説明

抗酸菌の同定用プライマー

【課題】抗酸菌の同定用プライマーとその用途を提供する。
【解決手段】特定の塩基配列を3'末端に含む抗酸菌の同定用プライマーが提供された。本発明の抗酸菌の同定用プライマーで、ゲノムを鋳型として合成されたDNAは、幅広い抗酸菌において、各抗酸菌に固有のDNA解離パターンを与える。同定すべき試料について、1つの、あるいは少数のプライマーを使ってDNA解離パターンを決定すれば、同じ抗酸菌の同定用プライマーによって得られた抗酸菌のDNA解離パターンと照合することができる。そして、比較対照される抗酸菌との同一性を評価することができる。本発明によって、幅広い抗酸菌を容易に同定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗酸菌の細菌を簡便に同定(identification) する方法および同定キットに関する。
【背景技術】
【0002】
結核は,世界総人口の約三分の一(約20億人)が感染しているとされ,毎年約800万人が結核に感染,約200万人の人々が命を落としている。日本でも現在年間約3万人が新規に罹患し、およそ3千人が死亡している国内最大級の感染症である。また最近では、結核に対する免疫を持たない若者層の集団感染や、菌保菌有者が加齢や免疫力低下に伴い、結核が再燃し、発症するといった問題が懸念されている。また飛沫感染が起きないといわれているが発症に伴う症状が類似する非定型抗酸菌による感染症は増加傾向にあり、特にMycobacterium avium complex (MAC)感染症は、難治性であり、AIDS患者の日和見感染症として問題視されている。
【0003】
それゆえ、結核菌及び非定型抗酸菌の診断及び治療は、臨床上極めて重要である。結核の感染源が患者であり、飛沫感染等による経気道的に感染するため早期に治療を開始する必要がある。非定型抗酸菌の病像からは結核菌と区別することができないため、早期の診断および治療が求められている。また非定型抗酸菌は飛沫感染しないことから、結核のように隔離する必要がないため早期に同定することはそれだけ医療費の削減につなげることができる。
【0004】
従来、結核菌の迅速検査は検鏡によって行われてきた。検鏡を用いた方法として、結核菌は細胞壁に多量の脂質を含有しているため染色で染まりにくいことを利用したチーネルゼン染色法あるいは蛍光染色法が用いられる。これらによって検出された菌を抗酸菌(マイコバクテリウム)と呼ぶ。結核菌は抗酸菌の代表的なものであるが、結核菌以外の抗酸菌は多種類あり、非結核性抗酸菌と呼ばれている。非結核性抗酸菌には現在約100種類以上の菌種が知られており、その多くは環境に広く分布し、ヒトに対して病原性を持たないが、一部はヒトへの病原性が知られる菌種が存在する。検鏡では結核菌と非結核性抗酸菌を区別することができないため、確定には培養法が必要となる。
【0005】
従来培養法として、一般的には、固形培地である小川培地を用いて分離培養する方法があるが、培養に一ケ月近くかかる。一方、液体培地は、小川培地に比べて抗酸菌を検出までの時間を短縮できるように開発された培地でMGIT(Mycobacterium Growth Indicator Tube)法(ベクトン・ディッキンソン社)が使われている。この方法は、菌増殖に伴う液体培地中の溶存酸素の減少を蛍光でモニターしている。いずれの培地を用いても、抗酸菌の増殖は遅いため、検体中に含まれる雑菌が、先に増殖してしまう場合がある。それを防ぐために、検体を培養前にアルカリ処理し、抗酸菌以外の雑菌を取り除く操作を必要とする。また小川培地上の性状(培養速度、温度、コロニーの形状や色素産出等)、ナイアシンテスト、硝酸還元試験、耐熱性カタラーゼ試験、ツイーン80水解試験等の生化学的性状で菌種の同定が行われている。
【0006】
さらに、全染色体DNAをターゲットにしたDNA-DNAハイブリダイゼーション法に基づくキット「DDHマイコバクテリウム」(極東製薬)が開発されている。この方法は、マイクロプレートに固定された基準株DNAと検体由来のDNAの全塩基配列の類似度を測定する事により、菌種を同定する事ができる。同定できる菌種が結核菌群, M. kansasii, M. marinum, M. simiae, M. scrofulaceum, M. gordonae, M. suzulgai, M. avium, M. intracellulare, M. gastri, M. xenopi, M. nonchromogenicum, M. terrae, M. triviale, M. fortuitum, M. cholonae, M. abscessus, M. peregrinumの計18菌種の同定が可能である。しかしながら、このキットは操作が煩雑であり、検出に時間を要する。
【0007】
最近、遺伝子を用いた迅速同定法が開発されており、結核菌および抗酸菌の検出および同定にも、これらの技術が応用されている。例えば、MGIT培養陽性時の菌体を用いて菌種の同定が可能である「アキュプローブ」(極東製薬)があるが、同定できる菌種が結核菌群とM. aviumもしくはM. intracellulareのみであり、M. aviumM. intracellulareを識別することはできない。
【0008】
培養を必要としない菌株の同定キットとしては、核酸増幅法を用いた「アンプリコアマイコバクテリウム」(ロシュ・ダイアグノスティクス社)などが開発されている。これらのキットを用いれば、培養をせずに、喀痰から迅速に検出することが可能であるが、結核菌群、M. aviumM. intracellulareに限られる。
【0009】
核酸を増幅する方法として、ポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)が広く用いられている。PCR法は、耐熱性DNAポリメラーゼの作用によって、プライマーの3'末端から相補鎖を合成する反応を繰り返すことによって、指数的に核酸を増幅する反応である。PCR法による核酸の検出あるいは同定方法は、PCR法の増幅産物の生成量を指標としている。たとえば、PCR法における所定の長さを有する核酸の増幅は、検出対象の存在を意味している。増幅産物は電気泳動などの手法によって容易に検出することができる。しかし電気泳動分離は、時間と手間を要する手法なので、大量のサンプルについて迅速な分析を行う場合に不利である。そこで、PCR法の増幅産物を迅速に検出するためのいくつかの方法が実用化されている。
【0010】
たとえば、インターカレーターを使用して、2本鎖核酸の生成を光学的に検出する方法が公知である。インターカレーターは、2本鎖核酸に特異的に結合し、蛍光を発する色素である。PCR法の増幅産物は2本鎖を形成するので、反応系にインターカレーターを加えておけば、増幅産物の生成量を蛍光強度の変化として検出することができる。インターカレーターとしては、市販のエチジウムブロマイドあるいはサイバーグリーンなどを用いることができる。インターカレーターを利用してDNA解離温度の変化を比較し、核酸の変異を検出するための装置も公知である(特開平7-31500)。
【0011】
インターカレーターを利用すれば、PCR法の反応の進行をモニタリングすることができる。この方法は、反応中のモニタリングを可能とするので、リアルタイムPCR(real-time PCR)法と呼ばれている。しかしインターカレーターによる検出方法は、2本鎖の形成を指標としているため、たとえば、鋳型核酸における微妙な塩基配列の相違を識別することはできない場合がある。言い換えれば、インターカレーターを使った核酸の検出方法の特異性は、PCR法の特異性に依存していると言うことができる。
【0012】
更に、PCR法における増幅産物の塩基配列の識別を可能とする方法として、解離曲線を指標とする方法が知られている(特開2002-325581)。PCR法の増幅産物は、温度の上昇にともない、やがて1本鎖に解離する。1本鎖核酸への解離は、特定の温度で急激に起こることが知られている。2本鎖が急激に解離する温度は、DNA解離温度と呼ぶ。DNA解離温度は、当該核酸を構成するGC含量と塩基の長さ、反応液に含まれる成分によって決定される。したがって同じ組成の反応液中においては、DNA解離温度は、核酸を構成する塩基配列によって支配されるといってよい。この特徴に着目して、PCRの増幅産物の構成塩基配列の違いをDNA解離温度の差として検出するのが、特開2002-325581の原理である。DNA解離温度は、インターカレーターを利用して容易に測定することができる。すなわち、特開2002-325581によって、電気泳動のような煩雑な手法に頼ることなく、PCR法における増幅産物の塩基配列の相違を見出すことができる。
【0013】
ところが、特開2002-325581においては、核酸の合成をPCR法に頼ったため、その増幅産物には多様性が無い。1セットのプライマーによって増幅されるのは、原則として1種類の核酸断片である。この特徴は、PCR法の特異性の高さを示している反面、構造が良く似ている複数の核酸を、相互に識別することが難しいことを意味している。
たとえば構造の良く似た3つの核酸A、B、およびCを識別するとする。1セットのプライマーで相互を識別するためには、同じプライマーセットで増幅される領域に、それぞれの核酸にユニークな塩基が含まれるようにデザインしなければならない。核酸の種類が多くなるほど、1セットのプライマーのみで全ての核酸のユニークな領域を増幅することは困難になる。
複数のプライマーセットを使って、複数の領域について同様の解析を実施すれば、多種類の核酸を識別できる可能性は高まる。しかし、複数セットのプライマーを使うことは、反応回数の増加につながる。つまり、解析の迅速性や経済性を犠牲にする可能性がある。また反応回数の増加にともなって、消費する試料の量も増加する。
【0014】
あるいは、PCR法に頼らない核酸同定方法も公知である(WO03/97828)。この方法においては、同定すべき核酸の複数の領域を合成して、異なる塩基配列からなる核酸の混合物を調製する。この混合物の解離曲線は、混合物を構成する核酸のわずかな塩基配列の相違によって、特徴的なパターンを示すことが本出願人によって明らかにされた。したがって、この解離パターンの違いに基づいて、核酸を識別することができる。
【特許文献1】特公平4-67957号公報
【特許文献2】特開平7-31500号公報
【特許文献3】特開2002-325581号公報
【特許文献4】WO03/97828号公報
【特許文献5】特開平2-303489号公報
【非特許文献1】Welsh and McClelland, Nucleic Acid Res. 18, 7213-7218, 1990
【非特許文献2】Williams et al., Nucleic Acid Res. 18, 6531-6535, 1990
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
複数の種について共通のプライマーを用いて同定する事ができる場合、ある検体について、1つのDNA解離パターンを得れば、比較対象とする全ての抗酸菌のDNA解離パターンと比較することができる。すなわち、異なる抗酸菌の間で、DNA解離パターンを比較するとき、共通のプライマーを利用できれば、同定のための操作を、大幅に簡素化できる可能性がある。本発明の課題は、抗酸菌で共通して利用することができるプライマーを提供することである。あるいは本発明は、本発明のプライマーを利用する抗酸菌の同定方法、並びに当該方法のためのマスターパターンの作成技術の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、抗酸菌由来の全ゲノムの平均GC含量と異なる領域を探索し、これらが安定して増幅するようなプライマーの塩基配列を設計できるGenopatternプライマー設計支援システム(G&Gサイエンス株式会社)を開発したことで、種毎の特徴的なDNA解離パターンを示すことに成功した。この知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0017】
近年、増幅産物のDNA解離パターンを、生物種に固有のパターンとして利用する試みが報告された(R. Plachy et al., J. Microbiol. Methods 60, 107-113, 2005)。この方法は、増幅産物の長さと、それを構成する塩基の多様性を、DNA解離温度の変化を指標として検出する方法である。電気泳動分離に依存しない方法であることから、再現性の維持や大量の試料の分析においても有利と考えられた。
【0018】
そこで本発明者らは、DNA解離温度解析において、プライマーの塩基配列と、それによって得られる抗酸菌のDNA解離パターンとの関係を解析した。そして、特定の塩基配列を3'末端に含むプライマーを用いた場合に、抗酸菌において、特徴的で再現性のあるDNA解離パターンを得られることを確認した。つまり、本発明者らが選択した塩基配列を含むプライマーは、抗酸菌に固有のDNA解離パターンを与えることができる抗酸菌の同定用プライマーとして有用であることが確認された。すなわち本発明は、以下の抗酸菌の同定用プライマー、並びにその用途に関する。
〔1〕次の群から選択されるいずれかの塩基配列を3'末端に含む抗酸菌の同定用プライマー;
配列番号:1/ 5’-CCGGGG-3’、
配列番号:2/ 5’-GGGCGA-3’、
配列番号:3/ 5’-CTGGCC-3’、
配列番号:4/ 5’-TCGGTG-3’、
配列番号:5/ 5’-CGAGCG-3’、
配列番号:6/ 5’-AGCCCT-3’、
配列番号:7/ 5’-CGGAAG-3’、
配列番号:8/ 5’-CTTGGT-3’、
配列番号:9/ 5’-AGCCCT-3’、
配列番号:10/ 5’-TGCGAT-3’、
配列番号:11/ 5’-TCTGGC-3’、
配列番号:12/ 5’-CTGGCG-3’、
配列番号:13/ 5’-CGGAAC-3’、
配列番号:14/ 5’-GTTCGG-3’、
配列番号:15/ 5’-GGCCCG-3’および、
配列番号:16/ 5’-CAGATG-3’。
〔2〕プライマーを構成する塩基の数が、6〜30である〔1〕に記載の抗酸菌の同定用プライマー。
〔3〕次の群から選択されるいずれかの塩基配列を3'末端に含む〔1〕に記載の抗酸菌の同定用プライマー;
配列番号:17/ 5’-CGATCCGGGG-3’ (プライマー名:FR715)、
配列番号:18/ 5’-GGTTCGTTGGGCGA-3’ (プライマー名:FR799)、
配列番号:19/ 5’-GCCGGGGCCTGGCC-3’ (プライマー名:FR829)、
配列番号:20/ 5’-GAGATCGGTG-3’ (プライマー名:FR879)、
配列番号:21/ 5’-TCTGCCCATTCGAGCG-3’ (プライマー名:FB509)、
配列番号:22/ 5’-TCAGTCCATTCGAGCG-3’ (プライマー名:FB517)、
配列番号:23/ 5’-GACCACCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB613)、
配列番号:24/ 5’-GTTGCCGTCCGGAAG-3’ (プライマー名:FB659)、
配列番号:25/ 5’-ATGTACGCAGCTTGGT-3’ (プライマー名:FB65)、
配列番号:26/ 5’-GACCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB262)、
配列番号:27/ 5’-CACCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB601)、
配列番号:28/ 5’-GAGCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB609)、
配列番号:29/ 5’-CGTGGATGGTGCGAT-3’ (プライマー名:FB544)、
配列番号:30/ 5’-GTTGACGACCGGAAG-3’ (プライマー名:FB663)、
配列番号:31/ 5’-CGGACTGACTCTGGC-3’ (プライマー名:FE245)、
配列番号:32/ 5’-GCGCTGGCG-3’ (プライマー名:FE105)、
配列番号:33/ 5’-GGACCGGAAC-3’ (プライマー名:FR156)、
配列番号:34/ 5’-CGGCACATCGTTCGG-3’ (プライマー名:FR597)、
配列番号:35/ 5’-CTTCGCGCGGCCCG-3’ (プライマー名:FB255) および、
配列番号:36/ 5’-GTGGTCCAGATG-3’ (プライマー名:J_21_41)。
〔4〕次の要素を含む、抗酸菌の同定用キット;
i) 次の群から選択されるいずれかの塩基配列を3'末端に含む抗酸菌の同定用プライマー;
配列番号:17/ 5’-CGATCCGGGG-3’ (プライマー名:FR715)、
配列番号:18/ 5’-GGTTCGTTGGGCGA-3’ (プライマー名:FR799)、
配列番号:19/ 5’-GCCGGGGCCTGGCC-3’ (プライマー名:FR829)、
配列番号:20/ 5’-GAGATCGGTG-3’ (プライマー名:FR879)、
配列番号:21/ 5’-TCTGCCCATTCGAGCG-3’ (プライマー名:FB509)、
配列番号:22/ 5’-TCAGTCCATTCGAGCG-3’ (プライマー名:FB517)、
配列番号:23/ 5’-GACCACCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB613)、
配列番号:24/ 5’-GTTGCCGTCCGGAAG-3’ (プライマー名:FB659)、
配列番号:25/ 5’-ATGTACGCAGCTTGGT-3’ (プライマー名:FB65)、
配列番号:26/ 5’-GACCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB262)、
配列番号:27/ 5’-CACCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB601)、
配列番号:28/ 5’-GAGCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB609)、
配列番号:29/ 5’-CGTGGATGGTGCGAT-3’ (プライマー名:FB544)、
配列番号:30/ 5’-GTTGACGACCGGAAG-3’ (プライマー名:FB663)、
配列番号:31/ 5’-CGGACTGACTCTGGC-3’ (プライマー名:FE245)、
配列番号:32/ 5’-GCGCTGGCG-3’ (プライマー名:FE105)、
配列番号:33/ 5’-GGACCGGAAC-3’ (プライマー名:FR156)、
配列番号:34/ 5’-CGGCACATCGTTCGG-3’ (プライマー名:FR597)、
配列番号:35/ 5’-CTTCGCGCGGCCCG-3’ (プライマー名:FB255) および、
配列番号:36/ 5’-GTGGTCCAGATG-3’ (プライマー名:J_21_41);、そして
ii) i)に記載のいずれかの抗酸菌の同定用プライマーを使って作成された少なくとも1つのマスターパターン;ここでマスターパターンとは、比較対象の抗酸菌のゲノムDNAを鋳型として、抗酸菌の同定用プライマーで合成されたDNAの解離パターンである。
〔5〕次の工程を含む抗酸菌の判別方法;
(1) 被検抗酸菌のゲノムDNAを鋳型として、次の群から選択されるいずれかの塩基配列を3'末端に含む抗酸菌の同定用プライマーでDNAを合成する工程;
配列番号:17/ 5’-CGATCCGGGG-3’ (プライマー名:FR715)、
配列番号:18/ 5’-GGTTCGTTGGGCGA-3’ (プライマー名:FR799)、
配列番号:19/ 5’-GCCGGGGCCTGGCC-3’ (プライマー名:FR829)、
配列番号:20/ 5’-GAGATCGGTG-3’ (プライマー名:FR879)、
配列番号:21/ 5’-TCTGCCCATTCGAGCG-3’ (プライマー名:FB509)、
配列番号:22/ 5’-TCAGTCCATTCGAGCG-3’ (プライマー名:FB517)、
配列番号:23/ 5’-GACCACCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB613)、
配列番号:24/ 5’-GTTGCCGTCCGGAAG-3’ (プライマー名:FB659)、
配列番号:25/ 5’-ATGTACGCAGCTTGGT-3’ (プライマー名:FB65)、
配列番号:26/ 5’-GACCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB262)、
配列番号:27/ 5’-CACCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB601)、
配列番号:28/ 5’-GAGCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB609)、
配列番号:29/ 5’-CGTGGATGGTGCGAT-3’ (プライマー名:FB544)、
配列番号:30/ 5’-GTTGACGACCGGAAG-3’ (プライマー名:FB663)、
配列番号:31/ 5’-CGGACTGACTCTGGC-3’ (プライマー名:FE245)、
配列番号:32/ 5’-GCGCTGGCG-3’ (プライマー名:FE105)、
配列番号:33/ 5’-GGACCGGAAC-3’ (プライマー名:FR156)、
配列番号:34/ 5’-CGGCACATCGTTCGG-3’ (プライマー名:FR597)、
配列番号:35/ 5’-CTTCGCGCGGCCCG-3’ (プライマー名:FB255) および、
配列番号:36/ 5’-GTGGTCCAGATG-3’ (プライマー名:J_21_41);
(2) (1)で合成された産物のDNA解離パターンを決定する工程、
(3) (2)で得られたDNA解離パターンと、少なくとも1種類の生物のマスターパターンを比較する工程;ここでマスターパターンとは、比較対象の抗酸菌由来のゲノムDNAを鋳型として(1)および(2)と同じ工程によって得られたDNA産物の解離パターンであり、そして
(4) (2)で得られたDNA解離パターンとマスターパターンが一致したときに、前記被検抗酸菌が当該マスターパターンに由来する抗酸菌であることが示される工程。
【発明の効果】
【0019】
本発明によって、DNA解離パターンに基づいて抗酸菌の同定用プライマーが提供された。本発明が提供する抗酸菌の同定用プライマーは、1つの、あるいは少数のプライマーによって、各抗酸菌に固有のDNA解離パターンを与える。その結果、本発明の抗酸菌の同定用プライマーを使って得られる同定試料のDNA解離パターンは、複数の比較対象の抗酸菌のDNA解離パターンと照合することができる。言い換えれば、本発明の抗酸菌の同定用プライマーは、同定される試料の1つの、あるいは少数のDNA解離パターンに基づいて、100種類以上の抗酸菌との照合を可能とする。
これに対して、比較対象となる抗酸菌に固有のプライマーを用いた場合には、同定試料についてもプライマーの数と同じDNA解離パターンが必要となる。試料の数が多い場合には、同定すべき試料のDNA解離パターンを取得するために、多量の試料が必要となり、解析のための時間と資源が浪費される。DNA解離パターンに基づく抗酸菌の同定にあたり、本発明の抗酸菌の同定用プライマーの操作の簡素化における貢献は大きい。
【0020】
本発明の抗酸菌の同定用プライマーは、解析操作に加え、解析のための試薬構成の簡素化にも貢献する。DNA解離パターンの比較に基づく抗酸菌の同定には、DNAの合成のための試薬と、合成されたDNAのDNA解離パターンを解析するための試薬が用いられる。これらの試薬類のうち、DNAの合成のための試薬は、たとえば、プライマー、DNAポリメラーゼ、そしてヌクレオチド類などを含む。本発明の抗酸菌の同定用プライマーを用いれば、プライマーは1種類あるいはごく少数である。一方、比較対象となる抗酸菌の数だけプライマーを利用する場合には、多数のプライマーを利用しなければならない。特に、解析に必要な試薬を商業的に供給する場合には、試薬構成の簡素化は、そのコストの低下に大きく貢献する。
【0021】
発明の詳細な説明:
本発明は、次の群から選択されるいずれかの塩基配列を3'末端に含む抗酸菌の同定用プライマー関する。
配列番号:1/ 5’-CCGGGG-3’、
配列番号:2/ 5’-GGGCGA-3’、
配列番号:3/ 5’-CTGGCC-3’、
配列番号:4/ 5’-TCGGTG-3’、
配列番号:5/ 5’-CGAGCG-3’、
配列番号:6/ 5’-AGCCCT-3’、
配列番号:7/ 5’-CGGAAG-3’、
配列番号:8/ 5’-CTTGGT-3’、
配列番号:9/ 5’-AGCCCT-3’、
配列番号:10/ 5’-TGCGAT-3’、
配列番号:11/ 5’-TCTGGC-3’、
配列番号:12/ 5’-CTGGCG-3’、
配列番号:13/ 5’-CGGAAC-3’、
配列番号:14/ 5’-GTTCGG-3’、
配列番号:15/ 5’-GGCCCG-3’および、
配列番号:16/ 5’-CAGATG-3’;
【0022】
本発明において、抗酸菌の同定用プライマーとは、たとえば次のように定義することができる。すなわち、あるプライマーによって複数の抗酸菌に由来するゲノムを鋳型として相補鎖合成を行ったときに、いずれの抗酸菌においても合成産物が得られるとき、このプライマーは抗酸菌の同定用プライマーであると言うことができる。更に、本発明における抗酸菌の同定用プライマーは、各抗酸菌のゲノムを鋳型として相補鎖合成産物を与えるとともに、当該産物のDNA解離パターンが、各抗酸菌に固有のパターンを含む。したがって、本発明の抗酸菌の同定用プライマーは、次の条件AおよびBによって特徴付けられる。
A:複数の抗酸菌に由来するゲノムを鋳型として相補鎖合成を行ったときに、いずれの抗酸菌においても合成産物を与える、そして
B:Aの合成産物のDNA解離パターンが、Aのゲノムが由来する抗酸菌に固有である
本発明において、「DNA解離パターンが固有である」とは、たとえば次のように定義することができる。すなわち、ある抗酸菌に由来する産物のDNA解離パターンと、条件Aにおいて合成された他の抗酸菌に由来する合成産物のDNA解離パターンを比較した時、条件Aにおいて合成された他の抗酸菌に由来する合成産物のDNA解離パターンのいずれにも、ある抗酸菌由来の産物のDNA解離パターンと同一のDNA解離パターンがない場合、DNA解離パターンは固有であると言うことができる。言い換えれば、複数の種の抗酸菌のゲノムを同じプライマーで増幅したときに、その増幅産物のDNA解離パターンが、異なる抗酸菌の間で一致しないとき、このプライマーは、固有のDNA解離パターンを与えたといえる。
【0023】
本発明の抗酸菌の同定用プライマーは、先に示した配列番号:1〜配列番号:16に記載の塩基配列のいずれかから選択される塩基配列を3'末端に含むことができる。本発明において、抗酸菌の同定用プライマーを構成する塩基配列の長さは、たとえば6〜30である。より具体的には、13〜16塩基を、本発明の抗酸菌の同定用プライマーの好ましい長さとして示すことができる。本発明の抗酸菌の同定用プライマーは、その3'末端を、配列番号:1〜配列番号:16に示した塩基配列から選択することができる。
一方、抗酸菌の同定用プライマーを構成する5'側の塩基配列は任意の塩基配列を含むことができる。たとえば配列番号:17〜配列番号:36に示す塩基配列を含むオリゴヌクレオチドは、本発明の抗酸菌の同定用プライマーとして好ましい。これらの塩基配列は、いずれも、次のようにその3'末端に前記配列番号:1〜配列番号:16に示した塩基配列を含んでいる。
プライマーの塩基配列 (3'末端の塩基配列)
配列番号:17 (配列番号:1)
配列番号:18 (配列番号:2)
配列番号:19 (配列番号:3)
配列番号:20 (配列番号:4)
配列番号:21(*1) (配列番号:5)
配列番号:22 (配列番号:5)
配列番号:23 (配列番号:6)
配列番号:24(*2) (配列番号:7)
配列番号:25 (配列番号:8)
配列番号:26(*3) (配列番号:9)
配列番号:27 (配列番号:9)
配列番号:28 (配列番号:9)
配列番号:29 (配列番号:10)
配列番号:30 (配列番号:7)
配列番号:31 (配列番号:11)
配列番号:32 (配列番号:12)
配列番号:33 (配列番号:13)
配列番号:34 (配列番号:14)
配列番号:35 (配列番号:15)
配列番号:36 (配列番号:16)
(*1):配列番号21と22は、いずれも3'末端に同じ塩基配列(配列番号:5)を含む。
(*2):配列番号24と30は、いずれも3'末端に同じ塩基配列(配列番号:7)を含む。
(*3):配列番号26、27と28は、いずれも3'末端に同じ塩基配列(配列番号:9)を含む。
更に、配列番号:17〜配列番号:36に示した塩基配列において、配列番号:1〜配列番号:16に示した塩基配列が3'末端で保存され、残りの5'側の塩基配列に欠失、置換、挿入、および付加のいずれかを有する塩基配列からなるオリゴヌクレオチドは、本発明の抗酸菌の同定用プライマーに含まれる。あるいは、配列番号:17〜配列番号:36に示した塩基配列において、配列番号:1〜配列番号:16に示した塩基配列が3'末端で保存され、残りの5'側の塩基配列に欠失、置換、挿入、および付加から選択された複数の変異を有する塩基配列からなるオリゴヌクレオチドも、本発明の抗酸菌の同定用プライマーに含まれる。
【0024】
本発明の好ましい抗酸菌の同定用プライマーは、その3'末端において配列番号:1〜配列番号:16のいずれかの塩基配列が保存され、かつ配列番号:17〜配列番号:36に示す塩基配列のいずれかと70%以上の相同性を有する塩基配列からなる。より具体的には、配列番号:17〜配列番号:36に示す塩基配列のいずれかと80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは98%以上の相同性を有する塩基配列は、本発明の抗酸菌の同定用プライマーの塩基配列として好ましい。本発明において、オリゴヌクレオチドを構成する塩基配列の同一性は、次の式によって決定することができる。
([候補塩基配列を構成する塩基中、一致した塩基の数]
/[候補塩基配列を構成する塩基配列を構成する全ての塩基数])x100(%)
上記の式において、「候補塩基配列を構成する塩基中、一致した塩基の数」とは、候補塩基配列と、配列番号:17〜配列番号:36から選択されたいずれかの塩基配列を構成する塩基配列を両者の3'末端を合わせて並列させたときに、3’末端側の連続して一致している塩基の数を示す。
【0025】
一方、本発明の抗酸菌の同定用プライマーを構成する塩基配列の5’末端を含む塩基配列は、任意である。したがって本発明の抗酸菌の同定用プライマーの塩基配列は、次の一般式によって表すことができる。
5’-[sequence Y]-[sequence X]-3’
式中、「sequence X」は、前記配列番号:1〜配列番号:16に記載の塩基配列のいずれかから選択される塩基配列を含み、好ましくは、配列番号:17〜配列番号:36に記載の塩基配列のいずれかから選択される塩基配列を含む。「sequence X」の塩基数は、6以上、好ましくは13〜16塩基である。一方、式中「sequence Y」は、任意の塩基配列である。「sequence Y」の塩基数は、0〜30、たとえば0〜20、通常0、あるいは0〜10である。
プライマーのTm(Melting Temperature)を考慮すると、本発明の抗酸菌の同定用プライマーを構成する塩基配列のGC含量を10%以上とするのが好ましい。すなわち本発明における抗酸菌の同定用プライマーを構成する塩基配列は、好ましくは10−100%のGC含量を有する。
【0026】
次に、本発明の抗酸菌の同定用プライマーによって合成された産物のDNA解離パターンは、各抗酸菌に固有のパターンを含む。DNA解離温度解析の方法は公知である。すなわち、核酸を含む溶液の温度を段階的に上げて、2本鎖を形成したDNAが1本鎖に解離する温度をDNA解離温度として決定する。2本鎖核酸の1本鎖核酸への解離は、インターカレーターを利用して容易に検出することができる。インターカレーターとは、2本鎖を形成したDNAに結合して蛍光を発する色素である。相補鎖合成反応において、合成産物である2本鎖を形成したDNAの増加に伴い、蛍光強度が増加する。次いでDNA解離温度解析において、温度を段階的に上昇させると、合成産物の1本鎖への解離に伴って、インターカレーターの蛍光シグナルが失われる。この反応は可逆的である。インターカレーターとして、たとえば市販のサイバーグリーンを利用することができる。2本鎖を形成したDNAの解離温度は、核酸を構成する塩基の種類と長さに依存する。通常、2本鎖を形成したDNAは、その塩基配列と長さに応じて、固有のDNA解離温度を示す。
【0027】
ところで、本発明においては、長大なゲノムDNAの全てを鋳型として相補鎖合成反応を行う。そして相補鎖合成反応のプライマー(すなわち抗酸菌の同定用プライマー)には、好ましくは、短いオリゴヌクレオチドが用いられる。その結果、本発明における相補鎖合成は、通常、ゲノムの複数の異なる領域を鋳型として進行する。したがって、本発明の抗酸菌の同定用プライマーによって合成される相補鎖合成産物は、通常、長さや塩基配列の異なる複数のDNAを含む。塩基配列や長さが異なる複数の2本鎖核酸を含む混合物についてDNA解離温度を解析すると、混合物を構成する核酸の解離温度の集合が得られる。こうして得られたDNA解離温度の集合を、本発明においてはDNA解離パターンと言う。
【0028】
本発明におけるDNA解離パターンは、抗酸菌の同定用プライマーによって得られた合成産物の解離温度情報の集積である。DNA解離パターンを構成する解離温度情報は任意である。通常、DNA解離温度解析においては、温度変化に伴うインターカレーターの蛍光強度の変化が、結果として得られる。したがって、温度と、蛍光強度の関数をDNA解離パターンとして得ることができる。更に、蛍光強度の連続的な変化の程度を知るために、蛍光微分値(differential value of fluorescence)に換算することができる。具体的には、蛍光強度変化量の一次微分値(primary differential value)によって、各温度における蛍光強度の変化速度を知ることができる。つまり、微分によって蛍光強度の変化の程度が数値化される。この数値をプロットすれば、蛍光強度の変化を曲線で表示することができる。DNA解離温度解析によって得られた各温度条件における蛍光強度の変化を表す曲線を、本発明においてはDNA解離パターンと呼ぶ。DNA解離パターンは、本発明におけるDNA解離パターンに含まれる。したがって、DNA解離パターンの比較によって、DNA解離パターンの同一性を評価することができる。
【0029】
さて、本発明においては、抗酸菌の同定用プライマーによって合成された産物のDNA解離パターンは、各抗酸菌に固有のパターンを含む。DNA解離パターンが解析された抗酸菌に固有であることは次のようにして確認することができる。たとえば、まず、抗酸菌の同定用プライマーによってゲノムの相補鎖を合成した各抗酸菌のそれぞれについて、合成産物のDNA解離パターンを得る。各抗酸菌のDNA解離パターンを比較して、抗酸菌の間で、DNA解離パターンを識別することができるとき、当該抗酸菌の同定用プライマーは、各抗酸菌に固有のDNA解離パターンを与えるものであることが確認できる。本発明において、少なくとも2種類の抗酸菌の間で識別可能なDNA解離パターンの相違があれば、DNA解離パターンは固有であるとする。DNA解離パターンの比較に当たっては、たとえば次のような特徴の比較によって、相違を明らかにすることができる。これらの特徴を比較するための方法については、後に具体的に述べる。
(1)相補鎖合成の産物に起因するDNA解離パターンの変化
(2)DNA解離パターンにおけるピークの数
(3)DNA解離パターンにおけるピークの温度
(4)DNA解離パターンにおけるピークの形
【0030】
本発明によって提供される抗酸菌の同定用プライマーを利用して、抗酸菌同定用のキットが提供される。すなわち本発明は、次の要素i)およびii)を含む抗酸菌同定用のキットに関する。
i) 前記配列番号:1〜配列番号:16に示されるいずれかの塩基配列を3'末端に含む抗酸菌の同定用プライマー;および
ii) i)に記載のいずれかの抗酸菌の同定用プライマーを使って作成された少なくとも1つのマスターパターン;ここでマスターパターンとは、比較対象の抗酸菌のゲノムDNAを鋳型として、抗酸菌の同定用プライマーで合成されたDNAのDNA解離パターンおよびデータベースである。
【0031】
本発明のキットを構成する抗酸菌の同定用プライマーの塩基配列は、好ましくは配列番号:17〜配列番号:36のいずれかから選択される塩基配列である。本発明のキットは、前記抗酸菌の同定用プライマーの一つ、または複数と、その抗酸菌の同定用プライマーによって得られたマスターパターンとを含む。本発明のキットは、被検抗酸菌とマスターパターンを得た比較対象抗酸菌との同一性を同定するために利用することができる。本発明における比較対象抗酸菌は、任意の抗酸菌であることができる。すなわち、キットを構成する抗酸菌の同定用プライマーによって、比較対象とする抗酸菌に固有のDNA解離パターンが得られる限り、任意の抗酸菌を比較対象とすることができる。本発明において、「固有のDNA解離パターン」とは、識別すべき抗酸菌との間にDNA解離パターンの違いがあることを意味する。たとえば10種類の比較対象とする抗酸菌があるときには、当該10種類の抗酸菌の間で、DNA解離パターンが相互に識別できることを意味する。
更に、単一の抗酸菌の同定用プライマーでは相互に識別できない抗酸菌であっても、複数の抗酸菌の同定用プライマーの組み合わせによって、相互に識別できる場合には、本発明における比較対象の抗酸菌とすることができる。
【0032】
本発明のキットにおいて、DNA解離パターンは、先に述べたDNA解離温度の集合を含む。したがって、キットを構成するDNA解離パターンは、たとえばDNA解離パターンを表示したグラフとすることができる。あるいはDNA解離パターンの同一性を機械的に照合するために、DNA解離パターンを機械読み取り可能なデータとすることもできる。機械読み取り可能なデータは、それを格納した記録媒体としてキットに加えることもできる。記録媒体とは、磁気ディスク、光学ディスク、あるいはフラッシュメモリなどを含む。
【0033】
本発明のキットには、前記要素i)およびii)に加え、次のような付加的な要素を含むことができる。
iii)DNAポリメラーゼ:本発明のキットは、鋳型依存性の相補鎖合成反応を触媒するDNAポリメラーゼを含むことができる。PCRなどの公知の核酸合成反応に利用されている種々のDNAポリメラーゼは、本発明に利用することができる。
iv)ヌクレオチド基質:本発明のキットは、核酸の相補鎖合成反応の基質として利用されるヌクレオチド類を含むことができる。具体的には、dCTP、dGTP、dTPT、およびdATPの少なくとも一つ、通常はこれらの全て(dNTP)をキットに含むことができる。これらのヌクレオチド類は、天然の構造のみならず、誘導体を利用することもできる。蛍光物資や結合性リガンドで修飾したヌクレオチド類が公知である。
v)インターカレーター:本発明のキットは、更に付加的にインターカレーターを含むことができる。インターカレーターは2本鎖を形成したDNAに結合して蛍光シグナルの変化を与える。本発明における抗酸菌の同定用プライマーによって合成された合成産物のDNA解離温度の解析においては、インターカレーターが有用である。
【0034】
したがって本発明に基づいて、次の工程を含む、抗酸菌の同定用プライマーの選択方法が提供される。
(1) 被検抗酸菌のゲノムDNAを鋳型として、前記配列番号:1〜配列番号:16に示されるいずれかの塩基配列を3'末端に含む抗酸菌の同定用プライマーでDNAを合成する工程;
(2) (1)で合成された産物のDNA解離パターンを決定する工程;
(3) (2)で得られたDNA解離パターンと、複数種の抗酸菌のマスターパターンを比較する工程;ここでマスターパターンとは、比較対象の抗酸菌のゲノムDNAを鋳型として(1)および(2)と同じ工程によって得られたDNA解離パターンおよびデータベースであり;、そして
(4) (2)で得られたDNA解離パターンが、(3)で比較したマスターパターンの全てと識別できたとき、工程(1)に使った抗酸菌の同定用プライマーを前記被検抗酸菌の同定のための抗酸菌の同定用プライマーとして選択する工程
【0035】
本発明において、好ましい抗酸菌の同定用プライマーの塩基配列は、配列番号:17〜配列番号:36のいずれかから選択することができる。本発明において、本発明の抗酸菌の同定用プライマーを使った抗酸菌の同定方法が適用されたことのない抗酸菌を、前記工程(1)の被検抗酸菌として利用することができる。本発明の方法によって抗酸菌の同定用プライマーを適用可能であることが確認された抗酸菌については、当該抗酸菌のDNA解離パターンを、工程(2)のマスターパターンに加えることができる。マスターパターンを追加した後、前記の抗酸菌の同定用プライマーの選択方法の各工程を繰り返すことによって、本発明の抗酸菌の同定用プライマーを適用できる抗酸菌の範囲を拡大することができる。
【0036】
たとえば、仮に10種類の抗酸菌について識別可能なDNA解離パターンを与えることが確認されている抗酸菌の同定用プライマーがあるとする。この抗酸菌の同定用プライマーを使って新たに11種類目の抗酸菌についてDNA解離パターンを得て、既に確認されている10種類の抗酸菌から得られたDNA解離パターンと照合する。その結果、11種類目の抗酸菌のDNA解離パターンが、先に得られている10種類の抗酸菌と識別できるとき、当該抗酸菌の同定用プライマーは、11種類目の抗酸菌の識別にも利用しうる抗酸菌の同定用プライマーとして選択される。そして、11種類目の抗酸菌のDNA解離パターンを前記工程(2)のマスターパターンとして追加する。次いで12種類目の抗酸菌を被検抗酸菌として前記工程(1)〜(4)を繰り返すことができる。このようにして、11種類目、12種類目、そして13種類目へと、抗酸菌の同定用プライマーによって識別できる抗酸菌の種類を拡大していくことができる。
【0037】
あるいは本発明は、前記抗酸菌の同定用プライマーを利用した抗酸菌の同定方法を提供する。すなわち本発明は、次の工程を含む抗酸菌の同定方法に関する。
(1) 被検抗酸菌のゲノムDNAを鋳型として、前記配列番号:1〜配列番号:16に示されるいずれかの塩基配列を3'末端に含む抗酸菌の同定用プライマーでDNAを合成する工程;
(2) (1)で合成された産物のDNA解離パターンを決定する工程;
(3) (2)で得られたDNA解離パターンと、複数種の抗酸菌のマスターパターンを比較する工程;ここでマスターパターンとは、比較対象の抗酸菌のゲノムDNAを鋳型として(1)および(2)と同じ工程によって得られたDNA解離パターンおよびデータベースであり;、そして
(4) (2)で得られたDNA解離パターンとマスターパターンが一致したときに、前記被検抗酸菌が当該マスターパターンに由来する抗酸菌であることが示される工程。
この方法は、被検抗酸菌と比較対象の抗酸菌との同一性を決定するための方法である。すなわち、被検抗酸菌の同定方法に他ならない。本発明において、抗酸菌の同定用プライマーの塩基配列は、好ましくは配列番号:17〜配列番号:36のいずれかから選択することができる。
【0038】
たとえば、抗酸菌のゲノムからDNAを回収し、本発明による抗酸菌の同定方法のための試料とすることができる。市販のIsoplant(ニッポンジーンニッポンジーン社の商品名)を用いることができる。市販のキットを用いずDNAを抽出する場合は、菌体をRNaseで処理後、SDSを加え、更にプロティナーゼKを加えてインキュベートする。その後、フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコールを加えて、混和させ、遠心する。遠心後上清を回収し、エタノール沈澱によってDNAを精製し、実験に用いる。
【0039】
本発明においては、被検試料に由来するゲノムDNAを鋳型として、本発明の抗酸菌の同定用プライマーによる相補鎖合成が行われる。以下に、本発明における相補鎖合成の工程について、具体的な条件を示す。
本発明における抗酸菌の同定用プライマーのアニーリングのための温度は、プライマーのTmよりも高い温度であることが好ましい。たとえば、プライマーのTmに対して、5℃〜15℃高い温度をアニーリングのための温度として利用することができる。より具体的には、たとえば、8〜20塩基からなるプライマーを用いる場合、25℃〜60℃、より具体的には37℃〜50℃の範囲をアニーリングのための温度とすることができる。この条件では、プライマーとゲノムDNAの間にミスマッチがあってもアニーリングが起こり、増幅が行われる。
なお一般的なPCRにおいては、プライマーのTmに対して5℃程度低い温度をアニーリング条件とすることが推奨されている。通常、PCR法は、20塩基以上の長いオリゴヌクレオチドが利用されるため、42℃〜70℃(PCR実験マニュアル、駒野徹編、学会出版センター)、より一般的な条件としては55℃以上のアニーリング温度が利用されることが多い。
【0040】
プライマーのTm(℃)は、たとえば、その塩基配列を構成する塩基の数に基づいて、Wallaceの式"2(A+T)+4(G+C)"にしたがって求めることができる(Thein and Wallace, The use ofsynthetic oligo-nucleotide as specific hybridization probes in the diagnosis of genetic disorders. In human genetic deseases: A practical approach, ed. KE Davies, pp33-50. IRL Press, Oxford, UK)。Wallaceの式によって、1MのNaCl溶液中におけるTmが求められる。
【0041】
一般に、プライマー依存性の相補鎖合成反応においては、プライマーとして用いるオリゴヌクレオチドの凝集が、相補鎖合成反応を阻害すると言われている。したがって、オリゴヌクレオチドの凝集を防ぐことができる温度が、反応に適していると考えられている。オリゴヌクレオチドのアニーリングの特異性を維持するためにも、たとえば70℃以上の高温をアニーリングのための温度として採用されるのが一般的である。しかし本発明においては、原則として反応に必要なプライマーは単一である。そのため、低い温度においてもオリゴヌクレオチドの間の凝集は起こりにくい。
【0042】
一方、抗酸菌の同定用プライマーの伸長反応のための条件は、DNAポリメラーゼの至適条件とすることができる。たとえばDNAポリメラーゼとして次のような酵素を用いるとき、至適条件はそれぞれ次のとおりである。当業者は、これらのDNAポリメラーゼにかかわらず、本発明に利用しうるDNAポリメラーゼを選択し、そのための至適条件を設定することができる。
AmpliTaq Gold DNA polymerase:至適温度75℃、至適pH 9
(アプライドバイオシステムズ社の商品名)
ファストスタートDNA polymerase:至適温度75℃、至適pH 9
(ロッシュダイアグノスティクス社の商品名)
Ex Taq DNA polymerase:至適温度75℃、至適pH 9
(タカラバイオ社の商品名)
【0043】
本発明において、増幅産物の解離温度が解析される。したがって、核酸は、解離温度の解析を可能とする量まで増幅される。具体的には、たとえば1〜500ng程度の核酸を鋳型とするとき、通常10サイクル以上、たとえば10〜70サイクル、好ましくは30〜60サイクルで、DNA解離温度解析に十分な量のDNAを与える。ここで、1サイクルは、通常、鋳型となる2本鎖を形成したDNAの変性、鋳型となるDNAと抗酸菌の同定用プライマーのアニーリング、およびDNAの伸長反応からなる。
【0044】
本発明の同定方法においては、相補鎖合成反応の後、合成産物のDNA解離パターンが解析される。先に述べたとおり、本発明におけるDNA解離パターンは、解離温度の集合を含む。したがって、DNA解離パターンは、DNA解離温度解析によって得ることができる。具体的には、合成産物を含む溶液の温度を段階的に上昇させて、DNAの1本鎖への解離をインターカレーターの蛍光強度の変化によって検出することができる。合成産物を構成するDNAの解離温度が近いときには、蛍光強度の変化は連続的に起きる。一方、DNA解離温度が異なるDNAを含む場合には、蛍光強度の変化は、断続的である。このようなDNA解離温度情報の多様性が、本発明においては、抗酸菌の種類に固有のパターンとして利用される。
【0045】
DNA解離パターンは、種々の方法によって比較することができる。たとえば、蛍光強度の変化をグラフ化し、その形の同一性を評価することができる。あるいは、蛍光強度の変化を微分曲線として表した「DNA解離パターン」の比較によって、DNA解離パターンを比較することもできる。DNA解離パターンの比較に基づくDNA解離パターンの照合は、本発明において好ましい。DNA解離パターン(微分曲線)においては、DNAの1本鎖への解離に伴う蛍光強度の急激な変化が、ピークとして示される。このピークの形を比較することによって、DNA解離パターンの同一性を評価することができる。DNA解離パターンは、たとえば次のような特徴によって識別することができる。これらの特徴について、具体的に説明する。
(1) 相補鎖合成の産物に起因するDNA解離パターンの変化
(2) DNA解離パターンにおけるピークの数
(3) DNA解離パターンにおけるピークの温度
(4) DNA解離パターンにおけるピークの形
【0046】
(1) 相補鎖合成の産物に起因するDNA解離パターンの変化
相補鎖合成を開始すると、合成産物の蓄積に伴って、蛍光強度が上昇する。蛍光強度は2本鎖を形成したDNAの生成量に依存する。したがって、合成産物の長さと数の違いが、蛍光強度の差となって示される。
【0047】
(2) DNA解離パターンにおけるピークの数
DNA解離温度解析において、合成産物を構成するDNAの中に解離温度の違いが大きいものが混在するとき、蛍光強度の変化が段階的に起きる。その結果、複数の分離したピークがDNA解離パターン上に現れる。つまりDNA解離パターンのピークの数は、合成産物を構成するDNAの中の、DNA解離温度の違うDNAの種類を表すと考えることができる。
【0048】
(3) DNA解離パターンにおけるピークの温度
DNA解離パターン上のピークを生じたときの温度は、合成産物を構成するDNAのDNA解離温度に対応する。DNA解離温度の違いは、2本鎖を形成したDNAの長さ、あるいは塩基配列やGC含量の違いを示す。したがって、ピークにおける温度の違いは、合成産物を構成するDNAの重要な特徴の一つである。通常、ピークの頂点の温度が±0.8℃以内、好ましくは±0.25℃以内のとき、両者のDNA解離温度は同じと判断することができる。
【0049】
(4) DNA解離パターンにおけるピークの形
合成産物を構成するDNAには、近いDNA解離温度を有するものも含まれる可能性がある。DNA解離温度が近いと1本鎖への解離にともなう蛍光強度の変化が連続的に起こる。その結果、DNA解離パターンのピークの形に特徴的な変化を与える場合がある。たとえば、DNA解離温度が明確に異なるDNAの混合物であれば、DNA解離パターンには、各DNAの解離温度において分離したピークが観察されるはずである。しかしDNA解離温度が近いDNAの間では、ピークが分離しなくなる。具体的には、複数のピークが連続して表れたり、なだらかな曲線を形成する場合もある。このような特徴的な形は、合成産物の特徴として利用できる。ピークの形についても、±1℃以内、好ましくは±0.25℃以内に同じ形が見られるとき、両者のピークの形状は同じと判断することができる。
【0050】
DNA解離パターンの同一性を数学的に、あるいはソフトウエアによって評価することもできる。たとえば、まず、比較の対象とする温度範囲において、基準とするDNA解離パターン(マスターパターン、あるいは対照パターン)との差の許容範囲を、一定の幅(エリア)として、『許容誤差率』(permissible error rate; %表示)を設定する。そして、被検試料のDNA解離パターンが、全温度範囲のうち、どの程度の温度帯で、対照パターンの許容誤差率の幅の中に収まっているかを評価し同一性が同定される。このような評価指標を「一致率(concordance rate)」(あるいは「エリアキープ率 (area keep rate)」)と呼ぶ。一致率による評価は、人の目視による同定に近い結果を得ることができる。『一致率』を算出するための式として、次の式を利用することができる。
(蛍光微分値(y軸)許容誤差率の範囲内に入ったデータ数)÷(設定された温度範囲内の全データ数)(%表示)
本発明において、一致率を評価するためのDNA解離温度解析の温度範囲は、たとえば抗酸菌の同定においては、通常80℃〜95℃、好ましくは85℃〜95℃の範囲が利用される。更に本発明における許容誤差率とは、各ポイントのマスターデータの微分値の誤差率を指す。ここでマスターデータとは、マスターパターンを構成する各測定データを言う。許容誤差率は、たとえば3〜20%、好ましくは5〜15%、より具体的には、たとえば約10%である。許容誤差率を10%とすることにより、多くのDNA解離温度データの解析が効率的に行えることを本発明者らは確認している。
【0051】
こうして算出された波形一致率が、75%以上、通常80%以上、好ましくは90%以上のとき、2つのDNA解離パターンは同一と同定することができる。更にDNA解離パターンの同一性の同定においては、一次微分によって得られたDNA解離パターンのみならず、DNA解離パターンの傾きの二次微分値を同様の評価方法によって比較することもできる。以上のような評価方法によって、DNA解離パターンの同一性が確認されたとき、比較対象の抗酸菌と、被検抗酸菌の同一性が示される。あるいは逆にDNA解離パターンの同一性が否定されたときに、比較対象の抗酸菌と被検抗酸菌とは異なる抗酸菌であることが示される。『波形一致率』を算出するための式として、次の式を利用することができる。
(蛍光微分値(y軸)許容誤差率の範囲内に入ったデータ数)÷(設定された温度範囲内の全データ数)(%表示)
【0052】
本発明の抗酸菌の同定用プライマーを使って得られるマスターパターンは、抗酸菌の同定の指標として有用である。すなわち本発明は、次の工程を含む、抗酸菌の同定のためのマスターパターンの作成方法を提供する。加えて本発明は、下記の工程によって作成されたマスターパターンを提供する。
(1)被検抗酸菌のゲノムDNAを鋳型として、前記配列番号:1〜配列番号:16に示されるいずれかの塩基配列を3'末端に含む抗酸菌の同定用プライマーでDNAを合成する工程;
(2) (1)で合成された産物のDNA解離パターンを決定し、前記抗酸菌のマスターパターンとする工程;
前記抗酸菌の同定用プライマーの塩基配列は、好ましくは配列番号:17〜配列番号:36のいずれかから選択することができる。
本発明のマスターパターンの作成方法において、抗酸菌の同定用プライマーは、単一あるいは複数を用いることができる。したがって、単一の抗酸菌の同定用プライマーで、多くの抗酸菌についてマスターパターンを作成することができる。このようにしてえられたマスターパターンのライブラリーは、当該抗酸菌の同定用プライマーを使った抗酸菌の同定方法において、マスターパターンとして利用することができる。
あるいは、複数の抗酸菌の同定用プライマーのそれぞれについて、複数の抗酸菌のマスターパターンを作成することもできる。このようにして、マスターパターンライブラリーを伴った、抗酸菌の同定用プライマーのライブラリーとすることができる。ゲノムDNAを鋳型とする相補鎖合成の条件と、その合成産物のDNA解離パターンを得る方法は既に述べたとおりである。マスターパターンは、1回の解析結果に基づいて作成することもできる。あるいは複数回の解析結果の平均値に基づいてマスターパターンを作成することもできる。複数回の解析結果に基づいてマスターパターンを作成するときには、DNA解離パターンの「ばらつき」を評価することもできる。
【0053】
本発明においては、被検抗酸菌のDNA解離温度パターンと前記マスターパターンの比較によって、両者の同一性が同定される。マスターパターンは、単一であっても良い。あるいは、複数種のマスターパターンを利用することもできる。単一のマスターパターンを使う場合には、被検抗酸菌がある抗酸菌であるかどうかを同定することができる。複数種のマスターパターンを用いれば、マスターパターンが用意された抗酸菌の中の、どの抗酸菌と同一なのかを明らかにすることができる。
【0054】
更にマスターパターンは、被検抗酸菌の解析にあたって、ネットワークを介して入手することもできる。たとえば、被検抗酸菌を解析しようとする者(user)は、ネットワークを介して、被検抗酸菌のDNAの増幅に使ったプライマーの情報を、マスターパターンのproviderに伝える。一方、マスターパターンのproviderは、予め種が明らかな多くの抗酸菌について、種々のプライマーを使ってマスターパターンを蓄積している。userの求めに応じて、蓄積されたマスターパターンの中から、解析に必要なマスターパターンを選択し、userに提供することができる。
【実施例】
【0055】
抗酸菌の同定用プライマー(配列番号:17〜36)について例示する。表2に記載された検体と上記抗酸菌の同定用プライマーを用いて合成反応を行った。まず、それぞれの菌種のマスターパターンを得るために、表2に記載された検体についてそれぞれ2回ずつ合成反応を行い、合成された産物のDNA解離パターンをOpticon2(商品名;BIO-RAD)を用いて2重測定し、その平均をマスターパターンとした。次に、同様の操作を繰り返して、得られた結果を検体データとした。なお、それぞれの菌種のマスターパターンと検体データを得るために用いた検体は同一である。すなわち、同じ検体について、DNAの抽出、プライマーによる合成、そしてDNA解離パターン解析を別々に行った。
【0056】
また、最終的な判定を行うために、マスターパターンと検体データのDNA解離パターンの同一性を数学的に評価できるソフトウエア「GenoMaster software」(商品名;G&Gサイエンス株式会社)を用いて解析した。解析結果を表3〜表22に示す。各々のセルに記載された数字がマスターパターンと検体データの一致率であり、一致率が80%以上のセルは二重線で囲った。一致率が80%以上の場合はマスターパターンと検体由来のパターンが同一であるとし、2つ以上のマスターパターンと80%以上の一致率を示した検体については、菌種の同定を不可とした。DNA解離パターンは各々の検体に固有であるため、プライマーを組み合わせることで、表2に記載された検体すべてを同定することができる。また測定方法および解析方法は以上の方法を用いて行うこととする。
以下に合成反応の条件と結果をまとめた。また今後行う実験の合成反応および条件は以下の方法を用いて行うこととする。
【0057】
・反応組成
ジェノパターン バッファーIII* 12.5μl
Primer(10μM) 2.5μl
DNA polymerase 0.25μl
検体DNA (50ng/μl) 1 μl
Dw 8.75μl
Total 25μl
*ジェノパターン バッファーIII(商品名)はG&Gサイエンス株式会社が販売している商品である。
【0058】
[表1]
・反応条件

(ア)1〜3:DNA増幅段階
(イ)4〜5:DNA解離温度曲線測定、解析段階(波形生成過程)、蛍光強度同時測定
【0059】
[表2]
・検体リスト

表中、株名は、財団法人結核予防会結核研究所の標準株名である。
【0060】
合成反応に用いた抗酸菌の同定用プライマーと、DNA解離パターンおよび解析結果の対応関係は次のとおりである。図中に、検体微抗酸菌の標準株名を記載した。
抗酸菌の同定用プライマー 解析結果
配列番号:17 (プライマー名:FR715) 表3
配列番号:18 (プライマー名:FR799) 表4
配列番号:19 (プライマー名:FR829) 表5
配列番号:20 (プライマー名:FR879) 表6
配列番号:21 (プライマー名:FB509) 表7
配列番号:22 (プライマー名:FB517) 表8
配列番号:23 (プライマー名:FB613) 表9
配列番号:24 (プライマー名:FB659) 表10
配列番号:25 (プライマー名:FB65) 表11
配列番号:26 (プライマー名:FB262) 表12
配列番号:27 (プライマー名:FB601) 表13
配列番号:28 (プライマー名:FB609) 表14
配列番号:29 (プライマー名:FB544) 表15
配列番号:30 (プライマー名:FB663) 表16
配列番号:31 (プライマー名:FE245) 表17
配列番号:32 (プライマー名:FE105) 表18
配列番号:33 (プライマー名:FR156) 表19
配列番号:34 (プライマー名:FR597) 表20
配列番号:35 (プライマー名:FB255) 表21
配列番号:36 (プライマー名:J_21_41) 表22
【0061】
【表3】

【0062】
【表4】

【0063】
【表5】

【0064】
【表6】

【0065】
【表7】

【0066】
【表8】

【0067】
【表9】

【0068】
【表10】

【0069】
【表11】

【0070】
【表12】

【0071】
【表13】

【0072】
【表14】

【0073】
【表15】

【0074】
【表16】

【0075】
【表17】

【0076】
【表18】

【0077】
【表19】

【0078】
【表20】

【0079】
【表21】

【0080】
【表22】

【0081】
表3〜表22から明らかなように、抗酸菌の8種間同士ではDNA解離パターンの一致率が著しく低いものが存在した。以上の結果より、配列番号:17〜配列番号:36の抗酸菌の同定用プライマーを組み合わせて用いれば、8菌種の同定が可能であることが確認された。
【0082】
次に、マスターパターンと検体(臨床株)を用いて、同定を行った。
抗酸菌の同定用プライマー(配列番号:21、22、23、24、27、31、32、33、35および36)について、財団法人結核予防会結核研究所より供給された臨床株であるM.tuberculosis由来の臨床株92株に関して、比較検討を行った。これら菌株は予め16S rRNA領域とsod遺伝子領域の塩基配列を決定し、菌種を同定した後に検体として用いた。
【0083】
【表23】

各プライマーにおけるマスターパターン(M.tuberculosis)と臨床株についてGenoMasterを用いて、解析を行った。一致率が80%以上の場合はマスターパターンと検体由来のパターンが同一であるとし、2つ以上のマスターパターンと80%以上の一致率を示した検体については、菌種の同定を不可とした。表は92検体の内GenoMasterの解析で一致率80%を示した数と同定率を記載した。以上の結果より、全てのプライマーにおいて、一致率が90%以上であった。
【0084】
次に、マスターパターンと検体(臨床株)を用いて、同定を行った。
抗酸菌の同定用プライマー(配列番号:19、21、23、24、25、26、27、29、32、33、34および35)について、財団法人結核予防会結核研究所より供給された臨床株であるM.avium由来の臨床株75株に関して、比較検討を行った。これら菌株は予め16S rRNA領域とsod遺伝子領域の塩基配列を決定し、菌種を同定した後に検体として用いた。
【0085】
【表24】

各プライマーにおけるマスターパターン(M.avium)と臨床株についてGenoMasterを用いて、解析を行った。一致率が80%以上の場合はマスターパターンと検体由来のパターンが同一であるとし、2つ以上のマスターパターンと80%以上の一致率を示した検体については、菌種の同定を不可とした。表は92検体の内GenoMasterの解析で一致率80%を示した数と同定率を記載した。以上の結果より、全てのプライマーにおいて、一致率が90%以上であった。
【0086】
次に、マスターパターンと検体(臨床株)を用いて、同定を行った。
抗酸菌の同定用プライマー(配列番号:18、22、23、27および36)について、財団法人結核予防会結核研究所より供給された臨床株であるM.kansasii由来の臨床株75株に関して、比較検討を行った。これら菌株は予め16S rRNA領域とsod遺伝子領域の塩基配列を決定し、菌種を同定した後に検体として用いた。
【0087】
【表25】

各プライマーにおけるマスターパターン(M.kansasii)と臨床株についてGenoMasterを用いて、解析を行った。一致率が80%以上の場合はマスターパターンと検体由来のパターンが同一であるとし、2つ以上のマスターパターンと80%以上の一致率を示した検体については、菌種の同定を不可とした。表は92検体の内GenoMasterの解析で一致率80%を示した数と同定率を記載した。以上の結果より、全てのプライマーにおいて、一致率が90%以上であった。
【0088】
同様に、マスターパターンと検体(臨床株)を用いて、同定を行った。
抗酸菌の同定用プライマー(配列番号:20、21、24、33および35)について、財団法人結核予防会結核研究所より供給された臨床株であるM.intracellulare由来の臨床株3株に関して、比較検討を行った。これら菌株は予め16S rRNA領域とsod遺伝子領域の塩基配列を決定し、菌種を同定した後に検体として用いた。その結果、全てのプライマーにおいて、マスターパターンと検体由来のDNA解離パターンが一致した。
【0089】
同様に、マスターパターンと検体(臨床株)を用いて、同定を行った。
抗酸菌の同定用プライマー(配列番号:33および36)について、財団法人結核予防会結核研究所より供給された臨床株であるM.gordonae由来の臨床株4株に関して、比較検討を行った。これら菌株は予め16S rRNA領域とsod遺伝子領域の塩基配列を決定し、菌種を同定した後に検体として用いた。その結果、全てのプライマーにおいて、マスターパターンと検体由来のDNA解離パターンが一致した。
【0090】
さらに、マスターパターンと検体(臨床株)を用いて、同定を行った。
抗酸菌の同定用プライマー(配列番号:23、27、29、33、34および36)について、財団法人結核予防会結核研究所より供給された臨床株であるM.cholonae由来の臨床株3株に関して、比較検討を行った。これら菌株は予め16S rRNA領域とsod遺伝子領域の塩基配列を決定し、菌種を同定した後に検体として用いた。その結果、全てのプライマーにおいて、マスターパターンと検体由来のDNA解離パターンが一致した。
以上の20つの抗酸菌の同定用プライマーを用いることで、各抗酸菌において安定したピークを形成するDNA解離パターンを確認した。また、各々のDNA解離パターンは菌種ごとで多様性を示しており、それぞれの検体については菌種特異的な解離パターンを検出することが可能となった。すなわち、これらの抗酸菌の同定用プライマーは本実験で使った検体に固有のDNA解離パターンを与えた。さらに、これらの抗酸菌の同定用プライマーは、表2に例示した以外の抗酸菌でも十分に安定したDNA解離パターンを形成し、同定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明は抗酸菌の同定に有用な抗酸菌の同定用プライマーを提供した。本発明の抗酸菌の同定用プライマーは、(1)複数の抗酸菌のゲノムを鋳型として相補鎖合成産物を与える。更に本発明の抗酸菌の同定用プライマーは、(2)抗酸菌の同定用プライマーによって得られた合成産物は鋳型としたゲノムが由来する抗酸菌に固有のDNA解離パターンを与える。
【0092】
本発明の抗酸菌の同定用プライマーを利用すれば、特に、好ましい態様において、単一のプライマーによって、複数の抗酸菌のDNA解離パターンを得ることができる。このことは、単一のプライマーによる1度の解析結果に基づいて、当該抗酸菌を同定できることを意味している。具体的には、仮に比較対象とする抗酸菌が10種類あるとする。これらの抗酸菌からは、共通の抗酸菌の同定用プライマーによって、それぞれ固有のDNA解離パターンを得ることができる。同様にして、同定すべき抗酸菌についても同じ抗酸菌の同定用プライマーを使ってDNA解離パターンを得て、比較対象とする10種類の抗酸菌のそれと照合することができる。照合の結果、もしもDNA解離パターンが一致する抗酸菌があれば、被検抗酸菌がその抗酸菌と同じであることが同定できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の群から選択されるいずれかの塩基配列を3'末端に含む抗酸菌の同定用プライマー;
5’-CCGGGG-3’、
5’-GGGCGA-3’、
5’-CTGGCC-3’、
5’-TCGGTG-3’、
5’-CGAGCG-3’、
5’-AGCCCT-3’、
5’-CGGAAG-3’、
5’-CTTGGT-3’、
5’-AGCCCT-3’、
5’-TGCGAT-3’、
5’-TCTGGC-3’、
5’-CTGGCG-3’、
5’-CGGAAC-3’、
5’-GTTCGG-3’、
5’-GGCCCG-3’および、
5’-CAGATG-3’。
【請求項2】
プライマーを構成する塩基の数が、6〜30である請求項1に記載の抗酸菌の同定用プライマー。
【請求項3】
次の群から選択されるいずれかの塩基配列を3'末端に含む請求項1に記載の抗酸菌の同定用プライマー;
5’-CGATCCGGGG-3’ (プライマー名:FR715)、
5’-GGTTCGTTGGGCGA-3’ (プライマー名:FR799)、
5’-GCCGGGGCCTGGCC-3’ (プライマー名:FR829)、
5’-GAGATCGGTG-3’ (プライマー名:FR879)、
5’-TCTGCCCATTCGAGCG-3’ (プライマー名:FB509)、
5’-TCAGTCCATTCGAGCG-3’ (プライマー名:FB517)、
5’-GACCACCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB613)、
5’-GTTGCCGTCCGGAAG-3’ (プライマー名:FB659)、
5’-ATGTACGCAGCTTGGT-3’ (プライマー名:FB65)、
5’-GACCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB262)、
5’-CACCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB601)、
5’-GAGCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB609)、
5’-CGTGGATGGTGCGAT-3’ (プライマー名:FB544)、
5’-GTTGACGACCGGAAG-3’ (プライマー名:FB663)、
5’-CGGACTGACTCTGGC-3’ (プライマー名:FE245)、
5’-GCGCTGGCG-3’ (プライマー名:FE105)、
5’-GGACCGGAAC-3’ (プライマー名:FR156)、
5’-CGGCACATCGTTCGG-3’ (プライマー名:FR597)、
5’-CTTCGCGCGGCCCG-3’ (プライマー名:FB255) および、
5’-GTGGTCCAGATG-3’ (プライマー名:J_21_41)。
【請求項4】
次の工程を含む抗酸菌の判別方法;
(1) 被検抗酸菌のゲノムDNAを鋳型として、次の群から選択されるいずれかの塩基配列を3'末端に含む抗酸菌の同定用プライマーでDNAを合成する工程;
5’-CGATCCGGGG-3’ (プライマー名:FR715)、
5’-GGTTCGTTGGGCGA-3’ (プライマー名:FR799)、
5’-GCCGGGGCCTGGCC-3’ (プライマー名:FR829)、
5’-GAGATCGGTG-3’ (プライマー名:FR879)、
5’-TCTGCCCATTCGAGCG-3’ (プライマー名:FB509)、
5’-TCAGTCCATTCGAGCG-3’ (プライマー名:FB517)、
5’-GACCACCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB613)、
5’-GTTGCCGTCCGGAAG-3’ (プライマー名:FB659)、
5’-ATGTACGCAGCTTGGT-3’ (プライマー名:FB65)、
5’-GACCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB262)、
5’-CACCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB601)、
5’-GAGCCCCGAGCCCT-3’ (プライマー名:FB609)、
5’-CGTGGATGGTGCGAT-3’ (プライマー名:FB544)、
5’-GTTGACGACCGGAAG-3’ (プライマー名:FB663)、
5’-CGGACTGACTCTGGC-3’ (プライマー名:FE245)、
5’-GCGCTGGCG-3’ (プライマー名:FE105)、
5’-GGACCGGAAC-3’ (プライマー名:FR156)、
5’-CGGCACATCGTTCGG-3’ (プライマー名:FR597)、
5’-CTTCGCGCGGCCCG-3’ (プライマー名:FB255) および、
5’-GTGGTCCAGATG-3’ (プライマー名:J_21_41);
(2) (1)で合成された産物のDNA解離パターンを決定する工程、
(3) (2)で得られたDNA解離パターンと、少なくとも1種類の生物のマスターパターンを比較する工程;ここでマスターパターンとは、比較対象の抗酸菌由来のゲノムDNAを鋳型として(1)および(2)と同じ工程によって得られたDNA産物の解離パターンであり、そして
(4) (2)で得られたDNA解離パターンとマスターパターンが一致したときに、前記被検抗酸菌が当該マスターパターンに由来する抗酸菌であることが示される工程。

【公開番号】特開2008−154458(P2008−154458A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−343175(P2006−343175)
【出願日】平成18年12月20日(2006.12.20)
【出願人】(399077674)G&Gサイエンス株式会社 (21)
【Fターム(参考)】