説明

形状凍結性に優れた部材の製造方法

【課題】成形後のスプリングバックや、たわみの発生を抑制できる、形状凍結性に優れた部材の製造方法を提供する。
【解決手段】時効指数AIが0.5MPa以上で、引張強さTSが400MPa以下である薄鋼板を素材とする。そして、該素材に、373〜523Kの範囲の時効温度T(K)で、時効時間(s):10−7exp(9880/T)×T×[exp((AI+6)/3.9)]−1.5 s以上の時効処理を施し、0.5%以上の降伏伸びYP-Elを有する薄鋼板とする。このような薄鋼板を成形用素材として、プレス成形を施し、所定形状の部材とする。これにより、スプリングバック、たわみ等の発生が抑制されて、形状凍結性に優れた部材となる。なお、素材である薄鋼板には、予め、調質圧延を施しておくことが、形状凍結性向上に有効である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄鋼板をプレス成形して、建材、家電、自動車等の部材とする、部材の製造方法に係り、とくに成形後のスプリングバックを抑制し、形状凍結性に優れた部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建材、家電、自動車等の分野では、製品のコンパクト化や軽量化の観点から、部材の形状が複雑化する傾向となっている。そのため、部材の形状精度を高めることが要求されている。このような要求に対し、一般的には、成形後のスプリングバックを小さくし、形状凍結性を高めることが重要である。例えば、非特許文献1に示されるように、スプリングバックの改善には降伏強さYSが低いことが効果的であり、部材の形状凍結性を高めるためには、降伏強さYSが低い鋼板を使用することが一つの方法である。
【0003】
しかし、最近では、プレス技術の進歩により、成形時に導入される歪量が増加し、被成形材料には、材料の引張強さTSに近い応力が負荷されるようになっている。非特許文献1にも記載されているように(p.346参照)、材料に導入される塑性歪量が多くなると、スプリングバック量への引張強さの寄与が大きくなることが知られている。このため、成形時に導入される歪量が大きくなるような部材では、成形後のスプリングバック量は、引張強さTSに比例することになる。このような部材では、スプリングバック軽減のために、引張強さTSを低くすることが肝要となる。
【0004】
しかし、一般に、引張強さTSが低い材料は降伏強さYSも低くなる。このため、このような材料はYS×(板厚)で表される板剛性が低くなり、成形後の部材の平坦部に大きなたわみが発生し問題となる。部材の平坦部に発生するたわみは、板剛性に反比例、すなわちYS×(板厚)に反比例して大きくなる。したがって、より低いYSの材料を用いた場合には、成形後の部材の平坦部に、より大きなたわみが生じることになる。
【0005】
このように、成形後に部材の平坦部のたわみを小さくするためには、成形後のYSを高くして平坦部の剛性を高く保持することが必要となる。
成形(加工)後の降伏強さYSを高くできる鋼板として、例えば、特許文献1には、高い塗装焼付硬化性能を有する常温非時効性冷延鋼板が提案されている。特許文献1に記載された冷延鋼板は、質量%で、C:0.0020〜0.0060%、Mn:0.5〜2.5%、Al:0.005〜0.2%、N:0.0002〜0.0060%を含有する組成と、アシキュラーフェライトとフェライトとからなる混合組織、またはアシキュラーフェライト単相組織とを有し、焼付け硬化量BH:7kgf/mm以上(69 MPa以上)となる鋼板であり、成形時には強度が低く、成形(加工)後に塗装焼付け処理を施してYSを高くすることができるとしている。
【0006】
また、特許文献2には、質量%で、C:0.1%以下、Mn:0.1〜3.0%、Cu:0.6〜3.0%、Ni:0.1〜3.0%、Al:0.02%以下、N:0.0015〜0.018%を含有し、N/Alが0.55超とする組成と、面積率で85%以上のフェライト相と、該フェライト相中にCu析出物が析出し、Cu析出物とFeの界面の面積が単位体積あたり1μm/μm以上となる組織を有する鋼材が記載されている。特許文献2に記載された鋼材は、40MPa以上の高い焼付け硬化量BHを示し、成形−塗装焼付け処理後にYSを高くすることができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平06−299290号公報
【特許文献2】特開2005−36271号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】薄鋼板成形技術研究会編:プレス成形難易ハンドブック(第3版)、2007年3月、日刊工業新聞社発行、p.315、p.346
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1、2に記載された技術では、所定の塑性歪を付与したのち、塗装焼付け処理を施すことによってはじめて所望の降伏強さYSが確保できるのであって、もともと平坦で、塑性歪付与を必要としない部材の平坦部では、所定の塑性歪が付与できないため、成形後に所望の降伏強さYSを確保できず、所望の剛性を確保できないことになる。特許文献1、2に記載された技術では、部材平坦部におけるたわみを防止できないという問題がある。
【0010】
本発明は、上記したような従来技術の問題を解決し、成形後のスプリングバックの発生を抑制でき、またさらには、部材平坦部のたわみ発生をも防止できる、形状凍結性に優れた部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、薄鋼板をプレス成形した後の形状凍結性に及ぼす各種要因について鋭意研究した。その結果、降伏点伸びYP-Elが形状凍結性の向上に有効であることを新規に見出した。そして、低い引張強さTSと、高い降伏強さYSを有し、しかも所定値以上の降伏点伸びYP-Elを有する薄鋼板を素材として、プレス成形すれば、優れた形状凍結性を有し、しかも平坦部のたわみの発生もない部材を得ることができることを知見した。
【0012】
本発明者らの更なる研究により、引張強さTSが400MPa以下で、時効指数AIが0.5 MPa以上の薄鋼板を素材として選び、プレス成形前に、該素材に時効処理を施すことにより、低い引張強さTSと、高い降伏強さYSを兼備し、しかも所定値以上の降伏伸びYP-Elを有する薄鋼板とすることができることを見出した。時効処理は、引張強さTSには殆ど影響を与えないため、TSを変化させることなく、降伏強さYS、YP-Elを変化させることが可能である。そして、時効処理を、373〜523Kの範囲の所定の温度で、t(=10−7exp(9880/T)×T×[exp((AI+6)/3.9)]−1.5)s以上の所定の時間保持する処理とすれば、0.5%以上の降伏伸びYP-Elを確保できることを見出した。時効処理を施すことにより、図1に示すように、降伏伸びYP-Elが大きくなる。
【0013】
なお、時効温度:120℃で、時効時間を種々変化させた時効処理を施した場合の、降伏伸びYP-Elと時効時間との関係の一例を図2に示す。この場合、t(=10−7exp(9880/T)×T×[exp((AI+6)/3.9)]−1.5)s以上の時効時間で0.5%以上のYP-Elが得られ、さらにt(=10−3exp(9880/T)×T×[exp((AI+6)/3.9)]−1.5)s以上の時効時間で5%程度のYP-Elが得られることがわかる。
【0014】
つぎに、本発明の基礎となった実験結果について説明する。
質量%で、0.021%C−0.01%Si−0.15%Mn−0.014%P−0.01%S−0.03%Al−0.002%N−0.0008%Bを含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成の薄鋼板(板厚:0.8 mm)を素材とした。なお、素材とする薄鋼板は、降伏強さYS:207〜215MPa、引張強さTS:320〜329MPa、降伏伸びYP-El:0.3%(JIS 13号Bハーフ試験片GL:25mm使用)の引張特性を有し、時効指数AIが29〜31MPaである鋼板である。
【0015】
この薄鋼板に、時効処理を施した。なお、時効処理は、120〜210℃の範囲の温度で、1〜60h間保持する処理とした。
時効処理済みの薄鋼板から採取した引張試験片(JIS 13号Bハーフ試験片:GL25mm)を用いて引張試験を実施し、引張特性(降伏強さYS、引張強さTS、降伏伸びYP-El)を求めた。時効処理により、YS、YP-Elは増加するが、TSの変化は殆どない。
【0016】
また、時効処理済みの薄鋼板から剪断加工により、正十六角形形状(大きさ:160 mmφ円内接)の試験片(ブランク材)を採取し、プレス成形に供した。試験片(ブランク材)に生じたバリ等はヤスリ等で除去したことは言うまでもない。ブランク材を、正十六角形形状とすることにより、成形後の反り高さに及ぼす、鋼板のL,C,D各方向の異方性の影響を把握できる。
【0017】
採取した試験片(ブランク材)を、プレス成形して成形体とした。プレス成形は、ダイ(ダイ径:37mmφ、ダイ肩半径:3.0 mm)と円筒パンチ(パンチ径(円筒の最大径):33mmφ、パンチ肩半径:3.75mm)とを用い、張出し高さを5.5mmとする張出し成形により、円錐台形状の成形体とした。なお、板押さえ圧力は5.0MPaとした。
得られた成形体を定盤の水平面上に、張出し部を上にして載置し、レーザ変位計を用いて、フランジ外周部の水平面からの距離を測定した。得られた測定値のうちの最大値から板厚を減じた値を、反り高さと定義した。
【0018】
得られた成形体の反り高さを降伏伸びYP-Elとの関係で図3に示す。
図3から、降伏伸びYP-Elの増加に伴い、張出し成形後の反り高さが、明らかに減少する傾向を示す、すなわち形状凍結性が向上する、ことがわかる。
降伏点伸びYP-Elを大きくすることにより、プレス成形後の形状凍結性が向上する詳細な機構については、現時点では明確になっていないが、本発明者らは次のように考えている。プレス成形前の薄鋼板の降伏点伸びYP-Elが大きくなると、成形時に、素材の変形がより局所的になり、変形(加工硬化)が進行しない領域が増加するため、材料全体としてスプリングバックが少なくなったと考えられる。
【0019】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨はつぎの通りである。
(1)薄鋼板を素材とし、該薄鋼板にプレス成形を施す部材の製造方法において、前記素材である薄鋼板を、時効指数AIが0.5MPa以上で、引張強さTSが400MPa以下である薄鋼板とし、該薄鋼板に、373〜523Kの範囲の時効温度T(K)で、時効時間(s):10−7exp(9880/T)×T×[exp((AI+6)/3.9)]−1.5s以上の時効処理を施し、0.5%以上の降伏伸びYP-Elを有する薄鋼板としたのち、プレス成形することを特徴とする形状凍結性に優れた部材の製造方法。
(2)(1)において、前記素材である薄鋼板が、調質圧延済みの薄鋼板であることを特徴とする部材の製造方法。
(3)(1)または(2)において、前記プレス成形が、張出し成形であることを特徴とする部材の製造方法。
(4)(1)または(2)において、前記プレス成形が、曲げ成形であることを特徴とする部材の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、成形後のスプリングバックの発生、また、平坦部のたわみ発生を抑制して、形状精度に優れた部材を安定して製造できるという、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、成形後の降伏強さを高くすることができ、剛性を損なうことなく、薄肉化が可能で、部材(製品)の軽量化に寄与できるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】一軸引張試験の応力−歪曲線の形状に及ぼす時効処理の影響を示すグラフである。
【図2】降伏伸びYP-Elと時効時間tとの関係の一例を示すグラフである。
【図3】張出し成形体の反り高さと降伏伸びYP-Elとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明では、薄鋼板を素材として、プレス成形して所望形状の部材とする。
素材とする薄鋼板は、引張強さTSが400MPa以下で、時効指数AIが0.5MPa以上である薄鋼板とする。ここでいう「薄鋼板」とは、形状凍結性が問題となる1.0 mm以下の鋼板とすることが好ましい。
素材として使用する薄鋼板の引張強さTSは、優れた形状凍結性の確保という観点からは低ければ低いほど好ましいが、過度の強度低減は、炭素の過度の低減を必要とし、製造コストの高騰を招く。このため、使用する薄鋼板のTSは、250MPa以上とすることが好ましい。一方、素材である薄鋼板の引張強さTSが、400MPaを超えると、成形後のスプリングバックが大きくなるとともに、延性が低下し、プレス成形時に破断しやすくなる。また、薄鋼板の引張強さTSが、400MPaを超えると、焼入れ性向上元素の含有等により材料コストの上昇を招く。このようなことから、素材として使用する薄鋼板の引張強さTSは400MPa以下に限定した。なお、好ましくは350MPa以下である。
【0023】
また、素材である薄鋼板は、0.5MPa以上の時効指数AIを有する鋼板とする。少なくともAIが0.5 MPaあれば、測定誤差を考慮しても、鋼板中に侵入型固溶元素が存在し、時効により転位に固着して、高YS化を期待できる。このため、素材として使用する薄鋼板のAIを0.5 MPa以上に限定した。なお、時効指数AIは、各薄鋼板から引張方向が圧延方向となるように採取した引張試験片に、引張塑性歪:7.5%を付与した後、100℃で30min保持する熱処理を施し、ついで引張試験を行って求めるものとする。時効指数AIは、上記した熱処理前後の変形応力の上昇量であり、次式を用いて算出した値をいうものとする。なお、熱処理前の変形応力とは、7.5%引張塑性歪を付加したときの応力値である。
AI=(熱処理後の変形応力(下降伏応力))−(熱処理前の変形応力)
なお、本発明で素材として使用する薄鋼板は、上記した特性を有する鋼板であればよく、組成や、製造方法をとくに限定する必要はない。なお、上記した特性を維持するためには、つぎのような組成とすることが好ましい。好ましい組成の一例は、下記のとおりである。
【0024】
質量%で、C:0.001〜0.060%、Si:0.05%以下、Mn:0.10〜0.50%、P:0.030%以下、S:0.03%以下、Al:0.02〜0.10%、N:0.005%以下、を含み、必要に応じて、Cu:0.03%以下、Ni:0.03%以下、Ti:0.06%以下、V:0.06%以下、Nb:0.06%以下、B:0.0030%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成とすることが好ましい。なお、製造方法は、常用の熱間圧延、冷間圧延等がいずれも適用できるが、AIを0.5MPa以上でより大きなYP-Elを確保するためには、結晶粒径を小さくすることが好ましく、例えば平均結晶粒径を20μm以下と小さくすることが好ましい。このためには、熱延仕上圧延終了温度を900〜850℃、巻取温度を600℃以下とし、冷間圧下率を70%以上とすることが好ましい。
【0025】
素材である上記した薄鋼板に、ついで時効温度T(K)で、時効時間t(s)保持する時効処理を施す。
素材である薄鋼板に、時効処理を施すことにより、鋼中に固溶する侵入型固溶元素(C,N)が可動転位に固着し、転位を不動化して降伏強さYSを増加させるとともに、降伏点伸びYP−Elを増加させる。侵入型固溶元素が転位に固着するために要する時効時間は、時効温度、侵入型固溶元素の拡散係数、溶質固溶元素濃度等の影響を受ける。
【0026】
このため、本発明では、時効温度T(K)は、373〜523K(100℃〜250℃)の範囲の温度とする。時効温度Tが、373K(100℃)未満では、侵入型固溶元素の拡散が遅く、時効時間が過度に長くなり、生産性が低下する。一方、523K(250℃)を超えると、セメンタイトが過度に溶解し、固溶C量が増加し、引張強さが増加しすぎる。このため、時効温度T(K)は、373〜523K(100℃〜250℃)の範囲の温度に限定した。なお、時効処理時間の短縮という観点から、時効温度は423K(150℃)以上とすることが好ましい。
【0027】
また、時効時間t(s)は、t(=10−7exp(9880/T)×T×[exp((AI+6)/3.9)]−1.5 )s以上とする。ここで、Tは時効温度(K)、AIは素材である薄鋼板の時効指数(MPa)である。
なお、時効に必要な時間は、転位に固溶C が固着するまでの時間であり、固溶Cの拡散時間、転位の拡散(運動)時間、固溶Cの濃度の積で表わされると考え、上記した式、tで与えられるとした。ここで、固溶Cが一定距離を拡散する拡散時間はexp(Q/kT)に比例(ここで、QはCの活性化エネルギー(=82kJ/mol)、kはボルツマン定数である。)し、また、転位が一定距離を拡散する時間は、温度Tに比例するとし、さらに、固溶Cの濃度は、本発明者らが種々の検討の結果得たexp((AI+6)/3.9)-1.5に比例するとした。
【0028】
時効時間tがt以上となると、固溶Cが転位に固着し、所望の降伏伸びYP-Elを確保できる。一方、時効時間tが、上記したt未満では、所望の時効硬化が発現できず、0.5%以上の所望の降伏伸びYP-Elを確保できないため、プレス成形後に、優れた形状凍結性を実現できない。なお、時効時間tは、形状凍結性の更なる向上という観点からは、t(=10−3exp(9880/T)×T×[exp((AI+6)/3.9)]−1.5 )s以上とすることが好ましい。
【0029】
上記した引張強さTSと時効指数AIを有する薄鋼板を素材とし、該薄鋼板に、上記した条件を満足する時効処理を施すことにより、0.5%以上の降伏伸びYP-Elを有する薄鋼板とすることができる。
プレス成形前の薄鋼板の降伏点伸びが大きいほど、変形が局所的になり、変形(加工硬化)が進行しない領域の増加により、材料全体としてスプリングバックが抑制される。このような降伏点伸びによる加工硬化抑制によるスプリングバック改善効果を発現するためには、YP-El を0.5%以上とすることが肝要となる。なお、YP-Elは好ましくは2.0%以上である。
【0030】
なお、素材とする薄鋼板は、調質圧延済み薄鋼板とすることが好ましい。素材とする薄鋼板に、予め、調質圧延を施しておくことにより、可動転位が多量に導入され、時効処理後に高YS、高YP-Elを有する鋼板となり、形状凍結性の更なる向上が期待できる。なお、調質圧延は、鋼板形状を平坦に調整するという矯正の意味もあり、予め薄鋼板に施される調質圧延は、伸び率:0.1〜1.5%程度とすることが好ましい。伸び率が、0.1%未満では、上記した所望の効果を達成できない。一方、1.5%を超えると、伸びが低くなりすぎ、成形性が低下する。
【0031】
素材である薄鋼板に施すプレス成形の方法は、形状凍結性が問題となる部材(成形体)で利用される、曲げ成形、張出し成形等の成形方法がいずれも適用可能であり、本発明ではとくに限定されない。とくに、張出し成形や、曲げ成形に、本発明を適用すれば、スプリングバックが顕著に低減されるという効果が期待できる。
なお、成形前に形状が平坦でないフランジ部があると、より低い圧縮応力で変形してしまい、形状凍結性を損なうことがあるため、張出し成形前にレベラーにより、レベラー処理を行って平坦な形状にすることが好ましい。
【0032】
また、前記したように、部材平坦部に発生するたわみは板剛性、すなわちYSx(板厚)に反比例し、素材板厚が薄い場合に問題が大きくなるため、素材板厚が薄い場合、具体的には、素材板厚が1.0mm以下の場合に、本願発明の効果が顕著となる。
【実施例】
【0033】
表1に示す組成の鋼素材に、熱間圧延、冷間圧延および再結晶焼鈍を施し、表2に示す板厚、時効処理前の特性(引張特性、時効指数)を有する薄鋼板とし、素材とした。なお、薄鋼板には、調質圧延が施されている。これら素材薄鋼板の引張特性は、素材薄鋼板から、引張方向が圧延方向と平行になるように、引張試験片(JIS 13号Bハーフ試験片:GL25mm)を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠して引張試験を実施して、求めた。なお、時効指数AIは、素材薄鋼板から上記引張試験と同様に採取した試験片に、7.5%引張歪を付与したのち、100℃で30min保持する熱処理を施して、引張試験を行い、前記したように時効指数AIを求めた。
【0034】
これら薄鋼板を素材薄鋼板として、該素材薄鋼板に、表2に示す時効処理を施し、成形用鋼板とした。なお、表2には、時効時間t、tを併記している。
時効処理後の成形用鋼板から引張試験片(JIS 13号Bハーフ試験片:GL25mm)を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠して引張試験を実施して、時効処理後の引張特性を求めた。得られた時効処理後の引張特性を表2に併記した。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【0037】
ついで、得られた成形用鋼板からブランク材を採取し、各種の成形条件でプレス成形を施し、成形体とし、得られた成形体の反り高さを測定した。
(実施例1)
各成形用鋼板から、剪断加工により、正十六角形形状(大きさ:160 mmφ円内接)の試験片(ブランク材)を採取した。なお、剪断部にバリが生じた場合には、ヤスリ等によりこれを除去した。また、正十六角形形状の精度は、その内角が157.5±15°とした。これら試験片(ブランク材)に、レベラー処理(伸び率0.5%未満)を施し、試験片(ブランク材)の平坦化を行った。そして、該試験片に、ダイ(ダイ径:37mmφ、ダイ肩半径:3.0 mm)と円筒パンチ(パンチ径(円筒の最大径):33mmφ、パンチ肩半径:3.75mm)とを用い、張出し高さを5.5mmとする張出し成形を施し、円錐台形状の成形体(成形体No.1〜No.15)を得た。なお、板押さえ圧力は5.0MPaとした。一部の成形体(成形体No.16〜No.17)では、板押さえ圧力を35.0MPaとした。また、一部の成形体(成形体No.18〜No.21)では、板押さえ圧力を19.0MPaとし、張出し高さを2.8mmとした。
【0038】
得られた成形体を、定盤の水平面上に、張出し部を上にして、載置しレーザ変位計を用いて、成形体上方から、フランジ外周部各部の水平面からの距離を測定した。得られた測定値のうちの最大値から板厚を減じた値を、最大反り高さとした。得られた結果を表3に示す。
【0039】
【表3】

【0040】
本発明例はいずれも、0.5%以上の所望の降伏伸びYP-Elを確保できており、成形後の反り高さは低く、所望の降伏伸びYP-Elを確保できない比較例に比べて、降伏伸びによる形状凍結性向上効果が発現している。
張出し成形の板押さえ圧力を、5.0MPaから35.0MPaと増加することにより、全般に、成形後の反り高さは低くなっているが、それでも、0.5%以上の所望の降伏伸びYP-Elを確保した成形用鋼板を用いる本発明例(成形体No.17)は、同一成形条件の比較例(成形体No.16)に比べて、成形後の反り高さは低くなる傾向を示している。
【0041】
また、張出し成形の板押さえ圧力を19.0 MPaと増加し、張出し高さを2.8 mmと小さくした成形条件においても、本発明例(成形体No.18〜No.20)では、同一成形条件の比較例(成形体No.21)に比べて、成形後の反り高さは低くなる傾向を示している。
(実施例2)
成形用鋼板No.A1、No.A2について、表4に示す成形条件で、張出し成形を実施し、成形体(成形体No.2-1、No.2-2)を得た。パンチ先端形状を球形(径:20mmφ、パンチ肩半径:10mm)とした球頭パンチを用い、ダイ肩半径を0.75mmとした以外は、実施例1と同じプレス成形条件とした。得られた成形体について、実施例1と同様に、成形体の反り高さを測定した。得られた結果を表4に併記した。
【0042】
【表4】

【0043】
ダイ肩半径が小さくなると、全般に、成形後の反り高さは低くなっているが、それでも、本発明例(成形体No.2-2)は、比較例(成形体No.2-1)に比べて、成形体の反り高さは低くなる傾向を示している。
(実施例3)
成形用鋼板No.A1、No.A6、No.A7について、表4に示す成形条件で、張出し成形を実施し、成形体(成形体No.3-1〜No.3-3)を得た。ブランクサイズを125mm正十六角形(125mmφ内接円)形状とし、板押さえ圧力を36.0MPa、張出し高さを6.0mmとした以外は、実施例2と同じプレス成形条件とした。得られた成形体について、実施例1と同様に、成形体の反り高さを測定した。得られた結果を表4に併記した。
【0044】
張出し成形の板押さえ圧力が増加することにより、全般に、成形後の反り高さは低くなっているが、それでも、本発明例(成形体No.3-2、No.3-3)は、比較例(成形体No.3-1)に比べて、成形体の反り高さは低くなる傾向を示している。
また、成形用鋼板No.A1、No.A7について、プレス成形前のレベラー処理を施さず(レベラー処理無し)に、プレス成形を行い、成形体(成形体No.3-4、No.3-5)を得た。得られた成形体について、実施例1と同様に、成形体の反り高さを測定した。得られた結果を表4に併記した。
【0045】
プレス成形前のレベラー処理を施さずに、プレス成形を行うと、レベラー処理有りの場合に比べて、成形体の反り高さは増加するが、それでも、本発明例(成形体No.3-5)は、比較例(成形体No.3-4)に比べて、成形体の反り高さは低くなる傾向を示している。
(実施例4)
成形用鋼板No.A1、No.A7、No.B1、No.B3について、表4に示す成形条件で、張出し成形を実施し、成形体(成形体No.4-1〜No.4-4)を得た。この場合、使用したブランク材を、大形の長方形形状としたことが、実施例1〜3での張出し成形と異なるところである。得られた成形体について、実施例1と同様に、成形体の反り高さを測定した。得られた結果を表4に併記した。
【0046】
ブランク材を大形長方形形状としても、本発明例(成形体No.4-2〜No.4-4)は、比較例(成形体No.4-1)に比べて、成形体の反り高さは低くなる傾向を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄鋼板を素材とし、該薄鋼板にプレス成形を施す部材の製造方法において、
前記素材である薄鋼板を、時効指数AIが0.5MPa以上で、引張強さTSが400MPa以下である薄鋼板とし、
該薄鋼板に、373〜523Kの範囲の時効温度T(K)で、時効時間(s):10−7exp(9880/T)×T×[exp((AI+6)/3.9)]−1.5s以上の時効処理を施し、0.5%以上の降伏伸びYP-Elを有する薄鋼板としたのち、プレス成形することを特徴とする形状凍結性に優れた部材の製造方法。
【請求項2】
前記素材である薄鋼板が、調質圧延済みの薄鋼板であることを特徴とする部材の製造方法。
【請求項3】
前記プレス成形が、張出し成形であることを特徴とする請求項1または2に記載の部材の製造方法。
【請求項4】
前記プレス成形が、曲げ成形であることを特徴とする請求項1または2に記載の部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−153962(P2012−153962A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−16164(P2011−16164)
【出願日】平成23年1月28日(2011.1.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】