説明

多糖−ペプチドグリカン複合体保有乳酸菌の取得方法

【課題】 細菌中のPS−PG1の生化学的分析や細菌のRNAやDNAの分離操作、あるいは遺伝学的分析操作を必要とせず、PS−PG1を持つ乳酸菌を簡便で迅速に取得、分離、判別する方法を提供すること。
【解決手段】 乳酸菌を含有する培養物を、カゼイン存在下で遠心分離し、その非沈殿画分を回収することを特徴とするPS−PG1を持つ乳酸菌の取得方法、分離方法および判別方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多糖−ペプチドグリカン複合体1(PS−PG1)保有乳酸菌の取得方法に関し、更に詳細には、乳酸菌群中から、PS−PG1を保有する乳酸菌を分離し、これを取得する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳酸菌は、免疫の賦活作用や抗炎症作用を持つことが知られている。その中でも、ラクトバチルス・カゼイYIT 9029(FERM BP−1366)は、多くの生理効果が明らかとなっている。このラクトバチルス・カゼイ YIT 9029は、胃液や胆汁等の強い消化液に耐えて生きたまま腸内に到達し、腸内に常在性のビフィドバクテリウム属細菌を増加させ、大腸菌群を減少させて腸内環境を改善させることが知られている。
【0003】
また、ラクトバチルス・カゼイ YIT 9029は、腸内の有害菌が産生する有害物質の生成を抑制する。更に、ラクトバチルス・カゼイ YIT 9029の飲用効果としては、便性改善、病原性大腸菌O−157の増殖抑制効果、ベロ毒素産生抑制効果、尿路感染症予防効果等の感染防御、NK細胞活性化作用等の免疫力の上昇作用、抗アレルギー効果、大腸がんや表在性膀胱がん等のがん抑制効果等が報告されている。更にまた、近年の研究の結果、ラクトバチルス・カゼイ YIT 9029あるいはその菌体由来多糖画分にIL−6産生抑制作用及び炎症性腸疾患に対する予防治療効果があることが見出されている(特許文献1)。
【0004】
上記の作用を奏する菌体由来多糖画分として、多糖−ペプチドグリカン複合体(polysaccharide-peptideglycan complex、以下「PS−PG」と略称する)が明らかにされている。PS−PGには分子量の異なるPS−PG1、PS−PG2の2種類が知られている(非特許文献1)。このうち、PS−PG1は、分子量が100kDa以上、PS−PG2は分子量約30kDaと推定されており、ラクトバチルス・カゼイ YIT 9029における含量の比率は、約1:8である(非特許文献1)。
【0005】
上記PS−PG1の化学組成は、非特許文献1に開示されており、ラムノース、グルコース、ガラクトース、グルコサミン、ムラミン酸、アスパラギン酸、グルタミン酸、アラニン、リジンを含むことが報告されている。
【0006】
さらに近年の研究の結果、ラクトバチルス・カゼイ YIT 9029の炎症性腸疾患や腸炎随伴性ガン予防効果の活性本体が、PS−PG1であることが報告されている(非特許文献2)。
【0007】
このようにPS−PG1を持つ乳酸菌の生理効果については多くの報告があるものの、PS−PG1を持つ乳酸菌の簡便な分離方法、判別方法等については検討されていない。
【0008】
ある乳酸菌がPS−PG1を持つかどうかは、ストレプトマイセス・グロビスポラス(Streptomyces globisporus)由来のN−アセチルムラミダーゼ処理により可溶化した後、ゲル濾過法により分離し、さらにその生化学的分析を行うことによって判別する。このように、従来の方法では、乳酸菌がPS−PG1を持つかどうか判断するのに煩雑な操作と時間、費用がかかるのが実情であった。
【0009】
さらに、PS−PG1を持つ乳酸菌と持たない乳酸菌が培地中に混在した場合、この2つを効率的に分離する方法は、これまでに存在しなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2003−73286
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「ラクトバチルス カゼイ シロタ株−腸内フローラおよび健康とのかかわり−」、第26−33頁、(ヤクルト本社中央研究所、1999年1月1日発行)
【非特許文献2】"Immunology",Vol.128,1 Suppl,e170-e180(2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、細菌中のPS−PG1の生化学的分析や細菌のRNAやDNAの分離操作、あるいは遺伝学的分析操作を必要とせず、PS−PG1を持つ乳酸菌を簡便で迅速に分離、取得および判別する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討していた結果、カゼイン存在下でPS−PG1を有する乳酸菌は、遠心分離で極めて沈殿しにくいという他の乳酸菌と異なる挙動を示すこと、そしてこの挙動を利用することにより、他の乳酸菌と簡単に分離できることを見出し、本発明を完成した。
【0014】
すなわち本発明は、乳酸菌を含有する培養物を、カゼイン存在下で遠心分離し、その非沈殿画分を回収することを特徴とする多糖−ペプチドグリカン複合体1(PS−PG1)を持つ乳酸菌の取得方法である。
【0015】
また本発明は、乳酸菌を含有する培養物を、カゼイン存在下で遠心分離し、その非沈殿画分を回収することを特徴とするPS−PG1を持つ乳酸菌の分離方法である。
【0016】
更に本発明は、上記のPS−PG1を持つ乳酸菌の性質を用いたPS−PG1を持つ乳酸菌の判別方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明方法によれば、PS−PG1を持つ乳酸菌と持たない乳酸菌が混在した状態から、簡便かつ迅速にPS−PG1を持つ乳酸菌を分離、取得することができる。
【0018】
また、本発明方法を利用すれば、簡単にPS−PG1を持つ乳酸菌を分離、取得することが可能であるし、また、ある乳酸菌がPS−PG1を保有しているかどうかも容易に判別可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】遠心分離条件と、ラクトバチルス・カゼイ YIT 9029が存在する画分の関係を示す写真である。
【図2】塩化カルシウムの存在により、ラクトバチルス・カゼイ YIT 9029がより非沈殿画分(上清)に多くなることを示す図面である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明のPS−PG1を持つ乳酸菌の分離、取得方法は、カゼイン存在下で遠心分離し、その非沈殿画分である上清を回収することによってPS−PG1を持つ乳酸菌を分離、取得するものである。
【0021】
本発明において、カゼイン存在下での遠心分離とは、α−カゼイン、β−カゼインあるいはκ−カゼインを含む培地あるいはこれらカゼインの水溶液中において乳酸菌の遠心分離操作を行うことをいう。この場合、使用されるカゼイン濃度としては、0.01〜20%が好ましく、さらに好ましくは0.1〜10%であり、この量を含有する培地あるいは水溶液を好適に使用する事が出来る。また、本発明のカゼイン存在下での遠心分離とは、乳酸菌をカゼイン含有培地で培養後、培養液をそのまま遠心分離する場合だけでなく、乳酸菌を培養後、カゼイン含有培地あるいは水溶液に懸濁して遠心分離する場合も含む。
【0022】
使用されるカゼイン源としては、市販の牛乳由来カゼイン、牛乳、全粉乳、脱脂粉乳等を使用する事が出来るが、その中でも脱脂粉乳が好ましい。カゼイン源として脱脂粉乳を使用する場合、その培地中の濃度は、0.1〜20%が好ましく、さらに10%程度が好適である。
【0023】
乳酸菌を含有する培養物を遠心分離する際に使用される上記カゼイン含有培地の温度は、1〜40℃の間であれば良く、好ましくは、4℃〜37℃の間である。さらにpHについては、カゼインタンパク質の立体構造が大きく変化しない範囲において特に限定されないが、好ましくはpH3.7〜7、さらに好適にはpH5〜7である。
【0024】
本発明における、遠心分離の遠心力(相対遠心加速度)としては、800〜20400×gの間が好ましく、さらに2300〜9100×gが好適である。なお、この相対遠心加速度は以下の式で計算する事が出来る。
【0025】
相対遠心加速度(×g)=1118×A×B×10−8
A:回転半径(cm)
B:回転数(rpm)
【0026】
上記、遠心分離に用いる遠心分離装置は、適当な遠心力がかかるものであれば、特に限定されないが、一般的にはスイング型あるいはローター型のものが使用できる。
【0027】
なお、本発明のPS−PG1を持つ乳酸菌の分離、取得方法は、カゼインの他、更にカルシウム塩を加えることにより、効率良く実施することができる。すなわち、PS−PG1を持つ乳酸菌の遠心分離による沈殿をカゼイン単独より効率よく防止することができ、PS−PG1を持たない乳酸菌との分離効率を上げることが可能である。
【0028】
使用されるカルシウム塩としては、塩化カルシウム、硝酸カルシウム等が挙げられ、遠心分離の際の使用量は、カルシウムとして、1mM〜40mM程度が好ましい。
【0029】
本発明のPS−PG1を持つ乳酸菌の分離、取得方法は、上述のカゼイン存在下で遠心分離し、非沈殿画分である上清を回収する方法である。PS−PG1を持つ乳酸菌と持たない乳酸菌が混在しており、しかもPS−PG1を持つ乳酸菌が少ない場合は、遠心分離操作を複数回繰り返すことにより、PS−PG1を持つ乳酸菌を分離、取得することが出来る。
【0030】
更に、PS−PG1を持つ乳酸菌の判別方法は、乳酸菌を上述のカゼイン存在下で遠心分離して沈殿画分と非沈殿画分に分け、それぞれの画分中の乳酸菌の存在を調べることにより実施することができる。そして、約2300ないし14200×g程度の遠心分離により、非沈殿画分中に存在する乳酸菌が沈殿画分中に存在する乳酸菌の0.1倍以上、好ましくは1.0倍以上、さらに好ましくは10倍以上となる場合、当該乳酸菌はPS−PG1を持つと判別することができる。
【0031】
以上、PS−PG1を持つ乳酸菌の取得方法、分離方法、判別方法について説明してきたが、ここでいうPS−PG1を持つ乳酸菌としては、特に属、種に限定されるものでなく、いわゆる乳酸菌と呼ばれるものが含まれる。しかしながら、PS−PG1を持つ乳酸菌の代表的なものとしては、ラクトバチルス・カゼイ YIT 9029(FERM BP−1366)やYIT 9018(FERM BP−665)を挙げることができる。
【0032】
なお、本発明方法により、PS−PG1を持つ乳酸菌が取得でき、また、分離、判別できる理由は、不明な点もあるが、次のように考えられている。すなわち、カゼイン分子とPS−PG1は結合性が高く、このPS−PG1を有する乳酸菌は、カゼインを含有する培地中で、カゼインミセルに接着した状態にある。この結果、遠心分離処理によってもPS−PG1を有する乳酸菌は沈殿せず、カゼインミセルと共に上清に残存し、沈殿したPS−PG1を有さない乳酸菌と分離できるものと考えられる。このことは、PS−PG1を有さないラクトバチルス・カゼイは、5100×g、5分間の遠心で、ほぼすべてが沈殿することからも確認される。
【実施例】
【0033】
次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。
【0034】
実 施 例 1
PS−PG1を持つ乳酸菌の分離試験(1):
被験菌株として、同じ種に属するラクトバチルス・カゼイ YIT0180(上付Tは、その菌株がタイプストレインであることを示す。以下同じ。ATCC 3344)(PS−PG1を持たない)、およびラクトバチルス・カゼイ YIT9029(PS−PG1を持つ)を利用し、PS−PG1を持つ乳酸菌の分離が可能であるかどうか試験した。
【0035】
まず、乳酸菌の培養培地として、MRS培地(DIFCO)を用い、各被験菌株を種菌として、37℃で、15.5時間前培養した。得られた前培養20μlを、それぞれMRS培地1mlに加え、37℃で4時間本培養を行った。
【0036】
得られた培養液1μlを、ミルク培地(脱脂粉乳(四つ葉乳業製)10%溶液)50μlに懸濁し、37℃で30分間保温した後、懸濁液を5100×gで5分間遠心分離した。その後、遠心分離後の上清および沈殿について、それぞれの菌数をMRS寒天培地で菌数計測を行った。なお、比較として、ミルク培地に代え、MRS培地を用いて上記と同様に懸濁させ、遠心分離したものについても、菌数計測を行った。この結果を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
表1に示すように、カゼインを含有するミルク培地で懸濁、遠心分離した場合には、PS−PG1を持つYIT9029は、上清に10CFU存在するのに対し、YIT 0180は上清にほとんど検出されなかった。これに対し、MRS培地に懸濁、遠心分離した場合には、YIT9029およびYIT 0180はいずれも沈殿、上清のどちらの部分にも存在していた。
【0039】
このように、ミルク培地を用いて遠心分離し、上清中の生菌数や沈殿中の生菌数を測定することにより、PS−PG1を持つ乳酸菌かどうか判別することが可能であることが示された。
【0040】
実 施 例 2
PS−PG1を持つ乳酸菌の分離試験(2):
被験菌株として、同じ属に属し、PS−PG1を持たないことが知られている、ラクトバチルス・アシドフィラス YIT0070(ATCC 4356)、ラクトバチルス・カゼイ YIT 0180およびラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティス YIT2008(ATCC 19435)を用い、これらとPS−PG1を持っていることが知られているラクトバチルス・カゼイ YIT 9029が分離、判別可能であるかどうかを試験した。
【0041】
各被験菌株を、ミルク培地(脱脂粉乳(四つ葉乳業)10%溶液)中、37℃で4時間培養した(但し、YIT2008は、ミルク培地に0.2%ブドウ糖を添加したものを使用し、培養温度は30℃とした)。
【0042】
培養後、50mlの各培養液を2300×gで5分間遠心し、上清と沈殿に分け、更に沈殿は50mlの精製水に懸濁した。上清および懸濁液それぞれを精製水で1/10希釈したもの2.5mlをMRS平板培地に置き、37℃で2日間培養し、菌数を測定し、上清と沈殿でどちらに微生物が多いかどうか検討した。この結果を表2に示す。
【0043】
【表2】

【0044】
この結果、PS−PG1を持たないラクトバチルス・アシドフィラスYIT 0070、ラクトバチルス・カゼイ YIT 0180およびラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティス YIT2008は、ミルク培地で培養後、遠心分離による上清での分離菌数は沈殿よりも極めて少なく、難沈殿性を示さなかった。一方、PS−PG1を持つラクトバチルス・カゼイYIT 9029は、遠心分離によってもあまり沈殿せず、上清で分離する事が可能であることが示された。
【0045】
実 施 例 3
混合乳酸菌中からのPS−PG1を持つ乳酸菌の分離試験:
被験菌株として、ラクトバチルス・カゼイ YIT 0180のリファンピシン耐性株であるラクトバチルス・カゼイ YIT 0180Rif(100μg/mlのリファンピシン(シグマ社製)を含むMRS寒天培地に10CFU程度のYIT0180を塗沫し、37℃で3日培養後出現した耐性コロニーを単コロニー分離し、MRS培地で培養後さらに100μg/mlのリファンピシンに対する耐性を確認したもの。;ヤクルト本社中央研究所保存)およびラクトバチルス・カゼイ YIT9029のストレプトマイシン耐性株であるラクトバチルス・カゼイ YIT 9029Sm(100μg/mlの硫酸ストレプトマイシン(明治製菓社製)を含むMRS寒天培地に10CFU程度のYIT9029を塗沫し、37℃で3日培養後出現した耐性コロニーを単コロニー分離し、MRS培地で培養後さらに100μg/mlの硫酸ストレプトマイシンに対する耐性を確認したもの。;ヤクルト本社中央研究所保存)を下記表3の割合で混合して培養し、培養物中からラクトバチルス・カゼイ YIT9029Smを分離できるかどうか試験した。
【0046】
まず、各混合被験菌をMRS培地で37℃で、15.5時間前培養し、次いで、この前培養液20μlをMRS培地1mlに加え、37℃で4時間培養した。得られた、それぞれの培養液1μlを100μlミルク培地(脱脂粉乳10%溶液)に懸濁し、37℃で30分間保温した後、この懸濁液を5100×gで5分間遠心分離した。
【0047】
得られた上清または沈殿に含まれるそれぞれの菌数を、リファンピシン含有MRS寒天培地及びストレプトマイシン含有MRS培地でそれぞれの耐性菌の菌数計測を行うことにより求めた。この結果を表3に示す。
【0048】
【表3】

【0049】
表3から、YIT 0180Rif菌液とYIT 9029Sm菌液を1:1に混合した場合、遠心分離後の上清中のYIT9029Sm菌数はYIT 0180Rif菌数の約1000倍であり、PS−PG1を持つ乳酸菌を特異的に取得することができた。また、混合比が1:10−3のデータに示されるように、YIT 9029Sm菌数が全体の約1/1000であってもこの分離、取得効果が確認された。
【0050】
実 施 例 4
乳酸菌の分離に対する保温時間の影響:
ミルク培地における懸濁時間を5〜60分に変化させる以外は、実施例1と同様に培養、遠心分離を行い、ラクトバチルス・カゼイ YIT 9029の上清の菌数を調べた。その結果、保温時間が5分〜60分のいずれでも分離に影響が無いことが示された(表4)。
【0051】
【表4】

【0052】
実 施 例 5
乳酸菌の分離に対する保温温度の影響:
ミルク培地における懸濁温度を4〜37℃に変化させる以外は、実施例1と同様に培養、遠心分離を行い、ラクトバチルス・カゼイ YIT9029の上清の菌数を調べた。その結果、懸濁温度は4〜37℃のいずれでも分離に影響が無いことが示された(表5)。
【0053】
【表5】

【0054】
実 施 例 6
乳酸菌の分離に対する遠心分離条件の影響:
実施例1と同様に、MRS培地あるいはミルク培地を用いてラクトバチルス・カゼイ YIT 9029を37℃で4時間培養した。次いで、各培養液50μlを、それぞれ2300×g、5100×g、9100×g、14200×gおよび20400×gの遠心分離条件で5分間遠心し、上清と沈殿に分けた。
【0055】
沈殿は、50μlの精製水に懸濁させた後、上清はそのままで、10mM EDTAで1/10希釈し、それらの2.5μlをMRS平板培地に置き、37℃で2日間培養した。この結果を図1に示す。
【0056】
この結果から明らかなように、ミルク培地では、14200×gから、沈殿中にもラクトバチルス・カゼイ YIT 9029の存在が認められるものの、2300〜20400×gで遠心分離を行っても、沈殿画分よりも上清画分に多くの菌が存在していた。これに対し、MRS培地では、一貫して沈殿画分にほとんどの菌が存在していた。
【0057】
実 施 例 7
乳酸菌の分離に対する培地の影響:
被験菌株として、PS−PG1を持たないラクトバチルス・カゼイ YIT 0180と、PS−PG1を持つラクトバチルス・カゼイ YIT 9029を用い、培地の含有成分と乳酸菌の分離の関係を検討した。
【0058】
検討に用いた培地は、α−カゼイン、β−カゼインまたはN,N−ジメチルカゼイン(以上、いずれもSigma社製)を10mg/ml濃度で含有する水溶液、濃度10w/v%脱脂粉乳(四つ葉乳業)水溶液、牛乳(明治乳業)および豆乳(ヤクルト本社)を用いた。
【0059】
実験方法は、各被験菌株を実施例1と同様の方法で培養し、その培養液1μlを、50μlの上記各培地に加え、37℃で10分保温した。次いで、5分の遠心後(5100×g)、沈殿と上清をとりわけ、上清を450μlの、沈殿を500μlの精製水にそれぞれ加え、その1〜2μlをMRS寒天平板培地上に塗沫して37℃で培養し、菌数を判定した。この結果を表6に示す。
【0060】
【表6】

【0061】
この結果、培養した菌株を遠心する際の分散液として、α−カゼインまたはβ−カゼインを利用した培地や、脱脂粉乳または牛乳を培地とした時には、PS−PG1を持つYIT9029は難沈殿性を示したが、PS−PG1を持たないYIT 0180は沈殿することが明らかになった。一方、アミノ基がメチル化されたジメチルカゼインを利用した培地や、豆乳培地では、YIT 9029には難沈殿性が認められなかった。以上より、PS−PG1を持つ乳酸菌の分離は、カゼインタンパクを含む培地で実施できる事が明らかとなった。
【0062】
実 施 例 8
CaCl添加によるPS−PG1を持つ乳酸菌の難沈殿性の促進:
ラクトバチルス・カゼイ YIT 9029をMRS培地で4時間培養後、遠心で集菌した。一方、10mg/mlの濃度でαーカゼインまたはβ−カゼインを含む水溶液並びにα−カゼインおよびβ−カゼインをそれぞれ5mg/mlで含む水溶液と、更にこれら各水溶液にCaClを1mMとなるよう加えた水溶液の6つの水溶液を調製した。
【0063】
これらの各水溶液に、前記の集菌した微生物を入れ、37℃で30分保温後、5100×gで5分間遠心し、沈殿と上清を分離し、それぞれに精製水を加え等量とした。その後、MRS平板培地を用い、沈殿と上清中の生菌の存在状況を調べた。この結果を図2に示す。
【0064】
図2から明らかなように、CaCl添加によってカゼインのPS−PG1を持つ乳酸菌の難沈殿効果が促進されていた。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明のPS−PG1を持つ乳酸菌の取得方法によれば、乳酸菌群中から、PS−PG1を保有する乳酸菌のみを簡単に分離、取得することができ、種々の生理活性作用を有する新しいタイプのヨーグルトや乳酸菌飲料の開発に有用である。
【0066】
また、PS−PG1を持つ乳酸菌の判別方法によれば、細菌中に存在するPS−PG1の生化学的分析、細菌のRNAやDNAの分離操作や遺伝学的分析操作を必要とせず、乳酸菌がPS−PG1を持つかどうかを簡便、迅速に判別することが可能となるので、乳酸菌の研究に大きく資するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸菌を含有する培養物をカゼイン存在下で遠心分離し、その非沈殿画分を回収することを特徴とする多糖−ペプチドグリカン複合体1を持つ乳酸菌の取得方法。
【請求項2】
更に、カルシウム塩も存在させる請求項1記載の多糖−ペプチドグリカン複合体1を持つ乳酸菌の取得方法。
【請求項3】
乳酸菌がラクトバチルス・カゼイである請求項1または2のいずれかの項記載の多糖−ペプチドグリカン複合体1を持つ乳酸菌の取得方法。
【請求項4】
乳酸菌がラクトバチルス・カゼイ YIT 9029(FERM BP−1366)である請求項1ないし3のいずれかの項記載の多糖−ペプチドグリカン複合体1を持つ乳酸菌の取得方法。
【請求項5】
乳酸菌を含有する培養物をカゼイン存在下で遠心分離し、その非沈殿画分を回収することを特徴とする多糖−ペプチドグリカン複合体1を持つ乳酸菌の分離方法。
【請求項6】
更に、カルシウム塩も存在させる請求項5記載の多糖−ペプチドグリカン複合体1を持つ乳酸菌の分離方法。
【請求項7】
乳酸菌がラクトバチルス・カゼイである請求項5または6のいずれかの項記載の多糖−ペプチドグリカン複合体1を持つ乳酸菌の分離方法。
【請求項8】
乳酸菌を含有する培養物をカゼイン存在下で遠心分離して沈殿画分と非沈殿画分に分け、それぞれの画分中の乳酸菌の存在を調べ、非沈殿画分中に存在する乳酸菌が沈殿画分中に存在する乳酸菌の1.0倍以上である場合、当該乳酸菌が多糖−ペプチドグリカン複合体1を持つと判別することを特徴とする多糖−ペプチドグリカン複合体1を持つ乳酸菌の判別方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−193730(P2011−193730A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−60263(P2010−60263)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(000006884)株式会社ヤクルト本社 (132)
【Fターム(参考)】