説明

微生物または植物を利用した老化防止剤、加硫促進剤または変性天然ゴムの製造方法

【課題】環境に配慮するとともに、将来の石油資源の減少にも備えることができる老化防止剤、加硫促進剤および改質天然ゴムの製造方法を提供する。
【解決手段】グルコースを微生物によって安息香酸または安息香酸誘導体に変換、または植物から安息香酸または安息香酸誘導体を抽出する工程、および得られた安息香酸または安息香酸誘導体をアニリンまたはアニリン誘導体に変換する工程を含む方法により、老化防止剤、加硫促進剤または改質天然ゴムを製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物または植物を利用した老化防止剤、加硫促進剤または変性天然ゴムの製造方法に関し、とくに微生物により生産または植物から抽出した安息香酸または安息香酸誘導体を利用して老化防止剤、加硫促進剤または変性天然ゴムを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、ゴムに使用される老化防止剤またはチアゾール系加硫促進剤、スルフェンアミド系加硫促進剤は、石油を原料として生産されたアニリンを原料として合成されている。将来の石油価格の高騰や枯渇を想定した場合には、石油を利用しない生産方法が求められる。また、石油資源を用いてアニリンを工業的に生産する過程において、大量の熱や二酸化炭素が排出されるので、老化防止剤および加硫促進剤の製造は地球温暖化の原因となっている。そこで、天然資源を利用するという発想のもと、天然油脂を加水分解して得られる飽和または不飽和脂肪酸を還元アミノ化して得られた天然由来の長鎖アミンを原料として加硫促進剤を合成する方法が知られている(特許文献1)。
【0003】
しかしながら、加硫促進剤の製造過程において、アクリロニトリル、メルカプトベンゾチアゾール類やジベンゾチアゾリルジスルフィドを使用しており、これらの物資が天然資源から生産されているという記述はない。
【0004】
また、天然ゴム原材料に、極性基含有化合物を機械的せん断力によってグラフト重合又は付加させる変性天然ゴムの製造方法が知られている(特許文献2)。しかしながら、極性基含有化合物として天然由来の物を使用することは想定されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−139239
【特許文献2】特開2006−152171
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
発明の目的は、環境に配慮するとともに、将来の石油資源の減少にも備えることができる老化防止剤、加硫促進剤および変性(改質)天然ゴムの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、グルコースを微生物によって安息香酸または安息香酸誘導体に変換、または植物から安息香酸または安息香酸誘導体を抽出する工程、および
得られた安息香酸または安息香酸誘導体をアニリンまたはアニリン誘導体に変換する工程を含む老化防止剤の製造方法に関する。
【0008】
また、本発明は、グルコースを微生物によって安息香酸または安息香酸誘導体に変換、または植物から安息香酸または安息香酸誘導体を抽出する工程、および
安息香酸または安息香酸誘導体をアニリンまたはアニリン誘導体に変換する工程を含む加硫促進剤の製造方法に関する。
【0009】
さらに、本発明は、グルコースを微生物によって安息香酸または安息香酸誘導体に変換、または植物から安息香酸または安息香酸誘導体を抽出する工程、
安息香酸または安息香酸誘導体をアニリンまたはアニリン誘導体に変換する工程、および
アニリンまたはアニリン誘導体により天然ゴムを改質する工程を含む改質天然ゴムの製造方法に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、微生物または植物によって得られた安息香酸または安息香酸誘導体から老化防止剤、加硫促進剤または改質天然ゴムを製造するので、環境に配慮するとともに、将来の石油資源の減少にも備えることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明では、カーボンニュートラルな資源としてグルコースを用いて微生物によって安息香酸または安息香酸誘導体に変換、または植物から安息香酸または安息香酸誘導体を抽出した後に、安息香酸または安息香酸誘導体をアニリンまたはアニリン誘導体に変換し、該アニリンまたはアニリン誘導体をもとにして老化防止剤、加硫促進剤または改質天然ゴムを製造する。植物または微生物からアニリンまたはアニリン誘導体を製造する場合、窒素源も必要となるが、本願発明では安息香酸または安息香酸誘導体を製造するので、窒素源を使用することなく製造することができる。
【0013】
微生物によって安息香酸または安息香酸誘導体に変換する場合に使用するグルコースは、大気中の二酸化炭素を取り込む植物から得られる。たとえば廃木材、稲わら、雑草、食用作物の可食部以外の部分(茎、根、木部)などがあげられる。これらの材料から、酸を加え加水分解あるいは加圧熱水処理を行なうことにより、グルコースを得ることができる。この工程では、安息香酸または安息香酸誘導体に変換するので、窒素源を添加する必要がない。
【0014】
ここで、安息香酸誘導体としては、安息香酸のベンゼン環に、水酸基やカルボキシ基などの置換基が置換した化合物をあげることができる。好ましい安息香酸誘導体としては、サリチル酸などがあげられる。
【0015】
微生物によってグルコースを安息香酸または安息香酸誘導体に変換する場合に使用する微生物としては、ストレプトマイセス マリティナス株(Streptomyces maritimus;EMBL AAF81726)、ストレプトマイセス セリカラー株(Streptomyces coelicolor;ATCC10147)などが挙げられる(Moore et al., Plant−like Biosynthetic Pathways in Bacteria: From Benzoic Acid to Chalcone, J. Nat. Prod., (2002), 65, 1956−1962参照)。
【0016】
グルコースから安息香酸または安息香酸誘導体への変換は、水中または水と有機溶媒の混合溶媒中で行なうことができる。有機溶媒としては、メタノール、エタノール、ジメチルスルホキシド、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、アセトンなどがあげられる。
【0017】
変換温度は、20〜42℃が好ましい。20℃未満では、微生物の活動が低下し、また42℃をこえると、微生物が死滅する傾向にあるので、ともに収率が低下する。下限は25℃がより好ましく、上限は30℃がより好ましい。
【0018】
反応時のpHは、4〜9が好ましい。それ以外のpHでは、安息香酸の生産効率が極端に低下する。
【0019】
培養時間は3〜9日、好ましくは4〜7日間である。
【0020】
安息香酸または安息香酸誘導体を抽出する場合に使用する植物としては、大気中の二酸化炭素を取り込む植物であって、たとえばツツジ目エゴノキ科のスタイラックス ベンゾイン(Styrax benzoin)、ツバキ目オトギソウ科のヒペリカムアンドロサエマム(Hypericum androsaemum)などが挙げられる。エゴノキ科の樹木に傷をつけて得られる樹液を固化して得られる樹脂「安息香」を、精製することによって得られる。
【0021】
微生物または植物によって得られた安息香酸または安息香酸誘導体は、石油資源によらない合成経路により、アニリンを合成することができる。そのような合成経路としては、ホフマン転移反応、クルチウス転移反応などが挙げられる。ホフマン転移反応では、以下の合成経路により、アニリンを合成することができる。
【0022】
【化1】

【0023】
アニリン誘導体としては、アニリンのベンゼン環に、水酸基やカルボキシ基などの置換基が置換した化合物をあげることができる。好ましいアニリン誘導体としては、3−カルボキシ−6−ヒドロキシアニリンがあげられる。
【0024】
老化防止剤としては、p―フェニレンジアミン系老化防止剤として、N−(1,3−ジメチルブチル)−N’−フェニル−p―フェニレンジアミン、キノリン系老化防止剤として、2,2,4−トリメチル−1,2−ジヒドロキノリン重合物が挙げられる。
【0025】
たとえば、N−(1,3−ジメチルブチル)−N’−フェニル−p―フェニレンジアミンについては、アニリンを原料として、下記合成方法により製造することができる。ここで、中間体のアミンに加えるメチルイソブチルケトンは、たとえば酢酸カルシウムの乾留やアセトンブタノール発酵により得られたアセトンのアルドール縮合により合成することができる。この方法により、石油資源によらずに製造することができる。
【0026】
【化2】

【0027】
また、2,2,4−トリメチル−1,2−ジヒドロキノリン重合物については、アニリンを原料として、酸性触媒存在下140℃でアセトンを随時供給し続けることにより、石油資源によらずに製造することができる。
【0028】
加硫促進剤としては、チアゾール系加硫促進剤については、2−メルカプトベンゾチアゾール、ジベンゾチアジルジスルフィドなどが、スルフェンアミド系加硫促進剤については、N−シクロヘキシル−2−ベンゾチアジルスルフェンアミド、N,N−ジシクロヘキシル−2−ベンゾチアジルスルフェンアミド、N−tert−ブチル−2−ベンゾチアジルスルフェンアミドなどがあげられる。
【0029】
2−メルカプトベンゾチアゾールについては、アニリンを原料として、下記合成方法により製造することができる。ここで二硫化炭素としては、たとえばからし菜に約0.4%含まれるからし油に硫化水素を反応させることによって分離生成させることができる。この方法によれば、石油資源によらずに加硫促進剤を製造することができる。また、そのようにして製造された2−メルカプトベンゾチアゾールを酸化することにより、ジベンゾチアジル・ジスルフィドが合成される。
【0030】
【化3】

【0031】
【化4】

【0032】
天然ゴムとしては、通常の天然ゴムのほか、脱タンパク天然ゴムも使用することができる。改質天然ゴムは、アニリンと天然ゴムを電子線照射、機械的せん断力などによってグラフト重合させることにより製造することができる。
【0033】
本発明の製造方法により得られた老化防止剤、加硫促進剤または変性天然ゴムは、通常のゴム製品の材料として使用でき、とくにはタイヤに使用されるゴム組成物として有用である。
【0034】
ゴム成分、シリカ、シランカップリング剤、カーボンブラック、加硫促進剤のほかに、必要に応じて、クレー、水酸化アルミニウム、炭酸カルシウムなどの無機充填剤、プロセスオイル、軟化剤、老化防止剤、加硫剤、加硫促進助剤などの通常のゴム工業で使用される配合剤を適宜配合して、ゴム組成物を製造することができる。
【0035】
該ゴム組成物は、ゴム成分および必要な配合剤をバンバリーミキサー、オープンロールなどのゴム混練機を用いて混練し、必要に応じて各種添加剤を混練し、得られた未加硫ゴム組成物を、タイヤの各部品の形状に合わせて押し出し加工し、タイヤ成型機上にて未加硫タイヤを形成し、さらに、この未加硫タイヤを加硫機中で加熱加圧することで製造される。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、これは本発明を限定するものではない。
【0037】
実施例
(微生物を使用した安息香酸の製造例)
出発原料として、グルコースを濃度5%となるように調整した。A1培地を、120℃、20分加熱処理を行った後、室温まで冷却した培養液により、ストレプトマイセス・マリティナスを好気性条件下、pH7.5、28℃、170rpmで4〜5日間培養した。その後、培養液にジエチルエーテルを加え、2回抽出を行った。租抽出物をエバポレーターにより濃縮し、シリカゲル60を充填したフラッシュクロマトグラフィーにより精製を行った。安息香酸の同定は、NMRおよびIRによって行った。
【0038】
(植物からの安息香酸の製造例)
粉砕したシャム安息香樹脂25gを、水に塩酸を加えてpH3に調製した溶液500ml中に分散させ、分液漏斗中で20v/v%のジエチルエーテルを用いて5回抽出した。回収したエーテル層を体積が5mlになるまで溶媒蒸発させた。HPLC分析により、5g/lの濃度の安息香酸が検出された。
【0039】
(安息香酸からのアニリンの製造例)
安息香酸500gをアセトン2000mlに溶解し、塩化チオニル400gを3時間かけて滴下した。その後、さらに室温で一晩撹拌しながら還流させた。溶媒と未反応の塩化チオニルを除去し、安息香酸クロライド231gを得た。次いで、このようにして得た安息香酸クロライドをアセトン2000mlに溶解し、5℃以下に冷却した状態でアスピレーターによって25mmHgまで減圧を行った後、アンモニアガスを封入した。反応系が常圧に戻った段階で反応を止め、反応液を減圧濾過し、安息香酸アンモニウム169gを得た。安息香酸アンモニウムを水1000mlで洗浄した後、氷冷した1N水酸化ナトリウム水溶液に溶解し、その後臭素を加えることで、ホフマン転移による加水分解・脱炭酸が起こり、目的物であるアニリン10.9gを得ることができた。
【0040】
(アニリンからの老化防止剤の製造例)
アセトン導入装置、蒸留装置、温度計、および攪拌機を備えたフラスコに、前記製造方法により得られたアニリン190g(2.0モル)と、酸性触媒として塩酸(0.20モル)を加え、140℃まで加熱した。その後140℃に保温しながら、6時間にわたりアセトン580g(10モル)を反応系に連続的に供給した。留出する未反応のアセトンやアニリンは、随時反応系に戻した。2,2,4−トリメチル−1,2−ジヒドロキノリンの重合物180.7g(収率約30%)を得た。重合度は2〜4であった。なお、未反応のアニリン、および2,2,4−トリメチル−1,2−ジヒドロキノリンのモノマーは、減圧蒸留により回収した。140℃で未反応のアニリンが留出し、その後190℃まで昇温することにより、モノマーが留出した。モノマーの収量は19.1gであり、収率は6.9%であった。
【0041】
(二硫化炭素の石油資源外調達方法)
二硫化炭素は、からし菜に約0.4%含まれるからし油に硫化水素を反応させること、または木炭と硫黄を900度で加熱することによって得た。
【0042】
(アニリンからの加硫促進剤の製造例)
300ml加圧反応器内に、前記製造例により得られたアニリン93g(1.0モル)、前記調達方法により得られた二硫化炭素80g(1.1モル)、および硫黄16g(1.0モル)を投入し、250℃、10MPaの条件で2時間反応させた後、180℃まで冷却し、2−メルカプトベンゾチアゾール粗生成物を調製した。収量は130g(収率87%)であった。
【0043】
(アニリン−天然ゴムグラフト共重合体の製造例)
攪拌棒、滴下漏斗、窒素導入管およびコンデンサーを備えた4つ口フラスコに、天然ゴムラテックス300gを投入し、窒素雰囲気下でゆっくりと攪拌しながら、蒸留水250ml、ポリオキシラウリルエーテル1.0g、前記製造例で得られたアニリン5.0g、メタクリル酸メチル91.6gを加え、数秒間激しく攪拌してそれぞれの薬品をよく混合させた。ついで、過硫酸カリウム1.5gを加え、60℃で5時間反応を経て、グラフト共重合体を得た。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコースを微生物によって安息香酸または安息香酸誘導体に変換、または植物から安息香酸または安息香酸誘導体を抽出する工程、および
得られた安息香酸または安息香酸誘導体をアニリンまたはアニリン誘導体に変換する工程を含む老化防止剤の製造方法。
【請求項2】
グルコースを微生物によって安息香酸または安息香酸誘導体に変換、または植物から安息香酸または安息香酸誘導体を抽出する工程、および
安息香酸または安息香酸誘導体をアニリンまたはアニリン誘導体に変換する工程を含む加硫促進剤の製造方法。
【請求項3】
グルコースを微生物によって安息香酸または安息香酸誘導体に変換、または植物から安息香酸または安息香酸誘導体を抽出する工程、
安息香酸または安息香酸誘導体をアニリンまたはアニリン誘導体に変換する工程、および
アニリンまたはアニリン誘導体により天然ゴムを改質する工程を含む改質天然ゴムの製造方法。

【公開番号】特開2011−83288(P2011−83288A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−294414(P2010−294414)
【出願日】平成22年12月29日(2010.12.29)
【分割の表示】特願2009−96016(P2009−96016)の分割
【原出願日】平成21年4月10日(2009.4.10)
【出願人】(000183233)住友ゴム工業株式会社 (3,458)
【Fターム(参考)】