説明

導電性材料の製造方法および導電性弾性体組成物

【課題】結晶性の損失を防止あるいは抑えながら粉砕して微粒子化を図り、アスペクト比の高い薄片状黒鉛粉体から成る導電性材料を得る。
【解決手段】黒鉛粉体の黒鉛層間に二元系ゲスト材料がインターカレートされた二元系黒鉛粉体を、三元系ゲスト材料から成るゲスト材料溶液に浸漬することにより、三元系黒鉛粉体を得る。そして、二元系ゲスト材料,三元系ゲスト材料がインターカレートされた三元系黒鉛粉体を、該ゲスト材料溶液中に浸漬した状態で湿式粉砕し、得られた薄片状黒鉛粉体を導電性材料とする。この導電性材料等を高分子弾性材料に充填し重合させることにより、導電性弾性体組成物を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、層状構造を有する黒鉛粉体から成る導電性材料の製造方法、および該製造方法による導電性材料を少なくとも充填し重合して成る導電性弾性体組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高分子弾性材料(ゴム等の高分子材料)に導電性材料等を充填し重合させて成る組成物(導電性弾性体組成物;以下、導電弾性物と称する)は種々の技術分野で利用されている。このような導電弾性物によれば、単に導電性だけでなく、弾性や柔軟性等の特性を有することから、例えば該導電弾性物と他の部材(例えば、導電弾性物と対向する電極)とを接触させても損傷(例えば、2つの金属部材を接触させる場合、両部材が互いに擦れる損傷)が起こり難く、シール性を要する箇所に適用する場合には優れた効果を発揮することが知られている。
【0003】
導電性材料には、単に一般的なカーボンブラックや金属紛のように球状粉体から成るものを用いるのではなく、該球状粉体をスタンプミル法等で加工し、薄片化および微粒子化された粉体が適用され始めている。この薄片状の粉体においては、該粉体の代表径と厚さとの比(「代表径/厚さ」;以下、アスペクト比と称する)によって薄片化度を評価でき、そのアスペクト比が大きくなるに連れて薄片化度は高くなり、該導電弾性物の導電性をより向上できるものとされている(例えば、非特許文献1)。
【0004】
なお、前記のアスペクト比は、薄片状の粉体の代表径や厚さをノギスやマイクロメータ等により実測して定義する方法が知られているが、例えばレーザー回折法による回折径Xdifや遠心沈降法による沈降径Xstを測定し、それら回折径Xdifや沈降径Xstを前記の代表径や厚さの換算値として適用し、該アスペクト比として定義(すなわち、回折径Xdif/沈降径Xstをアスペクト比として定義)する技術も知られている(例えば、非特許文献2)。
【0005】
しかしながら、前記のようなスタンプミル法では、粉体の凝集等が起こり易いと共に、粉体の微粒子化が進むに連れて該粉体の代表径と厚さとが略同一(すなわち、アスペクト比が1程度)となるため、薄片状の粉体を得ることが困難になる(すなわち、得られる粉体が略立方体状あるいは略球状となる)。
【0006】
そこで、層状構造(炭素原子の六角網目状平面が層状に積層された構造)であって異方性を有する黒鉛粉体に着目し、該黒鉛粉体を乾式粉砕や湿式粉砕することによって層間剥離を惹起し、薄片状の黒鉛粉体(以下、薄片状黒鉛粉体と称する)を得る方法が検討されている(例えば、特許文献1)。
【0007】
黒鉛粉体自体は嵩密度が大きいため、該黒鉛粉体を加工(粉砕等)せずに高分子弾性材料に充填することは好ましくないが、前記のように粉砕工程を経て得られた薄片状黒鉛粉体は、前記のスタンプミル法等により加工して得られる粉体と比較して、凝集等が起こり難く、アスペクト比の大きい薄片状黒鉛粉体が得られ易いものとされている。
【0008】
黒鉛粉体を乾燥粉砕する手法においては、まず該黒鉛粉体の各層間(以下、黒鉛層間と称する)にアルカリ金属等の粒径(原子半径)の小さい物質(黒鉛層間にインターカレートし得る物質;以下、二元系ゲスト材料と称する)をインターカレートし、該黒鉛層間が拡張された黒鉛粉体(以下、二元系黒鉛粉体と称する)を得てから、その二元系黒鉛粉体を乾式粉砕する技術が知られている(例えば、特許文献2)。ただし、該乾燥粉砕では、一般的な湿式粉砕と比較すると、粉砕物が飛散し易いため取り扱い性が低く、黒鉛層間の歪みが生じ易いため結晶性が低くなる傾向がある。
【0009】
また、湿式粉砕する手法においては、まずゲスト材料(二元系ゲスト材料)から成る溶液中(例えば、硫酸や硝酸等の混酸溶液中)に浸漬し、その溶液中の一部(すなわち、二元系ゲスト材料)を黒鉛層間にインターカレートすることにより二元系黒鉛粉体を得てから、その二元系黒鉛粉体を湿式粉砕する技術が知られている。前記のように湿式粉砕された後の薄片状黒鉛粉体は、前記のゲスト材料から成る溶液(以下、ゲスト材料溶液と称する)の外に取り出され、該薄片状黒鉛粉体に残存しているゲスト材料溶液を乾燥工程等により除去してから、目的とする高分子弾性材料に充填されている。特に、混酸溶液を用いた場合には、該混酸溶液を完全に除去しなければ腐食する可能性がある(例えば、特許文献3)。
【0010】
前記のように、黒鉛粉体の黒鉛層間には種々の物質がインターカレートすることから、該黒鉛粉体を前記のように導電性材料として用いるだけでなく、吸着剤(脱臭,清浄等),触媒担持材料として利用する試みも行われている。
【0011】
例えば、前記の吸着効果を高める手法として、まず二元系黒鉛粉体のように粒径の小さい二元系ゲスト材料を黒鉛層間にインターカレートし、さらに粒径の大きいゲスト材料(以下、三元系ゲスト材料と称する)をインターカレートして該黒鉛層間をより拡張した黒鉛粉体(二元系黒鉛粉体よりも大きく拡張された黒鉛粉体;以下、三元系黒鉛粉体と称する)を形成した後、該インターカレートされた各ゲスト材料を除去する手法が知られている(例えば、非特許文献3〜5)。前記のように二元系ゲスト材料,三元系ゲスト材料を順次インターカレートした後、それら二元系ゲスト材料,三元系ゲスト材料を除去しても、該拡張された黒鉛層間が縮小されることがなければ、吸着効果,触媒担持効果を奏する。
【0012】
なお、前記の三元系黒鉛粉体のように大きく拡張された黒鉛層間が導電性を有しないことに着目し、その黒鉛層間に不飽和炭化水素を高充填し重合させて高分子組成物を作成することにより、その高分子組成物を絶縁体として適用できることが知られている。例えば、前記の不飽和炭化水素がオリゴマー等の場合には、弾性,柔軟性を有する絶縁体が得られる(例えば、特許文献4)。
【非特許文献1】永田員也,“ポリマー/導電性粒子2相系における粒子の径や形状がパーコレーション挙動に及ぼす影響”,日本ゴム協会誌,77,54−59(2004)。
【非特許文献2】S.Endo,Y.Kuga,C.Ikeda and K.Iwata,“Shape Estimation of Anisometric Particles Using Size Mesurement Techniques”,Part.Part.Syst.Charact.,15,145−149(1998)
【特許文献1】特開昭61−127612号公報。
【特許文献2】特開平3−153511号公報。
【特許文献3】特開平8−217434号公報。
【非特許文献3】稲垣道夫,内田浩次,逆井基次,伊藤健児,“カリウム−黒鉛−テトラヒドロフラン三元層間化合物の生成反応”,日本化学会誌,312−314(1983)。
【非特許文献4】作埜秀一,小川あゆみ,阿久沢昇,高橋洋一,“アルカリ金属−黒鉛層間化合物による有機分子の吸収”,炭素,145,238−242(1990)。
【非特許文献5】R.Sclogl,H.P.Boehm,“The Reaction of Potassium−Graphite−Intercalation Compounds with Tetrahydrofuran”,Carbon,22,341−349(1994)。
【特許文献4】特開平11−70612号公報。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
前記の導電弾性物においては、導電性材料の充填量が増加するに連れて導電性が向上する傾向を有するものの、その充填量の増加に応じて弾性,柔軟性が低下する傾向をも有する。このため、導電弾性物においては、導電性材料の充填量を極力少量にすると共に、その少量の導電性材料によって導電性を向上させること(例えば、体積固有抵抗値の低い導電性材料を用いること)が検討されている。
【0014】
したがって、前記のように、黒鉛粉体を導電性付与のために用いる場合において、まず黒鉛層間を拡張する目的で二元系黒鉛粉体を作成し、その二元系黒鉛粉体を粉砕して得た薄片状黒鉛粉体から成る導電性材料が適用されているものの、該導電性材料や導電弾性物が適用される技術分野の進歩に伴って、更なる改良が求められている。例えば、黒鉛粉体の結晶性を可能な限り損わないように粉砕して微粒子化し、薄片状黒鉛粉体のアスペクト比をより大きくすることが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、前記課題の解決を図るために、請求項1記載の発明は、薄片状黒鉛粉体から成る導電性材料の製造方法であって、黒鉛粉体の黒鉛層間に二元系ゲスト材料をインターカレートして二元系黒鉛粉体を得る工程と、三元系ゲスト材料から成る溶液に前記の二元系黒鉛粉体を浸漬して三元系黒鉛粉体を得る工程と、前記の三元系黒鉛粉体を該三元系ゲスト材料から成る溶液中にて湿式粉砕することにより薄片状黒鉛粉体を得る工程と、を有することを特徴とする。
【0016】
請求項2記載の発明は、前記の請求項1記載の発明において、前記の薄片状黒鉛粉体は、前記の三元系ゲスト材料によって湿潤性を有することを特徴とする。
【0017】
請求項3記載の発明は、前記の請求項1または2記載の発明において、前記の三元系ゲスト材料は低分子有機化合物であることを特徴とする。
【0018】
請求項4記載の発明は、高分子弾性材料に対し、請求項1〜3の何れに記載の方法により得た導電性材料を少なくとも充填し重合させて成ることを特徴とする導電性弾性体組成物である。
【0019】
請求項1記載の発明によれば、前記の湿式粉砕において、黒鉛層間に二元系ゲスト材料,三元系ゲスト材料をインターカレートした三元系黒鉛粉体がせん断される。
【0020】
請求項2記載の発明によれば、二元系ゲスト材料が黒鉛層の内壁や三元系ゲスト材料によって覆われた状態となる。
【0021】
請求項3記載の発明によれば、二元系ゲスト材料が黒鉛層の内壁や低分子有機化合物によって覆われた状態となる。
【0022】
請求項4記載の発明によれば、請求項1〜3記載の発明により得られる薄片状黒鉛粉体が導電性材料として機能する。
【発明の効果】
【0023】
請求項1記載の発明によれば、三元系黒鉛粉体にすることによりせん断が容易となるため、結晶性の損失を防止あるいは抑えながら粉砕して微粒子化を図ることができ、アスペクト比の高い薄片状黒鉛粉体から成る導電性材料が得られる。
【0024】
請求項2および3記載の発明によれば、二元系ゲスト材料が黒鉛層間に保持された状態を維持できるため、薄片状黒鉛粉体自体が有する導電性だけでなく、該二元系ゲスト材料が有する特性を備えた導電性材料が得られる。
【0025】
請求項4記載の発明によれば、例えば天然黒鉛粉体を粉砕して成る薄片状黒鉛粉体を用いた導電性弾性体組成物と比較して、より少量の導電性材料(薄片状黒鉛粉体から成る導電性材料)によって導電性弾性体組成物に対し良好な導電性を付与できるため、より良好な弾性,柔軟性を得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本実施の形態における導電性材料の製造方法および導電性弾性体組成物の一例を図面等に基づいて詳細に説明する。
【0027】
本実施の形態は、吸着剤,触媒担持材料,絶縁材の技術分野で適用されていた三元系黒鉛粉体に着目したものである。この三元系黒鉛粉体は、黒鉛粉体の黒鉛層間に二元系ゲスト材料(黒鉛層間にインターカレートし得るゲスト材料)がインターカレートされた二元系黒鉛粉体を、三元系ゲスト材料(二元系ゲスト材料によって拡張された黒鉛層間にインターカレートし得るゲスト材料)から成るゲスト材料溶液に浸漬することにより得られるものである。そして、二元系ゲスト材料,三元系ゲスト材料がインターカレートされた三元系黒鉛粉体を該ゲスト材料溶液中に浸漬した状態で粉砕(すなわち、湿式粉砕)し、得られた薄片状黒鉛粉体を導電性材料とするものである。
【0028】
前記のように三元系黒鉛粉体を粉砕した場合、該三元系黒鉛粉体にすることによりせん断が容易、例えば二元系黒鉛粉体よりも容易になるため、結晶性の損失を防止あるいは抑えながら粉砕して微粒子化を図ることができ、たとえ微粒子化を行ってもアスペクト比の大きい薄片状黒鉛粉体が得られ易くなる。
【0029】
また、本実施の形態は、三元系黒鉛粉体に用いた二元系ゲスト材料,三元系ゲスト材料を単に黒鉛層間を拡張するために用いるのではなく、粉砕後において有効利用できるものである。すなわち、前記のように三元系黒鉛粉体をゲスト材料溶液中で湿式粉砕することにより得た薄片状黒鉛粉体においては、二元系ゲスト材料が黒鉛層の内壁および三元系ゲスト材料によって覆われた状態となる。したがって、前記の三元系ゲスト材料によって二元系ゲスト材料が黒鉛層間に保持された状態(例えば、後述の実施例では、ゲスト材料溶液によって湿潤性が確保された状態)を維持でき、この状態を維持した薄片状黒鉛粉体を用いることにより、その二元系ゲスト材料が有する特性を利用することができる。例えば、二元系ゲスト材料がアルカリ金属のように高い導電性を有する場合には、該アルカリ金属保持量に応じて薄片状黒鉛粉体の体積固有抵抗値が小さくなる。
【0030】
なお、単にアルカリ金属をインターカレートした二元系黒鉛粉体を乾式粉砕した場合には、薄片状黒鉛粉体は得られるものの、該アルカリ金属は酸化反応(例えば、空気や不活性ガス等に曝されて起こる酸化反応)等により黒鉛層間から離脱してしまう。
【0031】
前記の二元系ゲスト材料には、黒鉛層間にインターカレートし得るものであれば種々のものが適用でき、例えば金属イオン系のゲスト材料、より具体的にはカリウム等のアルカリ金属が挙げられる。
【0032】
前記のゲスト材料溶液には、前記の二元系によって拡張された黒鉛層間にインターカレートし得る三元系ゲスト材料から成るものが適用でき、その三元系ゲスト材料には、例えば低分子有機化合物、より具体的にはメタノール,エタノール,プロパノール,ブタノール等のアルコール類や、アセトン,ジメチルケトン,メチルエチルケトン,イソホロン等のケトン類や、メタクリル酸メチル,アクリル酸メチル,イソプレン,スチレン,エチレングリコール,テレフタル酸,低級アミン,エポキシ,ポリオール類,ポリプロピレンオリゴマー,アクリロニトリル,酢酸ビニル,塩化ビニル,アジピン酸,フェノール,カプロラクタム,ブタジエン等の反応性有機モノマーおよびオリゴマーや、ベンゼン,キシレン,トルエン,テトラヒドロフラン(以下、THFと称する)等の芳香族有機化合物が挙げられる。
【0033】
また、前記のゲスト材料溶液は、前記の三元系ゲスト材料の他にアントラセンやナフタレン等の添加剤が充填されたものであっても良い。
【0034】
さらに、前記の二元系ゲスト材料,三元系ゲスト材料のインターカレート方法や、三元系黒鉛粉体の湿式粉砕方法等においては、特に限定されるものではなく、既存の方法を適宜適用することが可能である。
【0035】
さらにまた、前記の湿式粉砕には、各種粉砕機を適用することができ、例えばセラミック,ジルコニア,ステンレス等の耐摩耗性の高い材料から成り、三元系黒鉛粉体をサブミクロンオーダ程度に粉砕することが可能なもの、より具体的にはボールミルやビーズミル等が挙げられる。
【0036】
加えて、薄片状黒鉛粉体を高分子弾性材料等に充填する際に用いる混合分散機には、各種混合粉砕機を適用することができ、例えば媒体撹拌型ミル,ビーズミル,3本ロール,2軸押出機,バンバリーミキサ,オープンロール等が挙げられる。
【0037】
加えてまた、前記の三元系黒鉛粉体を湿式粉砕して得た薄片状黒鉛粉体の薄片化度は、アスペクト比によって評価することができ、そのアスペクト比は前記の非特許文献2でも示されているように、レーザー回折法や遠心沈降法によって得られる回折径Xdif/沈降径Xstを換算値として適用することにより定義できる。この回折径Xdif/沈降径Xstは、図1に示すような特性曲線で示すことができ、該回折径Xdif/沈降径Xstが大きくなるに連れて薄片化度は高くなり、該回折径Xdif/沈降径Xstが小さくなるに連れて薄片化度は小さくなることを読み取れる。
【0038】
前記のような薄片状黒鉛粉体を用いた導電弾性物は、種々の用途に適用することができ、例えば導電性と共に弾性,柔軟性を要する用途、より具体的には電気機器(例えば、家庭用コンピュータ,テレビ)等のキーボードやリモートコントロールにおける電流の接点部分、OAフロアー,工場床材料における静電気対策部材、レーザー式プリンタ用の帯電,現像ローラー等の電極、電子機器の外部電波防止用の電磁波シールド部材,コネクタ類に用いられるシール部材等が挙げられる。
【0039】
次に、本実施の形態における導電性材料の製造方法および導電性弾性体組成物の実施例を以下に説明する。
【0040】
[第1実施例]
まず、TWO−BULB反応容器を用いて、ブラジル産天然黒鉛粉体(以下、天然黒鉛粉体と称する)とカリウム(すなわち、二元系ゲスト材料)を各々真空バルブ付き反応容器内に載置した後、それら各真空バルブ付き反応容器を真空状態で接続(真空のまま封じ切り)し、マントルヒータにより加熱(本実施例では温度300℃で約4週間加熱)することにより、天然黒鉛粉体の黒鉛層間にカリウムがインターカレートされた二元系黒鉛粉体(KC8)を得た。
【0041】
なお、前記の天然黒鉛粉体は、予め温度80℃の雰囲気下で24時間乾燥させてから前記の真空バルブ付き反応容器内に載置し、さらに真空ラインに接続して温度80℃の雰囲気下で24時間焼き出すことにより、該天然黒鉛粉体の不純物(水分等の吸着物)を除去したものとする。また、前記のカリウムは、アルゴンガス雰囲気の真空バルブ付き反応容器内に載置し、さらに真空ラインに接続して温度50℃の雰囲気下で24時間焼き出すことにより、該カリウムの不純物を除去したものとする。さらに、前記の天然黒鉛粉体にインターカレートさせるカリウムの量は理論量論比から算出することができるが、本実施例では、天然黒鉛粉体10.000gに対しカリウム4.48g(理論量論比よりも10%増)用いることにより、前記の二元系黒鉛粉体を得た。
【0042】
次に、THF(すなわち、三元系ゲスト材料)から成るゲスト材料溶液(本実施例では、KC81.5gに対しアントラセン0.02g添加されたゲスト材料溶液20ml)が充填されたミル容器(本実施例では、クロム銅製で容積45ccのミル容器)内で室温撹拌することにより、カリウム,THFがインターカレートされた三元系黒鉛粉体を得た。
【0043】
その後、前記のミル容器内に直径2.5mmのステンレス製ボールを投入(本実施例では、三元系黒鉛粉体1.5gに対しステンレス製ボール61.350g投入)し、回転数400rpmで4時間または8時間湿式粉砕を行うことにより、薄片状黒鉛粉体の試料S1,S2を得た。
【0044】
なお、本実施例では、前記の薄片状黒鉛粉体の試料S1,S2の比較例として、前記のようにTHFから成る溶液が充填されたミル容器内に対して天然黒鉛粉体を添加し、該試料S1,S2同様の方法で4時間または8時間湿式粉砕することにより、薄片状黒鉛粉体の試料P1(4時間粉砕),P2(8時間粉砕)を得た。また、前記の天然黒鉛粉体自体を試料P3として用いた。
【0045】
ここで、前記の試料S1,S2,P1〜P3において、日機装製の計測器Microtrac EX3300により、レーザー回折法に基づいた回折径Xdifを各々測定し、それら測定結果を図2の回折径Xdifに対する累積粒径分布特性図に示した。なお、前記の各回折径Xdifは、まず測定対象(試料S1,S2,P1〜P3)1mlに対して分散媒(本実施例では0.5wt%トリトン)を少量(1,2滴)加えてから、さらにイオン交換水を全量100mlとなるように加えホモジナイザーにより3分間混合分散した後、その混合分散溶液に対してレーザー光を照射して測定した。
【0046】
図2の試料P1,P2の結果から、それら試料P1,P2の粉砕時間は互いに異なるものの、累積粒径分布特性は略同一(試料P3と略同一の累積粒径分布特性)であることが読み取れる。すなわち、天然黒鉛粉体を湿式粉砕して得られる薄片状黒鉛粉体では、その粉砕時間を長くしても回折径Xdif(微粒子化の度合い)は殆ど変わらないことが判明した。
【0047】
一方、試料S1,S2の結果から、粉砕時間が試料S1よりも長い試料S2は、回折径Xdifの小さい粉体が該試料S1よりも多く存在していることを読み取れる。すなわち、三元系黒鉛粉体を湿式粉砕して得られる薄片状黒鉛粉体の場合、その粉砕時間が長くなるに連れて回折径Xdifは小さくなり微粒子化が進むことを判明した。
【0048】
次に、前記の試料S1,S2,P1〜P3において、島津製の計測器SA−CP3により、遠心沈降法に基づいた沈降径Xstを各々測定し、それら測定結果を図3の沈降径Xstに対する累積粒径分布特性図に示した。なお、前記の各沈降径Xstは、まず測定対象(試料S1,S2,P1〜P3)4mlを専用容器に注入して封止(テフロン製キャップで封止)し、該容器を人手により揺動してから(本実施例では垂直方向に6回程度振ってから)該計測器の測定部位にセットし、測定条件として前記の測定対象の黒鉛密度(本実施例では2.25g/cm3),溶媒密度を入力し測定した。
【0049】
図3に示す結果において、試料P1,P2の結果から、それら試料P1,P2の粉砕時間は互いに異なるものの、累積粒径分布特性は略同一(試料P3と略同一の累積粒径分布特性)であることが読み取れる。すなわち、天然黒鉛粉体を湿式粉砕して得られる薄片状黒鉛粉体では、その粉砕時間を長くしても沈降径Xst(微粒子化の度合い)は殆ど変わらないことが判明した。
【0050】
一方、試料S1,S2の結果から、粉砕時間が試料S1よりも長い試料S2は、沈降径Xstの小さい粉体が該試料S1よりも多く存在していることを読み取れる。すなわち、三元系黒鉛粉体を湿式粉砕して得られる薄片状黒鉛粉体の場合、その粉砕時間が長くなるに連れて沈降径Xstは小さくなり微粒子化が進むことを判明した。また、前記の沈降径Xstは前記の回折径Xdifよりも極めて小さい値であることから、薄片化度が高いことを判明した。
【0051】
次に、前記の試料S1,S2,P1,P2において、図2,図3の測定結果に基づいて回折径Xdifのメディアン径(以下、Xdif50と称する)および沈降径Xstのメディアン径(以下、Xst50と称する)を算出し、その算出結果を図4の粉砕時間に対するXdif50/Xst50特性図に示した。なお、前記の試料S1,S2の比較例として、前記の試料P1,P2同様の方法で湿式粉砕時間を1時間または2時間に設定して得た薄片状黒鉛粉体を試料P4,P5として用いた。
【0052】
図4に示す試料P1,P2,P4,P5の結果から、それら試料P1,P2,P4,P5の粉砕時間は互いに異なるものの、Xdif50/Xst50特性は略同一(粉砕前と比較しても略同一のXdif50/Xst50特性)であることが読み取れる。すなわち、黒鉛粉体を湿式粉砕して得られる薄片状黒鉛粉体では、その粉砕時間を長くしてもXdif50/Xst50特性(微粒子化の度合い)は殆ど変わらないことが判明した。
【0053】
一方、試料S1,S2の結果から、粉砕時間が試料S1よりも長い試料S2は、Xdif50/Xst50の値が該試料S1よりも高いことを読み取れる。すなわち、三元系黒鉛粉体を湿式粉砕して得られる薄片状黒鉛粉体の場合、その粉砕時間が長くなるに連れてXdif50/Xst50の値は大きくなることを判明した。ここで、Xdif50/Xst50の値を図1の回折径Xdif/沈降径Xstとして適用すると、例えば試料S1のように三元系黒鉛粉体を4時間湿式粉砕した場合には回折径Xdif/沈降径Xstの値が13弱となり、アスペクト比が200〜1000程度であることが読み取れ、極めて薄片化度の高い薄片状黒鉛粉体が得られることを判明した。
【0054】
次に、前記の試料S2において、リガク製の計測器マルチフレックスによりX線回折を行い、その解析結果を試料P3(すなわち、天然黒鉛粉体)のX線回折結果と比較して図5のX線回折チャート図(XRDチャート;横軸2θ(°))に示した。
【0055】
図5に示す結果において、試料S2のX線回折結果(図5中上段)の26.5度近傍のピークは黒鉛の002面のピークであり、試料P3のX線回折結果(図5中の下段)のピークと略同一の位置に生じていることから、試料S2と天然黒鉛粉体とは略同一の結晶構造を有する、すなわち試料S2は湿式粉砕で沈降径Xstが非常に小さくなっているにもかかわらず黒鉛の結晶構造を維持していることを読み取れる。
【0056】
[第2実施例]
まず、前記の第1実施例のように得た試料S1をゲスト材料溶液と共に所定容器に移動し、該所定容器内で所定時間静置する。その所定容器内で該薄片状黒鉛粉体が沈殿した後、該所定容器内のゲスト材料溶液(上澄み溶液)をデカンテーション法により極力除去する。
【0057】
そして、前記の沈殿した薄片状黒鉛粉体および残存したゲスト材料溶液をシャーレに展開し、乾燥器内で撹拌しながら20〜50℃に加温することにより、該薄片状黒鉛粉体の湿潤性を確保できる程度まで該ゲスト材料溶液を除去する。このようにゲスト材料溶液によって湿潤性を確保した薄片状黒鉛粉体(以下、湿潤性黒鉛粉体と称する)によれば、三元系ゲスト材料によって二元系ゲスト材料が黒鉛層間に保持された状態を維持することができる。ここで、2元系ゲスト材料と大気中の酸素や水蒸気との反応を回避させたい場合は、デカンテーションおよび乾燥操作は、アルゴンガスなどの不活性ガス雰囲気で行うことが望ましい。
【0058】
その後、フェノール樹脂溶液に対して前記の湿潤性黒鉛粉体を黒鉛含有率20%または29%の割合で添加し、ボールミルを用いて混合分散させた後、その混合分散物をスライドガラス上に展開して薄膜状にし、温度110℃にて加熱処理することにより、該混合分散物中の溶媒を除去して薄膜状の導電弾性物の試料R1,R2を作製した。また、前記試料S1の替わりに試料S2を用い、前記試料R1,R2と同様の方法を経ることにより、薄膜状の導電弾性物の試料R3,R4を作製した。前記のように試料R1〜R4の混合分散物中の溶媒を除去する際、その溶媒と共にゲスト材料溶液が除去される。
【0059】
なお、本実施例では、前記の湿潤性黒鉛粉体の試料R1〜R4の比較例として、前記の特許文献2に示すようにカリウムを二元系ゲスト材料とした二元系黒鉛粉体を4時間乾式粉砕して薄片状黒鉛粉体を得、フェノール樹脂溶液に対して前記の薄片状黒鉛粉体を黒鉛含有率で18%〜44%の割合で添加した後、該試料R1〜R4と同様に方法を経て薄膜状の導電弾性物の試料Q1〜Q6(黒鉛含有率の小さい順にQ1〜Q6)を作製した。
【0060】
また、前記の試料S1の替わりに試料P1および試料P2をそれぞれ用い、フェノール樹脂溶液に対して湿潤性黒鉛粉体(該試料R1〜R4と同様の方法で得た湿潤性黒鉛粉体)を黒鉛含有率20%または29%の割合で添加し、該試料R1〜R4と同様の方法を経ることにより薄膜状の導電弾性物の試料Q7,Q8(試料P1を用いた場合)と、試料Q9,Q10(試料P2を用いた場合)とを作製した。
【0061】
さらに、前記の試料S1の替わりに試料P3を用い、フェノール樹脂溶液に対して黒鉛含有率29%〜50%の割合で添加し、該試料R1〜R4と同様の方法を経ることにより薄膜状の導電弾性物の試料Q11〜Q16(黒鉛含有率の小さい順にQ11〜Q16)を作製した。
【0062】
次に、前記の試料R1〜R4,Q1〜Q6,Q7〜Q10,Q11〜Q16において、ダイヤインスツルメント製のロレスタGPにより室温雰囲気下で体積固有抵抗値を測定し、その測定結果を図6,図7の湿潤性黒鉛粉体(または薄片状黒鉛粉体,天然黒鉛粉体)の充填量(湿式粉砕した場合は、該湿式粉砕直後の黒鉛分率を樹脂総量により算出した黒鉛含有率)に対する体積固有抵抗値特性図に示した。
【0063】
図6,図7に示す結果から、試料R1〜R4は、試料Q1〜Q6,Q7〜Q10,Q11〜Q16よりも黒鉛粉体の充填量が少なくても、体積固有抵抗値がより低減されていることを読み取れる。また、それぞれ黒鉛粉体の充填量が試料R1,R3よりも多い試料R2,R4は、各々試料R1,R3と比較して、導電弾性物の体積固有抵抗値がより低減されていることを読み取れる。すなわち、試料R1〜R4のように湿潤性黒鉛粉体を用いた導電弾性物によれば、該湿潤性黒鉛粉体の充填量に応じて、体積固有抵抗値を低減できることを判明した。
【0064】
次に、前記の試料R1〜R4,Q1,Q2,Q7〜Q10,Q15においてストークス径Xstをそれぞれ測定し、それら測定結果を図6,図7の導電性の結果と照合させて、図8のストークス径Xstに対する体積固有抵抗値特性図に示した。
【0065】
図8に示す結果から、試料Q1,Q2,Q7〜Q10,Q15においては、ストークス径Xstが小さくなるに連れて、体積固有抵抗値が増加する傾向を読み取れる。一方、試料R1〜R4においては、試料Q1,Q2,Q7〜Q10同様に、ストークス径Xstが小さくなるに連れて体積固有抵抗値が増加するものの、その増加傾向は該試料Q1,Q2,Q7〜Q10よりも小さいことが読み取れる。
【0066】
したがって、試料R1〜R4のような導電性弾性物によれば、例えば天然黒鉛粉体や二元系黒鉛粉体を粉砕して成る導電性材料を用いた導電性弾性物と比較して、より少量の導電性材料(湿潤性黒鉛粉体から成る導電性材料)によって該導電性弾性物に対し良好な導電性を付与できるため、より良好な弾性,柔軟性を得ることが可能となる。
【0067】
以上、本発明において、記載された具体例に対してのみ詳細に説明したが、本発明の技術思想の範囲で多彩な変形および修正が可能であることは、当業者にとって明白なことであり、このような変形および修正が特許請求の範囲に属することは当然のことである。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本実施の形態におけるアスペクト比に対する回折径Xdif/沈降径Xst特性図。
【図2】第1実施例における回折径Xdifに対する累積粒径分布特性図。
【図3】第1実施例における沈降径Xstに対する累積粒径分布特性図。
【図4】第1実施例における粉砕時間に対するXdif50/Xst50特性図。
【図5】第1実施例におけるX線回折チャート図。
【図6】第2実施例における湿潤性黒鉛粉体(または薄片状黒鉛粉体,天然黒鉛粉体)の充填量に対する体積固有抵抗値特性図。
【図7】第2実施例における湿潤性黒鉛粉体(または薄片状黒鉛粉体,天然黒鉛粉体)の充填量(黒鉛含有率)に対する体積固有抵抗値特性図。
【図8】第2実施例におけるストークス径Xstに対する体積固有抵抗値特性図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄片状黒鉛粉体から成る導電性材料の製造方法であって、
黒鉛粉体の黒鉛層間に二元系ゲスト材料をインターカレートして二元系黒鉛粉体を得る工程と、
三元系ゲスト材料から成る溶液に前記の二元系黒鉛粉体を浸漬して三元系黒鉛粉体を得る工程と、
前記の三元系黒鉛粉体を該三元系ゲスト材料から成る溶液中にて湿式粉砕することにより薄片状黒鉛粉体を得る工程と、
を有することを特徴とする導電性材料の製造方法。
【請求項2】
前記の薄片状黒鉛粉体は、前記の三元系ゲスト材料によって湿潤性を有することを特徴とする導電性材料の製造方法。
【請求項3】
前記の三元系ゲスト材料は低分子有機化合物であることを特徴とする請求項1または2記載の導電性材料の製造方法。
【請求項4】
高分子弾性材料に対し、請求項1〜3の何れに記載の方法により得た導電性材料を少なくとも充填し重合させて成ることを特徴とする導電性弾性体組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−91487(P2007−91487A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−278968(P2005−278968)
【出願日】平成17年9月26日(2005.9.26)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(504193837)国立大学法人室蘭工業大学 (70)
【出願人】(000158840)鬼怒川ゴム工業株式会社 (171)
【Fターム(参考)】