説明

平滑筋幹細胞

【課題】平滑筋幹細胞、特に子宮筋幹細胞の提供を目的とし、さらにそれらの幹細胞の利用法を提供する。
【解決手段】哺乳動物、特にヒトの子宮筋である平滑筋細胞をHoechst33342で染色し、Hoechst赤およびHoechst青の蛍光強度を指標にフローサイトメトリーで分析した場合、side population細胞として得ることができる哺乳動物平滑筋由来の平滑筋幹細胞であり、平滑筋に移植することにより平滑筋に分化する能力を有する平滑筋幹細胞。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平滑筋由来の組織幹細胞、その単離方法および培養方法ならびにその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
様々な器官・組織に存在する固有の生体(組織)幹細胞が、それぞれの器官・組織の維持と再生を担っていることが、近年明らかになってきた。現在までに種々の組織由来の幹細胞について報告され、また幹細胞が単離されている。
【0003】
また、組織幹細胞の単離方法についても報告されており(非特許文献1参照)、該方法ではDNA結合色素であるHoechst33342(Hoechstは登録商標)に染色されない細胞集団を「side population(SP)」細胞として採取し、該細胞集団が高い組織幹細胞活性を示すことを確認している。
【0004】
現在までに単離された幹細胞として、例えば、骨格筋幹細胞、心筋幹細胞、肝臓幹細胞、神経幹細胞、膵臓幹細胞、表皮幹細胞、脂肪組織幹細胞等が挙げられる。
【0005】
再生医療は、疾患や外傷などで損傷し、または喪失した人体の細胞や組織を修復し、その機能を回復させる医療として現在大きな注目を受けている。上記の組織幹細胞を単離同定し、複製増殖させることが可能になれば、再生医療が可能になると考えられている。
【0006】
上記のように、種々の組織において幹細胞が単離されており幹細胞に関する報告が増えている現在においても、平滑筋幹細胞についての報告はなく、現在までに幹細胞の単離同定についてはその試みすら行われていない。
【0007】
【非特許文献1】実験医学 増刊 幹細胞研究の最前線と再生医療への応用 Vol.19, No.15, 2002, p.68-73
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、平滑筋幹細胞、特に子宮筋幹細胞の提供を目的とし、さらにそれらの幹細胞の利用の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
平滑筋の1種である子宮筋は妊娠・分娩時には著明な増大と細胞数の増加を示し、産褥期には急激にアポトーシスを起こすことが知られている非常にユニークな組織である。
【0010】
本発明者らは、妊娠から産褥期における細胞数の増加およびアポトーシスという一連のイベントに着目し、子宮筋の主な構成組織である子宮平滑筋において、組織幹細胞が存在している可能性を考えた。
【0011】
そこで、本発明者らは正常子宮筋層を採取し、酵素処理により分散細胞を得て、Hoechst33342を用いて染色した後に、該分散細胞からside population(SP)を子宮筋SP(Myometrial SP: MSP)として、FACSにより単離した。
本発明者らは、さらに単離したMSPを低酸素条件で単独培養できることを見出した。
【0012】
次いで、MSPおよびMSP以外の子宮筋細胞(non-MSP)の細胞周期ならびに発現遺伝子およびタンパク質を解析し、幹細胞の特徴を有していることを確認した。さらに、MSPがin vitro で骨・脂肪細胞へ分化誘導され得ること、MSPを免疫不全マウスに移植した場合に、子宮筋様組織を再構築し得ることを見出し、単離した細胞が子宮平滑筋幹細胞であることを確認した。
【0013】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1] 哺乳動物平滑筋由来の平滑筋幹細胞。
[2] 哺乳動物平滑筋細胞をHoechst33342で染色し、Hoechst赤およびHoechst青の蛍光強度を指標にフローサイトメトリーで分析した場合、side population細胞として得ることができる、[1]の平滑筋幹細胞。
[3] 平滑筋が子宮筋である[1]または[2]の平滑筋幹細胞。
[4] 哺乳動物がヒトである[1]〜[3]のいずれかの平滑筋幹細胞。
[5] 平滑筋に移植することにより平滑筋に分化する能力を有する[1]〜[4]のいずれかの平滑筋幹細胞。
[6] 子宮筋に移植することにより子宮筋に分化する能力を有する子宮筋由来の[5]の平滑筋幹細胞。
[7] 平滑筋組織より分散細胞を得て、該分散細胞をHoechst33342による染色処理のみを行った後に、フローサイトメトリーに供し、Hoechst赤およびHoechst青の蛍光強度を指標にside population細胞を回収することを含む、平滑筋幹細胞を単離する方法。
[8] [1]〜[6]のいずれかの平滑筋幹細胞を培養酸素濃度が2.5%以下の条件下で培養することを含む、平滑筋幹細胞を培養増殖させる方法。
[9] 培養酸素濃度が2%である[8]の平滑筋幹細胞を培養増殖させる方法。
[10] [1]〜[6]のいずれかの平滑筋幹細胞をin vitroで平滑筋細胞に分化誘導する方法。
[11] [1]〜[6]のいずれかの平滑筋幹細胞を含む平滑筋組織再生用組成物。
【発明の効果】
【0014】
実施例に示すように、MSPが、1)分化状態、2)多分化能、3)自己組織構築能、といった組織幹細胞特性を有することから、MSPは子宮筋の組織幹細胞であり、本法により世界で初めて子宮筋の組織幹細胞の単離に成功した。単離したMSPは、子宮筋の発生機構,妊娠・分娩における子宮筋の増殖・退縮・機能発現を担う細胞メカニズム、更に子宮筋腫などの子宮筋由来疾患の病因解析やそれに対する薬剤開発をするうえで、有用な生物資源となる。またMSP細胞は他臓器治療における細胞マテリアルとしても臨床応用が期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の幹細胞は、平滑筋から単離される平滑筋由来組織幹細胞である。本発明の幹細胞が由来する平滑筋として、子宮平滑筋、内臓平滑筋、血管平滑筋が挙げられ、好ましくは子宮平滑筋である。これらの組織片を採取し、細胞を分散させ、分散させた細胞から幹細胞を単離することができ、例えば、子宮筋腫片を用いることができる。平滑筋を採取する動物種は限定されず、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、ヒト等の哺乳動物を用いることができる。
【0016】
本発明において、「幹細胞」とは、自己複製能を有し、多能性を有する細胞をいう。幹細胞は通常、組織が傷害を受けたときにその組織を再生することができる。組織幹細胞は、胚性幹細胞とは異なり、組織中の特定の位置に存在し、未分化な細胞内構造をしている。組織幹細胞は、核/細胞質比が高く、細胞内小器官が乏しい。組織幹細胞は、概して、多分化能を有し、細胞周期が遅く、個体の一生以上に増殖能を維持する。本発明において、幹細胞というときは、幹細胞を少なくとも一定量含む細胞集団をいい、例えば、幹細胞を90%以上、好ましくは95%以上含む細胞集団が含まれる。
【0017】
細胞の分散は、組織片を細切し、コラゲナーゼ等の酵素で処理することにより行うことができる。分散した細胞は、フローサイトメトリー(FACS)で単離するので、単一細胞の状態まで分散させることが望ましく、例えば、セルストレーナー等を通し、さらにFicoll-Paque(登録商標)等の比重液を用いて密度勾配遠心分離し、さらにトリプシン処理等を行うことにより単一細胞として分散させることができる。従来、組織から採取した細胞はそのまま培養して研究に用いられていたが、本願発明の幹細胞の単離方法では、平滑筋組織から細胞を得て分散させ、分散細胞を直接フローサイトメトリーに供して解析を行う。
【0018】
本発明の幹細胞は、分散させた平滑筋細胞をフローサイトメトリーで分離した場合に、side population 細胞(SP細胞)として得ることができる。本発明の幹細胞の単離のためには、組織細胞をHoechst33342(Hoechstは登録商標)を用いて染色する。Hoechst33342は、DNAのAT塩基配列に取り込まれる蛍光色素であり、細胞膜透過性が強く、細胞を生きた状態で染色することができる。Hoechst33342は、424/44nm前後および670nm前後の2波長の蛍光を発し、Hoechst33342を取り込ませた細胞をフローサイトメトリーを用いて424/44nmおよび670nmの蛍光強度を指標に分離することができる。幹細胞はABCトランスポーターであるポンプ状の分子によりHoechst33342を細胞外に排出するので、他の細胞集団に比べて424/44nmおよび670nmの蛍光強度が低くなる。フローサイトメトリーによりY軸側に424/44nm(Hoechst青)の蛍光強度、X軸側に670nm(Hoechst赤)の蛍光強度の2次元解析を行った場合、通常のG0/G1期、S/G2/M期の分画以外に、G0/G1分画よりも蛍光強度の低い突出した細胞集団が存在し、この分画は、他の分画に比べて二次元上でやや横に突き出した形で存在するので、side population(SP)細胞と呼ばれる(図1)。SP細胞については、実験医学 増刊 幹細胞研究の最前線と再生医療への応用 Vol.19, No.15, 2002, p.68-73等に詳述されている。SP細胞中に幹細胞が多く含まれ、本発明の幹細胞はSP細胞として単離回収することができる。本発明において、例えば子宮筋SP細胞をMSP(myometirial side population)細胞と呼ぶ。SP細胞には幹細胞以外の細胞も含まれている可能性がある。ただし、上述のように本発明においては、幹細胞は、幹細胞を少なくとも一定量含む細胞集合物をいい、幹細胞という場合、SP細胞も含まれる。SP細胞の単離は、例えば、J.Experimental Medicine, 183, 1797-1806 (1996)の記載に従って行うことができる。
【0019】
本発明の平滑筋幹細胞は、細胞周期のG0期に留まっている。細胞周期は細胞をPyronin YおよびHoechst33342で染色し、フローサイトメトリーで解析することにより決定することができる。
【0020】
本発明の平滑筋幹細胞は、さらに幹細胞マーカーであるABCG2やCD34を発現しており、これらの表面発現抗原を指標にしてフローサイトメトリーを用いて単離することもできる。
【0021】
また、平滑筋SP細胞は、上記の方法でフローサイトメトリーを用いて解析した場合に、main population (MP)細胞として得られる細胞に比較して、平滑筋マーカーであるカルポニン(calponin)やスムーセリン(smoothelin)の発現が有意に低い。
【0022】
単離した本発明の幹細胞は、培養により増殖させることができる。この際、用いる培地は限定されず、公知の培地(例えば、DMEM(Dulbecco's modified Eagle's medium)培地)を用いることができる。特に、公知の幹細胞培養用培地を用いることが望ましい。例えば、間葉系幹細胞培養用培地mesenchymal stem cell basal medium (MSCBM))(Cambrex Bio Science社)、mesenchymal stem cell growth medium (MSCGM)(Cambrex Bio Science社)、POWEREDBY10培地((株)メド城取社)、PLUSOID-M((株)メド城取社)等を用いることができる。培地には、適宜ウシ胎児血清等の血清やペニシリン、ストレプトマイシン等の抗生物質および種々の生理活性物質を添加してもよい。また、本発明の幹細胞を培養する場合、培養酸素濃度が通常の培養時の20%より低い条件下で行う。好ましくは5%以下、さらに好ましくは、2.5%以下、特に好ましくは2%で行う。この方法で培養することにより、幹細胞を増殖させることができる。組織培養用培養皿に細胞を播種して培養すればよい。
【0023】
さらに、単離した本発明の幹細胞をin vitroで特定の組織細胞へ分化誘導することができる。本発明の幹細胞は多能性を有するため、基本的には任意の組織細胞に分化誘導することができる。種々の組織への分化誘導培地が市販されており、これらの市販培地を用いて分化誘導することができる。例えば、骨細胞へ分化誘導する場合、ブレットキット骨芽細胞分化培地(Cambrex Bio Science社)を用いればよく、脂肪細胞へ分化誘導する場合、ブレットキット脂肪細胞分化培地(Cambrex Bio Science社)を用いればよく、軟骨細胞へ分化誘導する場合、ブレットキット軟骨細胞分化培地(Cambrex Bio Science社)を用いて培養を行えばよい。また、本発明の平滑筋幹細胞を子宮筋組織細胞等の平滑筋組織細胞に分化誘導することもできる。この際、酸素濃度は通常の細胞培養条件、すなわち約20%で行う。これらの組織細胞へと分化した細胞をさらに培養し、組織を構築させることができる。
【0024】
幹細胞が組織細胞へ分化誘導したか否かは、各組織細胞に特有なマーカーの発現を調べることにより決定することができる。例えば、骨細胞への分化はアルカリフォスファターゼ染色陽性細胞の有無で調べることができ、脂肪細胞への分化はオイルレッドO染色陽性細胞の有無で調べればよい。
【0025】
さらに、本発明は本発明の平滑筋幹細胞の不死化させた株細胞を包含する。細胞の不死化は、放射線、突然変異誘発物質、ウイルス等で処理することにより行うことができ、さらにまた、ヒトテロメラーゼ逆転写酵素遺伝子(hTERT)やSV40T遺伝子などを細胞に導入することによっても行うことができる。該株細胞は増殖能および多能性を併せ持ち、必要な数だけ増殖させて、利用することができる。樹立した株細胞は、平滑筋の分化、発生等の研究用ツールとして利用することが可能である。
【0026】
本発明の平滑筋幹細胞は再生医療等に用いることができる。例えば、本発明の平滑筋幹細胞を損傷した平滑筋部位にシリンジを用いての注入により移植投与することにより、幹細胞が平滑筋細胞に分化し、損傷した平滑筋を再生することができる。また、上記のように本発明の幹細胞をin vitroで分化誘導し、組織を構築させ、該組織を移植してもよい。これらの再生医療において、移植した細胞または組織のレシピエントによる拒絶を避けるためには、再生医療を受けようとする患者から組織片を採取し、該組織片から本発明の平滑筋幹細胞を単離し、利用することが望ましい。例えば、子宮肉腫等の疾患により、子宮の一部を切除した患者の残存している部分の子宮筋から組織片を採取し、該組織片から子宮筋幹細胞を単離し、前記患者の子宮の再生に利用することが可能である。また、上述のように、本発明の平滑筋幹細胞は他の組織へと分化させることもできる。例えば、平滑筋以外の特定の組織を損傷した患者から、子宮筋等の平滑筋から組織片を取り出し、平滑筋幹細胞を単離し、該平滑筋幹細胞を損傷した組織に分化誘導することにより、平滑筋以外の組織の再生医療に用いることが可能である。本発明は本発明の幹細胞を含む再生医療用組成物、すなわち再生医療用製剤をも包含する。
【0027】
さらに、ヒト由来の本発明の幹細胞をヒト以外の免疫不全動物に移植することにより、ヒトの平滑筋組織を部分的に有するモデル動物を得ることができる。例えば、免疫不全動物の平滑筋にヒト由来の本発明の平滑筋幹細胞を移植することにより、本発明の幹細胞が平滑筋に分化し、動物体内に部分的にヒト平滑筋組織が構築される。動物体内にヒト平滑筋組織が構築されたことは、細胞が発現するヒト平滑筋に特有なタンパク質を測定し、形態的に平滑筋の特徴を有していることを確認すればよい。例えば、平滑筋が子宮筋の場合、vimentin陽性すなわちヒト由来であり、かつαSMA陽性細胞で形態的にも子宮平滑筋であることを確認すればよい。このようにして得られた部分的にヒト平滑筋組織を有する動物は、ヒト平滑筋組織を有するモデル動物として利用することができる。例えば、平滑筋が子宮筋の場合、子宮を収縮させ、または子宮を弛緩させる薬剤のスクリーニングに用いることができる。また、本発明の平滑筋幹細胞を癌化させて移植した場合、ヒト子宮癌等を有するモデル動物を作出することができ、治療剤のスクリーニングに用いることができる。免疫不全動物として、scidマウス等の免疫不全マウスが挙げられる。
【実施例】
【0028】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0029】
実施例1 子宮筋side population(MSP)細胞の調製
(1) 単一分散子宮筋細胞の調製
ヒト子宮から単離された子宮筋腫片を、ハサミで約2mm3の小片にまで細切し、0.2%(w/v)のコラゲナーゼ(和光純薬、大阪)、0.05%(w/v)のDNaseI(GIBCO、米国カリフォルニア州)を含有するDMEM培地(1%の抗生物質−抗真菌剤 [GIBCO]、10%のウシ胎児血清[BioWest、米国フロリダ州]を含有するダルベッコ変法イーグル培地[DMEM、Sigma-Aldrich、米国ミズーリ州])中に、組織片1gに対して10mlの割合で移し、37℃にて16時間振盪して酵素的に細胞分散処理を行った。続いて、400μm孔径のポリエチレンメッシュで濾過後、さらに40μm孔径セルストレーナー(BD Biosciences、米国マサチューセッツ州)に細胞を通すことにより、単一細胞の状態にまで分散させた。続いて、これら分散した細胞をFicoll-Paque PLUS (Amersham Biosciences、米国ニュージャージー州)上に重層して780×gにて15分間の密度勾配遠心を実施し、界面層から単一細胞の分散液を回収した。これを、0.05%(w/v)トリプシン-EDTA(Sigma-Aldrich)+0.05%(w/v)DNaseI溶液による酵素処理とピペッティングにより完全に分散した細胞集団にさせた。
【0030】
(2) Hoechst 33342による核染色
上記の分散した単一子宮筋細胞集団を、2%胎児ウシ血清、10mM HEPES、および1%ペニシリン並びにストレプトマイシン含有のハンクス平衡化緩衝液(カルシウムおよびマグネシウム無含有、HBSS)に2x106の濃度で浮遊させ、最終濃度が5μg/mlとなるようにHoechst 33342(Sigma)を加えて、37℃で90分間反応させた。並行して1μg/mlの濃度でレセルピン処理を行った。続いて4℃で遠心した後、2mlの上記のハンクス液に浮遊させ、死細胞の選別のためPropidium Iodide(PI)で染色した。
【0031】
(3) 子宮筋side population細胞(myometrial SP cells; MSP)の分離
Hoechst 33342は350nmの励起光で424/44nm(Hoechst青)と670nm(Hoechst赤)の2波長の蛍光を発光するので、これに基づいてフローサイトメトリーにより細胞集団を2次元に展開する。上記の染色した分散細胞を、フローサイトメトリー(FACS Vantage SE, Becton Dickinson社)および解析ソフトウエア(Cell-Quest,Becton Dickinson社)を用いて解析した。
【0032】
図1にその細胞分布図を示す。このように2次元展開をしながら1x105の細胞を収集して、最終的にside population(SP)分画を分取し、子宮筋SP細胞(myometrial SP cells,MSP)とし、それ以外のメインの細胞集団を子宮筋main population(MP)細胞(myometrial MP cells,MMP)とした(図1A)。またレセルピンで処理すると、このSP分画が消失したことより(図1B)、その特徴的な動態から、間違いなくこの分画がSP分画であることが明らかとなった。
【0033】
(4) 分化マーカー遺伝子の発現解析
上記の分離したMSPおよびMMPからトリゾール(Invitrogen,カリフォルニア州)を用いて全RNAを抽出し、子宮筋に特徴的な幾つかのマーカーのメッセンジャーRNAの発現をreverse-transcriptase polymerase chain reaction (RT-PCR)によって解析した。図2がその結果である。子宮筋は性ステロイドホルモンの標的組織・器官であるので、性ステロイドホルモン受容体であるエストロゲン受容体の2種類(ER-αおよびER-β)ならびにプロゲステロン受容体(PR)の発現について調べたが、MMPに比べてMSPでは、その発現は低下あるいは殆ど検出できなかった。同様に平滑筋の分化マーカーであるcalponinやsmoothelinも、MMPに発現を認めるもののMSPでは発現レベルは明らかに低い結果が得られた。なお、内部標準であるGAPDHの発現レベルは両者で差が無かった。これは、MSPがMMPに比べて分化度がより低い未熟な段階にあることを示しており、MSPは組織幹細胞の特性に合致した性質を有している。
【0034】
(5) 細胞周期解析
分取したMSPとMMPをHBSSで2回洗浄し、Pyronin Y(PY)とHoechst 33342で染色を行った。Hoechst 33342とレセルピンの両者と37℃で45分間反応させて、そのままPYを最終濃度が1μg/mlとなるように加えて、さらに45分間反応させた。過剰量のHBSSで1回洗浄し、フローサイトメトリー解析に供した。
【0035】
その結果、MSPの96.2%は細胞周期の静止期(G0)に留まっていたのに対して(図3A)、MMPでG0期にあるのは20.2%で残りの約80%は細胞回転周期(G1→S→G2/M)におけるG1期に入っていた(図3B)。これは、MSPが子宮筋細胞のなかで活動が停止している細胞集団であることを示しており、MSPは組織幹細胞の特性に合致した性質を有している。
【0036】
実施例2 子宮筋side population(MSP)細胞の培養
分取したMSPの培養を試みたが、通常の培地のみならず、10%胎児ウシ血清および1%ペニシリン並びにストレプトマイシン含有のmesenchymal stem cell growth medium(MSCGM,Cambrex Bio Science社製、三光純薬販売、製品番号PT-4105)を使用しても培養は不可であった。また、ここにマトリゲルやコラーゲンなどの様々な細胞外基質をコートした培養皿を用いても培養は不可であった。
【0037】
そこで、上記と同様のMSCGMを用いるものの、通常の培養の酸素濃度である20%ではなく、2%という低酸素濃度下においてマルチガスインキュベーター(アステック社、福岡)で培養した。
【0038】
その結果、20%酸素濃度下で培養した場合は、2週間しても細胞は全く増殖しなかったのに対して(図4A左2枚)、2%の低酸素濃度下では培養1週間の時点で、細胞コロニーが形成され(図4A右上)、2週間の時点で、ほぼコンフルエントになるまで細胞が増殖した(図4A右下)。
【0039】
実施例3 子宮筋side population(MSP)細胞の分化誘導アッセイ
上記の培養MSPが、幹細胞特性のひとつである多分化能を有しているかについて検討するため、MSPを脂肪細胞および骨細胞にそれぞれ分化誘導可能な培地下で培養し、異なる細胞系譜へ分化しうるかを調べた。
【0040】
骨細胞への分化誘導培地としてプレキット骨芽細胞分化培地(Cambrex Bio Science社製、三光純薬販売、製品番号PT-3002)を用い、脂肪細胞への分化誘導培地として、プレキット脂肪細胞分化培地(Cambrex Bio Science社製、三光純薬販売、製品番号PT-3004)を使用した。上記培養したMSPとMMPを96wellプレートに約5x103/wellの濃度で蒔き、MSCGM培地下でコンフルエントになるまで2%(低酸素濃度)の酸素濃度下で約2〜3週間培養した。以下の分化誘導のための培養開始に際しては、酸素濃度を通常の20%に戻して分化誘導を行った。
【0041】
骨への分化
上記の培養MSPの骨細胞への分化誘導を行った。上記の骨細胞誘導培地を3〜4日毎に交換して、2〜3週間培養した。骨細胞への分化はアルカリフォスファターゼ染色陽性細胞の出現で評価した。その結果、MSPではアルカリフォスファターゼ染色陽性細胞(紫色)が多数出現したのに対して(図4B左)、MMPではほとんど認められなかった(図4B右)。
【0042】
脂肪への分化
上記の培養MSPの脂肪細胞への分化誘導を行った。まず、上記の脂肪細胞基礎培地で3日間培養してから、脂肪細胞分化誘導培地で1〜3日間培養した。これを1サイクルとして3サイクル行い、最後は、基礎培地で最大1週間培養してから、洗浄・固定して、脂肪滴を染色するためにオイルレッドO染色を行った。その結果、MSPではオイルレッドO染色陽性細胞(赤色)が出現したのに対して(図4C左)、MMPでは、ほとんど全く認められなかった(図4C右)。
【0043】
実施例4 重度免疫不全マウスへの子宮筋side population(MSP)細胞の移植実験
重度免疫不全マウスに10%ペントバルビタール(大日本薬品製)含有リン酸緩衝液(Sigma)を40μl腹腔内注射して麻酔し、内在性のエストロゲンの影響を除くため卵巣を摘出した。同時に、一定したエストロゲン環境にするために、エストロゲン(E)徐放ペレット(Innovative Research of America、米国フロリダ州)を1錠皮下移植した。上記の分離した約1×105個のMSPおよびMMPを、NOGマウスのそれぞれの子宮角に29ゲージの注射針を用いて注入し、その後約10週間飼育した。
【0044】
蛍光組織染色
上記の移植をしてから約10週間後に子宮を摘出し、Tissue-Tek OCT compound(Sakura Finetech、米国カリフォルニア州)に包埋して凍結し、クライオスタット(Leica Microsystems、ドイツ・ウェツラー市)を用いて6μm厚にて連続薄切した。得られた凍結切片については、4%パラホルムアルデヒドにて室温で20分間固定後、リン酸緩衝液で洗浄した。0.2% Triton X-100 含有リン酸緩衝液で10分間細胞膜透過処理を行った後、10%ウシ血清アルブミン溶液中に30分間浸漬してブロッキング処理を施行した。続いて、これらの処理をした切片を、子宮平滑筋マーカーであるα-smooth muscle actin(αSMA)に対する抗体(clone 1A4,200倍希釈、DAKO Cytomation,デンマーク)と4℃オーバーナイトで反応させてから、Alexa Fluor 488 (緑色蛍光用)標識二次抗体(Molecular Probes, Inc.、米国オレゴン州)(1000倍希釈, 37℃, 1時間)を用いて一次抗体を検出した。続いて、赤色蛍光色素であるCy3 (Sigma-Aldrich)によって直接標識された、ヒトの細胞にのみ反応するvimentin抗体(clone V9)と反応させて、蛍光二重染色を行った。
【0045】
さらに切片は核染色剤DAPI (Sigma)で5分間対比染色した。各染色後の切片を、VECTASHIELD (Vector Laboratories、米国カリフォルニア州)で封入し、DMIRE2 倒立蛍光顕微鏡(Leica Microsystems)で検鏡し、画像をVB-700 CCDカメラ(Keyence Corp.、大阪市)で取り込んだ。
【0046】
その結果、図5(上4枚)に示すように、MSPを移植した子宮では、vimentin陽性すなわちヒト由来であり(赤色)、かつαSMA陽性細胞(緑色)で形態的にも子宮平滑筋である組織(黄色)が出現した。一方、MMPを移植した子宮では、上記のMSPでみられたヒト由来の組織は認められず、図5(下4枚)に示すように、ヒト由来の細胞は存在するが(赤色)、それらはマウス平滑筋組織(緑色)の間隙にびまん性に分布し、かつαSMA陰性であった(黄色の細胞が認められない)。
【0047】
以上は、MSPが子宮平滑筋を構築する能力を有している一方、MMPはその能力を持っていないことを示しており、MSPは子宮筋の組織幹細胞特性を特異的に有している。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】Hoechst 33342染色を施した子宮筋分散細胞のフローサイトメトリー解析の結果を示す図である。図1Bは、図1Aの細胞にさらにレセルピン処理を行った結果を示す。
【図2】MSPおよびMMPにおける性ステロイド受容体および平滑筋分化マーカーのRT-PCRによる発現解析の結果を示す図である。図中、totalとは、機械的・酵素的処理により分散した時点での子宮筋細胞のことをいい(MSPおよびMMPを選別する前)、DDWは蒸留水をテンプレートにしたもので陰性コントロールを示す。
【図3】Hoechst 33342およびPyronin Yによる二重染色を施したMSP(図3A)およびMMP(図3B)のフローサイトメトリー解析の結果を示す図である。
【図4A】通常酸素濃度20%あるいは低酸素濃度2%下で培養したMSPおよびMMPの位相差顕微鏡像を示す写真である。
【図4B】骨細胞誘導培地下で培養したMSP(左図)およびMMP(右図)のアルカリホスファターゼ染色顕微鏡像を示す写真である。
【図4C】脂肪細胞誘導培地下で培養したMSP(左図)およびMMP(右図)のオイルレッドO染色顕微鏡像を示す写真である。
【図5】MSPおよびMMPを移植したNOGマウス子宮の蛍光免疫染色像を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物平滑筋由来の平滑筋幹細胞。
【請求項2】
哺乳動物平滑筋細胞をHoechst33342で染色し、Hoechst赤およびHoechst青の蛍光強度を指標にフローサイトメトリーで分析した場合、side population細胞として得ることができる、請求項1記載の平滑筋幹細胞。
【請求項3】
平滑筋が子宮筋である請求項1または2に記載の平滑筋幹細胞。
【請求項4】
哺乳動物がヒトである請求項1〜3のいずれか1項に記載の平滑筋幹細胞。
【請求項5】
平滑筋に移植することにより平滑筋に分化する能力を有する請求項1〜4のいずれか1項に記載の平滑筋幹細胞。
【請求項6】
子宮筋に移植することにより子宮筋に分化する能力を有する子宮筋由来の請求項5記載の平滑筋幹細胞。
【請求項7】
平滑筋組織より分散細胞を得て、該分散細胞をHoechst33342による染色処理のみを行った後に、フローサイトメトリーに供し、Hoechst赤およびHoechst青の蛍光強度を指標にside population細胞を回収することを含む、平滑筋幹細胞を単離する方法。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の平滑筋幹細胞を培養酸素濃度が2.5%以下の条件下で培養することを含む、平滑筋幹細胞を培養増殖させる方法。
【請求項9】
培養酸素濃度が2%である請求項8記載の平滑筋幹細胞を培養増殖させる方法。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の平滑筋幹細胞をin vitroで平滑筋細胞に分化誘導する方法。
【請求項11】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の平滑筋幹細胞を含む平滑筋組織再生用組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−202435(P2007−202435A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−22875(P2006−22875)
【出願日】平成18年1月31日(2006.1.31)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】