説明

拍動検出装置

【課題】 装置の処理負担を低減しつつ、効果的なノイズ対策を実行できる拍動検出装置を実現する。
【解決手段】 拍動検出装置100は、脈波センサー10と、脈波信号を適応的にフィルタリングし、かつ、いずれかが選択的に使用される第1適応フィルター202aおよび第2適応フィルター202bと、脈波センサーが継続して動作している第1期間において、使用する適応フィルターを切り替える適応フィルター切り替え部17と、を有する脈波信号フィルタリング部200と、脈波周波数解析部400と、を含み、適応フィルター切り替え部17は、第1期間のうちの、第1適応フィルター202aが継続して適応処理を行っている第2期間の途中の第1時点で、第2適応フィルター202bの適応処理を開始させ、第1時点よりも後の時点であり、かつ第2期間の終点である第2時点において、第1適応フィルター202aから、第2適応フィルター202bに切り替える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、拍動検出装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
拍動検出装置は、人体の心拍に由来する拍動を検出するための装置であって、例えば、腕、手のひら、手指などに装着される脈波センサーからの信号(脈波信号)から、人体の体動の影響により発生する信号成分(体動影響信号)を雑音として除去し、心拍に由来する信号(拍動信号)を検出する装置である。
【0003】
人の指や手首に装着するタイプの脈波センサーは、例えば、特許文献1に記載されている。また、脈波センサーから出力される脈波信号に含まれるノイズ成分を、フィルタリングによって除去する技術は、例えば、特許文献2に記載されている。特許文献2に記載される技術では、複数のバンドパスフィルターの中から、その時点における脈拍を示す周波数に近い周波数の信号を通過させるバンドパスフィルターを選択する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−198829号公報
【特許文献2】特開2007−54471号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載される技術では、脈波センサーは、人の指、手のひら、手首等に装着される。指、手のひら、手首等は、身体の中でも特に動きの多い部位である。よって、それらの部位に脈波センサーを装着した場合には、脈波センサーから出力される脈波信号には、多くのノイズが混在する。例えば、装着者が、手、あるいは手の周辺の部位を動かすと、心拍による血流とは独立して別の血流の変化が発生し、脈波センサーがキャッチする信号にノイズが混入する。
【0006】
また、例えば、装着者が、手を物や装着者自身の別の身体部位へぶつけることによって、心拍による血流変動とは独立して別の血流の変化が発生する。脈波センサーはこの血流変化をキャッチすることから、脈波センサー出力信号にノイズが混入する。
【0007】
特に、手首型の拍動検出装置(人等の手首に装着するタイプの拍動検出装置)は、指型の拍動検出装置(人等の指に装着するタイプの拍動検出装置)に比べて、得られる脈波信号が弱いことから、十分なノイズ対策が必要となる。
【0008】
例えば、手首には尺骨、擁骨(トウコツ)などの骨と腱、筋肉が集まっており、指、手、手首等を動かすことによって、腱や筋肉の形状が大きく変化する。この際、血流の変化が生じる。動脈や静脈の血液の流れを観察すると、動脈は、静脈よりも心拍による血流変化がより鮮明に現れ、よって、脈波信号にも、心拍のリズムがより明確に現れる。静脈の血流では、心拍の動きは見にくい。しかしながら、手首外側の皮下組織(浅い部位)には、動脈血管が少ない。つまり、手首には動脈が少なく、また、動脈はより深い位置にある場合が多い。よって、脈波センサーで血流の変化を捕捉しようとしたときに、心拍による血流変化よりも、外的な要因による血流変化のほうが支配的となり易い。そのため、手の動きや手周辺への衝撃が入ると、心拍による血流変化が見えにくくなる可能性が高い。
【0009】
また、特許文献2に記載される技術では、複数のバンドパスフィルターの中から、その時点における脈拍を示す周波数に近い周波数の信号を通過させるバンドパスフィルターを選択する。但し、このような処理を実現するためには、例えば、ソフトウエア上にて、多数の判断処理を実施する必要があり、処理上の負担が増加し、また、処理に要する時間が長くなるのは否めない。このことは、拍動検出装置の大型化、消費電力の増大につながる。例えば、腕時計程度の大きさの拍動検出装置を実現するためには、装置の処理負担や消費電力を低減しつつ、効果的なノイズ対策を実行することが重要である。
【0010】
本発明の少なくとも一つの態様によれば、例えば、装置の処理負担を低減しつつ、効果的なノイズ対策を実行できる拍動検出装置を実現することができる。また、例えば、脈波センサーを手首外側(腕時計の裏蓋面と接触する部位)など、脈波信号を取得しにくい部位に装着するタイプの拍動検出装置において、拍動信号を表す拍動呈示スペクトルの特定性能を向上させることができる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(1)本発明の拍動検出装置の一態様は、被検体の拍動に由来する拍動信号を検出する拍動検出装置であって、前記拍動信号と、前記被検体の体動に由来する体動ノイズ信号を含むノイズ信号とが混在した脈波信号を出力する脈波センサーと、前記脈波信号をフィルタリングするフィルターであって、周波数応答特性を自己適応させる第1適応フィルターおよび第2適応フィルターと、前記脈波センサーが継続して動作している第1期間において、使用する適応フィルターを切り替える適応フィルター切り替え部と、を有する脈波信号フィルタリング部と、前記脈波信号フィルタリング部から出力されるフィルタリング後の信号に基づいて、所定時間毎に周波数解析処理を行って前記拍動信号を示す拍動呈示スペクトルを特定する脈波周波数解析部と、を含み、前記適応フィルター切り替え部は、前記第1期間のうちの、前記第1適応フィルターが継続して適応処理を行っている第2期間の途中の第1時点で、前記第2適応フィルターの適応処理を開始させ、前記第1時点よりも後の時点であり、かつ前記第2期間の終点である第2時点において、前記第1適応フィルターから、前記第2適応フィルターへの切り替えを実行する。
【0012】
適応フィルターは、入力信号に基づいて、伝達関数を自己適応的に変化させることができるフィルター、すなわち周波数応答特性を自己適応させるフィルターである。適応フィルターは一般にデジタル信号処理を行うデジタルフィルターとして実装される。フィルターの所望の性能(例えば、入力信号に含まれるノイズ成分を最小化するといった性能)を維持するために、所定のアルゴリズム(例えば最適化アルゴリズム)が使用される。所定のアルゴリズムには、フィルタリング後の信号に基づいて得られる信号がフィードバックされ、そのアルゴリズムによる適応処理によってフィルター係数が適応的に変化し、その結果として、適応フィルターの周波数応答特性が変化する。適応フィルターが継続的に動作している期間では、アルゴリズムによる適応処理が継続的(断続的)に行われ、適応フィルターの所望の性能が維持される。適応フィルターは例えば、適応線スペクトル強調器のように、自己相関性の高い出力信号を得るフィルターとして構成することができる。これにより、脈波信号に突発的な変動成分が混入した場合に、その変動成分を除去することができる。
【0013】
但し、適応フィルターが、ある程度の時間にわたって継続的に動作すると、適応フィルターの性能が、所望のレベルよりも低下する場合がある。これは、脈波センサーから出力される脈波信号に、拍動信号(定常的成分)と、被検体の体動に由来する体動ノイズ信号を含むノイズ信号(非定常的成分)とが混在していることに起因する。つまり、適応フィルターの性能は、拍動信号(定常的成分)に追従して変化するが、その一方で、ノイズ信号にも追従する可能性がある。拍動信号ならびにノイズ成分のレベル(信号振幅)は、時間経過と共に変動し、また、例えば、突発的かつ非定常的な変動もあり得る。よって、例えば、突発的に拍動成分のレベルが低下し、同時に、ノイズ成分のレベルが上昇した場合には、適応フィルターの性能は、ノイズ成分に追従して変化する。適応フィルターは、基本的には、入力信号の中から、自己相関性の高い信号を選別して出力することから、時間経過と共に、少しずつノイズへの追従が進行し、徐々にノイズ信号も通過させるようになる。この場合には、ある程度の時間が経過すると、適応フィルターの性能はかなり低下して、正常な状態への復帰がむずかしくなる場合がある。
【0014】
例えば、腕時計型の拍動検出装置は、被検体の手首に装着して使用され、例えば、被検体の経時的な動作状態の変化を記録するために、長時間にわたって継続的に使用される場合がある。よって、長時間にわたって継続的に使用しても、適応フィルターの性能が低下しないようにすることが好ましい。
【0015】
そこで、本態様では、第1適応フィルターおよび第2適応フィルターを設け、適応フィルター切り替え部が、適切なタイミングで、使用する適応フィルターを切り替えるようにした。
【0016】
切り替え後に使用される適応フィルターの状態が、適切なフィルター係数がセットされている状態であれば、切り替え後の適応フィルターの性能は、切り替え前の適応フィルターの性能よりも向上し、よって、適切な適応処理が維持されることになる。
【0017】
但し、単にフィルターを切り替えるだけでは、フィルター性能を常に、確実に維持できるとは限らない。例えば、切り替え直後の適応フィルターが初期化されている状態(フィルター係数がオールゼロ)の場合を考える。この場合、適応処理(フィルタ係数の更新処理)がある程度進むまでの期間では、あらゆる周波数帯の信号を通しにくい傾向が生じる。
【0018】
このとき、拍動成分信号よりも信号レベルの大きな体動ノイズ成分信号が混入すると、フィルターが、体動ノイズ成分に適応してしまう可能性があるのは否めない。つまり、フィルター係数を初期化した時点において、脈波信号の中で最も支配的な成分信号に対して、最も早く適応処理が進む場合がある。つまり、例えば、適応フィルターが切り替わった直後(フィルターが初期化されている時点)で、外乱ノイズ成分信号が支配的であると、拍動を示す拍動呈示スペクトル(拍動の周期及びその信号強度を示す周波数スペクトル)を特定するための好適なフィルター処理結果を得にくくなる場合がある。
【0019】
この点を考慮して、本態様では、適応フィルターを切り替える前に、次に使用する適応フィルターの適応処理を開始し、ある程度、適応処理が進行した時点で、適応フィルターを切り替えるようにした。この場合、切り替え後の適応フィルターは、脈波信号に含まれる定常的な成分(つまり、相関性が高い拍動信号成分)に追従している状態であることから、切り替え直後に、仮に非定常的なノイズが生じたとしても、拍動成分が遮断されにくくなる。
【0020】
つまり、事前にある程度適応処理の進んだ適応フィルターに切り替えることで、FFT(高速フーリエ変換)等を用いた周波数解析を行った場合に、拍動呈示スペクトルを誤検出する可能性が低減される。
【0021】
また、本態様では、適応フィルターを使用することから、複数のバンドパスフィルターを使用する必要がない。また、適応フィルターの切り替えは、例えば、フィルター係数のセットをソフトウエア的に切り替えることによって実現でき、装置の処理負担の増加は少なく、また、装置の消費電力の増加も特に問題とならない。
【0022】
よって、本態様によれば、例えば、装置の処理負担を低減しつつ、効果的なノイズ対策を実行できる拍動検出装置(例えば、長時間の使用に耐える拍動検出装置)を実現することができる。また、例えば、脈波センサーを手首外側(腕時計の裏蓋面と接触する部位)など、脈波信号を取得しにくい部位に装着するタイプの拍動検出装置において、拍動呈示スペクトルの特定性能を向上させることが可能となる。
【0023】
(2)本発明の拍動検出装置の他の態様では、前記適応フィルター切り替え部は、前記第2適応フィルターの適応処理を開始させるとき、フィルター係数が初期化された状態、または、前記フィルター係数が、前記第2適応フィルターが過去に継続して動作していた期間内の一時点におけるフィルター係数値に設定された状態から、前記適応処理を開始させる。
【0024】
本態様では、適応フィルターの切り替え後に使用される適応フィルターの適応処理は、フィルター係数が初期化されている状態、あるいは、過去に継続して動作していた期間内の一時点におけるフィルター係数値に設定されている状態から開始されることを明らかとした。フィルター係数が初期化されている状態とは、例えば、フィルター係数値がオールゼロの状態である。フィルターが初期化された状態から適応処理を開始し、ある程度の時間が経過すれば、適応フィルターは、拍動成分への追従ができている状態となり、その時点で、適応フィルターを切り替えることができる。
【0025】
また、過去に継続して動作していた期間内の一時点におけるフィルター係数値は、例えば、切り替え後に使用される適応フィルターが、過去に継続的に動作していたときに得られた好ましいフィルター係数値である。このようにすれば、例えば、予備的な適応処理(適応フィルター切り替え前の事前適応処理)の時間を短くする効果が期待できる。つまり、適応フィルターの適応がより早く進行して好ましい状態に到達するため、事前適応処理の時間は短くてすむ。
【0026】
(3)本発明の拍動検出装置の他の態様では、前記適応フィルター切り替え部は、前記第1適応フィルターの性能を評価する適応フィルター性能評価部を有し、
前記第1時点は、前記適応フィルター性能評価部によって、前記第1適応フィルターの性能が劣化していると評価された時点である。
【0027】
使用中の適応フィルターの性能が高い場合には、適応フィルターの切り替えは不要である。つまり、適応フィルターの切り替えが必要となるのは、使用中の適応フィルターの性能の低下の兆候が現れた後である。
【0028】
そこで、本態様では、適応フィルター性能評価部を設けて、使用中の適応フィルターの性能が劣化していることを評価し、使用中の適応フィルターが劣化していると評価された時点から次に使用する適応フィルターの適応処理(事前適応処理)を開始することとした。
【0029】
(4)本発明の拍動検出装置の他の態様では、前記適応フィルター性能評価部は、前記脈波信号フィルタリング部によってフィルタリングされる前の前記脈波信号、および前記脈波信号フィルタリング部から出力されるフィルタリング後の信号の少なくとも一方の信号の周波数スペクトルに基づいて算出される指標に基づいて、前記第1適応フィルターの性能を評価する。
【0030】
本態様では、フィルター性能を評価するために、フィルタリングされる前の脈波信号、脈波信号フィルタリング部から出力されるフィルタリング後の信号の少なくとも一方の信号の周波数スペクトルに基づいて算出される指標を利用する点を明らかとした。
【0031】
適応フィルターの性能は、周波数スペクトルの分布や主要な基線のピーク値等に基づいて判定することが可能であることから、フィルター前の信号あるいはフィルター後の信号の、少なくとも一方の周波数解析結果から指標を算出し、その指標の値に基づいて、フィルター性能の劣化兆候を判定するものである。
【0032】
(5)本発明の拍動検出装置の他の態様では、前記指標は、前記拍動呈示スペクトルのスペクトル値と、周波数軸上で前記拍動呈示スペクトルに隣り合って現れる左右、各一本のスペクトル値との合計を、観測している全周波数帯域に現れる周波数スペクトルの合計値で除算して得られる指標であり、前記適応フィルター性能評価部は、前記脈波信号フィルタリング部によってフィルタリングされる前の前記脈波信号に基づいて得られる前記指標の第1の値と、前記脈波信号フィルタリング部から出力されるフィルタリング後の信号に基づいて得られる前記指標の第2の値とを比較することによって、前記第1適応フィルターの性能を評価する。
【0033】
フィルター性能の劣化兆候は、抽出しようとする相関性の高い信号成分(拍動成分)のスペクトル値が、観測している周波数帯域における全スペクトル値の合計に対して、どの程度の割合を占めるかによって、判定が可能である。
【0034】
本態様では、拍動呈示スペクトルのスペクトル値と、周波数軸上で拍動呈示スペクトルに隣接して現れる左右、各一本のスペクトル値との合計を、観測している全周波数帯域に現れる周波数スペクトルの合計値で除算して得られる指標を採用し、フィルター前の信号についての指標の値(第1の値)と、フィルター後の信号についての指標の値(第2の値)とを比較することによって、適応フィルターの劣化兆候を判定する。
【0035】
例えば、適正にフィルタリング処理が実行されているのならば、第1の値から第2の値を減算した値(差分値)は、所定の閾値以上となる。差分値が閾値未満となるということは、すなわち、フィルター後の信号のスペクトルの状態と、フィルター前の信号のスペクトルの状態との差が小さいことを意味し、この場合には、適応フィルターの性能が劣化していると評価することができる。
【0036】
(6)本発明の拍動検出装置の他の態様では、前記第2時点は、前記第1時点から所定時間が経過した時点である。
【0037】
本態様では、次に使用する適応フィルターの事前適応処理を開始してから、所定時間が経過した時点で、適応フィルターを切り替えるようにした。事前適応処理が開始されてから、ある程度の時間が経過すれば、切り替え後に使用する適応フィルターの適応がある程度進み、適応フィルター切り替えのための準備は完了したとみることができる。また、次に使用される適応フィルターが事前適応処理を行っている期間は、第1適応フィルターと第2適応フィルターとが共に動作している期間であることから、この期間が必要以上に長くなると、無駄な消費電力が増大する。よって、適応フィルター切り替えの準備のための所定期間が経過した時点で、適応フィルターの切り替えを行うものである。
【0038】
(7)本発明の拍動検出装置の他の態様では、前記第2時点は、前記第2期間が開始された時点である第3時点から、所定の許容時間が経過した時点である。
【0039】
本態様では、適応フィルターを切り替える時点(適応フィルター切り替えタイミング)を、現在使用している適応フィルターの、継続的な動作の開始時点を基準にして決定する。
【0040】
例えば、現在使用している適応フィルターが継続的な動作を開始してから所定の許容時間が経過したときは、例えば適応フィルターの劣化兆候の有無や、事前適応処理のために必要な時間が経過しているか否か等に関係なく、適応フィルターを切り替えることができる。この場合、使用中の適応フィルターの累積使用時間が所定の許容時間に達すると適応フィルターが切り替わることから、適応フィルターの性能が大きく劣化する以前に、確実に、適応フィルターを切り替えることができる。また、本態様によれば、例えば、何らかの理由によって適応フィルターの劣化兆候が見逃されたような場合であっても、適応フィルターを確実に切り替えることができる。よって、適応フィルターが切り替わらずに継続使用される時間が、許容時間を超えて長くなるという事態が生じない。
【0041】
(8)本発明の拍動検出装置の他の態様では、前記脈波信号フィルタリング部は、前記脈波信号を、所定時間遅延させる遅延処理部と、前記第1適応フィルター及び前記第2適応フィルターの少なくともいずれかの係数を更新するフィルター係数更新部と、減算部と、を有し、前記第1適応フィルター及び前記第2適応フィルターの少なくともいずれかは、前記遅延処理部の出力信号の中から、自己相関性が高い第1信号を選別して出力し、前記減算部は、前記脈波信号から前記第1信号を減算して、前記第1信号よりも自己相関性が低い第2信号を生成し、前記第2信号を前記フィルター係数更新部に供給し、前記フィルター係数更新部は、前記第2信号が抑制されるように、前記第1適応フィルター及び前記第2適応フィルターの少なくともいずれかの係数を更新する。
【0042】
本態様では、脈波信号フィルタリング部は、遅延処理部と、適応フィルターと、フィルター係数更新部と、減算部とを有する。これらの構成を有する部分は、適応線スペクトル強調器と呼ばれることがある。フィルター係数更新部は、減算部から出力される第2信号(相関性が低い信号であり、エラー信号と呼ばれることがある)が抑制されるように(例えば最小化されるように)、フィルター係数を更新する。
【0043】
本態様によれば、適応フィルターを、適切なタイミングで切り替えることができる。よって、長時間の連続計測を行う場合であっても、適応フィルターの性能を、適切なレベルに維持することができる。これにより拍動検出の失敗や誤検出の発生を低減することができる。
【0044】
このように、上述の本発明の態様の少なくとも一つによれば、例えば、脈波信号フィルタリング部を構成する適応フィルターを適切なタイミングで切り替えることによって、適応フィルターの性能を適切なレベルに維持することができる。また、例えば、適応フィルターを有効活用することから、フィルター構成を簡素化でき、また、適応フィルターの切り替えを行うことは比較的容易であり、したがって、装置の処理負担を低減しつつ、効果的なノイズ対策を実行できる拍動検出装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の拍動検出装置の一例の構成を示す図
【図2】図2(A)〜(C)は、脈波センサーならびに拍動検出装置の構成の一例を示す図
【図3】図3(A)および図3(B)は、適応フィルターの切り替え処理のタイミングと、フィルターを切り替える構成の一例を示す図
【図4】フィルターの切り替え処理のタイミングの具体例を示すタイミングチャート
【図5】適応フィルターの切り替え処理の手順例を示すフローチャート
【図6】適応フィルタリング処理(前処理)ならびに周波数解析処理(後処理)の手順の一例を示すフローチャート
【図7】SN3(S/N指標)を用いた、フィルター劣化兆候の判断の一例を示す図
【図8】図8(A)〜図8(C)は、実際の処理における脈波信号波形と、FFTによって得られる周波数スペクトルの一例を示す図
【図9】図9(A)および図9(B)は、適応フィルターの切り替えを実行する例と、しない場合の例(比較例)の各々におけるS/N指標(SN3)の、時間経過に対応した変動を調べた結果を示す図
【発明を実施するための形態】
【0046】
以下、本実施形態について説明する。なお、以下に説明する本実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、本実施形態で説明される構成の全てが、本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0047】
(第1実施形態)
(全体構成例)
図1は、本発明の拍動検出装置の一例の構成を示す図である。図1に示される拍動検出装置100は、被検体(人や動物を含む)の拍動に由来する拍動信号、拍動信号に対応する心拍等の生体情報等を検出するセンサー装置の一種である。
【0048】
ここで、拍動とは、医学的には心臓のみならず内臓一般の周期的な収縮、弛緩が繰り返された場合に起こる運動のことをいう。ここでは、心臓が周期的に血液を送るポンプとしての動きを拍動と呼ぶ。なお、心拍数とは、1分間の心臓の拍動の数をいう。また、脈拍数末梢血管における脈動の数をいう。心臓が血液を送り出す際に、動脈に脈動が生じるので、この回数を数えたものを脈拍数あるいは単に脈拍と呼ぶ。腕で脈を計測する限りは、医学的には心拍数とは呼ばずに脈拍数と呼ぶのが通常である。また、以下の説明では、体動という用語が使用される。体動とは、広い意味では、体を動かすことすべてを意味する(広義の体動)。また、被検体の定常的(周期的)な体動を狭義の体動といってもよい。例えば、歩行・ジョギングなどに伴う定常的、周期的な腕(脈拍計の装着部位近辺)の動きが狭義の体動に相当する。
【0049】
図1に示される拍動検出装置100は、脈波センサー10と、脈波信号蓄積部(4秒分の脈波信号dのデータを蓄積する第1バッファメモリー13および16秒分の脈波信号dのデータを蓄積する第2バッファメモリー15を有する)12と、適応フィルター切り替え部17を含む脈波信号フィルタリング部200と、体動センサー(加速度センサーやジャイロセンサー等)11と、体動ノイズ除去処理部300と、脈波周波数解析部400と、検出結果等を表示する表示部(液晶パネル等を含む)600と、を有する。
【0050】
脈波センサー10は、例えば、光電脈波センサー及びその原理に基づく脈波センサーである。脈波センサー10は、拍動信号と、被検体(人や動物)の体動に由来する体動ノイズ信号を含むノイズ信号とが混在した脈波信号dを出力する。
【0051】
ここで、脈波信号dは、例えば、拍動成分信号(定常的成分あるいは周期的成分)と、体動ノイズ成分(定常的あるいは周期的成分)と、外乱ノイズ成分(衝撃ノイズ等の、非定常的あるいは非周期的成分)とを含む。
【0052】
脈波センサー10から出力される脈波信号dの、4秒分の信号が、第1バッファメモリー13に蓄積される。4秒分の脈波信号dは、4秒周期で、第2バッファメモリー15に転送される。第2バッファメモリー15はFIFO(ファーストイン・ファーストアウト)メモリーであり、16秒分の脈波信号は、4秒分ずつ更新される。16秒分の脈波信号を蓄積するのは、周波数解析によって拍動成分を特定するとき、ある程度の時間幅で信号の推移を観測し、相関の有無等を慎重に検討する必要があるからである。
【0053】
脈波信号フィルタリング部200は、入力信号に、定常的な周波数成分とその他の非定常な成分が含まれるときに、それらを分離して出力することのできる適応フィルターの一種である。
【0054】
脈波信号フィルタリング部200は、脈波信号を、所定時間(ここでは1サンプル時間)遅延する遅延処理部201と、遅延処理部201の出力信号の中から、自己相関性が高い第1信号yを選別して出力すると共に、いずれかが選択的に使用される第1適応フィルター202aおよび第2適応フィルター202bと、各適応フィルター202a,202bの係数を更新するフィルター係数更新部(nLMSフィルター係数更新部)210と、脈波信号dから第1信号y(具体的にはya,yb)を減算して、第1信号y(ya,yb)よりも自己相関性が低い第2信号e(=d−y:ea=d−yaあるいはeb=d−yb)を生成し、第2信号eをフィルター係数更新部(nLMSフィルター係数更新部)210に供給(フィードバック)する減算部204と、を有している。
【0055】
なお、遅延処理部201と、第1適応フィルター202aおよび第2適応フィルター202bと、フィルター係数更新部(nLMSフィルター係数更新部)210と、を含む機能ブロックは、適応線スペクトル強調器と呼ばれることがある。なお、適応線スペクトル強調器とは、例えば、入力信号に定常的な周波数成分(相関性の高い成分)と、その他の非定常的な成分(相関性の低い成分)とが含まれるときに、各成分を分離して出力する機能をもつ適応フィルター(あるいは適応フィルター部)である。
【0056】
nLMSフィルター係数更新部210は、第2信号eの値が抑制されるように(例えば、最小化されるように)、適応フィルターの係数(ここでは、正規化最小平均自乗係数(nLMS係数))を、適応的に更新する。フィルター係数の更新は、各適応フィルター202a,202b毎に、独立に行われる。つまり、第1適応フィルター202aから第1信号yaが出力され、第2適応フィルター202bから第1信号ybが出力される。減算部204は、脈波信号dから第1信号yaを減算することによって第2信号ea(=d−ya)を算出し、また、脈波信号dから第2信号ybを減算することによって第2信号eb=d−yb)を算出する。第1適応フィルター202aのフィルター係数は、第2信号eaに基づいて更新される。また第2適応フィルター202bのフィルター係数は、第2信号ebに基づいて更新される。
【0057】
なお、説明の便宜上、以下、使用中の適応フィルターからの第1信号を単にyと記載し、第2信号を単にeと記載する。また、図1においても、減算部204の入力信号および出力信号に関して、同様の表記が使用されている。
【0058】
また、第1信号yおよび第2信号e(=d−y)の各々に、ゲイン係数h1,h2の各々を乗算し(この処理は、ゲイン調整部206に含まれる係数乗算器207a,207bによって実行される)、その後、両信号は、合算部208によって合算される。例えば、h1≧1.0に設定され、h2<1.0に設定される。これによれば、衝撃による影響を軽減するとともに、拍動成分や体動成分の急変化への追従性を高めることができる。例えば、安静中の脈拍が60だった人が速いペースのジョギングを開始し、脈拍が150まで急上昇していくようなとき、適応フィルター202の追従性が、脈拍の上昇より遅れてしまうと、適応フィルター202は、急上昇中の心拍成分の信号を遮断してしまう可能性がある。これを排除することができる。
【0059】
第1適応フィルター202aおよび第2適応フィルター202b(これらは、以下の説明では、各適応フィルターという場合がある)は、入力信号に基づいて、伝達関数を自己適応的に変化させること、すなわち、周波数応答特性を自己適応させることができる。
【0060】
第1適応フィルター202aおよび第2適応フィルター202bは、一般にデジタル信号処理を行うデジタルフィルターとして実装される。適応フィルターの所望の性能(例えば、入力信号に含まれるノイズ成分を最小化するといった性能)を維持するために、所定のアルゴリズム(例えば最適化アルゴリズム)が使用される。所定のアルゴリズムには、フィルタリング後の信号に基づいて得られる信号がフィードバックされ、そのアルゴリズムによる適応処理によってフィルター係数が適応的に変化し、その結果として、適応フィルターの周波数応答特性が変化する。
【0061】
脈波センサー10が継続的に動作している期間(つまり、サンプリングされた脈波信号dが継続的に出力されている期間)では、アルゴリズムによる適応処理が継続的(断続的)に行われ、第1適応フィルター202aまたは第2適応フィルター202bの所望の性能が維持される。
【0062】
但し、いずれかの適応フィルターが、ある程度の時間にわたって継続的に動作すると、適応フィルターの性能が、所望のレベルよりも低下する場合がある。これは、脈波センサー10から出力される脈波信号dに、拍動信号(定常的成分)と、被検体の体動に由来する体動ノイズ信号を含むノイズ信号(非定常的成分)とが混在していることに起因する。つまり、適応フィルター202の性能は、拍動信号(定常的成分)に追従して変化するが、その一方で、ノイズ信号にも追従する可能性がある。拍動信号ならびにノイズ成分のレベル(信号振幅)は、時間経過と共に変動し、また、例えば、突発的かつ非定常的な変動もあり得る。よって、例えば、突発的に拍動成分のレベルが低下し、同時に、ノイズ成分のレベルが上昇した場合には、適応フィルター202の性能は、ノイズ成分に追従して変化する。適応フィルター202は、基本的には、入力信号の中から、自己相関性の高い信号を選別して出力することから、時間経過と共に、少しずつノイズへの追従が進行し、徐々にノイズ信号も通過させるようになる。この場合、ある程度の時間が経過すると、使用中の適応フィルターの性能はかなり低下して、正常な状態への復帰がむずかしくなることがある。
【0063】
そこで、本実施形態では、適応フィルター切り替え部17が、適切なタイミングで、第1適応フィルター202aおよび第2適応フィルター202bのうちの、使用中であるいずれか一方の適応フィルターを、いずれか他方の適応フィルターに切り替える処理(適応フィルター切り替え処理)を実行する。
【0064】
切り替え後に使用される適応フィルターの状態が、適切なフィルター係数がセットされている状態であれば、切り替え後の適応フィルターの性能は、切り替え前の適応フィルターの性能よりも向上し、よって、適切な適応処理が維持されることになる。
【0065】
但し、単に適応フィルターを切り替えるだけでは、適応フィルター性能を常に、確実に維持できるとは限らない。例えば、切り替え直後の適応フィルターが、例えば初期化されている状態(フィルター係数がオールゼロ)の場合を考える。この場合、適応処理(フィルター係数の更新処理)がある程度進むまでの期間では、あらゆる周波数帯の信号を通しにくい傾向が生じる。
【0066】
このとき、拍動成分信号よりも信号レベルの大きな体動ノイズ成分信号が混入すると、適応フィルターが、体動ノイズ成分に適応してしまう可能性があるのは否めない。つまり、フィルター係数を初期化した時点において、脈波信号の中で最も支配的な成分信号に対して、最も早く適応処理が進む場合がある。つまり、例えば、適応フィルターが切り替わった直後(フィルターが初期化されている時点)で、外乱ノイズ成分信号が支配的であると、拍動呈示スペクトルを特定するための好適なフィルター処理結果を得にくくなる場合がある。
【0067】
この点を考慮して、本実施形態では、適応フィルターを切り替える前に、次に使用するフィルターの適応処理を開始し、ある程度、適応処理が進行した時点で、適応フィルターを切り替えるようにした。
【0068】
すなわち、適応フィルター切り替え部17は、脈波センサー10が継続的に動作している第1期間のうちの、第1適応フィルター202aおよび第2適応フィルター202bのいずれか一方の適応フィルターが継続的に適応処理を行っている第2期間の途中の第1時点で、いずれか他方の適応フィルターの適応処理を開始させる。そして、第1時点より後の時点であり、かつ第2期間の終点である第2時点において、使用する適応フィルターを切り替える。
【0069】
いずれか他方の適応フィルターの適応処理が開始される時点(第1時点)では、その適応フィルターは、フィルター係数が初期化されている状態、あるいは過去に継続して動作していた期間内の一時点におけるフィルター係数値に設定されている状態であることが好ましい。ここで、フィルター係数が初期化されている状態とは、例えば、フィルター係数値がオールゼロの状態である。フィルターが初期化された状態から適応処理を開始し、ある程度の時間が経過すれば、適応フィルターは、拍動成分への追従ができている状態となり、その時点(第2時点)で、適応フィルターを切り替えることができる。
【0070】
また、過去に継続して動作していた期間内の一時点におけるフィルター係数値は、例えば、切り替え後に使用される適応フィルターが、過去に継続的に動作していたときに得られた好ましいフィルター係数値である。このようにすれば、例えば、予備的な適応処理(フィルター切り替え前の事前適応処理)の時間を短くする効果が期待できる。つまり、フィルターの適応がより早く進行して好ましい状態に到達するため、事前適応処理の時間は短くてすむ。つまり、第2時点が到来するタイミングを早めることができる。適応フィルター切り替え処理の詳細については後述する。
【0071】
切り替え後の適応フィルターは、切り替え時点において、ある程度の時間にわたって動作している(つまり、事前の適応処理が進行している)状態であり、脈波信号dに含まれる定常的な成分(つまり、相関性が高い拍動信号成分)に追従している状態となっている。よって、切り替え直後に、仮に非定常的なノイズが生じたとしても、拍動成分が遮断されにくくなる。
【0072】
つまり、事前にある程度適応処理の進んだフィルターに切り替えることで、FFT(高速フーリエ変換)等を用いた周波数解析を行った場合に、拍動を表す拍動呈示スペクトル(拍動の周期及びその信号強度を示す周波数スペクトル)を誤検出する可能性が低減される。
【0073】
図1に示されるように、適応フィルター切り替え部17は、FFT(高速フーリエ変換)を実行する高速フーリエ変換部212と、必要に応じて設けることができる高速フーリエ変換部213,219と、適応フィルター性能評価部214と、タイミング判定部(タイマー)216と、適応フィルター切り替え処理部218と、を有していることが好ましい。タイミング判定部(タイマー)216は、例えば、脈拍の計測開始時点を基準として経過時間を計測し、適応フィルターの切り替えタイミングを管理する。
【0074】
高速フーリエ変換部212は、脈波信号dを高速フーリエ変換する。なお、高速フーリエ変換部213、219が設けられる場合、高速フーリエ変換部213は、体動センサー11から出力される加速度信号(X方向成分)を高速フーリエ変換し、高速フーリエ変換部219は、体動センサー11から出力される加速度信号(Y方向成分)を高速フーリエ変換する。
【0075】
適応フィルター性能評価部214は、フィルター前のSN3算出部215と、適応フィルター劣化判定部217と、適応フィルター切り替え処理部218と、を有する。
【0076】
使用中の適応フィルターの性能が高い場合には、適応フィルターの切り替えは不要である。つまり、適応フィルターの切り替えが必要となるのは、使用中の適応フィルターの性能の低下の兆候が現れた後ということができる。
【0077】
そこで、本実施形態では、適応フィルター性能評価部214を設けて、使用中の適応フィルターの性能の劣化兆候を検出し、検出時点から、次に使用するフィルターの適応処理(事前適応処理)を開始することとした。
【0078】
適応フィルターの性能の客観的な評価のためには、適応フィルターの性能に関する何らかの指標が必要となる。本実施形態では、フィルタリングされる前の脈波信号d、あるいは、脈波信号フィルタリング部200から出力されるフィルタリング後の信号(体動ノイズ除去後の信号を含む)の少なくとも一方の信号の周波数スペクトルに基づいて算出されるS/N指標(例えば、SN3と呼ばれる指標)を利用する。
【0079】
フィルターの性能は、周波数スペクトルの分布や主要な基線のピーク値等に基づいて判定することが可能であることから、フィルター前の信号あるいはフィルター後の信号の、少なくとも一方の周波数解析結果から指標を算出し、その指標の値に基づいて、適応フィルターの性能の劣化兆候を判定することが好ましい。
【0080】
ここで、SN3とは、適応フィルターの性能を評価するためのS/N指標であって、拍動呈示スペクトルのスペクトル値と、周波数軸上で拍動呈示スペクトルに隣り合って現れる左右、各一本のスペクトル値との合計を、観測している全周波数帯域に現れる周波数スペクトルの合計値で除算して得られる指標である。
【0081】
すなわち、SN3は、以下の算出式によって表すことができる。
SN3=(拍動呈示スペクトルとその左右1本のスペクトル値の合計)/(全周波数0〜4Hzにおけるスペクトル値の合計)(単位:%)
なお、拍動呈示スペクトルとは、一定期間の拍動成分信号のFFT結果として得られる周波数スペクトルのうち、拍動の周期およびその信号強度を示す周波数スペクトルのことである。
【0082】
すなわち、適応フィルターの性能の劣化兆候は、抽出しようとする相関性の高い信号成分(拍動成分)のスペクトル値が、観測している周波数帯域における全スペクトル値の合計に対して、どの程度の割合を占めるかによって判定が可能であることから、指標としてSN3を利用するものである。
【0083】
例えば、フィルター前のSN3算出部215は、フィルター前の脈波信号(原信号)dについてのSN3を算出する。また、脈波周波数解析部400には、フィルター後のSN3算出部412が設けられており、このフィルター後のSN3算出部412は、フィルター後の信号(フィルター後の脈波信号)についてのSN3を算出する。
【0084】
適応フィルター性能評価部214に含まれる適応フィルター劣化判定部217には、例えば、フィルター前のSN3算出部215で算出された、フィルター前の信号についての指標値(第1の値)と、フィルター後のSN3算出部412で算出された、フィルター後の信号についての指標値(第2の値)とが入力される。適応フィルター劣化判定部217は、第1の値と第2の値とを比較して、使用中のフィルターの性能劣化兆候の有無を判定する。
【0085】
例えば、適正にフィルタリング処理が実行されているのならば、SN3の第1の値から、SN3の第2の値を減算して得られる値(すなわち差分値)は、所定の閾値以上となるはずである。差分値が閾値未満となるということは、すなわち、フィルター後の信号のスペクトルの状態と、フィルター前の信号のスペクトルの状態との差が小さいことを意味し、この場合、適応フィルターが有効に働いていないことになり、よって、フィルターの性能の劣化兆候ありと判定する。すなわち、その時点で、適応フィルターの劣化兆候が検出されたことになる。
【0086】
なお、適応フィルターの性能の評価は、SN3の第1の値あるいは第2の値(いずれか単独)に基づいて評価することもできる。つまり、適応フィルターの性能が高ければ、SN3の値は大きくなり、適応フィルターの性能の低下に伴って、SN3の値は小さくなる。よって、例えば、所定の閾値とSN3の値とを比較することによって、フィルター性能の劣化の兆候を検出することが可能である。但し、上述したように、SN3の第1の値と第2の値とを比較する手法をとれば、適応フィルターの性能の劣化兆候の判定の精度を高めることができる。
【0087】
また、図1において、体動センサー11は、被検体の体動、例えば、歩行やジョギングなどに伴う定常的、周期的な腕(脈拍計の装着部位近辺)の動きを検出するセンサーであり、例えば、加速度センサーやジャイロセンサーを含むことができる。
【0088】
また、体動ノイズ除去処理部300は、体動ノイズ除去用の、第1適応フィルター302および第2適応フィルター304を有する。体動ノイズ(体動ノイズ成分)は、脈波信号(より正確には、合算部208の出力信号)に含まれる、人間等の定常的な運動や動作(体動)に起因して生じた血管の容積変化を示すノイズ成分である。腕や指に装着する脈拍計の場合、歩行中やジョギング中における腕振りの影響で、その腕振りのリズムに合わせて血管に容積変化が生じる。人間が定常的な動作をすることにより、その動作の周波数を持った成分信号となる。体動ノイズ成分は、脈波センサー装着部位近辺に装着した加速度センサーが出力する信号の波形と相関性が高いことがわかっている。
【0089】
また、脈波周波数解析部400は、体動ノイズ除去後の脈波信号が入力される高速フーリエ変換部402と、体動センサー11からの加速度信号(X軸方向成分)が入力される高速フーリエ変換部404と、体動センサー11からの加速度信号(Y軸方向成分)が入力される高速フーリエ変換部406と、拍動成分特定部(拍動呈示スペクトル特定部)408と、脈拍数の算出部410と、を有する。また、上述したように、脈波周波数解析部400は、必要に応じて、さらにフィルター後のSN3算出部412を有することができる。
【0090】
拍動成分特定部(拍動呈示スペクトル特定部)408は、FFT後の、16秒分の脈波信号について4秒毎に周波数解析を行い、スペクトル値やスペクトルの分布等に基づいて、過去に得られた拍動成分との相関性等を検討し、拍動呈示スペクトルを特定する。拍動呈示スペクトルとは、上述したとおり、一定期間の拍動成分信号のFFT結果として得られる周波数スペクトルのうち、拍動の周期およびその信号強度を示す周波数スペクトルである。なお、体動呈示スペクトルとは、一定期間の体動ノイズ成分信号のFFT結果として得られるスペクトルのうち、体動(例えば歩行中の腕振)の周期およびその信号強度を示す周波数スペクトルである。
【0091】
脈拍数算出部410は、脈拍数を算出する。基本的には、周波数軸上における拍動呈示スペクトルの位置(周波数)が定まれば、そのスペクトルの位置に対応して、脈拍数が一義的に定まる。
【0092】
フィルター後のSN3算出部412は、上述のとおり、フィルター後の信号についてのSN3の値(第2の値)を算出する。
【0093】
また、表示部600には、検出された脈拍数や拍動を示す波形、検出された運動状態、被検体の消費カロリー、現在の時刻等を表示することができる。
【0094】
図1に示される拍動検出装置100では、第1適応フィルター202aおよび第2適応フィルター202bの切り替えが適切なタイミングで実行される。よって、適応フィルター202の継続的な使用によって、仮に、フィルターの性能が低下したとしても(例えば、ノイズ成分への追従が支配的になることによって、拍動信号に追従しないような場合が生じたとしても)、フィルター切り替え後のフィルターは、好ましい適応状態から適応処理を開始することができ、この結果、拍動信号を捕捉するように自己適応が効率的に進行する。よって、フィルター性能は、常に、拍動信号に追従する好ましい状態に維持されることになる。
【0095】
図1の拍動検出装置100では、適応フィルター202を使用することから、複数のバンドパスフィルターを使用する必要がなく、さらに、どのバンドパスフィルターの出力を出力信号として採用するかを、所定条件に従って判定する必要もない。また、適応フィルターの切り替えは簡単に実行することができ、装置の処理負担の増加は少なく、また、装置の消費電力の増加も特に問題とならない。
【0096】
よって、本実施形態によれば、例えば、装置の処理負担を低減しつつ、効果的なノイズ対策を実行できる拍動検出装置100(例えば、長時間の使用に耐える拍動検出装置100)を実現することができる。また、例えば、脈波センサー10を手首の外側(腕時計の裏蓋面と接触する部位)など、脈波信号を取得しにくい部位に装着するタイプの拍動検出装置において、拍動呈示スペクトルの特定性能を向上させることが可能となる。
【0097】
(腕時計型脈拍計の例)
図2(A)〜(C)は、脈波センサーならびに拍動検出装置の構成の一例を示す図である。図2(A)は、脈波センサー10の一例の断面構造を示している。図2(A)に示される脈波センサー10は、基板3の裏面(下面)に設けられている発光素子1と、透明カバー(光透過性の材料で構成される接触部材)2と、光反射ドーム(光反射部)4と、基板3の表面(上面)に設けられる受光部5と、を有する。発光素子1から出射された光R1は、被検出部位SA(ここでは手首とする)における血管(生体情報源)Oに到達し、反射される。血管Oの容積は、拍動に伴って周期的に変動することから、反射光R1’の強度は、拍動に対応して周期的に変動する。反射光R1’は、反射ドーム4で反射された後、受光部5に入射する。受光部5は、入射光を電気信号に変換する。
【0098】
図2(B)は、脈波センサー10における回路構成の一例を示している。発光部1の発光は、制御回路161によって制御される。また、受光部5から出力される受光信号は、増幅回路162によって増幅された後、A/D変換回路163によってデジタル信号に変換される。このようにして、脈波信号dが得られる。
【0099】
図2(C)は、腕時計型の脈拍計(本実施形態の拍動検出装置を内蔵する)の使用例を示している。脈拍計は、リストバンド500と、表示部600と、本実施形態の拍動検出装置100(内蔵されている)と、を有している。図2(C)の例では、脈拍計(すなわち拍動検出装置100)は、被検体である人(ユーザー)の左手首に装着されている。
【0100】
(適応フィルターの切り替え処理)
図3(A)および図3(B)は、適応フィルターの切り替え処理のタイミングと、フィルターを切り替える構成の一例を示す図である。
【0101】
図3(A)は、適応フィルターの切り替え処理のタイミングの一例を示している。時間軸の上側に、第1適応フィルター202aの動作期間が示されている(網模様が施されている部分)。また、時間軸の下側には、第2適応フィルター202baの動作期間が示されている(斜線が施された部分ならびに灰色の部分)。
【0102】
時刻t1に、拍動検出装置100は拍動検出処理(つまり計測処理)を開始し、その動作は時刻t10まで継続する。時刻t1から時刻t10までの第1期間TXは、脈波センサー10が継続的に動作している期間である。第1期間TXにおいて、被検体(ここでは人体とする)の拍動信号と、体動に由来する体動ノイズ信号を含むノイズ信号と、が混在した脈波信号が継続的に出力される。
【0103】
時刻t1において、第1適応フィルター202aが動作を開始する。次のフィルターの切り替えタイミングは、時刻t3に到来する。第1適応フィルター202aは、時刻t3まで継続的に動作する。第2適応フィルター202bは、適応フィルターの切り替えタイミングである時刻t3よりも、所定時間だけ前の時刻t2において、適応処理(事前適応処理)を開始する。時刻t2から時刻t3までの第3期間TZは、第2適応フィルター202bが事前適応処理を行っている期間である。
【0104】
以下、同様の動作が繰り返される。なお、TY’は、第2適応フィルター202bが継続して動作している第2期間(次の第2期間)であり、TZ’は、第1適応フィルター202aが事前適応処理を行っている第3期間(次の第3期間)である。
【0105】
次に動作する適応フィルターの適応処理が開始されるタイミング(時刻t2,t4,t6,t8)は、上述のとおり、使用中の適応フィルターの劣化兆候が検出された時点とすることができる。
【0106】
また、次に使用する適応フィルター(図3では次フィルターと記載されている)の事前適応処理を開始してから、所定時間が経過した時点(時刻t3,t5,t7,t9)で、適応フィルターを切り替えてもよい。つまり、事前適応処理が開始されてから、ある程度の時間が経過すれば、切り替え後に使用する適応フィルターの適応がある程度進み、適応フィルター切り替えのための準備は完了したとみることができる。また、次に使用される適応フィルターが事前適応処理を行っている期間は、第1適応フィルター202aと第2適応フィルター202bが共に動作している期間であることから、この期間が必要以上に長くなると、無駄な消費電力が増大する。よって、適応フィルター切り替えの準備のための所定期間が経過した時点で、適応フィルターの切り替え処理を行うことが好ましい。
【0107】
但しこれは一例である。例えば、適応フィルターを切り替える時点(適応フィルター切り替えタイミング)を、現在使用している適応フィルターの、継続的な動作の開始時点を基準にして決定することもできる。例えば、現在使用している適応フィルターが継続的な動作を開始した時点(図3(A)における時刻t1,t2,t4,t6,t8)から所定時間(所定の許容時間)が経過したときは、例えば適応フィルターの劣化兆候の有無や、事前適応処理のために必要な時間が経過しているか否か等に関係なく、適応フィルターを切り替えることができる。この点については後述する。
【0108】
図3(B)は、適応フィルターを切り替える構成の一例を示す図である。第1適応フィルター202aおよび第2適応フィルター202bは、例えば、FPGA(フィールド・プログラマブル・ゲートアレイ)で構成されるデジタルフィルター(ハードウエア)11と、第1適応フィルター202a用のフィルター係数セット(配列変数)A30aと、第2適応フィルター202b用のフィルター係数セット(配列変数)B30dと、を格納しているメモリー21と、フィルター係数セット(配列変数)Aとフィルター係数セット(配列変数)Bとを切り替えるためのスイッチSW1(スイッチ制御信号SELによって切り替えられる)と、によって、実質的に構成することができる。
【0109】
スイッチSW1がa端子側に切り替えられた状態は、第1適応フィルター202aが動作している状態であり、スイッチSW1がb端子側に切り替えられた状態は、第2適応フィルター202bが動作している状態である。
【0110】
本実施形態では、適応フィルターを使用することから、複数のバンドパスフィルターを使用する必要がない。また、適応フィルターの切り替えは、例えば、フィルター係数のセットをソフトウエア的に切り替えることによって実現できることから、装置の処理負担の増加は少なく、また、装置の消費電力の増加も特に問題とならない。
【0111】
次に、適応フィルターの切り替え処理のタイミングの、より具体的な例について説明する。図4は、適応フィルターの切り替え処理のタイミングの具体例を示すタイミングチャートである。
【0112】
図4において、時刻t10〜時刻t60までの期間が、脈波センサー10が継続的に動作している第1期間TXであり、時刻t10から時刻t40までが、第1適応フィルター202aが継続的に動作する第2期間(厳密にいえば、第1回目の第2期間)TYであり、時刻t30から時刻t40までが、次に使用される第2適応フィルター202bの事前適応処理が行われている第3期間(厳密にいえば、第1回目の第3期間)である。
【0113】
図4において、例えば、第1適応フィルター202aが動作を開始した時点(時刻t10:第3時点とする)から、第1時間(例えば10分)が経過した時刻t20までを、第1適応フィルター202aの切り替えが不要な期間TAとする。時刻TAは、時刻t10を基準として定期的に設定することができる。
【0114】
また、時刻t20から、第2時間(例えば5分)が経過した時刻t50までを適応フィルターの切り替えが可能な期間TBとする。
【0115】
時刻t50は、適応フィルターを強制的に切り替えるタイミング(限界時点)である。この時刻t50は、現在使用している適応フィルターである第1適応フィルター202aが、継続的な動作を開始した時点t10から、所定の許容時間が経過した時点である。本実施形態では、この時刻t50において、例えば適応フィルターの劣化兆候の有無や、事前適応処理のために必要な時間が経過しているか否か等に関係なく、適応フィルターを切り替える。
【0116】
このようにすることで、使用中の適応フィルター(ここでは第1適応フィルター202a)の累積使用時間が、所定の許容時間に達すると適応フィルターが切り替わることから、適応フィルターの性能が大きく劣化する以前に、確実に、適応フィルターを切り替えることができる。また、例えば、何らかの理由によって適応フィルターの劣化兆候が見逃されたような場合であっても、適応フィルターを確実に切り替えることができる。よって、適応フィルターが切り替わらずに継続使用される時間が、許容時間を超えて長くなるという事態が生じない。
【0117】
また、時刻t10から時刻t50までの期間TCは、使用中のフィルターである第1適応フィルター202aを、切り替えることなく使用可能な最大の期間である。
【0118】
また、時刻t20は、使用中の適応フィルターである第1適応フィルター202aの性能の劣化兆候を判断する最初のタイミングである。また、時刻t30(第1時点)は、第1適応フィルター202aに劣化兆候ありと判断される最初のタイミングである。
【0119】
時刻t30(第1時点)において、次に使用する適応フィルターである第2適応フィルター202bの事前適応処理が開始される。時刻t40(第2時点)は、時刻t30(第1時点)から所定時間が経過し、次に使用される適応フィルターである第2適応フィルター202bの準備(スタンバイ)が完了する時点である。
【0120】
時刻t30(第1時点)から時刻t40(第2時点)までの第3期間TZが、第2適応フィルター202bの事前適応処理が継続する期間である。
【0121】
時刻t40(第2時点)において、第1適応フィルター202aが継続的に動作する期間である第2期間TYが終了し、この時点で、実際に使用するフィルターが、第1適応フィルター202aから第2適応フィルター202bに切り替わる。
【0122】
次に使用される適応フィルターである第2適応フィルター202bは、適応フィルター切り替え直後において、すでに好ましい状態になっていることから、拍動信号を捕捉するように自己適応が進む。よって、本実施形態では、実際に使用される適応フィルターの性能を、継続的に好ましいレベルに維持することができる。
【0123】
なお、時刻t10〜時刻t50までの各タイミングは、例えば、タイミング判定部(タイマー)216(図1参照)によって簡単に管理することができ、実現が容易である。
【0124】
(適応フィルター切り替え処理の具体的処理手順の例について)
図5は、適応フィルターの切り替え処理の手順例を示すフローチャートである。まず、16秒間の、256サンプルに相当する信号(脈波信号データ等)が取得される(ステップST1)。次に、適応フィルター切り替え可能期間であるかどうかが判定される(ステップST2)。但し、このステップST2は省略することができる。適応フィルター切り替え可能期間でないと判定される場合(ステップST2:N)は、後述するステップST10に処理を移行する。
【0125】
次に、適応フィルター切り替え可能期間であると判定される場合(ステップST2:Y)は、現在使用している適応フィルターの劣化兆候があるか否かが判断される(ステップST3)。この判断には、上述したとおり、例えば、SN3に基づいて算出される値が閾値以下であるか否かを検出する手法を用いることができる。
【0126】
適応フィルターの劣化兆候が検出されたとき(ステップST3:Y)は、次回使用する適応フィルターの適応処理が、すでに開始されているかが判定され(ステップST4)、開始されていなければ(ステップST4:N)、次に使用する適応フィルターの適応処理を開始する。次に使用する適応フィルターは、初期化された状態、あるいは、過去の好ましい時点の状態となっており、この状態から事前適応処理が開始される(ステップST5)。
【0127】
なお、ステップST3でNの場合、ならびに、ステップST4でYの場合には、ステップST6に進む。
【0128】
ステップST6では、適応フィルターを強制的に切り替える時点である限界時点に達したか否かが判断される。例えば、使用中の適応フィルターの累積使用時間が、許容期間TCに相当する時間に達したか否かが判断される。ただし、このステップST6は省略することができる。
【0129】
ステップST6でNの場合は、次に使用する適応フィルターの準備が完了しているか否かが判定される(ステップST7)。例えば、事前適応処理の時間が、第3期間TDに相当する時間に達しているならば、準備完了(スタンバイOK)と判断される。
【0130】
ステップST6、ステップST7においてYの場合には、フィルターの切り替え処理が実行され(ステップST8)、タイミング判定部(タイマー)216の時間カウントをリセットし、新たに時間のカウントを開始する(ステップST9)。続いて、次の処理Aに進む。また、ステップST6、ステップST7においてYの場合においても、次の処理Aに進む。
【0131】
次に、適応フィルタリング処理(周波数解析前において、脈波信号フィルタリング部200によって実行される前処理)と、脈波周波数解析部400によって行われる周波数解析処理(後処理)の手順について説明する。
【0132】
図6は、適応フィルタリング処理(前処理)ならびに周波数解析処理(後処理)の手順の一例を示すフローチャートである。前処理では、まず、遅延処理部201にて、脈波信号dを遅延させる(ステップST10)。次に、処理したデータ数が、全サンプル数に到達しているかを判定し(ステップST11)、到達していない場合(ステップST11:Y)には、第1適応フィルター202aまたは第2適応フィルター202bによる処理を行って、自己相関性が高い信号である第1信号(定常的成分)yを出力する(ステップST12)。続いて、脈波信号dから第1信号yを減算することによって、自己相関性が低い信号eを出力する(ステップST13)。なお、ステップST11において、処理したデータ数が、全サンプル数に到達していると判定する場合は(ステップST11:N)、後述するステップST19に処理を移行する。
【0133】
ステップST13の次に、サンプリング区間内の脈波信号に過大振幅が検出されたか否かを判定する(ステップST14)。過大振幅が検出された場合(ステップST14:Y)には、衝撃ノイズが加わった可能性が高いことから、衝撃検出モードのゲイン係数(例えば、h1=1.2,h2=0)が選択され、選択されたゲイン係数に基づいて出力値が算出される(ステップST15)。その後、ステップST11に戻り、処理を続行する。
【0134】
ステップST14において、過大振幅が検出されない場合(ステップST14:N)には、最後に過大振幅が検出されてから、一定期間、過大振幅が検出されていないかを判定し(ステップST16)、検出されていないならば(ステップST16:Y)、適応フィルター係数更新処理を実行する(ステップST17)。ステップST16において、最後に過大振幅が検出されてから、一定期間、過大振幅が検出されていると判定される場合(ステップST16:N)には、ステップST15に処理を移行する。ステップST17の次に、通常モードのゲイン係数(例えば、h1=1.0,h2=0.5)が選択され、選択されたゲイン係数に基づいて出力値が算出される(ステップST18)。その後、ステップST11に戻り、処理を続行する。
【0135】
次に、後処理の手順について説明する。まず、フィルタリング後の信号と、加速度信号等(体動信号)とが取得される(ステップST19)。次に、体動ノイズ除去処理部300(図1参照)による、体動除去適応フィルタリング処理が実行される(ステップST20)。
【0136】
次に、脈波周波数解析部400によって、周波数解析処理が実行される(ステップST21)。次に、脈拍数算出部410によって、脈拍数(脈拍値)が算出される(ステップST22)。
【0137】
次に、ステップST23において、4秒間(脈波信号のサンプル周期)が経過したかが判定され、経過していれば(ステップST23:Y)、ステップST2に戻る。ステップST23において、4秒間が経過していないと判定される場合には(ステップST23:N)、4秒間が経過していると判定されるまで、ステップST23で待機する。
【0138】
(実際の処理例)
以下、実際の処理例について説明する。図7は、SN3を用いた、フィルター劣化兆候の判断の一例を示す図である。
【0139】
図7の例では、フィルター前の脈波信号(原信号)dに基づくSN3の値(第1の値)と、フィルター後の信号(フィルター後の脈波信号)に基づくSN3の値(第2の値)との比較に基づいて、フィルターの劣化兆候を判定する。より具体的には、フィルター前の脈波信号dに基づくSN3の値(第1の値)の最近1分間の平均値(例えば単純加算平均値)と、フィルター後の脈波信号に基づくSN3の値(第2の値)の、最近1分間の値の平均値(例えば単純加算平均値)との差が、ある閾値よりも小さい場合は、フィルター性能劣化の傾向ありと判別する。
【0140】
図7には、フィルター前の脈波信号dに基づくSN3の値(第1の値)の例、それらの最近1分間の平均値の例、フィルターの脈波信号に基づくSN3の値(第2の値)の例、それらの最近1分間の値の平均値の例が、表形式(データテーブル形式)で示されている。
【0141】
図7の例では、データテーブルの上に示されるように、以下の関係が成立する。すなわち、0.156718−0.117115 ≒ 0.0396 < 0.04という関係が成立する。
【0142】
ここで、0.156718は、フィルター後の脈波信号に基づくSN3の値(第2の値)の、最近1分間の値の平均値である。0.117115は、フィルター前の脈波信号dに基づくSN3の値(第1の値)の、最近1分間の平均値である。0.0396は,各平均値の差分値である。0.04(つまり4%)は、判定閾値である。
【0143】
この例では、1分間のSN3の平均値の差分値が、4%未満となったので、適応フィルターの性能が劣化し始めたと判定する。
【0144】
すなわち、適正にフィルタリング処理が実行されているのならば、第1の値の平均値から、第2の値の平均値を減算して得られる差分値は、所定の閾値以上となるはずである。差分値が閾値未満となるということは、すなわち、フィルター後の信号のスペクトルの状態と、フィルター前の信号のスペクトルの状態との差が小さいことを意味し、この場合には、フィルターが有効に働いていないと推定することができ、よって、適応フィルターの性能の劣化兆候ありと判定することができる。このようにして、使用中の適応フィルターの劣化兆候を、精度よく検出することができる。
【0145】
但し、この判定例は一例であり、これに限定されるものではない。上記の判定を、3分間にわたって連続して実行し、各SN3平均値の差分(差分値)が、所定回(例えば3回)連続で判定閾値の4%を下回ったら、適応フィルターの劣化兆候がありと判定することもできる。この場合、より精度の高い判定が可能である。
【0146】
また、上述のとおり、差分値ではなく、例えば、各SN3平均値のいずれか単独の値を閾値と比較して、適応フィルターの劣化兆候を判断することもできる。
【0147】
図8(A)〜図8(C)は、実際の処理における脈波信号波形と、FFTによって得られる周波数スペクトルの一例を示す図である。図8では、16秒分の脈波信号の波形(上段)と、そのFFT結果(下段)を示している。なお、この例で取り扱っている脈波信号は、歩行やジョギング等の周期的運動を行っていないときに得られた脈波信号である。
【0148】
図8(A)の上段の波形では、16秒分の信号の終端部分付近において、外乱ノイズ成分と思われる信号の混入が見られる(点線で囲んで示される部分A)。下段のFFT結果においては、脈波信号には、検出対象成分である拍動信号成分MP1aと、外乱ノイズ信号成分SP1aとが混在している。
【0149】
次に、図8(B)を参照する。図8(B)は、図8(A)の上段に示される波形をもつ脈波信号を、適応フィルターの切り替えが実施されない適応フィルターにてフィルタリングして得られる脈波信号と、そのFFT結果を示している。ここでは、適応フィルターは、計測開始から40分程度、継続的に動作している状態(フィルター係数を適応的に更新しながら使用してきた状態)となっている。但し、フィルターの切り替え処理は実施されていない。
【0150】
図8(B)から明らかなように、外乱ノイズ成分(ノイズ信号成分)SP1bは、カットしきれずに残存している。たまたま、図8(B)の例では、拍動呈示スペクトルMP1bのスペクトル値が最も大きいため、各スペクトルのピーク値に基づくソーティング処理(複数のスペクトルをピーク値が大きいものから順に並べる処理)等によって、信号MP1bを、拍動呈示スペクトルであると判定することは可能である。但し、拍動呈示スペクトルMP1bが小さい場合には、外乱ノイズ成分(ノイズ信号成分)SP1bと区別することが困難となり、拍動成分の検出が失敗に終わる可能性が高くなる。
【0151】
次に、図8(C)を参照する。図8(C)は、図8(A)の上段に示される波形をもつ脈波信号を、適応フィルター202にてフィルタリングして得られる脈波信号と、そのFFT結果を示している。ここでは、適応フィルター202は、計測開始から40分程度、継続的に動作している状態(フィルター係数を適応的に更新しながら使用してきた状態)であり、かつ、適応フィルターの切り替えは、10分間隔で実施されている。
【0152】
図8(C)から明らかなように、外乱ノイズ成分SP1cは、適応フィルタリング処理によって十分に抑制され、その一方、拍動呈示スペクトルMP1bは強調されており、よって、拍動成分を、確実に特定することができる。
【0153】
図8(A)に示される脈波信号(原信号)におけるS/N指標(すなわちSN3)は、13.8%であった。図8(B)に示される脈波信号(適応フィルターの切り替え無し)におけるSN3は、13.3%であり、原信号に比べて、やや低下している。これに対して、図8(C)に示される脈波信号(適応フィルターの切り替え有り)におけるSN3は、18.7%であり、S/Nは大幅に改善されている。このS/Nの改善の事実によって、第1適応フィルター202および第2適応フィルター202bを切り替えることによる効果が、数値的に確認できた。
【0154】
(第2実施形態)
図9(A)および図9(B)は、適応フィルターの切り替えを実行する例と、しない場合の例(比較例)の各々におけるS/N指標(すなわちSN3)の、時間経過に対応した変動を調べた結果を示す図である。
【0155】
ここでは、被検体である人が腕時計型の脈拍計(すなわち拍動検出装置100)を装着し、被検体が20分間にわたって歩行し、脈波信号を適応フィルターによってフィルタリングし、そして、フィルタリング後の信号について、S/N指標(SN3)を算出し、その算出結果を、時間軸上でプロットした。
【0156】
図9(A)および図9(B)において、横軸が時間軸であり、縦軸がS/N指標であるSN3の値(%)を示す軸である。図9(A)は、被検体であるユーザーが歩行を開始してから、10分経過するまでのSN3の経時的変化が示されている。また、図9(B)は、15分経過時点から、20分経過するまでのSN3の経時的変化が示されている。また、本実施形態に対応するデータは、黒塗りの四角形で示され、比較例のデータは、白抜きの菱形で示されている。
【0157】
計測開始から10分経過頃の時点まで(図9(A))においては、本実施形態と比較例との間には、SN3の値には差異は、ほとんど現れない。しかしながら、図9(B)から明らかなように、15分経過頃までには、差異がはっきりと現れる。適応フィルターの切り替えを実施する本実施形態の方が、SN3の値が全体的にみて高くなっているのは明らかである。
【0158】
図9(A)および図9(B)によって、脈波信号フィルタリング部を構成する適応フィルター202を、適切なタイミングで切り替えることによって、実際に使用される適応フィルターの性能を、常に適切なレベルに維持することができることが裏付けされた。よって、長時間の連続計測を行う場合であっても、適応フィルターの性能を、適切なレベルに維持することができる。例えば、長時間の連続計測を行う場合であっても、適応フィルターの性能を、適切なレベルに維持することができる。よって、拍動検出の失敗や誤検出の発生を低減することができる。
【0159】
また、例えば、適応フィルターを有効活用することから、フィルター構成を簡素化でき、また、適応フィルターの切り替えを行うことは容易であり、よって、装置の処理負担を低減しつつ、効果的なノイズ対策を実行できる拍動検出装置を実現することができる。
【0160】
なお、上記のように本実施形態について詳細に説明したが、本発明の新規事項及び効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは当業者には容易に理解できるであろう。従って、このような変形例はすべて本発明の範囲に含まれるものとする。
【0161】
例えば、適応フィルターを2個以上設けて、各適応フィルターを時分割で使用する(つまり、適宜、切り替えながら使用する)こともできる。また、明細書又は図面において、少なくとも一度、より広義又は同義な異なる用語と共に記載された用語は、明細書又は図面のいかなる箇所においても、その異なる用語に置き換えることができる。
【符号の説明】
【0162】
10 脈波センサー、11 体動センサー(加速度センサーやジャイロセンサー等)、
12 脈波信号蓄積部、17 適応フィルター切り替え部、
100 拍動検出装置、 200 脈波信号フィルタリング部、
202a,202b 第1適応フィルターおよび第2適応フィルター、
214 適応フィルター性能評価部、215 フィルター前のSN3算出部、
217 適応フィルター劣化判定部、218 適応フィルター切り替え処理部、
300 体動ノイズ除去処理部、400 脈波周波数解析部、600 表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体の拍動に由来する拍動信号を検出する拍動検出装置であって、
前記拍動信号と、前記被検体の体動に由来する体動ノイズ信号を含むノイズ信号とが混在した脈波信号を出力する脈波センサーと、
前記脈波信号をフィルタリングするフィルターであって、周波数応答特性を自己適応させる第1適応フィルターおよび第2適応フィルターと、前記脈波センサーが継続して動作している第1期間において、使用する適応フィルターを切り替える適応フィルター切り替え部と、を有する脈波信号フィルタリング部と、
前記脈波信号フィルタリング部から出力されるフィルタリング後の信号に基づいて、所定時間毎に周波数解析処理を行って前記拍動信号を示す拍動呈示スペクトルを特定する脈波周波数解析部と、を含み、
前記適応フィルター切り替え部は、
前記第1期間のうちの、前記第1適応フィルターが継続して適応処理を行っている第2期間の途中の第1時点で、前記第2適応フィルターの適応処理を開始させ、前記第1時点よりも後の時点であり、かつ前記第2期間の終点である第2時点において、前記第1適応フィルターから、前記第2適応フィルターへの切り替えを実行することを特徴とする拍動検出装置。
【請求項2】
請求項1記載の拍動検出装置であって、
前記適応フィルター切り替え部は、前記第2適応フィルターの適応処理を開始させるとき、フィルター係数が初期化された状態、または、前記フィルター係数が、前記第2適応フィルターが過去に継続して動作していた期間内の一時点におけるフィルター係数値に設定された状態から、前記適応処理を開始させることを特徴とする拍動検出装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2記載の拍動検出装置であって、
前記適応フィルター切り替え部は、前記第1適応フィルターの性能を評価する適応フィルター性能評価部を有し、
前記第1時点は、前記適応フィルター性能評価部によって、前記第1適応フィルターの性能が劣化していると評価された時点であることを特徴とする拍動検出装置。
【請求項4】
請求項3記載の拍動検出装置であって、
前記適応フィルター性能評価部は、前記脈波信号フィルタリング部によってフィルタリングされる前の前記脈波信号、および前記脈波信号フィルタリング部から出力されるフィルタリング後の信号の少なくとも一方の信号の周波数スペクトルに基づいて算出される指標に基づいて、前記第1適応フィルターの性能を評価することを特徴とする拍動検出装置。
【請求項5】
請求項4記載の拍動検出装置であって、
前記指標は、前記拍動呈示スペクトルのスペクトル値と、周波数軸上で前記拍動呈示スペクトルに隣り合って現れる左右、各一本のスペクトル値との合計を、観測している全周波数帯域に現れる周波数スペクトルの合計値で除算して得られる指標であり、
前記適応フィルター性能評価部は、前記脈波信号フィルタリング部によってフィルタリングされる前の前記脈波信号に基づいて得られる前記指標の第1の値と、前記脈波信号フィルタリング部から出力されるフィルタリング後の信号に基づいて得られる前記指標の第2の値とを比較することによって、前記第1適応フィルターの性能を評価することを特徴とする拍動検出装置。
【請求項6】
請求項1〜請求項5のいずれかに記載の拍動検出装置であって、
前記第2時点は、前記第1時点から所定時間が経過した時点であることを特徴とする拍動検出装置。
【請求項7】
請求項1〜請求項5のいずれかに記載の拍動検出装置であって、
前記第2時点は、前記第2期間が開始された時点である第3時点から、所定の許容時間が経過した時点であることを特徴とする拍動検出装置。
【請求項8】
請求項1〜請求項7のいずれかに記載の拍動検出装置であって、
前記脈波信号フィルタリング部は、
前記脈波信号を、所定時間遅延させる遅延処理部と、
前記第1適応フィルター及び前記第2適応フィルターの少なくともいずれかの係数を更新するフィルター係数更新部と、
減算部と、を有し、
前記第1適応フィルター及び前記第2適応フィルターの少なくともいずれかは、前記遅延処理部の出力信号の中から、自己相関性が高い第1信号を選別して出力し、
前記減算部は、前記脈波信号から前記第1信号を減算して、前記第1信号よりも自己相関性が低い第2信号を生成し、前記第2信号を前記フィルター係数更新部に供給し、
前記フィルター係数更新部は、前記第2信号が抑制されるように、前記第1適応フィルター及び前記第2適応フィルターの少なくともいずれかの係数を更新することを特徴とする拍動検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−176196(P2012−176196A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−41490(P2011−41490)
【出願日】平成23年2月28日(2011.2.28)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】