成人T細胞白血病・リンパ腫の予後推定法およびキット
【課題】ATLLの予後推定、具体的にはHTLV-Iのキャリアーの発症可能性、aggressive病型への進展の予測に利用できる予後推定用データを提供するデータの作成方法およびそのための予後推定検査用キットを提供すること。
【解決手段】対象とする遺伝子として単離された末梢血単核細胞のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群から2種以上の遺伝子を選択し、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイル、およびそれに基づくCIMPを求め、それらよりATLL発症・進展危険度スコアを算出し前記予後推定用のデータとする、予後推定用データの作成方法および該方法に用いられる予後推定検査用キット。
【解決手段】対象とする遺伝子として単離された末梢血単核細胞のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群から2種以上の遺伝子を選択し、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイル、およびそれに基づくCIMPを求め、それらよりATLL発症・進展危険度スコアを算出し前記予後推定用のデータとする、予後推定用データの作成方法および該方法に用いられる予後推定検査用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後推定、好ましくはその原因となる成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLの悪性化を予測するためのデータを提供する予後推定検査に用いられるキット、当該予後推定検査用のシステムおよび予後判定用データの提供方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)を含む造血器腫瘍の遺伝子診断技術の開発研究が近年、急速に進展している(非特許文献1参照)。これは、造血器腫瘍およびこれに関係する遺伝子に関する医学的理解が深化するとともに、ゲノム研究ならびに遺伝子取り扱い技術の発展と相俟って、両者を結合する形で研究が進められていることによるものである。遺伝子診断の対象と内容も多岐にわたるが、(i)遺伝子異常を指標とした癌細胞の有無、(ii)癌の悪性度または薬剤、放射線への感受性の癌細胞の性質、(iii)癌発症前の診断および発症リスク推定などに大別される。
【0003】
造血器腫瘍を対象とする遺伝子診断のために、遺伝子発現を制御するプロモーター領域に存在するCpG島(CpG island)のメチル化を検出して造血細胞の増殖異常を識別する試みにおいて、造血細胞増殖の異常に関わると想定される遺伝子、約80種についてメチル化の探索が行なわれた(特許文献1参照)。
【0004】
本発明者らは、一つの遺伝情報について造血器腫瘍細胞の有無を最大4ステップで確認するという特異性の高い方式をこれまでに提案してきた(特許文献2参照)。その方法とは、造血器細胞を含む検体中に含まれる、造血器細胞に特異的なプロテインチロシンホスファターゼSHP1タンパク質またはmRNAを定量するとともに、検体から得られるSHP1遺伝子の塩基配列中に含まれるCpG島のDNAメチル化を同定し、さらに対立遺伝子の喪失を検出する方法である。
【0005】
さらに本発明者は、検体中の細胞から核酸を抽出する工程を省くとともに、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によりDNAを増幅させる工程を含めることにより、微量の細胞検体からメチル化されたDNAを検出することができる方法を開発した(特許文献3参照)。
【0006】
遺伝子診断に供するデータには、対象とする造血器腫瘍に関わる遺伝子の発現変化と同定された病態とを、データに基づく統計的な裏づけのもとに結び付ける指標の提示が臨床現場サイドからは期待される。さらに、癌進行の予測、予後判定、発症に至るリスクの推定に資することができるデータも望まれる。しかしながらそうしたデータを提供する検査方法の開発は、未だ成人T細胞白血病・リンパ腫を始めとする造血器腫瘍については見当たらない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2004-528837号公報
【特許文献2】特開2004−128号公報
【特許文献3】特開2005−58217号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Harris NL, et al.,Hematology . 2001;1:194-220.,Staudt LM, Dave S. Adv Immunol. 2005;87:163-208
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、上記状況に鑑み、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の発症、悪性化を予測するための予後推定とそのためのデータを提供する検査を確立するために、これまでに開発したDNAメチル化検出方法を臨床検体に適用してさらに研究を進めた。その結果、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアー(ウイルス感染者)の発症またはindolent型ATLLの悪性化を含むATLL病態予後を適切に予測するためのデータを提供する予後推定検査に用いられるキット、予後推定検査用のシステムおよび予後推定用データの提供方法などに関する本発明を完成した。
【0010】
本発明は、成人T細胞白血病・リンパ腫の予後推定、好ましくはHTLV-Iのキャリアーの発症可能性、aggressive病型への進展の予測に利用できる予後推定用データを提供する、予後推定検査方法およびそのための検査キットを提供することを目的とする。そのため本発明は、予後推定のための調査の対象とする遺伝子の種類とその組み合わせ、予後推定用のデータの提示方法を提供することをも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に基づいて特定の遺伝子の発現制御レベルを調べることにより、多段階発癌過程を辿るATLLの発症、進展の予測と予後評価が可能となる。本発明は、次の構成を有する発明として特定される。
【0012】
本発明の予後推定検査用キットは、
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の原因となる成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLの悪性化を予測するためのデータを提供する予後推定検査に用いられる予後推定検査用キットであり、
当該キャリアーまたはindolent型ATLL患者からの検体中のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群から2種以上の遺伝子を選択し、その選択された癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定し、作成された上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイル、あるいはそれから求めた成人T細胞白血病・リンパ腫の発症または悪性化を示す予示マーカーのデータを含む、それらのキャリアーもしくは患者の予後を推定するためのデータを提供する予後推定検査に使用される予後推定検査用キットである。
【0013】
前記の選択した遺伝子は、SHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子セットであることが望ましい。
【0014】
前記キットは、2種以上の選択された前記癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化を測定するための、検体を溶解するための溶解液、重亜硫酸塩含有試薬およびメチル化検出増幅試薬を含むことが望ましい。
【0015】
前記予示マーカーのデータは、好ましくはCIMP、あるいはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態である。
前記のindolent型ATLLの悪性化は、aggressive型ATLLへの移行である。
【0016】
前記検体は、扁桃、骨髄、リンパ節、消化器、呼吸器、脾臓、肝臓、感覚器、中枢神経系、運動器、皮膚および末梢血よりなる群から選択された器官、組織から採取された細胞含有試料であることが好ましい。
【0017】
上記の予後推定検査用キット、予後推定検査で得られたデータの加工および解析を行うためのツール、およびデータ処理結果のアウトプット装置を含むことを特徴とする、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLの悪性化を予測するための予後推定検査用システムも本発明に含まれる。前記のツールは、データ処理プログラムおよび/または予後の統計解析アルゴリズムを用いたプログラムを含んでもよい。
【0018】
本発明の方法は、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後を推定するためのデータの収集において、単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより予後因子としてCIMPを算出し、メチル化遺伝子、メチル化遺伝子数及びCIMP値から算出されるATLL発症・進展危険度スコアによる危険度の階層化および/またはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を表示することにより、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLのaggressive型ATLLへの進展を予測することを可能とするATLL予後判定用データを作成する方法である。
【0019】
さらに、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後経過における投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に使用されるデータの作成方法であって、単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより、上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルを作成するとともに、予後因子としてCIMP、ならびにSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を求め、前記メチル化プロファイルおよび前記予後因子よりATLL発症・進展危険度スコアを計算し、該ATLL発症・進展危険度スコアを前記データとする、投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に使用されるデータの作成方法も本発明に含まれる。
【0020】
さらに本発明の方法は、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の原因となる成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLのaggressive型ATLLへの進展を予測するための予後推定検査用データの作成方法であって、当該キャリアーまたはindolent型ATLL患者からの検体中のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定して前記8種の遺伝子のメチル化プロファイルを求め、該メチル化プロファイルからCIMPを求め、前記メチル化プロファイルおよび前記CIMPよりATLL発症・進展危険度スコアを計算し、該ATLL発症・進展危険度スコアを前記データとすることを含む、予後推定検査用データの作成方法でもある。
【発明の効果】
【0021】
本発明の成人T細胞白血病・リンパ腫の予後を推定するためのデータを提供する方法は、発癌および癌の進展に関わるか、またはそれに密接な関係を有する複数の遺伝子群の発現制御レベルでの変化を検出することにより、ATLL発症のリスク評価および予後の予測などに使用されるデータを提供する検査方法である。また本発明は、そのようなデータを提供する方法に用いられる予後推定検査用キットでもある。
【0022】
したがって本発明は、多段階発癌過程をとる成人T細胞白血病・リンパ腫の遺伝子診断用のデータを提供する検査方法および検査キットとして有用である。
成人T細胞白血病・リンパ腫は、本発明の方法により得られるデータに基づいて、HTLV−Iキャリアーの発症の早期予測、予後の比較的良好なindolent型ATLLから劣悪なaggressive型ATLLに進展する可能性を早期予測することができる。これらの予測は精度良く行われるため、ハイリスク患者を早い段階で集中的に治療して腫瘍の増悪化を防止する予後管理が可能となる。
【0023】
本発明の方法およびそのためのキットは、発癌とその進展に密接に関係しているエピジェネティックな機構に基づく遺伝子状態の変化を検出するものであることから、発症予測、予後推定を精度良く行うことができる。
【0024】
成人T細胞白血病・リンパ腫の予後推定によって投薬・治療のプロトコルを早期に作成し、その実施と治療管理、すなわち投与薬剤のスクリーニングおよび/または投薬・治療効果の判定の過程を通じて、あるいはそのようにして集積された治療成績を基礎として、新しい発症・再発予防治療法の開発も可能となる。さらに本発明は、腫瘍マーカー、抗癌剤感受性の指標の確立、新規メチル化阻害剤の開発にも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は、ATLLの進展スキームと病型を示す。
【図2】図2は、ATLLにおける各病型の臨床判定基準を表わす。
【図3】図3は、実施例にて測定された8種の遺伝子の細胞内機能と特異的遺伝子メチル化との関連性を示す。
【図4】図4は、ATLLの進展スキームと8遺伝子のメチル化との関係を示す。
【図5】図5は、8遺伝子のメチル化と臨床データとの関係を示す。
【図6】図6は、メチル化遺伝子数とWBC数、リンパ球との相関を示す。
【図7】図7は、メチル化遺伝子数と異常リンパ球、乳酸脱水素酵素(LDH)との相関を示す。
【図8】図8は、メチル化遺伝子数と可溶性インターロイキン2受容体(sIL2R)、HTLV1ウイルス量との相関を示す。
【図9】図9は、メチル化遺伝子数と血清Ca値との相関を示す。
【図10】図10は、ATLLの臨床病型別生存曲線を示す。
【図11】図11は、p16遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図12】図12は、p73遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図13】図13は、DAPK遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図14】図14は、HCAD遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図15】図15は、MGMT遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図16】図16は、SHP1遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図17】図17は、hMLH1遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図18】図18は、p15遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図19】図19は、CIMPの有無と予後を表わす生存曲線である。
【図20】図20は、ATLL発症・進展危険度スコアリング(MSPおよびCIMPの和)の結果を示す。
【図21】図21は、ATLL発症・進展危険度スコアリング(MSPおよびCIMPの和)の結果を示す。
【図22】図22は、ATLL発症・進展危険度スコアリング(MSPおよびCIMPの和)の結果を示す。
【図23】図23は、ATLL発症・進展危険度スコアリング(MSP、メチル化遺伝子数およびCIMPの和)の結果を示す。
【図24】図24は、ATLL発症・進展危険度スコアリング(MSP、メチル化遺伝子数およびCIMPの和)の結果を示す。
【図25】図25は、ATLL発症・進展危険度スコアリング(MSP、メチル化遺伝子数およびCIMPの和)の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明者らは、ATLLの病態およびその進展と、癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子を含む一連の遺伝子群のメチル化との相関を探索する過程で、その中の特定の遺伝子のメチル化とATLLの予後とが強く相関していることを見出した。本発明は、そうした相関性に着目してHTLV-IのキャリアーおよびATLL患者の予後管理にきわめて有用な遺伝子診断ツールを提供する。以下、本発明を予後推定検査用キット、検査方法、検査システムの順で説明する。
【0027】
本明細書において「癌」とは、悪性腫瘍を指し、単に「腫瘍」ということもある。
また「遺伝子(gene)」とは、何らかの機能を発現する遺伝情報を担うゲノムDNAをいうが、単に化学的実体であるDNAの形でいうこともある。
【0028】
「癌抑制遺伝子」とは、癌の発症を抑制する遺伝子を意味し、「癌関連遺伝子」は、癌の発症に関与する遺伝子を意味する。なお本明細書において、疾患特異的臨床症状、検査データなどをもとに総合的判断により特定疾患と診断された時点をもって「発症」とよぶ。
【0029】
「前臨床期」とは、疾患特異的な臨床症状がでてくる前の発症前状態であって、既に微量の悪性腫瘍細胞が存在している早期の状態を指す。
DNAのメチル化とは、DNA塩基配列におけるCpG島でのシトシンの5位の炭素がメチル化されていることを指す。
【0030】
「予後推定」では、患者の治療観点から現時点よりその先の病態の推移を予測し、予後の良好/劣悪の判定のみならず、病型の進展見通し、悪性度の推定までも含めて予見する。
【0031】
予後推定検査用キット
本発明の予後推定検査用キットは、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の原因となる成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症、あるいはATLL病態の悪性化、とりわけindolent型ATLLの悪性化を予測するためのデータを提供する予後推定検査に用いられるキットであり、
当該キャリアーまたはindolent型ATLL患者からの検体中の、癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子であるSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群から2種以上の遺伝子を選択し、その選択された癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定し、作成された上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイル、あるいはそれから求めた成人T細胞白血病・リンパ腫の発症または悪性化を示す予示マーカーのデータを含む、それらのキャリアーもしくは患者の予後を推定するためのデータを提供する予後推定検査に使用される予後推定検査用キットである。前記データは、ATLL発症・進展危険度スコアを含むことが好ましい。ATLL発症・進展危険度スコアについては後述する。
【0032】
上記キットは、具体的には成人T細胞白血病・リンパ腫の発症または悪性化を示す予示マーカーのデータを基に、それらのキャリアーもしくは患者の予後を推定するためのデータを提供する予後推定検査を実施するため、検体を溶解するための溶解液、重亜硫酸塩含有試薬およびメチル化検出増幅試薬を含むキットであり、このキットを利用する検査によって2種以上の選択された癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルが作製される。
【0033】
「癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子」は、細胞の癌化に関わり、癌発症に関係する遺伝子である。とりわけ癌抑制遺伝子の発現異常は、発癌と癌の進展(progression)に直結していると考えられる。そうした癌抑制遺伝子は、特に限定されないが、例えば、プロテインチロシンホスファターゼSHP1遺伝子・p16Ink4a遺伝子・p15Ink4b遺伝子・CDH1遺伝子・HDAC遺伝子、p14ARF遺伝子,DAPK遺伝子、p73遺伝子,APC遺伝子,GSTP1遺伝子、アントロゲン受容体遺伝子、エストロゲン受容体遺伝子、TGF−β1遺伝子、TGF−β2遺伝子、p130遺伝子、BRCA遺伝子、NF1遺伝子、NF2遺伝子、TSG101遺伝子、MDG1遺伝子、GST−pi遺伝子、カルトニン遺伝子、HIC−1遺伝子、エンドセリンB受容体遺伝子、TIMP−2遺伝子、TIMP−3遺伝子、O6−MGMT遺伝子、hMLH1遺伝子、MSH2遺伝子およびGFAP遺伝子などの遺伝子が挙げられる。
【0034】
2種以上の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子を選択するのは、次に理由による。癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子についてもそのメチル化が、加齢に伴い一般に進展・拡大する傾向にある。一つの遺伝子のメチル化に関する変動は、一つ以上の疾患と結びついていることも想定される。さらに造血器腫瘍に分類される各腫瘍において発現制御レベルは、示差的様相で変化するが、なかには同時的に変化している複数の遺伝子もあり、かつ、その個別の腫瘍の種類により主導的に関わっている遺伝子もまた異なっていると想定される。検体の測定により複数の遺伝子の同時性メチル化を検出し、得られたデータから遺伝子診断をする際の精度を向上させることができる。すなわち、本発明ではプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定する8種の遺伝子のほかに、上記の癌抑制遺伝子におけるDNAメチル化を併せて測定することが好ましい。
【0035】
・8種の遺伝子
本発明の予後推定検査に用いられる予後推定検査用キットにおいて、検体中のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群から選択される遺伝子が、すべての遺伝子、すなわちSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子セットであることが望ましい。
【0036】
これらの8種の遺伝子は、ATLLの将来の発症または先々のATLL病態の悪性化を遺伝子レベルで前触れする特質が見出されたマーカー(すなわち「予示マーカー」)であり、それぞれDNA修復(repair DNA)、アポトーシス(apoptosis)、細胞接着(cell adherence)、癌抑制(tumor suppression)、情報伝達制御(signal transduction regulation)といった生物機能のいずれかを細胞内で発揮している(図3)。
【0037】
これらは成人T細胞白血病・リンパ腫の前臨床期の状態、発症に対して遺伝子発現の制御を通じて相互に相関して関与しており、しかも成人T細胞白血病・リンパ腫の病型の進展に対して特異性が高いことを本発明者は見出した。その関与の程度、様式は様々であるが、成人T細胞白血病・リンパ腫の診断のためのデータ、該腫瘍の前臨床期の状態にある可能性、あるいは発症する可能性を評価するための包括的なデータを得るためには、きわめて有用な遺伝子群である。すなわち遺伝子スクリーニングにより選び出された、特異的な遺伝子セットともいうべき組み合わせである。
【0038】
これら8種の遺伝子群から2種以上の遺伝子を選択し、その選択した遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより、ATLLの将来の発症または先々のATLL病態の悪性化といった予後推定に有用なデータが得られる。すなわち8種の遺伝子すべてについて調べてもよく、あるいは病型などに応じて8種の遺伝子の中から2種以上を任意の組み合せで適宜選択してもよい。
【0039】
また、上記8種の遺伝子群を「コア標的遺伝子」として、これらから2種以上の遺伝子を選択し、さらにコア遺伝子群以外の別に選択された遺伝子をも含めてそれらの選択した遺伝子の発現制御レベルを検出する態様であってもよい。その場合、コア標的遺伝子群以外の候補遺伝子の選択は、コア標的遺伝子についての測定に、補強的または補充的なデータを与える遺伝子が望ましい。そのような遺伝子としては、上述の癌抑制遺伝子が挙げられる。
【0040】
また上記8種の遺伝子の中で、特にSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態に関して後記の予後解析を行うことは、ATLL患者の予後管理にきわめて有用であることが判明したので、これら5遺伝子のメチル化状態(すなわち予示マーカーのデータ)をCIMP及びメチル化遺伝子数とともに、後述するATLL発症・進展危険度スコアを求める際のパラメータとすることが望ましい。
【0041】
なお、遺伝子のメチル化と細胞の悪性腫瘍化(癌化)を調べる遺伝子診断では、生物機能を考慮しない遺伝子セットよりも、対象とする悪性腫瘍に緊密に、かつ、特異的に関わり、さらにメチル化多発傾向にあり、メチル化同時性も期待できる組み合わせが、探索効率上からは望ましい。これらの意味からも成人T細胞白血病・リンパ腫では上記8種の遺伝子が有用であり、これらの遺伝子群が遺伝子発現プロファイルを作製するための遺伝子セットとして特に好適であると本発明者は認めた。つまり上記8種の遺伝子それぞれの細胞内活動は次のように知られている。
【0042】
SHP1遺伝子については、DNAマイクロアレイ解析から成人T細胞白血病・リンパ腫の中で大きく発現が低下する遺伝子に含まれていた。そのほかの遺伝子についても成人T細胞白血病・リンパ腫において発現が低下している遺伝子群からメチル化が予想されるものである。
【0043】
ヒトの造血器腫瘍、例えば悪性リンパ腫や白血病では、多くの種類で90%以上の高い頻度でSHP1タンパク質の強い発現抑制が見られた(例えば、American Journal of Pathology, Vol.159, No.4, October 2001:1495−1505等参照)。このように悪性の成人T細胞白血病・リンパ腫細胞では、上記SHP1タンパク質の発現抑制がきわめて高頻度で見られるのに対し、正常な血液細胞にはこの現象が見られない。成人T細胞白血病・リンパ腫の患者、特に、悪性リンパ腫や白血病患者では、上記遺伝子の中でも、SHP1遺伝子のプロモーター領域に存在するCpG領域がメチル化されてしまうため、細胞の情報伝達機構の中で負の制御を行っているプロテインチロシンホスファターゼSHP1タンパク質の発現抑制がきわめて高頻度で見られ、細胞増殖の抑制的制御が効かなくなるというメカニズムが知られている。したがってSHP1タンパク質の発現抑制は、SHP1遺伝子のメチル化によるものである。さらに、DNAメチル化によるSHP1遺伝子の転写抑制の前後には、SHP1遺伝子の一つの対立遺伝子が喪失している。
【0044】
以上より、成人T細胞白血病・リンパ腫の診断のためのデータ、あるいは該腫瘍の前臨床期の状態にある可能性、または発症する可能性を評価するためのデータを提供する検査方法において、選択された遺伝子の一つに、悪性リンパ腫や白血病の発症に深く関与しているSHP1遺伝子が含まれることが望ましい。
【0045】
p15、p16およびp73遺伝子は癌抑制遺伝子として知られている。
hMLH1およびMGMT遺伝子は、DNA修復酵素関連遺伝子である。
HCAD遺伝子は、細胞接着(カドヘリン)関連遺伝子である。カドヘリンは、分子量120kDaの細胞間接着に関連した糖タンパク質であり、胎性期の組織構築、器官形成に重要な役割を演じている。癌細胞においてもEカドヘリン(上皮由来)(CDH1)が癌細胞間の接着を司っていることが知られており、脈管内に浸潤した癌細胞が解離し標的臓器に漂着する癌転移の過程に関与していると考えられている。
【0046】
Eカドヘリンは、急性骨髄性白血病あるいはHodgkinリンパ腫の腫瘍細胞において発現が消失することが知られており、発症との関連が示唆されている。
またHCAD(またはCDH13、あるいはHカドヘリンとも呼ばれる)遺伝子については、細胞内ドメインを欠き、細胞間接着のみならず細胞内シグナリングにも関連していることが知られている。
【0047】
また異常なDNAメチル化あるいは遺伝子欠失により、卵巣癌、乳癌、肺癌、大腸癌など様々な癌においてHカドヘリンの発現が消失していることが報告されている。最近、本発明者らのグループの研究を始めとするいくつかの研究により、早期慢性骨髄性白血病またはインターフェロン治療低応答性慢性骨髄性白血病においてHCAD・プロモーターの強いメチル化が観察されること、並びにびまん性大細胞型B細胞リンパ腫においてHCAD遺伝子DNAの異常メチル化および対立遺伝子欠失により、遺伝子発現の低下・消失が観られることが知られている。
DAPK(Death-associated protein kinase)遺伝子は、アポトーシス関連遺伝子であり、種々の病態に伴う生体内アポトーシスとの関連が想定されている。
【0048】
・成人T細胞白血病・リンパ腫
本発明の方法の対象は、造血器腫瘍の範疇に含まれる成人T細胞白血病・リンパ腫であり、本発明の方法および予後推定検査用キットは、その病型を検出するのみならず、発症の可能性予測、予後の評価をするためのデータを提供することが可能である。
【0049】
成人T細胞白血病・リンパ腫(adult T-cell leukemia/lymphoma;ATLL)は、大部分の場合幼少時に母乳を介し母親から垂直感染したヒトT細胞白血病ウイルスI型(human T‐lymphotropic virus type I;HTLV‐I)キャリアーから発症する造血器腫瘍である。そのほかのHTLV−Iの主な感染経路は性交渉、輸血である。ATLLはHTLV−Iキャリアーから1000人に0.5から1.0人の割合で毎年発症がみられ、生涯のATLL発症リスクは5〜10%の頻度である。通常40から50年の潜伏期を経て発症し、急性型ATLLの場合は発症から1年以内に約70%が死亡し、きわめて予後不良である難治性の白血病である。全国のキャリアー(carrier)数は約100 万から200万人と推定され、ATLL発症数は年間約700例といわれる。
【0050】
このようなATLLの病型は、くすぶり型(smoldering type)、慢性型(chronic type)、リンパ腫型(lymphoma type)、急性(急性転化)型と4つの病型に分類されている。なお、本明細書では、くすぶり型および慢性型をindolent型と称し、リンパ腫型および急性(急性転化)型をaggressive型と呼称する。indolent型ATLLの悪性化とは、aggressive型に移行することである。これらの病型は、臨床的にはすべてATLLを発症している。ATLLの進展スキームと病型を図1に示す。
【0051】
またATLL病型の臨床判定基準を図2に示す。図2において、「*」は条件の制約がない、すなわちその項目を検査してもその病型の判定はできないことを示し、「+」はその病型において必ず見られる所見であることを示し、「−」はその病型においては見られない所見であることを示す。また「リンパ球数」は血液1μlあたりのリンパ球数をあらわしている。
【0052】
くすぶり型は末梢血あるいは肺や皮膚においてATLL細胞の単クローン性増殖が証明される状態で、発症の初期段階と考えられている。末梢血に異型細胞は認めるものの無症状であり肺病変あるいは皮膚病変も進行することなく自然寛解もしばしば認められる。
【0053】
慢性型は末梢血に10%以上の異型細胞を認めるが、臨床経過は安定しており無治療でも10年近く生存する例がある。リンパ節・肝臓・脾臓の腫大をみることはあってもその他の臓器浸潤は認められず高カルシウム血症を伴うこともない。
【0054】
治療を要する病型は、急性型およびリンパ腫型である。前駆病変と理解されている慢性型、くすぶり型の場合には長い期間その状態が維持され、臨床的には経過観察が主眼となるが、急性型(acute type)に転化してゆく場合がしばしばみられる。またそれらの前に前白血病状態(臨床的に特記すべき所見を示さない、すなわちATLLを発症していない状態)としてHTLV−Iキャリアーがある。
【0055】
急性型では血液中に異型リンパ球が確認されるが、リンパ腫型では血液中の異型リンパ球は見られないなどの違いはあるものの、乳酸脱水素酵素(LDH)が上昇するものがほとんどで、細胞性免疫低下や高Ca血症などの症状を呈する。このほか高尿酸血症、高ビリルビン血症(肝浸潤)、アルカリフォスファターゼ上昇(骨破壊)、副甲状腺ホルモン関連蛋白(PTHrP)上昇(骨破壊)がみられる。
【0056】
リンパ腫型は他の悪性リンパ腫と比べ特に治療抵抗性で、経過中に全身のリンパ節、臓器への浸潤が起こりリンパ腫を形成する。急性型は通常異型を示すATLL腫瘍細胞が末梢血に多数認められ典型的な白血病の症状を呈する。さらにリンパ節腫脹、肝機能障害、および浮腫がみられATLL細胞は骨髄や中枢神経系など多くの臓器に浸潤する(図2)。
【0057】
ここで「ATLLの病型を検出」とは、ATLLを発症している状態である、くすぶり型、慢性型、リンパ腫型、急性(急性転化)型を検出することである。くすぶり型では、白血球数は正常であるが、血液中に異型ATLL腫瘍細胞が末梢血中に3%以下存在するという特徴があり、症状がほとんど自覚されない。慢性型においては、血液中の白血球数が増加し、10%以上の異型ATLL腫瘍細胞が末梢血に出現するが、急激な異型ATLL腫瘍細胞の増多はなく、臨床経過は安定している。したがって、臨床診断的には、緊急の治療を要する急性型、リンパ腫型の診断は当然のこと、治療を当面必要とされない慢性型またはくすぶり型であっても、それらを検出することは予後の推定と経過観察のために特に意義がある。
【0058】
HTLV−Iキャリアー、くすぶり型、慢性型、リンパ腫型、急性型ATLLを精度高く判別して検出するとともに病態の予後管理を適切に行うことは、予後の悪いリンパ腫型、急性型ATLL発症に対し早期治療を開始するとともに、薬剤耐性が獲得される前に腫瘍細胞の増殖を抑えるなど効果的な治療を行うためにも、あるいは急性転化を防ぐための予防的治療法を開発するためにもきわめて重要である。
【0059】
かかる観点から検体中の2種以上の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子を選択してその発現制御レベルを調べることにより、リンパ腫型あるいは急性型ATLLを特定するデータを得ることが望ましい。一般的にはその遺伝子産物を定量し、その定量結果に基づいて当該遺伝子群の発現プロファイルを作成するか、あるいは発現の調節をメチル化状態の検出により調べることに基づいて高感度・高精度な早期検出・診断を行う。
【0060】
このようにしてATLLの病型診断のための、また治療を要する病型に進展する可能性を評価するためのデータ、さらに予後不良病型への進展を早期検出するデータを得ることができる(図1参照)。
【0061】
特に、上記8遺伝子よりなる遺伝子群から2種以上の遺伝子を選択し(特に好ましくは8種の遺伝子すべてを選択し)、その選択した遺伝子の発現制御レベルを検出することにより、リンパ腫型または急性型ATLLを検出し特定することが可能となる。遺伝子の発現制御レベルを調べることについては、上記したとおりそれらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化を調べるのがよい。それに基づき、患者に病型に関する必要な情報を提供し、経過観察の際に適切に指導して自己管理に役立てることとなる。
【0062】
ATLLの病型判別および/または予後推定を可能とする本発明の方法および予後推定検査用キットによってもたらされるデータは、とりわけHTLV−Iキャリアーからくすぶり型に発症し進展する場合、くすぶり型または慢性型から急性転化する場合(すなわち、「indolent型ATLLの悪性化」に該当する)、ならびにHTLV−Iキャリアーからリンパ腫型あるいは急性型ATLLを発症する場合に、そうした変化を早い時期に検出し、診断する目的にきわめて有用である。
【0063】
「作成された上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイル、あるいはそれから求めた成人T細胞白血病・リンパ腫の発症または悪性化を示す予示マーカーのデータ」とは、選択された遺伝子個々のメチル化状態、選択された遺伝子セットについて求められたメチル化プロファイルあるいは遺伝子メチル化を類別基準とする生存曲線及びATLL発症・進展危険度スコアをいう。
【0064】
予示マーカーは、上記8種の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子あるいはその中から特別に選択された遺伝子をいう。
メチル化プロファイルは、選択した遺伝子群について測定されたメチル化状態のことを指すか、それに基づいて必要な処理を経て作成された加工データをいう。例えば、平均MSP(+)遺伝子数などである。
【0065】
さらに「メチル化状態」とは、個別遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化の状況、すなわち無(−)、有無不明(+/−)、有(+、++、+++)を意味するとともに、各遺伝子のメチル化率(メチル化頻度)、平均メチル化遺伝子数、メチル化された状況に関するデータの総体などを言及することもある。
【0066】
本発明に係る予後推定検査用キットは、本発明の方法を実施するために必要とされる各種器材(たとえば遺伝子増幅装置、解析装置など)または資材(たとえば採血器具、血液分離器具など)、試薬および/または遺伝子増幅を実施するためのプライマー類を含むものである。これらの試薬の中には、各種酵素類、緩衝液、洗浄液、溶解液なども含まれる。
【0067】
具体的には検体を溶解するための溶解液、重亜硫酸塩含有試薬、メチル化検出増幅試薬を含み、さらに癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域変異型を検出するための、PCR用プライマーを含む。キット要素として、さらに多数検体の同時処理ができるマイクロタイタープレート、DNA増幅用具などの必要な器材一式などを含んでもよい。
【0068】
本発明による検査方法のハイスループットな態様は、上記キットの中に、マイクロリアクタ形態のもの、具体的にはチップ形状の器材を含んでもよい。このような構成の向上した態様はさらに詳しく後記するように、チップから得られる信号についての数値化されたものを取り込み、コンピュータ処理を通じてファイルを作成し、コンピュータ上の所定のディレクトリに保存する形態を採用するシステムが好ましい。
【0069】
数値データを統計的に処理し、2種以上、好ましくは上記8種の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子の発現調節能力(メチル化プロファイル)を調べ、ATLLの発症潜在性、病型の進展可能性を推定する能力まで前記システムに含めることができる。データ処理は、必要な補正、正規化を経て、統計的解析を可能とする好適なソフトウェアを使用して行われる。このようなデータ処理のためのシステム構築は、当業者であれば既存の技術、方式、手順を利用して行うことができる。
【0070】
「検体」は、患者などから分離された、成人T細胞白血病・リンパ腫を検出できるいかなる器官、組織、細胞または細胞抽出物であり得る。そのような検体は、成人T細胞白血病・リンパ腫の前臨床期の状態にあるか発症したヒトもしくは哺乳類動物から分離されるか、あるいは成人T細胞白血病・リンパ腫または腫瘍を有しないヒトもしくは哺乳類動物から分離される検体である。
【0071】
検体としては特に限定されないが、例えば患者(ヒトまたは哺乳類動物)、被検患者または実験動物から得られた組織、具体的には骨髄組織(例えば生検または剖検から)、扁桃、骨髄、リンパ節、消化器、呼吸器、脾臓、肝臓、感覚器、中枢神経系、運動器、皮膚、末梢血液、全血、細胞溶解物、哺乳類細胞培養物、または他の任意の細胞含有試料、それからの抽出物などが挙げられる。
【0072】
好ましくは前記検体は、扁桃、骨髄、リンパ節、消化器、呼吸器、脾臓、肝臓、感覚器、中枢神経系、運動器、皮膚および末梢血よりなる群から選択された器官、組織から採取された細胞含有試料である。
【0073】
遺伝子メチル化の検出による検査方法
本発明の一つの局面は、成人T細胞白血病・リンパ腫の予後推定用のデータを提供する遺伝子検査である。すなわち本発明の方法は、
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後を推定するためのデータの収集において、単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより予後因子としてCIMPを算出し、メチル化遺伝子、メチル化遺伝子数及びCIMP値から算出されるATLL発症・進展危険度スコアによる危険度の階層化、該CIMP値の変化動向および/またはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を表示することにより、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症、あるいはATLL病態の悪性化、とりわけindolent型ATLLの悪性化を予測することを可能とするATLL予後推定用データを作成する方法である。
【0074】
本検査方法では、予示マーカーとして検体中に含まれる癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子を2種以上選択し、それらの遺伝子発現を調節の面から調べる。調節の面から調べるとは、その選択した遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定し、データとして表わされた予後因子の変化動向から当該遺伝子が存在するクロマチンの状態及び遺伝子発現の程度を判断することに基づく。
【0075】
上記検査に供される検体は、上記のようにHTLV-Iのキャリアーであるか、それが疑われる被験者、あるいはATLL発症患者から分離された扁桃、骨髄、リンパ節、消化器、呼吸器、脾臓、肝臓、感覚器、中枢神経系、運動器、皮膚および末梢血よりなる群から選択された器官、組織から採取された細胞含有試料であることが好ましい。
【0076】
・CpG島のメチル化(methylation)
遺伝子のプロモーター領域にCpG配列に富む領域、すなわちCpG島が存在する場合、そのCpG島におけるシトシンのメチル化は、その遺伝子の転写制御に影響する。したがって、遺伝子のプロモーター領域におけるシトシンのメチル化を検出することにより、当該遺伝子の発現異常(例えば、転写が活性化されているのか抑制されているのか)を検出することができる。さらに上記遺伝子が癌抑制遺伝子である場合、癌抑制遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のシトシンのメチル化を検出することにより、上記細胞含有試料に含まれる細胞が癌細胞である可能性があるか否かを検出することができる。
【0077】
遺伝子の転写制御に関係する遺伝子プロモーター領域のCpG島におけるシトシンのメチル化の実態を知るためには、例えばメチル化状態を測定すればよい。そのために細胞検体の細胞から核酸を抽出する工程を省き、容易にかつ微量の細胞検体からメチル化されたDNAを検出することができる方法(特許文献3)が好適である。すなわち、
細胞含有試料を溶解液により溶解させて細胞含有試料溶解液を調製する工程、
この工程により得られる細胞含有試料溶解液を、直接、重亜硫酸塩含有試薬で処理し、当該細胞含有試料溶解液に含まれるCpG含有DNAの塩基配列中の非メチル化シトシンをウラシルへと変換する工程、
得られたCpG含有DNAを、所定のメチル化特異的オリゴヌクレオチドプライマーおよび非メチル化特異的オリゴヌクレオチドプライマーを用いて、ポリメラーゼ連鎖反応により増幅させる工程、
次いで上記CpG含有DNAが増幅されたか否かを検出する工程
とを含む方法に基づくならば、簡便かつ迅速にDNAのメチル化を検出することができる。
【0078】
これらの処理では、検体DNA内の非メチル化シトシンがウラシルを経由してチミンに変換され、一方、5−メチル化シトシンは最終的にシトシンとなることから、メチル化シトシンと非メチル化シトシンの判別を行なうことができる。
【0079】
「検体中の2種以上の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子を選択」は、既に述べたとおりであり、メチル化を測定する標的遺伝子を選択することである。2種以上の標的遺伝子についてそれらのメチル化状態を測定すれば、相互に比較することによりメチル化の多寡、メチル化の遅速、同時的メチル化などの知見が得られ、さらに病型、病期と関連づけることによって多くの有益な情報が得られる。なお、8種の遺伝子すべてを選択することが好ましいのは、前述のとおりである。
【0080】
上記検査方法の好ましい態様の一つとして、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後を推定するためのデータの収集において、単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより予後因子としてCIMPを算出し、該CIMP値および/またはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態による危険度の階層化を表示することにより、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLの悪性化を予測することを可能とするATLL予後推定用データの作成方法が挙げられる。
【0081】
これらの遺伝子群の意義、特異性などについては既に述べたとおりであり、図3には、上記8種の遺伝子の細胞内機能とメチル化との関連性が示されている。詳しく後述するように本発明者の研究結果から、P値統計解析により特にCpG island methylator phenotype(CIMP:いろいろな特異的標的遺伝子群のプロモーター領域のCpG島が高頻度にメチル化され、それにより、当該標的遺伝子群の発現が次々に消失する表現型)と関連している標的遺伝子は、SHP1、p15、p16、p73、DAPK、MGMTであることが判明した。これらの遺伝子は、CIMPの面から着目されるべきであることが結論された。
【0082】
また成人T細胞白血病・リンパ腫の診断のためのデータ、あるいは該腫瘍の前臨床期の状態にある可能性、または発症する可能性を評価するためのデータなどを提供する本発明の方法において、選択された遺伝子の一つに少なくともSHP1遺伝子が含まれることが望ましい(図4)。
【0083】
・メチル化状態の測定
本発明の方法は、選択された遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定してHTLV−1のキャリアーもしくはATLL患者の予後を推定するためのデータを作成する方法であり、前記メチル化頻度の検出は、検体を溶解して得た細胞溶解液を重亜硫酸塩で処理した後に行なうことができる。
【0084】
具体的には、上記メチル化状態を検出する方法は次の工程を含む。
(1)細胞を含む検体(細胞含有試料)を溶解液により溶解させて細胞含有試料溶解液を調製する細胞溶解工程と、
(2)上記細胞溶解工程により得られる細胞含有試料溶解液を、重亜硫酸塩含有試薬で直接処理し、当該細胞含有試料溶解液に含まれるCpG含有DNAの塩基配列中の非メチル化シトシンをウラシルへと変換するDNA変換工程と、
(3)上記DNA変換工程により得られるCpG含有DNAを、所定のメチル化特異的オリゴヌクレオチドプライマーおよび非メチル化特異的オリゴヌクレオチドプライマーを用いて、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅させるDNA増幅工程と、
(4)上記DNA増幅工程によって、上記CpG含有DNAが増幅されたか否かを検出するメチル化検出工程。
【0085】
DNAを重亜硫酸塩(Bisulfite)で処理すると、非メチル化シトシンはウラシルに変換される。
具体的には、非メチル化シトシンが重亜硫酸塩によりスルホン化(Sulphonation)され、さらに加水分解により脱アミノ化(Hydrolytic deamination)され、さらに、アルカリ存在下での脱スルホン化(Alkaline desulphonation)により、ウラシルに変換される。これに対してメチル化されたシトシンは、重亜硫酸塩処理してもウラシルに変換されない。
【0086】
メチル化されていないDNAでは、上述のように重亜硫酸塩処理によりすべてのシトシンがウラシルに変換される。これに対してメチル化されたDNAでは、重亜硫酸塩処理により、メチル化されたシトシンはウラシルに変換されず、それ以外のメチル化されていないシトシンのみがウラシルに変換される。すなわち、同一の塩基配列を有するDNAであっても、メチル化されているか否かで重亜硫酸塩処理後の塩基配列に違いがみられる。この塩基配列の違いを検出することにより、CpG含有DNAのメチル化の有無を検出することができる。
【0087】
「CpG含有DNA」は、上記細胞含有試料中に含まれるDNAであって、CpG配列を含む塩基配列を有するDNA検体であれば、特に限定されるものではない。ここでいうDNA検体は、通常、ゲノムDNA、すなわち遺伝子である。さらにその遺伝子が、癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子であることがより好ましい。この「CpG含有DNA」は、遺伝子のプロモーター領域に存在することが好ましい。プロモーター領域のメチル化を特異的に検出するには、当該遺伝子のプロモーター領域のCpG配列を含む塩基配列について設計されたプライマーを用いることによる。
【0088】
DNA増幅方法としては、PCR増幅法またはその変法が使用されるが、最近開発されたICAN(Isothermal chimera primer initiated nucleic acid amplification)などの増幅法であってもよい。
【0089】
さらに上記のメチル化状態の検出方法は、検体を溶解して得た細胞溶解液を直接に重亜硫酸塩で処理し、検体から遺伝子を抽出せずにメチル化頻度の測定を行なうことを特徴としている。細胞溶解液からDNAを抽出し、分離してメチル化を検出してもよい。しかしながら本発明者は、検体から遺伝子DNAを抽出することなく、直接に細胞溶解液に直接重亜硫酸塩による処理が行えることを既に提案した(特許文献3)。検体からDNAを抽出する操作は煩雑であり、微量の遺伝子しか含まれない検体は検査できないという事態から上記検出方法によって免れることができる。
【0090】
「検体」は、患者から分離された、成人T細胞白血病・リンパ腫を検出できるいかなる器官、組織、細胞または細胞抽出物でもよい。そのような検体は、特に限定されないが、扁桃、骨髄、リンパ節、消化器、呼吸器、脾臓、肝臓、感覚器、中枢神経系、運動器、皮膚および末梢血よりなる群から選択された器官、組織から採取された細胞含有試料であることが望ましい。
【0091】
上記「溶解液」としては、上記検体を溶解し、膜を開裂させることができるものであれば、特に限定されないが、タンパク質の変性を引き起こす試薬が好ましい。具体的な溶解液としては、例えば、グアニジンチオシアネート、ヨウ化ナトリウム、尿素、SDSなどのこれまで公知のタンパク質変性剤を含む溶液が挙げられる。さらに、これらにβ−メルカプトエタノールなどの従来公知の架橋開裂剤が含まれていてもよい。
【0092】
上記「重亜硫酸塩含有試薬」としては、従来公知の重亜硫酸塩を含有する試薬であればよく、特に限定されるものではないが、例えば、重亜硫酸ナトリウム(Na2S2O5、メタ重亜硫酸ナトリウム、二亜硫酸ナトリウムまたはピロ亜硫酸ナトリウムともいう)を好適に用いることができる。さらに、重亜硫酸化合物と尿素とを併用してもよい。
【0093】
なお、前記メチル化状態の検出には、メチル化感受性制限酵素を用いてもよい。その基礎となる方法として、遺伝子切断段階と、遺伝子増幅段階と、遺伝子増幅確認段階とを含むメチル化感受性制限酵素を利用した方法が、特許文献2に記載されている。メチル化感受性制限酵素とは、二本鎖DNAにおいて認識対象となる塩基配列にシトシンを含んでおり、かつ、この塩基配列中のシトシンがメチル化された場合には、該塩基配列の二本鎖DNAを切断できない制限酵素であれば特に限定されるものではない。具体的には、例えば、HpaII、EagIまたはNaeIなどを挙げることができる。
【0094】
・ATLL病型の進展とメチル化の相関性
本発明の予後推定検査用キットが使用される成人T細胞白血病・リンパ腫の予後推定検査では、ATLL予後推定用データを提供するために、検体中のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群から、2種以上の遺伝子を選択し、その選択した遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態が測定される。次いでHTLV−Iキャリアーの特定、ATLL病型におけるくすぶり型、慢性型、リンパ腫型、急性型の判別が必要となる。
【0095】
上記8種の遺伝子群は、特に成人T細胞白血病・リンパ腫においては、病型の検出、診断、予後推定に特異的な遺伝子セットとして有用であるため、コア標的遺伝子とすることが好ましい(図4)。各遺伝子のメチル化状態とATLL病型判別の詳細は、特開2007-244377号公報に開示したが、以下に要点のみ記す。
【0096】
健常者とHTLV-Iキャリアーの標的遺伝子(判別マーカー)としてSHP1遺伝子またはp73遺伝子が有効である。さらにくすぶり型ATLLの発症マーカーとしてDAPK遺伝子,HCAD遺伝子が有用である。健常者と慢性型ATLLとの間では、SHP1遺伝子、DAPK遺伝子、HCAD遺伝子が良好な判別マーカーとなり得る。また健常者から急性型ATLLへの発症マーカーとしてSHP1遺伝子、DAPK遺伝子、HCAD遺伝子が、リンパ腫型ATLLへの発症マーカーとしてSHP1遺伝子、p16遺伝子、DAPK遺伝子、MGMT遺伝子、HCAD遺伝子が挙げられる。
【0097】
HTLV-Iキャリアーとくすぶり型の判別ではHCAD遺伝子およびSHP1遺伝子のメチル化の有無が有効な指標であり、くすぶり型と急性型の判別ではSHP1遺伝子のメチル化が有効な指標である。HTLV-Iキャリアーと急性型の判別では、HCAD遺伝子とSHP1遺伝子のメチル化、HTLV-Iキャリアーとリンパ腫型の判別ではSHP1遺伝子,DAPK遺伝子,HCAD遺伝子のメチル化がきわめて有効な指標であり、p16遺伝子をマーカーに加えることで検出精度が向上する。
【0098】
SHP1遺伝子、p16遺伝子、DAPK遺伝子、HCAD遺伝子のメチル化は、リンパ腫型ATLLとHTLV-Iキャリアーとの間で有意な差があるため、これらの遺伝子はHTLV-Iキャリアーからリンパ腫型ATLL発症のマーカーとなり得る。くすぶり型とリンパ腫型の判別において、標的遺伝子としてSHP1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子から少なくとも2種選択することが有効である。選択した2種の遺伝子がともに高いメチル化頻度を示した場合は病型がくすぶり型からリンパ腫型へと進展した可能性が高く、さらに、標的遺伝子をくすぶり型ではほとんどメチル化されていないp73遺伝子、p16遺伝子を加えた4種以上に増やすことで検出精度あるいは信頼度が向上する。
【0099】
くすぶり型と急性型の判別においては標的遺伝子としてSHP1遺伝子を用いる。くすぶり型と慢性型の判別には標的遺伝子としてSHP1遺伝子を選択することが望ましい。また急性型とリンパ腫型の判別においては、標的遺伝子としてp16遺伝子、MGMT遺伝子が選択され、p16遺伝子が高いメチル化頻度を示した場合は病型がリンパ腫型である可能性が高く、p16遺伝子およびMGMT遺伝子が高いメチル化頻度を示した場合は急性型である可能性が高い。
【0100】
予後推定検査用システムと予後推定
本発明者らはこれまでの研究を通じて、ATLLの進展に伴い(i)メチル化を示す遺伝子数の増加、(ii)特定の遺伝子のメチル化、(iii)CIMPの増加が認められ、HTLV-I感染からATLLの発症までには、特定の遺伝子のメチル化が関与していることを明らかにした。本発明者らはまた急性型とリンパ腫型はCIMPを示す割合が高いことから、初めてATLLにおいてCIMPの存在を実証し、CIMPがATLL進行のバイオマーカーになり得ることも示唆した。急性型とリンパ腫型はともに予後不良であるが、メチル化される遺伝子が異なっており、病型の発生機序の違いを反映していると考えられる。これらの知見を基に、ATLL発症と予後推定への適用についても研究を進めた。
【0101】
本発明の検査用システムは、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症、あるいはATLL病態の悪性化、とりわけindolent型ATLLの悪性化を予測するための予後推定検査用システムであって、上記の予後推定検査用キット、予後推定検査で得られたデータの加工および解析を行うためのツール、およびデータ処理・解析結果のアウトプット装置を含むことを特徴としている。予後推定検査で得られたデータの加工および解析を行うためのツールは、データ加工の処理プログラム、上記統計処理プログラム、クラスタリングアルゴリズムを用いたプログラム、判定・推定の判断手順を含むアルゴリズムを用いたプログラムまたは手順スキームなどであるが、これらはコンピュータ・ソフトウェアの形態をとってもよい。あるいは予後の判定・推定の判断手順は、フローチャート形式により表現された形態であってもよい。
【0102】
前記データ加工とは、たとえばメチル化のあった遺伝子項目にチェックを入れ、メチル化遺伝子数を合計し、CIMP陽性/陰性を判定することであり、またデータの解析とは、ATLL発症・進展危険度スコアを算出することなどを指す。
【0103】
前記統計処理プログラムは、ATLL発症・進展閾値より高いものを選択またはATLL発症・進展危険度スコアにより危険度の程度を表示する命令をコンピュータに与えるプログラムである。
【0104】
前記クラスタリングアルゴリズムとは、それぞれの遺伝子についてメチル化陽性/陰性かのデータを解析し、メチル化陽性遺伝子群の組み合わせパターンあるいはプロファイルにより、発症あるいは進展に関して高危険群と低危険群とを層別化する処理手順を指す。
【0105】
前記判定・推定の判断手順を含むアルゴリズムとは、それぞれの遺伝子についてメチル化陽性/陰性かのデータを解析し、遺伝子群のメチル化プロファイルより、HTLV-IキャリアーがATLLを発症する「危険度スコア」を計算する処理手順、あるいはくすぶり型や慢性型のindolent ATLL患者が急性型やリンパ腫型ATLLに進展する「危険度スコア」を計算する処理手順を指す。なおこのアルゴリズムには、通常行われる血液検査データのパラメータたとえば白血球数、リンパ球数、5%以上の異常リンパ球の有無、LDH値、HTLV-I DNAコピー数、sIL2R値等のデータを、上記危険度スコアを計算する際のパラメータとして加えて、高精度化をしてもよい。
【0106】
データ処理結果のアウトプット装置は、通常のコンピュータに使用されるディスプレー、プリンタなどのデータ表示装置である。必要であれば、前記アウトプット装置は通信プロトコルなども含んでもよい。
【0107】
・予後因子とデータの形態
選択された2種以上の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子の示差的発現プロファイルの形態は、エピジェネティクス関連疾患のモニタリング、診断の他に、発症可能性の予測、予後推定を早期に高感度・高精度に評価することを可能とする。そうした有用なプロファイルの一つには、癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルが該当する。そのようなメチル化プロファイルに基づくATLL予後推定用データの提供方法が、本発明の一態様として提示される。
【0108】
すなわち、
上記の予後推定検査用キットまたは予後推定検査用システムを使用することにより、
単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより、
上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルを作成するとともに、これをもとに予後因子のひとつであるCIMPを算出し、
メチル化遺伝子、メチル化遺伝子数及びCIMP値からATLL発症・進展に関する「危険度スコア」を算出し、それに基づく危険度の階層化および/またはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を表示することにより、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症、あるいはATLL病態の悪性化、とりわけindolent型ATLLの悪性化を予測することを可能とする、ATLL予後推定用データを提供することができる。
【0109】
ここで、「予後因子」とは、疾患の病態、病型の今後の進展、または患者の転帰を見通すための手がかりとなる物質または事象である。ATLL病態の悪性化は、くすぶり型から慢性型またはaggressive病型への移行、慢性型からaggressive病型への移行、aggressive病型においても急性型からリンパ腫型への増悪を含む。特にindolent型ATLLからaggressive病型に移行することが遺伝子レベルの変化から予見できることは、HTLV-Iのキャリアーの発症予見とともにその臨床的意義は大きい。
【0110】
データの提供方法として、遺伝子の発現変化と同定された病態とを統計的なデータの裏づけのもとに結び付けられた指標、すなわち予後因子の変化、より好ましくはその時間変化(または複数の時点での値)を示す方式がより好ましい。その例として、平均MSP(+)遺伝子数、CIMP(CpG Island Methylator Phenotype)及びATLL発症・進展危険度スコアが挙げられる。統計解析は、当業界で利用されている各種の統計手法、検定法の中から適する方法を選択しておこなうことができる。
【0111】
(平均MSP(+)遺伝子数)
「平均MSP(+)遺伝子数」とは、MSPでポジティブの結果を与えた、すなわちメチル化特異的PCR法(methylation specific PCR(MSP))でメチル化が認められた平均遺伝子数である。健常者DNA、およびATLL患者DNAでは、上記8種の遺伝子群における平均メチル化遺伝子数、すなわち平均MSP(+)遺伝子数が、健常者DNA:0.5個、HTLV−1キャリアーDNA:1.6個、くすぶり型DNA:1.9個、慢性型DNA:3.2個、急性型DNA:2.5個、リンパ腫型DNA:3.4個であり、ATLL患者においてメチル化を示す遺伝子数は、病期の進展に伴って増加する傾向にある。
【0112】
健常者の平均MSP(+)遺伝子数とHTLV-Iキャリアー、くすぶり型、慢性型、急性型、リンパ腫型ATLLの各病型の平均MSP(+)遺伝子数との間に有意な差が認められるため、健常者からHTLV−Iキャリアー、健常者から各病型のATLLを判別するマーカーとして「平均MSP(+)遺伝子数」は有用である。
【0113】
さらにHTLV−Iキャリアーの「平均MSP(+)遺伝子数」と慢性型、急性型またはリンパ腫型ATLLの「平均MSP(+)遺伝子数」の間、またはくすぶり型ATLLの「平均MSP(+)遺伝子数」と慢性型またはリンパ腫型ATLLの「平均MSP(+)遺伝子数」との間にも有意な差が認められる。
【0114】
したがって「平均MSP(+)遺伝子数」は、HTLV-Iキャリアーから慢性型、急性型またはリンパ腫型のATLLの発症を予見できる予後因子、あるいはくすぶり型ATLLから慢性型またはリンパ腫型ATLLへの悪性化を予見する予後因子として用いることができる。
【0115】
(指標CIMP(+)に基づく解析)
ATLLの各病型とDNAメチル化とを対応させる指標として、CIMPが有用である。一般的に、CIMP(CpG Island Methylator Phenotype)とは、いろいろな特異的標的遺伝子群のプロモーター領域のCpG島が高頻度にメチル化され、それにより、当該標的遺伝子群の発現が次々に消失する表現型のことを指す。
【0116】
すなわちCIMPは、DNAが高頻度にメチル化され(hypermethylation)、"gene
silencing"が起きていることを示すパラメーターである。そのカットオフレベル(この数以上メチル化されている遺伝子がある場合には高頻度DNAメチル化表見型陽性と判定する)を高くすることにより、HTLV-Iキャリアーの発症可能性の予測、あるいはATLL患者でも悪性化が懸念されるindolent型の予後推定の基準がより厳しくなる。
【0117】
本発明では8種の遺伝子群(SHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMH遺伝子、DAPK遺伝子、HCAD遺伝子)のうち、3つ以上の遺伝子がメチル化されている場合をCIMP(+):CIMP陽性と定義している。HTLV-Iキャリアーとリンパ腫型の判別、くすぶり型とリンパ腫型の判別、くすぶり型と慢性型の判別、急性型とリンパ腫型の判別において、発症危険度スコアリングを行う際の指標のひとつとしてCIMPを分析することが有効であることが後述の実施例に示されている。
【0118】
HTLV-IキャリアーとATLLの慢性型、急性型およびリンパ腫型との間で、標的遺伝子のメチル化が起こっている遺伝子数が有意に異なっている。さらに病型の進展にともなってその数が増加し、CIMP(+)の症例が増加することから、ATLLの病型の進展についても、標的遺伝子の平均MSP(+)遺伝子数およびCIMPを予後因子として採用できる。
【0119】
さらにSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態はATLL患者の予後推定にきわめて有用であることが、本発明者によるこれら5遺伝子メチル化の生存曲線研究から明らかとなった。したがって、SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子を、ATLLの発症可能性を予測し、予後を推定するための予示マーカーと位置付けることは妥当であり、それらのメチル化状態を、これら5遺伝子のメチル化の様相、平均MSP(+)遺伝子数、CIMPとともに予後因子として表示してもよい。
【0120】
(ATLL発症・進展危険度スコア)
上記「ATLL発症・進展危険度スコア」とはMSPでポジティブの結果を与えた、すなわちメチル化特異的PCR法(methylation specific PCR(MSP))でメチル化が認められた遺伝子、メチル化遺伝子数及びCIMPの項に、単変量解析あるいは多変量解析により求められたHazard Ratio (HR)等により重み付けをした値の総和として求められた値である。このATLL発症・進展危険度スコアを求める計算式には、臨床データ(たとえば白血球数、リンパ球数、5%以上の異常リンパ球の有無、LDH値、HTLV-I DNAコピー数、sIL2R値等のデータ)等の項を加えてもよい。以下、より詳細に説明する。
【0121】
ATLL発症・進展危険度スコアは、(1)MSPでポジティブの結果を与えた、すなわちメチル化特異的PCR法(methylation specific PCR(MSP))でメチル化が認められた遺伝子、(2)メチル化遺伝子数、及び(3)CIMPの値、以上3つの危険因子の項に、単変量解析あるいは多変量解析により求められたHazard Ratio (HR)(後述の表1参照)により重み付けをした値として、各患者について求められる。
【0122】
前記単変量解析あるいは多変量解析により求められたHRというのは、ATLLのキャリアーおよび患者の、8種の遺伝子のメチル化状態を求め、統計学的計算(単変量解析あるいは多変量解析)を行うことにより求められた、各遺伝子、メチル化遺伝子数およびCIMPのATLLに対する関連性(危険度)を示す数値であり、数値が高いほど、その遺伝子がメチル化されるとATLLを発症する、またはATLLが悪性化する危険性が高い。このHRは統計学的計算を行う集団の母数を大きくすることにより、より精度の高い数値となることが期待される。
【0123】
次に、HRによる重み付けというのは、各患者について遺伝子のメチル化状態を測定し、
(1)MSPでポジティブの結果を与えた遺伝子をプラス1、MSPでネガティブの結果を与えた遺伝子を0とし、それらの各数値に、それぞれの遺伝子に対応するHazard Ratio (HR)の値を乗算し、乗算により得られた数値を合計し、
(2)当該患者で検出されたメチル化遺伝子数に、メチル化遺伝子数のHazard Ratio (HR)の値を乗算し、
(3)当該患者がCIMP陽性である、つまり8種の遺伝子のうち3つ以上の遺伝子がメチル化されている場合にはプラス1、CIMP陰性である場合には0とし、この数値にCIMPのHazard Ratio (HR)の値を乗算する。
【0124】
上記、(1)〜(3)の総和、(1)および(2)の和、(2)および(3)の和、または(1)および(3)の和をATLL発症・進展危険度スコアとする。
HRとして単変量解析で得られた値および多変量解析で得られた値のいずれを使用するかは任意である。
【0125】
また(1)に関しては、必ずしも8種の遺伝子すべてについての値を計算に入れる必要はなく、たとえば8種の遺伝子のうち特にATLLへの関与が深い遺伝子(たとえばSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子)についての値のみを計算に入れてもよい。
【0126】
(2)に関しては、メチル化遺伝子数は0〜8という数値を取り得、これにメチル化遺伝子数のHRを乗算すると、(1)および(3)に対して数値が大きくなりすぎる場合がある。そのため、(2)の値としては、たとえばメチル化遺伝子数にHRを乗算した数値を、解析した遺伝子の総数(8種の遺伝子を解析したのであれば8)で割った数値((1)および(3)の数値と、ATLL発症・進展危険度スコアに対する寄与が同等になるように標準化した数値)を採用することが好ましい。
【0127】
このような計算により求められるATLL発症・進展危険度スコアは、ATLLの悪性度が高まるほど(indolent型よりもaggressive型が)高くなるため、同じ病型の患者でもATLL発症・進展危険度スコアが高いほどATLLが悪性化しやすい、というように、一つの病型の患者を、悪性化しやすいグループ(このグループがさらに複数に分けられることも考えられる)および悪性化しにくいグループ(このグループがさらに複数に分けられることも考えられる)という、異なるグループに階層化することができる。
【0128】
・エピジェネティックス異常の検出と診断、予後管理(予後の判定もしくは推定)
DNAメチル化は、細胞の長期記憶装置として細胞の分化、老化などに深く関わっている。その異常は、癌の発生と進展に、原因として深く関与することが想定され、また原因ではなくとも、個々の癌の特質と密接に相関する場合があることも知られている。実際、DNAメチル化やヒストン修飾異常などのエピジェネティックな機構は、癌における遺伝子発現異常の鍵となっている。特に、癌抑制遺伝子プロモーター領域のCpGアイランドのメチル化によるサイレンシングは、癌抑制遺伝子の不活化機構として広く認識されるに至っている。
【0129】
これまでの研究から、細胞周期、アポトーシス、シグナル伝達、転移・浸潤など,発癌に必要なあらゆるプロセスに関わる遺伝子にメチル化異常がおこることが明らかとなった。本発明者らは、癌細胞特異的なDNAメチル化異常を検出することにより癌細胞の存在検出に利用することのみならず、さらには癌の特質に密接に関連する DNAメチル化異常を検出して、臨床的に有用な情報(適切な治療方針の策定および予後管理に資するデータ、指標)を得ることが可能となるという構想の下にさらに研究を進めてきた。
【0130】
下記実施例に記載されるように、メチル化遺伝子数と臨床データの各項目ごととの相関性を検討し、さらに一定の(罹患)期間にわたる生存率に関わる生存関数を標的遺伝子ごとに、あるいは遺伝子メチル化事象(例えばCIMP)ごとにカプラン・マイヤー法(Kaplan-Meier)による解析を実施することによって予後推定の基盤が確立された。すなわち、カプラン・マイヤー法を用いて、時間の関数として生存を評価した。
【0131】
予後推定検査で得られるデータは、2種以上の選択された癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルであるが、その加工および解析は、主として統計解析に必要とされるデータの処理加工、続く統計学的解析である。具体的な判定・推定の手法と手順は、適用する指標、処理目的、データの内容、利用する統計手法などによって変わる。例えば予後因子に係る差または相違の有意性は、ログランク統計手法(log-rank statistics)を利用してテストされる。潜在的な予後因子の危険度(ハザード比)は、特定予後因子について、基底レベルに対する各レベルでのその変化単位で算定される。すなわち上記DNAメチル化プロファイル、ATLLの臨床情報を用いて、SPSSにより、Kaplan-Meier解析、Cox比例ハザードモデルに基づく多因子解析を行なう予後解析である。
【0132】
本発明者の研究により、SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化およびCIMP(+)が起きている患者は、有意に予後が不良であることが判明した。すなわち、SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のDNAメチル化遺伝子数が臨床病態増悪データと相関していること、ならびにCIMPが年齢、性別、病型などと独立な、きわめて有用な予後因子であることを見出したのである。したがってこれらの5遺伝子のメチル化状態と上記CIMP、臨床諸データ、ATLL検査データをもとに予後推定が行われることが望ましい。
【0133】
HTLV-IのキャリアーのATLL発症可能性の予測、あるいはATLL病態の悪性化とりわけindolent型ATLLの悪性化の予測を含む、個々の患者についての予後推定を含む診断は、実際には医師により本発明の方法により提供されたデータに加えて、他の臨床データ、被験者個々の事情(年齢、性別、既往歴、生活習慣など)を総合的に勘案してなされる。そうした予後予測は、遺伝子メチル化に関するデータが検体中の2種以上の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子の発現制御レベルを反映するバイオマーカーの変化を通してエピジェネティックス異常を検出するものを含み、その異常が発癌過程に直結するものであり、さらに臨床病理学的指標と同様に独立した予後因子であるために、一層信頼度を増すこととなる。
【0134】
予後の良否判定においては、メチル化状態の基準を数値化して、該基準値と測定値との対比により予後が良好であるか、または不良と判定する手順が確立される。
そうした予後の良否に関わる単純な判定のみならず、SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化有無に係る生存曲線、CIMP有無に係る生存曲線(図11〜図19)と、個々の患者由来の検体から得られた遺伝子メチル化のデータとを照合することにより、病態の進展の予測までも含む信頼性の高い予後判断が導かれる。好ましくは前述のATLL発症・進展危険度スコアの数値化に基づく発症・進展危険度の層別化を行うことにより、一層適切な予後推定を行うことができる。
【0135】
具体的には潜在的な予後因子の危険度および関連する95%信頼区間の範囲はCoxの"proportional-hazards model"で見積もられ、P値は両側検定に基づく。
その結果、治療・投与計画の策定に資する有用なデータが得られる。患者の予後管理は、予後因子であるCIMP、メチル化遺伝子数および上記5種の遺伝子群の指標より算出されるATLL発症・進展危険度スコアに基づき経過観察を続ける。CIMPがポジティブであり、かつ5種の遺伝子群のうちメチル化された遺伝子の個数が増加傾向を示しATLL発症・進展危険度スコアが上昇した場合には、病型の進展を疑い、精密な検査をさらに行なうことが肝要である。
【0136】
さらに上記の予後推定と関連し、エピジェネティックス異常を検出するデータの有用性およびそれに基づく推定の信頼性に鑑みて有望である、次のデータ提供方法もまた、本発明の一局面として提案される。
【0137】
成人T細胞白血病・リンパ腫の予後経過における投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に使用されるデータの作成方法であって、
単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより、
上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルを作成するとともに、予後因子として、CIMP、ならびにSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を求め、前記メチル化プロファイルおよび前記予後因子よりATLL発症・進展危険度スコアを計算し、該ATLL発症・進展危険度スコアを前記データとする、投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に使用されるデータの作成方法。
【0138】
本発明の方法は、実際のATLLの治療および予後管理において必要とされる、投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に有用なデータを提供する。
作成された遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルをもとに、遺伝子メチル化の有無や、それらのデータの統計解析に基づくCIMP、ATLL発症・進展危険度スコアなどの指標を用いて、成人T細胞白血病・リンパ腫疾患の病型判別を可能とし、ならびに病型の進展のわずかな兆候を捉えることを可能とし、さらには検出した徴候から病型の進展を予見可能とした本発明は、患者に対して個別に治療効果の確認(投与治療効果の判定)とその後の適切な治療・投薬計画を立てる(投与薬剤のスクリーニング)上で、きわめて有用な技術である。
【0139】
例えば同一患者にて予後を追跡し、治療前のデータと再発し増悪した際のデータとを比較した場合、いずれのデータにおいてもメチル化している遺伝子の種類および数が同一であるならば、治療により減少した白血病細胞と同一のクローンが再び増加し再発した可能性が疑われる。完全寛解(CR)すると標的遺伝子のメチル化がまったくなくなるのが通常である。移植治療後に再発したが、部分寛解(PR)中はSHP1のみがメチル化していた場合、PRとCRとの境界にSHP1のメチル化が関与している可能性も考えられ、これは予後において特定の遺伝子のメチル化を探る意義を示している。
【0140】
本発明の方法ではDNAメチル化を測定するが、そのような測定は、通常の血液検査よりも感度が非常に高い。そのため、血液検査では実際にはATLL腫瘍細胞が出現し前ATLL状態であるHTLV-Iキャリアーなのに異常なしと判断された患者でも、それを見逃すことなく、発症危険度の高いHTLV-Iキャリアーであると高感度かつ高精度に診断できる可能性がある。
【実施例】
【0141】
以下の実施例中で用いる装置名、使用材料の濃度、使用量、処理時間、処理温度などの数値的条件、処理方法などはこの発明の範囲内の好適例にすぎない。また、以下の説明をいくつかの図を参照して行なうが、これらの図はこの発明を理解できる程度に概略的に示してあることもある。
【0142】
[実施例1]
遺伝子メチル化の検出とATLL病型の判別
造血器腫瘍疾患の一つである成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)において、8種の遺伝子群から選択された2種以上の遺伝子プロモーター領域におけるメチル化の有無、メチル化頻度をメチル化特異的PCR法(methylation specific PCR(MSP))を用いて確認し、その臨床的意義を調べた。
【0143】
・対象および検体
総数111人から測定のための臨床検体を採取した。内訳は、ボランティアの健常者13名とキャリアーおよび患者の98名、すなわちHTLV-Iウイルス感染者(キャリアー)の18名、成人T細胞白血病・リンパ腫の慢性型の患者11名、くすぶり型の患者15名、リンパ腫型の患者29名、急性型の患者25名である。これらの健常者、キャリアーおよび患者について、末梢血単核細胞(PBMC)もしくはリンパ節組織細胞を採取した。検体としての末梢血は、耳朶、上腕静脈などより採血し、単核細胞(PBMC)を常法により調製した。
【0144】
・検索した遺伝子(成人T細胞白血病・リンパ腫用遺伝子セット)
成人T細胞白血病・リンパ腫用遺伝子セットとして次の8種類の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子を対象とし、そのプロモーター領域におけるCpG島のメチル化を調べた:
SHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子。
【0145】
・メチル化の検出
続いて検体からゲノムDNAを得るために、検体と細胞溶解液とを混合した後、一定時間、混合溶液を加熱した。この処理により検体中の細胞を溶解液によって破壊し、その細胞中のゲノムDNAを抽出した。なお、細胞溶解工程での溶解液の組成、濃度、反応温度、および反応時間等の反応条件は、特許文献3に記載された条件によった。
【0146】
臨床検体から抽出したDNAに既報のごとく、重亜硫酸塩(亜硫酸水素塩、二亜硫酸塩)による処理を行なった。
上記DNA変換工程後の修飾DNA溶液を用いて、遺伝子群(SHP1、p16,p15,p73,hMLH1,MGMH,DAPK,HCAD)のプロモーター領域に存在するCpG島のメチル化の有無、メチル化の程度について、MSP(methylation specific PCR)法を用いるCpG島アッセイ(メチル化アッセイ)を実施した。この方法によれば、メチル化特異的プライマーおよび非メチル化特異的プライマーを用いて、DNA変換工程後におけるCpG含有DNAをPCR増幅するために、より高精度でメチル化されたDNAを検出することができる。
【0147】
アッセイに使用したメチル化特異的プライマーMSP、非メチル化特異的プライマーUMSPは、検索した上記8種遺伝子それぞれのプロモーター領域のCpG配列を含む塩基配列に対して設計されたプライマーであり、それらプライマーの塩基配列(primer sequences)は、特開2007-244377号公報の表1に示されている。またプライマーの作製およびMSPの詳細については特許文献3に記載されている。
【0148】
なお、MSPにおいて擬陽性、偽陰性による測定ミスを排除するために、検体とともにポジティブコントロール(positive control)およびネガティブコントロール(negative control)を同時に処理した。ポジティブコントロールには、健常者の末梢血単核球細胞から得たDNAをSssIメチラーゼ(New England BioLabs Inc.,Beverly,MA)で処理したもの(PBMC (SssI))を用いた。またネガティブコントロールは、健常者のDNA試料を用いてMSPを行なった。
【0149】
下記アッセイ条件を使用し、各DNA検体について反応を実施した。
反応溶液:(0.4μMプライマー:1μl重亜硫酸塩修飾DNA:1×PCR緩衝液:200μMdNTP:1.5mM塩化マグネシウム:AmpliTaqGold DNA
ポリメラーゼ0.5単位;最終反応容量20μl中)
反応条件:(95℃で10分間):[(94℃で15秒間):(AT(アニーリング温度)で1分間):(72℃で1分間)]35から40サイクル:(72℃で7分間)。
【0150】
増幅後のPCR産物の検出を3%アガロースゲルで電気泳動してメチル化の有無を検出した。またPCR産物のサイズに相当するバンドの有無およびその産物サイズ(product size)をマーカー(50塩基対ladder)で検出した。
【0151】
・遺伝子メチル化と臨床データとの関連性
測定した8個の遺伝子のDNAメチル化とATLLの臨床データ(血液1μl中の白血球数(WBC)、リンパ球数、異常リンパ球数、カルシウム値、LDH、sIL2RおよびHTLV1ウイルス量)との関連性を調べた。その結果を図5に示す。相関分析は、スピアマンの順位相関テストによった。なお、図5において「number」とはその項目の絶対数と各遺伝子のメチル化に相関があるかについてのP値を示す項目であり、たとえば年齢とSHP1遺伝子のメチル化との間には、26.2%の確率で相関がないということになる。また同じく年齢の項目における「≧60/≦59」とは、60歳以上の人と59歳以下の人との間に、各遺伝子のメチル化の状態に有意な差があるかを示している。またCIMP3とは、8つの遺伝子のうち3つ以上の遺伝子にメチル化がみられる表現型をあらわしている。
【0152】
なお、統計学的な解析は、SPSS for Windows(登録商標), Release 11.5を用い、p値が0,05以下のとき有意差ありとした。有意差があった項目には色付けを行っている。メチル化遺伝子数と臨床検査データとの関連については、8つの遺伝子の中で、SHP1遺伝子のメチル化が最も臨床検査データ項目と相関を示した。SHP1遺伝子がメチル化を有する場合、WBC(x103/μl)数増加、LDH(IU/L)増加、HTLV1ウイルス量数高値、sIL2R(U /mL)高値となった。
さらに図6〜図9は、メチル化遺伝子数と臨床検査データとの間に相関があるか否かを示す。メチル化遺伝子数が増加するに伴い、WBC(x103/μl) 数増加、 lymphocytes(%)数増加、abnormal lymphocytes(%)数増加、LDH(IU/L) 高値、sIL2R(U/mL) 高値を示し、メチル化遺伝子数とこれらの臨床検査データとの間に相関が認められた。またメチル化遺伝子数が増加するに伴い、HTLV-1ウイルス量高値を示す傾向を認めた(P=0.06)。メチル化遺伝子数と血清Ca(mg/dl)との間には、相関を認めなかった。
【0153】
[実施例2]
遺伝子メチル化と予後との関連性
遺伝子メチル化が、予後に影響を与えるかどうか、3つの統計学的手法を用いて解析した。統計学的な解析は、SPSS for Windows(登録商標), Release 11.5を用い、p値が0.05以下のとき有意差ありとした。 8つの遺伝子と前記111人の予後との相関の有無を検討した。その結果(生存曲線)を図11〜図19及び下記表1に示す。表1においてCIとはConfidence Interval:95%信頼区間を示す。なお、図10は「Brit J Haematol. 79:428-437, 1991」に示されたATLLの各病型別の生存曲線であり、図10において「くすぶり型(45)」とは、45症例のくすぶり型患者の生存曲線であるということをあらわしている。
【0154】
(1)生存曲線の作成にあたっては、カプラン・マイヤー法による解析を行い、差の検定にはログランクテストを用いた。打ち切り例とは、解析の時点でアウトカム(死亡)が発生していないことを示す。SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子、HCAD 遺伝子のメチル化を有する場合、CIMPを有する場合において、生存日数が有意に低下した。
(2)単変量解析(Univariate)では、SHP1遺伝子、 p16遺伝子、MGMT遺伝子、 DAPK遺伝子、HCAD遺伝子のメチル化とメチル化遺伝子数の増加及びCIMPの存在は、有意な予後因子であることが示された。
(3)多変量解析(Multivariate)では、SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子のメチル化とCIMPの存在、メチル化遺伝子数の増加は、独立した予後因子であることが示された。SHP1遺伝子およびp16遺伝子は、最もハザード比(HR)(リスク比)が高く、予後因子の中でも重要であることが示された。
【0155】
【表1】
以上の実施例より、特定の遺伝子のメチル化やメチル化遺伝子数は、ATLLの臨床検査データと相関し、独立したATLLの予後因子になり得ることが示された。
【0156】
次に、各キャリアー及び患者について得られたデータを基に、以下の2つの方法でATLL発症・進展危険度スコアリングを行った。
1つ目の方法として具体的には、各患者における、
(1)SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子の5遺伝子について、MSPでポジティブの結果を与えた遺伝子に関してはプラス1、MSPでネガティブの結果を与えた遺伝子に関しては0とし、各数値に、それぞれの遺伝子に対応するHazard Ratio (HR)の値(遺伝子表1に示してある単変量解析で得られたHRの値)を乗算し、合計した。
(3)上記5遺伝子について、CIMP陽性の場合にはプラス1、CIMP陰性の場合には0とし、その数値に単変量解析により求められたCIMPのHazard Ratio (HR)の値を乗算した。
【0157】
上記(1)および(3)の和を、便宜のため小数点第一位で四捨五入したものをATLL発症・進展危険度スコアとした。
以上のATLL発症・進展危険度スコアリングを行った結果(総スコアの分布)を下記表2および図20〜22に示す。このATLL発症・進展危険度スコアをKruscal Wallis検定により解析した結果、ATLL発症・進展危険度スコアは各病型どうしで有意差を示めすことが明らかとなり、ATLL発症・進展危険度スコアを求める本方法により各病型が分離できることが示された(p=0.000)。
【0158】
またキャリアーの中にもATLL発症・進展危険度スコアが高いグループ(スコア=2〜6)があり、ATLL発症高危険度群であることが疑われる。またくすぶり型、慢性型患者の中でATLL発症・進展危険度スコア8以上の患者は、さらにATLLが進展(悪性化)する可能性のある高危険度群であることが疑われ、本方法により各病型の中で高危険度群が層別化できることが示された。
【0159】
【表2】
表2において「度数」とはキャリアまたは患者の人数をあらわす。「平均値」は図20〜22に示すATLL発症・進展危険度スコアの平均値を表す。「標準偏差」、「標準誤差」、「平均値の95%信頼区間」、「最小値」、「最大値」も同様にATLL発症・進展危険度スコアに関するそれぞれの項目の値を示す。
【0160】
2つ目の方法として具体的には、各患者における、
(1)8種の遺伝子について、MSPでポジティブの結果を与えた遺伝子に関してはプラス1、MSPでネガティブの結果を与えた遺伝子に関しては0とし、各数値に、それぞれの遺伝子に対応するHazard Ratio (HR)の値(遺伝子表1に示してある単変量解析で得られたHRの値)を乗算し、合計した。
(2)メチル化遺伝子数に、単変量解析により求められたメチル化遺伝子数のHazard Ratio (HR)の値を乗算し、8で割った(総解析遺伝子数で割り、標準化した)。
(3)CIMP陽性の場合にはプラス1、CIMP陰性の場合には0とし、その数値に単変量解析により求められたCIMPのHazard Ratio (HR)の値を乗算した。
【0161】
上記(1)〜(3)の総和を、便宜のため小数点第一位で四捨五入したものをATLL発症・進展危険度スコアとした。
以上のATLL発症・進展危険度スコアリングを行った結果(総スコアの分布)を下記表3および図23〜25に示す。このATLL発症・進展危険度スコアをKruscal Wallis検定により解析した結果、ATLL発症・進展危険度スコアは各病型どうしで有意差を示めすことが明らかとなり、ATLL発症・進展危険度スコアを求める本方法により各病型が分離できることが示された(p=0.000)。
【0162】
またキャリアーの中にもATLL発症・進展危険度スコアが高いグループ(スコア=2〜6)があり、ATLL発症高危険度群であることが疑われる。またくすぶり型、慢性型患者の中でATLL発症・進展危険度スコア8以上の患者は、さらにATLLが進展(悪性化)する可能性のある高危険度群であることが疑われ、本方法により各病型の中で高危険度群が層別化できることが示された。
【0163】
【表3】
表3において「度数」とはキャリアまたは患者の人数をあらわす。「平均値」は図23〜25に示すATLL発症・進展危険度スコアの平均値を表す。「標準偏差」、「標準誤差」、「平均値の95%信頼区間」、「最小値」、「最大値」も同様にATLL発症・進展危険度スコアに関するそれぞれの項目の値を示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後推定、好ましくはその原因となる成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLの悪性化を予測するためのデータを提供する予後推定検査に用いられるキット、当該予後推定検査用のシステムおよび予後判定用データの提供方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)を含む造血器腫瘍の遺伝子診断技術の開発研究が近年、急速に進展している(非特許文献1参照)。これは、造血器腫瘍およびこれに関係する遺伝子に関する医学的理解が深化するとともに、ゲノム研究ならびに遺伝子取り扱い技術の発展と相俟って、両者を結合する形で研究が進められていることによるものである。遺伝子診断の対象と内容も多岐にわたるが、(i)遺伝子異常を指標とした癌細胞の有無、(ii)癌の悪性度または薬剤、放射線への感受性の癌細胞の性質、(iii)癌発症前の診断および発症リスク推定などに大別される。
【0003】
造血器腫瘍を対象とする遺伝子診断のために、遺伝子発現を制御するプロモーター領域に存在するCpG島(CpG island)のメチル化を検出して造血細胞の増殖異常を識別する試みにおいて、造血細胞増殖の異常に関わると想定される遺伝子、約80種についてメチル化の探索が行なわれた(特許文献1参照)。
【0004】
本発明者らは、一つの遺伝情報について造血器腫瘍細胞の有無を最大4ステップで確認するという特異性の高い方式をこれまでに提案してきた(特許文献2参照)。その方法とは、造血器細胞を含む検体中に含まれる、造血器細胞に特異的なプロテインチロシンホスファターゼSHP1タンパク質またはmRNAを定量するとともに、検体から得られるSHP1遺伝子の塩基配列中に含まれるCpG島のDNAメチル化を同定し、さらに対立遺伝子の喪失を検出する方法である。
【0005】
さらに本発明者は、検体中の細胞から核酸を抽出する工程を省くとともに、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によりDNAを増幅させる工程を含めることにより、微量の細胞検体からメチル化されたDNAを検出することができる方法を開発した(特許文献3参照)。
【0006】
遺伝子診断に供するデータには、対象とする造血器腫瘍に関わる遺伝子の発現変化と同定された病態とを、データに基づく統計的な裏づけのもとに結び付ける指標の提示が臨床現場サイドからは期待される。さらに、癌進行の予測、予後判定、発症に至るリスクの推定に資することができるデータも望まれる。しかしながらそうしたデータを提供する検査方法の開発は、未だ成人T細胞白血病・リンパ腫を始めとする造血器腫瘍については見当たらない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2004-528837号公報
【特許文献2】特開2004−128号公報
【特許文献3】特開2005−58217号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Harris NL, et al.,Hematology . 2001;1:194-220.,Staudt LM, Dave S. Adv Immunol. 2005;87:163-208
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、上記状況に鑑み、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の発症、悪性化を予測するための予後推定とそのためのデータを提供する検査を確立するために、これまでに開発したDNAメチル化検出方法を臨床検体に適用してさらに研究を進めた。その結果、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアー(ウイルス感染者)の発症またはindolent型ATLLの悪性化を含むATLL病態予後を適切に予測するためのデータを提供する予後推定検査に用いられるキット、予後推定検査用のシステムおよび予後推定用データの提供方法などに関する本発明を完成した。
【0010】
本発明は、成人T細胞白血病・リンパ腫の予後推定、好ましくはHTLV-Iのキャリアーの発症可能性、aggressive病型への進展の予測に利用できる予後推定用データを提供する、予後推定検査方法およびそのための検査キットを提供することを目的とする。そのため本発明は、予後推定のための調査の対象とする遺伝子の種類とその組み合わせ、予後推定用のデータの提示方法を提供することをも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に基づいて特定の遺伝子の発現制御レベルを調べることにより、多段階発癌過程を辿るATLLの発症、進展の予測と予後評価が可能となる。本発明は、次の構成を有する発明として特定される。
【0012】
本発明の予後推定検査用キットは、
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の原因となる成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLの悪性化を予測するためのデータを提供する予後推定検査に用いられる予後推定検査用キットであり、
当該キャリアーまたはindolent型ATLL患者からの検体中のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群から2種以上の遺伝子を選択し、その選択された癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定し、作成された上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイル、あるいはそれから求めた成人T細胞白血病・リンパ腫の発症または悪性化を示す予示マーカーのデータを含む、それらのキャリアーもしくは患者の予後を推定するためのデータを提供する予後推定検査に使用される予後推定検査用キットである。
【0013】
前記の選択した遺伝子は、SHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子セットであることが望ましい。
【0014】
前記キットは、2種以上の選択された前記癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化を測定するための、検体を溶解するための溶解液、重亜硫酸塩含有試薬およびメチル化検出増幅試薬を含むことが望ましい。
【0015】
前記予示マーカーのデータは、好ましくはCIMP、あるいはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態である。
前記のindolent型ATLLの悪性化は、aggressive型ATLLへの移行である。
【0016】
前記検体は、扁桃、骨髄、リンパ節、消化器、呼吸器、脾臓、肝臓、感覚器、中枢神経系、運動器、皮膚および末梢血よりなる群から選択された器官、組織から採取された細胞含有試料であることが好ましい。
【0017】
上記の予後推定検査用キット、予後推定検査で得られたデータの加工および解析を行うためのツール、およびデータ処理結果のアウトプット装置を含むことを特徴とする、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLの悪性化を予測するための予後推定検査用システムも本発明に含まれる。前記のツールは、データ処理プログラムおよび/または予後の統計解析アルゴリズムを用いたプログラムを含んでもよい。
【0018】
本発明の方法は、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後を推定するためのデータの収集において、単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより予後因子としてCIMPを算出し、メチル化遺伝子、メチル化遺伝子数及びCIMP値から算出されるATLL発症・進展危険度スコアによる危険度の階層化および/またはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を表示することにより、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLのaggressive型ATLLへの進展を予測することを可能とするATLL予後判定用データを作成する方法である。
【0019】
さらに、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後経過における投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に使用されるデータの作成方法であって、単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより、上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルを作成するとともに、予後因子としてCIMP、ならびにSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を求め、前記メチル化プロファイルおよび前記予後因子よりATLL発症・進展危険度スコアを計算し、該ATLL発症・進展危険度スコアを前記データとする、投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に使用されるデータの作成方法も本発明に含まれる。
【0020】
さらに本発明の方法は、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の原因となる成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLのaggressive型ATLLへの進展を予測するための予後推定検査用データの作成方法であって、当該キャリアーまたはindolent型ATLL患者からの検体中のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定して前記8種の遺伝子のメチル化プロファイルを求め、該メチル化プロファイルからCIMPを求め、前記メチル化プロファイルおよび前記CIMPよりATLL発症・進展危険度スコアを計算し、該ATLL発症・進展危険度スコアを前記データとすることを含む、予後推定検査用データの作成方法でもある。
【発明の効果】
【0021】
本発明の成人T細胞白血病・リンパ腫の予後を推定するためのデータを提供する方法は、発癌および癌の進展に関わるか、またはそれに密接な関係を有する複数の遺伝子群の発現制御レベルでの変化を検出することにより、ATLL発症のリスク評価および予後の予測などに使用されるデータを提供する検査方法である。また本発明は、そのようなデータを提供する方法に用いられる予後推定検査用キットでもある。
【0022】
したがって本発明は、多段階発癌過程をとる成人T細胞白血病・リンパ腫の遺伝子診断用のデータを提供する検査方法および検査キットとして有用である。
成人T細胞白血病・リンパ腫は、本発明の方法により得られるデータに基づいて、HTLV−Iキャリアーの発症の早期予測、予後の比較的良好なindolent型ATLLから劣悪なaggressive型ATLLに進展する可能性を早期予測することができる。これらの予測は精度良く行われるため、ハイリスク患者を早い段階で集中的に治療して腫瘍の増悪化を防止する予後管理が可能となる。
【0023】
本発明の方法およびそのためのキットは、発癌とその進展に密接に関係しているエピジェネティックな機構に基づく遺伝子状態の変化を検出するものであることから、発症予測、予後推定を精度良く行うことができる。
【0024】
成人T細胞白血病・リンパ腫の予後推定によって投薬・治療のプロトコルを早期に作成し、その実施と治療管理、すなわち投与薬剤のスクリーニングおよび/または投薬・治療効果の判定の過程を通じて、あるいはそのようにして集積された治療成績を基礎として、新しい発症・再発予防治療法の開発も可能となる。さらに本発明は、腫瘍マーカー、抗癌剤感受性の指標の確立、新規メチル化阻害剤の開発にも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は、ATLLの進展スキームと病型を示す。
【図2】図2は、ATLLにおける各病型の臨床判定基準を表わす。
【図3】図3は、実施例にて測定された8種の遺伝子の細胞内機能と特異的遺伝子メチル化との関連性を示す。
【図4】図4は、ATLLの進展スキームと8遺伝子のメチル化との関係を示す。
【図5】図5は、8遺伝子のメチル化と臨床データとの関係を示す。
【図6】図6は、メチル化遺伝子数とWBC数、リンパ球との相関を示す。
【図7】図7は、メチル化遺伝子数と異常リンパ球、乳酸脱水素酵素(LDH)との相関を示す。
【図8】図8は、メチル化遺伝子数と可溶性インターロイキン2受容体(sIL2R)、HTLV1ウイルス量との相関を示す。
【図9】図9は、メチル化遺伝子数と血清Ca値との相関を示す。
【図10】図10は、ATLLの臨床病型別生存曲線を示す。
【図11】図11は、p16遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図12】図12は、p73遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図13】図13は、DAPK遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図14】図14は、HCAD遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図15】図15は、MGMT遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図16】図16は、SHP1遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図17】図17は、hMLH1遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図18】図18は、p15遺伝子メチル化の有無と予後を表わす生存曲線である。
【図19】図19は、CIMPの有無と予後を表わす生存曲線である。
【図20】図20は、ATLL発症・進展危険度スコアリング(MSPおよびCIMPの和)の結果を示す。
【図21】図21は、ATLL発症・進展危険度スコアリング(MSPおよびCIMPの和)の結果を示す。
【図22】図22は、ATLL発症・進展危険度スコアリング(MSPおよびCIMPの和)の結果を示す。
【図23】図23は、ATLL発症・進展危険度スコアリング(MSP、メチル化遺伝子数およびCIMPの和)の結果を示す。
【図24】図24は、ATLL発症・進展危険度スコアリング(MSP、メチル化遺伝子数およびCIMPの和)の結果を示す。
【図25】図25は、ATLL発症・進展危険度スコアリング(MSP、メチル化遺伝子数およびCIMPの和)の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明者らは、ATLLの病態およびその進展と、癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子を含む一連の遺伝子群のメチル化との相関を探索する過程で、その中の特定の遺伝子のメチル化とATLLの予後とが強く相関していることを見出した。本発明は、そうした相関性に着目してHTLV-IのキャリアーおよびATLL患者の予後管理にきわめて有用な遺伝子診断ツールを提供する。以下、本発明を予後推定検査用キット、検査方法、検査システムの順で説明する。
【0027】
本明細書において「癌」とは、悪性腫瘍を指し、単に「腫瘍」ということもある。
また「遺伝子(gene)」とは、何らかの機能を発現する遺伝情報を担うゲノムDNAをいうが、単に化学的実体であるDNAの形でいうこともある。
【0028】
「癌抑制遺伝子」とは、癌の発症を抑制する遺伝子を意味し、「癌関連遺伝子」は、癌の発症に関与する遺伝子を意味する。なお本明細書において、疾患特異的臨床症状、検査データなどをもとに総合的判断により特定疾患と診断された時点をもって「発症」とよぶ。
【0029】
「前臨床期」とは、疾患特異的な臨床症状がでてくる前の発症前状態であって、既に微量の悪性腫瘍細胞が存在している早期の状態を指す。
DNAのメチル化とは、DNA塩基配列におけるCpG島でのシトシンの5位の炭素がメチル化されていることを指す。
【0030】
「予後推定」では、患者の治療観点から現時点よりその先の病態の推移を予測し、予後の良好/劣悪の判定のみならず、病型の進展見通し、悪性度の推定までも含めて予見する。
【0031】
予後推定検査用キット
本発明の予後推定検査用キットは、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の原因となる成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症、あるいはATLL病態の悪性化、とりわけindolent型ATLLの悪性化を予測するためのデータを提供する予後推定検査に用いられるキットであり、
当該キャリアーまたはindolent型ATLL患者からの検体中の、癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子であるSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群から2種以上の遺伝子を選択し、その選択された癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定し、作成された上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイル、あるいはそれから求めた成人T細胞白血病・リンパ腫の発症または悪性化を示す予示マーカーのデータを含む、それらのキャリアーもしくは患者の予後を推定するためのデータを提供する予後推定検査に使用される予後推定検査用キットである。前記データは、ATLL発症・進展危険度スコアを含むことが好ましい。ATLL発症・進展危険度スコアについては後述する。
【0032】
上記キットは、具体的には成人T細胞白血病・リンパ腫の発症または悪性化を示す予示マーカーのデータを基に、それらのキャリアーもしくは患者の予後を推定するためのデータを提供する予後推定検査を実施するため、検体を溶解するための溶解液、重亜硫酸塩含有試薬およびメチル化検出増幅試薬を含むキットであり、このキットを利用する検査によって2種以上の選択された癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルが作製される。
【0033】
「癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子」は、細胞の癌化に関わり、癌発症に関係する遺伝子である。とりわけ癌抑制遺伝子の発現異常は、発癌と癌の進展(progression)に直結していると考えられる。そうした癌抑制遺伝子は、特に限定されないが、例えば、プロテインチロシンホスファターゼSHP1遺伝子・p16Ink4a遺伝子・p15Ink4b遺伝子・CDH1遺伝子・HDAC遺伝子、p14ARF遺伝子,DAPK遺伝子、p73遺伝子,APC遺伝子,GSTP1遺伝子、アントロゲン受容体遺伝子、エストロゲン受容体遺伝子、TGF−β1遺伝子、TGF−β2遺伝子、p130遺伝子、BRCA遺伝子、NF1遺伝子、NF2遺伝子、TSG101遺伝子、MDG1遺伝子、GST−pi遺伝子、カルトニン遺伝子、HIC−1遺伝子、エンドセリンB受容体遺伝子、TIMP−2遺伝子、TIMP−3遺伝子、O6−MGMT遺伝子、hMLH1遺伝子、MSH2遺伝子およびGFAP遺伝子などの遺伝子が挙げられる。
【0034】
2種以上の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子を選択するのは、次に理由による。癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子についてもそのメチル化が、加齢に伴い一般に進展・拡大する傾向にある。一つの遺伝子のメチル化に関する変動は、一つ以上の疾患と結びついていることも想定される。さらに造血器腫瘍に分類される各腫瘍において発現制御レベルは、示差的様相で変化するが、なかには同時的に変化している複数の遺伝子もあり、かつ、その個別の腫瘍の種類により主導的に関わっている遺伝子もまた異なっていると想定される。検体の測定により複数の遺伝子の同時性メチル化を検出し、得られたデータから遺伝子診断をする際の精度を向上させることができる。すなわち、本発明ではプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定する8種の遺伝子のほかに、上記の癌抑制遺伝子におけるDNAメチル化を併せて測定することが好ましい。
【0035】
・8種の遺伝子
本発明の予後推定検査に用いられる予後推定検査用キットにおいて、検体中のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群から選択される遺伝子が、すべての遺伝子、すなわちSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子セットであることが望ましい。
【0036】
これらの8種の遺伝子は、ATLLの将来の発症または先々のATLL病態の悪性化を遺伝子レベルで前触れする特質が見出されたマーカー(すなわち「予示マーカー」)であり、それぞれDNA修復(repair DNA)、アポトーシス(apoptosis)、細胞接着(cell adherence)、癌抑制(tumor suppression)、情報伝達制御(signal transduction regulation)といった生物機能のいずれかを細胞内で発揮している(図3)。
【0037】
これらは成人T細胞白血病・リンパ腫の前臨床期の状態、発症に対して遺伝子発現の制御を通じて相互に相関して関与しており、しかも成人T細胞白血病・リンパ腫の病型の進展に対して特異性が高いことを本発明者は見出した。その関与の程度、様式は様々であるが、成人T細胞白血病・リンパ腫の診断のためのデータ、該腫瘍の前臨床期の状態にある可能性、あるいは発症する可能性を評価するための包括的なデータを得るためには、きわめて有用な遺伝子群である。すなわち遺伝子スクリーニングにより選び出された、特異的な遺伝子セットともいうべき組み合わせである。
【0038】
これら8種の遺伝子群から2種以上の遺伝子を選択し、その選択した遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより、ATLLの将来の発症または先々のATLL病態の悪性化といった予後推定に有用なデータが得られる。すなわち8種の遺伝子すべてについて調べてもよく、あるいは病型などに応じて8種の遺伝子の中から2種以上を任意の組み合せで適宜選択してもよい。
【0039】
また、上記8種の遺伝子群を「コア標的遺伝子」として、これらから2種以上の遺伝子を選択し、さらにコア遺伝子群以外の別に選択された遺伝子をも含めてそれらの選択した遺伝子の発現制御レベルを検出する態様であってもよい。その場合、コア標的遺伝子群以外の候補遺伝子の選択は、コア標的遺伝子についての測定に、補強的または補充的なデータを与える遺伝子が望ましい。そのような遺伝子としては、上述の癌抑制遺伝子が挙げられる。
【0040】
また上記8種の遺伝子の中で、特にSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態に関して後記の予後解析を行うことは、ATLL患者の予後管理にきわめて有用であることが判明したので、これら5遺伝子のメチル化状態(すなわち予示マーカーのデータ)をCIMP及びメチル化遺伝子数とともに、後述するATLL発症・進展危険度スコアを求める際のパラメータとすることが望ましい。
【0041】
なお、遺伝子のメチル化と細胞の悪性腫瘍化(癌化)を調べる遺伝子診断では、生物機能を考慮しない遺伝子セットよりも、対象とする悪性腫瘍に緊密に、かつ、特異的に関わり、さらにメチル化多発傾向にあり、メチル化同時性も期待できる組み合わせが、探索効率上からは望ましい。これらの意味からも成人T細胞白血病・リンパ腫では上記8種の遺伝子が有用であり、これらの遺伝子群が遺伝子発現プロファイルを作製するための遺伝子セットとして特に好適であると本発明者は認めた。つまり上記8種の遺伝子それぞれの細胞内活動は次のように知られている。
【0042】
SHP1遺伝子については、DNAマイクロアレイ解析から成人T細胞白血病・リンパ腫の中で大きく発現が低下する遺伝子に含まれていた。そのほかの遺伝子についても成人T細胞白血病・リンパ腫において発現が低下している遺伝子群からメチル化が予想されるものである。
【0043】
ヒトの造血器腫瘍、例えば悪性リンパ腫や白血病では、多くの種類で90%以上の高い頻度でSHP1タンパク質の強い発現抑制が見られた(例えば、American Journal of Pathology, Vol.159, No.4, October 2001:1495−1505等参照)。このように悪性の成人T細胞白血病・リンパ腫細胞では、上記SHP1タンパク質の発現抑制がきわめて高頻度で見られるのに対し、正常な血液細胞にはこの現象が見られない。成人T細胞白血病・リンパ腫の患者、特に、悪性リンパ腫や白血病患者では、上記遺伝子の中でも、SHP1遺伝子のプロモーター領域に存在するCpG領域がメチル化されてしまうため、細胞の情報伝達機構の中で負の制御を行っているプロテインチロシンホスファターゼSHP1タンパク質の発現抑制がきわめて高頻度で見られ、細胞増殖の抑制的制御が効かなくなるというメカニズムが知られている。したがってSHP1タンパク質の発現抑制は、SHP1遺伝子のメチル化によるものである。さらに、DNAメチル化によるSHP1遺伝子の転写抑制の前後には、SHP1遺伝子の一つの対立遺伝子が喪失している。
【0044】
以上より、成人T細胞白血病・リンパ腫の診断のためのデータ、あるいは該腫瘍の前臨床期の状態にある可能性、または発症する可能性を評価するためのデータを提供する検査方法において、選択された遺伝子の一つに、悪性リンパ腫や白血病の発症に深く関与しているSHP1遺伝子が含まれることが望ましい。
【0045】
p15、p16およびp73遺伝子は癌抑制遺伝子として知られている。
hMLH1およびMGMT遺伝子は、DNA修復酵素関連遺伝子である。
HCAD遺伝子は、細胞接着(カドヘリン)関連遺伝子である。カドヘリンは、分子量120kDaの細胞間接着に関連した糖タンパク質であり、胎性期の組織構築、器官形成に重要な役割を演じている。癌細胞においてもEカドヘリン(上皮由来)(CDH1)が癌細胞間の接着を司っていることが知られており、脈管内に浸潤した癌細胞が解離し標的臓器に漂着する癌転移の過程に関与していると考えられている。
【0046】
Eカドヘリンは、急性骨髄性白血病あるいはHodgkinリンパ腫の腫瘍細胞において発現が消失することが知られており、発症との関連が示唆されている。
またHCAD(またはCDH13、あるいはHカドヘリンとも呼ばれる)遺伝子については、細胞内ドメインを欠き、細胞間接着のみならず細胞内シグナリングにも関連していることが知られている。
【0047】
また異常なDNAメチル化あるいは遺伝子欠失により、卵巣癌、乳癌、肺癌、大腸癌など様々な癌においてHカドヘリンの発現が消失していることが報告されている。最近、本発明者らのグループの研究を始めとするいくつかの研究により、早期慢性骨髄性白血病またはインターフェロン治療低応答性慢性骨髄性白血病においてHCAD・プロモーターの強いメチル化が観察されること、並びにびまん性大細胞型B細胞リンパ腫においてHCAD遺伝子DNAの異常メチル化および対立遺伝子欠失により、遺伝子発現の低下・消失が観られることが知られている。
DAPK(Death-associated protein kinase)遺伝子は、アポトーシス関連遺伝子であり、種々の病態に伴う生体内アポトーシスとの関連が想定されている。
【0048】
・成人T細胞白血病・リンパ腫
本発明の方法の対象は、造血器腫瘍の範疇に含まれる成人T細胞白血病・リンパ腫であり、本発明の方法および予後推定検査用キットは、その病型を検出するのみならず、発症の可能性予測、予後の評価をするためのデータを提供することが可能である。
【0049】
成人T細胞白血病・リンパ腫(adult T-cell leukemia/lymphoma;ATLL)は、大部分の場合幼少時に母乳を介し母親から垂直感染したヒトT細胞白血病ウイルスI型(human T‐lymphotropic virus type I;HTLV‐I)キャリアーから発症する造血器腫瘍である。そのほかのHTLV−Iの主な感染経路は性交渉、輸血である。ATLLはHTLV−Iキャリアーから1000人に0.5から1.0人の割合で毎年発症がみられ、生涯のATLL発症リスクは5〜10%の頻度である。通常40から50年の潜伏期を経て発症し、急性型ATLLの場合は発症から1年以内に約70%が死亡し、きわめて予後不良である難治性の白血病である。全国のキャリアー(carrier)数は約100 万から200万人と推定され、ATLL発症数は年間約700例といわれる。
【0050】
このようなATLLの病型は、くすぶり型(smoldering type)、慢性型(chronic type)、リンパ腫型(lymphoma type)、急性(急性転化)型と4つの病型に分類されている。なお、本明細書では、くすぶり型および慢性型をindolent型と称し、リンパ腫型および急性(急性転化)型をaggressive型と呼称する。indolent型ATLLの悪性化とは、aggressive型に移行することである。これらの病型は、臨床的にはすべてATLLを発症している。ATLLの進展スキームと病型を図1に示す。
【0051】
またATLL病型の臨床判定基準を図2に示す。図2において、「*」は条件の制約がない、すなわちその項目を検査してもその病型の判定はできないことを示し、「+」はその病型において必ず見られる所見であることを示し、「−」はその病型においては見られない所見であることを示す。また「リンパ球数」は血液1μlあたりのリンパ球数をあらわしている。
【0052】
くすぶり型は末梢血あるいは肺や皮膚においてATLL細胞の単クローン性増殖が証明される状態で、発症の初期段階と考えられている。末梢血に異型細胞は認めるものの無症状であり肺病変あるいは皮膚病変も進行することなく自然寛解もしばしば認められる。
【0053】
慢性型は末梢血に10%以上の異型細胞を認めるが、臨床経過は安定しており無治療でも10年近く生存する例がある。リンパ節・肝臓・脾臓の腫大をみることはあってもその他の臓器浸潤は認められず高カルシウム血症を伴うこともない。
【0054】
治療を要する病型は、急性型およびリンパ腫型である。前駆病変と理解されている慢性型、くすぶり型の場合には長い期間その状態が維持され、臨床的には経過観察が主眼となるが、急性型(acute type)に転化してゆく場合がしばしばみられる。またそれらの前に前白血病状態(臨床的に特記すべき所見を示さない、すなわちATLLを発症していない状態)としてHTLV−Iキャリアーがある。
【0055】
急性型では血液中に異型リンパ球が確認されるが、リンパ腫型では血液中の異型リンパ球は見られないなどの違いはあるものの、乳酸脱水素酵素(LDH)が上昇するものがほとんどで、細胞性免疫低下や高Ca血症などの症状を呈する。このほか高尿酸血症、高ビリルビン血症(肝浸潤)、アルカリフォスファターゼ上昇(骨破壊)、副甲状腺ホルモン関連蛋白(PTHrP)上昇(骨破壊)がみられる。
【0056】
リンパ腫型は他の悪性リンパ腫と比べ特に治療抵抗性で、経過中に全身のリンパ節、臓器への浸潤が起こりリンパ腫を形成する。急性型は通常異型を示すATLL腫瘍細胞が末梢血に多数認められ典型的な白血病の症状を呈する。さらにリンパ節腫脹、肝機能障害、および浮腫がみられATLL細胞は骨髄や中枢神経系など多くの臓器に浸潤する(図2)。
【0057】
ここで「ATLLの病型を検出」とは、ATLLを発症している状態である、くすぶり型、慢性型、リンパ腫型、急性(急性転化)型を検出することである。くすぶり型では、白血球数は正常であるが、血液中に異型ATLL腫瘍細胞が末梢血中に3%以下存在するという特徴があり、症状がほとんど自覚されない。慢性型においては、血液中の白血球数が増加し、10%以上の異型ATLL腫瘍細胞が末梢血に出現するが、急激な異型ATLL腫瘍細胞の増多はなく、臨床経過は安定している。したがって、臨床診断的には、緊急の治療を要する急性型、リンパ腫型の診断は当然のこと、治療を当面必要とされない慢性型またはくすぶり型であっても、それらを検出することは予後の推定と経過観察のために特に意義がある。
【0058】
HTLV−Iキャリアー、くすぶり型、慢性型、リンパ腫型、急性型ATLLを精度高く判別して検出するとともに病態の予後管理を適切に行うことは、予後の悪いリンパ腫型、急性型ATLL発症に対し早期治療を開始するとともに、薬剤耐性が獲得される前に腫瘍細胞の増殖を抑えるなど効果的な治療を行うためにも、あるいは急性転化を防ぐための予防的治療法を開発するためにもきわめて重要である。
【0059】
かかる観点から検体中の2種以上の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子を選択してその発現制御レベルを調べることにより、リンパ腫型あるいは急性型ATLLを特定するデータを得ることが望ましい。一般的にはその遺伝子産物を定量し、その定量結果に基づいて当該遺伝子群の発現プロファイルを作成するか、あるいは発現の調節をメチル化状態の検出により調べることに基づいて高感度・高精度な早期検出・診断を行う。
【0060】
このようにしてATLLの病型診断のための、また治療を要する病型に進展する可能性を評価するためのデータ、さらに予後不良病型への進展を早期検出するデータを得ることができる(図1参照)。
【0061】
特に、上記8遺伝子よりなる遺伝子群から2種以上の遺伝子を選択し(特に好ましくは8種の遺伝子すべてを選択し)、その選択した遺伝子の発現制御レベルを検出することにより、リンパ腫型または急性型ATLLを検出し特定することが可能となる。遺伝子の発現制御レベルを調べることについては、上記したとおりそれらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化を調べるのがよい。それに基づき、患者に病型に関する必要な情報を提供し、経過観察の際に適切に指導して自己管理に役立てることとなる。
【0062】
ATLLの病型判別および/または予後推定を可能とする本発明の方法および予後推定検査用キットによってもたらされるデータは、とりわけHTLV−Iキャリアーからくすぶり型に発症し進展する場合、くすぶり型または慢性型から急性転化する場合(すなわち、「indolent型ATLLの悪性化」に該当する)、ならびにHTLV−Iキャリアーからリンパ腫型あるいは急性型ATLLを発症する場合に、そうした変化を早い時期に検出し、診断する目的にきわめて有用である。
【0063】
「作成された上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイル、あるいはそれから求めた成人T細胞白血病・リンパ腫の発症または悪性化を示す予示マーカーのデータ」とは、選択された遺伝子個々のメチル化状態、選択された遺伝子セットについて求められたメチル化プロファイルあるいは遺伝子メチル化を類別基準とする生存曲線及びATLL発症・進展危険度スコアをいう。
【0064】
予示マーカーは、上記8種の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子あるいはその中から特別に選択された遺伝子をいう。
メチル化プロファイルは、選択した遺伝子群について測定されたメチル化状態のことを指すか、それに基づいて必要な処理を経て作成された加工データをいう。例えば、平均MSP(+)遺伝子数などである。
【0065】
さらに「メチル化状態」とは、個別遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化の状況、すなわち無(−)、有無不明(+/−)、有(+、++、+++)を意味するとともに、各遺伝子のメチル化率(メチル化頻度)、平均メチル化遺伝子数、メチル化された状況に関するデータの総体などを言及することもある。
【0066】
本発明に係る予後推定検査用キットは、本発明の方法を実施するために必要とされる各種器材(たとえば遺伝子増幅装置、解析装置など)または資材(たとえば採血器具、血液分離器具など)、試薬および/または遺伝子増幅を実施するためのプライマー類を含むものである。これらの試薬の中には、各種酵素類、緩衝液、洗浄液、溶解液なども含まれる。
【0067】
具体的には検体を溶解するための溶解液、重亜硫酸塩含有試薬、メチル化検出増幅試薬を含み、さらに癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域変異型を検出するための、PCR用プライマーを含む。キット要素として、さらに多数検体の同時処理ができるマイクロタイタープレート、DNA増幅用具などの必要な器材一式などを含んでもよい。
【0068】
本発明による検査方法のハイスループットな態様は、上記キットの中に、マイクロリアクタ形態のもの、具体的にはチップ形状の器材を含んでもよい。このような構成の向上した態様はさらに詳しく後記するように、チップから得られる信号についての数値化されたものを取り込み、コンピュータ処理を通じてファイルを作成し、コンピュータ上の所定のディレクトリに保存する形態を採用するシステムが好ましい。
【0069】
数値データを統計的に処理し、2種以上、好ましくは上記8種の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子の発現調節能力(メチル化プロファイル)を調べ、ATLLの発症潜在性、病型の進展可能性を推定する能力まで前記システムに含めることができる。データ処理は、必要な補正、正規化を経て、統計的解析を可能とする好適なソフトウェアを使用して行われる。このようなデータ処理のためのシステム構築は、当業者であれば既存の技術、方式、手順を利用して行うことができる。
【0070】
「検体」は、患者などから分離された、成人T細胞白血病・リンパ腫を検出できるいかなる器官、組織、細胞または細胞抽出物であり得る。そのような検体は、成人T細胞白血病・リンパ腫の前臨床期の状態にあるか発症したヒトもしくは哺乳類動物から分離されるか、あるいは成人T細胞白血病・リンパ腫または腫瘍を有しないヒトもしくは哺乳類動物から分離される検体である。
【0071】
検体としては特に限定されないが、例えば患者(ヒトまたは哺乳類動物)、被検患者または実験動物から得られた組織、具体的には骨髄組織(例えば生検または剖検から)、扁桃、骨髄、リンパ節、消化器、呼吸器、脾臓、肝臓、感覚器、中枢神経系、運動器、皮膚、末梢血液、全血、細胞溶解物、哺乳類細胞培養物、または他の任意の細胞含有試料、それからの抽出物などが挙げられる。
【0072】
好ましくは前記検体は、扁桃、骨髄、リンパ節、消化器、呼吸器、脾臓、肝臓、感覚器、中枢神経系、運動器、皮膚および末梢血よりなる群から選択された器官、組織から採取された細胞含有試料である。
【0073】
遺伝子メチル化の検出による検査方法
本発明の一つの局面は、成人T細胞白血病・リンパ腫の予後推定用のデータを提供する遺伝子検査である。すなわち本発明の方法は、
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後を推定するためのデータの収集において、単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより予後因子としてCIMPを算出し、メチル化遺伝子、メチル化遺伝子数及びCIMP値から算出されるATLL発症・進展危険度スコアによる危険度の階層化、該CIMP値の変化動向および/またはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を表示することにより、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症、あるいはATLL病態の悪性化、とりわけindolent型ATLLの悪性化を予測することを可能とするATLL予後推定用データを作成する方法である。
【0074】
本検査方法では、予示マーカーとして検体中に含まれる癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子を2種以上選択し、それらの遺伝子発現を調節の面から調べる。調節の面から調べるとは、その選択した遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定し、データとして表わされた予後因子の変化動向から当該遺伝子が存在するクロマチンの状態及び遺伝子発現の程度を判断することに基づく。
【0075】
上記検査に供される検体は、上記のようにHTLV-Iのキャリアーであるか、それが疑われる被験者、あるいはATLL発症患者から分離された扁桃、骨髄、リンパ節、消化器、呼吸器、脾臓、肝臓、感覚器、中枢神経系、運動器、皮膚および末梢血よりなる群から選択された器官、組織から採取された細胞含有試料であることが好ましい。
【0076】
・CpG島のメチル化(methylation)
遺伝子のプロモーター領域にCpG配列に富む領域、すなわちCpG島が存在する場合、そのCpG島におけるシトシンのメチル化は、その遺伝子の転写制御に影響する。したがって、遺伝子のプロモーター領域におけるシトシンのメチル化を検出することにより、当該遺伝子の発現異常(例えば、転写が活性化されているのか抑制されているのか)を検出することができる。さらに上記遺伝子が癌抑制遺伝子である場合、癌抑制遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のシトシンのメチル化を検出することにより、上記細胞含有試料に含まれる細胞が癌細胞である可能性があるか否かを検出することができる。
【0077】
遺伝子の転写制御に関係する遺伝子プロモーター領域のCpG島におけるシトシンのメチル化の実態を知るためには、例えばメチル化状態を測定すればよい。そのために細胞検体の細胞から核酸を抽出する工程を省き、容易にかつ微量の細胞検体からメチル化されたDNAを検出することができる方法(特許文献3)が好適である。すなわち、
細胞含有試料を溶解液により溶解させて細胞含有試料溶解液を調製する工程、
この工程により得られる細胞含有試料溶解液を、直接、重亜硫酸塩含有試薬で処理し、当該細胞含有試料溶解液に含まれるCpG含有DNAの塩基配列中の非メチル化シトシンをウラシルへと変換する工程、
得られたCpG含有DNAを、所定のメチル化特異的オリゴヌクレオチドプライマーおよび非メチル化特異的オリゴヌクレオチドプライマーを用いて、ポリメラーゼ連鎖反応により増幅させる工程、
次いで上記CpG含有DNAが増幅されたか否かを検出する工程
とを含む方法に基づくならば、簡便かつ迅速にDNAのメチル化を検出することができる。
【0078】
これらの処理では、検体DNA内の非メチル化シトシンがウラシルを経由してチミンに変換され、一方、5−メチル化シトシンは最終的にシトシンとなることから、メチル化シトシンと非メチル化シトシンの判別を行なうことができる。
【0079】
「検体中の2種以上の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子を選択」は、既に述べたとおりであり、メチル化を測定する標的遺伝子を選択することである。2種以上の標的遺伝子についてそれらのメチル化状態を測定すれば、相互に比較することによりメチル化の多寡、メチル化の遅速、同時的メチル化などの知見が得られ、さらに病型、病期と関連づけることによって多くの有益な情報が得られる。なお、8種の遺伝子すべてを選択することが好ましいのは、前述のとおりである。
【0080】
上記検査方法の好ましい態様の一つとして、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後を推定するためのデータの収集において、単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより予後因子としてCIMPを算出し、該CIMP値および/またはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態による危険度の階層化を表示することにより、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLの悪性化を予測することを可能とするATLL予後推定用データの作成方法が挙げられる。
【0081】
これらの遺伝子群の意義、特異性などについては既に述べたとおりであり、図3には、上記8種の遺伝子の細胞内機能とメチル化との関連性が示されている。詳しく後述するように本発明者の研究結果から、P値統計解析により特にCpG island methylator phenotype(CIMP:いろいろな特異的標的遺伝子群のプロモーター領域のCpG島が高頻度にメチル化され、それにより、当該標的遺伝子群の発現が次々に消失する表現型)と関連している標的遺伝子は、SHP1、p15、p16、p73、DAPK、MGMTであることが判明した。これらの遺伝子は、CIMPの面から着目されるべきであることが結論された。
【0082】
また成人T細胞白血病・リンパ腫の診断のためのデータ、あるいは該腫瘍の前臨床期の状態にある可能性、または発症する可能性を評価するためのデータなどを提供する本発明の方法において、選択された遺伝子の一つに少なくともSHP1遺伝子が含まれることが望ましい(図4)。
【0083】
・メチル化状態の測定
本発明の方法は、選択された遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定してHTLV−1のキャリアーもしくはATLL患者の予後を推定するためのデータを作成する方法であり、前記メチル化頻度の検出は、検体を溶解して得た細胞溶解液を重亜硫酸塩で処理した後に行なうことができる。
【0084】
具体的には、上記メチル化状態を検出する方法は次の工程を含む。
(1)細胞を含む検体(細胞含有試料)を溶解液により溶解させて細胞含有試料溶解液を調製する細胞溶解工程と、
(2)上記細胞溶解工程により得られる細胞含有試料溶解液を、重亜硫酸塩含有試薬で直接処理し、当該細胞含有試料溶解液に含まれるCpG含有DNAの塩基配列中の非メチル化シトシンをウラシルへと変換するDNA変換工程と、
(3)上記DNA変換工程により得られるCpG含有DNAを、所定のメチル化特異的オリゴヌクレオチドプライマーおよび非メチル化特異的オリゴヌクレオチドプライマーを用いて、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅させるDNA増幅工程と、
(4)上記DNA増幅工程によって、上記CpG含有DNAが増幅されたか否かを検出するメチル化検出工程。
【0085】
DNAを重亜硫酸塩(Bisulfite)で処理すると、非メチル化シトシンはウラシルに変換される。
具体的には、非メチル化シトシンが重亜硫酸塩によりスルホン化(Sulphonation)され、さらに加水分解により脱アミノ化(Hydrolytic deamination)され、さらに、アルカリ存在下での脱スルホン化(Alkaline desulphonation)により、ウラシルに変換される。これに対してメチル化されたシトシンは、重亜硫酸塩処理してもウラシルに変換されない。
【0086】
メチル化されていないDNAでは、上述のように重亜硫酸塩処理によりすべてのシトシンがウラシルに変換される。これに対してメチル化されたDNAでは、重亜硫酸塩処理により、メチル化されたシトシンはウラシルに変換されず、それ以外のメチル化されていないシトシンのみがウラシルに変換される。すなわち、同一の塩基配列を有するDNAであっても、メチル化されているか否かで重亜硫酸塩処理後の塩基配列に違いがみられる。この塩基配列の違いを検出することにより、CpG含有DNAのメチル化の有無を検出することができる。
【0087】
「CpG含有DNA」は、上記細胞含有試料中に含まれるDNAであって、CpG配列を含む塩基配列を有するDNA検体であれば、特に限定されるものではない。ここでいうDNA検体は、通常、ゲノムDNA、すなわち遺伝子である。さらにその遺伝子が、癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子であることがより好ましい。この「CpG含有DNA」は、遺伝子のプロモーター領域に存在することが好ましい。プロモーター領域のメチル化を特異的に検出するには、当該遺伝子のプロモーター領域のCpG配列を含む塩基配列について設計されたプライマーを用いることによる。
【0088】
DNA増幅方法としては、PCR増幅法またはその変法が使用されるが、最近開発されたICAN(Isothermal chimera primer initiated nucleic acid amplification)などの増幅法であってもよい。
【0089】
さらに上記のメチル化状態の検出方法は、検体を溶解して得た細胞溶解液を直接に重亜硫酸塩で処理し、検体から遺伝子を抽出せずにメチル化頻度の測定を行なうことを特徴としている。細胞溶解液からDNAを抽出し、分離してメチル化を検出してもよい。しかしながら本発明者は、検体から遺伝子DNAを抽出することなく、直接に細胞溶解液に直接重亜硫酸塩による処理が行えることを既に提案した(特許文献3)。検体からDNAを抽出する操作は煩雑であり、微量の遺伝子しか含まれない検体は検査できないという事態から上記検出方法によって免れることができる。
【0090】
「検体」は、患者から分離された、成人T細胞白血病・リンパ腫を検出できるいかなる器官、組織、細胞または細胞抽出物でもよい。そのような検体は、特に限定されないが、扁桃、骨髄、リンパ節、消化器、呼吸器、脾臓、肝臓、感覚器、中枢神経系、運動器、皮膚および末梢血よりなる群から選択された器官、組織から採取された細胞含有試料であることが望ましい。
【0091】
上記「溶解液」としては、上記検体を溶解し、膜を開裂させることができるものであれば、特に限定されないが、タンパク質の変性を引き起こす試薬が好ましい。具体的な溶解液としては、例えば、グアニジンチオシアネート、ヨウ化ナトリウム、尿素、SDSなどのこれまで公知のタンパク質変性剤を含む溶液が挙げられる。さらに、これらにβ−メルカプトエタノールなどの従来公知の架橋開裂剤が含まれていてもよい。
【0092】
上記「重亜硫酸塩含有試薬」としては、従来公知の重亜硫酸塩を含有する試薬であればよく、特に限定されるものではないが、例えば、重亜硫酸ナトリウム(Na2S2O5、メタ重亜硫酸ナトリウム、二亜硫酸ナトリウムまたはピロ亜硫酸ナトリウムともいう)を好適に用いることができる。さらに、重亜硫酸化合物と尿素とを併用してもよい。
【0093】
なお、前記メチル化状態の検出には、メチル化感受性制限酵素を用いてもよい。その基礎となる方法として、遺伝子切断段階と、遺伝子増幅段階と、遺伝子増幅確認段階とを含むメチル化感受性制限酵素を利用した方法が、特許文献2に記載されている。メチル化感受性制限酵素とは、二本鎖DNAにおいて認識対象となる塩基配列にシトシンを含んでおり、かつ、この塩基配列中のシトシンがメチル化された場合には、該塩基配列の二本鎖DNAを切断できない制限酵素であれば特に限定されるものではない。具体的には、例えば、HpaII、EagIまたはNaeIなどを挙げることができる。
【0094】
・ATLL病型の進展とメチル化の相関性
本発明の予後推定検査用キットが使用される成人T細胞白血病・リンパ腫の予後推定検査では、ATLL予後推定用データを提供するために、検体中のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群から、2種以上の遺伝子を選択し、その選択した遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態が測定される。次いでHTLV−Iキャリアーの特定、ATLL病型におけるくすぶり型、慢性型、リンパ腫型、急性型の判別が必要となる。
【0095】
上記8種の遺伝子群は、特に成人T細胞白血病・リンパ腫においては、病型の検出、診断、予後推定に特異的な遺伝子セットとして有用であるため、コア標的遺伝子とすることが好ましい(図4)。各遺伝子のメチル化状態とATLL病型判別の詳細は、特開2007-244377号公報に開示したが、以下に要点のみ記す。
【0096】
健常者とHTLV-Iキャリアーの標的遺伝子(判別マーカー)としてSHP1遺伝子またはp73遺伝子が有効である。さらにくすぶり型ATLLの発症マーカーとしてDAPK遺伝子,HCAD遺伝子が有用である。健常者と慢性型ATLLとの間では、SHP1遺伝子、DAPK遺伝子、HCAD遺伝子が良好な判別マーカーとなり得る。また健常者から急性型ATLLへの発症マーカーとしてSHP1遺伝子、DAPK遺伝子、HCAD遺伝子が、リンパ腫型ATLLへの発症マーカーとしてSHP1遺伝子、p16遺伝子、DAPK遺伝子、MGMT遺伝子、HCAD遺伝子が挙げられる。
【0097】
HTLV-Iキャリアーとくすぶり型の判別ではHCAD遺伝子およびSHP1遺伝子のメチル化の有無が有効な指標であり、くすぶり型と急性型の判別ではSHP1遺伝子のメチル化が有効な指標である。HTLV-Iキャリアーと急性型の判別では、HCAD遺伝子とSHP1遺伝子のメチル化、HTLV-Iキャリアーとリンパ腫型の判別ではSHP1遺伝子,DAPK遺伝子,HCAD遺伝子のメチル化がきわめて有効な指標であり、p16遺伝子をマーカーに加えることで検出精度が向上する。
【0098】
SHP1遺伝子、p16遺伝子、DAPK遺伝子、HCAD遺伝子のメチル化は、リンパ腫型ATLLとHTLV-Iキャリアーとの間で有意な差があるため、これらの遺伝子はHTLV-Iキャリアーからリンパ腫型ATLL発症のマーカーとなり得る。くすぶり型とリンパ腫型の判別において、標的遺伝子としてSHP1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子から少なくとも2種選択することが有効である。選択した2種の遺伝子がともに高いメチル化頻度を示した場合は病型がくすぶり型からリンパ腫型へと進展した可能性が高く、さらに、標的遺伝子をくすぶり型ではほとんどメチル化されていないp73遺伝子、p16遺伝子を加えた4種以上に増やすことで検出精度あるいは信頼度が向上する。
【0099】
くすぶり型と急性型の判別においては標的遺伝子としてSHP1遺伝子を用いる。くすぶり型と慢性型の判別には標的遺伝子としてSHP1遺伝子を選択することが望ましい。また急性型とリンパ腫型の判別においては、標的遺伝子としてp16遺伝子、MGMT遺伝子が選択され、p16遺伝子が高いメチル化頻度を示した場合は病型がリンパ腫型である可能性が高く、p16遺伝子およびMGMT遺伝子が高いメチル化頻度を示した場合は急性型である可能性が高い。
【0100】
予後推定検査用システムと予後推定
本発明者らはこれまでの研究を通じて、ATLLの進展に伴い(i)メチル化を示す遺伝子数の増加、(ii)特定の遺伝子のメチル化、(iii)CIMPの増加が認められ、HTLV-I感染からATLLの発症までには、特定の遺伝子のメチル化が関与していることを明らかにした。本発明者らはまた急性型とリンパ腫型はCIMPを示す割合が高いことから、初めてATLLにおいてCIMPの存在を実証し、CIMPがATLL進行のバイオマーカーになり得ることも示唆した。急性型とリンパ腫型はともに予後不良であるが、メチル化される遺伝子が異なっており、病型の発生機序の違いを反映していると考えられる。これらの知見を基に、ATLL発症と予後推定への適用についても研究を進めた。
【0101】
本発明の検査用システムは、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症、あるいはATLL病態の悪性化、とりわけindolent型ATLLの悪性化を予測するための予後推定検査用システムであって、上記の予後推定検査用キット、予後推定検査で得られたデータの加工および解析を行うためのツール、およびデータ処理・解析結果のアウトプット装置を含むことを特徴としている。予後推定検査で得られたデータの加工および解析を行うためのツールは、データ加工の処理プログラム、上記統計処理プログラム、クラスタリングアルゴリズムを用いたプログラム、判定・推定の判断手順を含むアルゴリズムを用いたプログラムまたは手順スキームなどであるが、これらはコンピュータ・ソフトウェアの形態をとってもよい。あるいは予後の判定・推定の判断手順は、フローチャート形式により表現された形態であってもよい。
【0102】
前記データ加工とは、たとえばメチル化のあった遺伝子項目にチェックを入れ、メチル化遺伝子数を合計し、CIMP陽性/陰性を判定することであり、またデータの解析とは、ATLL発症・進展危険度スコアを算出することなどを指す。
【0103】
前記統計処理プログラムは、ATLL発症・進展閾値より高いものを選択またはATLL発症・進展危険度スコアにより危険度の程度を表示する命令をコンピュータに与えるプログラムである。
【0104】
前記クラスタリングアルゴリズムとは、それぞれの遺伝子についてメチル化陽性/陰性かのデータを解析し、メチル化陽性遺伝子群の組み合わせパターンあるいはプロファイルにより、発症あるいは進展に関して高危険群と低危険群とを層別化する処理手順を指す。
【0105】
前記判定・推定の判断手順を含むアルゴリズムとは、それぞれの遺伝子についてメチル化陽性/陰性かのデータを解析し、遺伝子群のメチル化プロファイルより、HTLV-IキャリアーがATLLを発症する「危険度スコア」を計算する処理手順、あるいはくすぶり型や慢性型のindolent ATLL患者が急性型やリンパ腫型ATLLに進展する「危険度スコア」を計算する処理手順を指す。なおこのアルゴリズムには、通常行われる血液検査データのパラメータたとえば白血球数、リンパ球数、5%以上の異常リンパ球の有無、LDH値、HTLV-I DNAコピー数、sIL2R値等のデータを、上記危険度スコアを計算する際のパラメータとして加えて、高精度化をしてもよい。
【0106】
データ処理結果のアウトプット装置は、通常のコンピュータに使用されるディスプレー、プリンタなどのデータ表示装置である。必要であれば、前記アウトプット装置は通信プロトコルなども含んでもよい。
【0107】
・予後因子とデータの形態
選択された2種以上の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子の示差的発現プロファイルの形態は、エピジェネティクス関連疾患のモニタリング、診断の他に、発症可能性の予測、予後推定を早期に高感度・高精度に評価することを可能とする。そうした有用なプロファイルの一つには、癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルが該当する。そのようなメチル化プロファイルに基づくATLL予後推定用データの提供方法が、本発明の一態様として提示される。
【0108】
すなわち、
上記の予後推定検査用キットまたは予後推定検査用システムを使用することにより、
単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより、
上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルを作成するとともに、これをもとに予後因子のひとつであるCIMPを算出し、
メチル化遺伝子、メチル化遺伝子数及びCIMP値からATLL発症・進展に関する「危険度スコア」を算出し、それに基づく危険度の階層化および/またはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を表示することにより、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症、あるいはATLL病態の悪性化、とりわけindolent型ATLLの悪性化を予測することを可能とする、ATLL予後推定用データを提供することができる。
【0109】
ここで、「予後因子」とは、疾患の病態、病型の今後の進展、または患者の転帰を見通すための手がかりとなる物質または事象である。ATLL病態の悪性化は、くすぶり型から慢性型またはaggressive病型への移行、慢性型からaggressive病型への移行、aggressive病型においても急性型からリンパ腫型への増悪を含む。特にindolent型ATLLからaggressive病型に移行することが遺伝子レベルの変化から予見できることは、HTLV-Iのキャリアーの発症予見とともにその臨床的意義は大きい。
【0110】
データの提供方法として、遺伝子の発現変化と同定された病態とを統計的なデータの裏づけのもとに結び付けられた指標、すなわち予後因子の変化、より好ましくはその時間変化(または複数の時点での値)を示す方式がより好ましい。その例として、平均MSP(+)遺伝子数、CIMP(CpG Island Methylator Phenotype)及びATLL発症・進展危険度スコアが挙げられる。統計解析は、当業界で利用されている各種の統計手法、検定法の中から適する方法を選択しておこなうことができる。
【0111】
(平均MSP(+)遺伝子数)
「平均MSP(+)遺伝子数」とは、MSPでポジティブの結果を与えた、すなわちメチル化特異的PCR法(methylation specific PCR(MSP))でメチル化が認められた平均遺伝子数である。健常者DNA、およびATLL患者DNAでは、上記8種の遺伝子群における平均メチル化遺伝子数、すなわち平均MSP(+)遺伝子数が、健常者DNA:0.5個、HTLV−1キャリアーDNA:1.6個、くすぶり型DNA:1.9個、慢性型DNA:3.2個、急性型DNA:2.5個、リンパ腫型DNA:3.4個であり、ATLL患者においてメチル化を示す遺伝子数は、病期の進展に伴って増加する傾向にある。
【0112】
健常者の平均MSP(+)遺伝子数とHTLV-Iキャリアー、くすぶり型、慢性型、急性型、リンパ腫型ATLLの各病型の平均MSP(+)遺伝子数との間に有意な差が認められるため、健常者からHTLV−Iキャリアー、健常者から各病型のATLLを判別するマーカーとして「平均MSP(+)遺伝子数」は有用である。
【0113】
さらにHTLV−Iキャリアーの「平均MSP(+)遺伝子数」と慢性型、急性型またはリンパ腫型ATLLの「平均MSP(+)遺伝子数」の間、またはくすぶり型ATLLの「平均MSP(+)遺伝子数」と慢性型またはリンパ腫型ATLLの「平均MSP(+)遺伝子数」との間にも有意な差が認められる。
【0114】
したがって「平均MSP(+)遺伝子数」は、HTLV-Iキャリアーから慢性型、急性型またはリンパ腫型のATLLの発症を予見できる予後因子、あるいはくすぶり型ATLLから慢性型またはリンパ腫型ATLLへの悪性化を予見する予後因子として用いることができる。
【0115】
(指標CIMP(+)に基づく解析)
ATLLの各病型とDNAメチル化とを対応させる指標として、CIMPが有用である。一般的に、CIMP(CpG Island Methylator Phenotype)とは、いろいろな特異的標的遺伝子群のプロモーター領域のCpG島が高頻度にメチル化され、それにより、当該標的遺伝子群の発現が次々に消失する表現型のことを指す。
【0116】
すなわちCIMPは、DNAが高頻度にメチル化され(hypermethylation)、"gene
silencing"が起きていることを示すパラメーターである。そのカットオフレベル(この数以上メチル化されている遺伝子がある場合には高頻度DNAメチル化表見型陽性と判定する)を高くすることにより、HTLV-Iキャリアーの発症可能性の予測、あるいはATLL患者でも悪性化が懸念されるindolent型の予後推定の基準がより厳しくなる。
【0117】
本発明では8種の遺伝子群(SHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMH遺伝子、DAPK遺伝子、HCAD遺伝子)のうち、3つ以上の遺伝子がメチル化されている場合をCIMP(+):CIMP陽性と定義している。HTLV-Iキャリアーとリンパ腫型の判別、くすぶり型とリンパ腫型の判別、くすぶり型と慢性型の判別、急性型とリンパ腫型の判別において、発症危険度スコアリングを行う際の指標のひとつとしてCIMPを分析することが有効であることが後述の実施例に示されている。
【0118】
HTLV-IキャリアーとATLLの慢性型、急性型およびリンパ腫型との間で、標的遺伝子のメチル化が起こっている遺伝子数が有意に異なっている。さらに病型の進展にともなってその数が増加し、CIMP(+)の症例が増加することから、ATLLの病型の進展についても、標的遺伝子の平均MSP(+)遺伝子数およびCIMPを予後因子として採用できる。
【0119】
さらにSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態はATLL患者の予後推定にきわめて有用であることが、本発明者によるこれら5遺伝子メチル化の生存曲線研究から明らかとなった。したがって、SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子を、ATLLの発症可能性を予測し、予後を推定するための予示マーカーと位置付けることは妥当であり、それらのメチル化状態を、これら5遺伝子のメチル化の様相、平均MSP(+)遺伝子数、CIMPとともに予後因子として表示してもよい。
【0120】
(ATLL発症・進展危険度スコア)
上記「ATLL発症・進展危険度スコア」とはMSPでポジティブの結果を与えた、すなわちメチル化特異的PCR法(methylation specific PCR(MSP))でメチル化が認められた遺伝子、メチル化遺伝子数及びCIMPの項に、単変量解析あるいは多変量解析により求められたHazard Ratio (HR)等により重み付けをした値の総和として求められた値である。このATLL発症・進展危険度スコアを求める計算式には、臨床データ(たとえば白血球数、リンパ球数、5%以上の異常リンパ球の有無、LDH値、HTLV-I DNAコピー数、sIL2R値等のデータ)等の項を加えてもよい。以下、より詳細に説明する。
【0121】
ATLL発症・進展危険度スコアは、(1)MSPでポジティブの結果を与えた、すなわちメチル化特異的PCR法(methylation specific PCR(MSP))でメチル化が認められた遺伝子、(2)メチル化遺伝子数、及び(3)CIMPの値、以上3つの危険因子の項に、単変量解析あるいは多変量解析により求められたHazard Ratio (HR)(後述の表1参照)により重み付けをした値として、各患者について求められる。
【0122】
前記単変量解析あるいは多変量解析により求められたHRというのは、ATLLのキャリアーおよび患者の、8種の遺伝子のメチル化状態を求め、統計学的計算(単変量解析あるいは多変量解析)を行うことにより求められた、各遺伝子、メチル化遺伝子数およびCIMPのATLLに対する関連性(危険度)を示す数値であり、数値が高いほど、その遺伝子がメチル化されるとATLLを発症する、またはATLLが悪性化する危険性が高い。このHRは統計学的計算を行う集団の母数を大きくすることにより、より精度の高い数値となることが期待される。
【0123】
次に、HRによる重み付けというのは、各患者について遺伝子のメチル化状態を測定し、
(1)MSPでポジティブの結果を与えた遺伝子をプラス1、MSPでネガティブの結果を与えた遺伝子を0とし、それらの各数値に、それぞれの遺伝子に対応するHazard Ratio (HR)の値を乗算し、乗算により得られた数値を合計し、
(2)当該患者で検出されたメチル化遺伝子数に、メチル化遺伝子数のHazard Ratio (HR)の値を乗算し、
(3)当該患者がCIMP陽性である、つまり8種の遺伝子のうち3つ以上の遺伝子がメチル化されている場合にはプラス1、CIMP陰性である場合には0とし、この数値にCIMPのHazard Ratio (HR)の値を乗算する。
【0124】
上記、(1)〜(3)の総和、(1)および(2)の和、(2)および(3)の和、または(1)および(3)の和をATLL発症・進展危険度スコアとする。
HRとして単変量解析で得られた値および多変量解析で得られた値のいずれを使用するかは任意である。
【0125】
また(1)に関しては、必ずしも8種の遺伝子すべてについての値を計算に入れる必要はなく、たとえば8種の遺伝子のうち特にATLLへの関与が深い遺伝子(たとえばSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子)についての値のみを計算に入れてもよい。
【0126】
(2)に関しては、メチル化遺伝子数は0〜8という数値を取り得、これにメチル化遺伝子数のHRを乗算すると、(1)および(3)に対して数値が大きくなりすぎる場合がある。そのため、(2)の値としては、たとえばメチル化遺伝子数にHRを乗算した数値を、解析した遺伝子の総数(8種の遺伝子を解析したのであれば8)で割った数値((1)および(3)の数値と、ATLL発症・進展危険度スコアに対する寄与が同等になるように標準化した数値)を採用することが好ましい。
【0127】
このような計算により求められるATLL発症・進展危険度スコアは、ATLLの悪性度が高まるほど(indolent型よりもaggressive型が)高くなるため、同じ病型の患者でもATLL発症・進展危険度スコアが高いほどATLLが悪性化しやすい、というように、一つの病型の患者を、悪性化しやすいグループ(このグループがさらに複数に分けられることも考えられる)および悪性化しにくいグループ(このグループがさらに複数に分けられることも考えられる)という、異なるグループに階層化することができる。
【0128】
・エピジェネティックス異常の検出と診断、予後管理(予後の判定もしくは推定)
DNAメチル化は、細胞の長期記憶装置として細胞の分化、老化などに深く関わっている。その異常は、癌の発生と進展に、原因として深く関与することが想定され、また原因ではなくとも、個々の癌の特質と密接に相関する場合があることも知られている。実際、DNAメチル化やヒストン修飾異常などのエピジェネティックな機構は、癌における遺伝子発現異常の鍵となっている。特に、癌抑制遺伝子プロモーター領域のCpGアイランドのメチル化によるサイレンシングは、癌抑制遺伝子の不活化機構として広く認識されるに至っている。
【0129】
これまでの研究から、細胞周期、アポトーシス、シグナル伝達、転移・浸潤など,発癌に必要なあらゆるプロセスに関わる遺伝子にメチル化異常がおこることが明らかとなった。本発明者らは、癌細胞特異的なDNAメチル化異常を検出することにより癌細胞の存在検出に利用することのみならず、さらには癌の特質に密接に関連する DNAメチル化異常を検出して、臨床的に有用な情報(適切な治療方針の策定および予後管理に資するデータ、指標)を得ることが可能となるという構想の下にさらに研究を進めてきた。
【0130】
下記実施例に記載されるように、メチル化遺伝子数と臨床データの各項目ごととの相関性を検討し、さらに一定の(罹患)期間にわたる生存率に関わる生存関数を標的遺伝子ごとに、あるいは遺伝子メチル化事象(例えばCIMP)ごとにカプラン・マイヤー法(Kaplan-Meier)による解析を実施することによって予後推定の基盤が確立された。すなわち、カプラン・マイヤー法を用いて、時間の関数として生存を評価した。
【0131】
予後推定検査で得られるデータは、2種以上の選択された癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルであるが、その加工および解析は、主として統計解析に必要とされるデータの処理加工、続く統計学的解析である。具体的な判定・推定の手法と手順は、適用する指標、処理目的、データの内容、利用する統計手法などによって変わる。例えば予後因子に係る差または相違の有意性は、ログランク統計手法(log-rank statistics)を利用してテストされる。潜在的な予後因子の危険度(ハザード比)は、特定予後因子について、基底レベルに対する各レベルでのその変化単位で算定される。すなわち上記DNAメチル化プロファイル、ATLLの臨床情報を用いて、SPSSにより、Kaplan-Meier解析、Cox比例ハザードモデルに基づく多因子解析を行なう予後解析である。
【0132】
本発明者の研究により、SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化およびCIMP(+)が起きている患者は、有意に予後が不良であることが判明した。すなわち、SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のDNAメチル化遺伝子数が臨床病態増悪データと相関していること、ならびにCIMPが年齢、性別、病型などと独立な、きわめて有用な予後因子であることを見出したのである。したがってこれらの5遺伝子のメチル化状態と上記CIMP、臨床諸データ、ATLL検査データをもとに予後推定が行われることが望ましい。
【0133】
HTLV-IのキャリアーのATLL発症可能性の予測、あるいはATLL病態の悪性化とりわけindolent型ATLLの悪性化の予測を含む、個々の患者についての予後推定を含む診断は、実際には医師により本発明の方法により提供されたデータに加えて、他の臨床データ、被験者個々の事情(年齢、性別、既往歴、生活習慣など)を総合的に勘案してなされる。そうした予後予測は、遺伝子メチル化に関するデータが検体中の2種以上の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子の発現制御レベルを反映するバイオマーカーの変化を通してエピジェネティックス異常を検出するものを含み、その異常が発癌過程に直結するものであり、さらに臨床病理学的指標と同様に独立した予後因子であるために、一層信頼度を増すこととなる。
【0134】
予後の良否判定においては、メチル化状態の基準を数値化して、該基準値と測定値との対比により予後が良好であるか、または不良と判定する手順が確立される。
そうした予後の良否に関わる単純な判定のみならず、SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化有無に係る生存曲線、CIMP有無に係る生存曲線(図11〜図19)と、個々の患者由来の検体から得られた遺伝子メチル化のデータとを照合することにより、病態の進展の予測までも含む信頼性の高い予後判断が導かれる。好ましくは前述のATLL発症・進展危険度スコアの数値化に基づく発症・進展危険度の層別化を行うことにより、一層適切な予後推定を行うことができる。
【0135】
具体的には潜在的な予後因子の危険度および関連する95%信頼区間の範囲はCoxの"proportional-hazards model"で見積もられ、P値は両側検定に基づく。
その結果、治療・投与計画の策定に資する有用なデータが得られる。患者の予後管理は、予後因子であるCIMP、メチル化遺伝子数および上記5種の遺伝子群の指標より算出されるATLL発症・進展危険度スコアに基づき経過観察を続ける。CIMPがポジティブであり、かつ5種の遺伝子群のうちメチル化された遺伝子の個数が増加傾向を示しATLL発症・進展危険度スコアが上昇した場合には、病型の進展を疑い、精密な検査をさらに行なうことが肝要である。
【0136】
さらに上記の予後推定と関連し、エピジェネティックス異常を検出するデータの有用性およびそれに基づく推定の信頼性に鑑みて有望である、次のデータ提供方法もまた、本発明の一局面として提案される。
【0137】
成人T細胞白血病・リンパ腫の予後経過における投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に使用されるデータの作成方法であって、
単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより、
上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルを作成するとともに、予後因子として、CIMP、ならびにSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を求め、前記メチル化プロファイルおよび前記予後因子よりATLL発症・進展危険度スコアを計算し、該ATLL発症・進展危険度スコアを前記データとする、投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に使用されるデータの作成方法。
【0138】
本発明の方法は、実際のATLLの治療および予後管理において必要とされる、投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に有用なデータを提供する。
作成された遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルをもとに、遺伝子メチル化の有無や、それらのデータの統計解析に基づくCIMP、ATLL発症・進展危険度スコアなどの指標を用いて、成人T細胞白血病・リンパ腫疾患の病型判別を可能とし、ならびに病型の進展のわずかな兆候を捉えることを可能とし、さらには検出した徴候から病型の進展を予見可能とした本発明は、患者に対して個別に治療効果の確認(投与治療効果の判定)とその後の適切な治療・投薬計画を立てる(投与薬剤のスクリーニング)上で、きわめて有用な技術である。
【0139】
例えば同一患者にて予後を追跡し、治療前のデータと再発し増悪した際のデータとを比較した場合、いずれのデータにおいてもメチル化している遺伝子の種類および数が同一であるならば、治療により減少した白血病細胞と同一のクローンが再び増加し再発した可能性が疑われる。完全寛解(CR)すると標的遺伝子のメチル化がまったくなくなるのが通常である。移植治療後に再発したが、部分寛解(PR)中はSHP1のみがメチル化していた場合、PRとCRとの境界にSHP1のメチル化が関与している可能性も考えられ、これは予後において特定の遺伝子のメチル化を探る意義を示している。
【0140】
本発明の方法ではDNAメチル化を測定するが、そのような測定は、通常の血液検査よりも感度が非常に高い。そのため、血液検査では実際にはATLL腫瘍細胞が出現し前ATLL状態であるHTLV-Iキャリアーなのに異常なしと判断された患者でも、それを見逃すことなく、発症危険度の高いHTLV-Iキャリアーであると高感度かつ高精度に診断できる可能性がある。
【実施例】
【0141】
以下の実施例中で用いる装置名、使用材料の濃度、使用量、処理時間、処理温度などの数値的条件、処理方法などはこの発明の範囲内の好適例にすぎない。また、以下の説明をいくつかの図を参照して行なうが、これらの図はこの発明を理解できる程度に概略的に示してあることもある。
【0142】
[実施例1]
遺伝子メチル化の検出とATLL病型の判別
造血器腫瘍疾患の一つである成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)において、8種の遺伝子群から選択された2種以上の遺伝子プロモーター領域におけるメチル化の有無、メチル化頻度をメチル化特異的PCR法(methylation specific PCR(MSP))を用いて確認し、その臨床的意義を調べた。
【0143】
・対象および検体
総数111人から測定のための臨床検体を採取した。内訳は、ボランティアの健常者13名とキャリアーおよび患者の98名、すなわちHTLV-Iウイルス感染者(キャリアー)の18名、成人T細胞白血病・リンパ腫の慢性型の患者11名、くすぶり型の患者15名、リンパ腫型の患者29名、急性型の患者25名である。これらの健常者、キャリアーおよび患者について、末梢血単核細胞(PBMC)もしくはリンパ節組織細胞を採取した。検体としての末梢血は、耳朶、上腕静脈などより採血し、単核細胞(PBMC)を常法により調製した。
【0144】
・検索した遺伝子(成人T細胞白血病・リンパ腫用遺伝子セット)
成人T細胞白血病・リンパ腫用遺伝子セットとして次の8種類の癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子を対象とし、そのプロモーター領域におけるCpG島のメチル化を調べた:
SHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子。
【0145】
・メチル化の検出
続いて検体からゲノムDNAを得るために、検体と細胞溶解液とを混合した後、一定時間、混合溶液を加熱した。この処理により検体中の細胞を溶解液によって破壊し、その細胞中のゲノムDNAを抽出した。なお、細胞溶解工程での溶解液の組成、濃度、反応温度、および反応時間等の反応条件は、特許文献3に記載された条件によった。
【0146】
臨床検体から抽出したDNAに既報のごとく、重亜硫酸塩(亜硫酸水素塩、二亜硫酸塩)による処理を行なった。
上記DNA変換工程後の修飾DNA溶液を用いて、遺伝子群(SHP1、p16,p15,p73,hMLH1,MGMH,DAPK,HCAD)のプロモーター領域に存在するCpG島のメチル化の有無、メチル化の程度について、MSP(methylation specific PCR)法を用いるCpG島アッセイ(メチル化アッセイ)を実施した。この方法によれば、メチル化特異的プライマーおよび非メチル化特異的プライマーを用いて、DNA変換工程後におけるCpG含有DNAをPCR増幅するために、より高精度でメチル化されたDNAを検出することができる。
【0147】
アッセイに使用したメチル化特異的プライマーMSP、非メチル化特異的プライマーUMSPは、検索した上記8種遺伝子それぞれのプロモーター領域のCpG配列を含む塩基配列に対して設計されたプライマーであり、それらプライマーの塩基配列(primer sequences)は、特開2007-244377号公報の表1に示されている。またプライマーの作製およびMSPの詳細については特許文献3に記載されている。
【0148】
なお、MSPにおいて擬陽性、偽陰性による測定ミスを排除するために、検体とともにポジティブコントロール(positive control)およびネガティブコントロール(negative control)を同時に処理した。ポジティブコントロールには、健常者の末梢血単核球細胞から得たDNAをSssIメチラーゼ(New England BioLabs Inc.,Beverly,MA)で処理したもの(PBMC (SssI))を用いた。またネガティブコントロールは、健常者のDNA試料を用いてMSPを行なった。
【0149】
下記アッセイ条件を使用し、各DNA検体について反応を実施した。
反応溶液:(0.4μMプライマー:1μl重亜硫酸塩修飾DNA:1×PCR緩衝液:200μMdNTP:1.5mM塩化マグネシウム:AmpliTaqGold DNA
ポリメラーゼ0.5単位;最終反応容量20μl中)
反応条件:(95℃で10分間):[(94℃で15秒間):(AT(アニーリング温度)で1分間):(72℃で1分間)]35から40サイクル:(72℃で7分間)。
【0150】
増幅後のPCR産物の検出を3%アガロースゲルで電気泳動してメチル化の有無を検出した。またPCR産物のサイズに相当するバンドの有無およびその産物サイズ(product size)をマーカー(50塩基対ladder)で検出した。
【0151】
・遺伝子メチル化と臨床データとの関連性
測定した8個の遺伝子のDNAメチル化とATLLの臨床データ(血液1μl中の白血球数(WBC)、リンパ球数、異常リンパ球数、カルシウム値、LDH、sIL2RおよびHTLV1ウイルス量)との関連性を調べた。その結果を図5に示す。相関分析は、スピアマンの順位相関テストによった。なお、図5において「number」とはその項目の絶対数と各遺伝子のメチル化に相関があるかについてのP値を示す項目であり、たとえば年齢とSHP1遺伝子のメチル化との間には、26.2%の確率で相関がないということになる。また同じく年齢の項目における「≧60/≦59」とは、60歳以上の人と59歳以下の人との間に、各遺伝子のメチル化の状態に有意な差があるかを示している。またCIMP3とは、8つの遺伝子のうち3つ以上の遺伝子にメチル化がみられる表現型をあらわしている。
【0152】
なお、統計学的な解析は、SPSS for Windows(登録商標), Release 11.5を用い、p値が0,05以下のとき有意差ありとした。有意差があった項目には色付けを行っている。メチル化遺伝子数と臨床検査データとの関連については、8つの遺伝子の中で、SHP1遺伝子のメチル化が最も臨床検査データ項目と相関を示した。SHP1遺伝子がメチル化を有する場合、WBC(x103/μl)数増加、LDH(IU/L)増加、HTLV1ウイルス量数高値、sIL2R(U /mL)高値となった。
さらに図6〜図9は、メチル化遺伝子数と臨床検査データとの間に相関があるか否かを示す。メチル化遺伝子数が増加するに伴い、WBC(x103/μl) 数増加、 lymphocytes(%)数増加、abnormal lymphocytes(%)数増加、LDH(IU/L) 高値、sIL2R(U/mL) 高値を示し、メチル化遺伝子数とこれらの臨床検査データとの間に相関が認められた。またメチル化遺伝子数が増加するに伴い、HTLV-1ウイルス量高値を示す傾向を認めた(P=0.06)。メチル化遺伝子数と血清Ca(mg/dl)との間には、相関を認めなかった。
【0153】
[実施例2]
遺伝子メチル化と予後との関連性
遺伝子メチル化が、予後に影響を与えるかどうか、3つの統計学的手法を用いて解析した。統計学的な解析は、SPSS for Windows(登録商標), Release 11.5を用い、p値が0.05以下のとき有意差ありとした。 8つの遺伝子と前記111人の予後との相関の有無を検討した。その結果(生存曲線)を図11〜図19及び下記表1に示す。表1においてCIとはConfidence Interval:95%信頼区間を示す。なお、図10は「Brit J Haematol. 79:428-437, 1991」に示されたATLLの各病型別の生存曲線であり、図10において「くすぶり型(45)」とは、45症例のくすぶり型患者の生存曲線であるということをあらわしている。
【0154】
(1)生存曲線の作成にあたっては、カプラン・マイヤー法による解析を行い、差の検定にはログランクテストを用いた。打ち切り例とは、解析の時点でアウトカム(死亡)が発生していないことを示す。SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子、HCAD 遺伝子のメチル化を有する場合、CIMPを有する場合において、生存日数が有意に低下した。
(2)単変量解析(Univariate)では、SHP1遺伝子、 p16遺伝子、MGMT遺伝子、 DAPK遺伝子、HCAD遺伝子のメチル化とメチル化遺伝子数の増加及びCIMPの存在は、有意な予後因子であることが示された。
(3)多変量解析(Multivariate)では、SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子のメチル化とCIMPの存在、メチル化遺伝子数の増加は、独立した予後因子であることが示された。SHP1遺伝子およびp16遺伝子は、最もハザード比(HR)(リスク比)が高く、予後因子の中でも重要であることが示された。
【0155】
【表1】
以上の実施例より、特定の遺伝子のメチル化やメチル化遺伝子数は、ATLLの臨床検査データと相関し、独立したATLLの予後因子になり得ることが示された。
【0156】
次に、各キャリアー及び患者について得られたデータを基に、以下の2つの方法でATLL発症・進展危険度スコアリングを行った。
1つ目の方法として具体的には、各患者における、
(1)SHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子の5遺伝子について、MSPでポジティブの結果を与えた遺伝子に関してはプラス1、MSPでネガティブの結果を与えた遺伝子に関しては0とし、各数値に、それぞれの遺伝子に対応するHazard Ratio (HR)の値(遺伝子表1に示してある単変量解析で得られたHRの値)を乗算し、合計した。
(3)上記5遺伝子について、CIMP陽性の場合にはプラス1、CIMP陰性の場合には0とし、その数値に単変量解析により求められたCIMPのHazard Ratio (HR)の値を乗算した。
【0157】
上記(1)および(3)の和を、便宜のため小数点第一位で四捨五入したものをATLL発症・進展危険度スコアとした。
以上のATLL発症・進展危険度スコアリングを行った結果(総スコアの分布)を下記表2および図20〜22に示す。このATLL発症・進展危険度スコアをKruscal Wallis検定により解析した結果、ATLL発症・進展危険度スコアは各病型どうしで有意差を示めすことが明らかとなり、ATLL発症・進展危険度スコアを求める本方法により各病型が分離できることが示された(p=0.000)。
【0158】
またキャリアーの中にもATLL発症・進展危険度スコアが高いグループ(スコア=2〜6)があり、ATLL発症高危険度群であることが疑われる。またくすぶり型、慢性型患者の中でATLL発症・進展危険度スコア8以上の患者は、さらにATLLが進展(悪性化)する可能性のある高危険度群であることが疑われ、本方法により各病型の中で高危険度群が層別化できることが示された。
【0159】
【表2】
表2において「度数」とはキャリアまたは患者の人数をあらわす。「平均値」は図20〜22に示すATLL発症・進展危険度スコアの平均値を表す。「標準偏差」、「標準誤差」、「平均値の95%信頼区間」、「最小値」、「最大値」も同様にATLL発症・進展危険度スコアに関するそれぞれの項目の値を示す。
【0160】
2つ目の方法として具体的には、各患者における、
(1)8種の遺伝子について、MSPでポジティブの結果を与えた遺伝子に関してはプラス1、MSPでネガティブの結果を与えた遺伝子に関しては0とし、各数値に、それぞれの遺伝子に対応するHazard Ratio (HR)の値(遺伝子表1に示してある単変量解析で得られたHRの値)を乗算し、合計した。
(2)メチル化遺伝子数に、単変量解析により求められたメチル化遺伝子数のHazard Ratio (HR)の値を乗算し、8で割った(総解析遺伝子数で割り、標準化した)。
(3)CIMP陽性の場合にはプラス1、CIMP陰性の場合には0とし、その数値に単変量解析により求められたCIMPのHazard Ratio (HR)の値を乗算した。
【0161】
上記(1)〜(3)の総和を、便宜のため小数点第一位で四捨五入したものをATLL発症・進展危険度スコアとした。
以上のATLL発症・進展危険度スコアリングを行った結果(総スコアの分布)を下記表3および図23〜25に示す。このATLL発症・進展危険度スコアをKruscal Wallis検定により解析した結果、ATLL発症・進展危険度スコアは各病型どうしで有意差を示めすことが明らかとなり、ATLL発症・進展危険度スコアを求める本方法により各病型が分離できることが示された(p=0.000)。
【0162】
またキャリアーの中にもATLL発症・進展危険度スコアが高いグループ(スコア=2〜6)があり、ATLL発症高危険度群であることが疑われる。またくすぶり型、慢性型患者の中でATLL発症・進展危険度スコア8以上の患者は、さらにATLLが進展(悪性化)する可能性のある高危険度群であることが疑われ、本方法により各病型の中で高危険度群が層別化できることが示された。
【0163】
【表3】
表3において「度数」とはキャリアまたは患者の人数をあらわす。「平均値」は図23〜25に示すATLL発症・進展危険度スコアの平均値を表す。「標準偏差」、「標準誤差」、「平均値の95%信頼区間」、「最小値」、「最大値」も同様にATLL発症・進展危険度スコアに関するそれぞれの項目の値を示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の原因となる成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLの悪性化を予測するためのデータを提供する予後推定検査に用いられる予後推定検査用キットであり、
当該キャリアーまたはindolent型ATLL患者からの検体中のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群から2種以上の遺伝子を選択し、その選択された癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定し、作成された上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイル、あるいはそれから求めた成人T細胞白血病・リンパ腫の発症または悪性化を示す予示マーカーのデータを含む、それらのキャリアーもしくは患者の予後を推定するためのデータを提供する予後推定検査に使用される予後推定検査用キット。
【請求項2】
前記の選択した遺伝子がSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子セットである、請求項1に記載の予後推定検査用キット。
【請求項3】
2種以上の選択された前記癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化を測定するための、
検体を溶解するための溶解液、重亜硫酸塩含有試薬およびメチル化検出増幅試薬を含むことを特徴とする、請求項1または2に記載の予後推定検査用キット。
【請求項4】
前記予示マーカーのデータがCIMPであるか、あるいはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態である、請求項1〜3のいずれかに記載の予後推定検査用キット。
【請求項5】
前記のindolent型ATLLの悪性化が、aggressive型ATLLへの移行であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の予後推定検査用キット。
【請求項6】
前記検体が、扁桃、骨髄、リンパ節、消化器、呼吸器、脾臓、肝臓、感覚器、中枢神経系、運動器、皮膚および末梢血よりなる群から選択された器官、組織から採取された細胞含有試料であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の予後推定検査用キット。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の予後推定検査用キット、予後推定検査で得られたデータの加工および解析を行うためのツール、およびデータ処理結果のアウトプット装置を含むことを特徴とする、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLの悪性化を予測するための予後推定検査用システム。
【請求項8】
前記のツールが、データ処理プログラムおよび/または予後の統計解析アルゴリズムを用いたプログラムを含む、請求項7に記載の予後推定検査用システム。
【請求項9】
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後を推定するためのデータの収集において、
単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより、
上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルを作成するとともに、予後因子としてCIMPを算出し、
メチル化遺伝子、メチル化遺伝子数及びCIMP値から算出されるATLL発症・進展危険度スコアによる危険度の階層化および/またはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を表示することにより、
成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLのaggressive型ATLLへの進展を予測することを可能とするATLL予後推定用データを作成する方法。
【請求項10】
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後経過における投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に使用されるデータの作成方法であって、
単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより、
上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルを作成するとともに、予後因子としてCIMP、ならびにSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を求め、
前記メチル化プロファイルおよび前記予後因子よりATLL発症・進展危険度スコアを計算し、該ATLL発症・進展危険度スコアを前記データとする、投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に使用されるデータの作成方法。
【請求項11】
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の原因となる成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLのaggressive型ATLLへの進展を予測するための予後推定検査用データの作成方法であって、
当該キャリアーまたはindolent型ATLL患者からの検体中のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定して前記8種の遺伝子のメチル化プロファイルを求め、
該メチル化プロファイルからCIMPを求め、
前記メチル化プロファイルおよび前記CIMPよりATLL発症・進展危険度スコアを計算し、該ATLL発症・進展危険度スコアを前記データとすることを含む、予後推定検査用データの作成方法。
【請求項1】
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の原因となる成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLの悪性化を予測するためのデータを提供する予後推定検査に用いられる予後推定検査用キットであり、
当該キャリアーまたはindolent型ATLL患者からの検体中のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群から2種以上の遺伝子を選択し、その選択された癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定し、作成された上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイル、あるいはそれから求めた成人T細胞白血病・リンパ腫の発症または悪性化を示す予示マーカーのデータを含む、それらのキャリアーもしくは患者の予後を推定するためのデータを提供する予後推定検査に使用される予後推定検査用キット。
【請求項2】
前記の選択した遺伝子がSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子セットである、請求項1に記載の予後推定検査用キット。
【請求項3】
2種以上の選択された前記癌抑制遺伝子または癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化を測定するための、
検体を溶解するための溶解液、重亜硫酸塩含有試薬およびメチル化検出増幅試薬を含むことを特徴とする、請求項1または2に記載の予後推定検査用キット。
【請求項4】
前記予示マーカーのデータがCIMPであるか、あるいはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態である、請求項1〜3のいずれかに記載の予後推定検査用キット。
【請求項5】
前記のindolent型ATLLの悪性化が、aggressive型ATLLへの移行であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の予後推定検査用キット。
【請求項6】
前記検体が、扁桃、骨髄、リンパ節、消化器、呼吸器、脾臓、肝臓、感覚器、中枢神経系、運動器、皮膚および末梢血よりなる群から選択された器官、組織から採取された細胞含有試料であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の予後推定検査用キット。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の予後推定検査用キット、予後推定検査で得られたデータの加工および解析を行うためのツール、およびデータ処理結果のアウトプット装置を含むことを特徴とする、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLの悪性化を予測するための予後推定検査用システム。
【請求項8】
前記のツールが、データ処理プログラムおよび/または予後の統計解析アルゴリズムを用いたプログラムを含む、請求項7に記載の予後推定検査用システム。
【請求項9】
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後を推定するためのデータの収集において、
単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより、
上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルを作成するとともに、予後因子としてCIMPを算出し、
メチル化遺伝子、メチル化遺伝子数及びCIMP値から算出されるATLL発症・進展危険度スコアによる危険度の階層化および/またはSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を表示することにより、
成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLのaggressive型ATLLへの進展を予測することを可能とするATLL予後推定用データを作成する方法。
【請求項10】
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の予後経過における投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に使用されるデータの作成方法であって、
単離された末梢血単核細胞(PBMC)のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子よりなる遺伝子群について、それらの遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定することにより、
上記遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化プロファイルを作成するとともに、予後因子としてCIMP、ならびにSHP1遺伝子、p16遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のメチル化状態を求め、
前記メチル化プロファイルおよび前記予後因子よりATLL発症・進展危険度スコアを計算し、該ATLL発症・進展危険度スコアを前記データとする、投与薬剤のスクリーニングおよび/または投与治療効果の判定に使用されるデータの作成方法。
【請求項11】
成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)の原因となる成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)のキャリアーの発症またはindolent型ATLLのaggressive型ATLLへの進展を予測するための予後推定検査用データの作成方法であって、
当該キャリアーまたはindolent型ATLL患者からの検体中のSHP1遺伝子、p15遺伝子、p16遺伝子、p73遺伝子、hMLH1遺伝子、MGMT遺伝子、DAPK遺伝子およびHCAD遺伝子のプロモーター領域におけるCpG島のメチル化状態を測定して前記8種の遺伝子のメチル化プロファイルを求め、
該メチル化プロファイルからCIMPを求め、
前記メチル化プロファイルおよび前記CIMPよりATLL発症・進展危険度スコアを計算し、該ATLL発症・進展危険度スコアを前記データとすることを含む、予後推定検査用データの作成方法。
【図2】
【図3】
【図4】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図1】
【図5】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図3】
【図4】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図1】
【図5】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【公開番号】特開2009−254357(P2009−254357A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−68048(P2009−68048)
【出願日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】
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