説明

小胞体ストレス抑制剤

【課題】 老人性痴呆症(アルツハイマー病)やパーキンソン病、ハンチントン病に代表される神経変性疾患の予防および/または治療に有効なキノコ由来の新規な小胞体ストレス抑制剤を提供すること。
【解決手段】 桑黄由来の脂溶性抽出成分を有効成分とすることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、老人性痴呆症(アルツハイマー病)やパーキンソン病、ハンチントン病に代表される神経変性疾患の予防および/または治療に有効な小胞体ストレス抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
老人性痴呆症(アルツハイマー病)やパーキンソン病、ハンチントン病に代表される神経変性疾患は、今だもって明確な治療法が存在しない難病であり、現在、多くの研究および探索がその治療法の確立のために行われている。神経変性疾患に対する現時点において最も有効とされている治療法は、アルツハイマー病患者の脳内で観察されるアセチルコリンの低下という現象を阻害する薬剤(ドネペジルなど)を用いたものである。しかしながら、このような薬剤での治療は対症療法に過ぎない。従って、真に疾病の発症を予防したり進行を阻止したりできる薬剤の出現が待ち望まれている。
神経変性疾患は、脳内に異常タンパク質が蓄積することにより発症すると考えられている。即ち、この異常タンパク質の蓄積が、細胞内の核の周辺に存在する小胞体に物理的あるいは化学的なストレスをかけ、細胞のアポトーシスを誘導する。その結果、脳内において神経細胞が死滅し、神経疾患を引き起こす。
このような疾患発症メカニズムに鑑み、小胞体にストレスがかかることを抑制する活性を持つ天然物由来の物質や成分を探索する試みが行われている。
ところで、キノコの中には、人体に有効な薬理活性を持つ物質や成分を含むものが数多く存在し、既に、キノコ由来の種々の物質や成分が薬剤などとして利用されている。例えば、カワラタケからはクレスチン、シイタケからはレンチナン、スエヒロタケからはシゾフィランという多糖体が単離され、抗ガン剤として利用されている。また、ヤマブシタケからは、神経成長因子を誘導産生するヘリセノンやエリナシンが単離されている。従って、キノコの中に、小胞体ストレス抑制活性を持つ物質や成分を含むものが存在することも大いに期待され、現に、特許文献1には、ヤマブシタケ由来の脂溶性抽出成分にこの活性があることが報告されている。しかしながら、キノコ由来の小胞体ストレス抑制剤についての報告はこれ以外には存在しない。
【特許文献1】特開2003−212790号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで本発明は、老人性痴呆症(アルツハイマー病)やパーキンソン病、ハンチントン病に代表される神経変性疾患の予防および/または治療に有効なキノコ由来の新規な小胞体ストレス抑制剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記の技術背景をもとに鋭意研究を重ねた結果、桑黄に由来する脂溶性抽出成分が、小胞体ストレス抑制活性に基づいて神経細胞のアポトーシス(プログラム細胞死)を抑制することを見出した。
【0005】
上記の知見に基づいてなされた本発明の小胞体ストレス抑制剤は、請求項1記載の通り、桑黄由来の脂溶性抽出成分を有効成分とすることを特徴とする。
また、請求項2記載の小胞体ストレス抑制剤は、請求項1記載の小胞体ストレス抑制剤において、桑黄が、メシマコブ、キコブタケ、エゾキコブタケ、マツノカタワタケから選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする。
また、本発明の神経変性疾患予防治療剤は、請求項3記載の通り、桑黄由来の脂溶性抽出成分を有効成分とすることを特徴とする。
また、請求項4記載の神経変性疾患予防治療剤は、請求項3記載の神経変性疾患予防治療剤において、桑黄が、メシマコブ、キコブタケ、エゾキコブタケ、マツノカタワタケから選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする。
また、本発明の小胞体ストレス抑制組成物は、請求項5記載の通り、桑黄由来の脂溶性抽出成分を有効成分として含有することを特徴とする。
また、本発明の小胞体ストレス抑制食品は、請求項6記載の通り、桑黄由来の脂溶性抽出成分を有効成分として含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、老人性痴呆症(アルツハイマー病)やパーキンソン病、ハンチントン病に代表される神経変性疾患の予防および/または治療に有効なキノコ由来の新規な小胞体ストレス抑制剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の小胞体ストレス抑制剤は、桑黄由来の脂溶性抽出成分を有効成分とすることを特徴とするものである。本発明の小胞体ストレス抑制剤は、その小胞体ストレス抑制活性に基づき、神経変性疾患の予防および/または治療に有効である。なお、本発明において、小胞体ストレスとは、細胞内部に存在する粗面小胞体における機能異常を指し、タンパク質構造に異常をきたすことにより引き起こされる異常タンパク質の蓄積ストレスを意味する。そして、この小胞体ストレスを抑制する活性を小胞体ストレス抑制活性と規定する。また、本発明において、神経変性疾患とは、神経細胞がアポトーシス(プログラム細胞死)を起こし、神経が正常な状態を維持できなくなることに起因する疾患を意味する。具体的には、例えば、老人性痴呆症(アルツハイマー病)、パーキンソン病、ハンチントン病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、プリオン病、その他の各種痴呆疾患(例えば、脳血管性痴呆、正常圧水頭症、脳外傷後痴呆、慢性硬膜下血腫、脳腫瘍)が挙げられる。神経細胞のアポトーシスは、主に小胞体ストレスによって引き起こされる。従って、本発明の小胞体ストレス抑制剤は、その小胞体ストレス抑制活性に基づいて、小胞体ストレスにより引き起こされる神経細胞のアポトーシスを抑制する活性を有する。
【0008】
本発明において、桑黄とは、広葉樹寄生する担子菌類であるキコブタケ属(Phellinus属)のキノコを意味する。具体的には、メシマコブ、キコブタケ、エゾキコブタケ、マツノカタワタケなどが挙げられる。キコブタケ属のキノコは、漢方薬として古くから利用されており、近年、その抗腫瘍効果などの機能性が注目されているが、神経変性疾患に対する作用についてはこれまで報告されたことはない。脂溶性抽出成分を得るために用いる桑黄は、子実体であっても菌糸体であってもよい。また、これらは、天然物であっても栽培物または培養物であってもよい。桑黄由来の脂溶性抽出成分は、桑黄の子実体や菌糸体、またはこれらの乾燥体の破砕物や粉砕物から有機溶媒を用いた抽出操作を経て得ることができる。有機溶媒としては、エタノール、メタノール、イソプロパノール、ブタノールなどのアルコールの他、ヘキサン、クロロホルム、ベンゼン、フェノール、酢酸エチル、ジエチルエーテル、アセトン、トルエン、ジクロロメタンなどを用いることができる。有機溶媒は単独で用いてもよいし、複数種類を混合して用いてもよい。また、複数種類の有機溶媒を連続して用いて抽出操作を行ってもよい。有機溶媒の使用量は、使用する有機溶媒の種類や抽出効率などに基づいて適宜決定すればよい。抽出操作方法の一例としては、クロロホルム:メタノールを7:3〜9:1の割合で混合して調製した溶媒を、桑黄の乾燥粉末1重量部に対して5重量部〜50重量部用いて行う方法が挙げられる。脂溶性抽出成分は、このような抽出操作によって得られる抽出液を必要に応じて濾過を行った後、減圧濃縮などをすることで得ることができる。また、脂溶性抽出成分は、得られた抽出液をさらに分画精製して得られる脂溶性抽出画分であってもよい。
【0009】
桑黄由来の脂溶性抽出成分は、自体公知の方法によって顆粒剤や錠剤やカプセル剤などに製剤化し、服用することで、優れた小胞体ストレス抑制活性に基づく神経変性疾患の予防薬や治療薬などとして機能する。その服用量は、服用者の年齢、性別、体重、体調などによって適宜決定することができる。また、桑黄由来の脂溶性抽出成分は、種々の形態の食品(サプリメントを含む)に、小胞体ストレス抑制活性を発揮するに足る有効量を添加することで、神経変性疾患に対する予防効果や治療効果をもたらす機能性食品として食してもよい。
【実施例】
【0010】
以下、本発明の小胞体ストレス抑制剤について実施例によって更に詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0011】
実施例1:
(1)桑黄由来の脂溶性抽出成分の調製
キコブタケ子実体の乾燥粉末1重量部に対し、クロロホルム:メタノールを9:1の割合で混合して調製した溶媒を10重量部加え、室温で24時間振とうさせて脂溶性成分を抽出した。得られた抽出液を減圧下で濃縮し、キコブタケ由来の脂溶性抽出成分を乾燥粉末1gあたり4.1mg得た。
【0012】
(2)桑黄由来の脂溶性抽出成分の小胞体ストレス抑制効果の評価(その1)
(1)で得たキコブタケ由来の脂溶性抽出成分の小胞体ストレス抑制効果の評価を特許文献1の記載の方法に準じて以下のようにして行った。Neuro−2a細胞(ヒューマンサイエンス研究資源バンク、IFO50081)を神経細胞モデルとして使用した。培養培地には、10%ウシ胎仔血清を添加したダルベッコ改変イーグル培地を使用した。細胞の培養は37℃、CO2濃度は5%で行った。なお、小胞体ストレスモデルには、糖鎖の生合成を阻害し細胞死を誘導することが知られているツニカマイシン(ナカライテスク社製)を使用した。小胞体ストレス抑制効果の評価は、0.5μg/mLツニカマイシンとキコブタケ由来の脂溶性抽出成分の存在下で、細胞を48時間培養した時の細胞生存率から、細胞死緩和効果を評価することで行った。細胞生存率は、生細胞定量法のMTT(同仁化学社製)を用いるMTTアッセイにより定量した。具体的には次のようにして行った。上記培養の終了後、培地を除去し細胞を250μg/mLのMTTの存在下でさらに2時間培養した。次いで反応停止液(20%SDSおよび50%ジメチルホルムアミドを含む)を加え反応を停止させた。生成物と細胞とを可溶化した後、570nmでの吸光度を測定した。なお、コントロールとしては、Neuro−2a細胞をツニカマイシンおよびキコブタケ由来の脂溶性抽出成分の非存在下で培養したものを用いた。これから得られた値を100とし、ツニカマイシンおよびキコブタケ由来の脂溶性抽出成分の存在下での細胞生存率を比較した。なお、キコブタケ由来の脂溶性抽出成分の濃度は100pg/mLで行った。結果を図1に示す。なお、図1には、キコブタケ由来の脂溶性抽出成分と同様にして得た、アガリクス由来の脂溶性抽出成分(子実体乾燥粉末1gあたり43.2mg取得)、カバノアナタケ由来の脂溶性抽出成分(子実体乾燥粉末1gあたり12.9mg取得)を、キコブタケ由来の脂溶性抽出成分のかわりに用いて評価を行った結果と、ツニカマイシンのみを用いて評価を行った結果をあわせて示す。図1から明らかなように、キコブタケ由来の脂溶性抽出成分は、ツニカマイシンによって誘導される細胞死を緩和したことから、その小胞体ストレス抑制効果が確認できた。
【0013】
実施例2:桑黄由来の脂溶性抽出成分の小胞体ストレス抑制効果の評価(その2)
桑黄に属するエゾキコブタケ由来の脂溶性抽出成分と、マツノカタワタケ由来の脂溶性抽出成分を、キコブタケ由来の脂溶性抽出成分と同様にして得た。前者の脂溶性抽出成分は子実体乾燥粉末1gあたり6.7mg得られ、後者の脂溶性抽出成分は子実体乾燥粉末1gあたり7.0mg得られた。これらの脂溶性抽出成分の小胞体ストレス抑制効果の評価を、キコブタケ由来の脂溶性抽出成分とともに、実施例1の評価と同様にして行った。結果を図2に示す。図2から明らかなように、いずれの脂溶性抽出成分にも小胞体ストレス抑制効果が確認できたが、その効果は、特にキコブタケ由来の脂溶性抽出成分において優れていた。
【0014】
実施例3:桑黄由来の脂溶性抽出成分の小胞体ストレス抑制効果の評価(その3)
実施例1の(1)で得たキコブタケ由来の脂溶性抽出成分700mgをシリカゲルカラムクロマトグラフィーで分画した。2×30cmのガラスクロマト管にシリカゲル(Merck社製:Kieselgel60F254)を約20g詰め、展開溶媒にはクロロホルム−アセトンおよびアセトン−メタノールを用いた。なお、展開溶媒の混合比は順次変えて行った。即ち、まず、クロロホルム−アセトンを10:0、9:1、8:2、7:3、6:4、2:8、0:10の割合で混合した溶媒をそれぞれ200ml、200ml、70ml、150ml、50ml、70ml、150mlずつ用いて展開した。その後、さらに、アセトン−メタノールを9:1、7:3の割合で混合した溶媒をそれぞれ200ml、300mlずつ用いて展開した。分画液を約20mlずつ集め、その分画物をTLC(Merck社製:Silicagel60F254)で展開し、類似成分とみなしうるスポットを含む分画物を混合して同一の粗精製画分とした。以上の操作により、実施例1の(1)で得たキコブタケ由来の脂溶性抽出成分700mgから、TLC(同上)にスポットし、ジエチルエーテル:メタノール=9:1の割合で混合した溶媒で展開してリンモリブデン酸試薬により発色させることで、Rf値が0.38、0.51である2つの異なるスポットを有する、メタノールによって溶出される粗精製画分24mgを得た。この粗精製画分の小胞体ストレス抑制効果の評価を、実施例1の評価と同様にして行った(ただしその濃度は10pg/mLとした)。その結果、図3に示したように、この粗精製画分は優れた小胞体ストレス抑制効果をもつことが確認できた。
【0015】
実施例4:桑黄由来の脂溶性抽出成分の小胞体ストレス抑制効果の評価(その4)
キコブタケ子実体のかわりにメシマコブ子実体を用いること以外は実施例1と同様にしてメシマコブ由来の脂溶性抽出成分の小胞体ストレス抑制効果を確認した。
【0016】
製剤例1:錠剤
キコブタケ由来の脂溶性抽出成分4g、乳糖76g、ステアリン酸マグネシウム20g、合計100gを均一に混合し、常法に従って錠剤とした。
【0017】
製剤例2:顆粒剤
メシマコブ由来の脂溶性抽出成分16g、澱粉29g、乳糖55g、合計100gを均一に混合し、常法に従って顆粒剤とした。
【0018】
製剤例3:ビスケット
薄力粉32g、全卵18g、バター14g、砂糖24g、水10g、ベーキングパウダー1g、マツノカタワタケ由来の脂溶性抽出成分1g、合計100gを用い、常法に従ってビスケットとした。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明は、老人性痴呆症(アルツハイマー病)やパーキンソン病、ハンチントン病に代表される神経変性疾患の予防および/または治療に有効なキノコ由来の新規な小胞体ストレス抑制剤を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施例1における評価の結果を示すグラフである。
【図2】実施例2における評価の結果を示すグラフである。
【図3】実施例3における評価の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
桑黄由来の脂溶性抽出成分を有効成分とすることを特徴とする小胞体ストレス抑制剤。
【請求項2】
桑黄が、メシマコブ、キコブタケ、エゾキコブタケ、マツノカタワタケから選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする請求項1記載の小胞体ストレス抑制剤。
【請求項3】
桑黄由来の脂溶性抽出成分を有効成分とすることを特徴とする神経変性疾患予防治療剤。
【請求項4】
桑黄が、メシマコブ、キコブタケ、エゾキコブタケ、マツノカタワタケから選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする請求項3記載の神経変性疾患予防治療剤。
【請求項5】
桑黄由来の脂溶性抽出成分を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレス抑制組成物。
【請求項6】
桑黄由来の脂溶性抽出成分を有効成分として含有することを特徴とする小胞体ストレス抑制食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−342077(P2006−342077A)
【公開日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−167478(P2005−167478)
【出願日】平成17年6月7日(2005.6.7)
【出願人】(595175301)株式会社応微研 (28)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【Fターム(参考)】