説明

変圧器用電磁鋼板の磁歪評価方法

【課題】 変圧器鉄心の騒音レベルを規制値以下に制御するためには、電磁鋼板の精度の高い磁歪評価方法が必要となる。本発明はその方法を提供する。
【解決手段】 変圧器鉄心内の局部の磁束密度波形を実測あるいは計算で推定し、その磁束密度波形を、磁歪測定装置の励磁電圧波形を制御することで電磁鋼板サンプルに発生させ、その時の磁歪を実測して、変圧器用電磁鋼板の磁歪あるいは騒音の評価を行うことを特徴とする変圧器用電磁鋼板の磁歪あるいは騒音の評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器の鉄心が発する騒音を推定するための電磁鋼板の磁歪評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
変圧器は通電時に騒音を発するが、これは周辺住民の生活環境や変電所での作業環境の劣化を引き起こす。よって、変圧器の発注時には要求仕様として騒音レベルの上限値が設けられ、完成した製品の騒音レベルがその上限値を超えないことが強く求められる。この要求を満たすためには、変圧器を製造する場合に設計段階から様々な騒音に関連する技術や手法が検討され、それらが適切に製品に適用されることが必要である。
【0003】
変圧器の騒音発生源の一つは鉄心であるが、その鉄心騒音の一因として電磁鋼板の磁歪現象があげられる。これは図1に示す様に、電磁鋼板が交流で磁化される時、その磁化の強さの変化に伴って電磁鋼板の外形寸法が変化する現象で、一般的には鋼板の長さの変化で表されることが多い。これが鉄心を振動させ、その振動が変圧器のタンクなどの外部構造物に伝搬して放射され騒音となる。
従って、変圧器の騒音レベルを上限値以下にするためには、適切な磁歪特性の電磁鋼板を選んで用いることが重要である。この磁歪特性としてよく用いられるのが図1に示す磁歪変位波形の振幅である。これは電磁鋼板を1枚の切り板サンプルとして交流励磁し、その時現れる磁歪による振動変位波形の振幅を求め、これでその電磁鋼板の評価をするものである。
【0004】
このために使用する測定装置として特許文献1に示される例がある。この振幅が小さいほど、騒音も小さくなると考えられ、非特許文献1に磁歪振幅を小さくした電磁鋼板を用いることで実際の変圧器の騒音レベルが低減された例が示されている。
しかし、磁歪振幅を小さくするのみでは騒音が低減しない場合もある。これは振動の振幅が音の騒音レベルに直接比例する訳ではないためである。その原理を以下に示す。
【0005】
まず、音は空気の粒子の振動現象であるが、音の大きさはその振動速度に比例し、振幅とは直接的な比例関係にはない。よって、磁歪についても振幅は音と直接相関しないため、磁歪の振動速度で評価する必要がある。
また、変圧器の騒音は非特許文献1に周波数分析した例が示されている様に高調波を多く含むが、磁歪波形も高調波を多く含む。ところが、人の聴力は音の周波数によって感度が変化するため、磁歪を音として評価する時には聴感補正を施す必要がある。
【0006】
以上の問題を解決するために特許文献2の方法が提案されている。すなわち、測定される磁歪を速度波形として扱い、更にそれを周波数分析して聴感補正を施してレベルを求めるものである。この方法を用いることで、磁歪を更に変圧器の騒音レベルに近い値に変換して評価することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許1874250号公報
【特許文献2】特許3456742号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】電気学会技術報告第616号「静止器の騒音対策技術の現状とその動向」、電気学会、1996年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献2に示された方法は基本的には有効であるが、僅かな差異を評価する場合には精度面で問題がある。その検証のために下記の実験を行った。
磁歪特性が異なる2種類の電磁鋼板X、Yを用意し、それぞれから採ったサンプルの磁歪特性を測定すると共に、図2に示す3相3脚積鉄心も作製して変圧器騒音を測定した。測定された磁歪特性から特許文献2の方法を用いて評価用の値を求め、その値の材料XとYの間での差を計算して表1に示した。更に、実測された変圧器の騒音レベルについてもXとYの差を求め、表1に示した。これらの測定や計算は、磁束密度1.5Tと1.7Tの2水準で実施した。
【0010】
この結果では、磁歪については材料Xが2dB程度低くなるが、変圧器騒音では材料Xが2〜3dB程度高くなり、矛盾する結果となっている。騒音差2〜3dBは僅差ではあるが、そのような差が小さい場合には、特許文献2の方法では異なる材料間での変圧器騒音の大小が正しく評価できない場合があると言うことを示している。
以上から、特許文献2の方法には改善の余地があることがわかる。
【0011】
【表1】

【0012】
本発明が解決しようとする課題は、この改善方法を提示するところにある。
図2に示す3相3脚積鉄心に巻かれた3個のコイルに3相電圧を与え、その時に図2のA、B、Cで示す位置で測定された磁束密度波形を図3に示す。なおコイルに与えられた電圧は、鉄心の平均磁束密度が1.7Tとなるように調整されている。コイルに与えられた電圧波形は正弦波であるため、鉄心全体の磁束密度波形も正弦波になっている。
【0013】
ところが、図3に示される様にA、B、Cの磁束密度波形は著しく歪んでおり、多量の高調波を含むものとなっている。この原因は、3相3脚鉄心が、120°位相のずれた3つの相を1個の鉄心にまとめたもので、そのために磁束分布が時間と共に複雑に変化するところにある。
磁歪は磁束密度に依存して変形の変位が変化するものであるため、磁束密度波形が正弦波から変化すると、磁歪波形も変化すると考えられる。ところが一般的に磁歪測定は磁束密度が正弦波の条件で行われる。従って、通常の磁歪測定結果で材料を評価しても実測騒音と合わないことになる。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)変圧器鉄心内の局部の磁束密度波形を実測あるいは計算で推定し、その磁束密度波形を、磁歪測定装置の励磁電圧波形を制御することで電磁鋼板サンプルに発生させ、その時の磁歪を実測して、変圧器用電磁鋼板の磁歪あるいは騒音の評価を行うことを特徴とする変圧器用電磁鋼板の磁歪あるいは騒音の評価方法。
(2)変圧器鉄心内の局部の磁束密度波形を実測あるいは計算で推定し、その磁束密度波形で励磁された時に発生する磁歪波形を、正弦波励磁で発生する磁歪波形を用いて推定して、変圧器用電磁鋼板の磁歪あるいは騒音の評価を行うことを特徴とする変圧器用電磁鋼板の磁歪あるいは騒音の評価方法。
(3)上記変圧器鉄心が3相変圧器鉄心である場合において、該3相変圧器鉄心内の局部の磁束密度波形を計算によって推定するに際して下記数1を用いると共に、該数1の計算に際しては振幅比A/Aが0.05から0.2、位相角θが50°から70°の範囲に入る値を用いることを特徴とする(1)又は(2)に記載の変圧器用電磁鋼板の磁歪あるいは騒音の評価方法。
なお数1で、bは磁束密度波形(T)、fは励磁周波数(Hz)、tは時間(sec)、A、Aは基本波と第3高調波それぞれの振幅(T)、θは位相角(°)を表す。
【数1】

【発明の効果】
【0015】
変圧器騒音に関連づけられる電磁鋼板の磁歪を評価するための従来法は、励磁波形すなわち磁束密度波形を正弦波として行われていた。しかし、変圧器鉄心を局部で見ると磁束密度波形は歪んでおり、更に場所が異なれば波形が変化している。そこで本発明は磁歪評価を、実際に鉄心の局部で発生している歪んだ磁束密度波形で行うものである。
【0016】
その磁束密度波形は、実測や計算で得れば良い。但し3相鉄心については波形歪みが一定の傾向を持っているので、それに適合する波形を用いても良い。その傾向を把握するために以下の実験を行った。図2で示す鉄心を実際に作製し、その鉄心内の78箇所にサーチコイルを設置して各部分での鋼板圧延方向の磁束密度波形を実測した。それらのデータを周波数分析して基本波と高調波に分離し、上記の数1のA、Aから得られるA
と位相角θを求めた。この2値について適当に分割された区間を設定し、各区間条件に何個の波形が該当するかを求め、度数分布を求めた結果を図4、図5に示す。
【0017】
振幅比A/Aについては、図4から大半の波形は0.05から0.2の範囲に入り、その範囲外の波形の発生は可能性が低いことがわかる。また位相差θについては、図5から大半の波形は50°から70°の範囲に入り、その範囲外の波形の発生は可能性が低いことがわかる。この条件に適合する波形を作成して、磁歪の測定あるいは推定に用いても良い。
【0018】
この方法によって磁歪評価結果と変圧器騒音の相関が改善される。具体的には、この方法で得られた結果を用いて変圧器騒音の推定を行う場合は、従来法を用いた場合よりもより高精度の推定を行うことができる。また、複数種の電磁鋼板の優劣や適否を判断する場合には、本発明による方法を用いることで、従来法よりも正確な評価を下すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】磁束密度波形とそれに対応する磁歪変位波形を示す図。
【図2】3相3脚積鉄心を示す図。
【図3】図2の鉄心のA,B,Cの位置で測定された磁束密度波形を示す図。
【図4】3相鉄心で実測された多数の磁束密度波形のA3/A1の分布を示す図。
【図5】3相鉄心で実測された多数の磁束密度波形のθの分布を示す図。
【図6】任意の磁束密度波形によって発生する磁歪変位波形の推定法を示す図。
【図7】3相5脚積鉄心を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明を実施するためには、まず変圧器鉄心の局部の磁束密度波形を知る必要がある。そのための一つの方法として、実際の鉄心の局部で、電磁鋼板に小径の穴を2個開け、そこに導線を通してコイルを形成させ、その誘起電圧波形を測定して磁束密度波形を知る方法がある。また他の方法として、有限要素法などに基づく電磁界数値解析を鉄心に適用して、鉄心局部の磁束密度波形を知る方法もある。
【0021】
あるいは数1を用い、振幅比A/Aを0.05から0.2の範囲で1点から複数点、位相差θを50°から70°の範囲で1点から複数点設定し、磁束密度波形を作成してもよい。なお本方法では波形の最大磁束密度も決める必要があるが、それはこれまでの知見から鉄心全体の平均磁束密度の1倍から1.15倍に設定することが望ましい。
【0022】
これらの方法で得た磁束密度波形で励磁した時の磁歪波形を得るには、例えば特許文献1の第1図に示される磁歪測定装置を用いる方法がある。具体的には、この装置の励磁電源として、設定されたデジタル波形データを電圧波形として出力するものを用いる。そこに使用する波形データとして、前記の方法で得られた磁束密度波形を微分演算によって電圧波形に変換したものを用いる。この方法で、変圧器鉄心の局部で発生している磁束密度波形を励磁条件とした磁歪波形が得られる。
【0023】
また、変圧器鉄心局部の磁束密度波形による磁歪波形を得る他の方法として、推定法を用いることもできる。磁歪波形の表現方法として、横軸に磁束密度、縦軸に磁歪変位を採り、リサージュ図形を描かせたいわゆるバタフライループがある。このバタフライループは最大磁束密度が同じであれば磁束密度波形が変化しても形状は大きくは変化しないので、正弦波による励磁で測定されたバタフライループを用い、図6に示す様に任意の磁束密度波形の時間変化に従ってバタフライループをなぞり、磁歪変位波形を得ることができる。
【0024】
上記で示した実測法あるいは推定法で得られた磁歪波形はその振幅で評価しても良いが、より望ましいのは特許文献2で示される方法を用いて騒音レベルに近い値に変換して評価する方法である。
事前に、上記の方法で得られた磁歪評価値と対応する実際の変圧器騒音データを蓄積し、それらの相関関係を定量的に得ておけば、任意の電磁鋼板に上記の方法を適用することで、変圧器騒音を正確に推定することができる。また、複数種の電磁鋼板の内でどれを用いると最も低い変圧器騒音となるかの判定を行うことができる。
【実施例1】
【0025】
本発明の実施例として、図2に示す3相3脚積鉄心を前出の材料XおよびYで作製した。それぞれの鉄心の騒音レベルを測定すると共に、それぞれの材料から単板サンプルを作製し、特許文献1の方法で磁歪を測定する。これらの測定は磁束密度1.5Tと1.7Tで実施した。
まず磁歪を正弦波励磁条件で測定し、その結果に特許文献2の方法を適用したが、結果は表2に示す様に、材料X、Y間の大小が、変圧器の実測騒音レベルの大小と逆転してしまい、正しい評価ができないものであった。次に、図2のA、B、Cの位置で測定された、図3に示す3種類の磁束密度波形を用いて磁歪を測定し、本発明で示す方法を適用した。その結果での材料間の大小は実測騒音レベルと一致しており、本発明の有効性が示されている。
【0026】
【表2】

【実施例2】
【0027】
本発明の実施例として、図7に示す3相5脚積鉄心を材料PおよびQで作製した。それぞれの鉄心の騒音レベルを測定すると共に、それぞれの材料から単板サンプルを作製し、特許文献1の方法で磁歪を測定する。これらの測定は磁束密度1.5Tと1.7Tで実施した。
まず磁歪を正弦波励磁条件で測定し、その結果に特許文献2の方法を適用したが、結果は表3に示す様に、材料P、Q間の大小が、変圧器の実測騒音レベルと逆転してしまい、正しい評価ができないものであった。次に、図7のD、Eの位置で測定された、2種類の磁束密度波形を用いて磁歪を測定し、本発明で示す方法を適用した。その結果での材料間の大小は実測騒音レベルと一致しており、本発明の有効性が示されている。
【0028】
【表3】

【実施例3】
【0029】
本発明の実施例として、図2に示す3相3脚積鉄心を前出の材料XおよびYで作製した。それぞれの鉄心の騒音レベルを測定すると共に、それぞれの材料から単板サンプルを作製し、特許文献1の方法で磁歪を測定する。これらの測定は磁束密度1.5Tと1.7Tで実施した。
まず磁歪を正弦波励磁条件で測定し、その結果に特許文献2の方法を適用したが、結果は表4に示す様に、材料X、Y間の大小が、変圧器の実測騒音レベルの大小と逆転してしまい、正しい評価ができないものであった。
【0030】
次に本発明の適用例となる、数1を用いて磁束密度波形を設定する方法を用いた。数1の各係数は、磁束密度1.5TではAを1.917T、Aを0.1917T、θを60°とした。この条件では A/Aは0.1、最大磁束密度は1.725Tとなる。また磁束密度1.7TではAを2.25T、Aを0.45T、θを60°とした。この条件では A/Aは0.2、最大磁束密度は1.8Tとなる。
それらを用いて磁束密度波形を計算して励磁に用いて磁歪を測定した。その結果での材料間の大小は実測騒音レベルと一致しており、本発明の有効性が示されている。
【0031】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
変圧器鉄心内の局部の磁束密度波形を実測あるいは計算で推定し、その磁束密度波形を、磁歪測定装置の励磁電圧波形を制御することで電磁鋼板サンプルに発生させ、その時の磁歪を実測して、変圧器用電磁鋼板の磁歪あるいは騒音の評価を行うことを特徴とする変圧器用電磁鋼板の磁歪あるいは騒音の評価方法。
【請求項2】
変圧器鉄心内の局部の磁束密度波形を実測あるいは計算で推定し、その磁束密度波形で励磁された時に発生する磁歪波形を、正弦波励磁で発生する磁歪波形を用いて推定して、変圧器用電磁鋼板の磁歪あるいは騒音の評価を行うことを特徴とする変圧器用電磁鋼板の磁歪あるいは騒音の評価方法。
【請求項3】
上記変圧器鉄心が3相変圧器鉄心である場合において、該3相変圧器鉄心内の局部の磁束密度波形を計算によって推定するに際して下記数1を用いると共に、該数1の計算に際しては振幅比A/Aが0.05から0.2、位相角θが50°から70°の範囲に入る値を用いることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の変圧器用電磁鋼板の磁歪あるいは騒音の評価方法。
なお数1で、bは磁束密度波形(T)、fは励磁周波数(Hz)、tは時間(sec)、A、Aは基本波と第3高調波それぞれの振幅(T)、θは位相角(°)を表す。
【数1】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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