説明

変異型nacrein

【課題】真珠層の炭酸カルシウム結晶形成能を増大するとともに、使用し易い変異型nacreinとその遺伝子などと、アコヤ貝の外套膜の中から真珠養殖のピースとして使用するのに適した領域を特定する特定方法を提供する。
【解決手段】この発明の変異型nacreinは、アコヤ貝のnacreinからGly-X-Asn repeat ドメイン(ここで、Xは任意のアミノ酸を示す。)を除去したポリペプチドであって、炭酸脱水酵素活性を有するポリペプチドである。また、この発明の特定方法は、アコヤ貝の外套膜でnacreinに記載のDNAの転写産物を検出することによって、アコヤ貝の外套膜の中から真珠養殖のピースとして使用するのに適した領域を特定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、変異型nacreinに関し、特に真珠層誘導能を増大した変異型nacreinに関する。また、この発明はアコヤ貝の外套膜の中から真珠養殖のピースとして使用するのに適した領域を特定する特定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
真珠養殖は、貝殻を球状に加工してなる核と、アコヤ貝(ピース貝)の外套膜の細胞片(ピース)とを、母貝となるアコヤ貝に挿入し、これを約1年に渡って海中で養殖することによって行う。
【0003】
このように、真珠養殖には、母貝及びピース貝の両方が必要であり、母貝とピースの組み合わせがよくなければ良品はできない。そのため、真珠の養殖においては、形成された膨大な真珠の中から、良品を選択するために膨大な選抜作業を必要とし、かつ、良品は少ない。
【0004】
良品の割合を高めるため、従来から優れた母貝とピース貝が求められており、特にピースの性質が真珠の品質により大きく影響することから、優れたピース貝が求められている。なお、ピースの性質は、ピース貝の遺伝的性質によって決まるのはもちろん、外套膜のどの領域を使用するのかによっても決まるため、外套膜のどの領域をピースに使用するかは養殖業者の企業秘密であるとともに、現在でもそれを明確に特定する方法は確立されていない。
【0005】
一方、真珠貝の養殖による現行の真珠生産では、手間と時間がかかる(核を入れるまで貝が生まれてから約3年、核を入れる前段階の作業である「仕立て作業」に1年、核を入れた真珠貝の養殖に約1年)割には、良品が少なく利益が少ないため、これとは違う方法、具体的には、化学的、生化学的な方法による真珠生産をめざして、様々な研究がなされている。
【0006】
その結果、真珠の表面を形成する真珠層は、蛋白質から構成された少量の有機基質とアラレ結晶(炭酸カルシウム)から構成されていることが分かっており、前記蛋白質の主要成分であるnacreinについても研究が行われている(特許文献1を参照。)。また、この研究により、nacreinは、真珠や貝殻形成に関係する炭酸脱水酵素であることが分かるとともに、そのアミノ酸配列、及びその遺伝子を構成するDNAの塩基配列も決定されている。
【0007】
しかし、前記研究では、nacrein遺伝子の塩基配列等とその製造法こそ報告しているものの、nacreinの機能的役割に関しては何ら述べておらず、この遺伝子や蛋白質の有効利用に関して具体的な手法を提起していなかった。また、この蛋白質は、その分離精製が複雑で手間がかかるため利用し難かった。
【特許文献1】国際公開第96/35786号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、この発明は、変異型nacreinを作製し、その性質を調べることによってnacreinの機能的な役割を明らかにするとともに、nacrein遺伝子の有効な利用方法を提供することを課題とする。具体的には、真珠層の炭酸カルシウム結晶形成能を増大するとともに、使用し易い変異型nacreinとその遺伝子、nacrein遺伝子の全部又は一部を利用したDNA、RNAプローブ又はDNAプライマー、アコヤ貝の外套膜の中から真珠養殖のピースとして使用するのに適した領域を特定する特定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者は、前記nacreinについて鋭意検討した結果、そのアミノ酸配列からGly-X-Asn repeat ドメインがnacreinの炭酸脱水酵素活性を低下させていると推定するとともに、精製が容易なため使用し易いnacreinを思いついた。
【0010】
すなわち、この発明の変異型nacreinは、アコヤ貝のnacreinからGly-X-Asn repeat ドメイン(ここで、Xは任意のアミノ酸を示す。)を除去したポリペプチドであって、炭酸脱水酵素活性を有するポリペプチドである。また、そのN末端にグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(以下、GSTと省略する。)を融合することにより、ポリペプチドの可溶性を高めることができる。なお、前記ポリペプチドとしては、配列番号1又は2に示すものなどが例示できる。なお、この発明のDNAは、前記変異型nacreinをコードするDNAであり、この発明の発現ベクターや形質転換体は発現可能な状態で前記DNAを含むものである。
【0011】
また、発明者はnacreinが真珠層の形成に関わっていることから、母貝に挿入したピース中のnacreinも真珠層の形成と関係しており、その酵素活性が高いもの、すなわちピース中でnacrein遺伝子が発現しているものは良品を生み出す確率が高いと推定した。そして、nacrein遺伝子の転写産物を検出することによって、nacrein遺伝子の発現を検出し、これによってピース貝の外套膜のうち、ピースとして使用するのに適した領域を特定することを考え出した。
【0012】
すなわち、この発明の特定方法は、アコヤ貝の外套膜でnacreinに記載のDNAの転写産物を検出することによって、アコヤ貝の外套膜の中から真珠養殖のピースとして使用するのに適した領域を特定する。なお、この発明のプローブやプライマーは、nacrein遺伝子の全部又は一部からなるDNAやその転写産物である。
【発明の効果】
【0013】
この発明の変異型nacreinにより、高い酵素活性、すなわち高い炭酸カルシウム形成能力を備えるとともに、容易に精製することが可能なnacreinを得ることができた。そのため、養殖によらない真珠生産の可能性がより高まった。反対に、nacrein遺伝子をアコヤ貝個体に導入すれば、養殖でも今までより効率的に真珠生産を行える可能性がでてきた。
【0014】
また、この発明の特定方法により、核とともに母貝に挿入するピース貝の外套膜のどの領域をピースとして使うべきかについて、理論的にも正しく、かつ正確に特定することが可能となった。これによって、真珠養殖における良品率が向上する可能性が高まった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
この発明は、変異型nacrein、それをコードするDNA、それを含む発現ベクターや形質転換体、及びnacreinから作られるプローブやプライマー、このプローブやプライマーを使用してアコヤ貝の外套膜の中から真珠養殖のピースとして使用するのに適した領域を特定する特定方法である。そこで、これらについて以下に詳説する。
【0016】
(変異型nacrein)
この発明にかかる変異型nacreinは、アコヤ貝のnacreinからGly-X-Asn repeat ドメインを除去したポリペプチドであって、炭酸脱水素活性を備えているものである。ここで、アコヤ貝のnacreinは炭酸脱水酵素であって、そのアミノ酸配列や塩基配列は前記特許文献1に記載されている。
【0017】
図1は、野生型nacrein(NacW)と変異型nacrein(Nac233,Nac△R)の構造を模式的に示す図であり、この図に示すように、Gly-X-Asn repeat ドメインはnacreinのアミノ酸配列の中ほどに位置するドメインである。また、Gly-X-Asn repeat ドメインの除去は、Nac233のようにこれ以後のアミノ酸配列を除去したものであってもよく、Nac△RのようにGly-X-Asn repeat ドメインの前後のアミノ酸配列を連結したものであってもよい。なお、NacRは参考のために作製したGly-X-Asn repeat ドメインである。またアミノ酸Xは、蛋白質を構成する通常の20種類のアミノ酸であればなんであってもよい。
【0018】
変異型nacreinの具体例としては、配列番号1又は配列番号2に示すアミノ酸配列である。なお、配列番号1又は配列番号2に示すアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基を置換、欠失又は付加されたアミノ酸配列を有するとともに、炭酸脱水酵素活性を有するポリペプチドも前記ポリペプチドに含まれる。
【0019】
また、変異型nacreinはそのN末端側にGSTが融合していてもよい。GSTは、そのアミノ酸配列及びコードするDNAの塩基配列が周知の蛋白質であり、例えば日本住血吸虫(Schistoma japonicum)由来のGSTを使用することができる。また、GSTは反応基質であるグルタチオンと基質特異的に反応するので、グルタチオンを担体に固定すればGST部分を含む蛋白質は簡単に分離することができる。
【0020】
なお、アミノ酸配列を選択すれば、この発明の変異型nacreinのポリペプチド部分(Nac233,Nac△R)とGSTとの境目にThrombin、Factor Xa、PreScission Proteaseなどのプロテアーゼによって認識される切断部位を設けることができ、GST部分とを除去して、ポリペプチド部分だけを使用することもできる。
【0021】
(DNA、発現ベクター及び形質転換体)
この発明のDNAは、この発明の変異型nacreinをコードするDNAである。そして、この発明の発現ベクターは、宿主細胞において自立複製が可能、または染色体中への組込みが可能で、前記DNAの転写に適した位置にプロモータを含有しており、前記DNAを発現可能な状態で含むものである。
【0022】
また、この発明の形質転換体は公知の手段により、この発明のDNAまたは発現ベクターをその遺伝子機能が発現可能な状態で宿主細胞に導入して得られる形質転換体である。なお、形質転換体の宿主としては、前記DNAの遺伝子機能が発現可能な状態で含むことができれば、特に限定することなく使用することができる。
【0023】
具体的には、宿主細胞としては、細菌などの原核細胞、糸状菌、酵母等の微生物細胞、貝などの軟体動物を含む動物細胞、昆虫細胞、植物細胞など、目的とする遺伝子を発現できるものであればいずれも使用することができる。
【0024】
なかでも、nacreinを大量に発現させてその性質を調べる、試験管内で真珠の生産を試みる場合には大腸菌などが好ましく、真珠養殖などに使用する場合には、貝、特にアコヤ貝の細胞や卵などが好ましい。なお、「遺伝子機能が発現可能な状態」とは、当該遺伝子の産物(酵素)が酵素活性を有する状態で発現することをいう。
【0025】
(変異型nacrein、DNA、発現ベクター及び形質転換体の作製方法)
変異型nacrein、DNA、発現ベクター、形質転換体は、すでに公知になっている任意の方法により製造することができる。
【0026】
例えば、GSTを含む変異型nacreinは、これをコーディングするDNAを含む発現ベクターを構築して、これを適当な宿主細胞に導入して培養し、この宿主細胞が生産した変異型nacreinを、グルタチオンを固定したアフィニティクロマトグラフィー、例えばグルタチオンsepharoseビーズを詰めたカラムによって精製することにより、簡単に生産することができる。なお、発現ベクターの種類及び内容、宿主細胞の種類、宿主細胞の培養条件については必要に応じて決定することができる。また、GSTを含まない変異型nacrein及び野生型nacreinの分離・精製方法については、塩析、カラムクロマトグラフィーなどの既存の方法を組み合わせて利用し、精製してもよい。
【0027】
また、前記DNAは、例えば、対象となる塩基配列を含むプライマーセットと、野生型nacrein遺伝子を含むDNA鋳型とを使用するPCR反応によるPCR産物、又は適当な制限酵素認識部位があれば、野生型nacreinの部分消化物である。
【0028】
そして、このようなDNAを適当な発現ベクターの発現プロモータの下流に配置することにより、前記発現ベクターを製造することができる。なお、予めGST遺伝子を含む発現ベクター、例えばpGEX-6P-1 (アマシャムバイオサイエンス、アメリカ)の適当な制限酵素認識部位に、 前記PCR産物などを組換えれば実験の効率を高めることができる。
【0029】
また、形質転換体は、宿主に応じて公知の任意の方法によって得ることができる。具体的な方法としては、塩化カルシウム法、アグロバクテリウム法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、リン酸カルシウム共沈法、DEAE-デキストラン法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法/リポソーム法などが挙げられる。
【0030】
(プローブ及びプライマー)
野生型nacrein遺伝子のDNAは、その全部又は一部をプローブとして使用することができ、その一部をプライマーとして使用することができる。ここで、一部とは、プライマー又はプローブとして使用するDNAが、野生型nacrein遺伝子のDNAに含まれる少なくとも10個、好ましくは15個、さらに好ましくは約20〜30個の塩基配列に対応するヌクレオチドをからなることを意味する。なお、プローブとして使用する場合には、さらに高分子のもの、例えばこの発明のDNAそのものであっても使用することができる。
【0031】
これらのプローブ及びプライマーは、例えば、DNA合成装置によって合成したDNA、この発明のDNAを制限酵素により部分消化したDNA、この発明のDNAやその部分配列を組み換えた発現ベクターからT7 RNA polymerase等のRNA polymeraseを使用して作製したRNAプローブなどである。また、プローブやプライマーについては標識物質により標識してあるほうがよい。
【0032】
ここで、標識物質としては、例えばジゴキシゲニン(DIGシステム、Boehringer Mannheim)、蛍光物質、放射性同位体などの検出可能なものが挙げることができ、標識は、例えば標識物質を化学的にDNAに結合させる、DNAを合成する際にすでに標識したヌクレオチドを使用してDNAを合成するなどによって行うことができる。
【0033】
(特定方法)
この発明の特定方法は、前記DNAプローブ、RNAプローブ又はDNAプライマーの少なくとも何れか一つを使用して、nacrein遺伝子の転写産物を検出することにより、アコヤ貝の外套膜の中から真珠養殖のピースとして使用するのに適した領域を特定するものである。
【0034】
具体的に、この発明のプローブを使用してnacrein遺伝子の転写産物を検出するには、例えば、同じ系統のアコヤ貝から選ばれた一つのアコヤ貝の外套膜組織をパラフィンなどで固定して組織標本とし、これに対してin situ ハイブリダイゼーションを適用することで行うことができる。そして、形成したハイブリッドの有無は、目視よって直接検出してもよく、X線フィルムや蛍光顕微鏡などを介して間接的に検出してもよい。なお、各組織を摘出して、その組織からtotal RNAを抽出したのち、これをこの発明のプローブを使用するドットブロットハイブリダイゼーションやノーザンハイブリダイゼーションし、ハイブリッドの有無を検出することもできるが、手間を考えると前記の方法が好ましい。
【0035】
以下、この発明を実施例によってより詳細に説明するが、以下の実施例によりこの発明の特許請求の範囲はいかなる意味でも限定的に解釈されるものではない。
【実施例1】
【0036】
まず、(1)野生型nacreinの遺伝子であるNacW、Gly-X-Asn repeatドメインを除去した変異型Nac233遺伝子、Nac△R遺伝子、Gly-X-Asn repeatドメインからなるNacR遺伝子を作製し、(2)それぞれの遺伝子をGST遺伝子を含むプラスミドに組換えて、大腸菌中で発現させたのち、その遺伝子産物を精製させ、(3)Gly-X-Asn repeatドメインの除去変異がnacreinの炭酸カルシウム結晶形成誘導能に与える影響について調べた。
【0037】
(1)nacrein遺伝子の増幅
アコヤ貝外套膜のcDNA ライブラリーから単離したcDNAをプラスミド発現ベクターpBluescritp SKII(ストラタジーン、アメリカ)のNot I部位に挿入したものを鋳型にして、PCR反応によって、各遺伝子を含むDNA断片を増幅した。なお、この組換えプラスミド発現ベクターは野生型nacrein遺伝子の全塩基配列を含んでいる。
【0038】
ここで、NacW遺伝子の増幅には、Nac5-1:5′-GCCTCCATGTTTAAA-3′(配列番号3)と、Nac3-3:5′-CTATTTGAAGCTTTT-3′(配列番号4)とのプライマーセットを使用した。Nac233遺伝子の増幅には、Nac5-1と、Nac3-1:5′-GTGATGTCCCTTTAA-3′(配列番号5)とのプライマーセットを使用した。さらに、NacR遺伝子の増幅には、Nac5-2:5′- CCTGATAATAACGAG-3′(配列番号6)と、Nac3-2:5′-TCCGTGTTTGTGACC-3′(配列番号7)とのプライマーセットを使用した。
【0039】
そして、Nac△R遺伝子については、その5'末端側と3'末端側とを別々に増幅して、両PCR産物をリガーゼによって連結することにより、Gly-X-Asn repeat ドメインを除去した一つながりのDNA断片とした。具体的には、5'末端側の増幅には、Nac5-1と、Nac3-1とのプライマーセットを使用し、3'末端側の増幅には、Nac5-3:5′-AAACACGGATGTCGG-3′(配列番号8)と、Nac3-3とのプライマーセットを使用した。
【0040】
なお、前記PCR反応には、DNAポリメラーゼとしてPyrobest DNA polymerase (Takara)を使用し、反応装置としてGeneAmp PCR system 9700(アプライドバイオシステムズ、アメリカ)を使用した。また、PCR反応は、94℃で2分間ホットスタートし、94℃、30秒の変性工程、55度、30秒のアーニリング工程、72℃、60秒の伸張工程からなる反応サイクルを30サイクル行ったのち、72℃で10分間放置した。
【0041】
(2)nacrein遺伝子の大腸菌での発現と精製
PCR反応により増幅した各変異型nacrein遺伝子をpGEX-6P-1 (アマシャムバイオサイエンス、アメリカ) のNot I部位に制限酵素Not I及びDNA リガーゼ (インビトロジェン、アメリカ)を使用して組換えた。そののち、コンピテントセル法によって大腸菌XL1-blueに形質導入した。そして、この形質転換体を30℃で1時間培養したのち、0.5 mM IPTG (タカラバイオ)を添加して30℃、5時間で培養することによりnacreinとGSTとの融合蛋白質の合成を誘導した。
【0042】
IPTGによる誘導ののち、大腸菌を遠心分離により集菌し、蛋白質抽出緩衝液[50 mM Tris (pH7.5), 0.1 M NaCl, 0.5% Triton X-100, 5μg/ml leupeptin]に懸濁した。この懸濁液を超音波発生機 (ブランソン、アメリカ)で処理することにより菌体を破壊したのち、遠心分離により沈殿を除いた。その後、上清をglutathione-sepharoseビーズに通すことにより、GST-nacrein融合蛋白質を精製した。蛋白質の純度は、SDS-PAGEにより検討した。その結果を図2に示す。
【0043】
図2からも明らかなように、野生型又は変異型nacreinとGSTとの融合蛋白質については、そのアミノ酸配列から計算した値の付近にバンドが一つのだけあることから、目的の蛋白質が高い純度で得られていることが分かる。
【0044】
(3)変異がnacreinの炭酸カルシウム結晶形成誘導能に与える影響の検討
通常の貝殻形成や真珠形成過程においては、炭酸カルシウムが沈殿し、それに伴って溶液のpHは低下することが知られている。そこで、nacreinに変異を加えることが、その炭酸カルシウム結晶形成誘導能に与える影響について調べた。
【0045】
具体的には、10 mM NaHCO3及び10 mM CaCl2を含む水溶液、 野生型又は組換え蛋白質をそれぞれ含んだ溶液を準備し、これらの溶液を混合した時点をtime0として、野生型nacreinの濃度を2μg/ml, 4μg/ml, 10μg/mlと変えてpHの変化を調べた。その結果を図3に示す。また、同様の方法により、野生型及び各変異型nacreinの濃度を10μg/mlに固定して、同様の方法によりpHの変化を調べた。その結果を図4に示す。なお、pHの変化はpHメーター(F-22、堀場製作所)を使用して測定した。
【0046】
図3からも明らかなように、野生型nacreinの濃度を上昇させると、それに伴ってpHの低下が著しく阻害された。また、野生型nacrein を含まないGST単独ではpHが急速に低下した。このことから、野生型nacreinはこの反応のネガティブレギュレーターであると考えることができる。
【0047】
また、図4からも明らかなように、Gly-X-Asn repeat ドメインを含まないNac233及びNac△RとGST蛋白質とを融合した変異型nacreinの場合には、混合液のpHは経時的に低下していた。言い換えるならば、野生型nacreinが備えていたpH低下抑制作用は前記の変異型nacreinでは低下した。反対に、Gly-X-Asn repeat ドメイン(nacR)とGSTとを融合した変異型nacreinでは、野生型とほとんど変わらないレベルのpH低下抑制作用が観察された。このことから、変異型nacreinの炭酸カルシウム結晶形成作用は、野生型nacreinのそれと比べて増大していることが確認できた。
【0048】
さらに、以上の結果は、Gly-X-Asn repeat ドメインの長さを調節することにより、nacreinの炭酸カルシウム結晶形成能力を自由に操作できる可能性を示しており、自然界においても、真珠層形成がこのような操作によって厳密に制御されている可能性を示唆している。
【実施例2】
【0049】
(4)In situハイブリダイゼーションによるnacrein遺伝子の外套膜での発現解析
nacrein遺伝子の外套膜での発現領域を特定するために、野生型nacrein遺伝子をプローブとしたIn situハイブリダイゼーションを行った。
【0050】
まず、成体アコヤ貝から外套膜を採取し、人工海水で洗浄したのち、4% パラホルムアルデヒドを含む人工海水中で6時間固定した。固定した外套膜をPBS溶液で洗浄後、エタノールシリーズに通すことにより脱水し、キシレンに2回通し、パラフィンに包埋した。ライカ社のミクロトームを用いてパラフィンブロックから7μmの厚さの切片を作製し、伸展後、In situハイブリダイゼーション用の切片とした。各切片はキシレン、エタノールシリーズを通したあと、37℃で30分間proteinase K (10μg/ml)処理を行った。
【0051】
つぎに、野生型nacrein遺伝子をマルチプルクローニングサイトに含むpGEM発現ベクター(プロメガ社、アメリカ)からT7 RNA polymeraseにより作製したnacreinリボプローブを使用して、42℃で一晩ハイブリダイゼーションを行った。なお、ハイブリダイゼーション溶液としては、Hybridization buffer(ニッポンジーン社)を使用した。
【0052】
さらに、50% ホルムアミド-2X SSC溶液で洗浄したのち、アルカリホスファターゼを結合したanti-digoxigenin抗体(ロッシュ、スイス)を加え(5000倍希釈)、100 mM Tris (pH7.5), 150 mM NaClを含む溶液で洗浄した。その後、NBT (4-nitroblue tetrazoliu chloride)/BCIP (5-Bromo-4-chloro-3-indolyl-phosphate)溶液(ロッシュ、スイス)を添加することにより、プローブの存在領域を可視化した。その結果を図5に示す。
【0053】
図5からも明らかなように。外套膜の貝殻に面する一層の上皮細胞でのnacrein遺伝子の発現が認められた。そして、この結果は、貝殻形成や真珠養殖において外套膜の上皮細胞が重要な役割を担っているとする以前から知られていた事実と一致する。また、上皮細胞領域で均一にシグナルがみられるというわけではなく、mantle pallial領域の背側での発現は比較的弱く、mantle pallialとmantle edgeの境界領域で強く発現することが明らかとなった。すなわち、外套膜の上皮細胞のうち、mantle pallialとmantle edgeの境界領域を切り取ってピースに使用すればよいことが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】野生型nacreinとこの発明で構築した変異型nacreinの模式図である。
【図2】野生型及び変異型nacreinを精製し、SDS-ゲル電気泳動によりその分子量及び精製度を確認した図である。
【図3】野生型nacreinの添加濃度が炭酸カルシウム結晶の形成に与える影響を示す図である。
【図4】nacreinへの変異が炭酸カルシウム結晶形成に与える影響を示す図である。
【図5】nacrein遺伝子の外套膜での発現をRNA probeを使用して調べた結果を示す図である。なお、Aは100倍拡大図であり、図中のスケールバーは200μmである。また、Bは400倍拡大図であり、図中のスケールバーは50μmである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アコヤ貝のnacreinからGly-X-Asn repeat ドメイン(ここで、Xは任意のアミノ酸を示す。)を除去したポリペプチドからなり、炭酸脱水酵素活性を有する変異型nacrein。
【請求項2】
下記の(a)又は(b)のポリペプチドからなる変異型nacrein、
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列で表されるポリペプチド、
(b)配列番号1において1個又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は挿入されたアミノ酸配列からなり、炭酸脱水酵素活性を有するポリペプチド。
【請求項3】
下記の(a)又は(b)のポリペプチドからなる変異型nacrein、
(a)配列番号2に記載のアミノ酸配列で表されるポリペプチド、
(b)配列番号2において1個又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は挿入されたアミノ酸配列からなり、炭酸脱水酵素活性を有するポリペプチド。
【請求項4】
ポリペプチドのN末端にグルタチオン−S−トランスフェラーゼが融合している請求項1から3の何れかに記載の変異型nacrein。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の変異型nacreinをコードするDNA。
【請求項6】
請求項5に記載のDNAを、そのDNAの遺伝子機能が発現可能な状態で含む発現ベクター。
【請求項7】
請求項5に記載のDNA又は請求項6に記載の発現ベクターを、そのDNAの遺伝子機能が発現可能な状態で含む形質転換体。
【請求項8】
nacrein遺伝子のDNAの全部又は一部からなるDNAを含むDNAプローブ。
【請求項9】
nacrein遺伝子のDNAの全部又は一部からなるDNAの転写産物を含むRNAプローブ。
【請求項10】
nacrein遺伝子のDNAの一部からなるDNAを含むDNAプライマー。
【請求項11】
請求項8に記載のDNAプローブ、請求項9に記載のRNAプローブ、請求項10に記載のDNAプライマーの少なくとも何れか一つを使用して、アコヤ貝の外套膜でnacrein遺伝子の転写産物を検出することによって、アコヤ貝の外套膜の中から真珠養殖のピースとして使用するのに適した領域を特定する特定方法。

【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−262836(P2006−262836A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−88644(P2005−88644)
【出願日】平成17年3月25日(2005.3.25)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】