説明

希土類金属錯体及びその製造方法並びにそれを用いたインク組成物。

【課題】有機溶剤への溶解性が高く、固体でも溶液中でも蛍光を発することができる希土類金属錯体で、特にその金属錯体の有機配位子は同じであるにもかかわらず、中心金属イオンの種類を変えるだけで、光の3原色をはじめとした種々の蛍光色を出すことが可能な希土類金属錯体及びそれを用いたインク組成物を提供する。
【解決手段】下記の式


(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示す。)で表される希土類金属錯体を用いることにより、有機溶剤に対する溶解性が高く、しかも、中心金属イオンの種類を変えるだけで光の3原色を得ることが可能な、インクジェット用インク組成物に適した蛍光発光材料を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類金属錯体及びその製造方法並びにそれを用いたインク組成物に関するものであり、特にその金属錯体の有機配位子は同じであるにもかかわらず、中心金属イオンの種類を変えるだけで、光の3原色をはじめとした種々の蛍光色を出すことが可能な希土類金属錯体及びそれを用いたインク組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、印刷分野においては、金券やプリペイドカードなどの有価証券類や、又は秘密保持が必要な書類など、偽造や複写を防止することが必要とされている印刷物に、通常の可視光下で肉眼では視認しがたいが、紫外線や赤外線を照射することにより目視などにより検出可能である蛍光発光インクや赤外線吸収インクを用いて印刷する、いわゆる隠し印刷が用いられており、近年では、このうちの蛍光発光インクとして、従来の無機蛍光体や有機蛍光体に代えて、希土類金属錯体を用いたインクも種々提案されている。
【0003】
また、特許文献1には、バーコード印刷し、コード管理による物品を分配するシステムに適用される高速印字に耐えうるインクジェットプリンター用の水性インク組成物において、希土類金属錯体を用い、印刷されたマークを紫外線による励起を用いて検出することが記載されており、特にユウロピウムを用いた場合には、発光が615±20nmの赤色となるために、シリコンダイオードなどにより検出することができるとしている。
【0004】
こうした希土類金属錯体を用いたインクは、従来の無機蛍光体を用いたインクと比較して、インク形成箇所における光散乱が生じにくく、印刷物を可視光下ですかして見た際にインクの存在が目視できてしまうという従来の無機蛍光体における問題がある程度解決でき、また、有機蛍光体を用いたインクと比較して、インクバインダー中で会合を生じにくく、使用温度などによる発光強度の変化などを生じにくいなどの利点を有している。
しかしながら、従来の希土類金属錯体は、発光強度が弱い、バインダー中で結晶化しやすい等の問題がある。
【0005】
こうした問題を解決するものとして、特許文献2では、特定のリン化合物の配位子と、β−ジケトン配位子を有する、ユウロピウム錯体又はテルビウム錯体を用いた蛍光発光インクが提案されている。
しかしながら、該インクは、バインダー中においても会合や結晶化し難く、非常に分散性に優れるという効果を有するものの、黄色に着色しており、無色ではないという欠点を有している。また、蛍光体をバインダーに分散して用いるインクであるため、前述のようなインクジェットプリンター用のインクに要求される溶媒溶解性については充分なものではない。
【0006】
さらに、前述の偽造防止技術の分野において、紫外線の励起特性の異なる三つ以上の発光体を混合して作った多色発光混合物を、インク用ビヒクルに混合してなる多色発光インク組成物が提案されており(特許文献3)、そのような多色発光混合物として、RGB表示領域のR領域に主波長をもつ第1の発光群から選ばれる少なくとも一の発光体、前記G領域に主波長をもつ第2の発光群から選ばれる少なくとも一の発光体、及び前記B領域に主波長をもつ第3の発光群から選ばれる少なくとも一つの発光体のうち、少なくとも三つ以上の発光体を混合したものが用いられている。そして、この多色化発光インク組成物を用いることにより、簡易的な官能検査(色相評価)においては、偽造者は真偽判定に使用されている波長領域をあらかじめ絞ることが不可能であることから、偽造牽制・抑止力の向上に極めて有効であり、また、機械検査においても、真偽判別に使用される紫外線波長域が制限されず、200nmから400nmの紫外線全領域で連続して発光を取得し、すべての発光を判定要素とすることが可能であるとしている。
しかしながら、この多色化蛍光インク組成物において、蛍光体として例示されているものは無機系顔料あるいは、無機系顔料と有機系顔料の組み合わせであって、バインダーに混合して用いるインクであるため、インクジェットプリンター用のインクに要求される溶媒溶解性については充分なものではない。
【0007】
希土類金属イオンと有機配位子からなる金属錯体は、前述の蛍光インクの他、蛍光プローブや蛍光ラベル剤としても役立っているが、従来の希土類金属錯体は、中心金属イオンが高い正電荷(3+)を持つために、水溶性の化合物が中心であり、有機溶媒には溶けにくいためにその利用が制限されるという問題を有している。また、希土類金属錯体は高配位状態を取りやすいという特徴を有しており、配位させたい所望配位子以外の配位子、例えば溶媒等が配位することにより、期待される特性が阻害されたり、場合によっては加水分解が起こり、錯体が本来有している機能を十分に引き出すのは困難であるという問題もある。
これらの問題を解決する蛍光希土類金属錯体として、希土類金属に、RCO2Hで示されるカルボン酸の脱プロトン化物からなる配位子と、2座配位子の1,10−フェナントロリンからなる中性有機配位子とが配位されたものが提案されている(特許文献4)。
【特許文献1】特開2003−201425号公報
【特許文献2】特開2006−77191号公報
【特許文献3】特開2006−274097号公報
【特許文献4】特開2006−298777号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献4に記載された蛍光希土類金属錯体を、インクジェットプリンラー用のインク組成物に用いようとすると、その溶解性が充分でないために充分な濃度のインクが作製できず、溶剤の温度を上げて蛍光希土類金属錯体を溶かしても常温では結晶が析出するという問題が発生した。また、蛍光強度も充分なものではなかった。さらに、その金属錯体の有機配位子が同じである場合に、赤、緑、青の光の3原色をそろえることができないため、種々の蛍光色を出すことが不可能であった。
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであって、それ自体無色であって、固体でも溶液中でも、励起光の照射により蛍光を発生することができるとともに、形成された錯体の安定性が高く、しかも溶剤への溶解性が良好で、溶剤に溶かしてインクジェットプリンター用のインク組成物とすることができる発光材料を提供することを目的とするものである。また、本発明は、同じ配位子で、赤、緑、青の光の3原色である蛍光色を出すことが可能な種々の金属イオンの錯体が形成しうる希土類金属系の発光材料を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、前記カルボン酸として、パラ位にブトキシ基を有する安息香酸を用いることにより、優れた溶解性を有し、且つ、優れた蛍光強度を有する発光材料であり、しかもその希土類金属を代えるだけで、多色化が可能となるという知見を得た。
【0010】
本発明は、これらの知見に基づいて完成に至ったものであり、以下のとおりのものである。
(1)下記の一般式(I)
【化1】

(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示す。)で表される希土類金属錯体。
(2)希土類金属塩と下記の一般式(II)
【化2】

(式中、MはH、アルカリ金属又は化学当量相当のアルカリ土類金属を示す。)
で表されるカルボン酸又はその塩を、希土類金属イオンの正電荷が中和されるように反応させて希土類金属錯体を生成させ、次いで該希土類金属錯体を、1,10−フェナントロリンと反応させることを特徴とする請求項1に記載の希土類金属錯体の製造方法。
(3)希土類金属塩と、その希土類金属イオンの正電荷を中和する当量比の下記の一般式(II)
【化2】

(式中、MはH、アルカリ金属又は化学当量相当のアルカリ土類金属を示す。)
で表されるカルボン酸又はその塩と、1,10−フェナントロリンとを共に反応させることを特徴とする請求項1に記載の希土類金属錯体の製造方法。
(4)下記の一般式(I)
【化1】

(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示す。)で表される希土類金属錯体を有効成分とする蛍光発光材料。
(5)少なくとも、下記の一般式(I)
【化1】

(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示す。)で表される希土類金属錯体と、該希土類金属錯体を溶解する溶剤を含有することを特徴とするインク組成物。
(6)前記溶剤が、ジメチルスルホキシドである請求項5に記載のインク組成物。
(7)前記インクが、インクジェットプリンター用のインクである請求項5又は6に記載のインク組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明の発光材料は、その有効成分である希土類金属錯体の安定性が非常に高いうえに、有機溶剤との相溶性が高く、有機溶剤に溶かした場合には透明な溶液が得られ、しかも、十分な発光特性を有している。また、本発明の発光材料を用いた場合には、同一の有機配子を用い、中心金属に異なる金属を、たとえば、青色用としてイットリウム、ランタン、ルテチウム、赤色用としてユウロピウム、緑色用としてテルビウム、とすることにより、多色化が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の希土類金属錯体は、下記の一般式(I)
【化1】

前記一般式(I)において、Lnは、その中心金属元素である希土類金属を表す。希土類金属元素については、特に制限されず、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属元素であって、例えば、スカンジウム、イットリウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウム等が挙げられ、好ましくは錯体が赤色の蛍光を示すユウロピウムや、錯体が緑色の蛍光を示すテルビウムや、錯体が青色の蛍光を示すイットリウム、ランタン、ルテチウムなどが用いられる。
【0013】
一般式(I)において、前記希土類金属は、パラ位にブトキシ基を有する安息香酸の脱プロトン化物からなる配位子と、2座配位子の1,10−フェナントロリンからなる中性有機配位子とが配位され、これら配位子の数は、希土類金属1個に対し、前者は希土類金属イオンの3の正電荷を打ち消すように3個であり、後者は1個である。
一般に、希土類金属錯体は、高配位数のものが知られており、このようなものが正電荷を持つ場合、カウンター陰イオンの配位が起こりやすくなり、その影響を無視できなくなるが、本発明では、金属イオンの正電荷を打ち消すのに負電荷を持つ上記前者の配位子が有効なのである。
【0014】
本発明の蛍光希土類金属錯体は、次の反応式で示されるようにして容易に製造することができる。
【化3】

すなわち、前記一般式(3)で示される希土類金属塩と前記一般式(2)で示されるp−ブトキシ安息香酸、或いはそのアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩とを、希土類金属イオンの正電荷が中和されるように化学当量比或いはその近くで反応させ、前記一般式(4)で示される、電荷を持たない希土類金属錯体を生成させ、次いでこの錯体と、1,10−フェナントロリン(Lと表記)(5)を化学当量比或いはその近くで反応させればよい。
【0015】
このような反応に用いられるLnX3としては、イットリウムトリフラート、ユウロピウムトリフラート、テルビウムトリフラート等の希土類金属トリフラート、LnCl3で表わされる希土類金属塩化物等が挙げられる。
また、LnX3に代えて他の希土類金属塩、例えば硝酸塩、硫酸塩等を用いることができる。
【0016】
本発明の蛍光希土類金属錯体は、上記反応式のように段階的に反応させる方法の他、これら反応原料を一緒に1段階で反応させる方法でも容易に製造することができる。
すなわち、この方法は、希土類金属塩と、その希土類金属イオンの正電荷を中和する当量比の下記の一般式(II)
【化2】

(式中、MはH、アルカリ金属又は化学当量相当のアルカリ土類金属を示す。)
で表わされるカルボン酸又はその塩と、中性有機配位子とを共に反応させるものである。
【0017】
これらの反応において、反応溶媒には、アルコール、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド(以下、DMFと表記する)、テトラヒドロフラン、アセトン、クロロホルム、メチレンクロライド、酢酸エチル、酢酸ブチル、ジメチルスルホキシド等の一般的な有機溶媒が用いられる。
【0018】
前記一般式(I)で表される希土類金属錯体は、それ自体無色であり、しかも、前述のような有機配位子を有しているために、有機溶媒に対する溶解性が高いため、本発明の希土類金属錯体を有効成分とする蛍光体を用いてインク組成物を製造した場合は、透明性が高く、しかも印刷後の画像は完全に無色であって、インクジェットプリンター用の蛍光インク組成物として良好なものが得られる。
本発明のインク組成物に用いられる溶剤は、2−ブトキシエタノール、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、などが挙げられる。これらの中でも、ジメチルスルホキシドがとくに好ましい。
【実施例】
【0019】
以下、本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【0020】
(実施例1)
〈ユウロピウム錯体の合成及びその蛍光特性〉
ユウロピウムトリフラート(Eu(CFSO)粉末1.20g(2mmol)をメタノール50mlに溶かし、加熱、撹拌しながら、p−ブトキシ安息香酸1.17g(6mmol)及び1,10−フェナントロリン0.36g(2mmol)をメタノール25mlに溶かした溶液を加えた。さらに、トリエチルアミン0.61g(6mmol)を含むメタノール溶液5mlを加えて、2分間、加熱、撹拌を続けたところ、沈殿物が生成した。この沈殿物を含む溶液を冷蔵庫に入れ一晩静置したのち、沈殿物をろ別した。これを冷メタノール10mlで2回洗浄したのち、乾燥した。
このようにして、ユウロピウム錯体(C4547Eu)1.35gを得た。収率は74%であった。
ユウロピウム錯体の元素分析結果は、計算値(C:59.28%、H:5.20%、N:3.07%)に対して、測定値(C:59.40%、H:5.07%、N:3.01%)であった。
また、ユウロピウム錯体の赤外線吸収スペクトルの主なピークは、1606.41、1415.49、1250.61、1170.58、846.60、783.92cm−1に観測された。
ユウロピウム錯体の固体サンプルの蛍光量子収率を積分球付の分光蛍光光度計で測定したところ、0.781という値を示し、強蛍光体であることが判明した。固体サンプルで測定した蛍光寿命は、1.28msであった。
【0021】
ユウロピウム錯体は、配位子にブトキシ基を導入しているために、有機溶剤への溶解性が高く、例えばジメチルスルホキシドを溶剤に用いた場合には、0.05Mという高濃度の溶液を調整することが可能であった。また、2−ブトキシエタノールを溶剤に用いた場合には、0.01Mの溶液を調整することが可能であった。これらの溶液は、そのままインクジェット用のインクとして用いることが可能であった。
ジメチルスルホキシドを溶剤にして調整した、0.01mMのユウロピウム錯体の溶液の吸収スペクトルを図1に示す。吸収ピークは、264nmに存在し、モル吸光係数は、41600であった。264nmで励起したときの蛍光スペクトルを図2に示す。蛍光ピークは、618nmに観測された。
【0022】
(実施例2)
〈テルビウム錯体の合成及びその蛍光特性〉
テルビウムトリフラート(Tb(CFSO)粉末1.22g(2mmol)をメタノール50mlに溶かし、加熱、撹拌しながら、p−ブトキシ安息香酸1.17g(6mmol)及び1,10−フェナントロリン0.36g(2mmol)をメタノール25mlに溶かした溶液を加えた。さらに、トリエチルアミン0.61g(6mmol)を含むメタノール溶液5mlを加えて、2分間、加熱、撹拌を続けたところ、沈殿物が生成した。この沈殿物を含む溶液を冷蔵庫に入れ一晩静置したのち、沈殿物をろ別した。これを冷メタノール10mlで2回洗浄したのち、乾燥した。
このようにして、テルビウム錯体(C4547Tb)1.37gを得た。収率は75%であった。
テルビウム錯体の元素分析結果は、計算値(C:58.83%、H:5.16%、N:3.05%)に対して、測定値(C:59.94%、H:5.05%、N:2.96%)であった。
また、テルビウム錯体の赤外線吸収スペクトルの主なピークは、1606.41、1418.39、1250.61、1171.54、853.35、783.92cm−1に観測された。
【0023】
テルビウム錯体は、配位子にブトキシ基を導入しているために、有機溶剤への溶解性が高く、例えばジメチルスルホキシドを溶剤に用いた場合には、0.05Mという高濃度の溶液を調整することが可能であった。また、2−ブトキシエタノールを溶剤に用いた場合には、0.01Mの溶液を調整することが可能であった。これらの溶液は、そのままインクジェット用のインクとして用いることが可能であった。
ジメチルスルホキシドを溶剤にして調整した、0.01mMのテルビウム錯体の溶液の吸収スペクトルを図3に示す。吸収ピークは、264nmに存在し、モル吸光係数は、39900であった。264nmで励起したときの蛍光スペクトルを図4に示す。蛍光ピークは、546nmに観測された。
【0024】
(実施例3)
〈イットリウム錯体の合成及びその蛍光特性〉
イットリウムトリフラート(Y(CFSO)粉末1.08g(2mmol)をメタノール50mlに溶かし、加熱、撹拌しながら、p−ブトキシ安息香酸1.17g(6mmol)及び1,10−フェナントロリン0.36g(2mmol)をメタノール25mlに溶かした溶液を加えた。さらに、トリエチルアミン0.61g(6mmol)を含むメタノール溶液5mlを加えて、2分間、加熱、撹拌を続けたところ、沈殿物が生成した。この沈殿物を含む溶液を冷蔵庫に入れ一晩静置したのち、沈殿物をろ別した。これを冷メタノール10mlで2回洗浄したのち、乾燥した。
このようにして、イットリウム錯体(C4547Y)1.31gを得た。収率は77%であった。
イットリウム錯体の元素分析結果は、計算値(C:63.68%、H:5.58%、N:3.30%)に対して、測定値(C:63.70%、H:5.51%、N:3.20%)であった。
また、イットリウム錯体の赤外線吸収スペクトルの主なピークは、1606.41、1420.32、1250.61、1171.51、853.35、785.85cm−1に観測された。
【0025】
イットリウム錯体は、配位子にブトキシ基を導入しているために、有機溶剤への溶解性が高く、例えばジメチルスルホキシドを溶剤に用いた場合には、0.05Mという高濃度の溶液を調整することが可能であった。また、2−ブトキシエタノールを溶剤に用いた場合には、0.01Mの溶液を調整することが可能であった。これらの溶液は、そのままインクジェット用のインクとして用いることが可能であった。
イットリウム錯体の固体の蛍光スペクトルを図5に示す。287nmで励起したときに、365nmにピークを有するブロードな蛍光スペクトルが観測された。
【0026】
(実施例4)
〈ランタン錯体の合成及びその蛍光特性〉
ランタントリフラート(La(CFSO)粉末1.18g(2mmol)をメタノール50mlに溶かし、加熱、撹拌しながら、p−ブトキシ安息香酸1.17g(6mmol)及び1,10−フェナントロリン0.36g(2mmol)をメタノール25mlに溶かした溶液を加えた。さらに、トリエチルアミン0.61g(6mmol)を含むメタノール溶液5mlを加えて、2分間、加熱、撹拌を続けたところ、沈殿物が生成した。この沈殿物を含む溶液を冷蔵庫に入れ一晩静置したのち、沈殿物をろ別した。これを冷メタノール10mlで2回洗浄したのち、乾燥した。
このようにして、ランタン錯体(C4547La)1.26gを得た。収率は70%であった。
ランタン錯体の元素分析結果は、計算値(C:60.14%、H:5.27%、N:3.12%)に対して、測定値(C:59.92%、H:5.05%、N:3.05%)であった。
また、ランタン錯体の赤外線吸収スペクトルの主なピークは、1606.41、1396.21、1250.61、1171.54、850.45、785.85cm−1に観測された。
ランタン錯体の固体の蛍光スペクトルを図6に示す。289nmで励起したときに、376nmにピークを有するブロードな蛍光スペクトルが観測された。
【0027】
(実施例5)
〈ルテチウム錯体の合成及びその蛍光特性〉
ルテチウムトリフラート(Lu(CFSO)粉末1.25g(2mmol)をメタノール50mlに溶かし、加熱、撹拌しながら、p−ブトキシ安息香酸1.17g(6mmol)及び1,10−フェナントロリン0.36g(2mmol)をメタノール25mlに溶かした溶液を加えた。さらに、トリエチルアミン0.61g(6mmol)を含むメタノール溶液5mlを加えて、2分間、加熱、撹拌を続けたところ、沈殿物が生成した。この沈殿物を含む溶液を冷蔵庫に入れ一晩静置したのち、沈殿物をろ別した。これを冷メタノール10mlで2回洗浄したのち、乾燥した。
このようにして、ルテチウム錯体(C4547Lu)1.50gを得た。収率は80%であった。
ルテチウム錯体の元素分析結果は、計算値(C:57.82%、H:5.07%、N:3.00%)に対して、測定値(C:57.75%、H:4.86%、N:2.89%)であった。
また、ルテチウム錯体の赤外線吸収スペクトルの主なピークは、1606.41、1422.24、1250.61、1172.51、852.38、785.85cm−1に観測された。
ルテチウム錯体の固体の蛍光スペクトルを図7に示す。284nmで励起したときに、368nmにピークを有するブロードな蛍光スペクトルが観測された。
【0028】
以下、上記特許文献4に記載された実施例1ないし5を、比較例として記載する。
(比較例1)
t−ブチル酢酸68.9ミリモルをメタノール80mlに溶解した溶液に、室温で大気圧下1モル濃度の水酸化ナトリウム水溶液68.9mlを攪拌しながら加えた。その後10分間攪拌を続け溶媒を減圧留去し、残った固体を減圧乾燥することによりt−ブチル酢酸ナトリウムを得た。
得られたt−ブチル酢酸ナトリウム68.7ミリモルを脱水エタノール100mlに加え、室温で大気圧下1時間攪拌することにより溶解させ、そこへ脱水エタノール100mlに加熱溶解したユウロピウムトリフラート11.45ミリモルを加え、室温で大気圧下1時間攪拌し白色の析出物を得た。この析出物を減圧濾過した後、減圧乾燥することにより白色粉末を得た。
この白色粉末3ミリモルをDMF60mlに加熱溶解し、これを、1,10−フェナントロリン6ミリモルをエタノール75mlに溶解させたものに加え、160℃で加熱しながら30分間還流させ、溶液を熱時ろ過した後、5日間自然放置してユウロピウム錯体を無色結晶として得た。収率は69%であった。
【0029】
得られたユウロピウム錯体は、赤色の蛍光を示したが、t−ブチル酢酸に由来する悪臭があり、溶剤に溶かしてインクを作製しても悪臭は残っていた。従って、インクジェット用のインクとしては好ましくない。
【0030】
(比較例2)
1−ナフトエ酸63ミリモルをメタノール100mlに加熱溶解し、これを室温で大気圧下1モル濃度の水酸化ナトリウム水溶液63mlに攪拌しながら加えた。その後10分間攪拌を続け溶媒を減圧留去した後、残った固体を減圧乾燥することにより1−ナフトエ酸ナトリウムを得た。
得られた1−ナフトエ酸ナトリウム63ミリモルを脱水エタノール100mlに加熱溶解し、そこへ脱水エタノール60mlに加熱溶解させたユウロピウムトリフラート10.5ミリモルを加え、室温で大気圧下3時間半攪拌することにより白色の析出物を得た。この析出物を減圧濾過した後、減圧乾燥し白色粉末を得た。
この白色粉末2.5ミリモルをDMF50mlに加熱溶解させ、この溶液を、1,10−フェナントロリン5ミリモルを脱水エタノール50mlに加熱溶解させたものに加え、160℃で加熱しながら5時間還流させ、熱時ろ過した後、3時間自然放置し白色の析出物を得た。この析出物をろ過した後、減圧乾燥することによりユウロピウム錯体を白色粉末として得た。収率は88%であった。
得られたユウロピウム錯体は、赤色の蛍光を示した。
【0031】
上記のユウロピウムトリフラートの代わりに、テルビウムトリフラートを用いて、それ以外は、すべて同じ試薬を用いて同じ操作により、テルビウム錯体を合成した。得られたテルビウム錯体の収量は、1.82gであり、収率は、85%であった。
得られたテルビウム錯体は、市販のUVランプの254nm、あるいは、365nmの紫外線を当てても緑色蛍光を示さなかった。光の3原色のうち、緑色が得られないことから、同じ配位子を用いて中心金属イオンの種類を変えるだけで、光の3原色を出すことは不可能である。
これに対して、本発明の一般式(I)で表される錯体は、金属錯体の有機配位子は同じであるにもかかわらず、中心金属イオンの種類を変えるだけで、赤(ユロピウム錯体)、緑(テルビウム錯体)、青(イットリウム、ランタン、あるいはルテチウム)の蛍光を示すことから、光の3原色を得ることが可能である。
【0032】
(比較例3)
ステアリン酸14ミリモルをメタノール100ミリリットルに熱溶解し、これを室温大気圧下で1モル濃度の水酸化ナトリウム水溶液14ミリリットルに攪拌しながら加えた。その後30分間攪拌を続け溶媒を減圧留去した後、残った固体を減圧乾燥することによりステアリン酸のナトリウム塩を得た。
上述の操作を繰り返し、得られたステアリン酸のナトリウム塩19.6ミリモルをメタノール100ミリリットルに熱溶解し、そこへメタノール30ミリリットルに熱溶解したユウロピウムトリフラート3.2ミリモルを加え、室温大気圧下で13時間半攪拌することにより白色の析出物を得た。この析出物を減圧濾過した後、減圧乾燥し白色粉末を得た。
得られた白色粉末0.62ミリモルをトルエン20ミリリットルに熱溶解し、これを1,10−フェナントロリン1.24ミリモルをエタノール20ミリリットルに熱溶解したものに加え、110度で加熱しながら30分間還流し、この溶液を熱時ろ過した後、1昼夜自然放置し白色の析出物を得た。この析出物をろ過した後、減圧乾燥することにより目的物の白色粉末を得た。収率は73%であった。
【0033】
得られたユウロピウム錯体は、有機溶剤への溶解性が低く、例えばジメチルスルホキシドを溶剤に用いた場合には、0.01Mが濃度の限界であり、2−ブトキシエタノールを溶剤に用いた場合には、0.001Mが濃度の限界であった。これは前記比較例1のユウロピウム錯体を有機溶剤に溶かした場合に比べて、1/5から1/10の濃度であり、濃度の制限が必要となることから、インクジェット用のインクとしては好ましくなかった。
【0034】
(比較例4)
2−ナフトエ酸20ミリモルをメタノール50mlに加熱溶解し、これを室温で大気圧下1モル濃度の水酸化ナトリウム水溶液20mlに攪拌しながら加えた。その後10分間攪拌を続け溶媒を減圧留去した後、残った固体を減圧乾燥することにより2−ナフトエ酸ナトリウムを得た。
得られた2−ナフトエ酸ナトリウム12ミリモルを脱水エタノール50mlに加熱溶解し、そこへ脱水エタノール30mlに加熱溶解させたユウロピウムトリフラート3.34ミリモルを加え、室温で大気圧下10分間攪拌することにより白色の析出物を得た。この析出物を減圧濾過した後、減圧乾燥し白色粉末を得た。
この白色粉末2.4ミリモルをDMF50mlに加熱溶解させ、この溶液を、1,10−フェナントロリン2.4ミリモルを脱水エタノール20mlに加熱溶解させたものに加え、160℃で加熱しながら5時間還流させ、熱時ろ過した後、1ヶ月間自然放置したが析出物を得られなかった。そこで、これに2−プロパノール150mlと水2mlを加え、5日間自然放置したところ、白色の析出物を得た。この析出物をろ過した後、減圧乾燥することにより所望のユウロピウム錯体を白色粉末として得た。収率は55%であった。
得られたユウロピウム錯体は、赤色の蛍光を示した。
【0035】
上記のユウロピウムトリフラートの代わりに、テルビウムトリフラートを用いて、それ以外は、すべて同じ試薬を用いて同じ操作により、テルビウム錯体を合成した。得られたテルビウム錯体の収量は、1.31gであり、収率は、64%であった。
得られたテルビウム錯体は、市販のUVランプの254nm、あるいは、365nmの紫外線を当てても緑色蛍光を示さなかった。光の3原色のうち、緑色が得られないことから、同じ配位子を用いて中心金属イオンの種類を変えるだけで、光の3原色を出すことは不可能である。
これに対して、本発明の一般式(I)で表される金属錯体の有機配位子は同じであるにもかかわらず、中心金属イオンの種類を変えるだけで、赤(ユロピウム錯体)、緑(テルビウム錯体)、青(イットリウム、ランタン、あるいはルテチウム)の蛍光を示すことから、光の3原色を得ることが可能である。
【0036】
(比較例5)
4−メチル−1−ナフトエ酸20ミリモルをメタノール100mlに加熱溶解し、これを室温で大気圧下1モル濃度の水酸化ナトリウム水溶液20mlに攪拌しながら加えた。その後10分間攪拌を続け溶媒を減圧留去した後、残った固体を減圧乾燥することにより4−メチル−1−ナフトエ酸ナトリウムを得た。
得られた4−メチル−1−ナフトエ酸ナトリウム15ミリモルを脱水メタノール50mlに加熱溶解し、そこへ脱水メタノール20mlに加熱溶解させたユウロピウムトリフラート5ミリモルを加え、室温で大気圧下10分間攪拌することにより白色の析出物を得た。この析出物を減圧濾過した後、減圧乾燥し白色粉末を得た。
この白色粉末2.5ミリモルをDMF20mlに加熱溶解させ、この溶液を、1,10−フェナントロリン5ミリモルを脱水エタノール20mlに加熱溶解させたものに加え、160℃で加熱しながら2時間半還流させ、熱時ろ過した後自然放置し白色の析出物を得た。この析出物をろ過した後、減圧乾燥することにより所望のユウロピウム錯体を白色粉末として得た。収率は65%であった。
得られたユウロピウム錯体は、赤色の蛍光を示した。
【0037】
上記のユウロピウムトリフラートの代わりに、テルビウムトリフラートを用いて、それ以外は、すべて同じ試薬を用いて同じ操作により、テルビウム錯体を合成した。得られたテルビウム錯体の収量は、1.50gであり、収率は、67%であった。
得られたテルビウム錯体は、市販のUVランプの365nmの紫外線を当てたところ、青色の蛍光を示し、テルビウム錯体特有の緑色蛍光を示さなかった。光の3原色のうち、緑色が得られないことから、同じ配位子を用いて中心金属イオンの種類を変えるだけで、光の3原色を出すことは不可能である。
これに対して、本発明の一般式(I)で表される金属錯体の有機配位子は同じであるにもかかわらず、中心金属イオンの種類を変えるだけで、赤(ユロピウム錯体)、緑(テルビウム錯体)、青(イットリウム、ランタン、あるいはルテチウム)の蛍光を示すことから、光の3原色を得ることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の希土類金属錯体は、それ自体無色で、かつ、励起光の照射により、固体でも溶液中でも蛍光を発生するばかりでなく、有機溶剤への溶解性が高く、透明な溶液が得られるために、インクジェットプリンター用の隠し印刷インクへの利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】ユウロピウム錯体のジメチルスルホキシド溶液の吸収スペクトルを示す図。
【図2】ユウロピウム錯体のジメチルスルホキシド溶液の蛍光スペクトルを示す図。
【図3】テルビウム錯体のジメチルスルホキシド溶液の吸収スペクトルを示す図。
【図4】テルビウム錯体のジメチルスルホキシド溶液の蛍光スペクトルを示す図。
【図5】イットリウム錯体の固体の蛍光スペクトルを示す図。
【図6】ランタン錯体の固体の蛍光スペクトルを示す図。
【図7】ルテチウム錯体の固体の蛍光スペクトルを示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(I)
【化1】

(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示す。)で表される希土類金属錯体。
【請求項2】
希土類金属塩と下記の一般式(II)
【化2】

(式中、MはH、アルカリ金属又は化学当量相当のアルカリ土類金属を示す。)
で表されるカルボン酸又はその塩を、希土類金属イオンの正電荷が中和されるように反応させて希土類金属錯体を生成させ、次いで該希土類金属錯体を、1,10−フェナントロリンと反応させることを特徴とする請求項1に記載の希土類金属錯体の製造方法。
【請求項3】
希土類金属塩と、その希土類金属イオンの正電荷を中和する当量比の下記の一般式(II)
【化2】

(式中、MはH、アルカリ金属又は化学当量相当のアルカリ土類金属を示す。)
で表されるカルボン酸又はその塩と、1,10−フェナントロリンとを共に反応させることを特徴とする請求項1に記載の希土類金属錯体の製造方法。
【請求項4】
下記の一般式(I)
【化1】

(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示す。)で表される希土類金属錯体を有効成分とする蛍光発光材料。
【請求項5】
少なくとも、下記の一般式(I)
【化1】

(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示す。)で表される希土類金属錯体と、該希土類金属錯体を溶解する溶剤を含有することを特徴とするインク組成物。
【請求項6】
前記溶剤が、ジメチルスルホキシドである請求項5に記載のインク組成物。
【請求項7】
前記インクが、インクジェット記録用インクである請求項5又は6に記載のインク組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−62335(P2009−62335A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−232905(P2007−232905)
【出願日】平成19年9月7日(2007.9.7)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】