた声帯補強具2の流体27注入前の状態を示しており、図13は、声帯110の内部に埋植させた声帯補強具2の流体27注入後の状態を示している。
【0053】
図11に示すように、本発明の声帯補強具2は、第1のバルーン体21が萎縮している側の声帯筋層140の内に、第2のバルーン体22が甲状軟骨150の外側皮下にそれぞれ埋植され、また、導管23が甲状軟骨150を貫通した状態で留置される。例えば、頚部切開した後の甲状軟骨150の切痕部位から、縮んだ状態の声帯補強具2の第1のバルーン体21のみを、内視鏡で確認しながら、萎縮している側の声帯筋層140の内部に埋め込み、甲状軟骨150を貫通した状態で導管23を留置し、また、膨らんだ状態の第2のバルーン体22は、甲状軟骨150の外側皮下に埋植する。
【0054】
図12において、膨らんだ状態の第2のバルーン体22を喉頭100の外部から圧迫することにより、本発明の第2のバルーン体22内の流体27が導管23を通って第1のバルーン体21側へ移動して第1のバルーン体21を膨らませ、その結果、萎縮した側の声帯110を健側声帯110に突出させることができる(図13)。これにより、他方の正常な声帯110を動かして、声門120を開閉することにより、発声を行うことができるようになる。この際、第2のバルーン体22の圧迫の度合いにより、第1のバルーン体21の体積を容易に調整することができるので、精度の高い発声が可能となるものである。また、発声の終了後に第2のバルーン体22の圧迫を解除すれば、流体27が導管23を通って第2のバルーン体22側へ移動して第1のバルーン体21を萎ませることができるので、声門120を完全に開放して容易に呼吸をすることができるようになる(図12)。また、このような特徴により、本発明の声帯補強具2は声門120を完全に閉塞することがないので、左右両側の声帯110に同時に埋植することができ、両方の声帯110が萎縮した症例に対しても適応することが可能である。なお、本発明の声帯補強具2を埋植するための術式は、上述したように埋植可能であれば、特に限定されるものではない。
【0055】
図14は、本発明の第3の実施形態にかかる声帯補強具3の縦断面図であり、声帯補強具3の構成を示したものである。図14に示すように、声帯萎縮防止用電極3は、声帯筋層140の内部に埋植するためのバルーン体31と、バルーン体31外面の略対向する位置に設けられた、声帯筋層140にパルス波による電気刺激を与えるための電極32aおよび32bとからなる。
【0056】
バルーン体31は、流体を注入するための流体注入口33と、注入された流体を保持するための中空部34とを有する。本発明の声帯萎縮防止用電極3のバルーン体31の形状および素材は、声帯筋層140の内部に埋植することができれば特に限定されるものではなく、上述した本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1のバルーン体11と同様のものを利用することができる。
【0057】
流体注入口33は、注入された流体の逆流を防ぐための逆流防止弁35を備え、逆流防止弁35には、シリンジ等の針を穿刺して流体を中空部34に注入するための穿刺孔36が設けられている。逆流防止弁35としては、バルーン体31の中空部34に流体を注入した際に、流体が逆流して外部に漏れなければ特に限定されるものではなく、また、逆流防止弁35の構造および素材としては、注入された流体の逆流を防ぐものであれば特に限定されるものではなく、上述した本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1のバルーン体11の逆流防止弁14と同様のものを利用することができる。また、流体としては、バルーン体31の中空部34に注入でき、声帯萎縮防止用電極3の全体に弾性特性を付与できるものであれば特に限定されるものではなく、上述した本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1と同様のものを利用することができる。
【0058】
電極32aおよび32bの素材は、特に限定されるものではなく、既知のものを利用することができ、その大きさおよび形状も限定されず、患部の状態等により適宜設計される。また、電極32aおよび32bの電極間距離は、バルーン体31の大きさによって決定されるものであるが、3mm〜10mmの間隔であることが好ましく、特に6mm〜10mmの間隔であることが好ましい。電極32aおよび32bの電極間距離が、前記上限を上回ると、電気刺激による声帯萎縮防止効果が十分に得られず、上記下限を下回ると、過度の電気刺激により患者に身体的苦痛を与えることになり、いずれも好ましくない。さらに、電極32aおよび32bに印加する電圧としては、1V〜8Vであることが好ましく、特に2V〜6Vであることが好ましく、繰返し周期としては、1秒〜3秒であることが好ましく、特に1.5秒〜2.5秒であることが好ましく、また、パルス幅としては、1ms〜5msであることが好ましく、特に2ms〜3msであることが好ましい。電極32aおよび32bの印加電圧もしくはパルス幅の値が前記下限を下回り、または繰り返し周期の値が前記上限を上回ると、電気刺激による声帯萎縮防止効果が十分に得られず、印加電圧もしくはパルス幅の値が前記上限を上回り、または繰り返し周期の値が前記下限を下回ると、過度の電気刺激により患者に身体的苦痛を与えることになり、いずれも好ましくない。
【0059】
本発明の声帯萎縮防止用電極3と接続可能なパルス波発生装置としては、例えば、振せん用脳電気刺激装置(Itrel II、メドトロニック社製)等の既知のパルス波発生装置を利用することができる。また、パルス波発生装置は、体外に取り付ける「体外式」であっても、皮下に植え込む「植込み式」であってもよく、患者の体格や年齢、病状の程度、あるいは患部の状態等によって適宜設計される。
【0060】
本発明の声帯萎縮防止用電極3は、上述した第1の実施形態にかかる声帯補強具1と同様にして、ATFV2型に準拠して声帯筋層140内に埋植される。これにより、心臓等の手術において、反回神経が伸展、断絶、あるいは切断され、声帯110が麻痺して声門120の閉鎖不全を引き起こしている場合でも、本発明の声帯萎縮防止用電極3を用いれば、簡易な術式で直接声帯110に埋植できるので、低電圧かつ少ないパルスで声帯110に刺激を与えることができる。また、声帯110の萎縮防止により、健側声帯110のリハビリテーションによる過内転で声門120の閉鎖不全を改善することができる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
したがって、本発明の声帯補強具によれば、頸部を切開することなく、内視鏡を用いた簡易な方法により埋植することができるので、患者への身体的な負担を軽減でき、また、流体の注入量を加減することによりバルーン体の体積を容易に増減することができるので、術後であっても声帯機能の調整が可能である。さらに、本発明の声帯補強具によれば、患者自身が自己の頸部を圧迫することで、一方のバルーン体から他方のバルーン体へ流体を移動させ、声帯機能を制御することができるので、発声の際には声帯補強具を膨らませることにより、精度の高い発声が可能となり、また、呼吸の際には声帯補強具を縮ませることにより、容易に呼吸することが可能である。よって、本発明の声帯補強具は、加齢、声帯溝症、声帯瘢痕、反回神経麻痺症、喉頭癌による声帯の一部または全部摘出による声門閉鎖不全ならびに声帯の萎縮による音声障害および嚥下障害の治療に用いた場合に極めて有用である。
【0062】
また、本発明の声帯萎縮防止用電極およびこれを備えた声帯萎縮防止装置によれば、電極を直接声帯内に埋植することができるので、低電圧かつ少ないパルスで反回神経麻痺による声帯の萎縮を効果的に防止することが可能である。よって、本発明の声帯萎縮防止用電極およびこれを備えた声帯萎縮防止装置は、反回神経麻痺症、声帯麻痺、外傷、炎症および加齢よる声帯の萎縮防止に用いた場合に極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の第1の実施形態にかかる声帯補強具1の縦断面図であり、声帯補強具1の構成を示した図である。
【図2】人体の上半身、特に鼻腔および喉の構造を模式的に示した概略図である。
【図3】喉頭100を垂直方向に切断してその構造を模式的に示した断面図である。
【図4】手術用喉頭顕微鏡を用いて声帯110の周辺部分を観察した際の、声門120が閉じた状態を模式的に示した図である。
【図5】手術用喉頭顕微鏡を用いて声帯110の周辺部分を観察した際の、声門120が発声中に開いた状態を模式的に示した図である。
【図6】喉頭100を垂直方向に切断してその構造の断面を観察した際の、声帯110が全体的に萎縮した状態を模式的に示した図である。
【図7】喉頭100の横断面図であり、声帯110の内部に声帯補強具1を埋植させた状態を示した図である。
【図8】喉頭100の縦断面図であり、流体注入前の声帯補強具1を声帯110の内部に埋植させた状態を示した図である。
【図9】喉頭100の縦断面図であり、流体注入後の声帯補強具1を声帯110の内部に埋植させた状態を示した図である。
【図10】本発明の第2の実施形態にかかる声帯補強具2の縦断面図であり、声帯補強具2の構成を示した模式図である。
【図11】喉頭100の横断面図であり、声帯110の内部に声帯補強具2を埋植させた状態を示した図である。
【図12】喉頭100の縦断面図であり、流体注入前の声帯補強具2を声帯110の内部に埋植させた状態を示した図である。
【図13】喉頭100の縦断面図であり、流体注入後の声帯補強具2を声帯110の内部に埋植させた状態を示した図である。
【図14】本発明の第3の実施形態にかかる声帯補強具3の縦断面図であり、声帯補強具3の構成を示した図である。
【符号の説明】
【0064】
1,2 声帯補強具
11,31 バルーン体
12,33 流体注入口
13,24〜26,34 中空部
14,35 逆流防止弁
15,36 穿刺孔
21 第1のバルーン体
22 第2のバルーン体
23 導管
27 流体
3 声帯萎縮防止用電極
32a,32b 電極
37a,37b リード線
100 喉頭
110 声帯
120 声門
130 気管
140 声帯筋層
150 甲状軟骨
【特許請求の範囲】
【請求項1】
弾性素材からなる膨縮自在なバルーン体で構成されてなり、声帯筋層内に埋植して利用されることを特徴とする、声帯補強具。
【請求項2】
前記バルーン体の内部に流体を注入するための注入口を有する、請求項1に記載の声帯補強具。
【請求項3】
前記注入口は、前記流体の逆流を防止するための逆流防止弁を有する、請求項2に記載の声帯補強具。
【請求項4】
前記バルーン体と導管を介して内部が連通した第2のバルーン体を有し、前記バルーン体、前記導管および前記第2のバルーン体の連通した内部には流体が充填され、前記第2のバルーン体は、甲状軟骨外皮下に埋植して利用されることを特徴とする、請求項1に記載の声帯補強具。
【請求項5】
前記弾性素材は、シリコーンゴム、ゴアテックス、セグメント化ポリウレタンまたは軟質性塩化ビニルである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の声帯補強具。
【請求項6】
前記流体は、水、抗生物質、カルシウムペースト、生理食塩水、コラーゲン、ゼラチンまたはシリコンである、請求項2〜5のいずれか1項に記載の声帯補強具。
【請求項7】
声門閉鎖不全ならびに声帯の萎縮による音声障害および嚥下障害の予防および治療に用いられる、請求項1〜6のいずれか1項に記載の声帯補強具。
【請求項8】
弾性素材からなる膨縮自在なバルーン体と、前記バルーン体の表面に配設された一対の電極とからなり、声帯筋層内に埋植し、パルス波を発生させるパルス波発生装置と接続されて利用されることを特徴とする、声帯萎縮防止用電極。
【請求項9】
前記バルーン体の内部に流体を注入するための注入口を有する、請求項8に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項10】
前記注入口は、前記流体の逆流を防止するための逆流防止弁を有する、請求項9に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項11】
前記弾性素材は、シリコーンゴム、ゴアテックス、セグメント化ポリウレタンまたは軟質性塩化ビニルである、請求項8〜10のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項12】
前記流体は、水、抗生物質、カルシウムペースト、生理食塩水、コラーゲン、ゼラチンまたはシリコンである、請求項9〜11のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項13】
前記電極間距離は、3mm〜10mmである、請求項8〜12のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項14】
前記パルス波発生装置により、前記電極に印加される電圧が1V〜8V、繰返し周期が1秒〜3秒、パルス幅が1ms〜5msであることを特徴とする、請求項8〜13のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項15】
反回神経麻痺症、声帯麻痺、外傷、炎症および加齢による声帯の萎縮防止の治療に用いる、請求項8〜14のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項16】
請求項8〜15のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極と、パルス波を発生させるパルス波発生装置とを備えてなる、声帯萎縮防止装置。
【請求項1】
弾性素材からなる膨縮自在なバルーン体で構成されてなり、声帯筋層内に埋植して利用されることを特徴とする、声帯補強具。
【請求項2】
前記バルーン体の内部に流体を注入するための注入口を有する、請求項1に記載の声帯補強具。
【請求項3】
前記注入口は、前記流体の逆流を防止するための逆流防止弁を有する、請求項2に記載の声帯補強具。
【請求項4】
前記バルーン体と導管を介して内部が連通した第2のバルーン体を有し、前記バルーン体、前記導管および前記第2のバルーン体の連通した内部には流体が充填され、前記第2のバルーン体は、甲状軟骨外皮下に埋植して利用されることを特徴とする、請求項1に記載の声帯補強具。
【請求項5】
前記弾性素材は、シリコーンゴム、ゴアテックス、セグメント化ポリウレタンまたは軟質性塩化ビニルである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の声帯補強具。
【請求項6】
前記流体は、水、抗生物質、カルシウムペースト、生理食塩水、コラーゲン、ゼラチンまたはシリコンである、請求項2〜5のいずれか1項に記載の声帯補強具。
【請求項7】
声門閉鎖不全ならびに声帯の萎縮による音声障害および嚥下障害の予防および治療に用いられる、請求項1〜6のいずれか1項に記載の声帯補強具。
【請求項8】
弾性素材からなる膨縮自在なバルーン体と、前記バルーン体の表面に配設された一対の電極とからなり、声帯筋層内に埋植し、パルス波を発生させるパルス波発生装置と接続されて利用されることを特徴とする、声帯萎縮防止用電極。
【請求項9】
前記バルーン体の内部に流体を注入するための注入口を有する、請求項8に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項10】
前記注入口は、前記流体の逆流を防止するための逆流防止弁を有する、請求項9に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項11】
前記弾性素材は、シリコーンゴム、ゴアテックス、セグメント化ポリウレタンまたは軟質性塩化ビニルである、請求項8〜10のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項12】
前記流体は、水、抗生物質、カルシウムペースト、生理食塩水、コラーゲン、ゼラチンまたはシリコンである、請求項9〜11のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項13】
前記電極間距離は、3mm〜10mmである、請求項8〜12のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項14】
前記パルス波発生装置により、前記電極に印加される電圧が1V〜8V、繰返し周期が1秒〜3秒、パルス幅が1ms〜5msであることを特徴とする、請求項8〜13のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項15】
反回神経麻痺症、声帯麻痺、外傷、炎症および加齢による声帯の萎縮防止の治療に用いる、請求項8〜14のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極。
【請求項16】
請求項8〜15のいずれか1項に記載の声帯萎縮防止用電極と、パルス波を発生させるパルス波発生装置とを備えてなる、声帯萎縮防止装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2009−6090(P2009−6090A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−172798(P2007−172798)
【出願日】平成19年6月29日(2007.6.29)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年6月29日(2007.6.29)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]