説明

摩擦伝動式波動変速機

【課題】伝達トルクを向上させることができ、かつトルク伝達部の磨耗の摩耗が少なくて長期にわたってトルク伝達性能を維持できる摩擦伝動式波動変速機を提供する。
【解決手段】円形の内周面を有する環状剛性部材1と、この環状剛性部材1の内側に配置され、環状剛性部材1の内周面に対して外接可能な外周面を有する環状弾性部材2と、この環状弾性部材2の内側に配置された波動発生器3とを備える。波動発生器3は、環状弾性部材2を半径方向の外方に撓めて、環状弾性部材2の外周面を周方向の複数箇所の部分で環状剛性部材1の内周面に接触させ、これらの接触部2aを周方向に移動させる。環状弾性部材2の外周面の環状剛性部材1の内周面と接触する接触部2aが、環状剛性部材1の内周面の内径と略同一の外径の円弧状部となるように、波動発生器3の外形を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、波動変速機に関し、さらに詳しくは摩擦伝達機構によって変速を行なう摩擦伝動式波動変速機に関する。
【背景技術】
【0002】
モータなどから出力された高速回転を減速して低速回転出力として取り出すための変速機構としては、歯車式の波動変速機と共に、摩擦伝動式の波動変速機が知られている。この摩擦伝動式の波動変速機は、一般的に、環状剛性部材と、この環状剛性部材の内周面に外接可能な環状弾性部材と、この環状弾性部材の内側に配置した楕円形状のカムを備えた波動発生器とで構成されている(例えば特許文献1)。
【0003】
この摩擦伝動式波動変速機では、環状弾性部材が波動発生器によって楕円形状に撓められ、その環状弾性部材の長軸両端に位置する部分が環状剛性部材に摩擦接触する。この摩擦接触状態で波動発生器を回転させると、環状弾性部材の楕円形状が回転し、環状弾性部材と環状剛性部材の摩擦接触位置が周方向に移動する。このように摩擦接触位置が周方向に移動すると、環状弾性部材と環状剛性部材の間に、摩擦接触面の周長差に応じた相対回転が発生する。したがって、これら環状弾性部材および環状剛性部材のうちの一方の部材を固定しておけば、他方の部材の側からは減速された回転出力が得られることになる。
【0004】
また、摩擦伝動式波動変速機の他の例として、前記環状弾性部材がカップ形状となったカップ型と呼ばれる波動変速機がある(例えば特許文献2)。この波動変速機は、内周面が摩擦係合面となっている環状剛性部材と、外周面が摩擦係合面となっているカップ形状の環状弾性部材と、波動発生器とを備える。この波動変速機の場合も、波動発生器により環状弾性部材を楕円形状に撓めて、楕円長軸方向の両端位置で環状弾性部材と環状剛性部材の摩擦係合面を係合させ、この状態で波動発生器を回転させることにより、2箇所の摩擦係合位置を周方向に移動させる。このように摩擦係合位置が周方向に移動すると、環状弾性部材と環状剛性部材の間に、摩擦係合面の周長差に応じた相対回転が発生し、これら両部材のうちの一方を固定しておけば、他方の部材の側から減速された回転出力が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平4−054359号公報
【特許文献2】実用新案登録2575597号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した従来の摩擦伝動式波動変速機では、波動発生器が楕円形のカムを備えている。このため、内周面を円形状とした環状剛性部材と、波動発生器により楕円形状に撓められた環状弾性部材との摩擦接触面は、楕円長径部での線接触となり、トルク伝達力が低いという問題がある。
【0007】
特許文献2に記載の摩擦伝動式波動変速機では、環状剛性部材と環状弾性部材の摩擦接触面の間に高摩擦係数を有する弾性部材を介在させることで、トルク伝達力を向上させているが、弾性部材は摩耗し易く、接触力を維持することが困難である。また、高コストとなる。
【0008】
この発明の目的は、伝達トルクを向上させることができ、かつトルク伝達部の摩耗が少なくて長期にわたってトルク伝達性能を維持できる摩擦伝動式波動変速機を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明の摩擦伝動式波動変速機は、円形の内周面を有する環状剛性部材と、この環状剛性部材の内側に配置され、環状剛性部材の内周面に対して接触可能な外周面を有する環状弾性部材と、この環状弾性部材の内側に配置され、環状弾性部材を半径方向の外方に撓めて、環状弾性部材の外周面を周方向の複数箇所で前記環状剛性部材の内周面に接触させ、これらの接触部を周方向に移動させる波動発生器とを備えた摩擦伝動式波動変速機であって、前記環状弾性部材の外周面の周方向の一部となる複数箇所が、前記環状剛性部材の内周面と略同一の半径の円弧状部であり、これら複数の円弧状部を、前記環状弾性部材が前記環状剛性部材に対して接する接触部としたことを特徴とする。
【0010】
この構成によると、環状弾性部材の外周面の一部が、環状剛性部材の内周面と略同一の半径の円弧状部とされ、この略同一半径の円弧状部を環状剛性部材に対する接触部としたため、面接触となり、接触面積が増大する。その結果、同じ面圧、同じ摩擦係数の場合でも、線接触となる摩擦伝動式波動変速機に比べて摩擦力が大きくなり、伝達トルクが向上する。環状弾性部材は、上記のように面接触させるようにしたため、線接触させるものに比べて同じトルク(接触力)とした場合、面圧が低くなるため磨耗が少なくなる。したがって、長期にわたってトルク伝達性能を維持することができる。
【0011】
この発明において、前記波動発生器が、前記環状剛性部材の軸心と同心のカム中心回りに回転するカム板と、このカム板の外周に配置され前記環状弾性部材の内周面と接触する転がり軸受とでなり、カム板が次の外周形状とされたものとしても良い。
このカム板は、前記環状弾性部材の前記接触部とした前記各円弧状部と同じ周方向範囲にそれぞれ位置して複数の接触部対応外周部を有し、隣り合う接触部対応外周部の周方向中心間におけるカム板外周形状が、前記周方向中心間の周方向1/2の位置と前記カム中心を結ぶ線分に対して線対称とする。
かつ、前記周方向中心から前記周方向中心間の周方向1/2の位置の範囲のカム板外周形状は、前記接触部対応外周部となる周方向範囲が、前記カム板のカム中心からカム板外周までの距離である外径距離が最大かつ一定となる円弧部であり、この円弧部の端から前記周方向中心間の周方向1/2の位置までの周方向範囲が、前記カム板のカム中心からカム板外周までの外径距離が漸次小さくなる漸減径部であり、この漸減径部での外径距離が前記周方向中心間の周方向1/2の位置で最小となる。
【0012】
カム板の外周形状をこのように形成した場合、環状弾性部材及び軸受の内輪、外輪の外周面と環状剛性部材の内周面との接触面増加による伝達トルクの増加とともに、滑らかな異径のカム板外周形状により、環状弾性部材及び軸受の内輪、外輪の応力集中が緩和されるので、繰り返し変形寿命が向上する。
【0013】
この構成の場合に、前記周方向中心から前記周方向中心間の周方向1/2の位置までの範囲のカム板外周形状は、前記カム板のカム中心からカム板外周までの外径距離が最大かつ一定となる第1の円弧部と、前記漸減径部の一部であって前記第1の円弧部に繋がりこの第1の円弧部の半径r1よりも小さい半径r2となる第2の円弧部と、前記漸減径部の他の一部であって前記第2の円弧部に繋がり前記第1の円弧部の半径r1よりも大きい半径r3を持つ第3の円弧部とでなり、前記第1の円弧部と前記第2の円弧部の接続点、および前記第2の円弧部と前記第3の円弧部の接続点では、それぞれ共通の接線を有するものとしても良い。共通の接線を有することは、曲率の異なる円弧部同士が滑らかに繋がることである。
【0014】
カム板外周形状をこのように形成した場合、3つの円弧部が接続点において滑らかに繋がるので、これらの接続点での応力集中が緩和されると共に、3つの円弧部でカム板外周が形成されることから、複雑な関数曲線形状等のカム板と異なり、容易に設計・製作でき、管理も易しく安価となる。なお、上記の3つの円弧部は、厳密な円弧形状に限らず、製作上の制約等で、疑似的な円弧形状としても良い。
【0015】
また、前記カム板が外周の2箇所に前記接触部対応外周部を有する場合、前記漸減径部における第2の円弧部の円弧範囲を、その円弧中心O2に対して30°〜55°の角度範囲とするのが望ましい。
このように構成した場合、同じ減速比において、波動発生器におけるカム板への嵌合による転がり軸受の変形量が抑えられ、入力軸の回転抵抗が小さくなり伝達効率が良くなると共に、環状弾性部材及び軸受の内輪、外輪の応力集中が緩和され、繰り返し変形寿命が向上する。また、減速比を小さくする場合、上記した第2の円弧部の円弧範囲を、その円弧中心O2に対して周角30°〜55°の角度範囲とすることで、波動発生器の軸受の変形量増加を抑えることができるためより減速比を小さくすることができる。
【0016】
この発明において、前記環状弾性部材における、前記環状剛性部材の内周面と略同一の半径となる前記円弧状部の外径に対して、前記環状剛性部材の内周面の内径をわずかに小さくしても良い。
このように構成した場合、環状剛性部材の内周面とこれに接触する環状弾性部材の外周面との間に容易に接触力を生じさせることができる。
【0017】
この発明において、前記波動発生器は、前記環状弾性部材を半径方向の外方に撓めて、環状弾性部材の外周面を周方向の3箇所の部分で前記環状剛性部材の内周面に接触させ、これらの接触部を周方向に移動させるものとしても良い。
【発明の効果】
【0018】
この発明の摩擦伝動式波動変速機は、円形の内周面を有する環状剛性部材と、この環状剛性部材の内側に配置され、環状剛性部材の内周面に対して接触可能な外周面を有する環状弾性部材と、この環状弾性部材の内側に配置され、環状弾性部材を半径方向の外方に撓めて、環状弾性部材の外周面を周方向の複数箇所で前記環状剛性部材の内周面に接触させ、これらの接触部を周方向に移動させる波動発生器とを備えた摩擦伝動式波動変速機であって、前記環状弾性部材の外周面の周方向の一部となる複数箇所が、前記環状剛性部材の内周面と略同一の半径の円弧状部であり、これら複数の円弧状部を、前記環状弾性部材が前記環状剛性部材に対して接する接触部としたため、伝達トルクを向上させることができ、かつ摩擦接触部の摩耗が少なくて長期にわたってトルク伝達性能を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】この発明の一実施形態にかかる摩擦伝動式波動変速機の縦断面図である。
【図2】図1のII−II矢視断面図である。
【図3】同摩擦伝動式波動変速機の波動発生器におけるカム板の外周形状を示す部分破断正面図である。
【図4】カム板の外周形状を周角φおよび外径距離Lで表した説明図である。
【図5】同摩擦伝動式波動変速機における環状剛性部材を示す横断面図である。
【図6】同摩擦伝動式波動変速機における波動発生器と環状弾性部材の組み合わせ体を示す横断面図である。
【図7】カム板の外周形状を示す線図である。
【図8】カム板外周形状の曲率変化を説明するグラフである。
【図9】カム板外周形状の曲率変化の差を説明するグラフである。
【図10】同摩擦伝動式波動変速機における伝達トルクと出力回転数との関係の実験結果を従来例と比較して示したグラフである。
【図11】この発明の他の実施形態にかかる摩擦伝動式波動変速機の波動発生器におけるカム板の外周形状を示す正面図である。
【図12】従来例の摩擦伝動式波動変速機の波動発生器におけるカム板の外周形状を示す部分破断正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
この発明の一実施形態を図1ないし図10と共に説明する。図1はこの実施形態の摩擦伝動式波動変速機の縦断面図を示し、図2は図1のII−II矢視断面図を示す。この摩擦伝動式波動変速機は、円形の内周面を有する環状剛性部材1と、この環状剛性部材1の内側に配置され環状剛性部材1の内周面に対して接触つまり外接可能な外周面を有する環状弾性部材2と、この環状弾性部材2の内側に配置された波動発生器3とを備える。波動発生器3は、環状弾性部材2を半径方向の外側に撓めて、環状弾性部材2の外周面を周方向の複数箇所(ここでは2箇所)の接触部2aで前記環状剛性部材1の内周面に接触させ、これらの接触部2aを波動発生器3の回転に伴い周方向に移動させるものである。波動発生器3の外形は、前記環状弾性部材2の外周面の前記環状剛性部材1の内周面と接触する接触部2aが、環状剛性部材1の内周面の内径と略同一の外径の円弧状部となるように形成される。図2では、環状弾性部材2の外周面の周角2αの範囲の部分を前記接触部2aとなる円弧状部として示している。
【0021】
環状剛性部材1は大径円筒部1aと、この大径円筒部1aの一端から段差をなして連続する小径円筒部1bとを有し、大径円筒部1aの小径円筒部1bとは反対側の端部は、ボルト22で連結された断面L字状の環状蓋部材6により、軸心部を除いて蓋締めされている。環状剛性部材1は図示しない固定部材に固定される。環状剛性部材1は鋼材等の金属材からなる。
【0022】
環状弾性部材2は、環状剛性部材1の内面に沿ったカップ状であり、その周壁部分が、環状剛性部材1の大径円筒部1a内にこれと同心に配置される。環状弾性部材2における環状剛性部材1の小径円筒部1b側に向く端部には出力軸7が連結され、この出力軸7は環状剛性部材1の外側に突出している。この出力軸7は、複列の転がり軸受8を介して前記環状剛性部材1の小径円筒部1bの内周に回転自在に支持されている。環状弾性部材2の出力軸7側の端部は、出力軸7に形成されたハブ7aと、この出力軸7と同心に前記環状弾性部材2の内側に配置された環状部材9とで挟まれて、これらの部材を軸方向に貫通するボルト10により出力軸7に連結されている。出力軸7は図示しない被駆動部材の入力軸に連結される。環状弾性部材2は、薄肉金属材からなる。
【0023】
波動発生器3は、カム板4と、このカム板4の外周に配置されて環状弾性部材2の内周面と接触する転がり軸受5とでなる。図6は、波動発生器3と環状弾性部材2を組み合わせた横断面図を示す。ここでは、転がり軸受5として、内輪31、外輪32、転動体であるボール33、および保持器34からなる玉軸受が用いられる。この転がり軸受5の内輪31の内径面にカム板4が嵌合状態に挿入される。内輪31の内径面の周長とカム板4の外周面の周長とは一致する。
カム板4には、その回転軸心であるカム中心O1を貫通する入力軸21が設けられ、その一端は環状剛性部材1の大径円筒部1a内から出力軸7とは反対側に向けて外側に突出している。この入力軸21は、その中間部に形成されてカム板4の片面に接するハブ21aからカム板4に向けて軸方向に挿通されたボルト25により、カム板4に連結されている。入力軸21の前記出力軸7側に向く一端部は、転がり軸受23を介して前記環状部材9の内周に回転自在に支持されている。入力軸21の他端部は、複列の転がり軸受24を介して環状蓋部材6の内周に回転自在に支持されている。これにより、環状弾性部材2の外周面と環状剛性部材1の内周面との接触部2a(図2において周角2αで示す周方向範囲)が大きく取れない場合でも、入力軸21が中心に保持され、カム中心O1が環状剛性部材1の軸心に保持される。そのため、両持ち構造としたことで片持ち構造に比べ、部品の偏肉厚、芯ずれなどによる回転時の振動を抑えることができる。入力軸21は、例えば図示しないモータの出力軸に連結される。
【0024】
このように構成された摩擦伝動式波動変速機では、波動発生器3が高速回転すると、波動発生器3によって半径方向の外方に撓められた環状弾性部材2の外周面の部分と、環状剛性部材1の内周面とが接触する2箇所の接触部2aが周方向に移動する。その結果、環状剛性部材1の内周面の円周と環状弾性部材2の外周面の円周の差に応じた相対回転が、環状剛性部材1と環状弾性部材2との間に発生し、その相対回転が減速出力回転として前記出力軸7から被駆動部材の側に伝達される。
この摩擦伝動式波動変速機において、図5に横断面図で示す環状剛性部材1の内周面の周長をP1、環状弾性部材2の内側に波動発生器3が配置された図6に示す組合せ体における環状弾性部材2の外周面の周長をP2とすると、減速比Rは以下のように表すことができる。
R=P2/(P1−P2)
なお、図5においてD1は環状剛性部材1の内径を示し、図6においてD2は環状弾性部材2の内側に波動発生器3が配置された組合せ体における2つの接触部2a,2a間の外径距離を示す。
【0025】
波動発生器3のカム板4は、環状弾性部材2の外周面が環状剛性部材1の内周面に接触する接触部2a,2a(図2では周角2αの角度範囲の部分)にそれぞれ対応する外周面部分である2箇所の接触部対応外周部4a(図3)を有する。これら2箇所の接触部対応外周部4a,4aは互いに周方向に180°離間した位置に形成される。図3において、真円形状を示す曲線Cは、カム板4に嵌合する転がり軸受5の内輪31の変形前、つまり嵌合前の内径面を示す。
【0026】
カム板4の外周面は、図3に示すように、隣り合う接触部対応外周部4aの周方向中心(図3において周方向中心線となる線分Aを示した位置)間におけるカム板外周形状が、前記周方向中心間の周方向1/2の位置(線分Bが通る位置)と、カム中心O1を結ぶ線分Bに対して線対象となるように形成されている。なお、線分Bの位置は、線分Aに対して90°の周角を成す位置となる。また、周方向中心(線分Aの位置)から周方向中心間の周方向1/2の位置(線分Bの位置)の範囲のカム板外周形状は、次のように形成されている。
(1) 接触部対応外周部4aとなる周方向範囲が、カム板4のカム中心O1からカム板外周までの距離である外径距離Lが最大かつ一定となる第1の円弧部4aa(その周方向範囲を図3において周角αで示す)である。前記外径距離Lは、第1の円弧部4aaではその円弧の半径r1であり、第1の円弧部4aaの曲率中心つまり円弧中心はカム中心O1である。
(2) 第1の円弧部4aaの端から前記周方向中心間の周方向1/2の位置(線分Bの位置)までの周方向範囲が、カム板4のカム中心O1からカム板外周までの外径距離Lが漸次小さくなる漸減径部4b(その周方向範囲を図3において周角(β+γ)で示す)である。この漸減径部4bでの外径距離は、前記周方向中心間の周方向1/2の位置(線分Bの位置)で最小となる。
【0027】
また、この実施形態では、前記漸減径部4bの一部として、前記第1の円弧部4aaに繋がり、その外径距離Lが半径r1よりも小さい半径r2となる第2の円弧部4ba(その周方向範囲を図3において周角βで示し、円弧中心をO2で示す)を形成している。漸減径部4bの残りの部分として、前記第2の円弧部4baに繋がり、前記第1の円弧部4aaよりも大きい半径r3となる第3の円弧部4bb(その周方向範囲を図3において周角γで示し、その円弧中心をO3で示す)を形成している。
第1の円弧部4aaと第2の円弧部4baの接続点、および第2の円弧部4baと第3の円弧部4bbの接続点では、それぞれ共通の接線を有するように形成している。すなわち、前記各接続点は、その両側の曲率が変わるが、滑らかに接続している。
【0028】
この構成の摩擦伝動式波動変速機によると、環状弾性部材2の外周面の一部が、環状剛性部材1の内周面と略同一の半径の円弧状部とされ、この略同一半径の円弧状部を環状剛性部材1に対する接触部2aとしたため、面接触となり、接触面積が増大する。その結果、同じ面圧、同じ摩擦係数の場合でも、従来の摩擦伝動式波動変速機に比べて摩擦力が大きくなり、伝達トルクを向上させることができる。伝達トルクが向上することで、小型化が可能となる。また、カム板4の外周形状を従来例の楕円形のものから変えるだけで済むため、低コストとなる。
また、上記のように面接触させるようにしたため、線接触させるものに比べて同じトルク(接触力)とした場合、面圧が低くなるため摩耗が生じ難い。したがって、長期にわたってトルク伝達性能を維持することができる。
【0029】
また、カム板4の外周形状を図3のように形成しているので、環状弾性部材2の外周面と環状剛性部材1の内周面との接触面増加による伝達トルクの増加と共に、滑らかな異径のカム板外周形状により環状弾性部材2及び軸受の内輪、外輪の応力集中が緩和されて、繰り返し変形寿命が向上する。
【0030】
図7は、前記カム板4の外周形状の一例を線図として示したものである。この線図では図4に示すように、接触部対応外周部4aの周方向中心(線分A)からの周角をφ、カム板4のカム中心O1からの外径距離をLとし、縦軸は、変形前の転がり軸受5の真円内径r0に対する外径距離Lの比率L/r0(%)を示している。横軸は周角φを示している。また、この例のカム板外周形状の仕様は、減速比42、第1の円弧部4aaの周角α=5°、第2の円弧部4baの周角β=40°である。この線図の例の場合、第1の円弧部4aa(半径r1)の周方向範囲では、外径距離Lが最大でありフラットな線で示され、第2の円弧部4ba(半径r2)から第3の円弧部4bb(半径r3)にかけて外径距離Lが漸次減少し、周角φ=90°で最小となっている。
【0031】
カム板外周形状をこのように形成した場合、3つの円弧部4aa,4ba,4bbが各接続点においてさらに滑らかに繋がるので、これらの接続点での応力集中が緩和されると共に、3つの円弧部4aa,4ba,4bbでカム板外周が形成されることから、複雑な関数曲線の形状としたものと異なり、容易に設計・製作でき、管理も易しく安価となる。なお、製作上の制約等からカム板外周形状を簡略化したい場合は、前記した3つの円弧部4aa,4ba,4bbからなるカム板外周形状を基本形状として、この形状を若干変形させた模擬形状を採用しても、同様の効果を得ることができる。
【0032】
次の表1は、カム板外周形状における前記第2の円弧部4baの周角βと波動発生器3の組み立て可否の関係を試作確認した結果を示す。組み立て可否は、転がり軸受5の内輪31内周にカム板4を挿入し、転がり軸受5が変形に対応できるか否かを確認することで判定した。なお、周角βは表1内の値とし、これらの角度において、減速比は42、第1の円弧部4aaの周角αは5°で共通とした。
【0033】
【表1】

【0034】
表1の試作確認結果によると、周角βが20°、65°のとき、転がり軸受5の内輪31が破損した。これより、波動発生器3の組み立てが可能な周角βは30°〜55°の範囲であることが確認される。すなわち、カム板4の外周の2箇所に接触部対応外周部4aを有するこの実施形態の場合には、波動発生器3の組み立て性の観点から、前記漸減径部4bにおける第2の円弧部4baの円弧範囲を、その円弧中心O2に対して周角30°〜55°の角度範囲とするのが望ましい。
【0035】
これにより、波動発生器3における転がり軸受5の変形量が抑えられ、入力軸21の回転抵抗が小さくなり伝達効率が良くなると共に、環状弾性部材2及び軸受の内輪、外輪の応力集中が緩和され、繰り返し変形寿命が向上する。また、減速比を小さくする場合、波動発生器3の変形量は大きくなるが、上記した第2の円弧部4baの円弧範囲を、その円弧中心O2に対して周角30°〜55°の角度範囲とすることで、より減速比を小さくすることができる。
【0036】
図8は、減速比を42、前記第1の円弧部4aaの周角αを5°としたときの、前記第2の円弧部4baの周角βと、変形前の転がり軸受5の内輪内径面Cの真円内径(図3においてr0で示す)に対する前記3つの円弧部4aa,4ba,4bbの各半径r1,r2,r3の比率(以下、これを曲率変化率と呼ぶ)との関係をグラフで示したものである。曲率変化率は、100%に対して離れるほど軸受5の内輪及び外輪の変形は大きくなり、応力が増加する。
このグラフによると、第1の円弧部4aaの周角αは5°で一定としているため、r1/r0はフラットな線となっている。周角βを大きくして行くと、r2/r0では変化率が100%以下の範囲で更に小さくなり変形による応力は増加する。そこで、円弧部4baの半径r2と円弧部4bbの半径r3の曲率変化率が、100%に対して小さい方向の変形(r2)と大きい方向の変形(r3)のバランスが良い範囲で周角βを選択することが望ましい。
【0037】
図9は、前記第1の円弧部4aaの周角αを5°および7.5°としたときの、前記第2の円弧部4baの周角βと、前記曲率変化率の差との関係をグラフで示したものである。半径r2の円弧部4baと半径r3の円弧部4bbの接続点では、変形前の転がり軸受5の真円内径r0より小さい半径r2から大きい半径r3に変化しており、曲率の変化が最大となる箇所である。この箇所の曲率の変化を、ここでは曲率変化率の差と呼ぶ。なお、曲率変化率の差は、各半径r0,r2,r3を用いて、
曲率変化率の差=(r3/r0)−(r2/r0)
と表される。
接触部対応外周部4aの半部を構成する第1の円弧部4aaの周角αの角度範囲が大きければ、伝達トルクは上がるが、前記曲率変化率も大きくなり、減速比を低く設定するのが困難となる。上記グラフによると、少なくとも第1の円弧部4aaの周角αの範囲が7.5°以下では、周角βが35°付近で曲率変化率の差が最小となっており、ここで応力状態が低く抑えられ、良好となることが分かる。したがって、図8および図9のグラフから、前記第2の円弧部4baの周角βの最適な範囲として、35°から40°の範囲を選ぶのが望ましい。
【0038】
さらに、この実施形態では、波動発生器3の外形により、環状弾性部材2の外周面の環状剛性部材1の内周面と接触させられる部分(図2に周角2αで示す部分)であって、環状剛性部材1の内周面の内径と略同一の外径の円弧状部(接触部2a)とされる部分の円弧径に対して、環状剛性部材1の内周面の内径を僅かに小さく(例えば0.03mm)している。例えば、図6において環状弾性部材2の内側に波動発生器3が配置された組合せ体における2つの接触部2a,2a間の外径距離D2よりも、図5に示す環状剛性部材1の内径D1を僅か(例えばΔ)に小さく、すなわち
D1(=D2−Δ)
としている。
【0039】
これにより、環状剛性部材1の内周面とこれに接触する環状弾性部材2の外周面との間に締め代Δによる接触面圧が発生して容易に接触力を付与できるので、伝達トルクをさらに向上させることができる。
なお、図示しないが、環状剛性部材1を薄肉として、外力により環状剛性部材1を撓ませて縮径することにより、環状剛性部材1と環状弾性部材2の間に接触力を発生させても良い。
【0040】
図10は、入力回転数を一定としたときの、この摩擦伝動式波動変速機における伝達トルクと出力回転数との関係の実験結果を従来例と比較してグラフで示したものである。図12は、この比較に用いた従来例における楕円形カム板45の外周形状を示している。同図において、一点鎖線はカム板45の外周に設けられる転がり軸受の変形前の内周の真円形状を示している。
【0041】
この実験における各諸元は以下の通りである。
入力回転数:2000rpm
減速比:76(実施形態、従来例とも同じ)
トルク伝達部の径方向締め代量Δ:実施形態、従来例とも同じ
従来例のカム板:楕円形状(図12)
楕円長半径=r1(実施形態の円弧部4aaと同じ)
楕円周長(実施形態の周長と同じ)
実施形態のカム板:3つの円弧部4aa,4ba,4bbを有するもので、周角α=
7.5°、周角β=55°
【0042】
図10のグラフでは、実施形態および従来例のいずれの場合でも伝達トルクが大きくなると共に接触部(トルク伝達部)で滑りが生じ出し出力回転数が低下する傾向が見られる。しかし、従来例で、伝達トルク1.5Nmのとき生じる出力回転数の減少幅は、実施形態では伝達トルク6Nmで生じている。つまり、実施形態の場合、従来例に比べて約4倍のトルク伝達能力が得られている。この試験結果から明らかなように、この実施形態の摩擦伝動式波動変速機によると、従来例に比べて大幅に伝達トルクを向上させることができる。
【0043】
図11は、この発明の他の実施形態にかかる摩擦伝動式波動変速機における波動発生器のカム板の外周形状を示す。この実施形態では、カム板4の外周の3箇所に等配して接触部対応外周部4aを設けている。言い換えると、波動発生器3により、環状弾性部材2の外周面を周方向の3箇所の部分で環状剛性部材1の内周面に接触させるようにしている。この場合、隣り合う接触部対応外周部4a,4aの周方向中心線A,A間の周角は120°であり、その周方向中心線A,A間の周方向1/2の位置(線分B)は、周方向中心線Aに対して60°の周角をなす位置となる。その他の構成は先の実施形態の場合と同様である。
【符号の説明】
【0044】
1…環状剛性部材
2…環状弾性部材
2a…接触部(円弧状部)
3…波動発生器
4…カム板
4a…接触部対応外周部
4aa…第1の円弧部
4b…漸減径部
4ba…第2の円弧部
4bb…第3の円弧部
5…転がり軸受


【特許請求の範囲】
【請求項1】
円形の内周面を有する環状剛性部材と、この環状剛性部材の内側に配置され、環状剛性部材の内周面に対して接触可能な外周面を有する環状弾性部材と、この環状弾性部材の内側に配置され、環状弾性部材を半径方向の外方に撓めて、環状弾性部材の外周面を周方向の複数箇所で前記環状剛性部材の内周面に接触させ、これらの接触部を周方向に移動させる波動発生器とを備えた摩擦伝動式波動変速機であって、
前記環状弾性部材の外周面の周方向の一部となる複数箇所が、前記環状剛性部材の内周面と略同一の半径の円弧状部であり、これら複数の円弧状部を、前記環状弾性部材が前記環状剛性部材に対して接する接触部としたことを特徴とする摩擦伝動式波動変速機。
【請求項2】
請求項1において、前記波動発生器は、前記環状剛性部材の軸心と同心のカム中心回りに回転するカム板と、このカム板の外周に配置され前記環状弾性部材の内周面と接触する転がり軸受とでなり、
前記カム板は、前記環状弾性部材の前記接触部とした前記各円弧状部と同じ周方向範囲にそれぞれ位置して複数の接触部対応外周部を有し、
隣り合う接触部対応外周部の周方向中心間におけるカム板外周形状が、前記周方向中心間の周方向1/2の位置と前記カム中心を結ぶ線分に対して線対称であり、
かつ前記周方向中心から前記周方向中心間の周方向1/2の位置の範囲のカム板外周形状は、前記接触部対応外周部となる周方向範囲が、前記カム板のカム中心からカム板外周までの距離である外径距離が最大かつ一定となる円弧部であり、この円弧部の端から前記周方向中心間の周方向1/2の位置までの周方向範囲が、前記カム板のカム中心からカム板外周までの外径距離が漸次小さくなる漸減径部であり、この漸減径部での外径距離が前記周方向中心間の周方向1/2の位置で最小となる摩擦伝動式波動変速機。
【請求項3】
請求項2において、前記周方向中心から前記周方向中心間の周方向1/2の位置までの範囲のカム板外周形状は、前記カム板のカム中心からカム板外周までの外径距離が最大かつ一定となる第1の円弧部と、前記漸減径部の一部であって前記第1の円弧部に繋がりこの第1の円弧部の半径r1よりも小さい半径r2となる第2の円弧部と、前記漸減径部の他の一部であって前記第2の円弧部に繋がり前記第1の円弧部の半径r1よりも大きい半径r3を持つ第3の円弧部とでなり、前記第1の円弧部と前記第2の円弧部の接続点、および前記第2の円弧部と前記第3の円弧部の接続点では、それぞれ共通の接線を有するものとした摩擦伝動式波動変速機。
【請求項4】
請求項3において、前記カム板は外周の2箇所に前記接触部対応外周部を有し、前記漸減径部における第2の円弧部の円弧範囲を、その円弧中心O2に対して30°〜55°の角度範囲とした摩擦伝動式波動変速機。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項において、前記環状弾性部材における、前記環状剛性部材の内周面と略同一の半径となる前記円弧状部の外径に対して、前記環状剛性部材の内周面の内径をわずかに小さくした摩擦伝動式波動変速機。
【請求項6】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、前記波動発生器は、前記環状弾性部材を半径方向の外方に撓めて、環状弾性部材の外周面を周方向の3箇所の部分で前記環状剛性部材の内周面に接触させ、これらの接触部を周方向に移動させるものとした摩擦伝動式波動変速機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−251603(P2012−251603A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−124760(P2011−124760)
【出願日】平成23年6月3日(2011.6.3)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】