説明

多孔質リン酸カルシウム系セラミックス及びその製造方法

【課題】生体材料として適切な量、大きさ、形状、分布等を任意に制御して、略均一に分布し且つ略均一な径の空孔を有する多孔質リン酸カルシウム系セラミックス、及び、少ない製造工程で安価に且つ任意の形状に容易に製造できる多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法を提供することにある。
【解決手段】高分子粒子にリン酸カルシウム化合物を被覆したセラミックス前駆体を形成し、このセラミック前駆体を成形、焼成する。焼成時に高分子粒子が焼失し、均一に空孔が分布した多孔質リン酸カルシウム系セラミックスを得る。また、高分子粒子の大きさを制御することにより、任意の気孔率を有する多孔質リン酸カルシウム系セラミックスを得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質リン酸カルシウム系セラミックス及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハイドロキシアパタイトを含む、リン酸カルシウム系セラミックスは安全性及び生体適合性に優れていることから、人工骨、骨充填剤、骨芽細胞や人工歯根のように生体材料として幅広く利用されている。生体材料としては高い空孔率を有する多孔質体が望ましいため、多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法について多くの研究がなされている。
【0003】
特許文献1では、粒径を制御した無機化合物を空孔制御物質として用い、空孔制御物質とハイドロキシアパタイトからなる複合焼結体を製造した後、特定の水溶液で空孔制御物質のみを選択的に溶解することで、空孔率及び空孔径を制御した多孔質焼結体を製造している。
【0004】
特許文献2では、空孔率は高いが強度が低いため、脆く崩れやすい未焼結状態のリン酸カルシウム系セラミックスに、熱可塑性樹脂を融着させることで強固なリン酸カルシウム系セラミックス前駆体を得て、高い空孔率を有しつつ、取扱い性及び加工性を高めた多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法が開示されている。特許文献2の製造方法によれば、リン酸カルシウム系セラミックス粉体、水溶性高分子化合物、非イオン系界面活性剤、及び熱可塑性樹脂を含有するスラリーを作成し、スラリーを強く攪拌することによって気泡させ、ゲル化させる。ゲル化したものを乾燥させ、熱可塑性樹脂を融着させてセラミックス前駆体を得る。このセラミックス前駆体を成形して焼結させリン酸カルシウム系セラミックスを得ている。
【0005】
特許文献3では、空孔率を高めて相対密度を小さくしつつ、機械的強度を有するリン酸カルシウム系セラミックスに関する技術が開示されている。リン酸カルシウム化合物を含む組成物を成形して、成形体を得た後、酸素濃度を調節した雰囲気中で仮焼成を行った後、大気炉中で本焼成してリン酸カルシウム系セラミックスを製造する方法である。
【特許文献1】特開2004―222992号公報
【特許文献2】特開2003−089586号公報
【特許文献3】特開2003−146740号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載のハイドロキシアパタイトは、空孔制御物質とハイドロキシアパタイト粉末とを混合、焼成後に溶解によって空孔制御物質を溶出させて製造されているが、混合により空孔制御物質を均一に分布させることは困難であり、混合の際に空孔制御物質が隣接し、大小様々な空孔が形成され、均一なサイズの空孔を有することは困難である。したがって、ほぼ均一の大きさでほぼ均一に配列する多孔質構造ではないため、生体材料として使用した場合、細胞接着や細胞増殖時に必要な接着因子や増殖因子を均一に塗布できず、細胞との密着性が劣るとともに、均質な生体組織の成長が促進されにくいという課題を有する。
【0007】
また、焼結体内部、特に中心部に位置する空孔制御物質を溶出することが困難なことから、不純物が残留しているおそれがある。特に溶解に使用される塩化アンモニウムがハイドロキシアパタイトと結合し、溶出後の洗浄で完全には取除き難く、塩化アンモニウムが残留しているおそれがある。このハイドロキシアパタイトを生体材料として使用した場合、塩化アンモニウムが熱によって容易に分解され、有毒なアンモニアと塩化水素が発生してしまい、骨芽細胞に毒性を示すとともに、骨伝導性を低下させてしまうという課題を有する。
【0008】
さらに、特許文献1の製造方法では、混合に用いるハイドロキシアパタイト粉末を製造する工程と、ハイドロキシアパタイト粉末と空孔制御物質を均一に混合する工程と、焼結後に空孔制御物質を溶解する工程が必要であることから、製造工程が多くコストが高いという問題がある。さらに、焼結後の空孔制御物質を溶解する工程で、溶解により成形体の形状が崩れるおそれがあり、再現性が低いという課題を有する。
【0009】
特許文献2では、脆く成型時の取扱い性が低い、高空孔率のリン酸カルシウム系セラミックス粉体に熱可塑性樹脂を融着させたセラミックス前駆体を用いて成形及び焼成するため、加工性に優れており、高い空孔率を有する多孔質リン酸カルシウム系セラミックスを製造できる。しかし、事前にリン酸カルシウム化合物の粉体を調製する工程と、熱可塑性樹脂を混合し、融着させる工程が必要である。また、スラリーを攪拌する段階でリン酸カルシウム系セラミックス粉体が強い攪拌に耐えうるようにするため、リン酸カルシウム系セラミックス粉体の仮焼成処理工程が必要である。このため、簡便に製造することが困難という課題を有する。
【0010】
特許文献3では、空孔率が高く、且つ高強度のリン酸カルシウム系セラミックスを製造できるものの、均一な大きさの空孔を有する多孔質体を得ることが困難という課題を有する。また、酸素濃度を調整した雰囲気中で仮焼成を行っているため、製造工程が多いという問題がある。さらに、酸素濃度を調整した雰囲気炉を使用しなくてはならないため製造コストが高いという課題がある。さらに、焼成の過程で収縮が起こるため、収縮を考慮して目的とするリン酸カルシウム系セラミックスの形状、寸法等を大きめに設定せざるをえず、任意の成形体を得ることが困難という課題を有する。
【0011】
本発明は上記事情に鑑みなされたものであり、生体材料として適切な量、大きさ、形状、分布等を任意に制御して、略均一に分布し、且つ略均一な径の空孔を有する多孔質リン酸カルシウム系セラミックス、及び、少ない製造工程で安価に且つ任意の形状に容易に製造できる多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、略均一に分布する空孔と、前記空孔の周囲を取り囲むように配置され且つ隣接したものと連結されたリン酸カルシウム化合物とを有することを特徴とする。
【0013】
また、本発明は前記空孔が球状であることを特徴とする。
【0014】
さらに、本発明は前記空孔が10nmから300μmの孔径であることを特徴とする。
【0015】
さらに、本発明は前記リン酸カルシウム化合物がハイドロキシアパタイトであることを特徴とする。
【0016】
さらに、本発明は高分子粒子(パウダー状)の表面をリン酸カルシウム化合物で被覆する工程と、前記高分子粒子及び前記リン酸カルシウム化合物を焼成する工程とを具備することを特徴とする。
【0017】
さらに、本発明は前記高分子粒子がソープフリー乳化重合能を有するビニルモノマーからなることを特徴とする。
【0018】
さらに、本発明は前記高分子粒子及び前記リン酸カルシウム化合物を焼成する工程で、高分子粒子を焼失して空孔を形成することを特徴とする。
【0019】
さらに、本発明は前記多孔質リン酸カルシウム系セラミックスがハイドロキシアパタイトであることを特徴とする。
【0020】
さらに、本発明は前記高分子粒子の表面をリン酸カルシウム化合物で被覆する工程で、前記高分子粒子の表面にカルシウム捕捉能を有する物質を被覆した後に、リン酸カルシウム化合物を被覆することを特徴とする。
【0021】
さらに、本発明は高分子粒子の表面をリン酸カルシウム化合物で被覆する工程と、前記リン酸カルシウム化合物を成形する工程と、前記高分子粒子及び前記リン酸カルシウム化合物を焼成する工程とを具備することを特徴とする。
【0022】
さらに、本発明は前記高分子粒子がソープフリー乳化重合能を有するビニルモノマーからなることを特徴とする。
【0023】
さらに、本発明は前記高分子粒子及び前記リン酸カルシウム化合物を焼成する工程で、前記高分子粒子を焼失して空孔を形成することを特徴とする。
【0024】
さらに、本発明は前記リン酸カルシウム系セラミックスがハイドロキシアパタイトであることを特徴とする。
【0025】
さらに、本発明は前記高分子粒子の表面をリン酸カルシウム化合物で被覆する工程で、前記高分子粒子の表面にカルシウム捕捉能を有する物質を被覆した後に、リン酸カルシウム化合物を被覆することを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
本発明による多孔質リン酸カルシウム系セラミックスでは、ほぼ均一なサイズの空孔がほぼ均一に分布した構造であるため、生体材料として使用する場合、細胞接着や細胞増殖時に必要な接着因子や増殖因子を均一に塗布できる。従って、細胞の足場材としてのリン酸カルシウム系セラミックス上でこれら因子と細胞との接触が一定となる。また、多孔質空間への細胞の浸入および接着量と分布が一定となる。
【0027】
また、上記の理由により、均一な細胞接着形態が得られる。
【0028】
さらに、上記の理由により、生体組織の成長が促進され、短時間で体内細胞と一体化し、密着性が向上する。
【0029】
さらに、上記の理由により、骨芽細胞が分化して、骨形成が始まるとき、分化の散在性が少なく、骨形成が連続的かつスムーズに進行し、均質な骨形成が可能となる。
【0030】
さらに、上記の理由により、厚さ方向の連通が良くなり、骨芽細胞の侵入を促進できる。
【0031】
さらに、上記の理由により、骨形成に必要なコラーゲン、非コラーゲン等タンパク質や脱灰骨基質有機成分が均一に入り易く、骨芽細胞等の骨形成細胞が働くために有利な均質な足場表面を形成できる。
【0032】
さらに、上記の理由により、硬軟組織の分布が一定となり、全体の力のバランスに優れるため、外力に対する力学的性質の向上を実現できる。
【0033】
さらに、不純物を含まない、ほぼ100%のリン酸カルシウム系セラミックスであるため、安全な生体材料として使用することができる。
【0034】
本発明による多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法では、リン酸カルシウム化合物層を被覆する工程と、焼成工程からなり、焼成時に高分子粒子をほぼ100%焼失させており、高分子粒子は焼成の過程で燃焼し、気体となってセラミックスの外部へ放出される。このため、2つの工程で、有機物質を含まないほぼ100%の多孔質リン酸カルシウムセラミックスを製造することができる。
【0035】
また、本発明では、上述の2つの工程から多孔質リン酸カルシウム系セラミックスを製造できることから、従来の製造方法で必要とされたリン酸カルシウム系セラミックス粉体を製造する工程、空孔制御材とリン酸カルシウム系セラミックス粉体とを混合する工程、焼成後に空孔制御物質を溶解して空孔を形成する工程が不要であるため、少ない工程で簡便な多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造を実現できる。
【0036】
さらに、本製造方法では焼成の際に焼失する高分子粒子表面にリン酸カルシウム化合物が均一に被覆されていることから、リン酸カルシウム化合物が高分子粒子同士を隔てた状態で焼成するため、容易に略均一に離間した略均一の空孔を有する多孔質リン酸カルシウム系セラミックスを製造できる。
【0037】
さらに、本製造方法では用いる高分子粒子の大きさを変えることにより、容易に孔径及び気孔率を任意に制御した多孔質リン酸カルシウム系セラミックスを製造できる。
【0038】
さらに、本製造方法では均一な粒径の高分子粒子を用いることで、容易に略均一に分布して略均一に離間する略均一の孔径を有する多孔質リン酸カルシウム系セラミックスを製造することができる。
【0039】
さらに、本製造方法では高分子粒子径及びリン酸カルシウム化合物層が、それぞれほぼ均一であるセラミックス前駆体を大量に製造できるため、量産性に優れるとともに、品質にバラツキが生じにくいという利点を有する。
【0040】
さらに、本製造方法ではリン酸カルシウム化合物を内側から高分子粒子が支持していることから、焼成しても成形時の形状をほぼ維持するため、収縮を考慮して大きめに設計を行わなくてもよく、原料の無駄がなく製品の品質が一定になるという利点を有する。
【0041】
さらに、本製造方法では内側から高分子粒子がリン酸カルシウム化合物を支持する形態をとり安定であるため、成形時の取扱い性に優れるという利点を有する。
【0042】
本発明の他形態の製造方法では、セラミックス前駆体に含まれるカルシウム捕捉能を含む物質が、相互作用の弱いリン酸カルシウム化合物を集積し合うため、仮焼成による成形が不要であり、容易に常温で成形することができる。
【0043】
また、本製造方法では、セラミックス前駆体の高分子粒子とリン酸カルシウム化合物の比率及び配置がほぼ一定であるため、成形時に圧力を加えると高分子粒子とリン酸カルシウム化合物が定序的に連続した構造となる。このため高分子粒子が焼失しても規則性を有するリン酸カルシウム化合物構造となり、容易に機械的に安定な多孔質リン酸カルシウム系セラミックスを製造できる。
【0044】
さらに、本製造方法ではセラミックス前駆体がパウダー状であるため、押出成型法、射出成型法といった各種成型法により、自由に成形できる利点を有する。
【0045】
さらに、本製造方法では微小なセラミックス前駆体を直接成形加工できるため、タンパク質、核酸等微量有用物質の分離・分析用のクロマトグラフィー充填材、脂質や過酸化脂質の吸着剤、汚染物質や細菌類の吸着剤等のマイクロ製品を容易に製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0046】
図1は本発明である多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの構造を示す図である。図2はセラミックス前駆体の焼成による変化を表す図である。図3は本発明による多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造工程を示す工程図である。図4は高分子粒子にリン酸カルシウム化合物を被覆する前後の状態を示す図である。図5はディスク状に成形したセラミックス前駆体の焼成前後の状態を示す図である。図6はセラミックス前駆体の蛍光X線測定図である。図7は本発明で製造された多孔質リン酸カルシウム系セラミックスのFT−IR測定図である。図8は本発明で製造された多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの広角X線回折図である。
【0047】
図1で本発明のリン酸カルシウム系セラミックスの構造を説明する。
図1は本発明で得られる多孔質リン酸カルシウム系セラミックスを6面体に切断した構造図である。11はリン酸カルシウム系セラミックスであり、12は空孔である。リン酸カルシウム系セラミックス11は空孔12の周囲を取り囲み、かつ、各々結合している。したがって、空孔11は各々離間して分布している。
【0048】
詳細な製造方法については後述するが、本発明による多孔質リン酸カルシウム系セラミックスはセラミックス前駆体を得て、焼成することにより製造される。ここでセラミックス前駆体とは、高分子粒子表面にリン酸カルシウム化合物層を被覆した複合体をいう。
【0049】
図2でセラミックス前駆体の焼成による変化について説明する。所定量のセラミックス前駆体を焼成する際に、互いに隣接するリン酸カルシウム層21が結合するとともに、セラミックス前駆体の内部の高分子粒子22が燃焼し、ガス成分が外部に放出されて、高分子粒子22の部分が空孔12を形成することで多孔質リン酸カルシウム系セラミックスが得られる。焼成の際に焼失する高分子粒子がリン酸カルシウム化合物に被覆されていることから、リン酸カルシウム化合物が高分子粒子同士を隔てた状態で結合するため、図1に示す略均一に離間した略均一の空孔を有する多孔質リン酸カルシウム系セラミックスとなる。
【0050】
隣接するセラミックス前駆体の内部に存在する高分子粒子は、リン酸カルシウム化合物の層厚の2倍程度離れて存在するため、セラミックス前駆体を焼成すると、リン酸カルシウム系セラミックスの各空孔間の層厚は高分子粒子表面に被覆したリン酸カルシウム化合物の層厚の2倍程度となる。
【0051】
焼成の際に、高分子粒子は外部に放出されるため、有機成分をほとんど含まない多孔質リン酸カルシウム系セラミックスになる。
【0052】
高分子粒子は球状が好ましく、特に、真球状が好ましい。高分子粒子表面には均一の層のリン酸カルシウム化合物が被覆されるため、真球状の場合セラミックス前駆体も真球状となり、所定量のセラミックス前駆体に加重、加圧等によって力が作用すると、一定の配列で最も密な構造(最密充填構造)を形成する。したがって、このセラミックス前駆体を焼成したものは最密充填構造に分布する空孔を有するリン酸カルシウム系セラミックスとなる。
【0053】
空孔は生体適合性の観点から10nmから300μmの孔径であることが望ましい。より好ましくは50μmから200μm、さらに好ましくは50μmから150μmである。
【0054】
リン酸カルシウム系セラミックスとしては、例えば、フッ素アパタイト、ハイドロキシアパタイト等のアパタイト類、リン酸三カルシウム、リン酸二カルシウム等が挙げられ、生体適合性の観点からはハイドロキシアパタイトが特に好ましい。
【0055】
次に図3で本発明のリン酸カルシウム系セラミックスの製造方法について説明する。
【0056】
図3(A)に示すリン酸カルシウム系セラミックスの製造方法は、高分子粒子にリン酸カルシウム化合物を被覆する工程aと、リン酸カルシウム化合物で被覆された高分子粒子を焼成する工程bとからなる。
【0057】
工程aのリン酸カルシウム化合物の被覆工程について説明する。
【0058】
蒸留水に、所定量の高分子粒子を加え、窒素気流下で攪拌する。高分子粒子としてはソープフリー乳化重合可能なビニルモノマーからなる高分子粒子であればよく、また、セラミックス前駆体を焼成する際の温度(700〜1200℃)以下で燃焼し、ガス化して、リン酸カルシウム系セラミックスの外部へ放出されるものがよい。例えば、スチレン、酢酸ビニル、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル等が挙げられる。
【0059】
次いで所定量のカルシウム捕捉能を有する物質を加えて攪拌する。カルシウム捕捉能を有する物質とはアニオン性を示す化合物であり、カルボキシル基、スルホ基、あるいはリン酸基をもつモノマーからなる化合物、例えば、O−メタクリロイル−L−セリン(O−methacryloyl−L−serine)、O−メタクリロイル−L−スレオニン(O−methacryloyl−L−threonine)、O−メタクリロイル−L−プロリン(O−methacryloyl−L−proline)、O−メタクリロイル−L−チロシン(O−methacryloyl−L−tyrosine)、Nα−メタクリルアミド−L−リジン(Nα−methacrylamide−L−lysine)、Nε−メタクリルアミド−L−リジン(Nα−methacrylamide−L−lysine)、O−アクリロイル−L−セリン(O−acryloyl−L−serine)、O−アクリロイル−L−スレオニン(O−acryloyl−L−threonine)、O−アクリロイル−L−プロリン(O−acryloyl−L−proline)、O−アクリロイル−L−チロシン(O−acryloyl−L−tyrosine)、Nα−アクリルアミド−L−リジン(Nα−acrylamide−L−lysine)、Nε−アクリルアミド−L−リジン(Nα−acrylamide−L−lysine) 等が挙げられる。
【0060】
開始剤を加え、さらに攪拌しながらソープフリー乳化共重合を行う。
【0061】
重合により得られたミクロスフェア分散液を分離した後に、アニオン交換樹脂及びカチオン交換樹脂で処理し、精製を行う。
【0062】
精製したカルシウム捕捉層形成高分子粒子を、カルシウム塩を溶解した水溶液に浸し、リン酸水素二アンモニウム水溶液を滴下した後、攪拌熟成する。カルシウム塩としては酢酸カルシウム、水酸化カルシウム、塩化カルシウム、硝酸カルシウム等、水溶液中で高分子粒子にカルシウムイオンを十分に供給できる程度の溶解度をもつものであればよい。
【0063】
攪拌熟成した溶液を遠心分離し、上澄み液を除去し、蒸留水及びエタノールで洗浄、乾燥し、セラミックス前駆体を得る。
【0064】
次に工程bの焼成工程について説明する。
【0065】
得られたセラミックス前駆体を焼成することにより、リン酸カルシウム系セラミックスが得られる。焼成温度は700〜1200℃が好ましく、より好ましくは800〜1000℃である。焼成時間は1〜8時間が好ましく、より好ましくは2〜6時間である。焼成の際に高分子粒子が焼失して空孔が形成される。高分子粒子が燃焼し、燃焼熱によりセラミックス形成を促進するとともに、気体となってセラミックスの外部へ放出するため、有機成分をほとんど含まない多孔質リン酸カルシウム系セラミックスが製造される。
【0066】
焼成の際、高分子粒子がリン酸カルシウム化合物に被覆されていることから、高分子粒子同士がリン酸カルシウム化合物に隔てられた状態で焼失するため、容易に略均一の空孔が略均一に離間して配置されたリン酸カルシウム系セラミックスを製造できる。
【0067】
用いる高分子粒子の粒径を変えることにより、容易に任意の孔径及び気孔率を有するリン酸カルシウム系セラミックスを製造することが可能である。
【0068】
リン酸カルシウム系セラミックスとしては、安全性及び生体適合性の観点からハイドロキシアパタイトであることが特に好ましい。
【0069】
次に図3(B)に示すリン酸カルシウム系セラミックスの製造方法について説明する。高分子粒子にリン酸カルシウム化合物を被覆する工程aと、セラミックス前駆体を成形する工程c、リン酸カルシウム化合物で被覆された高分子粒子を焼成する工程bとからなる。
【0070】
前述した図3(A)の工程a、工程bの間に、セラミックス前駆体の成形を行う工程cを付加している。
【0071】
任意の形状に成形加工を施すことにより任意の形状を有する多孔質リン酸カルシウム系セラミックスを製造することが可能である。
【0072】
セラミックス前駆体は高分子粒子とリン酸カルシウム化合物がほぼ均一に分布した構造であり、成形の際、セラミックス前駆体に含まれるカルシウム捕捉能を有する物質が、周辺のセラミックス前駆体表面のリン酸カルシウム化合物を集積し合う。通常、焼成前のリン酸カルシウム化合物では粉体間の相互作用が弱く、常温で加圧しても成形体としての形を維持することはできないため、仮焼成により成形体を得ているが、本発明のセラミックス前駆体では、高分子粒子に被覆されたカルシウム捕捉能を有する物質がバインダーとなり、常温で加圧することのみで任意の形状に成形できる。
【0073】
また、加圧することにより、高分子粒子とリン酸カルシウム化合物が定序的に連続したバランスの良い構造が形成されるため、焼成により高分子粒子が焼失してもリン酸カルシウム化合物は規則性を有する構造を維持し、機械的強度に優れたリン酸カルシウム系セラミックスとなる。
【0074】
本製造方法においては、焼成工程でセラミックス前駆体の内側から高分子粒子が支持しつつ焼成が行われるため、焼成前と焼成後の形状にほとんど変化がみられないリン酸カルシウム系セラミックスを得ることができ、収縮を考慮した成形型を用いなくてもよい。
【0075】
セラミックス前駆体はパウダー状であるため、各種成形型等に所定量のセラミックス前駆体を充填し、常温で加圧成形により成形することが可能である。また、金属射出成型法、押出成形法、加圧成形法、レーザー焼結法等の成型法を使うことが可能である。セラミックスは通常焼成前の状態では脆いため、取扱い性及び成形性に乏しいが、本製造方法に用いるセラミックス前駆体では、内側から高分子粒子が支持しており強度が高いため、取扱い性に優れ且つ成型加工性に優れている。したがって、上記の様に種々の成形法を用いることが可能である。
【実施例】
【0076】
前述した図3(B)の製造工程について実施例にて具体的に説明する。
【0077】
脱気した蒸留水に、高分子粒子として所定量のメタクリル酸メチルを加え、70℃の温度条件のもと、窒素気流下で30分攪拌した。次いでカルシウム捕捉能を有する物質として所定量のアシッドホスホキシエチルメタクリレート(PhosmerM:商品名)を加え、30分攪拌した。開始剤として過硫酸カリウムを加え、さらに6時間攪拌しながらソープフリー乳化共重合を行った。
【0078】
重合によって得られたミクロスフェア分散液を遠心分離機で分離した後に、上澄み液を除去し蒸留水を加えて再分散をする操作を5回繰り返し、調製した高分子粒子をアニオン交換樹脂及びカチオン交換樹脂で処理し、精製を行った。
【0079】
精製したカルシウム捕捉層形成高分子粒子を酢酸カルシウム水溶液に1日浸した後に、pHを9から11、温度を60から90℃に制御した。次いでアンモニア水でpH9から11に調製したリン酸水素二アンモニウム水溶液を滴下した後に、再度水溶液を、pH9から11に調製し、60から90℃の温度下で24時間攪拌熟成した。
【0080】
遠心分離し、上澄み液を除去し、蒸留水及びエタノールで洗浄、乾燥して、セラミックス前駆体aを得た。
【0081】
また、カルシウム捕捉能を有する物質として、アシッドホスホキシポリオキシエチレングリコールモノメタクリレート(PhosmerPE:商品名)を用い、上記と同様の操作を行って、セラミックス前駆体bを得た。
【0082】
図4は、図3(B)の工程aの高分子粒子にリン酸カルシウム化合物の被覆工程におけるリン酸カルシウム化合物被覆前後の高分子粒子の大きさを示す図である。図4(A)が被覆前の高分子であり、図4(B)がそれを用いて得られたセラミックス前駆体a及びbを示すSEM写真である。高分子粒子の粒径は386±12nmであった。それに対し、セラミックス前駆体の粒径は518±98nmであり、粒径が132nm大きくなっていることから、高分子粒子にリン酸カルシウム化合物が被覆されていることを確認した。
【0083】
図5は、図3(B)の工程aでPhosmerM及びPhosmerPEから得られた、それぞれのセラミックス前駆体a及びbの蛍光X線測定図である。カルシウム及びリン原子の存在が認められるため、高分子粒子にリン酸カルシウム化合物層が形成されていることを確認した。
【0084】
次に、約100mgのセラミックス前駆体a及びbをそれぞれディスク型(d=13mm)に成形し、焼成炉で約800〜1000℃、2〜6時間焼成を行い、それぞれリン酸カルシウム系セラミックスa及びbを得た。
【0085】
図6は、図3(B)の工程cにより成形されたセラミックス前駆体a及びbと、図3(B)のb工程によって焼成されたそれぞれの多孔質リン酸カルシウム系セラミックスa及びbの形状を示す図である。焼成の前後で形状に変化がほとんどみられなかったため、ほぼ収縮がないことが確認された。
【0086】
なお、市販のヒドロキシアパタイト粉末を用いて同様の方法で成形した場合、ヒドロキシアパタイト粉末は相互作用が小さいため、常温で加圧しても成形体としての形を維持できるだけの強度を有さず、均一な成形体を得ることができなかった。本実施例では高分子粒子に被覆したカルシウム捕捉能を有する物質がバインダーとして作用し、成形性がよく、成形体の形を維持できることが確認できた。
【0087】
また、ポリメタクリル酸メチル粒子と市販のヒドロキシアパタイト粉末を混合して同様に行った場合、成形体を得ることができたが、焼成後に形状が崩れた。ポリメタクリル酸メチル粒子(有機物)とヒドロキシアパタイト粉末(無機物)のそれぞれの領域が均一に分布して混合しておらず、焼成時にポリメタクリル酸メチルが焼失する際、不規則な無機物層が生じ、バランスが悪い構造をとるためである。
【0088】
一方、本発明によるセラミックス前駆体は高分子粒子表面にほぼ均一にリン酸カルシウム化合物が被覆されており、成形体の有機物と無機物はほぼ定序的に配列しているため、焼成後も規則的でバランスの良い構造をとり、機械的に安定であることが確認された。
【0089】
図7は、図3(B)の製造方法によってセラミックス前駆体a及びbから得られた多孔質リン酸カルシウム系セラミックス及び標準ハイドロキシアパタイトのFT−IR(Fourier Transform Infrared Spectrometer)測定図である。実施例で得られたリン酸カルシウム系セラミックスからは有機物成分に由来する吸収ピークが全て消失しており、標準ハイドロキシアパタイトとほぼ同一のピークパターンを示している。
【0090】
図8は、図3(B)の製造方法によってセラミックス前駆体a及びbから得られたリン酸カルシウム系セラミックスa、b及び標準ハイドロキシアパタイトの広角X線回折図である。本実施例で得られたリン酸カルシウム系セラミックスa及びbは標準ハイドロキシアパタイトとほぼ同一のピークパターンを示している。
【0091】
FT−IR分析及び広角X線回折結果から、本実施例で得られたリン酸カルシウム系セラミックスa及びbは明らかに多孔質ハイドロキシアパタイトであること、及び高分子粒子がほぼ全て焼失していることが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明による多孔質リン酸カルシウム系セラミックスは、生体適合性、成形加工性に優れているため、有機・無機ハイブリッド素材、及びそれを用いた人工歯及び人工骨材料等に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】本発明の多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの構造を示す斜視図である。
【図2】本発明のセラミックス前駆体の焼成による変化を示す断面図である。
【図3】本発明の多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造工程を示すフロー図である。
【図4】高分子粒子にリン酸カルシウム化合物を被覆する前後の状態を示す図である。
【図5】セラミックス前駆体の蛍光X線測定図である。
【図6】ディスク状に成形したセラミックス前駆体の焼成前後の状態を示す図である。
【図7】本発明で製造されたリン酸カルシウム系セラミックスのFT−IR測定図である。
【図8】本発明で製造されたリン酸カルシウム系セラミックスの広角X線回折図である。
【符号の説明】
【0094】
11 リン酸カルシウム系セラミックス
12 空孔
21 高分子粒子
22 リン酸カルシウム化合物層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
略均一に分布する空孔と、前記空孔の周囲を取り囲むように配置され且つ隣接したものと連結されたリン酸カルシウム化合物とを有することを特徴とする多孔質リン酸カルシウム系セラミックス。
【請求項2】
前記空孔が球状であることを特徴とする請求項1に記載の多孔質リン酸カルシウム系セラミックス。
【請求項3】
前記空孔が10nmから300μmの孔径であることを特徴とする請求項1または2に記載の多孔質リン酸カルシウム系セラミックス。
【請求項4】
前記リン酸カルシウム化合物がハイドロキシアパタイトであることを特徴とする請求項1から3のいずれか1に記載の多孔質リン酸カルシウム系セラミックス。
【請求項5】
高分子粒子の表面をリン酸カルシウム化合物で被覆する工程と、
前記高分子粒子及び前記リン酸カルシウム化合物を焼成する工程とを具備することを特徴とする多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法。
【請求項6】
前記高分子粒子がソープフリー乳化重合能を有するビニルモノマーからなることを特徴とする請求項5に記載の多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法。
【請求項7】
前記高分子粒子及び前記リン酸カルシウム化合物を焼成する工程で、高分子粒子を焼失して空孔を形成することを特徴とする請求項5に記載の多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法。
【請求項8】
前記多孔質リン酸カルシウム系セラミックスがハイドロキシアパタイトであることを特徴とする請求項5から7のいずれか1に記載の多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法。
【請求項9】
前記高分子粒子の表面をリン酸カルシウム化合物で被覆する工程で、前記高分子粒子の表面にカルシウム捕捉能を有する物質を被覆した後に、リン酸カルシウム化合物を被覆することを特徴とする請求項5に記載の多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法。
【請求項10】
高分子粒子の表面をリン酸カルシウム化合物で被覆する工程と、
前記高分子粒子及びリン酸カルシウム化合物を成形する工程と、
前記高分子粒子及び前記リン酸カルシウム化合物を焼成する工程とを具備することを特徴とする多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法。
【請求項11】
前記高分子粒子がソープフリー乳化重合能を有するビニルモノマーからなることを特徴とする請求項10に記載の多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法。
【請求項12】
前記高分子粒子及び前記リン酸カルシウム化合物を焼成する工程で、前記高分子粒子を焼失して空孔を形成することを特徴とする請求項10に記載の多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法。
【請求項13】
前記リン酸カルシウム系セラミックスがハイドロキシアパタイトであることを特徴とする請求項10から12のいずれか1に記載の多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法。
【請求項14】
前記高分子粒子の表面をリン酸カルシウム化合物で被覆する工程で、前記高分子粒子の表面にカルシウム捕捉能を有する物質を被覆した後に、リン酸カルシウム化合物を被覆することを特徴とする請求項10に記載の多孔質リン酸カルシウム系セラミックスの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−217254(P2007−217254A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−42005(P2006−42005)
【出願日】平成18年2月20日(2006.2.20)
【出願人】(803000104)財団法人ひろしま産業振興機構 (70)
【Fターム(参考)】