説明

排ガス中の金属水銀の酸化触媒及び該触媒を用いた金属水銀の酸化処理方法

【課題】二酸化イオウ(SO)及びアンモニア(NH)が存在する高温排ガス中において、高い脱硝活性及び低SO酸化性維持しつつ、高いHg酸化活性を有する触媒及び該触媒を用いた金属水銀の酸化処理方法を提供する。
【解決手段】アンモニア(NH)及び二酸化イオウ(SO)が存在する排ガス中の金属水銀を酸化する触媒であって、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)またはタングステン(W)、及びバナジウム(V)を主成分とする触媒中にイリジウム(Ir)を含有する排ガス中の金属水銀の酸化触媒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は排ガス中の金属水銀の酸化触媒に係り、特に石炭火力発電所から排出される排ガス中の金属水銀の酸化触媒及び該触媒を用いた金属水銀の酸化処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油の枯渇が懸念されており、今後の長期的なエネルギーの安定供給源として、可採埋蔵量が豊富で、かつ地域的偏在性の少ない石炭を燃料とした火力発電が重要な役割を担っていくものと期待されている。
【0003】
一方、石炭の燃焼に伴い発生する石炭中に含まれる、濃度0.1%以下の微量元素(水銀(Hg)、セレン(Se)、ヒ素(As)、カドミウム(Cd)、鉛(Pd)等)については、環境中での許容濃度を超えた場合に、生物に対し毒性を示すことが分かっている。特に蒸気圧の高い元素水銀は大気に放出され易く、微量であっても人体に暴露されると、神経障害や腎臓障害、心臓血管疾患を引き起こす。また、大気に放出された無機水銀が湖や海に吸収されると、無機水銀が有機水銀(メチル水銀)へと変化し、魚介類を経て人体に催奇障害をもたらす。このため、米国を中心に世界各国で水銀の排出に対して厳しい規制が課せられようとしている。
【0004】
火力発電所からの排出される水銀は、金属形態と酸化形態が存在しており、これらのうち、金属形態の水銀は、煤煙及び他の粒子には固着せず、大気温度に近い温度であっても、気相中に残留するため、電気集塵装置やバグフィルタなどの除塵装置で除去することは困難である。一方、酸化形態の水銀、特に排ガス中の塩化水素または塩素と反応して生成される塩化水銀は、蒸気圧が低く、可溶性であり、灰中や脱硫装置の吸収液中に容易に固定化されるため、比較的容易に電気集塵機等の除塵装置や脱硫装置などで回収・除去することができる。
【0005】
そのため、水銀の酸化機能を有する固体触媒を用いて、金属水銀を固体触媒に接触させることにより、蒸気圧の低い酸化水銀に酸化し、後流の除塵装置や脱硫装置などで除去する実用研究が進められている。このような固体触媒としては、例えば、チタン(Ti)を主成分とし、これにバナジウム(V)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)などの酸化物を添加した一般的な脱硝触媒(Ti-Mo-V系触媒またはTi-W-V系触媒)が良く知られている。これらの触媒は、ハロゲン化合物の存在下において、金属水銀を酸化水銀へ効率的に酸化することができる(特許文献1及び2)。また、Mo、W、V以外にも銅(Cu)やマンガン(Mn)、鉄(Fe)などが金属態水銀の酸化触媒成分として働くことが知られている(特許文献3〜5)。
【特許文献1】特開2005-125211号公報
【特許文献2】特開2003-53142号公報
【特許文献3】特開平10-230137号公報
【特許文献4】特開2006-29673号公報
【特許文献5】特開2004-237244号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記したようなTi-Mo-V触媒またはTi-W-V触媒を用いるHgの酸化方法においては、排ガスの温度が高い場合、排ガス中のハロゲン化合物濃度が低い場合、またはNHやSOなどの還元性ガスが存在する場合には、金属水銀の酸化効率が低下してしまうものが多かった。さらに、近年、炭質の低下に伴い排ガス中のSO濃度が3000ppmを越すものが多くなっているため、従来の脱硝触媒では、SOに加え、NH濃度も高くなる脱硝装置内で、 Hgを効率良く酸化処理することが困難であった。この問題の一般的な解決手段として、脱硝装置内の触媒充填量や活性成分であるバナジウムの担持量を増やし、金属水銀の酸化反応に寄与する触媒活性点の総数を増加させる方法が挙げられる。しかしながら、この方法では、脱硝装置における金属水銀の酸化活性を向上させることができる一方、触媒活性点の増加に伴ってSOの酸化活性をも増大させてしまうことが大きな問題となる。また、Cu、Mn、Fe等を金属水銀の酸化活性成分として用いた場合でも、排ガス中NHの共存による金属水銀の酸化効率の低下を大きく改善することはできなかった。
【0007】
本発明の課題は、SO及びNHが存在する高温排ガス中において、高い脱硝活性及び低SO酸化性維持しつつ、高いHg酸化活性を有する触媒及び該触媒を用いた金属水銀の酸化処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、チタン(Ti)とバナジウム(V)を主成分とする触媒中に、イリジウム(Ir)を含有させた触媒を用いることによって、SO濃度の高い排ガス中でも、SO酸化率を上昇させること無く、高いHg酸化率を達成できることを見出し、本発明に到達した。すなわち、本願で特許請求される発明は以下のとおりである。
【0009】
(1)アンモニア(NH)及び二酸化イオウ(SO)が存在する排ガス中の金属水銀を酸化する触媒であって、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)またはタングステン(W)、及びバナジウム(V)を主成分とする触媒中にイリジウム(Ir)を含有することを特徴とする排ガス中の金属水銀の酸化触媒。
(2)触媒中のイリジウム濃度が触媒の全体重量に対して、10から100ppmまでの範囲であることを特徴とする(1)に記載の触媒。
(3)(1)または(2)に記載の触媒を用い、排ガス中の金属水銀の酸化処理を行うことを特徴とする排ガス中の金属水銀の酸化処理方法。
(4)可溶性のイリジウム化合物を水に溶解し、このイリジウム化合物の水溶液と酸化チタン(TiO)とを予め混練した後、モリブデン化合物またはタングステン化合物と、バナジウム化合物を添加することを特徴とする(1)または(2)に記載の触媒の製造方法。
【0010】
[原理・作用]
下記(1)式は、HCl共存下における水銀酸化反応の一般的な平衡式である。
Hg + 2HCl + 1/2O2 ⇔ HgCl2 + H2O (1)
(1)式の平衡反応は、触媒を用いることにより平衡を右へ移動させることができ、金属水銀を酸化することが可能となる。ところが、ガス中にNHが共存すると、触媒中の活性点にNHが吸着し、HgとHClとが反応できる活性点が減少するため、触媒上で起こる(1)式の水銀酸化の反応速度は遅くなり、反応率は低下すると考えられている。
さらに、排ガス中にSOが存在すると、SOがHgClの還元性物質として働き、触媒で酸化生成したHgClがHgに還元されるため、SO濃度が高くなるほど、触媒のHg酸化性能が低下してしまうこととなる。
【0011】
このような場合の一般的な対処方法として、触媒中の活性成分(例えばバナジウム)の含有量を高めること、または、排ガス量あたりの触媒使用量を増加させることによって、被処理ガス量に対する触媒活性点の総数を増やすことなどによって、Hgの酸化反応速度を高める方法が採られる。しかしながら、このような方法では、下記(2)式に示すようなSOの酸化反応(副反応)も促進してしまい、SOの発生による紫煙発生や配管類の腐食の原因となるSOが大量に生成してしまうという欠点がある。
SO2 + 1/2O2 → SO3 (2)
【0012】
また、バナジウム化合物の代わりにCuやMn、Fe等をHg酸化活性成分として用いた場合でも、NHの活性点への吸着によるHg酸化反応の阻害やSOとの反応による活性成分の硫酸塩化によって、Hg酸化活性点が失活してしまうため、NHやSOの共存下においてHg酸化率の低下を改善することは困難であった。
【0013】
そこで、本発明者らは、SOに対する酸化活性が低く、SOやNHの共存下においても高効率でHgを酸化できる触媒を探索した結果、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)またはタングステン(W)、バナジウム(V)を主成分とする触媒と、イリジウム(Ir)とを組み合わせた触媒が、NHやSOの共存する系において高いHg酸化活性を示すことが分かり、本発明に到達した。
【0014】
本発明の触媒によれば、従来の脱硝触媒に比べ、高い脱硝活性及び低SO酸化性維持しつつ、高いHg酸化活性を達成することが可能となる。特に、SO濃度が高い排ガス中であっても、高いHg酸化活性を維持することができるため、S分含有量の多い低質の石炭を燃焼した排ガス中でも低SO酸化率で、高いHg酸化率を得ることができる。
【0015】
さらに、本発明の触媒は、高温の排ガス中であっても使用することができるため、350℃〜400℃付近で使用される脱硝装置内で、脱硝とHg酸化を同時に行うことが可能となる。このため、排ガス温度が低い煙道途中に新たにHg酸化用の触媒等を設置する必要が無くなり、ユーティリティコストの増加を抑えることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、高濃度のS分を含む低質石炭を燃料とする排ガス中で使用した場合のHg酸化性能の低下を改善することができる。また、排ガス中のSO酸化率を低く維持することができるため、SOの酸化反応によって生成するSOに起因する紫煙や鉄骨材料の硫酸腐食などのトラブルを少なくすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明に用いられる触媒は、TiO、WOまたはMoO、及びVO5から成る金属酸化物とIrを組み合わせることによって得られる。添加するIr濃度が小さすぎると、Ir添加の効果が十分でなく、大きすぎるとIrの分散度が悪くなったり、Hg酸化活性だけでなく、SO酸化活性に働く寄与度が大きくなるため、高い初期活性が得られなくなったり、SO酸化率の上昇を招く。このため、Irの添加量は、全体の触媒重量に対して10から100ppmの範囲とすると好結果を得やすい。
【0018】
触媒調製に用いられる原料は、各成分の酸化物や塩類など、何れでも使用可能であるが、Irの原料に塩化イリジウムやイリジウム塩化物などの可溶性化合物を選ぶと、TiOの細孔内に高分散で担持することができ、初期活性を高くできるばかりか、排ガス中のSOに対する吸着被毒を抑制することができるため、好結果を得られ易い。
【0019】
このため、上記触媒の調製方法としては、塩化イリジウムやイリジウム塩化物を水に溶解し、このIr水溶液と酸化チタン(TiO)とを予め混練した後、モリブデン化合物またはタングステン化合物と、バナジウム化合物を添加して触媒調製するのが最も良い。
また、上記触媒の形状加工方法としては、上記触媒をペースト状にしたものを金網やメタルラスなどの網状物に塗布後、乾燥及び焼成する方法や、上記触媒のスラリを、板状またはハニカム状の不活性担体にコーティングした後、乾燥及び焼成する方法が挙げられる。このときの焼成温度は、いずれの場合でも400〜600℃に設定すればよい。
【0020】
上記調製方法のうち、それぞれの触媒原料を混練後、ペースト状にしたものを金網やメタルラスなどの網状物に塗布後、乾燥及び焼成する方法は、ペーストの水分量を変えるだけで、触媒の細孔容積を自由に選択できるため、触媒性能の確保が比較的容易になる。また、上記触媒のスラリ状物を、板状またはハニカム状の不活性担体にコーティングした後、乾燥及び焼成する方法は、排ガスが接触する触媒表面に活性成分を高濃度で局在化させることが可能となるため、Hg酸化反応をより促進することができ、好結果を得やすくなる。
【実施例】
【0021】
以下、具体例を用いて本発明を詳細に説明する。
実施例1
酸化チタン(比表面積 約130m2/g)と四塩化イリジウム溶液を混合し、予め良く混練した後、メタタングステン酸アンモニウム及びメタバナジン酸アンモニウム、水、シリカゾル、シリカ系セラミック繊維を加えてニーダで十分混練して触媒ペーストを得た。得られたペーストを厚さ0.2mmのSUS430製鋼板をメタルラス加工した厚さ0.6 mmの基材の上に置き、加圧ローラに通過させることにより、触媒ペーストを基材の網目間及び表面に圧着塗布した。これを150℃で2時間乾燥後、大気中500℃で2時間焼成して板状の触媒を得た。本触媒の組成はTi/W/V=94.6/5/0.4原子比、触媒塗布量は700g/m2、Ir添加量は触媒塗布重量に対し10ppmである。
【0022】
実施例2
実施例1の触媒におけるIrの添加量を増やし、他は同様にして触媒を得た。本触媒の組成はTi/W/V=94.6/5/0.4原子比、触媒塗布量は700g/m2、Ir添加量は触媒塗布重量に対し100ppmである。
【0023】
実施例3
実施例1の調製方法において、Ir、W、V原料を添加せずにTiOを主成分とする不活性な板状担体を得た(700g/m2)。これとは別に、実施例1の触媒ペーストを大気中500℃で2時間焼成・粉砕した後、この触媒粉末を水と混合し、28重量%の触媒スラリとした。この触媒スラリに前記板状担体を含浸・乾燥することにより、担体表面に触媒成分を約120g/m2コーティングした触媒を得た。
【0024】
比較例1
実施例1の触媒調製において、四塩化イリジウムを添加せずに触媒を調製した。本触媒の組成はTi/W/V=94.6/5/0.4原子比、Ir添加量は0、触媒塗布量は700g/m2である。
比較例2
実施例1の触媒調製において、触媒組成がTi/W/V=94.6/5/0.4原子比、触媒塗布量が700g/m2、Ir添加量が触媒塗布重量に対し5ppmとなる触媒を調製した。
比較例3
実施例1の触媒調製において、触媒組成がTi/W/V=94.6/5/0.4原子比、触媒塗布量が700g/m2、Ir添加量が触媒塗布重量に対し200ppmとなる触媒を調製した。
【0025】
試験例1
実施例1〜3及び比較例1〜3の触媒性能を比較するため、表1の条件で脱硝率とHg酸化率を測定し、表2の条件でSO酸化率を測定した。
これらの結果を表3に纏めて示した。本表から本願発明触媒の性能は、比較触媒と比べて、Hg酸化性能が高いことが分かる。また、比較例2のようにIr添加量が少なすぎるとHg酸化率の向上が無く、一方Irの添加量が多すぎるとSO酸化率が急増する結果となっている。このため、本発明の実施に際しては、請求項2に記載のIr添加量の範囲とすることが有効である。また、Ir含有触媒をTiOの不活性担体に表面コーティングした実施例3の触媒のHg酸化率はさらに高くなっている。これは、排ガスと接触しやすい触媒表面にIr成分が高濃度で存在しているため、排ガス中のHgが酸化されやすくなったためであると考えられる。
試験例2
高濃度のSOに対する本発明の触媒の効果を確かめるため、表1の条件において、SO濃度を3000ppmまで高めてHg酸化率を測定した。
【0026】
その結果を表4に纏めて示した。本表から明らかであるように、本発明の触媒は、比較触媒に比べて、SO濃度が増加してもHg酸化率の低下が小さく、SO濃度が高いほど、Ir添加の効果が大きくなっていることが分かる。このため、本発明の触媒は、S分含有量の多い低質石炭を燃料とする排ガス中で大きな効果を発揮できる触媒であると言える。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

【0030】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンモニア(NH)及び二酸化イオウ(SO)が存在する排ガス中の金属水銀を酸化する触媒であって、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)またはタングステン(W)、及びバナジウム(V)を主成分とする触媒中にイリジウム(Ir)を含有することを特徴とする排ガス中の金属水銀の酸化触媒。
【請求項2】
触媒中のイリジウム濃度が触媒の全体重量に対して、10から100ppmまでの範囲であることを特徴とする請求項1に記載の触媒。
【請求項3】
請求項1または2に記載の触媒を用い、排ガス中の金属水銀の酸化処理を行うことを特徴とする排ガス中の金属水銀の酸化処理方法。
【請求項4】
可溶性のイリジウム化合物を水に溶解し、このイリジウム化合物の水溶液と酸化チタン(TiO)とを予め混練した後、モリブデン化合物またはタングステン化合物と、バナジウム化合物を添加することを特徴とする請求項1または2に記載の触媒の製造方法。

【公開番号】特開2010−88984(P2010−88984A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−259539(P2008−259539)
【出願日】平成20年10月6日(2008.10.6)
【出願人】(000005441)バブコック日立株式会社 (683)
【Fターム(参考)】