説明

微生物数測定のための試料の前処理方法、前処理キットおよび前処理装置

【課題】試料由来の定量阻害成分、特に不溶性の蛋白成分を有効に除去することができる、微生物数測定のための試料の前処理方法を提供すること。
【解決手段】試料に混在する蛋白質をアルカリ性緩衝溶液で溶解し、溶解した蛋白質を前記試料から除去した後に、該試料を微生物数の迅速測定に供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中の微生物数を測定する際に、 該測定の妨害となる試料中の蛋白質を効率的に除去するための前処理方法、前処理キットおよび前処理装置に関する。本発明の適用分野としては、食品や医薬品の検査、環境中の微生物の分析、医療分野での微生物数の迅速検査などがある。
【背景技術】
【0002】
食品衛生法に基づく成分規格は「食品、添加物等の規格基準」として食品別に定められ、それぞれに菌数 (生菌総数、大腸菌群、大腸菌、乳酸菌、芽胞菌、腸球菌、緑膿菌、食中毒菌など) の上限が定められている。また、成分規格以外の製造基準、調理基準、保存基準、加工基準などにも同様に微生物数の規格が定められている。これら微生物数の規格のうち、生菌総数は一般生菌数とも呼ばれ、国際的に広く支持されている。
生菌総数の測定法は、一般的には平板法と呼ばれる、標準寒天培地を用いて30℃、48〜72時間、有酸素 (好気性) の条件で培養して得られる微生物の総集落数をもって把握する方法が用いられている。
しかし、この方法は、微生物の増殖をモニターする試験であるため、検査に要する時間が長く、惣菜などの腐敗し易く、製造直後に出荷する食品については、汚染が発生した場合に迅速な対応が取れないと言う欠点があった。
【0003】
そのような背景から、平板法に替わる、 一般生菌数の迅速測定法が多方面より提案されている。代表的な迅速測定法は、染料を用いて細菌を染色し、検出する方法である(例えば、特許文献1参照)。細菌の染色方法としては、遺伝子を染色するジアミジノ・フェニルインドールと死菌のみを染色するプロピジウム・イオダイドを組み合わせて用いる方法や、酵素活性によって蛍光化するカルボキシフロオレセインジアセテートを用いる方法などがある。染色された細菌の検出には、顕微鏡のほか、自動蛍光画像計測装置やフローサイトメーターなどの自動測定装置を用いることができる。しかしながら、これらの迅速測定法においては、 試料由来の成分が測定を物理的に、あるいは化学的に阻害する現象がしばしば発生していた。
【0004】
【特許文献1】特開2002−238596号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明はこのような従来の実状に鑑みてなされたものであり、本発明の課題は、試料由来の定量阻害成分、特に不溶性の蛋白成分を有効に除去することができる、微生物数測定のための試料の前処理方法、前処理キットおよび前処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、迅速かつ簡便に試料由来の定量阻害成分を有効に除去する方法について研究を重ねた結果、 試料を特定の溶液で処理することにより、試料由来の定量阻害成分、特に不溶性蛋白質を効果的に除去できることを見出した。
【0007】
本発明は、前記知見に基づいてなされたもので、試料中の微生物数の迅速測定に供する試料の前処理方法であって、前記試料に混在する蛋白質をアルカリ性緩衝溶液で溶解し、溶解した蛋白質を前記試料から除去した後に、該試料を前記迅速測定に供することを特徴とする、微生物数測定のための試料の前処理方法を提供するものである。
【0008】
本発明はまた、前記の本発明の前処理方法の実施に用いる前処理試薬キットとして、試料中の微生物を染色し得る発色性物質を含有する溶液と、該試料に混在する蛋白質を溶解するためのアルカリ性緩衝溶液とを有することを特徴とする、微生物数測定のための試料の前処理試薬キットを提供するものである。
【0009】
さらに本発明は、前記の本発明の前処理方法を実施するための前処理キットまたは前処理装置として、試料中の微生物を染色する手段と、該試料に混在する蛋白質をアルカリ性緩衝溶液で溶解する手段と、該試料中の微生物と溶解した蛋白質とを分離する手段とを有することを特徴とする、微生物数測定のための試料の前処理キットまたは前処理装置を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明を適用することで、迅速かつ高精度に試料中の一般生菌数を把握することが可能となる。この事により、例えば、豆腐などの不溶性の蛋白質を含む食品の衛生状態の検査時間が飛躍的に短縮され、これまで生鮮食品をいち早く出荷したいとする当該業界の要望に応えることができ、高い衛生状態の食品を消費者に確実に提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の微生物数測定のための試料の前処理方法について、その好ましい実施形態に基づいて説明する。
本発明が適用される試料としては、蛋白質を含有するものであれば特に限定されるものではないが、本発明を適用するにあたっては、試料は液状としておく必要がある。例えば、試料が固形食品である場合には、該固形食品に滅菌蒸留水などを添加した後、ストマッカー(登録商標、宝産業株式会社製の均質化機)やホモジナイザーなどでホモジナイズした懸濁液を調製し、該懸濁液を試料とする。該懸濁液中の固形物濃度は、好ましくは1〜50質量%、より好ましくは5〜20質量%程度とするとよい。
試料が液状物である場合には、そのまま本発明を適用してもよく、必要に応じて適宜希釈してもよい。
本発明は、特に、前記蛋白質として大豆由来蛋白質を含有する試料、例えば豆腐などの大豆由来蛋白質を含有する食品試料に適用して好適なものである。
【0012】
本発明を実施するには、先ず、前記試料とアルカリ性緩衝溶液とを混合し、前記試料に混在する蛋白質を該アルカリ性緩衝溶液で溶解させる。
試料とアルカリ性緩衝溶液との混合は、試料を一定量計り取り、遠心分離により、 細菌画分を沈殿せしめ、上清を除去し、該細菌画分にアルカリ性緩衝溶液を添加して該細菌画分を再懸濁することにより行うことが好ましい。
前記アルカリ性緩衝溶液としては、炭酸水素ナトリウム緩衝溶液、炭酸水素アンモニウム緩衝溶液、ホウ酸緩衝溶液、トリス緩衝溶液、グリシン緩衝溶液、トリエチルアミン緩衝溶液、リン酸緩衝溶液などが挙げられ、特に炭酸水素ナトリウム緩衝溶液が好ましい。
【0013】
前記細菌画分を前記アルカリ性緩衝溶液で再懸濁することにより、試料に混在する不溶性蛋白質を効果的に可溶化することが可能となる。このような工程は前記アルカリ性緩衝溶液以外のアルカリ性溶液でも可能であるが、例えば水酸化ナトリウム溶液のように強アルカリ性の溶液を用いた場合は細菌に対してダメージを与え、 その後の細菌測定を阻害する結果となる。
【0014】
前記アルカリ性緩衝溶液の濃度は、細菌にダメージを与えず、しかも効果的に不溶性蛋白質を可溶化する観点から、前記アルカリ性緩衝溶液の種類に応じて適宜決定され、通常、50〜500mM、好ましくは50〜200mM程度である。炭酸水素ナトリウム緩衝溶液の好ましい濃度は50〜500mMであり、より好ましくは50〜200mMである。
【0015】
前記細菌画分と前記アルカリ性緩衝溶液との混合割合は、前記細菌画分100質量部に対し、前記アルカリ性緩衝溶液20〜500質量部、特に80〜500質量部であるのが好ましい。
また、前記試料から前記細菌画分を沈殿させるための前記遠心分離は、2900×g以上で1分間以上、好ましくは3900×g〜6500×gで1分間以上、または、1300×g〜5200×gで3分間以上、好ましくは2000×g〜3900×gで3分間以上、または、300×g〜2900×gで5分間以上、好ましくは700×g〜2000×gで5分間以上、行うことが好ましい。ローターの回転数は半径にょって異なる。例えば、半径7.2cmのローターを使用した場合は、6000rpm以上で1分間以上、好ましくは7000rpm〜9000rpmで1分間以上、または、4000rpm〜8000rpmで3分間以上、好ましくは5000rpm〜7000rpmで3分間以上、または、2000rpm〜6000rpmで5分間以上、好ましくは3000rpm〜5000rpmで5分間以上となる。
【0016】
次いで、このようにして得られた、前記細菌画分と前記アルカリ性緩衝溶液との懸濁液(以下、細菌懸濁液という)を、遠心分離あるいは濾過などの細菌濃縮操作を行って、前記アルカリ性緩衝溶液により溶解した蛋白質を除去する。
なお、前記アルカリ性緩衝溶液による処理前または/および処理と同時に、試料を酵素処理してもよく、また該酵素処理時または前記アルカリ性緩衝溶液による処理時に、界面活性剤などを試料に添加してもよい。
【0017】
上述のようにして蛋白質を除去した試料(本発明の前処理方法により処理された試料)は、各種の微生物数の迅速測定法、特に、試料中の微生物を染色し、染色した微生物を蛍光輝点として検出する微生物数の迅速測定法において、測定試料として供することによって、平板培養法で測定したときとほぼ同じ、精度の高い測定値を得ることができる。
【0018】
前記の染色を用いる迅速測定法において、試料中の微生物の染色は、試料中の微生物を染色し得る発色性物質を含有する溶液を試料に添加すればよい。該発色性物質としては、カルボキシフルオレセインジアセテート、ジアミジノ・フェニルインドール、プロピジウム・イオダイドなどがあり、微生物の種類に応じて適宜選択される。
該発色性物質を含有する溶液中の該発色性物質の濃度は、好ましくは0.01〜2質量%、より好ましくは0.05〜1質量%であり、また該発色性物質を含有する溶液の試料への添加量は、試料100質量部に対し、好ましくは0.1〜2質量部、より好ましくは0.5〜1質量部である。
染色した微生物の検出には、蛍光顕微鏡のほか、自動蛍光画像計測装置やフローサイトメーターなどの自動測定装置を用いることができる。
【0019】
本発明の前処理試薬キットは、前記の発色性物質を含有する溶液と、前記のアルカリ性緩衝溶液とを有するものである。
また、本発明の前処理キットまたは前処理装置は、試料中の微生物を染色する手段と、該試料に混在する蛋白質をアルカリ性緩衝溶液で溶解する手段と、該試料中の微生物と溶解した蛋白質とを分離する手段とを有するものである。
前記の試料中の微生物を染色する手段としては、例えば、前述の発色性物質を含有する溶液を試料に添加する手段が挙げられる。前記の蛋白質をアルカリ性緩衝溶液で溶解する手段としては、前述のアルカリ性緩衝溶液を試料と接触させ得る手段であればよい。また、前記の試料中の微生物と溶解した蛋白質とを分離する手段としては、遠心分離あるいは濾過などの手段が挙げられる。
【実施例】
【0020】
以下に実施例を挙げ、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されず、様々な実施形態が可能であり、本発明は本明細書および図面に開示の思想に従ったものであるかぎり、すべての実施形態を包含する。
【0021】
実施例1
試料は、ほうれん草白和えを用いた。細菌添加試験には、ほうれん草白和えから分離され、簡易同定キットで同定したLeuconostoc 属株(L株)、Pseudomonas 属株(P株)を供試した。
試料25gをストマフィルター内に量り採り、9倍量の生理食塩水を加えて1分間ストマッカー処理して試料液を調製した。また、細菌添加試験には、各菌株をTrypticase soy brothで35℃、一昼夜培養した培養液を適宜希釈した菌液を、試料液1.4mLに14μL添加して菌濃度が試料液1gあたり4、5または6 log cfu/gとなるように添加した。マイクロチューブに試料液1.4mLを入れ、酵素溶液(トリプシンを含む水溶液)350μLと試薬F(Triton-X100 を 1〜20質量%含む水溶液)28μLを加え、ピペッティングによって液を混合した後、42℃の恒温水槽で1分間加温した。1,500rpmで1分間(室温)遠心分離した後、上清を1,270 μL採取して、これを10,000rpm で3分間(室温)遠心分離した後、上清を約1mL除去した。マイクロチューブ内に残った液および沈殿物に100mMの炭酸水素ナトリウム緩衝溶液(pH9.5)を900μL、酵素溶液を250μLおよび試薬Fを20μL加え、ピペッティングによって混合した後、42℃の恒温水槽で1分間加温した。反応液全量を100mMの炭酸水素ナトリウム緩衝溶液(pH9.5)約5mLと混合した後、孔径0.4μmのトラックエッチメンブレンで吸引濾過した。該メンブレン上の残渣(界面活性剤の残留など)を生理食塩水約5mLで2回洗浄した後、試薬A(Na2HPO4 を 1〜10質量%およびNaH2PO4 を 1〜10質量%含むpH8.1 のpH緩衝溶液)600μLと試薬B(カルボキシフルオレセインジアセテート 0.001〜0.02質量部をジメチルスルホキシド 1〜10質量部に溶解した溶液)70μLを混合した染色液で1分間染色した。染色液を濾過して600μLの試薬Aで3回洗浄した後、600μLの試薬C(食品用着色染料を含む水溶液)で3分間染色した。試薬Cを濾過後、メンブレンを専用のスライドグラス上に載せ、自動測定装置にセットした。自動測定装置は、青色の励起光をメンブレンに照射し、緑色蛍光画像を内蔵のCCDカメラで捉えた。捉えた画像には、カルボキシフルオレセインジアセテートで染色された生菌が蛍光輝点として映っており、この画像を画像処理することで輝点数、すなわち、生菌数(カウント値)を求めた。
また、各試料液の生菌数を標準寒天培地を用いて平板培養法で測定した(従来法)。
【0022】
実施例1記載の方法により測定したカウント値と従来法により測定した生菌数との相関を図1および図2に示した。菌液無添加の試料液を従来法により測定した生菌数は、試料1gあたり2〜3 log cfu/gであった。図1および図2から明らかなように、L株またはP株を4、5、6 log cfu/g添加した試料液において、本発明により測定したカウント値と従来法により求めた生菌数の間には高い相関が認められた(L株:r=0.97、P株:r=0.98)。
また、菌液無添加の試料液の生菌数と、L株またはP株を4 log cfu/g添加した試料液におけるカウント値の間には有意な差が認められた(p <0.05)。
L株またはP株を4 log cfu/g添加した試料液におけるカウント値と、それらを5 log cfu/g添加した試料液におけるカウント値の間それぞれには更に有意な差が認められた(p <0.01)。
このことから、微生物数の迅速測定法の測定試料として、本発明の前処理方法により処理された試料を供することによって、平板培養法で測定したときとほぼ同じ、精度の高い測定値が得られることが分かる。
【0023】
比較例1
実施例1と同様にほうれん草白和えをストマッカー処理し、試料液を調製した。各菌株(L株またはP株)をTrypticase soy brothで35℃、一昼夜培養した培養液を適宜希釈した菌液を、試料液1.4mLに14μL添加して菌濃度が試料液1gあたり4、5または6 log cfu/gとなるように添加した。マイクロチューブに試料液1.4mLを入れ、酵素溶液(トリプシンを含む水溶液)350μLと試薬F28μLを加え、ピペッティングによって液を混合した後、42℃の恒温水槽で1分間加温した。生理食塩水を900μL、酵素溶液を250μLおよび試薬Fを20μL加え、ピペッティングによって混合した後、42℃の恒温水槽で1分間加温した。反応液全量を生理食塩水5mLと混合した後、孔径0.4μmのトラックエッチメンブレンにアプライした。メンブレン濾過の際に目詰まりが生じて以降の操作を行うことができず、微生物数の測定が不可能であった。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】実施例1におけるL株添加の場合の生菌数のカウント値(縦軸)と従来法により求めた生菌数(横軸)との対応関係を示すグラフである。
【図2】実施例1におけるP株添加の場合の生菌数のカウント値(縦軸)と従来法により求めた生菌数(横軸)との対応関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の微生物数の迅速測定に供する試料の前処理方法であって、前記試料に混在する蛋白質をアルカリ性緩衝溶液で溶解し、溶解した蛋白質を前記試料から除去した後に、該試料を前記迅速測定に供することを特徴とする、微生物数測定のための試料の前処理方法。
【請求項2】
前記迅速測定の方法が、試料中の微生物を染色し、染色した微生物を蛍光輝点として検出する微生物数の測定法である、請求項1記載の前処理方法。
【請求項3】
前記アルカリ性緩衝溶液が、炭酸水素ナトリウム緩衝溶液、炭酸水素アンモニウム緩衝溶液、ホウ酸緩衝溶液、トリス緩衝溶液、グリシン緩衝溶液、トリエチルアミン緩衝溶液、またはリン酸緩衝溶液の中から選ばれる、請求項1または2記載の前処理方法。
【請求項4】
前記試料が、前記蛋白質として大豆由来蛋白質を含有する試料である、請求項1〜3のいずれかに記載の前処理方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の前処理方法を実施するための前処理試薬キットであって、試料中の微生物を染色し得る発色性物質を含有する溶液と、該試料に混在する蛋白質を溶解するためのアルカリ性緩衝溶液とを有することを特徴とする、微生物数測定のための試料の前処理試薬キット。
【請求項6】
前記発色性物質が、カルボキシフルオレセインジアセテート、ジアミジノ・フェニルインドール、またはプロピジウム・イオダイドの中から選ばれる、請求項5記載の前処理試薬キット。
【請求項7】
試料中の微生物を染色する手段と、該試料に混在する蛋白質をアルカリ性緩衝溶液で溶解する手段と、該試料中の微生物と溶解した蛋白質とを分離する手段とを有することを特徴とする、微生物数測定のための試料の前処理キットまたは前処理装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−35788(P2008−35788A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−214889(P2006−214889)
【出願日】平成18年8月7日(2006.8.7)
【出願人】(000226998)株式会社日清製粉グループ本社 (125)
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】