説明

心臓病組織を再生する方法

【課題】本発明の目的は、成長因子溶液と、成長因子の徐放が可能で注射可能なキャリアーとなる両親媒性ペプチド水溶液とを混合することによって、ナノ繊維の三次元的ネットワークを作製することであり、また、虚血心筋病モデルを使ってES細胞の移植効率を改良するときに、このナノ繊維の三次元的ネットワークから成長因子を徐放させることによって、プレ血管新生の実現可能性が高まるかどうかを調べることである。
【解決手段】我々は、ES細胞の分化と血管成長とを促進する新しいアプローチが、成長因子を含む注射可能な三次元足場を創出し、それが成長因子を持続的に放出し、血管新生を引き起こすのであろうと考えた。そして、本発明を完成することができた。すなわち、本発明は、幹細胞と、成長因子と、両親媒性ペプチドとを組み合わせることによって、心臓病組織を再生する方法を提供するものである。前記成長因子として好ましいものは、塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心筋梗塞の治療に役立つ心臓病組織再生方法に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
胚性幹(ES)細胞の移植は、血管新生と組織代替とを惹起する能力があることを基礎に、心臓血管疾患を処置する潜在的能力のある有力手段として出現してきた(非特許文献1参照)。移植されたES細胞が心臓機能を改善するメカニズムはまだはっきりしないけれども、ドナー細胞数あるいはドナー由来の筋量が、ES細胞の移植に続く心臓機能の分析に重要であることは明らかになってきている(B. Pouzet et al, 2001; K. Tambara et al, 2003)。それゆえ、グラフト量を増加させることはES細胞による治療効果を最大にする妥当な理由であろう。組織工学では、細胞を利用することにより、傷つき若しくは失われた器官に対し、天然組織を再生させ、あるいは生体代該物を製作させるようにデザインされようとしている。生体における細胞の利用を考えると、移植された細胞へ栄養及び酸素を十分に供給することは、細胞の生存・維持にとって必須であることは疑う余地もないことである(C.K. Colton, 1995)。十分な供給がなければ、足場に予め接種され、あるいは周囲の組織から足場のほうへ移動してきたほんの少数の細胞のみが生き残るだけであろう。細胞移植部位での血管網の急速な形成は、細胞に活力を供給するために有望な方法である。新しい毛細血管系を生じさせるこの「血管新生」と呼ばれるプロセスは、発達及び創傷治癒において生理的に観察されるプロセスである(P.J. Polverini, 1995)。
【0003】
bFGFは、そのような血管新生のプロセスを促進させる作用があると認められている(J.A. Ware et al, 1997)。成長因子は、生体中に既に存在する適当な細胞(例えば、内皮細胞)を刺激して、これを周囲組織から血管へと移動させ、増殖させ、最終的には血管へと分化させる(C.K. Colton, 1995)。しかし、これらタンパク質が溶液の形で注射された場合、注射部位から拡散による放出が起こるので、支えられた血管新生がいつも期待できるとは限らない。in vivoでの効率を上げる可能性ある一つの方法は、成長因子をポリマーキャリアーに取り込むことによって、成長因子を長時間に亘って制御的に放出(徐放)させることである。もしキャリアーが組織増殖と調和して生分解を受けるならば、それ(キャリアー)は、成長因子を放出するキャリアーマトリックスの機能に加えて、組織再生の足場としての機能をもつであろう。実際、媒介マトリックスと足場の組合せで用いられたときに、bFGFが血管新生を促進するといういくつかの報告がある(非特許文献2参照)。
【0004】
【非特許文献1】Orlic D, et al: Nature. 2001; 410:701-705
【非特許文献2】Y. Tabata et al:Tissue Eng. 1999; 5: 127-138
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、成長因子溶液と、成長因子の制御的放出(徐放)が可能で注射可能なキャリアーとなる両親媒性ペプチド(peptide amphiphile)水溶液とを混合することによって、ナノ繊維の三次元的ネットワークを作製することであり、また、虚血心筋病モデルを使ってES細胞の移植効率を改良するときに、このナノ繊維の三次元的ネットワークからの成長因子を徐放させることによって、プレ血管新生の実現可能性が高まるかどうかを調べることである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
〔発明の概要〕
心筋梗塞の治療にES細胞の移植は有効であるけれども、必要不可欠な血液供給については従来、十分に注意が払われていなかった。我々は、ES細胞の分化と血管成長とを促進する新しいアプローチが、成長因子を含む注射可能な三次元足場を創出し、それが成長因子を持続的に放出し、血管新生を引き起こすのであろうと考えた。そして、本発明を完成することができた。
【0007】
すなわち、本発明は、幹細胞と、成長因子と、両親媒性ペプチド(peptide amphiphile)とを組み合わせることによって、心臓病組織を再生する方法に関するものである。
【0008】
<略号>
本明細書で略号は以下の意味をもつ。
ES細胞:胚性幹細胞(embryonic stem cells)
PA:両親媒性ペプチド(peptide amphiphile)
bFGF:塩基性繊維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor)
PBS:リン酸塩緩衝液(phosphate-buffered saline)
【発明の効果】
【0009】
本発明方法は、投与された成長因子を、損傷を受けた器官部位内に留めおくのに有効であり、移植されたES細胞の生存に必要な酸素及び栄養素の供給に有効であり、そして、心筋梗塞の改善に有効である。
【発明の更に詳しい説明】
【0010】
上で述べたように、本発明は、幹細胞と、成長因子と、両親媒性ペプチド(PA;peptide amphiphile)とを組み合わせることによって、心臓病組織を再生する方法である。
ここで、幹細胞と、成長因子と、PAとを組み合わせる一つの方法として、幹細胞懸濁液と、成長因子溶液と、PA溶液とを心筋梗塞部位に同時的に注入して、直ちにPAゲルを形成させ、そのまま維持する方法をとることができる。そうすれば、組織再生が促進される。
ただし、このとき、使用(注入)前に成長因子とPA溶液とを混合しないように、注意を払わなければならない。何故ならば、成長因子(例えば、bFGF)とPA溶液との混合は急速なゲル様固体を生じさせ、これらを注射できなくなるからである。
一方、使用前に成長因子と幹細胞とを混合することは差し支えなく、また、使用前にPA溶液と幹細胞とを混合することもできる。
【0011】
上記成長因子として、塩基性繊維芽細胞成長因子(bFGF)、トランスフォーミング成長因子β1(TGF−β1)、骨形態形成タンパク質−2(BMP−2)、血管内皮成長因子(VEGF)、又は肝細胞成長因子(HGF)が使える。中でも、bFGFが好ましい。
【0012】
本発明を分かりやすく説明したものが、図1(記号の1:ES細胞、2:bFGF、3:PA)で、bFGFを取り込んだPAからのbFGFの制御的放出(徐放)を介した「血管形成と心筋由来ES細胞の移植」の模式図である。この図は、bFGFを取り込んだPAからのbFGF(これが、ES細胞をして心筋細胞へとより良く増殖させ分化させるもの)の投与の間に、血管形成がどのように起こるかを示している。ES細胞がそのような環境に面すると、それら細胞は閉じた系で、増殖及び心筋への分化のために必要な酸素及び栄養素を供給する新生血管と接触でき、生き残ることができるのである。
【発明の好ましい実施の形態】
【0013】
本発明で共通的に使用した材料及び方法は次の通り。
<試薬>
アミノ酸誘導体、誘導体樹脂は、桑和貿易(株)から購入した。ヒト・リコンビナントbFGF(MW=17000,等電点=9.6)は、科研製薬(株)から購入した。他の化学試薬は、和光純薬(株)から得た。使用した水はミリポア社のミリQ純水器で脱イオンした水である。
【0014】
<両親媒性ペプチド(PA)>
PAは標準的なFmoc化学(G.B.Fields et al, Int. J. Peptide Protein Res. 1990; 35: 161-169)を利用した全自動ペプチド・シンセサイザーで、0.5ミリモルのスケールで調製した。PAの化学構造は、RDG、グルタミン酸残基、4つのアラニンと3つのグリシン(A)を有し、これらに16個の炭素原子をもつアルキルテイルが繋がっている。合成されたペプチドは、C端カルボキシル基を有し、これは予め誘導体化されたワング樹脂を用いてつくった。PAは飛行時間型マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法を用いて分析し、所望の分子量をもつことを確認した。
【0015】
<細胞株、及びES細胞の培養>
129/Ola由来ES細胞株を用いた。この細胞株は、文献(Kawamura T. et al, J.Biol.Chem.2005;20:19682-8)に書かれているようにして、植え継ぎ、分化させた。ここで、ES細胞の分化は、EBs(embryonic bodies)の形成を通じ惹起させた。hanging drops中で2日間、インキュベートした後、分化用培地10mLと共にEBs60個を10cmペトリ皿に移し、浮遊EBsとして7日間培養した。その後、これらの細胞をバラバラに解離させ供給した。
【0016】
実施例1 自己凝集性PAナノファイバーの3次元ネットワークのイン・ビトロ形成とその評価
(a)自己凝集性PAナノファイバーの3次元ネットワークのイン・ビトロ形成
自己凝集性PAナノファイバーの3次元ネットワークの形成は、bFGFを2,10,30,及び50μg含むPBS(pH7.4)を使用して行なった。10μg又はそれ以上の量のbFGFを含む溶液と1wt%PA水溶液とを1:1(容量比)で混合すると、直ちに透明なゲル様固体が形成された。自己凝集性PAナノファイバーの3次元ネットワークは両親媒性ペプチド分子の凝集によって形成されたナノファイバー・ネットワークで構成されており、このプロセスは(PA)水溶液にbFGF懸濁液を添加することで引き金が引かれたのである。
ナノファイバーの形成は、PAの特殊な化学構造に著しく依存する。PAは、その種類、電荷及び環境に依存して、それ自身が凝集し、シート状にも、球体状にも、ロッド状にも、ディスク状にも、あるいは管状にもなりうる。親水性ヘッド基が疎水性テイル(狭い)基よりも少し嵩張っている円錐状PAは、柱状ミセルを形成したことが文献(J.D. Hartgerink et al, Science. 2001; 294,:1684-1689)に示されている。ここで合成されたPAは、炭素数16個の疎水性ドメイン、Aの親水性ドメイン及びグルタミン酸残基と、それにつづくRDGでつくられた円錐とから成る。グルタミン酸残基は、PAに対し、pH7.4で正味の負電荷を供与し、そのため、bFGF分子の正電荷はそれらの間の静電的反発から守ることができる。このように、静電的反発が電解質によって守られると、その分子(すなわち、PA)は水素結合を形成することにより、また、その疎水性部分と水分子との間の好ましくない接触によって集合するように仕向けられる。
【0017】
(b)形態学的観察
図2(A)は、bFGF溶液に1重量%PA水溶液を1:1(容量比)で加えることで生じたゲルの様子を示すものであり、図2(B)は、自己凝集して形成されたPAナノ繊維の三次元ネットワークのSEM(S-2380N型; 日立)写真を示すものである。自己凝集したPAナノ繊維のSEM写真は、直径が20〜30nmで、長さは数百nm〜数μmの、非常に高いアスペクト比及び大きな比表面積を有する繊維状ナノ繊維集合体の形成を示している。
【0018】
(c)自己凝集したPAナノ繊維からのbFGF放出の評価(イン・ビトロ)
bFGF放出のイン・ビトロ評価を蛍光スペクトロフォトメーターを用いて行なった。内在性のトリプトファン蛍光は、タンパク質溶液から、励起波長280nm、測定波長325nmで観察した。上で述べた方法と同様な操作で調製した自己凝集PAナノ繊維の固体ゲルをPBS30mlに投入し、37±1℃で、50rpmでゆっくりかき混ぜた。予め決められた所定間隔ごとにサンプル1mlをとるとともに、同量の新鮮な緩衝液(PBS)を加えた。サンプルの蛍光強度は、蛍光スペクトロフォトメーター(F−2000型,日立,Ex 280nm/Em 325nm)を用い測定し、そして、最初に加えたbFGFの値で除して放出bFGFの量(%)を求めた。各実験は、6サンプルについて別々に行なった。自己凝集したPAナノ繊維からのbFGFの放出量は、図3に示すように、pH7.0で時間の関数である。図示されるように、放出プロフィールは、開始後10hの間のタンパク質の「初めの急激な放出」(initial burst)と、それに続く長時間(750hまでの)の持続的放出とで特徴づけられている。
【0019】
実施例2 自己凝集したPAナノ繊維から放出されたbFGFにより引き起こされた血管新生のイン・ビボ評価
(a)方法
麻酔下に、PA水溶液50μlとbFGF溶液50μl(2、10、30、及び50μg)とを、別々に同時的に、雄マウス(5週齢;清水ラボラトリー)の背中皮下に注意深く注射した。その後、1、3、7、10、14、21、及び28日目に、これらマウスに麻酔薬を過剰に注射して殺し、引き続く生物学的調査のために、注射部位を含む皮膚(2×2cm)を注意深く切り取った。対照群としては、PA水溶液100μl又はbFGF溶液100μlを皮下に注射した。処置した部位周辺の組織状況を記録するために、皮膚切片の写真をとった。
組織学的評価のために、皮膚切片を注射部位の中央部で外科用メスによって切り取った。皮膚切片を10%中性ホルマリン溶液で固定し、パラフィン包埋し、切断し(厚み2mm)、引き続きヘマトキシリン及びエオシン(HE)で染色した。3匹の異なるマウスからの三つの断面写真を異なる倍率で撮った。
【0020】
(b)結果(PA有り又は無しでbFGFと共に処置したあとの血管形成)
図4は、bFGFのみの皮下注射、PAのみの皮下注射又はPAとbFGFの両方の皮下注射の7日後の各々のマウス皮下結合組織における組織切片を示す写真である。PA溶液と共にbFGFを注射したとき、注射部位で毛細血管が新しく形成された。bFGFのみの注射は血管形成に寄与せず、その組織外見はPA単独注射と同様であった。
【0021】
図5は、bFGFのみの皮下注射、PA溶液のみの皮下注射又はPAとbFGFの両方の皮下注射の7日後の各々のマウス皮下結合組織における組織学的切片の写真である。PAとbFGFの両方を皮下注射した部位の周りに、新しい血管が形成されたことは明らかである一方、bFGF溶液のみでは効果は見られない。問題となる重篤な炎症応答は観察されなかった。
【0022】
実施例3 エコー心電図で評価したときの処置後の心機能
(a)方法
<心筋梗塞(MI)モデル>
心筋梗塞をもつ雄の成熟したC57BL/6マウス(100〜160g)は、文献(S. Miyamoto et al, Circulation. 2006;113:679-90)に記載されているように近位左側下向冠状動脈(LAD)を5−0ポリプロピレン縫合糸で結サツすることによって調製した。
【0023】
<実験群>
LAD結サツの5週後に、中くらいの大きさのMI(梗塞サイズ:35%−55%)をもつマウス64匹を4群に分けた。対照群(n=18)では培地を注射した。グループI(n=18)では、損傷部へES細胞(3×10)を培地と共に移植した。グループII(n=18)では、bFGF(10μg)を取り込んだPAを注射し、また、グループIII(n=18)では、ES細胞(3×10)とbFGF(10μg)を取り込んだPAとを、細いシリンジを使って左心室壁の損傷組織の中央部に注射した。
【0024】
<エコー心電図>
エコー心電図による評価は、文献(K. Tambara et al, Circulation. 2005;112:129-134)に記載の方法に従って行なった。映像は、10−20MHz位相配列変換器(HP SONO 5500 映像システムを有する21380A型, Agilent Technologies社)を用いて記録した。
【0025】
<組織学的染色>
体外培養された心臓は組織学的検討を行なった。試験片は全て、注射点を含む短軸切断面によって半分に切断し、そのうちの一つはHE染色のために10%ホルマリンで固定し、他の一つはPKH26で標識したES細胞の蛍光顕微鏡観察のためにクリオミクロトームによって薄片に切断した。免疫組織化学は、先に記載の文献(K. Tambara et al, Circulation. 2005;112:129-134)にあるように、von Willebrand因子のため、また、分化したES細胞の心臓タンパクの検出のために行ない、この際、心臓トロポニンI(Santa Cruz Bio社)、心臓ミオシン重鎖(Cell Signaling社)及び心臓α−アクチニン(Santa Cruz Bio社)を用いた。
【0026】
<統計的分析>
全てのデータは、平均値±標準偏差(SD)で表し、統計的に分析した。Studentのt検定はpが0.05以下であるときに、統計的に有意差ありとして受け入れた。
【0027】
(b)結果
<心電図エコーによる心機能データ>
表1は、PA及びES細胞と共にbFGFを注射した場合の、梗塞した心臓の心機能をまとめたものである。処置前には、全ての実験群の間に心機能における有意な差は無かった。各々の処置の5週後に、グループII及びグループIIIにおけるLVDdは対照群におけるものよりも有意に小さかった。また、グループII及びグループIIIにおけるLVDsは、対照群におけるよりも有意に小さかった。三つ(グループI, II及びIII)のグループは、対照群よりも良好なFACであった。
【0028】
【表1】

【0029】
<イン・ビトロ及びイン・ビボにおける、ES細胞の心筋細胞への分化>
マウスのES細胞は、未分化状態(図6a)を維持するために、ゼラチン・コート培養皿の上で、白血球阻害因子(LIF)1000単位/mlを含む培地で培養した。分化を惹起するためには、ペトリ皿で7日間、hanging drop分析(図6b)して、その中にembryonic bodies (EBs)を産生させ、つづいてこれらのEBsをゼラチン・コートしたペトリ皿に移して分化を更に進行させた。鼓動するEBsの塊は9日目に見られた(図6c)。これら鼓動する塊が心筋であるかどうかを決定するために、心臓トロポニンI 、心臓ミオシン重鎖(β−MHC)、及び心臓α−アクチニンに対する免疫染色を実行した(図6d、6e、6f)。鼓動する塊が心筋であることを確認した。これらの細胞もまたイン・ビボで分化できるかどうかを決定するために、次に、7日目のEBsを各々の細胞にまでバラバラに解離させたのち、この細胞を受容細胞と区別するためにPKH26で標識した。3×10個の細胞をMIモデルのマウス心臓に注射し、その5週後にそのマウスを殺し、免疫化学的に分析するため注射部位を薄片化した。図6gは、PKH26で蛍光標識したES細胞のポジ写真である。免疫蛍光染色は、PKH26で蛍光標識されたES細胞の心臓ミオシン重鎖(MHC)に対して行なった。図6gにおける矢印は、心臓ミオシン重鎖(MHC)に対して陽性であることを示しており、図6hにおける矢印についても同様である。図6iにおける合体は、PKH26染色及び心臓ミオシン重鎖(MHC)に対する染色の二つを重ね合わせたものである。この結果は、ES細胞が心筋に分化したことを示している。
【0030】
<梗塞部位でのES細胞の維持に対するbFGF徐放の効果>
マウス心臓の梗塞部位に移植されたES細胞が維持されるかどうかを調べるために、7日目のEBsを各々の細胞までにバラバラに解離させ、受容細胞と区別するために、これをドナー細胞としてPKH26(PKH26 Red Fluorescent Cell Linker Mini Kit, Sigma Chemical Co.)で染色した。MI領域へのPKH26蛍光標識されたES細胞の移植5週後に、MI領域の中心部及び周縁部において標識ES細胞を観察した。図7のグループIIIに示されるように、他のグループと比べて、PKH26蛍光標識されたES細胞はMI領域の中心部及び周縁部(それぞれ、図7Dと図7H)で著しく増加していた。MI領域の中心部では、グループIとグループII(それぞれ、図7Bと図7C)の間で標識ES細胞の数に少し違いがある。図7Aと図7Eはそれぞれ梗塞部位中央部及び周縁部における対照群である。これらの知見は、高度に加水されたネットワークを通り抜ける栄養素、bFGF及び酸素の拡散が、大多数の細胞の長期間に亘る生存のために十分であることを示唆するものである。
【0031】
<bFGFの徐放による血管形成の亢進と左室壁の再生>
PAによるbFGFの徐放が、ES細胞が存在する梗塞部位中心部又は周縁部での血管形成を引き起こしているかどうかを調べた。複合物((A):バラバラに解離させたEBsのみを7日目にマウスの心臓の梗塞部位に注射、(B):bFGFと共に注射、(C):bFGF及びPAと共に注射、)を投与した5週後に、von Willebrand 因子(図8Cにおける矢印)に向けた免疫組織化学を用いて血管の数をカウントすることによって、梗塞部位中心部又は周縁部における血管密度を分析した。梗塞部位中心部における血管密度はグループIII(C)において他のグループよりも高かった(図8C)。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】bFGFを取り込んだPAのbFGF制御的放出(徐放)を介した血管形成と心筋由来ES細胞の移植を説明する模式図。下の部分は、注射可能なPAとbFGFとによる血管形成(これはプレ血管形成と呼ばれる)の惹起を示すものである。
【図2】イン・ビトロで自己凝集したPAナノ繊維の三次元ネットワークを示す写真。(A):PA溶液にbFGF溶液を添加することで生じたゲルの光学的顕微鏡写真で、bFGFの使用量は10μg。(B):この自己凝集したPAナノ繊維の三次元ネットワークのSEM写真。
【図3】自己凝集したPAナノ繊維からの、イン・ビトロでのbFGF放出速度を示すグラフ。bFGFの使用量は10μg。
【図4】処置7日後のマウス皮下結合組織における組織出現を示す写真で、その処置としては(A)がPAの皮下注射、(B)がbFGFのみの皮下注射、(C)がPAとbFGFの両方の皮下注射。bFGFの使用量は10μgで、横棒は5mmを表す。
【図5】処置7日後のマウス皮下結合組織における組織切片を示す写真で、その処置としては(A)がPAの皮下注射、(B)がbFGFのみの皮下注射、(C)がPAとbFGFの両方の皮下注射。bFGFの使用量は10μgで、横棒は200μmを表す。矢印は新たに生じた毛細血管を示す(倍率:×100、HE染色)。
【図6】ES細胞の心筋細胞への分化を示す写真で、(a−f)はイン・ビトロ、(g−i)はイン・ビボ。(a)〜(i)については本文参照。
【図7】保持物へ及ぼすbFGFの制御的放出(徐放)の影響と心筋梗塞部位におけるES細胞の増殖へ及ぼす影響を示す写真。A〜Hについては本文参照。
【図8】bFGFの制御的放出(徐放)によって引き起こされた血管形成及び左心室(LV)壁の再生亢進を示す写真。バラバラに解離させたEBs(embryonic bodies)を7日目に単独で(A)、bFGFと共に(B)、又はbFGF及びPAと共に(C)、マウス心臓の心筋梗塞部に注射した。
【符号の説明】
【0033】
1:ES細胞
2:bFGF
3:PA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
幹細胞と、成長因子と、両親媒性ペプチドとを組み合わせることによって、心臓病組織を再生する方法。
【請求項2】
請求項1の方法において、幹細胞懸濁液と、成長因子溶液と、両親媒性ペプチド溶液とを心筋梗塞部位に同時的に注入して、直ちに両親媒性ペプチドゲルを形成させ、組織再生を促進する方法。
【請求項3】
請求項1又は2の方法において、上記成長因子として塩基性繊維芽細胞成長因子(bFGF)を用いる方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−283991(P2008−283991A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2007−14521(P2007−14521)
【出願日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年7月31日 「melting pot No.7」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度文部科学省 科学技術総合研究委託研究 産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】