説明

摩擦車式の無段変速装置

【課題】一対の摩擦車式無段変速機を備えた変速装置において、ローディング装置の構成を簡易化し、かつ、各々の無段変速機の回転差による滑りの増大を防止する。
【解決手段】変速装置は、一対の摩擦車式無段変速機A、Bを備え、各々の摩擦車式無段変速機の出力リング4が中央部に位置するよう対称的に配置される。両出力リング4の中間部にはガイド部材7と転動体9とを設置し、ガイド部材7の外周に歯車を設けて変速装置の出力軸8と連結する。転動体9が挿入される貫通空間部72は、転動体9が周方向に変位すると径方向外方にも移動するような形状を有し、また、両方の出力リング4には、傾斜部を備えた円周溝42が形成されている。ガイド部材7に出力軸8の負荷が作用すると、転動体9は、径方向外方に移動して円周溝42の傾斜部を押圧し、無段変速機の摩擦伝動を行う部材の間に押付け力を付与するローディング装置として作動する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の動力伝達装置等に用いられる無段変速装置に関し、ことに、一対の摩擦車式無段変速機が対向して配置され、摩擦伝動を行う部材間に押付け力を付与するためのローディング装置を備えた変速装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
無段変速機(CVT)は、入出力軸の回転数の比(変速比)を連続的に変更可能な変速機であって、車両、各種の作業機等の分野で広く使用されている。車両において、エンジン動力を車輪に伝達する動力伝達装置の変速機として無段変速機を用いたときは、有段の変速機とは異なり、車両走行状態に応じた連続的な変速が可能であり、変速ショックのない走行が実現できるとともに車両の燃料経済性の面でも有利となる。また、省エネルギを目的として、車両の減速時のエネルギや排熱エネルギを回転動力の形で回収するときも、無段変速機を利用して適正な回転数へ変換することが望ましい。
【0003】
無段変速機としては、機械式のものや油圧式のものなどがあり、機械式の無段変速機の中では、Vベルトを用いその伝動用プーリの対向円錐面の幅を調節して変速を行うVベルト式無段変速機が、車両用動力伝達装置の変速機として実用化されている。機械式の無段変速機には、摩擦車を用い摩擦力で動力を伝達する摩擦車式無段変速機があり、これは、離れた軸の間のプーリに特殊なVベルトを掛け渡すVベルト式無段変速機と比べると、密閉式の潤滑が可能でまとまりがよい、などの利点を備えている。
【0004】
摩擦車式無段変速機においても、各種の変速機が知られており、入出力軸に固定されたディスクの対向する曲面の間にパワーローラを配置し、パワーローラの傾斜角を変えて変速を行うトロイダル式変速機、あるいは遊星式に配置した円錐型の摩擦ホイール(遊星ホイール)を利用する遊星ホイール式の無段変速機等がある。遊星ホイールによる伝動を行う無段変速機には、入力軸の回転に対し出力軸の回転を停止させ、さらに逆転させることが可能な無段変速機も存在する。例えば、特開平3−9171号公報には、このような無段変速機を2台対向して配置し、それぞれの無段変速機により車両の左右の車輪を独立して駆動する車両用動力伝達装置が示されている。また、実公昭39−33734号公報には、同一構造の一対の無段変速機を対称的に対向させた形で配置し、単一の出力軸から出力を取り出す変速装置が開示されている。
【0005】
ところで、摩擦車式無段変速機では、摩擦伝動を行う部材間の摩擦力を確保し確実な動力伝達を行うため、接触する部材間に押付け力を付与する必要がある。押付け力を付与する装置は、ローディング装置(調圧継手)と呼ばれており、一般的には、伝達する負荷に応じて押付け力を調節するため、出力軸等に置かれた乗り上げ式円板カムにより伝達トルクに対応するスラスト力を発生させ、これを押付け力に振り向けるように構成される。こうしたローディング装置を備え、遊星式に配置した円錐型の摩擦ホイールを利用する無段変速機は、一例として特開平5−187509号公報に開示されている。
【0006】
図6には特開平5−187509号公報に記載された無段変速機を示す。図6(a)において、エンジン動力は、出力軸101の回りに回転可能に嵌め込まれた傘歯車102に入力され、傘歯車102と一体となったキャリア103を回転させる。キャリア103に固定された支軸104には、円錐型の摩擦ホイール105が回転自在に支持されており、摩擦ホイール105の底面端部は、出力軸101に嵌め込まれた出力ディスク106に圧接される。つまり、摩擦ホイール105は、出力軸101の回りを公転しながら支軸104の回りを自転する遊星運動を行う。摩擦ホイール105の外周面には、回転不能の変速リング107が接触しており、その接触位置を軸方向に移動すると、摩擦ホイール105の自転速度が増減する。これにより、傘歯車102と出力軸101との回転数の比を無段階に変化させることができる。
【0007】
出力軸101には、摩擦伝動を行う部材間の摩擦力を確保するため押付け力を加えるローディング装置108が設置してある。ローディング装置108は、図6(b)に示すように、出力ディスク106と出力軸101に固定した歯車109とにそれぞれ円板カム106C、109Cを形成し、その間に、ガイド部材110の孔に挿入されるボール体111を配置した構造となっている。出力軸101が回転すると、ボール体111が円板カム106C等の傾斜部Xに乗り上げ、出力ディスク106を図の左方に押す。出力ディスク106は出力軸101には固着されておらず軸方向に可動であって、出力ディスク106の左方への移動により、摩擦ホイール105の下端部と出力ディスク106との圧接部分には押付け力が付与され、動力伝達のための摩擦力が確保される。この押付け力は、出力軸101のトルクが増大するにつれ大きなものとなる。
【特許文献1】特開平3−9171号公報
【特許文献2】実公昭39−33734号公報
【特許文献3】特開平5−187509号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
摩擦車式無段変速機を用いて動力伝達を行う場合、伝達する動力(トルク)を増大したときには、摩擦伝動を行う部材間の摩擦力が増加し、一定の限度を超えると両者の間に過大な滑りが生じて、滑り損傷を起こす虞れがある。これを防止するには、特許文献2に記載された無段変速機のように、入力軸を共通とする同一構造の一対の摩擦車式無段変速機を対称的に対向させて配置し、単一の出力軸により出力する方法が考えられる。この方法によれば、摩擦伝動を行う部材間の摩擦力が理論上は半分に低下するとともに、摩擦伝動の際に入力軸に作用する軸方向のスラスト力が相殺されるので、スラストベアリングなどの軸の支持機構が簡素化される。
【0009】
しかし、同一構造の一対の摩擦車式無段変速機を対向させて配置したとしても、各々の無段変速機には不可避的な製造誤差や組付け誤差が存在し、また、潤滑条件等の相違により経年変化に伴う摩耗も異なるため、共通の入力軸から駆動したときに、各々の無段変速機の出力回転数には多少の差が生じる。2個の摩擦車式無段変速機は単一の出力軸に連結されているので、各々の無段変速機に生じた回転差は、摩擦伝動を行う部材間に発生する滑りにより吸収されるが、これによって滑り量が増大して無段変速機に過大な発熱が発生したり、いずれかの無段変速機に滑り損傷が起こることがある。また、摩擦伝動を行う部材間に押付け力を加えるローディング装置は、同一のものをそれぞれの摩擦車式無段変速機に対して設ける必要がある。
本発明は、一対の摩擦車式無段変速機を対向して配置した変速装置において、各々の無段変速機の回転差に起因する滑り量の増大を防止し、かつ、押付け力を付与するローディング装置の構成を簡易化して、上記の問題点を解決することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題に鑑み、本発明の変速装置は、一対の摩擦車式無段変速機を、各々の摩擦車式無段変速機の出力部材が中央部に位置するよう対称的に配置し、両出力部材に押圧される転動体を設けて両出力部材の相対的な回転運動を許容するとともに、転動体により出力部材に押付け力を作用させるものである。すなわち、本発明は、
「共通する入力軸を備えた一対の摩擦車式無段変速機を、前記入力軸に直交する面に対し対称的に配置した変速装置であって、
各々の前記摩擦車式無段変速機の出力部材が、前記一対の摩擦車式無段変速機の中間部に対向して配置されるとともに、各々の前記出力部材の対向面には、径方向外方に傾斜部を有する円周溝が形成され、
前記出力部材の対向面の間には、各々の前記円周溝の傾斜部に接触し、径方向の軸の回りに回転する転動体と、前記入力軸の軸心を中心として回転し、前記転動体が挿入される貫通空間部を有するガイド部材とが設置され、
前記ガイド部材には、各々の前記出力部材の出力を合わせて取り出す出力取出部材が連結されており、
各々の前記出力部材と前記ガイド部材との相対的な変位により、前記転動体が径方向外方に移動して、前記出力部材に形成された前記円周溝の傾斜部に押付けられ、各々の前記出力部材を反対方向に押圧する」
ことを特徴とする変速装置となっている。
【0011】
請求項2に記載のように、前記貫通空間部に挿入される前記転動体を球体とし、かつ、前記貫通空間部の径方向内方に直線部を形成して、前記転動体が、前記貫通空間部における周方向の移動に伴い径方向外方に移動するように構成することができる。
【0012】
また、請求項3に記載のように、前記貫通空間部に挿入される前記転動体を、前記円周溝の傾斜部に接触する半球体と軸とを備えるものとし、かつ、前記転動体の軸を、前記貫通空間部の径方向内方の角部に接触する転動体支持体に嵌め込み、前記転動体が、前記貫通空間部における転動体支持体の傾斜に伴い径方向外方に移動するように構成することができる。
【0013】
本発明の変速装置は、請求項4に記載のように、各々の前記摩擦車式無段変速機が「前記入力軸の回りに配置された複数の遊星ホイールを備え、前記遊星ホイールには、前記入力軸に圧接される転動面と、変速円錐面とが形成されており、前記転動面の外方には、リング状の前記出力部材が圧接され、かつ、前記変速円錐面には、回転方向には固定され軸方向には移動可能な変速リングが圧接される」ものであるときに、特に好ましい効果を発揮する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の変速装置においては、共通する入力軸を備えた一対の摩擦車式無段変速機が、入力軸に直交する面に対し対称的に、すなわち、対向して配置されており、各々の摩擦車式無段変速機の出力部材が2個の摩擦車式無段変速機の中間部に位置している。両出力部材の間には、双方の出力部材に接触する転動体と、転動体を保持するガイド部材とが配置してあり、変速装置の出力は、両摩擦車式無段変速機の出力部材の出力を合わせた形でガイド部材を介して取り出される。そのため、単一の摩擦車式無段変速機により変速するものと比較すると、摩擦伝動を行う部材間の摩擦力が半分となるとともに、摩擦伝動の際に入力軸に作用する軸方向のスラスト力が相殺されるので、スラストベアリングなどの構造が簡易なものとなる。
【0015】
ガイド部材の貫通空間部に挿入されて両出力部材の間に配置された転動体は、ガイド部材の両出力部材に対する相対的な変位に応じて径方向外方に移動する。つまり、変速装置の出力取出部材に働く負荷トルクによりガイド部材が両出力部材の回転方向後方に相対的に変位することに伴って、両出力部材の間に配置される転動体が径方向外方に移動する。各々の出力部材の対向面には径方向外方に傾斜部を有する円周溝が形成されており、径方向外方に移動した転動体は、両出力部材の傾斜部に押圧される。これによって、転動体が傾斜部とガイド部材との間にロックされた状態となり、各々の摩擦車式無段変速機の出力部材から転動体を介してガイド部材へ動力が伝達されるとともに、転動体は、両出力部材を互いに反対方向に押し広げる力を作用する。したがって、両出力部材の間に配置される転動体は、2個の摩擦車式無段変速機に共用のローディング装置としても機能し、各々の出力部材を介して両摩擦車式無段変速機には押付け力が付加され、摩擦伝動を行う部材間に確実な摩擦力が生じることとなる。
【0016】
また、ガイド部材の貫通空間部に挿入された転動体は、両出力部材の径方向外方の傾斜部に押圧されるが、転動体自体は、径方向の軸の回りを回転することが可能である。対向して配置した2個の摩擦車式無段変速機が同一構造であったとしても、不可避的な製造誤差や組付け誤差等に起因して、各々の無段変速機における出力部材の回転数には多少の差が生じるけれども、この回転数の差は、転動体自体の回転により吸収することができる。つまり、傾斜部に押圧された転動体には、回転数の大きい出力部材に引かれる摩擦力と回転数の小さい出力部材に引きずられる摩擦力とによる回転モーメントが作用し、転動体が径方向の軸の回りを回転して回転数差を補償する。換言すれば、本発明のローディング装置の転動体は、両出力部材の回転数差を許容するものであり、これによって、両出力部材の回転数差により摩擦伝動を行う部材間に滑りが発生することを防止できる。
【0017】
請求項2に記載の発明は、貫通空間部に挿入される転動体を球体とし、かつ、貫通空間部の径方向内方に直線部を形成するものである。球体の転動体は、ガイド部材が両出力部材に対して相対的に変位すると、貫通空間部を径方向内方に直線部に沿って周方向に移動し、その結果、径方向外方に移動するようになる。この構成によれば、ガイド体の貫通空間部及び転動体の構造が単純であるので、作動時の信頼性が高く、また、製造コストを削減することが可能である。
【0018】
請求項3に記載の発明は、貫通空間部に挿入される転動体を、出力部材の円周溝の傾斜部に接触する半球体と軸とによって構成し、かつ、転動体の軸を嵌め込む転動体支持体を貫通空間部の設置して、転動体支持体の下方の両端部が貫通空間部の径方向内方の角部に接触するようにしたものである。ガイド部材が両出力部材に対して相対的に変位すると、転動体支持体が、下方の端部を支点として貫通空間部において傾斜し、転動体が径方向外方に移動する結果、半球体の部分が円周溝の傾斜部に押付けられる。
【0019】
請求項4に記載の発明は、本発明におけるローディング装置等を、遊星ホイールによる遊星式の伝動を行う一対の無段変速機を対向して配置した変速装置、すなわち、摩擦車式無段変速機が「入力軸の回りに配置された複数の遊星ホイールを備え、遊星ホイールには、入力軸に圧接される転動面と、変速円錐面とが形成されており、転動面の外方には、リング状の出力部材が圧接され、かつ、変速円錐面には、回転方向には固定され軸方向には移動可能な変速リングが圧接される」ような変速装置に対して適用したものである。こうした摩擦車式無段変速機では、出力部材の停止や逆転まで可能で変速範囲が大きく、また、入力軸と遊星ホイールとの間、出力部材と遊星ホイールとの間及び変速リングと遊星ホイールとの間の3個所に摩擦伝動部分が存在する関係上、2個の摩擦車式無段変速機における出力部材に回転数差が生じる虞れが強い。本発明におけるローディング装置は、回転数差を許容して摩擦伝動部材間の滑りの増大を防止するものであるから、この摩擦車式無段変速機を備えた変速装置に適用したときの効果は、特に大きなものがある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、図面に基づき本発明の変速装置の実施例について説明するが、この実施例は、遊星ホイールによる伝動を行う一対の摩擦車式無段変速機を対向して配置した変速装置に関するものであり、まず、この無段変速機の構成及び変速原理等について、図1により説明する。図1(a)は、遊星ホイール式無段変速機の全体的な断面図であり、図1(b)は、無段変速機を遊星歯車機構に置き換えた等価モデルとなっている。
【0021】
図1(a)に示されるとおり、遊星ホイール式無段変速機には、入力軸1に対して遊星運動を行う複数の遊星ホイール2が、周方向に等間隔で配置されている。入力軸1は、円錐面の外周を有する入力ディスク11、12を備え、また、遊星ホイール2の両端部も同じく円錐面21、22をなしており、この部分は入力ディスクに対する転動面となっている。遊星ホイール2は、円錐面21が入力ディスク11に圧接され円錐面22が入力ディスク12に圧接されて、入力軸1の回りを公転しながら遊星ホイール2の中心軸の回りを自転する。そのため、遊星ホイール2の中心軸と両端の円錐面21、22及び入力ディスク11、12の円錐面は、断面図において入力軸1の軸線延長部の1点で交わるように形成されるとともに、複数の遊星ホイール2は、自転と公転とが可能であるようにキャリア3によって相互に連結される。
【0022】
遊星ホイール2の小径側の端部である円錐面21の外周側には、無段変速機の出力部材である出力リング4が圧接されている。つまり、入力ディスク11、遊星ホイール2の円錐面21及び出力リング4は、遊星歯車機構におけるサンギヤ、プラネタリギヤ及びリングギヤにそれぞれ相当するものとなっている。
【0023】
遊星ホイール2の中間部には、両端部の円錐面とは逆方向に広がる変速円錐面23が形成される。変速円錐面23の断面図における外側の直線は、入力軸1の軸線と平行であって、その外周には変速リング5が圧接される。変速リング5は、回転方向には拘束されるとともに、変速円錐面23に沿って軸方向には移動可能であるよう構成され、軸方向に移動すると、変速リング5と変速円錐面23との接触点P(ピッチ点)が変化する。遊星ホイール2は、ピッチ点で変速リング5の内面を転動しながら自転及び公転を行うから、その回転数は、変速円錐面23のピッチ点における半径に応じて変わることとなる。
【0024】
このように構成された遊星ホイール式無段変速機の各構成要素の回転数を、図1(b)の等価モデルにより計算する。
まず、キャリアが固定され、リングギヤB(変速リング5に相当)が回転すると仮定したときのリングギヤBの回転数N5を求める。サンギヤ(入力ディスク11に相当)の半径をR1、回転数をN1とし、プラネタリギヤA(遊星ホイール2の円錐面21に相当)の半径をR2、回転数をN2とすると、N2=−N1×R1/R2(サンギヤの回転方向を正とする)である。そして、プラネタリギヤB(ピッチ点における変速円錐面23の横断面に相当)の回転数はN2であるので、リングギヤBの回転数N5は、次式のとおりとなる。
N5=N2×R3/R5
R3:プラネタリギヤBの半径
R5:変速リング5の半径
次に、プラネタリギヤAの外側に噛合うリングギヤA(出力リング4に相当)の半径をR4、回転数をN4とすると、N4=N2×R2/R4となる。しかし、この計算は、リングギヤBが回転すると仮定したときのものであり、リングギヤBは実際には固定されているので、各部の回転数は、上記の回転数からリングギヤBの回転数N5を減算したものとして求められる。リングギヤAの実際の回転数Noは、次式のとおりとなる。
No=N4−N5=N2×(R2/R4−R3/R5)
したがって、出力リング4に相当するリングギヤAは、(R2/R4−R3/R5)の値の正負によって正方向及び逆方向の両方向に回転し、この値が0となるときには停止することとなる。ちなみに、実際の入力回転数をNiとすると、変速比rは、次式により表される。
r=No/Ni=No/(N1−N5)
【0025】
ここで、上述の遊星ホイール式無段変速機を対向して配置した本発明の変速装置の実施例について、図2により説明する。
変速装置には、同一の構造を備えた一対の遊星ホイール式無段変速機A、Bが、共通の入力軸1に直交する面に対して対称的に、出力リング4が中間部で対向するように配置されている。ただし、遊星ホイール式無段変速機Bの入力ディスク11、12は、入力軸1にボールスプラインにより連結された中空スリーブの両端に固着されている。また、変速リング5の装着されるロッド6には逆ねじが設けてあり、遊星ホイール式無段変速機A、Bの各変速リング5は、ロッド6の回転によって互いに反対方向に同一距離移動するよう構成される。
【0026】
遊星ホイール式無段変速機A、Bの各出力リング4の間には、入力軸1に対して回転可能に嵌め込まれたボス部を有する円板状のガイド部材7が設置されている。ガイド部材7の外周には連続した歯71が形成され、これは、変速装置の出力軸8の端部に固着した歯車81と噛合っており、遊星ホイール式無段変速機A、Bの出力を合わせて外部に出力する出力取出部材となっている。
【0027】
ガイド部材7の、各出力リング4と対面する部分には、ガイド部材7を貫通する貫通空間部72が設けられ、ここに球状の転動体9が挿入される。図3(a)に示すとおり、貫通空間部72は、軸方向から見ると、径方向外側が弧状で径方向内側が直線となった矩形状を呈する空間であって、挿入された転動体9は、径方向内側の直線に沿って中央から左右周方向に変位したときには、破線で示すように、径方向外方に移動することとなる。そして、図3(b)の拡大断面図に示すとおり、両方の出力リング4の対向面には、断面において径方向外側に傾斜部41を有する円周溝42が設けられており、転動体9が周方向に変位すると、転動体9の径方向外方の頂部近傍は、それぞれの出力リング4の傾斜部41に押圧される。換言すれば、転動体9は、周方向への変位に伴い径方向外方に移動して各出力リング4の傾斜部41を反対方向に押圧し、遊星ホイール式無段変速機A、Bの摩擦伝動を行う部材間に押付け力を発生させるローディング装置としても機能する。転動体9は球体であるから、両方の出力リング4の回転数に差が生じたときは、径方向の軸を中心に回転し、その差を吸収することが可能である。転動体9が挿入される貫通空間部72は、径方向内側が一つの直線である必要はなく、図3(c)に示すように、径方向内側をV字型の形状とすることによっても、転動体9は、貫通空間部72における周方向の移動に伴い径方向外方に移動することとなる。
【0028】
次いで、図2の変速装置の作動について述べる。エンジン等からの動力によって入力軸1が回転すると、遊星ホイール式無段変速機A、Bの入力ディスク11、12は、複数の遊星ホイール2を自転させると同時に入力軸1の回りに公転させる。これにより、遊星ホイール2の端部外周に押圧されたそれぞれの出力リング4が回転し、その回転数が、遊星ホイール2の変速円錐面23に圧接された変速リング5の位置により変化するのは、前述したとおりである。
【0029】
各出力リング4の対向する円周溝42の間には、ガイド部材7の貫通空間部72に挿入された転動体9が置かれている。ガイド部材7には変速装置の出力軸8の負荷が作用しているから、各出力リング4が回転すると、ガイド部材7は、出力リング4に対し回転方向の後方に相対的に変位する。ガイド部材7の相対的な変位に伴って、転動体9は、貫通空間部72の径方向内側の直線に沿って周方向に移動し、かつ、径方向外方に移動して円周溝の傾斜部41に押圧される。そのため、転動体9はいわばその位置にロックされた状態となり、出力リング4の回転が、転動体9及びガイド部材7を介して出力軸8に伝達される。傾斜部41には転動体9から出力軸8の負荷トルクに応じた反力が作用し、この反力によって各出力リング4が互いに反対方向に押圧され、摩擦伝動を行う部材間に押付け力が発生する。
【0030】
ところで、遊星ホイール式無段変速機A、Bの構造が同一であっても、不可避的な製造誤差等に起因して、両方の出力リング4の回転数には多少なりとも差が生じる。つまり、ガイド部材7の回転に対し、一方の出力リング4の回転が相対的に速く、他方の出力リング4の回転が相対的に遅くなる。この回転数の差が生じたときは、図4に示すように、両方の出力リング4の傾斜部41に押圧される転動体9の径方向外方の頂部近傍には、相対的な速度差に基づく回転モーメントが作用し、転動体9は、ガイド部材7の径方向の軸を中心として回転する。この回転により、両方の出力リング4における回転数の差が許容される。
【0031】
このように、本発明のローディング装置の転動体9は、2台の無段変速機の出力リング4に発生する回転数の差に応じて回転するので、それぞれの出力リング4は、他方の出力リング4と同期することなく回転が可能である。したがって、ガイド部材7を介して両方の出力リング4を共通の出力軸8に連結しても、出力リング4が強制的に同期されることに伴い生じる、摩擦伝動を行う部材間の滑りの増大を回避することができる。両方の出力リング4の回転数に差が生じたときは、ガイド部材7は、それらの回転数の平均回転数で回転するようになる。
【0032】
図5は、本発明のローディング装置における転動体の変形例を示すものである。この変形例では、転動体9は、各出力リング4の円周溝42の傾斜部に接触する半球体91と軸92とを備えており、軸92がベアリングを介して転動体支持体93に回転自在に嵌め込まれている。図5(a)に示すとおり、転動体支持体93は断面が台形の部材であって、その底面がガイド部材7の貫通空間部72における径方向内側の直線上に載置され、底面の両端が貫通空間部72の角部Yに接触している。
【0033】
動力伝達時の負荷の作用により、ガイド部材7が各出力リング4に対し回転方向の後方に相対的に変位すると、図5(b)に示すように、貫通空間部72において転動体支持体93が角部Yを支点として傾斜する。この結果、転動体9は径方向外方に移動して半球体91が円周溝の傾斜部41に押圧されるため、図3の実施例の場合と同様に、出力リング4の回転が出力軸8に伝達されるとともに、各出力リング4が互いに反対方向に押圧され、摩擦伝動を行う部材間に押付け力が発生する。各出力リング4間に生じる速度差は、転動体9の軸92を中心とする回転によって許容されることとなる。
この変形例からも分かるとおり、本発明のローディング装置の転動体9は、変速装置の入力軸から出力軸(出力取出部材)へ動力伝達が行われるときに、ガイド部材と各出力リングとの相対的に変位により、貫通空間部において径方向外方に移動するものであればよい。転動体9の形状は、径方向の軸を中心とする回転体であれば、球体に限られるものではなく、また、円周溝42の傾斜部41は、断面において弧状にしてもよい。
【0034】
以上詳述したように、本発明は、一対の摩擦車式無段変速機を対向して配置した変速装置において、各々の摩擦車式無段変速機の出力部材を中央部に位置させるとともに、両出力部材に押圧される転動体を設け、両出力部材の相対的な回転運動を許容しながら転動体により両出力部材に押付け力を作用させ、摩擦車式無段変速機のローディング装置として機能させるものである。上記の実施例は、本発明の変速装置における摩擦車式無段変速機として遊星ホイール式無段変速機を採用したものであるが、トロイダル式無断変速機等の摩擦車式無段変速機を採用すること、すなわち、一対のトロイダル式無段変速機を対向して配置した変速装置に対して、本発明のローディング装置等を適用することもできる。また、上記の実施例では、変速装置の出力を歯車により外部に取り出しているが、チェーン機構を用いて取り出すようにすること、変速リングをリンク機構によって移動させることなど、実施例に対し種々の変更が可能であることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明に用いられる遊星ホイール式無段変速機の構造の概略図及び等価モデルを示す図である。
【図2】本発明の変速装置の構造を示す図である。
【図3】本発明のローディング装置を示す図である。
【図4】本発明のローディング装置の作動を説明する図である。
【図5】本発明のローディング装置における転動体の変形例を示す図である。
【図6】従来の遊星ホイール式無段変速機の構造及びそのローディング装置を示す図である。
【符号の説明】
【0036】
1 入力軸
2 遊星ホイール
23 変速円錐面
3 キャリア
4 出力リング(出力部材)
41 傾斜部
5 変速リング
7 ガイド部材
72 貫通空間部
8 出力軸(出力取出部材)
9 転動体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
共通する入力軸を備えた一対の摩擦車式無段変速機を、前記入力軸に直交する面に対し対称的に配置した変速装置であって、
各々の前記摩擦車式無段変速機の出力部材が、前記一対の摩擦車式無段変速機の中間部に対向して配置されるとともに、各々の前記出力部材の対向面には、径方向外方に傾斜部を有する円周溝が形成され、
前記出力部材の対向面の間には、各々の前記円周溝の傾斜部に接触し、径方向の軸の回りに回転する転動体と、前記入力軸の軸心を中心として回転し、前記転動体が挿入される貫通空間部を有するガイド部材とが設置され、
前記ガイド部材には、各々の前記出力部材の出力を合わせて取り出す出力取出部材が連結されており、
各々の前記出力部材と前記ガイド部材との相対的な変位により、前記転動体が径方向外方に移動して、前記出力部材に形成された前記円周溝の傾斜部に押付けられ、各々の前記出力部材を反対方向に押圧することを特徴とする変速装置。
【請求項2】
前記貫通空間部に挿入される前記転動体が球体であり、かつ、前記貫通空間部の径方向内方には直線部が形成されており、前記転動体は、前記貫通空間部における周方向の移動に伴い径方向外方に移動する請求項1に記載の変速装置。
【請求項3】
前記貫通空間部に挿入される前記転動体が、前記円周溝の傾斜部に接触する半球体と軸とを備え、かつ、前記転動体の軸が、前記貫通空間部の径方向内方の角部に接触する転動体支持体に嵌め込まれており、前記転動体は、前記貫通空間部における転動体支持体の傾斜に伴い径方向外方に移動する請求項1に記載の変速装置。
【請求項4】
各々の前記摩擦車式無段変速機は、前記入力軸の回りに配置された複数の遊星ホイールを備え、前記遊星ホイールには、前記入力軸に圧接される転動面と、変速円錐面とが形成されており、前記転動面の外方には、リング状の前記出力部材が圧接され、かつ、前記変速円錐面には、回転方向には固定され軸方向には移動可能な変速リングが圧接される請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の変速装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−281404(P2009−281404A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−130879(P2008−130879)
【出願日】平成20年5月19日(2008.5.19)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】