説明

心電図解析装置

【課題】 致死的な不整脈の発生可能性の予知に有用な情報を心電図の電気的活動を指標値の分布という点から評価する心電図解析装置を提供する。
【解決手段】多チャンネル心電図を解析する心電図解析装置であって、多チャンネル心電図から、一心拍内のある時点における電流分布を求める電流分布算出手段と、電流分布に基づいて、心房及び心室の推定外郭位置、及び興奮伝搬位置に関する情報を算出する位置算出手段と、心房及び心室の推定外郭位置と、興奮伝搬位置に関する情報を、表示装置の同一表示領域中に同時表示させる表示制御手段とを有する。また、興奮伝搬最強点の位置や、脱分極異常の指標である心室遅延電位LPの分布、再分極異常の指標であるRT dispersionの分布を、推定外郭位置と共に表示する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は心電図解析装置に関し、特に多チャンネルの心電図を解析することにより、心疾患の診断に有用な情報を得るための心電図解析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、心臓疾患の診断指標として、心電図が広く用いられている。心電図は心臓の電気的な活動を体表面で検出した信号波形であり、心電図の解析により、心臓の活動に関する様々な情報を得ることが可能である。
【0003】
近年、致死的不整脈の発生を予見するための指標として、心電図から得られる心室遅延電位(Late Potential: LP)や、QT間隔のばらつき(QT dispersion)といった情報が有用であると考えられており、心電図からそのような値を求める装置も提案されている(特許文献1参照)。
【0004】
【特許文献1】特開2002−224068号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来、LPやQT dispersionといった指標は個別に測定され、両者を総合的に評価するための手段は提供されていなかった。また、心臓は立体的な臓器であるが、指標値の分布やその時間的な変化について直感的に評価するための手段は提供されていなかった。
【0006】
本発明はこのような従来技術の課題に鑑みてなされたものであり、心臓の電気的活動を指標値の分布という点から評価するために有用な心電図解析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の目的は、多チャンネル心電図を解析する心電図解析装置であって、多チャンネル心電図から、一心拍内のある時点における電流分布を求める電流分布算出手段と、電流分布に基づいて、心房及び心室の推定外郭位置、及び興奮伝搬位置に関する情報を算出する位置算出手段と、心房及び心室の推定外郭位置と、興奮伝搬位置に関する情報を、表示装置の同一表示領域中に同時表示させる表示制御手段とを有することを特徴とする本発明の心電図解析装置によって達成される。
【0008】
また、上述の目的は、多チャンネル心電図を解析する心電図解析装置であって、多チャンネル心電図から、各チャンネルにおける心室遅延電位を求める心室遅延電位分布算出手段と、多チャンネル心電図から、各チャンネルにおけるRT間隔のばらつきを算出するRT dispersion分布算出手段と、心室遅延電位の分布と、RT間隔の分布とを、比較可能に同時表示させる表示制御手段とを有することを特徴とする本発明の心電図解析装置によっても達成される。
【発明の効果】
【0009】
このような構成により、本発明によれば、心臓の電気的活動を指標値の分布という点から評価するために有用な心電図解析装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照して本発明をその好適な実施形態に基づいて詳細に説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る心電図解析装置の構成例を示すブロック図である。
本実施形態の心電図解析装置100は、電極10と、インプットボックス20と、本体装置30とから構成される。電極10は、本実施形態においては5個であり、それぞれC2(第4肋間胸骨左縁)、R(右手)、L(左手)、F(左足)及びRF(右足)に装着する。電極10はその一端でインプットボックス20に接続される。
【0011】
インプットボックス20は、電極10で検出される各誘導波形から、X,Y,Zの各誘導波形を生成して出力する機能を有する。A/D変換器21は、電極10から入力される誘導波形(心電信号)を所定の周波数及び精度でサンプリングし、XYZ誘導波形生成部22へ出力する。XYZ誘導波形生成部は、心起電力ベクトルのX,Y,Z成分波形であるX,Y,Zの各誘導波形を生成し、後述する心室遅延電位LPの算出に利用可能なように、高精度の増幅器で増幅する。
【0012】
X,Y及びZ誘導波形が標準誘導波形の線形和で求められることは、”逆Dower法”として知られている。従って、XYZ誘導波形生成部22は、周知の係数を用いて上述した5個の電極で得られる誘導波形を合成することにより、X,Y,Z誘導波形を合成することができる。
【0013】
アイソレーション回路23は、例えば発光素子と受光素子と有し、XYZ誘導波形データを光信号の形態で伝送することにより、入力側回路と出力側回路との間の電気的な分離(絶縁)を実現する。これは、電極10を通じて被検者に電流が流れ込むような事故を防ぐために設けられる。
【0014】
インタフェース回路(I/F)24は、インプットボックス20を本体装置30と通信可能に接続するための物理的及び論理的な通信インタフェースを提供する。I/F24のサポートするプロトコルに特に制限はないが、有線接続であればUSBやIEEE1394等、無線接続であればBlueTooth(商標)やIEEE802.11x等に準拠した通信インタフェースを例示できる。
【0015】
本体装置30は、心電図解析装置100の主要機能である心電図の解析処理を受け持つ。本体装置30において、インタフェース回路(I/F)31は、インプットボックス20との通信インタフェースを提供する。I/F31とI/F24との間でコネクションを確立することにより、本体装置30とインプットボックス24との間での通信が可能となる。
【0016】
波形合成処理部32は、インプットボックス20から受信するX,Y,Z誘導波形から多チャンネル心電図信号を生成する。波形合成処理部32の処理の詳細は後述する。記憶部33は、ハードディスクドライブのような大容量不揮発性記憶装置であり、インプットボックス20から受信したX,Y,Z誘導波形や、波形合成処理部32が出力する合成波形、被検者に関するデータ、後述する制御部35が実行するアプリケーションプログラムやGUIデータ等を記憶する。
【0017】
なお、インプットボックス20を用いず、過去に測定したX,Y,Z誘導波形や多チャンネル心電図信号を用いて解析処理を行なうことも可能である。この場合、メモリカードリーダや光学ディスクドライブのような、着脱可能な記憶媒体の読み取り装置を設け、記憶媒体から波形データを取得したり、I/F31もしくは他のインタフェースを介して接続される外部装置から波形データを取得したりしてもよい。
【0018】
波形解析処理部34は、記憶部33に記憶された多チャンネル心電図信号、或いは波形合成処理部32が出力する多チャンネル心電図信号を解析し、心臓の電気的活動の診断に有用な情報を生成する。波形解析処理部34の具体的な処理については後で詳細に説明する。
【0019】
制御部35は、心電図解析装置100全体の制御を行う。制御部35は例えばCPU、ROM,RAM等を含んで構成され、記憶部33に記憶された制御プログラム(OSやアプリケーションプログラム)を実行して装置の動作を制御する。また、上述した波形合成処理部32や波形解析処理部34の少なくとも1部を、制御部35を実現するCPUと同じCPUによりソフトウェア的に実現してもよい。
【0020】
操作部36は、ユーザが本実施形態の心電図解析装置に対して指示を入力するためのマン=マシーンインタフェースであり、通常、キーボードやマウス、表示装置の画面上に取り付けられたタッチパネル等から構成される。出力部37は表示装置やプリンタであり、ユーザが心電図解析装置を操作するためのGUIや、解析結果等の表示を行ったり、解析結果のレポートを印刷出力したりするために用いる。
【0021】
以下、上述の構成を有する心電図解析装置100の動作について説明する。
本実施形態の心電図解析装置100は、多チャンネル心電図信号を解析し、心臓の電気的活動の診断に有用な指標、例えば心臓外郭の推定位置や興奮伝搬最強点の位置、脱分極異常の指標である心室遅延電位(LP)や、再分極異常の指標であるRT dispersionの2次元的な分布を求めて呈示することを特徴とする。
【0022】
本実施形態の心電図解析装置は、波形合成技術を用い、実測チャンネル数よりも多いチャンネル数の心電図信号を生成する。本実施形態では、5つの電極を用いて測定した実測波形からXYZ誘導波形生成部22において生成したX,Y,Z誘導波形を用い、187チャンネルの誘導波形を合成する。このように、波形合成技術を用いることにより、測定時の手間が省略でき、また患者の負担も軽減されるという利点がある。
【0023】
波形合成処理部32は、I/F31を介して受信したX,Y,Z誘導波形と、予め用意された、合成する誘導波形に対する誘導ベクトルを用い、合成誘導波形を生成する。誘導ベクトルは、例えば、Frankの論文(Ernest Frank, "THE IMAGE SURFACE OF A HOMOGENEOUS TORSO", Amer. Heart. J, 47:pp. 757-768, 1954 に記載されたトルソモデル及びイメージサーフェスを用いて求めることができる。具体的には、トルソモデルにおける電極位置が対応するイメージサーフェス上の座標を求めた後、電極位置の座標から各誘導波形についての誘導ベクトル(合成双極誘導ベクトル)を決定する。この際、CT(central terminal)の座標は、R(右手)、L(左手)及びF(左足)の座標を頂点とする三角形の重心座標とした。そして、合成双極誘導ベクトルの各x,y,z成分とX,Y,Z誘導波形とを用いて、各電極位置における誘導波形を生成する。
【0024】
本実施形態においては、V4R誘導の電極位置から、左脇腹を通って左後背部のV誘導の電極位置までを垂直に16等分する17本の線と、第1肋間胸骨の左右縁部を通る水平線と、第12肋骨の左右肋骨弓を通る水平線まで等間隔に引いた11本の水平線の交点である計187箇所の電極位置に対応する誘導ベクトルを用いた。
【0025】
なお、ここで求まる誘導ベクトルはある特定の体型等の仮定の下に決定されたものであるため、患者の性別や身長、体重等に応じた複数の誘導ベクトルセットを用意しておき、その中から適切なセットを選択して用いるように構成することが好ましい。
【0026】
波形合成処理部32は、合成誘導波形を記憶部33に記憶する。また、波形合成処理部32の処理能力に応じ、合成誘導波形の一部又は全部を、制御部35を通じて出力部37にリアルタイムに出力するように構成しても良い。
【0027】
図2は、187チャンネルの合成誘導波形をリアルタイム表示している状態を模式的に示した図である。
図2は、患者を正面から見た状態に対応させて表示を行っている状態を示しており、上下方向11チャンネル、左右方向17チャンネルの合成誘導波形1心拍分を、電極位置に対応付けて表示している。また、想定される胸部誘導V〜Vの電極位置を示す○印201〜206が波形に重畳表示されている。
【0028】
本実施形態のようにチャンネル数が非常に多い場合、ハードウェアの能力によっては全チャンネルのリアルタイム表示が困難な場合がある。このような場合、リアルタイムに合成処理ができないチャンネルについては、リアルタイム表示が行われていない期間に合成処理を行なう。そのタイミングに制限はないが、例えば操作部36を介して全チャンネルの表示指示がなされた際に、記憶部33に記憶されたX,Y,Z誘導波形を用いて未処理のチャンネルについての合成処理を行っても良い。
【0029】
さて、以上のようにして、多チャンネルの合成誘導波形を生成し、記憶部33に記憶していくが、本実施形態の心電図解析装置100は、この多チャンネル誘導波形を解析し、各種指標値の2次元的な分布や変化を呈示することを特徴とする。以下、本実施形態の心電図解析装置100における解析処理について説明する。
【0030】
(心房、心室の外郭及び、興奮伝搬点の表示)
まず、心房、心室の外郭並びに興奮伝搬点の表示処理について説明する。
例えば、アプリケーションメニューから外郭表示処理が指示されると、制御部35がそれを検知し、波形解析処理部34に対して外郭表示処理の実行を指示する。波形解析処理部34は、記憶部33から、指定された患者の指定された時刻における各チャンネルの誘導波形を1心拍分読み出す。そして、各チャンネルの誘導波形に関し、1心拍内において心房の電気的興奮を表すP波区間の電位と、心室の電気的興奮を表すQRS波の区間の電位とを求める。
【0031】
そして、各チャンネルのP波区間について、後述する方法により電流値(ベクトルFの大きさ)を求め、区間内の2乗積分値を求める。一般に、電流値の2乗積分値は心筋活動(心房、心室)のエネルギーを反映し、電流値が大きい部分は心臓が存在するものと考えられる。そのため、各チャンネルのP波区間の2乗積分値について、最大値より小さい一定値を閾値として定め、閾値に対応する点をつないで心房の推定外殻位置を表す閉曲線を生成する。
また、心室の推定外殻位置を表す閉曲線については、各チャンネルのQRS波区間の電流値の2乗積分値を用い、心房の推定外郭位置と同様にして生成することができる。さらに、各チャンネルの最大電流値から、領域内で最も電位が大きくなると思われる位置を興奮伝搬最強点として算出する。
【0032】
これらの情報を、制御部35を介して出力部37に出力する。図3(a)に、表示状態の例を示す。図3(a)において、41が心房外郭を表す閉曲線、42が心室外郭を表す閉曲線、43が興奮伝搬最強点を示している。ここでは、外郭内部において、興奮伝搬最強点の電位に対して所定の比率以上の電位を有する誘導波形が測定された範囲についても、色分けして示している。また、図2と同様、V〜Vの胸部誘導の想定電極位置が、○印でマーク表示されている。
【0033】
図3(a)の表示は1心拍についての表示であるが、この表示処理を時系列的に行うことにより、興奮伝搬最強点の移動や、心室、心房の外郭変化をユーザに呈示することができる。
【0034】
図3(a)において、1心拍内のどの時点での値に基づいて電位を算出するかは、例えば、図3(a)の画面と隣接して、図3(b)に示すような画面を呈示してユーザが指定できるようにしても良い。図3(b)では、1心拍分のX,Y,Z誘導波形(平均波形)を、ユーザが移動可能なカーソル45とともに合成表示している。ユーザが操作部36を操作してカーソル45を左右に移動させると、1心拍内のうち、カーソル位置で示される時点における電位を算出して動的に図3(a)の表示を行う。
【0035】
また、図4(a)〜(c)に示すように、自動的に電位算出の時刻を順次変化させて順次表示処理を行うことにより、1心拍内における心外郭の変化や、興奮伝搬最強点の移動を動画表示することも可能である。
【0036】
また、興奮伝搬最強点の代わりに、ベクトルアローを用いても同様に興奮伝搬を視覚的に表すことが可能である。図5は、図3と同様、カーソル45で指定される1心拍内の時点について、心房及び心室の外郭線を求め、興奮伝搬最強点の代わりにベクトルアロー44を描画したものである。
【0037】
ベクトルアローは、以下のように算出並びに描画する。ここでは、説明を容易にするため、1つのベクトルアローの算出、描画処理について説明する。
まず、187チャンネルの心電図の1つ(チャンネル1とする)に着目し、1心拍内のある時点の電位V(ch1, t)を取得する。そして、他の186チャンネルの心電図についても、同じ時点の電位V(ch2, t)〜V(ch187, t)を取得する。
【0038】
次に、チャンネル1の測定位置(電極位置)と、他のチャンネルの1つ(チャンネル2とする)の測定位置との間の電場F(ch1, ch2)を
F(ch1, ch2)=k×(V(ch2, t)−V(ch1, t))/d(ch1, ch2)
によって求める。
なお、kは比例定数であり、d(ch1, ch2)は、測定位置の間隔である。F(ch1, ch2)はチャンネル1の測定位置からチャンネル2の測定方向に向かう方向もしくは逆方向を有するベクトルと考えることができる。
【0039】
残りのチャンネル3〜187についても同様の計算を行い、得られた186個のベクトルF(ch1, chi) (i=2,3,..187)を加算して、チャンネル1の測定位置における電場の大きさと方向を表すベクトルF1として求める。
チャンネル2〜187の測定位置についても、同様にしてベクトルF2〜F187を求める。
【0040】
表示領域を縦11、横17の計187の区分領域に分割し、個々の区分領域内に、対応する測定位置のベクトルFをベクトルアローによって描画する。なお、187のベクトルアローのうち、最大のものが方形領域内に描画できるよう、各ベクトルアローの大きさを正規化して描画を行なう。
電流密度=比誘電率×電場であるので、体表面の比誘電率が一定であるとすれば、ベクトルF1〜F187は各測定位置における電流の大きさと向きを相対的に表す。従って、上述の計算により、心臓の電流分布を求めることができる。この電流分布は、上述した心外郭の推定位置の算出に用いることができる。
各チャンネルの測定位置に対応する電流を、電流の大きさと方向を視覚的に表すパターンであるベクトルアローにより表示した、図5に示すようなベクトルアローマップにより、心臓の電流分布を視覚的にわかりやすく表示することができる。
【0041】
さらに、図5の例では、各ベクトルアローを描画する区分領域の背景色を、ベクトル値を求めた際の各心電図の極性と絶対値に応じて色分けして描画する。具体的には、プラスを赤、マイナスを青、0を白として、絶対値が大きいほど濃い色で背景色を描画する。このような描画により、背景色により心臓の電位分布を視覚的にわかりやすく把握することができる。なお、図5の例では、区分領域を均一な背景色とせず、隣接する区分領域との色の変化が滑らかになるよう、区分領域をさらに細分化して背景色を変化させている。
【0042】
また、図6(a)〜(c)は、図4(a)〜(c)と同様にして、動画表示を行った場合の例を示す。
このように、電位の分布や電流の分布を求め、心室や心房の外郭や、興奮伝搬の時間的な変化を表示することにより、心臓の電気的興奮が正しく移動しているかどうかを直感的に把握することが可能となる。
【0043】
例えば、図4においては、興奮伝搬最強点が心房から心室へと正しい経路を通って伝搬しているが、興奮伝達系に異常がある場合には、興奮伝搬最強点の移動経路が変化するので、この表示によって異常の有無に関する情報を得ることが可能となる。
【0044】
また、ベクトルアローマップを用いた図6においては、興奮伝播をより視覚的に表示することができる。例えば、完全右脚ブロックでは右室側での心室内伝導遅延、完全左脚ブロックでは左室側での心室内伝導遅延を示す。また、心筋梗塞では、梗塞部位でのベクトルアローの迂回を示す。
【0045】
(心室遅延電位LPの2次元分布算出)
次に、心室遅延電位LPの2次元分布算出処理について説明する。
例えば、アプリケーションメニューから、心室遅延電位LPの表示処理や、心室遅延電位LPと後述するRT dispersionの同時表示処理の指示がなされると、制御部35がそれを検知し、波形解析処理部34に対して以下の心室遅延電位表示処理の実行を指示する。
【0046】
心室遅延電位LPは、QRS波の終末部に遅れて出現する高周波成分であり、局所的な心室興奮伝搬障害を示すものと考えられている。心室遅延電位は非常に小さな電位であるため、本実施形態のインプットボックス20におけるXYZ誘導波形生成部22では、高精度の増幅器を用いてX,Y,Z誘導波形を増幅し、波形合成処理部32での合成に用いている。
【0047】
波形解析処理部34は、記憶部33から、指定された患者の誘導波形データのうち、各チャンネルの誘導波形について、例えば100心拍分読み出す。そして、R波をトリガとして例えば100〜300Hzのバンドパスフィルタ処理を行なった後、各チャンネルの誘導波形を加算平均し、雑音成分を十分抑制する。その後、各チャンネルの加算平均波形における、QRS終了後の電位の積分値を心室遅延電位LPとして求める。
【0048】
図7(a)は、例えば187チャンネル分の誘導波形を用いて心室遅延電位LPの分布を表示した例を示している。図3に示した表示様式と同様、1心拍分のX,Y,Z誘導波形(平均波形)を左側に表示し、右側に心室遅延電位LPが予め定めた閾値より大きい領域(異常と考えられる領域)81を、LPの値に応じて段階的に表示した例を示しているが、他の任意の方法で心室遅延電位LPを表示することができる。
【0049】
(RT dispersionの2次元分布の算出)
次に、RT dispersionの算出処理について説明する。
例えば、アプリケーションメニューからRT dispersionの表示処理や、RT dispersionと上述の心室遅延電位LPの同時表示処理が指示されると、制御部35がそれを検知し、波形解析処理部34に対して以下のRT dispersion表示処理の実行を指示する。
【0050】
上述のように、従来、再分極異常の指標として、Q波の開始点から、T波の終了点までの間隔のばらつきであるQT dispersionが用いられている。しかし、T波の終了点を特定することは容易でない。そのため、本実施形態では、より明確な検出が可能で、かつQT dispersionと同等の情報を有すると考えられるRT dispersionとその分布を求める。
【0051】
RT dispersionの定義を説明する図である、図8を参照して、RT dispersionとその分布算出処理について説明する。
波形解析処理部34は、記憶部33から、指定された患者の誘導波形データのうち、各チャンネルの誘導波形について、1心拍分読み出す。そして、個々の波形に対し、一次微分波形を生成する。
【0052】
図8において、上段は心電図波形(合成誘導波形)、下段はその一次微分波形を示す。本実施形態において、RT間隔は、一次微分波形におけるR波下降脚の最小ピークに対応する時点と、同じく一次微分波形におけるT波上向脚部分の最大ピークに対応する時点の時間差(図中RT)として定義される。そして、RT間隔のばらつきであるRT dispersionは、同一心拍についての誘導波形全チャンネル中、最大のRT間隔(RTmax)と、最小のRT間隔(RTmin)の差として定義される。すなわち、
RT dispersion=RTmax−RTmin
である。
【0053】
波形解析処理部34は、この定義に従い、各チャンネルのRT間隔とRTmax、RTminを求める。そして、各チャンネルのRT間隔と、RTminとの差を求め、この差の分布を、RT dispersionの分布として、制御部35を通じて出力部37に表示する。
【0054】
図7(b)は、187チャンネルの誘導波形を用いてRT dispersionを算出し、再構築したものを、図7(a)に示した心室遅延電位LPの分布と重ねて同時表示した例を示す図である。このような表示により、心室遅延電位LPと、RT dispersionとの比較が容易に行える。なお、RT dispersionの表示の詳細については、後述する。
【0055】
なお、図7に示すように、心室遅延電位LPと、RT dispersionの分布を比較可能に同時に表示(もしくは印刷)する場合、例えば、心室遅延電位LPの算出に用いる100心拍の誘導波形の最初の1心拍目の誘導波形を用いて算出したRT dispersionの分布を表示するようにして、両者の時間的な関係を合わせて表示することが好ましい。
【0056】
なお、本実施形態の心電図解析装置は、心外膜から中間膜にかけて存在するMセル(M cell)の状態を表す指標として、(Tpeak-negative dV/dt)dispersionも算出可能である。
【0057】
一般的に、QT dispersionは、活動電位で示される心室筋の再分極異常を反映する。一方、(Tpeak-negative dV/dt) dispersionは、貫壁性(心室壁に垂直な方向)の活動電位の再分極異常を示す。実験的に、Mセルの再分極は、T波の終末部に関連する。従って、(Tpeak-negative dV/dt) dispersionは、Mセルの貫壁性再分極異常を反映する指標として利用可能である。(Antzelevitch C, 等、「Cellular basis for QT dispersion」、J Electrocardiol. 30 168-75, 1998)
【0058】
(Tpeak-negative dV/dt)dispersionは、図8に示すように、T波の最大ピークから、T波下降脚の一次微分波形における最小ピークまでの時間として定義される。波形解析処理部34は、RT dispersionの算出時に、合わせて(Tpeak-negative dV/dt)間隔についてもチャンネル毎に求める。そして、RT dispersionの分布と同様、全チャンネル中最小の(Tpeak-negative dV/dt)間隔との差を各チャンネルについて求め、 (Tpeak-negative dV/dt)dispersionの分布として、制御部35を介して出力部37に表示する。
(Tpeak-negative dV/dt)dispersionについても、Mセルの機能に異常がある場合、その値が大きくなるものと考えられるため、2次元分布表示を行うことにより、異常がある可能性のある部位の推定が行いやすくなるという利点がある。
【0059】
図9は、(Tpeak-negative dV/dt) dispersionの表示例を示す図である。
図9(a)は正常例、図9(b)は心筋梗塞例をそれぞれ示している。図9に示す表示は、図3(a)及び(b)に示したような、1心拍分のX,Y,Z誘導波形(平均波形)と、心外郭を表す表示に加え、(Tpeak-negative dV/dt) dispersionの値と表示色との関係を示すカラーバー95を含んでいる。
【0060】
上述した電流分布を元に、187チャンネルについて(Tpeak-negative dV/dt) dispersionを求める。そして、0msを青、100msを赤、50msを緑とし、中間値は値に応じた中間色に割り当てたグラデーションを作成し、カラーバー95として表示する。カラーバー95における直線96は、187チャンネルの(Tpeak-negative dV/dt) dispersionの最大値を表す。また、心室外郭を表す閉曲線42で囲まれる領域94の中は、この中に含まれるチャンネルと周辺のチャンネルにおける(Tpeak-negative dV/dt) dispersionの値を補完して領域内の各点における値を求め、値に対応したグラデーション中の色で描画している。また、平均波形表示においては、T波ピーク(Ttop)を0msとして、 (Tpeak-negative dV/dt) dispersionの最小値(min)〜最大値(max)に対応する領域91を、対応するカラーバーの色で描画している。従って、(Tpeak-negative dV/dt) dispersionの最小値(min)が0msであれば、領域91の左端はTtopに一致する。
【0061】
また、図9と同様の方法でRT dispersionについて表示した例を図10に示す。RT dispersionにおいては、平均波形表示における領域103が、R波ピーク(Rtop)を0msとした位置に描画される点で異なる。図10に示す様式で表示したRT dispersionを、LP分布と重ね合わせて表示したものが図7(b)に示した表示様式である。
【0062】
このように、図9及び図10の表示例によれば、RT dispersion及び(Tpeak-negative dV/dt) dispersionについて、その分布や大きさを容易に把握することが可能である。
【0063】
以上説明したように、本実施形態の心電図解析装置は、少ない実測チャンネル数で心電図マッピングを行うことが可能であり、患者の負担を抑制することができる。また、心臓の電気的活動に関する指標の値の2次元分布を用い、心房や心室外郭の想定位置とともに指標の値を視覚的に表示することで、障害のある心筋の空間的な局在評価を直感的に行うことを可能とする。
【0064】
また、時間の経過とともに興奮がどのような経路で伝搬するかについても容易に確認可能であり、伝搬異常の有無に関する評価の助けとなる。
特に、脱分極異常の指標である心室遅延電位LPの分布と、再分極異常の指標であるRT dispersionの分布とを同時に呈示することにより、これまで別々に測定されていたこれらの指標を総合的に評価することが可能となる。
加えて、Mセルの貫壁性再分極異常を反映する指標として利用可能な(Tpeak-negative dV/dt) dispersionについても、視覚的に容易に把握可能に表示することが可能である。
【0065】
(他の実施形態)
上述の実施形態の心電図解析装置100において、波形合成の利用は必須ではなく、多チャンネルの誘導波形が得られれば、実測によって得られたものでも、合成によって得られたもので良い。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明の実施形態に係る心電図解析装置の構成例を示す図である。
【図2】本発明の実施形態に係る心電図解析装置において、全187チャンネルの合成誘導波形を表示した例を示す図である。
【図3】本発明の実施形態に係る心電図解析装置における、心房、心室外郭及び興奮伝搬点の表示例を示す図である。
【図4】本発明の実施形態に係る心電図解析装置における、心房、心室外郭及び興奮伝搬点の動画表示例を示す図である。
【図5】本発明の実施形態に係る心電図解析装置における、心房、心室外郭及び興奮伝搬点の別の表示例を示す図である。
【図6】本発明の実施形態に係る心電図解析装置における、心房、心室外郭及び興奮伝搬点の別の動画表示例を示す図である。
【図7】(a)は、本発明の実施形態に係る心電図解析装置において、187チャンネル分の誘導波形を用いて心室遅延電位LPの分布を表示した例を示す図、(b)は、187チャンネルの誘導波形を用いてRT dispersionを算出し、再構築したものを、図7(a)に示した心室遅延電位LPの分布と重ねて表示した例を示す図である。
【図8】本発明の実施形態に係る心電図解析装置における、RT dispersion及び(Tpeak-negative dV/dt)dispersionの定義を説明する図である。
【図9】本発明の実施形態に係る心電図解析装置における、(Tpeak-negative dV/dt)dispersionの表示例を示す図である。
【図10】本発明の実施形態に係る心電図解析装置における、RT dispersionの別の表示例を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多チャンネル心電図を解析する心電図解析装置であって、
前記多チャンネル心電図から、一心拍内のある時点における電流分布を求める電流分布算出手段と、
前記電流分布に基づいて、心房及び心室の推定外郭位置、及び興奮伝搬位置に関する情報を算出する位置算出手段と、
前記心房及び心室の推定外郭位置と、前記興奮伝搬位置に関する情報を、表示装置の同一表示領域中に同時表示させる表示制御手段とを有することを特徴とする心電図解析装置。
【請求項2】
前記位置算出手段が、前記興奮伝搬位置に関する情報として、前記電流分布から興奮伝搬最強点の位置を算出し、
前記表示制御手段が、前記興奮伝搬最強点位置を前記推定外郭位置とともに同時表示することを特徴とする請求項1記載の心電図解析装置。
【請求項3】
前記表示制御手段が、前記表示領域を、前記多チャンネル心電図の各チャンネルに対応する区分領域に分割し、個々の区分領域に、前記他チャンネル心電図の各チャンネルから前記電流分布算出手段が求めた電流の大きさと方向を視覚的に表すパターンを表示することを特徴とする請求項1記載の心電図解析装置。
【請求項4】
さらに、前記表示制御手段が、想定される胸部誘導電極位置を表すマークを、前記表示領域中に重畳表示することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の心電図解析装置。
【請求項5】
前記一心拍内のある時点を順次変更しながら、前記心房及び心室の推定外郭位置と、前記興奮伝搬位置に関する情報の表示を更新し、前記推定外郭位置と、興奮伝搬位置の時間変化を表示することを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の心電図解析装置。
【請求項6】
多チャンネル心電図を解析する心電図解析装置であって、
前記多チャンネル心電図から、各チャンネルにおける心室遅延電位を求める心室遅延電位分布算出手段と、
前記多チャンネル心電図から、各チャンネルにおけるRT間隔のばらつきを算出するRT dispersion分布算出手段と、
前記心室遅延電位の分布と、前記RT間隔の分布とを、比較可能に同時表示させる表示制御手段とを有することを特徴とする心電図解析装置。
【請求項7】
さらに、前記多チャンネル心電図から、一心拍内のある時点における電位分布を求める電位分布算出手段と、
前記電位分布に基づいて、心房及び心室の推定外郭位置を算出する位置算出手段とを有し、
前記表示制御手段が、前記心室遅延電位の分布及び、前記RT間隔の分布とともに、前記心房及び心室の推定外郭位置を表示することを特徴とする請求項6記載の心電図解析装置。
【請求項8】
さらに、前記多チャンネル心電図の各チャンネルについて、T波の最大ピークからT波下降脚の一次微分波形における最小ピークまでの間隔を求める(Tpeak-negative dV/dt)dispersion算出手段を有し、
前記表示制御手段が、T波の最大ピークから、T波下降脚の一次微分波形における最小ピークまでの間隔の分布を表示可能であることを特徴とする請求項6又は請求項7記載の心電図解析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−313122(P2007−313122A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−147362(P2006−147362)
【出願日】平成18年5月26日(2006.5.26)
【出願人】(000112602)フクダ電子株式会社 (196)
【出願人】(598026747)
【出願人】(599059564)株式会社 アイシーエス (3)
【Fターム(参考)】