説明

天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤

【解決手段】ヒシ(Trapa Japonica)の果皮を、水、メタノール、エタノール、及びこれらの任意の2以上の混合溶媒等の溶媒を用いて溶媒抽出して得られる抽出物を有効成分として含む天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤を提供する。
【効果】安全性が高く、入手が容易な天然原料から製造可能で、高いα−グルコシダーゼ阻害活性を有するα−グルコシダーゼ阻害剤、それを用いた医薬組成物、食品、健康食品及び飼料を提供することが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α−グルコシダーゼ阻害剤に係り、更に詳細には安全性が高く、入手が容易な原料から製造可能で、高いα−グルコシダーゼ阻害活性を有する天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は、インスリン供給低下または作用不足による慢性高血糖を特徴とし、種々の代謝異常を伴う疾病群である。重症化すると、昏睡から最悪の場合死亡に至ることもあり、代謝異常が長期間持続すると、タンパク質の糖化が引き金となって細胞内酸化ストレス物質の産生が亢進し、網膜、腎、神経に特有の合併症や、動脈硬化を引き起こす。生活習慣病の1つである糖尿病患者は近年増加傾向にあり、その予備軍も含めると国民の約10人に1人である約1370万人にものぼると推計されている(厚生労働省平成9年度糖尿病実態調査)。
【0003】
糖尿病の治療は、食事療法、運動療法、薬物療法によって血糖値をコントロールすることにより行われる。糖尿病の経口剤には、スルホニルウレア(SU)剤、ビグアナイド(BG)剤、インスリン抵抗剤、α−グルコシダーゼ阻害剤等がある。このうちα−グルコシダーゼ阻害剤は、小腸粘膜微絨毛に存在するマルターゼやスクラーゼ等の糖質加水分解酵素を競合的に阻害し、腸管内における糖質の吸収を遅延させる薬剤である。既にアカルボースやボグリボース等のα−グルコシダーゼ阻害剤が、臨床で使用されている。α−グルコシダーゼ阻害剤には、食後の著しい血糖上昇を抑制するとともに、血糖日内変動幅を小さくする効果があり、さらには、インスリン依存型糖尿病患者にも適応可能であると考えられている(非特許文献1参照)。アカルボースは、放線菌Actinoplanes strain SE 50の培養液から見出され、ボグリボースは、放線菌Streptomyces hygroscopicus sub sp. Limoneusの培養液から発見された(特許文献1参照)。
これらの医薬品に代わるものとして、植物中に存在するα−グルコシダーゼ阻害作用を有する物質の報告がある。例えば、特許文献2には、ユリ科ツクバネソウ属植物の粉末及び/又は抽出物からなる糖尿病の予防及び治療剤が開示されている。特許文献3には、栗皮抽出物を含有することを特徴とするα−グルコシダーゼ阻害剤及びそれを含有する食品が開示されている。特許文献4には、クリ渋皮をエタノール又はエタノール溶液を用いて抽出することによって得られる糖質分解酵素阻害物質が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−67271号公報
【特許文献2】特開2003−81858号公報
【特許文献3】特開2006−1872号公報
【特許文献4】特表2008−512345号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】太田眞夫著、「糖尿病の治療における最近の進歩」、日本医科大学雑誌、日本医科大学医学会、1999年6月、第66巻、第3号、p.195−198
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2記載のユリ科ツクバネソウ属植物の粉末及び/又は抽出物からなる糖尿病の予防及び治療剤に用いられるユリ科ツクバネソウ属に属する植物の具体例として例示されている蚤休(Paris polyphylla)、重楼(Palis petiolata)及び王孫(Paris tetraphylla)等は、いずれも我が国において容易に入手できるものではない。また、特許文献3記載のα−グルコシダーゼ阻害剤及び特許文献4記載の糖質分解酵素阻害物質の原料であるクリの果皮(鬼皮及び渋皮)は食経験に乏しく、その含有成分について十分な安全性が立証されていない。また、栗は生育に時間がかかり、原料となる渋皮を大量に確保するのも困難である。
【0007】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、安全性が高く、入手が容易な原料から製造可能で、高いα−グルコシダーゼ阻害活性を有する天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、ヒシの果皮を溶媒抽出して得られる抽出物(ヒシの果皮の溶媒抽出物)が高い天然物由来α−グルコシダーゼ阻害活性を示すことを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0009】
かくして、前記目的に沿う本発明の第1の態様は、ヒシ(Trapa Japonica)の果皮を溶媒抽出して得られる抽出物を有効成分として含むことを特徴とする天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤を提供することにより上記課題を解決するものである。
ヒシ(Trapa Japonica)は日本全国及びアジア一帯の池や沼に広く自生する一年草であるため、入手が容易であると共に、1年で収穫できるため安定的な大量供給が可能である。また、その実はデンプンを多く含み、古くから食用に供されてきた上、滋養強壮や健胃作用があるとされ、薬膳、漢方薬及び健康茶としている。このように、ヒシは食経験が豊富であり、人体に対する安全性が実証されている。したがって、本発明により提供されるα−グルコシダーゼ阻害剤は、大量かつ安価に製造可能で、人体に対する安全性が高く、高いα−グルコシダーゼ阻害活性を有する。
【0010】
本発明の第1の態様に係る天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤において、抽出溶媒が、水、メタノール、エタノール、及びこれらの任意の2以上の混合溶媒であることが好ましい。
これらの溶媒は、α−グルコシダーゼ阻害剤の抽出効率が高い上に、安価であり、しかも環境負荷及び人体に対する毒性が比較的小さいため、取り扱いや廃液の処理において多大な労力を要しない。
【0011】
本発明の第1の態様に係る天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤は、1又は複数の加水分解型タンニンを主成分とするものであってもよい。
ヒシの果皮の溶媒抽出物は多くの加水分解型タンニンを含んでおり、特にヒシの果皮を溶媒抽出して得られるものは高いα−グルコシダーゼ活性を示す。また、縮合型タンニンを主成分とする栗渋果皮由来の糖質分解酵素阻害物質とは異なり、かつそれよりも高いα−グルコシダーゼ阻害活性を有している。
【0012】
本発明の第2の態様は、本発明の第1の態様に係る天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤の1又は複数を含むことを特徴とする医薬組成物を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0013】
本発明の第3の態様は、本発明の第1の態様に係る天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤の1又は複数を含むことを特徴とする食品を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0014】
本発明の第4の態様は、本発明の第1の態様に係る天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤の1又は複数を含むことを特徴とする飼料を提供することにより上記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、大量かつ安価に製造可能で、人体に対する安全性が高く、高いα−グルコシダーゼ阻害活性を有する天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤が提供される。また、本発明によると、安全性が高く、高い糖尿病の予防効果及び血糖降下作用を有し、糖尿病の予防や高血糖状態の緩和等に好適に用いられる食品、健康食品、サプリメント及び医薬組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】ヒシの果皮及びクリの果皮の熱水抽出物の濃度とα−グルコシダーゼ阻害効率との関係を示すグラフである。
【図2】架橋ポリスチレンカラムを用いて分画したヒシの果皮の熱水抽出物の蒸留水、50%メタノール水溶液、メタノール画分のα−グルコシダーゼの阻害効率を比較した結果を示すグラフである。
【図3】種々の抽出溶媒を用いて得られたヒシ及びクリの果皮の溶媒抽出物におけるα−グルコシダーゼの阻害効率を比較した結果を示すグラフである。
【図4】ヒシの果皮の熱水抽出物の50%メタノール水溶液画分の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析により得られたクロマトグラムである。
【図5】ヒシの果皮の熱水抽出物の50%メタノール水溶液画分を酸加水分解した生成物のHPLC分析により得られたクロマトグラム(UV)である。
【図6】ヒシの果皮の熱水抽出物の50%メタノール水溶液画分を酸加水分解した生成物のHPLC分析により得られたクロマトグラム(RI)である。
【図7】ヒシの果皮の熱水抽出物の酸加水分解物のHPLC分析により得られたクロマトグラム(PDA、Maxplot法)である。
【図8】クリの果皮の熱水抽出物の酸加水分解物のHPLC分析により得られたクロマトグラム(PDA、Maxplot法)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
続いて、本発明を具体化した実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。
本発明の一実施の形態に係る天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤は、ヒシ(Trapa Japonica)の果皮を溶媒抽出して得られる抽出物(ヒシの果皮の溶媒抽出物)を有効成分として含んでいる。ヒシの果皮は、生の実から採取したもの、採取後乾燥したもの、乾燥した実から採取したもののいずれであってもよく、抽出効率を向上させるために、溶媒抽出の前に任意の方法を用いて破砕又は粉砕等の前処理を行ってもよい。
【0018】
溶媒抽出に用いる溶媒としては、水及び常温で液体である任意の溶液溶媒及びこれらの任意の2以上を任意の割合で混合した混合溶媒を用いることができるが、好ましい抽出溶媒は、水、メタノール、エタノール及びこれらの任意の2以上を任意の割合で混合した混合溶媒であり、特に好ましい抽出溶媒は、水、食品添加物として認められている有機溶媒であるエタノール及びこれらを任意の割合で混合した混合溶媒である。或いは、水、二酸化炭素等の超臨界流体(SCF)を用いることもできる。
【0019】
抽出溶媒として水及び水と他の溶媒との混合溶媒を用いる場合には、抽出効率を向上させるために、必要に応じて、酸、塩基、塩等を適宜含んでいてもよい。抽出に用いる水の温度及びpHについては特に制限はないが、pHについては、生体への使用を考慮して中性付近、より具体的にはpH4〜9であることが好ましく、6〜8であることがより好ましい。必要に応じて、抽出効率を向上させるために、加熱した抽出溶媒を用いてもよい。
【0020】
溶媒抽出は任意の公知の方法により行うことができ、例えば、ヒシの果皮を溶媒中で所定時間混合後、ろ過、遠心分離、デカンテーション等により固形分と分離する方法、ソックスレー抽出法等の連続抽出法等の方法を用いることができる。
【0021】
ヒシの果皮の溶媒抽出物は、抽出液のままの状態で用いてもよいが、凍結乾燥法又はスプレードライ法によって粉末化したものを用いてもよい。いずれの場合においても、必要に応じて、高分子量成分や不溶分等を除去するために、透析、限外ろ過、ろ過、カラムクロマトグラフィー等による前処理を行ってもよい。或いは、逆相クロマトグラフィー、イオンクロマトグラフィー等によりα−グルコシダーゼ阻害活性の高い画分を分画してもよい。
【0022】
このようにして得られる天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤は、α−グルコシダーゼの活性を阻害する作用を有している。α−グルコシダーゼは、糖のα−グリコシド結合を加水分解する反応を触媒する酵素であり、マルトースのα−グリコシド結合を加水分解して2分子のグルコースを産生するマルターゼ(EC 3.2.0.20)、糖鎖の非還元末端の1,4−αグリコシド結合を分解してブドウ糖を産生するグルコアミラーゼ(EC 3.2.1.3)、スクロースのα−グリコシド結合を加水分解してグルコース及びフルクトースを生成するスクラーゼ(EC 3.2.0.48)、及びイソマルトースのα−グリコシド結合を加水分解して3分子のグルコースを産生するイソマルターゼ(EC 3.2.0.10)に大別される。α−グルコシダーゼ阻害剤は、これらのいずれに対しても高い阻害活性を有している。
【0023】
ろ過により不溶分等を除去する場合には、必要に応じて、不純物を除去するために活性炭、ベントナイト、セライト等の吸着剤やろ過助剤を添加してもよい。特に抽出液の状態で用いる場合には、メンブレンフィルター等による除菌ろ過を併せて行うことが好ましい。
【0024】
天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤を担体等と混合することにより、糖尿病及びそれに関連する疾患及び症状に対する治療効果及び予防効果の一方又は双方を有する医薬組成物として用いることができる。医薬組成物のヒト或いは動物に対する投与形態としては、経口、経直腸、非経口(例えば、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与など)等が挙げられ、投与量は、医薬組成物の製剤形態、投与方法、使用目的及びこれに適用される投与対象の年齢、体重、症状によって適宜設定され一義的に決定することは困難であるが、ヒトの場合、一般には製剤中に含有される有効成分の量で、好ましくは成人1日当り0.1〜2000mg/日である。もちろん投与量は、種々の条件によって変動するので、上記投与量より少ない量で十分な場合もあるし、或いは上記範囲を超えて必要な場合もある。
【0025】
経口投与製剤として調製する場合は、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、コーティング剤、液剤、懸濁剤等の形態に調製でき、非経口投与製剤にする場合には、注射剤、点滴剤、座薬等の形態に調製することができる。製剤化には、任意の公知の方法を用いることができる。例えば、α−グルコシダーゼ阻害剤と、製薬学的に許容し得る担体又は希釈剤、安定剤、及びその他の所望の添加剤を配合して、上記の所望の剤形とすることができる。
【0026】
天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤を含む食品としては、天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤を食品に配合したもの、或いは、カプセル、錠剤等、食品又は健康食品に通常用いられる任意の形態をとることができる。配合される食品の種類に特に制限はなく、例えば、コーヒー、果汁、清涼飲料水、ビール、牛乳、味噌汁、スープ、紅茶、茶、栄養剤、シロップ、マーガリン、ジャム等の液状(流動状)食品、米飯、
パン、じゃがいも製品、もち、飴、チョコレート、ふりかけ、ハム、ソーセージ、キャンディーなどの固形形状食品等の主食、副食、菓子類ならびに調味料に配合することも可能である。用途に応じて、粉末、顆粒、錠剤等の形に成形してもよい。また、必要に応じて、賦形剤、増量剤、結合剤、増粘剤、乳化剤、着色料、香料、食品添加物、調味料等と適宜混合してもよい。
【0027】
また、ヒトの消費に供する食品以外にも、天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤を飼料中に混合して、家畜、ペット等の動物に投与する場合には、予め飼料の原料中に混合して、機能性を付与した飼料として調製することができる。また、天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤を飼料に添加して投与することもできる。すなわち、天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤を有効成分として含む食品は、ブタ、ニワトリ、ウシ、ウマ、ヒツジ等の家畜や、魚類、ペット(イヌ、ネコ、鳥類)等の飼料に添加することにより、安全で、糖尿病及びそれに関連する疾患及び症状の治療効果及び予防効果の一方又は双方を有する機能性飼料として用いることができる。
【実施例】
【0028】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。
なお本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(1)ヒシの果皮の熱水抽出物の調製
凍結乾燥したヒシの実から採取後粉砕したヒシの果皮1重量部に純水20重量部を加え、5分間超音波処理を行った。その後95℃で1時間撹拌し、抽出を行った。遠心分離により上清を回収後、不溶分に更に純水10重量部を加え再度遠心分離により上清を回収した。ひとまとめにした上清を凍結乾燥し、熱水抽出物の凍結乾燥粉末を得た。
【0029】
(2)ヒシの果皮の冷水抽出物の調製
凍結乾燥したヒシの実から採取後粉砕したヒシの果皮1重量部に純水20重量部を加え、5分間超音波処理を行った。その後4℃で一晩撹拌し、抽出を行った。遠心分離により上清を回収後、不溶分に更に純水10重量部を加え再度遠心分離により上清を回収した。ひとまとめにした上清を凍結乾燥し、冷水抽出物の凍結乾燥粉末を得た。
【0030】
(3)ヒシの果皮のエタノール抽出液の調製
凍結乾燥したヒシの実から採取後粉砕したヒシの果皮1重量部にエタノール20重量部を加え、5分間超音波処理を行った。その後室温で1時間撹拌し、抽出を行った。遠心分離により上清を回収後、不溶分に更にエタノール10重量部を加え再度遠心分離により上清を回収した。ひとまとめにした上清をエタノール抽出液とした(以下、「ヒシの果皮のエタノール抽出物」と呼ぶ)。
【0031】
(4)α−グルコシダーゼ阻害効率の測定
ラット小腸アセトン粉末(シグマ社製)に10倍量の0.1Mマレイン酸バッファー(pH6.0)を加え、氷中でホモジナイズした。これを4℃で遠心分離(3000rpm 10分)した上清を、0.1Mマレイン酸バッファー(pH6.0)で5倍希釈したものを酵素液とした。酵素液100μlに対し、マルトース10mg/ml、及び上記(1)で調製したヒシの果皮の熱水抽出物又は上記(2)で調製したヒシの果皮の冷水抽出物を0.25、0.5、1mg/mlになるように加え、全量を200μlとした。対照試料として、抽出物の代わりに蒸留水用いた。また、上記(3)で調製したヒシの果皮のエタノール抽出物については、10%容量となるように加え、対照試料としてエタノールを用いた。これらの混合液を37℃で60分間保温したのち、100℃で10分間処理することによって反応を停止した。尚、酵素溶液をあらかじめ100℃で10分間処理することで失活させたものに変更して同様に反応を行い、試験試料及び対照試料のブランクとした。
【0032】
生成したグルコースを測定して、下式により、α−グルコシダーゼに対する阻害効率(%)を算出した。グルコースの生成量は、定量HPLCにより(カラム:YMC−pac PA3、溶離液:70%アセトニトリル−水)測定した。
【0033】
阻害効率(%)=100−{(A−Ab)/(B−Bb)}×100
ただし、式中のA、Ab、B、Bbは、それぞれ;
A:ヒシの果皮の抽出物を含む反応系におけるグルコース生成量
Ab:ヒシの果皮の抽出物を含む反応系(ブランク)におけるグルコース量
B:対照試料の反応系におけるグルコース生成量
Bb:対照試料の反応系(ブランク)におけるグルコース量
を表す。
【0034】
比較例として、(1)〜(3)記載の方法と同様にクリの果皮を溶媒抽出した熱水抽出物、冷水抽出物及びエタノール抽出物についても、同様にα−グルコシダーゼ阻害活性を測定した。
【0035】
(5)架橋ポリスチレンカラムを用いた分画
架橋ポリスチレンカラム(三菱化学製ダイアイオンHP−20)に、上記(1)で調製したヒシの果皮の熱水抽出物を吸着させ、溶離液として、蒸留水、50%メタノール水溶液、メタノールを用い、それぞれの溶出分に分画した。それぞれの画分について、上記(2)に記載の方法を用いてα−グルコシダーゼの阻害効率を測定した。
【0036】
上記(4)及び(5)の結果は、下記のとおりであった。
ヒシの果皮及びクリの果皮の熱水抽出物の濃度とα−グルコシダーゼの阻害効率(以下、「阻害効率」と略称する場合がある。)との関係を図1に示す。全体的な傾向として、ヒシの果皮の熱水抽出物の方が高い阻害効率を示し、特に濃度が低い場合には、その差が顕著であるという結果が得られた。この結果は、ヒシの果皮の熱水抽出物が、従来知られているクリの果皮の抽出物よりも高いα−グルコシダーゼ阻害活性を有することを示すものである。
【0037】
架橋ポリスチレンカラムを用いて分画したヒシの果皮の熱水抽出物の蒸留水、50%メタノール水溶液、メタノール画分について、上記(4)記載の方法を用いてα−グルコシダーゼの阻害効率を求めた。各画分の阻害効率の和が100となるよう規格化した結果を図2に示す。50%メタノール水溶液画分が最も高い阻害効率を示すことが確認された。
【0038】
種々の抽出溶媒を用いて得られたヒシ及びクリの果皮の溶媒抽出物におけるα−グルコシダーゼの阻害効率を比較した結果を図3に示す。いずれの抽出溶媒についても、ヒシの果皮の溶媒抽出物の方が、クリの果皮の溶媒抽出物よりも高い阻害効率を示すことが確認された。
【0039】
上記(5)において得られたヒシの果皮の熱水抽出物の各画分のうち、最も高い阻害効率を示した50%メタノール水溶液画分の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析(カラム:YMC J‘sphere ODS−H80、溶離液:0.1%TFA含有水−アセトニトリル グラジェント(グラジェント条件:表1参照)、検出器:UV検出器(280nm))により得られたクロマトグラムを図4に示す。この結果より、ヒシの果皮の熱水抽出物に含まれるα−グルコシダーゼ阻害活性を有する成分は、280nm付近に強い吸収を有する多数の化合物からなる混合物であると推定される。また、フォトダイオードアレイ(PDA)検出器を用いた多波長分析の結果、280nm付近以外には強い吸収帯が認められなかった。この結果から、α−グルコシダーゼ阻害活性を有する成分の候補としてタンニン類が考えられる。
【0040】
【表1】

【0041】
そこで、50%メタノール水溶液画分を酸性条件下で加水分解(0.5M HCl中100℃で4時間加熱)した加水分解物について、HPLC分析を行った。図5に、UV検出器(280nm)を用いて得られたクロマトグラムを(カラム:カラム:YMC J‘sphere ODS−H80、溶離液:0.1%TFA含有水−アセトニトリル グラジェント(グラジェント条件:表1参照)、図6に示差屈折率(RI)検出器を用いて得られたクロマトグラム(カラム:YMC−pac PA3、溶離液:70%アセトニトリル−水)を示す。図5において明らかなように、加水分解後の試料において、保持時間6.5分付近に、加水分解前の試料においては観測されない強いピークが観測された。標品を用いたクロマトグラムとの比較より、このピークが没食子酸に由来するものであることが確認された。また、図6において、加水分解後の試料では、保持時間8分付近に新たなピークが観測されたが、これはグルコースに由来するものであることが確認された。これらの結果より、ヒシの果皮の熱水抽出物の50%メタノール水溶液画分に含まれる活性成分は、加水分解型タンニン(ガロタンニン)を多く含む混合物であることが示唆される。
【0042】
ヒシの果皮及びクリの果皮の熱水抽出物の酸加水分解物のHPLC分析(カラム:カラム:YMC J‘sphere ODS−H80、溶離液:0.1%TFA含有水−アセトニトリル グラジェント(グラジェント条件:表2参照)、検出器:PDA検出器(200〜600nm)、Maxplot法)により得られたクロマトグラムを、図7及び図8に示す。
【0043】
【表2】

【0044】
この結果から、ヒシの果皮の熱水抽出物は、縮合型タンニンを主成分とすることが知られている栗の果皮の熱水抽出物とは異なるものであることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、糖尿病の予防効果及び血糖降下作用を有し、糖尿病の予防や高血糖状態の緩和等に好適に用いられる食品、健康食品、サプリメント及び医薬組成物の製造等に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒシ(Trapa Japonica)の果皮を溶媒抽出して得られる抽出物を有効成分として含むことを特徴とする天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項2】
抽出溶媒が、水、メタノール、エタノール、及びこれらの任意の2以上の混合溶媒であることを特徴とする請求項1記載の天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項3】
1又は複数の加水分解型タンニンを主成分とすることを特徴とする請求項1及び2のいずれか1項記載の天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項記載の天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤の1又は複数を含むことを特徴とする医薬組成物。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか1項記載の天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤の1又は複数を含むことを特徴とする食品。
【請求項6】
請求項1から3のいずれか1項記載の天然物由来α−グルコシダーゼ阻害剤の1又は複数を含むことを特徴とする飼料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−202580(P2010−202580A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−49946(P2009−49946)
【出願日】平成21年3月3日(2009.3.3)
【出願人】(591065549)福岡県 (121)
【Fターム(参考)】