説明

変動磁場を利用した粒子分散型混合機能性流体の形状復元力の増大方法とこれを利用した研磨装置および研磨法

【課題】粒子分散型混合機能性流体が静磁場下で形成する磁気クラスタは、一度崩れると内部摩擦によって再形成され難い。このため、粒子分散型混合機能性流体は、凹凸の大きな微細、複雑形状の被加工物に対する研磨工具としては形状復元力が十分ではなく、研磨能率も低い。また、微細溝底面や側面といった三次元構造部位を高精度・高能率研磨できる技術は見当たらず、そのような部位は製造現場では多くの場合、専用ツールを用いた人の手による研磨等によって行われている。
【解決手段】静磁場下では低い形状復元力しか示さない粒子分散型混合機能性流体に変動磁場を印加すると、大きな形状復元力を示すようになる。このような流体を柔軟性研磨工具として用い、加工に必要な相対運動を付与することにより、微細溝底面や側面といった三次元形状表面に倣って平滑化を実現することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種微細・複雑構造を有する精密加工部品の仕上げ研磨や金型の仕上げ研磨などに利用できる加工法と、これに用いる粒子分散型混合機能性流体の復元力増大方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種微細・複雑構造を有する精密加工部品の仕上げ研磨や金型の仕上げ研磨工程は、複雑な自由曲面が多く存在する形状であり、従来技術では機械化・自動化が困難である。このため、製造現場ではこの工程は多くの場合に熟練工による手作業に頼らざるを得ず、多大なコストと時間が費やされている。仕上げ研磨工程の機械化・自動化を可能にする手段として、多種多様な部品形状に倣って変形ができ、かつ一定の圧力を発生することのできる柔軟な研磨工具と、これを利用した研磨法の考案が有効であると考えられる。柔軟な研磨工具として利用できるものとして、磁気的・物理的特性を調整することのできる粒子分散型混合機能性流体が考えられる(特許文献1)。すなわち、この流体を工作物形状に沿って変形する研磨パッドとスラリー(研磨剤)とみなし、研磨に利用するのである。粒子分散型混合機能性流体と同様に磁気に感応する機能性流体である磁性流体(水やオイル中に平均粒径数nmのマグネタイト微粒子が高濃度で分散された流体)は流動性の高さから工作物形状に沿って変形と復元をするが、研磨抵抗が低いため高い研磨能率が期待できず、同様の機能性流体である磁気粘性流体(水やオイル中に平均粒径数μmのマグネタイト鉄粒子が高濃度で分散した流体)は流動性の低さから高い研磨抵抗が発生し、高い研磨能率が期待できるが一度変形すると復元し難い。一方、粒子分散型混合機能性流体は磁性流体と磁気粘性流体の特長を併せ持つため、高い形状復元力を示しながらも高能率研磨が期待できる。しかしながら、特許文献1に挙げた粒子分散型混合機能性流体と磁場の印加、無印加といったことを繰り返す変動磁場(交流磁界)を利用した研磨法では、大きな被加工面の凹凸に倣って粒子分散型混合機能性流体が変形して一定の圧力を発生しながら高精度・高能率研磨を実現するには、形状復元力が不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−170791号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
粒子分散型混合機能性流体は、凹凸の大きな微細、複雑形状の被加工物に対する研磨工具としては形状復元力が十分ではなく、研磨能率も低い。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は前記に鑑み提案されたものであって、粒子分散型混合機能性流体にネオジ磁石(Nd-Fe-B)を公転させることで発生する回転変動磁場を印加し、粒子分散型混合機能性流体中の磁性粒子の磁力線方向への配列作用を促進することによる形状復元力の増大方法と、これを利用した研磨技術に関するものである。
【発明の効果】
【0006】
微細・複雑形状の部品や金型の全面を自動的に高精度に研磨できる技術は、未だ確立されていない。例えば、熟練工の手作業による金型仕上げ工程を本研磨法で実現できれば、大幅なコスト削減、迅速化が期待できる。本発明は、安価で高機能・高性能な機器の製造を助け、大きな経済効果を生み出すことができるものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】本発明の研磨方法の原理(加工原理)を示した模式図である。
【図2】実施例の(a)静磁場(直流磁界)、(b)変動磁場下における粒子分散型混合機能性流体の挙動写真図の一例である。
【図3】実施例の研磨加工前後の研磨面の形状の一例である。それぞれ、(a)表面写真、(b)走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
まず、本発明の変動磁場を援用した粒子分散型混合機能性流体における形状復元力の増大手法について説明する。磁場発生源としては、ネオジ(Nd-Fe-B)磁石もしくは電磁石が用いられる。
【0009】
本発明で利用する変動磁場は、静磁場(直流磁界)発生源を回転させることによって発生する回転変動磁場であり、特許文献1における磁場の印加、無印加といったことを繰り返す変動磁場(交流磁界)とは異なり、磁力線の方向を変動させる変動磁場である。また、特許文献1においてのような変動磁場は砥粒に運動を与えるのではなく、粒子分散型混合機能性流体の形状復元力を増大することが主目的である。
【0010】
粒子分散型混合機能性流体は、(a)強磁性粒子(材質:カルボニル鉄粉、平均粒径1〜10μm)、(b)磁性微粒子(材質:マグネタイト、平均粒径1〜10nm)、(b)砥粒微粒子(材質:アルミナ砥粒やダイヤモンド砥粒、セリウム砥粒等の研磨材、平均粒径0.01μm〜10μm)、 (d)分散媒(水、油等)が用いられた流体である。
【0011】
偏心距離14でスピンドル1下端面に固定されたディスク状かブロック状永久磁石3をモーター2により公転8させる。磁石の下には、非磁性板4が一定の間隙δ10で設置されており、非磁性板4下に供給された粒子分散型混合機能性流体5は、永久磁石3によって磁力保持される。永久磁石3の公転8によって粒子分散型混合機能性流体5には回転変動磁場が印加され、磁力線6の作用位置と方向の変動により、粒子分散型混合機能性流体5の磁性粒子ブラシが動的挙動を示す。この動的挙動が粒子分散型混合機能性流体5の粒子配列作用を促進し、高い形状復元力を示す。粒子分散型混合機能性流体5中では、特長である(a)強磁性粒子、(b)磁性微粒子によって、長く柔らかい磁性粒子ブラシ(磁性針状体)が形成される。 (c)砥粒微粒子は非磁性であることから、磁気浮揚現象や重力により粒子分散型混合機能性流体5表面に押し出されて砥粒層ができ、この砥粒層中の砥粒が磁性粒子ブラシにより保持される。このとき、被加工物7を回転9、揺動16させながら非磁性板4との間隙Δ11である状態で粒子分散型混合機能性流体5に押し付けると砥粒が被加工物表面を擦過して表面が研磨される。
【0012】
このように本発明の加工法は、前記構成の粒子分散型混合機能性流体に先述のような回転変動磁場を与えながら加工を行うものであって、その際の流体としては、前記分散媒に(a)強磁性粒子と(c)砥粒微粒子とを分散させた二成分系の流体よりも、(a)強磁性粒子と(b)磁性微粒子と(c)砥粒微粒子とを分散させた三成分系の流体の方がより大きな形状復元力を示し、精微な加工を実施できる。即ち前記(a)強磁性粒子の周囲を覆って距離を広げて吸引力を低下して平均化する作用は(b)磁性微粒子と(d)分散媒の混合液(磁性流体)により得られるからである。
【実施例】
【0013】
実施例1 粒子分散型混合機能性流体における形状復元力の比較
図1の加工原理を具現化して自製した加工装置を用いて、粒子分散型混合機能性流体における形状復元力の比較を行った。偏心距離5mmでディスク状ネオジ磁石(Nd−Fe−B、寸法:φ18×10mm、残留磁束密度:1.24T、保磁力:923kA/m、表面磁束密度(ホールプローブによる実測値):0.41T)を、モーターにより回転数1000rpmで公転運動させた。非磁性板にはアルミ板を用い、間隙δは0.5mmとした。なお、アルミ板に生じる渦電流の影響は大きくないことが確認済みである。粒子分散型混合機能性流体の構成比を表1に示す。また、その供給量は1mLとした。工作物には挙動の観察を容易にするためにアクリル板を用い、静磁場、変動磁場下それぞれにおいて、押し付け前後における粒子分散型混合機能性流体の形状の相違を観察した。
【0014】
【表1】

【0015】
実施例2 微細溝形状被加工物の研磨加工
図1の加工原理を具現化して自製した加工装置を用いて、変動磁場を印加しながら微細溝形状被加工物の研磨加工を行った。被加工物には高硬度非磁性快削鋼HPM75、溝幅450μm、溝深さ200μmとした。溝はエンドミルで作製し、溝上部は研削仕上げした。工作物回転数nは150rpmとし、送り速度5mm/s、送り振幅15mmとした。加工条件は実施例1と同様である。なお、20分毎に粒子分散型混合機能性流体を新しいものと交換し、180分間研磨を行った。
【0016】
〔評価〕
(粒子分散型混合機能性流体の形状の観察)
ビデオカメラを用いて観察した。結果を図2に示した。
(被加工面の表面粗さ)
研磨加工前後の表面粗さ(Ra)をキーエンス社製三次元レーザー顕微鏡「VK-8710」を用いて測定した。結果を表2、図3に示した。
【0017】
【表2】

【0018】
粒子分散型混合機能性流体における形状復元力の比較を行った実施例1において、図2より、静磁場下では押し付けられた部分の粒子分散型混合機能性流体の形状が復元されていないのに対し、変動磁場下では形状が元の形状に復元していることが確認できる。よって、変動磁場による形状復元力を確認することができる。
【0019】
一方、研磨加工を行った実施例2においては、大きな形状の崩れもなく研磨前後の表面粗さの平滑化やエッジ部のバリが低減しており(図3)、表面粗さは研磨後により小さな値となることが確認された(表2)。このことから、研磨前の表面形状を維持したままで表面粗さのみを平滑化する(面精度を高める)倣い研磨が行われたものと推察される。
【産業上の利用可能性】
【0020】
以上説明したように、本発明の粒子分散型混合機能性流体の形状復元力増大方法及びそれを利用した加工法は、従来多くの場合に人による手加工に頼らざるを得なかった三次元形状に対する仕上げ研磨を、機械化・自動化を実施できるものである。これは、熟練工の手作業によるコスト高の問題や多大な加工時間の問題を解決する手段として利用できる。
【符号の説明】
【0021】
1 スピンドル
2 モーター(回転動力源)
3 21 磁石
4 22 非磁性板
5 23 粒子分散型混合機能性流体
6 磁力線
7 24 被工作物(被磁性材料)
8 25 モーターの回転(回転速度n
9 被加工物テーブルの回転(回転速度n
10 間隙δ(磁石と被磁性板)
11 間隙Δ(非磁性板と被加工物)
12 26 中心軸(モーターの回転、被加工物テーブル)
13 27 中心軸(磁石)
14 偏心距離
15 28 磁化の方向
16 被加工物テーブルの送り
31 未加工面(微細溝曲部)
32 未加工面(微細溝)
33 研磨後加工面(微細溝曲部)
34 研磨後加工面(微細溝)


【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒子分散型混合機能性流体に変動磁場を印加することにより、流体中に含まれる磁気クラスタ(磁性粒子の磁力線方向に対する鎖状配列)の形成を促進し、形状復元力を増大させる方法。そして、これを被加工物形状に柔軟に変形できる研磨工具(研磨パッド)として利用し、三次元構造の形状精度を低下させることなく、表面を平滑化できる研磨法。
【請求項2】
粒子分散型混合機能性流体は、強磁性粒子(材質:カルボニル鉄粉、平均粒径1〜10μm)、磁性微粒子(材質:マグネタイト、平均粒径1〜10nm)、砥粒微粒子(材質:アルミナ砥粒やダイヤモンド砥粒、セリウム砥粒等の研磨材、平均粒径0.01μm〜10μm)、分散媒(水、油等)のすべてが混合された流体である請求項1記載の研磨方法。
【請求項3】
永久磁石をスピンドル中心軸に対して一定距離(数mm程度)偏心させて公転運動させることにより生じる変動磁場下において粒子分散型混合機能性流体を研磨工具とする請求項1および2記載の研磨方法。
【請求項4】
永久磁石を公転運動させる機構および粒子分散型混合機能性流体を備える研磨装置であって、非磁性板を介して粒子分散型混合機能性流体に変動磁場を加えることができ、これを非磁性材料の被加工面上押し付け、被加工面との間に相対運動を与えることを特徴とする研磨装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−214505(P2010−214505A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−63034(P2009−63034)
【出願日】平成21年3月16日(2009.3.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年9月18日 社団法人精密工学会主催の「2008年度精密工学会秋季大会学術講演会」において文書をもって発表
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)
【Fターム(参考)】