説明

抗鬱物質とその利用

【課題】心の病の改善にあたっては、生活習慣の改善や薬物治療が広く行われている。習慣性をも含めた副作用に対する危惧から、誰もが受け入れられる簡便で安全なものとして、近年、食品又はこれに準ずる天然物からの有用物質を利用した機能性食品が注目されている。本発明は植物の有する生体調節機能を利用して、脳内の代謝を改善し、鬱病の予防・治療、さらには日常生活におけるリラックス感の促進に有効な薬剤、又は飲食品を提供することを目的とする。
【解決手段】ラズベリー、マジョラムもしくはアムラの植物体もしくはこれらの植物を、水又は有機溶媒単独、又はそれらの混合物で抽出処理して得られるエキスを有効成分し、抗鬱作用を持つ医薬品・飲食品を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラズベリー、マジョラム、アムラより得られる抗うつ物質及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
高度情報化社会の発展は我々に便利で豊かな生活をもたらした一方、人と人との直接的なコミュニケーションの機会減少、情報の氾濫による価値観の消失を始めとした様々な要因が社会的ストレスを助長することとなり、老若男女を問わず精神面で不安定な人を増やす結果となった。心の健康の喪失は、若年者の犯罪、自殺、鬱病患者の増加の原因の一つに数えられるなど大きな問題となりつつあり、いかにして心の健康を維持し、心の病を克服するかということに社会的関心が向けられるようになってきた。
【0003】
鬱病を始めとした心の病の改善にあたっては、生活習慣の改善や薬物治療が広く行われている。しかし生活習慣の改善においては、本人のみならず看病にあたる家族にも持続困難な自己規制を強いることがあり、また薬物治療に関しては、習慣性をも含めた副作用に対する危惧から逃れられず、誰もが受け入れられるような簡便で安全な改善手段が望まれている。近年、食品又はこれに準ずる天然物から様々な有用物質が見出され、その生理機能と、薬物にはない安全性を生かした機能性食品がブームになりつつある。機能性食品には脳の代謝に影響を与えることで不安や緊張感を緩和し、意欲を向上させることが期待されるものがあり、その作用として脳内の血流増加、ノルエピネフリンの増加、セロトニンの増加等がこれまでに報告されている。これらの食品には鬱症状の改善など薬物的な作用に加え、日常生活における精神的なストレスの緩和やリラックス感の促進などの生理機能が期待され、健常な精神状態の維持を助けることで、心身症の発症予防にも有用であると期待される。また食品を摂取するだけで効果が期待されるため生活習慣の大きな変更を伴わず、また薬物治療と比較して副作用の危険性も低いなどの利点を有する。
【0004】
マジョラム(Marjoram)は地中海沿岸から北アフリカを原産とするシソ科の多年生草本であり、学名をOriganum majorana、和名をマヨラナという。精油成分に富み、その約4割をモノテルペン類、約5割をモノテルペンアルコール類が占める。これらの成分は抗菌・抗ウイルス作用、組織再生作用、抗炎症作用、鎮痛・鎮静作用等を示すとされ、古くから「万能の薬草」として知られていた。さらに、食欲をそそる芳香を有することから料理用ハーブとしても広く知られ、肉料理や、トマト、チーズ・バターを使用した料理、さらにはリキュール酒やビールの香りづけに利用されてきた。
【0005】
ラズベリー(Rasberry)はヨーロッパを原産とするバラ科の低木であり、学名をRubus idaeus L.、和名をヨーロッパキイチゴという。葉や果実が下痢止め、緩下、滋養強壮、分娩促進の目的で使われてきた。また、果実と葉は香気成分を豊富に含んでおり、飲料、食品、酒類、香粧品、石けん、洗剤、浴剤等に利用されている。ラズベリーの香気にはカルボニル類が大きく寄与しており、特にα−イロン、β−ヨノン、ラズベリーケトンが名高い。ラズベリーケトンについては、最近になって脂肪燃焼促進効果も報告されている。
アムラ(Amla)はインド、インドシナ、台湾、中国雲南省・四川省などに分布し、野生種・栽培種ともに海抜1,500m以上の山の斜面に見られる。トウダイグサ科の落葉樹であり、学名をEmblica officinalis
Gaertn、和名をマラッカノキ、インドスグリ、別名アーマラキーという。ビタミンCやタンニン・ポリフェノール類を豊富に含み、滋養強壮、白髪予防、ヒアルロン酸やコラーゲンの保護と言った生理作用が知られている。
以上のようにマジョラム、ラズベリー、アムラには様々な機能性が知られており、これらを生かした飲食品や香粧品が市場に出されているが、抗鬱作用、リラックス促進作用、脳代謝改善作用に関する報告例は現時点では見あたらない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
今後我が国においてますます社会問題化していくであろう心身症を予防・治療し、さらには日常生活における精神的なゆとりを高めていくにあたり、食品又は食品に準ずるものから有効成分を見いだす必要がある。本発明はラズベリー、マジョラムもしくはアムラの有する生体調節機能を利用して、脳内の代謝を改善し、鬱病の予防・治療、さらには日常生活におけるリラックス感の促進に有効な薬剤、又は飲食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上記目的を達成するためになされたもので、ラズベリー、マジョラムもしくはアムラが、これまで知られていなかったような生理活性を有することを動物実験により確認して本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、ラズベリー、マジョラムもしくはアムラの植物体もしくはこれらの植物を、水又は有機溶媒単独、又はそれらの混合物で抽出処理して得られるエキスを有効成分とし、抗鬱作用を持つ医薬品・飲食品を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明のラズベリー、マジョラムもしくはアムラの植物体あるいはこれらの抽出エキスを含有する医薬品及び飲食品は、抗鬱作用やリラックス促進作用を有するので、日常生活における精神的なストレスを緩和し、鬱病の予防や治療に有用なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
ラズベリー、マジョラムもしくはアムラの植物体をそのまま使用する場合には、葉、花、果実、種子、幹もしくは根を生の状態、あるいは乾燥の後、適切な大きさに細砕、もしくは粉末化する。
エキスの抽出に際しては、水、アルコール、又はその他の有機溶媒等が用いられる。これらを混合したものを用いても差し支えない。好ましい抽出溶媒は水、あるいは水とアルコール等との混合溶媒である。抽出は、室温抽出、加熱抽出さらには加圧抽出等にて行われる。一般的には室温〜125℃で行われる。植物体からの抽出処理後、遠心分離等により固形分と液体を分離し、さらに必要に応じて濾過等の処理を行った後、減圧濃縮等で濃縮する。さらに、真空乾燥、凍結乾燥等により粉末化することもできる。粉末化に際して、適当な賦形剤を加えても差し支えない。
【0010】
加工された植物体又は抽出エキスは、経口の医薬品として用いることができ、また食品素材と混合して飲食品とすることができる。ラズベリー、マジョラムもしくはアムラの植物体を有効成分として単独で用いても、これらの複数を混合して使用しても差し支えない。性状としては固体状又は液体状を呈し、医薬品としては経口剤として錠剤、カプセル剤、顆粒剤、シロップ剤等の剤型をとる。
植物体あるいはエキスを医薬品として人体に投与するときは、1素材につき1回あたり0.1〜1000mg(乾燥重量)/kg体重の量、好ましくは0.3〜300mg(乾燥重量)/kg体重の量を、1日に1ないし数回経口投与する。
【0011】
飲食品とする場合、これと混合する食品素材は固形物(粉状、薄片状、塊状など)、半固形物(ゼリー状、水飴状など)、もしくは液状物等のいずれであっても良い。飲食品1gあたりの植物体あるいはエキス含有量は、1素材につき0.3〜300mg(乾燥重量)であることが望ましい。
以下、本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例1】
【0012】
(マジョラムエキスの調製)
100gの乾燥マジョラムを細かく粉砕して1Lの50%エタノールに懸濁し、2時間加熱環流した。室温冷却後、濾過により不溶物を取り除き、減圧濃縮した後、凍結乾燥して11gのマジョラムエキスを得た。
【実施例2】
【0013】
(ラズベリーエキスの調製)
100gの乾燥ラズベリーを細かく粉砕して1Lの50%エタノールに懸濁し、2時間加熱環流した。室温冷却後濾過により不溶物を取り除き、減圧濃縮した後、凍結乾燥して12gのラズベリーエキスを得た。
【実施例3】
【0014】
(アムラエキスの調製)
100gの乾燥アムラを細かく粉砕して1Lの50%エタノールに懸濁し、2時間加熱環流した。室温冷却後濾過により不溶物を取り除き、減圧濃縮した後、凍結乾燥して15gのラズベリーエキスを得た。
【実施例4】
【0015】
(錠剤、カプセル剤)
マジョラムエキス 10.0g
乳糖 75.0g
ステアリン酸マグネシウム 15.0g
合 計 100.0g
上記の各重量部を均一に混合し、常法に従って錠剤、カプセル剤とした。
【実施例5】
【0016】
(錠剤、カプセル剤)
ラズベリーエキス 10.0g
乳糖 75.0g
ステアリン酸マグネシウム 15.0g
合 計 100.0g
上記の各重量部を均一に混合し、常法に従って錠剤、カプセル剤とした。
【実施例6】
【0017】
(錠剤、カプセル剤)
アムラエキス 10.0g
乳糖 75.0g
ステアリン酸マグネシウム 15.0g
合 計 100.0g
上記の各重量部を均一に混合し、常法に従って錠剤、カプセル剤とした。
【実施例7】
【0018】
(散剤、顆粒剤)
マジョラムエキス 20.0g
澱粉 30.0g
乳糖 50.0g
合 計 100.0g
上記の各重量部を均一に混合し、常法に従って散剤、顆粒剤とした。
【実施例8】
【0019】
(散剤、顆粒剤)
ラズベリーエキス 20.0g
澱粉 30.0g
乳糖 50.0g
合 計 100.0g
上記の各重量部を均一に混合し、常法に従って散剤、顆粒剤とした。
【実施例9】
【0020】
(散剤、顆粒剤)
アムラエキス 20.0g
澱粉 30.0g
乳糖 50.0g
合 計 100.0g
上記の各重量部を均一に混合し、常法に従って散剤、顆粒剤とした。
【実施例10】
【0021】
(飴)
ショ糖 20.0g
水飴(75%固形分) 65.0g
水 9.5g
着色料 0.45g
香 料 0.05g
マジョラムエキス 5g
合 計 100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従って飴とした。
【実施例11】
【0022】
(飴)
ショ糖 20.0g
水飴(75%固形分) 65.0g
水 9.5g
着色料 0.45g
香 料 0.05g
ラズベリーエキス 5g
合 計 100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従って飴とした。
【実施例12】
【0023】
(飴)
ショ糖 20.0g
水飴(75%固形分) 65.0g
水 9.5g
着色料 0.45g
香 料 0.05g
アムラエキス 5g
合 計 100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従って飴とした。
【実施例13】
【0024】
(ジュース)
濃縮ミカン果汁 15.0g
果 糖 4.9g
クエン酸 0.2g
香 料 0.1g
色 素 0.15g
アスコルビン酸ナトリウム 0.05g
マジョラムエキス 0.1g
水 79.5g
合 計 100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従ってジュースとした。
【実施例14】
【0025】
(ジュース)
濃縮ミカン果汁 15.0g
果 糖 4.9g
クエン酸 0.2g
香 料 0.1g
色 素 0.15g
アスコルビン酸ナトリウム 0.05g
ラズベリーエキス 0.1g
水 79.5g
合 計 100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従ってジュースとした。
【実施例15】
【0026】
(ジュース)
濃縮ミカン果汁 15.0g
果 糖 4.9g
クエン酸 0.2g
香 料 0.1g
色 素 0.15g
アスコルビン酸ナトリウム 0.05g
アムラエキス 0.1g
水 79.5g
合 計 100.0g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従ってジュースとした。
【実施例16】
【0027】
(麦茶)
麦茶 5.0g
マジョラムエキス 3.0g
水 2992g
合 計 3000g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従って麦茶成分を抽出した後、
アスコルビン酸ナトリウム 1.8g
を配合して麦茶とした。
【実施例17】
【0028】
(麦茶)
麦茶 5.0g
ラズベリーエキス 3.0g
水 2992g
合 計 3000g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従って麦茶成分を抽出した後、
アスコルビン酸ナトリウム 1.8g
を配合して麦茶とした。
【実施例18】
【0029】
(麦茶)
麦茶 5.0g
アムラエキス 3.0g
水 2992g
合 計 3000g
上記の各重量部の各成分を用い、常法に従って麦茶成分を抽出した後、
アスコルビン酸ナトリウム 1.8g
を配合して麦茶とした。
実施例4−18においてラズベリー、マジョラム、アムラのいずれか1種を用いたが、2種類または3種類を混合して使用することもできる。
【実施例19】
【0030】
(抗うつ・意欲向上作用)
試験には、日本エスエルシー社から購入した体重22〜30gの雄性ddY系マウスを用いた。200mLのビーカーに深さ8cmになるように水道水を入れ、適宜温水または冷水を用いて温度を22℃に維持し、この中にマウスを入れて15分間泳がせた。24時間後、10%(w/v)の試験素材(マジョラムエキスおよびラズベリーエキス)を含む投与液をマウスに10mL/kg経口投与し、その30分後から6分間に亘って前述と同一条件でマウスを泳がせた。水泳開始の2分後から4分間にわたり、マウスが水中で手足を動かしているか観察し、動きを示した時間を合計して「自発水泳時間」とした。一般に、抗うつ作用や意欲向上作用を有する物質の摂取により、マウスの自発水泳時間が長くなることが知られている。
表1に示した通り、マジョラムエキス、ラズベリーエキス、もしくはアムラエキスの投与によりマウスの自発水泳時間が延長した。
【0031】
【表1】



【実施例20】
【0032】
(脳内アミン増加作用)
試験には、日本エスエルシー社から購入した体重22〜30gの雄性ddY系マウスを用いた。マウスに10%(w/v)の試験素材(マジョラムエキスおよびラズベリーエキス)を含む投与液を10mL/kg経口投与し、その60分後に脳を摘出して線条体を採取した。線条体を10倍量(w/v)の生理食塩水中でホモジナイズした後、過塩素酸を添加して除タンパクを行った。酢酸ナトリウムを添加してpH3.5に調整した後、液体クロマトグラフィーによりセロトニンおよびノルエピネフリンの濃度を測定した。
表2に示した通り、マジョラムエキス、ラズベリーエキス、もしくはアムラエキスの投与により脳内のセロトニンおよびノルエピネフリン濃度が増加した。
【0033】
【表2】

【0034】
本発明によれば、マジョラム、ラズベリーもしくはアムラを原料として、抗鬱作用、脳内セロトニン、ノルエピネフリン増加作用を有する物質を得ることができた。更にこれを、医薬品や飲食品の材料として容易に利用することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラズベリー、マジョラム、アムラの少なくとも1種類の植物体もしくは植物体から水又は有機溶媒単独、又はそれらの混合物で抽出処理して得たエキスを有効成分とし、抗鬱作用を有する抗鬱物質。
【請求項2】
脳内のノルエピネフリン量増加作用を特徴とする請求項1記載の抗鬱物質。
【請求項3】
脳内のセロトニン量増加作用を特徴とする請求項1記載の抗鬱物質。
【請求項4】
ラズベリー、マジョラム、アムラの少なくとも1種類の植物体もしくは植物体から水又は有機溶媒単独、又はそれらの混合物で抽出処理して得たエキスを有効成分とし、脳内のノルエピネフリン量増加作用を特徴とする脳代謝改善剤。
【請求項5】
ラズベリー、マジョラム、アムラの少なくとも1種類の植物体もしくは植物体から水又は有機溶媒単独、又はそれらの混合物で抽出処理して得たエキスを有効成分とし、脳内のセロトニン量増加作用を特徴とする脳代謝改善剤。
【請求項6】
請求項1−3のいずれか1項記載の抗鬱物質を含有する医薬品。
【請求項7】
請求項1−3のいずれか1項記載の抗鬱物質を含有する飲食品。

【公開番号】特開2006−213608(P2006−213608A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−25569(P2005−25569)
【出願日】平成17年2月1日(2005.2.1)
【出願人】(000000055)アサヒビール株式会社 (535)
【Fターム(参考)】