説明

嫌気的条件下での芳香族炭化水素分解能を有する新規菌株及びその用途

【課題】 揮発性芳香族炭化水素により汚染された環境を迅速に浄化する手段を提供する。
【解決手段】 揮発性芳香族炭化水素分解能を有するアゾアーカス属に属する新規な微生物及びそれを用いた環境の浄化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は嫌気的条件下での芳香族炭化水素分解能を有する微生物及びそれを用いた環境の浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油による土壌や海洋、地下水等の環境汚染は、近年特に増大している。石油成分は生物に対する毒性を有するため、製油工場からの漏出、タンカー座礁等により環境中へ石油が流出すると、人間のみならず、動物や魚、鳥、海草、貝類等の生物に対して悪影響を及ぼす。特に、石油成分の中でもベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレンに代表される揮発性芳香族炭化水素類は毒性が高く、また、揮発性を有するゆえに大気から拡散するとともに、若干の水溶性を有するために、地下水からの拡散の危険性もあり、大きな問題となっている。また、塗料工場等から排出される排水には原材料として使用される揮発性芳香族炭化水素類が多量に含有されており、その処理も大きな問題となっている。
【0003】
実際の汚染環境における処理現場では、これまで、揮発性芳香族炭化水素を機械的に揮発させ、回収する方法が主として用いられてきたが、コストが高い、あるいは回収された炭化水素を何らかの方法で再度処理しなければならない等の問題点があり、有効な手段ではなかった。これに対して、近年、微生物を利用した環境修復、いわゆるバイオレメディエーションの適用が論じられるようになってきた。これまでに数多くの揮発性芳香族炭化水素分解菌が単離され、その分解機構が解析されて来た。これらの多くは好気性菌で、揮発性芳香族炭化水素分解には酸素を必要とする。実際の汚染現場では、初期にこれらの好気性菌が汚染物質を分解することで酸素が消費され、このため嫌気になることが多い。揮発性芳香族炭化水素分解嫌気性菌の単離数は好気性菌に比べ少なく、特に嫌気ベンゼン分解菌が単離された例は今までに1件報告があるだけである(非特許文献1、2)。このため、バイオレメディエーションあるいは排水処理の過程で高い嫌気芳香族炭化水素分解能を有する微生物の開発が待たれていた。
【0004】
【非特許文献1】Coates, J.D., Chakraborty, R., Lack, J.G., O'Connor, S.M., Cole, K.A., Bender, K.S., Achenbach, L.A. (2001) Anaerobic benzene oxidation coupled to nitrate reduction in pure culture by two strains of Dechloromonas. Nature 411: 1039-1043
【非特許文献2】Chakraborty, R., Coates, J.D. (2005) Hydroxylation and carboxylation -- Two crucial steps of anaerobic benzene degradation by Dechloromonas strain RCB Appl. Environ. Microbiol. 71: 5427-5432.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、嫌気的条件下での芳香族炭化水素分解能を有する微生物を利用し、揮発性芳香族炭化水素により汚染された嫌気環境を迅速に浄化する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するため、安定同位体[13C]で標識したベンゼンをガソリン汚染地下水に添加して嫌気的に培養した。ベンゼン分解菌の核酸は13C標識ベンゼン由来の重い炭素[13C]を取り込むので、ベンゼンを分解しない細菌の核酸より比重が大きくなるため、ベンゼン分解菌と非分解菌の核酸を物理的に分けることができる。ベンゼン分解菌の核酸を解析した結果、ベンゼン分解に伴って菌数が増加する菌株を見いだし、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(4)を提供するものである。
【0008】
(1)嫌気的条件下で芳香族炭化水素を分解する能力を有するアゾアーカス属に属する微生物。
【0009】
(2)ベンゼンを単一炭素源として生育可能であり、かつ、ベンゼンを嫌気的条件下で分解可能な(1)に記載の微生物。
【0010】
(3)16S rRNAに対応するDNAの塩基配列が、配列番号1又は配列番号2に記載の塩基配列と90%以上相同である(1)又は(2)に記載の微生物。
【0011】
(4)(1)乃至(3)のいずれかに記載の微生物で、揮発性芳香族炭化水素により汚染された環境を浄化することを特徴とする環境の浄化方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、揮発性芳香族炭化水素分解能を有する新規な微生物を提供する。この微生物によりベンゼン等の揮発性芳香族炭化水素で汚染された嫌気環境を効率的に浄化処理することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明の微生物は、アゾアーカス(Azoarcus)属に属し、嫌気的条件下で揮発性芳香族炭化水素を分解する能力を有するものである。本発明の微生物には、揮発性芳香族炭化水素、例えば、ベンゼンを単一炭素源として生育可能であり、かつ、ベンゼンを嫌気的条件下で分解可能な微生物が含まれる。このような微生物としては、本発明者により単離されたDN11株、AN9株などを例示することができる。
【0015】
これらの菌株は、ガソリンにより汚染された地下水からベンゼン分解能を持つ微生物を単離すると同時に、土壌中で優占化していると考えられる微生物をDGGE法を用いることにより遺伝子レベルで解析し、DGGE法で得られた遺伝子配列と99%以上の相同性を持つ微生物を単離された微生物から選抜することで得られた新規な菌株である。
【0016】
これらの菌株の16S rRNAをコードするDNAの塩基配列の一部を決定し、NCBIのプログラム BLAST (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)により同定を行った。その結果、これらの菌株は、アゾアーカス属に属することが判明した。しかし、アゾアーカスに属する公知の菌株とは嫌気的条件下でのベンゼン分解能において異なる性質を示すことから、これらの菌株を新菌種と認め、アゾアーカス・エスピーDN11株(Azoarcus sp. DN11株)、アゾアーカス・エスピーAN9株(Azoarcus sp. AN9株)と命名した。
【0017】
アゾアーカス・エスピーDN11株(以下、「DN11株」という)、アゾアーカス・エスピーAN9株(以下、「AN9株」という)は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに以下の受託番号で寄託されている。
【0018】
アゾアーカス・エスピーDN11株:NITE P-153(寄託日:2005年11月17日、識別の表示:DN11)
アゾアーカス・エスピーAN9株:NITE P-152(寄託日:2005年11月17日、識別の表示:AN9)
DN11株及びAN9株の菌学的性質を以下に示す。
【0019】
A. 形態学的性質
形態的にはDN11株、AN9株ともにほぼ共通であり、細胞の形は桿菌で鞭毛を持たない。dCGY培地(0.05% casamino acid, 0.01% yeast extract, 0.05% glycerol)を用いて寒天プレートにより培養した場合、コロニーの色は無色から薄い黄色で、透明度がある。さらに、両菌株の基質特異性は表1のとおりである。
【0020】
【表1】

【0021】
B. 16S rRNAに対応するDNA(以下、「16S rRNA遺伝子」という)の塩基配列
DN11株、AN9株の16S rRNA遺伝子の塩基配列を、それぞれ配列番号1、配列番号2に示す。
【0022】
なお、塩基配列の決定は、Current Protocols in Molecular Biology (eds.)( Greene Publishing Associates and Wiley-Interscience, N.Y.(1987) ) に準じて行った。DNAのシーケンスはautomated DNA sequencer (ABI 3730; Perkin Elmer, Inc., USA)を用いて行った。
【0023】
本発明の微生物には、DN11株、AN9株のほか、これらの菌株と一定の類似性を示す微生物も含まれる。一定の類似性を示す微生物とは、例えば、微生物の分類に利用されている16S rRNA遺伝子の塩基配列が、上記2菌株と類似している微生物をいう。具体的には、16S rRNA遺伝子の塩基配列が配列番号1又は配列番号2に記載の塩基配列と90%以上、好ましくは97%以上相同である微生物が、上記菌株と一定の類似性を示す微生物に含まれる。
【0024】
このような上記菌株と一定の類似性を示す微生物は、揮発性芳香族炭化水素により汚染された地下水などから配列番号1〜2に記載の塩基配列を指標として単離してくることができる。
【0025】
本発明の微生物を増殖させるには、通常の培養法が挙げられる。培養は、嫌気的あるいは好気的条件で行うことができる。有機物、無機塩、窒素源、その他栄養源を含むBSM培地等に本発明の微生物を接種し、例えば静置培養法、振とう培養法などにより培養を行う。
【0026】
上記培養における温度条件は、使用する微生物の生育温度の範囲、好ましくは最適生育温度の範囲に設定する。例えば20〜30℃、好ましくは25℃に設定することができる。なお、培地のpHは、6.5〜7.5の範囲に設定すればよい。
【0027】
無機塩として培地に添加する物質としては、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、その他必要に応じて微量金属塩が挙げられる。また、窒素源としては、本発明の微生物が資化し得るものであればよく、例えば、ペプトン、カシトン、尿素、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、各種アミノ酸などが挙げられる。これらの窒素源は1種でもよく、2種以上を適宜組み合わせても良い。さらに、本発明の微生物の増殖を促進するための栄養源として、ビタミンなどを適量添加しても良い。
【0028】
培養時間は、栄養源の量や種類により異なるが、通常7日以上、好ましくは3〜14日間である。
【0029】
本発明の微生物は、揮発性芳香族炭化水素に汚染された嫌気環境の浄化に利用することができる。ここでいう「環境」には、土壌、海洋、地下水のほか、排水なども含まれる。環境の浄化は、上記条件で培養した微生物の培養液、あるいは、微生物を凍結乾燥処理した乾燥粉末を汚染環境に散布することにより行われる。この際、乾燥粉末と増殖を補助する無機塩類を混合・造粒し、粉末状及び顆粒状等に製剤化したものを汚染環境に散布しても良い。処理に用いる微生物の量は、土壌及び海水の汚染状況等に応じ、任意に定めることができるが、通常、汚染地下水1m3あるいは汚染土壌100m2に培養液であれば1L、乾燥菌体であれば5g程度である。さらに、汚染された排水の浄化は、同じく上記培養液あるいは乾燥菌体を汚染排水と混合し、嫌気条件で7〜50日程度培養することで行う。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらの実施例にその技術的範囲が限定されるものではない。
【0031】
50mlのガラスバイアルにBSM培地(表2)を30mlずつ分注し、DN11株を植菌した。ベンゼンを最終濃度15μMとなるように添加し、また、硝酸塩を最終濃度2mMになるように添加し、25℃にて28日間培養を行った。培養期間中、適宜、バイアル中の気相部から気体を少量回収し、これを直接GCにより解析を行い、バイアル内の水相におけるベンゼン濃度を測定することで、初期添加濃度に対する残存率を計算した。なお、比較のためDN11株を植菌しない場合及び硝酸塩を添加しない場合のベンゼン濃度も同様に測定した。また、このベンゼン濃度の測定とは別に、培養液中の全菌数(TDC)を蛍光顕微鏡で測定した。これらの結果を図1に示す。
【0032】
図1に示すように、未植菌および硝酸塩無添加のバイアルでは28日たってもベンゼンの減少が見られないが、DN11株を植菌した硝酸塩添加バイアルでは植菌から14日で60%分解した。14日目に最初に加えたのと等量のベンゼンを再び添加し、さらに培養を続けたところ、ベンゼン濃度が約76%まで低下した。また、ベンゼンの減少が観察されたバイアルでのみ菌数の著しい増加が観察された。バイアル中の硝酸塩濃度をHPLCで調べたところ、ベンゼンの減少に伴って硝酸塩濃度の減少が観察された。以上の結果からベンゼンの減少と菌の増殖が硝酸還元に依存して起こっていることが明かとなった。本発明の微生物を用いることにより、嫌気ベンゼン分解を行うことができることが分かる。
【0033】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の微生物を添加した場合と添加しなかった場合のベンゼン残存率の経時的変化を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
嫌気的条件下で芳香族炭化水素を分解する能力を有するアゾアーカス属に属する微生物。
【請求項2】
ベンゼンを単一炭素源として生育可能であり、かつ、ベンゼンを嫌気的条件下で分解可能な請求項1に記載の微生物。
【請求項3】
16S rRNAに対応するDNAの塩基配列が、配列番号1又は配列番号2に記載の塩基配列と90%以上相同である請求項1又は2に記載の微生物。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の微生物で、揮発性芳香族炭化水素により汚染された環境を浄化することを特徴とする環境の浄化方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−222004(P2007−222004A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−352856(P2005−352856)
【出願日】平成17年12月7日(2005.12.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年10月30日 日本微生物生態学会第21回大会委員会発行の「日本微生物生態学会第21回大会講演要旨集」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「生分解・処理メカニズムの解析と制御技術の開発 土壌中難分解性物質等の生分解・処理技術の開発」委託研究、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(591001949)株式会社海洋バイオテクノロジー研究所 (33)
【出願人】(000206211)大成建設株式会社 (1,602)
【Fターム(参考)】