説明

抗ヘリコバクター・ピロリ活性を有する植物発酵物

【課題】本発明は、薬物療法のような副作用の心配がなく、従来の食品成分よりも優れた抗ピロリ菌活性と安全性を有する医薬品、飲食品を提供することを目的とする。
【解決手段】
本発明は、モモタマナの発酵物もしくは発酵物から水又は有機溶媒単独、又はそれらの混合物で抽出処理して得たエキス(以下、発酵エキスという)を有効成分とし、ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌あるいは感染予防効果を有する医薬品又は飲食品を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ヘリコバクター・ピロリ活性を有し、安全性に優れたモモタマナの発酵物及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
1983年に慢性胃炎の患者の胃からヘリバクター・ピロリ菌(学名Helicobacter pylori、以下ピロリ菌という)が発見されて以来、消化器系疾患とピロリ菌感染との関連が世界中で研究されるようになり、今日までにピロリ菌の感染が軽度の胃腸炎から消化器系のガンに至る幅広い疾病の発症・増悪に大きく関わっていることが明らかにされてきた。現在では胃ガン患者の大半がピロリ菌に感染していると言われており、ピロリ菌の感染を防ぐことは、消化器系の健康維持に不可欠と考えられている。
【0003】
ピロリ菌は汚染された水や食物の摂取により経口的に感染すると考えられ、感染後は胃や十二指腸の粘膜上皮細胞に接着して増殖する。自らの鞭毛を用いて動くことにより薬剤等が作用しにくい粘膜組織の深い部位に潜り込むことができるため、一旦ピロリ菌が定着するとその除菌は必ずしも容易ではない。ピロリ菌は上皮細胞に接着の後、ウレアーゼを産生して尿素からアンモニアを生成し、胃酸を中和することで自らの増殖に適した環境を作り上げる。ピロリ菌がある程度増殖すると、免疫機構が働いて顆粒球やマクロファージが菌の増殖部位に集積し、ピロリ菌の駆除に働くようになる。しかし必要以上に白血球の浸潤が進んだ場合には炎症化して胃潰瘍等の疾患へと増悪し、ピロリ菌が産生するアンモニアや様々な毒素の作用が加わることで最悪の場合にはガンへと進展する。
【0004】
従来、ピロリ菌の除菌は主に薬物投与により行われ、プロトンポンプ阻害剤と2種類の抗生物質(アモキシシリン、クラリスロマイシン)による3剤連続投与がその主流を占めてきた。このような薬物投与により胃腸内のピロリ菌数を著しく低下させることが可能であるが、比較的多量の薬剤を継続投与しなければならないため、医薬品の有する一般的な副作用に加え、抗生物質の作用による胃腸内の細菌叢変化が課題としてあげられてきた。胃腸内の細菌叢は、長い時間をかけて人間一人一人の食生活や生理学的特性に合わせて形成されるため、その急激な変化は胃腸の働きだけでなく全身の免疫機能等にも大きな影響を及ぼし兼ねない。また薬物投与ではピロリ菌の除菌が図られるものの、投与終了後の感染予防効果はないため、ピロリ菌の再感染を防ぐためには汚染した飲食品の摂取を控えるなど、時として生活習慣を大きく変える必要があり、各個人にかかる負担は必ずしも小さくはない。従って、食品もしくはこれに準ずる素材の中から抗ピロリ菌活性を有する成分を見出し、日常生活の中で無理なく継続的に摂取できるような飲食品や保健薬の中に配合することができれば、精神的、肉体的に何ら負担を負わせることのないピロリ菌の防除手段を提供しうる。
【0005】
このような観点から、これまでに抗ピロリ菌活性を有する複数の飲食品が開発され、抗ピロリ菌活性を有する素材としてカンゾウ、ローズマリー、モモタマナなどの植物、ペパーミントオイル、スペアミントオイルなどのフレーバー成分、ラクトフェリン、プロポリス等が活用されてきた(特許文献1)。しかしこれらの素材の抗ピロリ菌効果は必ずしも十分とは言えず、さらに活性に優れた素材の獲得が望まれてきた。
【0006】
モモタマナは学名をTerminalia catappa、別名を「コバテイシ(枯葉手樹)」という。沖縄からアジア・アフリカの海岸、小笠原諸島に自生するシクンシ科の樹木であり、種子はアーモンドに似た風味で食用になる。モモタマナの抗ピロリ菌効果は特開2003−342190において既に紹介されているが、その内容はin vitroの試験方法によりモモタマナ枝葉のエタノール抽出物が有するピロリ菌増殖阻害効果を示したに留まっている。また我々が検討した限りでは、発酵等を行っていない無処理のモモタマナのエキスは、動物に一定量以上を投与すると毒性を示すことがあり、さらに安全性を高めるために何らかの加工処理が必要と考えられる。すなわち、現時点で動物レベル以上でモモタマナの抗ピロリ菌効果を示した報告例や、発酵等の加工処理がモモタマナの抗ピロリ菌活性や安全性に与える影響を調査した報告例は見当たらない。
【特許文献1】特開平8−119872
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、薬物療法のような副作用の心配がなく、従来の食品成分よりも優れた抗ピロリ菌活性と安全性を有する医薬品、飲食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は上記目的を達成するためになされたもので、モモタマナを発酵することにより、モモタマナの有する抗ピロリ菌活性効果が向上、あるいは毒性が低減することを動物実験により確認して本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、モモタマナの発酵物もしくは発酵物から水又は有機溶媒単独、又はそれらの混合物で抽出処理して得たエキス(以下、発酵エキスという)を有効成分とし、ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌あるいは感染予防効果を有する医薬品又は飲食品を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、モモタマナの発酵物は、発酵を行っていないモモタマナを上回る優れた抗ピロリ菌作用と安全性を有する食品素材である。また本発酵物は、医薬品並びに飲食品の製造に容易に応用することができる素材である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
モモタマナの発酵物を製造する場合には、一般に葉、花、果実、種子、幹もしくは根を生の状態、あるいは乾燥の後、適切な大きさに細砕、もしくは粉末化して使用する。モモタマナに水と栄養源を添加して発酵基材とするが、好ましくは水分が全体の50〜95%(w/w)となるようにする。栄養源としては、糖蜜、ガラクトース等の糖類、ふすま等の精穀残渣、酵母や麹のエキス等を1種類以上使用するのが一般的であるが、これら以外の原材料を使用しても差し支えない。調製した発酵基質に麹菌、酵母、乳酸菌等の微生物を添加し、15℃〜45℃で20〜200時間程度発酵処理を行うことで、モモタマナ発酵物を得る。
【0011】
使用する微生物としては麹菌が好ましく、特にAspergillus属、Rhizopus属、Eurotium属、あるいはMonascus属の麹菌、さらに詳しくはAspergillus oryzaeAspergillus KawachiiEurotium rubrumRhizopus oligosporasRhizopus oryzae、あるいはMonascus ankaが推奨され、この他、Aspergillus sojaeAspergillus tamariiAspergillus gymnosardaeAspergillus awamoriAspergillus japonicusAspergillus foetidusAspergillus nigerEurotium chevalieriRhizopus chinensisRhizopus javanicusMonascus pilosusMonascus purpureusMonascus vitreus、あるいはMonascus ruberを使用しても差し支えない。また麹菌以外では、ストレプトコッカス・サーモフィラス(Streptococcus thermophilus)、ラクトバチルス・プランタリム(Lactobacillrs plantarum)、バチルス・サブティリス(Bacillus Subtilis)等の乳酸菌や酵母が望ましい。発酵にあたっては、1種類の微生物を使用しても、複数種類の微生物を使用しても良く、後者においては、発酵基材に複数の微生物を同時添加しても、ある微生物で一旦発酵処理を行った後、さらに別の微生物を用いて追加発酵を行っても良い。発酵を行った後、煮沸や乾燥により微生物の活動を止め、一定の発酵度を有する素材を得る。
【0012】
発酵物からのエキス抽出に際しては、水、アルコール、又はその他の有機溶媒等が用いられる。これらを混合したものを用いても差し支えない。好ましい抽出溶媒は水、あるいは水とアルコール等との混合溶媒である。抽出は、室温抽出、加熱抽出さらには加圧抽出等にて行われる。一般的には室温〜125℃で行われる。発酵物からの抽出処理後、遠心分離等により固形分と液体を分離し、さらに必要に応じて濾過等の処理を行った後、減圧濃縮等で濃縮する。さらに、真空乾燥、凍結乾燥等により粉末化することもできる。粉末化に際して、適当な賦形剤を加えても差し支えない。
【0013】
モモタマナの発酵物又は発酵エキスは、他の医薬品原料あるいは食品原料と混合して医薬品や飲食品とすることができる。この際に使用する医薬品原料あるいは食品原料は、固形物(粉状、薄片状、塊状など)、半固形物(ゼリー状、水飴状など)、もしくは液状物等のいずれであっても良い。また、使用した微生物等、製法の異なる複数のモモタマナ発酵物又は発酵エキスを混合して使用しても良い。医薬品や飲食品の性状としては固体状又は液体状を呈し、飲料や、固形の明らかな食品の形状、あるいは錠剤、カプセル剤、顆粒剤、シロップ剤等の形状をとる。発酵物あるいは発酵エキスを医薬品として人体に投与するときは、1回あたり0.1〜500mg(乾燥重量)/kg体重の量、好ましくは0.2〜200mg(乾燥重量)/kg体重の量を、1日に1ないし数回経口投与する。また飲食品とする場合、飲食品1gあたりの発酵物あるいは発酵エキス含有量は、0.1〜500mg(乾燥重量)であることが望ましい。
本発明のモモタマナ発酵物あるいは発酵エキスを含有する医薬品及び飲食品は、抗ピロリ菌作用を有するので、胃腸疾患の予防及び治療上有効なものである。
以下、本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例1】
【0014】
(モモタマナ発酵物及び熱水抽出エキスの調製)
細かく粉砕したモモタマナ乾燥葉100gを80℃以上で加熱処理して滅菌した後、適量の蒸留水に懸濁して冷却した。これにAspergillus oryzaeAspergillus kawachiiEurotium rubrumMonascus ankaRhizopus oryzae、あるいはRhizopus oligosporasの胞子を含む麹菌エキス液を添加し、モモタマナ乾燥葉100gに対し、溶媒としての水の総量が100〜200mLになるように調整した。30℃で40時間以上培養した後、高圧滅菌により麹菌を失活させ、乾燥工程を経てモモタマナの麹菌発酵物を得た。
100gのモモタマナAspergillus oryzaeAspergillus kawachiiEurotium rubrumMonascus ankaRhizopus oryzaeRhizopus oligosporas発酵物を3000mLの蒸留水中に懸濁し、90℃で30分間熱水抽出処理を行った。遠心分離により上清を回収した後、吸引濃縮を経て凍結乾燥を行い、モモタマナ麹菌発酵物の熱水抽出エキスを得た。得られた麹菌発酵物エキスの量は、Aspergillus oryzae発酵エキス:24g、Aspergillus kawachii発酵エキス:35g、Eurotium rubrum発酵エキス:25g、Monascus anka発酵エキス:27g、Rhizopus oryzae発酵エキス:22g、Rhizopus oligosporas発酵エキス:26gであった。
【実施例2】
【0015】
(錠剤)
モモタマナMonascus anka発酵物 2.0g
乳糖 15.0g
ステアリン酸マグネシウム 3.0g
合 計 20.0g
上記の各重量部を均一に混合し、常法に従って錠剤とした。
【実施例3】
【0016】
(カプセル剤)
モモタマナRhizopus oryzae発酵物 2.0g
乳糖 15.0g
ステアリン酸マグネシウム 3.0g
合 計 20.0g
上記の各重量部を均一に混合し、常法に従ってカプセル剤とした。
【実施例4】
【0017】
(散剤、顆粒剤)
モモタマナRhizopus oligosporas発酵物 4.0g
澱粉 6.0g
乳糖 10.0g
合 計 20.0g
上記の各重量部を均一に混合し、常法に従って散剤、顆粒剤とした。
【実施例5】
【0018】
(飴)
ショ糖 15.0g
水飴(75%固形分) 70.0g
水 9.5g
着色料 0.45g
香 料 0.05g
モモタマナMonascus anka発酵物熱水抽出エキス 5.0g
合 計 100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従って飴とした。
【実施例6】
【0019】
(清涼飲料水)
果 糖 4.5g
クエン酸 0.2g
香 料 0.1g
色 素 0.2g
アスコルビン酸ナトリウム 0.05g
モモタマナRhizopus oryzae発酵物熱水抽出エキス 0.5g
水 94.45g
合 計 100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従って清涼飲料水とした。
【実施例7】
【0020】
(ジュース)
濃縮ミカン果汁 15.0g
果 糖 4.5g
クエン酸 0.2g
香 料 0.1g
色 素 0.2g
アスコルビン酸ナトリウム 0.05g
モモタマナRhizopus oligosporas発酵物熱水抽出エキス 0.5g
水 79.45g
合 計 100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従ってジュースとした。
【実施例8】
【0021】
(麦茶)
麦茶 1.0g
水 599g
合 計 600g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従って麦茶成分を抽出した後、
アスコルビン酸ナトリウム 0.36g
モモタマナMonascus anka発酵物熱水抽出エキス 3g
を配合して麦茶とした。
【実施例9】
【0022】
(実験1:モモタマナ発酵物の急性毒性試験)
実施例1記載の方法により、モモタマナ乾燥葉から熱水抽出エキスを調製し、比較対照として使用した。被験素材には実施例1で調製したAspergillus oryzae発酵エキス、Aspergillus kawachii発酵エキス、Eurotium rubrum発酵エキス、Monascus anka発酵エキス、Rhizopus oryzae発酵エキス、およびRhizopus oligosporas発酵エキスを使用した。
日本エスエルシー社から購入した雄性ddY系マウスを、一群3匹ずつ8試験群に分けた。マウスを24時間絶食させた後、対照として一群には精製水のみを、その他の群には体重1kgあたり10gの各エキスを経口投与した。経口投与の1時間後から飼料を自由摂取させ、14日間にわたってマウスの状態を観察した。
各試験群の生存率は表1の通りであり、無発酵のモモタマナエキスを与えた群では全てのマウスが3日以内に死亡した。一方、モモタマナ麹菌発酵エキスを与えたマウスでは、14日間にわたって死亡例は一切認められず、麹菌発酵エキスは無発酵のエキスと比較して極めて高い安全性を有していることが確認された。
【0023】
【表1】

【実施例10】
【0024】
(実験2:モモタマナ麹菌発酵物熱水抽出エキスの抗ピロリ菌作用)
セアック吉冨社より購入した6〜7週齢の雄性スナネズミを一群7匹から成る8試験群に分け、対照として一群にはエキスを添加していないCMF飼料(オリエンタル酵母工業社)を自由摂取させた。その他の群には、無発酵モモタマナのエキス、もしくは実施例1で調製した発酵エキスを0.05重量%添加した試験飼料を自由摂取させた。試験飼料の自由摂取開始から1週間後、24時間スナネズミを絶食させ、6.8×10CFUのピロリ菌を2回に分けて経口投与して感染させた。さらに4週間にわたって試験飼料を自由摂取させた後、動物をと殺して胃を摘出し、常法に従って胃内に定着あるいは残存したピロリ菌数を計測した。
【0025】
表1に示した通り、エキスを与えなかった対照群と比較して無発酵のモモタマナエキス群では胃内ピロリ菌数が84%低下したのに対し、Aspergillus kawachii発酵エキス群、Monascus anka発酵エキス群、Rhizopus oryzae発酵エキス群、およびRhizopus oligosporas発酵エキス群では94%以上低下した。胃内の残存ピロリ菌数から算出されたモモタマナの抗ピロリ菌活性は、Aspergillus kawachiiMonascus ankaRhizopus oryzae、およびRhizopus oligosporasでの発酵により、それぞれ3.5倍、2.8倍、3.7倍、2.6倍向上した。またAspergillus oryzaeもしくはEurotium rubrumでの発酵によりモモタマナエキスの抗ピロリ菌活性がわずかに低下したものの、実験1の結果から、これらの発酵エキスは無発酵のモモタマナエキスと比較して極めて安全性の高い抗ピロリ菌素材であると判断された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モモタマナを麹菌により発酵処理して得た発酵物、もしくは発酵物から水又は有機溶媒単独、又はそれらの混合物で抽出処理して得たエキスを有効成分とし、ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌あるいは感染予防効果を有する抗ヘリコバクター・ピロリ活性を有する植物発酵物。
【請求項2】
発酵に麹菌が使用されていることを特徴とする請求項1の植物発酵物。
【請求項3】
発酵に、Aspergillus属、Eurotium属、Rhizopus属、あるいはMonascus属に属する麹菌の少なくとも1種類を使用したことを特徴とする請求項2記載の植物発酵物。
【請求項4】
発酵に、Aspergillus oryzaeAspergillus KawachiiEurotium rubrumRhizopus oligosporasRhizopus oryzae、あるいはMonascus ankaの少なくとも1種類を使用したことを特徴とする請求項3記載の植物発酵物。
【請求項5】
請求項1−4のいずれか1項記載の植物発酵物を含有する抗ヘリコバクター・ピロリ活性剤。
【請求項6】
請求項1−4のいずれか1項記載の植物発酵物を含有する飲食品。

【公開番号】特開2006−290794(P2006−290794A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−113618(P2005−113618)
【出願日】平成17年4月11日(2005.4.11)
【出願人】(000000055)アサヒビール株式会社 (535)
【出願人】(397031784)株式会社琉球バイオリソース開発 (21)
【Fターム(参考)】