微生物検知システム
【課題】捕集から遺伝子分析に至るまでの操作性を良好とし、短時間で、かつ精度よく微生物の検知を可能にするシステムの提供。
【解決手段】捕集チップ200を分析装置400にセットした状態で微生物の芽胞の発芽および細胞膜の溶解の処理を行う分析装置400と、試料溜めと、遺伝子結合担体が充填された遺伝子抽出エリアと、吸収剤が充填された廃液槽と、洗浄液を保管する洗浄液保管槽と、遺伝子溶離液を保管する溶離液保管槽と、遺伝子増幅試薬を保管する遺伝子増幅試薬保管槽と、遺伝子の増幅・検出を行う反応槽と、がそれぞれ流路で形成され、試料注入口と、チップポートと、を有した分析チップ300と、を備え、分析チップ300の中で遺伝子の抽出から検出までの処理を行う、微生物検知システム。
【解決手段】捕集チップ200を分析装置400にセットした状態で微生物の芽胞の発芽および細胞膜の溶解の処理を行う分析装置400と、試料溜めと、遺伝子結合担体が充填された遺伝子抽出エリアと、吸収剤が充填された廃液槽と、洗浄液を保管する洗浄液保管槽と、遺伝子溶離液を保管する溶離液保管槽と、遺伝子増幅試薬を保管する遺伝子増幅試薬保管槽と、遺伝子の増幅・検出を行う反応槽と、がそれぞれ流路で形成され、試料注入口と、チップポートと、を有した分析チップ300と、を備え、分析チップ300の中で遺伝子の抽出から検出までの処理を行う、微生物検知システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大気中に浮遊する微生物を捕集し、微生物中の遺伝子を抽出して微生物の遺伝子分析を行う微生物検知システムに関する。
【背景技術】
【0002】
大気中に浮遊する微生物を捕集するため、ポータブル型空中浮遊菌サンプラを用いて大気を吸引し、シャーレに設けた培地に微生物を高速で衝突させて培地上に微生物を捕集することが知られ、例えば特許文献1に記載されている。
【0003】
また、取り扱いが容易で安価、かつ試料から遺伝子の抽出・分析までが一括して自動化可能とするため、遺伝子を含む試料が供給される注入口と、注入口に供給された試料に導入される溶解液を保管する溶解液保管部と、試料と溶解液とを混合した液が導入され、遺伝子と結合する遺伝子結合担体を備える遺伝子抽出部と、遺伝子抽出部に導入される洗浄液を保管する洗浄液保管部と、遺伝子抽出部に導入される溶離液を保管する溶離液保管部と、溶離液により溶離された遺伝子が導入される反応部と、を備えた遺伝子処理チップを用いることが、特許文献2に記載されている。
【0004】
【特許文献1】特開2000−125843号公報
【特許文献2】特開2005−65607号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載のものは、微生物の組織・細胞の培養に使用する培地の上に捕集した微生物の分析を行うことについては述べられてなく、培地上で微生物を培養して微生物が増殖するかを観察する、いわゆる培養法による検知方法を用いたとしても微生物の培養に2〜7日間を要する。
【0006】
また、特許文献2に記載のものでは、遺伝子を含む試料を注入口より供給しなければならないので、遺伝子処理チップとして試料を捕集するときから用いることができず、捕集から遺伝子処理へ移行する使い勝手が良いものではなかった。
さらに、一つの遺伝子処理チップで全ての遺伝子処理工程を行うものであるため、遺伝子処理チップが大型化し、分析装置の大型化を招くと共に、高価になる恐れがあった。そして、同一試料および同一の分析装置を用いて複数回の分析を行って分析精度の向上を図ろうとすると、全処理工程を再度行うことが必要となり、分析に長時間を要するばかりでなく、遺伝子処理チップを複数用いることになるので、コストアップとなる。
【0007】
本発明の目的は、上記従来技術の課題を解決し、捕集から遺伝子分析に至るまでの操作性を良好とし、短時間で、かつ精度よく微生物の検知を可能なものとすることにある。
また、他の目的は使用する機器を小型で安価にし、安全性を確保することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明は、大気中に浮遊する微生物を捕集機により吸引して捕集し、微生物中の遺伝子分析を行う微生物検知システムにおいて、前記捕集機に設置され捕集材に前記微生物を捕集した後、前記捕集機から取り出し分析装置にセットされる捕集チップと、前記捕集チップを前記分析装置にセットした状態で、前記捕集チップ内の試薬を送液し、前記捕集チップの中で前記微生物の芽胞の発芽および細胞膜の溶解の処理を行う分析装置と、試料溜めと、遺伝子結合担体が充填された遺伝子抽出エリアと、吸収剤が充填された廃液槽と、洗浄液を保管する洗浄液保管槽と、遺伝子溶離液を保管する溶離液保管槽と、遺伝子増幅試薬を保管する遺伝子増幅試薬保管槽と、遺伝子の増幅・検出を行う反応槽と、がそれぞれ流路で形成され、正面に開口された試料注入口と、背面に開口されたチップポートと、を有した分析チップと、を備え、前記捕集チップで処理された液の一部が前記分析チップへ移され、前記分析装置の送液手段により前記分析チップの中で遺伝子の抽出から検出までの処理が行われるものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、微生物の捕集から遺伝子の検出までを安全かつ短時間にチップ上で簡易に行うことができる分析システムを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
近年では微生物の遺伝子を増幅し、その遺伝子を検出することで目的微生物の有無を判別する遺伝子検査法も取り入れられ、例えば、炭そ菌やセレウス菌などの細菌は、周囲に水分が少なく、栄養が枯渇した状況になると数時間内で芽胞を形成する。この芽胞は非常に固い殻状の物質で、熱,化学物質,紫外線等に強い抵抗力を持つため、適切な芽胞の処理が必要である。しかしながら、芽胞処理や細菌からの遺伝子抽出の工程が、従来はすべて手操作で行われていた。そして、操作が非常に煩雑で検査者が限定される上に検査者に感染の恐れがあること、さらには手操作で使用する反応容器やピペット等がすべて汚染された廃棄物となり、二次汚染の恐れも懸念されると共に、分析精度の不安定化を招く恐れがあった。
【0011】
芽胞を形成した細菌を大気中から捕集し、芽胞を処理した後に細菌から遺伝子を抽出し、ポリメラーゼ連鎖反応により遺伝子を増幅させることで、対象の細菌が存在するか否かを検出する例を説明する。芽胞を形成する細菌とは、バチルス属菌,クロストリディウム属菌等の細菌である。
【0012】
(細菌検知の流れ)
細菌検知は大きく分けて、細菌の捕集工程、細菌芽胞に発芽促進剤を添加して細菌芽胞を発芽させる工程と、発芽した細菌から遺伝子を抽出する工程、遺伝子を増幅・検出する工程とからなる。遺伝子の抽出は、一般的に知られる固相抽出法により行う。固相抽出法とは、まず固体表面に遺伝子を特異的に結合させ、次に他物質と区別して遺伝子のみを水溶液に溶離させることで抽出する方法である。
【0013】
図1を参照して、細菌の検知方法を説明する。
ステップ1・・・衝突法による細菌の捕集
衝突法は、ノズルの上から空気を吸引してノズル下方に高速で噴出させ、ノズルの下に設けた衝突板に細菌を捕集する方法である。空気中の細菌はその粒径の2乗に比例した慣性力を得て、衝突板に付着する。フィルタ法のように目詰まりを起さず、細菌が濃縮されて集まるという利点がある。
ステップ2・・・芽胞の発芽
細菌芽胞に発芽促進剤を加え、一定時間を経過すると細菌芽胞が発芽を開始する。発芽する段階で、細菌は自ら芽胞を壊すので、発芽により細菌の細胞壁がむき出しの状態になる。
ステップ3・・・細胞膜の溶解
試料にカオトロピックイオン(分子の直径が大きい−1価の陰イオン)を含む溶液を混合し、細菌の細胞膜をカオトロピックイオンの働きにより破壊する。またカオトロピックイオンは、同時に試料中に含まれる多くの蛋白質を変性し、ヌクレアーゼ(核酸を分解する酵素)の働きを阻害する。
ステップ4・・・遺伝子の捕獲
溶解後の混合物にシリカが加わると、カオトロピックイオンの働きにより、遺伝子とシリカが特異的に結合する。一般的には混合物をガラスフィルタに通す方法が用いられる。
ステップ5・・・遺伝子の洗浄
試料に含まれる蛋白質や、カオトロピックイオンが抽出物に混入すると、遺伝子増幅による遺伝子の検出を阻害するので、遺伝子−シリカを洗浄する操作が必要となる。通常では高濃度のエタノールにより洗浄する。遺伝子はこれらの溶液に溶解しにくい性質を持っているため、シリカに吸着している遺伝子はこの過程で溶離しない。
ステップ6・・・遺伝子の溶離
洗浄後、水もしくは低塩濃度の溶液を遺伝子−シリカに加え、遺伝子をシリカから溶離する。
ステップ7・・・遺伝子の検出
溶離した遺伝子にプライマ(目的とするDNA領域の両末端の20塩基ほどと同じ塩基配列をもつ一本鎖DNA),DNA合成酵素(ポリメラーゼ)と四種類の基質(dNTP)等を加え、温度サイクル「熱変性−アニーリング−相補鎖の合成」をかけることで遺伝子は増幅する(ポリメラーゼ連鎖反応)。ここで上記試薬に加え、蛍光色素を予め注入しておき、励起光を照射しながら温度サイクルをかけることで、遺伝子の増幅をリアルタイムに検出することができる。
【0014】
(分析システムの構成)
図2は、分析システムの構成を示し、分析システムは捕集機100,捕集チップ200,分析装置400,分析チップ300の4つから構成される。大気中に浮遊する細菌を捕集機100により吸引し、捕集機100に設置された捕集チップ200の捕集材201
(図5および図6参照)に細菌を捕集する。捕集チップ200を捕集機100から取り出し、捕集チップ200の捕集材収納部203(図5および図6参照)の開口をシール材で閉塞し、あるいは捕集チップ200の開口をシール材で閉塞してから捕集機100から取り出し、分析装置400にセットする。
捕集材に微生物が付着した状態で前記開口部をシール材で封止してなる捕集チップ200を分析装置400にセットする。捕集チップ200の開口をシール材で閉塞して取り扱うことにより、捕集チップ200を安全に取り扱うことができる。分析装置400には送液手段が備えられており、捕集チップ200を分析装置400にセットした状態で、捕集チップ200内の試薬を送液し、捕集チップ200の中で細菌芽胞の発芽および細胞膜の溶解の処理を行う。複数の試薬が予め内蔵された捕集チップ200を用いて細菌を捕集し、細菌を捕集した捕集チップ200をそのまま用いて次の複数の微生物検知処理に移行できるので、使い勝手良く捕集から微生物検知処理まで移行できる。
【0015】
次いで、捕集チップ200を分析装置400から取り出し、捕集チップ200で処理された液(既に細菌は溶解して破壊されているため、触れても汚染されることはない)の一部を分析チップ300に移す。
分析チップ300を分析装置400にセットする。この時、分析チップ300は捕集チップ200がセットされた部位と同じ場所にセットされるようになっている。分析チップ300には図1のステップ4(遺伝子の捕獲)からステップ7(遺伝子の検出)までの試薬が予め内蔵されている。分析チップ300を分析装置400にセットした状態で、分析装置400の送液手段により分析チップ300内の試薬を送液し、分析チップ300の中で遺伝子の抽出から検出までを行う。そして分析終了後、分析チップ300を分析装置
400から取り出し、分析チップ300を廃棄する。
【0016】
2種類の微生物検知チップ(捕集チップ200,分析チップ300)の中に、細菌の前処理から検出に至るまでの工程に必要な試薬が全て内蔵されており、煩雑な試薬操作を省略することができる。すなわち、従来の分析では、試料である細菌に試薬を加えて処理をしたのちに別の容器に移し、といった具合に試料がいくつもの容器を介して動いていくため、煩雑かつ検査者に汚染の恐れがあった。しかしながら、2種類のチップ200,300間での試料の受け渡しの工程以外は、試料がチップから出ることはなく、閉じられた系において分析がおこなわれるため、非常に安全である。
また廃棄物はチップ200,300のみとすることができ、このチップ200,300を焼却可能な素材にしておくことで、二次汚染の危険性を低減することができる。さらに、2種類のチップ200,300に内蔵される試薬は、一検査分のみであり、チップ200,300は使い切りとすることができることから、屋外で簡便に遺伝子レベルの高精度な細菌検査を行うことができる。
試薬を内蔵した2種類のチップ200,300を細菌の捕集から溶解までを処理する捕集チップ200とそれ以降の分析処理をする分析チップ300とに分けているので、捕集から溶解までの処理が同一である試料を用いて複数回の分析が容易となり、安全性を確保しつつ、分析精度の向上を容易に図ることができる。
【0017】
(捕集機の構成)
図3,図4を参照して本発明による捕集機の例を説明する。図3は本例の捕集機100の透視斜視図、図4(a)は本例の捕集機100の蓋部110およびチップ支持部130を開いた状態を示す図、図4(b)は図4(a)から捕集チップ200を装着して支持部130を閉じた状態を示す図である。
【0018】
捕集機100は、蓋部110,ノズル部120,一次フィルタ121,チップ支持部
130,二次フィルタ140,支持板150,ファンモータ160,排出口170,制御部180,表示部181,バッテリ185およびケーシング190を有する。
蓋部110はノズル部120を有する正方形または短形の部材からなり、両側面に固定手段を有する。ノズル部120の内径は捕集効率に大きく関係し、ノズルの内径を10
[mm]より小さくするほど、細菌を濃縮して捕集することができるが、ノズル部120を通過する空気流速が増大するため、圧力損失が増加する。圧力損失は、空気流速の2乗に比例して増加するので、ファンモータ160の負荷が増加し、バッテリ185の電圧が低下する。例えば、ノズル部120の内径を3mm以下とすると、可搬型の細菌捕集機100に搭載可能なバッテリ185(リチウム−水素)で駆動可能な仕事量を超える。従って、ノズル部120の内径Wは4〜15mmが適当である。より好ましくは、ノズル部120の内径Wを8〜12mmにすると良い。これにより、高い捕集効率を得ながら、ノズル部120の直下に細菌を濃縮して捕集することができる。
ノズル部120には一次フィルタ121が装着されている。一次フィルタ121は、大気中の粗大粒子をトラップするために設ける。したがって、その目開きは100〜200μmが望ましい。花粉の飛散量が増加する時期には、目開きが10〜100μmであることが望ましい。それにより、粒子径10μm以上の花粉と粒子径10μm未満の細菌とを簡便に分級することができる。一次フィルタ121は、蓋部110から着脱可能で、洗浄と高温滅菌が容易なステンレス製または弗素樹脂製が好ましい。
【0019】
チップ支持部130は二次フィルタ140の上(前方)に設置される。チップ支持部
130は開閉式になっており(図4)、捕集チップ200を挟んで蓋を閉めることで捕集チップ200を容易に捕集機100にセットすることができる。チップ支持部130は捕集チップ200のいわば外周に相当するため、細菌が付着しやすい。よって、チップ支持部130は二次フィルタ140から着脱可能で、洗浄と高温滅菌が容易なステンレス製または弗素樹脂製が好ましい。
二次フィルタ140は支持板150に設置され、捕集チップ200で捕集できなかった細菌等の微粒子が排出口170から大気中に放出されることを防止するために設ける。二次フィルタ140には、0.3μm以上の微粒子を99.97%以上捕集可能なHEPA
(High Efficiency Particulate Air)フィルタを使用することが好ましい。また、0.1〜0.2μmの微粒子を99.999%以上捕集可能なULPA(Ultra Low Penetration Air)フィルタを使用することが更に好ましい。ULPAを用いることにより、排出口
170から大気に放出する空気の清浄度を更に上げることができる。なお、ケーシング
190内には、制御部180,表示部181、およびバッテリ185が設けられている。ケーシング190の上面には掴み部191が設けられている。
次に、本例の捕集機100の動作を説明する。
ファンモータ160を駆動すると、大気はノズル部120に吸引される。吸引された大気はノズルによって加速され、一次フィルタ121を通過する。このとき、一次フィルタ121によって空気中の粗大粒子が除去される。蓋部110内に導入された空気中の微粒子は、捕集チップ200の中央に設けた捕集材に慣性衝突して付着する。蓋部110内に導入された空気は二次フィルタ140を通過し、ファンモータ160の下部の排出口170より外部へ排出される。二次フィルタ140によって、捕集チップ200に捕集されなかった微粒子が除去される。
【0020】
(捕集チップの構成,動作)
図5、図6を参照して捕集チップ200の例を説明する。図5は捕集チップ200の正面図、図6は捕集チップ200の縦断面図である。
捕集チップ200は、図1におけるステップ1(細菌の捕集)からステップ3(細胞膜の溶解)までを担う。すなわち、まず捕集チップ200を捕集機100にセットして細菌を捕集したのち(ステップ1)、捕集チップ200を捕集機100から取り外し、捕集チップ200を後述の分析装置400にセットして、ステップ2(芽胞の発芽)からステップ3(細胞膜の溶解)までの工程を行う。
捕集チップ200は、チップの構成要素をかたどる凹凸パターンをフォトリソグラフィー技術により作製し、このパターンを樹脂に転写成形して成型したものである。2枚の樹脂を張り合わせることで、樹脂に刻まれたパターンが流路となる。チップの材料として、加工費用が高く、また割れやすいガラスよりも、廃棄処理性に優れる樹脂が好ましい。樹脂の種類は特に限定されるものではないが、ポリジメチルシロキサン(PDMS:ダウコーニングアジア社製,シルポット184)を使用することが良く、本チップには以下の特性を備えることが好ましい。
・生体適合性良好(通常のシリコンゴムは生理的に不活性)
・サブミクロンの精度で型の転写が可能(硬化前は低粘度で流動性に富むため、複雑な形状の細部まで良好に浸透)
・低コスト(8円/1グラム。従来の汎用マイクロデバイス材料であるガラス材は1k円/1グラムであり1/100以下)
・焼却により容易に廃棄可能
捕集チップ200は、大気中から微生物(本実施例では芽胞を形成した細菌)を付着して捕集する捕集材201と、捕集材201を装着した薄い板状の基板とを備えている。この捕集チップ200は、捕集材201を収納する捕集材収納部と、複数の試薬保管槽
(210,220,230,240)、チップ背面に開口されたチップポート211,
221,231,241と、チップ正面に開口された空気穴250とを有している。
複数の試薬保管槽は、発芽促進剤を保管する発芽促進剤保管槽210と、2種類の細胞壁溶解液を保管する酵素A保管槽220と、酵素B保管槽230と、カオトロピックイオンを保管するカオトロピック保管槽240とを有している。そして、複数の試薬保管槽
210〜240は、捕集材収納部の周囲を取り囲むように配置されている。これにより、捕集チップ200をコンパクトなものとすることができる。
【0021】
試薬保管槽210〜240は細長い流路によって構成され、いずれの試薬保管槽も、流路を持った形状が好ましい。試薬保管槽内210〜240の試薬を送液するためには、試薬保管槽210〜240の背後から気体を試薬保管槽210〜240に送る。試薬保管槽210〜240が細長い流路形状でなかった場合、気体の通り抜けやすい部位のみ試薬が押し出され、その他の部位の試薬が試薬保管槽に残ることになる。消費する試薬の量を減らすために、試薬保管槽210〜240を流路形状にするのが効果的である。
流路の断面形状は、横/縦10以下が好ましい。横/縦が10以上となると、流路天井部の樹脂がたわんで流路の矩形構造が崩れ、送液の障害となる恐れがある。試薬保管槽
210〜240の細長い流路は、蛇行状に形成し、基板における流路の占有面積を小さなものとしつつ、流路における試薬の保管容量を確保することができる。
【0022】
試薬保管槽210〜240の一端は捕集材収納部203に接続され、試薬保管槽210〜240の他端にはチップポート(211〜241)が連通して接続されている。試薬保管槽210〜240の一端側および他端側にそれぞれ堰204が設けられている。これにより、各試薬保管槽210〜240の保管される試薬の流出をより確実に防止することができる。
チップポート211〜241は、外部の流路との接点を構成する。発芽促進剤保管槽
210と、酵素A保管槽220と、酵素B保管槽230と、カオトロピック保管槽240はいずれも、捕集材収納部203と連通している。従って、捕集材収納部203は、発芽促進剤保管槽210と、酵素A保管槽220と、酵素B保管槽230と、カオトロピック保管槽240、およびチップポート211〜241を介して外部の流路に接続されている。なお、試薬保管槽210〜240の流路幅を50〜100μmまで狭めることで、捕集材収納部203の側からの空気の流入を防ぐことができる。
【0023】
発芽促進剤保管槽210の体積は20〜100μL、酵素A保管槽220の体積は20〜100μL、酵素B保管槽230の体積は5〜20μL、カオトロピック保管槽240の体積は400〜800μLが好ましい。カオトロピックイオンの体積が、発芽促進剤と2種類の細胞壁溶解液の体積和の2倍以上とすることで、細胞膜の破壊が促進される。より好ましくは4倍以上、最適なのは、8倍以上である。
【0024】
捕集材201としてゲル表面の自由水(ゲル網目間の水)由来の「付着性」を有する寒天が好適であり、寒天濃度は2〜5%にするのが良く、寒天濃度3〜4%が最適である。寒天濃度が2%未満では水分が多いため、高速の空気が当たり続ける捕集材201として強度不足である。一方、寒天濃度が6%より大きいと、寒天表面の水分(自由水)が少なくなり、付着性が著しく低下する。
寒天の強度を上げ、かつ水分の蒸発を防止するため、アルコール類を添加すると良く、凍結防止,乾燥防止,ゲル強化剤として作用する。具体的には、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、1,3−ブタンジオール、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリンなどが挙げられる。アルコール類の添加量は、寒天の40〜80%、好ましくは50〜70%が好ましい。アルコール類が40%未満では、水分の蒸発防止が十分でない。また、80%を超えると寒天表面の水分(自由水)が少なくなり、付着性が低下する。
【0025】
捕集チップ200の使用方法の一例を説明する。
捕集チップ200を捕集機100のチップ支持台に取り付けて、一定時間大気を吸引する。大気の吸引量は、例えば約1000Lである。大気中の細菌は捕集チップ200の捕集材201表面に付着する。次に、捕集チップ200をチップ支持台から外し、捕集チップ200の捕集材収納部203の開口面をシールで封止した後に捕集チップ200を分析装置400にセットする。捕集材収納部203の封止は、手動でも良いが、捕集機にシール機構がついていることがより好ましい。捕集材収納部203の封止により、細菌が捕集チップ200の外部に露出することがなくなり、より安全となる。
捕集チップ200の試薬保管槽210〜240はチップポート(211〜241)を介して分析装置400の流路と接続されているので、分析装置400の流路側から所定の制御動作で気体をチップポート211〜241を介して供給することにより、試薬保管槽
210〜240に予め封入された発芽促進剤,細胞壁溶解液,細胞膜溶解液、およびカオトロピックイオンが所定時間ごとに捕集材収納部203内(捕集材201上)に送液される。捕集材収納部203の上正面は封止されているが、空気穴250が捕集材収納部203の一部に連通しており、空気穴250は大気開放となっているので、試薬の送液の際に捕集材201の上に存在する空気は空気穴250より放出される。
【0026】
試薬保管槽210〜240から捕集材201へ試薬を送液することについての詳細を説明する。
捕集材201に発芽促進剤を100μL送液する。ここで発芽促進剤としては、アラニン,アデノシン,グルコースを含むブイヨンが好ましい。特にL−アラニンを1mM〜
10mM含有するブイヨンが最適である。そして10分以上を経過すると細菌芽胞が発芽を開始し、30分間経過すると、全体の50%以上が発芽する。よって、芽胞の発芽処理は30分以上が好ましい。細菌芽胞を発芽させるのにより好ましいのは35〜40℃であり、最も好ましいのは35〜37℃である。細菌芽胞が発芽する段階で細菌は自ら芽胞を壊すので、発芽により細菌の細胞壁がむき出しの状態になる。
次に、細菌の細胞壁を壊す2種類の蛋白質変性酵素を順次捕集材201に送液し、至適温度に一定時間保持する。酵素処理の時間はそれぞれ10分以上が望ましく、30分が好適である。ここで蛋白質変性酵素としては、リゾチーム(至適温度:37℃)100μLとプロテアーゼK(至適温度:55〜60℃)20μLが好適である。これらの酵素処理により、捕集チップ200内の細菌は細胞膜がむき出しの状態になる。なお、発芽促進剤とリゾチームは同じタイミングで注入して処理することも可能であるが、リゾチームとプロテアーゼKを同時に添加することは酵素活性が低下するため好ましくない。
【0027】
最後に、カオトロピックイオン800μLを捕集材201に送液すると、細菌の細胞膜が破壊され、細菌の遺伝子が細胞外部に放出される。ここでカオトロピックイオンとしては、グアニジンチオシアン酸塩,グアニジン塩酸,ヨウ化ナトリウム,臭化カリウムが挙げられる。チップの使用方法として、チップの冷蔵あるいは冷凍により試薬の活性を長期間維持する方法が考えられる。よって、チップに封入し、冷蔵あるいは冷凍をした際に組成の変化が極めて少ないグアニジン塩酸が好適である。
またカオトロピック塩に界面活性剤や緩衝剤を含有させることが好ましい。界面活性剤として特に限定はされないが、ツイーン−20やトリトンX−100等が挙げられる。緩衝剤として特に限定はされないが、トリス−塩酸塩,リン酸2水素カリウム−4ホウ酸ナトリウム等が挙げられる。
以上の工程により、捕集チップ200に捕集した細菌の芽胞および細胞壁を処理することができる。すなわち、図1におけるステップ2〜3までをチップ上で自動化することができるため、試薬の分注操作を省略することができる。捕集チップ200は細菌の捕集から前処理までの工程を担い、分析チップ300は細菌遺伝子の分析工程を担う。分析の精度を上げるために、同一の試料に対して複数回の分析、或いはターゲットの細菌を複数設定するためには、1枚の捕集チップ200で処理したサンプルを複数の分析チップ300に分配したほうが好適であり、2種類のチップ200,300を供している。
【0028】
なお、この捕集チップ200を凍結した状態でユーザーに提供し、ユーザーが0℃で捕集チップ200を凍結保存することで、試薬の活性は1ヶ月保たれる。また、−20℃で凍結保存しておけば、半年以上試薬の活性を保つことが可能である。
【0029】
(分析チップの構成,動作)
図7から図10を参照して分析チップ300を具体的に説明する。図7は分析チップ
300の正面図、図8は図7のA−A′断面図である。なお、図8は分析チップ300を縦置きにしたときの断面図である。
分析チップ300は、図1におけるステップ4(遺伝子の捕獲)からステップ7(遺伝子の検出)までを担う。捕集チップで処理された液の一部を移した状態の分析チップ分析装置400にセットする。分析チップ300には、図1のステップ4(遺伝子の捕獲)からステップ7(遺伝子の検出)までの処理に用いられる試薬が予め内蔵されている。分析チップ300を分析装置400にセットした状態で、分析装置400には送液手段を動作させて分析チップ300内の試薬を送液し、分析チップ300の中で遺伝子の抽出から検出までの処理を行う。なお、分析チップ300の素材は捕集チップ200と同様の樹脂である。
【0030】
分析チップ300にはチップ正面に開口された試料注入口310と、試料溜め315と、遺伝子結合担体を流路に充填した遺伝子抽出エリア320と、廃液槽330と、洗浄液Aを保管する洗浄液A保管槽340と、洗浄液Bを保管する洗浄液B保管槽350と、遺伝子溶離液を保管する溶離液保管槽360と、遺伝子増幅試薬Aを保管する遺伝子増幅試薬A保管槽370と、遺伝子増幅試薬Bを保管する遺伝子増幅試薬B保管槽380と、遺伝子の増幅・検出を行う反応槽390と、チップ背面に開口されたチップポート311,331,341,351,361,371,381とを有している。これらの試薬保管槽340〜380の断面形状は、捕集チップと同様に横/縦10以下が好ましく、横2mm,縦3mmで形成されている。一方、試薬保管槽340〜380以外の流路の断面は、試薬保管槽340〜380よりも小さいことが好ましく断面積として1/4以下が好ましい。分析チップ300は、光造形法によって作成した樹脂の型から転写して作成する。光造形法によって作成する樹脂は滑らかな曲線で構成するのが困難であるため、矩形構造を基本としている。よって、矩形構造の樹脂型から転写される分析チップの流路断面も必然と矩形となる。矩形の流路に試薬を流すと、流路の四隅に試薬が付着しやすく、残存する。流路に残存した試薬が次に流れてきた試薬と混じっていくため、分析精度を悪化させていく。よって、流路の断面を小さくすることで、流路壁面への試薬の付着を抑制し、試薬のキャリーオーバーを防止するため、横0.5mm,縦0.5mmで形成した。なお、分析チップを縦置きにした時、試薬保管槽340〜380内の試薬が自然流出しないように、試薬保管槽をUの字にする、もしくは試薬保管槽から連通する流路を一度上方に向けるのが良い。
【0031】
試料溜め315,廃液槽330、および試薬保管槽340〜380の一端にはチップポート311〜381が形成されている。チップポート311〜381は、外部である分析装置400の流路との接点となる。試薬保管槽340〜380内の試薬を送液するために、チップポート341〜381を介してチップの外部である分析装置400から気体を試薬保管槽340〜380に送る。気体としては、酸素は試薬を酸化させ、また二酸化炭素は試薬のpHを変化させる恐れがあることから、不活性な窒素,ヘリウム,アルゴン等が望ましい。
試料溜め315と、洗浄液A保管槽340と、洗浄液B保管槽350と、溶離液保管槽360はいずれも遺伝子抽出エリア320に連通している。溶離液に試料や洗浄液Aが混入すると遺伝子の検出に阻害をおこすため、溶離液保管槽360は試料溜め315と洗浄液A保管槽340から離れた位置に配置することが好ましい。
【0032】
遺伝子増幅試薬保管槽Aと、遺伝子増幅試薬保管槽Bは反応槽390に連通している。遺伝子増幅試薬A保管槽370から反応槽390に送られた遺伝子増幅試薬A、および遺伝子増幅試薬保管槽Bから反応槽390に送られた遺伝子増幅試薬Bが一度反応槽390に入ったのち、反応槽から逆流しないように、遺伝子増幅試薬保管槽Aおよび遺伝子増幅試薬保管槽Bは反応槽390の上方から連通している。
試料溜め315の体積は100〜200μL、遺伝子抽出エリア320の体積は100〜200μL、洗浄液A保管槽340の体積は200〜300μL、洗浄液B保管槽350の体積は50〜100μL、溶離液保管槽360の体積は10〜20μL、遺伝子増幅試薬A保管槽370の体積は20〜40μL、遺伝子増幅試薬B保管槽380の体積は10〜20μLが好ましい。
【0033】
遺伝子抽出エリア320に充填する遺伝子結合担体として、石英ウール,ガラスウール,ガラスファイバー,ガラスビーズが適用可能である。ガラスビーズ適用の際は、接触面積を大きくするためにビーズサイズを50μm以下とするのが好ましく、流路への堰き止めを考慮すると20〜30μmが最適である。遺伝子保持担体を堰きとめるために、遺伝子抽出エリア320を構成する流路中に1箇所以上の堰325を設けるのが好ましい。図9に、堰の構成の一例を示す。遺伝子抽出エリア320の流路中、流路幅を数箇所15〜20μmまで狭めることで、狭められた流路が遺伝子結合担体に対して堰となる。流路を10μm未満にすると流体抵抗が大きく流体制御が困難になる。よって、堰325としての流路幅は15〜50μmが好適である。
廃液槽330に廃液として流れ込むのは試料,洗浄液A、および洗浄液Bである。これらの液は直接的に人体に影響を及ぼすものではないが、廃液槽330から外部に出ない構造とする必要がある。図10に、廃液槽の構成の一例を示す。廃液槽330内に、2種類の吸収剤332,333を充填した例を示している。吸収剤332としては体積膨張が殆どなく、また安価なコットン,和紙等が好適である。また二番目の吸収剤333として、アクリルアミドがさらに最適である。アクリルアミドはコットン,和紙に比べてややコスト高であるが、吸収能力が非常に高く、アクリルアミドは吸液と共に著しく体積膨張する特性を有している。すなわち、アクリルアミドは廃液槽内の廃液を吸収しながら体積膨張し、廃液槽の容積を狭めて廃液槽内の圧力を高めていく。分析チップは、後述のように廃液槽の直前で試薬を分岐させる部分がある。廃液槽に試薬が入らないようにするために、分岐側の流路よりも圧力を高める必要がある。すなわち、廃液槽に吸収剤を充填するのは、分析チップから廃液がチップ外に漏れ出さないよう吸収するのみならず、廃液槽内の圧力を吸収剤の体積膨張により積極的に調整する役割を果たす。その意味で、吸収剤332に比べて少量のアクリルアミドを吸収剤333とするのが好ましい。
【0034】
さらに、廃液槽330からの廃液漏れを抑制する手段として、廃液槽330内部を親水処理することが有効である。チップの材料である樹脂素材は元来疎水性であることから、廃液槽330に入った廃液は廃液槽330内部の壁面ではじかれ、廃液槽330の全てを廃液で満たすことは困難である。そこで、廃液槽330内部を親水処理することで液の濡れ性が良好となり、廃液槽330の底部から廃液を満たすことができる。分析チップの作成時に廃液槽330にプラズマを照射することで樹脂表面が改質され、簡便に親水性とすることが可能である。
【0035】
(分析装置の構成,動作)
図11から図13を参照して分析装置400の構成,動作を具体的に説明する。図11は分析装置400の主要な構成を、図12は分析装置400の断面構成、図13は分析装置400の基板410を示す図である。
分析装置400は大きくわけて、チップ設置部,流体系,温調系、そして光学検出系の4つから構成される。まず捕集チップ200および分析チップ300がセットされるのは、前蓋401の内側に設けられた基板410である。両チップを縦置きにセットするので、基板410の下部には、チップを止めるチップストッパ411が備えられる。チップを基板410にセットして前蓋401を閉めると、チップは基板410とチップホールダ
420の間に固定される。基板410とチップホールダ420には、チップの温度を最適化するための温度制御機構415が内蔵されている。温度制御機構415としては、発熱体としてペルチェが良く、印加電流の向きを変えるだけでチップの昇温・冷却操作を簡便に行うことができる。
チップをセットする基板410には、基板流路412が設置されており、基板流路412の一端はチップのポートに連通し、基板流路412の他端は装置内流路402に連通している。基板410に予め複数の基板流路412が設置されることで、捕集チップ200および分析チップ300のいずれのチップポートにも対応することでき、分析装置400は捕集チップ200と分析チップ300のプラットフォームとなり得る。
【0036】
装置内流路402は、それぞれバルブ430を介してポンプ440に接続される。チップ内のある試薬槽の試薬を送液するには、バルブ430を切り替えてその試薬槽に連通する流路のみに送風を行う。ポンプ440によって送られた気体は選択された装置内流路
402および基板410流路を経てチップ内に到達し、試薬槽の試薬を送液する。試薬槽に予め所定量の試薬のみ内蔵されているので、試薬槽内の試薬をすべて時間管理で排出するのみでよく、ポンプ440の送液精度は求められない。よって、ポンプ440は、送風のみで吸引を行わない、簡素で小型なものを使用することができる。
流体を制御するバルブ430をチップの内部ではなく、分析装置400側に設けることが好ましい。これにより、チップ101には機械部品がなくなり、小型化・ディスポーザブル化を実現することができる。
【0037】
光検出系は、チップ反応槽390内の遺伝子に励起光を照射する光源450と、励起光の特定の波長のみを透過する励起フィルタ455と、チップ反応槽390から生じた蛍光の光路を変更するミラー460と、蛍光の特定の波長のみを透過する検出フィルタ475と蛍光を測定する光検出器470から構成される。光源450は様々な波長領域のものが使用可能であるが、波長領域の広いキセノンランプを用いる。また波長が限定される場合には、LEDを使うことでも良い。光検出器470としてはCCDカメラ,光電子倍増管,フォトダイオード等を使用できるが、装置を小型化するにはフォトダイオードが好ましい。光検出器470によって検出された遺伝子の光信号は光信号変換機480によってデジタル化され、データ表示画面490に信号強度が表示される。
分析装置400には各制御を行う制御機構を備える。分析装置400に、バルブ430を制御するバルブ制御機構431,ポンプ440を制御するポンプ制御機構441,光源450を制御する光源制御機構451,光検出器470を制御する光検出器制御機構471が搭載される。機械部品を内蔵しない小型の分析チップを基板上に置いて簡便な光検出器を組み合わせるだけの、小型で可搬の分析装置を提供することが出来る。
【0038】
(分析の手順)
分析チップ300と分析装置400を用いた分析の手順を図7,図12,図14を参照しながら説明する。図14は流体ハンドリングのプロファイルを示す図である。
分析チップ300を用いた分析の手順としては、主に以下の手順を有する。
まず、捕集チップ200で細胞壁が溶解された細菌試料を分析チップ300に注入し、分析チップ300内においてこの細菌試料を遺伝子保持担体が充填された流路に送液する。そして、試料に含まれる蛋白質等を洗浄する洗浄液を前記遺伝子保持担体が充填された流路に送液する。
次に、遺伝子保持担体に吸着された遺伝子を溶離する溶離液を前記遺伝子保持担体が充填された流路に送液し、さらに遺伝子を検出する反応槽へと送液する。
【0039】
その後、分析対象の遺伝子の有無を検出する。以下に一例を具体的に説明する。
初めに、5種類の試薬、すなわち洗浄液A,洗浄液B,遺伝子溶離液,遺伝子増幅試薬A,遺伝子増幅試薬Bがそれぞれ洗浄液A保管槽340,洗浄液B保管槽350,溶離液保管槽360,遺伝子増幅試薬A保管槽370,遺伝子増幅試薬B保管槽380に内蔵され、冷蔵あるいは冷凍保存しておいた分析を室温で解凍する。分析チップ300に予め1検査分のみの試薬を内蔵してユーザーに提供することで、分析チップ300を1検査の使い切りとしても試薬の無駄がなく、経済性が向上する。またユーザーは試薬を各試薬保存槽に分注する手間を省くことができ、時間が短縮されるだけでなく、汚染を防ぐことも出来る。さらに、この分析チップ300を凍結した状態でユーザーに提供し、ユーザーが0℃で分析チップ300を凍結保存することで、試薬の活性は1ヶ月保たれる。また、
−20℃で凍結保存しておけば、半年以上試薬の活性を保つことが可能である。このように、使い捨て可能な分析チップ300に予め1検査分のみの試薬を内蔵し、分析チップ
300を冷蔵あるいは冷凍した状態でユーザーに提供することで、簡便な分析環境を作ることができる(ステップ101)。
【0040】
分析チップ300の解凍後、捕集チップ200の処理液を分析チップ300の試料注入口310に約100μL移す。(ステップ102)
そして試料注入口310にカバーをして穴を塞ぐ。カバーは、分析チップ300と同素材の薄い樹脂シートが好ましい。樹脂同士の密着性が良く、また安価であるため使い捨てに好適である。試料注入口310をカバーする工程は、手動でもよいが、分析装置400側に試料注入口310を覆う機構が備わっているとより好ましい。(ステップ103)
【0041】
次に、分析装置400の前蓋401を開いて、前蓋401に設けられたチップガイドに沿って分析チップ300を分析装置400にセットした後、分析装置400の前蓋401を閉める。これにより、分析チップ300が基板410に固定され、チップポートと装置内流路402が連通する。なお分析チップ300は横置き,縦置きいずれでも可能であるが、ここでは縦置きの場合について述べる。(ステップ104)
【0042】
分析装置400内のバルブ430を切り替えて試料ポート311にのみポンプ440から流体を流す(ポート311,331:開、他のポート:閉)。使用する流体は空気や窒素など試薬と接した時に試薬の活性が損なわれない気体であればよい。試料溜め315内の試料は遺伝子抽出エリア320に移動する。試料中のカオトロピックイオンの働きにより、試料中の細菌遺伝子は、遺伝子抽出エリア320に充填された遺伝子結合担体に結合する。細菌遺伝子と遺伝子結合担体との結合を促進するために、試料が遺伝子抽出エリア320を通過する時間は10分以上が好ましい。そして遺伝子抽出エリア320を通過した試料は廃液槽330に貯まる。送液用の気体は、廃液ポート331に抜ける。なお、チップを縦置きにすることで、試料が廃液ポート331から漏れるのを防ぐことができる。(ステップ105)
【0043】
分析装置400内のバルブ430を切り替えてポート311を閉じ、洗浄液Aポート
341を開く。そして洗浄液Aポート341にのみポンプ440から流体を流す(ポート331,341:開、他のポート:閉)。洗浄液A保管槽340内の洗浄液A200μLは、流体によって遺伝子抽出エリア320に送液される。洗浄液Aとしては、グアニジンチオシアン酸塩,グアニジン塩化水素,ヨウ化ナトリウム,臭化カリウム等のカオトロピックイオンが好ましい。この洗浄液Aにより、遺伝子抽出エリア320に残留する蛋白質が除去される。そして遺伝子抽出エリア320を通過した洗浄液Aは廃液槽330に貯まる。(ステップ106)
【0044】
分析装置400内のバルブ430を切り替えてポート341を閉じ、洗浄液Bポート
351を開く。そして洗浄液Bポート351にのみポンプ440から流体を流す(ポート331,351:開、他のポート:閉)。洗浄液B保管槽350内の洗浄液B50μLは、流体によって遺伝子抽出エリア320に送液される。洗浄液Bとしては、50%以上の高濃度エタノールや酢酸カリウム溶液が好ましい。洗浄液Bにより、遺伝子抽出エリア
320に残留するカオトロピックイオンが除去される。そして遺伝子抽出エリア320を通過した洗浄液Bは廃液槽330に貯まる。(ステップ107)
【0045】
分析装置400内のバルブ430を切り替えてポート331,ポート351を閉じ、溶離液ポート361および反応槽ポート391を開く。そして溶離液ポート361にのみポンプ440から流体を流す(ポート361,391:開、他のポート:閉)。溶離液保管槽360内の溶離液10μLは、流体によって遺伝子抽出エリア320に送液される。ここで溶離液としては、滅菌蒸留水,TRIS−EDTAやTRIS−アセテート等のバッファ溶液が使用可能である。溶離液により、遺伝子抽出エリア320の遺伝子結合担体に捕獲されていた遺伝子が溶離する。溶離した遺伝子は反応槽390に送液される。
分析装置400内のバルブ430を切り替えて、ポート361を閉じ、遺伝子増幅試薬Aポート371を開く。そして遺伝子増幅試薬Aポート371にのみポンプ440から流体を流す(ポート371,391:開、他のポート:閉)。遺伝子増幅試薬A保管槽370内の遺伝子増幅試薬A10μLは、流体によって反応槽390に送液される。
【0046】
遺伝子増幅試薬Aとしては、4種類のdNTP(dATP,dCTP,dGTP,
dTTP),バッファ(TRIS塩酸,KCl,MgCl2 など)、プライマなどから構成される。送液用の気体は、反応槽ポート391に抜ける。(ステップ108)
【0047】
分析装置400内のバルブ430を切り替えてポート371を閉じ、遺伝子増幅試薬Bポート381を開く。そして遺伝子増幅試薬Bポート381にのみポンプ440から流体を流す(ポート381,391:開、他のポート:閉)。遺伝子増幅試薬B保管槽380内の遺伝子増幅試薬B30μLは、流体によって反応槽390に送液される。遺伝子増幅試薬Bとしては、DNA合成酵素(TaqDNAポリメラーゼ,TthDNAポリメラーゼ,
VentDNAポリメラーゼ,サーモシーケナーゼなど),蛍光色素(エチジウムブロマイド,SYBR GREEN(Molecular Probe 製),FAM,ROXなど)などから構成される。(ステップ109)
【0048】
次に、(ステップ110)
以上の手順により、分析チップ300の反応槽390に細菌遺伝子と2種類の遺伝子増幅試薬が導入される。
【0049】
反応槽390内の細菌遺伝子を増幅・検出するために、温度制御機構415を駆動し、反応槽390の温度が下記の2種類の設定値を往復するように温度サイクルをかける。
(ステップ111)
【0050】
温度サイクル例としては、下記の程度を実施する
「90〜95℃10〜30秒⇔65〜70℃10〜30秒」×30〜45回
好ましい一例として、以下の温度サイクルを実施する。
「94℃30秒⇔68℃30秒」×45回
温度サイクルをかけながら、光源450からの励起光を反応槽390に照射する。遺伝子は、2本鎖の内部にインターカレートした蛍光色素を有すると、吸収した光源450の光エネルギーを蛍光色素に渡す(エネルギー転移)。その結果、蛍光色素は励起されて蛍光を発する。試料中に目的遺伝子が存在した場合、遺伝子が増幅するに従って発する蛍光量が増加する。よって、温度サイクルの間、光検出器475により反応槽390内の蛍光量をモニタすることで、図7に示されるように、目的遺伝子の有無をリアルタイムに検出可能となる。なお、分析チップ300を分析装置400に縦置きにセットすることにより、温度サイクル中の反応物質の一部が蒸発し、蒸気が反応槽390上部に滞留しても、蛍光を検出する反応槽390の側面は蒸気によって曇らない、よって検出感度が低下しない、という長所を有する。(ステップ112)
【0051】
分析が完了した時、分析チップ300を分析装置400から取り出し、廃棄する(ステップ113)。試料や試薬の後処理が必要ない上に、反応検出部の洗浄操作が必要ないため、簡便・迅速な分析を提供することができる。
【0052】
捕集チップおよび分析チップと、捕集機および分析装置を組み合わせて使用することで、細菌の捕集から細菌の検出までの工程が2種類の小型のチップ内で自動化される。細菌芽胞の処理や遺伝子抽出工程に人手を一切介さないため、誰でも安全に分析が可能である。さらに、細チップ内にバルブ等の機械部品が含まれないので、使い捨て用途に好適なチップが提供できる。また、反応槽や流路を微細加工により作製し容積を微小化した結果、試薬量が削減され低コストとなるだけでなく、温度制御が迅速,混合が迅速,反応が均一といった長所が得られる。さらにディスポーザブルなチップに予め1検査分のみの試薬を内蔵し、チップを冷蔵・冷凍した状態でユーザーに提供することで、極めて簡便・迅速な遺伝子の検出が可能、かつ分析後に試薬と共に処分しうる分析チップとすることができる。
【0053】
実施例1において、分析チップ300内の反応槽390の個数が1個の例を示した。しかし、検査する対象他に応じる等の観点で、反応槽390が複数個であってもよい。その場合、検査対象の各細菌に対応したプライマが必要となるため、プライマを包含する遺伝子増幅試薬Aの保管槽も複数個必要となる。さらに、複数の反応槽390内の反応を検出するために光源450からの励起光の照射位置を反応槽390に対して切り替える必要があるが、1枚の分析チップ上で複数の細菌を同時に検査できる長所を有する。
【0054】
実施例1において、捕集チップ200と分析チップ300をセットするチップ設置部が一つの例を示した。しかし、捕集チップ200の処理と分析チップ300の処理を同時に平行して行うために、チップ設置部を2箇所設けることも可能である。捕集チップ200の処理工程では、光学検出系が不要のため、流体系,温調系を2系統にすることで2つのチップ設置部を設けることができる。装置のサイズが若干大きくなるが、捕集チップと分析チップを同時処理することで、多検体の処理時間を短縮することができる。
【0055】
実施例1に対して、分析チップ300の底部に、水晶振動子や表面弾性波素子などの圧電素子を設置する。圧電素子は、その電極上に付着した重さを発振周波数の変化に定量的に変換することから、微量な質量変化を反応雰囲気下で連続的に測定できる。そこで、所定の予め塩基配列が既知の様々なヌクレオチドを圧電素子に固定しておく。固定方法は次のようにすることが良い。
【0056】
圧電素子の電極上にスパッタリング,蒸着などの方法でガラス薄膜を形成する。ガラスとしては、電極素材であるクロムやチタンと最も接着性のよいSiO2 を主成分としたものが好ましい。このガラス薄膜にアミノプロピルトリメトキシシラン(APS)を添加し、120〜160℃程度でベークすると、ガラス薄膜の表面にアミノ基が固定される。ここで、電極とガラス薄膜の厚みがそれぞれ0.1 〜1μmであることが好ましい。双方の厚みが1μmを超えると、圧電素子の周波数応答が悪くなるためである。さらに、アミノ基がコーティングされたガラス薄膜にヌクレオチドを塗布し、恒温恒湿槽内で37℃、湿度90%で1時間保温する。その後、UVクロスリンカーを用いて60mJ/cm2 の紫外線を圧電素子に照射することで、ヌクレオチドは圧電素子に強固に固定される。
【0057】
試料から遺伝子を抽出するまでの工程は実施例1と同じである。そして反応槽390に送液された遺伝子を温度制御機構413により94℃付近まで昇温すると、遺伝子は熱変性して一本鎖となる。この一本鎖遺伝子とチップ底部上に固定されたヌクレオチドが結合したとき、圧電素子の発振周波数が変化する。よって、この周波数変化を測定することにより、固定したヌクレオチドと相補的な遺伝子の配列を読み取りが可能となる。
【0058】
液中で圧電素子を使用した場合、液温が1℃変化すると周波数は15〜30Hz変化するため液温の正確な制御が必須となるが、本実施例では、遺伝子増幅試薬が不要となり、また温度サイクルが要らないため検出時間が短くなる長所がある。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の一実施の形態である細菌検知の手順を示すフローチャート図である。
【図2】一実施の形態である細菌検知システムの構成を示す図である。
【図3】捕集機の主要部の構成を示す図である。
【図4】捕集機の前端部の構成を示す図である。
【図5】捕集チップの平面構成を示す図である。
【図6】捕集チップの断面構成を示す図である。
【図7】分析チップの平面構成を示す図である。
【図8】分析チップの断面構成を示す図である。
【図9】分析チップの遺伝子抽出エリアの堰を示す図である。
【図10】分析チップの廃液槽の構成を示す図である。
【図11】分析装置の主要部の構成を示す図である。
【図12】分析装置の断面構成を示す図である。
【図13】分析装置の基板の構成を示す図である。
【図14】流体ハンドリングのプロファイルを示す図である。
【符号の説明】
【0060】
100…捕集機、110…蓋部、120…ノズル部、130…チップ支持部、150…支持板、160…ファンモータ、170…排出口、180…制御部、181…表示部、
185…バッテリ、190…ケーシング、191…掴み部、200…捕集チップ、201…捕集材、241…チップポート、300…分析チップ、310…試料注入口、315…試料溜め、320…遺伝子抽出エリア、330…廃液槽、340…洗浄液A保管槽、350…洗浄液B保管槽、360…溶離液保管槽、370…遺伝子増幅試薬A保管槽、380…遺伝子増幅試薬B保管槽、390…反応槽、400…分析装置。
【技術分野】
【0001】
本発明は、大気中に浮遊する微生物を捕集し、微生物中の遺伝子を抽出して微生物の遺伝子分析を行う微生物検知システムに関する。
【背景技術】
【0002】
大気中に浮遊する微生物を捕集するため、ポータブル型空中浮遊菌サンプラを用いて大気を吸引し、シャーレに設けた培地に微生物を高速で衝突させて培地上に微生物を捕集することが知られ、例えば特許文献1に記載されている。
【0003】
また、取り扱いが容易で安価、かつ試料から遺伝子の抽出・分析までが一括して自動化可能とするため、遺伝子を含む試料が供給される注入口と、注入口に供給された試料に導入される溶解液を保管する溶解液保管部と、試料と溶解液とを混合した液が導入され、遺伝子と結合する遺伝子結合担体を備える遺伝子抽出部と、遺伝子抽出部に導入される洗浄液を保管する洗浄液保管部と、遺伝子抽出部に導入される溶離液を保管する溶離液保管部と、溶離液により溶離された遺伝子が導入される反応部と、を備えた遺伝子処理チップを用いることが、特許文献2に記載されている。
【0004】
【特許文献1】特開2000−125843号公報
【特許文献2】特開2005−65607号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載のものは、微生物の組織・細胞の培養に使用する培地の上に捕集した微生物の分析を行うことについては述べられてなく、培地上で微生物を培養して微生物が増殖するかを観察する、いわゆる培養法による検知方法を用いたとしても微生物の培養に2〜7日間を要する。
【0006】
また、特許文献2に記載のものでは、遺伝子を含む試料を注入口より供給しなければならないので、遺伝子処理チップとして試料を捕集するときから用いることができず、捕集から遺伝子処理へ移行する使い勝手が良いものではなかった。
さらに、一つの遺伝子処理チップで全ての遺伝子処理工程を行うものであるため、遺伝子処理チップが大型化し、分析装置の大型化を招くと共に、高価になる恐れがあった。そして、同一試料および同一の分析装置を用いて複数回の分析を行って分析精度の向上を図ろうとすると、全処理工程を再度行うことが必要となり、分析に長時間を要するばかりでなく、遺伝子処理チップを複数用いることになるので、コストアップとなる。
【0007】
本発明の目的は、上記従来技術の課題を解決し、捕集から遺伝子分析に至るまでの操作性を良好とし、短時間で、かつ精度よく微生物の検知を可能なものとすることにある。
また、他の目的は使用する機器を小型で安価にし、安全性を確保することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明は、大気中に浮遊する微生物を捕集機により吸引して捕集し、微生物中の遺伝子分析を行う微生物検知システムにおいて、前記捕集機に設置され捕集材に前記微生物を捕集した後、前記捕集機から取り出し分析装置にセットされる捕集チップと、前記捕集チップを前記分析装置にセットした状態で、前記捕集チップ内の試薬を送液し、前記捕集チップの中で前記微生物の芽胞の発芽および細胞膜の溶解の処理を行う分析装置と、試料溜めと、遺伝子結合担体が充填された遺伝子抽出エリアと、吸収剤が充填された廃液槽と、洗浄液を保管する洗浄液保管槽と、遺伝子溶離液を保管する溶離液保管槽と、遺伝子増幅試薬を保管する遺伝子増幅試薬保管槽と、遺伝子の増幅・検出を行う反応槽と、がそれぞれ流路で形成され、正面に開口された試料注入口と、背面に開口されたチップポートと、を有した分析チップと、を備え、前記捕集チップで処理された液の一部が前記分析チップへ移され、前記分析装置の送液手段により前記分析チップの中で遺伝子の抽出から検出までの処理が行われるものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、微生物の捕集から遺伝子の検出までを安全かつ短時間にチップ上で簡易に行うことができる分析システムを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
近年では微生物の遺伝子を増幅し、その遺伝子を検出することで目的微生物の有無を判別する遺伝子検査法も取り入れられ、例えば、炭そ菌やセレウス菌などの細菌は、周囲に水分が少なく、栄養が枯渇した状況になると数時間内で芽胞を形成する。この芽胞は非常に固い殻状の物質で、熱,化学物質,紫外線等に強い抵抗力を持つため、適切な芽胞の処理が必要である。しかしながら、芽胞処理や細菌からの遺伝子抽出の工程が、従来はすべて手操作で行われていた。そして、操作が非常に煩雑で検査者が限定される上に検査者に感染の恐れがあること、さらには手操作で使用する反応容器やピペット等がすべて汚染された廃棄物となり、二次汚染の恐れも懸念されると共に、分析精度の不安定化を招く恐れがあった。
【0011】
芽胞を形成した細菌を大気中から捕集し、芽胞を処理した後に細菌から遺伝子を抽出し、ポリメラーゼ連鎖反応により遺伝子を増幅させることで、対象の細菌が存在するか否かを検出する例を説明する。芽胞を形成する細菌とは、バチルス属菌,クロストリディウム属菌等の細菌である。
【0012】
(細菌検知の流れ)
細菌検知は大きく分けて、細菌の捕集工程、細菌芽胞に発芽促進剤を添加して細菌芽胞を発芽させる工程と、発芽した細菌から遺伝子を抽出する工程、遺伝子を増幅・検出する工程とからなる。遺伝子の抽出は、一般的に知られる固相抽出法により行う。固相抽出法とは、まず固体表面に遺伝子を特異的に結合させ、次に他物質と区別して遺伝子のみを水溶液に溶離させることで抽出する方法である。
【0013】
図1を参照して、細菌の検知方法を説明する。
ステップ1・・・衝突法による細菌の捕集
衝突法は、ノズルの上から空気を吸引してノズル下方に高速で噴出させ、ノズルの下に設けた衝突板に細菌を捕集する方法である。空気中の細菌はその粒径の2乗に比例した慣性力を得て、衝突板に付着する。フィルタ法のように目詰まりを起さず、細菌が濃縮されて集まるという利点がある。
ステップ2・・・芽胞の発芽
細菌芽胞に発芽促進剤を加え、一定時間を経過すると細菌芽胞が発芽を開始する。発芽する段階で、細菌は自ら芽胞を壊すので、発芽により細菌の細胞壁がむき出しの状態になる。
ステップ3・・・細胞膜の溶解
試料にカオトロピックイオン(分子の直径が大きい−1価の陰イオン)を含む溶液を混合し、細菌の細胞膜をカオトロピックイオンの働きにより破壊する。またカオトロピックイオンは、同時に試料中に含まれる多くの蛋白質を変性し、ヌクレアーゼ(核酸を分解する酵素)の働きを阻害する。
ステップ4・・・遺伝子の捕獲
溶解後の混合物にシリカが加わると、カオトロピックイオンの働きにより、遺伝子とシリカが特異的に結合する。一般的には混合物をガラスフィルタに通す方法が用いられる。
ステップ5・・・遺伝子の洗浄
試料に含まれる蛋白質や、カオトロピックイオンが抽出物に混入すると、遺伝子増幅による遺伝子の検出を阻害するので、遺伝子−シリカを洗浄する操作が必要となる。通常では高濃度のエタノールにより洗浄する。遺伝子はこれらの溶液に溶解しにくい性質を持っているため、シリカに吸着している遺伝子はこの過程で溶離しない。
ステップ6・・・遺伝子の溶離
洗浄後、水もしくは低塩濃度の溶液を遺伝子−シリカに加え、遺伝子をシリカから溶離する。
ステップ7・・・遺伝子の検出
溶離した遺伝子にプライマ(目的とするDNA領域の両末端の20塩基ほどと同じ塩基配列をもつ一本鎖DNA),DNA合成酵素(ポリメラーゼ)と四種類の基質(dNTP)等を加え、温度サイクル「熱変性−アニーリング−相補鎖の合成」をかけることで遺伝子は増幅する(ポリメラーゼ連鎖反応)。ここで上記試薬に加え、蛍光色素を予め注入しておき、励起光を照射しながら温度サイクルをかけることで、遺伝子の増幅をリアルタイムに検出することができる。
【0014】
(分析システムの構成)
図2は、分析システムの構成を示し、分析システムは捕集機100,捕集チップ200,分析装置400,分析チップ300の4つから構成される。大気中に浮遊する細菌を捕集機100により吸引し、捕集機100に設置された捕集チップ200の捕集材201
(図5および図6参照)に細菌を捕集する。捕集チップ200を捕集機100から取り出し、捕集チップ200の捕集材収納部203(図5および図6参照)の開口をシール材で閉塞し、あるいは捕集チップ200の開口をシール材で閉塞してから捕集機100から取り出し、分析装置400にセットする。
捕集材に微生物が付着した状態で前記開口部をシール材で封止してなる捕集チップ200を分析装置400にセットする。捕集チップ200の開口をシール材で閉塞して取り扱うことにより、捕集チップ200を安全に取り扱うことができる。分析装置400には送液手段が備えられており、捕集チップ200を分析装置400にセットした状態で、捕集チップ200内の試薬を送液し、捕集チップ200の中で細菌芽胞の発芽および細胞膜の溶解の処理を行う。複数の試薬が予め内蔵された捕集チップ200を用いて細菌を捕集し、細菌を捕集した捕集チップ200をそのまま用いて次の複数の微生物検知処理に移行できるので、使い勝手良く捕集から微生物検知処理まで移行できる。
【0015】
次いで、捕集チップ200を分析装置400から取り出し、捕集チップ200で処理された液(既に細菌は溶解して破壊されているため、触れても汚染されることはない)の一部を分析チップ300に移す。
分析チップ300を分析装置400にセットする。この時、分析チップ300は捕集チップ200がセットされた部位と同じ場所にセットされるようになっている。分析チップ300には図1のステップ4(遺伝子の捕獲)からステップ7(遺伝子の検出)までの試薬が予め内蔵されている。分析チップ300を分析装置400にセットした状態で、分析装置400の送液手段により分析チップ300内の試薬を送液し、分析チップ300の中で遺伝子の抽出から検出までを行う。そして分析終了後、分析チップ300を分析装置
400から取り出し、分析チップ300を廃棄する。
【0016】
2種類の微生物検知チップ(捕集チップ200,分析チップ300)の中に、細菌の前処理から検出に至るまでの工程に必要な試薬が全て内蔵されており、煩雑な試薬操作を省略することができる。すなわち、従来の分析では、試料である細菌に試薬を加えて処理をしたのちに別の容器に移し、といった具合に試料がいくつもの容器を介して動いていくため、煩雑かつ検査者に汚染の恐れがあった。しかしながら、2種類のチップ200,300間での試料の受け渡しの工程以外は、試料がチップから出ることはなく、閉じられた系において分析がおこなわれるため、非常に安全である。
また廃棄物はチップ200,300のみとすることができ、このチップ200,300を焼却可能な素材にしておくことで、二次汚染の危険性を低減することができる。さらに、2種類のチップ200,300に内蔵される試薬は、一検査分のみであり、チップ200,300は使い切りとすることができることから、屋外で簡便に遺伝子レベルの高精度な細菌検査を行うことができる。
試薬を内蔵した2種類のチップ200,300を細菌の捕集から溶解までを処理する捕集チップ200とそれ以降の分析処理をする分析チップ300とに分けているので、捕集から溶解までの処理が同一である試料を用いて複数回の分析が容易となり、安全性を確保しつつ、分析精度の向上を容易に図ることができる。
【0017】
(捕集機の構成)
図3,図4を参照して本発明による捕集機の例を説明する。図3は本例の捕集機100の透視斜視図、図4(a)は本例の捕集機100の蓋部110およびチップ支持部130を開いた状態を示す図、図4(b)は図4(a)から捕集チップ200を装着して支持部130を閉じた状態を示す図である。
【0018】
捕集機100は、蓋部110,ノズル部120,一次フィルタ121,チップ支持部
130,二次フィルタ140,支持板150,ファンモータ160,排出口170,制御部180,表示部181,バッテリ185およびケーシング190を有する。
蓋部110はノズル部120を有する正方形または短形の部材からなり、両側面に固定手段を有する。ノズル部120の内径は捕集効率に大きく関係し、ノズルの内径を10
[mm]より小さくするほど、細菌を濃縮して捕集することができるが、ノズル部120を通過する空気流速が増大するため、圧力損失が増加する。圧力損失は、空気流速の2乗に比例して増加するので、ファンモータ160の負荷が増加し、バッテリ185の電圧が低下する。例えば、ノズル部120の内径を3mm以下とすると、可搬型の細菌捕集機100に搭載可能なバッテリ185(リチウム−水素)で駆動可能な仕事量を超える。従って、ノズル部120の内径Wは4〜15mmが適当である。より好ましくは、ノズル部120の内径Wを8〜12mmにすると良い。これにより、高い捕集効率を得ながら、ノズル部120の直下に細菌を濃縮して捕集することができる。
ノズル部120には一次フィルタ121が装着されている。一次フィルタ121は、大気中の粗大粒子をトラップするために設ける。したがって、その目開きは100〜200μmが望ましい。花粉の飛散量が増加する時期には、目開きが10〜100μmであることが望ましい。それにより、粒子径10μm以上の花粉と粒子径10μm未満の細菌とを簡便に分級することができる。一次フィルタ121は、蓋部110から着脱可能で、洗浄と高温滅菌が容易なステンレス製または弗素樹脂製が好ましい。
【0019】
チップ支持部130は二次フィルタ140の上(前方)に設置される。チップ支持部
130は開閉式になっており(図4)、捕集チップ200を挟んで蓋を閉めることで捕集チップ200を容易に捕集機100にセットすることができる。チップ支持部130は捕集チップ200のいわば外周に相当するため、細菌が付着しやすい。よって、チップ支持部130は二次フィルタ140から着脱可能で、洗浄と高温滅菌が容易なステンレス製または弗素樹脂製が好ましい。
二次フィルタ140は支持板150に設置され、捕集チップ200で捕集できなかった細菌等の微粒子が排出口170から大気中に放出されることを防止するために設ける。二次フィルタ140には、0.3μm以上の微粒子を99.97%以上捕集可能なHEPA
(High Efficiency Particulate Air)フィルタを使用することが好ましい。また、0.1〜0.2μmの微粒子を99.999%以上捕集可能なULPA(Ultra Low Penetration Air)フィルタを使用することが更に好ましい。ULPAを用いることにより、排出口
170から大気に放出する空気の清浄度を更に上げることができる。なお、ケーシング
190内には、制御部180,表示部181、およびバッテリ185が設けられている。ケーシング190の上面には掴み部191が設けられている。
次に、本例の捕集機100の動作を説明する。
ファンモータ160を駆動すると、大気はノズル部120に吸引される。吸引された大気はノズルによって加速され、一次フィルタ121を通過する。このとき、一次フィルタ121によって空気中の粗大粒子が除去される。蓋部110内に導入された空気中の微粒子は、捕集チップ200の中央に設けた捕集材に慣性衝突して付着する。蓋部110内に導入された空気は二次フィルタ140を通過し、ファンモータ160の下部の排出口170より外部へ排出される。二次フィルタ140によって、捕集チップ200に捕集されなかった微粒子が除去される。
【0020】
(捕集チップの構成,動作)
図5、図6を参照して捕集チップ200の例を説明する。図5は捕集チップ200の正面図、図6は捕集チップ200の縦断面図である。
捕集チップ200は、図1におけるステップ1(細菌の捕集)からステップ3(細胞膜の溶解)までを担う。すなわち、まず捕集チップ200を捕集機100にセットして細菌を捕集したのち(ステップ1)、捕集チップ200を捕集機100から取り外し、捕集チップ200を後述の分析装置400にセットして、ステップ2(芽胞の発芽)からステップ3(細胞膜の溶解)までの工程を行う。
捕集チップ200は、チップの構成要素をかたどる凹凸パターンをフォトリソグラフィー技術により作製し、このパターンを樹脂に転写成形して成型したものである。2枚の樹脂を張り合わせることで、樹脂に刻まれたパターンが流路となる。チップの材料として、加工費用が高く、また割れやすいガラスよりも、廃棄処理性に優れる樹脂が好ましい。樹脂の種類は特に限定されるものではないが、ポリジメチルシロキサン(PDMS:ダウコーニングアジア社製,シルポット184)を使用することが良く、本チップには以下の特性を備えることが好ましい。
・生体適合性良好(通常のシリコンゴムは生理的に不活性)
・サブミクロンの精度で型の転写が可能(硬化前は低粘度で流動性に富むため、複雑な形状の細部まで良好に浸透)
・低コスト(8円/1グラム。従来の汎用マイクロデバイス材料であるガラス材は1k円/1グラムであり1/100以下)
・焼却により容易に廃棄可能
捕集チップ200は、大気中から微生物(本実施例では芽胞を形成した細菌)を付着して捕集する捕集材201と、捕集材201を装着した薄い板状の基板とを備えている。この捕集チップ200は、捕集材201を収納する捕集材収納部と、複数の試薬保管槽
(210,220,230,240)、チップ背面に開口されたチップポート211,
221,231,241と、チップ正面に開口された空気穴250とを有している。
複数の試薬保管槽は、発芽促進剤を保管する発芽促進剤保管槽210と、2種類の細胞壁溶解液を保管する酵素A保管槽220と、酵素B保管槽230と、カオトロピックイオンを保管するカオトロピック保管槽240とを有している。そして、複数の試薬保管槽
210〜240は、捕集材収納部の周囲を取り囲むように配置されている。これにより、捕集チップ200をコンパクトなものとすることができる。
【0021】
試薬保管槽210〜240は細長い流路によって構成され、いずれの試薬保管槽も、流路を持った形状が好ましい。試薬保管槽内210〜240の試薬を送液するためには、試薬保管槽210〜240の背後から気体を試薬保管槽210〜240に送る。試薬保管槽210〜240が細長い流路形状でなかった場合、気体の通り抜けやすい部位のみ試薬が押し出され、その他の部位の試薬が試薬保管槽に残ることになる。消費する試薬の量を減らすために、試薬保管槽210〜240を流路形状にするのが効果的である。
流路の断面形状は、横/縦10以下が好ましい。横/縦が10以上となると、流路天井部の樹脂がたわんで流路の矩形構造が崩れ、送液の障害となる恐れがある。試薬保管槽
210〜240の細長い流路は、蛇行状に形成し、基板における流路の占有面積を小さなものとしつつ、流路における試薬の保管容量を確保することができる。
【0022】
試薬保管槽210〜240の一端は捕集材収納部203に接続され、試薬保管槽210〜240の他端にはチップポート(211〜241)が連通して接続されている。試薬保管槽210〜240の一端側および他端側にそれぞれ堰204が設けられている。これにより、各試薬保管槽210〜240の保管される試薬の流出をより確実に防止することができる。
チップポート211〜241は、外部の流路との接点を構成する。発芽促進剤保管槽
210と、酵素A保管槽220と、酵素B保管槽230と、カオトロピック保管槽240はいずれも、捕集材収納部203と連通している。従って、捕集材収納部203は、発芽促進剤保管槽210と、酵素A保管槽220と、酵素B保管槽230と、カオトロピック保管槽240、およびチップポート211〜241を介して外部の流路に接続されている。なお、試薬保管槽210〜240の流路幅を50〜100μmまで狭めることで、捕集材収納部203の側からの空気の流入を防ぐことができる。
【0023】
発芽促進剤保管槽210の体積は20〜100μL、酵素A保管槽220の体積は20〜100μL、酵素B保管槽230の体積は5〜20μL、カオトロピック保管槽240の体積は400〜800μLが好ましい。カオトロピックイオンの体積が、発芽促進剤と2種類の細胞壁溶解液の体積和の2倍以上とすることで、細胞膜の破壊が促進される。より好ましくは4倍以上、最適なのは、8倍以上である。
【0024】
捕集材201としてゲル表面の自由水(ゲル網目間の水)由来の「付着性」を有する寒天が好適であり、寒天濃度は2〜5%にするのが良く、寒天濃度3〜4%が最適である。寒天濃度が2%未満では水分が多いため、高速の空気が当たり続ける捕集材201として強度不足である。一方、寒天濃度が6%より大きいと、寒天表面の水分(自由水)が少なくなり、付着性が著しく低下する。
寒天の強度を上げ、かつ水分の蒸発を防止するため、アルコール類を添加すると良く、凍結防止,乾燥防止,ゲル強化剤として作用する。具体的には、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、1,3−ブタンジオール、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリンなどが挙げられる。アルコール類の添加量は、寒天の40〜80%、好ましくは50〜70%が好ましい。アルコール類が40%未満では、水分の蒸発防止が十分でない。また、80%を超えると寒天表面の水分(自由水)が少なくなり、付着性が低下する。
【0025】
捕集チップ200の使用方法の一例を説明する。
捕集チップ200を捕集機100のチップ支持台に取り付けて、一定時間大気を吸引する。大気の吸引量は、例えば約1000Lである。大気中の細菌は捕集チップ200の捕集材201表面に付着する。次に、捕集チップ200をチップ支持台から外し、捕集チップ200の捕集材収納部203の開口面をシールで封止した後に捕集チップ200を分析装置400にセットする。捕集材収納部203の封止は、手動でも良いが、捕集機にシール機構がついていることがより好ましい。捕集材収納部203の封止により、細菌が捕集チップ200の外部に露出することがなくなり、より安全となる。
捕集チップ200の試薬保管槽210〜240はチップポート(211〜241)を介して分析装置400の流路と接続されているので、分析装置400の流路側から所定の制御動作で気体をチップポート211〜241を介して供給することにより、試薬保管槽
210〜240に予め封入された発芽促進剤,細胞壁溶解液,細胞膜溶解液、およびカオトロピックイオンが所定時間ごとに捕集材収納部203内(捕集材201上)に送液される。捕集材収納部203の上正面は封止されているが、空気穴250が捕集材収納部203の一部に連通しており、空気穴250は大気開放となっているので、試薬の送液の際に捕集材201の上に存在する空気は空気穴250より放出される。
【0026】
試薬保管槽210〜240から捕集材201へ試薬を送液することについての詳細を説明する。
捕集材201に発芽促進剤を100μL送液する。ここで発芽促進剤としては、アラニン,アデノシン,グルコースを含むブイヨンが好ましい。特にL−アラニンを1mM〜
10mM含有するブイヨンが最適である。そして10分以上を経過すると細菌芽胞が発芽を開始し、30分間経過すると、全体の50%以上が発芽する。よって、芽胞の発芽処理は30分以上が好ましい。細菌芽胞を発芽させるのにより好ましいのは35〜40℃であり、最も好ましいのは35〜37℃である。細菌芽胞が発芽する段階で細菌は自ら芽胞を壊すので、発芽により細菌の細胞壁がむき出しの状態になる。
次に、細菌の細胞壁を壊す2種類の蛋白質変性酵素を順次捕集材201に送液し、至適温度に一定時間保持する。酵素処理の時間はそれぞれ10分以上が望ましく、30分が好適である。ここで蛋白質変性酵素としては、リゾチーム(至適温度:37℃)100μLとプロテアーゼK(至適温度:55〜60℃)20μLが好適である。これらの酵素処理により、捕集チップ200内の細菌は細胞膜がむき出しの状態になる。なお、発芽促進剤とリゾチームは同じタイミングで注入して処理することも可能であるが、リゾチームとプロテアーゼKを同時に添加することは酵素活性が低下するため好ましくない。
【0027】
最後に、カオトロピックイオン800μLを捕集材201に送液すると、細菌の細胞膜が破壊され、細菌の遺伝子が細胞外部に放出される。ここでカオトロピックイオンとしては、グアニジンチオシアン酸塩,グアニジン塩酸,ヨウ化ナトリウム,臭化カリウムが挙げられる。チップの使用方法として、チップの冷蔵あるいは冷凍により試薬の活性を長期間維持する方法が考えられる。よって、チップに封入し、冷蔵あるいは冷凍をした際に組成の変化が極めて少ないグアニジン塩酸が好適である。
またカオトロピック塩に界面活性剤や緩衝剤を含有させることが好ましい。界面活性剤として特に限定はされないが、ツイーン−20やトリトンX−100等が挙げられる。緩衝剤として特に限定はされないが、トリス−塩酸塩,リン酸2水素カリウム−4ホウ酸ナトリウム等が挙げられる。
以上の工程により、捕集チップ200に捕集した細菌の芽胞および細胞壁を処理することができる。すなわち、図1におけるステップ2〜3までをチップ上で自動化することができるため、試薬の分注操作を省略することができる。捕集チップ200は細菌の捕集から前処理までの工程を担い、分析チップ300は細菌遺伝子の分析工程を担う。分析の精度を上げるために、同一の試料に対して複数回の分析、或いはターゲットの細菌を複数設定するためには、1枚の捕集チップ200で処理したサンプルを複数の分析チップ300に分配したほうが好適であり、2種類のチップ200,300を供している。
【0028】
なお、この捕集チップ200を凍結した状態でユーザーに提供し、ユーザーが0℃で捕集チップ200を凍結保存することで、試薬の活性は1ヶ月保たれる。また、−20℃で凍結保存しておけば、半年以上試薬の活性を保つことが可能である。
【0029】
(分析チップの構成,動作)
図7から図10を参照して分析チップ300を具体的に説明する。図7は分析チップ
300の正面図、図8は図7のA−A′断面図である。なお、図8は分析チップ300を縦置きにしたときの断面図である。
分析チップ300は、図1におけるステップ4(遺伝子の捕獲)からステップ7(遺伝子の検出)までを担う。捕集チップで処理された液の一部を移した状態の分析チップ分析装置400にセットする。分析チップ300には、図1のステップ4(遺伝子の捕獲)からステップ7(遺伝子の検出)までの処理に用いられる試薬が予め内蔵されている。分析チップ300を分析装置400にセットした状態で、分析装置400には送液手段を動作させて分析チップ300内の試薬を送液し、分析チップ300の中で遺伝子の抽出から検出までの処理を行う。なお、分析チップ300の素材は捕集チップ200と同様の樹脂である。
【0030】
分析チップ300にはチップ正面に開口された試料注入口310と、試料溜め315と、遺伝子結合担体を流路に充填した遺伝子抽出エリア320と、廃液槽330と、洗浄液Aを保管する洗浄液A保管槽340と、洗浄液Bを保管する洗浄液B保管槽350と、遺伝子溶離液を保管する溶離液保管槽360と、遺伝子増幅試薬Aを保管する遺伝子増幅試薬A保管槽370と、遺伝子増幅試薬Bを保管する遺伝子増幅試薬B保管槽380と、遺伝子の増幅・検出を行う反応槽390と、チップ背面に開口されたチップポート311,331,341,351,361,371,381とを有している。これらの試薬保管槽340〜380の断面形状は、捕集チップと同様に横/縦10以下が好ましく、横2mm,縦3mmで形成されている。一方、試薬保管槽340〜380以外の流路の断面は、試薬保管槽340〜380よりも小さいことが好ましく断面積として1/4以下が好ましい。分析チップ300は、光造形法によって作成した樹脂の型から転写して作成する。光造形法によって作成する樹脂は滑らかな曲線で構成するのが困難であるため、矩形構造を基本としている。よって、矩形構造の樹脂型から転写される分析チップの流路断面も必然と矩形となる。矩形の流路に試薬を流すと、流路の四隅に試薬が付着しやすく、残存する。流路に残存した試薬が次に流れてきた試薬と混じっていくため、分析精度を悪化させていく。よって、流路の断面を小さくすることで、流路壁面への試薬の付着を抑制し、試薬のキャリーオーバーを防止するため、横0.5mm,縦0.5mmで形成した。なお、分析チップを縦置きにした時、試薬保管槽340〜380内の試薬が自然流出しないように、試薬保管槽をUの字にする、もしくは試薬保管槽から連通する流路を一度上方に向けるのが良い。
【0031】
試料溜め315,廃液槽330、および試薬保管槽340〜380の一端にはチップポート311〜381が形成されている。チップポート311〜381は、外部である分析装置400の流路との接点となる。試薬保管槽340〜380内の試薬を送液するために、チップポート341〜381を介してチップの外部である分析装置400から気体を試薬保管槽340〜380に送る。気体としては、酸素は試薬を酸化させ、また二酸化炭素は試薬のpHを変化させる恐れがあることから、不活性な窒素,ヘリウム,アルゴン等が望ましい。
試料溜め315と、洗浄液A保管槽340と、洗浄液B保管槽350と、溶離液保管槽360はいずれも遺伝子抽出エリア320に連通している。溶離液に試料や洗浄液Aが混入すると遺伝子の検出に阻害をおこすため、溶離液保管槽360は試料溜め315と洗浄液A保管槽340から離れた位置に配置することが好ましい。
【0032】
遺伝子増幅試薬保管槽Aと、遺伝子増幅試薬保管槽Bは反応槽390に連通している。遺伝子増幅試薬A保管槽370から反応槽390に送られた遺伝子増幅試薬A、および遺伝子増幅試薬保管槽Bから反応槽390に送られた遺伝子増幅試薬Bが一度反応槽390に入ったのち、反応槽から逆流しないように、遺伝子増幅試薬保管槽Aおよび遺伝子増幅試薬保管槽Bは反応槽390の上方から連通している。
試料溜め315の体積は100〜200μL、遺伝子抽出エリア320の体積は100〜200μL、洗浄液A保管槽340の体積は200〜300μL、洗浄液B保管槽350の体積は50〜100μL、溶離液保管槽360の体積は10〜20μL、遺伝子増幅試薬A保管槽370の体積は20〜40μL、遺伝子増幅試薬B保管槽380の体積は10〜20μLが好ましい。
【0033】
遺伝子抽出エリア320に充填する遺伝子結合担体として、石英ウール,ガラスウール,ガラスファイバー,ガラスビーズが適用可能である。ガラスビーズ適用の際は、接触面積を大きくするためにビーズサイズを50μm以下とするのが好ましく、流路への堰き止めを考慮すると20〜30μmが最適である。遺伝子保持担体を堰きとめるために、遺伝子抽出エリア320を構成する流路中に1箇所以上の堰325を設けるのが好ましい。図9に、堰の構成の一例を示す。遺伝子抽出エリア320の流路中、流路幅を数箇所15〜20μmまで狭めることで、狭められた流路が遺伝子結合担体に対して堰となる。流路を10μm未満にすると流体抵抗が大きく流体制御が困難になる。よって、堰325としての流路幅は15〜50μmが好適である。
廃液槽330に廃液として流れ込むのは試料,洗浄液A、および洗浄液Bである。これらの液は直接的に人体に影響を及ぼすものではないが、廃液槽330から外部に出ない構造とする必要がある。図10に、廃液槽の構成の一例を示す。廃液槽330内に、2種類の吸収剤332,333を充填した例を示している。吸収剤332としては体積膨張が殆どなく、また安価なコットン,和紙等が好適である。また二番目の吸収剤333として、アクリルアミドがさらに最適である。アクリルアミドはコットン,和紙に比べてややコスト高であるが、吸収能力が非常に高く、アクリルアミドは吸液と共に著しく体積膨張する特性を有している。すなわち、アクリルアミドは廃液槽内の廃液を吸収しながら体積膨張し、廃液槽の容積を狭めて廃液槽内の圧力を高めていく。分析チップは、後述のように廃液槽の直前で試薬を分岐させる部分がある。廃液槽に試薬が入らないようにするために、分岐側の流路よりも圧力を高める必要がある。すなわち、廃液槽に吸収剤を充填するのは、分析チップから廃液がチップ外に漏れ出さないよう吸収するのみならず、廃液槽内の圧力を吸収剤の体積膨張により積極的に調整する役割を果たす。その意味で、吸収剤332に比べて少量のアクリルアミドを吸収剤333とするのが好ましい。
【0034】
さらに、廃液槽330からの廃液漏れを抑制する手段として、廃液槽330内部を親水処理することが有効である。チップの材料である樹脂素材は元来疎水性であることから、廃液槽330に入った廃液は廃液槽330内部の壁面ではじかれ、廃液槽330の全てを廃液で満たすことは困難である。そこで、廃液槽330内部を親水処理することで液の濡れ性が良好となり、廃液槽330の底部から廃液を満たすことができる。分析チップの作成時に廃液槽330にプラズマを照射することで樹脂表面が改質され、簡便に親水性とすることが可能である。
【0035】
(分析装置の構成,動作)
図11から図13を参照して分析装置400の構成,動作を具体的に説明する。図11は分析装置400の主要な構成を、図12は分析装置400の断面構成、図13は分析装置400の基板410を示す図である。
分析装置400は大きくわけて、チップ設置部,流体系,温調系、そして光学検出系の4つから構成される。まず捕集チップ200および分析チップ300がセットされるのは、前蓋401の内側に設けられた基板410である。両チップを縦置きにセットするので、基板410の下部には、チップを止めるチップストッパ411が備えられる。チップを基板410にセットして前蓋401を閉めると、チップは基板410とチップホールダ
420の間に固定される。基板410とチップホールダ420には、チップの温度を最適化するための温度制御機構415が内蔵されている。温度制御機構415としては、発熱体としてペルチェが良く、印加電流の向きを変えるだけでチップの昇温・冷却操作を簡便に行うことができる。
チップをセットする基板410には、基板流路412が設置されており、基板流路412の一端はチップのポートに連通し、基板流路412の他端は装置内流路402に連通している。基板410に予め複数の基板流路412が設置されることで、捕集チップ200および分析チップ300のいずれのチップポートにも対応することでき、分析装置400は捕集チップ200と分析チップ300のプラットフォームとなり得る。
【0036】
装置内流路402は、それぞれバルブ430を介してポンプ440に接続される。チップ内のある試薬槽の試薬を送液するには、バルブ430を切り替えてその試薬槽に連通する流路のみに送風を行う。ポンプ440によって送られた気体は選択された装置内流路
402および基板410流路を経てチップ内に到達し、試薬槽の試薬を送液する。試薬槽に予め所定量の試薬のみ内蔵されているので、試薬槽内の試薬をすべて時間管理で排出するのみでよく、ポンプ440の送液精度は求められない。よって、ポンプ440は、送風のみで吸引を行わない、簡素で小型なものを使用することができる。
流体を制御するバルブ430をチップの内部ではなく、分析装置400側に設けることが好ましい。これにより、チップ101には機械部品がなくなり、小型化・ディスポーザブル化を実現することができる。
【0037】
光検出系は、チップ反応槽390内の遺伝子に励起光を照射する光源450と、励起光の特定の波長のみを透過する励起フィルタ455と、チップ反応槽390から生じた蛍光の光路を変更するミラー460と、蛍光の特定の波長のみを透過する検出フィルタ475と蛍光を測定する光検出器470から構成される。光源450は様々な波長領域のものが使用可能であるが、波長領域の広いキセノンランプを用いる。また波長が限定される場合には、LEDを使うことでも良い。光検出器470としてはCCDカメラ,光電子倍増管,フォトダイオード等を使用できるが、装置を小型化するにはフォトダイオードが好ましい。光検出器470によって検出された遺伝子の光信号は光信号変換機480によってデジタル化され、データ表示画面490に信号強度が表示される。
分析装置400には各制御を行う制御機構を備える。分析装置400に、バルブ430を制御するバルブ制御機構431,ポンプ440を制御するポンプ制御機構441,光源450を制御する光源制御機構451,光検出器470を制御する光検出器制御機構471が搭載される。機械部品を内蔵しない小型の分析チップを基板上に置いて簡便な光検出器を組み合わせるだけの、小型で可搬の分析装置を提供することが出来る。
【0038】
(分析の手順)
分析チップ300と分析装置400を用いた分析の手順を図7,図12,図14を参照しながら説明する。図14は流体ハンドリングのプロファイルを示す図である。
分析チップ300を用いた分析の手順としては、主に以下の手順を有する。
まず、捕集チップ200で細胞壁が溶解された細菌試料を分析チップ300に注入し、分析チップ300内においてこの細菌試料を遺伝子保持担体が充填された流路に送液する。そして、試料に含まれる蛋白質等を洗浄する洗浄液を前記遺伝子保持担体が充填された流路に送液する。
次に、遺伝子保持担体に吸着された遺伝子を溶離する溶離液を前記遺伝子保持担体が充填された流路に送液し、さらに遺伝子を検出する反応槽へと送液する。
【0039】
その後、分析対象の遺伝子の有無を検出する。以下に一例を具体的に説明する。
初めに、5種類の試薬、すなわち洗浄液A,洗浄液B,遺伝子溶離液,遺伝子増幅試薬A,遺伝子増幅試薬Bがそれぞれ洗浄液A保管槽340,洗浄液B保管槽350,溶離液保管槽360,遺伝子増幅試薬A保管槽370,遺伝子増幅試薬B保管槽380に内蔵され、冷蔵あるいは冷凍保存しておいた分析を室温で解凍する。分析チップ300に予め1検査分のみの試薬を内蔵してユーザーに提供することで、分析チップ300を1検査の使い切りとしても試薬の無駄がなく、経済性が向上する。またユーザーは試薬を各試薬保存槽に分注する手間を省くことができ、時間が短縮されるだけでなく、汚染を防ぐことも出来る。さらに、この分析チップ300を凍結した状態でユーザーに提供し、ユーザーが0℃で分析チップ300を凍結保存することで、試薬の活性は1ヶ月保たれる。また、
−20℃で凍結保存しておけば、半年以上試薬の活性を保つことが可能である。このように、使い捨て可能な分析チップ300に予め1検査分のみの試薬を内蔵し、分析チップ
300を冷蔵あるいは冷凍した状態でユーザーに提供することで、簡便な分析環境を作ることができる(ステップ101)。
【0040】
分析チップ300の解凍後、捕集チップ200の処理液を分析チップ300の試料注入口310に約100μL移す。(ステップ102)
そして試料注入口310にカバーをして穴を塞ぐ。カバーは、分析チップ300と同素材の薄い樹脂シートが好ましい。樹脂同士の密着性が良く、また安価であるため使い捨てに好適である。試料注入口310をカバーする工程は、手動でもよいが、分析装置400側に試料注入口310を覆う機構が備わっているとより好ましい。(ステップ103)
【0041】
次に、分析装置400の前蓋401を開いて、前蓋401に設けられたチップガイドに沿って分析チップ300を分析装置400にセットした後、分析装置400の前蓋401を閉める。これにより、分析チップ300が基板410に固定され、チップポートと装置内流路402が連通する。なお分析チップ300は横置き,縦置きいずれでも可能であるが、ここでは縦置きの場合について述べる。(ステップ104)
【0042】
分析装置400内のバルブ430を切り替えて試料ポート311にのみポンプ440から流体を流す(ポート311,331:開、他のポート:閉)。使用する流体は空気や窒素など試薬と接した時に試薬の活性が損なわれない気体であればよい。試料溜め315内の試料は遺伝子抽出エリア320に移動する。試料中のカオトロピックイオンの働きにより、試料中の細菌遺伝子は、遺伝子抽出エリア320に充填された遺伝子結合担体に結合する。細菌遺伝子と遺伝子結合担体との結合を促進するために、試料が遺伝子抽出エリア320を通過する時間は10分以上が好ましい。そして遺伝子抽出エリア320を通過した試料は廃液槽330に貯まる。送液用の気体は、廃液ポート331に抜ける。なお、チップを縦置きにすることで、試料が廃液ポート331から漏れるのを防ぐことができる。(ステップ105)
【0043】
分析装置400内のバルブ430を切り替えてポート311を閉じ、洗浄液Aポート
341を開く。そして洗浄液Aポート341にのみポンプ440から流体を流す(ポート331,341:開、他のポート:閉)。洗浄液A保管槽340内の洗浄液A200μLは、流体によって遺伝子抽出エリア320に送液される。洗浄液Aとしては、グアニジンチオシアン酸塩,グアニジン塩化水素,ヨウ化ナトリウム,臭化カリウム等のカオトロピックイオンが好ましい。この洗浄液Aにより、遺伝子抽出エリア320に残留する蛋白質が除去される。そして遺伝子抽出エリア320を通過した洗浄液Aは廃液槽330に貯まる。(ステップ106)
【0044】
分析装置400内のバルブ430を切り替えてポート341を閉じ、洗浄液Bポート
351を開く。そして洗浄液Bポート351にのみポンプ440から流体を流す(ポート331,351:開、他のポート:閉)。洗浄液B保管槽350内の洗浄液B50μLは、流体によって遺伝子抽出エリア320に送液される。洗浄液Bとしては、50%以上の高濃度エタノールや酢酸カリウム溶液が好ましい。洗浄液Bにより、遺伝子抽出エリア
320に残留するカオトロピックイオンが除去される。そして遺伝子抽出エリア320を通過した洗浄液Bは廃液槽330に貯まる。(ステップ107)
【0045】
分析装置400内のバルブ430を切り替えてポート331,ポート351を閉じ、溶離液ポート361および反応槽ポート391を開く。そして溶離液ポート361にのみポンプ440から流体を流す(ポート361,391:開、他のポート:閉)。溶離液保管槽360内の溶離液10μLは、流体によって遺伝子抽出エリア320に送液される。ここで溶離液としては、滅菌蒸留水,TRIS−EDTAやTRIS−アセテート等のバッファ溶液が使用可能である。溶離液により、遺伝子抽出エリア320の遺伝子結合担体に捕獲されていた遺伝子が溶離する。溶離した遺伝子は反応槽390に送液される。
分析装置400内のバルブ430を切り替えて、ポート361を閉じ、遺伝子増幅試薬Aポート371を開く。そして遺伝子増幅試薬Aポート371にのみポンプ440から流体を流す(ポート371,391:開、他のポート:閉)。遺伝子増幅試薬A保管槽370内の遺伝子増幅試薬A10μLは、流体によって反応槽390に送液される。
【0046】
遺伝子増幅試薬Aとしては、4種類のdNTP(dATP,dCTP,dGTP,
dTTP),バッファ(TRIS塩酸,KCl,MgCl2 など)、プライマなどから構成される。送液用の気体は、反応槽ポート391に抜ける。(ステップ108)
【0047】
分析装置400内のバルブ430を切り替えてポート371を閉じ、遺伝子増幅試薬Bポート381を開く。そして遺伝子増幅試薬Bポート381にのみポンプ440から流体を流す(ポート381,391:開、他のポート:閉)。遺伝子増幅試薬B保管槽380内の遺伝子増幅試薬B30μLは、流体によって反応槽390に送液される。遺伝子増幅試薬Bとしては、DNA合成酵素(TaqDNAポリメラーゼ,TthDNAポリメラーゼ,
VentDNAポリメラーゼ,サーモシーケナーゼなど),蛍光色素(エチジウムブロマイド,SYBR GREEN(Molecular Probe 製),FAM,ROXなど)などから構成される。(ステップ109)
【0048】
次に、(ステップ110)
以上の手順により、分析チップ300の反応槽390に細菌遺伝子と2種類の遺伝子増幅試薬が導入される。
【0049】
反応槽390内の細菌遺伝子を増幅・検出するために、温度制御機構415を駆動し、反応槽390の温度が下記の2種類の設定値を往復するように温度サイクルをかける。
(ステップ111)
【0050】
温度サイクル例としては、下記の程度を実施する
「90〜95℃10〜30秒⇔65〜70℃10〜30秒」×30〜45回
好ましい一例として、以下の温度サイクルを実施する。
「94℃30秒⇔68℃30秒」×45回
温度サイクルをかけながら、光源450からの励起光を反応槽390に照射する。遺伝子は、2本鎖の内部にインターカレートした蛍光色素を有すると、吸収した光源450の光エネルギーを蛍光色素に渡す(エネルギー転移)。その結果、蛍光色素は励起されて蛍光を発する。試料中に目的遺伝子が存在した場合、遺伝子が増幅するに従って発する蛍光量が増加する。よって、温度サイクルの間、光検出器475により反応槽390内の蛍光量をモニタすることで、図7に示されるように、目的遺伝子の有無をリアルタイムに検出可能となる。なお、分析チップ300を分析装置400に縦置きにセットすることにより、温度サイクル中の反応物質の一部が蒸発し、蒸気が反応槽390上部に滞留しても、蛍光を検出する反応槽390の側面は蒸気によって曇らない、よって検出感度が低下しない、という長所を有する。(ステップ112)
【0051】
分析が完了した時、分析チップ300を分析装置400から取り出し、廃棄する(ステップ113)。試料や試薬の後処理が必要ない上に、反応検出部の洗浄操作が必要ないため、簡便・迅速な分析を提供することができる。
【0052】
捕集チップおよび分析チップと、捕集機および分析装置を組み合わせて使用することで、細菌の捕集から細菌の検出までの工程が2種類の小型のチップ内で自動化される。細菌芽胞の処理や遺伝子抽出工程に人手を一切介さないため、誰でも安全に分析が可能である。さらに、細チップ内にバルブ等の機械部品が含まれないので、使い捨て用途に好適なチップが提供できる。また、反応槽や流路を微細加工により作製し容積を微小化した結果、試薬量が削減され低コストとなるだけでなく、温度制御が迅速,混合が迅速,反応が均一といった長所が得られる。さらにディスポーザブルなチップに予め1検査分のみの試薬を内蔵し、チップを冷蔵・冷凍した状態でユーザーに提供することで、極めて簡便・迅速な遺伝子の検出が可能、かつ分析後に試薬と共に処分しうる分析チップとすることができる。
【0053】
実施例1において、分析チップ300内の反応槽390の個数が1個の例を示した。しかし、検査する対象他に応じる等の観点で、反応槽390が複数個であってもよい。その場合、検査対象の各細菌に対応したプライマが必要となるため、プライマを包含する遺伝子増幅試薬Aの保管槽も複数個必要となる。さらに、複数の反応槽390内の反応を検出するために光源450からの励起光の照射位置を反応槽390に対して切り替える必要があるが、1枚の分析チップ上で複数の細菌を同時に検査できる長所を有する。
【0054】
実施例1において、捕集チップ200と分析チップ300をセットするチップ設置部が一つの例を示した。しかし、捕集チップ200の処理と分析チップ300の処理を同時に平行して行うために、チップ設置部を2箇所設けることも可能である。捕集チップ200の処理工程では、光学検出系が不要のため、流体系,温調系を2系統にすることで2つのチップ設置部を設けることができる。装置のサイズが若干大きくなるが、捕集チップと分析チップを同時処理することで、多検体の処理時間を短縮することができる。
【0055】
実施例1に対して、分析チップ300の底部に、水晶振動子や表面弾性波素子などの圧電素子を設置する。圧電素子は、その電極上に付着した重さを発振周波数の変化に定量的に変換することから、微量な質量変化を反応雰囲気下で連続的に測定できる。そこで、所定の予め塩基配列が既知の様々なヌクレオチドを圧電素子に固定しておく。固定方法は次のようにすることが良い。
【0056】
圧電素子の電極上にスパッタリング,蒸着などの方法でガラス薄膜を形成する。ガラスとしては、電極素材であるクロムやチタンと最も接着性のよいSiO2 を主成分としたものが好ましい。このガラス薄膜にアミノプロピルトリメトキシシラン(APS)を添加し、120〜160℃程度でベークすると、ガラス薄膜の表面にアミノ基が固定される。ここで、電極とガラス薄膜の厚みがそれぞれ0.1 〜1μmであることが好ましい。双方の厚みが1μmを超えると、圧電素子の周波数応答が悪くなるためである。さらに、アミノ基がコーティングされたガラス薄膜にヌクレオチドを塗布し、恒温恒湿槽内で37℃、湿度90%で1時間保温する。その後、UVクロスリンカーを用いて60mJ/cm2 の紫外線を圧電素子に照射することで、ヌクレオチドは圧電素子に強固に固定される。
【0057】
試料から遺伝子を抽出するまでの工程は実施例1と同じである。そして反応槽390に送液された遺伝子を温度制御機構413により94℃付近まで昇温すると、遺伝子は熱変性して一本鎖となる。この一本鎖遺伝子とチップ底部上に固定されたヌクレオチドが結合したとき、圧電素子の発振周波数が変化する。よって、この周波数変化を測定することにより、固定したヌクレオチドと相補的な遺伝子の配列を読み取りが可能となる。
【0058】
液中で圧電素子を使用した場合、液温が1℃変化すると周波数は15〜30Hz変化するため液温の正確な制御が必須となるが、本実施例では、遺伝子増幅試薬が不要となり、また温度サイクルが要らないため検出時間が短くなる長所がある。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の一実施の形態である細菌検知の手順を示すフローチャート図である。
【図2】一実施の形態である細菌検知システムの構成を示す図である。
【図3】捕集機の主要部の構成を示す図である。
【図4】捕集機の前端部の構成を示す図である。
【図5】捕集チップの平面構成を示す図である。
【図6】捕集チップの断面構成を示す図である。
【図7】分析チップの平面構成を示す図である。
【図8】分析チップの断面構成を示す図である。
【図9】分析チップの遺伝子抽出エリアの堰を示す図である。
【図10】分析チップの廃液槽の構成を示す図である。
【図11】分析装置の主要部の構成を示す図である。
【図12】分析装置の断面構成を示す図である。
【図13】分析装置の基板の構成を示す図である。
【図14】流体ハンドリングのプロファイルを示す図である。
【符号の説明】
【0060】
100…捕集機、110…蓋部、120…ノズル部、130…チップ支持部、150…支持板、160…ファンモータ、170…排出口、180…制御部、181…表示部、
185…バッテリ、190…ケーシング、191…掴み部、200…捕集チップ、201…捕集材、241…チップポート、300…分析チップ、310…試料注入口、315…試料溜め、320…遺伝子抽出エリア、330…廃液槽、340…洗浄液A保管槽、350…洗浄液B保管槽、360…溶離液保管槽、370…遺伝子増幅試薬A保管槽、380…遺伝子増幅試薬B保管槽、390…反応槽、400…分析装置。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気中に浮遊する微生物を捕集機により吸引して捕集し、微生物中の遺伝子分析を行う微生物検知システムにおいて、
前記捕集機に設置され捕集材に前記微生物を捕集した後、前記捕集機から取り出し分析装置にセットされる捕集チップと、
前記捕集チップを前記分析装置にセットした状態で、前記捕集チップ内の試薬を送液し、前記捕集チップの中で前記微生物の芽胞の発芽および細胞膜の溶解の処理を行う分析装置と、
試料溜めと、遺伝子結合担体が充填された遺伝子抽出エリアと、吸収剤が充填された廃液槽と、洗浄液を保管する洗浄液保管槽と、遺伝子溶離液を保管する溶離液保管槽と、遺伝子増幅試薬を保管する遺伝子増幅試薬保管槽と、遺伝子の増幅・検出を行う反応槽と、がそれぞれ流路で形成され、正面に開口された試料注入口と、背面に開口されたチップポートと、を有した分析チップと、
を備え、前記捕集チップで処理された液の一部が前記分析チップへ移され、前記分析装置の送液手段により前記分析チップの中で遺伝子の抽出から検出までの処理が行われることを特徴とする微生物検知システム。
【請求項2】
請求項1に記載のものにおいて、前記廃液槽の内側を親水処理したことを特徴とする微生物検知システム。
【請求項3】
請求項1に記載のものにおいて、前記遺伝子増幅試薬保管槽以外の流路断面積は、前記遺伝子増幅試薬保管槽よりも小さいことを特徴とする微生物検知システム。
【請求項4】
請求項1に記載のものにおいて、前記遺伝子増幅試薬保管槽以外の流路断面積は、前記遺伝子増幅試薬保管槽の流路断面積の1/4以下であることを特徴とする微生物検知システム。
【請求項5】
請求項1に記載のものにおいて、前記遺伝子増幅試薬保管槽の流路形状はU字状にされたことを特徴とする微生物検知システム。
【請求項6】
請求項1に記載のものにおいて、前記遺伝子増幅試薬保管槽は、前記試料溜め及び前記洗浄液保管槽よりも上流の位置に配置されたことを特徴とする微生物検知システム。
【請求項7】
請求項1に記載のものにおいて、送液を行うために前記分析チップ内に不活性な窒素,ヘリウム,アルゴンのいずれかのガスが注入されることを特徴とする微生物検知システム。
【請求項8】
請求項1に記載のものにおいて、前記廃液槽内に、2種類の吸収剤が充填されることを特徴とする微生物検知システム。
【請求項9】
請求項1に記載のものにおいて、前記廃液槽の内側はプラズマ照射されることで樹脂表面が改質されていることを特徴とする微生物検知システム。
【請求項1】
大気中に浮遊する微生物を捕集機により吸引して捕集し、微生物中の遺伝子分析を行う微生物検知システムにおいて、
前記捕集機に設置され捕集材に前記微生物を捕集した後、前記捕集機から取り出し分析装置にセットされる捕集チップと、
前記捕集チップを前記分析装置にセットした状態で、前記捕集チップ内の試薬を送液し、前記捕集チップの中で前記微生物の芽胞の発芽および細胞膜の溶解の処理を行う分析装置と、
試料溜めと、遺伝子結合担体が充填された遺伝子抽出エリアと、吸収剤が充填された廃液槽と、洗浄液を保管する洗浄液保管槽と、遺伝子溶離液を保管する溶離液保管槽と、遺伝子増幅試薬を保管する遺伝子増幅試薬保管槽と、遺伝子の増幅・検出を行う反応槽と、がそれぞれ流路で形成され、正面に開口された試料注入口と、背面に開口されたチップポートと、を有した分析チップと、
を備え、前記捕集チップで処理された液の一部が前記分析チップへ移され、前記分析装置の送液手段により前記分析チップの中で遺伝子の抽出から検出までの処理が行われることを特徴とする微生物検知システム。
【請求項2】
請求項1に記載のものにおいて、前記廃液槽の内側を親水処理したことを特徴とする微生物検知システム。
【請求項3】
請求項1に記載のものにおいて、前記遺伝子増幅試薬保管槽以外の流路断面積は、前記遺伝子増幅試薬保管槽よりも小さいことを特徴とする微生物検知システム。
【請求項4】
請求項1に記載のものにおいて、前記遺伝子増幅試薬保管槽以外の流路断面積は、前記遺伝子増幅試薬保管槽の流路断面積の1/4以下であることを特徴とする微生物検知システム。
【請求項5】
請求項1に記載のものにおいて、前記遺伝子増幅試薬保管槽の流路形状はU字状にされたことを特徴とする微生物検知システム。
【請求項6】
請求項1に記載のものにおいて、前記遺伝子増幅試薬保管槽は、前記試料溜め及び前記洗浄液保管槽よりも上流の位置に配置されたことを特徴とする微生物検知システム。
【請求項7】
請求項1に記載のものにおいて、送液を行うために前記分析チップ内に不活性な窒素,ヘリウム,アルゴンのいずれかのガスが注入されることを特徴とする微生物検知システム。
【請求項8】
請求項1に記載のものにおいて、前記廃液槽内に、2種類の吸収剤が充填されることを特徴とする微生物検知システム。
【請求項9】
請求項1に記載のものにおいて、前記廃液槽の内側はプラズマ照射されることで樹脂表面が改質されていることを特徴とする微生物検知システム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2007−209223(P2007−209223A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−30391(P2006−30391)
【出願日】平成18年2月8日(2006.2.8)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年2月8日(2006.2.8)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】
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