説明

多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法。

【課題】 多環式(メタ)アクリル酸エステルの製造に際し、重合とポリマーの生成を抑制し、得られる多環式(メタ)アクリル酸エステルの着色を防止する。
【解決手段】 アクリル酸又はメタクリル酸と、多環式アルコールとを、
(A)強酸触媒、(B)次亜リン酸又はその塩、(C)金属銅、塩化第二銅、又は硫酸銅、(D)フェノール系重合禁止剤、の存在下に反応させる。本製造方法は、多環式アルコ−ルがその骨格に3級炭素を含む場合に良好な結果を与える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製造する際に比較的重合し易く、また着色し易い多環式アクリル酸エステルまたは多環式メタクリル酸エステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アクリル酸エステル又はメタクリル酸エステル(以後、両者をまとめて(メタ)アクリル酸エステルと記載することがある。)の製造方法としては、強酸触媒存在下で(メタ)アクリル酸とアルコールとから脱水エステル化反応をさせる方法が知られている。この脱水エステル化反応においては、原料の(メタ)アクリル酸及び生成する(メタ)アクリル酸エステルは比較的重合しやすい。このため、これらが反応中に重合することを防止し、また(メタ)アクリル酸エステルが重合して生じるポリマーの生成を抑制することを目的として、反応系に重合禁止剤を共存させることが行われている。
【0003】
上記脱水エステル化反応の難易度は、製造する(メタ)アクリル酸エステルの種類によって異なる。脱水エステル化反応が進行し難い種類の(メタ)アクリル酸エステルを製造する場合は、反応条件はより過酷になり、その結果原料の(メタ)アクリル酸や、生成する(メタ)アクリル酸エステルの重合及びその結果としてのポリマーの生成量の増加が著しくなる。
【0004】
従って、(メタ)アクリル酸とアルコールとの脱水エステル化反応においては、従来は反応の難易度に応じて、重合禁止剤の種類およびその濃度を種々選択したり、更には複数の重合禁止剤を適宜選択することにより、原料(メタ)アクリル酸の重合およびポリマー生成を最小に保つようにしている。特許文献1には、重合防止剤としてヒドロキノン、塩化第二銅等が記載されている
しかし、製造する(メタ)アクリル酸エステルの種類によっては、反応時において重合の防止およびポリマーの生成を抑制することが困難な場合がある。
【0005】
更に、製造工程に於いて、反応終了後に生成物中に残存する未反応原料および強酸触媒を除去することを目的とする精製工程、および反応工程及び前記精製工程で使用する溶剤を除去する工程(以下脱溶剤工程)が通常製造工程に付加される。これらの各工程における重合の防止、ポリマーの生成の程度も、反応時に使用される重合禁止剤の種類およびその量により大きく影響される。
【0006】
一方、反応の際に使用する重合禁止剤や反応温度などの反応条件により、得られる(メタ)アクリル酸エステルが着色している場合がある。特許文献2には、この着色を抑制する方法として、反応系に次亜燐酸化合物を共存させる方法が提案されている。
【特許文献1】特開2001−213844(明細書第3欄第23行〜第26行)
【特許文献2】特公昭48−11084(請求項1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、多環式アルコールと(メタ)アクリル酸とを脱水エステル化反応させることにより、多環式(メタ)アクリル酸エステルを製造する方法につき種々検討してきたが、この多環式アルコールを用いる脱水エステル化反応は、特に重合が起きやすく、また得られる多環式(メタ)アクリル酸エステルの着色が顕著であることに気付いた。
【0008】
本発明者らは、更に種々の重合禁止剤を検討しているうちに、特定の重合禁止剤の組み合わせと、および次亜燐酸又はその塩とを併用することにより、脱水エステル化反応工程、精製工程および脱溶剤工程において、原料の(メタ)アクリル酸及び生成する多環式(メタ)アクリル酸エステルの重合とポリマーの生成を抑制できると共に、得られる製品である多環式(メタ)アクリル酸エステルの着色を防止できることを知得した。
【0009】
従って、本発明の目的とするところは、上記問題を解決する多環式(メタ)アクリル酸エステルの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記問題を解決する本発明は、以下に記載するものである。
【0011】
〔1〕 アクリル酸又はメタクリル酸と、多環式アルコールとを、
(A)強酸触媒、
(B)次亜リン酸又はその塩、
(C)金属銅、塩化第二銅、又は硫酸銅、
(D)フェノール系重合禁止剤、
の存在下に反応させる、多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法。
【0012】
〔2〕 多環式アルコールが、多環式炭化水素の骨格に水素原子を結合した3級炭素原子を1以上含む〔1〕に記載の多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法。
【0013】
〔3〕 多環式アルコールが、多環式炭化水素の骨格と前記骨格を形成する炭素原子に結合した1以上のメチロール基とからなる〔1〕に記載の多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法。
【0014】
〔4〕 多環式アルコールが、トリシクロデカンジメチロール、又はトランス−ノルボルナンジメチロールである〔1〕に記載の多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法 。
【0015】
〔5〕 強酸触媒(A)が硫酸、パラトルエンスルホン酸又はメタンスルホン酸である〔1〕に記載の多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法。
【0016】
〔6〕 次亜リン酸の塩が、ナトリウム塩、カリウム塩、又はカルシウム塩である〔1〕に記載の多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法。
【0017】
〔7〕 フェノール系重合禁止剤(D)がヒドロキノン、メトキシヒドロキノン、p−ベンゾキノン、t−ブチルカテコール、ナフトキノン又はジ−t−ブチルヒドロキシトルエンである〔1〕に記載の多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明の製造方法に於いては、特定の重合禁止剤の組み合わせと、および次亜燐酸又はその塩とを併用しているので、多環式アルコールのエステル化反応に特有の着色、重合等の副反応を確実に抑制できる。
【0019】
上記副反応の抑制作用は、特に、多環式アルコールが多環式炭化水素骨格に1以上の3級炭素原子を含む場合に顕著である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0021】
(メタ)アクリル酸
本発明の多環式(メタ)アクリル酸エステルの製造に用いる一方の原料である(メタ)アクリル酸としては、市販の試薬、工業原料として入手できるものが何れも使用できる。必要に応じて、更に精製して使用することもできる。
【0022】
多環式アルコ−ル
本発明の多環式(メタ)アクリル酸エステルの製造に用いる他方の原料である多環式アルコ−ルは、炭素数が6〜20のものが好ましい。
【0023】
この多環式アルコールは2以上の炭化水素環を有する。炭化水素環は、飽和炭化水素環であっても不飽和炭化水素環であっても良く、更に炭化水素環同士が独立していても縮合していてもよい。
【0024】
しかし、得られる多環式(メタ)アクリル酸エステルの着色や、重合等の副反応を抑制する本発明の作用を十分発揮させるには、多環式アルコ−ルとしては、2以上の縮合環を有する多環式アルコ−ルが好ましい。また、縮合環としては、飽和炭化水素縮合環が好ましい。
【0025】
多環式アルコ−ルは、多環式炭化水素骨格に水素原子を結合した3級炭素を1以上有することが好ましい。このような多環式アルコ−ルは特にエステル化反応の際に、着色、重合等の副反応を生じやすいので、本製造方法に適した原料といえる。
【0026】
多環式アルコ−ルは、多環式炭化水素骨格に直接水酸基が結合したものでも、アルキレン基を介して水酸基が多環式炭化水素骨格に結合したものでもよい。アルキレン基は、炭素数が1〜10のものが好ましく、1〜3のものがより好ましい。
【0027】
また、多環式アルコールの有する水酸基は1個でも2個以上であってもよい。
【0028】
多環式のアルコールとしては、トリシクロデカンモノメチロール、トリシクロデカンジメチロール、ジシクロペンタンメチロール、トランス−ノルボルナンジメチロール等を例示できる。これら多環式のアルコールのうち、トリシクロデカンジメチロールは、製造される多環式(メタ)アクリル酸エステルの工業的用途の重要さの観点から、特に好ましい。
【0029】
多環式アルコールの配合量は、(メタ)アクリル酸1モルに対し、0.01〜1.2モルが好ましく、0.1〜1.0モルがより好ましい。
【0030】
強酸触媒(A)
(メタ)アクリル酸と、多環式アルコールとの脱水エステル化反応は、強酸触媒の存在下で行う。
【0031】
強酸触媒としては、硫酸、メタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸、タングストリン酸、タングストケイ酸、モリブドリン酸、モリブドケイ酸、三フッ化ホウ素エチラート、四塩化スズ等を例示できる。
【0032】
強酸触媒の配合量は、(メタ)アクリル酸1モルに対し、0.001〜0.5モルが好ましく、0.005〜0.1モルがより好ましい。
【0033】
次亜リン酸、その塩(B)
本発明の脱水エステル化反応は、次亜リン酸又は次亜リン酸塩の存在下で行う。次亜リン酸又はその塩を反応系に共存させることにより、反応生成物の着色を有効に防止できる。
【0034】
次亜リン酸塩としては、次亜リン酸のナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩等が好ましい。次亜リン酸塩、又はその塩の配合量は、(メタ)アクリル酸1モルに対し、1.0×10-5〜0.1モルが好ましく、0.0005〜0.03モルがより好ましい。
【0035】
金属銅、塩化第二銅、又は硫酸銅(C)
本発明の脱水エステル化反応は、金属銅、塩化第二銅、又は硫酸銅の存在下で行う。これらと、後述するフェノール系重合禁止剤とを反応系に共存させることにより、副反応の重合を抑制できる。
【0036】
金属銅、塩化第二銅、又は硫酸銅の配合量は、(メタ)アクリル酸1モルに対し、1.0×10-5〜0.05モルが好ましく、0.0001〜0.005モルがより好ましい。
【0037】
フェノール系重合禁止剤(D)
本発明の脱水エステル化反応は、フェノール系重合禁止剤の存在下で行う。このフェノール系重合禁止剤と、前記金属銅、塩化第二銅、又は硫酸銅とを反応系に共存させることにより、副反応の重合を抑制できる。
【0038】
フェノール系重合禁止剤(D)としては、芳香族環に水酸基が1個、以上好ましくは1〜4個結合したものが好ましい。具体的には、ヒドロキノン、メトキシヒドロキノン、p−ベンゾキノン、t−ブチルカテコール、ナフトキノン、ジ−t−ブチルヒドロキシトルエン等が例示される。
【0039】
フェノール系重合禁止剤の配合量は、(メタ)アクリル酸1モルに対し、1.0×10-5〜0.05モルが好ましく、0.0005〜0.01モルがより好ましい。
【0040】
反応条件
反応は、前記強酸触媒(A)、次亜リン酸又はその塩(B)、金属銅、塩化第二銅、又は硫酸銅(C)、フェノール系重合禁止剤(D)の共存下で、(メタ)アクリル酸と多環式アルコールとを接触させることにより行う。これらの添加順序は特に制限がない。
【0041】
溶媒は、必要により使用することができる。具体的には、ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素、ジクロロメタン、クロロホルム等の塩素系溶媒、酢酸エチル等のエステル系溶媒、ヘキサン、シクロヘキサン等のパラフィン系溶媒等が、例示できる。
【0042】
反応温度は40〜140℃が好ましく、60〜120℃がより好ましい。反応時間は0.5〜50時間が好ましく、1〜24時間がより好ましい。
【0043】
反応終了後は、分配、再結晶、クロマトグラフィー等の公知の方法により、更に精製することができる。
【0044】
以下に、上記の方法により製造できる多環式(メタ)アクリル酸エステルを例示する。
【0045】
【化1】

【実施例】
【0046】
実施例1
トリシクロデカンジメチロール1.36モルと、アクリル酸3.27モルとを攪拌機及び還流冷却器付の三口フラスコに入れた。トルエン325mlを加え、更にパラトルエンスルホン酸0.063モル、ハイドロキノンモノメチルエーテル(MEHQ)0.0065モル、第二塩化銅0.0029モルおよび次亜燐酸0.0061モルを加えた。反応温度83〜101℃で3.7時間攪拌した。
【0047】
反応終了後、得られた反応混合物を20質量%の苛性ソーダ水溶液70mlで2回、次いで水70mlで1回洗浄した。
【0048】
その後、反応混合物から溶媒トルエンを留去し、トリシクロデカンジメチロールジアクリレート(粘度120mPa・s/25℃)を得た(収率95.8%、純度99.9%)。
【0049】
反応、精製、脱溶剤の各工程において、原料及び製品の重合は認められなかった。
【0050】
得られた製品の色調はAPHA30であり、製品中にポリマー分は確認されなかった。
【0051】
比較例1
次亜リン酸を加えない以外は、実施例1と同様に操作した。
製造、精製、脱溶剤の各工程において重合することなく製品を得た。得られた製品は着色しており、その色調はAPHA1000であり、製品中にポリマー分は確認されなかった。
【0052】
比較例2
塩化第二銅を加えない以外は、実施例1と同様に操作した。反応開始直後に、重合が起きた。
【0053】
比較例3
MEHQを加えない以外は、実施例1と同様に操作した。脱溶剤工程で、重合が起きた。
【0054】
実施例2
トランス−ノルボルナンジメチロール1.28モルと、アクリル酸3.00モルを攪拌機及び還流冷却器付の三口フラスコに入れた。トルエン478mlを加えた。更に、パラトルエンスルホン酸0.087モル、ジ−t−ブチルヒドロキシトルエン0.0009モル、第二塩化銅0.0030モルおよび次亜燐酸0.013モルを加えた。反応温度79〜97℃で3時間攪拌した。
【0055】
反応終了後、得られた反応混合物を20質量%の苛性ソーダ水溶液80mlで3回、次いで水70mlで3回洗浄した。
その後、反応混合物から溶媒トルエンを留去し、トランス−ノルボルナンジメチロールジアクリレート(粘度35mPa・s/25℃)を得た(収率94.8%、純度99.9%)。
【0056】
製造、精製、脱溶剤の各工程において原料及び製品の重合は認められなかった。
【0057】
得られた製品の色調はAPHA10であり、製品中にポリマー分は確認されなかった。
【0058】
比較例4
次亜リン酸を添加しない以外は、実施例2と同様に操作した。
反応、精製、脱溶剤各工程において重合することなく製品を得た(収率94.0%、純度99.9%)。得られた製品の色調はAPHA80であり、製品中にポリマー分は確認されなかった。
【0059】
比較例5
塩化第二銅を添加しない以外は、実施例2と同様に操作した。反応工程に於いて重合が起きた。
【0060】
比較例6
ジ−ターシャリ−ブチルヒドロキシトルエンを添加しない以外は、実施例2と同様に操作した。脱溶剤工程に於いて重合が起きた。
【0061】
実施例3
トランス−ノルボルナンジメチロールを1.28モルと、アクリル酸を3.00モルを攪拌機及び還流冷却器付の三口フラスコに入れた。更に、トルエン478mlを加えた。98%硫酸0.057モル、ターシャリーブチルカテコールを0.001モル、第二塩化銅を0.0030モル、次亜リン酸ナトリウムを0.013モル加えた。以後、実施例2と同様に操作し、トランス−ノルボルナンジメチロールジアクリレート(粘度35mPa・s/25℃)を得た(収率93.2%、純度99.9%)。
【0062】
製造工程、精製工程、脱溶剤工程に於いて、原料及び製品の重合は認められなかった。得られた製品の色調は、APHAで15であり、製品中にポリマー分は確認されなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル酸又はメタクリル酸と、多環式アルコールとを、
(A)強酸触媒、
(B)次亜リン酸又はその塩、
(C)金属銅、塩化第二銅、又は硫酸銅、
(D)フェノール系重合禁止剤、
の存在下に反応させる、多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法。
【請求項2】
多環式アルコールが、多環式炭化水素の骨格に水素原子を結合した3級炭素原子を1以上含む請求項1に記載の多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法。
【請求項3】
多環式アルコールが、多環式炭化水素の骨格と前記骨格を形成する炭素原子に結合した1以上のメチロール基とからなる請求項1に記載の多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法。
【請求項4】
多環式アルコールが、トリシクロデカンジメチロール、又はトランス−ノルボルナンジメチロールである請求項1に記載の多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法 。
【請求項5】
強酸触媒(A)が硫酸、パラトルエンスルホン酸又はメタンスルホン酸である請求項1に記載の多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法。
【請求項6】
次亜リン酸の塩が、ナトリウム塩、カリウム塩、又はカルシウム塩である請求項1に記載の多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法。
【請求項7】
フェノール系重合禁止剤(D)がヒドロキノン、メトキシヒドロキノン、p−ベンゾキノン、t−ブチルカテコール、ナフトキノン又はジ−t−ブチルヒドロキシトルエンである請求項1に記載の多環式アクリル酸エステル又は多環式メタクリル酸エステルの製造方法。

【公開番号】特開2006−347983(P2006−347983A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−178225(P2005−178225)
【出願日】平成17年6月17日(2005.6.17)
【出願人】(000003034)東亞合成株式会社 (548)
【Fターム(参考)】