説明

微細加工方法

この出願の発明の微細加工方法は、熱によりガラス相転移を示しかつ熱収縮性を有する被加工プラスチック材料にパルスレーザー光を照射して、前記被加工プラスチック材料の表面もしくは内部にレーザー加工パターンを形成した後に、前記被加工プラスチック材料に対し、ガラス転移温度Tg以上の温度で加熱処理を行い、形成されたパターンを熱収縮により微細化することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
この出願の発明は微細加工方法に関するものである。さらに詳しくは、この出願の発明は、ナノ加工技術の進展に大きく寄与する、ガラス相転移を利用したレーザー加工による新しい微細加工方法に関するものである。
【背景技術】
従来より、レーザー光を用いた材料の加工が様々な目的、用途の観点から実施されてきており、レーザー光による微細加工についての検討も精力的に進められてきている。
たとえば、特開2003−236929号公報には、熱によるガラス相転移を示すプラスチック材料にパルスレーザー光を照射して、その内部に誘起構造部を形成する技術が提案されている。この技術では、パルスレーザー光照射による加工の際に、雰囲気温度を室温を超えて被加工プラスチック材料のガラス転移温度Tg未満で(Tg−30)℃以上としている。また、この特許公報には、雰囲気温度をガラス転移温度Tg未満とするのは、ガラス転移温度Tg以上とすると、誘起構造部が形成されても緩和してしまうからであることが示されている。すなわち、ガラス転移温度Tg以上の温度で加工すると、加工部位は流動性・柔軟性により緩和してしまい、加工痕が消滅してしまうとされている。
しかしながら、上記特許公報のような方法で、被加工プラスチック材料にレーザー光による微細加工を行おうとすると、回折という加工限界があり、ナノ・マイクロファブリケーションへの展開にとって大きな障害となっていた。
一方、最近、材料が三次元パターンを形成する自己組織化挙動を利用したナノ・マイクロファブリケーションへの関心が高まっている(たとえば、G.F.Grom,D.J.Lockwood,J.P.McCaffrey,H.J.Labbe,P.M.Fauchet,B.White,J.Diener,D.Kovalev,F.Koch,and L.Tsybeskov,Nature 407,358(2000)、B.Q.Wei,R.Vajtai,Y.Jung,J.Ward,R.Zhang,G.Ramanath,and P.M.Ajayan,Nature 416,495(2002)等)。この自己組織化挙動とは、たとえば温度、圧力、雰囲気ガス、成長時間その他の結晶成長条件を精密に制御しながら結晶成長させると、分子系、原子系が自発的に一定の模様やパターンを形成する現象である。
だが、レーザー光を用いる加工において、自己組織化挙動を利用することについては必ずしもその検討は進んでいないのが実情である。
【発明の開示】
この出願の発明は、以上のような背景から、レーザー光の回折による加工限界を克服し、三次元パターンの自己組織化挙動を利用してのナノ・マイクロファブリケーションへの展開をも可能とする、新しい微細加工方法を提供することを課題とする。
この出願の発明は、上記の課題を解決するものとして、第1には、熱によりガラス相転移を示しかつ熱収縮性を有する被加工プラスチック材料にパルスレーザー光を照射して、前記被加工プラスチック材料の表面もしくは内部にレーザー加工パターンを形成した後に、前記被加工プラスチック材料に対し、ガラス転移温度Tg以上の温度で加熱処理を行い、形成されたパターンを熱収縮により微細化することを特徴とする微細加工方法を提供する。
また、第2には、上記第1の発明において、形成されたレーザー加工パターンが前記加熱処理により消失しない被加工プラスチック材料を用いることを特徴とする微細加工方法を提供する。
また、第3には、上記第1又は第2の発明において、形成されたレーザー加工パターンが前記加熱処理により微細化するのみで、その形状は変化しないことを特徴とする微細加工方法を提供する。
また、第4には、上記第1から第3のいずれかの発明において、前記加熱処理の温度Tを、Tg≦T≦Tg+200℃とすることを特徴とする微細加工方法を提供する。
また、第5には、上記第1から第4のいずれかの発明において、前記被加工プラスチック材料の加工位置でパルスレーザー光のビームスポット径を100nm〜10μmに集光させて加工を行うことを特徴とする微細加工方法を提供する。
さらに、第6には、上記第5の発明において、パルスレーザー光の前記被加工プラスチック材料に対する集光を、開口数0.1〜1.4、倍率5〜100倍の対物レンズを用いて行うことを特徴とする微細加工方法を提供する。
この出願の発明によれば、レーザー光の回折による加工限界を克服し、三次元パターンの自己組織化挙動を利用してのナノ・マイクロファブリケーションへの展開をも可能とする、新しい微細加工方法が提供される。
通常、プラスチック材料はそのガラス転移温度Tg以上に加熱すると、加工パターンが緩和して消失してしまうことが常識となっている。ところが、熱によりガラス相転移を示しかつ熱収縮性を有するプラスチック材料は、その内部あるいは表面にレーザー加工パターンを形成した後、ガラス転移温度Tg以上に加熱しても、加工パターンが緩和、消失せずに、パターン形状を維持したままサイズのみが小さくなる。この出願の発明では、これを利用することにより、新しい方式のレーザー加工パターンの形成が可能となるばかりでなく、レーザー光の回折による加工限界を超える微細加工が実現される。
【図面の簡単な説明】
図1は、ポリスチレンフィルム上に絵を描画したサンプルをガラス転移温度以上の温度で加熱処理することにより、サンプルが面内方向に東方的に収縮した例を示す図で、(a)と(c)が加熱処理前のサンプル、(b)と(d)が加熱処理後のサンプル、(a)と(b)は同じスケール、(c)と(d)は同じスケールで示されている。
図2(a)は、焦点の、開口数NA=1.35の不遊対物レンズの焦点における正規化された光強度分布を示す図、図2(b)は、横方向光学座標と軸方向光学座標における焦点の光強度を示す図である。
図3は、ポリスチレンフィルムのSEM側面像を示す図であり、(a)と(b)が記録後のもの、(c)と(d)が記録後に加熱処理したもの、(e)と(f)が加熱処理した材料に対して記録をしたものである。
図4(a)は、ポリスチレンフィルム中に形成した回折格子の回折効率と回折角の関係の実験値と理論値をプロットした図、図4(b)はサンプルに形成された回折格子の構造(2×2mm)を白色光反射で撮像した画像を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下この出願の発明を好ましい実施の形態により詳細に説明する。
この出願の発明の微細加工方法は、熱によりガラス相転移を示しかつ熱収縮性を有する被加工プラスチック材料にパルスレーザー光を照射して、前記被加工プラスチック材料の表面もしくは内部にレーザー加工パターンを形成した後に、前記被加工プラスチック材料に対し、ガラス転移温度Tg以上の温度で加熱処理を行い、形成されたパターンを熱収縮により微細化することを特徴とする。
この出願の発明は、次のような観点からの発明者らによる検討によってなされたものである。すなわち、プラスチック材料の成形は、工業界において日常的に行われており、日常生活で使用される製品を始め各種製品が提供されている。プラスチックフィルム(シートを含むものとする)を製造する場合、プラスチック材料は、通常、溶融状態から急冷、加圧され、薄いフィルムにされる。一方、溶融したプラスチックが大気圧下で徐々に冷却すると、得られるプラスチックはガラス状構造となり、急冷して得られるものとは性質が大きく異なったものとなる。薄いフィルム状に成形されたプラスチック材料の応力緩和は、これを利用して、ナノ・マイクロファブリケーション作業に適用できる可能性がある。
そこで、発明者らは、プラスチックフィルム(ポリスチレンフィルム)の内部あるいは表面に予め形成されたパターンをサイズ変更(この出願の明細書では、このサイズ変更を「形状転移」とも称する)することが可能かにつき鋭意検討を行った。パターン形成には、パルスレーザー光を使用した。そして、ガラス相転移を示しかつ熱収縮性を有するポリスチレンフィルムの内部あるいは表面にパルスレーザー光で予めパターンを形成したものを、ポリスチレンのガラス転移温度Tg以上で加熱処理(アニーリング)することにより、パターンは微細化するがその形状は変化しないことを見出し、その知見に基づきこの出願の発明を完成するに至った。
なお、この出願の明細書において「パターン」とは、パルスレーザー光を照射して形成される空隙(ボイド)もしくは被加工プラスチック材料が化学的に改質された微小領域(スポット)の集合体により構成される構造体のことである。
この形状転移は、体積を全体として保存しながら二次元方向(面内方向)における圧縮と面内方向に垂直な3次元方向における膨張であり、急冷、圧縮されたプラスチック中の応力を緩和する熱活性化プロセスとして考えることができる。
ちなみに、発明者らが用いた検討したポリスチレンフィルムでは、フィルム面内方向にX軸、Y軸をとり、フィルム面に垂直な方向にZ軸をとった場合、形状転移は、X軸方向及びY軸方向にはそれぞれ約2倍の収縮であり、Z軸方向には約4倍の膨張であり、体積は全体として保存されていた。
この出願の発明による微細加工方法が加工対象とする被加工材料は、上記のとおり熱によりガラス相転移を示しかつ熱収縮性を有するプラスチック材料である。このような材料としては、ポリスチレン、アクリロニトリル−スチレン共重合体、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体などのスチレン系樹脂;ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル系樹脂;ポリメチルメタクリレートなどのメタクリレート系樹脂;ポリエーテルエーテルケトンなどのポリエーテルケトン系樹脂;ポリテトラフルオロエチレンなどのフッ素系樹脂;ポリイミド、ポリエーテルイミドなどのポリイミド系樹脂等の従来公知の各種材料を使用することができる。これらの材料は、種類が同じでも熱収縮性を発現するものと発現しないものがあり、熱収縮性は製造工程の選択や若干の構造改良によって発現させることができる。熱収縮性は、面内で等方的であってもよいし、異方的であってもよい。被加工プラスチック材料は、加熱処理により、形成されたレーザー加工パターンが消失しないものを用いることが好ましい。
被加工プラスチック材料に対するレーザー光によるパターン形成については、この出願の発明者もすでに提案している方法をはじめとして各種であってよい。なかでも、フェムト秒(10−12〜10−15秒領域のパルス幅)パルスレーザー光を用いた加工方法がナノ・マイクロファブリケーションを展望するためにも有用である。
パルスレーザー光は、被加工プラスチック材料の内部もしくは表面の加工位置において、ビームスポット径を10nm〜10μmとすることが好ましく、100nm〜1μmとすることがより好ましい。このようなビームスポット径であると、ナノ・マイクロファブリケーションへの有効な利用が期待できる。
パルスレーザー光の被加工プラスチック材料に対する照射時間は、加工パターンやレーザー光強度、パルス幅等により適当な値に設定されるが、同一スポットに対して0.1〜10秒程度である。
パルスレーザー光の被加工プラスチック材料に対する集光は、好ましくは開口数0.1〜1.4、倍率5〜100倍、より好ましくは開口数0.8〜1.4、倍率40〜100倍の対物レンズを用いて行うことが望ましい。このような対物レンズはナノ・マイクロメーター寸法の微細加工に好適である。
被加工プラスチック材料に対してレーザー加工パターンを形成した後の加熱処理は、処理温度Tを、被加工プラスチック材料のガラス転移温度Tg以上として行うが、Tg≦T≦Tg+200℃とすることがより好ましく、Tg≦T≦Tg+50℃とすることがより好ましい。加熱処理の処理温度Tの上限は、加熱処理により被加工プラスチック材料の熱分解を起こさない温度に相当し、一般的な汎用プラスチック材料の場合は、その上限はTg+200℃である。この出願の発明の技術は被加工プラスチック材料の熱収縮を利用するものであり、熱収縮を起こすことが形成パターンにとって必要条件であり、それはTg以上の温度で加熱処理を行えば十分である。一方、加熱処理温度が上昇するに従い、被加工プラスチック材料の熱分解は進行すると考えられる。従って、加熱処理温度の上限はTg+200℃であるが、好ましくはTg+50℃である。加熱処理温度Tが、ガラス転移温度Tg未満であると、形成されたパターンの熱収縮による微細化が行えず、Tg+200℃以下であると、レーザー加工パターンの微細化を維持し、被加工プラスチック材料の熱分解を避けるために好ましい。
また、加熱処理は、大気中で被加工プラスチック材料を加熱することで所望の微細化を達成できるが、大気中の加熱はしばしば被加工プラスチック材料の酸化による劣化を引き起こすことも予想される。従って、加熱処理は、好ましくは窒素、アルゴンなどの不活性ガス雰囲気下で行うものであり、より好ましくは市販の真空オーブン中で行う真空下での処理が望ましい。加熱処理時間は収縮が十分に誘起できる時間が必要であるが、加熱処理が長時間に及ぶと高分子鎖の流動により形成したパターンの変形の恐れも生じる。具体的には、加熱処理時間は数秒以上から10分以内が好ましい。
なお、レーザー加工には、チタン・サファイア・レーザー、半導体レーザー、色素レーザー等を用いることができる。
また、レーザー加工パターン形成後の加熱処理については、真空オーブン等の装置を用いることができる。
【実施例】
次に、この出願の発明を、実施例によりさらに詳しく説明するが、もちろん以下の例によって発明が限定されることはない。
先ず、記録材料としてポリスチレンフィルムを用い、その上に絵を描いたものをガラス転移温度Tg以上で加熱することにより、フィルム面内で絵が等方的に収縮する例について述べる。
記録材料として厚さ0.2mmで大きさがA4版のポリスチレンフィルム(Ukita社製、Acrysunday社製)を用い、縦65mm×横50mmにカットした。そのポリスチレンフィルムの上に、油性サインペンを用いて図1(a)のように絵を描画してサンプルとした後、130℃で2分間加熱処理を行った。ポリスチレンのガラス転移温度Tgは100℃であった。加熱処理前後のサンプルの状態をそれぞれ図1の(a)と(c)、(b)と(d)に示す。図1の(a)と(b)が同じスケールで、図1の(c)と(d)が同じスケールで、最小目盛りは0.5mmであった。
ポリスチレンのガラス転移温度Tgより高い温度での加熱処理により、サンプルは面内の縦横方向(X方向及びY方向)にそれぞれ約2.1倍収縮し(図1(b))、面内に垂直な方向(Z方向)に約4、4倍延伸(膨張)した(図1(d))。
形状転移による体積変化は、Vafter/Vbefor=(1/x)・(1/y)・(z/1)≒99.8%であった。ここで、x、y及びzは、形状転移後の寸法を形状転移前の対応寸法の分数で表したものである。使用したポリスチレンフィルムの厚さを2倍(0.4mm)にしたときには、加熱処理後に寸法が12%小さく変化することが観察された。変化の程度は、加熱温度及び加熱時間に僅かに依存するものであった。
次に、この現象、すなわち形状転移を利用して、フェムト秒パルスレーザー光によってポリスチレン内部に記録されたパターンをサイズ変更した実施例について述べる。
フェムト秒パルスレーザー光によって記録されたヴォクセル(3D画素)(ボリューム・エレメント)のサイズは、回折の法則及び収差により決まる焦点の断面より小さくすることができる。そして、サブマイクロメーター・スケールでヴォクセルの形成されたパターンの形状転移が誘起する変化をトレースすることが可能となる。
フェムト秒パルスレーザー装置としては、800nm波長で作動する再生増幅器(Spitfire;Spectra Physics社製)及び顕微鏡(IX70;Olympus社製)を備えたレーザー発振器(Tsunami;Spectra Physics社製)を用いた。PZTステージ(PI;Polytec社製)を用いて、予めプログラムされた加工パターンに従ってサンプル(ポリスチレンフィルム:厚さ0.2mm;Acrysunday社製)を走査した。パルス・エネルギーの安定性は約3%〔2乗平均平方根(rms)値〕であった。レーザー光は、1.35の開口数(NA)で設定した倍率100倍の顕微鏡対物レンズ(UplanAPO100)によってサンプルの内部に集束させた。サンプルと対物レンズは液浸油を用いて接触させた。液浸油とポリスチレンとの屈折率がほぼ同じ(n≒1.52)であったので、収差を最小限にすることができた。焦点の実際の径は、対物レンズの入口における入射ビームのトランケーション率及びビームの均一性に依存し、正確に評価できる。
パルス・エネルギーは、固形液浸レンズ(SIL)を用いて電力計(OPHIR;Laserstar社製)によって照射点において直接測定した。焦点における記録光強度を計算するために、焦点におけるパルス幅をグルヌイユ法(Swamp Optics社製)によって測定し、パルス幅〔半値全幅(FWHM)〕を、周波数分析光学ゲート(FROG)アルゴリズム(Femtosecond Technologies社製)により求めた。焦点におけるパルス幅は、2%未満のFROG誤差で225±20フェムト秒であった(測定法の詳細は、S.Juodkazis et al.,Prc.SPIE,Advanced Laser Technologies ALT−02(2003(in press))に記載されている)。
パルス焦点、つまり記録に使用した“ライト・ペン”の空間寸法は、スカラー・デバイ理論によって評価した寸法に近く、屈折率n=1.5の媒体内の収差のない焦点について計算した(軸方向(Z方向)×横方向(X方向))≒(0.87×0.29)[μm](FWHM)であった。ここでは、アポディゼーション関数を正弦条件に従うように選択した。この手法は、不遊(アプラナティック)対物レンズでは標準的である。焦点における光強度は、点像分布関数(PSF)から計算した。点像分布関数は、焦点における電界振幅を定めるものである。高開口数レンズの焦点については、点像分布関数はデバイ理論から知ることができ、下記の式によって与えられる:

ここで、v=kr・sin(α)及びu=4kz・sin(α/2)は、それぞれ横方向(X方向)及び軸方向(Z方向)の各光学座標であり、k=2π/λは、焦点において波長λによって定められる波数であり、Jは、第1種のゼロ次ベッセル関数であり、そして、αは、焦点の半円錐角である。屈折率nの材料中の開口数は、NA=n・sin(α)であり、P(θ)=√cos(θ)は、正弦条件(aplanar focusing)を満足するアポディゼーション関数である。上記式(1)による計算の結果を図2に示す。図2(a)は、開口数NA=1.35の不遊対物レンズの焦点における正規化された強度分布I=|E(v,u)|[式(1)]を示し、横軸は波長λを単位としており、等表面(isosurface)(灰色で示されている)の強度閾値は1%に設定されている。図2(b)は、横方向(X方向)、軸方向(Z方向)における正規化された強度をプロットした図である。図2は、軸方向(Z方向)の焦点の大きさが今回の実験条件、すなわち、アスペクト比f≒3の下でのFWHMにおける横方向(X方向)の焦点の大きさより約2.95倍長いことを示している。
単一パルスレーザー光によってポリスチレン中に光学的に記録された空隙(ボイド)の寸法を、電界放射走査電子顕微鏡(SEM)(JSM−6700FT;日本電子株式会社製)によって測定した。サンプルをバイオマイクロトーム(UTC;Ultracut社製:軟質材料を内部の特徴を変形することなく切断することができる)によってスライスした後、厚さ数ナノメートルのPt膜を蒸着し、これをSEMで観察した。参考のため、加熱処理後のサンプルにも同様にパルスレーザー光を照射し、フェムト秒パルスレーザーによって記録されたヴォクセルの典型的な形態及びサイズを観察した。これらの結果を図3に示す。図3は、0.2mm厚ポリスチレンフィルム(Acrysunday社製)のSEM側面像であり、(a)と(b)が記録後のもの、(c)と(d)が記録後に加熱処理したもの、(e)と(f)が加熱処理した材料に対して記録をしたものである。記録光強度は約1.25×ILIDT(LIDTは光誘起損傷閾値のことである)、加熱処理は大気雰囲気中にて135℃で100秒間行った。図中のスケール・バーは1μmを示す。ここでは、記録ビーム伝播に沿った横断面を調べた。空隙が焦点において形成されていた。これらの空隙は、発明者らが文献(K.Yamasaki et al.,Appl.Phys.A 77,371(2003))において報告したポリメチルメタクリレートを用いたサンプル内部において観察されたような、変移した材料の高密度クラッドによって囲まれていた。
単一パルスレーザー光による空隙形成のメカニズムは、次のとおりである。絶縁破壊において、材料の高導電(金属性)状態がパルス・フロントの通過中に形成される時に、それに続くパルス・エネルギーがその材料の表皮厚さに焦点において吸収される。その吸収されたエネルギーは、結合エネルギーより大きくなり、高圧気相プラズマを形成するに十分となり、その結果、空隙が形成される。
ポリスチレンサンプルの面内方向の収縮と軸方向の膨張が、肉眼で観察された結果に正確に従うことが確認された〔図3(a)より(c)、矢印で示された転移〕。すなわち、同じサイズ変更の比率がサンプルの外周に観察された。光誘起損傷閾値に近いビーム強度1.25×ILIDTでポリスチレン中に記録された空隙の寸法は、直径が約0.25μm、長さが1μmであった。パルス・エネルギーによる光誘起損傷閾値は、8.5nJであり、そのフルーエンスは、4.5J/cmであり、ビーム強度は、20TW/cm(FWHM)であった。形状転移は、空隙の断面を大きくは変えないことが確認された〔図3(b)及び(d)〕。一方、空隙内の距離は、肉眼でも見える縮尺に正確に従っていた(図1)。形状転移により、体積が保存され、光透過率が変わらないことが確認されたので(誤差10%未満内)、材料の屈折率及び光吸収係数が何れも影響を受けなかったと推測される。これは、形状転移の前後で密度が一定のままであったということである。したがって、加熱処理をしないポリスチレンと加熱処理後のポリスチレンに記録された空隙の寸法を比較することは有益である。加熱処理を行ったポリスチレンに記録を行ったところ〔図3(c)及び(f)〕、パルス・エネルギーが約1.25×ILIDTのとき、10μm深さでの0.92×0.36[μm]断面の内部空隙をもった(その対応アスペクト比は、f=2.6)ヴォクセルと判明した。記録されたヴォクセルの寸法は、デバイ理論から導出された焦点サイズに比較的近いものであった(図2)。一方、ポリスチレンに記録された空隙のアスペクト比は、f=4であり〔図3(b)〕、それが、加熱処理後、4.7〔図3(d)〕に増加した。これらの値は、焦点の予想されたアスペクト比よりかなり大きい。
加熱処理前のポリスチレンに記録された空隙のf値が比較的大きいことは、絶縁破壊中の局部的な加熱によって説明でき、即ち、これによって、形状転移が局所的に発生したと説明できる。光誘起損傷閾値における1パルス当たりの記録パワーが、ガラス状材料の場合に約1〜2MWである自己収束の臨界パワーより遥かに低い38KWしかないことは注目に値する。これは、このレーザー記録が直接的なレーザーの書き込み(direct laser writing)であると考えられる所以である。すなわち、材料の光変性が焦点における光密度分布の割合に近接して従うことが期待できる。理想的な焦点と比較して空隙のアスペクト比が若干大きいのは、一部には収差によって引き起こされたものであるが、パルス伝播の非線形の効果によるものではない。
また、この発明の実施例において、形状転移プロセスを適用して、フェムト秒パルスレーザー光を走査することにより、ポリスチレンフィルム(厚さ0.2mm;Acrysunday社製)中に形成された回折格子のサイズの変更を行った。
ポリスチレン中の回折格子の形成は下記の条件で行った。
パルスレーザー光
波長:800nm
パルス幅:225±20フェムト秒
光強度:25TW/cm
対物レンズ
開口数NA:1.35
倍率:100倍
焦点の寸法
直径:約0.3μm
軸方向長さ:1μm
加熱処理前の回折格子
形状:10スリット格子
格子間隔:2.5μm
また、回折格子が形成されたポリスチレンフィルムの加熱処理は、130℃で120秒間行った。
加熱処理したサンプルの0次及び1次の回折強度を測定した。図4(a)は、この実験による回折効率η(四角)及び計算による回折効率η(曲線)と回折角θとの関係を示している。回折格子形成直後(未加熱処理)のサンプルの回折効率は図中(1)、加熱処理したサンプルの回折格子の回折効率は図中(2)で示してある。実験値ηはη=I/(I+I)[I、Iはそれぞれ0次、1次の回折強度である]として求めた。図4(b)はサンプルに形成された回折格子の構造2×2mmを白色光反射で撮像したものである。回折効率は、下記の式によるマルチスリットのものとして計算した。

ここで、I及びIは、それぞれ入射光と透過光との強度であり、Nは、スリットの数であり、相パラメーターβ=(1/2)kb・sinθ及びγ=(1/2)kb・sinθは、開口長b、周期h、波動ベクトルk=2π/λ、波長λ及び回折角θによって決定される。式(2)は回折格子の回折効率の角度依存度を記述しているので、理論的なシミュレーションは、ポリスチレンに記録された回折格子による回折に適用される場合にのみ定量的なモデルとして考慮できる。形状転移の際にコアにおいて約0.3μmの空隙を有する2.5μm周期格子の収縮が、理論的な曲線が式(2)によって10スリット格子について計算された場合の回折効率(図4)を測定することによって定性的に確認された。ここで見られる通り、格子周期の2倍の減少が回折効率を増大させ、理論から予想される通り回折角も約2倍高かった。この実験は、低コストのポリスチレンで行ったが、この原理を確認しており、形状転移がフォトニクスへの応用に有用であることを示している。
フェムト秒レーザー・ファブリケーションは、先に発明者らが報告した通り、約0.4μmの断面寸法を有する空隙及びチャンネルをポリメチルメタクリレートにおいて記録する能力がある(K.Yamasaki et al.,Appl.Phys.A 77,371(2003))。よって、約100nmの特徴寸法を有するポリマーのナノ微細構造化がフェムト秒マイクロファブリケーションに手の届くところにあると期待できる。加えて、この出願の発明による形状転移は、更に、記録された空隙のパターンを変形することを可能とすると期待される。
たとえば以上詳しく例示説明したとおり、ポリスチレンをガラス転移温度以上の温度で熱処理することによって、ポリスチレンに記録されたパターンのサイズを変更することができる。ポリスチレンに記録された空隙の寸法は、形状転移後もほぼ変わらないことが認められた。この現象は、プラスチック材料のナノ・マイクロファブリケーション構造化に適用することができる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱によりガラス相転移を示しかつ熱収縮性を有する被加工プラスチック材料にパルスレーザー光を照射して、前記被加工プラスチック材料の表面もしくは内部にレーザー加工パターンを形成した後に、前記被加工プラスチック材料に対し、ガラス転移温度Tg以上の温度で加熱処理を行い、形成されたパターンを熱収縮により微細化することを特徴とする微細加工方法。
【請求項2】
形成されたレーザー加工パターンが前記加熱処理により消失しない被加工プラスチック材料を用いることを特徴とする請求の範囲第1項の微細加工方法。
【請求項3】
形成されたレーザー加工パターンが前記加熱処理により微細化するのみで、その形状は変化しないことを特徴とする請求の範囲第1項又は第2項の微細加工方法。
【請求項4】
前記加熱処理の温度Tを、Tg≦T≦Tg+200℃とすることを特徴とする請求の範囲第1項から第3項のいずれかの微細加工方法。
【請求項5】
前記被加工プラスチック材料の加工位置でパルスレーザー光のビームスポット径を100nm〜10μmに集光させて加工を行うことを特徴とする請求の範囲第1項から第4項のいずれかの微細加工方法。
【請求項6】
パルスレーザー光の前記被加工プラスチック材料に対する集光を、開口数0.1〜1.4、倍率5〜100倍の対物レンズを用いて行うことを特徴とする請求の範囲第5項の微細加工方法。

【国際公開番号】WO2005/068163
【国際公開日】平成17年7月28日(2005.7.28)
【発行日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517144(P2005−517144)
【国際出願番号】PCT/JP2005/000798
【国際出願日】平成17年1月17日(2005.1.17)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】