説明

希土類磁石加工用水溶性油剤

【解決手段】有機酸と塩基性化合物とを含み、更に高分子凝集剤を含有することを特徴とする希土類磁石加工用水溶性油剤。
【効果】本発明の希土類磁石加工用水溶性油剤は、高分子凝集剤を含有することにより加工で生成した微細な酸化物及び/又は水酸化物を金属成分である切屑と共に凝集沈降させることができ、油剤との分離に沈降分離法や磁力選別法等の簡単な装置を使用することができる。その結果として、希土類磁石の加工時に発生する消えにくい泡や水溶性油剤の濁りの発生を抑制して加工性と作業性の向上を図ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機酸と塩基性化合物とを主成分とし、更に高分子凝集剤を含有する希土類磁石加工用水溶性油剤に関する。詳しくは、水溶性油剤を使用して希土類磁石を加工する時に発生する泡と油剤の濁りを抑制して作業性と加工性を向上させた、水溶性高分子凝集剤を含有する希土類磁石加工用水溶性油剤に関する。
【背景技術】
【0002】
希土類磁石は希土類金属と遷移金属を主成分とした合金を微粉砕、成形、焼結して製造されるが、必要に応じて焼結体を切断や研削によって加工し、所望の形状・寸法の磁石に仕上げられる。希土類磁石は高温になると酸化して特性劣化してしまうために、このような切断や研削では加工油剤を使用して冷却しながら行うことが一般的である。
【0003】
加工油剤は大きく分けて、潤滑作用を主目的とし、原液で使用する不水溶性タイプと、冷却作用を主目的とし、水に希釈して使用する水溶性タイプがあるが、近年、作業性や火災の危険性を考慮し、水溶性タイプを使用することが主流となっている。希土類磁石の加工においても、その構成成分の希土類金属が酸化されやすい性質があるため、作業性と安全性を考慮して水溶性タイプの油剤が用いられる。
【0004】
しかしながら、水溶性油剤を使用して冷却しながら加工しても、加工による発熱で切屑が高温になることによって反応性が高まり、水や空気中の酸素によって酸化して、希土類金属の酸化物及び/又は水酸化物が生成する。加工によって発生した切屑の水溶性油剤からの分離には、比重が大きいことや磁性を持っていることを利用した沈降分離法や磁力選別法が使用されるが、このような方法では、生成した微細な酸化物及び/又は水酸化物は分離されず油剤に浮遊したまま循環して油剤を濁らせ、更には加工物の表面に付着して加工物の品質を損なう結果をもたらすことになる。また、微細な酸化物及び/又は水酸化物の一部は加工油剤に含有される有機酸と疎水性の塩を生成し、その塩が加工中に発生する泡に取り込まれ泡の安定性を向上させるため、泡は消えることなく増加の一方となり、加工装置や油剤の貯槽からあふれ出し、作業性と安全性を著しく損なうことになる。
【0005】
その対策としては、生成した微細な酸化物及び/又は水酸化物をすばやく分離して系外に出すことが有効であると考えられるが、例えば、加圧濾過機による濾過等は、プロセスの複雑化と初期投資の増大を招いてしまう。沈降分離法や磁力選別法等の簡単な装置で切屑と共に微細な酸化物及び/又は水酸化物が分離されることが最も望ましいが、現在までその有効な方法は見出されていない。また、希土類磁石の水溶性油剤を使用した切断や研削に関して油剤の濁りや泡の発生に注目した特許文献はなく、参考とすべき先行技術はない状態であった。
【0006】
なお、本発明に関連する先行技術文献としては、以下のものが挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−20765号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みなされたもので、有機酸と塩基性化合物とを主成分とする水溶性油剤を使用して希土類磁石を加工する時に発生する泡と油剤の濁りを抑制して、作業性と加工性を向上させた希土類磁石加工用水溶性油剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、有機酸と塩基性化合物とを含む水溶性油剤に特定の高分子凝集剤を添加することで、消泡性に優れ、希土類磁石を加工する時に発生する泡と油剤の濁りを抑制する効果が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
従って、本発明は下記希土類磁石加工用水溶性油剤を提供する。
請求項1:
有機酸と塩基性化合物とを含み、更に高分子凝集剤を含有する水溶液であることを特徴とする希土類磁石加工用水溶性油剤。
請求項2:
上記高分子凝集剤が、ノニオン系高分子凝集剤であることを特徴とする請求項1記載の希土類磁石加工用水溶性油剤。
請求項3:
上記ノニオン系高分子凝集剤が、ポリアクリルアミド系高分子凝集剤であることを特徴とする請求項2記載の希土類磁石加工用水溶性油剤。
請求項4:
上記高分子凝集剤の濃度が、5〜1,000ppmであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の希土類磁石加工用水溶性油剤。
請求項5:
ネオジム−鉄−ホウ素系磁石加工用であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の希土類磁石加工用水溶性油剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明の希土類磁石加工用水溶性油剤は、高分子凝集剤を含有することにより、加工の時に生成した微細な酸化物及び/又は水酸化物を金属成分である切屑と共に凝集沈降させることができ、油剤との分離に沈降分離法や磁力選別法等の簡単な装置を使用することができる。その結果として、希土類磁石の加工時に発生する消えにくい泡や水溶性油剤の濁りの発生を抑制して加工性と作業性の向上を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の希土類磁石加工用水溶性油剤は、有機酸と塩基性化合物とを含み、更に高分子凝集剤を含有するものである。
【0013】
本発明の希土類磁石加工用水溶性油剤に使用する有機酸としては、特に制限されないが、カルボン酸が好ましく、より好ましくは脂肪族カルボン酸である。また、脂肪族カルボン酸の中でも、一塩基酸又は二塩基酸が好ましい。一塩基酸としては、例えば、オクタン酸、ノナン酸、デカン酸等が挙げられる。二塩基酸としては、セバシン酸、ドデカン二酸等が挙げられる。これらは1種単独で用いることもできるが、2種以上を混合して用いることもできる。
【0014】
上記有機酸の濃度は1〜5g/Lであることが好ましい。1g/L未満では、加工後の希土類磁石表面に対する防錆効果が不足することがあり、5g/Lを超えると、有機酸が水に対して完全に溶解できずに析出してくるため、油剤を噴出させるノズルを詰まらせるなど作業性に悪影響を及ぼすことがある。
【0015】
本発明の希土類磁石加工用水溶性油剤に使用する塩基性化合物としては、無機化合物、有機化合物のいずれも使用することができる。具体的には、無機化合物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられ、有機化合物としては、アルカノールアミン類等が挙げられる。上記アルカノールアミン類として、具体的には、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンが挙げられる。これらの塩基性化合物の中でも、特にトリエタノールアミンを使用することが好ましい。なお、塩基性化合物の濃度は、有機酸の中和当量以上であることが好ましい。中和当量未満では、有機酸が水に溶解し難くなり析出してくることがある。具体的には、塩基性化合物の濃度は、有機酸の中和当量の1.0〜3.0倍であることが好ましく、1.2〜2.0倍であることがより好ましい。
【0016】
本発明の希土類磁石加工用水溶性油剤に含有される高分子凝集剤としては、アニオン系、カチオン系、ノニオン系、両性系のいずれも使用することができる。アニオン系の高分子凝集剤としては、アクリルアミド・アクリル酸ナトリウム共重合体、アクリルアミド・アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸ナトリウム共重合体等が挙げられる。カチオン系の高分子凝集剤としては、アルキルアミノメタクリレート4級塩重合体、アルキルアミノアクリレート4級塩・アクリルアミド共重合体、ポリアミジン塩酸塩等が挙げられる。ノニオン系の高分子凝集剤としては、ポリアクリルアミド系高分子凝集剤等が挙げられる。両性系の高分子凝集剤としては、アクリルアミド・アクリル酸・アルキルアミノ(メタ)アクリレート4級塩共重合体等が挙げられる。これらの中でもノニオン系の高分子凝集剤が好ましく、特にポリアクリルアミド系高分子凝集剤が好ましい。
【0017】
ポリアクリルアミド系高分子凝集剤を本発明の高分子凝集剤として使用する場合、そのゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)によるポリスチレン換算の平均分子量は、600万〜1,200万であることが好ましく、特に800万〜1,000万であることが好ましい。分子量が600万未満の場合は、凝集効果が小さくなるおそれがあり、1,200万を超える場合は、水溶性油剤に溶け難くなるおそれがある。なお、上記ポリアクリルアミド系高分子凝集剤としては、市販品を使用し得、例えば、三洋化成工業(株)製サンフロックN−500P等を使用することができる。
【0018】
上記高分子凝集剤の濃度は、5〜1,000ppmであることが好ましく、10〜500ppmであることがより好ましい。濃度が5ppmよりも低いと、期待する泡立ちや濁りの抑制効果が得られないおそれがある。一方、1,000ppmよりも高いと、その濃度に相当する効果の向上がみられないことがあり、更に、液粘度が上昇して加工性に悪影響を及ぼすおそれがある。
【0019】
本発明の希土類磁石加工用水溶性油剤には、必要に応じて基油、消泡剤、及びその他の添加剤(例えば、極圧添加剤、防食剤、酸化防止剤、着色剤等)を適宜配合することができる。これらの添加剤の添加量は、本発明の効果を損なわない範囲で、任意とすることができる。
【0020】
本発明の希土類磁石加工用水溶性油剤は、特にネオジム−鉄−ホウ素系磁石加工用として好適である。
【実施例】
【0021】
以下に実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0022】
[実施例1〜3、比較例1,2]
[試験用油剤の調製]
試験用油剤は、ドデカン二酸2g/L及びトリエタノールアミン10g/Lの水溶液に、下記表1記載の量の高分子凝集剤を添加して作製した(実施例1〜3)。比較例1として、上記ドデカン二酸/トリエタノールアミン水溶液をそのまま使用した。また、比較例2として、市販の加工用水溶性油剤((株)ネオス製、ファインカット902S)を使用した。なお、実施例において使用した高分子凝集剤は、以下の通りである。
ノニオン系高分子凝集剤:三洋化成工業(株) サンフロック N−500P(ポリアクリルアミド系、分子量:1,000万)
カチオン系高分子凝集剤:三洋化成工業(株) サンフロック C−009P(アルキルアミノメタクリレート4級塩重合体系、分子量:200万)
【0023】
[泡立ち・濁り評価]
(1)試験方法
100mLの投薬瓶に、試験用油剤50mLとネオジム−鉄−ホウ素系磁石の研削屑5gを入れ、30分間震盪した後、静置した。
(2)評価方法
静置した後、5分後、1時間後に液面での泡の状態及び液相部での濁りの状態を目視で判定した。結果を表1に示す。なお、表1中、記号は以下の意味を示す。
○:泡なし、濁りなし
△:泡少ない、濁り少ない
×:泡多い、濁り多い
【0024】
【表1】

【0025】
上記の結果は、実施例1〜3の水溶性油剤が泡立ち及び濁りの抑制について優れた効果を有し、従って、希土類磁石の加工に用いるのに適した優れた油剤を与えるものであることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明は、水溶性油剤を使用して希土類磁石を加工する時に発生する泡と油剤の濁りを抑制して作業性と加工性を向上させるのに有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機酸と塩基性化合物とを含み、更に高分子凝集剤を含有する水溶液であることを特徴とする希土類磁石加工用水溶性油剤。
【請求項2】
上記高分子凝集剤が、ノニオン系高分子凝集剤であることを特徴とする請求項1記載の希土類磁石加工用水溶性油剤。
【請求項3】
上記ノニオン系高分子凝集剤が、ポリアクリルアミド系高分子凝集剤であることを特徴とする請求項2記載の希土類磁石加工用水溶性油剤。
【請求項4】
上記高分子凝集剤の濃度が、5〜1,000ppmであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の希土類磁石加工用水溶性油剤。
【請求項5】
ネオジム−鉄−ホウ素系磁石加工用であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の希土類磁石加工用水溶性油剤。

【公開番号】特開2011−236351(P2011−236351A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−109891(P2010−109891)
【出願日】平成22年5月12日(2010.5.12)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】