説明

手術支援方法及びこれを実施する手術支援ロボット

【課題】内視鏡下での腹腔手術に際し多数の鉗子の中から、手術者の音声指示に基づき特定の鉗子を選び出し、該鉗子を手術者に差し出す手術支援行為を実現する。
【解決手段】手術台14の近傍に設置し得るスタンド12と、スタンドに設けられ、所要数の鉗子を着脱自在に保持するホルダ22と、スタンドに設けられ、ホルダ22に保持した鉗子20から所望の鉗子をピックアップし、鉗子を手術者へ差し出してから鉗子の解放を行なうアーム24と、所望の鉗子を特定する手術者の音声指示に対応して、指示された鉗子の割出し指令を出力すると共に、アームへの動作指令を出力する音声認識制御手段28と、手術者が音声指示した特定の鉗子の先端形状の映像を、内視鏡下での手術映像と合成してディスプレイ16に表示する合成映像生成手段30とからなり、音声指示に伴う割出し指令によって、ホルダまたはアームの何れかに所望の鉗子の割出し動作を行なわせる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、手術支援方法と、該方法を実施する手術支援ロボットに関し、更に詳細には、内視鏡下での腹腔手術に際し必要とされる多数の鉗子の中から、手術者の音声指示に基づき特定の鉗子を選び出して、該鉗子を手術者に差し出す手術支援行為をなし得る医療関連技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば患者の腹部疾患に関連する手術に際し、その疾患の部位や程度如何によっては、開腹手術に代えて内視鏡手術を行なった方が、患者の身体に及ぼす侵襲が緩和され、また手術跡の回復も早く且つ傷跡も小さくし得る等の多くの利点がある。このため最近では、内視鏡下での腹腔手術の研修体制も確立されており、今後は更に広く普及する傾向にある。
【0003】
この内視鏡手術に当っては、患者の腹部を小さく切開して3〜4個所の穴を開け、夫々の穴に挿し込んだ中空スリーブ(カニューレ)に内視鏡や各種鉗子を対応的に挿入して腹腔内手術を実施するようになっている。内視鏡にはCCD撮像素子が組込まれ、該撮像素子で捕えられた内臓領域の映像(術野)は、手術台の向こう側に設置したディスプレイに映し出される。また鉗子の先端は、使用目的に応じて電気メスやピンセットその他鋏等の機能を有する形状になっており、手術部位の切開や切除、内臓部分の摘み上げや拡開、縫合糸の切断等の各種作業に供される。そして内視鏡の患部への挿入は手術者が行なうが、手術中における該内視鏡の保持・視野確保等は助手としての医師や看護師等が行なう。また鉗子の患部への挿入及び操作は、手術者及び助手としての医師が分担して行なう。
【特許文献1】特開2004−129956号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
内視鏡手術では、手術の進行に伴って各種の鉗子が使い分けられるため、多数の鉗子の管理に当たる助手は、手術者からの口頭の指示に応じてトレー中の鉗子から特定の鉗子を選び出し、当該鉗子を手術者に手渡す作業を分担している。しかし多数の鉗子群の中から特定の鉗子を選び出し、その特定された鉗子を手術者に手渡すという作業は、高度の熟練と経験とが要求される内視鏡手術の作業環境下においては、どちらかと云えば単純で技巧を殆ど要しないものである。
【0005】
このように鉗子の選び出し及び手術者への手渡し(更には使用済みの鉗子の戻し)は単純作業と捉えられるが、また反面手術を円滑に遂行する上で極めて重要な作業であるために、従来はこれを充分な医療知識を有し、または研修途次にある医師や看護師がこれを担当している。このため補佐的な役割とは云え、鉗子の管理担当者には専門性を有する人員を確保する必要があり、これが手術のコスト増大につながっている。また、他の手術に振り向けることの可能な人員でありながら、1つの内視鏡手術にそれらの人たちを集めなければならないために、医療体制での全体的な人員不足に拍車を掛ける事態に至っている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで本願の発明者等は、前記の内視鏡手術に特有の鉗子の選択・手渡し作業が専門性を有する人員に頼っていた現況に対し発想を転換して、鉗子関連の付帯作業を「ロボット化した手術支援行為」と把えることに解決の端緒を見出した。すなわち内視鏡手術の流れを全体的に俯瞰した場合に、その殆どは高度の熟練と経験を積んだ人間技が必要とされているが、ロボット制御技術と音声認識制御技術とが進展した現在であるならば、手術者の音声による指示の下に、用意された多数の鉗子群の中から指示された特定の鉗子を選択的に取出し、当該鉗子を手術者の動作領域近傍まで差し出す作業をロボット化し得る、と判断するに至ったものである。この場合に、本願発明は、その構想を更に進めて、手術者が使用した後の鉗子を再使用のため所定の鉗子セット位置まで戻すことも、ロボット化による手術支援行為の一環に含ましめている。
【0007】
前述した内視鏡手術に内在している鉗子手渡しに伴なう人員不足やコスト増大の課題を解決し、所期の目的を好適に達成するため本発明に係る手術支援方法は、内視鏡下での腹腔手術に際して、手術者が当該手術に必要な特定の鉗子を音声で指示することにより、手術台の近傍に設置した手術支援ロボットがその音声指示に応答し、予め準備された多数の鉗子の中から特定の鉗子を選び出して、該鉗子を手術者に差し出す手術支援を行うことを特徴とする。
【0008】
同じく内視鏡手術に内在している前記課題を解決し、所期の目的を好適に達成するため本発明に係る手術支援ロボットは、手術台の近傍に移動自在に設置し得るスタンドと、
前記スタンドに設けられ、所要数の鉗子を着脱自在に保持するホルダと、
前記スタンドに設けられ、前記ホルダに保持した鉗子から所望の鉗子をピックアップし、該鉗子を手術者へ差し出してから該鉗子の解放を行なうアームと、
所望の鉗子を特定する手術者の音声指示に対応して、指示された鉗子の割出し指令を出力すると共に、前記アームへの動作指令を出力する音声認識制御手段と、
手術者が音声指示した特定の鉗子の先端形状の映像を、内視鏡下での手術映像と合成してディスプレイに表示する合成映像生成手段とからなり、
前記音声指示に伴う割出し指令によって、前記ホルダまたはアームの何れかに所望の鉗子の割出し動作を行なわせるよう構成したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る手術支援ロボットによれば、内視鏡手術に際し必要不可欠な作業でありながら、それ自体は必ずしも医療従事者により行なわれることを要件としない鉗子の選択・手渡し作業をロボット化したことにより、その作業に従事していた医師や看護師等の高度の医療知識を有する者を、本来の人手による医療作業に振り向けることが可能となる。その結果として、特定の内視鏡手術に限って観察すれば、当該手術に待機・従事する医療技術者の数を低減させることができ、1回当りの手術に要する費用を削減することが可能になる。また手術室内での要員数を減らすことは、手術環境の空気汚染等のマイナス要因を改善することにもなり、更にロボット化により浮いた人員は他の一層専門性の高い各種医療業務に振り向けて、慢性的な人手不足の解消にも貢献し得るものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
次に、本発明に係る手術支援方法及びこれを実施する手術支援ロボットにつき、好適な実務例を挙げて、添付図面を参照しながら以下説明する。
【0011】
図1及び図2は、本発明に係る手術支援ロボット10を導入した手術室内の概略を示す斜視図であり、図3は手術支援ロボット10の概略斜視図である。手術支援ロボット10は、後述の如くキャスター付きのスタンド12を有し、図1及び図2に示す手術台14に近接した適宜の位置に、内視鏡手術の直前に移動設置される。手術台14の向う側には液晶パネル等のディスプレイ16が設けられ、手術台上の患者の腹腔に挿入された内視鏡(図示せず)により撮像された患部(術野)が、前記ディスプレイ16に映し出されるようになっている。なお、内視鏡手術に際しては、主担当としての執刀者(以下手術者という)と、鉗子の操作等を担当して手術者を補佐する医師資格を有する助手その他看護師等とによるチームが結成される。
【0012】
本発明では、内視鏡手術の進行に応じて手術者が音声で特定の鉗子を指示し、手術支援ロボット10が、その音声指示に応答して各種先端形状の鉗子群中から特定の鉗子20を選択し、該鉗子20をピックアップして手術者の手元へ差し出す医療支援を行うことで、人手を軽減させることを内容としている。
【0013】
(発明の全体構成について)
図3に示すように、実施例に係る手術支援ロボット10は、キャスター18により移動自在なスタンド12と、このスタンド12に設けられて、用途に応じた各種先端形状を有する多数の鉗子20を着脱自在に保持するホルダ22と、同じく前記スタンド12に設けられて、後述の音声指示により動作して前記ホルダ22から所要の鉗子20をピックアップし、該鉗子20を手術者へ差し出してから解放するアーム24と、図7に示す制御部26とを基本的に備えている。
【0014】
図7の制御部26は、例えばパソコン(図示せず)に取込まれており、手術者がマイクを介して所望の鉗子20を特定する音声指示に対応して、前記ホルダ22に支持された鉗子20の割出し指令を出力する。この制御部26は、前記アーム24に所要の動作指令を出力する音声認識制御手段28を備えると共に、前記ディスプレイ16(内視鏡による術野が映し出されている)に、手術者が音声で指示した特定の鉗子20の先端形状を、該術野と共に合成表示する合成映像生成手段30も備えている。これにより手術者は、自分が指示した特定の鉗子20の先端形状を視覚を通じて確認することができる。なお、前記ディスプレイ16には、例えば使用頻度の高い順に複数の鉗子20の先端形状をメニュー状に合成表示し、手術者がその映像中から必要とする鉗子20を視認して特定するメニュー形式としてもよい。
【0015】
図示の実施例は、多数の鉗子20を保持したホルダ22がアーム24に対し回転して、該アーム24が最もピックアップし易い定位置へ特定の鉗子20を割出す構成としたが、これらホルダ22とアーム24との関係は相対的なものであるので、逆の構成としてもよい。すなわち多数の鉗子20を保持しているホルダ22に対してアーム24の方が割出し動作を行ない、次いで特定の鉗子20を該アーム24がピックアップする構成も、本発明の範囲に含まれるものである。
【0016】
(スタンドについて)
前記スタンド12は、例えばフットペダルの操作により昇降して所望の高さに設定し得るエレベータ32と、このエレベータ32の頂部に水平に配設した支持板34とを備えている。支持板34の上面には、後述するホルダ22及びアーム24が搭載されると共に、該支持板34の下面には、図4に示すように、これらホルダ22及びアーム24の駆動機構が配設されている。
【0017】
(ホルダについて)
図4及び図5に示すように、ホルダ22は、所要厚みの円板36と、該円板36の円周方向の端線部に所要間隔で設けたクリップ38と、該円板36の裏面中心に設けられて同軸的に延在する中空筒体40と、該中空筒体40の下端フランジに設けた所要直径の第1ギヤ42とから構成されている。前記クリップ38の夫々には、鉗子20の軸部(シース)20aが係脱自在に嵌入装着され、図6の如く、先端部を下方に指向させた状態で垂下保持されるようになっている。
【0018】
なお、夫々の鉗子20の適宜の位置には、種類その他を識別管理するデータ(製造元、材質その他の諸元を含んでもよい)を付与した識別コード、例えばバーコードが付され、このバーコードは後述のリーダー68により読み取られて、前記制御部26に記憶保持されるようになっている。この識別コードは、バーコード以外にも、例えばQRコード等の認識コードが適宜に採択使用される。また前記円板36の周りの各クリップ38にも、夫々の鉗子20に付与した識別コードと一致するコードが割り振られており、定められたクリップ38に対応の鉗子20が保持されるようコード管理がなされている。但し、図3及び図4に示すように、支持板38に立設したポール39にリーダー68を固定し、鉗子マガジンとして機能するホルダ22を回転させることで、各鉗子20に付された認識コードを読み取り可能である。このように構成した場合は、ホルダ22上のどのクリップ38に鉗子20をセットしてもよい。
【0019】
前記スタンド12の支持板34には支持軸44が直立配置され、この支持軸44に前記ホルダ22の中空筒体40が外挿されて、該ホルダ22を該支持軸44の周りに回転自在に支持し得るようになっている。図4に示すように、支持板34の裏側には、例えばサーボモータ46が直立状態で配置され、サーボモータ46により駆動される減速機48の出力軸は該支持板34の上方に垂直に延出し、その先端に第2ギヤ50を備えている。この第2ギヤ50は、前記ホルダ22の第1ギヤ42と噛合し、前記制御部26から出力される指令により該ホルダ22に所要の割出し回転を付与するようになっている。このホルダ22に対する最小の割出し角は、前記鉗子20を着脱自在に保持するクリップ38の数で全周角度を除して得られる回転角である。
【0020】
図示のホルダ22は、中空筒体40の頂部に設けた前記円板36とは別に、該中空筒体40の略中間付近にも、同じく円周方向に所要数のクリップ38を設けた第2の円板52を有している。これは鉗子20のシース20aが長尺であるため、該シース20aを上下の円板36,52における各対応のクリップ
38で夫々保持して安定化させるためである。この第2の円板52は、場合によっては配設を省略してもよい。なお機構については図示しないが、上下の円板36,52に設けた各クリップ38は、後述するアーム24の接近を確認して保持中の鉗子20を解放するべく同期的に開放したり、戻ってきた鉗子20をチャックするべく同期的に閉成したりするようになっている。但し、機構簡略化のために、前記クリップ38には開閉用の動力手段を設けないで、スプリングにより該クリップ38を閉成方向へ弾力付勢する構成としてもよい。
【0021】
前記ホルダ22は、常にはその中空筒体40をスタンド12に立設した支持軸44に外挿させることで、周方向への回転自在に支持されているが、手術終了後は該ホルダ22をそっくり該スタンド12から外して減菌処理に回すことができる。このためスタンド12自体は、ドレープ等で覆っておくことで足りる。
【0022】
(アームについて)
殊に図3及び図4に示すように、前記スタンド12における支持板34の上部には、前記ホルダ22と所要間隔で隣接するアーム24が設けられている。このアーム24は、基本的にアーム本体54と、その上端部にリスト56を介して設けたハンド58とからなり、アーム本体54の下端部はトラニオン60により軸支されている。
【0023】
図4に示すように、前記支持板34の裏側にはアーム駆動機構62が設けられ、前記アーム24に各種自由度の動作を付与している。例えばアーム本体54は、支持板34に対し水平旋回及び垂直旋回が所要の角度範囲で与えられる。また前記ハンド58は開閉可能に構成されると共に、リスト56を介してアーム本体54に対し垂直方向、水平方向及び旋回方向(捻り)に回動可能であって、把持対象物である鉗子20のハンドル基部をクランプ及びアンクランプし得るようになっている。その開閉機構は、既存のロボットアームに採用されるそれと大差ないので、その詳細説明は省略する。なお、前記ハンド58は、リスト56と共にアーム24に簡単な操作で着脱自在に設けられており、従って手術後には、該ハンド58をアーム24から取り外して滅菌処理に供することが出来る。また、前記ハンド58をアーム24の先端に設けたリスト56に着脱自在に設けるようにして、該ハンド58だけを事後の滅菌処理に供するようにしてもよい。
【0024】
前述の自由度を与えることで、アーム本体54の上端に設けたハンド58を、前記ホルダ22の定位置に割出された特定の鉗子20に向けて所要角度だけ垂直方向に旋回上昇移動させてピックアップし、次いで垂直方向に旋回下降しつつ水平方向に所要角度だけ旋回して、該ハンド58に把持した鉗子20を手術者へ向けて差し出すようになっている。すなわち実施例のアーム24は、支持板34に対する垂直旋回及び水平旋回に、ハンド58がアーム本体54に対して持っている垂直旋回・水平旋回及び旋回方向(捻り)と、該ハンド58の開閉動作とを加えた6つの自由度を有している。勿論、製造コストや現場からの使い勝手の要求度等を勘案して、より多くの自由度を有する多関節系アームとして構成したり、またコスト面の制約に鑑み、ハンド58をアーム本体54に対し垂直旋回させる機構を省略したりしてもよい。但し、一般にアーム側の自由度を高めれば、他の周辺機器の構成を簡易化することが出来る。また、逆にアーム側の自由度を低減させれば、他の周辺機器の構成を複雑化させる必要を生ずる。
【0025】
(鉗子回収手段について)
前記アーム24が特定の鉗子20をホルダ22からピックアップして手術者に差し出すと、手術者は該鉗子20を受け取って直ちに使用するが、使用後の鉗子20は同一手術である限り再度の使用が許容されるので、使用済みの鉗子20を一時的に受け取る手段が必要になる。本実施例では、図4に示す形状をした鉗子回収手段64が、この鉗子回収の用途に供される。例えば鉗子回収手段64は、前記スタンド12の基部近傍に支持されて上方に開口するホーン状の鉗子受け部材として構成され、その開口部は手術者が使用済みの鉗子20をハンドルを上にして放り込むのに最も適した形状になっており、且つ手術者の動作に全く干渉することのない位置に向けられる。
【0026】
また使用済みの鉗子20は、前記鉗子回収手段64へ戻された際に、該鉗子20のハンドルがホーン状開口部より上に位置すると共に、前記アーム24が該鉗子20を回収するのを許容し得るよう、該アーム24の動作領域にハンドル基部を臨ませ得るようになっている。従って使用済み鉗子20の回収時には、アーム24が鉗子回収手段64に向けて下降・水平旋回移動し、ハンド58が該鉗子20のハンドル基部を把持した後に、上昇・水平旋回して該鉗子20をホルダ22の定められたクリップ38に保持させる。このとき、鉗子20に設けられた前記識別コードを、例えばハンド58に配設したリーダーで読み取ってホルダ22の定位置へ間違いなく戻すようになっている。また前述したように、固定側となるポール39にリーダー68を設け、ホルダ22へ鉗子20を返却する際に、認識コードを該リーダー68により逐次読み取って確認するようにしてもよい。
【0027】
鉗子回収手段64は、前記アーム24に付与されている自由度との兼合いにおいて、該アーム24のハンド58が使用済み鉗子20を該鉗子回収手段64からピックアップし易いように、該アーム24の動作領域へ向いて前進・後退移動したり、上昇下降移動したりする機構を付与してもよい。これによりアーム24の自由度が低くても、使用済み鉗子20の回収を円滑に行ない得る。また前述した鉗子回収手段64は、一例としてホーン状に構成したが、使用後の鉗子20を手術者が支障無く所定の回収箇所へ戻し得る形状になっていれば、ホーン状でなくても各種の鉗子受け部材を採用することが出来る。例えば、ホーン状の鉗子受け部材に代えて、前記支持板34に設けられて半径方向の斜め上方へ延出し、手術者が鉗子を戻し易い動作領域へ先端を臨ませた樋状部材としてもよい。この場合の樋状部材は、断面が上方へ開放したV溝に設定することが提案される。
【0028】
(制御部について)
図7は、実施例に係る手術支援ロボット10に関連する各種入力を受容し、また該ロボット10に各種の出力を与えて鉗子20の選択並びに差し出し動作を行なわせると共に、前記ディスプレイ16に合成画像を送り出す制御部26を示すブロック図である。先に概説した如く、制御部26はパソコン内に取り込まれており、内部に音声認識制御手段28及び合成映像生成手段30を備えている。この制御部26の入力端子には、例えば手術者の口部付近にセットされるマイク66、前記認識コード読取り用のリーダー68その他鉗子20の先端画像取り込み用の撮像素子(カメラ)70の各出力端子が接続される。なお、マイク66やリーダー68等と制御部26との接続は、ケーブルによる有線や無線LAN等の何れであってもよい。前記マイク66としては、骨伝導タイプのものが音声認識度を高める上で推奨されるが、それ以外のものであってもよい。また制御部26の出力端子には、内視鏡による術野及び鉗子先端映像を合成表示するディスプレイ16、手術支援ロボット10に各種の動作指令を与えるコントローラ(乃至シーケンサ)72その他各種指令に対する確認音を出すスピーカ74の各入力端子が接続される。これら出力端子と入力端子の接続も、有線・無線の何れもが適宜選択的に使用される。
【0029】
(音声認識制御について)
制御部26が内蔵している音声認識制御手段28には、手術者からの音声による鉗子選択指示が、マイク66及びサウンドボード76を介して入力される。音声認識制御手段28は、音声認識用のソフトとして音声認識エンジン78及びロボット制御コマンド部80を有している。音声認識エンジン78は、特定の手術者からの音声であるか否かを、例えば予め記憶させておいた当該手術者の肉声パターンとの照合等により本人確認を行なうと共に、その音声により指示された内容(例えば、1番鉗子、2番鉗子等の指示)の具体的な認識・把握を行なう。そして、音声認識エンジン78により認識された特定の鉗子に付与されているデジタルコードを、前記ロボット制御コマンド部80へ送り出す。ロボット制御コマンド部80は、その入力されたデジタルコードを解析して、それに対応した指示を前記コントローラ72へ出力し、該コントローラ72は前記ホルダ22の鉗子割出し動作及び前記アーム24による特定の鉗子20のピックアップ並びに手術者への差し出し動作を指示する。その一連の動作フローは、図9及び図10のフローチャートに関連して後述する。
【0030】
(合成映像生成について)
制御部26が内蔵している合成映像生成手段30は、前記リーダー68で読み込んだ鉗子番号等のコードと、前記撮像素子70により取り込んだ当該鉗子20における実際の先端部(例えばピンセット状か、鋏状か等)の画像とを合成するソフトである。すなわち夫々の鉗子20の先端画像は、前記撮像素子70により予め撮影されて、合成映像生成手段30に当該鉗子20に対応するコードと共に登録されている。また、図示しない内視鏡カメラからの術野映像は、制御部26に内蔵したビデオキャプチャーボード82に取り込まれた後、合成映像生成手段30において手術者が音声指示した特定の鉗子20の先端画像及びコードと合成され、その合成画像が前記ディスプレイ16に映し出される。
【0031】
ディスプレイ16に映し出される合成映像は、例えば図8に示すように、内視鏡によりリアルタイムで撮像されている術野を主画面とし、その下方に鉗子20の先端形状と鉗子番号とからなる合成画像が副画面として映し出される。この場合に、鉗子先端形状は、例えば鉗子番号1〜4の如く複数の鉗子20をメニュー表示するようにしてもよいし、また手術者が特定した鉗子20の先端形状と番号だけを単独表示するようにしてもよい。但し、前者のメニュー表示の方が、手術者が全ての鉗子20の形状及び対応番号を記憶しておかなくても、ディスプレイ16上のメニュー画面から視覚により確認・選択をなし得る利点がある。
【0032】
更に制御部26は、音声合成エンジン84を備え、前記サウンドボード76を介してスピーカ74へ音声による確認・否定・不存在の告知等を発声し得るようになっている。勿論、全てを合成音声とする必要はなく、単なる確認音を出すようにしてもよい。また確認や注意促しのための音声や音響に限らず、光や振動等を付帯させるようにしてもよい。
【0033】
(ロボットの一連の動作について)
次に、実施例に係る手術支援ロボット10の一連の動作を、図9のフローチャートを参照して説明する。但し、このフローチャートによる動作は、多様に考えられる動きの中で、先に述べたアーム24の自由度、ホルダ22の割出し動作及び制御部26に盛込まれた制御内容の範囲で考えられる一例としてのものである。
【0034】
内視鏡手術を開始するに際しては、当該手術に必要とされる鉗子20が、前記ホルダ22の各クリップ38に対応的に嵌合保持(セット)されているものとする。なお鉗子20に付した識別コードは、前記リーダー68により予め読み取られ、鉗子先端形状の画像が制御部26の合成映像生成手段30に記憶させてある。
【0035】
図9のフローチャートのステップS1において、リーダー68は全ての鉗子20が順番通りホルダ22にセットされているかを確認し、YES(肯定)であればステップS2で手術者による音声指示を待機する。但し、リーダー68は、鉗子20を認識コードと逐次照合する確認を行っているので、鉗子20がホルダ22に順番通りセットされていることは必須要件でない。また確認結果がNO(否定)であれば、ステップS3で音声による警告を行ない、手術関与者への注意喚起を行なう。なお、前記ステップS1での確認は、例えばホルダ22の周回領域付近の固定部位に立設した前記ポール39にリーダー68を設け、該ホルダ22を1回転させて各クリップ38に保持した鉗子20の識別コードを読み取ることで行なうが、これに限定されるものではない。
【0036】
ステップS2の音声指示待機中に、手術者がマイク66を介して特定の鉗子20を音声で指示(ステップS4)すると、ステップS5においてディスプレイ16に、特定された鉗子20の先端形状及び鉗子番号等の情報が合成表示されると共に、当該鉗子20に出された指示を確認する人工音声や確認音がスピーカ74から出される。この場合に、前記ディスプレイ16に所要数の鉗子20を対応番号と共に予めメニュー表示しておいて、手術者がその中から特定の鉗子20を視認した後に音声指示してもよいことは、先に述べた通りである。またディスプレイ16への鉗子先端形状の合成表示は、前記制御部26の合成映像生成手段30で行なわれ、音声確認動作は音声認識制御手段28で行なわれる。
【0037】
次いでステップS6でホルダ22の回転割出しを行なって、手術者が音声で特定した鉗子20をアーム24の最もピックアップし易い定位置まで到来させる。制御的には、制御部26からコントローラ72を介した指示により、サーボモータ46の割出し回転が実行される。そしてステップS7で、例えば前記リーダー68により定位置へ割出されて停止した特定の鉗子20に付された識別コードを読み取ることにより、所望の鉗子20が割出されたかの確認を行ない、結果がNOであればステップS6に戻って再度実行する。結果がYESであれば、ステップS8へ進んで前記コントローラ72からアーム駆動機構62へ所要の駆動指令を出力し、ホルダ22の定位置に割出されて待機中の特定の鉗子20に向けてアーム24を移動させ、前記ハンド58による該鉗子20のクランプ(把持)を行なわせる。なお、ホルダ22におけるどのクリップ38に鉗子20がセットされているかは、制御部26が事前に記憶しているので、前記ステップS6は省略してもよい。
【0038】
次いでステップS9で、前記ハンド58が確実に鉗子20を把持したかを確認し、結果がNOであれば、ステップS8で該ハンド58による把持を再実行させ、結果がYESであれば、ステップS10に進んでアーム24を旋回移動させ、手術者の手元へ特定の鉗子20を差し出す。なお、ハンド58による鉗子把持の確認は、例えばストレインゲージ等の圧力センサを該ハンド58に設けておき、該センサの圧力変化に伴なう電気信号を制御部26へ出力することが考えられる。また、前記のような触覚センサでなくても、鉗子確認用として、例えばフォトセンサの如き非接触式の在荷センサを設けてもよい。
【0039】
次にステップS11で、アーム24の旋回動作により差し出された鉗子20を手術者が実際に手にしたかを確認し、結果がYESであればハンド58を開いて鉗子20に対する把持を解放する。結果がNOであれば、ステップS11を再度実行する。このステップS11は、特定の鉗子20を手術者に手渡す際に必要であり、例えば手術者の手元へ鉗子20を差し出してから所要の時間が経過(例えば3秒間)した時点でハンド58を開放するとか、手術者が当該鉗子20に手で触れた際の圧力変化を前記圧力センサで検出してハンド58を開放する等が考えられる。なお、時間経過をファンクションとする制御その他圧力センサの配設等に代えて、機械的な構造を付加することで、手元へ差し出された鉗子20を手術者が手でもぎ取る動作により、該鉗子20がハンド58から外されるようにしてもよい。一例として、フィンガー状のハンド58に、常には該ハンド58を閉じる方向へ弾力的に付勢するスプリング(図示せず)を介装しておく。そしてハンド58が所定の鉗子受け渡し位置まで到来して停止すると、所要の位置決め完了信号を受けて該ハンド58を前記スプリングの弾力に抗して僅かに開放させる。この開放加減は、鉗子20をハンド58が軽く把持しており、手術者が該鉗子20を手に取って移動させた際に簡単に外れる程度に設定される。鉗子20がハンド58から取り外されると、所要のセンサが「鉗子無し」を検知し、ハンド58は前記スプリングの弾力に抗して完全に開放し、次の鉗子取出し位置へ帰還する。
【0040】
何れにしても、ハンド58が不用意に開放して鉗子20を取り落すことのないよう、予め所要の対策が施してあるものとする。ステップS12では、鉗子20が手術者に手渡されたか、すなわちハンド58が鉗子20の把持を解放したかを確認し、結果がNOであれば該ステップS12を再実行する。結果がYESであれば、ステップS13においてアーム24を原点となる所要の待機位置へ戻らせて停止し、そのサイクルを終了する。
【0041】
(使用済み鉗子を戻すフローについて)
内視鏡手術では、一度使用した鉗子20でも、当該手術中であるならば繰返し使用し得るので、実施例に係る手術支援ロボット10では、前記鉗子回収手段64を設けることで、該鉗子20をホルダ22の定位置へ戻すことができる。図10は、そのフローチャートを示すもので、ステップS14で使用済みの鉗子20が鉗子回収手段64に回収されているか否かを確認し、鉗子20がなければアーム24をステップS19の原点待機位置で引続き待機させる。鉗子回収手段64に鉗子20が回収されていれば、アーム24はステップ15で鉗子回収のため移動し、ハンド58により該鉗子20の把持を行なう。この場合に、鉗子回収手段64に使用済み鉗子20が回収されているか否かは、例えば撮像手段(カメラ)その他各種センサを採用し、その出力を制御部26へ送ることで容易に確認できるので、図示は省略してある。
【0042】
ステップS16では、鉗子回収手段64に回収された鉗子20をハンド58が把持したか否かを確認し、結果がNOであれば、該ステップS16を再実行する。結果がYESであれば、次のステップ17へ進んでアーム24をホルダ22の定位置へ向け移動させる。このときホルダ22は割出し回転がなされて、回収された鉗子20を前に待機していたクリップ38を定位置に到来させて、該鉗子20の保持を行なう。この保持は、前述した如く、例えば開放中のクリップ38がアーム24の所定位置までの接近を検知して閉成することで、鉗子20を再保持させる動作が考えられる。
【0043】
次いでステップS18では、鉗子20をクリップ38が再保持した後に、ハンド58がその保持を解放したか否かを確認し、結果がNOであれば該ステップS18を再実行する。結果がYESであれば、ステップS19に進んで、アーム24を原点の待機位置へ戻させて、次の動作を待機させる。
【0044】
以上に説明したように、本発明に係る手術支援ロボットによれば、内視鏡手術に際し鉗子の選択・手渡し作業をロボット化することができ、その作業に従事していた高度の医療従事者を、他の医療作業に振り向けることが可能となり、その結果として当該手術に待機・従事する医療技術者の数を低減させることができて、手術費用を削減することができる。また各種医療業務における、慢性的な人手不足の解消にも貢献し得る。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の実施例に係る手術支援ロボットを導入した手術室内を、手術台の手前斜め上方側から観察した斜視図である。
【図2】実施例に係る手術支援ロボットを導入した手術室内を、手術者の背面斜め上方側から観察した斜視図である。
【図3】手術支援ロボットの概略斜視図である。
【図4】手術支援ロボットの側面図である。
【図5】手術支援ロボットの平面図である。
【図6】手術支援ロボットにおけるホルダの拡大斜視図である。
【図7】手術支援ロボットの制御部を示すブロック図である。
【図8】ディスプレイに鉗子をメニュー表示して示す説明図である。
【図9】実施例に係る手術支援ロボットの一連の動作を示すフローチャート図である。
【図10】実施例に係る手術支援ロボットの使用済み鉗子をホルダの定位置へ戻す一連の動作を示すフローチャート図である。
【符号の説明】
【0046】
10 手術支援ロボット 12 スタンド
14 手術台 16 ディスプレイ
18 キャスター 20 鉗子
20a シース 22 ホルダ
24 アーム 26 制御部
28 音声認識制御手段 30 合成映像生成手段
32 エレベータ 34 支持板
36 円板 38 クリップ
39 ポール 40 中空筒体
42 第1ギヤ 44 支持軸
46 サーボモータ 48 減速機
50 第2ギヤ 52 第2の円板
54 アーム本体 56 リスト
58 ハンド 60 トラニオン
62 アーム駆動機構 64 鉗子回収手段
66 マイク 68 リーダー
70 撮像素子(カメラ) 72 コントローラ
74 スピーカ 76 サウンドボード
78 音声認識エンジン 80 ロボット制御コマンド部
82 ビデオキャプチャーボード 84 音声合成エンジン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内視鏡下での腹腔手術に際して、手術者が当該手術に必要な特定の鉗子(20)を音声で指示することにより、手術台(14)の近傍に設置した手術支援ロボット(10)がその音声指示に応答し、予め準備された多数の鉗子(20)の中から特定の鉗子(20)を選び出して、該鉗子(20)を手術者に差し出す手術支援を行うようにしたことを特徴とする手術支援方法。
【請求項2】
手術台(14)の近傍に移動自在に設置し得るスタンド(12)と、
前記スタンド(12)に設けられ、所要数の鉗子(20)を着脱自在に保持するホルダ(22)と、
前記スタンド(12)に設けられ、前記ホルダ(22)に保持した鉗子(20)から所望の鉗子(20)をピックアップし、該鉗子(20)を手術者へ差し出してから該鉗子(20)の解放を行なうアーム(24)と、
所望の鉗子(20)を特定する手術者の音声指示に対応して、指示された鉗子(20)の割出し指令を出力すると共に、前記アーム(24)への動作指令を出力する音声認識制御手段(28)と、
手術者が音声指示した特定の鉗子(20)の先端形状の映像を、内視鏡下での手術映像と合成してディスプレイ(16)に表示する合成映像生成手段(30)とからなり、
前記音声指示に伴う割出し指令によって、前記ホルダ(22)またはアーム(24)の何れかに所望の鉗子(20)の割出し動作を行なわせるよう構成した
ことを特徴とする手術支援ロボット。
【請求項3】
前記ホルダ(22)は前記アーム(24)に対し回転を行なって、手術者の音声指示により特定された鉗子(20)の割出しを行なう請求項2記載の手術支援ロボット。
【請求項4】
前記アーム(24)は前記ホルダ(22)に対し回転を行なって、手術者の音声指示により特定された鉗子(20)の割出しを行なう請求項2記載の手術支援ロボット。
【請求項5】
前記夫々の鉗子(20)は、該鉗子(20)に固有の情報を識別管理する識別コードを備え、前記スタンド(12)に設けたリーダー(68)が読み取った各対応の識別コードを、前記合成映像生成手段(30)において該鉗子(20)の先端形状の画像と合成させるようになっている請求項2記載の手術支援ロボット。
【請求項6】
前記スタンド(12)に使用済みの鉗子(20)を受容する鉗子回収手段(64)を設け、前記アーム(24)は該鉗子回収手段(64)が受容した鉗子(20)をピックアップした後に、前記ホルダ(22)の所定位置に再保持させる戻し動作を行なう請求項2記載の手術支援ロボット。
【請求項7】
前記鉗子回収手段(64)は、手術者の動作領域に向けて開口する鉗子受け部材を備え、使用済みの鉗子(20)は該鉗子受け部材に回収される請求項6記載の手術支援ロボット。
【請求項8】
前記ホルダ(22)は前記スタンド(12)に着脱自在に設けられて、事後の滅菌処理に供される請求項2記載の手術支援ロボット。
【請求項9】
前記アーム(24)は鉗子(20)のピックアップ及び解放を行なうハンド(58)を備え、該ハンド(58)は該アーム(24)に対し着脱自在に設けられて事後の滅菌処理に供される請求項2記載の手術支援ロボット。
【請求項10】
前記アーム(24)は鉗子(20)のピックアップ及び解放を行なうハンド(58)を備え、該ハンド(58)は該アーム(24)の先端に設けたリスト(56)に対し着脱自在に設けられて事後の滅菌処理に供される請求項2記載の手術支援ロボット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−122473(P2006−122473A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−316488(P2004−316488)
【出願日】平成16年10月29日(2004.10.29)
【出願人】(593222805)アスカ株式会社 (11)
【出願人】(591130076)美和医療電機株式会社 (1)
【出願人】(391038279)株式会社中日電子 (12)
【Fターム(参考)】