心身状態誘導システム
【課題】対象者の心身状態を適切に把握して、対象者が所望する状態、あるいは対象者が置かれている環境に適した状態に適切に誘導することのできる心身状態誘導システムを提供すること。
【解決手段】中枢神経活動情報検出部1及び自律神経活動情報検出部2によって得られた生理情報を基にして対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態を判別する心身状態判別部3と、対象者の身体の異なる場所のそれぞれに触覚系刺激を与える複数の刺激付与部5と、心身状態判別部3の判別結果に基づいて刺激付与部5のいずれかを選択し、その動作を制御することにより対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態の少なくともいずれか一方を変更する制御部4とを備える。
【解決手段】中枢神経活動情報検出部1及び自律神経活動情報検出部2によって得られた生理情報を基にして対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態を判別する心身状態判別部3と、対象者の身体の異なる場所のそれぞれに触覚系刺激を与える複数の刺激付与部5と、心身状態判別部3の判別結果に基づいて刺激付与部5のいずれかを選択し、その動作を制御することにより対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態の少なくともいずれか一方を変更する制御部4とを備える。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象者の生理情報から対象者の心身の状態を判別して、対象者の心身状態を、対象者が所望する状態、あるいは対象者の置かれている環境に適した状態に誘導する心身状態誘導システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の心身状態誘導システムとしては、例えば、特許文献1〜4に示すマッサージ機が知られている。
特許文献1に記載のマッサージ機では、対象者の心拍数、呼吸数、脳波等の生体情報のいずれかを検出して、その情報を基にしてマッサージ機構の動作速度を変更するように構成されている。
特許文献2に記載のマッサージ機では、対象者の脈拍、皮膚温度、皮膚電気抵抗等の生理情報を検出して、その情報に応じて効果的なマッサージを施すように構成されている。
特許文献3に記載のマッサージ機では、対象者に対するマッサージの効果を、対象者の脳波、皮膚電気活動、血圧、心拍、呼吸、脈拍などの生理指標からの推定、及び/若しくは使用者から入力された評価情報に基づいて評価し、この評価した結果を評価値とした直交表による評価試験を行って最適なマッサージ条件を決定するように構成されている。
特許文献4に記載のマッサージ機では、対象者の呼吸、心拍、脈拍のいずれかの生理情報を計測して、その情報に基づき、対象者の反応特性を考慮して評価指標を選択し、その評価指標に基づいてマッサージ刺激を制御するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平9−192186号公報(請求項1参照)
【特許文献2】特開2002−233558号公報(請求項1、段落番号0031参照)
【特許文献3】特開2002−291826号公報(請求項1、段落番号0021参照)
【特許文献4】特開2002−143250号公報(請求項1、請求項2参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来のマッサージ機では、効果的なマッサージを行うために、対象者の中枢神経活動又は自律神経活動のいずれかの生理情報が得られれば十分と考えられていた。特に、対象者の呼吸や心拍数等からの自律神経活動に関する生理情報は、マッサージ動作を制御するうえで重要なものとして位置付けられている。
【0005】
しかし、人の心身の状態と、人に与える触覚系刺激との関係については不明な点が多い。つまり、身体のどの場所にどのような触覚系刺激を与えれば、中枢神経活動及び自律神経活動を調整することができるのかということに関して明確な知見は得られていなかった。
【0006】
また、使用者から入力される質問紙等による主観評価に基づいてマッサージ条件を決定する構成では、主観評価が心身の状態を反映する場合としない場合が生じる問題がある。例えば、主観的に差異を殆ど認識していない時においても、血圧や脳活動等に明確な違いが観測される場合がある。
【0007】
従って、従来のマッサージ機では、マッサージ効果によって対象者の疲労を回復させることはできても、対象者の心身の状態を適切に評価した上で、対象者の心身の状態を対象者が所望する状態、あるいは対象者が置かれている環境に適した状態に適切に誘導することは困難であった。
【0008】
本発明の目的は、対象者の心身状態を適切に把握して、対象者が所望する状態、あるいは対象者が置かれている環境に適した状態に適切に誘導することのできる心身状態誘導システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の心身状態誘導システムの第1特徴構成は、対象者の中枢神経活動の生理情報を検出する中枢神経活動情報検出部と、対象者の自律神経活動の生理情報を検出する自律神経活動情報検出部と、前記中枢神経活動情報検出部及び前記自律神経活動情報検出部によって得られた生理情報を基にして前記対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態を判別する心身状態判別部と、前記対象者の身体の異なる場所のそれぞれに触覚系刺激を与える複数の刺激付与部と、前記心身状態判別部の判別結果に基づいて前記刺激付与部のいずれかを選択し、その動作を制御することにより前記対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態の少なくともいずれか一方を変更する制御部とを備える点にある。
【0010】
〔作用及び効果〕
本構成のごとく、対象者の中枢神経活動の生理情報を検出する中枢神経活動情報検出部と、対象者の自律神経活動の生理情報を検出する自律神経活動情報検出部とを備えることによって、対象者の中枢神経活動及び自律神経活動のそれぞれの生理状態が適切に把握される。そして、心身状態判別部がこれらの生理情報を基にして、対象者の中枢神経活動状態及び自律神経活動状態を適切に判別する。
【0011】
ここで本発明者らは、触覚系刺激を付与する対象者の身体の位置や触覚系刺激の種類によって、対象者の生理情報の応答挙動が異なることを見出している。つまり、対象者の体のある部分にマッサージ刺激(叩き、揉みなど)を付与することによって、身体の心拍数を増加又は低下させることが可能であり、また対象者の体の別の部分にマッサージ刺激(叩き、揉みなど)を付与することによって、脳血流を増加又は低下させることが可能であることを見出している。
【0012】
従って、中枢神経活動情報検出部、自律神経活動情報検出部及び心身状態判別部によって対象者の心身状態を適切に把握したうえで、制御部が適当な刺激付与部を選択し、その動作を制御することによって対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態の少なくともいずれか一方の状態を変更するようにすれば、対象者の心身の状態を、対象者が所望する状態、あるいは対象者が置かれている環境に適した状態に適切に誘導することができる。
【0013】
第2特徴構成は、前記中枢神経活動情報検出部が、前記対象者の脳血流を検出する点にある。
【0014】
〔作用及び効果〕
本構成のごとく、対象者の脳血流を検出することによって、対象者の中枢神経活動の状態を適切に判別することができる。
脳組織には、グルコースと酸素の蓄えがほとんどないため、血流によって常時グルコースと酸素とが補給される必要がある。つまり、脳が活動して多くのエネルギーを消費するほど、エネルギーを補給するためにより多くのグルコースと酸素が必要になる。従って、脳血流の増減と、中枢神経の活動状態との間には相関があり、脳血流が多いほど中枢神経の活動は亢進的であり、逆に少なくなれば、中枢神経の活動は抑制的であるといえる。
【0015】
第3特徴構成は、前記自律神経活動情報検出部が、前記対象者の心拍数、及び心拍変動を検出する点にある。
【0016】
〔作用及び効果〕
心拍数とは、一定の時間(通常は1分間)内に心臓が拍動する回数をいう。
心拍変動とは、心拍のゆらぎを意味するものであり、心拍数を調節する自律神経(交感神経及び副交感神経)の活動状態の指標となるものである。心拍変動を周波数解析して高周波成分(HF値)と低周波成分(LF値)を評価すれば、交感神経活動と副交感神経活動とを分離して評価することができる。つまり、HF値は、副交感神経のみの活動を反映するため、HF値を解析することによって副交感神経の活動状態を評価することができる。また、LF値は、交感神経と副交感神経の双方の活動を反映するが、LF/HF値又はLF/(HF+LF)値を解析することによって交感神経の活動状態を評価することができる。
【0017】
心拍数と心拍変動との間には、密接な関係があることが知られている。例えば、人の身体はストレスがかかると、闘争又は逃走等の行動をとるために全身の細胞が大量の血液を必要とする。このとき、副腎から分泌されるカテコールアミンが、心臓に働きかけて血液をより多く送るために心拍数を上昇させる。カテコールアミンは交感神経が働くことで分泌される。逆に副交感神経が働くとカテコールアミンの分泌は抑えられて心拍数が低下する。
【0018】
例えば、対象者の心拍数が増加し、且つ高周波成分(HF値)の値が低下した場合、副交感神経の働きが弱められ、相対的に交感神経の働きが強くなる。この場合の対象者の身体の状態は、対象者がなんらかのストレスに対向するなどして、自律神経活動が覚醒している状態であると判断することができる。
【0019】
一方、対象者の心拍数が低下し、且つHF値の値が上昇した場合は、副交感神経の働きが強くなりカテコールアミンの分泌が抑えられることとなる。この場合の対象者の身体の状態は、なんのストレスもなくリラックスしているなど、自律神経活動が鎮静化している状態であると判断することができる。
【0020】
従って、対象者の心拍数及び心拍変動を検出して解析することにより、自律神経系の活動状態を適切に評価することができる。
【0021】
第4特徴構成は、前記複数の刺激付与部に、少なくとも前記対象者の脚に触覚系刺激を与える脚刺激付与部と、前記対象者の腰に触覚系刺激を与える腰刺激付与部とが含まれる点にある。
【0022】
〔作用及び効果〕
本発明者らは、対象者の腰に触覚系刺激を与えると、脳血流にほとんど変化が見られず、心拍数と血圧が有意に増加して、HF値が有意に低下するため、中枢神経活動の状態は初期状態と変わらないものの、自律神経活動は交感神経活動が優位な状態へとシフトして覚醒状態になり易いことを見出した。
【0023】
さらに、本発明者らは、対象者の脚に触覚系刺激を与えると、脳血流、心拍数、LF/HF値及びLF/(LF+HF)値が有意に低下するため、中枢神経活動及び自律神経活動は共に、活動が抑えられている抑制状態となり、身体の状態が安静時よりも活動が抑えられている鎮静状態になり易いことを見出した。
【0024】
つまり、触覚系刺激を腰に付与する場合と脚に付与する場合とでは、対象者は異なる心身状態となり得る。
【0025】
従って、脚刺激付与部及び腰刺激付与部の動作を適切に制御することによって、対象者の心身の状態を、対象者が所望する状態、あるいは対象者が置かれている環境に適した状態への誘導手段として利用することができる。
【0026】
第5特徴構成は、前記心身状態判別部が、前記中枢神経活動情報検出部及び前記自律神経活動情報検出部によって得られた生理情報、並びに前記対象者の過去の前記生理情報及び前記判別結果を集積したデータベースの情報に基づいて前記対象者の中枢神経活動と自律神経活動の状態を判別する点にある。
【0027】
〔作用及び効果〕
本構成によれば、心身状態判別部が、中枢神経活動情報検出部及び自律神経活動情報検出部によって得られた対象者の現在の生理情報だけでなく、その対象者の過去の生理情報及び判別結果を集積したデータベースを利用して判別するため、より個人に適合するように調整されて判別される。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の心身状態誘導システムの一例を模式的に示す機能ブロック図である。
【図2】中枢神経活動と自律神経活動とを総合的に判定するための状態判定直交グラフを示した図である。
【図3】前頭部の脳血流が増加した場合に使用される状態判定テーブルを示す図である。
【図4】前頭部の脳血流が変化しない場合に使用される状態判定テーブルを示す図である。
【図5】前頭部の脳血流が低下した場合に使用される状態判定テーブルを示す図である。
【図6】前頭部の脳血流が増加した場合に使用される別の状態判定テーブルを示す図である。
【図7】前頭部の脳血流が変化しない場合に使用される別の状態判定テーブルを示す図である。
【図8】前頭部の脳血流が低下した場合に使用される別の状態判定テーブルを示す図である。
【図9】本発明の心身状態誘導システムの別実施例を模式的に示す機能ブロック図である。
【図10】被検者の腰を揉んだときの左前頭部の酸化型ヘモグロビン濃度(HbO2)の計測結果を示すグラフ図である。
【図11】被検者の腰を揉んだときの右前頭部の酸化型ヘモグロビン濃度(HbO2)の計測結果を示すグラフ図である。
【図12】被検者の腰を揉んだときの心拍数の計測結果を示すグラフ図である。
【図13】被検者の腰を揉んだときの収縮期血圧値の計測結果を示すグラフ図である。
【図14】被検者の腰を揉んだときの拡張期血圧値の計測結果を示すグラフ図である。
【図15】被検者の腰を揉んだときのHF値の計測結果を示すグラフ図である。
【図16】被検者の腰を揉んだときのLF/HF値の計測結果を示すグラフ図である。
【図17】被検者の腰を揉んだときのLF/(LF+HF)値の計測結果を示すグラフ図である。
【図18】被検者の脚を圧迫したときの左前頭部の酸化型ヘモグロビン濃度(HbO2)の計測結果を示すグラフ図である。
【図19】被検者の脚を圧迫したときの右前頭部の酸化型ヘモグロビン濃度(HbO2)の計測結果を示すグラフ図である。
【図20】被検者の脚を圧迫したときの心拍数の計測結果を示すグラフ図である。
【図21】被検者の脚を圧迫したときの収縮期血圧値の計測結果を示すグラフ図である。
【図22】被検者の脚を圧迫したときの拡張期血圧値の計測結果を示すグラフ図である。
【図23】被検者の脚を圧迫したときのHF値の計測結果を示すグラフ図である。
【図24】被検者の脚を圧迫したときのLF/HF値の計測結果を示すグラフ図である。
【図25】被検者の脚を圧迫したときのLF/(LF+HF)値の計測結果を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
〔実施形態〕
(心身状態誘導システムの構成)
図1に示されるように、本発明の心身状態誘導システムは、中枢神経活動情報検出部1と、自律神経活動情報検出部2と、心身状態判別部3と、制御部4と、刺激付与部5とを備えている。
【0030】
中枢神経活動情報検出部1は、対象者の中枢神経活動の生理情報として、左右前頭部の脳血流の動態を検出する。脳血流の動態は、例えば時間分解分光法を用いて、血液中の酸化型ヘモグロビン(HbO2)濃度を計測することによって評価することができる。
【0031】
自律神経活動情報検出部2は、対象者の自律神経活動の生理情報を検出する。検出対象となる生理情報としては、例えば、心拍数、心拍変動、収縮期血圧、拡張期血圧、及び唾液アミラーゼ活性等が挙げられるが、本実施形態では、対象者の心拍数及び心拍変動が採用されている。心拍変動としては、副交感神経のみの活動を反映するHF値及び交感神経の活動を反映するLF/HF値又はLF/(HF+LF)値の少なくともいずれか一方を評価する。
【0032】
心身状態判別部3は、中枢神経活動情報検出部1及び自律神経活動情報検出部2によって得られた生理情報を基にして対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態を判別する。心身状態判別部3は、例えば、後述する実施例に示されるような状態判定テーブル(図3〜図5参照)を利用して判別する。尚、この状態判定テーブルとして、図2に示されるような状態判定直交座標グラフを用いても良い。また心身状態判別部3は、中枢神経活動情報検出部1及び自律神経活動情報検出部2によって得られた対象者の現在の生理情報だけでなく、その対象者の過去の生理情報及び判別結果を集積したデータベースを利用して判別するように構成しても良い。
【0033】
刺激付与部5は、対象者の身体に対して、叩き、摩り、伸ばし、叩き揉みなどのマッサージ手技によるマッサージ刺激(触覚系刺激)を付与するものである。本発明の心身状態誘導システムは、対象者の身体の異なる場所のそれぞれに触覚系刺激を与える複数の刺激付与部5を備える。そして、これらの刺激付与部5には、少なくとも、対象者の脚などの末梢部に触覚系刺激を与える脚刺激付与部と、対象者の腰又は腰から肩にかけた体幹部に触覚系刺激を与える腰刺激付与部とが含まれる。
【0034】
制御部4は、心身状態判別部3の判別結果に基づいて複数の刺激付与部5の中からいずれかを選択し、その動作を制御することにより対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態の少なくともいずれか一方を変更するものである。つまり、対象者の心身の状態を所望の状態あるいは対象者が置かれている環境に適した状態へと誘導するものである。中枢神経活動の状態としては、活動状態が安静時と変わらない定常状態、安静時よりも活発に活動している亢進状態、安静時よりも活動が抑えられている抑制状態等が挙げられる。また自律神経活動の状態としては、活動状態が安静時と変わらない定常状態、安静時よりも活発に活動している覚醒状態、安静時よりも活動が抑えられている鎮静状態等が挙げられる。
【0035】
(心身状態誘導システムの使用方法)
次に、本発明の心身状態誘導システムの使用方法の一例について説明する。ここでは、対象者の生理情報として、対象者の前頭部の脳血流の動態、心拍数、及び心拍変動の高周波成分(HF値)を評価する。
【0036】
本発明の心身状態誘導システムは、対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の生理情報を検出しながらマッサージを行う。次いで、対象者の心身の状態を対象者が所望する状態、あるいは対象者が置かれている環境に適した状態に適切に誘導するために、制御部が、心身状態判別部の判別結果に基づいて複数の刺激付与部の中からいずれかを選択し、その動作を制御する。
【0037】
まず、対象者を椅子等に座らせて所定時間(数分程度)安静状態に維持する。次いで、中枢神経活動情報検出部及び自律神経活動情報検出部によって、対象者の脳血流、心拍数及び心拍変動の高周波成分(HF値)を評価しながら、肩叩き、肩揉み、腰叩き、腰揉み、足圧迫のうちのいずれかのマッサージを所定時間(例えば、3分間)実施する。
【0038】
そして、心身状態判別部が、図3〜図5に示される状態判定テーブルを利用して、初めに脳血流の評価値に基づいて中枢神経活動の状態を判別する。即ち、脳血流量が増加していれば、中枢神経活動は亢進状態と判定され、脳血流に変化がなければ定常状態と判定され、脳血流が低下していれば中枢神経活動は抑制状態であると判定される。
【0039】
次いで、心身状態判別部は、対象者の心拍数が増加しているか、変化していないか、あるいは低下しているかを判定し、さらに心拍変動の高周波成分(HF値)の値が増加しているか、変化していないか、あるいは低下しているかを判定して、対象者の自律神経活動の状態を判別する。
【0040】
例えば、図2の○印に示すように、脳血流量が増加し、心拍数も増加し、HF値が低下している場合、中枢神経活動は亢進状態、自律神経活動は覚醒状態であり、対象者の心身状態は覚醒状態であると判別される。また、図2の△印に示すように、脳血流量に変化がなく、心拍数も変化がなく、HF値も変化がない場合、中枢神経活動及び自律神経活動はいずれも定常状態であり、対象者は初期状態のままであると判別される。また、図2の◎印に示すように、脳血流量が低下し、心拍数も低下し、HF値が増加している場合、中枢神経活動は抑制状態、自律神経活動は鎮静状態であり、対象者の心身状態は鎮静状態(リラックス状態)であると判別される。
【0041】
ここで、心身状態判別部において心身が共に鎮静状態(リラックス状態)であると判別されたか、あるいは初期の状態で変化していないと判別された対象者を、覚醒状態となるように誘導する場合、制御部は複数の刺激付与部の中から腰刺激付与部を選択して、叩き、摩り、伸ばし、叩き揉み等のマッサージ手技の種類の選択や、その強弱度合い、並びに刺激付与時間等を調節して、その動作を制御することによって、対象者の心身を覚醒状態へと誘導する。
【0042】
一方、心身状態判別部において心身が共に覚醒状態であると判別されたか、あるいは初期の状態で変化していないと判別された対象者を、心身共に鎮静状態となるように誘導する場合、制御部は複数の刺激付与部の中から脚刺激付与部を選択して、叩き、摩り、伸ばし、叩き揉み等のマッサージ手技の種類の選択や、その強弱度合い、並びに刺激付与時間等を調節して、その動作を制御することによって、対象者の心身を鎮静状態へと誘導する。
【0043】
図6〜図8に示すように、上述の状態判定テーブルとして、心拍変動のHF値の替わりにLF/HF値を評価対象とするものを利用しても良い。この状態判定テーブルを利用しても、対象者の心身状態の判別を上述した場合と同様に実施することができる。
【0044】
例えば、図6に示すように、脳血流量が増加し、心拍数も増加し、LF/HF値が増加している場合、対象者の心身状態は覚醒状態であると判別される。また、図7に示すように、脳血流量に変化がなく、心拍数も変化がなく、LF/HF値も変化がない場合、対象者は初期状態のままであると判別される。また、図8に示すように、脳血流量が低下し、心拍数も低下し、LF/HF値が低下している場合、対象者の心身状態は鎮静状態(リラックス状態)であると判別される。
【0045】
そして、対象者の心身状態の誘導についても上述した場合と同様に実施することができる。即ち、心身状態判別部において心身が共に鎮静状態(リラックス状態)であると判別されたか、あるいは初期状態であると判別された対象者を、覚醒状態となるように誘導する場合、制御部は複数の刺激付与部の中から腰刺激付与部を選択して、叩き、摩り、伸ばし、叩き揉み等のマッサージ手技の種類の選択や、その強弱度合い、並びに刺激付与時間等を調節して、その動作を制御することによって、対象者の心身を覚醒状態へと誘導する。
【0046】
一方、心身状態判別部において心身状態が覚醒状態であると判別されたか、あるいは初期の状態のままで変化していないと判別された対象者を、鎮静状態となるように誘導する場合、制御部は複数の刺激付与部の中から脚刺激付与部を選択して、叩き、摩り、伸ばし、叩き揉み等のマッサージ手技の種類の選択や、その強弱度合い、並びに刺激付与時間等を調節して、その動作を制御することによって、対象者の心身を鎮静状態へと誘導する。
【0047】
以上より、本発明の心身状態誘導システムによれば、対象者が所望する状態、あるいは対象者が置かれている環境に適した状態に適切に誘導することができる。例えば、就寝前には脚などの末梢部にマッサージ刺激を付与することで覚醒状態を低下させてリラクゼーションへと誘導し、入眠を促すことが可能となり、仕事中で覚醒状態の低下を検出した場合に、腰又は腰から肩にかけた体幹部にマッサージ刺激を付与することで、覚醒状態を維持・向上させて業務に支障が出ない状態へと誘導する。また、休憩時間には短時間で末梢部刺激によるリラクゼーション、及び体幹部刺激によるリフレッシュ効果を利用することが可能であり、また、運転時においては、覚醒状態を維持しつつ、運転疲労をスッキリとさせることも可能である。
【0048】
〔別実施形態〕
図9に示すように、本発明の心身状態誘導システムは、環境因子取得部6と、対象場面取得部7と、環境改変出力部8とをさらに備える構成であっても良い。環境因子取得部6は、対象者の置かれている周辺環境の環境因子(照度、温度、湿度等)に関する情報を取得する。対象場面取得部7は、対象場面(周辺画像、時刻等)に関する情報を取得する。環境改変出力部8は、光、香り、音、映像等を発して対象者の周辺環境を改変する。
【0049】
本構成によれば、環境因子取得部6及び対象場面取得部7から得られた情報を基に、対象者が置かれている対象場面における対象者に対する外部環境の影響度を制御部4が判別し、環境改変出力部8に命じて対象者の周辺環境をより快適なものに改変させることができる。さらに、制御部4が、対象者の中枢神経活動と自律神経活動といった内部環境に関する情報だけでなく、対象者が実際におかれている周辺環境に関する情報をも取り入れることによって、対象者の心身の状態を対象者の置かれている環境に適した状態へとより適切に誘導することができる。
【実施例】
【0050】
(マッサージ刺激による対象者の生理情報の応答挙動試験)
人の心身の状態と、人に与える触覚系刺激との間にどのような関係があるかを調べるためのマッサージ実験を行った。即ち、人の身体の異なる位置に所定のマッサージ刺激を付与して、これに対する対象者の生理情報の応答挙動を試験した。
被験者に対して、腰を揉むこと、及び脚を圧迫するという2種類のマッサージを行い、それぞれのマッサージ刺激に対する生理情報を検出して解析した。
解析対象とした生理情報は、左右前頭部の脳血流動態、収縮期血圧、拡張期血圧、心拍数、心拍変動(HRV)とした。尚、心拍変動については、その高周波成分(HF:周波数帯域;0.04Hz〜0.15Hz)及び低周波成分(LF:周波数帯域;0.15Hz〜0.4Hz)を検出して、HF値、LF/HF値、及びLF/(LF+HF)値をそれぞれ算出した。
【0051】
1.実験方法
全てのマッサージ実験は、気温、相対湿度、照度を一定条件に調節した人工気候室内でマッサージ刺激付与装置を用いて実施した。マッサージ実験は2日間の日程で行ない、生理情報に関しては、脳血流動態を評価するために、時間分解分光法によって被験者の左右前頭部のそれぞれの血液中の酸化型ヘモグロビン(HbO2)濃度を計測した。また同時に、フィナプレス法によって被験者の指先にて収縮期血圧値、及び拡張期血圧値を計測し、さらに、心拍数とR−R間隔についてはメモリー心拍計により計測した。得られたR−R間隔については実験終了後に最大エントロピー法を用いた分析により、HF値を副交感活動指標、LF/HF値およびLF/(LF+HF)値を交感神経系活動指標とした心拍変動(HRV)を検討した。
【0052】
マッサージ実験は、被験者をマッサージチェアに座らせて2〜3分程度の安静状態を維持させた後、腰を揉むか、あるいは脚を圧迫するマッサージを3分間実施し、マッサージ刺激終了後も安静状態を維持させることを一連の実験手順とした。その間、被験者には閉眼状態を維持させた。左右前頭部の脳血液動態、収縮期血圧値、拡張期血圧値、心拍数、R−R間隔は一連のマッサージ実験において1秒毎に計測した。
【0053】
腰を揉むマッサージ実験においては、4人の被検者について各人につき4回の実験を行っており、合計16のデータを得た。また脚を圧迫するマッサージ実験においては、4人の被検者について各人につき6回の実験を行っており、合計24のデータを得たが、心拍変動(HF値、LF/HF値、LF(LF+HF)値)に関しては22のデータで後述するt検定を行って評価した。
【0054】
この実験の実施期間中は、全てのマッサージ刺激を付与する前の状態において、マッサージ刺激を付与せずにマッサージチェアに座ることのみとするコントロール実験も同様の手順で実施した。
【0055】
2.評価方法
t検定(両側、対応有り、p<0.05、p<0.01)を用いて有意差を検討した。t検定は、左右前頭部の脳血流、心拍数、収縮期血圧および拡張期血圧についてはマッサージ開始前の10秒間の平均値及び標準偏差に対する、マッサージ開始後の1秒毎の平均値及び標準偏差について実施した。また心拍変動(HF値、LF/HF値、LF(LF+HF)値)に関してはマッサージ開始前の1分間の平均値および標準偏差に対する、マッサージ開始後の1分毎の平均値及び標準偏差について実施した。図10〜図25において、太い実線が平均値を示し、その実線の上下方向に伸びる線が標準偏差を示す。また*は危険率5%で有意差があることを示しており、**は危険率1%で有意差があることを示す。
【0056】
3.実験結果
(1)腰を揉むマッサージ刺激について
図10に示すように、被験者の腰を揉んでマッサージを行うと、被験者の左前頭部における酸化型ヘモグロビン濃度が、試験後30秒間はマッサージ刺激を付与する前と比べて有意に低下するが、その後はほとんどマッサージ刺激を付与する前と変わらなかった。また、図11に示すように、被験者の右前頭部における酸化型ヘモグロビン濃度は、マッサージ刺激を付与する前とほとんど変わらなかった。これらの結果から、人の腰にマッサージ刺激を与えても、脳血流はほとんど変化しないことが分かる。
【0057】
図12に示すように、被験者の心拍数は、マッサージ刺激を付与する前と比べて有意に増加した。また、図13及び図14に示すように、被験者の収縮期血圧値及び拡張期血圧値はいずれも、マッサージを行うにつれてマッサージ刺激を付与する前と比べて優位に増加した。
【0058】
図15に示すように、被験者のHF値は、マッサージを行うにつれて、マッサージ刺激を付与する前と比べて優位に低下していたが、図16及び図17に示すようにLF/HF値及びLF/(LF+HF)値は、マッサージ刺激を付与する前とほとんど変わらなかった。
【0059】
従って、人の腰にマッサージ刺激を与えると、脳血流にほとんど変化が見られず、心拍数と血圧が有意に増加する。そして、HF値が有意に低下することから、副交感神経の働きが弱められ、相対的に交感神経の働きが強くなる。このため、人の腰にマッサージ刺激を与えた場合、人の中枢神経活動の状態は、初期状態と変わらないものの、自律神経活動の状態は初期状態よりも覚醒状態になり易いことが分かる。
【0060】
(2)脚を圧迫するマッサージ刺激について
図18及び図19に示すように、被験者の脚を圧迫するマッサージを行うと、被験者の左右の前頭部における酸化型ヘモグロビン濃度が、マッサージ刺激を付与する前と比べて有意に低下した。これらの結果から、人の脚にマッサージ刺激を与えると、脳血流が低下することが分かる。
【0061】
図20に示すように、被験者の心拍数は、マッサージ刺激を付与する前と比べて有意に低下した。図21に示すように、被験者の収縮期血圧値は、マッサージ刺激を付与する前と比べてわずかに増加する傾向を示したが、図22に示すように、被験者の拡張期血圧値は、マッサージ刺激を付与する前とほとんど変わらないか、わずかに低下する傾向を示した。
【0062】
図24及び図25に示すように、被験者のLF/HF値及びLF/(LF+HF)値は、マッサージを行うにつれて、マッサージ刺激を付与する前と比べて優位に低下していたが、図23に示すようにHF値は、マッサージ刺激を付与する前とほとんど変わらなかった。
【0063】
従って、人の脚にマッサージ刺激を与えると、脳血流と心拍数が有意に低下する。そして、LF/HF値及びLF/(LF+HF)値が有意に低下することから、交感神経の働きが弱められ、相対的に副交感神経の働きが強くなる。このため、人の脚にマッサージ刺激を与えた場合、人の中枢神経活動の状態は、初期状態よりも抑制状態となり、自律神経活動の状態も初期の状態よりも鎮静状態になり易いことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の心身状態誘導システムは、マッサージ機に代表されるような疲労回復装置等に限らず、対象者が着席する車両用シートやオフィスの座席などにも用いることができる。
【符号の説明】
【0065】
1 中枢神経活動情報検出部
2 自律神経活動情報検出部
3 心身状態判別部
4 制御部
5 刺激付与部
6 環境因子所得部
7 対象場面取得部
8 環境改変出力部
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象者の生理情報から対象者の心身の状態を判別して、対象者の心身状態を、対象者が所望する状態、あるいは対象者の置かれている環境に適した状態に誘導する心身状態誘導システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の心身状態誘導システムとしては、例えば、特許文献1〜4に示すマッサージ機が知られている。
特許文献1に記載のマッサージ機では、対象者の心拍数、呼吸数、脳波等の生体情報のいずれかを検出して、その情報を基にしてマッサージ機構の動作速度を変更するように構成されている。
特許文献2に記載のマッサージ機では、対象者の脈拍、皮膚温度、皮膚電気抵抗等の生理情報を検出して、その情報に応じて効果的なマッサージを施すように構成されている。
特許文献3に記載のマッサージ機では、対象者に対するマッサージの効果を、対象者の脳波、皮膚電気活動、血圧、心拍、呼吸、脈拍などの生理指標からの推定、及び/若しくは使用者から入力された評価情報に基づいて評価し、この評価した結果を評価値とした直交表による評価試験を行って最適なマッサージ条件を決定するように構成されている。
特許文献4に記載のマッサージ機では、対象者の呼吸、心拍、脈拍のいずれかの生理情報を計測して、その情報に基づき、対象者の反応特性を考慮して評価指標を選択し、その評価指標に基づいてマッサージ刺激を制御するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平9−192186号公報(請求項1参照)
【特許文献2】特開2002−233558号公報(請求項1、段落番号0031参照)
【特許文献3】特開2002−291826号公報(請求項1、段落番号0021参照)
【特許文献4】特開2002−143250号公報(請求項1、請求項2参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来のマッサージ機では、効果的なマッサージを行うために、対象者の中枢神経活動又は自律神経活動のいずれかの生理情報が得られれば十分と考えられていた。特に、対象者の呼吸や心拍数等からの自律神経活動に関する生理情報は、マッサージ動作を制御するうえで重要なものとして位置付けられている。
【0005】
しかし、人の心身の状態と、人に与える触覚系刺激との関係については不明な点が多い。つまり、身体のどの場所にどのような触覚系刺激を与えれば、中枢神経活動及び自律神経活動を調整することができるのかということに関して明確な知見は得られていなかった。
【0006】
また、使用者から入力される質問紙等による主観評価に基づいてマッサージ条件を決定する構成では、主観評価が心身の状態を反映する場合としない場合が生じる問題がある。例えば、主観的に差異を殆ど認識していない時においても、血圧や脳活動等に明確な違いが観測される場合がある。
【0007】
従って、従来のマッサージ機では、マッサージ効果によって対象者の疲労を回復させることはできても、対象者の心身の状態を適切に評価した上で、対象者の心身の状態を対象者が所望する状態、あるいは対象者が置かれている環境に適した状態に適切に誘導することは困難であった。
【0008】
本発明の目的は、対象者の心身状態を適切に把握して、対象者が所望する状態、あるいは対象者が置かれている環境に適した状態に適切に誘導することのできる心身状態誘導システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の心身状態誘導システムの第1特徴構成は、対象者の中枢神経活動の生理情報を検出する中枢神経活動情報検出部と、対象者の自律神経活動の生理情報を検出する自律神経活動情報検出部と、前記中枢神経活動情報検出部及び前記自律神経活動情報検出部によって得られた生理情報を基にして前記対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態を判別する心身状態判別部と、前記対象者の身体の異なる場所のそれぞれに触覚系刺激を与える複数の刺激付与部と、前記心身状態判別部の判別結果に基づいて前記刺激付与部のいずれかを選択し、その動作を制御することにより前記対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態の少なくともいずれか一方を変更する制御部とを備える点にある。
【0010】
〔作用及び効果〕
本構成のごとく、対象者の中枢神経活動の生理情報を検出する中枢神経活動情報検出部と、対象者の自律神経活動の生理情報を検出する自律神経活動情報検出部とを備えることによって、対象者の中枢神経活動及び自律神経活動のそれぞれの生理状態が適切に把握される。そして、心身状態判別部がこれらの生理情報を基にして、対象者の中枢神経活動状態及び自律神経活動状態を適切に判別する。
【0011】
ここで本発明者らは、触覚系刺激を付与する対象者の身体の位置や触覚系刺激の種類によって、対象者の生理情報の応答挙動が異なることを見出している。つまり、対象者の体のある部分にマッサージ刺激(叩き、揉みなど)を付与することによって、身体の心拍数を増加又は低下させることが可能であり、また対象者の体の別の部分にマッサージ刺激(叩き、揉みなど)を付与することによって、脳血流を増加又は低下させることが可能であることを見出している。
【0012】
従って、中枢神経活動情報検出部、自律神経活動情報検出部及び心身状態判別部によって対象者の心身状態を適切に把握したうえで、制御部が適当な刺激付与部を選択し、その動作を制御することによって対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態の少なくともいずれか一方の状態を変更するようにすれば、対象者の心身の状態を、対象者が所望する状態、あるいは対象者が置かれている環境に適した状態に適切に誘導することができる。
【0013】
第2特徴構成は、前記中枢神経活動情報検出部が、前記対象者の脳血流を検出する点にある。
【0014】
〔作用及び効果〕
本構成のごとく、対象者の脳血流を検出することによって、対象者の中枢神経活動の状態を適切に判別することができる。
脳組織には、グルコースと酸素の蓄えがほとんどないため、血流によって常時グルコースと酸素とが補給される必要がある。つまり、脳が活動して多くのエネルギーを消費するほど、エネルギーを補給するためにより多くのグルコースと酸素が必要になる。従って、脳血流の増減と、中枢神経の活動状態との間には相関があり、脳血流が多いほど中枢神経の活動は亢進的であり、逆に少なくなれば、中枢神経の活動は抑制的であるといえる。
【0015】
第3特徴構成は、前記自律神経活動情報検出部が、前記対象者の心拍数、及び心拍変動を検出する点にある。
【0016】
〔作用及び効果〕
心拍数とは、一定の時間(通常は1分間)内に心臓が拍動する回数をいう。
心拍変動とは、心拍のゆらぎを意味するものであり、心拍数を調節する自律神経(交感神経及び副交感神経)の活動状態の指標となるものである。心拍変動を周波数解析して高周波成分(HF値)と低周波成分(LF値)を評価すれば、交感神経活動と副交感神経活動とを分離して評価することができる。つまり、HF値は、副交感神経のみの活動を反映するため、HF値を解析することによって副交感神経の活動状態を評価することができる。また、LF値は、交感神経と副交感神経の双方の活動を反映するが、LF/HF値又はLF/(HF+LF)値を解析することによって交感神経の活動状態を評価することができる。
【0017】
心拍数と心拍変動との間には、密接な関係があることが知られている。例えば、人の身体はストレスがかかると、闘争又は逃走等の行動をとるために全身の細胞が大量の血液を必要とする。このとき、副腎から分泌されるカテコールアミンが、心臓に働きかけて血液をより多く送るために心拍数を上昇させる。カテコールアミンは交感神経が働くことで分泌される。逆に副交感神経が働くとカテコールアミンの分泌は抑えられて心拍数が低下する。
【0018】
例えば、対象者の心拍数が増加し、且つ高周波成分(HF値)の値が低下した場合、副交感神経の働きが弱められ、相対的に交感神経の働きが強くなる。この場合の対象者の身体の状態は、対象者がなんらかのストレスに対向するなどして、自律神経活動が覚醒している状態であると判断することができる。
【0019】
一方、対象者の心拍数が低下し、且つHF値の値が上昇した場合は、副交感神経の働きが強くなりカテコールアミンの分泌が抑えられることとなる。この場合の対象者の身体の状態は、なんのストレスもなくリラックスしているなど、自律神経活動が鎮静化している状態であると判断することができる。
【0020】
従って、対象者の心拍数及び心拍変動を検出して解析することにより、自律神経系の活動状態を適切に評価することができる。
【0021】
第4特徴構成は、前記複数の刺激付与部に、少なくとも前記対象者の脚に触覚系刺激を与える脚刺激付与部と、前記対象者の腰に触覚系刺激を与える腰刺激付与部とが含まれる点にある。
【0022】
〔作用及び効果〕
本発明者らは、対象者の腰に触覚系刺激を与えると、脳血流にほとんど変化が見られず、心拍数と血圧が有意に増加して、HF値が有意に低下するため、中枢神経活動の状態は初期状態と変わらないものの、自律神経活動は交感神経活動が優位な状態へとシフトして覚醒状態になり易いことを見出した。
【0023】
さらに、本発明者らは、対象者の脚に触覚系刺激を与えると、脳血流、心拍数、LF/HF値及びLF/(LF+HF)値が有意に低下するため、中枢神経活動及び自律神経活動は共に、活動が抑えられている抑制状態となり、身体の状態が安静時よりも活動が抑えられている鎮静状態になり易いことを見出した。
【0024】
つまり、触覚系刺激を腰に付与する場合と脚に付与する場合とでは、対象者は異なる心身状態となり得る。
【0025】
従って、脚刺激付与部及び腰刺激付与部の動作を適切に制御することによって、対象者の心身の状態を、対象者が所望する状態、あるいは対象者が置かれている環境に適した状態への誘導手段として利用することができる。
【0026】
第5特徴構成は、前記心身状態判別部が、前記中枢神経活動情報検出部及び前記自律神経活動情報検出部によって得られた生理情報、並びに前記対象者の過去の前記生理情報及び前記判別結果を集積したデータベースの情報に基づいて前記対象者の中枢神経活動と自律神経活動の状態を判別する点にある。
【0027】
〔作用及び効果〕
本構成によれば、心身状態判別部が、中枢神経活動情報検出部及び自律神経活動情報検出部によって得られた対象者の現在の生理情報だけでなく、その対象者の過去の生理情報及び判別結果を集積したデータベースを利用して判別するため、より個人に適合するように調整されて判別される。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の心身状態誘導システムの一例を模式的に示す機能ブロック図である。
【図2】中枢神経活動と自律神経活動とを総合的に判定するための状態判定直交グラフを示した図である。
【図3】前頭部の脳血流が増加した場合に使用される状態判定テーブルを示す図である。
【図4】前頭部の脳血流が変化しない場合に使用される状態判定テーブルを示す図である。
【図5】前頭部の脳血流が低下した場合に使用される状態判定テーブルを示す図である。
【図6】前頭部の脳血流が増加した場合に使用される別の状態判定テーブルを示す図である。
【図7】前頭部の脳血流が変化しない場合に使用される別の状態判定テーブルを示す図である。
【図8】前頭部の脳血流が低下した場合に使用される別の状態判定テーブルを示す図である。
【図9】本発明の心身状態誘導システムの別実施例を模式的に示す機能ブロック図である。
【図10】被検者の腰を揉んだときの左前頭部の酸化型ヘモグロビン濃度(HbO2)の計測結果を示すグラフ図である。
【図11】被検者の腰を揉んだときの右前頭部の酸化型ヘモグロビン濃度(HbO2)の計測結果を示すグラフ図である。
【図12】被検者の腰を揉んだときの心拍数の計測結果を示すグラフ図である。
【図13】被検者の腰を揉んだときの収縮期血圧値の計測結果を示すグラフ図である。
【図14】被検者の腰を揉んだときの拡張期血圧値の計測結果を示すグラフ図である。
【図15】被検者の腰を揉んだときのHF値の計測結果を示すグラフ図である。
【図16】被検者の腰を揉んだときのLF/HF値の計測結果を示すグラフ図である。
【図17】被検者の腰を揉んだときのLF/(LF+HF)値の計測結果を示すグラフ図である。
【図18】被検者の脚を圧迫したときの左前頭部の酸化型ヘモグロビン濃度(HbO2)の計測結果を示すグラフ図である。
【図19】被検者の脚を圧迫したときの右前頭部の酸化型ヘモグロビン濃度(HbO2)の計測結果を示すグラフ図である。
【図20】被検者の脚を圧迫したときの心拍数の計測結果を示すグラフ図である。
【図21】被検者の脚を圧迫したときの収縮期血圧値の計測結果を示すグラフ図である。
【図22】被検者の脚を圧迫したときの拡張期血圧値の計測結果を示すグラフ図である。
【図23】被検者の脚を圧迫したときのHF値の計測結果を示すグラフ図である。
【図24】被検者の脚を圧迫したときのLF/HF値の計測結果を示すグラフ図である。
【図25】被検者の脚を圧迫したときのLF/(LF+HF)値の計測結果を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
〔実施形態〕
(心身状態誘導システムの構成)
図1に示されるように、本発明の心身状態誘導システムは、中枢神経活動情報検出部1と、自律神経活動情報検出部2と、心身状態判別部3と、制御部4と、刺激付与部5とを備えている。
【0030】
中枢神経活動情報検出部1は、対象者の中枢神経活動の生理情報として、左右前頭部の脳血流の動態を検出する。脳血流の動態は、例えば時間分解分光法を用いて、血液中の酸化型ヘモグロビン(HbO2)濃度を計測することによって評価することができる。
【0031】
自律神経活動情報検出部2は、対象者の自律神経活動の生理情報を検出する。検出対象となる生理情報としては、例えば、心拍数、心拍変動、収縮期血圧、拡張期血圧、及び唾液アミラーゼ活性等が挙げられるが、本実施形態では、対象者の心拍数及び心拍変動が採用されている。心拍変動としては、副交感神経のみの活動を反映するHF値及び交感神経の活動を反映するLF/HF値又はLF/(HF+LF)値の少なくともいずれか一方を評価する。
【0032】
心身状態判別部3は、中枢神経活動情報検出部1及び自律神経活動情報検出部2によって得られた生理情報を基にして対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態を判別する。心身状態判別部3は、例えば、後述する実施例に示されるような状態判定テーブル(図3〜図5参照)を利用して判別する。尚、この状態判定テーブルとして、図2に示されるような状態判定直交座標グラフを用いても良い。また心身状態判別部3は、中枢神経活動情報検出部1及び自律神経活動情報検出部2によって得られた対象者の現在の生理情報だけでなく、その対象者の過去の生理情報及び判別結果を集積したデータベースを利用して判別するように構成しても良い。
【0033】
刺激付与部5は、対象者の身体に対して、叩き、摩り、伸ばし、叩き揉みなどのマッサージ手技によるマッサージ刺激(触覚系刺激)を付与するものである。本発明の心身状態誘導システムは、対象者の身体の異なる場所のそれぞれに触覚系刺激を与える複数の刺激付与部5を備える。そして、これらの刺激付与部5には、少なくとも、対象者の脚などの末梢部に触覚系刺激を与える脚刺激付与部と、対象者の腰又は腰から肩にかけた体幹部に触覚系刺激を与える腰刺激付与部とが含まれる。
【0034】
制御部4は、心身状態判別部3の判別結果に基づいて複数の刺激付与部5の中からいずれかを選択し、その動作を制御することにより対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態の少なくともいずれか一方を変更するものである。つまり、対象者の心身の状態を所望の状態あるいは対象者が置かれている環境に適した状態へと誘導するものである。中枢神経活動の状態としては、活動状態が安静時と変わらない定常状態、安静時よりも活発に活動している亢進状態、安静時よりも活動が抑えられている抑制状態等が挙げられる。また自律神経活動の状態としては、活動状態が安静時と変わらない定常状態、安静時よりも活発に活動している覚醒状態、安静時よりも活動が抑えられている鎮静状態等が挙げられる。
【0035】
(心身状態誘導システムの使用方法)
次に、本発明の心身状態誘導システムの使用方法の一例について説明する。ここでは、対象者の生理情報として、対象者の前頭部の脳血流の動態、心拍数、及び心拍変動の高周波成分(HF値)を評価する。
【0036】
本発明の心身状態誘導システムは、対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の生理情報を検出しながらマッサージを行う。次いで、対象者の心身の状態を対象者が所望する状態、あるいは対象者が置かれている環境に適した状態に適切に誘導するために、制御部が、心身状態判別部の判別結果に基づいて複数の刺激付与部の中からいずれかを選択し、その動作を制御する。
【0037】
まず、対象者を椅子等に座らせて所定時間(数分程度)安静状態に維持する。次いで、中枢神経活動情報検出部及び自律神経活動情報検出部によって、対象者の脳血流、心拍数及び心拍変動の高周波成分(HF値)を評価しながら、肩叩き、肩揉み、腰叩き、腰揉み、足圧迫のうちのいずれかのマッサージを所定時間(例えば、3分間)実施する。
【0038】
そして、心身状態判別部が、図3〜図5に示される状態判定テーブルを利用して、初めに脳血流の評価値に基づいて中枢神経活動の状態を判別する。即ち、脳血流量が増加していれば、中枢神経活動は亢進状態と判定され、脳血流に変化がなければ定常状態と判定され、脳血流が低下していれば中枢神経活動は抑制状態であると判定される。
【0039】
次いで、心身状態判別部は、対象者の心拍数が増加しているか、変化していないか、あるいは低下しているかを判定し、さらに心拍変動の高周波成分(HF値)の値が増加しているか、変化していないか、あるいは低下しているかを判定して、対象者の自律神経活動の状態を判別する。
【0040】
例えば、図2の○印に示すように、脳血流量が増加し、心拍数も増加し、HF値が低下している場合、中枢神経活動は亢進状態、自律神経活動は覚醒状態であり、対象者の心身状態は覚醒状態であると判別される。また、図2の△印に示すように、脳血流量に変化がなく、心拍数も変化がなく、HF値も変化がない場合、中枢神経活動及び自律神経活動はいずれも定常状態であり、対象者は初期状態のままであると判別される。また、図2の◎印に示すように、脳血流量が低下し、心拍数も低下し、HF値が増加している場合、中枢神経活動は抑制状態、自律神経活動は鎮静状態であり、対象者の心身状態は鎮静状態(リラックス状態)であると判別される。
【0041】
ここで、心身状態判別部において心身が共に鎮静状態(リラックス状態)であると判別されたか、あるいは初期の状態で変化していないと判別された対象者を、覚醒状態となるように誘導する場合、制御部は複数の刺激付与部の中から腰刺激付与部を選択して、叩き、摩り、伸ばし、叩き揉み等のマッサージ手技の種類の選択や、その強弱度合い、並びに刺激付与時間等を調節して、その動作を制御することによって、対象者の心身を覚醒状態へと誘導する。
【0042】
一方、心身状態判別部において心身が共に覚醒状態であると判別されたか、あるいは初期の状態で変化していないと判別された対象者を、心身共に鎮静状態となるように誘導する場合、制御部は複数の刺激付与部の中から脚刺激付与部を選択して、叩き、摩り、伸ばし、叩き揉み等のマッサージ手技の種類の選択や、その強弱度合い、並びに刺激付与時間等を調節して、その動作を制御することによって、対象者の心身を鎮静状態へと誘導する。
【0043】
図6〜図8に示すように、上述の状態判定テーブルとして、心拍変動のHF値の替わりにLF/HF値を評価対象とするものを利用しても良い。この状態判定テーブルを利用しても、対象者の心身状態の判別を上述した場合と同様に実施することができる。
【0044】
例えば、図6に示すように、脳血流量が増加し、心拍数も増加し、LF/HF値が増加している場合、対象者の心身状態は覚醒状態であると判別される。また、図7に示すように、脳血流量に変化がなく、心拍数も変化がなく、LF/HF値も変化がない場合、対象者は初期状態のままであると判別される。また、図8に示すように、脳血流量が低下し、心拍数も低下し、LF/HF値が低下している場合、対象者の心身状態は鎮静状態(リラックス状態)であると判別される。
【0045】
そして、対象者の心身状態の誘導についても上述した場合と同様に実施することができる。即ち、心身状態判別部において心身が共に鎮静状態(リラックス状態)であると判別されたか、あるいは初期状態であると判別された対象者を、覚醒状態となるように誘導する場合、制御部は複数の刺激付与部の中から腰刺激付与部を選択して、叩き、摩り、伸ばし、叩き揉み等のマッサージ手技の種類の選択や、その強弱度合い、並びに刺激付与時間等を調節して、その動作を制御することによって、対象者の心身を覚醒状態へと誘導する。
【0046】
一方、心身状態判別部において心身状態が覚醒状態であると判別されたか、あるいは初期の状態のままで変化していないと判別された対象者を、鎮静状態となるように誘導する場合、制御部は複数の刺激付与部の中から脚刺激付与部を選択して、叩き、摩り、伸ばし、叩き揉み等のマッサージ手技の種類の選択や、その強弱度合い、並びに刺激付与時間等を調節して、その動作を制御することによって、対象者の心身を鎮静状態へと誘導する。
【0047】
以上より、本発明の心身状態誘導システムによれば、対象者が所望する状態、あるいは対象者が置かれている環境に適した状態に適切に誘導することができる。例えば、就寝前には脚などの末梢部にマッサージ刺激を付与することで覚醒状態を低下させてリラクゼーションへと誘導し、入眠を促すことが可能となり、仕事中で覚醒状態の低下を検出した場合に、腰又は腰から肩にかけた体幹部にマッサージ刺激を付与することで、覚醒状態を維持・向上させて業務に支障が出ない状態へと誘導する。また、休憩時間には短時間で末梢部刺激によるリラクゼーション、及び体幹部刺激によるリフレッシュ効果を利用することが可能であり、また、運転時においては、覚醒状態を維持しつつ、運転疲労をスッキリとさせることも可能である。
【0048】
〔別実施形態〕
図9に示すように、本発明の心身状態誘導システムは、環境因子取得部6と、対象場面取得部7と、環境改変出力部8とをさらに備える構成であっても良い。環境因子取得部6は、対象者の置かれている周辺環境の環境因子(照度、温度、湿度等)に関する情報を取得する。対象場面取得部7は、対象場面(周辺画像、時刻等)に関する情報を取得する。環境改変出力部8は、光、香り、音、映像等を発して対象者の周辺環境を改変する。
【0049】
本構成によれば、環境因子取得部6及び対象場面取得部7から得られた情報を基に、対象者が置かれている対象場面における対象者に対する外部環境の影響度を制御部4が判別し、環境改変出力部8に命じて対象者の周辺環境をより快適なものに改変させることができる。さらに、制御部4が、対象者の中枢神経活動と自律神経活動といった内部環境に関する情報だけでなく、対象者が実際におかれている周辺環境に関する情報をも取り入れることによって、対象者の心身の状態を対象者の置かれている環境に適した状態へとより適切に誘導することができる。
【実施例】
【0050】
(マッサージ刺激による対象者の生理情報の応答挙動試験)
人の心身の状態と、人に与える触覚系刺激との間にどのような関係があるかを調べるためのマッサージ実験を行った。即ち、人の身体の異なる位置に所定のマッサージ刺激を付与して、これに対する対象者の生理情報の応答挙動を試験した。
被験者に対して、腰を揉むこと、及び脚を圧迫するという2種類のマッサージを行い、それぞれのマッサージ刺激に対する生理情報を検出して解析した。
解析対象とした生理情報は、左右前頭部の脳血流動態、収縮期血圧、拡張期血圧、心拍数、心拍変動(HRV)とした。尚、心拍変動については、その高周波成分(HF:周波数帯域;0.04Hz〜0.15Hz)及び低周波成分(LF:周波数帯域;0.15Hz〜0.4Hz)を検出して、HF値、LF/HF値、及びLF/(LF+HF)値をそれぞれ算出した。
【0051】
1.実験方法
全てのマッサージ実験は、気温、相対湿度、照度を一定条件に調節した人工気候室内でマッサージ刺激付与装置を用いて実施した。マッサージ実験は2日間の日程で行ない、生理情報に関しては、脳血流動態を評価するために、時間分解分光法によって被験者の左右前頭部のそれぞれの血液中の酸化型ヘモグロビン(HbO2)濃度を計測した。また同時に、フィナプレス法によって被験者の指先にて収縮期血圧値、及び拡張期血圧値を計測し、さらに、心拍数とR−R間隔についてはメモリー心拍計により計測した。得られたR−R間隔については実験終了後に最大エントロピー法を用いた分析により、HF値を副交感活動指標、LF/HF値およびLF/(LF+HF)値を交感神経系活動指標とした心拍変動(HRV)を検討した。
【0052】
マッサージ実験は、被験者をマッサージチェアに座らせて2〜3分程度の安静状態を維持させた後、腰を揉むか、あるいは脚を圧迫するマッサージを3分間実施し、マッサージ刺激終了後も安静状態を維持させることを一連の実験手順とした。その間、被験者には閉眼状態を維持させた。左右前頭部の脳血液動態、収縮期血圧値、拡張期血圧値、心拍数、R−R間隔は一連のマッサージ実験において1秒毎に計測した。
【0053】
腰を揉むマッサージ実験においては、4人の被検者について各人につき4回の実験を行っており、合計16のデータを得た。また脚を圧迫するマッサージ実験においては、4人の被検者について各人につき6回の実験を行っており、合計24のデータを得たが、心拍変動(HF値、LF/HF値、LF(LF+HF)値)に関しては22のデータで後述するt検定を行って評価した。
【0054】
この実験の実施期間中は、全てのマッサージ刺激を付与する前の状態において、マッサージ刺激を付与せずにマッサージチェアに座ることのみとするコントロール実験も同様の手順で実施した。
【0055】
2.評価方法
t検定(両側、対応有り、p<0.05、p<0.01)を用いて有意差を検討した。t検定は、左右前頭部の脳血流、心拍数、収縮期血圧および拡張期血圧についてはマッサージ開始前の10秒間の平均値及び標準偏差に対する、マッサージ開始後の1秒毎の平均値及び標準偏差について実施した。また心拍変動(HF値、LF/HF値、LF(LF+HF)値)に関してはマッサージ開始前の1分間の平均値および標準偏差に対する、マッサージ開始後の1分毎の平均値及び標準偏差について実施した。図10〜図25において、太い実線が平均値を示し、その実線の上下方向に伸びる線が標準偏差を示す。また*は危険率5%で有意差があることを示しており、**は危険率1%で有意差があることを示す。
【0056】
3.実験結果
(1)腰を揉むマッサージ刺激について
図10に示すように、被験者の腰を揉んでマッサージを行うと、被験者の左前頭部における酸化型ヘモグロビン濃度が、試験後30秒間はマッサージ刺激を付与する前と比べて有意に低下するが、その後はほとんどマッサージ刺激を付与する前と変わらなかった。また、図11に示すように、被験者の右前頭部における酸化型ヘモグロビン濃度は、マッサージ刺激を付与する前とほとんど変わらなかった。これらの結果から、人の腰にマッサージ刺激を与えても、脳血流はほとんど変化しないことが分かる。
【0057】
図12に示すように、被験者の心拍数は、マッサージ刺激を付与する前と比べて有意に増加した。また、図13及び図14に示すように、被験者の収縮期血圧値及び拡張期血圧値はいずれも、マッサージを行うにつれてマッサージ刺激を付与する前と比べて優位に増加した。
【0058】
図15に示すように、被験者のHF値は、マッサージを行うにつれて、マッサージ刺激を付与する前と比べて優位に低下していたが、図16及び図17に示すようにLF/HF値及びLF/(LF+HF)値は、マッサージ刺激を付与する前とほとんど変わらなかった。
【0059】
従って、人の腰にマッサージ刺激を与えると、脳血流にほとんど変化が見られず、心拍数と血圧が有意に増加する。そして、HF値が有意に低下することから、副交感神経の働きが弱められ、相対的に交感神経の働きが強くなる。このため、人の腰にマッサージ刺激を与えた場合、人の中枢神経活動の状態は、初期状態と変わらないものの、自律神経活動の状態は初期状態よりも覚醒状態になり易いことが分かる。
【0060】
(2)脚を圧迫するマッサージ刺激について
図18及び図19に示すように、被験者の脚を圧迫するマッサージを行うと、被験者の左右の前頭部における酸化型ヘモグロビン濃度が、マッサージ刺激を付与する前と比べて有意に低下した。これらの結果から、人の脚にマッサージ刺激を与えると、脳血流が低下することが分かる。
【0061】
図20に示すように、被験者の心拍数は、マッサージ刺激を付与する前と比べて有意に低下した。図21に示すように、被験者の収縮期血圧値は、マッサージ刺激を付与する前と比べてわずかに増加する傾向を示したが、図22に示すように、被験者の拡張期血圧値は、マッサージ刺激を付与する前とほとんど変わらないか、わずかに低下する傾向を示した。
【0062】
図24及び図25に示すように、被験者のLF/HF値及びLF/(LF+HF)値は、マッサージを行うにつれて、マッサージ刺激を付与する前と比べて優位に低下していたが、図23に示すようにHF値は、マッサージ刺激を付与する前とほとんど変わらなかった。
【0063】
従って、人の脚にマッサージ刺激を与えると、脳血流と心拍数が有意に低下する。そして、LF/HF値及びLF/(LF+HF)値が有意に低下することから、交感神経の働きが弱められ、相対的に副交感神経の働きが強くなる。このため、人の脚にマッサージ刺激を与えた場合、人の中枢神経活動の状態は、初期状態よりも抑制状態となり、自律神経活動の状態も初期の状態よりも鎮静状態になり易いことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の心身状態誘導システムは、マッサージ機に代表されるような疲労回復装置等に限らず、対象者が着席する車両用シートやオフィスの座席などにも用いることができる。
【符号の説明】
【0065】
1 中枢神経活動情報検出部
2 自律神経活動情報検出部
3 心身状態判別部
4 制御部
5 刺激付与部
6 環境因子所得部
7 対象場面取得部
8 環境改変出力部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象者の中枢神経活動の生理情報を検出する中枢神経活動情報検出部と、
対象者の自律神経活動の生理情報を検出する自律神経活動情報検出部と、
前記中枢神経活動情報検出部及び前記自律神経活動情報検出部によって得られた生理情報を基にして前記対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態を判別する心身状態判別部と、
前記対象者の身体の異なる場所のそれぞれに触覚系刺激を与える複数の刺激付与部と、
前記心身状態判別部の判別結果に基づいて前記刺激付与部のいずれかを選択し、その動作を制御することにより前記対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態の少なくともいずれか一方を変更する制御部とを備える心身状態誘導システム。
【請求項2】
前記中枢神経活動情報検出部が、前記対象者の脳血流を検出する請求項1に記載の心身状態誘導システム。
【請求項3】
前記自律神経活動情報検出部が、前記対象者の心拍数、及び心拍変動を検出する請求項1又は2に記載の心身状態誘導システム。
【請求項4】
前記複数の刺激付与部に、少なくとも前記対象者の脚に触覚系刺激を与える脚刺激付与部と、前記対象者の腰に触覚系刺激を与える腰刺激付与部とが含まれる請求項1〜3の何れか1項に記載の心身状態誘導システム。
【請求項5】
前記心身状態判別部が、前記中枢神経活動情報検出部及び前記自律神経活動情報検出部によって得られた生理情報、並びに前記対象者の過去の前記生理情報及び前記判別結果を集積したデータベースの情報に基づいて前記対象者の中枢神経活動と自律神経活動の状態を判別する請求項1〜4の何れか1項に記載の心身状態誘導システム。
【請求項1】
対象者の中枢神経活動の生理情報を検出する中枢神経活動情報検出部と、
対象者の自律神経活動の生理情報を検出する自律神経活動情報検出部と、
前記中枢神経活動情報検出部及び前記自律神経活動情報検出部によって得られた生理情報を基にして前記対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態を判別する心身状態判別部と、
前記対象者の身体の異なる場所のそれぞれに触覚系刺激を与える複数の刺激付与部と、
前記心身状態判別部の判別結果に基づいて前記刺激付与部のいずれかを選択し、その動作を制御することにより前記対象者の中枢神経活動及び自律神経活動の状態の少なくともいずれか一方を変更する制御部とを備える心身状態誘導システム。
【請求項2】
前記中枢神経活動情報検出部が、前記対象者の脳血流を検出する請求項1に記載の心身状態誘導システム。
【請求項3】
前記自律神経活動情報検出部が、前記対象者の心拍数、及び心拍変動を検出する請求項1又は2に記載の心身状態誘導システム。
【請求項4】
前記複数の刺激付与部に、少なくとも前記対象者の脚に触覚系刺激を与える脚刺激付与部と、前記対象者の腰に触覚系刺激を与える腰刺激付与部とが含まれる請求項1〜3の何れか1項に記載の心身状態誘導システム。
【請求項5】
前記心身状態判別部が、前記中枢神経活動情報検出部及び前記自律神経活動情報検出部によって得られた生理情報、並びに前記対象者の過去の前記生理情報及び前記判別結果を集積したデータベースの情報に基づいて前記対象者の中枢神経活動と自律神経活動の状態を判別する請求項1〜4の何れか1項に記載の心身状態誘導システム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図15】
【図16】
【図17】
【図23】
【図24】
【図25】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図15】
【図16】
【図17】
【図23】
【図24】
【図25】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【公開番号】特開2012−161558(P2012−161558A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−25962(P2011−25962)
【出願日】平成23年2月9日(2011.2.9)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【出願人】(501186173)独立行政法人森林総合研究所 (91)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年2月9日(2011.2.9)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【出願人】(501186173)独立行政法人森林総合研究所 (91)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]