説明

心房細動判定装置、心房細動判定方法およびプログラム

【課題】脈波信号および心電図の波形信号などのRR間隔が計測可能な信号において体動ノイズの影響が含まれていても、その信号から心房細動を判定すること。
【解決手段】本発明の心房細動判定装置は、心電または脈波の検出結果を示す検出波形信号を取得する取得部と、前記取得された検出波形信号の周波数解析により得られる各フレームのスペクトルに基づいて、フレーム毎にRR間隔に相当するパラメーターを算出し、当該パラメーターの時間変化を示すRR波形信号を算出するRR間隔算出部112と、前記RR波形信号における予め決められた周波数帯域のパワーの時間変化を算出するパワー算出部113と、前記算出されたパワーが特定の条件を満たすか否かを判定し、判定結果に応じた情報を出力する判定部114とを具備することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心房細動を判定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
心臓疾患に関する医療分野において、心房細動を判定する技術がある。特許文献1には、1拍毎の心電図から得られるRR間隔を計測し、その標準偏差と度数分布とに基づいて、心房細動を判定する技術が開示されている。非特許文献1には、心房細動はRR間隔が不規則であり、心房細動の心拍の周波数解析をすると1/fβ成分が存在し、そのゆらぎのため白色雑音状になることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−89883号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Hayano J, Yamasaki F, Sakata S, Okada A, Mukai S, Fujinami T 「Spectral characteristics of ventricular response to atrial fibrillation.」 Am J Physiol 1997; 273 : H2811-H2816
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した特許文献1および非特許文献1においては、正確な心房細動の判定には、1拍毎のRR間隔を正確に計測する必要がある。このRR間隔の計測にあたっては、心電を測定して得られる心電図の波形信号から計測することも可能であるが、脈波を測定して得られる脈波信号から計測することも可能である。
【0006】
ところが、脈波を測定する場合には、測定中に被験者が自由に動きまわることができる場合が多いことから、体動ノイズの影響が脈波信号に含まれやすい。心電を測定する場合においても、脈波を測定する場合と比べて程度の差はあるものの、体動ノイズの影響が心電図の波形信号に含まれる場合がある。このように体動ノイズの影響を受けた場合には、1拍毎のRR間隔を正確に計測することは非常に困難である。
そのため、特許文献1および非特許文献1に開示された技術のように、1拍毎の正確なRR間隔を計測することを前提としている場合には、体動ノイズの影響が含まれる信号を用いて心房細動の判定を行うことはできなかった。
【0007】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、その目的の一つは、脈波信号および心電図の波形信号などのRR間隔が計測可能な信号において体動ノイズの影響が含まれていても、その信号から心房細動を判定することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述の課題を解決するため、本発明は、心電または脈波の検出結果を示す検出波形信号を取得する取得部と、前記取得された検出波形信号の周波数解析により得られる各フレームのスペクトルに基づいて、フレーム毎にRR間隔に相当するパラメーターを算出し、当該パラメーターの時間変化を示すRR波形信号を算出するRR間隔算出部と、前記RR波形信号における予め決められた周波数帯域のパワーの時間変化を算出するパワー算出部と、前記算出されたパワーが特定の条件を満たすか否かを判定し、判定結果に応じて心房細動の有無に関する情報を出力する判定部とを具備することを特徴とする心房細動判定装置を提供する。
この心房細動判定装置によれば、脈波信号および心電図の波形信号などのRR間隔が計測可能な信号において体動ノイズの影響が含まれていても、その信号から心房細動を判定することができる。
【0009】
また、別の好ましい態様において、前記周波数帯域の最低周波数は、前記フレームの時間の逆数以上であることを特徴とする。
この心房細動判定装置によれば、心房細動の判定の精度を向上させることができる。
【0010】
また、別の好ましい態様において、検出対象者の前記心電または前記脈波を検出する検出部と、前記判定部によって出力された情報に基づいてユーザーに報知する報知部とを具備し、前記取得部は、前記検出された結果に応じて得られる検出波形信号を取得することを特徴とする。
この心房細動判定装置によれば、検出対象者がリアルタイムに心房細動の判定結果を確認することができる。
【0011】
また、別の好ましい態様において、前記取得部は、前記検出波形信号に対して、体動ノイズ成分を低減するフィルター処理を施し、前記検出波形信号として出力するノイズ低減部を備えることを特徴とする。
この心房細動判定装置によれば、心房細動の判定の精度を向上させつつ、検出対象者がリアルタイムに心房細動の判定結果を確認することができる。
【0012】
また、本発明は、心電または脈波の検出結果を示す検出波形信号を取得する取得ステップと、前記取得された検出波形信号の周波数解析により得られる各フレームのスペクトルに基づいて、フレーム毎にRR間隔に相当するパラメーターを算出し、当該パラメーターの時間変化を示すRR波形信号を算出するRR間隔算出ステップと、前記RR波形信号における予め決められた周波数帯域のパワーの時間変化を算出するパワー算出ステップと、前記算出されたパワーが特定の条件を満たすか否かを判定し、判定結果に応じて心房細動の有無に関する情報を出力する判定ステップとを具備することを特徴とする心房細動判定方法を提供する。
この心房細動判定方法によれば、脈波信号および心電図の波形信号などのRR間隔が計測可能な信号において体動ノイズの影響が含まれていても、その信号から心房細動を判定することができる。
【0013】
また、本発明は、コンピューターを、心電または脈波の検出結果を示す検出波形信号を取得する取得部と、前記取得された検出波形信号の周波数解析により得られる各フレームのスペクトルに基づいて、フレーム毎にRR間隔に相当するパラメーターを算出し、当該パラメーターの時間変化を示すRR波形信号を算出するRR間隔算出部と、前記RR波形信号における予め決められた周波数帯域のパワーの時間変化を算出するパワー算出部と、前記算出されたパワーが特定の条件を満たすか否かを判定し、判定結果に応じて心房細動の有無に関する情報を出力する判定部として機能させるためのプログラムを提供する。
このプログラムによれば、脈波信号および心電図の波形信号などのRR間隔が計測可能な信号において体動ノイズの影響が含まれていても、その信号から心房細動を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施形態における脈波測定装置の外観を説明する図である。
【図2】実施形態における脈波測定装置の構成を説明する図である。
【図3】実施形態における心房細動判定装置の機能構成を説明する図である。
【図4】検出波形信号の周波数解析を行うときのフレームを説明する図である。
【図5】RR間隔算出部における周波数特性を説明する図である。
【図6】RR波形信号の周波数解析を行うときのフレームを説明する図である。
【図7】心房細動として判定された期間を説明する図である。
【図8】実施形態における心房細動判定処理を説明するフローチャートである。
【図9】非特許文献1における技術を用いた心房細動の判定方法を説明する図である。
【図10】RR間隔算出部の処理を施してから非特許文献1における技術を用いた心房細動の判定方法に適用した場合を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<実施形態>
[脈波測定装置1の構成]
図1は、実施形態における脈波測定装置1の外観を説明する図である。本発明の実施形態における脈波測定装置1は、図1(a)に示すように、ユーザーである検出対象者の手1000における手首部分(腕)に腕時計のようにして装着される装置本体10と、検出部位に装着されて脈波を検出する脈波検出部20とを有する。装置本体10と脈波検出部20とは、ケーブル30により接続されている。ケーブル30は、脈波検出部20から出力される脈波信号(以下、検出波形信号Lという)を装置本体10に供給する一方、装置本体10からの電力を脈波検出部20に供給する。
【0016】
装置本体10には、リストバンド50が取り付けられている。装置本体10は、リストバンド50がユーザーの腕に巻き付けられることにより腕に装着される。装置本体10には、操作部14および表示部15が設けられている。操作部14は、ユーザーが脈波測定装置1に機能選択の指示などを入力するためのボタンスイッチなどの操作子である。操作部14には、表示部15上に設けられたタッチセンサーなどが含まれていてもよい。表示部15は、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイなどの表示デバイスである。
【0017】
図1(b)に示すように、脈波検出部20が装着される検出部位は、この例においては、手1000における人差し指の根元から第2指関節までの間の一部であるものとするが、脈波を検出できる部位であればどの部位であってもよい。脈波検出部20は、固定バンド40によって固定されることにより、検出部位に装着される。このとき、固定バンド40は、脈波検出部20を覆った状態であり、脈波検出部20の受光部には固定バンド40の外側からの光が到達しないように遮光する構成である。
【0018】
脈波検出部20は、以下のようにして脈波を検出し、検出結果を示す検出波形信号Lを出力する。脈波検出部20は、発光部(例えば、緑色LED(Light Emitting Diode))と受光部とを有する。脈波検出部20は、装置本体10からケーブル30を介して供給された電力に応じた光を発光部から照射する。脈波検出部20は、発光部からの光のうち、毛細血管中のヘモグロビンによって反射した光を受光部により受光し、受光レベルに応じた信号を、検出波形信号Lとして、ケーブル30を介して装置本体10に供給する。
【0019】
図2は、実施形態における脈波測定装置1の構成を説明する図である。脈波測定装置1は、CPU(Central Processing Unit)11、RAM(Random Access Memory)12、ROM(Read Only Memory)13、操作部14、表示部15、発振回路16、計時回路17、A/D変換回路18、増幅回路19を有する装置本体10と、脈波検出部20とを有する。増幅回路19および脈波検出部20を除く各構成は、バスを介して接続されている。
【0020】
CPU11は、ROM13に記憶されている制御プログラムにしたがって、各部の制御およびデータの転送などを行う。RAM12は、、検出波形信号Lなどの生体情報、およびCPU11における制御プログラムの実行中に発生する各種データを一時記憶する。CPU11は制御プログラムを実行することにより、心房細動判定機能を実現し、脈波測定装置1を心房細動判定装置として機能させる。なお、CPU11は、制御プログラムを実行することにより、心房細動判定機能以外の様々な機能を実現するようにしてもよい。これらの機能は、例えば、ユーザーが操作部14を操作することにより実現されるようにすればよい。
【0021】
操作部14は、上述したように、ユーザーの指示を脈波測定装置1に入力するためのボタンスイッチなどを有する。操作部14は、ユーザーによって操作されると、CPU11に対して、操作内容を示す操作信号を出力する。
表示部15は、上述したように、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイなどの表示デバイスを有し、CPU11によって表示内容が制御される。この表示内容は、例えば、時刻表示、各種メニュー画面、脈波測定結果、心房細動の判定結果などを示す各種画像である。
発振回路16は、制御の基礎となるクロック信号をCPU11に供給する。
計時回路17は、CPU11の制御により、時間を計測する。
【0022】
増幅回路19は、脈波検出部20からケーブル30を介して供給された検出波形信号Lを増幅する。増幅時のゲインは、CPU11の制御により設定される。
A/D変換回路18は、増幅回路19において増幅されたアナログ信号の検出波形信号Lを、デジタル信号に変換する。この例においては、サンプリング周波数は100Hzであり、脈波から得られるRR間隔に比べて十分高い周波数となっている。また、この例においては、量子化は10ビットで行われる。なお、サンプリング周波数、量子化ビットについては、必要とする精度に応じて異なる値に決められていてもよい。
続いて、CPU11によって実現される心房細動判定装置の機能構成(心房細動判定機能)について説明する。
【0023】
[機能構成]
図3は、実施形態における心房細動判定装置100の機能構成を説明する図である。心房細動判定装置100は、ノイズ低減部111、RR間隔算出部112、パワー算出部113、判定部114、および表示制御部115を有するとともに、各種データの記憶領域となる検出波形信号記憶領域121、RR波形信号記憶領域122、およびパワー波形信号記憶領域123の各機能構成により実現される。
【0024】
検出波形信号記憶領域121は、A/D変換回路18によってデジタル信号に変換された検出波形信号Lが記憶されるRAM12上に設けられた領域である。
ノイズ低減部111は、検出波形信号記憶領域121に記憶された検出波形信号Lから、RR間隔に相当する周波数帯域以外の体動ノイズ成分を低減するフィルター処理を施して出力する。フィルター処理としては、例えば、ハイパスフィルター、バンドパスフィルター、適応フィルターなどによる処理である。ノイズ低減部111において体動ノイズ成分が低減された検出波形信号Lについては、一旦RAM12において記憶されるようにしてもよい。検出波形信号記憶領域121およびノイズ低減部111は、RR間隔算出部112において周波数解析に用いられる検出波形信号Lを取得する取得部として機能する。
【0025】
なお、この処理においては体動ノイズ成分が低減され、その影響が検出波形信号Lから減少することにはなるが、背景技術として示した技術(特許文献1、非特許文献1)において精密な心房細動の判定ができるほど、正確なRR間隔を計測することができるまでには至らない。
【0026】
RR間隔算出部112は、ノイズ低減部111において体動ノイズ成分が低減された検出波形信号Lについて、サンプリング毎にフレームを切り出し、短時間での周波数解析(STFT(Short-Time Fourier transform)解析)により周波数スペクトルを算出する。そして、RR間隔算出部112は、算出した周波数スペクトルに基づいて、フレーム毎にRR間隔に相当するパラメータを算出し、このパラメータの時間変化を示すRR波形信号FRRを、RAM12上に設けられた領域のRR波形信号記憶領域122に記憶する。
【0027】
算出されるパラメータは、この例においては、フレーム内におけるRR間隔の平均を示す値(平均脈波RR間隔)であり、例えば、周波数スペクトルの最大ピークとなる周波数である。したがって、RR波形信号FRRは、平均脈波RR間隔の時間変化を示すことになる。RR間隔算出部112における処理により、ノイズ低減部111において体動ノイズが完全に除去されなくても、RR波形信号FRRに含まれる体動ノイズの影響を大幅に低減することができる。
【0028】
図4は、検出波形信号Lの周波数解析を行うときのフレームを説明する図である。図4に示す波形は検出波形信号Lの波形の例である。図4に示すように、各フレームの時間は、この例においては4秒であり、1秒毎にサンプリングされ周波数解析が行われる。すなわち、各フレームは1秒ずつずれて設定され、次のフレームと3秒間オーバーラップしている。このように、サンプリングタイミング、フレームが設定されているため、平均脈波RR間隔はRR間隔の4秒間における平均値であり、RR波形信号FRRは1秒毎の平均脈波RR間隔の変化を示すものとなる。
【0029】
図5は、RR間隔算出部112における周波数特性を説明する図である。RR間隔算出部112において、上述のように設定したフレームで周波数解析を行うことは、移動平均処理における周波数特性が重畳することと同等である。図5に示す周波数特性は、フレームの時間の4秒に相当する0.25Hzおよびその整数倍の周波数において谷が生じ、山の頂点を結ぶような全体的な傾向として、高周波数になるほどレベルが低くなる、すなわち、マイナスの傾きを持つ周波数特性となっている。フレームの時間が長くなるほど、この傾きは急になる。一方、フレームの時間が短くなると、傾きが「0」に近づくことになるが、検出波形信号Lにおける体動ノイズ成分の残存が多くなってしまう。そのため、フレーム時間は1秒以上5秒以下、望ましくは2秒以上4秒以下とするとよい。
【0030】
ここで、心房細動判定装置100の機能構成の説明を中断し、体動ノイズがほとんど存在しない理想的な心電図の波形信号から得られたRR間隔(心電RR間隔)を用いて、背景技術として示した非特許文献1に開示された技術により心房細動を判定する場合について説明する。また、この説明と対比して、この心電図の波形信号に対して、RR間隔算出部112における処理を施した波形信号(平均心電RR間隔)を用いて、非特許文献1に開示された技術によっては心房細動を判定することができないことについて説明する。
【0031】
図9は、非特許文献1における技術を用いた心房細動の判定方法を説明する図である。図9は、心電RR間隔の変動を示す波形信号について、480秒間を1フレームとし、そのフレームにおいて0.01Hzから0.2Hzの帯域で周波数解析を行い、ピーク周波数とパワーとを対数変換して表したグラフである。図9(a)は、心房細動を発症していないときの心電RR間隔を用いた場合を示し、図9(b)は、心房細動を発症しているときの心電RR間隔を用いた場合を示している。図中の直線は、プロットされたデータから得られる1次回帰直線を示す。これらのグラフから、1次回帰直線の傾きβと相関係数γとを算出すると、以下に示す結果となる。
【0032】
図9(a)に示す心房細動を発症していない場合においては、γ=−0.72、β=−1.29となる。また、図9(b)に示す心房細動を発症している場合においては、γ=−0.07、β=−0.13となる。このように、心房細動を発症している場合には、相関がなくなって白色雑音状になり、また、傾きβが「0」に近づくことがわかる。
一方、図9に示す場合と同じ心電RR間隔の変動を示す波形信号について、上述したRR間隔算出部112における処理を施した波形信号(平均心電RR間隔)を用いて、同様の解析を行った場合について、図10を用いて説明する。
【0033】
図10は、RR間隔算出部112の処理を施してから非特許文献1における技術を用いた心房細動の判定方法に適用した場合を説明する図である。図10においても、平均心電RR間隔の変動を示す波形信号について、480秒間を1フレームとし、そのフレームにおいて0.01Hzから0.2Hzの帯域で周波数解析を行い、ピーク周波数とパワーとを対数変換して表したグラフである。図10(a)は、心房細動を発症していないときの心電RR間隔を用いた場合を示し、図10(b)は、心房細動を発症しているときの心電RR間隔を用いた場合を示している。図中の直線は、プロットされたデータから得られる1次回帰直線を示す。
【0034】
図10(a)に示す心房細動を発症していない場合においては、γ=−0.68、β=−1.40となる。また、図10(b)に示す心房細動を発症している場合においては、γ=−0.41、β=−1.02となる。このように、非特許文献1に示す技術を適用した場合、心電RR間隔を用いたときには、図9に示すように心房細動の有無による違いが明確である。一方で、体動ノイズの影響を低減するために、平均心電RR間隔を用いたときには、図10に示すように、心房細動の発症の有無によるγ、βの有意差がなく、このデータからは心房細動の有無の判定が困難である。
【0035】
これは、上述した図5に示す周波数特性が重畳して現れ、傾きβがマイナス側に変化することが原因である。したがって、体動ノイズの影響を低減するために、RR間隔算出部112における処理を行うと、非特許文献1における技術を適用して心房細動の有無を判定することはできない。
一方で、心房細動が発症すると、図9(b)に示すように相関がなくなって白色雑音状になるが、図9(a)と図9(b)とを比較したときに、高周波数帯域側においてパワーが増大しているとも言える。本発明においては、このパワーの増大を指標として用いる構成である。
【0036】
例えば、図9、図10に示す例において、0.2Hz近傍の周波数帯域についてパワーを比較すると、以下のようになる。まず、心電RR間隔を用いた場合、心房細動を発症していないときのパワーが「1.59」、心房細動を発症しているときのパワーが「4.97」となる。また、平均心電RR間隔を用いた場合、心房細動を発症していないときのパワーが「0.05」、心房細動を発症しているときのパワーが「0.30」となる。このように、心房細動を発症しているときには、発症していないときに比べて、この周波数帯域のパワーが数倍に増加して有意差が見られる。したがって、この周波数帯域におけるパワーの変化は、心房細動の有無を判定する指標となり得る。
【0037】
図3に戻って説明を続ける。パワー算出部113は、RR波形信号記憶領域122に記憶されたRR波形信号FRRについて、短時間での周波数解析(STFT解析)を行い、得られる周波数スペクトルに基づいて、一部の周波数帯域(以下、算出周波数帯域という)のパワー(以下、帯域パワーという)を算出する。パワー算出部113は、算出した帯域パワーの時間変化を示すパワー波形信号Paを、RAM12上に設けられた領域のパワー波形信号記憶領域123に記憶する。
【0038】
図6は、RR波形信号FRRの周波数解析を行うときのフレームを説明する図である。図6に示す波形はRR波形信号FRRの波形の例である。図6に示すように、各フレームの時間は、この例においては120秒であり、60秒毎にサンプリングされ周波数解析が行われる。すなわち、各フレームは60秒ずつずれて設定され、次のフレームと60秒間オーバーラップしている。
【0039】
また、パワー算出部113において帯域パワーが算出される上述の算出周波数帯域は、予め決められ、この例においては、0.25Hzから0.5Hzまでの帯域であるものとする。これは、図5に示す周波数特性の2つの谷(0.25Hz、0.5Hzの谷)の間として決められている。これは、谷の部分におけるパワーは抑えられてしまうことから心房細動の有無の判定にはほとんど寄与しないため、心房細動の有無の判定に寄与する部分を中心に算出周波数帯域が決められている。すなわち、0.3Hzから0.45Hzまでの帯域といったように、算出周波数帯域は、さらに、周波数特性の谷の部分が除かれて、山の部分だけが含まれるように、その範囲が狭くなるように設定されていてもよい。
【0040】
ここで、算出周波数帯域の最低周波数(下限)と最高周波数(上限)とは、この例においては、RR間隔算出部112における周波数特性、すなわちRR間隔算出部112における周波数解析で用いるフレームの時間に応じて決められていた。一方で、上下限の周波数のいずれか一方、または双方の周波数は、必ずしもフレームの時間に応じて決められていなくてもよい。
【0041】
算出周波数帯域の最低周波数は、図9、図10に示すように、パワーの変化が明確となる0.1Hz以上、望ましくは0.2Hz以上であるとよい。このとき、最低周波数は、上述したように、RR間隔算出部112における周波数解析で用いるフレームの時間の逆数以上であることがさらに望ましい。
また、算出周波数帯域の最高周波数は、ナイキスト周波数による影響を考え、RR間隔算出部112における周波数解析のサンプリング周波数の1/2以下であることが望ましい。このとき、最高周波数は、上述したように、RR間隔算出部112における周波数解析で用いるフレームの時間の逆数の2倍以下であることがさらに望ましい。
【0042】
図3に戻って説明を続ける。判定部114は、パワー波形信号記憶領域123に記憶されたパワー波形信号Paについて、特定の判定条件を満たすか否かを判定し、判定結果に応じた情報を出力する。特定の判定条件とは、この例においては、判定時点から過去30分の観測時間に対して、パワー波形信号Paの値(帯域パワー)が、予め決められた閾値Pth(例えば「1」)を超えた時間が50%以上の割合となることである。すなわち、この特定の判定条件を満たす場合には、その判定時点において心房細動であると判定する。
【0043】
なお、特定の判定条件は、様々に設定可能であり、パワー波形信号Paの値が一定時間にわたって閾値Pthを超えた場合に心房細動であると判定されるようにしてもよい。また、30分の観測時間に対して、閾値Pthを超えた時間が50%未満であっても、閾値Pthを超えた回数が一定回数を超えていることを条件として、心房細動であると判定されるようにしてもよいし、30分間の帯域パワーの積分値が一定の値を超えていれば、心房細動であると判定されるようにしてもよい。
また、リアルタイムの判定で無ければ、上記の過去30分の観測時間ではなく、例えば、判定時点の前後15分ずつの観測時間としてもよい。
【0044】
図7は、心房細動として判定された期間を説明する図である。図7に示す波形は、パワー波形信号Paの波形の例であり、24時間にわたって脈波を検出して得られた波形である。期間Ta、Tb、Tcは、判定部114によって心房細動であると判定された期間を示している。この期間Ta、Tb、Tcにおいては、図7に示すように、パワー波形信号Paの値が、大きくなっている。
【0045】
図3に戻って説明を続ける。判定部114は、心房細動であると判定すると、その判定結果を示す情報を表示制御部115に出力する。判定部114から出力される情報は、例えば、心房細動であることの判定を示す情報など、心房細動の有無に関する情報であればよい。情報表示制御部115は、判定部114から出力された情報に基づいて、表示部15の表示内容を制御し、心房細動であると判定されたことを示す画像を表示させる。ユーザーは、この表示内容を見ることにより、心房細動であるか否かを確認することができる。なお、この表示内容は、リアルタイムに心房細動の判定結果を示す表示であってもよいし、心房細動であると判定された期間を示す表示であってもよい。
以上が、心房細動判定装置100の機能構成の説明である。続いて、心房細動判定装置100の動作(心房細動判定処理)について、図8を用いて説明する。
【0046】
[心房細動判定処理]
図8は、実施形態における心房細動判定処理を説明するフローチャートである。まずユーザーが操作部14を操作し、心房細動の判定処理を開始する指示が入力されると、CPU11は、図8に示すフローを開始する。CPU11は、ユーザーが操作部14を操作して、判定処理を終了する指示が入力されているか否かを判定する(ステップS110)。CPU11は、判定処理を終了する指示が入力されている場合(ステップS110;Yes)には、心房細動の判定処理を終了する。
【0047】
CPU11は、判定処理を終了する指示が入力されていない場合(ステップS110;No)には、脈波検出部20において脈波を検出させて検出波形信号Lを測定し(ステップS120)、ノイズ低減部111により体動ノイズ低減処理を行う(ステップS130)。このとき、CPU11は、検出波形信号LをRAM12の検出波形信号記憶領域121に記憶に記憶するが、体動ノイズ低減処理を行った検出波形信号Lを記憶するようにしてもよい。
【0048】
CPU11は、体動ノイズ低減処理を行った波形信号がRAM12に1フレーム蓄積されたか否かを判定する(ステップS140)。CPU110は、1フレームの蓄積がされていない場合(ステップS140;No)には、ステップS110に戻って処理を続ける。一方、1フレームの蓄積がされた場合(ステップS140;Yes)には、CPU11は、RR間隔算出部112により平均脈波RR間隔を算出する(ステップS210)。
【0049】
CPU11は、RR間隔算出部112により算出した平均脈波RR間隔をRR波形信号記憶領域122に記憶する(ステップS220)。この記憶領域に記憶された平均脈波RR間隔の時間変化はRR波形信号FRRとなる。
CPU11は、RR波形信号記憶領域122に記憶されたRR波形信号FRRが1フレーム蓄積されたか否かを判定する(ステップS230)。CPU110は、1フレームの蓄積がされていない場合(ステップS230;No)には、ステップS110に戻って処理を続ける。一方、1フレームの蓄積がされた場合(ステップS230;Yes)には、CPU11は、パワー算出部113により帯域パワーを算出する(ステップS310)。
【0050】
CPU11は、パワー算出部113により算出した帯域パワーをパワー波形信号記憶領域123に記憶する(ステップS320)。この記憶領域に記憶された帯域パワーの時間変化はパワー波形信号Paとなる。
CPU11は、記憶されているパワー波形信号Paを参照し、判定部114により、過去30分における帯域パワーの50%以上が閾値Pthを超えていることという心房細動の判定条件を満たすか否かを判定する(ステップS410)。CPU11は、判定条件を満たしていないと判定した場合(ステップS410;No)には、ステップ110に戻って処理を続ける。
一方、CPU11は、判定条件を満たしていると判定した場合(ステップS410;Yes)には、表示制御部115により心房細動であることの判定結果を表示部15に表示させ(ステップS420)、ステップS110に戻って処理を続ける。
【0051】
なお、CPU11は、ステップS110からステップS140の処理をステップS140の判定にかかわらず繰り返し実行してもよい。この場合、CPU11は、ステップS140においてYesとなる度に、ステップS110からステップS140の処理と並行して、ステップS210以降の処理を実行するようにしてもよい。このとき、ステップS230におけるNoの場合、または、ステップS410におけるNoの場合には、並行して実行したステップS210以降の処理を終了するようにすればよい。
以上が、心房細動判定処理の説明である。
【0052】
このように、本発明の実施形態における脈波測定装置1においては、1拍毎の脈波RR間隔の代わりに平均脈波RR間隔を計測することにより体動ノイズの影響を低減しつつ、心房細動の判定を行うことができる。
【0053】
<変形例>
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は以下のように、さまざまな態様で実施可能である。
[変形例1]
上述した実施形態においては、検出波形信号Lは、脈波検出部20において脈波を検出した結果を示す信号であったが、心電を検出した結果として得られる波形信号であってもよい。すなわち、RR間隔に相当するパラメーターが取得可能な波形信号であればよい。
【0054】
[変形例2]
上述した実施形態においては、心房細動判定装置100の機能構成としてノイズ低減部111が設けられていたが、必ずしも設けられていなくてもよい。この場合には、RR間隔算出部112は、検出波形信号記憶領域121から周波数解析を行う検出波形信号Lを取得すればよい。
【0055】
[変形例3]
上述した実施形態においては、心房細動判定装置100は、脈波測定装置1において実現されていたがが、パーソナルコンピューターなどの情報処理装置において実現されるようにしてもよい。この場合には、情報処理装置は、予め測定された検出波形信号Lを外部装置から取得して、検出波形信号記憶領域121に記憶するようにすればよい。そして、情報処理装置は、この検出波形信号Lを心房細動判定処理により解析して、心房細動の有無を判定すればよい。
【0056】
[変形例4]
上述した実施形態においては、装置本体10と脈波検出部20とは、ケーブル30により有線で接続されていたが、無線により接続されていてもよい。この場合には、装置本体10と脈波検出部20とは、脈波検出部20の制御に必要な制御信号および脈波検出部20において生成される検出波形信号Lなどの各種信号を無線通信によりやり取りすればよい。また、装置本体10および脈波検出部20のそれぞれにおいて電力を供給可能な電池などの構成を有するようにすればよい。
【0057】
[変形例5]
上述した実施形態においては、心房細動の判定結果が表示部15に表示され、ユーザーに報知されていたが、音、振動などにより報知されるようにしてもよい。例えば、音でユーザーに報知する場合には、スピーカー、および判定部114からの情報に基づいて、スピーカーの放音内容を制御する音制御部を設ければよい。また、振動でユーザーに報知する場合には、振動アクチュエーター、および判定部114からの情報に基づいて、振動アクチュエーターの振動内容を制御する振動制御部を設ければよい。このように、実施形態における表示制御部115および表示部15は、心房細動の判定結果に応じてユーザーに報知する報知部として概念することもできる。
【0058】
[変形例6]
上述した実施形態における制御プログラムは、磁気記録媒体(磁気テープ、磁気ディスクなど)、光記録媒体(光ディスクなど)、光磁気記録媒体、半導体メモリなどのコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記憶した状態で提供し得る。また、脈波測定装置1は、各プログラムをネットワーク経由でダウンロードしてもよい。
【符号の説明】
【0059】
1…脈波測定装置、10…装置本体、11…CPU、12…RAM、13…ROM、14…操作部、15…表示部、16…発振回路、17…計時回路、18…A/D変換回路、19…増幅回路、20…脈波検出部、30…ケーブル、40…固定バンド、50…リストバンド、100…心房細動判定装置、111…ノイズ低減部、112…RR間隔算出部、113…パワー算出部、114…判定部、115…表示制御部、121…検出波形信号記憶領域、122…RR波形信号記憶領域、123…パワー波形信号記憶領域、1000…手

【特許請求の範囲】
【請求項1】
心電または脈波の検出結果を示す検出波形信号を取得する取得部と、
前記取得された検出波形信号の周波数解析により得られる各フレームのスペクトルに基づいて、フレーム毎にRR間隔に相当するパラメーターを算出し、当該パラメーターの時間変化を示すRR波形信号を算出するRR間隔算出部と、
前記RR波形信号における予め決められた周波数帯域のパワーの時間変化を算出するパワー算出部と、
前記算出されたパワーが特定の条件を満たすか否かを判定し、判定結果に応じて心房細動の有無に関する情報を出力する判定部と
を具備することを特徴とする心房細動判定装置。
【請求項2】
前記周波数帯域の最低周波数は、前記フレームの時間の逆数以上である
ことを特徴とする請求項1に記載の心房細動判定装置。
【請求項3】
検出対象者の前記心電または前記脈波を検出する検出部と、
前記判定部によって出力された情報に基づいてユーザーに報知する報知部と
を具備し、
前記取得部は、前記検出された結果に応じて得られる検出波形信号を取得する
ことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の心房細動判定装置。
【請求項4】
前記取得部は、前記検出波形信号に対して、体動ノイズ成分を低減するフィルター処理を施し、前記検出波形信号として出力するノイズ低減部を備える
ことを特徴とする請求項3に記載の心房細動判定装置。
【請求項5】
心電または脈波の検出結果を示す検出波形信号を取得する取得ステップと、
前記取得された検出波形信号の周波数解析により得られる各フレームのスペクトルに基づいて、フレーム毎にRR間隔に相当するパラメーターを算出し、当該パラメーターの時間変化を示すRR波形信号を算出するRR間隔算出ステップと、
前記RR波形信号における予め決められた周波数帯域のパワーの時間変化を算出するパワー算出ステップと、
前記算出されたパワーが特定の条件を満たすか否かを判定し、判定結果に応じて心房細動の有無に関する情報を出力する判定ステップと
を具備することを特徴とする心房細動判定方法。
【請求項6】
コンピューターを、
心電または脈波の検出結果を示す検出波形信号を取得する取得部と、
前記取得された検出波形信号の周波数解析により得られる各フレームのスペクトルに基づいて、フレーム毎にRR間隔に相当するパラメーターを算出し、当該パラメーターの時間変化を示すRR波形信号を算出するRR間隔算出部と、
前記RR波形信号における予め決められた周波数帯域のパワーの時間変化を算出するパワー算出部と、
前記算出されたパワーが特定の条件を満たすか否かを判定し、判定結果に応じて心房細動の有無に関する情報を出力する判定部
として機能させるためのプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−55982(P2013−55982A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−194904(P2011−194904)
【出願日】平成23年9月7日(2011.9.7)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】