説明

抗新型インフルエンザウイルス剤

【課題】新型インフルエンザウイルスに対し感染抑制作用を有する抗新型インフルエンザウイルス剤の提供。
【解決手段】カリンを50%エタノール水を用いて、抽出し、その抽出液をカラム分画して精製することにより得た抽出物を有効成分とすることを特徴とする抗新型インフルエンザウイルス剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新型インフルエンザウイルスの感染抑制作用を有する植物由来の抽出物を有効成分とする抗新型インフルエンザウイルス剤、新型インフルエンザウイルス赤血球凝集抑制剤、新型インフルエンザウイルスの細胞への吸着抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
毎年のようにインフルエンザの流行を引き起こすインフルエンザウイルスは直径1万分の1ミリメートル程度のエンベロープ膜を有するRNAウイルスである。その抗原性の違いからA、B、Cの3つの型に分類されるが、流行的な広がりをみせるのはA型、B型である。これらのウイルスの粒子表面には、赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)という2種類の糖蛋白がスパイク状に突き出しており、内部には8本に分節した遺伝子RNAが存在する。ウイルスの表面にあるHAとNAは同一の亜型内で変異を頻繁に起こし、毎年のように新しい抗原変異株が出現する。
【0003】
咳による飛沫によって放出されたインフルエンザウイルスはヒトの鼻や口から侵入し、ウイルス表層のスパイク状糖蛋白質HAにより上気道の粘膜上皮細胞に吸着し、細胞へ侵入後増殖を開始する。近年の研究により、ウイルスの感染メカニズムが明らかにされている。ウイルスはヒトの標的細胞の表層に存在する糖鎖よりなるレセプターに結合し、エンドゾームへ取り込まれ、ウイルス膜とエンドゾーム膜の融合により細胞内に侵入し、脱殻・移行を経て、ウイルス遺伝子の発現と複製がおこり、最後に宿主細胞膜からの出芽により子孫ウイルス粒子を形成し増殖する。
【0004】
インフルエンザウイルスの感染により数日で突然の発熱、頭痛、関節の痛み、全身倦怠感等の症状が現れ、それと前後して咳や喉の痛み、鼻水、鼻づまりなどの呼吸器症状が出現する。いわゆる風邪とは異なり、感染力が強く短期間で爆発的な流行を引き起こすのが特徴である。またインフルエンザウイルスのHA蛋白質の構造は年ごとに変異を繰り返し、過去の感染によりできた抗体があまり役に立たないことも感染を広げてしまう要因になっている。
【0005】
インフルエンザウイルスの感染を抑制するためには、上皮細胞への吸着の阻害、細胞への侵入の阻害、遺伝子の転写・複製の抑制、蛋白質の合成阻害、細胞からの放出の抑制などが考えられ、それぞれが抗ウイルス薬のターゲットになっている。現在までに、アマンタジン、リマンタジン、ザナミビル等の抗ウイルス薬が開発されているが、過敏症、精神神経症状、消化器系症状、自律神経系症状等の副作用が報告されており、その応用に関しては注意が必要である。
【0006】
またインフルエンザウイルスは気道粘膜上皮で感染、増殖することや、その年の流行型が正確には予想できないことから、ワクチンの接種によって感染を抑えることも困難であると考えられている。頻繁なうがいと、喉の乾燥を避けること、栄養と休息を十分にとることなどが、現在最も有効な予防策と考えられている。感染抑制効果が高く、さらに安全性に問題がなく、日常的に利用できる抗インフルエンザウイルス剤の開発が望まれている。
【0007】
近年、天然物由来の抗インフルエンザ素材としてお茶や紅茶のポリフェノール成分が報告されており(非特許文献1及び2)、人を用いた試験により紅茶のうがいが実際のウイルス感染を抑えることが明らかになっている(非特許文献3)。またオウゴン由来のフラボノイド成分が、ウイルスのシアリダーゼ阻害活性によりインフルエンザ感染抑制効果を示すことが報告されている(非特許文献4)。さらに漢方製剤である桂枝二越婢一湯(特許文献1)、黒房すぐり抽出物(特許文献2)、馬鈴薯アントシアニン色素(特許文献3)、グァバ葉抽出物(特許文献4)、羅布麻抽出物(特許文献5)、オリーブ葉抽出物(特許文献7)等の抗ウイルス効果が報告されている。
【0008】
また、バラ科植物においては、その花蕾または花弁の抽出物を有効成分とする抗インフルエンザ剤が開示されており(特許文献6)、カリンの抽出物(特許文献8)、カリンのカラム分画物(特許文献9、非特許文献5)の抗インフルエンザウイルス効果、プラーク試験法によるカリン分画物の新型インフルエンザウイルスに対する感染抑制効果(非特許文献6)、さらにカリン抽出物がインフルエンザウイルスによる赤血球の凝集を抑制すること(非特許文献7)が報告されている。
【0009】
カリン(Chaenomeles sinensis)は、中国が原産の落葉性高木であり、果実部はカリン酒や砂糖漬け、シロップ等にして食されている。その果実はメイサと呼ばれ、去痰、鎮咳、鎮痛等を薬効とした漢方として処方されている。カリン果実中の薬効成分の同定を行い、咽頭炎の原因菌である溶血性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)に対する抗菌性成分としてオレアノール酸などのトリテルペン類を、抗炎症成分として高分子ポリフェノール類を報告している。本発明者らは、カリン果実中の高分子ポリフェノール類の季節性インフルエンザウイルスに対する赤血球凝集抑制効果と感染抑制効果を報告している(特許文献9)。
【0010】
しかしながら、本願発明特許に示したカリンのカラム分画物が新型インフルエンザウイルスによる赤血球の凝集を抑制する効果、および新型インフルエンザウイルスの細胞への吸着抑制効果に関する報告はみられず、本願発明により初めて明らかにされたものである。インフルエンザは、毎年のように流行を繰り返しており、時折パンデミックと呼ばれる世界的大流行を引き起こす。2009年3月、メキシコを発端として発生したH1N1新型ウイルスによるインフルエンザもその一つである。今回、新型インフルエンザウイルスA/Chiba/1001/2009(H1N1)pdmに対してカリン抽出物に赤血球凝集抑制効果および感染抑制効果が認められた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平6−199680号公報
【特許文献2】特開2000−212092公報
【特許文献3】特開2001−316399公報
【特許文献4】特開2000−273048公報
【特許文献5】特開平11−71296号公報
【特許文献6】特開2002−145790公報
【特許文献7】特表2002−020305公報
【特許文献8】特開2005−343836号公報
【特許文献9】PCT/JP2010/005762明細書
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】感染症学雑誌,68(7)824−829(1994)
【非特許文献2】感染症学雑誌,70(11)1190−1192(1996)
【非特許文献3】感染症学雑誌,71(6)487−494(1997)
【非特許文献4】Chem.Pharm.Bull.38(5)1329−1332(1990)
【非特許文献5】Journal of Ethnopharmacology, 118,108−112(2008)
【非特許文献6】フードニュース、43(1)155−157(2009)
【非特許文献7】J Agric. Food Chem.53, 928−934 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、日常的に安心して使用できる安全性の高い植物抽出物を用いて、新型インフルエンザウイルス感染抑制剤、新型インフルエンザウイルスによる赤血球の凝集抑制剤、新型インフルエンザウイルスの細胞への吸着抑制剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために、本発明者らは副作用がなく安全性の高いカリンに着目し、新型インフルエンザウイルスを添加したMDCK細胞におけるカリンの抽出物、すなわちカリン果実中のポリフェノールを豊富に含む画分(CSD3)が、新型インフルエンザウイルス A/Chiba/1001/2009(H1N1)pdmに対して感染性中和活性およびカリン分画部物(CSD3)の新型インフルエンザウイルスに対する赤血球凝集抑制効果を見出し、本発明品を完成させた。
【0015】
すなわち、本発明は、カリン(Chaenomeles sinensis, Pseudocydonia sinensis)の抽出物を有効成分とすることを特徴とする新型インフルエンザウイルス感染抑制剤、新型インフルエンザウイルス感染細胞における赤血球凝集抑制剤、新型インフルエンザウイルスの細胞への吸着抑制剤である。さらに、本発明は、カリン抽出物を含有する抗新型インフルエンザウイルス作用を有する飲食品である。
【発明の効果】
【0016】
本発明は安全性の高いカリンの抽出物を有効成分とし、新型インフルエンザウイルスに対して強いインフルエンザウイルス感染抑制剤、インフルエンザウイルス感染細胞における赤血球凝集抑制剤、新型インフルエンザウイルスの細胞への吸着抑制剤を提供するものである。また、本発明の有効成分であるカリンの抽出物は安全性が高いことから、マスク、エアコンフィルター、衣類、ウェットティッシュ、スプレー液等に吸着、含浸、添加することにより、新型インフルエンザウイルス感染抑制用品として日常生活において広く利用することができる。さらに、チューインガム、キャンディ、錠菓、飲料等の飲食物に添加し、抗新型インフルエンザウイルス作用を有する飲食物として日常的に利用、摂取することも可能である。本発明品は新型インフルエンザウイルスの感染予防や、新型インフルエンザウイルスに起因する疾病の治療に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】カリン抽出物CSD3の赤血球凝集抑制効果を示すグラフである。
【図2】カリン抽出物CSD3のA/Chiba/1001/2009(H1N1)pdm感染性中和活性(プラーク法)を示すグラフである。
【図3】カリン抽出物CSD3のA/Chiba/1001/2009(H1N1)pdm感染性中和活性(TCID50法)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明品の原料となるカリンにおいてはその実を使用することが望ましい。
【0019】
上記植物の粉砕物から本発明の抽出物を得る方法については特に限定しないが、水、メタノール、エタノール、n-プロパノール並びにn−ブタノール等の低級アルコール、エーテル、酢酸エチル、アセトン、グリセリン、プロピレングリコール等の有機溶剤の1種または2種以上の混合溶媒を加えて、従来行なわれている抽出方法によって抽出する。しかし、本発明の抗インフルエンザウイルス剤を経口で摂取することを考慮すると、安全性の面から水、エタノールもしくはその混合液を用いて抽出することが望ましい。
【0020】
抽出条件としては特に制限はないが、50〜90℃で1〜5時間程度が望ましい。抽出液を濾過し、抽出溶剤を留去したあと、減圧下において濃縮または凍結乾燥したものを使用することができる。また、これらの抽出物を有機溶剤分画、カラムクロマトグラフィー等により分画精製したものも使用することができる。
【0021】
本発明品の利用形態については特に制限はなく、有効成分として例示した植物抽出物に溶剤、分散剤、製剤用担体、乳化剤、希釈剤、安定剤等を添加することにより、散剤、錠剤、トローチ剤、吸入剤、うがい薬、含漱剤、座剤、注射剤等任意の製剤として調製することが可能であり、投与経路として経口投与、気道投与、静脈内投与、直腸投与、皮下投与、皮内投与等を例示することができる。この場合成人への投与量は各抽出物で10〜2000mg/日が好ましいが、この値に制限されるものではない。各種製剤への抽出物の添加量としては、その製剤の形態によって異なるが、0.001重量%以上、好ましくは約0.01重量%以上の割合になるように添加するのが好適である。
【0022】
また、本発明を、マスク、エアコンフィルター、衣類、ウェットティッシュ、スプレー液等に吸着、含浸、添加することにより、インフルエンザ予防に寄与しうる感染抑制用品を提供することができる。これらの用途における植物抽出物の吸着、添加量は、その感染抑制用品の形態に応じて異なり、一概に規定することは出来ないが、0.001〜5重量%の割合になるように添加するのが好適である。
【0023】
また本発明は安全性が高いことから、例えばチューインガム、キャンディ、錠菓、グミゼリー、チョコレート、ビスケット等の菓子、アイスクリーム、シャーベット等の冷菓、飲料、スープ、ジャム等の飲食物に配合し、日常的に利用することが可能である。添加量としては、その利用形態および抽出物の呈味性によって異なるが、飲食品に対して0.001〜5重量%、好ましくは約0.01〜1重量%の割合になるように添加するのが好適である。
【実施例】
【0024】
以下実施例、試験例を挙げて本発明を具体的に説明するが本発明はこれらに限定されるものではない。
【0025】
(実施例1)
細胞株およびウイルスの調製
細胞はMardin-Darby canine kidney (MDCK) 細胞を用いて、10%ウシ胎仔血清を含むEagle’s minimum essential medium (EMEM)で培養した。インフルエンザウイルスは、A/Udorn/307/72(H3N2)及びA/Chiba/1001/2009(H1N1)pdmを用いた。A/Udorn/307/72は、発育鶏卵(11日卵)漿尿膜腔内に接種し増殖させ、Temperature-Sensitive Mutants of Influenza A/Udorn/72(H3N2) Virus. Virology 117, 45-61 (1982)に記載の方法で精製した。A/Chiba/1001/2009(H1N1)pdm株はMDCK細胞に接種し、炭酸ガス培養機(37℃、5%CO2)内で2日間増殖させた。5,000 rpmで5分間遠心し、その上清液をウイルス液とした。
【0026】
(実施例2)
カリン中の活性成分の精製
カリン(C.sinensis Koehne)の乾燥果実は、中国の湖北省の市場から入手した。乾燥果実100 gを50%エタノール(700 ml)で1時間還流抽出し、ろ過後、抽出液を減圧濃縮および凍結乾燥させることによりカリンの50%エタノール抽出物(CSE50)を得た(23 g)。CSE50を水により懇濁させ、Diaion HP-20(三菱化学)カラムクロマトグラフィー(カラム:8×15 cm)により5段階の含水エタノール(0%、20%、40%、60%、100% エタノール)により溶出させ、CSD1(水溶出画分:14.5 g)、CSD2(20%エタノール溶出画分:3.2 g)、CSD3(40% エタノール溶出画分:3.7 g)、CSD4(60%エタノール溶出画分:161 mg)、CSD5(100%エタノール溶出画分:161 mg)の5つの画分を得た。各画分中の縮合型ポリフェノールは(-)-epicatechinをスタンダードとして用いバニリン-塩酸法により定量した。
【0027】
(実施例3)
各カリン分画物のポリフェノール含有量および感染中和価の測定
各画分の感染中和価は、A/Udorn/307/72(H3N2)を用いて、プラーク法により測定した。0.1mlのウイルス液(1,000 PFU/ml)に等量の分画物10倍段階希釈液を加え、室温で30分間反応させ、100 μlをMDCK細胞(6穴プレート)に接種し、室温で60分間吸着させた。吸着後、 0.6%アガロース、1.5%ゼラチン、2.5 μg/mlトリプシンを含むLeibovitz’s L-15培地(Life Technologies Japan Ltd.)を1.6 ml添加し、固化した。34℃で3日間培養した後、出現したプラーク数を計測し、50%感染中和濃度(IC50)を求めた。ウイルス及び分画物の希釈にはTGS(25 mM トリス、140 mM 塩化ナトリウム、5mM 塩化カリウム、0.7 mM リン酸ナトリウム12水和物、5.6 mM グルコース、pH7.4)を用いた。
実施例2のように、カリンの50%エタノール抽出物を、DiaionHP-20を用いて5段階の含水エタノールで溶出させCSD1〜5に分画した各フラクションのA/Udorn/307/72(H3N2)に対する50%感染中和IC50およびポリフェノール含量を表1に示した。CSD3画分が最も高い感染抑制効果(IC50=0.8 μg/ml)を有していた。また、CSD3はポリフェノール含量が53.8%と最も高かった。
そこで、以後の実験ではCSD3を用いて新型インフルエンザウイルスA/Chiba/1001/2009(H1N1)pdmに対する抗ウイルス効果を評価することとした。
【表1】

a;A/Udorn/307/72に対する50%感染中和濃度
b;エピカテキン換算、n=3、平均値±標準偏差
【0028】
(実施例4)
CSD3処理の新型インフルエンザウイルスA/Chiba/1001/2009(H1N1)pdmに対する赤血球凝集減少試験
赤血球凝集価(HA価格)の測定は、96穴プレートを用いて行った。リン酸緩衝生理食塩水で各濃度のCSD3処理ウイルスの2倍段階希釈液系列(50 μl)を作り、0.5%(v/v)鶏赤血球50 μlを添加し、4℃で1時間静置後、赤血球凝集の有無を判定し、凝集を示す最高希釈の逆数を各ウイルス液のHA価とした。カリンCSD3画分の新型インフルエンザウイルスA/Chiba/1001/2009(H1N1)pdmに対する赤血球凝集抑制効果をHA価減少試験により評価した。0.1 mlのウイルス液(HA価:32)に等量のCSD3液(0:コントロール,0.1、2、10、50、500 μg/ml)を加え、室温で60分間反応させた後、HA価を測定した。
上記の方法に従い、CSD3処理によるA/Chiba/1001/2009(H1N1)pdmの赤血球凝集抑制効果を、赤血球凝集価減少試験により評価した。赤血球凝集試験はウイルス表面のヘマグルチニンが赤血球のレセプターと結合する反応に基づくものであり、ウイルスのレセプター結合能を評価する試験である。50 μg/ml以上のCSD3では、CSD3自身の赤血球凝集作用が観察されたため、A/Chiba/1001/2009(H1N1)pdmに対する赤血球凝集価減少試験は、25 μg/ml以下のCSD3を用いて行った。1 μg/ml以下ではウイルスのHA価は、非処理ウイルスと同様16であり、赤血球凝集価の減少は観察されなかった。5 μg/mlの処理では8であり1/2に減少した。25 μg/mlでは検出限界(2)未満に減少した(図1)。 以上の結果から、カリン分画物の新型インフルエンザによる赤血球凝集抑制効果、細胞への新型インフルエンザウイルス吸着抑制効果が認められた。
【0029】
(実施例5)
新型インフルエンザウイルスA/Chiba/1001/2009(H1N1)pdmに対するCSD3の感染価減少試験
カリンCSD3画分の新型インフルエンザウイルスA/Chiba/1001/2009(H1N1)pdmに対する感染性中和効果を感染価減少試験により評価した。0.1 mlのウイルス液(2×107 PFU/ml、HA価:32)に等量のCSD3液(0:コントロール、0.1、2、10、50、500 μg/ml)を加え、室温で60分間反応させ、感染価をプラーク法およびTissue Culture Infectious Dose 50% (TCID50)法により測定した。
i) プラーク法による測定
各濃度のCSD3処理ウイルスの10倍段階希釈液系列を作り、100 μlをMDCK細胞(6穴プレート)に接種し、前述の方法でプラークを計数した。感染価はPFU(plaque forming units)/mlで表した。
ii) TCID50法による測定
各濃度のCSD3処理ウイルスの10倍段階希釈液系列を2.5 μg/mlトリプシンを含むMEMで作り、200 μlをMDCK細胞(24穴プレート)に接種し、炭酸ガス培養機で37℃3日間培養した。培養後、上清液中の赤血球凝集活性の有無により感染を判定し、TCID50量を求めた。
上記の方法に従い、感染中和活性を、プラーク法による感染価減少試験により評価した。未処理ウイルスの感染価は1.0×107 PFU/mlであった。CSD3処理により、用量依存的に感染抑制効果が確認され、1 μg/mlでは約2/3、25 μg/mlでは約1/60、 250 μg/mlでは約1/10,000に感染価が減少した(図2)。しかし、極小なプラークが多く正確な計測が困難であったため、TCID50法による感染価減少試験により評価した。
TCID50法による測定の結果、1 μg/mlのCSD3処理では約1/3、5 μg/mlでは約1/10、25 μg/mlでは約1/100、250 μg/mlでは1/3,000に感染価が抑制された(図2)。また、TCID50の評価と同時に、顕微鏡下で細胞変性効果(Cytopathic effect:CPE)の観察によるTCID50の評価を行ったところ、結果は完全に一致していた。
5 μg/mlのCSD3処理では、赤血球凝集価の減少は約1/2であったが、感染価の減少は約1/10であった。感染価の減少は赤血球凝集価の減少の5倍であり、CSD3は新型インフルエンザウイルスA/Chiba/1001/2009(H1N1)pdmの吸着以降のウイルス増殖過程を主に抑制することが示唆された。
【0030】
以上の結果から、カリン中の活性画分CSD3を用いて、新型インフルエンザウイルスA/Chiba/1001/2009(H1N1)pdmに対する赤血球凝集抑制活性および感染性中和活性を評価したところ、5 μg/mlのCSD3で処理したウイルスは赤血球凝集価が約1/2に、感染性が約1/10に減少することが明らかになった。250 μg/mlの処理では感染価は1/3,000に減少した。これらの結果は、カリン中の抗インフルエンザウイルス活性成分は、H1N1新型インフルエンザウイルスに対しても有効であることを示す。更に、赤血球凝集価の減少以上に感染性が減少したことからウイルス吸着段階以降における抑制作用の存在が示唆された。
【0031】
実施例1で調製したカリン抽出物を用いて、うがい薬、吸入剤、トローチ剤、スプレー液、チューインガム、キャンディ、錠菓、飲料、粉末剤、錠剤、含漱剤、グミゼリー、チョコレート、ビスケット、アイス、シャーベット、スープ、ジャム、ウェットティッシュ、マスクを調製した。以下に実施例としてその処方を示した。
【0032】
(実施例6)
うがい薬の処方
エタノール 2.0 重量%
香料 1.0 重量%
サッカリン 0.05 重量%
塩酸クロルヘキシジン 0.01 重量%
CSD3 0.5 重量%
水 残
100.0 重量%
【0033】
(実施例7)
吸入剤の処方
エタノール 5.0 重量%
CSD3 1.0 重量%
水 残
100.0 重量%
【0034】
(実施例8)
トローチ剤の処方
ブドウ糖 72.3 重量%
乳糖 19.0 重量%
アラビアゴム 6.0 重量%
香料 1.0 重量%
モノフルオロリン酸ナトリウム 0.7 重量%
CSD3 1.0 重量%
100.0 重量%
【0035】
(実施例9)
スプレー液の処方
エタノール 25.0 重量%
クエン酸 1.5 重量%
クエン酸三ナトリウム 1.0 重量%
CSD3 0.5 重量%
水 残
100.0 重量%
【0036】
(実施例10)
チューインガムの処方
ガムベース 20.0 重量%
砂糖 54.7 重量%
グルコース 15.0 重量%
水飴 9.3 重量%
香料 0.5 重量%
CSD3 0.2 重量%
100.0 重量%
【0037】
(実施例11)
キャンディの処方
砂糖 50.0 重量%
水飴 34.0 重量%
クエン酸 1.0 重量%
香料 0.2 重量%
CSD3 0.4 重量%
水 残
100.0 重量%
【0038】
(実施例12)
錠菓の処方
砂糖 76.1 重量%
グルコース 19.0 重量%
ショ糖脂肪酸エステル 0.2 重量%
香料 0.2 重量%
CSD3 0.5 重量%
水 残
100.0 重量%
【0039】
(実施例13)
飲料の処方
オレンジ果汁 30.00 重量%
異性化糖 15.24 重量%
クエン酸 0.10 重量%
ビタミンC 0.04 重量%
香料 0.10 重量%
CSD3 0.10 重量%
水 残
100.00 重量%
【0040】
(実施例14)
粉末剤の処方
トウモロコシ澱粉 55.0 重量%
カルボキシセルロース 40.0 重量%
CSD3 5.0 重量%
100.0 重量%
【0041】
(実施例15)
錠剤の処方
ラクトース 70.0 重量%
結晶性セルロース 15.0 重量%
ステアリン酸マグネシウム 5.0 重量%
CSD3 10.0 重量%
100.0 重量%
【0042】
(実施例16)
含漱剤の処方
エタノール 2.00 重量%
香料 1.00 重量%
サッカリン 0.05 重量%
塩酸クロルヘキシジン 0.01 重量%
CSD3 0.50 重量%
水 残
100.00 重量%
【0043】
(実施例17)
グミゼリーの処方
ゼラチン 60.00 重量%
水飴 23.00 重量%
砂糖 8.50 重量%
植物油脂 4.50 重量%
マンニトール 2.95 重量%
レモン果汁 1.00 重量%
CSD3 0.05 重量%
100.00 重量%
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、マスク、エアコンフィルター、衣類、ウェットティッシュ、スプレー液等に吸着、含浸、添加することにより、新型インフルエンザウイルス感染抑制用品として日常生活において広く利用することができる。さらに、種々の飲食物に添加し、抗新型インフルエンザウイルス作用を有する飲食物として日常的に利用、摂取することも可能である。本発明品は新型インフルエンザウイルスの感染予防や、新型インフルエンザウイルスに起因する疾病の治療に有効である。すなわち、感染予防素材として、新製品開発の素材としての応用が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カリン(Chaenomeles sinensis,Pseudocydonia sinensis)の抽出物を有効成分とすることを特徴とする抗新型インフルエンザウイルス剤。
【請求項2】
カリンを50%エタノール水を用いて、抽出し、その抽出液をカラム分画して精製することにより得た抽出物を有効成分とすることを特徴とする抗新型インフルエンザウイルス剤。
【請求項3】
カリンを50%エタノール水を用いて、抽出し、その抽出液をカラム分画して精製することにより得た抽出物を有効成分とすることを特徴とする新型インフルエンザウイルスによる赤血球の凝集抑制剤。
【請求項4】
カリンを50%エタノール水を用いて、抽出し、その抽出液をカラム分画して精製することにより得た抽出物を有効成分とすることを特徴とする新型インフルエンザウイルスの細胞への吸着抑制剤。
【請求項5】
カリン抽出物を含有する抗新型インフルエンザウイルス作用を有する飲食品。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2012−229178(P2012−229178A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−98230(P2011−98230)
【出願日】平成23年4月26日(2011.4.26)
【出願人】(307013857)株式会社ロッテ (101)
【Fターム(参考)】