説明

摺動部材およびメカニカルシール

【課題】 基材とコーティング膜とが良好な密着性を有し、優れた耐摩耗性を示す摺動部材およびこれを用いたメカニカルシールを提供すること。
【解決手段】 気孔を有するカーボンを含む基材12と、前記基材12の表面に形成され、合成樹脂を含むコーティング膜10と、を有し、前記基材12と前記コーティング膜10との界面において、前記コーティング膜10と一体化するように、前記気孔14内に前記コーティング膜10の一部が充填されている摺動部材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メカニカルシールなどに用いて好適な摺動部材と、これを用いたメカニカルシールに関し、さらに詳しくは、基材とコーティング膜との密着性を向上させ、しかも耐摩耗性に優れた摺動部材、その製造方法およびこれを用いたメカニカルシールに関する。
【背景技術】
【0002】
メカニカルシールは、各種回転機械の軸封部に使用される代表的な密封(シール)装置である。具体的には、回転軸と共に回転する摺動部材と、回転しない固定側に設けられた摺動部材とが、対面する端面同士で密接摺動することで、被密封流体の漏洩を防いでいる。
【0003】
たとえば、気体やミストなど雰囲気が乾燥または半乾燥条件で使用されるメカニカルシールの場合、シール液の潤滑性が期待できない。そのため、対面する二材料(回転側摺動部材および固定側摺動部材)のうち、軟質側部材の材料には、自己潤滑性、耐摩耗性等の特徴からカーボン材料や黒鉛、ガラス繊維、炭素繊維等の骨材を配合した四フッ化エチレン樹脂(PTFE樹脂)系材料が一般的に使用されている。一方、硬質側部材の材料には、炭化珪素(SiC)やアルミナ(Al)および超硬合金(タングステンカーバイト)などを使用している。
【0004】
しかしながら、軟質側部材の摩耗は時間と共に進み、短時間で寿命に達する場合が多く、また、摩耗時に発生した摩耗粉がシールする雰囲気を汚染する場合が見られる。このため、食品や医薬品の製造工程など異物の混入を防ぐ必要がある場合などは、その使用が制限されている問題があった。
【0005】
この問題を解決すべく、耐摩耗性の向上を目的として、金属材料などに合成樹脂をコーティングした摺動材料も考えられているが、この場合は、コーティングが剥がれた際にかじりが起こる等、摺動性に大きく影響を与えるなどの問題があった。
【0006】
特許文献1では、摺動材として、カーボンなどの基材表面に、固体潤滑材料を含有させたコーティングを行っていることが開示されている。しかしながら、カーボンのような脆性材料の表面に、このようなコーティングを施しても、たとえば、熱水に浸漬した場合や長期間湿潤雰囲気に曝された場合、基材との密着性が劣るという問題があり、コーティング膜の剥離が起こりうると考えられる。また、このような問題を、基材の表面粗さの調整による密着性の改善で解決するには限界があった。
【0007】
特許文献2では、摺動部材として、多孔質体に樹脂組成物を含浸させたものが開示されている。しかしながら、このような摺動部材では、摩耗時に、露出した多孔質体の凸部によりひっかき摩耗やこれに伴う摩耗粉の異常発生などの問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−26792号公報
【特許文献2】特開2004−323789号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような実状に鑑みてなされ、その目的は、基材とコーティング膜とが良好な密着性を有し、優れた耐摩耗性を示す摺動部材およびこれを用いたメカニカルシールを提供することである。また、本発明の別の目的は、基材とコーティング膜とが良好な密着性を有し、優れた耐摩耗性を示す摺動部材を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明に係る摺動部材は、
気孔を有するカーボンを含む基材と、
前記基材の表面に形成され、合成樹脂を含むコーティング膜と、を有し、
前記基材と前記コーティング膜との界面において、前記コーティング膜と一体化するように、前記気孔内に前記コーティング膜の一部が充填されている。
【0011】
本発明においては、基材には気孔を有するカーボンが含まれ、その表面には、合成樹脂を含むコーティング膜を形成されている。そして、基材とコーティング膜との界面では、このコーティング膜の一部はカーボンの気孔に充填され、コーティング膜と気孔内に充填されたコーティング膜の一部とは一体化している。すなわち、コーティング膜は単に基材表面に形成されているだけでなく、その一部がカーボンの気孔に充填されているために、コーティング膜がカーボンに食い込むこととなり、基材とコーティング膜との間では良好なアンカー効果を奏することができる。その結果、通常は、密着しづらい基材とコーティング膜との密着性を向上させることができる。
【0012】
なお、合成樹脂は、樹脂特有の低熱伝導性、高熱膨張係数などの熱的特性を有しているため、本来、摺動面に好適な材料ではない。しかしながら、上記のカーボンが高い熱伝導性を有しているため、摺動面(コーティング膜)に摩擦による熱が発生したとしても、カーボンを通じて容易に放熱される。したがって、合成樹脂の低熱伝導性、高熱膨張係数などの熱的特性は特に問題とはならない。
【0013】
好ましくは、前記合成樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂を有する。
【0014】
合成樹脂がPEEK樹脂を有することで、コーティング膜を耐摩耗性および耐食性に優れたものにすることができる。そのため、たとえば、酸、アルカリなどの雰囲気下においても、PEEK樹脂を含むコーティング膜を摺動面とすることにより、本発明に係る摺動部材は、コーティング膜が剥離することなく、優れた耐食性および耐摩耗性を示すことができる。
【0015】
好ましくは、前記カーボンの気孔率が0.5〜15体積%である。気孔率を上記の範囲とすることで、上記の効果をさらに高めることができる。
【0016】
特に、前記気孔率が0.5体積%以上、3.0体積%未満である場合に、前記コーティング膜が形成されることとなる前記基材の表面の表面粗さRaが、0.5〜1.5μmであることが好ましい。
【0017】
また、前記気孔率が3体積%以上、8体積%未満である場合に、前記コーティング膜が形成されることとなる前記基材の表面の表面粗さRaが、0.2〜1.3μmであることが好ましい。
【0018】
また、前記気孔率が8体積%以上、15体積%以下である場合に、前記コーティング膜が形成されることとなる前記基材の表面の表面粗さRaが、0.2〜1.0μmであることが好ましい。
【0019】
上記では、カーボンの気孔率に応じて、基材の表面の表面粗さRaを特定の範囲に制御している。たとえば、気孔率が小さい場合には、基材とコーティング膜との界面において、表面粗さを大きくすることで、気孔の露出面積を大きくすることができる。このようにすることで、コーティング膜の一部が気孔内に充填されやすくなり、基材とコーティング膜との密着性を容易に確保することができる。
【0020】
好ましくは、前記基材において、前記コーティング膜の一部が充填された気孔以外の気孔が封孔されている。
【0021】
このようにすることにより、すでにコーティング膜の一部が充填された気孔以外の気孔も封孔される。そのため、この摺動部材を用いたメカニカルシールとしての耐圧性を確保することができる。さらには、コーティング膜が形成された部分とコーティング膜が形成されていない部分との境界部などを封孔することで、コーティング膜と基材との界面への液体等の侵入を防止することができる。その結果、コーティング膜の耐食性を向上させ、たとえば熱水による剥離を防止することができる。
【0022】
好ましくは、前記合成樹脂が四フッ化エチレン樹脂を有する。四フッ化エチレン樹脂(PTFE樹脂)は、潤滑剤として機能するため、コーティング膜、すなわち、摺動面における滑り性を向上させ、耐摩耗性をより向上させることができる。
【0023】
本発明に係るメカニカルシールは、上記のいずれかに記載の摺動部材を、固定用密封環および/または回転用密封環として有する。本発明の摺動部材は、上記のように、コーティング膜と基材との密着性が良好であり、耐食性および耐摩耗性に優れているため、メカニカルシールにおける密封環として好適である。したがって、本発明に係るメカニカルシールは、酸、アルカリなど耐食性が要求される雰囲気においても、摩耗粉等の異物の混入を効果的に防止することができる。なお、本発明に係るメカニカルシールにおいては、本発明の摺動部材を、固定用、回転用の双方の密封環として用いてもよい。あるいは、固定用密封環として用いてもよいし、回転用密封環として用いてもよいが、双方の密封環に本発明の摺動部材を用いることが好ましい。
【0024】
本発明に係る摺動部材の製造方法は、気孔を有するカーボンを含む基材と、前記基材の表面に形成され、PEEK樹脂を含むコーティング膜と、を有し、前記基材と前記コーティング膜との界面において、前記コーティング膜と一体化するように、前記気孔内に前記コーティング膜の一部が充填されている摺動部材を製造する方法であって、
前記基材の表面に、前記コーティング膜を形成する工程と、
前記コーティング膜が形成された基材を、360〜430℃で熱処理する工程と、を有する。
【0025】
基材の表面にコーティング膜を通常の方法により形成し、コーティング膜が形成された基材を、PEEK樹脂の融点よりも高い温度において熱処理することで、コーティング膜に含まれる樹脂を溶融状態にし、カーボンの表面に存在する気孔にコーティング膜の一部を充填することができる。その結果、基材表面のコーティング膜と気孔に充填されたコーティング膜の一部とを一体化することができ、基材とコーティング膜との界面において、強力なアンカー効果を生じさせ、密着性を向上させることができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明においては、基材が、気孔を有するカーボンを含み、その表面には合成樹脂を含むコーティング膜が形成されている。このコーティング膜は、基材とコーティング膜との界面において、カーボンの気孔内部に連続的に充填されているため、コーティング膜がカーボンの気孔に食い込んだ状態になっている。その結果、この界面において、アンカー効果が生じ、基材とコーティング膜との密着性を向上された摺動部材を得ることができる。
【0027】
特に、合成樹脂がPEEK樹脂を有している場合、酸、アルカリなどの雰囲気下においても、耐食性および耐摩耗性に優れる摺動部材を得ることができる。また、カーボンの気孔率、表面粗さなどを上記の好ましい範囲とすることで、基材とコーティング膜との密着性や耐摩耗性などをさらに高めることが可能となる。
【0028】
また、本発明によれば、上記の摺動部材を密封環として有するメカニカルシールが得られる。本発明のメカニカルシールは、基材とコーティング膜との密着性が向上している。さらには、合成樹脂がPEEK樹脂を有することで、耐食性が要求されるような雰囲気においても、コーティング膜が剥離せず、しかも耐摩耗性に優れているため、良好な密封性を示す。
【0029】
さらに、本発明によれば、基材表面に通常の方法でPEEK樹脂を含むコーティング膜を形成し、これを上記の温度範囲で熱処理することで、基材とコーティング膜との密着性が向上した摺動部材を容易に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、本発明の一実施形態に係る摺動部材を用いたメカニカルシールおよびその試験装置の概略断面図である。
【図2A】図2Aは、本発明の実施例に係る試料の基材とコーティング膜との界面の電子顕微鏡写真である。
【図2B】図2Bは、本発明の比較例に係る試料の基材とコーティング膜との界面の電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき説明する。
【0032】
摺動部材
本発明の摺動部材は、基材と、基材の表面に形成されたコーティング膜とを含むものである。
【0033】
基材
本発明の摺動部材を構成する基材は、気孔を有するカーボンを含む。気孔を有するカーボンとしては特に制限されないが、1000〜3000℃で焼成された材料を用いることができる。
【0034】
また、本実施形態で用いるカーボン(基材)は、カーボン粉を成形・焼成して作製するため、カーボン中に存在する気孔は、連続気孔となっている割合が高い。そのため、後述する、コーティング膜形成後の封孔処理においても、封孔材として用いる樹脂が含浸しやすく、連続気孔を介して、基材とコーティング膜との界面に存在する隙間を埋めることができる。
【0035】
気孔を有するカーボンの気孔率は、好ましくは0.5〜15体積%である。気孔率が小さすぎる場合には、後述するコーティング膜に含まれるPEEK樹脂が、気孔に入り込んだとしても、アンカー効果があまり得られない傾向にある。逆に、大きすぎる場合には、素材強度の低下を招いたり、コーティング樹脂の基材への吸い込みが多すぎて表面に凹凸を形成する傾向にある。
なお、気孔率は、飽水による水置換法により測定することができる。
【0036】
また、上記の気孔率が0.5体積%以上、3.0体積%未満の場合には、基材表面の表面粗さRaが0.5〜1.5μm、より好ましくは0.5〜1.3μmであることが好ましい。気孔率が上記の範囲にある場合には、基材とコーティング膜との界面において、露出している気孔が少ないため、溶融状態のコーティング膜が気孔に入り込むことで得られるアンカー効果が少ない。そのため、基材表面の表面粗さRaを上記の範囲にすることで、基材とコーティング膜との接触面積が増加し、界面における気孔の露出面積が大きくなり、コーティング膜が充填される気孔が増える。その結果、上記のアンカー効果が十分に得られる。
【0037】
同様に、上記の気孔率が3体積%以上、8体積%未満の場合には、基材表面の表面粗さRaが0.2〜1.3μm、より好ましくは0.3〜1.0μmであることが好ましい。
【0038】
さらに、上記の気孔率が8体積%以上、15体積%以下の場合には、基材表面の表面粗さRaが0.2〜1.0μm、より好ましくは0.3〜0.8μmであることが好ましい。気孔率が上記の範囲にある場合には、基材とコーティング膜との接触面積を増加させなくても、十分なアンカー効果が得られる。
【0039】
コーティング膜
本発明の摺動部材を構成するコーティング膜は、少なくとも合成樹脂を含んでいれば特に制限されないが、本実施形態では、PEEK樹脂を含んでいる。PEEK樹脂は、樹脂特有の低熱伝導性や高熱膨張係数といった熱的特性を有しているため、摺動による熱が発生する摺動面に対して用いた場合、熱の影響により摺動特性に劣るという問題を抱えている。
【0040】
しかしながら、本実施形態においては、PEEK樹脂を含むコーティング膜の一部が、カーボンの気孔に入り込み、気孔を充填している。したがって、コーティング膜と基材との接触面積が大きくなり、摺動によりコーティング膜(摺動面)に発生した摩擦熱を、基材が効果的に放熱する。そのため、熱によるコーティング膜の変形はほぼ無視できる状態となり、PEEK樹脂の熱的特性が問題になることはない。さらには、熱によるコーティング膜の軟化に伴う凝着状態での滑り性も向上され、摩耗粉の排出も改善される。
【0041】
しかも、コーティング膜に含まれるPEEK樹脂は、耐食性および耐摩耗性に優れているため、これを用いることにより、酸、アルカリなどの雰囲気下においても、良好な耐食性および耐摩耗性を有する摺動部材を得ることができる。
【0042】
また、本実施形態では、コーティング膜に、さらに、四フッ化エチレン樹脂(PTFE樹脂)が含まれていてもよい。PTFE樹脂は、固体潤滑材であり、コーティング膜に含まれていることにより、摺動面における滑り性を向上させ、耐摩耗性を向上させることができる。固体潤滑材としては、PTFE樹脂のほかに、MoS(二硫化モリブデン)、黒鉛粉などを用いてもよい。
【0043】
PTFE樹脂の含有量は、コーティング膜に含まれるPEEK樹脂100重量%に対して、好ましくは5〜25重量%、より好ましくは10〜15重量%である。含有量が少なすぎると、滑り性を向上させる効果が得られない傾向にあり、多すぎると、コーティング膜の硬度を低下させ、異物による傷が発生しやすい傾向にある。
【0044】
次に、PEEK樹脂を含むコーティング膜を、基材(カーボン)の表面に形成する過程を説明する。まず、基材を準備し、旋盤等で所望の形状に加工し、脱脂洗浄を行う。そして、必要であれば、この基材において、コーティング膜を形成されることとなる面の表面粗さRaを上記の範囲に調整する。表面粗さRaを調整する方法としては、特に制限されないが、所望の面粗さに応じた番手のサンドペーパーを用いる方法などが挙げられる。
【0045】
次いで、上記の面上に、PEEK樹脂を有するコーティング膜を形成する。形成する方法は特に制限されないが、たとえば、粉体塗装や、ディスパージョンなどが挙げられる。
【0046】
上記の方法により、コーティング膜を基材の表面に形成した後、熱処理を行い、コーティング膜を構成する樹脂を溶融状態にする。そうすると、基材とコーティング膜との界面においては、溶融状態の樹脂が毛細管現象により基材(カーボン)の表面に存在する気孔(貫通孔)に侵入し、気孔内部が樹脂により充填される。その後、冷却すると、気孔内部に充填された樹脂とコーティング膜とは一体化されているため、基材とコーティング膜との間で強いアンカー効果が得られる。その結果、基材とコーティング膜との密着性を向上させることができる。
【0047】
なお、基材に存在する気孔は連続気孔となっている割合が高いため、基材表面に存在する気孔を介して、基材表面に存在していない気孔にも樹脂が含浸することがある。
【0048】
コーティング膜が形成された基材表面に貫通孔として存在する気孔全体を100%とすると、60%以上の気孔の内部にコーティング膜の一部が充填されていることが好ましい。より好ましくは90%以上である。充填されている気孔の割合(気孔充填率)が少なすぎると、アンカー効果が得られにくくなり、基材とコーティング膜との密着性を向上させることができない傾向にある。
【0049】
熱処理温度としては、コーティング膜に含まれるPEEK樹脂の融点以上の温度で行うことが好ましく、より好ましくは360℃以上、430℃以下であるが、保持時間、カーボンの気孔率、気孔径などにより変化する。熱処理温度がPEEK樹脂の融点よりも低いと、気孔に充填されず、アンカー効果を得ることができないため、基材とコーティング膜との密着性に劣る傾向にある。熱処理温度が高すぎると、カーボンやコーティング膜に含まれる樹脂の酸化が始まる傾向にある。
【0050】
保持時間としては、溶融状態の樹脂が気孔内部を充填するのに必要な時間以上であればよく、熱処理温度、カーボンの気孔率、気孔径などにより変化するが、好ましくは30〜90分である。
【0051】
カーボンの気孔率が0.5体積%以上、3.0体積%未満である場合には、保持時間は60〜90分であることが好ましい。
【0052】
また、カーボンの気孔率が3体積%以上、8体積%未満である場合には、保持時間は30〜60分であることが好ましい。
【0053】
また、カーボンの気孔率が8体積%以上、15体積%以下である場合には、保持時間は30〜60分であることが好ましい。
【0054】
なお、上記においては、コーティング膜を通常の方法により形成した後に、熱処理を行うことで、カーボンの気孔にコーティング膜の一部を充填しているが、基材表面に、直接溶融状態のコーティング膜を形成して、気孔を充填してもよい。
【0055】
コーティング膜の平均厚みは、好ましくは0.010〜0.100mmである。平均厚みの値が小さすぎると、耐摩耗性に劣る傾向にある。一方、平均厚みの値が大きすぎると、カーボンを通じた放熱が阻害され、摩耗粉の排出が悪くなり、結果として、耐摩耗性が悪化する傾向にある。
【0056】
本実施形態では、熱処理後の摺動部材(基材+コーティング膜)には、コーティング膜の一部が充填されていない気孔が存在しているため、湿潤雰囲気では、充填されていない気孔を通じて、コーティング膜の剥離を助長する薬液や水蒸気などが侵入するおそれがある。これを防ぐために、熱処理後の摺動部材に対して、基材に存在する気孔を封孔処理してもよい。具体的な封孔処理としては、たとえば、樹脂をカーボンの気孔にのみ含浸させ気孔を封孔する処理が挙げられ、用いる樹脂としては、フラン樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂などが好ましい。このような封孔処理を行うことにより、上記の効果に加え、摺動部材としての強度の向上および被密封流体の漏洩防止を実現することができる。
【0057】
メカニカルシール
次に、本発明に係るメカニカルシールを図面に基づいて、詳細に説明する。図1は、本発明の摺動部材を用いた、本実施形態に係るメカニカルシールおよびその試験装置の断面図である。
【0058】
図1において、メカニカルシール1は、回転軸20の外周側を包囲するハウジング30の内周にOリング31を介して保持されている。メカニカルシール1のシール部は、回転用密封環2と固定用密封環3とから構成されている。本実施形態では、このメカニカルシール1が有する回転用密封環2および固定用密封環3は、本発明の摺動部材により構成されている。ただし、回転用または固定用の一方の密封環が、本発明の摺動部材により構成されていてもよい。
【0059】
回転用密封環2は、内周面が回転軸20と摺動自在に嵌通する嵌合面に形成されている。そして、この嵌合面の一端側には、Oリング用段部が形成されている。このOリング用段部にOリング24が装着されて回転用密封環2と回転軸20との嵌合面間をシールしている。
【0060】
さらに、回転用密封環2のOリング用段部に設けられたOリング24を一方から保持する断面L形状の中間リング21が、回転軸20に摺動自在に嵌合した状態で配置されている。この中間リング21は、Oリング24に固着されたガイドピンを軸方向自在に嵌合するとともに、周方向には、係止状態に係合している。また、中間リング21は、回転軸20の円周方向に等配に配置された複数のばね22より押圧されている。複数のばね22は、Oリング24に設けられた各ばね取付用穴に着座して他端が中間リング21を介して回転用密封環2を弾性的に押圧している。その結果、回転側摺動面2aと固定側摺動面3aとが摺動可能に密接するよう接面されている。Oリング24は、止めねじにより回転軸20に止められており、中間リング21と回転用密封環2とが回動しないように、ガイドピンおよび回転止めピンを介して保持している。
【0061】
固定用密封環3には、回転軸20に嵌合する内周面が設けられているとともに、その先端に固定側摺動面3aを設けた凸部が形成されている。そして、この固定用密封環3には、ハウジング30の取付段部に嵌着状態で取り付けられる嵌着面が設けられている。さらに、固定用密封環3には、取付段部に設けられた支持面に当接して、回転用密封環2の回転側摺動面2aに摺動可能に密接している固定側摺動面3aを支持する背面が設けられている。また、ハウジング30の取付段部には、Oリング用溝が設けられているとともに、このOリング用溝にOリング31を取り付けて両者嵌合間をシールしている。
【0062】
本発明のメカニカルシール1は、回転用密封環2および/または固定用密封環3が、本発明の摺動部材により構成されていることにより、酸、アルカリ雰囲気など耐食性が要求される雰囲気においても、良好な耐摩耗性を発揮することができる。
【0063】
特に、回転用密封環2および固定用密封環3の双方が、本発明の摺動部材により構成されたメカニカルシール1は以下の利点を有している。すなわち、回転用および固定用密封環の双方を、本発明の摺動部材で構成することにより、どちらか一方のみが摩耗してしまう事態が起こりにくくなる。さらに、コーティング膜の成分が同一であるため、コーティング膜同士(回転側摺動面2aおよび固定側摺動面3a)の摺動によって生じる摺動痕の凹凸が噛み合った状態で摺動する。そのため、平滑な面同士が摺動する場合に比較して、密封性が向上する。また、摺動していない状態では、噛み合った面におけるコーティング膜の弾性変形とわずかな反発により、噛み合った面がより密着することとなる。
【実施例】
【0064】
以下、本発明を、さらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
【0065】
実施例1
試料1〜13
基材として、硬度が75〜80HsD、気孔率が8〜10体積%であるカーボン(以下、カーボンAという)を準備し、これを加工して、φ55×10mmのカーボン片を作製した。なお、このカーボンの表面の表面粗さRaは、0.5〜0.6μmであった。次いで、PEEK樹脂を含んだディスパージョンを水で希釈し、これを基材表面に対してスプレーコーティングし、平均厚み0.06mmのコーティング膜(摺動面)を形成し、乾燥させた。そして、コーティング膜形成後の基材を、表1に示す条件で熱処理した。これを冷却した後、以下の熱水剥離試験の試験片とした。また、試料3については、熱処理後の基材とコーティング膜との界面を電子顕微鏡により観察した。界面の電子顕微鏡写真を図2Aに示す。
【0066】
熱水剥離試験
上記の試験片を切断機で中心より1/2に切断し、この切断面を0.2MPa−120℃の熱水中に1時間浸漬した。その後、40℃以下に冷却し、乾燥させた後に、目視にて、コーティング膜の剥離の有無を観察評価した。結果を表1に示す。
【0067】
試料14〜16
試料14〜16においては、カーボンAにコーティング膜を形成し、表1に示す条件で熱処理を行った後、さらに、フラン樹脂によりカーボンAの気孔を封孔処理した以外は、試料2または7と同様にして、試験片を作製し、熱水剥離試験を行った。結果を表1に示す。
【0068】
試料17〜19
試料17〜19においては、基材として、硬度が80〜85HsD、気孔率が3〜5体積%であるカーボン(以下、カーボンBという)を用いて、熱処理条件を表1に示す条件とした以外は、試料3と同様にして、試験片を作製し、熱水剥離試験を行った。結果を表1に示す。また、試料17については、熱処理後の基材とコーティング膜との界面を電子顕微鏡により観察した。界面の電子顕微鏡写真を図2Bに示す。
【0069】
試料20、21
試料20および21においては、基材として、硬度が55〜60HsD、気孔率が12〜15体積%であるカーボン(以下、カーボンCという)を用いて、熱処理条件を表1に示す条件とした以外は、試料3と同様にして、試験片を作製し、熱水剥離試験を行った。結果を表1に示す。
【0070】
試料22〜25
試料22〜25においては、基材として、硬度が105〜110HsD、気孔率が0.5〜1.0体積%であるカーボン(以下、カーボンDという)を用いて、熱処理条件を表1に示す条件とし、さらに、湿らせた状態で1200〜1500番のサンドペーパーを用いて表面粗さを表1に示す値とした以外は、試料3と同様にして、試験片を作製し、熱水剥離試験を行った。結果を表1に示す。
【0071】
試料26〜28
試料26〜28においては、カーボンを表1に示すカーボンとし、さらに、湿らせた状態で1200〜1500番のサンドペーパーを用いて表面粗さを表1に示す値とした以外は、試料3と同様にして、試験片を作製し、熱水剥離試験を行った。結果を表1に示す。
【0072】
【表1】

【0073】
試料1〜13
表1より、基材がカーボンAであって、熱処理時の保持時間が30分である場合(試料1〜5)では、熱処理温度が350℃および360℃の試料1および2について、コーティング膜の局部的な浮き上がりが観察された。これは、熱処理温度が低いため、コーティング膜を構成する樹脂がカーボンAの気孔内部に十分充填されず、基材とコーティング膜との密着性が劣っていたためである。
【0074】
また、熱処理温度が380℃であっても、保持時間が15分である場合(試料7)には、コーティング膜を構成する樹脂がカーボンAの気孔内部に十分行き届かず、基材とコーティング膜との密着性が劣る結果になったと考えられる。なお、局部的な浮き上がりが観察された試料1、2および7では、気孔充填率は60%よりも小さかった。
【0075】
これに対し、熱処理条件で適切である場合(試料3〜6、8〜13)では、コーティング膜を構成する樹脂がカーボンAの気孔内部に十分充填され、基材とコーティング膜との密着性が向上し、熱水試験においてもコーティング膜の剥離を生じない。これは、図2Aに示す、試料3における基材とコーティング膜との界面の写真からも視覚的に確認することができる。
【0076】
試料14〜16
表1より、試料2と同じ条件でコーティング膜を形成した試料14では、封孔処理を行うことにより、熱水試験においても剥離を生じないことが確認できる。また、試料7と同じ条件でコーティング膜を形成した試料16についても同様である。なお、熱処理条件が不適切な場合(試料15)では、封孔処理を行っても、熱水試験においてコーティング膜の局部的浮き上がりが見られた。この試料15の気孔充填率は60%よりも小さかった。
【0077】
試料17〜21
表1より、基材として、気孔率等の異なるカーボン種(カーボンB、カーボンC)を用いた場合であっても、熱処理条件が適切な試料(試料18〜21)では、コーティング膜を構成する樹脂がカーボンの気孔内部に十分充填されており、熱水試験においてもコーティング膜の剥離を生じないことが確認できる。
【0078】
これに対し、試料17については、図2Bに示すように、コーティング膜を構成するPEEK樹脂がカーボンの気孔内部に十分に充填されていないことが確認できる。その結果、試料17では、熱水試験においてコーティング膜の局部的浮き上がりが見られ、気孔充填率は60%よりも小さかった。
【0079】
試料22〜28
基材として、気孔率が小さいカーボンDを用いた場合には、表面粗さが粗いほど、熱水試験において剥離しない傾向にあることが確認できる。また、気孔率がカーボンDよりも大きい試料については、表面粗さを小さくしても、熱水試験においてコーティング膜が剥離しない傾向にあることが確認できる。なお、局部的な浮き上がりが観察された試料22では、気孔充填率は60%よりも小さかった。
【0080】
試料29、30
試料29および30においては、基材を表2に示す材料とし、アルミナでショットブラストを行い、表面粗さを調整して、熱処理条件を表2に示す条件とした以外は、試料3と同様にして、試験片を作製し、熱水剥離試験を行った。結果を表2に示す。
【0081】
【表2】

【0082】
表2より、基材が気孔を有しないセラミック類である場合には、十分な熱処理を行っても、熱水試験において、コーティング膜の剥離または局部的浮き上がりが発生することが確認できる。
【0083】
実施例2
試料31〜37
基材として、表3に示すカーボン(カーボンAおよびカーボンD)、カーボン・SiC複合材(SiC:30%)およびSiCを準備した。次いで、PEEK樹脂を含んだディスパージョンを水で希釈し、これを基材表面に対してスプレーコーティングし、乾燥させた。得られた摺動部材のコーティング膜を表3に示す条件で熱処理した。これを冷却した後、さらにカーボン基材に対してはフラン樹脂を含浸させ封孔した。そして、コーティング膜形成後の基材を、ダイアモンドスラリーでラップし、平均厚み0.05mmのコーティング膜(摺動面)に調整し、摺動部材(回転用密封環および固定用密封環)を作製した。なお、試料34〜36においては、コーティング膜にPTFE樹脂を表3に示す割合で含有させた。
【0084】
得られた摺動部材を、図1に示すメカニカルシールの試験装置に装着して下記に示す評価を行った。なお、回転用密封環は、サイズがφ56.5×φ77×26.5mmであり、回転側摺動面がφ56.5×φ75mmの同心円状とした。また、固定用密封環は、サイズがφ56×φ81×27mmであり、固定側摺動面がφ58.6×φ66.1mmの同心円状とした。
【0085】
摺動試験
図1に示すメカニカルシール試験装置により、回転摺動試験を行った。試験条件は回転数:300rpm、シール部の雰囲気:窒素雰囲気、シール部の圧力:0.2MPa、試験時間:100時間とした。評価は、100時間経過後の回転側摺動面および固定側摺動面の摩耗量、固定側摺動面の直下1mmの温度、摺動試験時の異音の有無、について行った。結果を表3に示す。
【0086】
【表3】

【0087】
表3より、固定用密封環および回転用密封環を、本発明の摺動部材で構成した場合には、摩耗量が低く抑えられ、摺動時の異音も発生しなかった。また、コーティング膜にPTFEが含まれている場合も同様の傾向であった。これに対し、回転用密封環を、本発明の摺動部材で構成しなかった場合(試料37)には、耐摩耗性が悪化し、5時間で試験を終了した。なお、摺動試験時に異音が発生した。
【符号の説明】
【0088】
1…メカニカルシール
2…回転用密封環
2a…回転側摺動面
3…固定用密封環
3a…固定側摺動面
10…コーティング膜(PEEK樹脂)
12…基材(カーボン)
14…コーティング膜の一部が充填された気孔
16…コーティング膜の一部が充填されていない気孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
気孔を有するカーボンを含む基材と、
前記基材の表面に形成され、合成樹脂を含むコーティング膜と、を有し、
前記基材と前記コーティング膜との界面において、前記コーティング膜と一体化するように、前記気孔内に前記コーティング膜の一部が充填された摺動部材。
【請求項2】
前記合成樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン樹脂を有する請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記カーボンの気孔率が0.5〜15体積%である請求項1または2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記気孔率が0.5体積%以上、3.0体積%未満である場合に、前記コーティング膜が形成されることとなる前記基材の表面の表面粗さRaが、0.5〜1.5μmである請求項3に記載の摺動部材。
【請求項5】
前記気孔率が3体積%以上、8体積%未満である場合に、前記コーティング膜が形成されることとなる前記基材の表面の表面粗さRaが、0.2〜1.3μmである請求項3に記載の摺動部材。
【請求項6】
前記気孔率が8体積%以上、15体積%以下である場合に、前記コーティング膜が形成されることとなる前記基材の表面の表面粗さRaが、0.2〜1.0μmである請求項3に記載の摺動部材。
【請求項7】
前記基材において、前記コーティング膜の一部が充填された気孔以外の気孔が封孔されている請求項1〜6のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項8】
前記合成樹脂が、四フッ化エチレン樹脂を有する請求項1〜7のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項9】
請求項1〜8に記載の摺動部材を、固定用密封環および/または回転用密封環として有するメカニカルシール。
【請求項10】
請求項2に記載の摺動部材を製造する方法であって、
前記基材の表面に、前記コーティング膜を形成する工程と、
前記コーティング膜が形成された基材を、360〜430℃で熱処理する工程と、を有する摺動部材の製造方法。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【公開番号】特開2010−174227(P2010−174227A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−21786(P2009−21786)
【出願日】平成21年2月2日(2009.2.2)
【出願人】(000101879)イーグル工業株式会社 (119)
【Fターム(参考)】