説明

急速ワンステップRT−PCR

【課題】ワンステップRT-PCRの改善された方法を提供すること。
【解決手段】a)標的RNAを含むとされる試料を提供する工程
b)該標的RNAをcDNAに逆転写するためおよび該cDNAの少なくとも一部を増幅するために必要な全ての試薬を含む反応混合物を添加する工程
c)20℃〜65℃の温度で0秒〜40秒の時間間隔の間、該試料をインキュベートする工程
d)該試料の温度が、少なくとも90℃〜100℃の第1の温度と50℃〜75℃の第2の温度との間で変化する、複数サイクルの熱サイクリングプロトコールに供する工程
を含む、標的RNAを増幅するためのワンステップRT−PCRを実施する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(発明の背景)
本発明は、生じたcDNAの量を定量するために逆転写酵素反応および続くポリメラーゼ連鎖反応を実施することによってmRNA発現を分析する分野に関する。より具体的に、本発明は、このような逆転写酵素反応のための時間が最小化されることを特徴とするワンステップRT-PCRを実施する改善された方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(先行技術)
70年代の逆転写酵素の発見は、DNAからRNAを介したタンパク質への一方向プロセスとしての情報伝達について分子生物学の「セントラルドクマ」の反証を挙げた(非特許文献1;非特許文献2)。これらのRNA依存性DNAポリメラーゼの酵素の性格付けは、現在の理解について、RNAウイルスの増幅サイクルに対する基礎であり、従ってこの型のウイルスによって引き起こされる疾患(癌、AIDS等)の発症および蔓延に対する基礎でもある。
【0003】
しかし、逆転写酵素はまた、cDNA(RT-PCR)の、合成、増幅およびクローニングに関する分子生物学者のためのツールである。この技術が、真核生物細胞において遺伝子発現の単純化および加速化された試験を可能にする。細胞の抽出物または組織から全mRNAを単離した後、mRNAは、逆転写酵素によってcDNAに逆翻訳され、クローニングおよび性格付けを可能にする次のPCR工程によって増幅される。結果的に、一方で必ずしも遺伝子のイントロン構造およびエキソン構造を解明する必要はなく、しかし他方で様々な生活サイクルまたは(癌のような)疾患の発症の間に細胞における遺伝子発現を試験することも可能である。
【0004】
3つの異なるレトロウイルス由来の逆転写酵素(RT)が、今まで綿密に試験されている:モロニーマウス白血病ウイルス(M-MLV)由来の逆転写酵素(RT)。この酵素は、分子量78kDaを有する単一サブユニットからなる(非特許文献3に概説される)。さらにヒト免疫不全ウイルス(HIV)由来のRTが公知である。このRTは、p66およびp51の2つのサブユニットから構成されるヘテロダイマーであり、p51サブユニットはp66のタンパク質切断により形成される(非特許文献4に概説される)。さらに鳥肉腫-白血病ウイルス(ASLV)由来のRTが公知である。鳥骨髄芽球症ウイルス(AMV)から得られ得るRTはまた、ASLVファミリーに属する。このRTはまた、およそ63kDaの分子量を有するα鎖およびおよそ95kDaの分子量を有するβ鎖から構成されるヘテロダイマーである。この場合、α鎖はまた、β鎖のタンパク質プロセシングにより形成される(非特許文献5; 非特許文献6)。
【0005】
DNA依存性DNAポリメラーゼ活性に加えて、RNA依存性逆転写酵素活性を含むことが開示されている熱安定性DNAポリメラーゼも存在する。それらの酵素は、逆転写工程に続いて、生じたcDNAが反応容器の中間開放をしないPCRによって増幅されることを特徴とする、ワンステップPCRを実施する方法に特に有用である。
【0006】
高い逆転写酵素活性を有する公知のDNAポリメラーゼの1つは、サーマスサーモフィラス(Thermus thermophilus)から得られ得る(Tth ポリメラ−ゼ)(特許文献1,特許文献2)。Tthポリメラ−ゼはTaqポリメラーゼと同様に、3’から5’のエキソヌクレオチド分解性プルーフリーディング活性を欠く。この3’から5’のエキソヌクレアーゼ活性は一般に、新たに合成された核酸配列において、誤って取り込まれた塩基またはマッチしない塩基の除去を可能にするので望ましいと考えられる。サーモトーガマリティム(Thermotoga maritime)から単離された別の好熱性polI型 DNAポリメラーゼ(Tma pol)は、3’から5’のエキソヌクレアーゼ活性を有する。特許文献3は、Tmaポリメラーゼを単離および生成する手段を提供する。しかし、TthおよびTmaポリメラーゼの両方のDNAポリメラーゼは、マンガンイオンの存在下でのみ逆転写酵素活性を示す。
【0007】
カルボキシドサーマスハイドロジェノフォーマンス(Carboxydothermus hydrogenoformans)のDNAポリメラーゼは、マグネシウムイオンの存在およびマンガンイオンの実質的な非存在で逆転写活性を示し、RNAを逆転写し、(Taqのような熱安定性DNAポリメラーゼと組み合わせて)RNAの特定の配列を検出および増幅するために用いられ得る。カルボキシドサーマスハイドロジェノフォーマンスのDNAポリメラーゼを用いて、高い特異性の転写が短いインキュベーション時間で観察される。高い特異性は、例えば、5分のインキュベーション時間および33ユニットのDNAポリメラーゼタンパク質を用いて観察される。より長いインキュベーション時間、またより少ない量のカルボキシドサーマスハイドロジェノフォーマンスポリメラーゼにより特異的な生成物が得られ得る。しかし、生成物の非特異的なスメアーが生じる。これらの非特異的な生成物は、酵素が二次構造で鋳型を切断し("RNaseH"-活性)、DNAポリメラーゼ活性により延長され得るさらなるプライマーを生成することを可能にする、ポリメラーゼの5’-3’エキソヌクレアーゼ活性により生じ得る。
【0008】
ワンステップRT-PCR増幅を実施するために使用され得る試薬混合物を提供するために、逆転写酵素および熱安定性DNAポリメラーゼの混合物を提供することも先行技術で確立されている(特許文献4)。それらの混合物は、現在様々な供給業者から市販されており、したがって先行技術で最も頻繁に使用されている(Qiagen カタログ番号210210, 210212), (USB カタログ番号78350), (Clontech カタログ番号K1403-1), (Invitrogen カタログ番号11736-051, 11736-059)。
【0009】
しかし、これまでに公表および推奨される全てのプロトコールは、PCR熱サイクリングプロトコールの前に逆転写酵素反応工程を実施する実質的な時間間隔を必要とする。推奨される時間間隔は通常、30分〜1時間である(Qiagen, Clontech, USB)。5分の逆転写酵素反応工程がサーマスサーモフィラスDNAポリメラーゼを用いるワンステップRT-PCRに開示されている(非特許文献7)。3分の逆転写酵素反応工程は、InvitrogenからのSuperscript/Platimum酵素ブレンド(カタログ番号 11736-051, 11736-059)に対して推奨される。さらに、特許文献2は、PCR熱サイクリング前に逆転写酵素反応を実施するために必要とされる最小時間として1分の最小時間間隔を開示する。
【特許文献1】国際公開第91/09944号パンフレット
【特許文献2】米国特許第5,561,058号
【特許文献3】米国特許第5,624,833号
【特許文献4】国際公開第94/08032号パンフレット
【非特許文献1】Temin, H.,およびMizutani, S., Nature 226 (1970) 1211-1213
【非特許文献2】Baltimore, D., Nature 226 (1970) 1209-1211
【非特許文献3】Prasad, V.R., (1993) Reverse Transcriptase, Cold Spring Harbor, New York: Cold Spring Harbor Laboratory Press, 135
【非特許文献4】Le Grice, S.F.J., (1993) Reverse Transcriptase, Cold Spring Harbor, New York: Cold Spring Harbor Laboratory Press, 163
【非特許文献5】Golomb, M.,およびGrandgenett, D.J., Biol. Chem. 254 (1979) 1606-1613
【非特許文献6】Weiss, R., ら, Molecular Biology of tumor viruses, 第2版: RNA tumor viruses 1/text. Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, New York (1984編)
【非特許文献7】Myers, T.W.,およびGelfand, D.H., Biochemistry, 30 (1991)7661-7666
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
したがって、上に開示される全ての方法は、逆転写酵素反応工程が起こり得るようにより低い温度で時間消費工程のプレインキュベーションを必要とする。ゆえに、ワンステップRT-PCRの改善された方法を提供することが本発明の課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の要旨は、
〔1〕a)標的RNAを含むとされる試料を提供する工程
b)該標的RNAをcDNAに逆転写するためおよび該cDNAの少なくとも一部を増幅するために必要な全ての試薬を含む反応混合物を添加する工程
c)20℃〜65℃の温度で0秒〜40秒の時間間隔の間、該試料をインキュベートする工程
d)該試料の温度が、少なくとも90℃〜100℃の第1の温度と50℃〜75℃の第2の温度との間で変化する、複数サイクルの熱サイクリングプロトコールに供する工程
を含む、標的RNAを増幅するためのワンステップRT−PCRを実施する方法。
〔2〕前記工程c)の時間間隔が20秒未満であることを特徴とする〔1〕記載の方法。
〔3〕前記時間間隔が0秒であることを特徴とする〔2〕記載の方法。
〔4〕工程c)の温度が、37℃〜55℃であることを特徴とする〔1〕〜〔3〕いずれか記載の方法。
〔5〕前記ワンステップRT−PCR反応が、DNA依存性ポリメラーゼ活性および逆転写酵素活性を含む熱安定性ポリメラーゼによって触媒されることを特徴とする、〔1〕〜〔4〕いずれか記載の方法。
〔6〕前記ポリメラーゼがサーマスサーモフィラスから得られ得ることを特徴とする〔5〕記載の方法。
〔7〕前記ワンステップRT−PCR反応が、少なくともDNA依存性ポリメラーゼ活性を含む熱安定性ポリメラーゼおよび逆転写酵素の混合物によって触媒されることを特徴とする、〔1〕〜〔4〕いずれか記載の方法。
〔8〕前記cDNAの前記一部が0.2kbより短いことを特徴とする〔1〕〜〔7〕いずれか記載の方法。
〔9〕前記ワンステップRT−PCR反応の進行がリアルタイムでモニターされることを特徴とする〔1〕〜〔8〕いずれか記載の方法
に関する。
【0012】
(発明の簡単な説明)
上記の先行技術を考慮して、逆転写酵素工程が非常に短い時間間隔に短縮され得るか、あるいはプレインキュベーションさえも完全に省略され得ることは非常に驚きであった。したがって、本発明は、
a) 標的RNAを含むとされる試料を提供する工程
b) 前記標的RNAをcDNAに逆転写するためおよび前記cDNAの少なくとも一部を増幅するために必要な全ての試薬を含む反応混合物を添加する工程
c) 20℃〜65℃の温度で0秒〜40秒の時間間隔の間、前記試料をインキュベートする工程
d) 前記試料の温度が少なくとも90℃〜100℃の第一の温度と50℃〜75℃の第二の温度の間で変化する、複数サイクルの熱サイクリングプロトコールに前記試料を供する工程
を含む、標的RNAを増幅するためのワンステップRT-PCRを実施する方法に関する。
【0013】
好ましくは、工程c)は、20秒ほどの短さであり得る。より好ましくは、工程c)は、5秒未満であり得る。最も好ましくは、工程c)は、0秒であり得、すなわち、工程c)は完全に省略され得る。
【0014】
また好ましくは、工程c)の温度は、37℃〜65℃である。最も好ましくは、前記温度は37℃〜55℃である。
【0015】
一つの態様において、前記ワンステップRT-PCR反応はDNA依存性ポリメラーゼ活性および逆転写酵素活性を含む熱安定性ポリメラーゼにより触媒される。例えば、前記ポリメラーゼは真正細菌(Eubacterial)サーマス(Thermus)属から得られ得る。特定の態様において、前記ポリメラーゼはサーマスサーモフィラスから得られ得る。
【0016】
あるいは、前記ワンステップRT-PCR反応は、少なくともDNA依存性ポリメラーゼ活性を含む熱安定性ポリメラーゼおよび逆転写酵素の混合物により触媒される。
【0017】
本発明は、約0.2kb以下のサイズを有するcDNA断片の増幅に特に適切である。
【0018】
本発明のさらなる重要な側面は、前記ワンステップRT-PCR反応の進行がリアルタイムでモニターされることを特徴とする、上に開示されるようなRT-PCRを実施する方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、ワンステップRT-PCRの改善された方法が提供され得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
(発明の詳細な説明)
本発明はワンステップRT-PCR反応を実施するための改善された方法を提供する。改善は、ワンステップRT-PCRの逆転写酵素反応が、PCR熱サイクリングプロトコールの第一サイクル中の変性のための温度上昇と共に、適切な温度での非常に短い時間間隔のフリーインキュベーションの後に完了されるという驚くべき事実に基づく。より正確に、本発明は、
a)標的RNAを含むとされる試料を提供する工程
b)前記標的RNAを一本鎖cDNAに逆転写するためおよび前記一本鎖cDNAの少なくとも一部を増幅するために必要な全ての試薬を含む反応混合物を添加する工程
c)20℃〜65℃の温度で0秒〜40秒の時間間隔の間、前記試料をインキュベートする工程
d)前記試料の温度が少なくとも90℃〜100℃の第一の温度と50℃〜75℃の第二の温度の間で変化することを特徴とする、複数サイクルの熱サイクリングプロトコールに前記試料を供する工程
を含む、標的RNAを増幅するためのワンステップRT-PCRを実施する方法に関する。
【0021】
バッファー、プライマーおよびデオキシヌクレオチド等のRT-PCR反応を行うために必要な全ての試薬は先行技術で周知である。さらに、本発明の文脈で使用される濃度の最適化がルーチン実験から得られ得る。
【0022】
逆転写酵素反応は、工程c)、および工程d)中の試料の変性のための第一の温度上昇の間に起こる。工程c)の時間間隔および実施が40秒よりずっと短くさえあり得ることが発明者によって示されている。好ましくは20秒程の短さであり、より好ましくは5秒以下の短さでさえある。特定の態様において、工程c)の時間間隔は0秒であり、これは工程c)が完全に省略されることを意味する。
【0023】
すなわち、本発明の工程c)はまた、20℃〜65℃の温度で、40秒未満、好ましくは20秒未満、最も好ましくは5秒未満の時間間隔の間、前記試料を「任意に」インキュベートする工程として定義され得る。
【0024】
工程c)による20℃〜65℃の温度での短いインキュベーション工程が実施される場合、かかるプレインキュベーションはそれぞれのサーモスタットで調節されたデバイス、あるいはPCR熱サイクリングプロトコールを実施するために次に使用されているサーモサイクラー装置内のいずれかで起こり得る。
【0025】
工程c)が完全に省略され得るという事実のために、逆転写酵素反応または少なくとも前記反応の実質的な部分が工程d)の間に起こっていることは、結論を下されなければならない。試料がサーモサイクラー内に置かれた後に、試料は90℃〜100℃の第一の温度に加熱される。従ってこの温度移行期間は、逆転写酵素反応工程を完了するのに十分である。熱サイクリングプロトコール中のこの第一の加熱および続く全ての加熱は、1秒あたり10℃の速度で起こり得る。好ましくは、第一の加熱工程の間の加熱速度は1秒あたり5℃以下である。
【0026】
したがって、本発明の工程d)はまた、
- 1秒あたり10℃以下(好ましくは1秒あたり5℃以下)の温度移行速度で90℃〜100℃の温度に試料の温度を上昇する工程
- 50℃〜75℃の第二の温度に前記試料の温度を低下する工程
を含むように定義され得る。
【0027】
様々な熱サイクリングプロトコールが応用され得ることが当業者によって十分理解されている。特に、当業者は90℃〜100℃の変性温度および50℃〜75℃の第二の温度を保持するための時間間隔を最適化し得る。さらに、多くの場合、変性温度、50℃〜60℃のプライマーアニーリング温度、および70℃〜75℃の伸張温度を有する3つの保持温度サイクルを選択し得る。本発明による方法は、熱サイクリングプロトコールがまず温度を1秒あたり10℃以下の移行速度で90℃〜100℃の温度に上昇することを特徴とする変性で開始することを条件として、これらの全ての異なる熱サイクリングプロトコールに応用可能である。
【0028】
一般に、本発明による方法を実施するために適切な酵素系を選択するための2つの異なる可能性がある。第一の選択肢において、酵素は、反応のPCR部分を実施するためにDNA鋳型依存性DNAポリメラーゼ活性、およびワンステップRT-PCR反応の逆転写酵素部分を実施するためにRNA鋳型依存性DNAポリメラーゼ活性の両方を含む熱安定性DNAポリメラーゼである。様々な各酵素が先行技術で公知である。例えば、カルボキシドサーマスハイドロジェノフォーマンスのDNAポリメラーゼはワンステップPCRを実施することができる(Roche applied science カタログ番号12016338001)。好ましくは、使用されるポリメラーゼは、真正細菌サーマス属に属する生物から得られ得るポリメラーゼである。1つの好ましい態様において、サーマス種Z05のDNAポリメラーゼ(US 5,674,738)が使用される。別の非常に好ましい態様において、サーマスサーモフィラスのDNAポリメラーゼ(Roche applied science カタログ番号 11480014001)が本発明によるワンステップRT-PCR法に使用される。
【0029】
あるいは、本発明によるワンステップRT-PCR法は少なくとも2つのDNA依存性ポリメラーゼを含む酵素混合物を用いて実施される。1つのポリメラーゼはPCR反応を実施することができるDNA鋳型依存性の熱安定性DNAポリメラーゼである。第二の酵素はワンステップRT-PCR反応の逆転写酵素工程を実施することができるRNA鋳型依存性DNAポリメラーゼである。本発明によるかかる逆転写酵素は熱安定性である必要はない。例えば、かかる混合物はサーマスアクアティカス(Thermus aquaticus)ポリメラーゼおよびAMV逆転写酵素から構成され得る(Roche applied science カタログ番号 11888382001)。
【0030】
逆転写酵素反応開始のためのプレインキュベーション工程c)が実行される場合、かかるプレインキュベーションのための温度は20℃〜65℃である。好ましくは、温度は37℃〜65℃、好ましくは37℃〜55℃である。温度の選択は2つのパラメーター、つまり1つまたは複数の酵素の選択および二次構造を形成する標的RNAの傾向に顕著に依存する。かかる傾向が非常に高い場合、より高い温度が好ましい。逆転写酵素活性を含む熱安定性のDNA鋳型依存性ポリメラーゼが使用される場合、50℃〜65℃のより高い温度が選択され得る。しかし、非熱安定性逆転写酵素を含む酵素混合物が使用される場合、37℃〜55℃のより低い温度が利用される。
【0031】
本発明の特定の態様において、標的RNAを増幅するためのRT−PCRは、
a)標的RNAを含むとされる試料を提供する工程
b)該標的RNAをcDNAに逆転写するためおよび該cDNAの少なくとも一部を増幅するために必要な全ての試薬を含む反応混合物を添加する工程であって、該反応混合物がサーマスサーモフィラスDNAポリメラーゼを含む、工程
c)該試料を、5秒以下の時間37℃〜65℃の温度でインキュベーションする工程
d)該試料を複数サイクルの熱サイクリングプロトコールに供する工程であって、該サイクルの温度が、少なくとも90℃〜100℃の第1の温度と50℃〜75℃の第2の温度との間で変化する、工程
を含む。
【0032】
本発明に従う方法は、種々の定性的および定量的応用に使用され得る。原則として、任意の型のRNAは、転写され、増幅され得る。最も重要なことには、本発明に従う方法は、定性的かつ定量的な様式でmRNAを増幅および検出するために応用可能である。従って、本発明は、遺伝子発現のモニタリングにも応用可能である。
【0033】
第1鎖cDNA合成について、アンチセンス配列を有するプライマーが使用される。これらのプライマーは、特異的なプライマー、mRNAのポリAテイルに結合するオリゴdTプライマー、またはランダムヘキサマープライマーのようなランダムプライマーのいずれかである。後のPCRのために、センス配向の配列特異的プライマーは、順方向プライマーとして使用される。逆方向プライマーは、第1鎖cDNA合成反応に使用される特異的なプライマーに同一であり得る特異的なプライマーである。あるいは、逆方向プライマーは、逆転写酵素反応に使用されたプライマーの結合部位から上流に位置する配列にハイブリダイズするプライマーである。
【0034】
本発明は、5kbまでの実用的な任意のアンプリコンサイズの配列のワンステップRT−PCRを実施するのに応用可能である。約0.2kb以下の小さな産物サイズのワンステップRT−PCR反応について、インキュベーション工程c)は必要とされない。0.3kbより大きいが1kbより小さい配列を増幅するために使用されるワンステップRT−PCR反応について、約20秒のインキュベーション工程c)が十分であると証明された。1kbを超える増幅された標的について、35秒を超えて42秒までのインキュベーション時間が有利である。
【0035】
本発明のさらなる重要な側面は、前記ワンステップRT−PCR反応の進行がリアルタイムでモニターされることを特徴とする上記に開示されるようなRT−PCRを実施する方法である。異なる検出フォーマットは、当該分野で公知である。以下に記載される検出フォーマットは、ワンステップRT−PCRに有用であり、従って遺伝子発現分析に対する容易かつ明白な可能性を提供すると証明された。
【0036】
a)Taqman加水分解プローブフォーマット:
一本鎖ハイブリダイゼーションプローブは、2つの構成要素で標識される。第1の構成要素が適切な波長の光で励起される場合、吸収されたエネルギーは、蛍光共鳴エネルギー移動の原理に従って、第2の構成要素、いわゆるクエンチャーに移される。PCR反応のアニーリング工程の間、ハイブリダイゼーションプローブは、標的DNAに結合し、続く伸長反応の間、Taqポリメラーゼの5’−3’エキソヌクレアーゼ活性によって分解される。励起された蛍光構成要素とクエンチャーが互いに空間的に分離された結果、第1の構成要素の蛍光放出が測定され得る。TaqManプローブアッセイは、US 5,210,015、US 5,538,848、およびUS 5,487,972に詳細に開示される。TaqManハイブリダイゼーションプローブおよび試薬混合物は、US 5,804,375に開示される。
【0037】
b)分子ビーコン:
これらのハイブリダイゼーションプローブはまた、第1の構成要素およびクエンチャーで標識され、この標識は、好ましくは、プローブの両端に位置する。プローブの二次構造の結果として、両構成要素は、溶液中で空間的に近位にある。標的核酸へのハイブリダイゼーションの後、両構成要素は、互いから分離され、その結果、適切な波長の光での励起の後、第1の構成要素の蛍光放出が測定され得る(US 5,118,801)。
【0038】
c)FRETハイブリダイゼーションプローブ:
FRETハイブリダイゼーションプローブ試験フォーマットは、全ての種類の相同ハイブリダイゼーションアッセイに特に有用である(Matthews, J.A., and Kricka, L.J., Analytical Biochemistry 169 (1988) 1-25)。これは、同時に使用され、増幅された標的核酸の同じ鎖の近接部位に相補的である2つの一本鎖ハイブリダイゼーションプローブを特徴とする。両方のプローブは、異なる蛍光構成要素で標識される。適切な波長の光で励起される場合、第1の構成要素は、蛍光共鳴エネルギー移動の原理に従って、第2の構成要素に吸収したエネルギーを移動し、その結果、両方のハイブリダイゼーションプローブが検出される標的分子の近接位置に結合する場合、第2の構成要素の蛍光放出が測定され得る。FRET受容体構成要素の蛍光の増加をモニタリングする代わりに、ハイブリダイゼーション事象の定量的測定として、FRET供与体構成要素の蛍光減少をモニターすることも可能である。
【0039】
特に、FRETハイブリダイゼーションプローブフォーマットは、増幅された標的DNAを検出するために、リアルタイムPCRにおいて使用され得る。リアルタイムPCRの分野において公知の全ての検出フォーマットの中で、FRETハイブリダイゼーションプローブフォーマットは、高感度、正確かつ信頼できると証明されてきた(WO 97/46707; WO 97/46712; WO 97/46714)。2つのFRETハイブリダイゼーションプローブの使用の代替として、蛍光標識プライマーおよびただ1つの標識オリゴヌクレオチドプローブを使用することもまた可能である(Bernard, P.S., et al., Analytical Biochemistry 255 (1998) 101-107)。この点において、プライマーがFRET供与体化合物またはFRET受容体化合物で標識されるかどうかが任意に選択され得る。
【0040】
d)SybrGreenフォーマット
増幅産物が二本鎖核酸結合部分を使用して検出される場合、本発明に従う添加物の存在下でリアルタイムPCRが実施されるかどうかもまた、本発明の範囲内である。例えば、各々の増幅産物はまた、適切な波長の光での励起の後、二本鎖核酸との相互作用の際に対応する蛍光シグナルを放出する蛍光DNA結合色素によって、本発明に従って検出され得る。色素SybrGreenIおよびSybrGold(Molecular Probes)は、本願に特に適切であることが証明された。インターカレーティング色素は、代替的に使用され得る。しかし、異なる増幅産物を区別するために、このフォーマットについて、各々の融解曲線分析を実施することが必要である(US 6,174,670)。
【0041】
以下の実施例および図面は、本発明の理解を補助するために提供され、本発明の真の範囲は、添付の特許請求の範囲に示される。改変は、本発明の範囲を逸脱することなく示される手順においてなされ得ることが理解される。
【実施例】
【0042】
実施例1
リアルタイムワンステップRT−PCR反応のために、ABCC2 RNA(GenBank アクセッション番号: U63970)を、増幅標的として選択した。順方向プライマーの配列は、位置2728〜2748に位置し、逆方向プライマーの配列は、位置2788〜2807に位置する。検出を、TaqMan加水分解プローブ原理に従って実施した(US 5,804,375)。ABCC2 RNAの位置2750〜2780に由来するプローブを、5’末端をFAMで3’末端をTAMRAで標識した(Langmann, T., et al., Clinical Chemistry 49 (2003) 230-238)。
【0043】
RT−PCR反応を、20μlの反応体積で、Roche Applied Science製のLightCycler 480 RNA Master Hydrolysis Probes(カタログ番号04991885001)を使用して実施した。このマスターミックスは、サーマスサーモフィラス由来のDNAポリメラーゼを含む。
【0044】
PCR設定は、以下の通りであった:
100pgまたは10pgのヒト肝臓細胞由来の全RNA、
7.4μlのRNA Master、
3.25mMの酢酸マンガン、
0.5μMの各プライマー、
0.25μMの加水分解プローブ。
逆転写を、Lightcycler 480 (Roche Applied Science Catalog No. 04 640268001)で、25℃で0分、5分、10分および20分実施した。PCRを、95℃で30秒の初期変性ならびに95℃15秒および60℃60秒の45サイクルで実施した。全ての加熱速度は、4.8℃/sであるのに対し、全ての冷却速度は、2.5℃/sであった。増幅をリアルタイムでモニターした。結果を、図1〜4および以下の表1に示す。
【0045】
表1:カラムに示されるようなプレインキュベーション時間およびプレインキュベーション温度で生成されるRT−PCR産物のクロシングポイント。
【表1】

【0046】
クロシングポイントは、蛍光シグナルが特定の閾値レベルを超過するサイクル数を示す。従って、この実験におけるクロシングポイントは、開示された異なる条件下でのRT PCR反応の感度に対する基準である。類似するまたはほとんど同じクロシングポイントが、25℃でのプレインキュベーションの時間間隔と独立して、同じ量の標的RNAのRT−PCRについて得られたことが、表から理解され得る。従って、逆転写酵素反応を実施するためのプレインキュベーション工程は、必要ではない。
【0047】
実施例2
プレインキュベーション工程を、63℃で0秒、3秒、10秒または3分で実施したことを除いて、実施例1に従う完全な実験を実施した。結果を、図5〜8および以下の表2に示す。
【0048】
表2:カラムに示されるようなプレインキュベーション時間およびプレインキュベーション温度で生成されるRT−PCR産物のクロシングポイント。
【表2】

【0049】
類似するまたはほとんど同じクロシングポイントが、63℃でのプレインキュベーションの時間間隔と独立して、同じ量の標的RNAのRT−PCRについて得られたことが、表から理解され得る。従って、実施の間のプレインキュベーション工程は、RT−PCRプロトコールのより良いパフォーマンスを生じない。
【0050】
実施例3
(i)Tthポリメラーゼの代わりに1反応あたり0.6U AMV逆転写酵素と0.4U Taq DNAポリメラーゼの混合物を使用し、(ii)プレインキュベーション工程を、55℃で30秒、50秒、または10分実施し、(iii)使用したRNAが10pg、100pg、または1ngであった以外は、実施例1に従って、完全な実験を実施した。結果を以下の表3に示す。
【0051】
表3:カラムに示されるようなプレインキュベーション時間およびプレインキュベーション温度で生成されるRT−PCR産物のクロシングポイント。
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0052】
図1〜8
熱サイクリングプロトコールの前のプレインキュベーションに種々の時間および温度を使用してABCC2 RNAを増幅するためのリアルタイムRT PCR。各図の左の2つの曲線は、いつも100pg mRNAの試料に対応する。各図の右の2つの曲線は、いつも10pg mRNAの試料に対応する。
【図1】25℃20分間の逆転写プレインキュベーション。
【図2】25℃10分間の逆転写プレインキュベーション。
【図3】25℃5分間の逆転写プレインキュベーション。
【図4】プレインキュベーションなしの逆転写。
【図5】プレインキュベーションなしのRNA増幅。
【図6】63℃3秒間の逆転写プレインキュベーション。
【図7】63℃10秒間の逆転写プレインキュベーション。
【図8】63℃3分間の逆転写。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)標的RNAを含むとされる試料を提供する工程
b)該標的RNAをcDNAに逆転写するためおよび該cDNAの少なくとも一部を増幅するために必要な全ての試薬を含む反応混合物を添加する工程
c)20℃〜65℃の温度で0秒〜40秒の時間間隔の間、該試料をインキュベートする工程
d)該試料の温度が、少なくとも90℃〜100℃の第1の温度と50℃〜75℃の第2の温度との間で変化する、複数サイクルの熱サイクリングプロトコールに供する工程
を含む、標的RNAを増幅するためのワンステップRT−PCRを実施する方法。
【請求項2】
前記工程c)の時間間隔が20秒未満であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記時間間隔が0秒であることを特徴とする請求項2記載の方法。
【請求項4】
工程c)の温度が、37℃〜55℃であることを特徴とする請求項1〜3いずれか記載の方法。
【請求項5】
前記ワンステップRT−PCR反応が、DNA依存性ポリメラーゼ活性および逆転写酵素活性を含む熱安定性ポリメラーゼによって触媒されることを特徴とする、請求項1〜4いずれか記載の方法。
【請求項6】
前記ポリメラーゼがサーマスサーモフィラスから得られ得ることを特徴とする請求項5記載の方法。
【請求項7】
前記ワンステップRT−PCR反応が、少なくともDNA依存性ポリメラーゼ活性を含む熱安定性ポリメラーゼおよび逆転写酵素の混合物によって触媒されることを特徴とする、請求項1〜4いずれか記載の方法。
【請求項8】
前記cDNAの前記一部が0.2kbより短いことを特徴とする請求項1〜7いずれか記載の方法。
【請求項9】
前記ワンステップRT−PCR反応の進行がリアルタイムでモニターされることを特徴とする請求項1〜8いずれか記載の方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−253263(P2008−253263A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2008−94907(P2008−94907)
【出願日】平成20年4月1日(2008.4.1)
【出願人】(591003013)エフ.ホフマン−ラ ロシュ アーゲー (1,754)
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN−LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
【Fターム(参考)】