説明

抗癌性物質のスクリーニング方法

【課題】簡便かつ迅速な抗癌剤スクリーニング方法を提供することを目的とする。
【解決手段】被験物質の存在下においてCdt1タンパク質とGemininタンパク質とを接触させ、Cdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合を測定し、該結合を低減する被験物質を抗癌剤候補として選択することを特徴とする抗癌剤候補のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、簡便かつ迅速な抗癌性物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Cdt1は染色体DNAの複製に必須のタンパク質であり、ORC、CDC6と協調して複製ヘリカーゼであるMCM複合体を染色体に結合させる役割を担っている。このMCMはDNA複製反応に必須であり、MCMのローディングはDNA合成期(S期)に先立つG1期に行われる。染色体DNAを正確に一度だけ倍加させるためには(すなわちMCMのS期以降の再ローディング、そして再複製を抑制するためには)、Cdt1の活性はS期以降に十分に抑制されなければならない。当初、その抑制はCdt1に対するGemininと称するタンパク質の結合によると考えられていた(非特許文献1及び2)。よって当初は、Gemininは細胞増殖に対して抑制的であり、癌抑制遺伝子の可能性もあると考えられていた。実際に、Gemininを過剰に発現させると細胞増殖は抑制される(非特許文献3)。
【0003】
一方、本発明者はそれまでの研究から、Cdkが再複製抑制においても中心的な役割を演じていると考えてきた。すなわち、Cdkは複製をオンにすると同時に、再複製を抑制するためにORC、CDC6をリン酸化し機能抑制することがわかっていた。そこで、Cdt1もGeminin結合とは独立してCdkにより制御されているのではないかと考えて検討を行った。そして、Cdt1もCdkによりリン酸化され、その結果DNA結合能が低下するとともに、SCF−Skp2によるユビキチン化を介したタンパク質分解に導かれることを明らかにした(非特許文献4)。さらには、複製と共役する形でCul4−DDB1−PCNAによるユビキチン化を介したタンパク質分解を受けていることも明らかにした(非特許文献5)。
【0004】
すなわち、S期以降Cdt1は複数の機構で厳密に抑制制御されており、これはCdt1制御が複製の細胞周期制御において中心的であることを示すものと思われる。そこで、Cdt1脱制御の影響を調べるため、Cdt1を正常ヒト細胞に過剰発現させたところ、軽度ながら有意な染色体障害が引き起こされ、染色体不安定性が誘導されることがわかった(非特許文献6)。ORC1やCDC6の過剰発現ではそのような現象は観察されず、Cdt1の重要性を示している。そして、Cdt1が細胞の癌化を促進し得るという報告(非特許文献7)と併せて考えると、Cdt1の脱制御は、染色体不安定性から癌化に至る新たな分子機構であると言えるであろう。
【0005】
一方、癌は三大死因の1つであり、数多くの治療薬及び治療方法が研究されている。しかしながら、現在の治療薬又は治療方法は、特定の患者には有効であっても、一部の患者には有効ではない場合があり、また致命的な副作用を与えるものもある。例えば、現在までの治療薬の主流は、DNAや細胞に対する毒性を非特異的に示す物質を抗癌剤として用いるもので、副作用も大きい。近年、癌細胞と正常細胞の差異を分子レベルで明らかにし、それを標的に抗癌剤を開発する、いわゆる分子標的剤が幾つか開発されており、有効な抗癌剤となっている。このように、様々な種類の治療薬及び治療方法を探索し、できる限り多くの患者に対して有効な手段を開発することが求められている。
【0006】
【非特許文献1】Wohlschlegel, J. A. et al. Science290, 2309-2312, 2000
【非特許文献2】Tada, S. et al. Nat. Cell Biol. 3, 107-113, 2001
【非特許文献3】Shreeram, S. et al. Oncogene21, 6624-6632, 2002
【非特許文献4】Sugimoto, N. et al. J. Biol. Chem. 279, 19691-19697, 2004
【非特許文献5】Nishitani, H. et al. EMBO J.25, 1126-1136, 2006
【非特許文献6】Tatsumi, Y. et al. J. Cell Sci., 119, 3128-3140, 2006
【非特許文献7】Arentson, E. et al. Oncogene21, 1150-1158, 2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、簡便かつ迅速な抗癌剤スクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、DNA複製機構に着目し、DNAの複製に必要なCdt1タンパク質と、その機能調節を担うタンパク質の1つであるGemininタンパク質との結合を阻害することによって、癌細胞に傷害を与えることができるとの考えに基づき、Cdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合を阻害する物質を抗癌剤候補としてスクリーニング可能であるとの知見を得、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、被験物質の存在下においてCdt1タンパク質とGemininタンパク質とを接触させ、Cdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合を測定し、該結合を低減する被験物質を抗癌剤候補として選択することを特徴とする抗癌剤候補のスクリーニング方法である。
【0010】
上記スクリーニング方法において、例えばCdt1タンパク質又はGemininタンパク質のいずれか一方は固相化されていることが好ましい。
【0011】
また上記スクリーニング方法は、選択した抗癌剤候補を癌細胞に投与し、癌細胞の増殖の変化を観察することをさらに含んでもよい。
【0012】
本発明はまた、Cdt1タンパク質及びGemininタンパク質を含むことを特徴とする抗癌剤候補のスクリーニング用キットである。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、抗癌剤のスクリーニング方法が提供される。かかるスクリーニング方法は、簡便かつ迅速に抗癌剤候補をスクリーニングすることができるため、数多くの被験物質をハイスループットでスクリーニングするための一次スクリーニングとして有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、被験物質の存在下におけるCdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合を測定し、その結合を阻害する被験物質を抗癌剤候補として選択することを含むスクリーニング方法に関する。本発明は、癌細胞と正常細胞の染色体DNA複製制御の機構の差に着目し、新たな分子標的抗癌剤を開発しようとするものである。
【0015】
上述したように、Cdt1の機能過剰は正常細胞にとって有害な事象ではあるが、急激な細胞障害を引き起こすことは無かった。ところが同時期に、Gemininのタンパク質量をsiRNAを用いて減少させると、細胞死に至るほどの著しい染色体障害/再複製が引き起こされることが報告された(Melixetian, M. et al. J. Cell Biol. 165, 473-482,2004; Zhu, W. et al. Mol. Cell Biol. 24, 7140-7150, 2004)。これは、Cdt1が複数の機構で機能抑制されていること、そしてCdkも複数の抑制経路を持っていることを考えると、一見不思議に思われた。実際に、上記したように正常細胞にCdt1を過剰発現させてもそこまでの細胞障害は認められない。そこで、これらsiRNAの実験はほとんどすべてが癌細胞株を用いて行われているということと、多くの癌細胞株でORC1、CDC6、Cdt1、MCMタンパク質が過剰発現していることを発見していること(Tatsumi, Y. et al. J. Cell Sci., 119, 3128-3140, 2006)から、癌細胞株ではGeminin減少の影響が極めて強く出てしまうのだろうと考えた。このような背景から、本発明者は、Cdt1とgemininの結合を阻害する化合物が癌細胞に選択的に傷害を与える抗癌剤となる可能性があると考えた。例えば上述のように、癌細胞においてGemininタンパク質の発現をsiRNAを利用して減少させた場合には染色体障害/再複製が引き起こされて細胞が死滅するが(Melixetian, M. et al.前掲、Zhu, W. et al.前掲)、これは、Gemininの減少によりCdt1の機能が過剰になったためと考えられる。よってGemininとCdt1の結合を阻害しCdt1の機能が過剰になるようにすれば、癌細胞は死滅することが期待出来る。一方、正常細胞では他の制御機構が正常に機能しているため、同様にGemininとCdt1の結合を阻害しCdt1の機能が過剰になったとしても、その影響は少ないことが期待される。実際に、正常細胞にCdt1を過剰発現させても比較的軽度の障害しか起こらないのに対し、癌細胞株に過剰発現させた場合は、より著しい染色体障害や細胞毒性が現れることが認められている(未発表データおよびVaziri, C. et al. Mol. Cell 11, 997-1008, 2003)。
【0016】
従って、本発明においては、被験物質の存在下におけるCdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合を測定し、その結合を阻害する被験物質を抗癌剤候補として選択する。具体的には、本発明のスクリーニング方法は、被験物質の存在下においてCdt1タンパク質とGemininタンパク質とを接触させるステップ、Cdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合を測定するステップ、及び該被験物質の非存在下において測定した場合又は他の物質の存在下において測定した場合と比較して、Cdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合を低減する被験物質を抗癌剤候補として選択するステップを含む。
【0017】
Cdt1タンパク質は、当技術分野で公知の任意の方法により入手することができる。例えば、公のデータベースに登録されている塩基配列(GenBankアクセッション番号NM_030928(cDNA)及びNP_112190.1(タンパク質);配列番号1及び2)に基づいて、当技術分野で公知の方法(例えば遺伝子組換え法)を用いて作製することができる。また、Cdt1タンパク質は、Gemininタンパク質との結合能を維持する限り、そのタンパク質断片であってもよい。そのようなタンパク質断片は、上記の塩基配列に基づいて任意のペプチドを作製し、そのペプチドのGemininタンパク質との結合能を確認することにより容易に作製することができる。
【0018】
また、Gemininタンパク質も同様に、当技術分野で公知の任意の方法により入手することができ、例えば公のデータベースに登録されている塩基配列(GenBankアクセッション番号NM_015895(cDNA)及びNP_056979.1(タンパク質);配列番号3及び4)に基づいて作製することができる。また同様に、Gemininタンパク質は、Cdt1タンパク質との結合能を有する限り、そのタンパク質断片であってもよい。
【0019】
Cdt1タンパク質及び/又はGemininタンパク質は、精製を容易にするため又は後述するスクリーニング試験の簡便性のため、これらのタンパク質同士が結合する限り、融合タンパク質として準備してもよい。例えば、公知のアフィニティタグ、具体的にはグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)、Hisタグ、FLAGタグなどとの融合タンパク質を作製することができる。
【0020】
また、Cdt1タンパク質及び/又はGemininタンパク質は、単離された形態であってもよいし、細胞抽出液中などの形態であってもよい。
【0021】
本発明において用いる被験物質の種類は特に限定されるものではない。例えば、被験物質は、任意の物質的因子、具体的には、天然に生じる分子、例えば、アミノ酸、ペプチド、オリゴペプチド、ポリペプチド、タンパク質、核酸、脂質、炭水化物(糖等)、ステロイド、グリコペプチド、糖タンパク質、プロテオグリカンなど;天然に生じる分子の合成アナログ又は誘導体、例えば、ペプチド擬態物、核酸分子(アプタマー、アンチセンス核酸、二本鎖RNA(RNAi)等)など;天然に生じない分子、例えば、コンビナトリアルケミストリー技術等を用いて作成した低分子有機化合物(無機及び有機化合物ライブラリー、又はコンビナトリアルライブラリー等)など;並びにそれらの混合物を挙げることができる。また被験物質は、単一物質であってもよいし、複数の物質から構成される複合体や、転写因子等であってもよい。抗癌剤として使用することを考慮した場合には、細胞に取り込まれやすい小さな化合物、例えば無機化合物又は有機化合物であることが好ましい。
【0022】
また、被験物質としては単一の被験物質を独立に試験しても、いくつかの候補となる被験物質の混合物(ライブラリーなどを含む)について試験をしてもよい。複数の被験物質を含むライブラリーとしては、合成化合物ライブラリー(コンビナトリアルライブラリーなど)、ペプチドライブラリー(コンビナトリアルライブラリーなど)などが挙げられる。
【0023】
被験物質の存在下でCdt1タンパク質とGemininタンパク質を接触させる場合、その接触の条件は、特に限定されるものではなく、液相系又は固相系のいずれをも用いることができる。当業者であれば、被験物質の種類、Cdt1タンパク質又はGemininタンパク質の形態(単離タンパク質、融合タンパク質、固相化タンパク質、タンパク質を発現する細胞など)に応じて適宜接触の条件を決定することができる。例えば、被験物質を含む溶液中にCdt1タンパク質とGemininタンパク質とを添加し、それらを接触させてもよいし、固相化したCdt1タンパク質(又はGemininタンパク質)に対して、被験物質とGemininタンパク質(又はCdt1タンパク質)とを同時に接触させてもよい。
【0024】
また、被験物質の効果は、いくつかの条件で検討することも可能である。そのような条件としては、被験物質を存在させる時間、量、回数などが挙げられる。例えば、被験物質の希釈系列を調製するなどして複数の用量を設定することができる。被験物質の存在時間も適宜設定することができるが、例えば、数分から数時間までの期間にわたって存在させることができる。
【0025】
さらに、複数の物質の相加作用、相乗作用などを検討する場合には、被験物質を組み合わせて用いてもよい。
【0026】
接触後のCdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合は、当技術分野で公知の任意の方法に従って測定することができる。例えば、免疫学的手法(免疫沈降法、ウエスタンブロット解析、サンドイッチ法などの方法)を利用することができる。
【0027】
免疫沈降法を行う場合には、液相において被験物質の存在下でCdt1タンパク質とGemininタンパク質とを接触させた後、これらの結合複合体を抗Cdt1抗体又は抗Geminin抗体を利用して免疫沈降させる。次に、沈降した複合体に対して他方のタンパク質に対する抗体を用いてウエスタンブロット解析を行い、Cdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合を評価する。
【0028】
サンドイッチ法を行う場合には、Cdt1タンパク質又はGemininタンパク質のいずれか一方を固相支持体(例えば膜、フィルター、マイクロタイタープレート、ビーズなど)に固定し、これに対してGemininタンパク質又はCdt1タンパク質と被験物質を添加し反応させた後、未結合のタンパク質・被験物質を洗浄・除去し、続いて抗Cdt1抗体又は抗Geminin抗体を反応させ、結合した又は結合しなかった抗Cdt1抗体又は抗Geminin抗体の量を測定することによって、Cdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合を評価することができる。この場合、結合量は、例えば抗Cdt1抗体又は抗Geminin抗体を直接標識し、その標識を検出することによって測定することができ、あるいは抗Cdt1抗体又は抗Geminin抗体に対して標識二次抗体を反応させ、その標識を検出することによって測定することも可能である。このような標識としては、限定されるものではないが、放射性標識、酵素標識、蛍光標識、ビオチン−アビジン系などが挙げられる。当業者であれば、反応条件に応じて適当な標識を選択し、使用することができる。標識シグナルの検出もまた、当技術分野で公知の方法に従って行うことができる。例えば、酵素標識を用いる場合には、酵素作用によって分解して発色する基質を加え、基質の分解量を光学的に測定することによって酵素活性を求め、これを結合抗体量に換算し、標準値との比較から抗体量が算出される。蛍光標識は、例えば蛍光顕微鏡、プレートリーダー等を用いて検出及び定量することができる。放射性標識を用いる場合には、放射性標識の発する放射線量をシンチレーションカウンター等により測定する。
【0029】
上述の測定法に使用する物質及び試薬は、市販品を利用してもよいし、当業者であれば適宜調製することも可能である。例えば抗Geminin抗体は、Santa Cruz Biotechnology Inc.より入手可能である。
【0030】
あるいは、当技術分野で公知の別の方法、例えばツーハイブリッド法、表面プラズモン共鳴を利用したタンパク質結合の検出(BIACORE等)などを用いて、Cdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合を測定することができる。
【0031】
被験物質の存在下におけるCdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合が、被験物質の非存在下において測定した場合又は他の物質の存在下において測定した場合と比較して、低減している場合には、その被験物質を抗癌剤候補として選択する。ここで他の物質としては、陰性対照が含まれる。
【0032】
また、上述のようにして選択した抗癌剤候補の抗癌剤としての活性をさらに評価するため、抗癌剤候補を癌細胞に投与して、その癌細胞の増殖の変化を観察してもよい。さらに、抗癌剤候補の正常細胞に対する影響を調べてもよい。
【0033】
さらに上記スクリーニング方法は、キットを用いてより簡便に実施することができる。本発明のスクリーニング用キットは、上述したCdt1タンパク質及びGemininタンパク質を含むものである。Cdt1タンパク質及び/又はGemininタンパク質の形態は、それらが結合し、その結合を評価できる限り、特に限定されるものではない。
【0034】
スクリーニング用キットの形態は、特に限定されるものではないが、Cdt1タンパク質及び/又はGemininタンパク質を含む容器、Cdt1タンパク質及び/又はGemininタンパク質が固定された固相(膜、フィルター、マイクロタイタープレート、ビーズなど)、凍結乾燥したCdt1タンパク質及び/又はGemininを含む容器などの形態をとることができる。
【0035】
また、Cdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合を測定するための他の成分を含んでもよく、そのような成分としては、例えば、抗Cdt1抗体、抗Geminin抗体、標識二次抗体などが挙げられる。
【0036】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0037】
[参考例1]
(1)GST(グルタチオンS−トランスフェラーゼ)−Cdt1融合タンパク質の作製と精製
ヒトCdt1のcDNA(配列番号1)は、報告されている配列情報(cDNA:NM_030928、タンパク質:NP_112190.1)に基づいて、ヒト細胞mRNAからクローニングした。このcDNAを、市販のGST融合タンパク質発現ベクターであるpGEX−6P−1(アマシャム社)に挿入した。pGEX−6P−1−Cdt1を大腸菌BL21に導入し、1Lの培養液中でOD6000.7〜0.8程度になるまで37℃で培養した後、IPTG(イソプロピル−β−D−ガラクトピラノシド)0.5mMを加えて、発現誘導を25℃で2〜3時間行った。
【0038】
大腸菌を遠心で集菌し、溶菌バッファー(20mM Tris・HCl、pH7.4、200mM NaClバッファー)40mlに懸濁した。フッ化フェニルメチルスルホニル(PMSF、終濃度1mM)、ジチオトレイトール(DTT、最終濃度1mM)、プロテアーゼインヒビターミックス(ナカライ社)を添加後、冷却しながら音波処理(BRANSON SONIFIER)で溶菌を行った。最終濃度0.1%になるようにTriton X−100を加え、15分間氷上に静置した。その後、10000rpm、4℃で10分間遠心し、上清を0.45μmフィルター(Whatman)に通して細胞抽出液を作製した。
【0039】
グルタチオン−セファロース4B(アマシャム社)1.5mlを、Aバッファー(20mM Tris・HCl、pH7.4、200mM NaCl、1mM DTT、0.1%TritonX−100)5mlで、4℃、30分間攪拌し平衡化を行った。平衡化したグルタチオン−セファロース4Bと細胞抽出液を混和し、4℃で2時間攪拌し結合させた。その後、10mlのAバッファーでビーズの洗浄を3回行った。
【0040】
溶出は、溶出バッファー(20mM還元グルタチオン、20mM Tris・HCl、pH7.4、200mM NaCl、1mM DTT、0.05% TX−100)1mlをビーズに添加し、室温で10分間攪拌し、2000rpm、4℃で3分間遠心して上清を回収することで行った。これを5回繰り返した。Bバッファー(20mM Tris・HCl、pH8.0、200mM NaCl、1mM DTT、0.05%TritonX−100、5%グリセロール)を用いて透析を行い、最終標品を得た。
(2)His−geminin融合タンパク質の作製と精製
ヒトgemininのcDNA(配列番号3)は、報告されている配列情報(cDNA:NM_015895、タンパク質:NP_056979.1)に基づいてヒト細胞mRNAからクローニングした。このcDNAを、市販の6×ヒスチジン融合タンパク質発現ベクターであるpIVEX2.4b Nde(Roche社)に挿入した。このベクターをRoche社の試験管内タンパク質合成システムであるRTS500と混合し、His−gemininタンパク質を発現させた。
【0041】
HIS−Select HC ニッケルアフィニティゲル(Sigma社)0.5mlをカラムにとり、Cバッファー(50mMリン酸ナトリウム、pH8.0、250mM NaCl、10mMイミダゾール)4mlで平衡化した後上記反応液を加え、1時間ほどかけてカラムを通し結合させた。その後、10mlのCバッファーで洗浄を行った。
【0042】
溶出は250mMイミダゾールを含むCバッファー3mlで行った。Dバッファー(10mM Tris・HCl、pH7.5、100mM NaCl、25%グリセロール)を用いて透析を行い、最終標品を得た。
【実施例1】
【0043】
Cdt1−Geminin結合阻害剤スクリーニング方法
本実施例においては、約50種の阻害剤候補物質を用いて、Cdt1−Gemininの結合を阻害する薬剤のスクリーニングを行った。
【0044】
まず、市販の96穴プラスチックプレート(Becton Dickinson社、Falcon 35-3912)に、50mM NaHCO−NaCO(pH9.3)緩衝液で希釈したGST−Cdt1又はコントロールのGST(20μg/mlの濃度で50μl/1穴)を入れた。続いて、常温で2時間静置することで、GST−Cdt1をプレートに固定した。その後、プラスチックプレートをひっくり返して液体を捨て、ペーパータオルで拭いた。
【0045】
1%スキムミルクをプラスチックプレートへ入れ(100μ/1穴)、常温で1時間(もしくは4℃で一晩)静置することでプレートの表面をブロッキングした。プラスチックプレートをひっくり返して液体を捨て、PBSで1回洗浄後、ペーパータオルで拭いた。
【0046】
PBSで希釈したHis−geminin(0.125μg/mlの濃度で45μl/1穴分)と、DMSOに溶解させた阻害剤候補物質又はコントロールとしてDMSOのみ(5μl/1穴分)を混合した後、5分間、常温で静置(プレインキュベーション)した。なお、阻害剤候補物質は、15μM、150μM及び1500μMの希釈系列を準備し、それぞれ反応させた。
【0047】
プレインキュベート後の溶液を、上記のように調製したプラスチックプレートへ入れ(50μl/1穴)、常温で1時間静置することで、Cdt1とGemininの複合体を形成させた。その後、プラスチックプレートをひっくり返して液体を捨て、PBSで2回洗浄後、ペーパータオルで拭いた。
【0048】
続いて、1%スキムミルクで2000倍希釈した市販の抗Geminin抗体(Santa Cruz Biotechnology Inc., FL-209:SC-13015)をプラスチックプレートへ入れ(50μl/1穴)、常温で1時間静置することで、Gemininと抗Geminin抗体を結合させた。その後、プラスチックプレートをひっくり返して液体を捨て、1%Tween−20入りPBSで1回洗浄し、PBSで2回洗浄後、ペーパータオルで拭いた。
【0049】
1%スキムミルクで1000倍希釈した市販のペルオキシダーゼ(HRP)標識−抗ウサギIgG二次抗体(Santa Cruz Biotechnology Inc., SC-2370)をプラスチックプレートへ入れ(50μl/1穴)、常温で1時間静置することで、抗Geminin抗体と二次抗体を結合させた。次にプラスチックプレートをひっくり返して液体を捨て、1%Tween−20入りPBSで2回洗浄し、PBSで3回洗浄後、ペーパータオルで拭いた。
【0050】
続いて、ELISAキット(日本エンバイロケミカルズ社,304-13161)を用いて発色を行い、515nmで比色定量した。
【0051】
結果を図1に示す。図1において、A〜Jは以下の対照又は阻害剤候補物質である:
A:陰性対照
B:cis−オレイン酸
C:ウルソール酸
D:12−OH−cis−オレイン酸
E:ネルボン酸
F:陽性対照
G:trans−オレイン酸
H:MGDG(モノガラクトシルジアシルグリセロール)
I:DGDG(ジガラクトシルジアシルグリセロール)
J:SQDG(スルホキノボシルジアシルグリセロール)
【0052】
Aの陰性対照ではGemininを添加しなかった。Fの陽性対照では阻害薬候補物質を添加せず、Gemininのみとした。なお、GSTはHis−Gemininと反応しないことは確認済みである。この阻害剤候補物質の構造を図2に示す。図2において、R、R、R、R、R及びRはそれぞれ独立して、炭素数16〜18でありかつ0〜3個の二重結合を含む脂肪酸である。
【0053】
これらの結果から、cis−オレイン酸、ウルソール酸及び糖脂質の一種であるSQDGがCdt1−Geminin結合を阻害することがわかった。
【実施例2】
【0054】
本実施例においては、実施例1においてCdt1−Geminin結合を阻害することを確認したSQDGを用いて、そのヒト願細胞増殖抑制活性を調べた。
【0055】
本実験に用いた細胞は、ヒト子宮癌由来HeLa−S3細胞(財団法人ヒューマンサイエンス振興財団(東京都中央区)から購入)である。培地としてはイーグル最小必須培地(MEM)(日水製薬(株)製)に、牛胎児血清10%(v/v)、250μg/mlファンギゾン、300μg/ml L−グルタミン酸を添加したものを用いた。培養は、5%COインキュベーターにて37℃で行った。
【0056】
上記に示した培地にSQDGを溶解した。ただしSQDGは水に難溶であるため、一度DMSO(ジメチルスルホキシド)に溶解し、それを上記の培地に溶かした。なお、培地中のDMSOの終濃度は、すべての試験区で1%以下になっており、本測定例で用いたHeLa−S3細胞の増殖の抑制にDMSOが関わる可能性は否定できる状態である。
【0057】
本試験のための培養は、96穴マイクロプレートで行った。各ウエルに2.0×10個の細胞を植え込み、1つの試験濃度に対し5ウエルずつ与えた。またポジティブコントロールとして培地に1%のDMSOを含むものを用いた。
【0058】
化合物を添加後は、5%COインキュベーター内、37℃で24時間培養し、各試験区の細胞生存率の判定を行った。生存率の判定は、文献[「Rapid Colorimetric Assay for Cellular Growth and Surviva1: Application to Proliferation and Cytotoxicity Assays」、Tim Mosmann, J. Immunol. Methods、65巻、55頁(1983)]に記載されているMTTアッセイ法を用いた。即ち、上記24時間後テトラゾリウム塩MTTを添加し、更に4時間培養した。生細胞による還元を経て生産するホルマザン量を生細胞に比例するとみなし、570nmの光学密度(O.D.)で定量した。
【0059】
細胞生存率は次の式により算出した:
細胞生存率(%)=試験区のO.D.[570nm]/対照区のO.D.[570nm]
得られた結果を表1に示す。なお表1に示すデータは5ウエルの平均値である。
【0060】
【表1】

〔SQDGが癌細胞増殖を阻害するという表1の実験結果は、Ohta K, Mizushina Y, Hirata N, Takemura M, Sugawara F, Matsukage A, Yoshida S, Sakaguchi K. Action of a new mammalian DNA polymerase inhibitor, sulfoquinovosyldiacylglycerol. Biol Pharm Bull. 1999, 22 (2) 111-116.において発表済である〕
【0061】
この結果からCdt1とGemininの結合を阻害するSQDGが、実際にヒト癌細胞株に対する細胞増殖抑制効果を発揮し、抗癌剤として利用し得ることが示された。
【実施例3】
【0062】
本実施例においては、コエンザイムQ群を用いてCdt1とGemininとの結合阻害効果を試験し、また癌細胞増殖抑制活性について試験した。
(1)Cdt1とGemininとの結合阻害試験
実施例1と同様にして、コエンザイムQ群について実験を行った。使用したコエンザイムQ群の構造は以下の通りである。
【0063】
【化1】

〔式中、
コエンザイムQにおいて、n=1であり、
コエンザイムQにおいて、n=2であり、
コエンザイムQにおいて、n=4であり、
コエンザイムQにおいて、n=6であり、
コエンザイムQ10において、n=10である〕。
【0064】
これらの5種のコエンザイムQを、1000μM、100μM、10μM及び1μMの濃度で使用した。陽性対照では阻害薬候補物質を添加せず、Gemininのみとした。また陰性対照として、GSTのみを使用したもの(陰性対照1)と、GST−Cdt1を添加しなかったもの(陰性対照2)を用いた。
この実験結果を図3及び表2に示す。
【0065】
【表2】

【0066】
この結果からCoQとCoQ10はCdt1とGemininの結合を阻害することがわかった。
【0067】
(2)ヒト癌細胞増殖抑制活性の確認
上記(1)においてCdt1−Geminin結合の抑制を示したCoQ10の癌細胞増殖抑制効果を実施例2に記載した方法(MTTアッセイ法)を用いて評価した。
【0068】
得られた結果を表3に示す。なお表3に示すデータは5ウエルの平均値である。
【0069】
【表3】

【0070】
この結果から、Cdt1とGemininの結合を阻害するCoQ10が、実際にヒト癌細胞株に対する細胞蔵相抑制効果を発揮し、抗癌剤として利用し得ることが示された。
【0071】
(3)ヒト正常細胞への影響
CoQ10のヒト正常細胞への影響を次の方法を用いて評価した。
本実験に用いた細胞は、ヒト臍帯静脈内皮細胞由来HUVEC細胞(クラボウ(株)(大阪)から購入)である。培地としてはHuMedia EG2(クラボウ(株)製)に、牛胎児血清2%(v/v)を添加したものを用いた。培養は、5%COインキュベータにて37℃で行った。
【0072】
上記に示した培地にCoQ10を溶解した。ただしCoQ10は水に難溶であるため、一度DMSO(ジメチルスルホキシド)に溶解し、そのものを上記の培地に溶かした。なお、培地中の培地内に存在するDMSOの終濃度は、すべての試験区で1%以下になっており、本測定例で用いたHUVEC細胞の増殖の抑制にDMSOが関わる可能性は否定できる状態である。
【0073】
本試験のための培養は、96穴マイクロプレートで行った。各ウエルに2.0×10個の細胞を植え込み、1つの試験濃度に対し5ウエルずつ与えた。またポジティブコントロールとして培地に1%のDMSOを含むものを用いた。
【0074】
化合物の添加後は、5%COインキュベーター内、37℃で7日間培養し、各試験区の細胞生存率の判定を行った。生存率の判定は、文献[「Comparison of trypan blue dye exclusion and fluorometric assays for mammalian cell viability determinations」、Altman SA, Randers L, Rao G., Biotechnology Progress、9巻、6号、671-674頁(1993)]に記載されているトリパンブルー染色法を用いた。即ち、上記7日間後に0.3%トリパンブルー液を添加し、細胞浮遊液を適宜希釈して、速やかに計算盤に入れた。青く染色されている細胞が死細胞であり、生細胞、死細胞をそれぞれ数え、総細胞数と生細胞の割合を求めた。
得られた結果を表4に示す。なお表4に示すデータは5ウエルの平均値である。
【0075】
【表4】

【0076】
この結果から、Cdt1とGemininの結合を阻害するCoQ10が、ヒト正常細胞株に対する細胞増殖抑制を示さないことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明により、抗癌剤のスクリーニング方法が提供される。かかるスクリーニング方法は、簡便かつ迅速に抗癌剤候補をスクリーニングすることができるため、数多くの被験物質をハイスループットでスクリーニングするための一次スクリーニングとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】阻害薬候補物質の存在下においてCdt1タンパク質とGemininタンパク質とを結合させた結果を示す。
【図2】実施例において用いた阻害薬候補物質の構造を示す。
【図3】コエンザイムQ群の存在下においてCdt1タンパク質とGemininタンパク質とを結合させた結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験物質の存在下においてCdt1タンパク質とGemininタンパク質とを接触させ、Cdt1タンパク質とGemininタンパク質との結合を測定し、該結合を低減する被験物質を抗癌剤候補として選択することを特徴とする抗癌剤候補のスクリーニング方法。
【請求項2】
Cdt1タンパク質又はGemininタンパク質のいずれか一方が固相化されている、請求項1記載の方法。
【請求項3】
選択した抗癌剤候補を癌細胞に投与し、癌細胞の増殖の変化を観察することをさらに含む、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
Cdt1タンパク質及びGemininタンパク質を含むことを特徴とする抗癌剤候補のスクリーニング用キット。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2008−96397(P2008−96397A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−281754(P2006−281754)
【出願日】平成18年10月16日(2006.10.16)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】