説明

希土類元素の回収方法

【課題】 低コストで簡易なリサイクルシステムとして実用化が可能な、少なくとも希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物から希土類元素を回収する方法を提供すること。
【解決手段】 処理対象物を酸化性雰囲気中において600℃以上の温度で加熱して含有金属元素を酸化物に転換した後、塩酸溶液を加えて溶液のpHを2.0未満とするとともに加熱状態を形成し、さらにアルカリを加えることなくpH2.0未満での加熱状態を保持することで、希土類元素を溶液に溶出させ、希土類元素とともに溶液に溶出した鉄族元素を沈殿させた後、処理対象物の未溶解物と鉄族元素を含む沈殿物から希土類元素が溶解した溶液を分離し、希土類元素が溶解した溶液に沈殿剤を加えて希土類元素を沈殿させて回収することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばR−Fe−B系永久磁石(R:希土類元素)などの、少なくとも希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物から希土類元素を回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
R−Fe−B系永久磁石は、高い磁気特性を有していることから、今日様々な分野で使用されていることは周知の通りである。このような背景のもと、R−Fe−B系永久磁石の生産工場では、日々、大量の磁石が生産されているが、磁石の生産量の増大に伴って製造工程中に排出される磁石スクラップや磁石スラッジなどの量も増加している。とりわけ情報機器の軽量化や小型化によってそこで使用される磁石も小型化していることから、加工代比率が大きくなることで、製造歩留まりが年々低下する傾向にある。従って、製造工程中に排出される磁石スクラップや磁石スラッジなどを廃棄せず、そこに含まれる金属元素、特に希土類元素をいかに回収して再利用するかが今後の重要な技術課題となっている。また、R−Fe−B系永久磁石を使用した電化製品などから循環資源として希土類元素をいかに回収して再利用するかも同様である。
【0003】
少なくとも希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物から希土類元素を回収する方法については、これまでにもいくつかの方法が提案されており、例えば特許文献1では、処理対象物を酸化性雰囲気中で加熱して含有金属元素を酸化物に転換した後、水と混合してスラリーとし、加熱しながら塩酸溶液を加えて希土類元素を溶液に溶出させ、希土類元素が溶解した溶液に加熱しながらアルカリ(水酸化ナトリウムやアンモニアや水酸化カリウムなど)を加えることで、希土類元素とともに溶液に溶出した鉄族元素を沈殿させた後、処理対象物の未溶解物と鉄族元素を含む沈殿物から希土類元素が溶解した溶液を分離し、希土類元素が溶解した溶液に沈殿剤として例えばシュウ酸を加えて希土類元素をシュウ酸塩として沈殿させて回収する方法が提案されている。この方法は、希土類元素を鉄族元素と効果的に分離して回収することができる方法として注目に値する。しかしながら、工程の一部にアルカリを用いることから、工程管理が容易ではなく、また、回収コストが高くつくといった問題がある。従って、特許文献1に記載の方法は、低コストと簡易さが要求されるリサイクルシステムとして実用化するには困難な側面を有するといわざるを得ない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−249674号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明は、低コストで簡易なリサイクルシステムとして実用化が可能な、少なくとも希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物から希土類元素を回収する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記の点に鑑みて鋭意検討を重ねた結果、処理対象物を酸化性雰囲気中において所定の温度で加熱して含有金属元素を酸化物に転換した後、塩酸溶液を加えて溶液のpHを2.0未満とするとともに加熱状態を形成し、さらにアルカリを加えることなくpH2.0未満での加熱状態を保持することで、まったく意外にも特許文献1に記載の方法において必要とされているアルカリを加えて塩酸溶液に溶出した鉄族元素を沈殿させる工程を行わなくても、鉄族元素を効果的に沈殿させることができることを見出した。
【0007】
上記の知見に基づいてなされた本発明の少なくとも希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物から希土類元素を回収する方法は、請求項1記載の通り、処理対象物を酸化性雰囲気中において600℃以上の温度で加熱して含有金属元素を酸化物に転換した後、塩酸溶液を加えて溶液のpHを2.0未満とするとともに加熱状態を形成し、さらにアルカリを加えることなくpH2.0未満での加熱状態を保持することで、希土類元素を溶液に溶出させ、希土類元素とともに溶液に溶出した鉄族元素を沈殿させた後、処理対象物の未溶解物と鉄族元素を含む沈殿物から希土類元素が溶解した溶液を分離し、希土類元素が溶解した溶液に沈殿剤を加えて希土類元素を沈殿させて回収することを特徴とする。
また、請求項2記載の方法は、請求項1記載の方法において、処理対象物を酸化性雰囲気中において加熱する際の温度を1100℃以下とすることを特徴とする。
また、請求項3記載の方法は、請求項1記載の方法において、加熱状態の形成と加熱状態の保持の温度を70℃以上とすることを特徴とする。
また、請求項4記載の方法は、請求項1記載の方法において、希土類元素が溶解した溶液に沈殿剤を加えて希土類元素を沈殿させる際の温度を45℃〜85℃とすることを特徴とする。
また、請求項5記載の方法は、請求項1記載の方法において、炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸アンモニウム、重炭酸アンモニウムから選択される少なくとも1種を沈殿剤として用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、特許文献1に記載の方法のように工程の一部に水酸化ナトリウムなどのアルカリを必要としないので、低コストで簡易なリサイクルシステムとして実用化が可能な、少なくとも希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物から希土類元素を回収する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】参考例4における含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物に塩酸溶液を滴下によって加えた際のpHの推移を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の少なくとも希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物から希土類元素を回収する方法は、処理対象物を酸化性雰囲気中において600℃以上の温度で加熱して含有金属元素を酸化物に転換した後、塩酸溶液を加えて溶液のpHを2.0未満とするとともに加熱状態を形成し、さらにアルカリを加えることなくpH2.0未満での加熱状態を保持することで、希土類元素を溶液に溶出させ、希土類元素とともに溶液に溶出した鉄族元素を沈殿させた後、処理対象物の未溶解物と鉄族元素を含む沈殿物から希土類元素が溶解した溶液を分離し、希土類元素が溶解した溶液に沈殿剤を加えて希土類元素を沈殿させて回収することを特徴とするものである。
【0011】
本発明の方法の適用対象となる少なくとも希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物は、Nd,Pr,Dy,Tb,Smなどの希土類元素とFe,Co,Niなどの鉄族元素を含むものであれば特段の制限はなく、希土類元素と鉄族元素に加えてその他の元素を含んでいてもよい。具体的には、例えばR−Fe−B系永久磁石などが挙げられる。処理対象物は、磁石スクラップなどのような固形状や粉末状のものであってもよいし、磁石スラッジなどのような泥状のものであってもよいが、平均粒径が1μm〜30μmのものが好適である。
【0012】
本発明の方法においては、まず、処理対象物を酸化性雰囲気中において600℃以上の温度で加熱して含有金属元素を酸化物に転換する。加熱温度を600℃以上と規定するのは、600℃未満であると処理対象物の含有金属元素の酸化物への転換を十分に行うことができないことで、後の工程で希土類元素を鉄族元素よりも優先的に塩酸溶液に溶出させることができず、鉄族元素も多量に溶出する恐れがあるからである。加熱温度は800℃以上が望ましく、850℃以上がより望ましい。加熱温度の上限は特段制限されるものではないが、エネルギーの利用効率などの点に鑑みれば1100℃が望ましく、1000℃がより望ましい。なお、酸化性雰囲気中における600℃以上の温度での処理対象物の加熱に先立って、処理対象物に対して燃焼処理を行ったり乾燥処理を行ったりしてもよい。処理対象物に対してこうした事前処理を行うことで、処理対象物が磁石スラッジなどのような泥状のものであっても含有金属元素の酸化を確実に進行させて酸化物に転換することができる。酸化性雰囲気は処理対象物の含有金属元素を酸化物に転換することができるに足る雰囲気であれば特段の制限はなく、大気雰囲気であってもよいし、酸素を所定の濃度で含有する人為的に形成した雰囲気であってもよい。なお、加熱時間は例えば10分間〜10時間とすればよい。
【0013】
本発明の方法においては、次に、先の工程で所定の加熱処理を行うことで含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物に、塩酸溶液を加えて溶液のpHを2.0未満とするとともに加熱状態を形成し、さらにアルカリを加えることなくpH2.0未満での加熱状態を保持することで、希土類元素を鉄族元素よりも優先的に溶液に溶出させ、希土類元素とともに溶液に溶出した鉄族元素(その溶出量は希土類元素の溶出量より少ない)を沈殿させる。この工程は本発明の方法と特許文献1に記載の方法の決定的な相違点である。特許文献1に記載の方法は、含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物に加熱しながら塩酸溶液を加えることで希土類元素とともに溶液に溶出した鉄族元素を沈殿させるためには、アルカリを加えてpHを大きくする必要があるとの認識に基づいている。これは例えば3価の鉄イオンを水酸化物として沈殿させることができるのは一般的にpH>3程度であることなどを根拠とするものであり、事実、pHを大きくすることで目的とする効果を得ることができる。しかしながら、含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物に塩酸溶液を加えて溶液のpHを2.0未満とするとともに加熱状態を形成し、さらにアルカリを加えることなくpH2.0未満での加熱状態を保持することで、まったく意外にも希土類元素とともに溶液に溶出した鉄族元素を沈殿させることができることを本発明者らは見出した。従って、本発明の方法においては、アルカリを加えて塩酸溶液に溶出した鉄族元素を沈殿させる工程は行わない。
【0014】
この工程における塩酸の添加量は、含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物に塩酸溶液を加えた後の加熱状態にある懸濁液のpHが2.0未満になる量であれば特段限定されないが、処理対象物の希土類元素の含量の1.0倍〜1.2倍が望ましい(モル比)。添加量が少なすぎると処理対象物から希土類元素を効果的に溶出させることができない恐れがある一方、多すぎると処理対象物から鉄族元素も多量に溶出する恐れがある。含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物に塩酸溶液を加えて溶液のpHを2.0未満とするとともに加熱状態を形成する方法としては、例えば、含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物を水に懸濁させた後、70℃以上に加熱してから所定濃度の塩酸溶液を加えてpH2.0未満とする方法、所定濃度の塩酸溶液に含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物を懸濁させてpH2.0未満とした後、70℃以上に加熱する方法、70℃以上に加熱した所定濃度の塩酸溶液に含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物を懸濁させてpH2.0未満とする方法が挙げられる。加熱温度は80℃以上が望ましい。なお、加熱温度の上限は例えば95℃とすればよい。含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物に対する塩酸溶液の添加は、瞬時に行ってもよいし、時間をかけて(例えば1時間〜10時間かけて)塩酸溶液を滴下するなどして行ってもよい。同様に、塩酸溶液に対する含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物の懸濁は、瞬時に行ってもよいし、時間をかけて行ってもよい。懸濁液に対するpH2.0未満での加熱状態の保持時間は1時間以上が望ましい。1時間未満であると希土類元素を十分に塩酸溶液に溶出させることができない恐れがあるとともに、塩酸溶液に溶出した鉄族元素を十分に沈殿させることができない恐れがある。pH2.0未満での加熱状態の保持時間は3時間以上がより望ましく、5時間以上がさらに望ましい。
【0015】
本発明の方法においては、最後に、処理対象物の未溶解物(その主たる成分は鉄族元素の酸化物である)と鉄族元素を含む沈殿物から希土類元素が溶解した溶液を分離し、希土類元素が溶解した溶液に沈殿剤を加えて希土類元素を沈殿させて回収する。処理対象物の未溶解物と鉄族元素を含む沈殿物からの希土類元素が溶解した溶液の分離は、例えば濾紙を用いて濾過することで行えばよい。希土類元素が溶解した溶液に沈殿剤を加えて希土類元素を沈殿させる際の温度は45℃〜85℃とすることが望ましい。温度が低すぎても高すぎても生成する沈殿物の粒子が非常に小さくなってしまうことで(例えば粒径が1μm以下になってしまうことで)、濾取に要する時間が長くなる恐れがある。なお、沈殿剤としては、例えば、炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸アンモニウム、重炭酸アンモニウムから選択される少なくとも1種を用いることができる。沈殿剤の添加量は、処理対象物の希土類元素の含量の1.0倍〜5.0倍が望ましい(モル比)。添加量が少なすぎると希土類元素を効果的に沈殿させることができない恐れがある一方、必要以上に多くしても効果の向上はさほど期待することができない。
【0016】
以上のようにして回収した希土類元素の沈殿物は、鉄族元素の混入が皆無であるか極僅かであって、好適には希土類元素の純度が95%以上である。この希土類元素の沈殿物は、例えば大気雰囲気中、850℃〜950℃で3時間〜8時間、焙焼することで希土類元素の酸化物に転換することができ、得られた酸化物は溶融塩電解法などによって還元することで希土類金属に転換することができる。
【実施例】
【0017】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0018】
実施例1:
(工程1)
R−Fe−B系焼結磁石の加工工程で発生した平均粒径10μmのスラッジ1kgに対し、乾燥機を用いて乾燥中に点火棒で発火を促すことで自己発熱による燃焼処理を行った。得られた燃焼スラッジの金属成分をICP発光分光分析法(装置は島津製作所社製のICPV−1017を使用。以下同じ)で定量分析したところ、Fe:54,Nd:19,Pr:5.2,Dy:3.7,B:0.80,Co:0.80,その他の金属元素:0.15であった(単位はmass%。残りは酸素などの非金属元素)。この燃焼スラッジを用いて直ちに工程2に移行するか、または、この燃焼スラッジを電気炉に仕込み、大気雰囲気中で室温から500℃、600℃、700℃、860℃のいずれかの温度まで2時間で昇温させ、そのまま2時間保持した後、500℃または600℃まで昇温させた場合は炉の能力に任せて室温まで冷却し、700℃または860℃まで昇温させた場合は600℃まで5時間で冷却し、その後は炉の能力に任せて室温まで冷却した後、工程2に移行した。
【0019】
(工程2)
工程1で得た40gまたは100gの燃焼スラッジまたは加熱スラッジ(燃焼スラッジを500℃、600℃、700℃、860℃のいずれかの温度で加熱したもの)を、ビーカー中の各種の液量の塩酸溶液(いずれも塩酸の含量はスラッジの希土類元素の含量の1.0倍(モル比))に瞬時に懸濁させてから各種の温度に加熱した。ビーカーの開口部にテフロン(登録商標)製時計皿を被せ、さらに加熱状態を保持して約300rpmの撹拌速度で各種の時間撹拌し、加熱開始時と加熱終了時のpHを測定した。
【0020】
(工程3)
工程2において加熱状態を保持して各種の時間撹拌した懸濁液を室温まで冷却した後、濾紙を用いて濾過して未溶解物と沈殿物を分離し、濾液を得た。得られた濾液を60℃に加熱し、沈殿剤として重炭酸ナトリウムを、スラッジの希土類元素の含量の3.6倍(モル比)添加したところ、瞬時に沈殿物が生成した。得られた沈殿物を濾紙を用いて濾取し、大気雰囲気中、900℃で6時間、酸化焙焼して沈殿物の酸化物を得た。
【0021】
実験方法の詳細を表1に示す。また、工程2における加熱終了後の懸濁液を濾過して得られた濾液をサンプリングし、ICP発光分光分析法で濾液中の希土類元素(Nd,Pr,Dyの合計)、鉄、その他の金属元素を定量分析し、すべての含有金属元素に対する希土類元素(Nd,Pr,Dyの合計)と鉄の含有率(成分比)を求めた結果を表2に示す。加えて、工程3で得た沈殿物の酸化物をICP発光分光分析法で定量分析し、希土類元素の回収率(スラッジ中の希土類元素に対する酸化物中の希土類元素の百分率)と純度(酸化物中のすべての含有金属元素に対する希土類元素の百分率)を求めた結果をそれぞれ表2に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
表1と表2から明らかなように、工程1において燃焼スラッジを600℃以上の温度で加熱すると、工程2における懸濁液の加熱状態の保持を終了した後もそのpHは2.0未満であり、工程3によって希土類元素を優れた回収率および/または純度で得ることができた。工程1において炉内が室温まで冷却されてから内容物を取り出し、粉末X線回折法で分析したところ、スラッジの含有金属元素がFeやLnFeO(LnはNd,Pr,Dyから選択される1種または複数種類の混合組成)などの酸化物に転換されていることが確認できたことから、以上の結果は、工程1において燃焼スラッジを600℃以上の温度で加熱したことで、スラッジの含有金属元素の酸化物への転換が十分に行われたことによるものと考えられた。また、工程2における懸濁液に対するpH2.0未満での加熱状態の保持時間が長いほど希土類元素の回収率および/または純度を高めることができた。工程1において燃焼スラッジを加熱しなかった場合と500℃で加熱した場合には、スラッジの含有金属元素の酸化物への転換が、ほとんど乃至はまったく、あるいは十分に行われなかったことに起因して、工程2における懸濁液の加熱状態の保持を終了した後にpHが2.0を超え、また、希土類元素とともに鉄が多量に塩酸溶液に溶出したことによって希土類元素の回収率および/または純度が劣る結果となった。
【0025】
実施例2:
(工程1)
R−Fe−B系焼結磁石の加工工程で発生した平均粒径10μmのスラッジ1kgを、乾燥機を用いて60℃で乾燥させた。得られた乾燥スラッジの金属成分をICP発光分光分析法で定量分析したところ、Fe:59,Nd:19,Pr:5.0,Dy:3.3,B:0.87,Co:0.81,その他の金属元素:0.47であった(単位はmass%。残りは酸素などの非金属元素)。この乾燥スラッジを電気炉に仕込み、大気雰囲気中で室温から860℃まで2時間で昇温させ、そのまま2時間保持した後、600℃まで5時間で冷却し、その後は炉の能力に任せて冷却した。炉内が室温まで冷却されてから内容物を取り出し、粉末X線回折法で分析したところ、スラッジの含有金属元素がFeやLnFeO(LnはNd,Pr,Dyから選択される1種または複数種類の混合組成)などの酸化物に転換されていることが確認できた。
【0026】
(工程2)
工程1で得た加熱スラッジ100gをビーカー中でイオン交換水3Lに懸濁させてから90℃に加熱した。この懸濁液を90℃に保持して約300rpmの撹拌速度で撹拌しながら4.9%の塩酸溶液500mL(塩酸の含量はスラッジの希土類元素の含量の1.1倍(モル比))を4時間かけて滴下した。懸濁液のpHは、塩酸溶液滴下開始前は5.7であったが、滴下開始から20分後に2.0未満となり、滴下完了時点では1.4であった。その後、ビーカーの開口部にテフロン(登録商標)製時計皿を被せ、さらに懸濁液を、その温度を90℃に保持しながら4時間、300rpmの撹拌速度で撹拌した(pHに変動はなく1.4のまま)。塩酸溶液滴下完了時点、その2時間後、4時間後に、それぞれの懸濁液を濾過して得られた濾液をサンプリングし、ICP発光分光分析法で濾液中の希土類元素(Nd,Pr,Dyの合計)、鉄、その他の金属元素を定量分析し、すべての含有金属元素に対する希土類元素(Nd,Pr,Dyの合計)と鉄の含有率(成分比)を求めた。結果を表3に示す。表3から明らかなように、懸濁液を、pH2.0未満で90℃の加熱状態で保持して撹拌することで、懸濁液の濾液中の希土類元素の含有率を90%以上にすることができた(塩酸溶液滴下完了時点から4時間後はpH2.0未満で90℃の加熱状態の保持時間が7時間40分に相当)。鉄については塩酸溶液滴下完了時点では懸濁液中の含有率は0.8%であったが、その後、沈殿が進行し、4時間後における懸濁液中の含有率は0.4%にまで低下した。
【0027】
【表3】

【0028】
(工程3)
工程2における塩酸溶液滴下完了時点から4時間後の懸濁液を室温まで冷却した後、濾紙を用いて濾過して未溶解物と沈殿物を分離し、濾液を得た。得られた各種の液量の濾液を各種の温度に加熱し、沈殿剤として炭酸ナトリウムまたは重炭酸ナトリウムを、スラッジの希土類元素の含量の各種の倍数(モル比)で添加したところ、瞬時に希土類元素の沈殿物が生成した。得られた沈殿物を濾紙を用いて濾取し、大気雰囲気中、900℃で6時間、酸化焙焼することで希土類元素の酸化物を得た。回収条件の詳細と回収結果を表4に示す(表4において初期pHは沈殿剤を添加する時点でのpHを意味する。実験No.1,3,4はpH調整なし。実験No.2は塩酸を用いて、実験No.5〜8は水酸化ナトリウムを用いてそれぞれpH調整を行った。平衡pHは沈殿剤の添加を完了してから1時間後のpHが安定した際のpHを意味する。希土類元素の回収率と純度は、希土類元素の酸化物をICP発光分光分析法で定量分析し、前者はスラッジ中の希土類元素に対する酸化物中の希土類元素の百分率で、後者は酸化物中のすべての含有金属元素に対する希土類元素の百分率でそれぞれ求めた)。表4から明らかなように、60℃の濾液に沈殿剤を加えた場合、生成した沈殿物を短時間で濾取することができた。これは生成した沈殿物の粒子がそれほど小さくない(粒径:5μm〜20μm程度)ことに起因した。これとは対照的に30℃または90℃の濾液に沈殿剤を加えた場合、生成した沈殿物の粒子の粒径は1μm以下であって非常に小さいことから、生成した沈殿物の濾取に時間を要した。
【0029】
【表4】

【0030】
参考例1:処理対象物の含有金属元素を酸化物に転換する際の加熱温度と転換効率の関係
ICP発光分光分析法による定量分析の結果が、Fe:65.3,Nd:22.8,Pr:0.06,Dy:8.63,B:0.93,Co:0.90,その他の金属元素:0.42である(単位はmass%。残りは酸素などの非金属元素)、粒径が5μm以下になるまで粉砕したR−Fe−B系焼結磁石磁粉を、電気炉に仕込み、大気雰囲気中、各種の温度で各種の時間、加熱した。加熱条件の詳細と酸化による磁粉の重量増加率を表5に示す。この磁粉は理論上完全に酸化物に転換されると約35%の重量増加が見込まれるので、表5から明らかなように、加熱温度を600℃以上とすることで、ほぼ完全に酸化物に転換することができた。
【0031】
【表5】

【0032】
参考例2:含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物に塩酸溶液を加える際の加熱温度とその後の保持温度と、懸濁液の濾液中のすべての含有金属元素に対する希土類元素と鉄の含有率の関係(その1)
参考例1に記載のR−Fe−B系焼結磁石磁粉を、電気炉に仕込み、大気雰囲気中、860℃で2時間、加熱した。得られた加熱磁粉10gをビーカー中の各種の温度に加熱した0.5%の塩酸溶液500mL(塩酸の含量は磁粉の希土類元素の含量の1.1倍(モル比))に瞬時に投入した。投入後の懸濁液のpHは1.4であった。その後、ビーカーの開口部にテフロン(登録商標)製時計皿を被せ、さらに懸濁液を、その温度を各種の温度に保持しながら16時間、500rpmの撹拌速度で撹拌した(pHに変動はなく1.4のまま)。撹拌開始から4.5時間後、8時間後、16時間後に、それぞれの懸濁液を濾過して得られた濾液をサンプリングし、実施例2と同様の方法で濾液中のすべての含有金属元素に対する希土類元素と鉄の含有率を求めた。結果を表6に示す。表6から明らかなように、塩酸溶液を加える際の加熱温度とその後の保持温度を80℃にした場合、16時間撹拌することで、濾液中の希土類元素の含有率をほぼ100%にすることができた。鉄については撹拌開始から4.5時間後では濾液中の含有率は4.3%であったが、その後、沈殿が進行し、16時間後における濾液中の含有率は0.5%にまで低下した。
【0033】
【表6】

【0034】
参考例3:含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物に塩酸溶液を加える際の加熱温度とその後の保持温度と、懸濁液の濾液中のすべての含有金属元素に対する希土類元素と鉄の含有率の関係(その2)
参考例1に記載のR−Fe−B系焼結磁石磁粉を、電気炉に仕込み、大気雰囲気中、860℃で2時間、加熱した。得られた加熱磁粉10gをビーカー中でイオン交換水300mLに懸濁させてから90℃に加熱した。この懸濁液を90℃に保持して300rpmの撹拌速度で撹拌しながら0.6%の塩酸溶液400mL(塩酸の含量は磁粉の希土類元素の含量の1.1倍(モル比))を4時間かけて滴下した。懸濁液のpHは、塩酸溶液滴下開始前は5.7であったが、滴下開始から20分後に2.0未満となり、滴下完了時点では1.4であった。その後、ビーカーの開口部にテフロン(登録商標)製時計皿を被せ、さらに懸濁液を、その温度を90℃に保持しながら6時間、300rpmの撹拌速度で撹拌した(pHに変動はなく1.4のまま)。塩酸溶液滴下完了時点、その2時間後、4時間後、6時間後に、それぞれの懸濁液を濾過して得られた濾液をサンプリングし、実施例2と同様の方法で濾液中のすべての含有金属元素に対する希土類元素と鉄の含有率を求めた。結果を表7に示す。表7から明らかなように、懸濁液に対するpH2.0未満での90℃の加熱状態の保持時間が長いほど濾液中の希土類元素の含有率を高めることができ、塩酸溶液滴下完了時点から6時間後(pH2.0未満で90℃の加熱状態の保持時間が9時間40分に相当)には約90%にすることができた。鉄については時間が長いほど沈殿が進行して濾液中の含有率が少なくなり、6時間後における濾液中の含有率は0.5%にまで低下した。
【0035】
【表7】

【0036】
参考例4:含有金属元素を酸化物に転換した処理対象物に塩酸溶液を滴下によって加えた際のpHの推移
参考例3と同様の条件で加熱磁粉の懸濁液を90℃に保持して撹拌しながら塩酸溶液を4時間かけて滴下した際のpHの推移を図1に示す。図1から明らかなように、懸濁液のpHは、塩酸溶液滴下開始前は5.7であったが、滴下開始から20分後に2.0未満となり、滴下完了時点では1.1であった(注:滴下完了時点でのpHが参考例3と異なるがこの相違は誤差範囲である)。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、低コストで簡易なリサイクルシステムとして実用化が可能な、少なくとも希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物から希土類元素を回収する方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物から希土類元素を回収する方法であって、処理対象物を酸化性雰囲気中において600℃以上の温度で加熱して含有金属元素を酸化物に転換した後、塩酸溶液を加えて溶液のpHを2.0未満とするとともに加熱状態を形成し、さらにアルカリを加えることなくpH2.0未満での加熱状態を保持することで、希土類元素を溶液に溶出させ、希土類元素とともに溶液に溶出した鉄族元素を沈殿させた後、処理対象物の未溶解物と鉄族元素を含む沈殿物から希土類元素が溶解した溶液を分離し、希土類元素が溶解した溶液に沈殿剤を加えて希土類元素を沈殿させて回収することを特徴とする方法。
【請求項2】
処理対象物を酸化性雰囲気中において加熱する際の温度を1100℃以下とすることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
加熱状態の形成と加熱状態の保持の温度を70℃以上とすることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
希土類元素が溶解した溶液に沈殿剤を加えて希土類元素を沈殿させる際の温度を45℃〜85℃とすることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項5】
炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸アンモニウム、重炭酸アンモニウムから選択される少なくとも1種を沈殿剤として用いることを特徴とする請求項1記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−237053(P2012−237053A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−184768(P2011−184768)
【出願日】平成23年8月26日(2011.8.26)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】