説明

応力発光体、その製造方法、それを用いた複合材料及びレベルセンサー

【課題】希土類金属の使用量を抑えながらも、応力発光強度が向上した応力発光体とその製造方法を提供することにある。
【解決手段】本発明に係る応力発光体は、応力を受けることで発光する母体材料を含む応力発光体であって、遷移金属(ただし希土類金属を除く)、Si及びSnのうち少なくとも一つの元素をさらに含み、当該元素の少なくとも一部が母体材料に非固溶状態で混合されてなるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、応力発光体、その製造方法、それを用いた複合材料及びレベルセンサーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
発光材料の励起源としては、紫外線、電子線、X線、放射線、電界、化学反応などが一般的に知られているが、外部から加えられた機械的な力(力学エネルギー)によって、材料が発光する現象もある。この現象は応力発光現象と呼ばれている。
【0003】
応力発光現象には、破壊発光と変形発光がある。破壊発光は古くから知られており、固体の破壊によって光が放出される現象である。変形発光は破壊を伴わないものであり、弾性変形領域での発光と塑性変形領域での発光に分けられる。破壊発光現象は、非常に多くの材料系で観察されており、無機物質の約半分は破壊発光の性質を持つといわれている。これに対して、変形発光については、放射線照射したアルカリハライドやある種の高分子で数例の報告例はあるものの、塑性変形領域での微弱な発光であった。
【0004】
近年、力学エネルギーの小さい弾性変形領域で応力或いはひずみエネルギーに比例して可逆的に強い発光を示す種々の無機材料が報告されている(例えば、特許文献1参照)。これらの多くには、高度に構造を制御した無機結晶骨格の中に、発光中心となる希土類金属を添加している。無機材料や発光中心の種類を選択することにより、紫外〜可視〜赤外の様々な波長で発光する材料が得られている。
【0005】
発光中心となる希土類金属として、例えば、ユウロピウムを添加したアルミン酸ストロンチウム(SrAl:Eu、緑色に発光)が挙げられる。人間の視感度は500〜600nmの緑色領域が最も優れていることもあり、ユウロピウム添加アルミン酸ストロンチウムの発光は、肉眼でも十分に確認することができる。さらに、応力発光強度が弾性領域で歪みエネルギーに比例するので、応力発光画像から応力分布を直接可視化できることが実証されている。
【0006】
ところで、Zrなどの遷移金属は、蛍光体において、CaZrOなどの形で蛍光体の母体となったり(特許文献2及び3参照)、真空紫外領域で励起できるリン酸塩系蛍光体の発光中心になったり(特許文献4参照)、Euと共にアルミン酸塩系の母結晶に添加して蛍光の残光を長くする効果を付与したり(特許文献5参照)、酸化イットリウムを母体とし、イットリウムの一部を置換することにより電子線励起による発光輝度を一層向上させたり(特許文献6参照)、表面コーティングによって耐水性や初期発光低下抑制効果を付与したり(特許文献7参照)するといった機能を有することが知られている。
【特許文献1】国際公開第2005/097946号パンフレット(2005年10月5日公開)
【特許文献2】特開1996−283713号公報(1996年10月29日公開)
【特許文献3】特開2001−107038号公報(2001年4月17日公開)
【特許文献4】特開2006−282907号公報(2006年10月19日公開)
【特許文献5】特開1996−73845号公報(1996年3月19日公開)
【特許文献6】特開2006−265396号公報(2006年10月5日公開)
【特許文献7】特開2006−124680号公報(2006年5月18日公開)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように応力発光体において発光中心として利用される希土類金属は、超伝導、触媒など様々な材料にも広く活用されている有用な物質である。しかしながら、希土類金属全体の埋蔵量は非常に限られており、日本は特定の国からの供給に依存している。2006年において、希土類金属の上位産出国は中国、インド、タイであり、各国の生産量はそれぞれ世界シェアの93%、3%、2%を占めている。
【0008】
このような貴重な資源を確保するために、応力発光体においても、希土類金属の使用量を抑える必要がある。そのため、希土類金属以外の遷移元素等の、より安定供給可能な金属を使用しつつも、応力発光強度の高い応力発光体を開発することが必要である。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、希土類金属の使用量を抑えながらも、応力発光強度の高い応力発光体とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた。具体的には、希土類金属以外の遷移金属を、応力を受けることで発光する母体材料に対して非固溶状態となるように添加して、応力発光特性にどのような効果を及ぼすかについて検討を行なった。その結果、母体材料に、希土類金属以外の遷移金属を非固溶状態で含ませることで、希土類金属の使用量を抑えながらも、高い応力発光強度の応力発光体が得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
【0012】
本発明に係る応力発光体は、応力を受けることで発光する母体材料を含む応力発光体であって、遷移金属(ただし希土類金属を除く)、Si及びSnのうち少なくとも一つの元素をさらに含み、当該元素の少なくとも一部が母体材料に非固溶状態で含有されてなるものであることを特徴としている。
【0013】
さらに、本発明に係る応力発光体では、上記元素が、粒子状で上記母体材料の表面に存在することがより好ましい。
【0014】
さらに、本発明に係る応力発光体では、上記元素の含有量が0.1mol%以上、90mol%以下であることがより好ましい。
【0015】
さらに、本発明に係る応力発光体では、上記元素の含有量が10mol%以上、90mol%以下であることがより好ましい。
【0016】
さらに、本発明に係る応力発光体では、上記元素の含有量が0.1mol%以上、10mol%未満であることがより好ましい。
【0017】
さらに、本発明に係る応力発光体では、上記元素がZr、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Hf、Nb、Mo、Ta及びWからなる群より選択される少なくとも1つの金属であることがより好ましい。
【0018】
さらに、本発明に係る応力発光体では、上記母体材料が金属酸化物、金属窒化物及び金属硫化物からなる群より選択される少なくとも1つの化合物を含み、発光中心として希土類金属をさらに含むことがより好ましい。
【0019】
さらに、本発明に係る応力発光体では、上記金属酸化物がアルミン酸及びアルミノケイ酸からなる群より選択される少なくとも1つの化合物であることがより好ましい。
【0020】
さらに、本発明に係る応力発光体では、上記希土類金属がEu、Dy、La、Gd、Ce、Sm、Y、Nd、Tb、Pr、Er、Tm、Yb、Sc、Pm、Ho及びLuからなる群より選択される少なくとも1つの金属のイオンであることがより好ましい。
【0021】
さらに、本発明に係る複合材料は、上記応力発光体を含むことを特徴としている。
【0022】
さらに、本発明に係るレベルセンサーは、上記応力発光体を含むことを特徴としている。
【0023】
また、本発明に係る応力発光体の製造方法は、応力を受けることで発光する母体材料が固溶状態となる組成にて、その原料を混合し、さらに遷移金属(ただし希土類金属を除く)、Si及びSnのうち少なくとも一つの元素を混合する混合工程と、上記混合工程により得られた混合物を焼成する焼成工程と、を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る応力発光体は、上述のように、応力を受けることで発光する母体材料を含む応力発光体であって、遷移金属(ただし希土類金属を除く)、Si及びSnのうち少なくとも一つの元素をさらに含み、当該元素の少なくとも一部が母体材料に非固溶状態で含有されてなるものである。
【0025】
この応力発光体に存在する非固溶部分は母体材料より硬い相を形成し応力が集中しやすいので、応力発光強度が高いという効果を奏する。
【0026】
また、応力発光体中における希土類金属以外の遷移金属、Si及びSnのうち少なくとも一つの元素を含む割合を高めることにより、埋蔵量が限られ、産出国も限定されている希土類金属の使用量を抑えられるという効果も奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0028】
<1.本発明に係る応力発光体>
本発明に係る応力発光体は、応力を受けることで発光する母体材料を含む応力発光体であって、遷移金属(ただし希土類金属を除く)、Si及びSnのうち少なくとも一つの元素(以下、説明の便宜のため「遷移金属等」という。)をさらに含み、当該遷移金属等の少なくとも一部が母体材料に非固溶状態で含有されてなるものである。
【0029】
本明細書において、「非固溶状態」とは、独立した元素又は化合物として存在する2種以上の物質が固体として存在しているが、互いに溶けた状態ではなく相分離した状態を意味し、例えば、置換型固溶体、侵入型固溶体のいずれも形成していない状態を意味する。
【0030】
また、本明細書において、「遷移金属」とは、周期表3〜12の各族の元素を意味し、「希土類金属」とは、Sc、Y及びランタノイド15元素(La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb及びLu)を意味する。ただし、本発明に係る応力発光体において母体材料に対してさらに含まれる遷移金属等からは、希土類金属が除かれる。そこで、説明の便宜のため、以下、単に「遷移金属」という場合、「遷移金属(ただし希土類金属を除く)」を意味するものとする。
【0031】
母体材料に対して非固溶状態で含有されている遷移金属等は母体材料より硬い相を形成し、この付近に応力が集中しやすい。この応力集中効果によって、当該遷移金属等を含まない応力発光体と比較して、応力発光体の応力発光強度を更に向上させることができる。さらに、応力集中効果のみではなく、次の理由により応力は高強度が向上したとも考えられる。即ち、Zrのごく一部は母体結晶内に固溶していると考えられる。なぜなら、本発明者らが格子欠陥濃度の解析を行なった結果、Zrを添加することにより、応力発光強度とともに格子欠陥濃度が増大していることが判明したからである。従って、Zrを添加することにより、硬い相が生成して、応力集中しやすくなっただけではなく、さらに、母体結晶に適切な格子欠陥を形成し、変形しやすく(ゆがみやすく)なったとも考えられる。他の遷移金属等も同様である。
【0032】
〔1−1.母体材料〕
本発明に係る応力発光体に含まれる母体材料の具体例としては、特に限定されないが、金属酸化物、金属窒化物及び金属硫化物からなる群より選択される少なくとも1つの化合物を含み、発光中心として希土類金属をさらに含むもの等が挙げられる。当該母体材料は電荷補償のために、アルカリ金属及びアルカリ土類金属からなる群より選択される少なくとも1つの金属を含んでいてもよい。本発明に係る応力発光体の母体材料が、アルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属を含む場合、その一部は、発光中心となる希土類金属に置換されていてもよい。
【0033】
金属酸化物としては、特に限定されないが、アルミン酸塩、アルミノケイ酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、酸化マグネシウム等が挙げられる。中でも、アルミン酸及びアルミノケイ酸からなる群より選択される少なくとも1つの化合物が好ましい。
【0034】
金属硫化物としては、特に限定されないが、硫化亜鉛、硫化鉄、硫化モリブデン、硫化鉛等が挙げられる。
【0035】
金属窒化物としては、特に限定されないが、窒化アルミニウム、窒化鉄、窒化ニオブ、窒化チタン等が挙げられる。
【0036】
発光中心となる希土類金属としては、上述の「希土類金属」の範疇であれば特に限定されないが、Eu、Ceがより好ましい。
【0037】
本発明に係る応力発光体は、上述の非固溶状態で含有させる遷移金属等以外に、母体材料が、さらに発光中心として遷移金属等を含んでいてもよい。発光中心となる遷移金属等としては、特に限定されないが、Zr、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Hf、Nb、Mo、Ta、W等が挙げられる。中でも、Mnが好ましい。また、非固溶状態で含有される遷移金属等が発光中心となる場合もある。
【0038】
アルカリ金属としては特に限定されないが、Na、K、Rb、Cs等が挙げられる。アルカリ土類金属としては特に限定されないが、Ca、Sr、Ba、Ra等が挙げられる。中でも、Sr、Caが好ましい。
【0039】
アルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属の含有量は、希土類金属により置換されることを考慮し、非化学量論組成となるように、母体材料の化学量論組成よりも、0.1mol%から20mol%の範囲分、減らすことが好ましい。これにより、さらに発光強度を向上させることができる。「非化学量論組成」とは、結晶を構成する元素が局所的に過剰又は不足しているため、組成式の元素の係数が簡単な整数比となっていない状態を意味する。
【0040】
希土類金属の含有量は、0.1mol%以上、20mol%以下であることが好ましく、0.2mol%以上、10mol%以下であることがより好ましく、0.5mol%以上、5mol%以下であることが特に好ましい。これにより、母体材料を効果的に発光させることができる。
【0041】
〔1−2.遷移金属等〕
本発明に係る応力発光体は、応力を受けることで発光する母体材料にさらに、遷移金属等の少なくとも一部が非固溶状態で含有されている。
【0042】
遷移金属等は非固溶状態で母体材料に含有されている限り、本発明に係る応力発光体中の遷移金属等の状態は限定されないが、母体材料の表面に粒子状で存在することがより好ましい。なお、粒子サイズは10nm以上、500nm以下であることがより好ましい。
【0043】
また、本発明に係る応力発光体において、非固溶状態で含有されている遷移金属等は、当該応力発光体に含まれる遷移金属等の一部であってもよく、全てであってもよい。
【0044】
非固溶状態の遷移金属等の含有量としては、特に限定されないが、0.1mol%以上、90mol%以下が好ましい。
【0045】
また、当該遷移金属等の含有量が10mol%以上、90mol%以下の場合、一定荷重以上の応力を受けると、応力発光強度が一定となる飽和現象が観測される。飽和応力値を制御し、応力発光の感度調整が可能となる。
【0046】
また、当該遷移金属等の含有量が0.1mol%以上、10mol%未満の場合、本発明に係る応力発光体は、与えられる荷重が増えるに伴い、強い強度で応力発光する。希土類金属の使用量を抑えつつ、応力発光強度が向上した応力発光体を得ることができる。
【0047】
本発明に係る応力発光体に非固溶状態で含有している遷移金属等の具体例としては、特に限定されないが、Zr、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Hf、Nb、Mo、Ta及びW等が挙げられる。中でも、Zr及びHfが好ましい。
【0048】
<2.本発明に係る応力発光体の製造方法>
本発明に係る応力発光体の製造方法は、応力を受けることで発光する母体材料が固溶状態となる組成にて、その原料を混合し、さらに遷移金属(ただし希土類金属を除く)等を混合する混合工程と、上記混合工程により得られた混合物を焼成する焼成工程と、を含む。
【0049】
〔2−1.混合工程〕
本発明に係る応力発光体の製造方法に含まれる混合工程では、母体材料が固溶状態となる組成にて、その原料を混合し、さらに遷移金属(ただし希土類金属を除く)等を混合すればよい。固溶状態となる母体材料に対して、さらに遷移金属等が加えられることで、当該遷移金属の少なくとも一部は母体材料に固溶せず、非固溶状態で混合することとなる。
【0050】
母体材料の原料については、固溶状態となる組成になるように、原料を秤量するとよい。応力発光特性を備える構成原子比については、公知の文献(例えば、特許文献1参照)を参考にすればよい。また、例えば、後述の実施例のように、原料として、炭酸ストロンチウムSrCO、酸化アルミニウムAl、酸化ユーロピウムEuを用いる場合は、Sr0.99Eu0.01Alとなるようにすればよいし、炭酸カルシウムCaCO、酸化アルミニウムAl、二酸化ケイ素SiO、酸化ユーロピウムEuを用いる場合は、Ca0.99Eu0.01AlSiとなるようにすればよい。
【0051】
このとき、固溶状態となる母体材料には遷移金属等が含まれていてもよい。つまり、製造される遷移金属等のうちの一部が、母体材料の一部として、固溶状態で含有されていてもよい。例えば、Sr0.99−xEu0.01Alとなる組成の原料に、xmolの遷移金属等の供給源となる原料を加えることで、上述の「母体材料が固溶状態となる組成にて、その原料を混合」することとしてもよい。その上で、さらに遷移金属等を加えると、このさらに加えられた遷移金属等の量だけ非固溶状態になるので、上記混合工程が行なわれることとなる。
【0052】
母体材料の各原料としては、焼成によって酸化物となるものであれば、特に限定されるものではない。このような原料としては、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の無機物(炭酸塩、酸化物、ハロゲン化物、水酸化物、硫酸塩、硝酸塩など)等を用いることができる。また、希土類金属又は遷移金属の無機物(酸化物、硫化物、窒化物、ハロゲン化物、水酸化物、炭酸塩、硫酸塩、硝酸塩など)等を用いることもできる。
【0053】
母体材料の各原料及び遷移金属等を添加するタイミングとしては、特に限定されないが、母体材料の各原料を添加後に非固溶状態で混合する遷移金属等の添加を行なう方法、母体材料の各原料の添加と非固溶状態で混合する遷移金属等の添加を同時に行なう方法等が挙げられる。中でも、母体材料の各原料の添加と非固溶状態で混合したい遷移金属等の添加を同時に行なう方法が好ましい。
【0054】
また、混合する方法については特に限定されず、ボールミル、乳鉢等を用いて行なえばよい。
【0055】
また、混合工程では、溶媒を用いてもよい。溶媒としては、原料に応じて適宜選択すればよいが、メタノール、エタノール、ブタノール等が挙げられる。
【0056】
また、混合工程後であって、後述の焼成工程の前に、得られた混合物を乾燥させてもよい。乾燥条件としては特に限定されないが、例えば、50〜200℃で、1〜10時間行なえばよい。また、乾燥させた後の混合物は粉砕してもよい。
【0057】
〔2−2.焼成工程〕
焼成工程では、上記混合工程により得られた混合物を焼成すればよい。
【0058】
焼成工程を行なう際の雰囲気を形成するための気体としては、特に限定されるものではなく、空気、窒素ガス、不活性ガス(例えばアルゴンガス)、水素含有不活性ガス(例えば水素含有アルゴンガス)等が挙げられる。また、真空中で焼成工程を行なってもよい。中でも、還元雰囲気である水素含有不活性雰囲気がより好ましく、水素含有アルゴンガスがさらに好ましい。水素含有不活性ガスによる還元雰囲気下で焼成工程を行なう場合、水素の含有量としては特に限定されないが、1体積%〜10体積%であることが好ましい。
【0059】
焼成温度については、特に限定されないが、還元雰囲気中においては1000〜1600℃で焼成するとよい。焼成時間としては、特に限定されないが、1〜10時間行なうとよい。昇温及び降温の速度は、特に限定されないが、1〜5℃/minで行なうとよい。
【0060】
また、焼成工程の前に仮焼成を行ない、焼成工程を本焼成としてもよい。仮焼成を行なう際は、酸化還元雰囲気で行なうことがより好ましく、その温度としては、500〜1000℃がより好ましいが、これに限定されない。
【0061】
<3.本発明に係る複合材料、レベルセンサー>
本発明に係る応力発光体を利用する形態としては、特に限定されるものではなく、粉末又は焼結体の形態として、他の材料と混合して成形する形態として、支持材料の表面に塗布する形態等が挙げられる。粉末や焼結体の形態は、本発明で得られる応力発光体をほぼそのまま利用する形態であり、粉末の粒径や粒度分布、焼結体の形状や大きさ等は特に限定されるものではない。
【0062】
本明細書において「複合材料」とは、他の材料と混合して成形した材料、支持材料の表面に塗布した材料等を意味する。そして、本発明に係る複合材料は上述の本発明に係る応力発光体を含んでいればよい。
【0063】
本発明に係る複合材料を、本発明に係る応力発光体をさらに他の材料と混合して製造する場合、本発明に係る応力発光体を高分子材料等と任意比で混合又は埋込んで複合材料を形成することができる。高分子材料としては、例えば、エポキシ樹脂、アクリル樹脂、ウレタン樹脂を挙げることができる。混合条件は特に限定されるものではなく、公知の方法を用いればよい。当該複合材料に機械的な外力を加えたとき、発光体の機械的な変形に伴って発光させることができる。
【0064】
また、支持材料の表面に塗布する場合は、例えば、積層構造を有する複合材料となる。他の材料を応力発光体の上に積層した結果、最表面に本発明に係る応力発光体が存在しなくてもよい。支持体は、特に限定されるものではなく、金属、繊維、ゴム、紙、ガラス等いずれであってもよい。当該複合材料に機械的な外力を加えると、材料表面又は内部の発光体層が変形によって発光する。このような方法を用いれば、少ない発光体を用いて大面積な発光が得られる。
【0065】
本明細書においてレベルセンサーとは、ある一定以上の応力が負荷されると発光強度が飽和して一定値を示す状態を検知し、警告するセンサーを意味する。そして、本発明に係るレベルセンサーは、本発明に係る応力発光体を含んでいればよい。
【0066】
本発明に係る応力発光体は、母体材料への遷移金属等の添加量を調整することにより、飽和応力値が変化する。この性質を利用すれば、応力発光の感度調整が可能となるため、用途に合わせてレベルセンサーを製造できる。例えば、家屋の壁面や床に、本発明に係る応力発光体を埋め込んでおき過度な荷重が加わった場合に警告を発するレベルセンサーを製造できる。
【0067】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例】
【0068】
〔実施例1〕
炭酸ストロンチウムSrCO、酸化アルミニウムAl、酸化ユーロピウムEu、及びジルコニアZrOを、(1−x)Sr0.99Eu0.01Al・xZrO(x=0.05)の組成となるように、所定量秤量した。具体的には、SrCOを0.2923g、酸化アルミニウムAlを0.2039g、酸化ユーロピウムEuを0.0035g、及びジルコニアZrOを0.0123g秤量した。
【0069】
次に、秤量した原料をエタノール中に入れて、ボールミルを用いて十分に混合した後、80℃で乾燥させた。得られた混合物を乳鉢で粉砕し、次いで、還元雰囲気(5%水素含有アルゴン)中において、1400℃で4時間焼成した。なお、昇温及び降温は2℃/minの速度でゆっくり行なった。
【0070】
次に、焼成後に得られた材料を粉砕し、応力発光体の粉末を調製した。
【0071】
この粉末を、電子顕微鏡を用いて観察した。結果を図1に示す。図1は本実施例で得た応力発光体を電子顕微鏡で観察した結果を示す図であり、図1の(a)は反射電子像を示し、図1の(b)は実像を示す。図1からZrが母体材料に対して非固溶的に存在している、具体的には、母体材料の表面に粒子状で存在していることが確認できた。
【0072】
また、上記粉末についてX線回折(XRD)測定、紫外線励起発光ルミネッセンス(PL)測定、及び応力発光(ML)測定を行なった。
【0073】
XRDの測定には、RINT−2000;リガク社を用いた。MLについては、C.N. Xu, in Encyclopedia of smart materials, Vol.1 (Ed: M. Schwartz), Wiley, New York pp190 2002に記載のシステムを用いて測定した。このシステムは、万能試験機(RTC−1310A;オリエンテック社)、ならびに、光電子増倍管(R585S;浜松ホトニクス社)及びフォトン計数器(C5410−51;浜松ホトニクス社)からなるフォトン計数システムを備えている。PLの測定には、150Wのキセノンランプを備えた分光蛍光光度計(FP6600;ジャスコ社)を用いた。
【0074】
なお、XRD、PLは、応力発光体の粉末のみを用いて測定を行ない、MLは当該応力発光体の粉末を含む複合材料を用いて測定を行なった。この複合材料は、上記粉末を光学エポキシ樹脂(SpeciFixエポキシ樹脂(Struers社製))に混合し、直径25mm、厚さ15mmのディスク状のペレットとして調製したものである。
【0075】
XRDの測定結果を図2に示す。図2は本実施例及び後述の比較例1にて得た応力発光体のXRDの測定結果を示す図である。図2の矢印で示すピークがZr由来(SrZrO)を示している。
【0076】
また、MLの測定結果を図3に示す。図3は本実施例、比較例1及び3にて得た応力発光体のMLの測定結果を示す図である。図3に示されるように、実施例1の応力発光体は比較例1及び3の応力発光体に比べて強い発光強度を示すことが確認できた。また、実施例1に係る応力発光体では、応力が増加するに伴い、発光強度が強くなることが示された。ところで、比較例3はジルコニアが固溶状態で母体材料に混合されてなるものである。実施例1と比較例3との比較からジルコニアを非固溶状態で混合してなる応力発光体の発光強度が高いことが示された。
【0077】
また、PLの測定結果を図4に示す。図4は本実施例及び比較例1にて得た応力発光体のPLの測定結果を示す図である。Zr添加の有無による発光ピークシフトがなく、発光色は同じであった。
【0078】
〔実施例2〕
炭酸カルシウムCaCO、Al、SiO、Eu、及びZrOを、(1−x)[Ca0.99Eu0.01AlSi]・xZrO(x=0.05)の組成となるように、所定量秤量した。具体的には、CaCOを0.0999g、Alを0.1020g、SiOを0.0120g、Euを0.0018g、及びZrOを0.0062g秤量した。
【0079】
次に、秤量した原料をエタノール中に入れて、ボールミルを用いて十分に混合した後、80℃で乾燥させた。得られた混合物を乳鉢で粉砕し、次に、還元雰囲気(5%水素含有アルゴン)中において、1400℃で4時間焼成した。なお、昇温及び降温は2℃/minの速度でゆっくり行なった。
【0080】
次に、焼成後に得られた材料を粉砕し、応力発光体の粉末を調製した。そして、この粉末について実施例1と同じ方法でML測定を行なった。
【0081】
MLの測定結果を図5に示す。図5は本実施例、比較例2にて得た応力発光体のMLの測定結果を示す図である。図5に示されるように、実施例2の応力発光体は比較例2の応力発光体に比べて強い発光強度を示すことが確認できた。また、応力が増加するに伴い、発光強度が強くなることが示された。
【0082】
〔実施例3〕
x=0.30、つまり0.70Sr0.99Eu0.01Al・0.30ZrOの組成となるように、ZrOの量を変更した以外は実施例1と同じ方法で応力発光体の合成及びML測定を行なった。具体的には、SrCOを0.2923g、Alを0.2039g、Euを0.0035g、及びZrOを0.1056gとした。
【0083】
〔実施例4〕
x=0.50、つまり0.50Sr0.99Eu0.01Al・0.50ZrOの組成となるように、ZrOの量を変更した以外は実施例1と同じ方法で応力発光体の合成及びML測定を行なった。具体的には、SrCOを0.2923g、Alを0.2039g、Euを0.0035g、及びZrOを0.2464gとした。
【0084】
〔実施例5〕
x=0.7、つまり0.30Sr0.99Eu0.01Al・0.70ZrOの組成となるように、ZrOの量を変更した以外は実施例1と同じ方法で応力発光体の合成及びML測定を行なった。具体的には、SrCOを0.2923g、Alを0.2039g、Euを0.0035g、及びZrOを0.5749gとした。
【0085】
〔実施例6〕
x=0.10、つまり0.90Sr0.99Eu0.01Al・0.10ZrOの組成となるように、ZrOの量を変更した以外は実施例1と同じ方法で応力発光体の合成及びML測定を行なった。具体的には、SrCOを0.2923g、Alを0.2039g、Euを0.0035g、及びZrOを0.0274gとした。
【0086】
次に、実施例3〜6の応力発光体について、実施例1と同じ方法でMLを測定した。結果を図6に示す。図6は実施例3〜6の応力発光体のMLを測定した結果を示す図である。いずれの応力発光体も良好に応力発光することが示された。また、実施例3〜6で加えられる荷重が所定の値以上になると発光強度が飽和することが示された。また、図6から、添加する遷移金属の量を調整することで飽和する発光値を制御できることが示された。
【0087】
〔実施例7〕
ZrOの代わりに酸化亜鉛ZnO、酸化ケイ素SiO、酸化錫SnO又は酸化ハフニウムHfOの何れかを用いた以外は実施例1と同様にして応力発光体を作製し、ML測定を行なった。具体的には、ZnOを0.0081g、SiOを0.0060g、SnOを0.0151g、HfOを0.0210gとした。結果を図7に示す。図7は実施例1及び7のML測定の結果を示す図である。遷移金属としてHfを採用することで、より高い応力発光が得られることが示された。また、ML測定の際の荷重は1000Nとした。
【0088】
〔実施例8〕
Zrの添加量と応力発光との関係について確認した。具体的には、ZrOの添加量を様々な量に変更した以外は実施例1と同様にして応力発光体を作製した。具体的には(1−x)(Sr0.99Eu0.01Al)・xZrOの組成式において、xが0、0.005、0.012、0.024、0.036、0.048、0.070、0.1、0.3、0.5、0.7、0.9となるように変更した。また、ML測定の際の荷重は1000Nとした。
【0089】
結果を図8に示す。図8はZrの添加量と応力発光との関係を確認した図である。図8の横軸がZrの添加量を示し、縦軸が応力発光を示す。図8に示すように、xが2.5のときに最も高い応力発光を示した。
【0090】
〔比較例1〕
SrCO、Al、Eu、及びZrOを、(1−x)(Sr0.99Eu0.01Al)・xZrO(x=0)の組成となるように、所定量秤量した(つまり酸化ジルコニアを用いなかった)。具体的には、SrCOを0.2923g、Alを0.2039g及びEuを0.0035gとした。
【0091】
次に、秤量した原料をエタノールに入れて、ボールミルを用いて十分に混合した後、80℃で乾燥させた。得られた混合物を乳鉢で粉砕し、次いで、還元雰囲気(5%水素含有アルゴン)中において、1400℃で4時間焼成した。なお、昇温及び降温は2℃/minの速度でゆっくり行なった。
【0092】
次に、焼成後に得られた材料を粉砕し、応力発光体の粉末を調製した。そして、この粉末について実施例1と同じ方法でXRD測定、PL測定及びML測定を行なった。
【0093】
〔比較例2〕
CaCO、Al、SiO、及びEuを、(1−x)[Ca0.99Eu0.01AlSi]・xZrO(x=0)の組成となるように、所定量秤量した。具体的には、CaCOを0.0999g、Alを0.1020g、SiOを0.0120g、及びEuを0.0018gとした。
【0094】
次に、秤量した原料をエタノールに入れて、ボールミルを用いて十分に混合した後、80℃で乾燥させた。得られた混合物を乳鉢で粉砕し、次いで、還元雰囲気(5%水素含有アルゴン)中において、1400℃で4時間焼成した。なお、昇温及び降温は2℃/minの速度でゆっくり行なった。次に、焼成後に得られた材料を粉砕し、応力発光体の粉末を調製した。そして、この粉末について実施例1と同じ方法でML測定を行なった。
【0095】
〔比較例3〕
炭酸ストロンチウムSrCO、酸化アルミニウムAl、酸化ユーロピウムEu、及びジルコニアZrOを、Sr0.99−xEu0.01Al・xZrO(x=0.05)の組成となるようにした以外は、実施例1と同じ方法で応力発光体の合成及びML測定を行なった。具体的には、SrCOを0.2775g、Alを0.2039g、Euを0.0035g、及びZrOを0.0123gとした。この組成により、応力発光体は非固溶状態の遷移金属が含まれない状態となった。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明に係る応力発光材料は、機械的な外力により発光するので、機械的外力を光に変換する光素子として利用することができる。また、発光値が飽和する応力を調整できるので、レベルセンサーにも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【図1】実施例1で得た応力発光体を電子顕微鏡で観察した結果を示す図である。
【図2】実施例1及び比較例1にて得た応力発光体のXRDの測定結果を示す図である。
【図3】実施例1、比較例1及び3にて得た応力発光体のMLの測定結果を示す図である。
【図4】実施例1及び比較例1にて得た応力発光体のPLの測定結果を示す図である。
【図5】実施例2、比較例2にて得た応力発光体のMLの測定結果を示す図である。
【図6】実施例3〜6にて得た応力発光体のMLの測定結果を示す図である。
【図7】実施例1及び7にて得た応力発光体のMLの測定結果を示す図である。
【図8】実施例8にて得た応力発光体のMLの測定結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
応力を受けることで発光する母体材料を含む応力発光体であって、
遷移金属(ただし希土類金属を除く)、Si及びSnのうち少なくとも一つの元素をさらに含み、
当該元素の少なくとも一部が母体材料に非固溶状態で含有されてなるものであることを特徴とする応力発光体。
【請求項2】
上記元素が、粒子状で上記母体材料の表面に存在することを特徴とする請求項1に記載の応力発光体。
【請求項3】
上記元素の含有量が0.1mol%以上、90mol%以下であることを特徴とする請求項1又は2記載の応力発光体。
【請求項4】
上記元素の含有量が10mol%以上、90mol%以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の応力発光体。
【請求項5】
上記元素の含有量が0.1mol%以上、10mol%未満であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の応力発光体。
【請求項6】
上記元素がZr、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Hf、Nb、Mo、Ta及びWからなる群より選択される少なくとも1つの金属であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の応力発光体。
【請求項7】
上記母体材料が金属酸化物、金属窒化物及び金属硫化物からなる群より選択される少なくとも1つの化合物を含み、発光中心として希土類金属をさらに含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の応力発光体。
【請求項8】
上記金属酸化物がアルミン酸及びアルミノケイ酸からなる群より選択される少なくとも1つの化合物であることを特徴とする請求項7に記載の応力発光体。
【請求項9】
上記希土類金属がEu、Dy、La、Gd、Ce、Sm、Y、Nd、Tb、Pr、Er、Tm、Yb、Sc、Pm、Ho及びLuからなる群より選択される少なくとも1つの金属のイオンであることを特徴とする請求項7に記載の応力発光体。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の応力発光体を含む複合材料。
【請求項11】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の応力発光体を含むレベルセンサー。
【請求項12】
応力を受けることで発光する母体材料が固溶状態となる組成にて、その原料を混合し、さらに遷移金属(ただし希土類金属を除く)、Si及びSnのうち少なくとも一つの元素を混合する混合工程と、
上記混合工程により得られた混合物を焼成する焼成工程と、を含むことを特徴とする応力発光体の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【公開番号】特開2009−286927(P2009−286927A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−142132(P2008−142132)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年3月20日 社団法人日本セラミックス協会発行の「2008年年会講演予稿集」に発表
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】