説明

摺動部材および摺動部品

【課題】潤滑剤が存在する使用条件において、小さな摩擦係数を示すと共に良好な耐摩耗性を有する摺動部材、およびその摺動部材が摺動面の少なくとも一部に設けられている摺動部品を提供する。
【解決手段】少なくとも相手部材と摺動する摺動面が、環状分子と、前記環状分子を串刺し状に包接する直鎖状分子と、前記直鎖状分子の両末端に配置され、前記環状分子の脱離を防止する封鎖基とを有するポリロタキサンにおける前記環状分子の架橋によって構成される架橋ポリロタキサンを含む摺動部材、およびその摺動部材が摺動面の少なくとも一部に設けられている摺動部品である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材、およびその摺動部材が摺動面の少なくとも一部に設けられている摺動部品に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部位を有する自動車用ユニット、その他の機械ユニットにおいて、多くの摺動部材が用いられている。従来、摺動部材の低摩擦化に有効な樹脂系の摺動材料として、例えば、特許文献1には、ポリアミドイミド樹脂またはポリイミド樹脂に固体潤滑剤としてポリテトラフルオロエチレン(PTFE)や二硫化モリブデンを配合した樹脂複合材が挙げられている。しかし、エンジンおよび駆動系ユニット等の自動車用ユニットでは、摩擦損失のさらなる低減が求められており、これらに用いる摺動部材として、より低摩擦な特性を示す材料が望まれている。また、自動車用ユニットに限らず、例えば、工作機械等の産業用機器やエアコン等の家庭用機器等、摺動部位を有する様々な機械ユニットにおいても、電力等のエネルギ消費量を低減するために、低摩擦特性を示す摺動部材が求められている。
【0003】
また、こうした摩擦損失の低減以外にも、各ユニットの静粛性を高くするために、スティックスリップ現象やシャダー現象等、摩擦に起因して生じる異音や振動等の発生を防止することも重要となっている。これら摩擦振動を防止するには、摩擦係数(μ)を小さくすることが有効であり、こうした観点からも低摩擦特性を示す材料が望まれる。さらに詳細には、摩擦係数(μ)のすべり速度(v)依存性、いわゆるμ−v特性を正勾配傾向(vが高いほどμが大となる傾向)とすることが、摩擦振動の防止に有効であることが明らかになっている。静粛性に対する要求は、近年益々高まってきており、従来材料では所望の振動防止性能が得られなくなってきており、より正勾配傾向のμ−v特性を示す材料が切望されている。
【0004】
一方、新規の高分子材料として、例えば特許文献2〜7に示されるような、環状分子と直鎖状分子と封鎖基とを有することによって可動架橋構造とした高分子材料が見出されている。しかし、その適用例として、塗料および繊維等が挙げられているものの、機械用等の摺動部材への適用は見当たらない。機械用の摺動部材では、低摩擦特性のみならず、長期にわたって摩耗が少ないことも望まれる。しかしながら、既存の可動架橋構造高分子材料では、摺動部材として用いる場合に、せん断力に抗する十分な材料強度を有しておらず、耐摩耗性が確保できなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−097517号公報
【特許文献2】国際公開第01/083566号パンフレット
【特許文献3】特開2007−099993号公報
【特許文献4】特開2007−063398号公報
【特許文献5】特開2007−091938号公報
【特許文献6】特開2008−001997号公報
【特許文献7】国際公開第05/080469号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、潤滑剤が存在する使用条件において、小さな摩擦係数を示すと共に良好な耐摩耗性を有する摺動部材、およびその摺動部材が摺動面の少なくとも一部に設けられている摺動部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、少なくとも相手部材と摺動する摺動面が、環状分子と、前記環状分子を串刺し状に包接する直鎖状分子と、前記直鎖状分子の両末端に配置され、前記環状分子の脱離を防止する封鎖基とを有するポリロタキサンにおける前記環状分子の架橋によって構成される架橋ポリロタキサンを含む摺動部材である。
【0008】
また、前記摺動部材において、前記環状分子が、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリンおよびγ−シクロデキストリンからなる群から選択される少なくとも1つであることが好ましい。
【0009】
また、前記摺動部材において、前記環状分子の一部またはすべての水酸基の水素原子が、下記式(I−1)〜式(I−3)で表される置換基から選択される少なくとも1種の修飾基によって置換されていることが好ましい。
【化1】


(式中のR11,R12,およびR13はそれぞれ独立して、炭素数1〜12の直鎖状または分岐鎖状のアルキル基であり、または、前記R11〜R13は、水酸基、カルボキシル基、アシル基、フェニル基、ハロゲン原子、(R14O)−Si−からなる群から選択される少なくとも1種で置換されていてもよく、R14はそれぞれ独立して、炭素数1〜3のアルキルまたは分岐アルキル基である。なお、R14のそれぞれは同じものであっても異なるものであってもよい。)
【0010】
また、前記摺動部材において、前記環状分子がα−シクロデキストリンであり、前記環状分子の一部またはすべての水酸基の水素原子が、ヒドロキシプロピル基、ブチルカルバモイル基、アセチル基、3−(トリエトキシシリル)プロピルカルバモイル基からなる群から選択される少なくとも1種の修飾基によって置換されていることが好ましい。
【0011】
また、前記摺動部材において、前記直鎖状分子が、ポリエチレングリコールであることが好ましい。
【0012】
また、前記摺動部材において、前記架橋ポリロタキサンが、実質的に溶媒成分を含まないことが好ましい。
【0013】
また、前記摺動部材において、前記架橋が、イソシアネート化合物、グリシジルエーテル化合物、アルコキシシラン化合物、イミダゾール化合物の群から選択される少なくとも1種の架橋剤により行われていることが好ましい。
【0014】
また、前記摺動部材において、前記架橋ポリロタキサンのマルテンス硬さHMが、3N/mm以上であることが好ましい。
【0015】
また、本発明は、前記摺動部材が、面圧0.1MPa以上となる荷重の負荷とその開放とが繰り返される断続的な接触状態にある摺動面の少なくとも一部に設けられている摺動部品である。
【0016】
また、本発明は、前記摺動部材が摺動面の少なくとも一部に設けられ、潤滑剤が存在する使用条件で用いられる、すべり軸受、オイルシール、すべりガイド、ガイドレール、内燃機関用のピストン、ピストンリング、シリンダ、スライダ、ワッシャ、動弁系部品、摩擦式動力伝達装置(クラッチ)ならびにベルト式無段変速機の動力伝達ベルトに用いられる積層リングおよびエレメントのいずれか1つである摺動部品である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の摺動部材および摺動部品は、潤滑剤が存在する使用条件において、小さな摩擦係数を示すと共に良好な耐摩耗性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施形態に係る摺動部材における架橋ポリロタキサンの分子構造の一例を示す概略模式図である。
【図2】本発明の実施例における連続接触条件での摩擦・摩耗特性評価方法(プレートオンリング摩擦試験)の概略を示す図である。
【図3】本発明の実施例における断続接触条件での摩擦・摩耗特性評価方法(プレートオンバー摩擦試験)の概略を示す図である。
【図4】本発明の実施例における、連続接触条件でのプレートオンリング摩擦試験における面圧0.24MPa条件での各種架橋ポリロタキサンの摩擦特性の評価結果を示す図である。
【図5】本発明の実施例における、連続接触条件でのプレートオンリング摩擦試験における面圧0.49MPa条件での各種架橋ポリロタキサンの摩擦特性の評価結果を示す図である。
【図6】本発明の実施例における、連続接触条件でのプレートオンリング摩擦試験における面圧0.98MPa条件での各種架橋ポリロタキサンの摩擦特性の評価結果を示す図である。
【図7】本発明の実施例における、連続接触条件でのプレートオンリング摩擦試験における各種架橋ポリロタキサンの耐荷重性能の評価結果を示す図である。
【図8】本発明の実施例における、非接触3次元表面形状測定機を用いて一連の摩擦試験後におけるFilm1,4,5の架橋ポリロタキサン摺動面付近の粗さ形状を測定した結果を示す図である。
【図9】本発明の実施例における、プレートオンバー摩擦試験によって評価した、断続接触条件におけるFilm5およびポリアミドイミド系樹脂複合材の摩擦特性の評価結果を示す図である。
【図10】本発明の実施例における、断続接触条件でのプレートオンバー摩擦試験後のFilm5とポリアミドイミド系樹脂複合材の表面粗さ形状を非接触3次元表面形状測定機によって測定した結果を示す図である。
【図11】本発明の実施例における、連続接触および断続接触それぞれの条件での試験後のFilm5の表面形状を触針式表面形状測定器によって測定した結果を示す図である。
【図12】本発明の実施例における、断続接触条件でのプレートオンバー摩擦試験後のFilm5とポリアミドイミド系樹脂複合材の表面形状を触針式表面形状測定器によって測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の実施の形態について以下説明する。本実施形態は本発明を実施する一例であって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
【0020】
<架橋ポリロタキサン>
本実施形態に係る摺動部材において用いられる架橋ポリロタキサンの概略分子構造を図1に示す。架橋ポリロタキサンは、環状分子構造を有する環状分子12の開口部に、直鎖状分子構造を有する直鎖状分子10を串刺し状に包接させたポリロタキサンにおいて、環状分子12が直鎖状分子10から脱離できないように直鎖状分子10の両末端部分に封鎖基14を付与し、そのポリロタキサン化合物の環状分子12の部分に架橋分子あるいは架橋剤を付与することで、複数のポリロタキサン化合物を架橋基18で結合させた高分子化合物(以下、架橋ポリロタキサンと略記する場合がある。)である。環状分子12は、修飾基16を有していてもよい。
【0021】
本発明の実施形態に係る摺動部材は、環状分子12と、この環状分子12を串刺し状に包接する直鎖状分子10と、この直鎖状分子10の両末端に配置され、環状分子12の脱離を防止する封鎖基14とを有するポリロタキサンを基本骨格とする高分子成分の環状分子12が架橋することによって架橋点が可動となる可動架橋構造とした架橋ポリロタキサンを用いた摺動部材であり、少なくとも相手部材と摺動する摺動面が、この架橋ポリロタキサンを含むものである。本実施形態に係る摺動部材が少なくとも相手部材と摺動する摺動面において、含まれる架橋ポリロタキサンが可動架橋構造(以下、環動架橋と略記する場合がある)を有するため、同じ硬さの他の部材に比べて弾性変形および塑性流動を生じ易く、荷重が付加された摺動状態において表面が平滑化され、潤滑剤による潤滑液膜形成の促進を通じて小さな摩擦係数を発現すると考えられる。さらには、断続的な接触条件においても、自己復元性を示し、良好な耐摩耗性を示すと考えられる。
【0022】
従来の樹脂、ゴム等の高分子化合物系の摺動材料のように、分子間力または化学結合によって基本骨格分子同士が架橋された材料とは異なり、環動架橋構造とすることで、分子の変形自由度が増すと共に、自己復元性を付与することができ、良好な耐摩耗性を確保できると考えられる。また、局所的な高面圧が発生する摺動条件では、弾性変形のし易さによって面圧分布の均一化すなわち最大面圧を低減できることも、良好な耐摩耗性が得られる要因となると考えられる。
【0023】
[ポリロタキサンまたはポリロタキサン分子]
本実施形態において、「ポリロタキサン」または「ポリロタキサン分子」とは、環状分子12の開口部が直鎖状分子10によって串刺し状に貫かれ、環状分子12が直鎖状分子10を包接してなる擬ポリロタキサンの両末端(直鎖状分子10の両末端)に、環状分子12が脱離しないように封鎖基14を配置した分子をいう。
【0024】
[ポリロタキサンにおける環状分子]
ポリロタキサンにおける環状分子としては、上述の如き直鎖状分子に包接されて滑車効果を奏するものである限り、特に限定されるものではなく、種々の環状物質を挙げることができる。なお、環状分子としては、水酸基を有するものが多い。また、環状分子は実質的に環状であれば十分であって、「C」字状のように、必ずしも完全な閉環である必要はない。
【0025】
環状分子として例えば、種々のシクロデキストリン類(例えば、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン、γ−シクロデキストリン、ジメチルシクロデキストリンおよびグルコシルシクロデキストリン、これらの誘導体または変性体等)、クラウンエーテル類、ベンゾクラウン類、ジベンゾクラウン類、およびジシクロヘキサノクラウン類、ならびにこれらの誘導体または変性体が挙げられる。なお、種々の環状分子の中では、水酸基が多く存在し、該水酸基の修飾が容易であること等の点から、特にα−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン、γ−シクロデキストリンが好ましく、被包接性等の点からはα−シクロデキストリンがより好ましい。
【0026】
上述のシクロデキストリン等の環状分子は、その1種を単独、あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0027】
また、本実施形態において、直鎖状分子に包接される環状分子の個数(包接量)は、環状分子がシクロデキストリンの場合、その最大包接量を1とすると、0.06〜0.61が好ましい。0.06未満では滑車効果が発現しないことがあり、0.61を超えると、環状分子であるシクロデキストリンが密に配置され過ぎてシクロデキストリンの可動性が低下することがある。
【0028】
[ポリロタキサンにおける環状分子の修飾基]
本実施形態のポリロタキサンにおいて、環状分子であるシクロデキストリンの一部またはすべての水酸基の水素原子が、下記式(I−1)〜式(I−3)で表される置換基から選択される少なくとも1種の修飾基によって置換されてもよい。
【0029】
【化2】


(式中のR11,R12,およびR13はそれぞれ独立して、炭素数1〜12の直鎖状または分岐鎖状のアルキル基であり、または、前記R11〜R13は、水酸基、カルボキシル基、アシル基、フェニル基、ハロゲン原子、(R14O)−Si−からなる群から選択される少なくとも1種で置換されていてもよく、R14はそれぞれ独立して、炭素数1〜3のアルキルまたは分岐アルキル基である。なお、R14のそれぞれは同じものであっても異なるものであってもよい。)
【0030】
上記式(I−1)〜式(I−3)で表される置換基としては、具体的には、メチル基、エチル基、イソプロピル基、プロピル基、ヘキシル基等のアルキル基;ヒドロキシプロピル基等の置換アルキル基;アセチル基、プロピオニル基、ヘキサノイル基等のアシル基;エチルカルバモイル基、プロピルカルバモイル基、イソプロピルカルバモイル基、ブチルカルバモイル基、ヘキシルカルバモイル基等のアルキルカルバモイル基;トリエトキシシリル基、ジエトキシメチルシリル基、トリメトキシシリル基、ジメトキシメチルシリル基等のアルコキシシリル基を有する基;トリメチルシリル基、ジメチルエチルシリル基、ジメチルイソプロピルシリル基等のアルキルシリル基を有する基等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0031】
本実施形態に係る摺動部材の適用対象としては、油系または水系の潤滑剤を用いて摺動される機械部品が好適である。潤滑剤膜を形成し易くするため、炭化水素系潤滑油が用いられる自動車用のエンジンや変速機等の摺動部に適用する場合には、摺動部材の親油性は高い方が望ましい。こうした潤滑剤が用いられる摺動条件に適用する部材としては、ポリロタキサンにおける環状分子の末端が、水酸基であるものに比べて潤滑剤との親油性が高くなるよう、ヒドロキシプロピル基、ブチルカルバモイル基、アセチル基、3−(トリエトキシシリル)プロピルカルバモイル基からなる群から選択される少なくとも1種で修飾されていることが好ましい。潤滑剤との親和性を確保することにより、潤滑液膜形成を阻害することなく、さらには保油性を付与することができ、安定した低摩擦特性ならびに耐摩耗性を確保できる。
【0032】
また、本実施形態においては、環状分子の化学修飾基による修飾度は、当該環状分子の水酸基が修飾され得る最大数を1とすると、0.02以上であることが好ましい。0.02未満であると、有機溶剤への溶解性が十分なものとならず、不溶性物が生成することがある。また、シクロデキストリンの水酸基が修飾され得る最大数とは、換言すれば、修飾する前にシクロデキストリンが有していた全水酸基数のことである。さらに、修飾度とは、換言すれば、修飾された水酸基数の全水酸基数に対する比のことである。
【0033】
なお、多数のシクロデキストリンを有する場合には、有するシクロデキストリンの全てにおいて、その全部または一部の水酸基が修飾基によって修飾されている必要はない。
【0034】
[ポリロタキサンにおける直鎖状分子]
直鎖状分子は、実質的に直鎖であればよく、回転子である環状分子が回動可能で滑車効果を発揮できるように包接できる限り、分岐鎖を有していてもよい。また、環状分子の大きさにも影響を受けるが、その長さについても、環状分子が滑車効果を発揮できる限り特に限定されない。
【0035】
なお、直鎖状分子としては、その両末端に反応基を有するものが好ましく、これにより、封鎖基と容易に反応させることができるようになる。かかる反応基としては、採用する封鎖基の種類等に応じて適宜変更することができるが、水酸基、アミノ基、カルボキシル基およびチオール基等が挙げられる。
【0036】
このような直鎖状分子としては、特に限定されるものではなく、ポリアルキレン類、ポリカプロラクトン等のポリエステル類、ポリエチレングリコール等のポリエーテル類、ポリアミド類、ポリアクリル類およびベンゼン環を有する直鎖状分子等が挙げられる。特に、環状分子への包接し易さ等の点から、ポリエチレングリコールが好ましい。
【0037】
また、直鎖状分子の分子量としては、1,000〜1,000,000とすることが好ましい。直鎖状分子の分子量が1,000未満であると、環状分子による滑車効果が十分に得られなくなって部材の弾性変形量が少なくなり、形状の自己復元性や有効な耐摩耗性が得られなくなることがある。分子量が1,000,000を超えると、原材料の粘度が高くなりすぎて、合成時に均一撹拌が行いにくくなり、安定した化合物が得られにくくなる。
【0038】
[ポリロタキサンにおける封鎖基]
封鎖基としては、直鎖状分子の両末端に配置されて、環状分子が直鎖状分子によって串刺し状に貫通された状態を保持できる基でさえあれば、どのような基であっても差し支えない。このような基としては、「嵩高さ」を有する基等を挙げることができる。なお、ここで「基」とは、分子基および高分子基を含む種々の基を意味する。
【0039】
「嵩高さ」を有する基としては、球形をなすものや、側壁状の基等が挙げられる。
【0040】
このような「嵩高さ」を有する封鎖基の具体例としては、アダマンタン基類、ジニトロフェニル基類、シクロデキストリン類、トリチル基類、フルオレセイン類およびピレン類、置換ベンゼン類、置換されていてもよい多核芳香族類等が挙げられる。これらの中でも、化合物の安全性、非着色性等の点からアダマンタン基が好ましい。
【0041】
[ポリロタキサンを結合する架橋分子、架橋剤]
ポリロタキサンの環状分子と他のポリロタキサンあるいはポリマとが、架橋剤による化学結合によって結合されていることが好ましい。架橋剤として、特に限定されないが、環状分子上の水酸基、アミノ基、カルボキシル基等の官能基と反応できる架橋剤であればよい。例えば、アルコキシシラン類、イソシアネート類、オキセタン類、オキシラン類、酸無水物類、イミダゾール類等が挙げられる。具体的には、ヘキサメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネートのビウレット型、イソシアヌレート型、アダクト型、トリレン−2、4−ジイソシアネート、ジイソシアン酸イソホロン、塩化シアヌル、トリメソイルクロリド、テレフタロイルクロリド、エピクロロヒドリン、ジブロモベンゼン、グルタールアルデヒド、フェニレンジイソシアネート、ジビニルスルホンまたは1、1’−カルボニルジイミダゾール等が挙げられ、これらを1種単独でまたは2種以上を組み合わせて用いることができる。また、環状分子の修飾基である前記アルコキシシリル基を有する基を架橋させてもよい。これらのうち、材料作製時の溶媒やポリロタキサンとの相溶性等の点から、架橋が、イソシアネート化合物、グリシジルエーテル化合物、アルコキシシラン化合物、イミダゾール化合物の群から選択される少なくとも1種の架橋剤により行われていることが好ましい。
【0042】
[架橋ポリロタキサンの製造方法]
ここで、本実施形態で用いられる架橋ポリロタキサンは、例えば以下の工程によって処理することにより得られる。
(1)環状分子と直鎖状分子とを混合し、環状分子の開口部を直鎖状分子で串刺し状に貫通して直鎖状分子に環状分子を包接させる
(2)得られた擬ポリロタキサンの両末端(直鎖状分子の両末端)を封鎖基で封鎖して、環状分子が串刺し状態から脱離しない分子構造とする
(3)必要に応じて、得られたポリロタキサンの環状分子の水酸基を化学修飾基で修飾する
(4)得られたポリロタキサンを架橋して、架橋ポリロタキサンを得る
【0043】
上記(1)〜(4)の各工程は、例えば、国際公開第05/080469号パンフレットに記載される方法に従って行えばよい。
【0044】
なお、上記(4)の工程において、ポリロタキサン、ポリロタキサン以外の含有成分、架橋剤等をあらかじめ溶媒に溶解してもよい。溶媒として、トルエン、キシレン、酢酸ブチル、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアルデヒド、ジメチルアセトアミド等の有機溶媒を使用できるが、これらに限定されない。また、架橋工程において、使用する溶媒や架橋剤によって異なるが、常圧、減圧、常温、加熱等の条件下で行ってもよい。
【0045】
[ポリロタキサン以外の含有成分]
本実施形態の架橋ポリロタキサンを用いた摺動部材としては、架橋ポリロタキサンに、必要に応じて樹脂成分、固体潤滑剤、添加剤、顔料、触媒、離型、充填材または溶媒等、およびこれらを任意に組み合わせたものを、常法に基づいて配合し、混合して、例えば、成形体等の形態にしたものである。また、2種以上の樹脂成分を混合使用してもよい。
【0046】
さらに、かかる樹脂成分は、ホモポリマでもコポリマでもよい。コポリマの場合、2種以上のモノマから構成されるものでもよく、ブロックコポリマ、交互コポリマ、ランダムコポリマまたはグラフトコポリマのいずれであってもよい。
【0047】
樹脂成分の具体例としては、例えば、ポリスチレン、ポリビニルアルコール、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体(ABS樹脂)、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、酢酸ビニル樹脂、ポリアミド(ナイロン)、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリアセタール、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリ(メタ)アクリル酸、シリコン樹脂、フッ素樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン、不飽和ポリエステル、フラン樹脂、アニリン樹脂等やこれらの誘導体等が挙げられる。
【0048】
[溶媒成分を含まない架橋ポリロタキサン]
架橋ポリロタキサンを、実質的に溶媒成分を含まないものとすることによって、後述するマルテンス硬さを3N/mm以上とすることができる。
【0049】
本実施形態において、「実質的に溶媒成分を含まない」架橋ポリロタキサンとは、溶媒として揮発しにくい高分子ポリエチレングリコール成分を加えておらず、また、少なくとも最終乾燥処理において、6.7x10−3MPa以下の減圧条件にて80℃以上で2hの乾燥処理を施したものである。このように、2hの乾燥処理を施すことで、その後、同減圧加熱条件にて1hの乾燥処理を施した場合においても、重量変化がほとんど認められなくなる(0.5wt%以下)。
【0050】
すなわち、本実施形態に係る摺動部材における「実質的に溶媒成分を含まない」架橋ポリロタキサンとは、7x10−3MPa以下の減圧条件にて80℃に加熱し1hの乾燥処理を施した場合に重量変化が0.5wt%以下の架橋ポリロタキサンである。
【0051】
[有効硬さ]
本実施形態における架橋ポリロタキサンは、摺動部材に適用したときに耐摩耗性を確保する等の点から、ISO14577に準じて測定されるマルテンス硬さ(HM)で3N/mm以上を有する化合物であることが好ましく、10N/mm以上を有する化合物であることがより好ましく、80N/mm以上を有する化合物であることが特に好ましい。マルテンス硬さ(HM)3N/mm以上となるよう架橋ポリロタキサンの架橋度を調整することにより、摩擦によって生じるせん断力に対して十分な材料強度を付与することができ、良好な耐摩耗性が確保できる。
【0052】
<摺動部材が適用対象とする機械用摺動部に用いられる潤滑剤>
本実施形態に係る摺動部材と組み合わせて用いられる潤滑剤としては例えば、パラフィン系、オレフィン系等の炭化水素系油を主体とするエンジン油や変速機油、機械加工用潤滑油および作動油等が挙げられる。さらには、エステル系油を主体としたジェットエンジン用油あるいは精密機械部品の軸受油、グリコール系油を主体としたブレーキシステム用フルード、エーテル系油を主体とした冷凍機油や真空ポンプ用油、シリコーン系油あるいはフッ素系油を主体とした高温用潤滑油等が挙げられる。また、水系やエマルジョン系の切削加工用潤滑剤や加工用潤滑剤等、アルコール系溶剤を主体とした電子部品接点用潤滑剤等も挙げられる。
【0053】
<摺動部品>
本実施形態に係る摺動部材は、油系または水系の潤滑剤を用いて摺動される機械部品に好適に適用される。例えば、本実施形態に係る摺動部材が摺動面の一部に設けられた、潤滑剤が存在する使用条件において用いられるすべり軸受、オイルシール、すべりガイド、ガイドレール、内燃機関用のピストン、ピストンリング、シリンダ、スライダ、ワッシャ、動弁系部品、摩擦式動力伝達装置(クラッチ)ならびにベルト式無段変速機の動力伝達ベルトに用いられる積層リングおよびエレメント等の摺動部品が挙げられる。
【0054】
また、本実施形態に係る摺動部品は、前記摺動部材が、面圧0.1MPa以上となる荷重の負荷とその開放とが繰り返される断続的な接触状態にある摺動面の少なくとも一部に設けられている摺動部品である。本実施形態に係る摺動部品は、このような断続的な接触状態においては、小さな摩擦係数を示すと共に特に良好な耐摩耗性を有する。
【0055】
本実施形態に係る摺動部材および摺動部品は、潤滑剤が存在する使用条件において、小さな摩擦係数を示すと共に良好な耐摩耗性を有することで、機械ユニットの摩擦損失低減またはスティックスリップの防止等が可能となる。
【実施例】
【0056】
以下、実施例および比較例を挙げ、本発明をより具体的に詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0057】
<ポリロタキサンの作製>
環状分子構造を有するα−シクロデキストリン分子の開口部に、直鎖状分子構造を有するポリエチレングリコールを串刺し状に包接させたポリロタキサンにおいて、α−シクロデキストリンがポリエチレングリコール分子から脱離できないようにポリエチレングリコール分子の両末端部分に封鎖基を付与したポリロタキサン化合物を作製した。そのポリロタキサン化合物の環状分子部分に架橋分子あるいは架橋剤を付与することで、複数のポリロタキサン化合物を結合させた高分子化合物(架橋ポリロタキサン)を作製した。
【0058】
環状分子としてα−シクロデキストリンあるいはα−シクロデキストリンの一部またはすべての水酸基の水素原子を他の修飾基で置換した変性ポリロタキサンを用い、直鎖状分子として重量平均分子量35,000のポリエチレングリコールを用いた。封鎖基としてはアダマンチル基を付与した。
【0059】
架橋分子には、グリシジルエーテル、アルコキシシラン、イソシアネートあるいはポリイソシアネートとイソシアネートアルコキシシラン化合物とを組み合わせた複数種類の化合物を作製した。また、化合物の作製過程において、水またはポリエチレングリコールを反応溶媒として用いた上で、最終的に得た化合物体に溶媒成分を含有させた架橋ポリロタキサンも作製した。
【0060】
使用したポリロタキサンについて、以下の方法で作製した。
[合成例1]
直鎖状分子ポリエチレングリコール(重量平均分子量35,000)、封鎖基アダマンチル基から構成されるアダマンタンポリロタキサンを、国際公開第05/080469号パンフレットに記載される方法と同様にして以下のように調製した。
【0061】
<PEGのTEMPO酸化によるPEG−カルボン酸の調製>
PEG(重量平均分子量35,000)10g、TEMPO(2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジニルオキシラジカル)100mg、および臭化ナトリウム1gを水100mLに溶解した。得られた溶液に市販の次亜塩素酸ナトリウム水溶液(有効塩素濃度約5%)5mLを添加し、室温(22℃程度)で撹拌しながら反応させた。反応が進行すると添加直後から系のpHは急激に減少するが、なるべくpH:10〜11を保つように1N NaOHを添加して調製した。pHの低下は概ね3分以内に見られなくなったが、さらに10分間撹拌した。エタノールを最大5mLまでの範囲で添加して反応を終了させた。塩化メチレン50mLでの抽出を3回繰り返して無機塩以外の成分を抽出した後、エバポレータで塩化メチレンを留去した。温エタノール250mLに溶解させた後、−4℃の冷凍庫に一晩おいて、PEG−カルボン酸、すなわちPEGの両末端をカルボン酸(−COOH)に置換したものを析出させた。析出したPEG−カルボン酸を遠心分離で回収した。この温エタノール溶解−析出−遠心分離のサイクルを数回繰り返し、最後に真空乾燥で乾燥させて、PEG−カルボン酸を得た。収率95%以上、カルボキシル化率95%以上であった。
【0062】
<PEG−カルボン酸とα−CDとを用いた包接錯体の調製>
上記で調製したPEG−カルボン酸3gおよびα−CD12gをそれぞれ別々に用意した70℃の温水50mLに溶解させた後、両者を混合し、その後、冷蔵庫(4℃)中で一晩静置した。クリーム状に析出した包接錯体を凍結乾燥し、回収した。収率90%以上(収量約14g)であった。
【0063】
<アダマンタンアミンとBOP試薬反応系を用いた包接錯体の封鎖>
室温(22℃程度)でジメチルホルムアミド(DMF)50mLにアダマンタンアミン0.13gを溶解し、上記で得られた包接錯体14gに添加した後、速やかによく振り混ぜた。続いて、BOP試薬(ベンゾトリアゾール−1−イル−オキシ−トリス(ジメチルアミノ)ホスホニウム・ヘキサフルオロフォスフェート)0.38gをDMF25mLに溶解したものに添加し、同様によく振り混ぜた。さらに、ジイソプロピルエチルアミン0.14mLをDMF25mLに溶解したものに添加し、同様によく振り混ぜた。得られた混合物を冷蔵庫中で一晩静置した。その後、DMF/メタノール=1:1混合溶液100mLを加えてよく混ぜ、遠心分離して上澄みを捨てた。このDMF/メタノール混合溶液による洗浄を2回繰り返した後、さらにメタノール100mLを用いた洗浄を同様の遠心分離により2回繰り返した。得られた沈澱を真空乾燥した後、ジメチルスルホキシド(DMSO)50mLに溶解し、得られた透明な溶液を水700mL中に滴下して、ポリロタキサンを析出させた。析出したポリロタキサンを遠心分離で回収し、真空乾燥または凍結乾燥させた。このDMSO溶解−水中で析出−回収−乾燥のサイクルを2回繰り返し、最終的に精製ポリロタキサンを得た。添加した包接錯体をベースにした収率約68%(包接錯体14gからの収量は9.6g)であった。
【0064】
H−NMR分析(JOEL製、JNM−AL400)により、上記ポリロタキサン中には約99個のα−シクロデキストリンが包接されていることを確認した。一方、用いたポリエチレングリコールにα−シクロデキストリンを密に詰めた場合、最大包接量は398個であることが計算で求めることができる。この計算値と、NMRの測定値から、得られたポリロタキサンのα−シクロデキストリンの包接率は0.25であることがわかった。また、GPC分析(東ソー製、TOSOH HLC−8220GPC)により、重量平均分子量Mwは12,000であった。調製されたポリロタキサンをPR−1とする。
【0065】
[合成例2]
合成例1のポリロタキサンをさらにヒドロキシプロピル化した化合物も、国際公開第05/080469号パンフレットに記載される方法と同様に以下のように調製した。
【0066】
上記で得られたポリロタキサン3.0gを1N NaOH水溶液40mLに溶解し、大過剰のプロピレンオキシド25gを加えた。室温(22℃程度)で24時間撹拌した後、塩酸で中和した。この溶液を透析チューブ(分画分子量:12,000)にて48時間、水道水流水下で透析した。さらに、500mL精製水中で3時間の透析を2回行った。凍結乾燥を行い、得られた生成物の収量は3.1gであった。GPC分析により、重量平均分子量Mwは150,000であり、H−NMR分析により、ヒドロキシプロピル化率は48%であった。調製した修飾ポリロタキサンをPR−2とする。
【0067】
[合成例3]
合成例2で作製したポリロタキサン10gをジメチルアセトアミド100mLに溶解し、撹拌しながら、n−ブチルイソシアネート(東京化成製)4.3g、3−(トリエトキシシリル)プロピルイソシアネート(東京化成製)1.2gをゆっくり滴下し、6時間反応させた。反応溶液をヘキサンに注ぎ、沈降物を回収し、数回ヘキサンで洗浄した後、ヘキサンを留去し、メタノール30mLに溶解した。H−NMR分析により、ブチルカルバモイル基の修飾率は45%で、3−(トリエトキシシリル)プロピルカルバモイル基の修飾率が5%であって、GPC分析により、重量平均分子量Mwは210,000、分子量分布Mw/Mnは2.1であった。得られた修飾ポリロタキサン溶液(約25wt%メタノール溶液)をPR−3とする。
【0068】
[合成例4]
合成例2で作製したポリロタキサン(PR−2)3gをジメチルアセトアミド30mLに溶解し、撹拌しながらトリエチルアミン3.0mL、無水酢酸を1.4mL滴下し、5h反応させた。その後、溶液をヘキサン360mLに滴下し、沈降物を透析チューブ(分画分子量12,000)にて、24時間、水道水流水下で透析した。さらに、精製水中3時間で2回行った。凍結乾燥を行い、得られた生成物は、GPC分析により、重量平均分子量Mwは160,000、分子量分布Mw/Mnは1.3であった。H−NMRより、全水酸基数に対するアセチル化率は48%であった。得られた修飾ポリロタキサンをPR−4とする。
【0069】
[合成例5]
合成例4で使用したトリエチルアミン3.0mLおよび無水酢酸1.4mLの代わりに、トリエチルアミン1.2mL、無水酢酸を0.56mLに代えた以外、合成例4と同様の操作で、ポリロタキサンを作製した。得られた生成物は、GPC分析により、重量平均分子量Mwは140,000、分子量分布Mw/Mnは1.3であった。H−NMRより、全水酸基数に対するアセチル化率は20%であった。得られた修飾ポリロタキサンをPR−5とする。
【0070】
[合成例6]
合成例1で作製されたポリロタキサン(PR−1)10gを脱水ジメチルホルムアミド(DMF)の4%塩化リチウム溶液200mLに溶解した。得られた溶液に4−ジメチルアミノピリジン(DMAP)1.7gを溶解した後、トリエチルアミン4.3mL、無水酢酸2.6mLを順番に加え、室温(22℃程度)で5時間反応させた。反応溶液を透析チューブ(分画分子量12,000)にて、24時間水道水流水下で透析した。さらに、精製水中3時間で2回行った。濾過後、凍結乾燥を行い、α−CDの−OH基を一部アセチル基で置換した生成物を得た。H−NMRより、全水酸基数に対するアセチル化率は20%であった。GPC分析により、重量平均分子量Mwは100,000、分子量分布Mw/Mnは1.4であった。得られた修飾ポリロタキサンをPR−6とする。
【0071】
<架橋ポリロタキサンの作製>
[実施例1]
合成例1のPR−1 1.0gを4mLの1.0N−NaOH水溶液に溶解し、1,4−ブタンジオールジグリシジルエーテル(東京化成製)0.12mLを添加して均一に撹拌した。この溶液を50×50×0.5mm厚のモールドに注入し、室温(22℃程度)で20時間反応させた後、モールドから取り出して、中性になるまで純水で溶媒置換し、サンプルWater−Bを得た。
【0072】
[実施例2]
合成例2のPR−2 1.2gを3mLの1.0N−NaOH水溶液に溶解し、1,4−ブタンジオールジグリシジルエーテル(東京化成製)0.12mLを添加して均一に撹拌した。この溶液を70×70×1.0mm厚のモールドに注入し、室温(22℃程度)で20時間反応させた後、モールドからゲルを取り出して、中性になるまで純水で溶媒置換した。続いて、ゲルをポリエチレングリコール(PEG)(重量平均分子量300)に浸して、溶媒を水からPEGに交換した。この作業を3回行い、水がPEGに置換したサンプルPEG−Bを得た。
【0073】
また、合成例で作製した種々のポリロタキサンを用いて、架橋したポリロタキサンを有し、かつ溶媒を含有しないフィルムの作製を試みた。
【0074】
[比較例1]
実施例1のゲル(Water−B)を2日間室温(22℃程度)に放置した後、60℃で3時間真空乾燥し、サンプルWater−C フィルムの作製を試みたところ、乾燥フィルムに亀裂が生じ、摺動材料として適したサンプルが作製できなかった。
【0075】
[実施例3]
合成例3のPR−3メタノール溶液を直径40mm、深さ2mmの試験プレート(鉄製型)に流し込み、1日室温(22℃程度)に放置してから、引き続き常圧50℃で1h、常圧70℃で1h、約6.7x10−3MPaの減圧条件で80℃に2h加熱乾燥し、型上に平滑な薄膜を得た。得られたサンプルをFilm1とする。
【0076】
[実施例4]
合成例4で作製したPR−4 0.8gをメチルエチルケトン2.0mLとジメチルスルホキシド0.8mLの混合溶媒に溶解した後、ヘキサメチレンジイソシアネート0.21g(東京化成製)添加して均一に撹拌し、直径40mm、深さ2mmの試験プレート(鉄製型)に流し込み、4h室温(22℃程度)に放置してから、引き続き常圧50℃で1h、常圧80℃で1h、約6.7x10−3MPaの減圧条件で80℃に2h加熱乾燥し、型上に平滑な薄膜を得た。得られたサンプルをFilm2とする。
【0077】
[実施例5]
合成例4で作製したPR−4 0.88gをジメチルホルムアルデヒド5.0mLに溶解し、ジラウリン酸ジブチルすず(IV)を8.8μL加え、よく撹拌した。デュラネートTPA−100(イソシアネート型硬化剤、旭化成製)を0.074g、3−イソシアネートプロピルトリエトキシシラン(KBE−9007、信越化学製)0.044gを加えて撹拌したのち、直径40mm、深さ2mmの試験プレート(鉄製型)に流し込み、60℃で2h静置し、架橋させた。その後、約6.7x10−3MPaの減圧条件で80℃に2h加熱乾燥し、溶媒を除去した。得られたサンプルをFilm4とする。
【0078】
[実施例6]
合成例5で作製したPR−5 1.0gをジメチルホルムアルデヒド5.6mLに溶解し、ジラウリン酸ジブチルすず(IV)を5.0μL加えよく撹拌した。デュラネートTPA−100(イソシアネート型硬化剤、旭化成製)を0.29g、3−イソシアネートプロピルトリエトキシシラン(KBE−9007、信越化学製)0.15gを加えて撹拌したのち、直径40mm、深さ2mmの試験プレート(鉄製型)に流し込み、40℃で6h静置し、架橋させた後、約6.7x10−3MPaの減圧条件で80℃に2h加熱乾燥し、溶媒を除去した。得られたサンプルをFilm5とする。
【0079】
作製した架橋ポリロタキサンの組成を表1に示す。(1)および(2)は、架橋分子としてグリシジルエーテルを用いた溶媒を含有したタイプの架橋ポリロタキサンである。(1)は環状分子に化学修飾を施していないα−シクロデキストリンを用いたものである。(2)は、環状分子にヒドロキシプロピル基で変性した変性シクロデキストリンを用い、溶媒として重量平均分子量300の直鎖状ポリエチレングリコールを含有した架橋ポリロタキサンである。(3)は、(1)を基にして無溶媒化を試みたものであるが、硬化時に割れを生じ、摺動部材に適した試料を作製できなかった。(4)は、変性シクロデキストリンとしてα−シクロデキストリンの一部の水酸基の水素原子をヒドロキシプロピル基、ブチルカルバモイル基およびアルコキシシランで置換し、アルコキシシランを架橋したもの、(5)は、変性シクロデキストリンとしてα−シクロデキストリンの一部の水酸基の水素原子をヒドロキシプロピル基およびアセチル基で置換し、架橋剤としてイソシアネートを用いて架橋したもの、(6)は、変性シクロデキストリンとしてα−シクロデキストリンの一部の水酸基の水素原子をヒドロキシプロピル基およびアセチル基で置換し、架橋剤としてポリイソシアネートおよびイソシアネートアルコキシシラン化合物を用いて架橋したもの、(7)は、変性シクロデキストリンとしてα−シクロデキストリンの一部の水酸基の水素原子をアセチル基のみで置換し、架橋剤としてポリイソシアネートおよびイソシアネートアルコキシシラン化合物を用いて架橋したものである、溶媒非含有タイプの架橋ポリロタキサンである。
【0080】
【表1】

【0081】
なお、表1中には、試作した架橋ポリロタキサンの物性値として、超微小硬さ試験機(フィッシャー・インストルメンツ社製、FISCHERSCOPE(登録商標)HM2000)を用いてISO14577に準じて測定したマルテンス硬さ(Martenshardness、HM)および押し込みヤング率を付記した。これらの試作架橋ポリロタキサンをSUSプレート基材に接着したプレート試験片を作製し、後述する摩擦試験に供した。
【0082】
[比較例2]
比較のために、ウレタンゲルとして、エクシールコーポレーション社のハイパーゲルシート 3030を後述する摩擦摩耗特性評価に供した。このウレタンゲルの硬さはデュロメータA硬さで13であり、この値を他の材料について測定したデュロメータA硬さとマルテンス硬さとの関係から概算すると、マルテンス硬さは1.9N/mm程度となる。
【0083】
[比較例3]
また、エンジンピストンスカートの低摩擦コート材として用いられている複合樹脂材を厚さ10μmでアルミプレートに被覆したプレート試験片も作製し、摩擦摩耗試験に供した。この複合樹脂材はポリアミドイミド樹脂に固体潤滑剤として二硫化モリブデン粉末を分散させたものである。微小硬さ試験機を用いて測定したマルテンス硬さHMは284N/mmであり、押し込みヤング率は6.4GPaである。
【0084】
<摩擦摩耗特性の評価方法>
[連続接触条件での評価]
図2に示すプレートオンリング摩擦試験によって、溶媒含有タイプの試作架橋ポリロタキサンである表1の(1)Water−Bおよび(2)PEG−Bについて、連続接触すべり条件における摩擦摩耗特性を評価した。また、比較のために比較例2のウレタンゲルも試験に供した。相手材としては、ビッカース硬さHV740に焼入れ、焼き戻しを施したSUJ−2鋼材製のリング試験片を用いた。摩擦面の見掛け接触面積は200mmである。本試験片を#600のエメリー紙で研磨して使用した。潤滑剤としては、(1)Water−B(実施例1)の評価では水を用い、(2)PEG−B(実施例2)および比較用のウレタンゲル(比較例2)には重量平均分子量300のポリエチレングリコールを用いた。潤滑剤温度は室温にて、なりゆきとした(22℃程度)。
【0085】
本試験では、負荷荷重を、20,49,98,147,196,294,392および490Nと段階的に増大させることで、複数の面圧条件における摩擦係数を測定した。また、それぞれの面圧条件において、3min間毎にすべり速度を100,220,460および1,000mm/sへと段階的に変化させながら摩擦係数を測定した。
【0086】
面圧条件を変更する際には、供試材の摺動面における摩耗や損傷の発生状態を目視観察し、著しい摩耗や損傷が生じていた場合には試験を中断した。また、試験途中で摩擦係数の急激な増加を生じた場合にも試験を中断した。この一連の試験において、摩耗ならびに摩擦係数の著しい増大を生じなかった最大の面圧条件を、耐荷重性能の評価尺度とした。また、試験終了後における供試プレート試験片の摩耗深さによって、各種供試材の耐摩耗性を評価した。
【0087】
また同様に、溶媒を含有していないタイプの試作架橋ポリロタキサンである表1の(4)(実施例3)〜(7)(実施例6)についても、プレートオンリング摩擦試験によって、連続接触すべり条件における摩擦摩耗特性を評価した。潤滑油として、DL−1規格、粘度グレード5W−30の市販ディーゼルエンジン油を用いた。
【0088】
[断続接触条件での評価]
図3に示すプレートオンバー摩擦試験によって、エンジン油潤滑下での断続接触すべり条件における供試材の摩擦摩耗特性を評価した。この評価条件は、例えば、内燃エンジンのシリンダーライナ表面が相手材のピストンリングと摺動する場合のような断続的接触条件を模擬したものである。相手材としては、ビッカース硬さHV740に焼入れ、焼き戻しを施したSUJ−2鋼材製のバー試験片を用いた。その先端曲率半径は15mmであり、表面粗さは、0.8μmRzjisである。潤滑油としては、SM規格、粘度グレード5W−30の市販ガソリンエンジン油を用いた。潤滑油温度は、前述したプレートオンリング摩擦試験と同様に室温(22℃程度)にてなりゆきとした。
【0089】
試験条件についても、プレートオンリング摩擦試験と類似させて、それぞれの面圧条件において3min間毎ですべり速度を100,220,460および1000mm/sに段階で変化させながら、負荷荷重を、20,49,98,147,196,294,392および588Nと段階的に増大させて、それぞれの条件での摩擦係数を測定した。また、プレートオンリング試験の場合と同様に、荷重を増大させる際には、摺動面の摩耗や損傷の発生状態を目視観察し、著しい摩耗や損傷が生じた場合には試験を中断した。また、試験途中で摩擦係数の急激な増加を生じた場合にも試験を中断した。そして、摩耗ならびに摩擦係数の著しい増大を生じなかった最大の面圧条件を供試材の耐荷重性能の評価尺度として用いた。
【0090】
また、試験終了後における供試プレート試験片の摩耗深さによって、各種供試材の耐摩耗性を評価した。
【0091】
<摩擦、摩耗特性の評価結果>
[連続接触条件における摩擦摩耗特性]
溶媒含有タイプの試作架橋ポリロタキサンについて、面圧0.24MPa(=荷重49N)での連続接触条件における摩擦係数を評価した結果を図4に示す。供試架橋ポリロタキサンは、いずれのすべり条件においても、比較に用いたウレタンゲルに比べて摩擦係数が小さく、優れた低摩擦特性を示すことが分かる。ただし、面圧0.24MPa条件での試験直後に表面の観察を行ったところ、Water−BおよびPEG−Bの両者とも、亀裂が発生していたため、面圧0.49MPa(=98N)以上の試験は中断した。
【0092】
溶媒含有タイプおよび溶媒を含有していないタイプの試作架橋ポリロタキサンについて、エンジン油潤滑、面圧0.49MPaでの連続接触条件における摩擦係数を評価した結果を図5に示す。すべり速度100mm/s条件では、マルテンス硬さHM9N/mm以上の硬度を有する全溶媒非含有タイプの架橋ポリロタキサンにて、摩擦特性を評価できる耐摩耗性が得られており、摩擦係数が測定可能であった。一方、HMがそれぞれ0.3および2.3N/mmである水またはポリエチレングリコールを含有した溶媒含有タイプの架橋ポリロタキサンのWaterおよびPPGでは、試験開始直後に著しい摩擦増大ならびに、プレート試験片のSUS基材が露出するまでの架橋ポリロタキサンの摩耗を生じたため、摩擦係数の測定ができなかった。したがって、耐摩耗性確保の観点からは、溶媒非含有タイプでかつマルテンス硬さHM3N/mm以上とすることが好ましいと判断される。
【0093】
また、溶媒含有タイプに比べて、優れた耐摩耗性を示した溶媒非含有タイプの架橋ポリロタキサンはいずれも、環状分子の一部の水酸基の水素原子をヒドロキシプロピル基、ブチルカルバモイル基、アセチル基で置換しており、親油性が向上していると考えられる。したがって、溶媒の非含有化のみならず、こうした親油性を向上することも、潤滑油膜を保持し易くなり、良好な耐摩耗性が得られる一要因となっていると推察される。さらに、溶媒非含有タイプの架橋ポリロタキサンは架橋分子として、アルコキシシラン、イソシアネートあるいはポリイソシアネートとイソシアネートアルコキシシラン化合物とを組み合せて付与している。架橋分子としてグリシジルエーテルを付与した溶媒含有タイプの架橋ポリロタキサンに比べて、溶媒非含有タイプのFilm1−A、Film2、Film4およびFilm5が優れた耐摩耗性を示した要因として、グリシジルエーテルに比べて、アルコキシシラン、イソシアネートあるいはポリイソシアネートとイソシアネートアルコキシシラン化合物とを組み合せたもので架橋した分子の方が、分子の結合力が高く、せん断による架橋点の破断や脱離を生じにくくなっていることも考えられる。
【0094】
面圧0.49MPaかつすべり速度220mm/s以上の条件では、マルテンス硬さHM 26N/mm以上のFilm2、Film4およびFilm5が、十分な耐摩耗性を示し、摩擦係数が測定可能であった。その一方で、溶媒非含有タイプの架橋ポリロタキサンに関しても、HMが9N/mmと軟質なFilm1−Aでは、すべり速度を220mm/sに設定した直後において著しい摩擦増大と過大な摩耗を生じたため、試験を中断した。したがって、耐摩耗性確保の観点からは、マルテンス硬さHM10N/mm以上とすることがさらに好ましいと判断される。
【0095】
摩擦係数に着目すると、マルテンス硬さHMがそれぞれ71N/mm、110N/mmのFilm4およびFilm5は、ポリアミドイミド系樹脂複合材に比べて摩擦係数が小さくなっており、低摩擦摺動材料として望ましい特性を示している。特に、Film4およびFilm5は、摩擦係数(μ)のすべり速度(v)依存性、すなわちμ−v特性が正勾配傾向となっており、スティックスリップ現象やシャダー現象等摩擦に起因して生じる異音や振動の発生防止に優れた特性を有することが明らかになった。
【0096】
面圧0.98MPa条件での連続接触条件における摩擦特性の評価結果を図6に示す。面圧0.98MPa条件においても、マルテンス硬さHMが26N/mm以上を有する溶媒非含有タイプのFilm2、Film4およびFilm5は、過大な摩耗を生ずることなく、望ましい耐摩耗性を有することが確認された。ただし、マルテンス硬さHMが71N/mmのFilm4に関しては、図6に示した面圧0.98MPa条件では、図5に示した面圧0.49MPa条件に比べて摩擦係数が増大している。一方、HM110N/mmの硬度を有するFilm5は、面圧0.98MPa条件においても、従来材であるポリアミドイミド系樹脂複合材に比べて小さな摩擦係数を示すと共に、そのμ−v特性は正勾配傾向となっており、特に望ましい低摩擦特性ならびにシャダー防止特性を有することが見出された。
【0097】
連続接触条件における摩擦試験での各種架橋ポリロタキサンの耐荷重性能を図7にまとめて示す。全般的に、マルテンス硬さHMの増大に伴って、耐荷重性能が向上することが分かる。HM110N/mmを有するFilm5において、面圧2.4MPaまでの優れた耐荷重性能が得られていることが分かる。
【0098】
非接触3次元表面形状測定機(Zygo社、NewView 5022)を用いて、一連の摩擦試験後における代表的な架橋ポリロタキサン摺動面付近の粗さ形状を測定した結果を図8に示す。0.98MPaの面圧条件までポリアミドイミド系樹脂複合材に比べて小さな摩擦係数を示したFilm5では、局所的には傷が生じているものの、全体的には他の架橋ポリロタキサンに比べて平滑な摺動面を呈していることが分かる。Film5において、特に優れた低摩擦特性が得られた要因として、このような表面の平滑化によって、潤滑油による油膜形成が促進されたことが考えられる。
【0099】
[断続接触条件における摩擦摩耗特性]
プレートオンバー試験によって評価した、断続接触条件におけるFilm5およびポリアミドイミド系樹脂複合材の摩擦特性を図9に示す。本プレートオンバー摩擦試験では、その接触形態が線接触形態となり、荷重588Nとした本評価条件での最大ヘルツ圧は鋼材試験片を用いた場合での換算値で272MPaとなる。このような高面圧条件においても、従来材のポリアミドイミド系樹脂複合材に比べて、Film5は優れた低摩擦特性を示すことが分かった。
【0100】
非接触3次元表面形状測定機によって測定した摩擦試験後における摺動面の粗さ形状を図10に示す。Film5では、ポリアミドイミド系樹脂複合材に比べて平滑な表面を呈している。これは、環状分子による架橋構造を有するFilm5では、摩擦のせん断力による材料の塑性流動が生じ、それによって表面が平滑されたことに起因すると推察される。また、このような表面の平滑化は、前節に記した連続接触条件での結果に対する考察と同様に、油膜形成の促進を通じて低摩擦化に寄与していると考えられる。
【0101】
連続接触および断続接触それぞれの条件での試験後におけるFilm5の表面形状を、触針式表面形状測定器によって測定した結果を図11に示す。摺動部の非摺動部に対する高さ減少量が、摩耗または塑性変形した量を意味する。図11b)には、Film5のヤング率を用いて算出した荷重588Nでのプレートオンバー試験における実最大ヘルツ圧を付記した。b)の断続接触条件では、a)の連続接触条件に比べて最大面圧が1桁以上高くなっているにも関わらず、摩耗深さあるいは塑性変形量が小さくなっていることが分かる。図11a)に示した連続接触条件での表面では、非摺動部からの摺動部の高さ減少が大であるものの、両部位の境界に盛り上がりを生じており、非摺動面からの高さ減少量は単に摩耗に起因するのみならず塑性流動にも起因していると判断される。一方、断続接触状態ではこのような接触部全体の塑性流動痕は認められない。荷重およびせん断力の負荷が断続的となる接触状態では、架橋ポリロタキサンが弾性変形量内に収まる範囲で変形と復元を繰り返すことで、全体的な塑性流動が少なくなっていると考えられる。摺動部材において、前述した表面が平滑化する程度の僅かな塑性流動は全体の形状変化に及ぼす影響が小さく問題とならないものの、摺動面全体が塑性流動によって窪んでしまうことは、過大な部品クリアランスを生じるため問題となる。したがって、塑性流動を生じ易い架橋ポリロタキサンを摺動部材として適用する対象としては、断続的な接触条件となる部品や部位への適用が好ましいといえる。
【0102】
触針式表面形状測定器を用いて測定した断続接触試験後におけるFilm5とポリアミドイミド系樹脂複合材の表面形状を図12に示す。Film5は、従来材のポリアミドイミド系樹脂複合材に比べて摩耗または塑性変形の量が少なく、優れた耐摩耗性を有することが見出された。
【0103】
また図12には、プレート試験片として用いた部材の実際のヤング率を用いて算出した荷重588N条件における実最大ヘルツ圧を付記した。Film5を用いた場合には、最大ヘルツ圧は27MPaとなっており、その値はポリアミドイミド系樹脂複合材の50MPaおよび、図9に付記した鋼材を用いた場合の272MPaに比べて小さい。すなわち、摺動面に小さな弾性率を示す架橋ポリロタキサンを用いた場合には、従来の樹脂材および金属材料の場合に比べて実最大面圧を低減できるといえる。このような同一荷重条件での実最大面圧の低減も、HM284N/mmを有するポリアミドイミド系樹脂複合材に比べて軟質であるにも関わらず、Film5が優れた耐摩耗性を示した一要因となっていると推察される。
【符号の説明】
【0104】
10 直鎖状分子、12 環状分子、14 封鎖基、16 修飾基、18 架橋基。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも相手部材と摺動する摺動面が、環状分子と、前記環状分子を串刺し状に包接する直鎖状分子と、前記直鎖状分子の両末端に配置され、前記環状分子の脱離を防止する封鎖基とを有するポリロタキサンにおける前記環状分子の架橋によって構成される架橋ポリロタキサンを含むことを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
請求項1に記載の摺動部材であって、
前記環状分子が、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリンおよびγ−シクロデキストリンからなる群から選択される少なくとも1つであることを特徴とする摺動部材。
【請求項3】
請求項2に記載の摺動部材であって、
前記環状分子の一部またはすべての水酸基の水素原子が、下記式(I−1)〜式(I−3)で表される置換基から選択される少なくとも1種の修飾基によって置換されていることを特徴とする摺動部材。
【化1】


(式中のR11,R12,およびR13はそれぞれ独立して、炭素数1〜12の直鎖状または分岐鎖状のアルキル基であり、または、前記R11〜R13は、水酸基、カルボキシル基、アシル基、フェニル基、ハロゲン原子、(R14O)−Si−からなる群から選択される少なくとも1種で置換されていてもよく、R14はそれぞれ独立して、炭素数1〜3のアルキルまたは分岐アルキル基である。なお、R14のそれぞれは同じものであっても異なるものであってもよい。)
【請求項4】
請求項3に記載の摺動部材であって、
前記環状分子がα−シクロデキストリンであり、前記環状分子の一部またはすべての水酸基の水素原子が、ヒドロキシプロピル基、ブチルカルバモイル基、アセチル基、3−(トリエトキシシリル)プロピルカルバモイル基からなる群から選択される少なくとも1種の修飾基によって置換されていることを特徴とする摺動部材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の摺動部材であって、
前記直鎖状分子が、ポリエチレングリコールであることを特徴とする摺動部材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の摺動部材であって、
前記架橋ポリロタキサンが、実質的に溶媒成分を含まないことを特徴とする摺動部材。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の摺動部材であって、
前記架橋が、イソシアネート化合物、グリシジルエーテル化合物、アルコキシシラン化合物、イミダゾール化合物の群から選択される少なくとも1種の架橋剤により行われていることを特徴とする摺動部材。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の摺動部材であって、
前記架橋ポリロタキサンのマルテンス硬さHMが、3N/mm以上であることを特徴とする摺動部材。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の摺動部材が、面圧0.1MPa以上となる荷重の負荷とその開放とが繰り返される断続的な接触状態にある摺動面の少なくとも一部に設けられていることを特徴とする摺動部品。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の摺動部材が摺動面の少なくとも一部に設けられ、潤滑剤が存在する使用条件で用いられる、すべり軸受、オイルシール、すべりガイド、ガイドレール、内燃機関用のピストン、ピストンリング、シリンダ、スライダ、ワッシャ、動弁系部品、摩擦式動力伝達装置(クラッチ)ならびにベルト式無段変速機の動力伝達ベルトに用いられる積層リングおよびエレメントのいずれか1つであることを特徴とする摺動部品。

【図2】
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【図3】
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【図7】
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【図9】
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【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−144591(P2012−144591A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−1967(P2011−1967)
【出願日】平成23年1月7日(2011.1.7)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(505136963)アドバンスト・ソフトマテリアルズ株式会社 (19)
【Fターム(参考)】