説明

尿石防止剤

【課題】各種水洗式便所の排水管、特にトラップ内への尿石の付着防止に極めて有効な尿石防止剤を提供する。
【解決手段】〔AgI2-、〔AgI32-、または〔AgI43- で示されるヨード化錯体を有効成分とする尿石防止剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、尿石防止剤に関する。本防止剤は、各種水洗式便所の排水管、特にトラップ内への尿石の付着防止に極めて有効である。
【背景技術】
【0002】
便所の便器、特に男子小便器及び便器からの排水管には、尿の分解により生成するカルシウム系化合物と有機物との混合物のスケール、いわゆる尿石が固着し、尿及び洗浄水の流れを阻害し、甚だしい場合には排水管を閉塞する。また、尿及び尿石中の有機物は、細菌により腐敗分解し悪臭が発生する。
【0003】
尿石を形成する機構は以下に述べる通りである。排泄直後の尿のpHは5.5〜6.5の酸性領域にあるが、時間の経過と共に尿素分解酵素であるウレアーゼの影響によりアンモニアと炭酸ガスに分解し、そのpHが急速に上昇する。尿と洗浄水との混合物においてはその傾向はさらに大きく、pHが7.5以上になると尿中に含まれるカルシウムイオン、りん酸イオン及び尿の分解により生成した炭酸ガスとが反応し、水に難溶性のカルシウムアパタイトおよび炭酸カルシウムが生成し、これらに尿中の有機物が吸着されて、便器、便器排水管、トラップ、等の尿が接触する部分に固着して尿石となる。
【0004】
これらの尿石の便器や排水管への付着を防止することを目的として、塩酸等の強酸を添加して洗浄水pHを7.5以下に調整する方法あるいはスルファミン酸を有効成分とし、昇華性物質及び水溶性有機物質を基材として成形した尿石防止剤が知られている(特許文献1参照)。
【0005】
また、界面活性剤、イオン封鎖剤等の洗浄成分、香料、パラジクロルベンゼン等の芳香性物質、殺菌剤などの混合物をポリエチレンングリコール等の水溶性物質を基材として成形した、主に男子小便器内に投入して使用する便器の芳香洗浄剤が開示されている(特許文献2参照)。
【0006】
しかしながら、強酸やスルファミン酸を添加する方法は、ウレアーゼの影響によるアンモニアの発生を根本的に阻止することができず、発生したアンモニアを中和しpHを7.5以下に抑制するには多量の添加が必要という欠点がある。また、塩酸は配管の金属材料を腐食させ易く、取り扱いにも特に注意を要し、実用上の難点を有する。
【0007】
他方、ウレアーゼの影響によるアンモニアの発生を阻止するため、尿石防止剤に殺菌成分として次亜塩素酸、塩素化イソシアヌル酸、ハロゲン化ヒダントインなどの塩素系化合物、あるいは水溶性銀ガラス等の水溶性銀化合物、りん酸カルシウム銀、りん酸亜塩カルシウム銀、りん酸ジルコニウム銀、ケイ酸カルシウム銀、硝酸銀等の無機銀塩、チオ硫酸銀錯体、アンモニウム銀錯体、チオシアン酸銀錯体、アミノ酸銀錯体等の銀錯体、銀錯体担持シリカゲル等が成形固体品あるいは液状品として多用されてきた。
【0008】
しかしながら、塩素系化合物は尿のようにアンモニウムイオンの存在する系において、クロラミンを生成して殺菌力が低下したり、発ガン性が疑われる塩化メタン、臭化メタン等の副生が取り沙汰されており、非塩素系の殺菌剤を使用したものが好まれる傾向にある。また、塩素系殺菌剤は残効性がなく処理後新たに微生物が飛来した場合には、その増殖を抑制することができないという欠点があり、頻繁に殺菌成分を添加しなければならなかった。
【0009】
一方、古典的な水溶性殺菌剤として硝酸銀などの水溶性無機銀塩が知られているが、日常環境下で普通に存在する塩化物イオンと反応して、効力が著しく低下するという欠点がある。また、尿石の発生を防止するため、pHを弱酸性に調整する系においては、殺菌力が低下するという欠点があった。他方、銀の錯塩系除菌剤の場合、銀のチオ硫酸やチオシアン酸の錯塩は、S2-のイオンを含むため、酸や熱により分解して有毒ガスが発生すると共に、有効成分が次第に硫化銀に変化して殺菌能力が失われる。また、銀のアミノ酸などの有機錯塩では他の無機錯塩に比べて錯安定度が比較的低いため、塩化物イオンと反応して沈殿しやすく、その結果殺菌力が著しく低下する欠点があった。また、抗菌剤として、銀ブロム又はヨード錯体を用いることが知られている(特許文献3参照)。
【特許文献1】特開昭62−32899号公報
【特許文献2】特公昭45−30706号公報
【特許文献3】特開2002−338481号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、従来技術における上記したような課題を解決し、安定した効果を発揮し得る尿石防止剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記目的を達成するため、鋭意検討を行った結果、ハロゲン化銀錯体を尿石防止剤として洗浄水に添加することにより、塩化物イオン及びアンモニウムイオンといった殺菌力を低下させる共存物質が存在しても殺菌性能が低下しないこと、酸性領域において有効な殺菌力を発揮すること、塩化メタン,臭化メタン等発ガン性が疑われる物質や亜硫酸等の有毒ガスを副生するおそれがないことを見出し、本発明に到達した。
【0012】
すなわち、本発明は、〔AgI2-、〔AgI32-、または〔AgI43- で示されるヨード化錯体を有効成分とする尿石防止剤に関するものである。
【発明の効果】
【0013】
各種水洗式便所の排水管に銀のヨード化錯イオンを殺菌成分として添加することにより、尿石を防止し得る安定した殺菌効果を発揮し、産業上有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、銀ヨード錯体の塩を含有する尿石防止剤である。上記銀ヨード錯体は、I−存在下において安定な状態で存在することができ、充分量のI−存在下では、〔AgI43-の形態をとり、良好な溶解性が得られ、また光、熱、酸化等に対しても安定な状態を維持することができる。
【0015】
上記銀ヨード錯体の塩としては、アルカリ又はアルカリ土類金属塩であれば特に限定されず、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩等を挙げることができる。
【0016】
本発明の銀ヨード錯体の塩は、例えばアルカリ金属又はアルカリ土類金属のヨウ化物を所定濃度となるように水に溶解した水溶液を調整し、この水溶液に銀の硝酸塩、硫酸塩、ヨード化物等の銀塩又は銀メタルを加えて、銀をヨード銀酸錯イオン(上記した〔AgI2-)として溶解させることにより製造することができる。
【0017】
この場合、水溶液中におけるヨウ化物の濃度を上げると銀塩又は銀メタルの溶解度が向上する。溶解度が増すにつれて錯体は、〔AgI2-から〔AgI32-を経て〔AgI43-となって、もはや銀塩又は銀メタルは溶解しなくなる。〔AgI2-、〔AgI32-及び〔AgI43-のいずれの段階で溶解プロセスを止めても良いが、〔AgI43-の段階に至るまで銀塩又は銀メタルを溶解させるのが好ましい。
【0018】
そもそもヨウ化銀は、水に対する溶解度が低いが、銀イオンは、一定濃度以上のI-の存在下に上記した錯体を形成し、さらにこれがアルカリ金属カチオン、アルカリ土類金属カチオンと塩を形成し、銀イオンの水に対する良好な溶解度が得られる。水溶液中のヨード化物イオン濃度は、必要とする銀イオン濃度に応じて適宜決めることができる。例えば、3×10-3モル/l以上のハロゲン化物イオン濃度があれば銀イオンをハロゲン化錯体として溶解できるが、銀イオン濃度を水への溶解度以上の濃度とするためには、ヨード化物イオン濃度を5×10-2モル/l以上に調整する必要がある。
【0019】
一方、「防菌防黴」、Vol.22、(1994)、No.9、p.531〜536によれば、銀イオンは0.05mg/l以上で遅効性の殺菌力を示し、0.5mg/l以上で比較的短期間での殺菌性(以下「速効性」という)を示すことが知られている。従って、流水路中に0.5mg/l以上の銀イオン濃度が存在させることにより速効性を有する殺菌効果が期待できる。しかし、流水路で使用する場合には、カートリッジ式薬注器などを使用して薬注されることを考えると、希釈された状態で上記濃度となるように100mg/l以上であることが好ましい。しかし、銀イオン濃度が8g/lを超えると、例え水溶液中のハロゲン化物イオン濃度が高くても銀が液中で安定して溶解できず、析出物を発生しやすくなるので、製品としての安定性を考慮すると銀イオン濃度は最大で5g/l程度とすることが好ましい。
【0020】
本発明の銀ハロゲン錯体が従来の銀錯塩及び銀化合物と最も大きく相違するところは、熱、酸、紫外線、塩化物に対する安定性である。即ち、銀のハロゲン錯イオンは従来広く使用されてきたチオシアン酸錯イオンやチオ硫酸錯イオンのようにS2-を含まないため、熱や酸によっても硫化物を形成しない。従って、本発明の尿石防止剤は、透明容器に充填して長期間保存することができ、また皮膚に触れても黒化することがない。
【0021】
本発明の尿石防止剤溶液は、アルカリ金属又はアルカリ土類金属のハロゲン化物を所定濃度となるように水に添加して溶解して水溶液を調整し、この水溶液に銀の硝酸塩、硫酸塩、塩化物などの工業的に安価に入手可能な銀塩又は銀メタルを加えて、銀をハロゲン化錯体として溶解させることにより、製造することが可能である。従って、有機銀錯塩のような高価な原料を使用したり、複雑な複分解反応などを利用して製造する必要がないため、安価に且つ簡単に製造することができる。使用するハロゲン化物としてはナトリウムやカリウムなどのアルカリ金属及びマグネシウムやカルシウムなどのアルカリ土類金属のハロゲン化物が一般的である。
【0022】
尚、ヨード化アルカリ金属又はヨード化アルカリ土類金属以外のヨード化物であっても、原理的に使用可能なヨード化物は多数あるが、イオン自体に着色がある、毒性がある、あるいは価格が高く経済的でない等の理由により、汎用性に欠けるため好ましくない。
【0023】
本発明における尿石防止剤は、pHがアルカリ側よりも酸性側の方が強い効果を発揮する。したがって、硫酸、硫酸水素ナトリウム、スルファミン酸、シュウ酸、クエン酸等無機あるいは有機の酸成分を添加することにより、pHを弱酸性に調整しておくことが尿石析出条件を回避する面からも好ましい。
【0024】
本発明は銀ハロゲン化錯体単独で充分な性能を得ることができるが、2−ブロモ−2−ニトロプロパン−1,3−ジオール、2−ブロモ−3−ニトリロプロピオンアミド、アルキルジメチルアンモニウムクロライド、5−クロロ−2−メチル−イソチアゾリン−3−オン、次亜塩素酸ナトリウム等他の殺菌剤と併用しても何ら差し支えない。また、洗浄力を向上させるため、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキレンエーテル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸、アルキルポリグリコシド、ショ糖脂肪酸エステル、アルキルポリグリセリンエーテル等非イオン界面活性剤を併用することも可能である。
【実施例】
【0025】
以下に本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明は要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0026】
実施例1
本発明の尿石防止剤殺菌成分として、ヨウ化カリウム3.3モル/l水溶液に銀メタルを溶解することにより、1.2g/lの銀をハロゲン化錯塩として含む水溶液を得た。この水溶液のトイレ洗浄水に対する殺菌効果を評価するため、トイレ生息菌数を104個/mlとなるように調整した人工尿10倍希釈相当液(表1参照)を試験水とした。銀ハロゲン化錯体を銀イオン濃度として0.5mg/l添加した後、試験水のpHを硫酸により5台に調整し、32℃で24時間振とうした際の培養法による生菌数測定結果を表2、試験水pHの推移を表3に示した。この時、比較対象としてブランク(薬剤無添加系)、硝酸銀を銀イオン濃度として1.0mg/lとなるように添加した系、次亜塩素酸を同時に試験した。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
〔AgI2-、〔AgI32-、または〔AgI43- で示されるヨード化錯体を有効成分とする尿石防止剤。
【請求項2】
ヨード化錯体の塩が水溶液中アルカリ金属カチオン、アルカリ土類金属カチオンから形成されている錯塩の形態で溶解されている請求項1記載の尿石防止剤。

【公開番号】特開2007−326059(P2007−326059A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−160207(P2006−160207)
【出願日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】