振動解析装置及び振動解析方法
【課題】振動の時間変化に関する特徴を取得可能な装置及び方法を提供する。
【解決手段】振動取得部1は、複数の箇所における振動データを取得する。周波数解析部2は、例えばウェーブレット変換を用いて、振動データを解析する。これにより、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成することができる。多層因子分析部3は、多次元ベクトルデータを用いて、複数の独立したベクトルを生成する。多層因子分析部3により生成された複数のベクトルのうち、少なくとも一つは、振動の時間的特性を表すものとなっている。
【解決手段】振動取得部1は、複数の箇所における振動データを取得する。周波数解析部2は、例えばウェーブレット変換を用いて、振動データを解析する。これにより、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成することができる。多層因子分析部3は、多次元ベクトルデータを用いて、複数の独立したベクトルを生成する。多層因子分析部3により生成された複数のベクトルのうち、少なくとも一つは、振動の時間的特性を表すものとなっている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、振動解析装置及び振動解析方法に関するものである。より詳しくは、本発明は、振動の特徴を解析するための技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
振動を解析する手法としては、従来から、FFT(Fast Fourier Transform)に代表されるフーリエ解析が知られている。フーリエ解析を用いることにより、振動の周波数に関する特徴を知ることができる。
【0003】
しかしながら、フーリエ解析は、振動の時間的変化に関する特徴を知ることが難しいという特性を持っている。
【0004】
そこで、機械的な振動の解析手法として、モード解析が提案されている(下記非特許文献3)。これによれば、振動の周波数と空間分布(変位)とを得ることができる。しかしながら、振動の時間変化を知ることはやはり難しい。
【0005】
一方、多層因子分析とも呼ばれるPARAFACは、多チャンネルで計測した信号の時変スペクトラムを、空間、周波数、時間などを軸に多次元に分解する方法である(下記非特許文献1)。この方法は、心理学にて用いられる測定法に起源を持ち、フルオレセイン(Fluorescein:蛍光色素の一種)の発光のスペクトル解析など、化学分析の分野で用いられ始めている。近年、脳波解析への適用も試みられており、複素ウェーブレット変換と組み合わせることにより、α,β,θ帯域等にわけた脳波の時間変化と空間分布を調べることが可能になっている(下記非特許文献2)。この方法は、時間分解能が高く、動きのある環境下での計測に適しており、今後の発展が期待されている。
【非特許文献1】R. Bro, PARAFAC. Tutorial & applications, Chemometrics and Intelligent Laboratory Systems, 38 (1997), 149-171.
【非特許文献2】F. Miwakeichi, E. Martinez-Montes, P.A. Valdes-Sosa, N. Nishiyama, H. Mizuhara, and Y. Yamaguchi, Decomposing EEG data into space-time-frequency components using Parallel Factor Analysis, NeuroImage 22 (2004), 1035-1045.
【非特許文献3】長松昭男,モード解析,培風館.
【非特許文献4】豊田秀樹,共分散構造分析[応用編],朝倉書店.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものである。本発明の主な目的は、振動の時間変化に関する特徴を取得可能な装置及び方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、下記のいずれかの項目に記載の構成を備えている。
【0008】
(項目1)
振動取得部と、周波数解析部と、多層因子分析部とを備えており、
前記振動取得部は、複数の箇所における振動データを取得する構成となっており、
前記周波数解析部は、前記振動データを解析することにより、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成する構成となっており、
前記多層因子分析部は、前記多次元ベクトルデータを用いて、複数の独立したベクトルを生成する構成となっている
ことを特徴とする振動解析装置。
【0009】
多層因子分析部により生成された複数のベクトルのうち、少なくとも一つは、振動の時間的特性を表すものとなっている。
【0010】
この発明において解析対象となる振動は、例えば機械的振動である。ただし、振動としては、機械的振動の他に、音や電磁波の振動であってもよい。
【0011】
(項目2)
前記多次元ベクトルデータは、前記振動データに対するウエーブレット変換によって生成されたものである
項目1に記載の振動解析装置。
【0012】
(項目3)
前記多次元ベクトルデータは、前記振動データに対する短時間フーリエ変換によって生成されたものである
項目1に記載の振動解析装置。
【0013】
(項目4)
以下のステップを備える振動解析方法
(1)複数の箇所における振動データを取得するステップ;
(2)前記振動データを解析することにより、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成するステップ;
(3)前記多次元ベクトルデータを用いて、複数の独立したベクトルを生成するステップ。
【0014】
(項目5)
項目4に記載の各ステップをコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラム。
【0015】
このコンピュータプログラムは、各種の記録媒体、例えば、磁気的記録媒体(ハードディスクなど)、電気的記録媒体(フラッシュメモリやDRAMなど)、光学的記録媒体(CDやDVDなど)、光磁気的記録媒体(MOなど)に記録することができる。記録媒体の種類はこれらに制約されない。また、このプログラムは、各種の媒体(光ファイバや銅線など)を介して、信号として伝達されることができる。
【0016】
このプログラムは、各種の言語(例えばC言語やアセンブリ言語)により記述されることができる。また、このプログラムは、実行前にコンパイルを要する言語で記述されてもよい。この場合において、このプログラムは、コンパイル前のものであっても、コンパイル後のものであってもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、振動の時間変化に関する特徴を取得可能な装置及び方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態に係る振動解析装置の構成を、図1に基づいて説明する。本実施形態では、機械的振動を解析する装置の例を示す。
【0019】
(振動解析装置の構成)
本実施形態の振動解析装置は、振動取得部1と、周波数解析部2と、多層因子分析部3とを備えている。
【0020】
振動取得部1は、複数の箇所における振動データを取得する構成となっている。振動データとは、例えばある地点における加速度データである。振動データとしては、加速度の他に、速度、変位、高速度カメラによって撮影された画像のデータを用いることができる。振動取得部1としては、加速度データを取得するためには、いわゆる加速度計を用いることができる。
【0021】
周波数解析部2は、振動取得部1で取得された振動データを解析することにより、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成する構成となっている。具体的には、この実施形態では、振動データに対して複素ウェーブレット変換を施すことにより、多次元ベクトルデータを生成する。
【0022】
多層因子分析部3は、周波数解析部2で生成された多次元ベクトルデータを用いて、複数の独立したベクトルを生成する構成となっている。ここで、多層因子分析部3により生成された複数のベクトルのうち、少なくとも一つは、振動の時間的特性を表すものとなっている。
【0023】
本実施形態の装置における各部の動作は、以下に記載する振動解析方法の説明においてさらに詳しく述べる。
【0024】
(振動解析方法)
ついで、本発明の装置を用いた振動解析方法を、図2に示すフローチャートを主に参照しながら説明する。なお、この実施形態における振動解析は、シミュレーションとして行われている。また、この実施形態では、単純支持梁に振動を加えた場合の振動解析を例として説明する。
【0025】
(図2のSA−1)
まず、梁に対して振動を加える。梁100は、図3に示されるように、いわゆる単純支持梁となっている。
【0026】
この梁100には、点荷重振動f0が加わっているとする。そして、梁100には、5個の、質量を無視できる加速度計11〜15が配置されている(図3参照)。これらの加速度計11〜15は、本実施形態の振動取得部1を構成している。
【0027】
図3中の左端を基準として、点荷重の位置をlfとする。また、各加速度計11〜15の設置位置p1,p2,p3,p4,p5は、梁の長さlbに対して、10, 20, 30, 40 ,50%となっている。また、この例では、梁の長さlbを1mとしている。
【0028】
加えた点荷重により、左端からの距離に応じて、各地点において、たわみの加速度を生じる。このときの、点荷重と加速度との間の伝達関数は、sをラプラス演算子、ωnをn次モードの固有角振動数とすると、式(1)のようになる。
【0029】
【数1】
【0030】
ここで、knは以下の式によって求められる。
【0031】
【数2】
【0032】
ここで、梁の諸数値を下記表1に示す。この梁の1次、2次、3次固有振動数は、それぞれ、145.9rad/s(23.2Hz)、583.4rad/s(92.9Hz)、1312.7rad/s(208.9Hz)となる。なお、本実施形態においては、3次モードまでを考慮する。すなわち、N=3として計算を行う。
【0033】
【表1】
【0034】
このようにして梁に加えられた振動は、各加速度計11〜15により取得され、周波数解析部2に送られる。
【0035】
(図2のSA−2及びSA−3)
ついで、周波数解析部2は、以下のようにして、周波数解析を行う。この実施形態では、周波数解析として、ウェーブレット変換が用いられている。
【0036】
本実施形態では、後述する多層因子分析(いわゆるPARAFAC解析)を行う前に、加速度計11〜15で取得された各地点での加速度についての時刻歴データに対して、各々にウェーブレット変換を行う。
【0037】
ウェーブレット変換は、1次元の時刻歴データを、「周波数と時間を軸とした2次元のデータ」に変換することができる。各地点の加速度データをs(t)とすると、ウェーブレット変換は以下のように定義される。なお、aはスケール、bはポジションである。
【0038】
【数3】
【0039】
この式(3)においてΨ(t)は、マザーウェーブレットを表す。マザーウェーブレットとしては、様々なものが提案されているが、本実施形態では、複素Morletを用いた。複素Morletは、周波数を定義しやすく、正弦、余弦波から構成されているという特徴があり、以下の式(4)のように表わされる。式(4)において、fbは帯域幅パラメータ、fcは中心周波数である。ここではfb=2、fc=1とした。
【0040】
【数4】
【0041】
データtが間隔dtの時刻歴データとすると、スケールaは、以下の式(5)によって、周波数f(Hz)に変換される。これにより、周波数f、時間t、空間pの複素多次元のデータ行列S(Nf x Nt x Np)(本発明における「多次元データ行列」の一例に対応)を求めることができる(ステップSA−3)。
【0042】
【数5】
【0043】
なお、いわゆるPARAFAC解析は、時変スペクトラムに対して一般に行われている。このため、従来のPARAFAC解析においては、複素多次元のデータ行列の絶対値を解析対象とすることが多い(非特許文献2参照)。しかし、位相情報を残すために、本実施形態では、実部と虚部に分けて、それぞれについてPARAFAC解析を行う。なお、位相情報が不要であれば、実部か虚部のどちらかについてPARAFAC解析を行えば、振動の時間的特徴は解析できる(後述の計算例を参照)。生成された多次元ベクトルデータは、多層因子分析部3に送られる。
【0044】
(図2のSA−4及びSA−5)
多層因子分析部3では、多次元ベクトルデータに対して、多層因子分析(いわゆるPARAFAC解析)を行う。PARAFAC解析の概略イメージを図4に示す。
【0045】
ここで、多次元のデータ行列S(Nf x Nt x Np)の要素をSftpとし、以下の式であらわされるような、afk,btk,cpkを要素とする独立した三つのベクトルaf,bt,cpに分離することを考える。ここで、kは因子、Nkは因子数を表す。
【0046】
【数6】
【0047】
しかし、一般的な多次元データ行列は、式(6)のようなベクトルに分解できるとは限らない。求めるべきデータ行列の要素をSハットpftとすると、以下の残差εを最小にするよう、交互最小(Alternating least squares)法により、 afk,btk,cpkを求めることになる。このようにして、多次元のデータ行列を多数のベクトルに分離する処理を PARAFAC解析と呼ぶ。
【0048】
【数7】
【0049】
ここで、得られた独立のベクトルafkは振動の周波数的特徴を、btkは時間的特徴を、cpkは空間的特徴を表すことになる(この点はさらに後述する)。これらの特徴は、それぞれ、 frequency profile,temporal profile,spatial profileとも呼ばれる。本実施形態で扱う多次元データ行列の要素は複素数である。そこで、実数成分で構成されるSrftpと、虚数成分で構成されるSiftpに分け、それぞれに対して、PARAFAC解析を行う(ステップSA−4及びステップSA−6)。虚数成分については、ステップSA−6において後述する。
【0050】
ここで、PARAFAC解析を行う際には、適切な因子数Nkを決める必要がある。つまり、いくつのベクトルに分離するかを決める必要がある。因子数を増やせば残差が減少するが、多すぎると過剰に適合してしまうため、適切な数を決める必要がある。以下の式(8)に示すCore consistencyにより適応した因子数を導出する方法が一般的に適用可能である。
【0051】
【数8】
【0052】
ここで、Tftpは、予測された3相因子分析モデル(Tucker3)の要素を表す(非特許文献7参照)。これは、PARAFACによって計算された要素と予測されたTucker3の要素との整合性を示し、理想的な因子数で分解した場合は100%になる。要素数が少ない時は100%に近い値となるが、増えていくにつれて、ある数を境に急激に0%近くまで減少する。100%に近い値を取るように、要素数を選択する必要がある。
【0053】
このようにして、独立した三つのベクトルarfk,brtk,crpkを得ることができる(図2のSA−5)。
【0054】
(図2のSA−6及びSA−7)
前記のSA−4及びSA−5と同様に、多次元ベクトルデータの虚数部分を対象とすることにより、独立した三つのベクトルaifk,bitk,cipkを得ることができる。
【0055】
実数成分と虚数成分の2乗和の平方根を計算することにより、振動の大きさ(振幅)を見ることができる。
【0056】
(計算例)
以下、計算例を用いてさらに具体的な例を説明する。
【0057】
(ランダム波入力)
まず、梁100に対して、図5に示すような点荷重(振動)を入力した。荷重の時間間隔は0.1msであり、振幅を変えながら、8192回の荷重を行った。つまり、この例では、荷重信号が、8192個の荷重データを有することになる。この荷重信号は、乱数を用いて作成した白色雑音を、下記式(9)のフィルタW(s)に通すことで求められたものである。すなわち、この信号においては、高周波になるにつれて振幅が小さくなるという、いわゆる1/f揺らぎに近い荷重(外力)を得ることができる。なお、カットオフ周波数ωcは20πrad/sとした。
【0058】
図6に、図5に示す外力を梁100に加えた時の各地点における加速度を示す(図2のステップSA−1に相当)。図6の上から順に、地点p1からp5での加速度を示している。なお、この計算例では、観察雑音を模擬するため、図6に示す加速度に白色雑音を混入している。
【0059】
【数9】
【0060】
ついで、これらの観測された加速度に対して複素ウェーブレット変換を行った(図2のステップSA−2に相当)。これにより、複素データ行列S(Nf x Nt x Np)を求めることができる。この複素データ行列における各要素の絶対値、すなわち振幅を図7に示す。上から順に、地点p1からp5での加速度を示す。この図における縦軸は、周波数を指数で表している。すなわち、1は10Hz、2は100Hzを示している。また、黒から白に変化していくにつれて、値が大きくなっていく。すなわち、白い箇所が、大きな振動が存在することを表している。この変換の結果、1次、2次、3次固有振動数(23.2, 92.9, 208.9Hz)付近に振動が存在することがわかる。
【0061】
ついで、複素データ行列を実数部と虚数部に分け、因子数3でPARAFAC解析を行った(図2のステップSA−4とSA−6とに相当)。図8は周波数的特徴を表している。図8の上の図が実数部についての結果を示し、下の図が虚数部についての結果を示している。ピークに達している周波数を見れば、実数部および虚数部ともに、三つのベクトルaf1,af2,af3がそれぞれ、2次モード、1次モード、3次モードを表していることが容易にわかる。なお、図中において添え字のrとiはそれぞれ実数部と虚数部に対応することを示している。
【0062】
この計算例でのCore consistencyは、実数部及び虚数部のどちらにおいても100%であり、因子数は適切である。なお、3次モードまでしか考慮していない数値計算であるため、因子数を3にすることが最良であることは容易に察することができるが、例えば、因子数を4としてPARAFAC処理を行うと、実部は88.6%、虚部は86.1%に低下する。実験等においてモード数が未知の場合でも、本解析手法に適切な因子数を探索することが可能である。
【0063】
図9と図10とは、それぞれ、実数部および虚数部の時間的特徴を表している。これらの図においては、上から順に、bt1,bt2,bt3を表し、それぞれ、2次モード、1次モード、3次モードの波形を示している。添え字のrとiの意味は前記と同様である。実数部と虚数部においては、位相差があること以外には大きな差はない。これらの図によれば、各モードの表れる強さの時間変化が良く理解できる。
【0064】
図11は実数部の空間的特徴を表す。上から順に、crp1,crp2,crp3を表し、それぞれ、2次、1次、3次のモード形状を示している。梁の長さは1mであり、図11は梁の左半分のみを表していることを考えると、本実施形態の振動解析により適切なモード形状を得られることがわかる。なお、虚数部においても同様の結果が得られる(図示省略)。
【0065】
(データ復元)
本実施形態における振動解析の妥当性を考えるため、解析結果を用いて、梁に加えた振動データの復元を試みる。PARAFAC解析より得られたベクトルafk,btk,cpkを、前記した式(6)に従って乗算し、得られた実数部と虚数部の二乗和平方根を計算する。これにより、図7と同様のデータを復元できる。復元結果を図12に示す。図12に示す結果を図6のデータと比較すると、両者はほとんど変わらない結果となっている。むしろ、図12に示された結果によれば、雑音が除外されて、注目するモードのみを抽出した結果となっている。
【0066】
(チャープ入力を用いた計算例)
ついで、振動の入力としてチャープを用いた場合の計算例を以下において説明する。チャープとは、時間とともに周波数が変化していく振動である。以下の計算例では、前記した計算例と同様に、振動として加速度を取得して解析を行う。
【0067】
図13に、チャープ形状の点荷重を示す。シミュレーションにおいて振動を加える時間(0秒から0.8191秒)の間に、この振動の周波数は、1Hzから300Hzまで線形に変化する。また、振幅は4e-t/0.4085とし、時間の経過とともに、小さくなっていくようにした。
【0068】
図14に、図13に示す外力を加えた時の、各地点における加速度を示す。図14の上から順に、地点p1からp5での加速度を示している。低周波から周波数をスイープさせながら振動を加えている、1次モードから3次モードまでが順に出現する。なお、この場合も、観察雑音を模擬するため、加速度の値に白色雑音を混入している。
【0069】
これら観測された加速度に対して複素ウェーブレット変換を行った。変換結果の絶対値を図15に示す。図15においては、上から順に、地点p1からp5での加速度を示す。これらによれば、1次、2次及び3次の各固有振動数(23.2, 92.9, 208.9Hz)付近の振動が順に出現していることがわかる。
【0070】
その後、因子数3でPARAFAC解析を行い、3個のコンポーネントに分解した。図16には、周波数的特徴を示す三つのベクトルaf1,af2,af3を示しており、これらは、それぞれ、2次モード、1次モード、3次モードを表している。なお、図16における上の図は実部、下の図は虚部の結果を表している。
【0071】
図17と18は、時間的特徴を示す三つのベクトルbt1,bt2,bt3を、実部および虚部のそれぞれについて示している。添え字のrとiの意味は前記と同様である。これらの図において、1次モード(bt2)は、最初から表れて次第に減衰している。これに対して、2次(bt1)、3次モード(bt3)については、順次、時間が経過した後に表れている。本実施形態の解析手法により、各モードが表れる時間を明確にすることができる。図19は、空間的特徴を示す実部のベクトルcrt1,crt2,crt3を示している。これらによれば、各モードにおける空間的な変位(形状)をとらえていることが判る。虚部も同様の結果となる(図示省略)。
【0072】
本計算例での解析より得られたベクトル、afk,btk,cpkを、前記した式(6)の通りに乗じ、実数部と虚数部の二乗和平方根を計算した。これにより、図15の特性を復元できるはずである。図20にその計算結果を示す。図15の特性を復元できているだけでなく、雑音を除去できており、その結果、注目するモードのみを抽出した図を得ることができた。
【0073】
本計算例においても、固有周波数と、モード形状と、支配的なモードの時間変化とを、明確に求めることができた。
【0074】
本実施形態に記載の解析手法は、コンピュータにおいて実行可能なコンピュータプログラムを用いることにより、コンピュータによって実行することが可能である。
【0075】
なお、前記実施形態及び実施例の記載は単なる一例に過ぎず、本発明に必須の構成を示したものではない。各部の構成は、本発明の趣旨を達成できるものであれば、上記に限らない。
【0076】
例えば、前記した各機能要素は、機能ブロックとして存在していればよく、独立したハードウエアとして存在しなくても良い。また、実装方法としては、ハードウエアを用いてもコンピュータソフトウエアを用いても良い。さらに、本発明における一つの機能要素が複数の機能要素の集合によって実現されても良く、本発明における複数の機能要素が一つの機能要素により実現されても良い。
【0077】
また、機能要素は、物理的に離間した位置に配置されていてもよい。この場合、機能要素どうしがネットワークにより接続されていても良い。グリッドコンピューティングにより機能を実現し、あるいは機能要素を構成することも可能である。
【0078】
また、前記実施形態では、梁に加わる振動を例として説明したが、梁以外の対象物に加わる振動を解析することもできる。また、解析対象となる振動として、前記の実施形態では、機械的な振動を対象としたが、これに限らず、音響の振動や電磁波の振動を解析することも原理的には可能である。
【0079】
また、前記実施形態では、振動データの解析において、ウェーブレット変換を用いたが、これに限らず、短時間フーリエ変換を用いることも可能である。要するに、周波数解析部は、振動データに基づいて、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成できるものであればよい。
【0080】
また、前記実施形態では複素ウェーブレット変換によって実部と虚部とをそれぞれ生成し、それぞれについてPARAFAC解析を行っている。しかしながら、位相情報が不要であれば、ウェーブレット変換によって実部か虚部のいずれかのみ、もしくは絶対値、すなわち実部の二乗と虚部の二乗の和の平方根を生成し、これに対してPARAFAC解析を行うことも可能である。ただし、位相情報が失われると、PARAFAC解析で得られたデータから元のデータを復元することが難しくなる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】本発明の一実施形態に係る振動解析装置の概略的な構成を説明するためのブロック図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る振動解析方法の全体的な流れを説明するためのフローチャートである。
【図3】振動を加える梁の一例を説明するための説明図である。
【図4】本実施形態において用いるPARAFAC解析の手法を説明するための説明図である。
【図5】梁に加わる振動の一例を示すグラフである。
【図6】各計測地点で計測された振動をそれぞれ示すグラフである。
【図7】各計測データに対するウェーブレット変換の結果をそれぞれ示すグラフである。
【図8】周波数的な特徴を示すベクトルの変化を示すグラフである。上のグラフは実部についての結果を示しており、下のグラフは虚部についての結果を示している。
【図9】振動の時間的な特徴を示すベクトル(実部)を示すグラフである。
【図10】振動の時間的な特徴を示すベクトル(虚部)を示すグラフである。
【図11】振動の空間的な特徴を示すベクトルを示すグラフである。
【図12】PARAFAC解析の結果を用いて再構築されたウエーブレット変換データを示すグラフである。
【図13】本実施形態において入力される振動をチャープ形状にした場合に、梁に加えられる振動データを示すグラフである。
【図14】図13の例において、各計測地点で計測された振動をそれぞれ示すグラフである。
【図15】図13の例において、各計測データに対するウェーブレット変換の結果をそれぞれ示すグラフである。
【図16】図13の例において、周波数的な特徴を示すベクトルの変化を示すグラフである。上のグラフは実部についての結果を示しており、下のグラフは虚部についての結果を示している。
【図17】図13の例において、振動の時間的な特徴を示すベクトル(実部)を示すグラフである。
【図18】図13の例において、振動の時間的な特徴を示すベクトル(虚部)を示すグラフである。
【図19】図13の例において、振動の空間的な特徴を示すベクトルを示すグラフである。
【図20】図13の例において、PARAFAC解析の結果を用いて再構築されたウエーブレット変換データを示すグラフである。
【符号の説明】
【0082】
1 振動取得部
11〜15 加速度計
2 周波数解析部
3 多層因子分析部
100 梁
【技術分野】
【0001】
本発明は、振動解析装置及び振動解析方法に関するものである。より詳しくは、本発明は、振動の特徴を解析するための技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
振動を解析する手法としては、従来から、FFT(Fast Fourier Transform)に代表されるフーリエ解析が知られている。フーリエ解析を用いることにより、振動の周波数に関する特徴を知ることができる。
【0003】
しかしながら、フーリエ解析は、振動の時間的変化に関する特徴を知ることが難しいという特性を持っている。
【0004】
そこで、機械的な振動の解析手法として、モード解析が提案されている(下記非特許文献3)。これによれば、振動の周波数と空間分布(変位)とを得ることができる。しかしながら、振動の時間変化を知ることはやはり難しい。
【0005】
一方、多層因子分析とも呼ばれるPARAFACは、多チャンネルで計測した信号の時変スペクトラムを、空間、周波数、時間などを軸に多次元に分解する方法である(下記非特許文献1)。この方法は、心理学にて用いられる測定法に起源を持ち、フルオレセイン(Fluorescein:蛍光色素の一種)の発光のスペクトル解析など、化学分析の分野で用いられ始めている。近年、脳波解析への適用も試みられており、複素ウェーブレット変換と組み合わせることにより、α,β,θ帯域等にわけた脳波の時間変化と空間分布を調べることが可能になっている(下記非特許文献2)。この方法は、時間分解能が高く、動きのある環境下での計測に適しており、今後の発展が期待されている。
【非特許文献1】R. Bro, PARAFAC. Tutorial & applications, Chemometrics and Intelligent Laboratory Systems, 38 (1997), 149-171.
【非特許文献2】F. Miwakeichi, E. Martinez-Montes, P.A. Valdes-Sosa, N. Nishiyama, H. Mizuhara, and Y. Yamaguchi, Decomposing EEG data into space-time-frequency components using Parallel Factor Analysis, NeuroImage 22 (2004), 1035-1045.
【非特許文献3】長松昭男,モード解析,培風館.
【非特許文献4】豊田秀樹,共分散構造分析[応用編],朝倉書店.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものである。本発明の主な目的は、振動の時間変化に関する特徴を取得可能な装置及び方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、下記のいずれかの項目に記載の構成を備えている。
【0008】
(項目1)
振動取得部と、周波数解析部と、多層因子分析部とを備えており、
前記振動取得部は、複数の箇所における振動データを取得する構成となっており、
前記周波数解析部は、前記振動データを解析することにより、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成する構成となっており、
前記多層因子分析部は、前記多次元ベクトルデータを用いて、複数の独立したベクトルを生成する構成となっている
ことを特徴とする振動解析装置。
【0009】
多層因子分析部により生成された複数のベクトルのうち、少なくとも一つは、振動の時間的特性を表すものとなっている。
【0010】
この発明において解析対象となる振動は、例えば機械的振動である。ただし、振動としては、機械的振動の他に、音や電磁波の振動であってもよい。
【0011】
(項目2)
前記多次元ベクトルデータは、前記振動データに対するウエーブレット変換によって生成されたものである
項目1に記載の振動解析装置。
【0012】
(項目3)
前記多次元ベクトルデータは、前記振動データに対する短時間フーリエ変換によって生成されたものである
項目1に記載の振動解析装置。
【0013】
(項目4)
以下のステップを備える振動解析方法
(1)複数の箇所における振動データを取得するステップ;
(2)前記振動データを解析することにより、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成するステップ;
(3)前記多次元ベクトルデータを用いて、複数の独立したベクトルを生成するステップ。
【0014】
(項目5)
項目4に記載の各ステップをコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラム。
【0015】
このコンピュータプログラムは、各種の記録媒体、例えば、磁気的記録媒体(ハードディスクなど)、電気的記録媒体(フラッシュメモリやDRAMなど)、光学的記録媒体(CDやDVDなど)、光磁気的記録媒体(MOなど)に記録することができる。記録媒体の種類はこれらに制約されない。また、このプログラムは、各種の媒体(光ファイバや銅線など)を介して、信号として伝達されることができる。
【0016】
このプログラムは、各種の言語(例えばC言語やアセンブリ言語)により記述されることができる。また、このプログラムは、実行前にコンパイルを要する言語で記述されてもよい。この場合において、このプログラムは、コンパイル前のものであっても、コンパイル後のものであってもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、振動の時間変化に関する特徴を取得可能な装置及び方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態に係る振動解析装置の構成を、図1に基づいて説明する。本実施形態では、機械的振動を解析する装置の例を示す。
【0019】
(振動解析装置の構成)
本実施形態の振動解析装置は、振動取得部1と、周波数解析部2と、多層因子分析部3とを備えている。
【0020】
振動取得部1は、複数の箇所における振動データを取得する構成となっている。振動データとは、例えばある地点における加速度データである。振動データとしては、加速度の他に、速度、変位、高速度カメラによって撮影された画像のデータを用いることができる。振動取得部1としては、加速度データを取得するためには、いわゆる加速度計を用いることができる。
【0021】
周波数解析部2は、振動取得部1で取得された振動データを解析することにより、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成する構成となっている。具体的には、この実施形態では、振動データに対して複素ウェーブレット変換を施すことにより、多次元ベクトルデータを生成する。
【0022】
多層因子分析部3は、周波数解析部2で生成された多次元ベクトルデータを用いて、複数の独立したベクトルを生成する構成となっている。ここで、多層因子分析部3により生成された複数のベクトルのうち、少なくとも一つは、振動の時間的特性を表すものとなっている。
【0023】
本実施形態の装置における各部の動作は、以下に記載する振動解析方法の説明においてさらに詳しく述べる。
【0024】
(振動解析方法)
ついで、本発明の装置を用いた振動解析方法を、図2に示すフローチャートを主に参照しながら説明する。なお、この実施形態における振動解析は、シミュレーションとして行われている。また、この実施形態では、単純支持梁に振動を加えた場合の振動解析を例として説明する。
【0025】
(図2のSA−1)
まず、梁に対して振動を加える。梁100は、図3に示されるように、いわゆる単純支持梁となっている。
【0026】
この梁100には、点荷重振動f0が加わっているとする。そして、梁100には、5個の、質量を無視できる加速度計11〜15が配置されている(図3参照)。これらの加速度計11〜15は、本実施形態の振動取得部1を構成している。
【0027】
図3中の左端を基準として、点荷重の位置をlfとする。また、各加速度計11〜15の設置位置p1,p2,p3,p4,p5は、梁の長さlbに対して、10, 20, 30, 40 ,50%となっている。また、この例では、梁の長さlbを1mとしている。
【0028】
加えた点荷重により、左端からの距離に応じて、各地点において、たわみの加速度を生じる。このときの、点荷重と加速度との間の伝達関数は、sをラプラス演算子、ωnをn次モードの固有角振動数とすると、式(1)のようになる。
【0029】
【数1】
【0030】
ここで、knは以下の式によって求められる。
【0031】
【数2】
【0032】
ここで、梁の諸数値を下記表1に示す。この梁の1次、2次、3次固有振動数は、それぞれ、145.9rad/s(23.2Hz)、583.4rad/s(92.9Hz)、1312.7rad/s(208.9Hz)となる。なお、本実施形態においては、3次モードまでを考慮する。すなわち、N=3として計算を行う。
【0033】
【表1】
【0034】
このようにして梁に加えられた振動は、各加速度計11〜15により取得され、周波数解析部2に送られる。
【0035】
(図2のSA−2及びSA−3)
ついで、周波数解析部2は、以下のようにして、周波数解析を行う。この実施形態では、周波数解析として、ウェーブレット変換が用いられている。
【0036】
本実施形態では、後述する多層因子分析(いわゆるPARAFAC解析)を行う前に、加速度計11〜15で取得された各地点での加速度についての時刻歴データに対して、各々にウェーブレット変換を行う。
【0037】
ウェーブレット変換は、1次元の時刻歴データを、「周波数と時間を軸とした2次元のデータ」に変換することができる。各地点の加速度データをs(t)とすると、ウェーブレット変換は以下のように定義される。なお、aはスケール、bはポジションである。
【0038】
【数3】
【0039】
この式(3)においてΨ(t)は、マザーウェーブレットを表す。マザーウェーブレットとしては、様々なものが提案されているが、本実施形態では、複素Morletを用いた。複素Morletは、周波数を定義しやすく、正弦、余弦波から構成されているという特徴があり、以下の式(4)のように表わされる。式(4)において、fbは帯域幅パラメータ、fcは中心周波数である。ここではfb=2、fc=1とした。
【0040】
【数4】
【0041】
データtが間隔dtの時刻歴データとすると、スケールaは、以下の式(5)によって、周波数f(Hz)に変換される。これにより、周波数f、時間t、空間pの複素多次元のデータ行列S(Nf x Nt x Np)(本発明における「多次元データ行列」の一例に対応)を求めることができる(ステップSA−3)。
【0042】
【数5】
【0043】
なお、いわゆるPARAFAC解析は、時変スペクトラムに対して一般に行われている。このため、従来のPARAFAC解析においては、複素多次元のデータ行列の絶対値を解析対象とすることが多い(非特許文献2参照)。しかし、位相情報を残すために、本実施形態では、実部と虚部に分けて、それぞれについてPARAFAC解析を行う。なお、位相情報が不要であれば、実部か虚部のどちらかについてPARAFAC解析を行えば、振動の時間的特徴は解析できる(後述の計算例を参照)。生成された多次元ベクトルデータは、多層因子分析部3に送られる。
【0044】
(図2のSA−4及びSA−5)
多層因子分析部3では、多次元ベクトルデータに対して、多層因子分析(いわゆるPARAFAC解析)を行う。PARAFAC解析の概略イメージを図4に示す。
【0045】
ここで、多次元のデータ行列S(Nf x Nt x Np)の要素をSftpとし、以下の式であらわされるような、afk,btk,cpkを要素とする独立した三つのベクトルaf,bt,cpに分離することを考える。ここで、kは因子、Nkは因子数を表す。
【0046】
【数6】
【0047】
しかし、一般的な多次元データ行列は、式(6)のようなベクトルに分解できるとは限らない。求めるべきデータ行列の要素をSハットpftとすると、以下の残差εを最小にするよう、交互最小(Alternating least squares)法により、 afk,btk,cpkを求めることになる。このようにして、多次元のデータ行列を多数のベクトルに分離する処理を PARAFAC解析と呼ぶ。
【0048】
【数7】
【0049】
ここで、得られた独立のベクトルafkは振動の周波数的特徴を、btkは時間的特徴を、cpkは空間的特徴を表すことになる(この点はさらに後述する)。これらの特徴は、それぞれ、 frequency profile,temporal profile,spatial profileとも呼ばれる。本実施形態で扱う多次元データ行列の要素は複素数である。そこで、実数成分で構成されるSrftpと、虚数成分で構成されるSiftpに分け、それぞれに対して、PARAFAC解析を行う(ステップSA−4及びステップSA−6)。虚数成分については、ステップSA−6において後述する。
【0050】
ここで、PARAFAC解析を行う際には、適切な因子数Nkを決める必要がある。つまり、いくつのベクトルに分離するかを決める必要がある。因子数を増やせば残差が減少するが、多すぎると過剰に適合してしまうため、適切な数を決める必要がある。以下の式(8)に示すCore consistencyにより適応した因子数を導出する方法が一般的に適用可能である。
【0051】
【数8】
【0052】
ここで、Tftpは、予測された3相因子分析モデル(Tucker3)の要素を表す(非特許文献7参照)。これは、PARAFACによって計算された要素と予測されたTucker3の要素との整合性を示し、理想的な因子数で分解した場合は100%になる。要素数が少ない時は100%に近い値となるが、増えていくにつれて、ある数を境に急激に0%近くまで減少する。100%に近い値を取るように、要素数を選択する必要がある。
【0053】
このようにして、独立した三つのベクトルarfk,brtk,crpkを得ることができる(図2のSA−5)。
【0054】
(図2のSA−6及びSA−7)
前記のSA−4及びSA−5と同様に、多次元ベクトルデータの虚数部分を対象とすることにより、独立した三つのベクトルaifk,bitk,cipkを得ることができる。
【0055】
実数成分と虚数成分の2乗和の平方根を計算することにより、振動の大きさ(振幅)を見ることができる。
【0056】
(計算例)
以下、計算例を用いてさらに具体的な例を説明する。
【0057】
(ランダム波入力)
まず、梁100に対して、図5に示すような点荷重(振動)を入力した。荷重の時間間隔は0.1msであり、振幅を変えながら、8192回の荷重を行った。つまり、この例では、荷重信号が、8192個の荷重データを有することになる。この荷重信号は、乱数を用いて作成した白色雑音を、下記式(9)のフィルタW(s)に通すことで求められたものである。すなわち、この信号においては、高周波になるにつれて振幅が小さくなるという、いわゆる1/f揺らぎに近い荷重(外力)を得ることができる。なお、カットオフ周波数ωcは20πrad/sとした。
【0058】
図6に、図5に示す外力を梁100に加えた時の各地点における加速度を示す(図2のステップSA−1に相当)。図6の上から順に、地点p1からp5での加速度を示している。なお、この計算例では、観察雑音を模擬するため、図6に示す加速度に白色雑音を混入している。
【0059】
【数9】
【0060】
ついで、これらの観測された加速度に対して複素ウェーブレット変換を行った(図2のステップSA−2に相当)。これにより、複素データ行列S(Nf x Nt x Np)を求めることができる。この複素データ行列における各要素の絶対値、すなわち振幅を図7に示す。上から順に、地点p1からp5での加速度を示す。この図における縦軸は、周波数を指数で表している。すなわち、1は10Hz、2は100Hzを示している。また、黒から白に変化していくにつれて、値が大きくなっていく。すなわち、白い箇所が、大きな振動が存在することを表している。この変換の結果、1次、2次、3次固有振動数(23.2, 92.9, 208.9Hz)付近に振動が存在することがわかる。
【0061】
ついで、複素データ行列を実数部と虚数部に分け、因子数3でPARAFAC解析を行った(図2のステップSA−4とSA−6とに相当)。図8は周波数的特徴を表している。図8の上の図が実数部についての結果を示し、下の図が虚数部についての結果を示している。ピークに達している周波数を見れば、実数部および虚数部ともに、三つのベクトルaf1,af2,af3がそれぞれ、2次モード、1次モード、3次モードを表していることが容易にわかる。なお、図中において添え字のrとiはそれぞれ実数部と虚数部に対応することを示している。
【0062】
この計算例でのCore consistencyは、実数部及び虚数部のどちらにおいても100%であり、因子数は適切である。なお、3次モードまでしか考慮していない数値計算であるため、因子数を3にすることが最良であることは容易に察することができるが、例えば、因子数を4としてPARAFAC処理を行うと、実部は88.6%、虚部は86.1%に低下する。実験等においてモード数が未知の場合でも、本解析手法に適切な因子数を探索することが可能である。
【0063】
図9と図10とは、それぞれ、実数部および虚数部の時間的特徴を表している。これらの図においては、上から順に、bt1,bt2,bt3を表し、それぞれ、2次モード、1次モード、3次モードの波形を示している。添え字のrとiの意味は前記と同様である。実数部と虚数部においては、位相差があること以外には大きな差はない。これらの図によれば、各モードの表れる強さの時間変化が良く理解できる。
【0064】
図11は実数部の空間的特徴を表す。上から順に、crp1,crp2,crp3を表し、それぞれ、2次、1次、3次のモード形状を示している。梁の長さは1mであり、図11は梁の左半分のみを表していることを考えると、本実施形態の振動解析により適切なモード形状を得られることがわかる。なお、虚数部においても同様の結果が得られる(図示省略)。
【0065】
(データ復元)
本実施形態における振動解析の妥当性を考えるため、解析結果を用いて、梁に加えた振動データの復元を試みる。PARAFAC解析より得られたベクトルafk,btk,cpkを、前記した式(6)に従って乗算し、得られた実数部と虚数部の二乗和平方根を計算する。これにより、図7と同様のデータを復元できる。復元結果を図12に示す。図12に示す結果を図6のデータと比較すると、両者はほとんど変わらない結果となっている。むしろ、図12に示された結果によれば、雑音が除外されて、注目するモードのみを抽出した結果となっている。
【0066】
(チャープ入力を用いた計算例)
ついで、振動の入力としてチャープを用いた場合の計算例を以下において説明する。チャープとは、時間とともに周波数が変化していく振動である。以下の計算例では、前記した計算例と同様に、振動として加速度を取得して解析を行う。
【0067】
図13に、チャープ形状の点荷重を示す。シミュレーションにおいて振動を加える時間(0秒から0.8191秒)の間に、この振動の周波数は、1Hzから300Hzまで線形に変化する。また、振幅は4e-t/0.4085とし、時間の経過とともに、小さくなっていくようにした。
【0068】
図14に、図13に示す外力を加えた時の、各地点における加速度を示す。図14の上から順に、地点p1からp5での加速度を示している。低周波から周波数をスイープさせながら振動を加えている、1次モードから3次モードまでが順に出現する。なお、この場合も、観察雑音を模擬するため、加速度の値に白色雑音を混入している。
【0069】
これら観測された加速度に対して複素ウェーブレット変換を行った。変換結果の絶対値を図15に示す。図15においては、上から順に、地点p1からp5での加速度を示す。これらによれば、1次、2次及び3次の各固有振動数(23.2, 92.9, 208.9Hz)付近の振動が順に出現していることがわかる。
【0070】
その後、因子数3でPARAFAC解析を行い、3個のコンポーネントに分解した。図16には、周波数的特徴を示す三つのベクトルaf1,af2,af3を示しており、これらは、それぞれ、2次モード、1次モード、3次モードを表している。なお、図16における上の図は実部、下の図は虚部の結果を表している。
【0071】
図17と18は、時間的特徴を示す三つのベクトルbt1,bt2,bt3を、実部および虚部のそれぞれについて示している。添え字のrとiの意味は前記と同様である。これらの図において、1次モード(bt2)は、最初から表れて次第に減衰している。これに対して、2次(bt1)、3次モード(bt3)については、順次、時間が経過した後に表れている。本実施形態の解析手法により、各モードが表れる時間を明確にすることができる。図19は、空間的特徴を示す実部のベクトルcrt1,crt2,crt3を示している。これらによれば、各モードにおける空間的な変位(形状)をとらえていることが判る。虚部も同様の結果となる(図示省略)。
【0072】
本計算例での解析より得られたベクトル、afk,btk,cpkを、前記した式(6)の通りに乗じ、実数部と虚数部の二乗和平方根を計算した。これにより、図15の特性を復元できるはずである。図20にその計算結果を示す。図15の特性を復元できているだけでなく、雑音を除去できており、その結果、注目するモードのみを抽出した図を得ることができた。
【0073】
本計算例においても、固有周波数と、モード形状と、支配的なモードの時間変化とを、明確に求めることができた。
【0074】
本実施形態に記載の解析手法は、コンピュータにおいて実行可能なコンピュータプログラムを用いることにより、コンピュータによって実行することが可能である。
【0075】
なお、前記実施形態及び実施例の記載は単なる一例に過ぎず、本発明に必須の構成を示したものではない。各部の構成は、本発明の趣旨を達成できるものであれば、上記に限らない。
【0076】
例えば、前記した各機能要素は、機能ブロックとして存在していればよく、独立したハードウエアとして存在しなくても良い。また、実装方法としては、ハードウエアを用いてもコンピュータソフトウエアを用いても良い。さらに、本発明における一つの機能要素が複数の機能要素の集合によって実現されても良く、本発明における複数の機能要素が一つの機能要素により実現されても良い。
【0077】
また、機能要素は、物理的に離間した位置に配置されていてもよい。この場合、機能要素どうしがネットワークにより接続されていても良い。グリッドコンピューティングにより機能を実現し、あるいは機能要素を構成することも可能である。
【0078】
また、前記実施形態では、梁に加わる振動を例として説明したが、梁以外の対象物に加わる振動を解析することもできる。また、解析対象となる振動として、前記の実施形態では、機械的な振動を対象としたが、これに限らず、音響の振動や電磁波の振動を解析することも原理的には可能である。
【0079】
また、前記実施形態では、振動データの解析において、ウェーブレット変換を用いたが、これに限らず、短時間フーリエ変換を用いることも可能である。要するに、周波数解析部は、振動データに基づいて、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成できるものであればよい。
【0080】
また、前記実施形態では複素ウェーブレット変換によって実部と虚部とをそれぞれ生成し、それぞれについてPARAFAC解析を行っている。しかしながら、位相情報が不要であれば、ウェーブレット変換によって実部か虚部のいずれかのみ、もしくは絶対値、すなわち実部の二乗と虚部の二乗の和の平方根を生成し、これに対してPARAFAC解析を行うことも可能である。ただし、位相情報が失われると、PARAFAC解析で得られたデータから元のデータを復元することが難しくなる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】本発明の一実施形態に係る振動解析装置の概略的な構成を説明するためのブロック図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る振動解析方法の全体的な流れを説明するためのフローチャートである。
【図3】振動を加える梁の一例を説明するための説明図である。
【図4】本実施形態において用いるPARAFAC解析の手法を説明するための説明図である。
【図5】梁に加わる振動の一例を示すグラフである。
【図6】各計測地点で計測された振動をそれぞれ示すグラフである。
【図7】各計測データに対するウェーブレット変換の結果をそれぞれ示すグラフである。
【図8】周波数的な特徴を示すベクトルの変化を示すグラフである。上のグラフは実部についての結果を示しており、下のグラフは虚部についての結果を示している。
【図9】振動の時間的な特徴を示すベクトル(実部)を示すグラフである。
【図10】振動の時間的な特徴を示すベクトル(虚部)を示すグラフである。
【図11】振動の空間的な特徴を示すベクトルを示すグラフである。
【図12】PARAFAC解析の結果を用いて再構築されたウエーブレット変換データを示すグラフである。
【図13】本実施形態において入力される振動をチャープ形状にした場合に、梁に加えられる振動データを示すグラフである。
【図14】図13の例において、各計測地点で計測された振動をそれぞれ示すグラフである。
【図15】図13の例において、各計測データに対するウェーブレット変換の結果をそれぞれ示すグラフである。
【図16】図13の例において、周波数的な特徴を示すベクトルの変化を示すグラフである。上のグラフは実部についての結果を示しており、下のグラフは虚部についての結果を示している。
【図17】図13の例において、振動の時間的な特徴を示すベクトル(実部)を示すグラフである。
【図18】図13の例において、振動の時間的な特徴を示すベクトル(虚部)を示すグラフである。
【図19】図13の例において、振動の空間的な特徴を示すベクトルを示すグラフである。
【図20】図13の例において、PARAFAC解析の結果を用いて再構築されたウエーブレット変換データを示すグラフである。
【符号の説明】
【0082】
1 振動取得部
11〜15 加速度計
2 周波数解析部
3 多層因子分析部
100 梁
【特許請求の範囲】
【請求項1】
振動取得部と、周波数解析部と、多層因子分析部とを備えており、
前記振動取得部は、複数の箇所における振動データを取得する構成となっており、
前記周波数解析部は、前記振動データを解析することにより、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成する構成となっており、
前記多層因子分析部は、前記多次元ベクトルデータを用いて、複数の独立したベクトルを生成する構成となっている
ことを特徴とする振動解析装置。
【請求項2】
前記多次元ベクトルデータは、前記振動データに対するウエーブレット変換によって生成されたものである
請求項1に記載の振動解析装置。
【請求項3】
前記多次元ベクトルデータは、前記振動データに対する短時間フーリエ変換によって生成されたものである
請求項1に記載の振動解析装置。
【請求項4】
以下のステップを備える振動解析方法
(1)複数の箇所における振動データを取得するステップ;
(2)前記振動データを解析することにより、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成するステップ;
(3)前記多次元ベクトルデータを用いて、複数の独立したベクトルを生成するステップ。
【請求項5】
請求項4に記載の各ステップをコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラム。
【請求項1】
振動取得部と、周波数解析部と、多層因子分析部とを備えており、
前記振動取得部は、複数の箇所における振動データを取得する構成となっており、
前記周波数解析部は、前記振動データを解析することにより、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成する構成となっており、
前記多層因子分析部は、前記多次元ベクトルデータを用いて、複数の独立したベクトルを生成する構成となっている
ことを特徴とする振動解析装置。
【請求項2】
前記多次元ベクトルデータは、前記振動データに対するウエーブレット変換によって生成されたものである
請求項1に記載の振動解析装置。
【請求項3】
前記多次元ベクトルデータは、前記振動データに対する短時間フーリエ変換によって生成されたものである
請求項1に記載の振動解析装置。
【請求項4】
以下のステップを備える振動解析方法
(1)複数の箇所における振動データを取得するステップ;
(2)前記振動データを解析することにより、時間と周波数の関数である多次元ベクトルデータを生成するステップ;
(3)前記多次元ベクトルデータを用いて、複数の独立したベクトルを生成するステップ。
【請求項5】
請求項4に記載の各ステップをコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図13】
【図14】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図7】
【図12】
【図15】
【図20】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図13】
【図14】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図7】
【図12】
【図15】
【図20】
【公開番号】特開2010−48684(P2010−48684A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−213549(P2008−213549)
【出願日】平成20年8月22日(2008.8.22)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年8月22日(2008.8.22)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
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