説明

幹細胞マーカー

【課題】再生医療の細胞源として有用な肝臓幹細胞の同定、再生過程の診断、がん治療の効果および予後の判定に有用な腫瘍マーカーを提供することを課題とするもので、肝臓修復、特に再生過程におけるREG I(Regenerating gene I 遺伝子産物、αおよびβの2個の遺伝子を含む)発現と局在との関連について検討を行い、REG I(Regenerating gene I 遺伝子産物、αおよびβの2個の遺伝子を含む)が幹細胞マーカーとして有用であることを見出し、さらに肝臓修復の効果を判定するための幹細胞マーカーの検査方法を提供することを目的とする。
【解決手段】膵臓再生因子REG I(Regenerating gene I 遺伝子産物、αおよびβの2個の遺伝子を含む:以下単にREG Iということがある)の発現量と局在を指標とする幹細胞の検査方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞マーカー関し、さらに詳しくは、REG I(Regenerating gene I 遺伝子産物、αおよびβの2個の遺伝子を含む)の発現量を指標として肝臓幹細胞に対する幹細胞の分離・精製の有効性の有無、肝臓修復の程度または予後の状況を判定するための幹細胞マーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
REG (Regenerating gene)は90%膵切除後にニコチンアミド投与したラットにおける膵β細胞再生増殖因子として発見された。近年、消化器系の臓器でREG蛋白質の発現が明らかとなり、臓器損傷、炎症、細胞の再生と増殖、腫瘍における細胞増殖活性や抗アポトーシス活性などに関与していることが明らかになってきた。
上記観点から従来、発生・再生過程や癌の発生過程における前駆細胞の特定、病変の診断、病変の治療効果あるいは予後の判定について、個々のマーカーが提案されており、たとえば肝癌に対する腫瘍マーカーとしてAFP(α-fetoprotein),前駆細胞、卵形細胞マーカーとしてAFP,OV6,c−Kitなどが知られているが,肝臓幹細胞に関するマーカーに関しては、さらなる提案が期待されている。
これまでの肝臓幹細胞に関するマーカーに関する技術の例としては、肝細胞前駆細胞に関して、肝幹細胞に特異的なインゲンマメレクチン(E4PHA) 、小麦胚レクチン(WGA)などの糖鎖の発現を検出することにより、多能性を有する肝細胞前駆細胞を同定する方法が提案されている。(特許文献1参照)
また、エピプラキン1(EPPK1)遺伝子の発現を検出することを含む、膵臓幹細胞、肺絨毛細胞、肝幹細胞、又は膵臓癌を検出する方法なども提案されている。(特許文献2参照)
【0003】
一方で、糖尿病に関連して膵ランゲルハンス島B細胞の再生増殖を担っている遺伝子の探索からラットREG遺伝子およびヒトREG遺伝子が発現することが見出されDNA配列が決定されている。(特許文献3参照)
本発明者らは、このREG I(Regenerating gene I 遺伝子産物、αおよびβの2個の遺伝子を含む)に着目して各種の研究を進めており、すでに特願2008-188311号として化学放射線療法の感受性マーカーであることおよび感受性試験の効果を判定するための腫瘍の検査方法を提供するために膵臓再生因子REG I(Regenerating gene I 遺伝子産物、αおよびβの2個の遺伝子を含む:以下単にREG Iということがある)の発現量を指標とする腫瘍の検査方法を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−344031公報
【特許文献2】特開2008−241703公報
【特許文献3】特開平5−84080公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来の幹細胞マーカーに関し、本発明者らはラット肝再生モデルにおけるREG I蛋白質の発現に注目し、肝再生過程での発現と局在を詳細に調べて、再生過程におけるREG I蛋白質の発現と局在を解明した。
本発明は、再生医療の細胞源として有用な肝臓幹細胞の同定、再生過程の診断、がん治療の効果および予後の判定に有用な腫瘍マーカーを提供することを課題とするもので、肝臓修復、特に再生過程におけるREG I(Regenerating gene I 遺伝子産物、αおよびβの2個の遺伝子を含む)発現と局在との関連について検討を行い、REG I(Regenerating gene I 遺伝子産物、αおよびβの2個の遺伝子を含む)が幹細胞マーカーとして有用であることを見出し、さらに肝臓修復の効果を判定するための幹細胞マーカーの検査方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、膵臓再生因子REG I(Regenerating gene I 遺伝子産物、αおよびβの2個の遺伝子を含む:以下単にREG Iということがある)の発現量と局在を指標とする幹細胞の検査方法である。
本発明はまた、幹細胞を分離・精製したときの有効性を測定するための請求項1に記載の幹細胞の検査方法である。
本発明はまた、細胞移植後の再生過程組織の状況を検証するための請求項1または2に記載の幹細胞の検査方法である。
本発明はさらにまた、肝臓障害時の肝臓組織を検体として障害の程度を検証するための請求項1乃至3のいずれか1項に記載の幹細胞の検査方法である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、REG Iが幹細胞マーカーであることを見出し、REG Iの発現量と局在を指標とすることにより肝臓再生、特に肝炎・肝がんの免疫組織化学法による検査を簡単で安価に行うことができる。
また、幹細胞を分離・精製したときの有効性を測定するために適用することにより、障害肝臓に幹細胞移殖法を施したときの有効性を予見することができる。
また、細胞移植後の再生過程組織の状況を検証するために適用することにより、障害肝臓に幹細胞移殖法を施したときの有効性を検証することができる。
さらにまた、肝臓障害時の肝臓組織を検体として障害の程度を検証するために適用することにより、障害肝臓に幹細胞移殖法を施す場合の条件を障害の程度に応じて予見することができる。
上記各ステップにおいてREG Iの発現量と局在を指標として幹細胞移殖を施したときの有効性を判定することにより適切で個別化された再生治療を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】正常肝臓および傷害肝モデルにおけるRT-PCR解析によるREG Iの発現を示すチャートである。
【図2】正常肝臓および2−AAF/PH傷害肝モデルにおける蛍光免疫組織染色法によるREG Iおよび卵形細胞マーカー(AFP and OV6) の発現を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の膵臓再生因子REG I(Regenerating gene I 遺伝子産物、αおよびβの2個の遺伝子を含む)とは、90%膵切除後にニコチンアミド投与したラットの再生ランゲルハンス島で特異的に発現する遺伝子として発見された膵β細胞再生増殖因子である。現在、REG遺伝子は複数存在し、ヒト、マウスなど様々な動物種に発現していることからREG遺伝子ファミリーとして考えられるようになった。本発明においては、比較的容易に入手できるαおよびβの2個の遺伝子を含むREG Iを使用して検討を行っているが、必ずしもこれに限るものではない。
【0010】
本発明においてREG Iの発現量と局在を指標とするためには、たとえばREG Iの発現量を免疫組織化学法にて測定するためには、検体組織を内視鏡的に採取し、免疫染色法にてREG Iの発現の確認を行うことができる。具体的には、たとえば以下の手順を採用できる。最初に、採取した検体組織の脱パラフィン標本をまず15分間、121℃でオートクレーブをかけ、その後、0.3%過酸化水素を含むメタノール溶液と10%BSA/TBS培地でそれぞれ室温にて30分間ブロックする。
【0011】
次いで、Envision (Dako Corporation, Copenhagen, Denmark) にて30分、DAB(Dojindo Laboratories, Kumamoto, Japan)で2分間反応させる。
最後に、切片を30秒間、マイヤーのヘマトキシリンで対比染色し、目視により染色状況を観察して染色領域が10%以上をREG I 陽性、10%に満たなければREG I 陰性であると定義することができる。この手法は、In vitroでの基礎的な検討にもIn vivoでの臨床的な検討においても、幹細胞の同定に用いることができる。
【0012】
本発明において、幹細胞を分離・精製したときの有効性とは、障害肝臓に幹細胞移殖法を施したときの有効性を意味し、これを判定するためには、幹細胞移殖法を施す前と後の検体組織を採取して、前記方法によってREG Iの発現量を測定し、これらを比較することにより移殖直後はREG I 陽性で、時間経過とともに陰性化すれば肝臓再生に対する幹細胞移植法の有効性が高いということができる。
【0013】
同様に本発明において、細胞移植後の再生過程組織の状況を検証するということは、障害肝臓に対し幹細胞移殖法を施す前と後の検体組織を広範囲で採取して、前記方法によってREG Iの発現量を測定し、これらを比較することにより広範囲での細胞移植後の再生過程組織の状況を検証できる。
本発明において、肝臓障害時の肝臓組織を検体とするとは、障害肝臓が肝炎・肝硬変・肝がんである場合には肝臓癌組織を検体とし、すなわち内視鏡下での生検組織に基づいて障害肝臓であると診断された患者の治療前の組織を内視鏡的に採取したものを検体として、免疫染色法にてREG Iの発現の確認を行うことができる。そして幹細胞移殖法を施行した患者において障害肝臓組織内でのREG Iの発現の有無により患者自身の肝臓に存在する幹細胞を定量し、障害肝臓に対する再生能および予後との関連を明らかにすることができる。
【0014】
また、驚くべきことに本発明において、REG Iが単に幹細胞マーカーとしてのみならず、障害肝部分にREG Iを導入することで強制発現させてもよい。この場合は肝臓再生により引き起こされる肝細胞分化経路に関与し、再生能を増強させる働きをもち、障害肝臓における幹細胞移殖法の再生効果を増加させることが示唆される。
【0015】
2-acethylaminofluorene(2AAF)/部分肝切除(PH)ラット肝臓組織および正常ラットの肝臓組織でのREG Iの発現と局在を調べた。mRNAの発現はRT-PCR法により測定した。組織免疫染色は、東北大学にて作製されたREG Iモノクローナル抗体を用いた。多重蛍光免疫染色法によりREG Iと肝臓および胆管系マーカーの発現部位を比較した。
本発明においてRT-PCR解析は以下の手順で実施した。
総RNAの抽出はISOGEN (日本ジーン、日本)を用いた、また、SuperScript III ワンステップRT-PCRはPlatinum Taq (Invitrogen, 日本)を用いて行った。特異的プライマーは、以下の通りである。
イ Reg I: forward, 5′-TTGGTGTCAGTGCTCAGCCAG-3′; reverse, 5′-ACCATAGGGCAGTGAGGCAAG-3′; 424 bp.
ロ Albumin: forward, 5′-GAGAAAGCACTGGTCGCAGC-3′; reverse, 5′-GAGGGCAGATCGGCAGGAAT-3′; 352 bp.
ハ Cytokeratin19 (CK19): forward, 5′-TATCGC CAGTCCTCAGCCATG -3′; reverse, 5′-GTTCTCAATGGTGGCGCCAAG-3′; 438 bp.
ニ β-Actin: forward, 5′-ACCACCATGTACCCAGGCAT-3′; reverse, 5′-CCGGACTCATCGTACTCCTG-3′; 191 bp.
以下、本発明について実施例に基づき、さらに詳しく説明する。
【実施例1】
【0016】
オスのFischer 344ラットに肝細胞の増殖を抑制する2-アセチルアミノフルオレン(2-AAF)を5日間投与し、5日目に投与した後70%肝切除を行った。肝切除当日day0で数えて、day1、day3、day12、day21目時点の肝臓組織を回収した。この肝障害モデルでは、卵形細胞の出現を促進することができるとされている。
【0017】
REG IのmRNAの発現はRT-PCR法により測定した。アルブミン(Albumin)、サイトケラチン19(CK19)とβアクチン(β-Actin)は比較のために用いた。
図1Aに示したように、正常の肝臓から細胞分離した肝細胞(レーン1)、非実質細胞(レーン2)や正常肝臓(レーン3)におけるReg ImRNAの発現は測定限界以下であった。レーン4はReg ImRNA陽性のコントロールである膵臓がん細胞由来の細胞株を用いた。図1Bは、2-AAF/PH肝傷害モデルにおける Reg I、と肝細胞マーカーのAlbumin, 胆管のマーカーCK19のmRNAの発現を示したものである。2-AAF/PH肝再生モデルではReg Iの発現は手術後3日目(day 3)より著しく上昇していることが分かった。この発現の上昇は肝臓の再生に伴って起こるのではないかと考えられた。しかし、ただの肝臓70%切除ラットモデル(図1C)あるいは総胆管結紮(BDL)(図1D)の手術をうけたラット肝臓では、Reg I mRNAの発現を調べたところ、2−AAF/PHラット肝臓のような3日目から発現上昇は見られなかった。この二つのラットモデルは2−AAF/PHラットモデルと違い、へリング管に存在している幹細胞の活性化を起こさずに、肝細胞あるいは胆管細胞の複製、増殖によって、肝臓を修復できるモデルである。
【0018】
RT-PCRでは正常肝臓ではREG Iの発現は確認できないが、手術後7日目から著しく上昇した。免疫染色の結果では、REG Iの発現は三日目から七日目、12日目までグリソン鞘に増加してくる細胆管の細胞に強く発現していた(図1)これらの結果から、Reg I の発現は2-AAF/PHラットモデルに見られる肝前駆細胞あるいは肝幹細胞の活性化に伴って上昇している可能性が考えられた。
【0019】
手術後七日目の肝臓組織について各種マーカーの発現と局在を調べた(図2)。図中A1〜A7のように、REG I陽性細胞は、図中B1〜B7のように、細胆管細胞において肝前駆細胞のマーカーとして知られるAFPとよく一致していた。また、A1〜A7とC1〜C7との比較から肝前駆細胞の別のマーカーであるOV6との二重染色では、REGはすべての細胆管細胞に発現しているのではなく、一部の細胞に発現していることが分かった。
【0020】
手術後7日目の肝臓組織について各種マーカーの発現と局在を調べた。A5とB5とを比較してみると、REG I陽性細胞は細胆管細胞において肝前駆細胞のマーカーとして知られるAFPとよく一致していた。また、A5とC5とを比較してみると、肝前駆細胞の別のマーカーであるOV6とREGの二重染色では、一部が共染していた。さらに、図視しないが胆管のマーカーであるCK19との二重染色では、REGはすべての細胆管細胞に発現しているのではなく、一部の細胞に発現していることが分かった。
【0021】
一方でREG I陽性細胞の増殖性をPCNAにより調べた。REG I陽性細胞の多くがPCNA陽性であった。これらの結果からREG I陽性細胞は肝再生過程において細胆管で増殖している細胞である事が分かった。
【0022】
次に正常状態のラット肝臓でのREG Iの発現を調べたところ、正常肝臓においてごくわずかの胆管系細胞にREG Iタンパク質の発現を確認した。AFPとの二重染色より、ごく少数のAFP陽性胆管系細胞に発現していることが分かった。AFPとの二重染色よりREG陽性系細胞はAFPと一致した。このことから、正常の成体肝臓にもごくわずかながら幹細胞あるいは前駆細胞が胆管上皮に存在していることが分かった。
【0023】
RT-PCR分析の結果、2AAF/PH肝臓でのREG Iの発現は肝臓の再生に伴って著しく上昇していることがわかった。多重蛍光免疫染色の結果、細胆管の一部において術後3日目から12日目にかけてREG I陽性細胞の増加が認められ、AFP、CK19、OV6などと共染色された。さらに、REG I陽性の細胆管細胞の多くはPCNA陽性であった。
また、REG Iは正常成体ラット肝臓においても、ごく少数のAFP陽性胆管系細胞に発現していることが分かった。このことからREG Iは肝臓の再生過程において細胆管に存在する幹細胞の増殖に関与している可能性が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0024】
REG I をマーカーにしたPCR(ポリメラーゼ連鎖反応法)と免疫組織化学分析法は、簡単で安価である。本発明は肝臓障害の患者により適切で個別化された診断を提供することを可能にする。すなわち、本発明は、(1)障害肝臓組織標本の免疫組織化学法による障害肝臓中の幹細胞の検出確率の向上、(2)幹細胞移殖後の再生の追跡確認、(3)肝細胞移植法の有効性の予後の判定および(4)他組織の幹細胞移殖法の開発などに利用することができ、産業上の有用性を有するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膵臓再生因子REG I(Regenerating gene I 遺伝子産物、αおよびβの2個の遺伝子を含む:以下単にREG Iということがある)の発現量と局在を指標とする幹細胞の検査方法。
【請求項2】
幹細胞を分離・精製したときの有効性を測定するための請求項1に記載の幹細胞の検査方法。
【請求項3】
細胞移植後の再生過程組織の状況を検証するための請求項1または2に記載の幹細胞の検査方法。
【請求項4】
肝臓障害時の肝臓組織を検体として障害の程度を検証するための請求項1乃至3のいずれか1項に記載の幹細胞の検査方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2010−193842(P2010−193842A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−45107(P2009−45107)
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【出願人】(504409543)国立大学法人秋田大学 (210)
【Fターム(参考)】