弁
【課題】小さい差圧でも安定した流量を確保するとともに、取付方向によらずその流量安定性を発揮できるようにする。
【解決手段】弁本体内に円環状の磁石2を設け、この磁石2にエチレンプロピレンゴムからなる封止体4を被せ、この封止体4を弁座5とする。そして、フェライト系ステンレスからなる弁体3をこの弁座5に閉開自在に設ける。この弁体3の重さを、最大開弁時における磁石2による吸着力よりも小さくすることで、弁の取付方向に対するクラッキング圧力のばらつきが低減し、流体の流量安定性が確保される。この弁体3の、弁孔への当接面側には、ポリテトラフルオロエチレンからなる粘着防止層8が形成されており、閉弁状態が続いた場合に、弁体3と弁座5が粘着するのを防止する。
【解決手段】弁本体内に円環状の磁石2を設け、この磁石2にエチレンプロピレンゴムからなる封止体4を被せ、この封止体4を弁座5とする。そして、フェライト系ステンレスからなる弁体3をこの弁座5に閉開自在に設ける。この弁体3の重さを、最大開弁時における磁石2による吸着力よりも小さくすることで、弁の取付方向に対するクラッキング圧力のばらつきが低減し、流体の流量安定性が確保される。この弁体3の、弁孔への当接面側には、ポリテトラフルオロエチレンからなる粘着防止層8が形成されており、閉弁状態が続いた場合に、弁体3と弁座5が粘着するのを防止する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、液体又は気体の逆流を防止する弁であって、特に、弁体の移動を磁石の磁力によって行うようにしたものに関する。
【背景技術】
【0002】
流体の逆流を防止する弁として、例えば図12に示す弁ばね式のものがある。この弁は、筒状の弁本体1と同軸に弁軸9をスライド自在に設け、弁本体1の入口側と出口側の差圧が所定値以下の際は、弁ばね10の付勢力で弁軸9先端の弁体3を弁本体1の弁座5に押し付けて閉弁状態とする。そして、前記差圧が前記所定値を超えた際は、その差圧で弁ばね10の付勢力に抗して、弁軸9を出口側(下流側)にスライドして開弁状態とし、前記流体を流動可能とする。この弁の開弁度は、弁ばね10のばね定数と前記差圧の大きさによって決まり、この差圧の大きさに比例して開弁度が大きくなる。
【0003】
この弁の用途として注目されているものの一つとして、小型ポータブル機器等の燃料電池への燃料供給がある。最近の携帯電話や携帯情報端末は、省電力化が進んでおり、燃料供給の際の前記差圧は非常に小さい。ところが、弁ばね式の弁は、このように差圧の小さい流体の流量制御を苦手としている。この弁ばね式の弁は、差圧がある程度大きい場合、弁が十分開弁した状態となって流体の流量を安定させることができる反面、差圧が小さい場合、弁の開弁度が小さく、この開弁度がわずかに変動しただけで、流体の流量が変動しやすいからである。このように流体(燃料)の流量が変動すると、燃料電池の良好な特性が得られない恐れがある。
【0004】
この弁ばね式の弁の欠点を克服すべく、下記特許文献1には、弁体を磁性体で構成し、この弁体を弁本体内の磁石の磁力によって弁座に吸着して閉弁状態とする一方で、流体の差圧によって、前記弁体を前記磁力に抗して開弁状態とする弁についての技術が開示されている。
【0005】
この磁石の磁力は、磁石に近いほど強く、離れるに従って次第に弱くなる。すなわち、弁体の閉弁状態で、この弁体が受ける吸着力が最も強く、弁体による気密又は水密が確保される。そして、前記差圧が、開弁に必要な最小差圧(以下、「クラッキング圧力」と称する。)を上回ると、この弁体が開弁する。上述した弁ばね式の弁は、差圧の大きさと弁体の開弁度(弁体の移動量)は比例関係にあるが、下記特許文献1に示す構成では、開弁度が大きくなるほど前記磁力が小さくなる。特に、開弁初期段階における開弁度が、弁ばね式と比較して大きい。このため、差圧が小さくても、一旦開弁しさえすれば、弁ばね式の弁よりも大きな開弁度を得やすく、流体の安定した流量を容易に確保することができる。このため、上述した燃料電池等のように差圧が小さい用途には、磁石の磁力により開閉を行う弁が適している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−133744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1に係る弁の弁体には、この弁体の重さと、磁石の磁力による吸着力が作用している。例えば、下から上向きに流体が流動するように弁を取り付けた場合、前記弁体の重さFgと吸着力Faはともに下向きに作用する。このとき、見掛け上の吸着力Fv1は、前記弁体の重さFgと磁力によって生じた吸着力Faの合力であるFa+Fgとなる。
【0008】
これに対し、上から下向きに流体が流動するように弁を取り付けた場合、前記弁体の重さFgは下向き、吸着力Faは上向きに作用する。このとき、弁体の重さFgと吸着力Faの作用する方向が逆向きとなり、この吸着力Faが弁体の重さFgによって相殺されるため、見掛け上の吸着力Fv2は、磁力によって生じた吸着力Faから前記弁体の重さFgを差し引いたFa−Fgとなる。
【0009】
すなわち、弁の取付方向(流体の流動方向)によって、見掛け上の吸着力に差異が生じ、クラッキング圧力にばらつきが生じる。このため、所定のクラッキング圧力を得るためには、弁を所定の取付方向に保つ必要がある。ところが、この弁をポータブル機器等の燃料電池の流量制御に用いる場合は、使用者がこの機器等を特定の姿勢に維持した状態で使用するとは限らず、この弁の安定した流量特性が得られないことも生じ得る。
【0010】
そこで、この発明は、小さい差圧でも安定した流量を確保するとともに、取付方向によらずその流量安定性を発揮できるようにすることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、この発明では、弁本体と、この弁本体内に設けられた磁石と、前記弁本体内を弁軸方向に移動する磁性材料からなる弁体と、前記弁体の最大開弁状態においてこの弁体と当接するストッパ部とを備え、前記弁本体の入口側と出口側の差圧が所定値より低い場合に、弁体を前記磁石の磁力による吸着力で吸着して弁孔を塞ぎ閉弁状態とし、前記差圧が所定値を上回った場合に、その差圧によって前記弁体を前記磁石の磁力に抗して開弁状態とする弁において、前記弁体の重さを、この弁体の最大開弁時における前記磁石の吸着力より小さくした弁を構成した。
【0012】
ここでいう「吸着力」とは、磁性材料からなる弁体を磁石の磁場中(磁力の及ぶ範囲)に置いたときに、この弁体が磁場によって受ける力のことを指す。この吸着力は、弁体が磁石に接近するほど大きく、磁石から離れるにつれて次第に小さくなり、最大開弁時が最も小さい。
【0013】
閉弁状態にある弁体を開弁状態とするには、この弁体の閉弁位置における吸着力を上回る力で弁体を開弁方向に付勢する必要がある。
【0014】
この弁体の重さが前記吸着力よりも小さければ小さいほど、上述した見掛け上の吸着力のばらつきは小さくなる。このため、開弁時におけるクラッキング圧力の弁取付方向依存性が小さくなり、ポータブル機器等のように、使用時の姿勢が一定しない機器に使用した場合に、弁体の安定した開弁特性及び閉弁時の漏れ防止特性を発揮することができる。
【0015】
また、開弁状態にある弁体は前記吸着力によって閉弁方向に付勢されており、差圧との関係で開弁度が決まる。この差圧が所定値よりも小さくなると、前記吸着力がまさって弁体は閉弁する。この弁体の最大開弁時においては、上述した通りこの弁体に作用する吸着力が最小となる。この時、弁体の重さをこの最小吸着力よりも小さくすることにより、弁の取付方向によらず弁体の閉弁動作を確実になすことができる。
【0016】
前記構成においては、前記弁体の重さを、前記吸着力の大きさの、例えば1%以上10%以下の範囲内とすることができる。
【0017】
この弁は、その取付方向に関わらず、ほぼ一定のクラッキング圧力及び漏れ量とすることが要求され、その取付方向に起因するばらつきの許容範囲は、例えば20%(弁体の重さを無視した場合のクラッキング圧力等を基準に±10%)と定められる。前記ばらつきは、上述したように、取付方向に対する見掛け上の吸着力の差異によって決まる。
【0018】
ここで、流体の流動方向を上向きとした場合の見かけ上の吸着力Fv1と、下向きとした場合の見かけ上の吸着力Fv2の比をとると、Fv1:Fv2=(Fa+Fg):(Fa−Fg)となり、Fg=xFa(xは未知数)とおくと、Fv1:Fv2=(1+x)Fa:(1−x)Faとなる。前記比を20%のばらつき範囲内、すなわち、Faを基準(中心値)として±10%のばらつき範囲内とすることは、Fv1:Fv2=1.1Fa:0.9Faとすることを意味し、このとき、前記未知数xは0.1となる。これより、弁体の重さFgは、吸着力Faの10%以下とすればよいといえる。
【0019】
前記弁体の重さを前記吸着力の大きさの1%以上とするのは、極端な軽量化を図ると、この弁体の十分な強度を確保できず、吸着力とのバランスを欠くことがあるためである。
【0020】
前記吸着力に対する前記弁体の重さの範囲は、この弁に要求されるばらつきの許容範囲に対応して適宜定めることができる。
【0021】
前記弁体の、弁孔への当接面に、前記弁体の外縁側から中心側に向かうほど前記入口側に傾斜する傾斜面を形成するのがより好ましい。
【0022】
ここでいう、「弁孔への当接面」とは、弁体の流体入口側の面を指す。この弁孔への当接面に傾斜面を形成しておくと、弁体が弁孔内に入り込むように着座する。このため、その着座状態が安定して、確実な閉弁状態を得ることができる。
【0023】
また前記各構成においては、前記磁石と前記弁体との間に、両者間の気密又は水密を確保する封止体を設けるとともに、前記弁体の表面を粗化し、その表面に、前記封止体との粘着を防止する粘着防止層を形成するのが好ましい。
【0024】
前記弁体及びこの弁体を吸着する磁石として、耐久性等の観点から硬質部材が採用されることが多い。このように硬質部材とすると、互いの当接部分の加工精度が低い場合、その間に隙間が生じる原因となることがある。この隙間は、弁体が、その重さによって弁座に押し付けられることによってある程度塞がれるが、弁体を軽量化すると、この弁体の弁座への押し付け作用があまり期待できない。このため、この隙間に起因して、気密性又は水密性が損なわれることがある。そこで、前記封止体を設けると、この封止体により前記隙間が塞がれ、閉弁時における流体の漏れを効果的に防止することができる。
【0025】
前記封止体は、ゴム等のように弾性を備えた素材を用いることが多いが、この種の素材に長時間に亘って弁体を押し付けたままにすると、この封止体と弁体が粘着した状態となることがよくある。この場合、弁体に差圧が負荷されても、前記粘着によって所定のクラッキング圧力で弁体が開弁せず、流体のスムーズな流動が妨げられることがある。そこで、この弁体の弁孔への当接面に粘着防止層を形成すると、弁体と封止体が粘着するのを防止してスムーズな開閉弁操作を行うことができる。この粘着防止層として、熱や化学作用(酸性度等)に対する耐久性が高い、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)が好適である。これ以外に、PTFEと同様の粘着防止機能を発揮する、PTFEを含む有機化合物やシリコン樹脂等も適宜採用することもできる。
【0026】
前記粘着防止層の形成に先立って、弁体の表面を所定の表面粗さとする粗化処理を行っておくと、この粘着防止層と弁体との密着性を一段と向上することができる。このため、この粘着防止剤層が弁の使用中に次第に剥離して、粘着防止効果が損なわれるのを防止することができる。
【0027】
前記磁石として、例えばゴム磁石等の軟質材料を採用することもできる。この場合、この磁石が、吸着力によって前記弁体に沿うように変形し、この弁体と磁石との間の隙間が塞がれるため、必ずしも前記封止体を用いる必要はない。
【発明の効果】
【0028】
この発明では、磁性体からなる弁体を磁石の磁力で弁座に吸着させて閉弁させる一方で、流体の差圧によって前記磁力に抗して前記弁体を開弁するようにした弁において、弁体の重さを、この弁体の最大開弁時における前記磁石の吸着力より小さくした。このため、弁の取付方向がどのような向きであっても、安定した開閉弁操作を行うことができ、この弁の汎用性が高まる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】この発明に係る弁の閉弁時の縦断面図
【図2】図1のII−II線に沿った断面図
【図3】図1の弁の開弁時の縦断面図
【図4】図3のIV−IV線に沿った断面図
【図5】図4において流体の流動部分を示す図
【図6】図1に示した弁の上方からの分解斜視図
【図7】図1に示した弁の下方からの分解斜視図
【図8】図1に示した弁の縦断面の分解斜視図
【図9】表面に粘着防止層を形成した弁体の表面粗さと閉弁時の漏れ量との関係を示す図であって、(a)は表面粗さを算術平均粗さRaで評価した場合、(b)は表面粗さを十点平均粗さRzで評価した場合
【図10】弁の取付方向(流体の流動方向)を(a)は横向き、(b)は上向き、(c)は下向き、(d)は斜め上向き、(e)は斜め下向き、としたときの側面図
【図11】図5に示した各取付方向に対して、(a)はクラッキング圧力のばらつき、(b)は閉弁時の漏れ量のばらつき、を示す図
【図12】弁ばねを用いた一般的な弁を示す縦断面図
【発明を実施するための形態】
【0030】
この発明に係る弁の閉弁状態の断面図を図1及び2に、開弁状態の断面図を図3〜5に、上方からの分解斜視図を図6に、下方からの分解斜視図を図7に、縦断面の分解斜視図を図8にそれぞれ示す。この弁は、樹脂材からなる筒状の弁本体1と、この弁本体1内に設けられた円環状の磁石2と、フェライト系ステンレスからなる薄板形状の弁体3とを備えている。この弁本体1は、流体入口側の入口側本体1aと、流体出口側の出口側本体1bの二つの部材からなり、両者を同軸に嵌め込んで一体化している。
【0031】
この磁石2は、入口側本体1aの下流側端部に、この入口側本体1aと同軸に設けられていて、この磁石2の中心孔を通って流体が流動する。この磁石2には、弾性部材であるエチレンプロピレンゴム(EPDM)からなる封止体4が被せられており、この封止体4に形成された環状の突部が弁座5となっている。そして、この封止体4が、閉弁時に弁体3と磁石2の間に挟み込まれて両者の間の隙間を塞ぐことによって、閉弁時における前記隙間からの流体の漏れを抑制する。この封止体4は、環状固定部材6によって入口側本体1aにしっかりと固定されている。
【0032】
この弁体3の素材として、上記のフェライト系ステンレス以外に、例えば、高ニッケル材等の金属磁性材料を採用することもできる。また、弁本体1の素材として、上記の樹脂材以外に、弁体3の閉開弁に影響を与えないことを条件として、非磁性金属等を採用することもできる。
【0033】
この弁を燃料電池の燃料供給用として用いる場合、製造工程において溶質材を用いておらず、カーボン等の不純物を所定量以下に制御したグレードのEPDMの採用が推奨される。EPDM中の溶質材やカーボン等が燃料中に混入して、燃料電池の白金触媒の性能が劣化するのを極力防ぐためである。このグレードのEPDMは、金属等からなる弁体3との粘着が生じやすいことが知られている。そこで、閉弁時における両者間の粘着を防ぐため、後述するように、弁体3の表面に粘着防止層8が形成される。このEPDMの代わりに、同等グレード(白金触媒の性能劣化を引き起こさないグレード)のフッ素系ゴムを採用することもできる。
【0034】
出口側本体1bの筒内壁には、ストッパ部7が、前記筒内壁から起立して円周方向に均等間隔に8個設けられている。このストッパ部7は入口側本体1aに設けた磁石2の磁力の及ぶ範囲内にある。流体の差圧によって開弁した弁体3は、その最大開弁時にこのストッパ部7に当接することで、それ以上の移動が規制される。そして、前記差圧が所定値以下となった際に、弁体3が前記磁力によって弁座5に着座して閉弁状態となる。このストッパ部7の個数は、このストッパ部7に当接した弁体3の安定性が損なわれないことを前提として、適宜変更することができる。
【0035】
弁体3は、弁座5全体に被さって弁孔を塞ぐ円板部3aと、円板部3aの外周から径方向に延びる3箇所の拡径部3bとから構成されている。拡径部3bの外径は出口側本体1bの内径よりもわずかに小さく形成されている。このため、弁体3は、出口側本体1bの軸心と同軸に、かつ、スムーズにその軸心方向に案内される。拡径部3bの数は適宜変更することができるが、弁体3がストッパ部7に当接した際の姿勢が安定するようにしつつ、流体の流路を確保するため、3箇所程度が最も好ましい。弁体3の重さは約0.2〜0.4gの範囲内であり、磁石による吸着力は約5gである。すなわち、前記弁体3の重さは吸着力に対して約4〜8%の範囲内である。以下、吸着力に対する弁体3の重さの比率のことを「重さ比」と称する。
【0036】
円板部3aは、その外縁側から中心側に向かうほど流体の入口側に傾斜する傾斜面3cが形成された円錐形状となっている。このため、円板部3aを完全に平坦とした場合と比較して、この円板部3aが弁孔内にわずかに入り込んで着座状態が安定し、弁体3による閉弁状態をより確実なものとすることができる。円板部3aの形状は、円錐形状に限られず、例えば、前記入口側に凸形状のお椀形とすることもできる。円錐形状とした場合と同様に、安定した着座状態とすることができるためである。
【0037】
弁体3の円板部3aの周縁部及び拡径部3bは、その最大開弁時においてストッパ部7に当接する。このとき、流体は図5中に記載の斜線部分(出口側本体1bと弁体3の間の隙間)を通って、入口側から出口側に向けて流動する。
【0038】
弁体3の弁孔との当接面には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)からなる粘着防止層8が形成されている。このPTFEはEPDMに対する粘着防止性を有しており、閉弁状態が続いた場合でも、弁体3と弁座5が粘着するのを防ぐことができる。このため、流体の差圧変化に対応して、弁体3を速やかに開弁状態とすることができ、優れた開弁特性が確保される。また、このPTFEは化学的安定性にも優れており、流体の熱や化学作用(酸性度等)によって劣化が生じにくい。このため、長期間に亘って、粘着防止層8としての特性が発揮される。この粘着防止層8として、PTFEを含む有機化合物やシリコン樹脂等を採用することもできる。
【0039】
弁体3の表面状態が平滑である場合、この弁体3と粘着防止層8との間の密着性が不十分となることがある。そこで、弁体3の表面に予め粗化処理を行って、この弁体3と粘着防止層8との間の密着性向上を図っている。前記粗化処理の手段として、例えば、弁体3の表面に砥粒を空気圧で吹き付けるショットブラスト法や、砥粒と弁体3をバレル槽に入れ、このバレル槽を回転させるバレル法等が適している。その他にも、ケミカル粗化処理、圧延ロール処理、プレス処理等によって、前記粗化処理を行うこともできる。さらに、弁体表面の活性処理や改質処理を行うことによって、密着性の更なる向上を図ることもできる。
【0040】
前記粗化処理として、ブラスト処理又はバレル処理のいずれかの処理を行い、その後に、弁体3の表面にPTFEからなる粘着防止層8を形成した時の密着強度をテープ剥離試験で評価した。
【0041】
この試験の手順を説明する。まず、フェライト系ステンレスからなる弁体3に、表1に記載の表面処理を行い、その表面粗さ(算術的平均粗さRa及び十点平均粗さRz)を測定した。次に、前記粗化処理を行った面にPTFEからなる粘着防止層8を形成した。さらに、粘着防止層8を形成した弁体3を、90℃に保持した温水(純水)中に最長3000時間浸漬した。この温水の電気伝導率は、1μS/cm以下である。所定時間の浸漬処理を行った後に、粘着防止層8の上に粘着テープを貼り付け、この粘着テープを引き剥がした。そして、基材であるステンレス製の弁体3から、粘着防止層8の剥離が生じるか否かによって密着性を評価した。
【0042】
各粗化水準につき5個ずつテープ剥離試験を行った。その結果、表1に示すように、表面処理(粗化処理)を行わなかった場合、1000時間以上の温水浸漬により、全てのサンプルで剥離が生じたのに対し、ブラスト処理又はバレル処理によって表面処理を行った場合、ほぼ全てのサンプルで3000時間の温水浸漬後も剥離が生じないことが確認できた。なお、バレル処理の温水浸漬3000時間のサンプルにおける剥離は外径部にて生じたものであり、粗化処理の不足に伴う剥離とは、その剥離原因が異なる可能性がある。このため、この粗化条件では、十分な密着強度が得られているものと判断する。
【0043】
この試験結果から、少なくとも算術的表面粗さRaが0.14μm以上、十点平均表面粗さRzが1.5μm以上の粗化を行うことにより、密着性の向上が期待でき、長期間に亘って弁体3と弁座5との間の粘着の防止を図り得ることが明らかとなった。
【0044】
【表1】
【0045】
上記のように、弁体3表面の粗化処理は、密着性向上の上で重要である反面、粘着防止層8の表面粗さが大きいと、粘着防止層8(弁体3)と弁座5との間に隙間が生じ、閉弁時の漏れ量が増大するという問題が生じる。この漏れ量の測定結果を図9に示す。この測定結果から、漏れ量を所定量以下(例えば、0.2cc/min以下)とするためには、算術平均粗さRaを2.0μmよりも小さく、十点平均粗さRzを14.0μmよりも小さくする必要があることが分かる。
【0046】
この弁を図10に示す取付方向として、流体を各図中の矢印の方向に流動し、クラッキング圧力(閉弁状態から弁体が開弁し始める差圧)及び閉弁時の漏れ量を測定した結果を図11に示す。この測定結果を測定平均値(同図中のAVE)に着目して見ると、最大で0.41kPa(流れ方向は上向き)、最小で0.37kPa(流れ方向は斜め下向き)であった。このとき、取付方向に起因するクラッキング圧力のばらつきは10.3%となる。このばらつきは、上述したように、重さ比が約4〜8%(平均で約6%)の範囲内にあるときの結果である。そして、この重さ比はクラッキング圧力と比例関係にあり、この重さ比が10%の範囲内では、クラッキング圧力のばらつきは、約17%となる。このばらつきは、例えば、弁に要求されるばらつき範囲が20%の場合において、その許容範囲内に収まっている。また漏れ量も0.04cc/minでその量はわずかであり、弁の使用上、特に問題とならないといえる。
【0047】
上記の実施形態では、入口側及び出口側にそれぞれ一つの開口部を形成した弁について示したが、一つの入口に対して、二つの出口を設けた三方弁等、種々の形態の弁にも適用できることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0048】
1 弁本体
1a 入口側本体
1b 出口側本体
2 磁石
3 弁体
3a (弁体の)円板部
3b (弁体の)拡径部
3c (弁体円板部の)傾斜面
4 封止体
5 弁座
6 環状固定部材
7 ストッパ部
8 粘着防止層
【技術分野】
【0001】
この発明は、液体又は気体の逆流を防止する弁であって、特に、弁体の移動を磁石の磁力によって行うようにしたものに関する。
【背景技術】
【0002】
流体の逆流を防止する弁として、例えば図12に示す弁ばね式のものがある。この弁は、筒状の弁本体1と同軸に弁軸9をスライド自在に設け、弁本体1の入口側と出口側の差圧が所定値以下の際は、弁ばね10の付勢力で弁軸9先端の弁体3を弁本体1の弁座5に押し付けて閉弁状態とする。そして、前記差圧が前記所定値を超えた際は、その差圧で弁ばね10の付勢力に抗して、弁軸9を出口側(下流側)にスライドして開弁状態とし、前記流体を流動可能とする。この弁の開弁度は、弁ばね10のばね定数と前記差圧の大きさによって決まり、この差圧の大きさに比例して開弁度が大きくなる。
【0003】
この弁の用途として注目されているものの一つとして、小型ポータブル機器等の燃料電池への燃料供給がある。最近の携帯電話や携帯情報端末は、省電力化が進んでおり、燃料供給の際の前記差圧は非常に小さい。ところが、弁ばね式の弁は、このように差圧の小さい流体の流量制御を苦手としている。この弁ばね式の弁は、差圧がある程度大きい場合、弁が十分開弁した状態となって流体の流量を安定させることができる反面、差圧が小さい場合、弁の開弁度が小さく、この開弁度がわずかに変動しただけで、流体の流量が変動しやすいからである。このように流体(燃料)の流量が変動すると、燃料電池の良好な特性が得られない恐れがある。
【0004】
この弁ばね式の弁の欠点を克服すべく、下記特許文献1には、弁体を磁性体で構成し、この弁体を弁本体内の磁石の磁力によって弁座に吸着して閉弁状態とする一方で、流体の差圧によって、前記弁体を前記磁力に抗して開弁状態とする弁についての技術が開示されている。
【0005】
この磁石の磁力は、磁石に近いほど強く、離れるに従って次第に弱くなる。すなわち、弁体の閉弁状態で、この弁体が受ける吸着力が最も強く、弁体による気密又は水密が確保される。そして、前記差圧が、開弁に必要な最小差圧(以下、「クラッキング圧力」と称する。)を上回ると、この弁体が開弁する。上述した弁ばね式の弁は、差圧の大きさと弁体の開弁度(弁体の移動量)は比例関係にあるが、下記特許文献1に示す構成では、開弁度が大きくなるほど前記磁力が小さくなる。特に、開弁初期段階における開弁度が、弁ばね式と比較して大きい。このため、差圧が小さくても、一旦開弁しさえすれば、弁ばね式の弁よりも大きな開弁度を得やすく、流体の安定した流量を容易に確保することができる。このため、上述した燃料電池等のように差圧が小さい用途には、磁石の磁力により開閉を行う弁が適している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−133744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1に係る弁の弁体には、この弁体の重さと、磁石の磁力による吸着力が作用している。例えば、下から上向きに流体が流動するように弁を取り付けた場合、前記弁体の重さFgと吸着力Faはともに下向きに作用する。このとき、見掛け上の吸着力Fv1は、前記弁体の重さFgと磁力によって生じた吸着力Faの合力であるFa+Fgとなる。
【0008】
これに対し、上から下向きに流体が流動するように弁を取り付けた場合、前記弁体の重さFgは下向き、吸着力Faは上向きに作用する。このとき、弁体の重さFgと吸着力Faの作用する方向が逆向きとなり、この吸着力Faが弁体の重さFgによって相殺されるため、見掛け上の吸着力Fv2は、磁力によって生じた吸着力Faから前記弁体の重さFgを差し引いたFa−Fgとなる。
【0009】
すなわち、弁の取付方向(流体の流動方向)によって、見掛け上の吸着力に差異が生じ、クラッキング圧力にばらつきが生じる。このため、所定のクラッキング圧力を得るためには、弁を所定の取付方向に保つ必要がある。ところが、この弁をポータブル機器等の燃料電池の流量制御に用いる場合は、使用者がこの機器等を特定の姿勢に維持した状態で使用するとは限らず、この弁の安定した流量特性が得られないことも生じ得る。
【0010】
そこで、この発明は、小さい差圧でも安定した流量を確保するとともに、取付方向によらずその流量安定性を発揮できるようにすることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、この発明では、弁本体と、この弁本体内に設けられた磁石と、前記弁本体内を弁軸方向に移動する磁性材料からなる弁体と、前記弁体の最大開弁状態においてこの弁体と当接するストッパ部とを備え、前記弁本体の入口側と出口側の差圧が所定値より低い場合に、弁体を前記磁石の磁力による吸着力で吸着して弁孔を塞ぎ閉弁状態とし、前記差圧が所定値を上回った場合に、その差圧によって前記弁体を前記磁石の磁力に抗して開弁状態とする弁において、前記弁体の重さを、この弁体の最大開弁時における前記磁石の吸着力より小さくした弁を構成した。
【0012】
ここでいう「吸着力」とは、磁性材料からなる弁体を磁石の磁場中(磁力の及ぶ範囲)に置いたときに、この弁体が磁場によって受ける力のことを指す。この吸着力は、弁体が磁石に接近するほど大きく、磁石から離れるにつれて次第に小さくなり、最大開弁時が最も小さい。
【0013】
閉弁状態にある弁体を開弁状態とするには、この弁体の閉弁位置における吸着力を上回る力で弁体を開弁方向に付勢する必要がある。
【0014】
この弁体の重さが前記吸着力よりも小さければ小さいほど、上述した見掛け上の吸着力のばらつきは小さくなる。このため、開弁時におけるクラッキング圧力の弁取付方向依存性が小さくなり、ポータブル機器等のように、使用時の姿勢が一定しない機器に使用した場合に、弁体の安定した開弁特性及び閉弁時の漏れ防止特性を発揮することができる。
【0015】
また、開弁状態にある弁体は前記吸着力によって閉弁方向に付勢されており、差圧との関係で開弁度が決まる。この差圧が所定値よりも小さくなると、前記吸着力がまさって弁体は閉弁する。この弁体の最大開弁時においては、上述した通りこの弁体に作用する吸着力が最小となる。この時、弁体の重さをこの最小吸着力よりも小さくすることにより、弁の取付方向によらず弁体の閉弁動作を確実になすことができる。
【0016】
前記構成においては、前記弁体の重さを、前記吸着力の大きさの、例えば1%以上10%以下の範囲内とすることができる。
【0017】
この弁は、その取付方向に関わらず、ほぼ一定のクラッキング圧力及び漏れ量とすることが要求され、その取付方向に起因するばらつきの許容範囲は、例えば20%(弁体の重さを無視した場合のクラッキング圧力等を基準に±10%)と定められる。前記ばらつきは、上述したように、取付方向に対する見掛け上の吸着力の差異によって決まる。
【0018】
ここで、流体の流動方向を上向きとした場合の見かけ上の吸着力Fv1と、下向きとした場合の見かけ上の吸着力Fv2の比をとると、Fv1:Fv2=(Fa+Fg):(Fa−Fg)となり、Fg=xFa(xは未知数)とおくと、Fv1:Fv2=(1+x)Fa:(1−x)Faとなる。前記比を20%のばらつき範囲内、すなわち、Faを基準(中心値)として±10%のばらつき範囲内とすることは、Fv1:Fv2=1.1Fa:0.9Faとすることを意味し、このとき、前記未知数xは0.1となる。これより、弁体の重さFgは、吸着力Faの10%以下とすればよいといえる。
【0019】
前記弁体の重さを前記吸着力の大きさの1%以上とするのは、極端な軽量化を図ると、この弁体の十分な強度を確保できず、吸着力とのバランスを欠くことがあるためである。
【0020】
前記吸着力に対する前記弁体の重さの範囲は、この弁に要求されるばらつきの許容範囲に対応して適宜定めることができる。
【0021】
前記弁体の、弁孔への当接面に、前記弁体の外縁側から中心側に向かうほど前記入口側に傾斜する傾斜面を形成するのがより好ましい。
【0022】
ここでいう、「弁孔への当接面」とは、弁体の流体入口側の面を指す。この弁孔への当接面に傾斜面を形成しておくと、弁体が弁孔内に入り込むように着座する。このため、その着座状態が安定して、確実な閉弁状態を得ることができる。
【0023】
また前記各構成においては、前記磁石と前記弁体との間に、両者間の気密又は水密を確保する封止体を設けるとともに、前記弁体の表面を粗化し、その表面に、前記封止体との粘着を防止する粘着防止層を形成するのが好ましい。
【0024】
前記弁体及びこの弁体を吸着する磁石として、耐久性等の観点から硬質部材が採用されることが多い。このように硬質部材とすると、互いの当接部分の加工精度が低い場合、その間に隙間が生じる原因となることがある。この隙間は、弁体が、その重さによって弁座に押し付けられることによってある程度塞がれるが、弁体を軽量化すると、この弁体の弁座への押し付け作用があまり期待できない。このため、この隙間に起因して、気密性又は水密性が損なわれることがある。そこで、前記封止体を設けると、この封止体により前記隙間が塞がれ、閉弁時における流体の漏れを効果的に防止することができる。
【0025】
前記封止体は、ゴム等のように弾性を備えた素材を用いることが多いが、この種の素材に長時間に亘って弁体を押し付けたままにすると、この封止体と弁体が粘着した状態となることがよくある。この場合、弁体に差圧が負荷されても、前記粘着によって所定のクラッキング圧力で弁体が開弁せず、流体のスムーズな流動が妨げられることがある。そこで、この弁体の弁孔への当接面に粘着防止層を形成すると、弁体と封止体が粘着するのを防止してスムーズな開閉弁操作を行うことができる。この粘着防止層として、熱や化学作用(酸性度等)に対する耐久性が高い、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)が好適である。これ以外に、PTFEと同様の粘着防止機能を発揮する、PTFEを含む有機化合物やシリコン樹脂等も適宜採用することもできる。
【0026】
前記粘着防止層の形成に先立って、弁体の表面を所定の表面粗さとする粗化処理を行っておくと、この粘着防止層と弁体との密着性を一段と向上することができる。このため、この粘着防止剤層が弁の使用中に次第に剥離して、粘着防止効果が損なわれるのを防止することができる。
【0027】
前記磁石として、例えばゴム磁石等の軟質材料を採用することもできる。この場合、この磁石が、吸着力によって前記弁体に沿うように変形し、この弁体と磁石との間の隙間が塞がれるため、必ずしも前記封止体を用いる必要はない。
【発明の効果】
【0028】
この発明では、磁性体からなる弁体を磁石の磁力で弁座に吸着させて閉弁させる一方で、流体の差圧によって前記磁力に抗して前記弁体を開弁するようにした弁において、弁体の重さを、この弁体の最大開弁時における前記磁石の吸着力より小さくした。このため、弁の取付方向がどのような向きであっても、安定した開閉弁操作を行うことができ、この弁の汎用性が高まる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】この発明に係る弁の閉弁時の縦断面図
【図2】図1のII−II線に沿った断面図
【図3】図1の弁の開弁時の縦断面図
【図4】図3のIV−IV線に沿った断面図
【図5】図4において流体の流動部分を示す図
【図6】図1に示した弁の上方からの分解斜視図
【図7】図1に示した弁の下方からの分解斜視図
【図8】図1に示した弁の縦断面の分解斜視図
【図9】表面に粘着防止層を形成した弁体の表面粗さと閉弁時の漏れ量との関係を示す図であって、(a)は表面粗さを算術平均粗さRaで評価した場合、(b)は表面粗さを十点平均粗さRzで評価した場合
【図10】弁の取付方向(流体の流動方向)を(a)は横向き、(b)は上向き、(c)は下向き、(d)は斜め上向き、(e)は斜め下向き、としたときの側面図
【図11】図5に示した各取付方向に対して、(a)はクラッキング圧力のばらつき、(b)は閉弁時の漏れ量のばらつき、を示す図
【図12】弁ばねを用いた一般的な弁を示す縦断面図
【発明を実施するための形態】
【0030】
この発明に係る弁の閉弁状態の断面図を図1及び2に、開弁状態の断面図を図3〜5に、上方からの分解斜視図を図6に、下方からの分解斜視図を図7に、縦断面の分解斜視図を図8にそれぞれ示す。この弁は、樹脂材からなる筒状の弁本体1と、この弁本体1内に設けられた円環状の磁石2と、フェライト系ステンレスからなる薄板形状の弁体3とを備えている。この弁本体1は、流体入口側の入口側本体1aと、流体出口側の出口側本体1bの二つの部材からなり、両者を同軸に嵌め込んで一体化している。
【0031】
この磁石2は、入口側本体1aの下流側端部に、この入口側本体1aと同軸に設けられていて、この磁石2の中心孔を通って流体が流動する。この磁石2には、弾性部材であるエチレンプロピレンゴム(EPDM)からなる封止体4が被せられており、この封止体4に形成された環状の突部が弁座5となっている。そして、この封止体4が、閉弁時に弁体3と磁石2の間に挟み込まれて両者の間の隙間を塞ぐことによって、閉弁時における前記隙間からの流体の漏れを抑制する。この封止体4は、環状固定部材6によって入口側本体1aにしっかりと固定されている。
【0032】
この弁体3の素材として、上記のフェライト系ステンレス以外に、例えば、高ニッケル材等の金属磁性材料を採用することもできる。また、弁本体1の素材として、上記の樹脂材以外に、弁体3の閉開弁に影響を与えないことを条件として、非磁性金属等を採用することもできる。
【0033】
この弁を燃料電池の燃料供給用として用いる場合、製造工程において溶質材を用いておらず、カーボン等の不純物を所定量以下に制御したグレードのEPDMの採用が推奨される。EPDM中の溶質材やカーボン等が燃料中に混入して、燃料電池の白金触媒の性能が劣化するのを極力防ぐためである。このグレードのEPDMは、金属等からなる弁体3との粘着が生じやすいことが知られている。そこで、閉弁時における両者間の粘着を防ぐため、後述するように、弁体3の表面に粘着防止層8が形成される。このEPDMの代わりに、同等グレード(白金触媒の性能劣化を引き起こさないグレード)のフッ素系ゴムを採用することもできる。
【0034】
出口側本体1bの筒内壁には、ストッパ部7が、前記筒内壁から起立して円周方向に均等間隔に8個設けられている。このストッパ部7は入口側本体1aに設けた磁石2の磁力の及ぶ範囲内にある。流体の差圧によって開弁した弁体3は、その最大開弁時にこのストッパ部7に当接することで、それ以上の移動が規制される。そして、前記差圧が所定値以下となった際に、弁体3が前記磁力によって弁座5に着座して閉弁状態となる。このストッパ部7の個数は、このストッパ部7に当接した弁体3の安定性が損なわれないことを前提として、適宜変更することができる。
【0035】
弁体3は、弁座5全体に被さって弁孔を塞ぐ円板部3aと、円板部3aの外周から径方向に延びる3箇所の拡径部3bとから構成されている。拡径部3bの外径は出口側本体1bの内径よりもわずかに小さく形成されている。このため、弁体3は、出口側本体1bの軸心と同軸に、かつ、スムーズにその軸心方向に案内される。拡径部3bの数は適宜変更することができるが、弁体3がストッパ部7に当接した際の姿勢が安定するようにしつつ、流体の流路を確保するため、3箇所程度が最も好ましい。弁体3の重さは約0.2〜0.4gの範囲内であり、磁石による吸着力は約5gである。すなわち、前記弁体3の重さは吸着力に対して約4〜8%の範囲内である。以下、吸着力に対する弁体3の重さの比率のことを「重さ比」と称する。
【0036】
円板部3aは、その外縁側から中心側に向かうほど流体の入口側に傾斜する傾斜面3cが形成された円錐形状となっている。このため、円板部3aを完全に平坦とした場合と比較して、この円板部3aが弁孔内にわずかに入り込んで着座状態が安定し、弁体3による閉弁状態をより確実なものとすることができる。円板部3aの形状は、円錐形状に限られず、例えば、前記入口側に凸形状のお椀形とすることもできる。円錐形状とした場合と同様に、安定した着座状態とすることができるためである。
【0037】
弁体3の円板部3aの周縁部及び拡径部3bは、その最大開弁時においてストッパ部7に当接する。このとき、流体は図5中に記載の斜線部分(出口側本体1bと弁体3の間の隙間)を通って、入口側から出口側に向けて流動する。
【0038】
弁体3の弁孔との当接面には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)からなる粘着防止層8が形成されている。このPTFEはEPDMに対する粘着防止性を有しており、閉弁状態が続いた場合でも、弁体3と弁座5が粘着するのを防ぐことができる。このため、流体の差圧変化に対応して、弁体3を速やかに開弁状態とすることができ、優れた開弁特性が確保される。また、このPTFEは化学的安定性にも優れており、流体の熱や化学作用(酸性度等)によって劣化が生じにくい。このため、長期間に亘って、粘着防止層8としての特性が発揮される。この粘着防止層8として、PTFEを含む有機化合物やシリコン樹脂等を採用することもできる。
【0039】
弁体3の表面状態が平滑である場合、この弁体3と粘着防止層8との間の密着性が不十分となることがある。そこで、弁体3の表面に予め粗化処理を行って、この弁体3と粘着防止層8との間の密着性向上を図っている。前記粗化処理の手段として、例えば、弁体3の表面に砥粒を空気圧で吹き付けるショットブラスト法や、砥粒と弁体3をバレル槽に入れ、このバレル槽を回転させるバレル法等が適している。その他にも、ケミカル粗化処理、圧延ロール処理、プレス処理等によって、前記粗化処理を行うこともできる。さらに、弁体表面の活性処理や改質処理を行うことによって、密着性の更なる向上を図ることもできる。
【0040】
前記粗化処理として、ブラスト処理又はバレル処理のいずれかの処理を行い、その後に、弁体3の表面にPTFEからなる粘着防止層8を形成した時の密着強度をテープ剥離試験で評価した。
【0041】
この試験の手順を説明する。まず、フェライト系ステンレスからなる弁体3に、表1に記載の表面処理を行い、その表面粗さ(算術的平均粗さRa及び十点平均粗さRz)を測定した。次に、前記粗化処理を行った面にPTFEからなる粘着防止層8を形成した。さらに、粘着防止層8を形成した弁体3を、90℃に保持した温水(純水)中に最長3000時間浸漬した。この温水の電気伝導率は、1μS/cm以下である。所定時間の浸漬処理を行った後に、粘着防止層8の上に粘着テープを貼り付け、この粘着テープを引き剥がした。そして、基材であるステンレス製の弁体3から、粘着防止層8の剥離が生じるか否かによって密着性を評価した。
【0042】
各粗化水準につき5個ずつテープ剥離試験を行った。その結果、表1に示すように、表面処理(粗化処理)を行わなかった場合、1000時間以上の温水浸漬により、全てのサンプルで剥離が生じたのに対し、ブラスト処理又はバレル処理によって表面処理を行った場合、ほぼ全てのサンプルで3000時間の温水浸漬後も剥離が生じないことが確認できた。なお、バレル処理の温水浸漬3000時間のサンプルにおける剥離は外径部にて生じたものであり、粗化処理の不足に伴う剥離とは、その剥離原因が異なる可能性がある。このため、この粗化条件では、十分な密着強度が得られているものと判断する。
【0043】
この試験結果から、少なくとも算術的表面粗さRaが0.14μm以上、十点平均表面粗さRzが1.5μm以上の粗化を行うことにより、密着性の向上が期待でき、長期間に亘って弁体3と弁座5との間の粘着の防止を図り得ることが明らかとなった。
【0044】
【表1】
【0045】
上記のように、弁体3表面の粗化処理は、密着性向上の上で重要である反面、粘着防止層8の表面粗さが大きいと、粘着防止層8(弁体3)と弁座5との間に隙間が生じ、閉弁時の漏れ量が増大するという問題が生じる。この漏れ量の測定結果を図9に示す。この測定結果から、漏れ量を所定量以下(例えば、0.2cc/min以下)とするためには、算術平均粗さRaを2.0μmよりも小さく、十点平均粗さRzを14.0μmよりも小さくする必要があることが分かる。
【0046】
この弁を図10に示す取付方向として、流体を各図中の矢印の方向に流動し、クラッキング圧力(閉弁状態から弁体が開弁し始める差圧)及び閉弁時の漏れ量を測定した結果を図11に示す。この測定結果を測定平均値(同図中のAVE)に着目して見ると、最大で0.41kPa(流れ方向は上向き)、最小で0.37kPa(流れ方向は斜め下向き)であった。このとき、取付方向に起因するクラッキング圧力のばらつきは10.3%となる。このばらつきは、上述したように、重さ比が約4〜8%(平均で約6%)の範囲内にあるときの結果である。そして、この重さ比はクラッキング圧力と比例関係にあり、この重さ比が10%の範囲内では、クラッキング圧力のばらつきは、約17%となる。このばらつきは、例えば、弁に要求されるばらつき範囲が20%の場合において、その許容範囲内に収まっている。また漏れ量も0.04cc/minでその量はわずかであり、弁の使用上、特に問題とならないといえる。
【0047】
上記の実施形態では、入口側及び出口側にそれぞれ一つの開口部を形成した弁について示したが、一つの入口に対して、二つの出口を設けた三方弁等、種々の形態の弁にも適用できることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0048】
1 弁本体
1a 入口側本体
1b 出口側本体
2 磁石
3 弁体
3a (弁体の)円板部
3b (弁体の)拡径部
3c (弁体円板部の)傾斜面
4 封止体
5 弁座
6 環状固定部材
7 ストッパ部
8 粘着防止層
【特許請求の範囲】
【請求項1】
弁本体(1)と、この弁本体(1)内に設けられた磁石(2)と、前記弁本体(1)内を弁軸方向に移動する磁性材料からなる弁体(3)と、前記弁体(3)の最大開弁状態においてこの弁体(3)と当接するストッパ部(7)とを備え、前記弁本体(1)の入口側と出口側の差圧が所定値より低い場合に、弁体(3)を前記磁石(2)の磁力による吸着力で吸着して弁孔を塞ぎ閉弁状態とし、前記差圧が所定値を上回った場合に、その差圧によって前記弁体(3)を前記磁石(2)の磁力に抗して開弁状態とする弁において、
前記弁体(3)の重さを、この弁体(3)の最大開弁時における前記磁石(2)の吸着力より小さくしたことを特徴とする弁。
【請求項2】
前記弁体(3)の、弁孔への当接面に、前記弁体(3)の外縁側から中心側に向かうほど前記入口側に傾斜する傾斜面(3c)を形成したことを特徴とする請求項1に記載の弁。
【請求項3】
前記磁石(2)と前記弁体(3)との間に、両者間の気密又は水密を確保する封止体(4)を設けるとともに、前記弁体(3)の表面を粗化し、その表面に、前記封止体(4)との粘着を防止する粘着防止層(8)を形成したことを特徴とする請求項1又は2に記載の弁。
【請求項1】
弁本体(1)と、この弁本体(1)内に設けられた磁石(2)と、前記弁本体(1)内を弁軸方向に移動する磁性材料からなる弁体(3)と、前記弁体(3)の最大開弁状態においてこの弁体(3)と当接するストッパ部(7)とを備え、前記弁本体(1)の入口側と出口側の差圧が所定値より低い場合に、弁体(3)を前記磁石(2)の磁力による吸着力で吸着して弁孔を塞ぎ閉弁状態とし、前記差圧が所定値を上回った場合に、その差圧によって前記弁体(3)を前記磁石(2)の磁力に抗して開弁状態とする弁において、
前記弁体(3)の重さを、この弁体(3)の最大開弁時における前記磁石(2)の吸着力より小さくしたことを特徴とする弁。
【請求項2】
前記弁体(3)の、弁孔への当接面に、前記弁体(3)の外縁側から中心側に向かうほど前記入口側に傾斜する傾斜面(3c)を形成したことを特徴とする請求項1に記載の弁。
【請求項3】
前記磁石(2)と前記弁体(3)との間に、両者間の気密又は水密を確保する封止体(4)を設けるとともに、前記弁体(3)の表面を粗化し、その表面に、前記封止体(4)との粘着を防止する粘着防止層(8)を形成したことを特徴とする請求項1又は2に記載の弁。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−42038(P2012−42038A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−186203(P2010−186203)
【出願日】平成22年8月23日(2010.8.23)
【出願人】(390003768)ワコー電子株式会社 (7)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月23日(2010.8.23)
【出願人】(390003768)ワコー電子株式会社 (7)
【Fターム(参考)】
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