説明

多層微細構造刃先を付けた打ち刃物およびその製造方法

【課題】砥ぎの修理も簡単にでき、従来の包丁等よりも永切れする打ち刃物を提供する。
【解決手段】多層微細構造刃先を付けた打ち刃物1は、2種類以上の材料層により構成され、同種類の材料層を相互に連続しないように略同厚に積層して高圧で全体押圧した多層構造金属板を処理・加工した、切刃30と中子40および表面50と裏面60および刃先10と棟20、を有する打ち刃物であって、前記多層構造金属板の少なくとも表面の刃先10側に相当する部分を局所的に冷間鍛造して波紋押し板を形成し、該波紋押し板を成型して得た多層多紋構造刀身素型の少なくとも前記表面を、前記棟20から前記刃先10に向けて鋭利に仕上げてしのぎ14を形成し、該しのぎ14の該刃先10側を研磨して鏡面化した小刃12を形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層多紋構造刀身素型を処理・加工して形成する多層微細構造刃先を付けた打ち刃物およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、包丁やナイフ、鋏のような刃物は、コアとなる肉厚硬質素材の少なくとも一面にクラッド層とよばれる軟鋼材を冶金的に表層して刀身素型を成型し、形状に応じた刃先を刃付けして形成する。
【0003】
一般家庭用及び業務用の包丁において、切れ味は半永久的に持続するものではなく、砥ぎのメンテナンスをしてその切れ味を蘇生させる必要がある。しかし、その作業は熟練した技術をもってしても、砥石に対する刃の角度の安定や、刃の表・裏の両面からの研磨における刃の曲線維持は極めて難しい。
【0004】
特許文献1には、コア層をα+β型チタン層、クラッド層をα型純チタン層で構成した純チタン−チタン合金クラッド刃物が開示されているが、コア層、クラッド層は鉄鋼材料やステンレス鋼などで構成されてもよい。あるいは、特許文献2には、基材の上にセラミックやダイヤモンドなどの硬質の表層を、界面層を介してコーティングする刃物が開示されている。
【0005】
しかし、これらの刃物はいずれもクラッド層や表面コーティング層に比べて遥かに厚いコア層(基材)を本体としているので、刃先を鋭く研磨して切れ味を良好に保つようにメンテナンスするのは極めて困難であった。また、コア層以上に細い刃先に研磨するのは熟練を重ねた職人でないと殆ど無理であった。
【0006】
また、表面に斑点模様およびダマスカス模様等の多様積層模様を表出した刃物は高級刃物素材として重宝されているが、このようなコア層を有する刃物では、折角の装飾模様がコア層の表出する刃先部分で途切れてしまうため、中途半端な外観になってしまうという不満があった。
【0007】
このような意匠性の問題を解決するため、特許文献3の発明は、「ステンレス鋼材1(1a、1b・・・)を交互に積層して、熱間圧延機により加熱しながら圧延することによって冶金一体化して所定厚さのクラッド基材Aを成形する一方、このクラッド基材Aを鍛造して表面に凹凸部Uを成形した後、このクラッド基材Aの全体を加熱して刃物基板Bを形成して、当該凹凸表面を研削加工して一方の端縁部Eに仮刃部S’を成形し、然る後、この刃物基板Bの表面全体を酸性液剤によりエッチング処理することによって、表面に露出した相対的に卑なステンレス鋼部分を腐食せしめて、層境界線Lにより確定された領域ごとに変色することによって色相差を生じ占めて、表面に斑点模様およびダマスカス模様を作出して、前記仮刃部S’を仕上げ研磨して鋭刃部Sを形成して、これらの層境界線Lを当該鋭刃部Sまで形成せしめる」、コアレスクラッド装飾刃物の製造方法を開示している。
【0008】
このコアレスクラッド装飾刃物はコア層を省いたステンレス鋼基材の多層積層構造であるので、コア層を含む刃物に生じる鋭い刃先に研磨できないという難点を解決することが可能である。しかし、特許文献3に記載の表3から見て取れるように、従来品に対して劇的に切れ味が改善されたとは言い難い。
【0009】
また、特許文献3の請求項1に記載には、「・・・クラッド基材Aを鍛造して表面に凹凸部Uを成形した後、このクラッド基材Aの全体を加熱して刃物基板Bを形成して、当該凹凸表面を研削加工して一方の端縁部Eに仮刃部S’を成形」し、然る後に、「刃物基板Bの表面全体を酸性液剤によりエッチング処理」することによって、「表面に露出した相対的に卑なステンレス鋼部分を腐食せしめて、層境界線Lにより確定された領域ごとに変色することによって色相差を生じ占めて、表面に斑点模様およびダマスカス模様を作出」し、「前記仮刃部S’を仕上げ研磨して鋭刃部Sを形成」することのみによって、「これらの層境界線Lを当該鋭刃部Sまで形成せしめる」と記載されているが、図8(特許文献3)を参照するに、上記層境界線Lにより確定される表面の斑点模様およびダマスカス模様が、刃先(鋭刃部S)まで延長されて形成されるとは考えにくい。さらに、図10(特許文献3)を参照しても、斑点模様およびダマスカス模様が、刃先(鋭刃部S)部分に形成されていることは確認できず、上記層境界線Lにより確定される表面の斑点模様およびダマスカス模様を鮮明に刃先(鋭刃部S)部分に形成するには、特許文献3に記載の方法では不十分と考えられる。
【0010】
【特許文献1】特開2002−971号公報
【特許文献2】特開平6−304820号公報
【特許文献3】特開2011−161064号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで本発明は、コア層を要しない多層構造金属板を処理・加工することにより、メンテナンスも熟練した技術も必要とせず、簡単に砥ぎ直しができ、永切れする打ち刃物を提供すると共に、刃先部分まで斑点模様およびダマスカス模様からなる波紋模様が鮮明に表出する多層微細構造刃先を付けた打ち刃物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物は、2種類以上の材料層により構成され、同種類の材料層を相互に連続しないように略同厚に積層して高圧で全体押圧した多層構造金属板を処理・加工した、切刃と中子および表面と裏面および刃先と棟、を有する打ち刃物であって、前記多層構造金属板の少なくとも表面の刃先側に相当する部分を局所的に冷間鍛造して波紋押し板を形成し、該波紋押し板を成型して得た多層多紋構造刀身素型の少なくとも前記表面を、前記棟から前記刃先に向けて鋭利に仕上げてしのぎを形成し、該しのぎの該刃先側を研磨して鏡面化した小刃を形成して多層微細構造刃先を付けた。上記波紋押し板は、上記多層構造金属板を高圧で全体押圧する際にプレス金型に凹凸の型を設けて、その凹凸模様を多層構造金属板の表面に転写して処理・加工することにより、当該波紋押し板の表面全体に斑点模様およびダマスカス模様からなる波紋模様を大まかに表出させることができる。さらに、上記多層構造金属板の刃先側に相当する部分を局所的に冷間鍛造することによって、多層微細構造刃先を付けた本発明に係る打ち刃物を完成させることができる。
【0013】
本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物は、前記小刃を腐食液に浸漬して、更に該小刃の前記刃先側を研磨して形成した。
【0014】
本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物において、少なくとも前記表面の小刃は、前記刃先から前記棟に向かって、異種類の材料層が波紋状に積層して表出され得る。
【0015】
本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物は、前記多層多紋構造刀身素型の前記表面に加えて前記裏面においても、前記棟から前記刃先に向けて鋭利に仕上げてしのぎを形成してもよい。
【0016】
本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物の製造方法は、2種類以上の材料層により構成され、同種類の材料層を相互に連続しないように略同厚に積層して高圧で全体押圧した多層構造金属板を準備するステップと、
前記多層構造金属板の少なくとも表面の刃先側に相当する部分を局所的に冷間鍛造して波紋押し板を形成するステップと、
前記波紋押し板を成型して、切刃と中子および表面と裏面および刃先と棟、を有する多層多紋構造刀身素型を形成するステップと、
前記多層多紋構造刀身素型の少なくとも前記表面を、前記棟から前記刃先に向けて鋭利に仕上げてしのぎを形成するステップと、
前記しのぎの前記刃先側を研磨して鏡面化した小刃を形成するステップと、を含む。
【0017】
前記小刃を形成するステップは、少なくとも前記小刃を腐食液に浸漬するステップと、更に前記小刃の前記刃先側を研磨して微細構造化するステップと、を含むのが望ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物は、2種類以上の材料層を相互に連続しないように略同厚に積層した多層構造金属板を処理・加工することにより形成したので、コア層が存在しない分刃先を容易に鋭く研磨することができ、砥ぎの修理が容易である。
【0019】
多層構造金属板の両面の刃先側を局所的に冷間鍛造して波紋押し板を形成し、これを成型して得た多層多紋構造刀身素型は、その表面に多層構造断面が表出した意匠(斑点模様およびダマスカス模様からなる波紋模様)を構成し、使用者や見る者に美観を誘発させる。刃先を砥ぎあげることにより、刃先から棟に向かって、異種類の材料層が波紋状に積層して表出された波紋状の多層構造断面が研磨の度に浮かび上がり、その模様の変化を楽しむと共に構造の変化を観察することもできる。
【0020】
多層多紋構造刀身素型の表面の刃先側を鋭く研磨すると、裏側の波紋模様(多層構造断面)がそのまま刃先に現れる多層微細構造刃先が得られ、従来のコア層を含む構造では原理的に得られなかったミクロで鋭利な構造を実現することができる。また、多層構造金属板の両面の刃先側を局所的に冷間鍛造して波紋押し板を形成したため、上記特許文献3に開示された凹凸表面のエッチング処理とは異なり、微細で繊細な斑点模様およびダマスカス模様からなる波紋模様(多層構造断面)を、刃先端部まで表現することができる。
【0021】
さらに、本発明の打ち刃物は、浸食度の異なる2種類以上の材料層を積層した多層多紋構造刀身素型の小刃を腐食液に浸漬したため、腐食の早い層と遅い層との境界、即ち多層構造断面がより急峻に立ち上がり、多層微細構造刃先の階段構造をより鮮明で鋭いものにすることができ、永切れ性と切れ味を一層高めることができる。
【0022】
本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物は、多層微細構造刃先が薄い材料層の階段構造となっているので、特に表面のみ砥ぎあげる片面研ぎでは、刃先を鋭く研磨して切れ味を良好に保つようにメンテナンスするのが極めて容易であり、熟練した技術も必要とせずに簡単に砥ぎ直しができるので機能性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】(a)本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物(波紋模様は省略)の側面図。(b)本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物の平面図。
【図2】(a)本発明に係る多層構造金属板の斜視図。(b)本発明に係る波紋押し板の斜視図。(c)本発明に係る多層多紋構造刀身素型の斜視図。
【図3】本発明に係る多層微細構造刃先の拡大側面図。
【図4】(a)本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物の側面図。(b)本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物のしのぎ部分の側面図。(c)本発明に係る多層多紋構造刀身素型の断面の模式図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照しながら本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物の実施形態について説明する。なお、以下各図面を通して同一の構成要素には同一の符号を使用するものとする。
【0025】
本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物1は、図2(a)〜(c)に示すように2種類以上の材料層により構成され、同種類の材料層を相互に連続しないように略同厚に積層して高圧で全体押圧した多層構造金属板500(図2(a))を処理・加工した、図2(c)のように切刃30と中子40および表面50と裏面60および刃先10と棟20、を有する打ち刃物1(図4(a))である。
【0026】
上記積層した材料層を高圧で全体押圧して多層構造金属板500(図2(a))を形成する際に、プレス金型に凹凸の型を設けて、その凹凸模様を多層構造金属板500の表面に転写して処理・加工することにより、下記波紋押し板510(図2(b))の全表面に斑点模様およびダマスカス模様からなる波紋模様を大まかに表出させることができる。
【0027】
さらに、多層構造金属板500の表面50と裏面60の少なくとも刃先10側に相当する部分を局所的に冷間鍛造して波紋押し板510(図2(b))を形成し、波紋押し板510を成型して図2(c)のような多層多紋構造刀身素型520を得る。上記のように、多層構造金属板500を全体押圧する際にプレス金型に凹凸の型を設けて、その凹凸模様を多層構造金属板500に転写しても大まかな波紋模様は表出するが、上記のように刃先10側に相当する部分を局所的に冷間鍛造することにより、より繊細で個性的な波紋模様(斑点模様およびダマスカス模様)が刃先10にまで表現された多層多紋構造刀身素型520を得ることができる。
【0028】
続いて図1(a)のように、少なくとも表面50を、棟20から刃先10に向けて鋭利に仕上げてしのぎ14を形成し、しのぎ14の刃先10側を研磨して鏡面化した小刃12を形成して多層微細構造刃先100を付ける(図3)。図1(a)では波紋模様は省略したが、図4(a)に斑点模様およびダマスカス模様を含む波紋模様を表現した本発明の多層微細構造刃先を付けた打ち刃物1(側面図)を示した。
【0029】
上述のように、刃先10側に相当する部分を局所的に冷間鍛造することにより、図3のような多層微細構造をもった小刃12(多層微細構造刃先100)を得ることができる。なお、表面50に加えて裏面60(図1(b))においても、棟20から刃先10に向けて鋭利に仕上げてしのぎ14’(図4(c))を形成してもよい。
【0030】
このような本発明の多層微細構造刃先100を付けた打ち刃物1においては、少なくとも表面50の小刃12は図3に示すように、刃先10から棟20に向かって、異種類の材料層101〜108等が相互に波紋状に積層して表出されている。研磨の度に小刃12の表面は削られ、次々に新たな波紋状の多層構造断面が表出し、その模様の変化を楽しむと共に構造の変化を観察することもできる。
【0031】
すなわち、本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物1は、多層構造金属板500の両面の刃先10側を局所的に冷間鍛造して波紋押し板510を形成したため、上記特許文献3に開示された凹凸表面のエッチング処理とは異なり、微細で繊細な斑点模様およびダマスカス模様からなる波紋模様(多層構造断面)を、刃先10の端部まで表現することができる。
【0032】
更に小刃12を塩酸等の腐食液に浸漬し、小刃12の刃先10側をさらに研磨して多層微細構造刃先100を付けた打ち刃物1とするのがより望ましい。浸食度の異なる2種類以上の材料層を積層した多層多紋構造刀身素型520の小刃12を腐食液に浸漬するため、腐食の早い層と遅い層との境界、即ち多層構造断面がより急峻に立ち上がり、多層微細構造刃先100の階段構造をより鮮明で鋭いものにすることができ、永切れ性と切れ味を一層高めることができる。同時に、刃先10の端部まで表出される波紋模様(斑点模様およびダマスカス模様)を、より鮮明に浮かび上がらせることができる。
【0033】
多層多紋構造刀身素型520の表面50のみに小刃12を形成し、その刃先10側を腐食液に浸漬後さらに鋭く研磨すると、裏側の波紋模様(多層構造断面)がそのまま刃先に現れる多層微細構造刃先100が得られる。この多層微細構造刃先100は従来のコア層に比べて非常に薄い材料層が階段状に表出した構成となっているので、コア層を含む構造では原理的に得られなかったミクロで鋭利な構造を実現することができる。
【0034】
次に、上記多層微細構造刃先100を付けた打ち刃物1の製造方法について説明する。
【0035】
本発明に係る多層微細構造刃先100を付けた打ち刃物1の製造方法は、
(a)2種類以上の材料層により構成され、同種類の材料層を相互に連続しないように略同厚に積層して高圧で全体押圧した多層構造金属板500を準備するステップ
(b)多層構造金属板500の少なくとも表面50の刃先10側を局所的に冷間鍛造して波紋押し板510を形成するステップ
(c)波紋押し板510を成型して、切刃30と中子40および表面50と裏面60および刃先10と棟20、を有する多層多紋構造刀身素型520を形成するステップ
(d)多層多紋構造刀身素型520の少なくとも表面50を、棟20から刃先10に向けて鋭利に仕上げてしのぎ14を形成するステップ
(e)しのぎ14の刃先10側を研磨して鏡面化した小刃12を形成するステップ
を含む。
【0036】
さらに、多層微細構造刃先100を付けた打ち刃物1の製造方法は、
(f)少なくとも小刃12を腐食液に浸漬するステップ
(g)更に小刃12の刃先10側を研磨して微細構造化するステップ
の工程を加えるのが望ましい。
【0037】
上記製造工程を、以下、更に詳細に説明する。
【0038】
ステップ(a)
(1)100t〜800tで全体押圧した多層構造金属板500を準備する。この際プレス金型に凹凸の型を設けて、その凹凸模様を多層構造金属板500に転写してもよい。
ステップ(b)
(2)多層構造金属板500の少なくとも表面50の刃先10側を、ベルトハンマー等を用いて常温で局所的に冷間鍛造し、波紋押し板510を得る。冷間鍛造は多層構造金属板500の両面50、60の全面に亘って行ってもよい。
ステップ(c)
(3)波紋押し板510を成型して、切刃30と中子40および表面50と裏面60および刃先10と棟20、を有する多層多紋構造刀身素型520を形成する。
ステップ(d)
(4)多層多紋構造刀身素型520を略900℃〜1200℃に加熱後、常温で空冷して硬化させる(ステンレス鋼の焼き入れ)。
(5)多層多紋構造刀身素型520を180℃前後に30分程度以上熱し、徐冷で粘りを出す(焼き戻し)。
(6)得られた多層多紋構造刀身素型520の表面50又は両面50、60を、刃先10に向けて鋭利に仕上げ、しのぎ14(14’)を形成する(荒砥ぎ・中砥ぎ)。
ステップ(e)
(7)刃先10の部分を丹念に砥ぎあげる刃付けを、多層多紋構造刀身素型520(しのぎ14)の表面50に行い、小刃12を形成する。この時点で、さらに細かく小刃12の刃先10側を磨き上げ、多層微細構造刃先100(図3)を形成してもよい。
ステップ(f)
(8)多層多紋構造刀身素型520(しのぎ14(14’))の両面を腐食液(例えば塩酸)に30分以上浸漬し、腐食を早めるのが好ましい。
ステップ(g)
(9)さらに細かく小刃12の刃先10側を磨き上げ、図3のように多層微細構造刃先100を形成する。
【0039】
なお、上記ステップ(b)において、多層構造金属板500の裏面60の刃先10側も局所的に冷間鍛造するのが好ましく、上記ステップ(b)において多層多紋構造刀身素型520の裏面60においても、前記棟から前記刃先に向けて鋭利に仕上げてしのぎ14’(図4(c))を形成してもよい。また、上記ステップ(d)の(4)は、多層構造金属板500がステンレス鋼の場合の焼き入れ工程であり、多層構造金属板500が鉄や鋼の場合は「(4)’多層多紋構造刀身素型520の両面に泥を塗り略800℃〜850℃に加熱後、水で急冷して硬化させる(鉄・鋼の焼き入れ)。」という工程となり、あるいはその他の材料の場合は室温等で空冷する場合もあり、材料や状況に応じて適宜焼き入れ方法を選択することができる。
【0040】
次に、ステップ(a)で転写した凹凸模様とステップ(b)の局所的な冷間鍛造による波紋模様について、図4(a)〜(c)を用いて説明する。図4(a)は本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物1の側面図、図4(b)は本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物1のしのぎ14部分の側面図、図4(c)は図4(b)のA−A断面の模式図である。
【0041】
さらに詳細には、図4(a)は、表面50全体にプレス金型および局所的な冷間鍛造による斑点模様およびダマスカス模様からなる波紋模様(多層構造断面)が形成された、多種類材料層による多層構造の多層多紋構造刀身素型520を鍛造・研磨し、棟20から刃先10に向けて鋭利に仕上げてしのぎ14を形成し、更に刃先10側を研磨して形成した多層微細構造刃先100を付けた本発明の打ち刃物1を示す。表面50は、刃先10から棟20に向かって異種類の材料層が相互に波紋(ダマスカス模様)状に積層して表出され、陥没穴の多重円状模様(斑点模様)と融合して一体的意匠を形成している(斑点模様およびダマスカス模様からなる波紋模様)。すなわち、棟20から刃先10に向かって、波状模様はだんだんと疎から密へと変化し、一方、多重円状模様(斑点模様)は、大から小へ、密から疎へと変化する。全体として、多重円状模様の大きさ、多重度と疎密度および波状模様の疎密度が、棟20から刃先10に向かってなだらかに変化するグラデーションを表出している。刃先10においても、上記斑点模様およびダマスカス模様を織り成す多層微細構造が表現される。
【0042】
また、図4(b)は、図4(a)の多層微細構造刃先を付けた打ち刃物1のしのぎ14の部分の模様のみを抽出した側面図である。凹凸のプレス金型に加えて局所的な冷間鍛造を行ったため、表面50全体に多重円状の陥没穴が多数形成される。そして、棟20から刃先10に向けて研磨し鋭利に仕上げてしのぎ14を形成しても、しのぎ14の部分に刃先10から棟20に向かって異種類の材料層が相互に波紋状に積層して表出され、陥没穴の多重円状模様と融合して斑点模様およびダマスカス模様を織り成す多層微細構造が表出される。すなわち、しのぎ14の部分においても、棟20から刃先10に向かって、波状模様はだんだんと疎から密へと変化する一方、多重円状模様(斑点模様)は大から小へ、密から疎へと変化して、多重円状模様(斑点模様)の大きさ、多重度と疎密度および波状模様の疎密度が、棟20から刃先10に向かってなだらかに移り変わるグラデーションを表出している。したがって、しのぎ14部分の先端を構成する刃先10の部分においても、希薄に残存する上記斑点模様と、これを囲むように刃先と略平行に表出するダマスカス模様とが共存した、多層微細構造が表現される。
【0043】
上述のように、表面50に加えて裏面60(図1(b)参照)においても、棟20から刃先10に向けて鋭利に仕上げて、図4(c)のように表面50および裏面60にそれぞれしのぎ14および14’を形成してもよい。図4(c)は図4(b)のA−A断面の模式図であるが、一定の間隔で表面50および裏面60に陥没した浅い穴a、a、a、・・・はプレス金型による凹凸を、ランダムな間隔で陥没したより深い穴b、b、b、・・・は局所的な冷間鍛造による穴を想定して描いたものである。図4(c)において、刃先10に向かって斜め方向にしのぎ14、14’が形成されるが、その際に、プレス金型による浅い凹凸は削られて消失してしまうが、局所的な冷間鍛造による深い穴b、b、b、・・・は一定数が残存することが分かる。このため、本発明の多層微細構造刃先を付けた打ち刃物1においては、刃先10に至るまで斑点模様およびダマスカス模様からなる波紋模様が表現されると考えられる。
【0044】
以下、従来の刃物から本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物まで、4種類の刃物の切れ味試験を行った試験結果を示し、比較検討する。試験方法は共通で、次の通りである。
[試供品]
刃物A〜D:市販のステンレス製のコア−クラッド構造金属板(刃物A〜C)、多層構造金属板500(刃物D)を同様な研磨環境・工程で、下記の条件に従って製造した。
[試験方法]
刃物(試供品)を固定し、7.5mm幅の新聞紙相当の紙を重ねて約750gの荷重をかけながら、20mmの往復運動をさせた。1往復を1切断回数として、200回切断操作を行い、以下の切断回数の時に完全に切断された紙の枚数を数えた。
[切れ味を計測した切断回数]
1回、2回、4回、8回、16回、32回、64回、100回、128回、150回、200回
【実施例1】
【0045】
・表1に示す刃物A、表2に示す刃物Bは、いずれも従来型のコア層を含む3層構造で構成され、層の素材はコア層、クラッド層共にステンレス鋼の合金である。
・刃物A、Bは共に両面50、60に小刃12を形成して研磨する両刃砥ぎであり、上記ステップ(b)の冷間鍛造を行い、ステップ(f)の腐食液に浸漬する工程は経ていない。
刃物A
【表1】

刃物B
【表2】

・刃物A、Bは共に同様の素材、構成で、同様の工程を経て製造されている。刃物A、Bは共に初期の切断枚数は100枚程度で、永切れ性の目安となる切断回数100回目辺りで切断枚数は半分程度に低下している。
・刃物A、Bは共に同様の素材、構成であるが、切れ味や永切れ性に差が出たのは、主に試験の方法による誤差に刃物A、Bの品質自体のバラつきなどが加味されたものと考えられる。
【実施例2】
【0046】
・表3に示す刃物Cもまた、従来型のコア層を含む3層構造で構成され、層の素材はコア層、クラッド層共にステンレス鋼の合金である。
・刃物Cは表面50にのみ小刃12を形成して研磨する片刃砥ぎであり、上記ステップ(b)の冷間鍛造を行い、ステップ(f)の腐食液に浸漬する工程は経ていない。
刃物C
【表3】

・刃物Cは、刃物A、Bと略同じ構成であるが、片刃砥ぎであるところが異なっている。
・片刃砥ぎとすることにより、各切断回数において切断枚数が刃物A、Bの2倍程度に増加し、永切れ性の目安となる切断回数100回においても刃物A、Bの初期の切断枚数である100枚以上を切ることができた。
【実施例3】
【0047】
・表4に示す刃物Dは、本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物であり、層の素材はいずれもステンレス鋼の合金である。
・刃物Dは表面50にのみ小刃12を形成して研磨する片刃砥ぎであり、上記ステップ(b)の冷間鍛造、及び、ステップ(f)の腐食液に浸漬する工程を共に行っている。
刃物D
【表4】

・刃物Dは、刃物Cと同様片刃砥ぎであるが、コア層を持たない多層構造であること、および、ステップ(f)の腐食液に浸漬する工程を経ていることが刃物Cと異なる。
・初期の切断回数において、刃物Cの更に1.4倍程度の切断枚数が得られ、その後も常に刃物Cの切断枚数を上回り、切断回数200回に至っても、刃物A、Bの初期の切断枚数である100枚程度切断することができた。
【0048】
以上、本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物およびその製造方法について実施形態および実施例を用いて説明したが、本発明は上記実施形態等に限定されるものではない。多層構造金属板を形成する材料はステンレス鋼に限定されず、他の材料よりなる多層構造金属板を鍛造し、研磨等して多層微細構造刃先を形成してもよい。また、多層多紋構造刀身素型のしのぎ部分を浸漬する腐食液は塩酸に限定されず、その種類・濃度は適宜選択でき、浸漬時間も適宜調整することができる。
【0049】
その他、本発明は、その主旨を逸脱しない範囲で当業者の知識に基づき種々の改良、修正、変更を加えた態様で実施できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明に係る多層微細構造刃先を付けた打ち刃物は、包丁やナイフ、鋏のような刃を付けた器具一般に利用することが出来る。
【符号の説明】
【0051】
1:多層微細構造刃先を付けた打ち刃物
10:刃先
12:小刃
14、14’:しのぎ
20:棟
30:切刃
40:中子
50:表面
60:裏面
100:多層微細構造刃先
101〜108:材料層
500:多層構造金属板
510:波紋押し板
520:多層多紋構造刀身素型

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2種類以上の材料層により構成され、同種類の材料層を相互に連続しないように略同厚に積層して高圧で全体押圧した多層構造金属板を処理・加工した、切刃と中子および表面と裏面および刃先と棟、を有する打ち刃物であって、
前記多層構造金属板の表面と裏面の刃先側に相当する部分を局所的に冷間鍛造して波紋押し板を形成し、該波紋押し板を成型して得た多層多紋構造刀身素型の少なくとも前記表面を、前記棟から前記刃先に向けて鋭利に仕上げてしのぎを形成し、該しのぎの該刃先側を研磨して鏡面化した小刃を形成して多層微細構造刃先を付けた打ち刃物。
【請求項2】
前記多層構造金属板は、高圧で全体押圧する際のプレス金型に凹凸の型を設けて、その凹凸模様を該多層構造金属板の表面に転写した、請求項1に記載の多層微細構造刃先を付けた打ち刃物。
【請求項3】
前記小刃を腐食液に浸漬して、更に該小刃の前記刃先側を研磨して形成した請求項1または2に記載の多層微細構造刃先を付けた打ち刃物。
【請求項4】
少なくとも前記表面の小刃は、前記刃先から前記棟に向かって、異種類の材料層が波紋状に積層して表出された、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の多層微細構造刃先を付けた打ち刃物。
【請求項5】
前記多層多紋構造刀身素型の前記表面に加えて前記裏面においても、前記棟から前記刃先に向けて鋭利に仕上げてしのぎを形成した、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の多層微細構造刃先を付けた打ち刃物。
【請求項6】
2種類以上の材料層により構成され、同種類の材料層を相互に連続しないように略同厚に積層して高圧で全体押圧した多層構造金属板を準備するステップと、
前記多層構造金属板の少なくとも表面の刃先側に相当する部分を局所的に冷間鍛造して波紋押し板を形成するステップと、
前記波紋押し板を成型して、切刃と中子および表面と裏面および刃先と棟、を有する多層多紋構造刀身素型を形成するステップと、
前記多層多紋構造刀身素型の少なくとも前記表面を、前記棟から前記刃先に向けて鋭利に仕上げてしのぎを形成するステップと、
前記しのぎの前記刃先側を研磨して鏡面化した小刃を形成するステップと、
を含む多層微細構造刃先を付けた打ち刃物の製造方法。
【請求項7】
前記小刃を形成するステップは、
少なくとも前記小刃を腐食液に浸漬するステップと、
更に前記小刃の前記刃先側を研磨して微細構造化するステップと、
を含む、請求項6に記載の多層微細構造刃先を付けた打ち刃物の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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